一 は じ め に 曹 洞 宗 秋 田 県 宗 務 所 ・ 禅 セ ン タ ー 主 催 の ﹁ 講 座 ﹃ 祖 録 に 親 し む ﹄ ﹂ で 、 二 十 八 巻 本 正 法 眼 蔵 の 講 義 を 継 続 し て い る 。 平 成 十 九 年 十 一 月 三 十 日 に 第 十 二 回 目 を 迎 え た 時 に ﹃ 嗣 書 ﹄ と な っ た 。 講 義 の 準 備 の 為 に 桜 井 秀 雄 監 修 ・ 小 坂 機 融 ・ 河 村 孝 道 編 集 ﹃ 永 平 正 法 眼 蔵 蒐 書 大 成 ﹄ 全 二 七 巻 ︵ 二 五 巻 、 別 巻 ︿ 道 元 禅 師 真 蹟 関 係 資 料 集 ﹀ 、 別 巻 総 目 録 ︶ ﹃ 同 続 輯 ﹄ 全 一 〇 巻 ︵ 大 修 館 書 店 、 一 九 七 四 ︱ 一 九 八 二 年 、 一 九 八 九 ︱ 二 〇 〇 〇 年 ︶ が 公 刊 さ れ て い る の で 、 別 巻 の ﹃ 道 元 禅 師 真 蹟 関 係 資 料 集 ﹄ ︵ 一 九 八 〇 年 一 一 月 ︶ の ﹃ 嗣 書 ﹄ を コ ピ ー し 、 河 村 孝 道 博 士 の 次 の ﹁ 修 訂 本 正 法 眼 蔵 嗣 書 解 題 ﹂ を 確 認 し て お い た 。 ○ 本 文 三 七 ︱ 九 三 頁 ○ 京 都 市 故 里 見 忠 三 郎 氏 旧 蔵 ○ 冊 子 本 ・ 粘 葉 装 で っ ち ょ う そ う ・ 鳥 ノ 子 紙 ・ 古 金 襴 表 装 ︿ 但 シ 後 世 ノ 改 装 ﹀ 縦 23 ・ 5 ㎝ 横 14 ・ 5 ㎝ 本 書 は 、 大 正 十 三 年 に 伊 予 松 平 家 よ り 売 立 に 出 さ れ ︿ ﹁ 売 立 目 録 ﹂ 大 正 十 三 年 ・ 六 月 号 ・ 長 田 義 雄 氏 蔵 。 引 用 者 注 、 ﹁ 松 平 家 出 品 目 録 附 載 ﹃ 嗣 書 ﹄ ﹂ 冒 頭 写 真 あ り ﹀ 、 後 に 京 都 市 古 美 術 商 ・ 故 里 見 忠 三 郎 氏 に 所 蔵 さ れ 、 昭 和 二 十 八 年 頃 に 大 久 保 道 舟 氏 ︿ 当 時 、 東 大 史 料 編 纂 所 勤 務 ﹀ へ 貸 与 さ れ 、 そ の 際 に 撮 影 さ れ て 以 後 、 世 に 紹 介 さ れ て 注 目 を 浴 び た も の で あ る ︿ 大 久 保 道 舟 ﹃ 道 元 禅 師 伝 の 研 究 ﹄ ﹀ 。 原 本 は 、 道 元 禅 師 の 遠 忌 の あ っ た 昭 和 二 十 八 年 頃 に 里 見 氏 よ り 売 り に 出 さ れ 、 時 の 宗 門 の 要 路 に 購 入 方 の 依 頼 が な さ れ た が 、 戦 後 の 宗 門 の 経 済 情 勢 が そ れ を 許 さ ず 、 他 所 へ 売 却 さ れ る の を 傍 観 せ ざ る を 得 ず 、 以 後 そ の 売 却 先 や そ の 行 方 は 杳よ う と し て 知 れ な い 。 倖 い な 事 に 、 大 久 保 氏 が 専 門 写 真 技 師 を 通 し て 撮 影 さ れ 、 有 縁 の 方 ︵ 岸 沢 惟 安 ・ 衛 藤 即 応 ・ 橋 本 恵 光 氏 ︶ 二 九 駒 澤 大 學 佛 學 部 論 集 第 三 十 九 號 成 二 十 年 十 月
﹃
仏
祖
﹄
﹃
嗣
書
﹄
﹃
面
授
﹄
考
石
井
修
道
﹃ 仏 祖 ﹄ ﹃ 嗣 書 ﹄ ﹃ 面 授 ﹄ 考 ︵ 石 井 ︶ 三 〇 『嗣書』冒頭部分 駒澤大学禅文化歴史博物館所蔵 『嗣書』末尾部分 同館所蔵
﹃ 仏 祖 ﹄ ﹃ 嗣 書 ﹄ ﹃ 面 授 ﹄ 考 ︵ 石 井 ︶ 三 一 へ 提 供 し た も の が 現 存 し 、 本 書 に は そ の 一 部 で 岸 沢 惟 安 師 所 蔵 の 影 写 本 に 依 っ て 収 録 し た ︿ 岸 沢 氏 は 原 本 と 寸 分 相 違 な い よ う に 専 門 技 師 に 依 頼 し て 撮 影 せ し め た と か 聞 く ﹀ 。 本 書 に は 、 江 戸 期 の 古 筆 鑑 定 家 ・ 牛 庵 法 橋 随 世 に 依 る ﹁ 道 元 和 尚 真 蹟 無 疑 似 者 也 ﹂ と 証 明 す る 寛 文 三 年 の 極きわ め 札ふ だ が あ り 、 他 に 当 時 に 於 け る ﹃ 嗣 書 ﹄ の 価 格 に つ い て 評 定 し た 牛 庵 の 添 書 が あ る 。 嗣 書 全 部 一 冊 者 、 曹 洞 宗 開 山 道 元 和 尚 之 真 跡 也 。 代 物 之 儀 不 案 内 御 座 候 ヘ 共 、 弐 百 貫 程 可 仕 つ か ま つ ル 候 、 其 御 心 得 可 被 成 候 。 恐 惶 謹 言 。 九 月 十 二 日 。 随 世 ︵ 印 ︶ 。 ︿ 端 書 ﹀ 後 藤 覚 兵 衛 様 ︿ 人 々 御 申 之 ﹀ 畠 山 牛 庵 随 世 右 の 鑑 定 書 ・ 評 価 添 書 よ り 推 考 し て 、 後 藤 覚 兵 衛 よ り 寛 文 年 中 に 松 平 家 へ 売 却 さ れ 、 大 正 十 三 年 に 売 立 て ら れ て 里 見 氏 に 所 蔵 さ れ る に 至 っ た も の で あ ろ う か 。 ﹃ 嗣 書 ﹄ は 、 仁 治 二 年 興 聖 寺 に 於 い て 示 衆 さ れ た が 、 約 三 年 後 の 寛 元 元 年 九 月 二 十 四 日 、 北 越 吉 峰 寺 に 於 い て 再 治 修 訂 し 浄 書 さ れ た も の が 本 書 の 里 見 旧 蔵 本 で 、 ﹃ 秘 密 正 法 眼 蔵 ﹄ 所 収 の ﹃ 嗣 書 ﹄ 奧 書 に は 懐 奘 の ﹁ 寛 元 元 年 十 月 廿 三 日 、 以 越 州 御 書 本 交 文 云 云 ﹂ の 識 語 が あ る が 、 曾 て 大 久 保 氏 が 推 定 さ れ た よ う に 、 懐 奘 が 用 い た の は 、 こ の ” 越 州 御 書 本 “で あ っ た と 思 わ れ る 。 そ し て 本 書 は 各 種 編 輯 ・ 謄 写 本 ﹃ 嗣 書 ﹄ の 範 拠 た る 定 本 と し て 重 要 で あ る 。 こ の ﹃ 嗣 書 ﹄ と 密 接 に 関 連 す る ﹁ 草 案 本 正 法 眼 蔵 嗣 書 断 簡 ﹂ の 解 説 が 続 い て お り 、 参 考 に 付 し て お こ う 。 本 書 は 、 草 案 本 ﹃ 嗣 書 ﹄ 断 簡 十 四 切 の 集 成 で あ る 。 前 項 解 説 の 修 訂 本 ﹃ 嗣 書 ﹄ ︿ 寛 元 元 年 本 ・ 里 見 氏 旧 蔵 ﹀ に 先 行 す る 初 稿 本 と 見 ら れ る も の で 、 仁 治 二 年 ︵ 一 二 四 一 ︶ 道 元 禅 師 四 十 二 歳 、 山 城 興 聖 寺 に 於 い て 記 述 さ れ た も の の 自 筆 本 の 断 簡 を 集 成 し た も の で あ る 。 こ の 草 稿 本 は 、 寛 元 元 年 ︵ 一 二 四 三 ︶ 越 前 吉 峰 寺 に 移 ら れ て か ら 再 び 推 敲 修 訂 さ れ て 里 見 氏 旧 蔵 本 の ﹃ 嗣 書 ﹄ と し て 完 成 し た 。 今 日 一 般 に 流 布 し て い る ﹃ 正 法 眼 蔵 嗣 書 ﹄ は 、 こ の 寛 元 修 訂 本 の 系 統 で あ る 。 自 筆 草 稿 本 は 、 江 戸 期 に 至 っ て 二 十 六 葉 に 解 柬 截 断 さ れ て 、 道 元 禅 師 の 道 風 を 慕 う 有 縁 の 者 に 分 施 さ れ た 。 本 書 収 録 の 十 四 切 の 断 簡 類 は 、 そ の 解 柬 分 施 さ れ た も の で 、 今 日 に 残 る も の を 広 く 探 索 し て 集 成 し た も の で あ る 。 草 案 本 ﹃ 嗣 書 ﹄ 原 本 の 体 裁 は 、 片 面 六 行 、 一 紙 十 二 行 、 全 文 二 十 九 紙 か ら 成 る 粘 葉 綴 本 で あ る 。 こ の 初 稿 本 の 体 裁 を そ の 儘 に 伝 え る 資 料 に 、 広 島 県 香 積 寺 所 藏 ﹃ 嗣 書 ﹄ の 副 本 、 及 び そ の 副 本 の 末 尾 に は 解 柬 截 断 行 数 、 分 施 先 を 記 し た 記 事 が
﹃ 仏 祖 ﹄ ﹃ 嗣 書 ﹄ ﹃ 面 授 ﹄ 考 ︵ 石 井 ︶ 三 二 併 記 さ れ て お り ︵ 写 真 あ り ︶ 、 ﹃ 嗣 書 ﹄ 断 簡 の 所 在 を 知 る 貴 重 な 手 掛 り と な っ て い る 。 分 施 先 の 写 真 記 事 を 次 に 印 字 し て お く ︵ 省 略 ︶ 。 従 来 こ の ﹃ 嗣 書 ﹄ の 分 施 は 道 元 禅 師 の 煖 皮 肉 と し て 禅 師 を 偲 ぶ よゝ すゝ がゝ と し て 護 持 す べ く 、 有 縁 の 道 心 者 に 施 与 さ れ た も の と 言 わ れ て い る が 、 そ の 事 と 共 に 、 ﹃ 嗣 書 ﹄ に 限 っ て は 、 そ の 所 蔵 者 安 叟 自 隠 の 加 賀 屋 ︿ 大 濱 家 ﹀ が 、 亡 父 ︿ 青 源 院 安 叟 自 隠 上 人 ﹀ の 菩 提 の 為 に 縁 故 者 及 び 有 縁 の 寺 主 達 へ 分 截 ・ 寄 進 し た も の で あ る ︿ ︵ 11 ︶ 参 照 ﹀ 。 分 施 さ れ た 断 簡 類 は 、 所 蔵 者 が 更 に 分 截 し て 有 縁 者 に 分 施 し た り し て い て 、 当 初 の 二 十 六 葉 の 断 簡 は 今 日 で は 相 当 数 に 上 っ て い る 。 ま た 二 十 六 葉 の 分 施 先 も 、 今 日 で は そ の 施 与 先 に 無 い 場 合 が 多 く 、 そ れ は 時 に 他 者 の 私 蔵 に 流 れ た り 、 時 に 分 施 先 の 寺 院 ・ 在 家 の 没 落 や 断 絶 ・ 焼 失 等 で 、 必 ず し も 記 事 通 り の 処 に 所 在 す る と は 限 ら な い 。 従 っ て 全 部 の 断 簡 を 探 索 蒐 集 す る こ と は 不 可 能 で あ る 。 本 叢 書 に は 、 従 来 判 明 し て い る も の に 、 今 回 新 た に 発 見 し た 断 簡 を 加 え て 計 十 四 点 を 収 録 し た 。 ︵ 以 下 、 十 四 種 の 各 種 断 簡 解 説 と ﹃ 嗣 書 ﹄ ︿ 修 訂 本 ・ 草 案 本 ・ 副 本 ・ 諸 種 写 本 ﹀ 諸 本 対 照 校 異 は 省 略 。 同 内 容 は 河 村 孝 道 ﹃ 正 法 眼 蔵 の 成 立 史 的 研 究 ﹄ 春 秋 社 、 一 九 八 七 年 二 月 も 参 照 さ れ た い ︶ こ の よ う に 準 備 し て い る 中 で 、 駒 澤 大 学 禅 文 化 歴 史 博 物 館 の 伊 藤 隆 寿 館 長 よ り 選 定 委 員 の 一 人 で あ る 筆 者 に 、 近 々 の 十 二 月 十 一 日 に 選 定 委 員 会 を 開 催 し た い と の 連 絡 を 受 け た 。 そ し て そ の 購 入 予 定 候 補 の 中 に ﹁ 行 方 が 杳 と し て 知 れ な い ﹂ と さ れ て い る 里 見 本 と 呼 ば れ る ﹃ 嗣 書 ﹄ が 審 議 に か け ら れ る と の 話 を 聞 い た 。 既 に 予 算 処 置 も 万 全 だ と 聞 き 、 冷 静 さ を 装 う こ と が で き ず 、 高 鳴 る 興 奮 を 抑 え ら れ な い 日 々 を 送 っ た 。 も ち ろ ん 、 秋 田 の 講 義 の 時 に は 、 口 外 し た い 気 持 ち に 駆 ら れ つ つ も 、 慎 重 に 内 密 に し て 、 選 定 委 員 会 の 決 定 を 待 ち 望 ん だ 。 筆 者 は そ の ﹃ 嗣 書 ﹄ が 道 元 禅 師 の 真 筆 だ と 断 定 す る 専 門 分 野 の 研 究 者 で は な い が 、 河 村 孝 道 博 士 が 基 づ か れ た 大 久 保 道 舟 博 士 の ﹁ 真 蹟 ﹁ 正 法 眼 蔵 嗣 書 ﹂ に つ い て ﹂ ︵ ﹃ ︿ 修 訂 増 補 ﹀ 道 元 禅 師 伝 の 研 究 ﹄ 所 収 、 筑 摩 書 房 、 一 九 六 六 年 五 月 、 初 版 は 岩 波 書 店 、 一 九 五 三 年 三 月 ︶ の 詳 細 な 論 文 が 存 在 し て い る︵ 1 ︶ 。 選 定 委 員 会 に 持 ち 込 ま れ た 参 考 資 料 に は 、 先 の 畠 山 牛 庵 随 世 の 鑑 定 書 等 や 漆 塗 杉 箱 の ﹁ 嗣 書 曹 洞 宗 開 山 道 元 和 尚 真 蹟 ﹂ の 箱 書 き 、 大 久 保 道 舟 博 士 の 里 見 氏 へ 旧 版 の 岩 波 文 庫 本 ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ ︵ 衛 藤 即 応 校 注 ︶ 口 絵 写 真 使 用 の 願 い の 手 紙 な ど の 添 付 資 料 の 外 に 、 河 村 孝 道 博 士︵ 2 ︶ や 小 坂 機 融 名 誉 教 授︵ 3 ︶ の 真 蹟 評 価 添 書 が あ っ た 。 委 員 会 が 選 定 を 決 定 し た こ と は い う ま で も な い︵ 4 ︶ 。 以 下 、 駒 澤 大 学 禅 文 化 歴 史 博 物 館 所 蔵 本 の ﹃ 嗣 書 ﹄ に つ い て は 、 ﹁ 禅 博 本 ﹂ と 略 称 す る こ と に し よ う 。
﹃ 仏 祖 ﹄ ﹃ 嗣 書 ﹄ ﹃ 面 授 ﹄ 考 ︵ 石 井 ︶ 三 三 筆 者 も 興 奮 し な が ら 白 い 手 袋 を は め て 実 物 を 拝 見 し 、 そ の 吸 い 込 ま れ る よ う な 錯 覚 を 覚 え る 筆 蹟 の 見 事 さ と 共 に そ の 場 に い る こ と が で き る 幸 せ を 感 じ て い た︵ 5 ︶ 。 道 元 の 代 表 的 著 述 が ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ で あ る こ と は 周 知 の こ と で あ る が 、 真 筆 で 完 本 は こ の ﹃ 嗣 書 ﹄ 以 外 に 知 ら れ て い な い だ け に 、 極 め て 貴 重 な 書 で あ る こ と は 間 違 い な い︵ 6 ︶ 。 し か も 、 先 に 示 す よ う に 草 案 本 の 断 簡 の 真 筆 の 存 在 も 知 ら れ て い て そ の 価 値 を よ り 一 層 高 め て い る 。 こ の 論 文 は 、 以 前 と 同 様 に ﹃ 嗣 書 ﹄ の 試 訳 を 提 示 し 、 ﹃ 嗣 書 ﹄ が 既 に 在 宋 中 の 道 元 の 行 状 に つ い て 重 要 で あ る こ と は ﹁ 道 元 の 大 梅 山 の 霊 夢 の 意 味 す る も の ︱ 宝 慶 元 年 の 北 帰 行 ︱ ﹂ ︵ ﹃ 道 元 禅 の 成 立 史 的 研 究 ﹄ 所 収 、 大 蔵 出 版 、 一 九 九 一 年 八 月 ︶ で 述 べ た こ と は あ る が 再 提 示 し 、 ﹃ 仏 祖 ﹄ と ﹃ 面 授 ﹄ の 試 訳 を 加 え 、 道 元 の 嗣 法 観 を 中 心 に 関 連 す る い く つ か の 諸 問 題 を ま と め た も の で あ る 。 ﹃ 嗣 書 ﹄ の 位 置 づ け を 仁 治 三 年 八 月 五 日 の ﹃ 如 浄 禅 師 語 録 ﹄ の 到 来 と 絡 め て 、 仁 治 二 年 と 仁 治 三 年 の ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ の 諸 巻 の 示 衆 年 月 日 を 入 れ て 見 て み る と 次 の よ う に な る 。 仁 治 二 年 ︵ 一 二 四 一 ︶ 正 月 三 日 ﹃ 仏 祖 ﹄ 三 月 二 十 七 日 ﹃ 嗣 書 ﹄ 夏 安 居 ﹃ 法 華 転 法 華 ﹄ ・ ﹃ 心 不 可 得 ﹄ ・ ﹃ 別 本 心 不 可 得 ﹄ 九 月 九 日 ﹃ 古 鏡 ﹄ 九 月 十 五 日 ﹃ 看 経 ﹄ 十 月 十 四 日 ﹃ 仏 性 ﹄ 十 月 中 旬 ﹃ 行 仏 威 儀 ﹄ 十 一 月 十 四 日 ﹃ 仏 教 ﹄ 十 一 月 十 六 日 ﹃ 神 通 ﹄ 仁 治 三 年 ︵ 一 二 四 二 ︶ 正 月 二 十 八 日 ﹃ 大 悟 ﹄ 三 月 十 八 日 ﹃ 坐 禅 箴 ﹄ 三 月 二 十 三 日 ﹃ 仏 向 上 事 ﹄
﹃ 仏 祖 ﹄ ﹃ 嗣 書 ﹄ ﹃ 面 授 ﹄ 考 ︵ 石 井 ︶ 三 四 三 月 二 十 六 日 ﹃ 恁 麼 ﹄ 四 月 五 日 ﹃ 行 持 ﹄ 四 月 二 十 日 ﹃ 海 印 三 昧 ﹄ 四 月 二 十 五 日 ﹃ 授 記 ﹄ 四 月 二 十 六 日 ﹃ 観 音 ﹄ 五 月 十 五 日 ﹃ 阿 羅 漢 ﹄ 五 月 二 十 一 日 ﹃ 栢 樹 子 ﹄ 六 月 二 日 ﹃ 光 明 ﹄ ︿ 八 月 五 日 、 ﹃ 如 浄 禅 師 語 録 ﹄ が 宋 よ り 到 来 、 翌 日 、 上 堂 あ り ﹀ 。 九 月 九 日 ﹃ 身 心 学 道 ﹄ 九 月 二 十 一 日 ﹃ 夢 中 説 夢 ﹄ 十 月 五 日 ﹃ 道 得 ﹄ 十 一 月 五 日 ﹃ 画 餅 ﹄ ︵ 十 一 月 七 日 ﹃ 仏 教 ﹄ 重 衆 ヵ ︶ 十 二 月 十 七 日 ﹃ 全 機 ﹄ こ れ ら の ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄︵7 ︶ は 九 十 五 巻 ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ ︵ = 本 山 版 ︶ の 配 列 の 一 五 か ら 四 一 の ま ま と な っ て い る 。 本 山 版 九 十 五 巻 本 は 、 版 橈 は ん ど う 晃 全 こ う ぜ ん ︵ 一 六 二 七 ︱ 一 六 九 三 ︶ が 、 道 元 の 示 衆 年 次 に 従 っ て 結 集 し た 九 十 五 巻 本 を 基 と し 、 寛 政 七 年 ︵ 一 七 九 五 ︶ に 、 玄 透 即 中 げ ん と う そ く ち ゅ う ︵ 一 七 二 九 ︱ 一 八 〇 七 ︶ が 永 平 寺 五 十 世 に 晋 住 し 、 道 元 の 五 五 〇 回 大 遠 忌 の 記 念 事 業 と し て ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ の 開 板 を 発 願 し て 、 享 和 き ょ う わ 二 年 ︵ 一 八 〇 二 ︶ に そ れ を 再 編 し 、 穏 達 お ん た つ 、 俊 量 し ゅ ん り ょ う ら に よ っ て 文 化 十 三 年 ︵ 一 八 一 六 ︶ に 大 本 山 永 平 寺 版 と し て 公 刊 さ れ た も の で あ る 。 但 し 、 こ の 時 は 、 こ の 論 文 で 取 り 上 げ る ﹃ 仏 祖 ﹄ と ﹃ 嗣 書 ﹄ 及 び ﹃ 受 戒 ﹄ ﹃ 伝 衣 ﹄ ﹃ 自 証 三 昧 ﹄ の 計 五 巻 は 謄 写 の 為 の 白 紙 本 で あ っ て 開 板 さ れ て は い な い の で あ る 。 示 衆 年 次 か ら 考 え て も ﹃ 仏 祖 ﹄ と ﹃ 嗣 書 ﹄ が 密 接 に 関 連 し て 示 衆 さ れ た こ と は 明 ら か で あ る 。
﹃ 仏 祖 ﹄ ﹃ 嗣 書 ﹄ ﹃ 面 授 ﹄ 考 ︵ 石 井 ︶ 三 五 現 在 の ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ の 編 輯 出 版 は 明 ら か に 江 戸 時 代 の 編 輯 で あ る 本 山 版 を 使 用 さ れ る こ と は な い 。 そ し て 七 十 五 巻 本 が 道 元 の 親 修 で あ る こ と は ほ ぼ 定 説 と い っ て よ い と 思 わ れ る が 、 そ の 編 輯 の 時 期 や 編 集 過 程︵ 8 ︶ は 不 明 な 面 を 残 し て い る 。 こ こ で 問 題 と し よ う と し て い る ﹃ 仏 祖 ﹄ ﹃ 嗣 書 ﹄ ﹃ 面 授 ﹄ の 三 巻 に つ い て 七 十 五 巻 本 で は 興 味 あ る 関 係 が 見 出 さ れ る 。 道 元 は 、 寛 元 元 年 ︵ 一 二 四 三 ︶ に 瑞 長 本 ﹃ 建 撕 記 ﹄ に ﹁ 七 月 十 六 日 の こ ろ 、 京 都 を 御 立 ち あ り て 、 御 下 向 か と 覚 ユ ル ナ リ ﹂ ︵ 河 村 孝 道 編 著 ﹃ ︿ 諸 本 対 校 ﹀ 永 平 開 山 道 元 禅 師 行 状 建 撕 記 ﹄ 所 収 、 大 修 館 書 店 、 一 九 七 五 年 四 月 ︶ と あ る よ う に 、 越 前 に 向 か わ れ 、 越 前 の 吉 峰 寺 に 到 着 さ れ た 。 鏡 島 元 隆 博 士 は こ の 京 都 を 立 た れ た 月 日 が 、 宝 慶 三 年 ︵ 一 二 二 七 ︶ の 七 月 十 七 日 に 示 寂 さ れ た 天 童 如 浄 の 月 日 と 深 い 関 係 が あ る こ と を 強 調 さ れ 、 入 越 を 如 浄 の 遺 戒 と 結 び つ け て お ら れ る 。 そ の 年 の 冬 に 禅 師 峰 に 半 年 ば か り 移 ら れ て 、 再 び 吉 峰 寺 に 戻 ら れ る こ と に な る 。 こ の 越 前 の 最 初 の 禅 師 峰 以 前 の 吉 峰 寺 時 代 の ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ の 示 衆 は 次 の よ う に な っ て い る 。 ︿ ︵ ︶ 内 の 数 は 七 十 五 巻 本 の 列 次 番 号 ﹀ 寛 元 元 ︵ 一 二 四 二 ︶ 年 閏 七 月 一 日 ﹃ 三 界 唯 心 ﹄ ︵ 四 一 ︶ 不 詳 ﹃ 説 心 説 性 ﹄ ︵ 四 二 ︶ 九 月 ﹃ 諸 法 実 相 ﹄ ︵ 四 三 ︶ 九 月 十 六 日 ﹃ 仏 道 ﹄ ︵ 四 四 ︶ 九 月 二 十 日 ﹃ 密 語 ﹄ ︵ 四 五 ︶ 九 月 二 十 四 日 ﹃ 嗣 書 ﹄ 修 訂 ︵ 三 九 ︶ 九 月 ﹃ 仏 経 ﹄ ︵ 四 七 ︶ 十 月 二 日 ﹃ 無 情 説 法 ﹄ ︵ 四 六 ︶ 十 月 ﹃ 法 性 ﹄ ︵ 四 八 ︶ 不 詳 ﹃ 陀 羅 尼 ﹄ ︵ 四 九 ︶ 十 月 二 十 日 ﹃ 洗 面 ﹄ 重 衆 ︵ 五 〇 ︶ 十 月 二 十 日 ﹃ 面 授 ﹄ ︵ 五 一 ︶ 十 一 月 ﹃ 坐 禅 儀 ﹄ ︵ 一 一 ︶
﹃ 仏 祖 ﹄ ﹃ 嗣 書 ﹄ ﹃ 面 授 ﹄ 考 ︵ 石 井 ︶ 三 六 十 一 月 六 日 ﹃ 梅 華 ﹄ ︵ 五 三 ︶ 十 一 月 十 三 日 ﹃ 十 方 ﹄ ︵ 五 五 ︶ 入 越 以 降 の ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ の 巻 々 が 七 十 五 巻 で は ほ ぼ 年 代 順 に 排 列 さ れ て い る こ と は 、 多 く の 研 究 者 の 指 摘 す る と こ ろ で あ る が 、 七 十 五 巻 本 の ﹃ 嗣 書 ﹄ が 草 案 本 の 示 衆 年 次 に よ っ て 三 九 に 列 次 さ れ 、 ﹃ 面 授 ﹄ が 五 一 に 置 か れ た 時 に ﹃ 仏 祖 ﹄ を 五 二 に 配 列 さ れ た 意 味 は 、 ﹃ 坐 禅 儀 ﹄ が ﹃ 坐 禅 箴 ﹄ の 前 に 移 さ れ た と 同 様 に 、 ﹃ 仏 祖 ﹄ ﹃ 嗣 書 ﹄ ﹃ 面 授 ﹄ の 三 巻 が 密 接 に 関 連 を も っ て 示 衆 さ れ た り 、 そ の 後 に 編 集 さ れ た こ と は 認 め て よ い と 思 わ れ る 。 と こ ろ で 、 ﹃ 嗣 書 ﹄ と い え ば 、 ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ の 一 巻 で は な く 、 永 平 寺 に 所 蔵 さ れ て い る ﹁ 嗣 書 図 ﹂ ︵ 9 ︶ と も 密 接 に 関 連 す る こ と を 容 易 に 思 い 浮 か べ る こ と が で き る 。 真 ん 中 に 釈 迦 牟 尼 仏 の 名 が あ り 、 真 下 に 摩 訶 迦 葉 と 結 ば れ 、 時 計 回 り に 一 周 し て ﹁ 新 道 元 ﹂ と な り 、 歴 代 祖 師 の 諱 が 書 か れ 、 諱 の 下 に は ﹁ 勃 陀 勃 地 ﹂ が 全 て に 付 さ れ て い る 。 勃 陀 勃 地 と は 、 梵 語 のbuddha-bodhi の 音 写 語 で 能 覚 の 仏 と 所 覚 の 菩 提 で 、 師 資 一 体 の 覚 の 意 味 と さ れ て い る 。 そ の 円 相 図 の 下 に は 、 ﹁ 仏 祖 命 脈 、 証 契 即 通 、 道 元 即 通 。 大 宋 宝 慶 丁 亥 。 住 天 童 如 浄 ︵ 花 押 ︶ ﹂ と 書 か れ て い る 。 こ の ﹁ 嗣 書 図 ﹂ は 近 年 、 ﹃ 道 元 禅 師 七 百 五 十 回 大 遠 忌 記 念 出 版 永 平 寺 史 料 全 書 禅 籍 編 第 一 巻 ﹄ ︵ 大 本 山 永 平 寺 、 二 〇 〇 二 年 六 月 ︶ の 中 の 冒 頭 に カ ラ ー 写 真 で 、 全 体 ・ 上 半 部 ・ 下 半 部 の 三 枚 が 収 め ら れ て 出 版 さ れ て い る 。 そ の 道 元 が 如 浄 か ら 授 け ら れ た と 伝 承 さ れ て き た 重 文 の ﹁ 嗣 書 図 ﹂ に つ い て 、 高 橋 秀 栄 氏 の ﹁ 解 説 ﹂ で は 、 三 ヶ 所 の ﹁ 仏 法 僧 宝 ﹂ の 朱 の 印 肉 と 色 合 い を 同 じ く す る ﹁ 如 浄 ﹂ の 花 押 の 上 の 朱 の 印 影 に つ い て 、 ﹁ 如 浄 が 道 元 禅 師 の た め に 署 名 さ れ 、 か つ 花 押 を 認 め ら れ た 時 点 の も の で は な く 、 ま し て や 中 国 で 捺 さ れ も の で は な い ﹂ と 疑 問 を 出 し て い る ︵ 同 ︱ 九 九 三 頁 ︶ 。 こ の ﹁ 嗣 書 図 ﹂ と ﹃ 仏 祖 ﹄ の 祖 師 名 を 比 較 す る と 、 ﹃ 仏 祖 ﹄ に は 過 去 七 仏 が あ り 、 ﹁ 勃 陀 勃 地 ﹂ が ﹁ 大 和 尚 ﹂ と な っ て い る 外 は 、 ﹁ 嗣 書 図 ﹂ で は 、 摩 訶 迦 葉 。 阿 難 陀 。 商 那 和 修 。 優 婆 多 。 提 多 迦 。 弥 遮 迦 。 婆 須 蜜 。 仏 陀 難 提 。 伏 駄 蜜 多 。 波 栗 湿 縛 。 富 那 夜 奢 。 阿 那 菩 底 。 迦 毘 摩 羅 。 那 伽 閼 羅 樹 那 。 迦 那 提 婆 。 羅 羅 多 。 僧 迦 難 提 。 迦 耶 舎 多 。 鳩 摩 羅 多 。 闍 夜 多 。 婆 修 盤 頭 。 摩 拏 羅 。 鶴 勒 那 。 獅 子 菩 提 。 婆 舎 斯 多 。 不 如 蜜 多 。 般 若 多 羅 。 菩 提 達 磨 。 慧 可 。 僧 。 道 信 。 弘 忍 。 慧 能 。 行 思 。 希 遷 。 惟 儼 。 曇 晟 。 良 价 。 道 膺 。 道 丕 。 観 志 。 縁 観 。 警 玄 。 義 青 。 道 楷 。 子 淳 。 清 了 。 宗 。 智 鑑 。 如 浄 。 ︵ 新 ︶ 道 元 。
﹃ 仏 祖 ﹄ ﹃ 嗣 書 ﹄ ﹃ 面 授 ﹄ 考 ︵ 石 井 ︶ 三 七 と あ る 。 こ れ に よ れ ば 、 イ ン ド の 十 二 祖 の 馬 鳴 が ﹁ 阿 那 菩 底 ﹂ と な っ て い る と こ ろ に 問 題 が 残 る こ と に な る︵ 10 ︶ 。 果 た し て 伝 承 の ﹁ 嗣 書 図 ﹂ と ﹃ 嗣 書 ﹄ の 関 係 は 相 互 に 一 致 す る か ど う か は 今 の と こ ろ 疑 問 と 言 わ ざ る を え な い の で あ る 。 今 回 の 論 文 は 、 先 に 言 う よ う に 、 ﹃ 嗣 書 ﹄ の 内 容 を 中 心 に ﹃ 仏 祖 ﹄ 及 び ﹃ 面 授 ﹄ と 関 連 づ け て 問 題 に し て み よ う 。 二 試 訳 ﹃ 仏 祖 ﹄ ﹃ 仏 祖 ﹄ の 構 成 は 三 段 と し た 。 ︵ 下 段 の 数 は 各 段 の 岩 波 文 庫 本 ︵ 三 ︶ の 頁 数 ︶ ︵ 一 ︶ 仏 祖 と 礼 拝 一 六 〇 頁 ︵ 二 ︶ 過 去 七 仏 ・ 西 天 二 十 八 祖 ・ 東 土 二 十 三 代 一 六 〇 頁 ︵ 三 ︶ 仏 祖 の 礼 拝 の 究 尽 一 六 五 頁 正 法 眼 蔵 第 五 十 二 仏 祖 ︵ 一 ︶ 宗 礼 そ れ 。 仏 祖 の 現 成 は 、 仏 祖 を 挙 拈 し て 奉 覲 す る な り 。 過 現 当 来 の み に あ ら ず 、 仏 向 上 よ り も 向 上 な る べ し 。 ま さ に 仏 祖 の 面 目 を 保 任 せ る を 拈 じ て 、 礼 拝 し 相 見 す 。 仏 祖 の 功 徳 を 現 挙 せ し め て 住 持 し き た り 、 体 証 し き た れ り 。 正 法 眼 蔵 第 五 十 二 仏 祖 [ 訳 ] そ れ ︵ 全 仏 祖 に 礼 す ︶ 仏 祖 の 目 の 前 の 顕 現 は 、 仏 祖 を 取 り 上 げ て 見 た て ま つ る の で あ る 。 過 去 ・ 現 在 ・ 未 来 だ け で は な く 、 仏 の 上 よ り も 上 で な け れ ば な ら な い 。 正 し く 仏 祖 の 面 目 を 保 ち 維 持 し た も の を 取 り 上 げ て 、 礼 拝 し 相 見 す る の で あ る 。 仏 祖 が 積 み 重 ね て 得 ら れ た 力 を 目 の 前 に 取 り 上 げ て 保 持 し て き た も の で あ り 、 身 を も っ て 現 し て き た も の で あ る 。 ︵ 二 ︶ 毘 婆 尸 仏 大 和 尚 。 此 云 広 説 。 尸 棄 仏 大 和 尚 。 此 云 火 。 毘 舎 浮 仏 大 和 尚 。 此 云 一 切 慈 。 拘 留 孫 仏 大 和 尚 。 此 云 金 仙 人 。 拘 那 含 牟 尼 仏 大 和 尚 。 此 云 金 色 仙 。 迦 葉 仏 大 和 尚 。 此 云 飲 光 。 釈 迦 牟 尼 仏 大 和 尚 。 此 云 能 忍 ・ 寂 黙︵ 11 ︶ 。 摩 訶 迦 葉 大 和 尚 。 阿 難 陀 大