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復興期 における電機工業の設備投資

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(1)

復興期 における電機工業の設備投資

復興期 における電機工業の設備投資*

西

は じめ に

本稿の課題 は、戦後復興期 の設備投資動向 を、電機工業 に即 して解明することである。その際、

とりわ け1950年代初頭 の電力業 にお ける電源開発需要への対応過程 を中心 として検討する。課題 設定の意図はおよそ以下 に述べ るような二つの点 にある。

第一 に、本稿が扱 う電力→電機 とい う連関は、当該期 において政策金融のバ ックア ップの もと で「投資が投資 を呼」んだ典型的な一事例 と思われ るか らである。 日本の高度経済成長が民間設 備投資主導型の経済成長であった ことは定説 といつて よいが、就中 これ までたびたび強調 されて きたのは、「投資が投資 を呼ぶ」と表現 され る、設備投資の内部循環的拡大であった。 これにカロえ て最近では、そのような旺盛 な設備投資 を、企業間競争、即 ち設備投資競争の結果 として捉 える 視角 も提起 されている1ヽ むろん両者 は背反す る議論ではないが幼、そうした新たな視角 を導入す るに足 るほ どには、内部循環的メカニズムの形成過程 に関す る歴史実証研究が充分 に蓄積 されて いるとは言い難い状況 にある。今後の研究課題 として残 されているのだが、それが高度成長期 に 突如 として形成 された とは考 えに くく、何 らかの原形 な り端緒が存在 した とみるべ きであろう。

そ こで高度成長期の直前 に位置する復興期の設備投資動向のに目を向ける必要が生 じるのであ るが、当該期の主要投資部門 としては、例 えば、戦争 により壊滅的な打撃 を被 った海運業が挙 げ られ よう。財投資金 を主要な原資 とす る、海運業の設備投資 を意味する船舶発注 は計画造船 とし て具体化 され、 これが さらに国内の造船業 に対する相当の需要 を創出 し、その設備投資 を促 した

=本稿 は2005年度政治経済学・経済史学会秋季学術大会におけるパネルディスカッション「戦後復興期の産業発展 と企業経営」での報告をもとにしている。

D橘川武郎「経済成長のエンジンとしての設備投資競争」(東京大学『社会科学研究』55巻2号 、2004年 1月

)。

幼例えば、橘川は前記論文におけるキーワー ドのひとつに「投資が投資を呼ぶ」を挙げている。だが、この点について の言及は殆 ど無 く、あくまで問題関心は、主要産業内における企業間の設備投資競争 という点に向けられている。

01950年 代前半の設備投資動向の同時代的分析 としては、経済企画庁調査部調査課『戦後の資本蓄積 と企業経営の 特質』1956年の第二章に詳 しい。なお、「相当大冊の部内資料」である本書を「圧縮、整理 しなおして」公刊・市販 した ものが、「第一次企業白書」の異名 を持つ、同編『戦後 日本の資本蓄積 と企業経営』至誠堂、1957年である。要 点を把握するには簡便であるが、具体的な事例等は大幅に省略されているので、本稿で参照する際は前者を用いる。

‑99‑―

(2)

と想定 され る。だが、高度成長期 を通 じて該当することで もあるが、電力業は産業別にみた場合 やは り最大の投資主体であ り、その動向が関連諸産業 に与 える影響は広 くかつ深かった。例 えば、

建設業やセメン ト産業等が直 ちに挙 げられ るが、最 も緊密な関連 を有 しているのが電機工業であ ることには疑 いない。にもかかわ らず、電力業の設備投資への注 目度の高さのに対 して、電機工業 のそれは殆 ど等閑 に付 されている。確かに、広義の機械工業中の一部門に過 ぎない電機工業 と比 較 して、電力業の投資 は隔絶 した規模であ り、電力業の投資行動 を重視することに異論はない。

ただ、高度成長のメカニズムに対する理解の深化 という点 を鑑みれば、斯業のみに分析 をとどめ るわ けにはいかないであろう。 このような文脈か ら、電機工業の投資を取 り上 げる意味があると 考 えられる。 もとより、電力業の設備投資の影響や、さらに電機工業の投資が関連諸産業の投資 を誘発す る (あるいは、 しない)過程 の全容が この小論で描 き尽 くされているわ けではないが、

差 し当た りこの課題 に対する第一次的接近 として本稿 は位置づけられ よう。

第二 に、斯業の これ までの語 られ方に対す る、いわば「違和感」である。高度成長期の電機工 業 を論 じる際 は、発展の要因 として「一号機輸入、二号機以降国産」 という発注方式が外国への キャッチア ップを可能 にした要因 として重視 されり、具体的な手段 としては技術導入が注 目され ることが通例である。 この ことは誤 りではないが、ひ とつは、(設)技術 に対 して生産設備、及 びそれへの投資 に対する関心が相対的に希薄なことが問題であろう。 もうひ とつは、 こうした議 論が通常 は火力設備 を念頭 に置いていることに関わ る。高度成長期 には「火主水従」化が大 きく 進んだ ことか らみて も、火力設備 に注 目することは極 めて正当である。 しか しなが ら、仮 に戦後 復興期 もその延長でイメージされて しまうとすれば、些かの抵抗 を覚 えざるを得ない。後 に見 る 通 り、短 い期間 とはいえ50年代前期の電源開発 は「水主火従」方式だったのであ り、 この ことが 敗戦後の市場の急収縮 に喘いでいた電機工業 に対 して持 った意味 は、充分考慮 に値する論点 と思 われ るのである。

もっとも、現時点では戦後の電機工業 を対象 とした研究の絶対量 その ものが不足 している。た め、以上のような研究史上の難点 は不可避、あるいは当然の こととも言えるし、筆者 自身の「思

→ ごく最近の成果のみに限ってみれば、設備投資動向を含めた日本電力業に関する包括的な研究である、橘川武郎

『日本電力業発展のダイナ ミズム』名古屋大学出版会、2004年、あるいは、1950年代か ら高度成長期にかけての 電力業の資金調達を分析 した、石井晋「電力業の資金・投資調整」(岡崎哲二・奥野正寛・植田和男・石井晋・堀 宣昭『戦後 日本の資金配分』東京大学出版会、2002年)等

助竹内宏『電気機械工業』東洋経済新報社、1966年p.240、 大道康則・長谷川信・新井光吉・中尾久「電機・電子 機械産業」(産業学会編『戦後 日本産業史』東洋経済新報社、1995年)II‑3「電源開発ブームと技術革新」(長 川執筆部分

)、

前掲、『日本電力業発展のダイナ ミズム』pp.259‑263、 等。

0通史的な書物を除けば、復興期から高度成長前期 までの電気機械工業 (重電機・通信機・家電を含めた)に関す る歴史実証分析 としては、発表から30年近 くを経ているにもかかわらず、未だに中村清司「1950年代の日本電気 機械産業」(東京大学『経済学研究』20号1977年10月)が代表的な成果 と言わざるを得ない状況である。 また、

電子工業やその範疇に含 まれる家電産業 (製)についての研究は比較的進んでいるが、いわゆる重電機は電気 機械工業の中で もとりわけ遅れている分野である。

(3)

復興期における電機工業の設備投資

い込み」 に過 ぎないのか もしれない。 とはいえ、本稿 はおよそ以上の ような問題関心 に基づ くも のであることを予め確認 しておきたい。

次 に検討対象 について述べてお くと、企業 としてはいわゆる総合三社 の日立製作所0東京芝浦 電気・三菱電機 に、富士電機 を加 えた四社 を主 としている。水力機器 において三菱 に肉薄す るシェ アを占めていたか らである。次に、製品については、上述のように電源開発 との関連 を重視する ことか ら、電力関係機器 を対象 とす るのは当然であるが、それで も多種多様 な製品 を万遍 な く扱 うことは不可能である。 そこで、最 も重要 と思われ る発電機部門 を主 に検討す ることとしたい。

また、発電機 は原動機 と直結す ることで機能す る機器であ り、水力であれば水車、火力であれば ボイラー・ ター ビンとい うことになる。但 し、表1のように、 これ らを全て一社内で手掛 けてい

発電機用原動機の生産系列

日立 東 芝 三菱電機 富士電機

水 車 社 内生産 電業社(M.S.) 三菱造船新三菱重工(F.W.)

社 内生産

(V。 )

ター ビ ン 社 内生産

(I.GoE)

石川島芝浦 ター ビン (I.GoE。

)

新三菱重工 (W.H.)

社 内生産 (S.)

ボイラー

社 内生産 バ ブ コ ック 日立

(B.W。

)

石川島重工 (FoW.)

三菱造船(E.W.) 新三菱重工 三菱 日本重工 (C.E.)

横 山工業 (S.)

資料 :植 田義明「重電機」(昭和同人会編『企業間競争 と技術』東洋経済新報社,1960年 )p.152を 若干修正 し て作成。

1( )内は技術提携先であり,略称 は以下の通 り.BoW.=Babcock&Wilcox lnc.(イ ギ リス),CoE.=Conbus‐

tion Engineering(アメ リカ),EoW.=Escher Wyes Ltd.(ス イス),F.W.=Foster Wheeler Corp.(ア メリ ),I.GoE.=Intemational General Elect五 c Co.(アメ リカ),M.S.=S.R/1organ Smith Co。 (アメ リカ

),

S.=Siemens―schuckertwerke A.G.(ド イツ),V.=J.M.Voith G.m.b.H.(ド イツ),W.H.=Westinghouse Electric lnternational Co.(ア メ リカ).

電業社は55年,石川島芝浦タービンは61年に東芝に合併

.

富士電機の本格的な火力部門進出は55年 (ジーメンスと蒸気タービン技術提携)以降である.

るの は 日立 の み で あ り、 他 は グル ー プ と して生 産 に当 た って い る。 従 って、水 力・ 火 力 と も発 電 機 を主 要 な対 象 と して い る もの の 、 原 動 機 につ い て は必 ず し も十 分 な検 討 が加 え られ て い る とは 言 い難 い こ と、 換 言 す れ ば、 芝 浦 タ ー ビ ンや 三 菱 二 重 工 等 の分 析 が や や 不 充 分 で あ る点 に も留 意 され た い。

復 興期 の生産・ 市場 動 向

(1)電機市場の概観

まずはじめに、表2により、復興期 における電機工業の市場動向を、戦前・戦時期 との比較 を含 めて大 まかに把握 してお こう。電気機器全体の生産水準 は、1943年 に戦前・戦時期 を通 じての ピー クを迎 えたが、敗戦直後 は激 しい落 ち込みを示 し、47年 にはその3割弱 にまで低落 した。だが、

‑101‑

(4)

電気機器機種別生産額の構成比

電動機 発電機 変圧器

自己目巨型 及 び 開閉 装 置

翻翻 その他 電気機器

生産指数

935 936 937 938 939 940 94 . 942 943 944 945 946 947 948 949 950 95 . 952 953

26.2 27.8 26.4 25.2

28。7 28.5 29.2 28.7 28.8 30.2 28.3 25.5 26.5 25.8 27.0 22.5 25.7 20.5 18.5 17.9

13.4 12.0 11.9 13.5 13.8 12.7 12.5 13.1 12.6 11.5 9.7 4.4 4.7 4.5 4.4 5.5 6.4 11.9 13.6 9.8

. 20 19

・7

︲7

︲3

︲2

︲3

︲3

︲3 9 7 6 9

・2

・1

︲3

︲3

︲4

︲5

6.5 6.5 6.2

5。

9 5.2 4.7 5.8 7.6 6.0 8.1 2.1 2.7 2.7 2.4 2.7 2.1 2.4 2.4 2.2 1.8

2.2 2.2 2.1 1.7 1.2 0.8 0.8

0。

4 0.3 0.2 2.4

19。

5 13.3 11.8 9.8 6.6 4.4 5.7 6.5 12.9

16.4 15.9 19.0 21.5

19。

4 24.8 24.7 24.2 27.7 27.1 40.6 32.5 38.3 35.8 32.8 41.8 34.3 33.3 32.9 30̲2

100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100 0

97.8 110.1 115.3 123.6 134.3 142.9 170.5 166.5 174.0 169.5 84.8

54。2 48.8

68。9 81.6 78.7 91.1 119.0 163.3 資料 :『 日本電機工業史』p.157よ り作成

.

 直接軍需品を含まず.

その後徐 々 に回復 を遂 げ、52年には戦前期 を上 回 り、 そ して54年 には43年の生産水準 を も凌駕 し て い る ことが分 か る。復興期 の特徴 は、まず は激 しい落 ち込 み と急速 な回復 として概括 で きよう。

次に機種別の構成比 をみると、復興期、特 にその前半期である1940年代後半 にお ける最大の特 徴 は、家庭用機器の比重の飛躍的な拡大であった。即ち、戦前期の2%台か ら戦時期 のネグ リジ

ブルな値 を経た後、戦後 は一挙 に10数パーセ ン トヘ と急上昇 したのである。 もっとも、それ以降 の減少 も急速であった ことは事実だが、50年代前半か ら再び拡大局面 に入 っている。 これ ら敗戦 直後 と50年代前半期の二つの拡大 は、それぞれ異 なる需要先 によるものであった ことは後 に指摘 す る通 りである。他の機種 についてみると、敗戦後 は比率 を下 げつつ も安定的であ り6機種 中の 首位 を占め続 けた電動機、及び比率 としては他 と比べてやや隔た りのある制御装置の二つを差 し 当た り除 くと、発電機・ 変圧器・ 配電盤及び開閉装置の二つの比率 はほぼ拮抗 している。その中 で特徴的であ り注 目すべ き動向を示 しているのが発電機である。即 ち、 これ ら三つはいずれ も敗 戦直後 に比率 を低下 させているが、他の二つは40年代末 には回復傾向に向かっているのに対 し、

発電機 はまず敗戦直後の低下が これ らに比較す るとより顕著であった。 また、その後の回復 の兆 しは微弱であったが、52053年にな り急激 に比率 を高め、戦前期の水準 をほぼ回復 しているので ある。以上 を踏 まえて、次に復興期 に限って もう少 し詳 しく検討 してみよう。

3は製品別 にみた電機工業の生産状況 を示 した ものである。大分類 は回転機器・ 静止機器・

民生用機器 の三つであるが、 ここで も先 ほどと同様、民生用即 ち家庭用機器 の動向が特徴的であ

(5)

(単: 1946 1947 1949 1950 1951 1952 1953 1954 1955 1956 発本 37.0 44.5 44.3 45.7 44.8 46.1 45.2 44.6 39.8

35。

0 32.6

6.2 12.6

15。

2 11.0

署畜目

交 流 12.8

ξ車発電機 ター ビン発電機 エ ンジ) 琴各∃

29.6 35.4 33.2 36.5 34.7 35.7 28.8 26.6 25.8 23.0 25.3

25.2 26.6 23.4 23.1 28.4 28.2 22.4 19.5 19.2 17.1 19.0

動 機

票準単相誘導電動

l誘

導電動機 22.3 22.4

18。

3 18.7

11.1

23.5 17.7

15。

4 11.0

司期電動機

子電動機 0.5

ポ ッ トモー ター

小 型

1相

:器 5.2

31.6 32.8 38.6 41.7 45.7 48.0 47.3 46.8 47.6 47.2 44.2

2.2 2.2

セ レ ン そ の他整流器

12.5 14.4 14.5 13.4 13.7 17.5 16.0 15.8 16.3 16.8 15.2

EE器

*kV 13.0

*kVA以

帰閉制御装置 12.7 11.4 16.2

19。

9 20.8 22.1 22.8 22.9 24.0 23.0 21.2

8.2 10.1

継電器

中遮断器 0.5

11.0 7.7

コンデンサー 置 リア ク トル

の他の静止電気機器

31.4 22.7 17.1 12.6 12.7 17.8 23.2

21.7 アイロン

暖房・ 保温月

:用

13.0

レ ン

扇風機

1濯

10.1

0。

7 1.7

用 月

100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100. 100.0 100.0

復興期における電機工業の設備投資

復興期の製品別生産額構成比

資料 :『 電気機器生産統計資料集』 日本電機工業会,1964年,pp.2‑115よ り作成.

 非標準変圧器の区分 は以下の通 り。

46・

47年:100,48‑52年 :200,54年以降:1,000.52年までは50年を除 き標準変圧 器 を含む.

‑103‑

(6)

り、敗戦直後の高い比率か ら50年前後 にかけての縮小、そして53年頃か らの拡大 という経過が看 取で きる。 そして回転・静止機器 とも基本的にはこの民生用機器の動向に規定 されるかのように、

これ とほぼ逆の推移 をみせた。 このような民生用機器の変化の要因 となったのは、当初 は電気 レ ンジ及び電気冷蔵庫 に代表 されるような、占領軍需要であ り、後 に続 く時期は、電気洗濯機の着 実な拡大が象徴する、国内の家電産業・ 市場の本格的展開であった。

さて、発電機の内容構成 を見 ると、当初の直流発電機の優位が50年か ら逆転 し、交流発電機が 主 となっている。直流機 は電鉄や 自家設備が主な用途のため、交流機の拡大 はほぼその まま電力 業か らの需要の拡大 を意味す ると言 ってよい。大型 (非標準)変圧器 の動向 もこれに伴 い発電機 とほぼパ ランルな軌跡 を描いていることは、発電 と変電関係設備の拡充の並進 を示 していると言 えよう。そ して、交流発電機の中での主要製品だったのが水車発電機であった。即ち、従来の低 水準が52年 には一挙 に6.4%に、更 に翌年 には9%に達 し、単一の品 日としては生産額 において全 電気機械製品中最大の比率 を占めるに至 っているのである。 もっとも、その後のシェア上での退 潮 もまた急激であることにも留意 してお く必要があるが、 このように50年代初頭 に、水力発電機 に対す る大 きな需要が生 じたのである。一方、ター ビン発電機 は、50年代前半 まで着実 に比率 を 上昇 させているとはいえ、未だ水力発電機 に大 き く水 を空 けられているという状態であった。

(2)電源開発の始動

このように、電機工業、就中発電機 に対する需要 を拡大 した要因 として最 も重要なのは、言 う まで もな く電力業であ り、具体的には電源開発の進展であったの。復興期、あるいは高度成長期 も 一部含 めた期間において、電力使用制限に端的に表現 される電力不足 は経済活動に対するボ トル ネ ック とな り続 けていた。発電施設の うち都市部 に立地する火力発電所や配電設備 は戦時期 に物 的被害 を受 けたのに対 して、山間の水力発電設備 は殆 ど戦災に晒 されず、ほぼ無傷の状態で戦後 に引 き継がれた。そのため、生産活動の低下 とも相 まって敗戦直後 は電力がむ しろ過剰 となる局 面す ら現れた。だが、一方で設備状態 は、新規更新や補修が充分 に行われなかった こともあ り、

老朽化が甚だ しかった。例 えば、50年時点の調査 によれば、水力・ 火力 とも経過年数21年以上の 施設 (火力施設の当時の耐用年数 は20年)力 ゛箇所数で過半 を、総認可出力では4割以上 を占めて お り、その結果、実出力 は認可出力 を大 きく下回っていた。調査時点か らすると5年以下が敗戦 後 に新設 された施設 ということになるが、それは出カベースで水力4.3%、 火力では2%に過 ぎな

かったのである8、 従 って、発電所 における事故件数 もまた激増 した。48年3月の調査では、水力

η電源開発については、主に通商産業政策史編纂委員会編『通商産業政策史H期 自立基盤確立期

(3)』

通商 産業調査会、1991年、第 8章第 3節 「電源開発の推進」(橘川武郎執筆)による。

助通産省企業局編『企業合理化の諸問題』産業科学協会、1952年p.28。

(7)

復興期における電機工業の設備投資

386発電所中修理 を要するもの311、 修理件数1,393件、 うち緊急 に修理 を要するもの501件 とい う 有様であったり。基幹的なエネルギー源たる電力の安定的供給 は、日本経済の戦後復興 に とり焦眉 の課題だったのである。

そのための施策が本格化する上では、電力業の経営形態の改編が不可欠であった。いわゆる電 気事業再編成である。戦時期 において発電送電事業 を一元的に管理 した 日本発送電、及び9配 会社 に取 って代わ り、51年 5月 に電力業 は地域別の民間9電力会社 によって担われ ることとなっ た。「電力国家管理 によって閉塞状態 に陥っていた 日本電力業発展のダイナ ミズムは、電気事業再 編成 によって蘇生す ることになった」10と言われ るように、主体的かつ積極的な設備投資が実施 さ れる条件が整 えられたのである。

これ と並んで、電力行政の所管主体 として資源庁電力局 に代わ り公益事業委員会が設立 された。

委員会 は直 ちに1951年 4月 に「電力会社 5カ 年計画」 を発表 し、以降50年代前半期 に相次いで電 源開発諸計画が策定 されたのである。 これ以前 に も、主 に経済安定本部 により経済計画の一環 と

して電源開発計画が立案 されていたが、 この電力会社 5カ 年計画 はそれ らをはるかに上回る規模 の計画であった。公益事業委員会 は翌年 さらに「電気事業 5カ 年計画」 を発表 し、その開発規模 の大 きさは関係各方面 より注 目された。

この計画の直後、翌月に対案が発表 されていることか らも窺 えるように、電源開発 をめ ぐって は公益事業委員会 と自由党・経済安定本部 との対立11)を学 んでいたが、続 く52年 7月 には電源開発 促進法が公布施行 され、 これに基づ き同年 9月 に電源開発株式会社 (電)が発足 した

1幼

。「9電 力会社 に とって、『ライバル』と言 うよ りは、『宿敵』にあた る存在であった」

1の

と言われるように、

電源開発 において火主水従化 を追求 した9電力 とは正反対 に、電発 は水主火従 を積極的に推進す ることが 目的であった。後 に触れ る佐久間や、OTMと称 され る、奥只見・田子倉・御母衣等の大 容量水力発電所 を50年代半 ばか ら60年代初頭 にか けて次々 と建設 したのである。

それでは具体的な開発計画や、発電設備の実際の新設状況 はどのようなものであったのか。 こ こで表4によ りこの時期の電源開発計画の動向を確認 してお こう。 まず、前述の「電力会社 5カ 年計画」の開発規模 は732万 5千kWであ り、「電気事業 5カ 年計画」はそれ を凌 ぐ、1,026万 8千 kW(と もに着エベース)であった。公益事業委員会 によるこれ らの計画 は、政治的な意味合い も 込 め られていた可能性があ り、委員会 その もの もほ どな くして消滅するとはいえ、50年代初頭 に おいて これだけの規模 を提示 した ことの意義 は小 さくないであろう。そして促進法により52年か 9栗原東洋編 『現代 日本産業発達史Ⅲ 電力』交詢社出版局、1964年、p.360。

10前掲、『 日本電力業発展 のダイナ ミズム』p.363。

lD水力開発 を進 めるに当た り、公益事業委員会側 は電力会社の共同出資 による開発会社設立 を意図 していたのに対 し、 自由党・ 安本 は政府出資 による特殊会社設立 を主張 していた。

2)促進法施行 の翌 日、公益事業委員会 は廃止 され、電力行政 は通産省公益事業局 に委譲 された。

10前掲、『 日本電力業発展のダイナ ミズム』p.325。

‑105‑―

(8)

復興期における電源開発計画の推移

策定時期 計画名 計画期間

目標年度電力 需用 (需用端

百万kWh) (千水力kW) (千火カkW) (千kW) 工事資金(億

)

51年4月 電力会社 5カ 年計画

(公益事業委員会

)

51〜55年 44,306

(53,369) (6,002) (1,323) (7,325) 7,849 51年10月 電源開発5カ年計画

(経済安定本部

)

52‑564F 46,200

(61,158) (4,269) (1,858)

4,000 (6,127)

52年 1月 電気事業5カ年計画

(公益事業委員会

)

52‑564F 48,814 (61,158)

5,751 (8,510)

1,516 (1,758)

7,267

(10,268) 14,011 52年2月 電源開発計画

(自由党・ 経済安定本部

)

52‑561F 47,980

(61,158) (5,026) (1,081)

4,000

(6,107) 6,757 52年11月 電力 5カ 年計画(概定案

)

(電源開発調整審議会

)

51〜57年 53,395

(68,224) 8,528

53年10月 電力 5カ 年計画 (同

)

53^V57笙F 53,395

(68,224) 3,703 8,072

54年12月 電力 5カ 年計画 (同

)

54‑5841 57,449

(72.148) 2,958 4,596 7,773

資料 :通商産業省公益事業局編『昭和36年版電力白書 118‑119よ り 訂戎.

原注「開発規模欄のかっこ内数字 は着エベース,

「 目標年度電力需用欄中かっこ内の数字は,

電気事業 の現状 と電力再編成10年の経緯』1961年,pp.

その他 は運転開始出カベースによ り示す

.」

実績値 を示す 。

ら計画立案 を担当す ることとなった電源開発調整審議会 により、毎年電源開発計画が策定 されて いった。そして これ ら復興期の電源開発計画 を通 してみると、概ね7〜 8割を占めているように、

水力が主体 となっていることが改めて確認で きよう。

54年の電力 5カ 年計画では水力の比率 は64%に落 ちてお り、更 に、55年3月 に電力中央研究所 の電力設備近代化調査委員会が発表 した、「電力設備近代化計画案」、いわゆる松永構想 は、今後 の電源開発 として火力発電所 を主力 とすべ きことを提唱 し、 これ を契機 として火主水従方針 に拍 車がかかった。 しか しなが ら、電源開発計画 において「完全 に火主水従方針へ転換 した」のは、

60年策定の「電力長期計画」か らと指摘 されている10よ うに、水力開発 はその後 も重要性 を保 ち続 けたのである。

そこで50年代前半期 における実際の発電設備新増設動向を、事業主体及び水火力別 にみると表 5の通 りである。全体動向では火力の比率が上昇 しつつ もこの時期 を通 じて水力が上回つていた。

事業者別 にみると、9電力では火力が当初か ら高い比率 を示 し、55年度以降は水力 を凌駕 した。

一方、電発 は火力開発 も行 うことが電源開発促進法 に明記 されていたが、 この時期 は水力開発 し か実施 していない。 また、設立間 もなかったため とはいえ、 この時期 は56年 を除いて増加出力の 点で は公営の方が電発 よ りも大 きかった。だが、56年度の急増、即 ち佐久間発電所 の完成 によっ て公営 はおろか9電力の合計 をも上回 り、その本領 を発揮 し始めたのである。

И)前掲、「電源開発 の推進」p.453。

(9)

復興期における電機工業の設備投資

電気事業者の新増設発電設備増加出力

(単:kW)

そ の

51年度

190,665128,469

319.134

一 1

20,100 20.100

210,765 128,469 339̲234 52年度

一 4

36,080 36.080

3,764 485 4.249

200,322 64,985 265.307 53年度

593,110325,500

918.610

一 1

14,600 14.600

一 7

39,130 39.130

一 4

16,036 16,036

646,840 341,536 988,376 54年度

一 1

21,000 21,000

一 3

28,650 28,650

一 1

40,000 40.000

537,035 314,650 851.685 55年度

376,235573,370

949,605

一 3

98,100 98.100

一 9

129,550 129.550

603,885 573,370 1,177,255 56年度

一 2

383,000 3R3 000

一 6

73,100 73.100

2,165 350 2.515

684,235 240,300 924.535 資料 :通商産業省公益事業局・ 電気事業連合会編『電気事業10年の統計』1962年,pp.549‑551よ り作成.

(3)発電関係機器の生産動向 と各社別シェア

この ような電源開発の推移か らある程度 は推測が可能であるが、 ここで表6に より、水火力の 原動機・ 発電機 について、戦前期 を含めた生産動向 を実数面か らやや立 ち入 って検討 しよう。 ま ず この表 を一警 して明白なのは、前 に電機市場全体で確認 したの と同様、敗戦直後の市場の急収 縮である。水力機器生産 は戦前 (戦)期と比較 して一桁縮小 し、火力機器 に至 っては47年 を除 けば文字通 り空 自であった。だが、 こうした状況 は50年代 に入 って急速 に改善 された。 そして水 力機器 に関 しては水車・ 発電機 とも53年 に戦前の ピークを越 えているのである。火力 もター ビン では及 ばなかった とはいえ、発電機ではや は り54年 に戦前のピークを上回つた。 このように、戦 前・ 戦時か ら戦後 にかけての発電機器生産 は言わばV字型 の軌跡 を描 いているのであ り、かかる 急速 な回復 をもた らした要因 としての電源開発の重要性 は明 らかであろう。なお、電源開発 との 関連 に焦点 を絞 った本稿 においては検討 を見送 らざるを得ないが、国外 (植民地)市場 の縮小が 戦前 と比較 した際の重要な変化であった ことに注意 を促 してお きたい。つ まり、国外市場 の縮小 が電源開発の需要 としての意義 を増幅 したのである。

次節の叙述の前提 として、電源開発需要 における電機各社のシェアの動向について も表7に りここで確認 しておいた方が適切であろう。 まず水力では日立が水車、発電機の双方でほぼ4割 と最大の比重 を占めてお り、 これに東芝、三菱電機、富士電機が続いていた。 そして本稿では特 に検討対象 としていないが、明電舎 を含めれば これ ら5社でほぼ国内市場 を制圧 していた ことが わかる。

一方、火力 については全般的に見て 日立の優位性 は影 を潜 め、ボイラーでは新三菱重工・ 三菱

‑107‑―

(10)

原動機・発電機生産の推移

資料

:『

日本電機工業史』p.328329,350‑351,364‑365,386,『 日本電機工業史 第 2巻』p.90,114‑115よ り作成.

電 源 開 発 に お け る各 社 の シ ェア (1)水      (2)火

水 車 発 電

kW % kVA

日立 東芝 三菱電機 富士電機 明電舎 その他

40 3

. 15

︲2

一 2 00

2,849 2,180 1,271 808 575 109 7.722

資料 :筑井正義『日本の電気機械 日立製作所』展望社,1958年,p.120,公正取引委員会事務局『電機工業にお ける経済力集中の実態』公正取引協会。1959年,p.38よ り作成.

敗戦時より57年下期までの受注累計だが,火力発電機は51〜57年1万kW以上製品の累計生産量.

明電舎の水車は東芝に含まれている。また,原資料には注記がないが,水車に関し東芝は電業社 (55年 ),三菱電機は新三菱重工・三菱造船の分と思われる.

計算が一致しない箇所は原表のママ

.

原表では単位がkWだ,千 kWの誤 りと思われるので訂正した

.

造船 の両者 で約6割と圧倒 的 な シェア を占めていた。一 方、 ター ビンで は芝浦 ター ビンが3割 トップで あ り、発電機 は国内 メー カーで は三菱電機・ 東芝 0日立 の三社 に絞 られてお り、 その中 で三菱 が ほぼ半分 と最大 の シェア を占めていた。 そ して火力 において はや は り外 国 メー カーの比 率 が高 く、 この表 で は捕捉 され ていないが発電機 において も事 態 は同様 で あ る とみ られ る。従 っ て、 当初電源 開発 が「水主」 で推進 された ことは、国内 メー カーか らみれ ばその恩恵 に与 る うえ

水 車 容量1万kVA以上 の発 電 機 用

)

水 コ発 電 機(容1万kVA以

)

国外設置

1内

設置 国外設置

kW kW kW kW/台 kVA kVA kVA kVA/台

352,700 157,215 218,550 290,020 71,000 297,100 210,500 174,750 75,500 131,000 14,000 74,000 70,250 114,500 226,000 349,650 762,900 645,710 749,300 207 400

70 4

. 55 02 90 60 90 25 50 80   00 00 25 50 00 65 40 8

. 80 4︒

28,150 17,067 14,642 24,151 25,993 26,572 22,648 30,292 14,357 18,644 14,000 18,500 10,036 16,750 15,813 16,777 22,669 20,267 31,032 14R14

19,971 15,067 16,940 28,271 25,800 16,913 15,132 29,643 24,000 19.667

ボイ ラー ター ビ ン  [

T/H % kW % kW

日立 石川島 新三菱 三菱造船GE

B&W FW

芝浦 ター ビン

WH

東芝 三菱電機

・4

・0 33 23 7 1 1

一 一  

一 35 60 22 04 90 8〇   一 一  

・4

・2

・2 8

一 一 22

8     76

〇3 05

1,017 991 644 1,357

7.017

︲4

・4 9 2〇

一 一 29

︲4     00

600 950 2.032

(11)

復興期 にお ける電機工業の設備投資

で極 めて好都合であった と言えよう。

お よそ以上のような市場構造の検討 を踏 まえ、次節ではかかる生産拡大に対応するために敢行 された、設備投資の具体的動向についてみてゆきたい。

設備投 資 の展 開

(1)産業合理化政策の開始

50年代初頭 に発電関係機器の市場が大 きく拡大 し、 これに対応するために、各社 は積極的な設 備投資 を敢行 した。だが、 こうした姿勢はひとり電機工業、あるいは企業 自身の主体的判断のみに よるものではなかった。即 ち、電機工業 を含めた この時期 日本の製造業全体 にとっての課題 であっ た、産業合理化(政)の一環 としての性格 も兼備 していた ことに留意する必要がある。従って、

まずはこの点か ら検討 を始 め、 これを踏 まえて電機工業の投資行動につき明 らかにしてゆこう。

1949年12月に産業合理化審議会が設置 され、通産大臣の「産業合理化 に関 し採 るべき対策如何」

との諮間に応 えるべ く、活動 を開始 した。産業合理化政策が本格的にスター トしたのである10。

1つ

この時期の産業合理化政策の詳細 については、通商産業省編『産業合理化白書』日刊工業新聞社、1957年、通商 産業省編 (前田靖幸執筆)『商工政策史10 産業合理化 (下

)』

商工政策史刊行会、1972年、通商産業省通商産業 政策史編纂委員会編『通商産業政策史第Ⅱ期 自立基盤確立期

(2)』

通商産業調査会、1990年、第5章1節「合 理化の一般的施策」(沢井実執筆

)、

及び高橋衛「昭和20年代の産業合理化政策」(安藤良雄編『日本経済政策史論 下』東京大学出版会、1976年)等を参照。

蒸 気 ター ビン F量1万kVA以上 の発電機用

)

タ ー ビ ン 1万kVA以

)

内設 置 外設置 ]内設置 国 タ

ヽ計

kW kW kW kWJ kVA kVA kVA kVA′

︲3 9

︲4

・5 6 5 1 2 2     1     1 2 3

︲0 8 7 R

245,000 251,485 441,000 317,000 227,000 118,000 30,000 60,000 30,000

27,000

54,000 62,000 89,000 372,500 331,000 321,000 216̲000

000 000 000 000 000 000 500 500 78 24 29 77 25

・0

・2

・2

27,000

56,000

︲5 20

・0

323,000 375,485 570,000 394,000 252,000 228,000 42,500 72,500 30,000

54,000

54,000 118,000 89,000 372,500 331,000 321,000 ,16 000

20,188 25,032 28,500 18,762 31,500 25,333 21,250 24,167 15,000

54,000

54,000 16,857 29,667 37,250 41,375 45,857 72.000

363,750 403,856 290,625 439,675 383,750 75,000 184,375 100,000 62.500

62,500 43,750 49,375 449,692 583,311 229,427

26ら

̲320

147,500 167,500 112,500 48,750 18,750 153,750 61,250 119,375 34,375

66,616

511,250 571,356 403,125 488,425 402,500 228,750 245,625 219,375 96,875

31,250

62,500 110,366 49,375 449,692 583,311 229,427 265^320

28,403 28,568 28,795 28,731 40,250 25,417 24,563 24,375 32,292

31,250

62,500 18,394 24,688 44,969 53,028 45,885 RR 440

93 3 38 39 40 4︲

42 43 44 45 46 47 48 49 50 5

. 52 53 54 55

‑109‑―

(12)

初年度2分1特別償却の対象機械設備等の取得状況(機械工業関係)

業種名 指定年月 52年度 53年度

台 数 金 額 台 数 金 額

発電用又は船舶用のエンジンター ビ ン又はボイラー製造業

52年3月(一

53年8月

)

41,881 155,177

用機械設備製造業 534F8 1

52」

3月

4

3.905 73,324

費EE 54年7月

i工具 又 は超 硬 工 具

53」

8月 8.040

械製 貿 54̀軍7月

ミ シ ン

53生

F8「

又 は1

:業

52年3月 285.905

銃弾砲弾又 は砲製造業 53年 8月 (一

部54年 7月

)

8,822 発電機変圧器電流遮断器又 は発電用 52年3月(一

53年8月

)

8,066 92,846

又 はケー プル製造 業 52年3月 582.257 761.782

記通信機械器具製造業 52年 3月 27,475 153.604

自動車又 は自動車部分品製造業 52年3月(一 部53年8月

)

60,434 508,888 写真機写真用 シャッター又 は光学 レ

ンズ製造業 53年8月 6,245

又 は航空機部分 品

54至

F7りЧ

資料 :通商産業省編 『産業合理化白書』 日刊工業新聞社,1957年 ,pp.88‑89よ り作成.

の際最 も大 きな問題点 としてクローズア ップされたのが、機械設備の老朽化であつた。それをも た らしたのは、前述の発電設備同様、戦時中か らの酷使 と、その後の更新の遅滞 にあつた ことは 言 うまで もない。そ こで、設備取得 を容易 にするため、重要機械 の輸入税免除や、租税特別措置 法 に基づ く割増償却制度 な ど、様々な優遇策が導入 されていつた。中で も法制度上の中核 となっ たのが、1952年 3月 に成立 した、企業合理化促進法であ り、技術 の向上 を促進す るため試験研究 に対す る補助金の交付や政府施設の貸与、更 には機械設備 に対す る特別償却 (3年間の短期均等 償却)、 固定資産税 の減免が施 された。加 えて、機械設備の近代化促進のため、初年度三分 の一の 特別償却が認 め られたのである。

そこで、52年度か ら56年度の間 に この制度 を利用 した機械設備の取得状況 をみると表8の通 り である。発電機関係製造業 は35台・ 約10億円で この中では6番目、 ター ビン・ ボイラ製造業 は47 台・5億26百万円で同 じ く7番目となっている。いずれ も総額では特 に多い とは言 えなかったが、

両業種 とも着実 にそのメ リッ トを享受 していたのである。また、発電機では他の業種 に比べて530

54055年度のへの偏 りが比較的大 きい ように見受 けられ ることが特徴であつた。その意味す る と ころについてはもはや贅言 を要 しないであろう。

51年5月 に設立 された 日本開発銀行 による融資 も産業合理化政策上重要な位置 を占めた。 これ につ き表9によると、51年度か ら56年度の間に一般工業8,241百万円の融資額中、電気機械 には造 船業の2,380百万円に次 ぐ2,205百万円が振 り向けられた。 もっ とも、 この中には軽電機 も含 まれ ているものの、やは り主軸 となっているのは重電機であった。 この融資額 その ものは、電機工業

表 2  電気機器機種別生産額の構成比 電動機 発電機 変圧器 自己目巨型 茎及 び 開閉 装 置 御置制装 翻翻 その他 計 電気機器生産指数 935 936 937 938 939 940 94. 942 943 944 945 946 947 948 949 950 95. 952 953 26.227.8 26.425.228。728.529.228.728.830.228.325.526.525.827.022.525.720.5 18.5 17.9 13.412.011.913.513.812.
表 4  復興期における電源開発計画の推移 策定時期 計画名 計画期間 目標年度電力需用(需用端 百万 kWh) (千 水力 kW) (千 火カ kW) (千 計 kW) 工事資金(億円) 51年 4月 電力会社 5カ 年計画 (公 益事業委員会 ) 51〜 55年 44,306 (53,369) (6,002) (1,323) (7,325) 7,849 51年 10月 電源開発 5カ 年計画 (経 済安定本部 ) 52‑564F 46,200 (61,158) (4,269) (1,858) 4,000
表 6  原動機・発電機生産の推移 資料 :『 日本電機工業史』p.328329,350‑351,364‑365,386,『 日本電機工業史 第 2巻』p.90,114‑115よ り作成
表 8  初年度 2分 の 1特 別償却の対象機械設備等の取得状況 (機 械工業関係 ) 業種名 指定年月 52年度 53年度 台 数 金 額 台 数 金 額 発電用又は船舶用のエンジンター ビ ン又はボイラー製造業 52年 3月 (一部53年8月) 41,881 155,177 用機械設備製造業 534F8 1 52」 手 3月 4 3.905 73,324 費EE 54年 7月 i工 具 又 は超 硬 工 具 53」 軍 8月 8.040 械製 貿 54̀軍 7月 ミ シ ン 53生 F8「 又 は 1
+3

参照

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