神経筋電気診断 Case of the Issue No. 13 臨床神経生理学 45(6):532―540,2017 臨床神経生理学 45 巻 6 号
ビタミン B12 欠乏性神経障害
畑 中 裕 己
要旨 ビタミン B12 欠乏による神経障害は,一般的な教科書には主な障害部位は亜急性 連合性脊髄症が強調され,後索障害,深部感覚,振動覚障害と記載されている。大半の医 療従事者にとっては,限定的な理解でもさほど困らないかもしれないが,実際の臨床では ビタミン B12 欠乏神経障害の病変は,脊髄,神経根,末梢遠位と多岐にわたる。また MRI画像で明確な病変を指摘できない症例も多く,B12 が正常値の場合もあることを強 調しておきたい。病変の局在部位を認識し,検査異常を示す電気生理学的メカニズムを理 解することが,正確な診断と病態の把握に役立つと思われる。Key Words: vitamin B12, subacute combined degeneration, somatosensory evoked potential, peripheral neuropathy, folic acid
はじめに ビタミン B12 欠乏症は,医療従事者にとってはい にしえの疾患ではあるが,今でも神経障害を呈して も,治療の逆転チャンスがある代表的疾患である。亜 急性連合性脊髄症の後索障害に病巣を求めがちになっ てしまうが,脊髄内伝導正常で,末梢神経のみ異常を 呈する病態も存在する。末梢神経伝導検査(Nerve Conduction Study: NCS),体性感覚誘発電位(Somato-sensory Evoked Potential: SEP)の応用について,実 症例の電気生理検査所見を通して,本疾患に障害部位 の多様性があることに注目されたい。 症例提示 1(遠位末梢神経障害) 58歳の女性。主訴は歩行困難。数十メートル歩く と,頭がグラグラするようになり,立っていると両下 肢がしびれを自覚するようになった。内科より紹介受 診。歩容はよいが,片足立ちができなく,Romberg 陽性。腱反射亢進,振動覚低下あり。初診医が,体性 感覚誘発電位と MRI をオーダー,1 週間後の SEP の 測定日に採血結果を確認すると,糖尿病はなく,B12 は 143 pg/ml(正常値 180-914)と低値であったが, MRIでは明らかな異常信号を認めなかった。偏食は ないが,十二指腸潰瘍手術を以前に行っていた。ビタ ミン B12 の筋注を行い歩行に改善が得られた。 電気生理検査の所見を表 1 に示す。 NCSの結果は,運動神経伝導検査(motor conduction study: MCS)は脛骨神経の F 波を含めすべて正常。一 方感覚神経伝導検査(sensory conduction study: SCS) の上肢は正常,腓腹神経感覚神経電位(sensory nerve action potential: SNAP)振幅低下のみを認めた。
右脛骨神経刺激 SEP(図 1)は,N8 成分(膝窩の末 梢神経の near field potential)の振幅は 2 𝜇V と正常。
N8o(o は onset の略)潜時延長(+4.47 SD)を認めた
が,N8 以降の P15(大腿から体幹への junctional poten-tial),N21(S1 仙髄後角シナプス後電位),N30(内側 毛帯+薄束核),P38(皮質成分)のそれぞれ成分間潜 時は正常であった。この SEP の標準偏差の簡易参照 表は,2003 年 Miura らの論文が元である1)。また, SEPの各成分の総説,解説については園生が精力的に 発行している参考文献の項をご参照いただきたい2∼4)。 NCSと SEP より,膝から下の末梢神経障害が疑わ 帝京大学神経内科
れ,腓腹神経 SCS では,足首外顆より近位 15 cm まで は振幅低下,脛骨神経刺激 SEP では脛骨神経の足首 から膝窩までの潜時延長を認め,軸索,髄鞘いずれの 障害も疑われた。膝窩より脊髄,大脳皮質への潜時間 遅延は認めず,本症例は膝より下のみの遠位優位感覚 神経障害の診断となった。 症例提示 2(末梢+脊髄障害) 65歳男性。4 か月前から手足のしびれを感じて,足 が勝手に動いてしまうことがあった。1 週間前より急 にしびれが強くなり,独歩困難となり,救急車で当院 に入院。下肢のアテトーゼ様運動を認める。味覚障害 も訴えている。ビタミン B12 濃度は 181 pg/ml(180- 914)と正常下限。B1 濃度は 45 ng/ml(20-50),RBC, 293万,Hb 12.0 g/dl,MCV 121.5 fL と大球性貧血を 呈していた。 電気生理検査の所見を表 2 に示す。 MCSでは正中,尺骨,脛骨神経は正常で,F-wave 測定は行わなかった。SCS は正中,尺骨,特に腓腹神 経でそれぞれ SNAP 低下を認めた。 脛骨神経刺激 SEP(図 2 a)では,N8o は潜時正常 であるが,N8o-P15 までの膝窩から坐骨神経入口部 までの潜時間が 5.06 SD と著明に延長。P15-N21 間の 潜時は正常であるが,N30,P38 成分は消失しており, 大脳皮質までは電位が届かなかった。これより末梢神 経近位の障害に加え脊髄-中枢内伝導の重度障害が考 えられた。 正中神経刺激 SEP では(図 2 b),N9o(erb の腕神
経叢の near field potential)潜時より遅れ,N11′o(脊
髄後索上行電位の near field potential)潜時はさらに 遅れ,P13/14(主に内側毛帯の junctional potential) も遅れている。一方 P13/14 から N20(皮質感覚野電 位)間の遅れはない。
上肢 median SEP は,下肢 tibial SEP の N21-P38 の ように正確な central conduction time を計測するのは 難しい。中枢と末梢の境界を明確にするのは P13/14 成分自体が,各成分の複合体であるため,N9o-P13/
14間は erb 点より延髄まで,末梢神経から脊髄後角
を経て内側毛帯への経路であり,末梢と中枢の
transi-tional zoneとして捉えたほうがよい。N9o-P13/14 潜
時間の SD は 11.04 と顕著に延長し,末梢神経近位
図 1 右脛骨神経刺激 SEP
PFi:刺激同側膝窩,K:刺激同側膝内側,Cz′:Cz の 2 cm 後方,Cc:刺激体側中心野,ICc:刺激対側腸骨稜,GTi:刺 激同側大転子,C2s:第二頸椎棘突起。N8 成分(膝窩の末梢神 経の near field potential)N8o(o は onset の略)潜時延長(+ 4.47 SD)を認めたが,N8 以降の P15(脛骨神経が大坐骨孔で 骨盤内に入る部分で発生する,大腿から体幹への junctional potential),N21(S1 仙髄後角シナプス後電位),N30(内側毛 帯+薄束核),P38(皮質成分)のそれぞれ成分間潜時は正常。 NCS 遠位潜時 CMAP/SNAP NCV MCS 右正中神経 右尺骨神経 右脛骨神経 3.4 ms 2.7 ms 3.1 ms 12.4-11.8 mV 17.6-16.9-16.22 mV 13.4-9.2 mV 55 m/s 57 m/s 43 m/s F-latancy 47.5 ms FWCV 48 m/s SCS 右正中神経 右尺骨神経 右腓腹神経 2.12 ms 1.84 ms 3.12 ms 24.0 𝜇V 20.9 𝜇V 1.5 𝜇V ↓(>2.7) 58 m/s 53 m/s 48 m/s SEP(SD は身長 155 cm,58 歳,女性で計算) 右脛骨神経刺激 N8onset P15 N21 N30 P38 8.2 17.4 25.2 33.0 42.0 (ms) SD +4.47↑ +3.29 +4.84 +4.51 +3.93 N8o N8o-P15 P15-N21 N21-P38 8.2 ms 9.2 ms 7.8 ms 16.5 ms SD +4.47↑ +1.32 +2.27 +0.38 この標準偏差の簡易参照表は,2003 年 Miura らの論文を参 照されたい1)。
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(erb 点より近位)-脊髄後角-延髄までの著明な遅延が あると判断する。
N11′o は脊髄後索を上行する near field potential で
あり,後索の状態を反映する電位であり,N9 と P13/ 14の中継点と判定したくなるが,P13/14 成分は正確 には頸髄内のいろいろな成分の複合体であり,一部が N11と前後関係が曖昧な点もあり,純粋に中間点とは 定義できず,SEP を行うときにこの計測は must では なく,N9,P13/14 を重視する。 本症例では,胸髄 MRI で後索に T2WI で典型的な 高信号を認め,胃壁の内因子抗体が陽性であった。ビ タミン B12 週 3 回注射のあと,内服に切り替えたと ころ,徐々に歩行できるようになり,退院された。 症例提示 3(脊髄伝導障害) 73歳男性。糖尿病,高血圧で内科通院中,アルコー ルの多飲あり。5 年前より本態性振戦に対して神経内 科医からクロナゼパムが処方されていたが,首,手の ふるえと,階段を降りる時の困難さが悪化,精査入院 したところビタミン B12 が 101 pg/ml と低下してい た。ビタミン B1 は 35 ng/ml であった。内因子抗体, 抗胃壁抗体は陰性で,脊髄 MRI に異常信号を認めず。 電気生理検査の所見を表 3 に示す。MCS の正中, 図 2 b 右正中神経刺激 SEP(症例 2) EPi:刺激同側 erb 点,NC:非頭部基準電極(刺激対側肩), C6s:第 6 頸椎棘突起,CPc:刺激対側 C3 と P3 の中点。N9o 潜時より遅れ,P13/14(主に内側毛帯の junctional potential)が 著明に遅れている。一方 P13/14 から N20(皮質感覚野電位) 間の遅れはない。N9o-P13/14 間の末梢と中枢の tranzitional zoneの SD は 14.06 と顕著に延長し,末梢神経遠位の軽度遅延 に加え,末梢神経近位(erb 点より近位)-脊髄後角-延髄までの 著明な遅延が明らかになった。 図 2 a 右脛骨神経刺激 SEP(症例 2) N8o は潜時正常.N8o-P15 潜時間が 5.06 SD と延長。P15-N21間の潜時は正常であるが,N30,P38 成分は消失。末梢神 経近位障害と脊髄-中枢内伝導の重度障害が考えられた。 表 2 症例 2 NCS 遠位潜時 CMAP/SNAP NCV MCS 右正中神経 3.3 ms 9.5-8.7 mV 56 m/s 右尺骨神経 2.7 ms 14.4-13.1-13.4 mV 54 m/s 右脛骨神経 3.0 ms 12.2-8.3 mV 41 m/s F波測定はしていない SCS 右正中神経 2.60 ms↑(<2.52)9.3 𝜇V↓(>9.8) 50 m/s↓(>52) 右尺骨神経 1.98 ms 4.2 𝜇V↓(>7.8) 56 m/s 右腓腹神経 2.98 ms 0.8 𝜇V↓(>2.7) 50 m/s(順行) 3.52 ms 0.9 𝜇V↓(>4.7) 43 m/s(逆行) SEP(SD は身長 165 cm,65 歳,男性で計算) N8onset P15 N21 N30 P38 右脛骨神経刺激 7.8 20.6 28.6 消失 消失(ms) SD +1.42 +4.66 +6.36 ̶ 潜時間 N8o N8o-P15 P15-N21 N21-P38 7.8 ms 12.8 ms 8.0 ms 消失 ms SD +1.42 +5.06↑ +2.06 ̶
N9 onset N11′o P13/14o N20o
右正中神経刺激 9.4 13.0 16.1 20.4 消失(ms)
SD +2.93 +7.07↑ +10.02↑ +9.42↑
潜時間 N9o N9o-N11′o N11′o-P13/14o N9o-P13/14 P13/14o-N20o 9.4 ms 3.6 ms 3.1 ms 6.7 ms 4.3 ms
尺骨,脛骨神経は F-wave を含め正常。SCS も正中, 尺骨,腓腹神経すべて正常であった。
脛骨神経刺激 SEP(図 3 a)では N8o,P15,N21 成 分潜時は正常,N30 成分は判別不能。P38 潜時のみが 遅れており,末梢神経は正常,脊髄内遅延のみが考え られた。
正中神経刺激 SEP(図 3 b)では,N9o(erb 点を通 過する腕神経叢の near field potential)は正常,N11′o (脊髄後索上行電位の near field potential)からやや延 長 の 兆 し が あ り,P13/14′o(主に内側毛帯の junc-tional potential)が遅延していた。。N9o-P13/14o まで の潜時は+5.27 SD で延長していた。P13/14 から N20 (皮質感覚野)は正常であった。本症例もビタミン B12の筋注により歩行は改善したが,現在もしびれ感 を訴え外来に通院している。 症例提示 4(脊髄伝導障害) 64歳男性。半年前買い物中めまいを覚え,同時に 腰から下の脱力あり,しゃがみこんだときに便失禁を した。以降足がもつれるようになり,トイレに間に合 わず便失禁をするようになった。ふらついて立位を保 持できずに,家の中の階段は手すりをつかうようにな り,外出はトランクケースを杖の代わりにして歩くよ うになった。近医の内科を経由した他院神経内科よ り,脳脊髄の MRI を撮影されて異常を認めないこと より痙性対麻痺として精査目的で紹介される。診察所 見では,両下肢の深部知覚低下と,痙性あり。腱反射 も亢進。Hb 12.3,MCV 120.1 BitB 12<50,胃壁抗 体陽性,内因子抗体陽性。 電気生理検査 NCS は行わず左脛骨神経刺激 SEP (表 4,図 4)のみ行われた。症例 3 同様に,N8o(膝 図 3 b 右正中神経刺激 SEP(症例 3)
N9o(erb 点を通過する腕神経叢の near field potential)は正 常,P13/14′o(主に内側毛帯の junctional potential)から遅れて N9o-P13/14o 間 は+6.51 SD と 延 長 し て い た。P13/14o-N20 間は正常であった。 NCS 遠位潜時 CMAP/SNAP NCV 右脛骨神経 3.4 ms 13.7-8.6 mV 41 m/s 右脛骨神経 F-latency 50.4 FWCV 45.2 m/s 右腓腹神経 2.92 ms 4.5 𝜇V 51 m/s(順行) 2.90 ms 5.7 𝜇V 52 m/s(逆行) SEP(SD は身長 166 cm,73 歳,男性で計算) N8onset P15 N21 N30 P38 右脛骨神経刺激 7.3 16.2 24.1 40.1(ms) SD -0.50 -1.64 +0.00 +3.59 潜時間 N8o N8o-P15 P15-N21 N21-P38 7.3 ms 8.9 ms 7.9 ms 21.9 ms SD -0.50 -1.78 +1.71 +4.50↑
N9onset N11′o P13/14o N20o
右正中神経刺激 9.1 11.2 14.2 18.7(ms)
SD +1.44 +2.04 +4.56↑ +4.78↑
潜時間 N9o N9o-N11′o N11′o-P13/14o N9o-P13/14o P13/14o-N20o 9.1 ms 2.1 ms 3.0 ms 5.1 ms 4.5 ms SD +1.44 +1.99 +5.27↑ 6.51SD↑ +1.19 図 3 a 右脛骨神経刺激 SEP(症例 3) N8o,P15,N21 成分潜時は正常,N30 成分は判別不能。P38 潜時のみが遅れており,末梢神経は正常,脊髄内遅延のみが考 えられた。
臨床神経生理学 45 巻 6 号 窩)は 7.8 ms(0.89 SD),P15(坐骨神経入口部)は 17.4 ms(0.24 SD),N21(S1 仙髄後角シナプス後電 位)25.4 ms(1.66 SD)と正常に伝導しており,それぞ れ N8o-P15 間 も-0.27 SD,P15-N21 間 も 1.93 SD で あった。しかし N30,P38 成分が出現していない。 N30成分は正常でも導出が難しいことはあるが,脊髄 障害があっても皮質の P38 成分は amplifying effect で 出現することが多いが,本例では認めなかった。末梢 神経は正常で,N21 成分までしっかり導出されており 刺激不足の要素も除外できているので,脊髄内の高度 な障害がメインと考えられた。 ビタミン B12 筋注で 3 か月後には歩行状態は大幅 に改善し,支えがなくても歩けるようになったが,完 全回復とまではいかず,しびれと痙性は残り,外来通 院を継続している。 症例提示 5(脊髄障害) 71歳男性。63 歳のとき胃全摘の既往あり。1 年前 から両足全体が,こむら返りのように硬直することが たびたび起こるようになった。両手のしびれと感覚が にぶいこと,足元のふらつきを主訴に来院。ひげの剃 り跡をさわっても感覚がよくわからなくなる,はしを 持つ感じがしっくりこない,洗面所で顔をあらうとき によろめくようになったとのこと。採血では 1 年前 98であった MCV が 128.5 fL と上昇しており,ビタミ ン B12 が 50 pg/ml 以下と著明に低下していた。MRI でも頸髄病変を呈しており,典型的な症例であった。 表 5 に電気生理検査所見を示す。 NCSでは,MCS は正常であるが,SCS で左正中神 経,尺骨神経ともに軽度の伝導速度の遅延と SNAP 振幅低下あり。 左正中神経刺激 SEP では,N9o(erb 点を通過する 表 5 症例 5 NCS 遠位潜時 CMAP/SNAP NCV MCS 左正中神経 3.7 ms 8.8-8.6 mV 52 m/s 左尺骨神経 2.4 ms 12.4-11.4-10.8 mV 61 m/s F波測定はしていない SCS 左正中神経 2.80 ms↑(<2.52) 9.3𝜇V↓(>9.8) 48 m/s↓(>52) 左尺骨神経 2.44 ms↑(<2.28) 5.9𝜇V↓(>7.8) 45 m/s↓(>47) SEP(SD は身長 161 cm,71 歳,男性で計算) 治療前 SEP
N9onset N11′o P13/14o N20o 左正中神経刺激 9.7 ms 11.4 ms 13.5 ms 18.9 ms(ms)
SD +3.97 +3.36 +3.81 +6.22
潜時間 N9o N9o-N11′o N11′o-P13/14o N9o-P13/14o P13/14o-N20o 9.7 ms 1.7 ms 2.1 ms 3.8 ms 5.4 ms SD +3.97↑ +0.08 +0.69 +0.92 +5.34↑ 治療後 SEP
N9onset N11′o P13/14o N20o 左正中神経刺激 8.8 ms 10.5 ms 12.8 ms 17.2 ms(ms)
SD +1.40 +1.20 +2.07 +2.35
潜時間 N9o N9o-N11′o N11′o-P13/14o N9o-P13/14o P13/14o-N20o 8.8 ms 1.7 ms 2.3 ms 4.0 ms 4.4 ms SD +1.40 +0.08 +1.76 +1.85 +0.73 図 4 左脛骨神経刺激 SEP(症例 4) N8o(膝窩)は 7.8 ms(0.89 SD),P15(坐骨神経入口部)は 17.4 ms(0.24 SD),N21(S1 仙髄後角シナプス後電位)25.4 ms (1.66 SD)と正常に伝導しており,それぞれ N8o-P15 間も -0.27 SD,P15-N21 間も 1.93 SD。しかし N30,P38 成分が出 現していない。N30 成分は正常でも導出が難しいことはあるが, 脊髄障害があっても皮質の P38 成分は amplifying effect で出現 することが多いが,本例では皮質成分を認めなかったため,脊 髄内の高度な障害が存在すると考えられた。 表 4 症例 4 N8onset P15 N21 N30 P38 左脛骨神経刺激 7.8 17.4 25.4 消失 消失 (ms) SD +0.89 +0.24 +1.66 潜時間 N8o N8o-P15 P15-N21 N21-P38 7.8 ms 9.6 ms 8.0 ms SD +0.89 -0.27 +1.93 消失 SD
腕神経叢の near field potential)が +3.97 SD と延長,
N11′o(脊髄後索上行電位の near field potential)と
P13/14′o(主に内側毛帯の junctional potential)間は正 常。N9o-P13/14o 間も正常であった。しかし P13/14o から N20(皮質感覚野)も+5.34 SD と延長しており遠 位末梢神経,中枢の 2 か所での伝導遅延が疑われた。 症例は,ビタミン B12 の筋注で歩行は改善したが, 手のしびれ症状は改善しなかった。治療前後の SEP の波形を示す(図 5 a,図 5 b)。N9o の潜時延長が正 常に回復して,P13/14 と N20o 間の潜時も改善した。 各症例のまとめを表 6 に示す。NCS,SEP の結果よ り,脊髄障害のみ,末梢神経障害のみ,障害箇所が複 数箇所に渡る症例と,様々である。脛骨神経刺激 SEP と正中神経刺激 SEP のシェーマを図 6 a,図 6 b に示 図 5 b 治療後左正中神経刺激 SEP(症例 5) N9o の潜時延長が正常に回復して,P13/14 と N20 o 間の潜 時も改善した。 図 5 a 治療前左正中神経刺激 SEP(症例 5)
N9o(erb 点を通過する腕神経叢の near field potential)が +3.97 SD と延長,N11′o(脊髄後索上行電位の near field poten-tial)と P13/14′o(主に内側毛帯の junctional potential)間は正 常。N9o-P13/14o 間も正常であった。しかし P13/14o から N20 (皮質感覚野)も+5.34 SD と延長しており遠位末梢神経,中枢 の 2 か所での伝導遅延が疑われた。 表 6 症例のまとめ 年齢・ 性別 主訴 ビタミン B12 MCV 内因子抗体 MRI NCS SEP 末梢遠位 tibial 末梢近位 坐骨 N 入口-S1後角 脊髄, 中枢 N8o N8o-P15 P15-N21 N21-P38 症例 1 58F 歩行困難 143 96.8 胃壁(-) 内因子(-) 所見なし sural SNAP 低下 4.47 SD 1.32 SD 2.27 SD 0.60 SD 症例 2 65M 歩行困難 181 122.3 胃壁(+) 内因子(-)
胸髄 T2 high sural SNAP 低下 1.42 SD 5.05 SD 2.06 SD P38 消失 症例 3 72M 歩行困難 101 93.4 胃壁(-) 内因子(-) 所見なし 正常 -0.50 SD -1.78 SD 1.71 SD 4.50 SD 症例 4 64M 歩行困難 <50 120.1 胃壁(+) 内因子(+) 所見なし 未施行 0.89 SD -0.27 SD 1.93 SD P38 消失 median
N9o N9o-P13/14o P13/14o-N20 末梢遠位-erb erb-延髄 延髄-大脳皮質 症例 3 72M 歩行困難 101 93.4 胃壁(-) 内因子(-) 所見なし 正常 1.44 SD 14.06 SD 1.19 SD 症例 5 71M 手の感覚 <50 130.1 胃壁(-) 内因子(-) 頸髄 T2 high median NCS/ SNAP低下 3.97 SD 0.92 SD 5.34 SD
臨床神経生理学 45 巻 6 号 す。 SEPは一般に感覚路の中枢伝導情報を得るためだけ の tool と考えられがちであるが,末梢近位,神経根か ら脊髄後角までの情報を得る手段としても有用で,末 梢神経伝導検査 NCS と併用して援用することで,よ り病態を可視化,理解の一助となりうる。 ビタミン B12 欠乏性神経障害の概念について 脊髄障害と末梢神経障害(vitamin B12 deficiency poly-neuropathy)の 2 つがあり,脊髄症状では,後索と側 索が障害されるため,亜急性連合性脊髄症(subacute combined degeneration)と名付けられた。側索より後 索が早く障害を呈するので,脱力より失調症状が先行 する。一般に痙性,錐体路症状が進行してから末梢神 経障害が遅れて出現し,痙性から弛緩性に変化してい くと考えられていた。他に脳症(知能低下,記憶障害, うつ状態),球後性視神経炎より視力低下を呈する症 例,膀胱障害,便秘,起立性低血圧などの自律神経症 状を呈する症例もある。 神経学的診察では,初期より深部感覚障害と錐体路 症状,Romberg 徴候は陽性となり,下肢の痙性対麻 痺をほぼ左右対称性に認める。これらの神経障害は, 通常は巨赤芽球性貧血を伴い出現するが,約 4 分の 1 の症例では貧血を伴わず,神経症状がビタミン B12 欠 乏症の初発症状になりうる。 病因は,ほとんどが吸収不良によるものである。ビ タミン B12 は普通の食事をしていれば,自然に吸収さ れ,欠乏症を起こすことはないといわれている。主に 肉類,卵,ミルクなどに含まれているが,極端な菜食 主義者(ビーカン)や摂食障害などでは摂取不足によ る欠乏状態をきたしうる。吸収不足の機序としては, 胃切除後の内因子分泌減少時や回腸切除後,抗内因子 抗体,抗壁細胞抗体陽性症例における吸収障害がよく 知られる。中心静脈輸液,薬剤の副作用による欠乏症 の報告もある。高齢者で見逃されている潜在的なビタ ミン B12 欠乏症が稀ではないことが報告されており, サプリメントとしての葉酸摂取増加に伴い,症状を発 現する可能性もある5)。
ビタミン B12 がよく含まれている食事は,肝臓(ウ シ肝),青魚(サンマ),貝類(アサリ),卵や乳製品で あり,微生物によってしか生合成されないため,植物 性食品(海苔等を除く)には含まれていない。 病理変化の主座は脊髄白質で,下部頸髄,上部胸髄 から上下に病変が進展し,ついで側索へひろがる。病 初期には白質の髄鞘の層構造が分離し空隙を生じ腫脹 し,ついで髄鞘崩壊が巣状に起こり,融合し大きな病 巣となり海綿状態を示し,最後にグリオーシスと軸索 変性が起こる。末梢神経は大径線維を中心に髄鞘・軸 索に変性を起こす6)。 ビタミン B12 欠乏性末梢神経障害の機序は,これま で定説は定まっていないが,野寺らはメチオニン合成 障害により S-アデノシルメチオニンの不足から髄鞘リ ン脂質のメチル化障害される可能性,スクシニル CoA の前駆体が蓄積して脂肪酸合成障害を起こし異常な髄 鞘が形成される可能性をあげている7)。 2009年,Sapersterin らは専門施設の調査ではビタ ミン B12 欠乏は,多発ニューロパチー全体の 8%を占 めると報告している。多くの場合特発性感覚性ニュー ロパチーあるいは運動感覚性ニューロパチーと区別す るのは困難であり,その特徴を 4 つ列挙すると, 1.遠位部優位のしびれ感や異常感覚障害 2.上下肢の感覚障害をきたす場合が特発性ニュー ロパチーよりも多い 3.脱力はあっても軽度 4.有髄,無髄神経機能はともに障害される といったありふれたものであり,症状だけの診断は困 難である8)。原因不明の左右対称性で遠位部優位の多 発性神経障害をきたした患者においてビタミン B12 測 定は重要な鑑別診断であり,スクリーニングに用いら れるべきであると,England らは警鐘している9)。 Healtonらの報告ではビタミン B12 欠乏により神経 症状を呈した 141 症例のうち 19 症例は,ヘマトクリッ トや平均赤血球容積 MCV の異常を認めず,神経症状 の重症度と貧血の程度は比例しなかったとしている10)。 田口らはビタミン B12 の測定について,血清値で 100 pg/ml以下の場合は欠乏,400 pg/ml 以上の場合は 欠乏していないと判断するとしている。100-400 pg/ mlの場合は,血清 methylmalonic acid 値や血清・尿中 のホモシステイン値が高値であれば,細胞内の B12 を 示唆すると考えて良い。臨床症状上本症が疑われたと きには,血清ホモシステイン値や尿中メチロマロン酸 値の測定を推奨している11)。吉澤も同様に,200 mg 以 下を低値とし,200-400 pg/ml の場合は注意を喚起し ている。葉酸とビタミン B12 の関係は,ビタミン B12 はメチオニンシンターゼの補酵素であり,この反応で 用いられるメチル基は,葉酸サイクルによって供給さ れるため,葉酸欠乏もビタミン B12 欠乏も結果として, メチオニンシンターゼの活性が低下して,血中のホモ システイン濃度が上昇する(図 7)。吉澤の詳細な葉 酸とビタミン B12 の review は参考になるのでご一読 されたい12)。 1980年 Shorvon らは,ビタミン B12 欠乏による神経 精神症状を呈した 50 症例についてまとめている。巨 赤芽球性貧血を呈さない症例が 36%(50 例中 18 例), 電気生理検査で末梢神経障害を呈した症例は多く 65%(43 症例中 28 症例)であった。内訳は SCS の SNAP異常を腓腹神経で 24 症例,正中神経で 12 症例, 伝導速度の低下を腓腹神経で 12 症例,正中神経で 7 症例認めたと報告している13)。 1998年 Hemmer らが亜急性連合性脊髄症の 9 症例 についての電気生理所見を発表している。ここでは, SEP異常は 9 症例中 4 症例,NCS 異常は 9 症例中 5 症 例,4 症例は軸索性,1 症例は脱髄性の変化であった。 MRIは 2/4 の陽性率であったとしている14)。 我々もビタミン B12 欠乏症で神経症状を起こした 17 症例について 2016 年まとめたが,MRI で異常を捉え られたのは 4/17 症例のみであった。末梢神経伝導検 査で腓腹神経の異常率は 20%(15 症例中 3 症例),正 図 7 ビタミン B12 と葉酸サイクルの関係 ビタミン B12 はメチオニンシンターゼの補酵素で,この反 応で用いられるメチル基は,葉酸サイクルによって供給され る。これら一連の反応は,細胞質内で進行する。
臨床神経生理学 45 巻 6 号 中神経は 42%(12 症例中 5 症例)であった。 中枢異常を検出できたのは tibial SEP で N21-P38 間 の異常を呈したのは 15 症例中わずか 3 症例,median SEPで P13/14o-N20o 間の異常を呈したのは 1/8 症例 であった。しかし,成分をよく分析して SEP の末梢 神経成分と NCS を併用すると tibial で 8 割,median で 6割の異常が検出できた15)。 このように MRI が見えない病巣も NCS と SEP を うまく併用していくことで描出することに,臨床神経 生理の活路があるのではと考える。 謝辞 SEP検査と症例のまとめをお手伝いいただいた三 井記念病院検査科(現 静岡医療科学専門大学校)畑 本大輔先生,症例主治医をご担当いただいた帝京大学 神経内科 山本淳平先生,河村保臣先生,北國圭一先 生,そしてすべての検査,診断をご指導いただいてい る園生雅弘教授に深謝します。 文献
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