• 検索結果がありません。

戦後農村社会 の変動 農 地改革か ら高度経 済成長 まで一

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "戦後農村社会 の変動 農 地改革か ら高度経 済成長 まで一"

Copied!
16
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

戦後農村社会 の変動

農 地改革か ら高度経 済成長 まで一

岩 男 耕 三

農 地 改 革一 一 日本 農 村 の 「近 代 化 」一一

ひ ろが る不 耕 作 地 ・耕 作 放 棄 地 一 一農 地 の耕 作 権 と所 有権 一一 農 家労 働 力 の 流 出...業 生 産 基 盤 の崩 壊 一 一

農 地 改 革 一 一日本農村 の 「近代化」

『農 地 改 革 は,近 代 日本 の基 点 をな す 明 治 維新 変 革 に お け る地 租 改 正 以 来 の,農 地 制 度 上 の 一大 変 革 だ とい っ て い い。 そ れ は,… … 「前近 代 的 」・「半 封建 的 」 地 主 的 土 地 所 有 制 度 を,基 本 的 に解 体 し,そ れ に替 って 自作 農 的 土

ユラ

地 所 有 制度 を創 出 した』

農 地 改革 はた しか に,明 治 い らい の地 主 制 度 の下 にお け るs地 主 一小 作 の 人 格 的 な隷 属 関 係 を打 破 して,日 本 農 村 の 「近 代 化 」 を遂 行 した画 期 的 な変 革 で あ った 。 しか し この 改 革 は,基 本 的 に は 日本 が 再 び軍 事 的 脅 威 に な る道 を絶 っ こ とを 目的 に した米 占領 軍 の 指 揮 の も とに行 な わ れ た こ と,そ の米 占 領 軍 内部 をふ くめ て,改 革 の 方針,構 想 に つ い て は激 しい議 論 が あ った こ と,

しか も,こ の構 想 の評 価 に つ い て も今 日 に いた る まで な お深 い意 見 の違 い が あ る こ とな ど,き わ め て複 雑 な経緯 を た どっ て きた もの で あ る。 した が っ て,

(2)

日本 農 村 の 「近 代 化 」 を主題 とす る本 稿 で は,こ の 複 雑 な経 緯 に お け る必 要 なか ぎ りでの 主 要論 点 を まず 整 理 して お くこ とに した い。

周 知 の よ うに農 地 改 革 は は じめ,日 本 政 府 の主 導 の も とに立 案 され,1945 年12月18日,第89帝 国議 会 にお い て,「 農 地 調 整 法 改 正 法 」 の 名 で成 立 す る。

い わ ゆ る第1次 農 地 改 革法 で あ る。 そ の骨 子 は,① 不 在 地 主 所 有 の全 小 作 地, お よび在 村 地 主所 有 の 全 国 平 均5町 歩 を こ え る小 作 地 を,強 制 譲 渡 方 式 に よ

り解 放 す る,こ れ に よ り全 小 作 地260万 町 歩 の うち約100万 町歩 が解 放 され る 一 自作 農 創 設 方 式,② 従 来 の物 納 小 作 料 の 金 納 化,③ 地 主 の小 作 地 取 上 げ を市 町村 農 地 委 員 会 の 承 認 制 とす る こ とに よ る耕 作 権 の確 立,で あ った。

しか し この法 案 は,当 初 の原 案 か ら後 退 した もの で,在 村 地 主 の保 有 面積 が 3町 歩 か ら5町 歩 に引 き あ げ られ て お り,そ の た め解 放 対 象小 作 地 が130万 町 歩 か ら90万 町歩 に,ま た譲 渡 対 象在 村 地 主 が10G万 戸 か ら10万 戸 に減 少 して お り,国 会 論 議 の時 点 で す で に,地 主制 度 をむ しろ温 存 し よ う とす る もの で は な いか な ど強 い批 判 を まね いた もの で あ った 。

同 法 案 審 議 が 難航 を きわ め た す え,よ うや く議 会 を通 過 す る直 前 の12月9 日,総 司 令 部 の 「農 地 改 革 につ い て の 覚 書 」(い わゆ る 「農民解放 の指令 」)が日 本 政 府 に交付 され て,一 層徹 底 した 改 革 が 求 め られ る に い た った 。 以 後 約10 か 月 にわ た る折 衝 のか た わ ら,対 日理 事 会 で 了承 され た イ ギ リス 案 を原 型 と す る総 司 令 部 「勧 告 」が再 び発 せ られ,こ れ を基 礎 に した第2次 改 革 案(「 自 作農創設特別措置法案 」,「農地調整 法改正法律案 」)が翌46年10月 に公 布 さ れ る に

いた った の で あ る。 そ の要 点 は,① 在 村 地 主 の小 作 地 保 有 限度 を内地 平 均1 町 歩(北 海 道4町 歩)と し,こ れ に よ り全 小作 地 の80%・200万 町歩 の解 放 が 目 標 とされ,② 第1次 改 革 が5年 と して い た遂 行 期 間 も2年 間 とされ て,「 自作 農 創 設 」 に止 ま らず 地 主 的 土 地 所 有 の 根 底 的 な解 体 が求 め られ て い た の で あ

る。

とこ ろで,国 務 省 内 の研 究 グル ー プの 有 力 メ ンバ ー の1人 で,日 本 の農 業 52国 際経営論集No.71994

(3)

問題 に も造 詣 が 深 く,占 領 軍 の改 革 の 方 針 に大 きな影響 を与 え た とされ るR . Aフ ィー リー が,総 司令 部 内 で 改 革 を担 当 した とされ るW .1.ラデ ジ ンス キー

と共 に作 成 した マ ッカー サ ー宛 「覚 書 」 の 「添 書 」 に は,『 「農 業 の 永 続 的 な 抑 圧 され た状 態 」 が軍 の権 力 掌握 を助 け た こ と,お よび この状 態 が 改 革 され な けれ ば,将 来 も 「軍 国 的宣 伝 の恰 好 の地 盤 」 とな る と述 べ,ま た東 久 遽 内 閣 も幣原 内 閣 も この 事 柄 に は あ ま り注 意 を払 わ な い こ と,そ れ は 「支 配 階 級 お よび金 持 階級 」 が い ぜ ん と して改 革 の企 図 を阻止 す るの に成 功 して い る ら しい こ との象 徴 で あ る こ と,… … な どが 指 搬 れ て い た』 とい わ れ2) 。

この よ うな指 摘 や,さ きの 「農 民解 放 の 指 令 」 な ど多 くの文 書 は,第2次 農 地 改 革 の狙 いが な に よ り も日本 の軍 事 的 ・経 済 的 脅威 の 温 床 を絶 つ こ とに あ り,ま さ に この 点 で,農 村 の 伝 統 的 指 導 力 を温 存 した い とい う 日本 政 府 の 意 図 と対 立 して い た こ とを明 らか に して い るの で あ る。

他 方,第90帝 国議 会 で は,提 案 され た 「自作 農 創 設 」 方式 をめ ぐって,国 民党 井 出 一 太 郎 と和 田農 相 との間 に注 目す べ き論 争 が 行 なわ れ て い た。 井 出 の 主 張 は こ うで あ る。『自作 農 とい うの は非 常 に保 守 的 ,消 極 的 で あ るば あ い が多 い。 か つ ての農 村 恐慌 の時 代 に お き ま して,(赤 字 による家計圧迫 を)人 間 以 下 の生 活 を す る こ とに よ っ て き りぬ け た。 … … これ が わ が 国農 業 の もつ 弾 力性,抵 抗 力 で あ る とい う よ う にい わ れ ま して,農 業 近 代 化 へ の道 が 阻 まれ て お った … … 。 自作 農 化 一 点 張 りで い こ う とす る こ とが,か え っ て農 村 の民 主 化 を妨 げ る こ とに相 成 りはせ ぬか,む し ろ これ は,耕 作権 を安 定 せ しめ る

とい う方 向 へ の農 業 政 策 をた て るべ きで はな い か … …』 と。 これ に対 して和 田農 相 の答 弁 は次 の よ うで あ った。 『… … とに角100万 戸 位 の(規 模大小 さまざ まの)不 耕 作 地 主 が 一 方 に あ り,片 方 に400万 の小 作 人 が あ り(相 互 に複雑 な零 細地片 の貸借 関係 が むす ばれて い)ま す とき に,… … 法律 的 に いか に土 地 の と り

あ げ を制 限 し ま して も9そ れ が 完 壁 に お こな わ れ る こ とはyな か なか 困 難 で あ る … …。 そ こに は必 ず経 済 的理 由 に よ りま して,闇 小 作 料 の発 生 は免 れ な い 。 そ こで,や は り何 と致 し ま して も これ は妥 当 な る価 格 を もち ま

(4)

して小 作 人 に土 地 を与 え,… … 小 作 人 を 自作 農 た ら しめ る とい う こ とが,私

3}

は耕 作権 の 確 立 の0つ の大 きな方 法 だ と思 う… …』と。 自作農 主義 か小 作(借 地農)制 度 の合 理 化 か。あ とで ふ た た び取 りあ げ るが,こ の点 は ま さ に農 地 改 革 の評 価 をめ ぐる重 要 な論 点 の ひ とつ で もあ った の で あ る。

さて,第2次 農 地 改 革 は1947年 か ら1949年 の短 期 間 に強 力 に遂 行 され,改 革 前 総 耕 地 の46%を 占 め た小 作 地 は,こ れ に よ って わ ず か10%に 縮 小 しsそ

れ まで そ れ ぞ れ総 農 家 の30%,20%を しめて いた 小 作 農,小 自作 農 は各5%

に減 少 して,90%の 農 家 が 自 らの耕 地 を所 有 す る に いた った(自 小作農 をふ く む)。 また,残 され た小 作 地 にっ いて も小作 料 は金 納 化 され,か つ て生 産 物 の 50%に もお よ んだ 小 作 料 率 も,改 革 後 には1〜2%に 軽 減 され た の で あ る。

か くて,明 治 い らい の地 主 的 土 地 所 有 を骨 格 とす る 日本 農 村 の社 会 構 造 は根 幹 か ら解 体 され,こ れ まで小 作 農 民 に地 主 へ の 身 分 的 隷 属 を強 いて きた諸 小 作 慣 行 な どの物 質 的基 礎 は,こ こに,ほ ぼ一 掃 され る に いた った 。

改革 は また,こ れ まで 農 業 生産 力 発 展 の重 大 な栓 桔 とな っ て きた地 主 的 土 地 所有 の 輔 を と り払 う こ とに よ って,農 民 の生 産 意 欲 を高 め,さ ら に品種 改 良,耕 地 整 理 な どの戦 後 食 糧 増 産 政 策 と も相 まって,農 業 生 産 力水 準 の画 期 的 上 昇 を もた ら した。1955年 に1,200万 トンの大 豊 作 を達 成 して以 降,い わ ゆ

る 「連 年 豊 作 」 を記 録 し,い らい潜 在 生産 力 は1,300〜1,400万 トン と見 られ る にい た った の で あ る。

農 業 生産 力 の 上 昇 は,い う まで もな く農 民 経 営 の商 品 経 済 化 を進 め る もの で あ っ たが,こ の 過 程 は同 時 に,農 民 相 互 の古 い伝 統 的 ・家 父長 的 ・慣 習 的 な関 係 を堀 り くず して,「 新 しい型 の 農 民 」をつ く り出 す過 程 で もあ った。 そ こで は,契 約 的 ・貨 幣 的 な関 係 が しだ い に浸透 し,ひ ろが って い く。 この 関 係 は又,普 遍 的 な価 値 関係 と して,家 族 や む らの壁 をつ き抜 けて 外 の世 界 に っ な が り,農 民 は こ こに,画 期 的 な 自己 労 働評 価 の契 機 をつか む こ とに な る。

わ が 国農 村 はか くて,歴 史 的 な変 化 を は じめ るで あ ろ う。 農 地 改 革 は,経 済 54国 際経営論集No.71994

(5)

的 に は農 民 の 高 率 小 作 料 か らの解 放 を,そ して社 会 的 に は農 村 社 会 関係 の 身 分 的 ・家 父 長 的 関係 か らの 解 放 を進 めた の で あ る。

農 地 改 革 は確 か に,総 農 家 戸 数600万 戸 の72%に あ た る430万 農 家 の小 作 地 を 自作 地 化 して,地 主制 を ほ ぼ一 掃 した点 で,ま ず 一般 的 に高 い歴 史 的 評 価 を受 け た とい え よ う。

この改 革 の む し ろ主 導 者 の立 場 に あ っ た連 合 国 最 高 司 令 官D .マ ッ カ ー サ ー は,改 革3周 年 の 吉 田茂 首 相 宛 の書 簡 で,そ の 成 果 を称 賛 して つ ぎの よ う に述 べ た。「本 日は,史 上 恐 ら く最 も成 果 を収 めた農 地 改 革 計 画 の発 足 した第 三 周 年 記 念 日 に当 る。 … …貴 国 が 錆 沈 した人 々 の為 に示 した 模 範 は既 に広 く 認 め られ て い る。 日本 が再 び国 際 社 会 に復 活 せ ん と努 力 して い る折 柄,こ の 業 績 は 日本 が 民 主 国家 と して成 熟 期 に達 せ ん として い る最 も重 要 な.;左 と

な る もの で あ る。 … …農 地 改 革 の もた らす 恵 澤 は,日 本 の農 村 社 会 組 織 の 永 久 的部 分 とな らな けれ ば な らな い。 農 地 改 革以 前 に存 在 した土 地 小 作 制 度 へ 段 々逆 も ど りす る よ うな どん な可 能 性 も予 め 防 止 され ね ば な らな 高(1949, 10)と 。

ち ょう ど同 じ ころ,ま った く違 う立 場 か らで はあ るが,山 田盛 太 郎 は,こ の 改 革 の 「画 期 的 意 義 」 を 「正 に,革 命 的 で あ る」 と して つ ぎの よ うに評価

して い た 。 「今 次 の農 地 改 革 の画 期 的 意 義 は,地 主 的 土地 所 有 の 根 幹 に触 れ, い わ ゆ る 『数 世 紀 に亙 る封 建 制 の 下 に 日本 農 民 を奴 隷 化 して きた経 済 的[i』

を破 り,か く して,一,軍 事 的 半 封 建 的,日 本 資本 主 義 の基 抵 一 半 封 建 的 土 地 所 有=半 隷 農 的零 細 農耕 一 の構 成 を その根 源 に お い て再 編 し 日本 農 業 を本 格 的 農 業 へ の解 放 の道 を拓 き,二,瓦 解 した軍 事 的 半 封建 的,日 本 資 本 主 義 の 揚 棄 として の,日 本 経 済再 建 の,新 しい基 礎 一 土 地所 有=農 業 経 営 の再 編 を確 立 す るの 方 向 を規 定 して い る こ と,以 上 の 二点 にお い て,方

5)

向 を規 定 す る 点 に お い て,正 に,革 命 的 で あ る 」と。(し か し山田 はの ち に,創 出 され た 「自作 農 的 土 地 所 有 」 は,す で に この段 階 で は零 細 農 耕 と して 固定 化 され る,と 評 価 を変 えて い る。)

(6)

農 地 改革 に よ って遂 行 され た 土地 所 有制 度 の 変 革 につ いて,山 田 は この よ うに,0歩 ふ み込 ん で,こ の 変 革 を起 点 と して今 後 展 開 す るで あ ろ う 日本 農 業 の 方 向 を もふ くめて 評価 し よ う とした の に対 して,他 の意 見 の多 くは,こ

の改 革 に よ る農 村 の 「近 代 化 」,「民 主化 」 に注 目す る もの で あ った。 当時 の この よ うな代 表 的 な見 解 を,次 に1つ あ げて お こ う。近 代 的勤 労 者 と して の 農 民 の独 立 と,こ れ に よ って 自家 労 力 の評 価 の 可能 性 を与 え られ た 点 に注 目 した綿 谷 赴 夫 は,農 地 改 革 は地 主 制 を掘 り くず す こ とに よっ て 「近代 的 勤 労 者 と して の 農 民 の人 格 的 独 立 と これ に も とつ く正 しい 自家 労 力 の評 価 とを可 能 た ら しめ … …」,「勤 労 者 として の農 民 が,国 全 体 の一 般 的剰 余 価 値 率 に相 当す るだ け の労 働 条 件 を確 保 で き る こ とは,農 業 近 代 化 の表 式 た る差 額 地 代 表 の重 要 な 内容 で あ った 」,「農 地 改 革 は,わ が 国 農 業 に お け る差 額 地 代 表 の

&)

本 格 的確 立 へ の,大 き な前進 だ った といわ ね ば な らな い」,と して い た。

さて他 方,農 地 改 革 の諸 限 界 につ い て は,改 革 当時 か ら多 くの活発 な議 論 が 展 開 され て きた が,そ の 主 な論 点 と して は次 の よ うな もの が挙 げ られ よ う。

(1)改革 の 対 象 が ま さに農 地 に限 られ て,広 大 な林 野 そ の他 に及 ぼ ず,そ の後 の農 民 的 蓄 産 業 ・林 業 な どの 日本 農 業 展 開 の道 を封 じた こ と,② 分 散 錯 綜 耕 圃制 の も とで の零 細 地 片 を,ほ とん どその ま ま小 作 農 民 の所 有 に移転 す る こ

とに よ って,農 民 経 営 の一 層 の 零細 化 を もた ら した こ と,(3)こ の よ うな リ リ パ ッ ト的 自作 農(「 独立 自営農民」)の 創 設 に よっ て は,日 本 資 本 主 義 の 現状 の

も とで は,農 民 経 営 の 発 展 は望 めず,む し ろ,か つ て農 村 の民 主 化 をは ば ん

7)

で きた 農 民 の 窮 乏 を そ の ま ま ひ き継 ぐ こ と に な り は し な い か,な どで あ っ た 。 そ し て 以 下 に 見 る ご と く,そ の 後 の 日本 農 業 ・農 村 の 展 開 の な か で,と く に 後2者 は 最 も 困 難 な 課 題 とな っ た の で あ る。

ひ ろが る不 耕 作 地 ・耕 作 放 棄 地 農地の耕作権 と所有権一

石 川 県 口能 登 に位 置 す る鹿 島,鹿 西,鳥 屋 な どの 各 町(い ず れ も鹿 島郡)

56国 際 経 営 論 集No.71994

(7)

は,同 県 の伝 統 的 な地 場 産 業 として全 国 的 に も高 い生 産 シ ェ ア を もつ織 物 業 の 下 請,孫 下 請 仕 事 が集 中 して い る農 村 地 域 で あ る。 こ こで は,水 稲 単 作 農 家 の恰 好 の 兼 業 と して,「 賃機 」 の形 態 を とった賃 労 働 が 広 く浸透 して お り, 多 くの農 家 は一家 総 ぐる み の形 で これ に就 業 し,こ の 一 帯 は あ た か も 自営 兼 業 の集 積 地 の よ うな 外観 を呈 して い る の で あ る。 か つ て 広 く知 られ た 「八 台 機 屋 」 は,こ の よ うな農 家 の典 型 的 な姿 で あ っ た。

か ね て よ り一 部 で は注 目 され て きた石 川 県農 家 の 高 い兼 業 化 率 は,な に よ り も,こ の よ うな豊 か な地 域 労 働 市 場 の展 開 に よ る と ころが 大 きい で あ ろ う。

兵 庫,京 都,滋 賀 な どの近 畿北 部 か ら,福 井i石 川,そ して 新 潟 に い た る, 織 物 業 ほか 金 物,漆 器,眼 鏡枠 な ど有 数 の 地 場 産 業 地 帯 の農 家 兼 業 化 も,同 様 の 理 由 に よる もの とい え よ う。 と ころが,こ れ らの地 域 は また 同時 に,全 国 的 にみ て も小 作 地 率 の と くに高 い,し か も60年 代 以 降 い ち じる しい上 昇 を み せ た点 で も共 通 性 を もっ て い るの で あ る(第1表)。 この点 に注 目 した 中野 一 新 は

,こ れ らの地 域 で は いず れ も また,農 地 価 格 が,農 業 採 算 水 準 を さ ほ ど上 まわ っ て い な い点 を指 摘 して,そ れ が,農 地利 用権 の流 動 ,賃 貸 借 関係 の拡 大 を許 す こ とに つ なが り,小 作 関 係 をひ ろ げ る こ とに な っ た とこれ を説 明 した。 つ ま り,豊 か な地域 労働 市 場 の展 開 と と もに,た とえ ば大 都 市 圏 の よ うな異 常 な農 地 価 格 の 高騰 が 見 られ な い とい う2つ の事 情 が重 な って い る こ とが,活 発 な農 地 利 用 権 の 流動 を もた ら した と した の で あ る。g}

高度 成 長 以 降 の 異 常 な地 価 高 騰 が,農 業 の発 展 を阻 げ る きわ め て大 きな要 因 に な って い る関係 につ い て は,上 に もす で に見 た と ころで あ るが,そ れで は,激 しい兼 業 化 が,近 畿 北 部,北 陸 一 帯 に とど ま らず 全 国 的 に進 んで い る 今 日の 事情 の 中 で,い ち じる しい高 地価 が 重 な っ た場 合,農 地 利 用権 の 流 動

は いか な る姿 を とる こ とに な るか。 一般 に そ こで は流 動 は進 まず,不 耕 作 地 (休 閑 地)の 形 成 に つ なが る とみ られ て い る の で あ る。

第2表 に よ る と,1980年 の 時 点 で 「過 去1年 間 に作 付 しなか っ た 田,畑 」 は全 国 で じつ に合 計18万4000ヘ ク タ ール,こ れ に 「耕 作 放 棄 地 」9万2000へ

(8)

第1表 小作 地 率 の 推 移 の地 域 比 較 (単位:%) 1955 1960 1965 1970 1975 1980

都 府 県(1」 9.2 7.2 5.8 6.2 5.4 5.7

東 北

7.1 5.1 3.5 3.6 3.2 3.6 北 陸 8.6 7.1 5.8 6.8 6.6 7.7

北 関 東

11.2 9.0 7.4 7.4 6.3 6.0

南 関 東

i 9.2 7.1 6.9 5.2 4.6 東 山 g.s 7.6 6.0 6.5 s.o s.o

東 海

i 8.7 s.s 7.1 5.5 5.3

近 畿

11.4 9.3 7.9 8.9 7.4 7.2

{

南 部

北 部(2)

二 = =

11.87.9 10.96.3 ×2.35.5

中 国 9.0 s.s 5.9 s.7 5.9 6.4 四 国 7.7 6.0 4.8 5.3 4.5 5.0 九 州 8.8 6.4 5.8 6.2 6.2 7.0

〈参考 〉

北 海 道

7.7 3.7 2.7 2.9 3.7 4.9

〔資 料 〕 農 林 水 産 省 『農 業 セ ン サ ス 』 名 年 版 。

〔注 〕(1)沖 縄 県 は の ぞ く。

② 近 畿 北 部 は,滋 賀 県 の 湖 北 ・湖 東 ・湖 西 地 方,京 都 府 の 中 丹 ・丹 後 地 方,兵 庫 県 の 但 馬 ・丹 波 地 方 。

〔出 所 〕 中 野 一 新 『資 本 の 土 地 支 配 と現 代 の 農 地 問 題 』 (注8)160ペ ー ジ。

ク タ ー ル を加 え る と小 作 地 面 積 を 上 ま わ る27万6000ヘ ク タ ー ル,総 耕 地 面 積

9)

の4.5%に あ た る面 積 で あ る。 これ は文 字 どお り,農 地 の空 洞 化i荒 廃 とい う べ きで あ ろ う。

農 地 改 革 に よ って創 出 され た 広 範 な戦 後 自作 農 は,か つ て の地 主 的 土 地 所 有 の くび き を脱 して,さ まざ まの 制 約 の下 で はあ れ,急 速 に農 業 生 産 力 を高 め,短 期 間 に その 生 産 力 水 準 の い わ ゆ る戦 後 段 階 を達 成 して,生 活 水 準 を も 改 善 させ た。

しか し,改 革 遂 行 の時 点 か らす で に指 摘 され,戦 後 農 業 発 展 の最 も大 きな 58国 際経営論集No.71994

(9)

e=と なっ た零 細 農 耕 制 は,克 服 の展 望 を見 出 しえ な い ばか りか,そ の矛 盾 を一 層 深 め て い るの が今 日の 実情 で あ る とい え よ う。60年 代 初 頭 か らの農 家 兼 業 化 ・農 民 層 分 解 の進 展 の 中 で,当 初,̲..̲̲.部兼 業 農 家 の耕 地 の上 層 農 家 へ の所 有 権 移 転 が み られ た が,そ れ も本 格 化 す る にい た らず ,や が て,賃 貸 借 に よる農 地 の流 動 が動 き は じめた 。 だが そ の実 態 は な お,機 械 の償 却 と労 働 力 の 追加 燃 焼 を主 目的 とす る いわ ゆ る 「借 り足 し」的 な(多 くの場合,経 営耕 地 に しめ る小作地 割合 が3割 にみたない ような)規 模 の借 地 に と ど ま る もの で あ っ た。 農 基 法 い らい求 め て きた 大規 模 な借 地 型 経 営 の展 開 はみ られ ず,今 な お,自 作 農 的 土 地 所 有 が,わ が 国農 業 の根 幹 を な して い る と見 るの が 妥 当 で

あ謬 。

第2表 不耕作 地面積の地域比較("1年)

(単 位:ha,%)

過 去1年 間 に作

付 しな か った

耕作放棄 不耕作地 不耕作

滲 考 〉

小作地

田(A) 畑(B)

地 ω(C) (A+B+C} 地 率(2)

面 積

全 国 105,264 79,070 91,746 27fi,080 5.9 262,694

東 北

is,ono 13,122 7,34fi 38,478 4.4 31,935

北 陸

8,13fi 2,754 5,059 15,949 4.5 26,993

関 東

zo,590 17,014 9,669 47,273 7.0 3s,ss5

東 山 3,187 4,943 5,940 14,0?0 8.9 9,sos

東 海

11,046 fi,943 8,790 2fi,779 8.9 15,893

近畿麟

7,355

1,925

1,826 s3s

2,926 x,144

12,107 3,705

6.4 5.8

lo,322 7,906

中 国 11,547 5.38 1,579 28,507 9.5 19,20fi

四 国 4,127 3,235 4,X70 11,732 6.5 9,120

九 州 14,357 12,9fi3 11,925 39,245 fi.5 42,623

〈参 考 〉

北 海 道

4,713 8,942 21,fi92 35,347 3.fi 47,850

〔資 料 〕 農 林 水 産 省 『1980年 農 業 セ ンサ ス 』。

〔注 〕(1)耕 作 放 棄 地 は 経 営 耕 地 面 積 に ふ く ま れ な い 。 (2)経 営 耕 地 面 積 に 対 す る不 耕 作 地 面 積 の 割 合 。

〔出 所 〕 第1表 に 同 じ,171ペ ー ジ 。

(10)

は げ しい地 価 高騰 の な か で,農 地 は,そ の 生産 手 段 と しての側 面 よ りも商 品 と して の性 質 を い よ い よ強 め られ,な に よ りもそ の資 産 価 値 の増 大 が期 待 され る こ とに な る。 そ れ ば か りで な く,農 地 を貸 し出 した場 合,耕 作 権 保 障 に よっ て"自 由"な 土 地 所 有(売 買)が 制 約 され る こ とへ の 警 戒 か ら,や が て

は 「貸 す よ り放 置 した 方 が よ い」 とい う こ とに さ えな るので あ る。

農 業 の 「近 代 化 」,「合 理 化 」 とは何 で あ ろ うか 。戦 後 日本 農 業 の 展 開 に は, は な は だ不 合 理 な 「合 理 化 」 を見 な い わ け に は いか な いで あ ろ う。

農 家 労 働 力 の 流 出 農業生産基盤の崩壊

米 の直 接 的消 費 市 場 に まで 大 き な混 乱 を まね い た 昨 年(1993年)の 凶作 は, 記 録 的 な冷 夏,長 雨,そ して 台 風 な ど まれ に み る異 常 気 象 に原 因が あ っ た こ

とは間 違 い な い。 しか し,よ り基 本 的 な原 因 は,こ の よ うな異 常 気 象 に対 し て,ほ とん ど抵 抗 力 を発 揮 で きな か った今 日の農 業 生産 基 盤 の 弱体 化 に あ る

こ とを見 な けれ ば な らな い で あ ろ う。

梶 井 功 に よ る12,最 近 あ る シ ン ポ ジ ウ ム で1ま次 の よ う な 報 告 が あ っ た とい う。 「作 況 指 数 の大 変 厳 しい環 境 に あ りなが ら,完 熟 た い肥 の 連 用 田(10ア ー ル 当 り1ト ン)で 地 力 窒 素 の発 現 を十 分 に考 慮 した施 肥 管 理 に よ って,平 年 に 近 い10ア ー ル 当 り500キ ロ グ ラ ム の高 い収 量 をあ げ て い る農 家 もあ る」と。 基 肥 を減 ら し,生 育 状 況 を見 なが ら追 肥 で 調 節 して い く とい うの は,冷 害 対 応 施 肥 技 術 と して 昔 か らいわ れ て きた こ とだ が,そ うい う こ とを キチ ン とや っ た農 家,あ る い は障 害 型 冷 害 に速 効 性 の あ る深 水 灌概 を こ まめ にや った 農家 は被 害 が 軽 か った とい うの で あ る。 農 業 白書 も指 摘 した よ うに 「今 回 の冷 害 にお い て も,地 域 の気 象,土 壌 な どの諸 条 件 や 水 稲 の生 育 に応 じて,基 本 技 術 の励 行 を徹 底 す る こ と」 が い か に重 要 か が示 され た の で あ る。

12}

飯 沼 二 郎 の い う と こ ろ も,主 旨 は こ れ と同 じ で あ ろ う。「1961年 の 農 業 基 本 法 制 定 以 来,日 本 農 業 は急 速 に滅 ん で き た 。殼 物 自給 率(食 用 と飼 料 用 を含 む)

60国 際経営論集No.71994

(11)

は,1960年 の83%が1990年 に は30%に 激 減 」 した。 日本 農 業 が滅 ん で きた の は,伝 統 的 な複 合 経 営 を単 品 大 量 生 産 に切 り替 えて きた か らで あ る。「私 の五 十 年 に及 ぶ 日本 内外 の農 業 の研 究 に よっ て は っ き りい え る こ とは,伝 統 的 な 農 業 に基 づ い て近 代 化(労 働 能率 の増進)を す れ ば,農 業 は必 ず 発 展 し,逆

に,伝 統 的 な農 業 を否 定 して近 代 化 す れ ば,農 業 は必 ず滅 び る とい う こ とで あ る。 … …米 国 と違 って 日本 の よ うな高 温 多湿 地 帯 で は,手 間 を増 や せ ば収 量 は 目立 っ て増 え,手 間 を減 らせ ば収 量 は 目立 っ て減 る。 だ か ら,面 積 を拡 大 す る よ り も,作 物 の種 類 を増 や し,手 間 を増 や して,同 時 に多 くの作 物 を つ くる複 合 経 営 を発 展 させ て きた の で あ る」。

農 業 に必 要 な の は,永 年 にわ た っ て培 っ て きた,土 と作 物 を熟 知 した丹 念 な基 本 技 術 の励 行 とい う こ とにな るだ ろ う。"過 剰"な 農 家 労 働 力 を農 外 に ひ き抜 い て,あ とに は機 械 と化 学肥 料 を導入 す れ ば よい 式 の ,無 知 で安 易 な「近 代 化 」 農 政 が,冷 夏,長 雨 に も対 処 で きな い よ うな生 産 基 盤 の 弱体 化 を まね

いた とい う こ とで あ ろ う。

農 基 法 以 降 の 「合 理 主 義 」 農 政 は,化 学肥 料,農 薬 の多 投 に よっ て,自 然 的 地 力 の 回復 は もはや 困 難 な ほ ど に土 壌 を破 壊 し,他 方 で は分 散 錯 綜 耕 圃 制 と もいわ れ る零 細 耕 地 に む りな機 械 化 を進 め て,目 前 の生 産 性 向上 の 代償 と して農 業 生産 力 の もっ と も重 要 な 基 盤 た る労 働 力 を も失 わ せ た の で あ る。 そ れ は同時 に,農 村 社 会 の崩 壊 につ なが る もの で あ る こ とは い う まで もな い で あ ろ う。

周 知 の よ うに,戦 後 高度 成 長 期以 降 の わ が 国農 村 労 働 力 の激 しい流 出 は, 60年 代 に は毎 年80〜90万 人 に もの ぼ り,1960年 か ら1980年 の わ ず か20年 間 に 農 業 就 業 人 口 を じつ に770万 人 減 少 させ て,総 数1 ,300万 人 か ら530万 人(当 初 の40%)に まで減 少 させ る に いた っ た。第3表 に よ る と,こ の 流 出 は次 の よ う な特 徴 を もっ て い た。 そ の第1は,上 に み た よ うに や は り何 よ りも流 出 の 全 体 的 な規 模 の大 き さで あ ろ う。 第2は,流 出 形 態 別 で見 た場 合,転 出(離 村) に対 して 「通 勤 」 形 態(兼 業化)が 終 始 年 に400万 人 台 を維 持 し,前 職 別 で大

戦後農村社会の変動61

(12)

きな比 重 を示 して い る農 業 前 職 者 と と もに労 働 力 流 出 の大 き さ を示 して い る こ と,第3に,農 家 の基 幹 労働 力 と して の青 壮 年 層,あ とつ ぎ の は げ しい流 出 で あ ろ う。

こ う した労 働 力 流 出 の結 果 もた らされ た農 家 労 働 力構 成 の 弱体 化 は驚 くべ 第3表 農 家 世 帯 員 の他 産 業 への 就 職 動 向(単 位:1,000人)

年 次

1963 1965 197a 1975 1979

総 数

933.8 850.2 792.9 567.8 474.6

流形

439.2 410.5 32.5 167.8 114.2

出別

通 勤

494.6 439.7 480.8 400.2 360.4

r: 438.8 395.9 268.8 228.720歳 未 満 307.2 292.2 240.5 139.7 113.4

20‑34歳 130.0 83.9 66.3 78.3

35歳 以 上 71.2 57.5 71.3 s3.o 3fi.9

425.4 411.5 397.5 299.1 246.0

齢 別

20歳 未 満 20‑34歳

312.9 77.7

315.8 65.6

249.8 86.3

155.7 76.2

125.9 78.3 35歳 以 上 34.8 30.2 61.4 fi7.5 41.8

世地 世 帯 主

it 59.6 s7.1 55.5 32.9

董位

の別

あ と っ ぎ

そ の 他 の 家 族

186.0 669.0

157.8 632.8

158.6 5fi7.2

117.0 395.3

109.7 332.0 主 と して農 業 に従 事 して い た もの 247.3 172.9 205.0 145.0 76.1

う ち 男 子 163.9 111.0 112.1 77.3 43.5

主 と して そ の他 の 自営 業 に従 事 34.5 Zs.S 22.0 11.3

家 事 そ の 他 652.0 650.9 5ss.o 404.0 387.3

建 設 業

94.4 81.4 80.6 76.1 58.2

業 産

製 造 業

卸 小 売 ・ 金 融 ・ 不 動 産 業

400.0 159.2

349.1 158.9

349.3 143.4

183.6 129.2

134.0 105.4

業 別

サ ー ビ ス 業

62.1 140.4

56.6

×39.3

44.6 120.6

27.5 107.4

27.8 112.1

〔資 料 〕 農 林 水 産 省 『農 家 就 業 動 向 調 査 』。

〔出 所 〕 井 上 和 衛 「農 民 層 分 解 と農 村 住 民 」(『 日本 資 本 主 義 と農 業 ・農 民 』 〈講 座 今 日 の 日 本 資 本 主 義8>大 月 書 店,1982,所 収)189ペ ー ジ。

62国 際 経 営 論 集No.71994

(13)

き もの と な っ た 。 第1図 に 示 さ れ る よ う に,1989年 時 点 で 基 幹 男 子 農 業 専 従 者(59歳 以 下 の 男子 農 業 専 従 者)の い る農 家 は,わ ず か に70万 戸

,420万 農 家 全 体 の16.7%に ま で 減 少 した 。 こ れ を1兼 農 家 だ け に つ い て み る と

,な お61%

を 維 持 して い る もの の,II兼 農 家 の 場 合 は わ ず か に3 .9%と い う ほ とん ど壊 滅 状 態 で あ り,こ の 層 は も は や 農 家 の 実 質 を 失 っ て い る こ と を 示 し て い る

。 専

第1図 基幹 男子農 業専従 者の い る農家の分布の概念 図(1989年)

38.7

603‑Tう 」574『Fア

14.4%13 .7%

全 農 家

4,194千 戸 (100%}

234千 戸351千 戸117千

33.3%50.0%16 .7%

基 幹 男 子 農業 専 従 者 の い る農 家 XO2=1000

3,016『F声 71.9%

3.9

〔資 料 〕 「農 業 調 査 」。

〔注 〕 自 立 経 営 農 家 は,全 農 家 の5。1%と 推 算 さ れ る 。(63年 度 「農 家 経 済 調 査 」 よ り)。

〔出 所 〕 井 上 和 衛 「兼 業 農 家 の 動 向 」(東 井 正 美,暉 峻 衆 三,常 盤 政 治 ,久 野 重 明 編 著 『日 本 経 済 と農 業 問 題 』 ミネ ル ヴ ァ書 房,1991,所 収)203ペ ー ジ 。

戦 後 農 村 社 会 の 変 動63

(14)

業 農 家 層 の場合 は39%で1兼 農 家 よ りむ し ろ弱体 で あ るが,こ れ は,兼 業 に 従 事 した くて もで き ない よ う な,い わ ば と り残 され た高 齢 専 業 農 家(あ とつ ぎ な どの離 農後 に残 された,高 齢者 のみの農家)の 比 重 が大 き くな っ て い るた め と 思 わ れ る。総 数420万 戸 の 農 家 の うち,そ の83%が 基幹 男子 農 業専 従 者 を欠 く とい う この 実情 は,ま さ に今 日の 日本 農 業 の崩 壊 ぶ りを示 す もの で あ ろ う。

1988年 の時 点 に お け る この よ う に弱 体 化 したII兼 農 家 の,わ が 国 の農 業 生 産 に 占 め る シ ェア を示 した の が 第4表 で あ る。 これ に よる と水 田稲 作 にっ い て は,経 営耕 地 面積,農 業 粗 生 産 額 の い ずれ につ い て も57%と い う大 きな比 重 を もっ て,そ の過 半 を背 負 って い る こ とが わ か る。 と ころが 同 時 に,こ の II兼 農 家 の96%を しめ る 「基幹 男 子 農 業 専 従 者 の い な い農 家 」 の生 産 性 は,

第4表 専兼 業 別 農 家 の生 産 シ ェア(単 位:%)

専業農家

1兼 農家 II兼 農 家

1975 1988 1975 1988 1975 1988

農 家 戸 数

13.5 14.4 Zo.S 13.7 66.0 71.9

経営耕地面積

25 26 35 28 40 46

う ち 田 18 15 37 28 45 57

普 通 畑

37 35 30 32 33 33

樹 園 地

25 25 30 Zs 45 49 借 入 地 24 30 S 33 38 37

農業就業者

22 24 34 28 44 48 うち農業専従者 34 30 41 39 25 31

農業固定資本額

Zs 26 35 34 39 44

農業粗生産額

28 28 42 39 30 33

う ち 稲 18 14 39 29 43 57

露地野菜 33 29 40 40 27 31

果 樹

32 29 37 3s 31 35

養 蚕

23 23 3s 33 41 44

〔資 料 〕 農 林 水 産 省 「農 業 セ ンサ ス 」,「農 業 調 査 」,「農 家 経 済 調 査 」。

〔出 所)第1図 に 同 じ,202ペ ー ジ 。 64国 際経 営論 集No・71994

(15)

第2図 農業労働 力保有状態別農 家の農 業生産性

労8000 働 生 産 性6000

4000

11#

150f二 生.

100千

50

00

1975198019851988

[=コ 労働 生 産性(A)土 地生 産性(A)

¥¥¥労 働 生 産性(B)一 一一 土 地 生 産性(B)

〔資料〕 農林水産 省 「農家経済調査」。

〔注〕1.(A)e基 幹 男子農業専従者の いる農家 (B)=農 業 専従 者の いな い農家

2.労 働生産性 駕自家農 業投 下労働10時 間当 り農業純生産 3.土 地生産性=経 営耕地10a当 り農業純生産

4.農 業純 生産=農 業粗収益 一物財費(農 業生産 による付加価値)

〔出所〕 第1図 に同 じ。

第2図 に み ら れ る よ う に,「 基 幹 男 子 農 業 専 従 者 の い る 農 家 」に比 べ て い ち じ る し く低 位 で,し か も両 者 の 格 差 は い よ い よ拡 大 す る傾 向 を み せ て い る の で あ る 。 さ き に み た1993年 の 米 凶 作 の 背 後 に は,こ の 米 の 生 産 の 大 半 を支 え て い るII兼 農 家 の この よ う に 脆 弱 な 労 働 力 構 造 が あ る と い う実 態 に も十 分 注 目 す る こ とが 必 要 で あ ろ う。

(1994.5.27}

戦後農村社会の変動65

(16)

注Dの紛の

暉 峻 衆 三 『日本 農 業 問題 の 展 開 下 』 東 京 大 学 出版 会,1984,367ペ ー ジ。

RP.ド ー ア 『日本 の農 地 改 革 』 岩 波 書 店,1965,99ペ ー ジ。

暉 峻衆 三,前 掲 書,435〜437ペ ー ジ参 照 。

農 地 改 革 記 録 委 員 会 編 纂 『農 地 改 革 顛 末 概 要 』 御 茶 の 水 書 房,1977(復 刻 版),482〜483ペ ー ジ 。

5)山 田 盛 太 郎 「農 地 改 革 の 歴 史 的 意 義 」(東 京 大 学 経 済 学 部 『戦 後 日 本 経 済 の 諸 問 題 』 有 斐 閣,1949,所 収)182〜183ペ ー ジ 。

6)綿 谷 赴 夫 「農 地 改 革 後 の 農 地 政 策 の 課 題 」1951(の ち に,『 著 作 集 』 第 二 巻, 農 業 構 造 の 理 論,農 林 統 計 協 会,1979,に 所 収)35〜36ペ ー ジ 。

7)大 内 力 『日 本 資 本 主 義 の 農 業 問 題 』(改 訂 版)東 京 大 学 出 版 会,1952,299 ペ ー ジ 。

8)中 野 一 新 「資 本 の 土 地 支 配 と 現 代 の 農 地 問 題 」(『 日 本 資 本 主 義 と 農 業 ・農 民 』

〈講 座 今 日 の 日 本 資 本 主 義8>大 月 書 店,1982,所 収)159〜167ペ ー ジ 。 9)同 上 書,171ペ ー ジ 。

10)暉 峻 衆 三 「日 本 農 業 の 展 望 」(暉 峻 衆 三,東 井 正 美,常 盤 政 治 編 著 『日 本 農 業 の 理 論 と 政 策 』 ミ ネ ル ヴ ァ 書 房,1980,所 収)297ペ ー ジ 参 照 。

11)梶 井 功 「コ メ 減 反,前 提 か ら 再 考 を 」(日 本 経 済 新 聞,1994.5.25.朝 刊) 12)飯 沼 二 郎 「農 政 の 見 直 し論 議 こ そ が 基 本 」(朝 日 新 聞,1993.11.18.朝 刊

「論 壇 」)

66国 際 経 営 論 集No.71994

参照

関連したドキュメント

荒神衣美(こうじんえみ) アジア経済研究所 地域研究センター研究員。ベトナム の農業・農村発展について研究しており、

韓国はアジア通貨危機後の 年間, 経済構造改革に取り組んできた。 政府主導の 強い改革を押し進め,通貨危機のときにはマイナス

It was the only newspaper on land reform for rural land commissions and the full-time municipal rural land committee secretary. This article aims to examine the perspectives

 富の生産という側面から人間の経済活動を考えると,農業,漁業ばかりでは

people with huge social costs which have not been satisfactorily mitigated by social policy in.. : Social costs of

主食については戦後の農地解放まで大きな変化はなかったが、戦時中は農民や地主な

○国は、平成28年度から政府全体で進めている働き方改革の動きと相まって、教員の

演題  介護報酬改定後の経営状況と社会福祉法人制度の改革について  講師