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駒澤大學佛教學部研究紀要 69 - 008a小山 一乘「字で考える宗教の教育」

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Academic year: 2021

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字で考える宗教の教育

小 山  一 乘

1. はじめに 本稿の目的は、文字学が浮き彫りにした、漢字の象形等の意味世界を概観し て、宗教の教育の教材を、素朴に、文字で考える端緒を得ることにある1。 周知のごとく、教育史上、文字学習の問題点・限界点を克服する事につとめ た先人として、コメニウス(コメンスキーとも、J.A.Comenius,1592-1670) 2 が、 想起される。彼は、「学校において授けられる教授は普遍的でなければならな い」 といい、そして、世界で最初の絵入りの教科書の『世界図会』を世に公に したことは、贅言を要さない。いかに立文字しても言い尽くせない事態があっ てきた理解の困難を解消しようとしたのである。まさに、「百聞は一見に如か ず(To see is to believe.)」であり、図示された図絵のお蔭で、「読書百遍」して も、なかなか、「意自ずから通ず」ること至難であった従前の、文字学習の難 儀な面の解消に、画期的貢献をした。 具象的・具体的に示された図絵のお蔭で、 学び習うことが、画期的に、いわば実念論的にも、観念論的にも、円滑にし得 た。その功を讃えること、それは、事後、余りにも久しかった。とくに、解剖 図が重要である医学教育などでは、積極的にプラスの評価がなされ得よう。誤 解を恐れず極論すれば、極楽図絵も地獄図絵も、確かに、文字経典の識字に疎 い信者の場合には、それぞれ、極楽や地獄のイメージ化を容易にしたことは想 像に難くはない。 2. 問題の所在 しかし、その反面、その、教科書における、図絵に依存し、それ以上の想像 力が活計せず、結果として、創造力も育成至難となり、さらに、文字軽視とい う事態に陥った。この罪を問うのには、余りにも、歳月がかかったのではないか。 元来、学校教育での教(える)材(料)の、一つの典型である、教科書(textbook)

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は、現実の日常生活の文脈(context)から、抽出され抽象化(記号化)された、 事柄(text、matter)である。あたかも、世俗の日常生活の context から、教義 として text が表される、いわゆる宗教の構図を想起するところでもある。必然、 具象的又は抽象的な文字・記号が立てられる(立文字)。当然、印欧文字もあり、 漢字もある。ひらがな、カタカナ等もある。 転じて、そこに底流する、対象を示す言語と、メタ言語との、言語論は、ま さに、比喩・方便の教育問題である。転じて、そもそも、「分かる」という言 葉を、誕生以来、「どう、分かって」使用してきているのか、という、教育方 法論上、重大な問題となる。時空を超えた事項が、教材という方便・比喩で、 なぜ、「分かった」と思えるのか。その、仕組みの正体解明問題である。つい「分 かったか?」と問い、反射的に「分かりました」、または、「分かりません」と 答えてしまって来ている事態が、仮に、あるとすれば、その事態こそが、本来 的に、根柢的に、深く刻まれるべき問題である。言為「分かる」・「分からない」 に関しては、論われてくる事項は根深く、大乗仏教の根柢的な論に連なるけれ ども、今は、この本稿の直接の目的ではない。 その、いわゆる textbook(教科書)は、日常生活上の context から、誰にも、 取り立てて説明をしなくても自明的な(trivial)要素を基盤にして、それを照 明しながら、其処を立脚点にして、教える材料(subject-matter)が抽出されて いる。適用されている、メデイアとしては、文字教材、図絵教材、図像教材、 静止画教材、動画教材、音声教材等であり、それらで、textbook として、構成・ 編集される。教科名称は、subject であり、その教科を構成する内容が matter(s) である。教材の典型が、教科書(textbook)である。昨今の、textbook は、図像、 イラスト等が満載である。確かに、一枚の絵は百万語のメッセージを送り、理 解を円滑にし得ていることは否めない。図絵を見てしまうと、脳の生理過程は、 それ以上、想像することを停止してしまいかねない程である。 いつしか、教育の場面では、文字・活字が軽く取り扱われてしまう懸念が生 じてきた。背景には、暗記学習否定論の影響も無関係ではない。結果として、 文字の成立、とくに、漢字の成立に関する文字学的な、関心・傾注が、軽薄に なってきたと穿ち得よう。さらに、その現象の増幅に、ワープロの普及が加担 しているといえよう。ワープロの功罪論も要る。児童・生徒・学生が、文字離 れし、漫画愛好に知的関心を抱く傾向の問題も論われよう。 ここで敢えて言うべきは、文字学的に、とくに、象形文字を凝視すれば、文

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字・漢字自体が、実物、事象を象った図絵ですらあると言いうることがあるこ とに迂闊であってはならないと、筆者は思う。 還暦を過ぎて、文字通り、生涯学習・研究に着手した故白川静氏の文字学が 浮き彫りにした『字通』 3 に則しつつ、素朴に、「宗教の教育を字で考える」試 みをしたい。この事は、次にみる、「文字・活字文化振興法」の趣旨、及び、「教 育基本法」改正後の新「常用漢字表」の趣旨のもとに追加された文字群に、今 更の如くにして、みえてくる宗教の教育に関連深い文字群を確認した。今後の 課題が論われてくる。 3. 「文字・活字文化振興法」立法制定(平成十七年七月二十九日)について 児童生徒等の文字・活字離れの負の問題解消を期して、「文字・活字文化振 興法」(公布:平成十七年七月二十九日法律第九十一号、施行:平成十七年七 月二十九日)が立法・制定された。 同法の「目的」は、 第一条この法律は、文字・活字文化が、人類が長い歴史の中で蓄積してきた知 識及び知恵の継承及び向上、豊かな人間性の涵養並びに健全な民主主義の発達 に欠くことのできないものであることにかんがみ、文字・活字文化の振興に関 する基本理念を定め、並びに国及び地方公共団体の責務を明らかにするととも に、文字・活字文化の振興に関する必要な事項を定めることにより、我が国に おける文字・活字文化の振興に関する施策の総合的な推進を図り、もって知的 で心豊かな国民生活及び活力ある社会の実現に寄与することを目的とする。 と定める。 同法の「定義」は、 第二条この法律において「文字・活字文化」とは、活字その他の文字を用いて 表現されたもの(以下この条において「文章」という。)を読み、及び書くこと を中心として行われる精神的な活動、出版活動その他の文章を人に提供するた めの活動並びに出版物その他のこれらの活動の文化的所産をいう。 と定める。 同法の「基本理念」は、 第三条文字・活字文化の振興に関する施策の推進は、すべての国民が、その自 主性を尊重されつつ、生涯にわたり、地域、学校、家庭その他の様々な場にお

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いて、居住する地域、身体的な条件その他の要因にかかわらず、等しく豊かな 文字・活字文化の恵沢を享受できる環境を整備することを旨として、行われな ければならない。 2 文字・活字文化の振興に当たっては、国語が日本文化の基盤であることに十分 配慮されなければならない。 3 学校教育においては、すべての国民が文字・活字文化の恵沢を享受することが できるようにするため、その教育の課程の全体を通じて、読む力及び書く力並 びにこれらの力を基礎とする言語に関する能力(以下「言語力」という。)の涵 養に十分配慮されなければならない。 と定める。 この法により、従来に比して、文字・活字への関心が高まった。教育施策も 加速しだした。 4. 「常用漢字表」(平成二十二年十一月三十日、内閣告示第二号)について 「内閣告示第二号」には、 「一般の社会生活において現代の国語を書き表すための漢字使用の目安を、次 の表のように定める。なお、昭和五十六内閣告示第一号は、廃止する。平成 二十二年十一月三十日   内閣総理大臣 菅 直人 」 とみえる。その概容を簡単に整理する。 昭和五十六年の常用漢字表(現行)→一九四五字 新常用漢字→二一三六字 ( 一九四五字(現行)−五字(削除)+一九六字(追加) =二一三六字(結果) ) 新常用漢字に追加されたもの →一九六字(略)   現行の一九四五字から五字削除 →(勺、錘、銑、脹、匁) 追加される読み方 → 委(ゆだ)ねる、育(はぐく)む、応(こた)える、 滑(コツ)、関(かか)わる、館(やかた)、鑑(かんが) みる、混(こ)む、私(わたし)、臭(にお)う、旬(しゅ ん)、伸べる、振(ふ)れる、粋(いき)、逝(い)く、 拙(つたな)い、全(すべ)て、創(つく)る、速(はや) まる、他(ほか)、中(ジュウ)、描(か)く、放(ほ う)る、務(つと)まる、癒(いえる・いやす)、要(か

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なめ)、絡(から)める、類(たぐ)い 追加される熟語の読み→海士(あま)、鍛冶(かじ)、固唾(かたず)、尻尾(しっ ぽ)、老舗(しにせ)、真面目(まじめ)、弥生(や よい) 教育基本法全面改正(平成十八年十二月二十二日)、学校教育法一部改正、 教育職員免許法等改正、幼稚園教育要領改正、小・中・高の各学習指導要領改 正等の教育改革が続いてきている延長線上に、常用漢字改定が成る。 教育基本法が改正され、それまでの「宗教に関する寛容の態度」及び「宗教 の社会生活における地位」に加えて、「宗教に関する一般的な教養」を教育上 尊重すべき旨が盛り込まれたことは周知事である。だが、それが、家庭教育、 学校教育、社会教育、生涯学習、生涯教育の現場で、十分に実施されているか。 日常生活の文字文化の、context の面では、動静は、はたして、どうであろうか。 このような関心で、筆者は、追加された一九六字を概観してみた。 常用漢字表の変更点で、追加された一九六字のなかで、宗教用語、仏教用語 に関係深いと思われる字の例を摘記してみよう。すなわち、 挨、曖、畏、熊、詣、乞、駒、頃、沙、刹、呪、醒、戴、諦、頓、貪、那、奈、謎、 拶、訃、昧、蜜、冥、闇、侶(他略) 等がみられる。もちろん、これらのそれぞれの字は、必ずしも、宗教や仏教の context だけに限られるものではないことはいうまでもない。 しかし、宗教世界・仏教世界を示す熟語として使用される用例として、 挨拶、畏敬の念、蟻の熊野詣で、寺社参詣、刹那、覚醒、頓悟、貪欲、奈落、謎、 訃報、曖昧、六波羅蜜、冥土、  「人の親の心は闇にあらねども 子を思ふ道に まどひぬるかな、 藤原兼輔−−−後撰和歌集」、僧侶 など枚挙に暇ない。従来は、これらの字の使用に抑制がかかっていた。ゆえに、 日常生活では、意味上、「よみ」的には、常套的に馴致されているきている「挨拶」 等の言葉遣いであっても、従前は、使用し難く、不自由であった。標語「あさは、 にこにこ、あいさつ」が、学校現場などでの典型的標語であってきた。しかし、 漢字で「挨拶」と表記しなければ、「挨(アイ、お(す)・ひら(く))」及び「拶 (サツ、せま(る))」の各原義に気付き難い。 『広辞苑』の「あい ‐ さつ【挨拶】」の項には ①〔仏〕禅家で、問答を交わして相手の悟りの深浅を試みること。 ②うけこたえ。応答。返事。驢鞍橋ろあんきょう「いかが―あるべきや」。「何

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の―もない」 ③人に会ったり別れたりするとき、儀礼的に取り交わす言葉や動作。「朝の―」「時 候の―」 ④儀式・会合などで、祝意や謝意、親愛の気持、あるいは告示などを述べること。 また、その言葉。「開会の―」 ⑤(「御―」の形で)相手の挑発的な、礼を失したような言動を皮肉っていう語。 ⑥仲裁。仲裁人。歌舞伎、お染久松色読販「そう見受けましたから―に這入り ました」。「―人」 ⑦紹介。紹介者。浄瑠璃、国性爺合戦「仲人もない―ない二人」 ⑧人と人との間柄。交際。日葡辞書「アイサッノヨイヒト」。日本永代蔵 6「殊 更いづれも―よく」 とみえている。たしかに、「禅家」で「問答を交わして相手の悟りの深浅を 試みること」と定義している。しかし、「挨」と「拶」との、それぞれの、字 の意味の解に言及していないので、遺憾ながら、極めて真剣な評価論であると いうことが、分かり難い。端的にいう。けっして、「あさは、にこにこ、あい さつ」等というような、単なる親和的関係論に終始しない厳しい評価である。 昨日までの、省顧と、それに基づく今日への構えの姿勢を、外から観て、内面 を推察する、教育評価行為である。もちろん、省顧と構えができているゆえに、 学習者が「にこにこ」している場合もあろう。今日一日今時に臨む、構えを、 指導者は、評価し、今日の、指導方法に反映していくのである。漢字「挨拶」 の表記は、意味深長な教育評価論かつ教育方法論となる。用語・術語となる前 の、一つひとつの漢字を、素朴に、意識的に対象化して、みていくと、宗教の 教育を考える原風景を観ることが可能となる。 以下においては、日頃、筆者が、考えようとしている文字例を、取り扱って いく。その際、白川静『字通』を使用する。

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5 文字概観  5 − 1 文字「人」は、ひとりの「人の側身形。」 4

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一人の「人の側身形」である、とみえる。これにしたがえば、巷間に馴致さ れているといってもよいほどの説の「二人の人が支え合っている」という俗説は 否定的に批判されるべきとなろう。俗説に対する批判的検討が不可欠であろう。 文字「人」の関連では、「大」、「立」、「天」等が想起されよう。『字通』より 摘記すると、次の罫線枠内である。 䠷㒊㤳䠹 䛊◻ᄙ䛋 䛻է 䞉 Є 䞉 ͈ͨˁ̘᫜ࡈ١̠આ䚸 ⦔ᄙ١ࡈઆ䚸 䛊ᄽ⭂䛋 ١ݾઆ䜢ୡ䛧䚸 䛊᤻ഖ䛋 䛻̠᫜̘١આ䜢ୡ䛩䜛䚹 䛊◻ᄙ䛋 䛻ࢾ 䞉 ೞ䚸 䛊᤻ഖ䛋 䛻ͨ䜢䛣䛾⤴䛻ୡ䛩䜛䛜䚸 䛣䜜䜙䛿͆䛻൝䛖આ 䛷䛺䛟䚸 ࢾ䠄䜃䠅䛿⫧䛻൝䛔䚸 ೞ䛿఺䠄䛔䛠䜛䜏䠅䛾ᵱബ䚸 ͨ䛿ਘ䠄䛧䠅䚸 ⁁䠄䛧䠅䠄䛩䛝䠅 䛾֊ᄙ䛷䚸 䛭䛾ᵱബ䛾આ䛷䛒䜛䚹 䠷ㄒ⣔䠹 ͆ 䞉 ͈njien 䛿۴ॷ䚹 䛊˛ಚ䚸 ̘١䛋 䛻 䛂͈䛿͆䛺䜚䛃 䛸 䛒䛳䛶䚸 ҿ⦻䛾䛔䛖͈䛿̘͆䛻൝䛔䚸 ͆䛾ቊම䛻ቊ䛵䛟䜒䛾䛸䛥䜜 䛶䛔䜛䛜䚸 ͈䛾⦘ᄙ䛾આബ䛿͆䛾ˁ䛻⒥njiԥm 䠄䛧䛸䛽䠅 䜢䛧䛟ബ 䛷䚸 ̘͆䛾๟䜢ᰳ䛩䜒䛾䛷䛿䛺䛔䚹

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いずれも、二人ではなく、一人の人の、「正面形」に象っている。

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5 − 2 文字「坐」は、「土は土主、神を迎えるところ。その左右に人が対坐し て訟事を決する。」相。「坐は本来は神聖の場における坐法であった。」とみえる。

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「土+人+人」での、一方の「人」も、他方の「人」も、それぞれ、一人の ひとである。人人 3 3 が居る。裁判でいえば、一方が原告人であるとすれば、他方 の「人」は、被告人である関係が想定され、質疑応答・問答の原初的構造の風 景が想定されよう。「坐」に、いわゆる、論議の言語・文字が立てられている 事態の可能性は、否定できないといえよう。状況によっては、自己が自己に問 い、問われた自己が、問うた自己に応答する、という context も想定されよう。 仮に、この考え方にしたがうならば、文字「坐」は、必ずしも、ひたすら、黙っ ていることに終始することを是とする意味で解するには、相当に慎重にならざ るを得なくなる。只管打坐と公案との厳しいかかわりの原初的風景論を、この 文字「坐」は、素朴に浮き彫りにしているのではないかと、筆者は思う。 裁判に負けることは挫折である。けだし、公案とは、そもそも、裁判用語で あることは、留意されることである。 なお、ついでながら、因みに、仮に、巷間の俗説の、「人、二人説」にした がうならば、「坐」のなかには、四人の当事者が存在することになる。ただし、 もちろん、実際の裁判では、原告人も複数、被告人も複数という場合も想定さ れよう。字で教育を考える際には、連関する字との、すり合わせも要る。 5 − 3 文字「挫」は、「坐は法に坐することをいう。また起坐の関係でいえば、 低い姿勢をとることをいう。」とみえる。 䜛䛸䛝⟘䜢΢䜑䛶࢖䛩䜛䛾䛷䚸 ࢖ॷ䛾આ䛻䛭䛾ॷῲ䜢ཀྵ䛡䜛䜒䛾䛜 䛒䜛䚹 䠷ㄒ⣔䠹 ࢖ 䞉 ಐdzuai 䛿۴ॷ䚹 ಐ䛿 䛊᤻ഖ䛋 䛻 䛂ᢦಐ䛺䜚䛃 䛸䛧䚸 ⅆ౅䛾๟䛸䛩䜛䛜䚸 䜒䛸᱌Ρ䜢࢖䚸 䜎䛯䛿ಐ䛸䛔䛳䛯䜒䛾䛷䛒䜝䛖䚹 䛊ᰵ▉䚸 ᤻⍵䛋 䛻 䛂࢖䛩䜛䛣䛸ୃ䠄䛧䠅䠄䛛䛯䛧䜝䠅 䛾৘䛧䛃 䛸䛒䛳䛶䚸 ࢖䛿ቊቻ䛿᱌⁖䛾ई䛻䛚䛡䜛࢖ᗕ䛷䛒䛳䛯䚹

(12)

字訓は「くじく」とみえる。法に坐して、その、負の結果がみえる。 5 − 4 文字「身」は、大切な子宝を「みごもっている人の側身形。」

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(13)

「子宝」との言為がある。子は宝ものである。大切なものである。転じて、 大切な知識・技能・態度等の大切な事項を、身に付けるという意味を持つに至 ることは、想像に難くはない。教師も、教材(経典)も存在しなくなれば、あ とは、子弟各自が身に付けている事項を出力し合って、相互に、教師となり、 学習者となりあいながら、切磋琢磨するという、教育の構造がみえてくる。 5 − 5 文字「免」は、「一は冑を免(ぬ)ぐ形で、逸脱の意がある。一は分娩 の象で、胯間(こかん)をひらき、子の生まれる象で、娩の初文。」

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(14)

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(15)

用例に、「 【免身】ぶんしん 分娩」、「【免乳】ぷんにゆう 子を生む」、「【免 強】べんきよう 勉強」等がみえている。 「免」で「子をうみおとす」の義 があったが、うみの痛みから免れられたという、換言すれば、或る種の危機的 状況・限界的状況から解放されたという意味合いの方が、妊産婦には、大きな 意味を持つ。ゆえに、解放の意味が、肥大化し、免れる、という意味が、一人 歩きし出した。ゆえに、本来の「うみおとす」いう意味を復活させるために、 「女偏」を付して、「分娩」の「娩」の字を作成されたとの解が、たしかに、思 われてくる。 敷衍する。実は、ここの場面が、 ソクラテス Socrates B.C.469-399 の母 親の生業である助産婦(当時。今日は、助産師)の、方向転換の術( art of conversion、助産術、産婆術 )の、手当ての術が介入する要処となる。その場合、 逆子の胎児が、外側からの方向転換の術で、首尾良く回転して、頭を下にして、 うまく、産道をくぐり抜けて来たとする。その場合、それは、助産婦の手当・ 指導の結果・お蔭なのか。否、胎児自身の、本来的な、生まれようとする力に よって、結果として、生まれてきたのか。逆子で、臍の緒が首に巻き付くなどで、 死産のケースもある。如何に、外側から、手を尽くしても、結局は、胎内の胎 児次第である、という解釈も成り立とう。外側からの指導の結果か、内側の胎 児の、先天的本来的な力の結果なのか。評価は、分かれるところである。宗教 の覚醒の教育論も酷似している。 折角の、適宜な、外側からの働きかけを、適宜に、受容しなければ、外側の 指導も結果しない。無駄になる。外側から蒔かれた種子が、苗床に、首尾良く、 植え付けられなければ(インプラント、着床)、発芽しない。発現しない。蒔か れた種子を受け付ける過程があるはずである。外側だけの力のみならず、外側 の働きかけを、受け入れる過程もあってのこととの想定も、されねばなるまい。 内外双方向の交通が、どうしても、考えられねばならない要処ではなかろうか。 5 − 6 文字「育」は、「 (とつ)+月(肉)。 は生子の倒形。生まれるときのさま。」 頭を下にして生まれる様子。 䠷ㄒ⣔䠹 ၕ 䞉 ൢ 䞉 ԡmian 䛿۴ॷ䚹 ൣ phiuan 䛿䜒䛸ൢ䚸 䛒䜛䛔䛿 ᧯ൣ䛻൝䛖આ䛷䛒䛳䛯䚹

(16)

訓義で、「うむ、そだてる、そだつ。やしなう」とみえる。頭を下にして、 重力方向に、生まれ落ちてくる様子が、みえている。うみおとす、生まれ落ち てくる、という言為がよくわかる。産後の肥立ちもよく、すこやかに、太って いく様子が、推察させられる。

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(17)

5 − 7 文字「子」は、「幼子の象。」

䛆੿䛇

䠷Ꮠ㡢䠹 䝅䚷䠷Ꮠカ䠹 䛚䛸䛣 䞉 䛝䜏 䞉 䛣

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(18)

「子は本来は王子・公子など、貴族身分の身分称号的に用いられたもので、 のち一般の児子にもいう。子を代名詞に用いるのは、その身分称号からの転用 である。」とみえる。「左右の手を一上一下する形のものがあり、それは王子の 身分を示す」とみえる。右手を上にする場合、下にする場合、左手を上にする 場合、したにする場合、等それぞれによって、その生まれてきた子どもの、血 ոᲠۥ䛛䜙䛾⟵᧸䛷䛒䜛䚹 Ʒ䊻ᚄ 䞉 ➇ 䠷カ⩏䠹 1. 䛚䛸䛣䚸 ᨇ੿䛾ῡᲠ䚸 ⟘ո䛒䜛͆䚸 ⟘ո䛒䜛‮䛸䛧䛶᧯䜎䜜䛯䜒 䛾䚸 䛝䜏䚹 2. ൯䛒䜛͆䚸 Ӟ᧯䚸 ક‮䚸 ॲগছ䛾⢡Რ䚹 3. 䜂䛸䚸 ͆䚻䚸 䜟䛛䜒䛾䚸 ্੿䚹 4. ͦ۵▷䚸 ଓᲠ䚹 䛒䛺䛯䚸 䛝䜏䚸 䛭䛺䛯䚹 5. ╕䛻ଓ䛩䜛੿䚸 ⹹ᤦ⎧⸂䛾ڌ䚸 ቆ䛾ી䚸 ֐ෲ䚹 6. ൮ତ䛺䜒䛾䚸 ൮ତ䛺䜒䛾䛾۵䛾ˁ䛻䛴䛡䜛ယ୉◭䚹 ౑੿ 䞉 ⦭੿ 䛾Ⲳ䚹 7. ̠ᵱ䛾ᢛ䛾ᵥࡈᵱ䚹 ⏖ণ䛾ۺ䜒੿䛸䛔䛖䚹 8. ሤḃ䛾ոⲲˀ䚸 ථ็᫢䛺ԑ૓䛾ሤ䚹 ể۠੿⮥䛾ʶ䚹 9. ᜎ䛻⢡䛨䚸 䜅䛘䜛䚸 䛔䛴䛟䛧䜐䚹 䠷ྂカ䠹 䛊۵ῲ཮䛋 ੿䚷䝁 䞉 䝭 䞉 䝍䝛 䞉 䝠䝖 䞉 䜻䝭 䞉 䝘䝮䝏 䞉 䝛 䞉 䝭䝹 䞉 䜴䝲䝬䝣䚷䛊આ⪣⮥䛋 ੿䚷䜽䝝䝅 䞉 䜴䝲䝬䝣 䞉 䜰䜲䝇 䞉 䞀䝅䝮 䞉 䝭 䞉 䝍䝛 䞉 䝘䝮䝏 䞉 䝅䝀䝅 䞉 䝽䝷䞁䝧 䞉 䝁 䞉 䜻䝭 䞉 䝭䝹 䞉 䝠䝖 䞉 䝏䝂 䠷㒊㤳䠹 䛊◻ᄙ䛋 䛻઄ 䞉 આ 䞉 ઒ 䞉 ઎ 䞉 ઇ 䞉 ᩐ䛺䛹١ࡈઆ䚸 䛊᤻ഖ䛋 䛻ઌ 䞉 ઊ 䞉 ܙ 䞉 ઋ 䞉 ણ 䠄ક䠅 䛺䛹ẇ̘١આ䜢ף䛘䜛䚹 ۡ䛾䛖䛱ᩐ 䛻䛿੿䛾આബ䜢܅䜎䛪䚸 䜎䛯ઊ䠄䛿䛔䠅䛿↻䛜⊝䛱䛶↻፸䛻ી䜢䛴 䛡䛛䛡䛯ബ䛷䚸 ˁ⤴䛿੿䛾આ䛷䛿䛺䛔䚹 䠷ኌ⣔䠹 䛊◻ᄙ䛋 䛻੿ॷ䛸䛧䛶ઋ 䞉 ቤ 䞉 ͗ 䞉 આ䛺䛹ӹઆ䜢ہ䜑䜛䚹 આ䛿᧯੿䜢ᴞ˛䛻Β䛳䛶᱄⯘䛻♊䛩䜛ᰵ䛷䚸 䛣䜜䛻䜘䛳䛶ⳬ₝䛜 ઻䜎䜛䚹 䛭䛾䛸䛝આ䠄䛒䛦䛺䠅䜢䛴䛡䜛䛾䛷䚸 䜎䛯ⳬ₝䛾๟䛜䛒䜛䚹 䠷ㄒ⣔䠹 ੿ 䞉 ࡐ 䞉 ◤ 䠄ᜎ䠅 tziԥ 䛿۴ॷ䚹 䜏䛺ᜎ᧯䛾๟䛜䛒䜛䚹 આ dziԥ 䜒۴Ṿ䚹 䛊◻ᄙ䛋 ༑ᅄୗ䛻 䛂ت䛩䜛䛺䜚䛃 䛸䛒䜚䚸 ࡐ̉䛾๟䛸䛩 䜛䛜䚸 આ䛾ቊῲ䛿ᴞ╀䛾ᰵ䛷䛒䜛䚹

(19)

統・身分の程を示していると推察される。 5 − 8 文字「孔」は、「子の後頭部に竅(あな)のある形。」か。

䛆ઃ䛇

䠷Ꮠ㡢䠹 䝁䜴䚷䠷Ꮠカ䠹 䛒䛺

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(20)

筆者は、この「孔」の字は、「乳」の字と擦り合わせて、考えることを禁じ 得ないのである。 乳児が、母親の乳首から、母乳を、吸引しているかたち、と、字「孔」を解 すれば、その乳児の頭に手を添えている姿「乳」が浮かんでくるのである。 5 − 9 文字「乳」は、「爪(そう)(手の指)+孔(こう)。孔は乳子の象。そ れに手を加えて愛撫している形。」 䜸䝩䜻䝘䝸 䞉 䝝䝘䝝䝎䝅 䠷ኌ⣔䠹 䛊᤻ഖ䛋 䛻ઃॷ䛾આ䛸䛧䛶܏䜢ہ䜑䚸 䛂ᢲ⺈䛟䛺䜚䛃 䛸䛔䛖䚹 આ䛿䜎䛯ܐ䛻ΰ䜛䚹 ܏䛿䛭䛾Ⴙॷ◭䛷䛒䜝䛖䚹 䠷ㄒ⣔䠹 ઃ 䞉 ᔞ 䠄᳧䠅 khong 䛿۴ॷ䚹 ৓ xu 䜒ॷῲ䛾⬄ϭ䛜䛒䜚䚸 ৓䛸䛿ᦸ৓䚸 ᦹ䛾䜘䛖䛻ᦸ䛾˛ઃ䛒䜛䛣䛸䜢䛔䛖䚹 ઃ䛿䛭䛾䜘䛖䛺ബ 䛻ⷄ䜢֣䜛䛾䛛䜒䛧䜜䛺䛔䚹 ఖkhiong䚸 ࢦ kheong䚸 ⵄ khuan 䛿䚸 䜒䛾䜢⢡䛩䜘䛖䛺ઃ᳡䜢䛔䛖䚹

䛆̉䛇

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䠄ت䠅

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䠷Ꮠ㡢䠹 䝙䝳䜴 䞉 䝆䝳䚷䠷Ꮠカ䠹 䛱䛱 䞉 䜔䛧䛺䛖

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ᨂ⶗

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(21)

注目すべきは「 〔説文〕〔玉篇〕ともに 部に孔・ を属し、 を請子の候鳥 である 鳥として、孔・ の字説を試みているが、孔は生まれた子の髪の一部 に剃りを入れる形で、生子儀礼の一、 は抱いて授乳する形。いずれも とは 関係のない字である。」とみえることである。「孔」「乳」との字説で、「孔」は「生 子儀礼の一」とみて、「乳」は「抱いて授乳する形」としている。『字通』と『説 文解字』との解に注目しておきたい。 5 − 10 文字「宗」は、「宀(べん)+示。宀は 屋。示は祭卓の形。」 ௓䛻ڸ䜛䚹 ᧯䜢⫳䛟䛾г⹹䛺䜚䛃 䛸䛒䜚䚸 䛭䛾Ͼ䛿 䛊ᰵ▉䚸 ሰͧ䛋 ͮᆎ䛾ሰ䛻䛧䜛䛥䜜䛶䛔䜛䚹 䛊◻ᄙ䛋 䛾આ◻䛿䛭䛾Ͼ䛻⭂Ή䛧䛯䜒 䛾䛷䛒䜛䛜䚸 આ䛿ӗ䛻൝䛖ബ䛷䛿䛺䛔䚹 䛊◻ᄙ䛋 䛿ᕂઆቷ༑஧ୗ䛻 䛂ᢺ䠄䜔䛧䛺䠅䜅䛺䜚䚹 ্䛻൤䜂䚸 ੿䜢ᵂ䠄䛔䛰䠅䛟ബ䛻ᵱ䜛䚹 ʶ䛻ሜ䛟䚸 ੿䛻ت䛩䜛䛻ᵱ䜛䛺䜚䛃 䛸䛒䜚䚸 䛭䛾ʶሜ䛾ῲ䛿䚸 ت䛾આ䛾╫䛻ᅄ 䛩䜉䛝䜒䛾䛷䛒䜛䚹 Ʒ䊻ઃ 䞉 ᕂ 䠷カ⩏䠹 1. 䛱䛱䚸 䛱䛱䛧䜛䚸 䛱䜆䛥䚹 2. 䛱䛱䜢䛾䜎䛩䚸 䜔䛧䛺䛖䚹 3. 䛔䛴䛟䛧䜐䚸 䛭䛰䛶䜛䚹 4. ੿䜢䛖䜐䚹 䠷ྂカ䠹 䛊݅۵཮䛋 ت䚷ᇏ 䠄䛱䠅䚷䛊۵ῲ཮䛋 ت䚷䝏 䞉 䝲䝅䝘䝣 䞉 䝏 䝜䝬䝇䚷䛊ഖᴗ䛋 ت䚷䝽䝍䝹 䞉 䝏 䞉 䜻䝝䝬䝹 䞉 䜲䝖䝬 䞉 䝲䝅䝘䝣 䠷㒊㤳䠹 䛊◻ᄙ䛋 䛊᤻ഖ䛋 䛸䜒䛻ӗ⤴䛻ઃ 䞉 ت䜢ୡ䛧䚸 ӗ䜢☔੿䛾 г⹹䛷䛒䜛ӗ⹹䛸䛧䛶䚸 ઃ 䞉 ت䛾આ◻䜢▿䜏䛶䛔䜛䛜䚸 ઃ䛿᧯䜎 䜜䛯੿䛾ⷄ䛾ʶ⤴䛻֣䜚䜢ӱ䜜䜛ബ䛷䚸 ᧯੿ҹᰵ䛾ʶ䚸 ت䛿ྂ䛔 䛶࿽̉䛩䜛ബ䚹 䛔䛪䜜䜒ӗ䛸䛿⬄ϭ䛾䛺䛔આ䛷䛒䜛䚹 䠷ㄒ⣔䠹 تnjia䚸 ቸ nԥ 䛿ॷ⡨䛟䚸 ቸ䠄䛰䛔䠅䛿ᓺઆ䜢ᬶ䛻ΰ䜚䚸 ਽ ͆䛾ଟᲠ䚹 䜎䛯̉༿䜔̉ᕶ䜢ቸ䛸䛔䛖䚹

䛆સ䛇

(22)

屋。ここは、「宗 のあるところ、またその祭る祖宗をいう」と。ここに来て、 拝し、子どもの誕生を報告し、家族の一員に加わったことを先祖に報告し、命 名し、子への加護と、子孫繁栄を頼む(「字」)際の「みたまや」でもある。「字」 䠷Ꮠ㡢䠹 䝅䝳䜴 䞉 䝋䜴䚷䠷Ꮠカ䠹 䜏䛯䜎䜔 䞉 䛸䛖䛸䜆 䞉 䜐䛽

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(23)

と「宗」とは、家庭教育上、実に密接不離の関係が浮き彫りになる。 5 − 11 文字「示」は、「神を祀る祭卓の形。」

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(24)

祭卓( )に、犠牲の供え物を置く( )と、其処から、いささかの、血等の 体液が滴り落ちる( )形を象った(示)、と解されよう。 5 − 12 文字「字」は、「宀(べん)+子。宀は家 。家 に子の出生を報告 する儀礼で、これによって養育・字養のことを定める。またそのとき字(あざ な)(幼名)をつける。」 䠷ྂカ䠹 䛊۵ῲ཮䛋 ᰳ䚷䝰䝜䜹䝍䝸 䞉 䝅䝯䝇 䞉 䝅䝮 䞉 䜰䝷䝝䝹 䞉 䝭䝹 䞉 䜹䝍䝷䝣 䠷㒊㤳䠹 䛊◻ᄙ䛋 䛻ᯏ 䞉 ᱵ 䠄ᰵ䠅 ͨˁ̠١́આ䚸 ⦔ᄙ١ʿ䚸 䛊ᄽ ⭂䛋 ࡈ䜢ୡ䛧䚸 䛊᤻ഖ䛋 䛻䛿䛩䜉䛶᫜ࡈ١̠ᄙ䜢ୡ䛩䜛䚹 ټᄙ䛾 ౫ 䠄᱌䠅 䞉 ⋧ 䠄᰷䠅 䞉 ᅜ 䠄᰾䠅 䞉 ಠ 䞉 ᱗ 䞉 ⱸ 䠄᱄䠅 䛿ᰳ䛻൝䜟䛪䚸 ᨃ 䞉 ࡽ 䞉 ᄕ 䠄ڻ䠅 䠄䜖䛖䠅䛾䜘䛖䛻䛧䜛䛧䛶䛚䜚䚸 䛔䜎䛾આബ䛿䛭䛾ബ ॷઆ䛷䛒䜛䚹 䠷ኌ⣔䠹 䛊◻ᄙ䛋 䛻ᰳॷ䛸䛧䛶⻄ 䞉 ؐ 䞉 ᚓ 䞉 ⃺䛺䛹̠આ䜢ہ䜑䚸 䜎䛯⮖䜢ؐ䠄䛰䛔䠅ॷ䛸䛩䜛䛜䚸 ⃺䛾͙䛻䛿ॷῲ䛻ʶ⛫䛩䜛䜒䛾䛜 䛺䛔䚹 䠷ㄒ⣔䠹 ᰳdjiei䚸 ⃺ zjiei 䛿䚸 ᰳ䛩䜒䛾䛸䚸 ᰳ䛥䜜䛶╀䜛䜒䛾䛾⬄ ϭ䛷䛒䜛䚹 䛊᜹ሤ䚸 ⶲుẃ䛋 䛾 䛊Ⲩృےᗨ䛋 䛻 䛂⩐ሤএ䛟⃺䜢ͨ 䛶ᰳ䛸ᢘ䛩䛃 䛸䛒䜚䚸 ểΌ˛䛻䜒˓આ䜢⢡᧸䛩䜛ό䛜এ䛔䚹

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(25)

用例に、 【字愛】じあい やしない慈(いつく)しむ 【字育】じいく(ゐく)やしない育てる。前蜀・杜光庭〔犀浦劉殷費順黄籙斎詞〕 今睿 (えいせい)の天を御す るに屬し、元台閫(こん)を分ち、 德を敷弘し、 蒸黎(じょうれい)を字 す。伊堯嬀 の仁に法(のつと)り、后稷 (こうしよ く)皋陶(かうえう)の德に (す)ぎたり。 方泰 り、四 (おそ)れ無し。 がみえる。 ᰵ䛷䚸 䛣䜜䛻䜘䛳䛶ⳬ₝ 䞉 આⳬ䛾䛣䛸䜢઻䜑䜛䚹 䜎䛯䛭䛾䛸䛝આ 䠄䛒䛦䛺䠅䠄౳۵䠅 䜢䛴䛡䜛䚹 䛔䜟䜖䜛ତઆ䛷䛒䜛䚹 䛊◻ᄙ䛋 ༑ᅄୗ䛻 䛂ت䛩䜛䛺䜚䛃 䛸આ̉䚸 䛩䛺䜟䛱䛿䜙䜏䚸 ₝䛶䜛๟䛸䛩䜛䛜䚸 ᧯ ੿ҹᰵ䛸䜏䜛䜉䛝આ䛷䛒䜛䚹 䛊ᰵ▉䚸 Ԭῲ䛋 䛻 䛂ఢ䛻Ԭ䛧䛶˴ 䜜䛻આ䠄䛒䛦䛺䠅䛩䛃䚸 䜎䛯 䛊Ӹ῝Ό䚸 ҡ́౫䛋 䛂આ䛧䛶˴䜜䛻⁄ 䠄䛡䛔䠅䛩䛃 䛸䛿䚸 ᨇ্༔౫䛾䛸䛝䛾ᰵ䛷䚸 ᨇ੿䛿䛣䛾䛸䛝䚸 ۵આଓ ൏䛾۵䜢䛴䛡䜛䚹 䛂ሪں 䠄⵺䠅䚸 આ䛿੿⠨䠄䛧䜘䠅䛃䚸 䛂઎⟻䚸 આ䛿 ੿⠨䛃 䛿䚸 䛔䛪䜜䜒⟥ⴴ䛻䜘䜛ଓ൏䛾આ䛷䛒䜛䚹 ্੿䛾આ䛻䛿䚸 ⦘ᄙ䛻এᕂ 䞉 ૃᕂ 䞉 ↝্䛾䜘䛖䛻䛔䛖䜒䛾䛜䛭䜜䛷䛒䜝䛖䚹 Ʒ䊻દ 䠷カ⩏䠹 1. 䜔䛧䛺䛖䚸 ᴞ╀䛾ᰵ䛻䜘䛳䛶ⳬ₝䛾䛣䛸䛜઻䜎䜛䚹 2. 䛒䛦䛺䚸 ᴞ╀䛾⭾䛻䚸 䛒䛦䛺䜢䛴䛡䜛䚹 3. ࡐ䛸⢡䛨䚸 䛿䜙䜐䚹 4. ຋䛸⢡䛨䚸 䛔䛴䛟䛧䜐䚹 5. 䛒䛦䛺䜢䛴䛡䜛䛣䛸䛛䜙䚸 ᄙઆ䛾๟䛸䛺䜛䚹 ᄙ䛿ᄙ⟘䛷䚸 䜔䛿䜚䚸 䜒䛸⢡⣏ҹᰵ䛾ʶ䛷䛒䜛䚹 䠷ྂカ䠹 䛊۵ῲ཮䛋 આ䚷䝘 䞉 䝘䝓䜽 䞉 䜰䝄䝘 䞉 䝲䝅䝘䝣 䞉 䜴䝒䜽䝅䝮 䚷䛊આ⪣⮥䛋 આ䚷䝘 䞉 䜴䝒䜽䝅䝮 䞉 䜰䝄䝘 䞉 䝘䝓䜽 䞉 䝃䝛 䞉 䝲䝅䝘䝣 䞉 䜴䝒䜽䝅䝤 䞉 䜴䝒䜽䝅䝮 䠷ㄒ⣔䠹 આdziԥ 䛸੿ 䞉 ࡐ 䞉 ◤ 䠄ᜎ䠅 tziԥ 䛿ॷῲ䛜⡨䛟䚸 䛊◻ᄙ䛋 䛻䛿આ䜢੿䛾̲ॷ䛸䛩䜛䚹 આ䜢આ̉䛾ῲ䛻᧸䛔䜛䛣䛸䜒এ䛔䛜䚸 ⢡ ᧸䛾ῲ䛸䜏䜛䜉䛟䚸 䛭䛾ቊῲ䛿᧯੿ҹᰵ䛸䛧䛶䛾ᴞ╀䛾ᰵ䜢䛔䛖䚹 ࡐ䛿ࡐ୉䛾䜘䛖䛻᧸䛔䚸 આ̉䛸䛿䛭䛾䛣䛸䜢䛔䛖䚹 䛚䛚䜐䛽ᜎᬖ 䞉 ᜎএ䛾๟䛜䛒䜛◭䛷䛒䜛䚹

(26)

文字「宗」と文字「字」とは、家庭教育における原初的風景、すなわち、重 要な構造と機能とを示すものであると思われる。「字」という字は、家庭教育 の原初的風景を根柢的に示していることに思いを致さざるを得ない。 新教育基本法はいう。「父母その他の保護者は、この教育について第一義的 責任を有する(略)」(教育基本法第一〇条)と規定する、そもそもの、家庭教 育にあっては、誕生した子どもへの、伸長と無病息災への願いを込めて、名は 体を表すべく、字を使用しての命名の儀がある。保育所や幼稚園に通えば、縦 社会、横社会の人間関係の context のなかで、人にはそれぞれに、個別の名前 が文字で表記されていることを認識する。学級担任制の小学校に就学すると、 文字学習が始動する。筆順も、漢字の成立をふまえつつ、学習する。国語科以 外の教科でも、同一学級担任が、人間が、環境を観察して、象形文字等を作成 した事への顧慮をしつつ、教科・領域を横断的に、鳥瞰しながら、文字学習の 指導を実施する。国語と、理科、社会科、算数等との関連づけも、観自在であ る。しかし、学科担任制の中学校に進むと、文字学習の事情は、小学校のそれ とは、聊か異なってくる。学科ごとに教師がかわる。ゆえに、関連づける、横 断的かつ鳥瞰的な文字指導が、必ずしも、担保し難くなる。高等学校において も、同様なことが懸念される。 5 − 13 文字「斅」は、「まなぶ・おしえる」の両義か

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(27)

「斅」の「攴」は、「卜(ぼく)+ (又)(ゆう)。卜は木の枝の形。これで ものを撃つことをいう。」とみえる。 ゆえに、「攴」は「教え手」を意味すると、筆者は解したい。ならば、「學」は、「学 び手」の側面で解したい。そう解するならば、「〔書、説命(えつめい)下〕に「惟(こ) れ斅(をし)ふることは、學ぶことの ばなり」とあり、教と学と相長ずるこ とをいう。」という解が、筆者には、とくに、解しやすくなってくる。 䠷఍ព䠹 ᅢઆ䛿ણ䚹 ᢡ䠄䛣䛖䠅䠇ᄠ䠄䛝䜘䛟䠅䠇Ԣ䠄䜉䛝䠅䠇੿䚹 આ䛾֊ബ䛿 ਒䚹 ୖˀ䛻٣ቆ䠄䛱䛞䠅䛾䛒䜛ബ䚹 䛭䜜䛻੿䜢ף䛘䜛䛾䛿䝯䞁䝈䝝䜴䝇 䛾๟䚹 ᄠ䛿ൖ䛻ף䛘䛯䜒䛾䛷䛒䜛䛜䚸 ټᄙ䛻䛩䛷䛻䜏䛘䜛䚹 䛊◻ᄙ䛋 ୕ୗ䛻˳䜢ᓺઆ䛸䛧䛶 䛂╟ฑ䛩䜛䛺䜚䛃 䛸▄䛩䜛䛜䚸 ჹ䛘䜛๟䚹 ˳䛿 ⦘ᄙ䛾 䛊̃೰䠄䜔䛝䠅䛋 䛻䜏䛘䚸 ણ䛾ؔ▷ബ䛸䜏䜙䜜䜛䚹 䛊᤻ഖ䛋 䛻 ˳䜢 䛂ਸ䜅䜛䛺䜚䛃䚸 ણ䜢 䛂ਸ䜈䜢ۅ䛟䜛䛺䜚䚹 ╟䜛䛺䜚䛃 䛸䛒䜚䚸 ક 䜆๟䛸䛧䚸 ˓આ䜢ٚ֌䛩䜛䚹 䛊ሤ䚸 ◻ܶ䠄䛘䛴䜑䛔䠅ˁ䛋 䛻 䛂ฺ䠄䛣䠅䜜 ˳䠄䜢䛧䠅䜅䜛䛣䛸䛿䚸 ણ䜆䛣䛸䛾߅䜀䛺䜚䛃 䛸䛒䜚䚸 ჹ䛸ક䛸ᭀ⫧䛪䜛 䛣䛸䜢䛔䛖䚹 䠷カ⩏䠹 1. 䜎䛺䜆䚸 䛺䜙䛖䚸 䛥䛸䜛䚸 ᮪䜛䚹 2. કު䚸 䜎䛺䜆͆䚸 䜎䛺䜆䛣䛸䚹 3. 䜎䛺䜃䜔䚹 4. 䛚䛧䛘䜛䚹 䠷ྂカ䠹 䛊۵ῲ཮䛋 ણ䚷䝬䝘䝤 䞉 䝘䝷䝣 䞉 䞀䝅䝣 䞉 䝰䝜䝘䝷䝣 䞉 䝬䝛 䝤䚷䛊આ⪣⮥䛋 ˳ 䞉 ણ䚷䝘䝷䝣 䞉 䝰䝜䝘䝷䝣 䞉 䝬䝘䝤 䞉 䝬䝛䝤 䞉 䞀䝅 䝣 䞉 䝃䝖䝹 䠷㒊㤳䠹 䛊◻ᄙ䛋 䛻ਸ 䠄ჹ䠅 䜢⤴⴨䛸䛧䚸 ˳䜢䛭䛾⤴䛻ୡ䛩䜛䚹 આ 䛿਒ 䞉 ᳙ 䞉 ણ 䞉 ˳䛾䜘䛖䛻ୠ⫳䛧䚸 ᳙䛻ო䠄䜌䛟䠅䜢ף䛘䜛ਸ䛜䚸 䛭 䛾ؔ▷ബ䛸䛧䛶ᘐ᧯䛧䛯䚹 䠷ኌ⣔䠹 䛊◻ᄙ䛋 䛻ણ䛾ᭉॷ䛸䛧䛶⼂ 䞉 ╟ 䠄╏䠅 䛺䛹ӹઆ䜢ہ䜑䜛䚹 ⶲগ䛾ῲ䜢䜒䛴䜒䛾䛜এ䛔䚹

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(28)

5 − 14 文字「教」は、「旧字は敎に作り、爻(こう)+子+攴(ぼく)。爻は 屋上に千木(ちぎ)のある建物。そこに子弟が学んだので、 (こう)は學(学) の初文。古代のメンズハウスは神社形式に近い建物であったらしく、そこに貴 族の子弟たちを集め、長老たちが伝統や儀礼の教育をした。」

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(29)

「 に攴を加え、また⺽(きよく)を加えた字は斅(がく)。攴は教権の鞭を 示す。」とみえる。また、「斅(をし)ふることは學ぶことの ばなり」とある ように、斅・學は授受の関係にある字である。」とみえているのも看過できない。 5 − 15 文字「行」は、「十字路の形。交叉する道」・「人の步趨なり」・「呪力 は道路で行う」等意味深い。 1. 䛚䛧䛘䜛䚸 䛚䛧䛘䚹 2. કገ䚹 ঈ䛻ჹ 䠄ገ䠅䚸 ᔴ䛻ಎ䠄䛧䜘䛖䠅䚸 ܦ䛻ಂ䛸䛔䛖䚹 3. πൃ䛾׬ؔ▷䚹 䛧䜐䚸 䛫䛧䜐䚹 䠷ྂカ䠹 䛊۵ῲ཮䛋 ਸ䚷䝜䝸 䞉 䞀䝅䝣 䞉 䝉䝅䝮 䞉 䝍䜹䝅 䠷㒊㤳䠹 䛊◻ᄙ䛋 䛻˳䜢䛣䛾⤴䛻ୡ䛧䚸 ણ䜢䛭䛾ᶿᄙ䛸䛩䜛䛜䚸䛊ሤ䚸 ◻ܶˁ䛋 䛻 䛂˳䠄䜢䛧䠅䜅䜛䛣䛸䛿ણ䜆䛣䛸䛾߅䜀䛺䜚䛃 䛸䛒䜛䜘䛖䛻䚸 ˳ 䞉 ણ䛿࿽ۅ䛾⬄ϭ䛻䛒䜛આ䛷䛒䜛䚹

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(30)

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(31)

「十字路の形。交叉する道をいう。」ともみえている。交差点に立てば、四方 が能く展望できるけれども、「彳(てき)、 亍(ちょく)」して、迷うところで もある。「呪力は道路で行うことによって、他の地に機能すると考えられ」と ころ。そもそも、「道」という字が、「[会意]首(しゆ)+辵(ちやく)。古文 は首と寸とに従い、首を携える形。異族の首を携えて除道を行う意で、導く意。 祓除を終えたところを という。」とするところからみれば、「行」と「道」と は、宗教的意味を漲らせた、密接不離の関係といえてくる。 5 − 16 文字「親」は、「辛(しん)+木+見。神事に用いる木をえらぶため に辛(針)をうち、切り出した木を新という。その木で新しく神位を作り、拝 すること。」

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(32)

「親」という文字に、神事、神位、拝するの意味が通底していることから、 親を崇拝、尊敬する、という意味があることが、理解されてくる。 5 − 17 文字「聖」は、「神の声を聞きうる人をいう。口( (さい))は祝禱 を収める器の形で、その神の声を聞きうる人を聖という。」 䛩䜛๟䛻᧸䛔䜛䚹 Ʒ䊻ᄽ 䠷カ⩏䠹 1. 䛚䜔䚸 ᢜᕂ䚸 䜏䛖䛱䚹 2. 䛧䛯䛧䜐䚸 䛧䛯䛧䛔䚸 䛱䛛䛔䚸 䛱䛛䛧䛔䚸 䜘䛧䜏䚹 3. 䜏䚸 䜏䛪䛛䜙䚸 䛧䛯䛧䛟䚹 䠷ྂカ䠹 䛊۵ῲ཮䛋 ╕䚷䝅䝍䝅 䞉 䝏䜹䝅 䞉 䝭䝓䜹䝷 䞉 䜴䝒䜽䝅䝤 䞉 䝬 䝜䜰䝍䝸 䞉 䝮䝒䝬䝆 䞉 䝮䜹䝣 䞉 䝝䞋䜸䝲䚷䛊આ⪣⮥䛋 ╕䚷䝭 䞉 䜴䝒䜽䝅 䝭 䞉 䞀䝲 䞉 䝭䝓䜹䝷 䞉 䜲䝍䝹 䞉 䝅䝍䝅 䞉 䝩䝗䝁䝇 䞉 䝮䝒䝬䝆 䞉 䝏䜹䝅 䞉 䜴䝒䜽䝅䜽 䞉 䜴䝒䜽䝅䝡 䞉 䝮䜹䝣 䞉 䝝䞋 䞉 䝬䝜䜰䝍䝸 䠷ㄒ⣔䠹 ╕ 䞉 ⠚tsien䚸 ᄽ sien 䛿ॷῲ⡨䛟䚸 ᄽ䛧䛔Ρܓ䛾͆䛿╕ ⡨䛾⬄ϭ‮䛷䛒䜛䚹 ╕ 䞉 ⠚䜢 䛊◻ᄙ䛋 䛻˓આ䛸䛩䜛䛜䚸 䛸䜒䛻⦘ ᄙ䛻䜏䛘䚸 Ὢᷮ䛾આ䛷䛒䜛䚹

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(33)

「口( (さい))は祝禱を収める器の形で、その神の声を聞きうる人を聖と いう。」とみえる。「口( (さい))は祝禱を収める器の形」と、白川静は解 釈した。 䠷఍ព䠹 ᅢઆ䛿ᕸ䛻ΰ䜚䚸 ⁄䠇ۑ䠇⯈䠄䛶䛔䠅䚹 䛊◻ᄙ䛋 ༑஧ୖ䛻 䛂⇇ 䛺䜚䛃 䛸⢡⣕䛾๟䛸䛧䚸 આ䜢⼡ 䠄ܛ䠅 䠄䛶䛔䠅 ॷ䛻൝䛖䜒䛾䛸䛩䜛䛜䚸 આബ䛸۰䜟䛪䚸 ॷ䜒䜎䛯ᨵ䛺䜛䚹 ټᄙ䛻䚸 ⯈ 䠄͆䛾࿒ᴗ䛩䜛ബ䠅 䛾ˀ䛻⁄䜢䛭䛘䛯ബ䛻ΰ䜚䚸 ⁞䛾֊ᄙ䚹 ᱌䛾ॷ䜢⁞䛝䛖䜛͆䜢䛔䛖䚹 ۑ 䠄Ḷ䠄䛥䛔䠅䠅 䛿᱋԰䜢ہ䜑䜛ࠔ䛾ബ䛷䚸 䛭䛾᱌䛾ॷ䜢⁞䛝䛖䜛͆ 䜢⁖䛸䛔䛖䚹 䛊ఖΌ䚸 ┕١ݾ౫䛋 䛻䚸 ഝᆣ᱌ᮜ䛸䛔䜟䜜䛯ృሗ䛜䚸 ᆨ䛸Ꮣ䛸䛜༦䛖䛻䛒䛯䛳䛶䚸 䛭䛾؜ჷ䜢ټ䛧䚸 ⳃॷ䜢⁞䛔䛶 䛂ٷⳃ ᴽ䛿䛪䚸 ᔎ⁧এ䛧䛃 䛸䚸 Ꮣ䛾ჷل䜢̔╵䛧䛯◊䛜䛒䜛䚹 䛭䛾䜘䛖䛺 䜒䛾䛜⁖‮䛷䛒䛳䛯䚹 ܦ֊䛾⦘ᄙ 䛊ᥤ೰䠄䛿䜣䛝䠅䛋 䛻 䛂ூ᤽᤽᮲ 䠄䜟䛖䛨䠅䛾ᕸચ䛃 䛸䛔䛖◭䛜䜏䛘䚸 䜎䛯⦘ᄙ䛻 䛂ᕸ䛺䜛ⱸ‬䛃 䜔 䛂ᕸ ᓽ䛃 䛂ރᕸ䛃 䛺䛹䚸 Ӟ͆䛻⁖䜢͛䛧䛶䛔䛖䛣䛸䛜এ䛔䚹 䛊◂䚸 ତ⮤䚸 ᓺሰ䛋 䛻 䛂⥫䠄䜏䠅䛺̔䠄䜟䜜䠅䜢䜀ᕸ䛺䜚䛸ሜ䜅䜒䚷◿䠄䛯䜜䠅䛛᠔䛾 ⮫⮣䜢᮪䜙䜣䜔䛃 䛾ۓ䛜䛒䜛䚹 䛊☟◭䚸 ⡻‱䛋 䛻䚸 ઃ੿䛿 䛂ᕸ䛸 ͈䛸䛾വ䠄䛤䛸䠅䛝䛿䚸 ֧䛱ܑ䠄䜟䜜䠅⚺䛻ᄂ䛶䛫䜣䜔䛃 䛸⡻䜉䛶䛚䜚䚸 ⁖䛿͆⫻ሬⶲ䛾ᥴ็ຎ䛸䛥䜜䛯䚹 Ʒ䊻⯈ 䞉 ⁩ 䞉 ⁞ 䠷カ⩏䠹 1. 䜂䛨䜚䚸 ⁖͆䚸 ᮪൯䛾ሬ䜒䛩䛠䜜䛯͆䚹 2. 䛥䛸䛔䚸 ʶ↾䛻⣕䛧䛯͆䚹 3. ঙ੿䚹 ঙ੿䛻⬄䛧䛶ᄇ◭䛸䛧䛶䛭䛘䜛䚹 4. ᚌ⥓䚹 ជ⥓䜢✜䛸䛔䛖䚹 䠷ྂカ䠹 䛊۵ῲ཮䛋 ᕸ䚷䝠䝆䝸 䞉 䜻䜽 䞉 䝁䝿 䞉 䝃䜹䝅 䞉 䜹䝶䝣 䞉 䜴䝮䚷 䛊આ⪣⮥䛋 ᕸ䚷䝠䝆䝸 䞉 䝁䝿 䞉 䝭䜹䝗 䞉 䜹䝶䝣 䞉 䜴䝮 䞉 䜻䜽 䞉 䝘䜺䝅 䠷ㄒ⣔䠹 ᕸsjieng䚸 ⁲ 䠄⁩䠅 thyeng 䛿ॷῲ䛜⡨䛟䚸 ⁲䛿ᕸ䛾ۡᅈ 䛻֬ 䠄൯䠅 䛾ᭉᄙ䜢ף䛘䛯ബ䚹 ֬䛿䚸 ᕸ䛜⁄䛾⁡ᅽ䜢˩䛸䛩䜛䛾 䛻ଓ䛧䛶䚸 ╋䜛䛣䛸䛾ᅽ䜙䛛䛺䛣䛸䜢˩䛸䛩䜛આ䛷䛒䜛䚹 ⁄ᬶ䛾൯䜢 ۰䜟䛫䛶䚸 ⁡ᅽ䛸䛔䛖䚹

(34)

5 − 18 文字「神」は、「声符は申(しん)。申は電光が屈折して走る形で、神 威のあらわれと考えられ、神の初文。」

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(35)

電光現象が示されている。雷電神社建立の context が傾注される。 5 − 19 文字「禅」は、「禅とは、祭壇である危(せん)を設けて、天を祭る 祭儀をいう。」と。 䜰䝒䝅 䞉 䞀䝃䝮 䞉 䜰䝲䝅 䞉 䝍䝣䝖䝅 䞉 䝯䝓䝷䜹䝘䝸 䞉 䝭䝽 䞉 䜹䝭 䠷ㄒ⣔䠹 ౫djien䚸 ೟ jien 䛿ᨸⱲ䛾આ䛷䛒䜛䛜䚸 ॷῲ䛾⬄ϭ䛿䛺 䛔䚹 䛊◻ᄙ䛋 䛺䛹䛾▄䛿Ζsjien 䛾ॷῲ䛻䜘䜛䜒䛾䛷䛒䜝䛖䚹 ౫䛿 ᱌ਘ䛾䛚䛭䜛䜉䛝䜒䛾䛷䛒䜛䛛䜙䚸 ⯍ӟ䛾ᥰᵱ䛿䜐䛧䜝ᮀthjien 䛾 ॷῲ䛸⬄ϭ䛜䛒䜝䛖䚹 ےͦ䛾᱌䛻䛿ඹ⯘᱌䛜এ䛔䚹

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(36)

文字「禅」にみれば、「禅とは、祭壇である危(せん)を設けて、天を祭る 祭儀をいう。」とみえる。「[訓義] 3. 仏教の語で禅、jhāna の音訳語、静慮の意。 しずか。」とみえていることに迂闊は許されないことは当然である。ただ、文 字「坐」と文字「禅」とを、続けて、熟語「坐禅」を得よう。そこにみえてく る字「坐禅」は、禅家で馴致の熟語「坐禅」の宗教的意味世界とは、どのよう に、トーンの異なる世界が浮き彫りになっているのだろうか。字「坐」と字「禅」 とが熟して語となって、醸成される、宗教的意味空間を、素朴に原初的に、思 考していく、宗教教育の一つの方法上の端緒にならないだろうか。 5 − 20 文字「言」は、「辛(しん)+口。辛は入墨に用いる針の形。口は祝 詞を収める器の (さい)。盟誓のとき、もし違約するときは入墨の刑を受け るという自己詛盟の意をもって、その盟誓の器の上に辛をそえる。その盟誓の 辞を言という。」 䝬䞋䝙 䠷ㄒ⣔䠹 ᱱzjian䚸 ⛤ zjiԥn 䛿ॷ⛥䛟䚸 આῲ䛻䜒⬄ϭ䛜䛒䜝䛖䚹 ঙ䜢 ᱗䜛䛸䛝䚸 ࡽज़䜢᷂䛝䚸 䛭䛾ज़䜢⛤䛸䛔䛖䚹 ⣏tan 䛿 䛊◻ᄙ䛋 ༑஧ ୗ䛻 䛂સᴞ䛾ᇩ䜢ۉ䠄䛔䠅䜛䜛Ợ䛺䜚䛃 䛸䛒䜚䚸 䛣䜜䛻䜘䛳䛶䛔䛘䜀䚸 ⛤䛸䛿᱌˩䜢䛚䛟ज़䛾䛣䛸䛷䛒䜝䛖䚹

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