ル
・コルビュジエの建築における
「窓」
M.T.
建物に窓は付きもの。特殊な用途の建物でない限り、壁、時に天井には窓が設けられる。出窓、 天窓、飾り窓、裏窓、のぞき窓・・・。窓と一口にいってもその形態は様々あるように、目的や用 途も様々。いずれにせよ、窓は壁によって閉ざされた空間に自由をもたらす。しばしば窓は風景を 切り取るといわれるが、ということは窓というものは風景画の額縁と考えることができる。その額 縁は、内側に立つ観者に、立ち位置や目の高さなどによって自在にゕングルが切り替わる風景画を 鑑賞させてくれる装置なのである。しかしこのように外の世界を見せてくれる窓は、逆から言えば、 内の空間を外に晒してしまう装置でもある。窓は外の風景を切り取る代わりに内の生活も切り取っ て外に晒すのである。内側の人間を、眺められる対象にもしてしまう窓は、建築の外観を考える時 も当然重要な要素となる。 ル・コルビュジエは「ピロテゖ、屋上庭園、自由な平面、水平連続窓、自由な立面」という近代 建築の五大要素を提唱した。実際の建築作品の中にも、数々の実践例を見ることができる。今回現 地で私が訪れた建築にもそれらの要素は見られ、机上で学んできた五大要素を生で見ることができた喜びはひとしおであった。そして私が見てきたコルビュジエの建築はどれも共通して、窓が建物 全体に対して占める割合が大きいという点が一番印象に残った。それもコルビュジエが提唱した近 代建築の五大要素のひとつ、水平連続窓によるところが大きいようであった。この水平連続窓とは 均等な光を室内に取り込むために、「従来の縦長の窓が太陽の動きによって、すぐに日差しが入らな くなるのに対して、横長だと常時日光を導き入れることが可能」(引用:『再発見/ル・コルビュジエ の絵画と建築』林 美佐 著 ※)であるという論理に基づいて作られた窓である。水平連続窓はコル ビュジエの代表作であるサヴォゕ邸(1.)はもちろん、外観のみ見ることができたいくつかのゕパ ートやゕトリエでも見られた。そして水平連続窓を中心に見てみると、サヴォゕ邸とゕパートやゕ トリエはどれも似ているように感じた。整然と横に並ぶ四角い窓が、どの建築においても記号のよ うにリピートされていることで、統一感を生み、結果、水平連続窓がコルビュジエ建築のシンボル のようになったからそう感じたのかもしれない。またその他の学生会館シリーズでは、ロビーやサ ロンには広い窓が配されており、光を室内にたくさんとりこんでいた様子が印象的であった。そこ で、これほど目立った「窓」という要素がコルビュジエ建築の中でどう考えられ、どのような効果 を生んでいるのか考察してみたいと思う。 まず、今回見てきたコルビュジエ建築の窓の様子をまとめてみる。ゕパートやゕトリエでは、水 平連続窓のほかにも変わった形状の窓がいくつか見受けられたが、どの窓もやはり大きめであった。 スス学生会館の外観は窓自体が外壁と言っていい程密集していた。一方ブラジル学生会館では外 壁の部分がほかの建築に比べると多いという印象を受けた。また、ススとブラジル学生会館に共 通して言えるのが、一階部分の前面ガラスであった。サヴォゕ邸は言うまでもなく水平連続窓が外
壁を一周し、一階ロビー部分に見られた半円柱型の窓や、スロープの斜めのランにそった窓も印 象的であった。では、建物における窓の比率が大きいということは何を意味するのだろうか。 光を多く取り込む ↑ 住む人間に解放感を与える ← 窓が占める割合が多い → 住む人間に(見られる)緊張感も与える ↓ 招かれざる客*も多く取り込む *…例えば害虫や泥棒、花粉など 泥棒に関しては、窓が多いと外の目があるので逆に入りにく くなるとも考えられるが、窓の大きい空間の中に住むとなると、 これらのような利点と欠点が考えられると思う。実際、壁の端 から端までを窓が横切るという水平連続窓のゕデゖゕをコ ルビュジエが考案した 1920 年代、保守的な住民にとってこの ような窓に囲まれた空間は確かに抵抗があったようで、住民に よって水平連続窓の半分以上を壁で潰されたということもあ ったようだ。しかしそれでもコルビュジエは窓の広さを追及した。「建築の要素は、光と影、壁体と 空間である。」(引用:※)と語るように、コルビュジエにとって、光は重要であったのである。コル ビュジエはのちに三角の連続する天窓によって採光と泥棒よけの両方がかなうゕデゖゕを考えた。 サヴォゕ邸では、大きく窓がとられたほとんどの部屋が自然光で十分であった。窓から室内に差 し込む柔らかい光は、部屋ごとに違った色が塗られた壁や床に、また違った色味を加えていた(2.)。
次に、大きな窓によって得られる解放感については、実際にサヴォゕ邸でコルビュジエがデザン した椅シェーズロングに寝そべって体験することができた (3.)。この部屋は一番大きな部屋で、外 のスロープや屋上からも中の様子がはっきり見 える開放的な造りになっている。そこには自然光 が差し込み、まさに窓が生み出したくつろぎの空 間であった。また、窓がある空間には必ず椅子が 配されていたように思う。さらに、サヴォゕ邸と ブラジル学生会館は共通して、一階部分の壁が半円形のガラス張りになっていた。これらの壁は建 物に光を取り込むだけでなく、外部からの訪問者に気付きやすく、内の静の空間に外の動を伝える。 ゕパートの窓からはまた違った窓の側面が見えた。ある程度人通りのある通りに面したゕパート を外から見学した際、窓の存在感はここでもまた大きかった。しかし、通りに面した窓が多い分、 住人達の外の目を気にする動きが多く見受けられた。家という内の空間に暮らしていながらも、誰 かに見られているという意識が住人の行動に表れ、窓に近づく住人の表情に少しの警戒心が窺えた。 4.のゕパートでは、二階部分が写真のように窓が配されており、通りから見上げれば部屋の中が覗
けるといった状態であった。実際に撮影中、中の住人の方がこちらに気づいて去って行ったのでな んとなく申し訳なく思った。とはいえ窓のカーテンの色がカラフルで、通りのマンションの中でも 一際洗練された印象を受けたのでしばらく見とれてしまった。5.のマンションは今回見たマンショ ンの中でも窓の造りが面白かった。壁面に方形や円形の窓があり、曲線的な建物の角には、その形 にそって窓が並んでおり、とても変わった外観のゕパートであった。この場所を訪れた時、ここの 住人の方の一人が一生懸命四階の窓を右から順に磨き上げていた姿が印象に残った。ただ掃除して いただけかもしれないが、見られる窓であることを意識しているようにも思えた。 オザンフゔンのゕトリエ(6.)では、壁のほとんどが窓と思 えるような水平連続窓が見られた。日当たりがよさそうなの でここは室内の温度も上がりそうである。周りに緑が豊かな この建物の水平連続窓には、木々の緑が映って建物と自然と が一体化しているようにも見えた。水平連続窓が建物を透明 にし、建物の向こう側に広がる景色を見ることを可能にする。 コルビュジエの建築物は、他の装飾豊かなパリの建築物の中 では少し浮く存在のように思われたが、サヴォゕ邸やオザンフゔンのゕトリエを見てみると、自然 との相性はとても良いように感じた。「自然をよく観察することを教えられたル・コルビュジエは、 その中に潜む規則性や幾何学的な美しさに深く感動して」(引用:※)いたことから窺えるように、 コルビュジエに特徴的な直線的で規則的と言えるデザンは意外にも自然から想を得ているのかも しれない。
ブラジル学生会館とスス学生会館の一階部分のロビーやサロンで見られた前面ガラスは、コル ビュジエが水平連続窓の次に取り入れたカーテンウォールの例である(7.8.)。「太陽は昇り、光は充 ち、人々は目覚め、活動を始める……近代人には太陽の光はぜひとも必要である。それは生きる歓 びにつながるだけでなく、活動の効率にもつながる。」(引用:※)とコルビュジエは述べ、日光への 限りない欲求が感じられる。近代建築の五大要素の一つ、屋上庭園での日光浴を提唱していた彼は 水平連続窓よりさらに多くの光を取り込むことができるカーテンウォールによって、まさに日光を 浴びられるほどに進化した窓を実現したといえる。 サヴォゕ邸の屋上庭園にあるスロープを上がっていく と、そこにはのぞき窓がある(9.)。周りの風景が壁で隠さ れているので、のぞき窓の中の風景だけが強調されること になる。その額縁の中の風景画は見る者にその周りに広が っているであろう風景への興味を引き出し、結果、風景を 区切ったはずの額縁は逆にその風景に「永遠の広がり」(引 用:※)を与えている。こののぞき窓の効果は今回の考察の中でもっとも興味深く感じた。ひとはの
ぞき窓があると無条件にのぞいてみたくなる。窓を介さずに見る風景と窓を介して見る景色とでは、 同じ景色でも限定された中での見る景色のほうが特別なような気がするものである。普段自分の意 志とは関係なしに勝手に視界に入ってくる景色に対して、自分から窓に近づいて求めた景色におい ては感動を発見しやすい。コルビュジエがここに仕掛けたのぞき窓は、風景画の発見へ人々を導く。 「そこに窓があるということは見るべき景色がそこにあるのかもしれない」というように、窓は内 にいる人間の外界への興味を促す装置でもあるのではないか。 今回この研究旅行を通して、コルビュジエの建築の「窓」に焦点を当てて考察してきたが、コル ビュジエの窓へのこだわりの裏には、光と輝きを求めるコルビュジエの趣向があり、現在、後藤ゼ ミの授業で苦しみながら読み進めるコルビュジエの著書『ユルバニスム』にもつながるものがあっ た。コルビュジエは建築においても都市計画においても常に光と輝きを目指していたということが 分かり、この研究旅行の成果はこれから難解な文献を読み進めていく上での大きな手助けとなるこ とだろう。