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熊大教育実践研究第6号,133‑136,1989

資 料

青年期における自殺の心理力動的意味

名 島 潤 慈 *

PsychodynamicAspectsofSuicide

inAdolescence JunjiNAJIMA (ReceivedOctoberl,1988)

本稿のねらい

厚生省の人口動態統計によれば,昭和61年度の自 殺者は25,659人で,そのうち20歳代の自殺者は2,747 人,10歳代は782人である(10歳未満は3人).20歳 代と10歳代を合計すれば,3,529人となる.中年期や

老年期と比べれば数は少ないのであるが,しかし,

それでもこのように全国で3,000人以上の青年たち が自殺を行っている.もともと青年期それ自体が,

幼児期心性からの脱却,再燃するエデイプス・コン プレックスへの対処,依存対象(親)からの心理的 分離,急速に増大する性欲動と攻撃欲動の統制,自 我同一性の形成といった包括的な危機的課題を含み 持っており,このような課題を克服することに伴う

さまざまな困難事によって,青年はややもすれば死

への誘惑に身を委ねてしまいがちである.

ところで,青年期のクライエントとの心理療法に

おいて,治療者が自殺にまつわる事柄に遭遇するこ とは珍しくない.来談時においてすでに,クライエ ン ト が 精 神 病 理 症 状 や 不 適 応 行 動 の 背 後 に 自 殺 念 慮・自殺企図・自傷行為などを有している場合もあ れば,心理療法の過程の中でクライエントが自己の

劣等的・否定的側面に直面せざるをえなくなり,そ

の結果自己抹殺の儀式的行為としての自殺行動がな される場合もある.さらには,(夢分析を行っている 事例では)夢というイメージ水準で自殺が行われる 場合もある.

自殺は,例えばShneidman&Farberow(1957),

稲村(1977),勝俣(1979,1980)などの展望からも うかがえるように,きわめて多面的,多重決定因的

な現象であって,安易な一般化ができにくい.それ

に,自殺という言葉そのものにしても,心理力動的

*心理学科

な観点からすれば,検討の余地がある.例えば,劣 等感(Adler,1925)を中核感情として形成される劣

等コンプレックスや死の欲動(Freud,1920)の急激

な突出によって生体の自己破壊がなされる時,それ は外見上は自殺であるが,心理力動的には,本人の 自覚的な意志によらない他動的な殺人もしくは事故

死といったものに近くなろう.いずれにせよ,より

効果的な自殺予防のためにも,心的現実性に則した

きめのこまかい考察が必要とされよう.

筆者はこれまで成人期のクライエント(顕在的な 境界例水準で機能する自己愛的人格)と思春期のク ライエント(ヒステリー)の自殺行動の意味につい て述べたことがあるが(名島,1980:1981),本稿で は高校生,つまり中期青春期(皆川,1980)のある 女性のクライエントCについて考察を行いたい.ち なみに,以下の記述にさいしては,クライエントの プライバシー保護のため,本筋に差し支えない範囲

・で省略・修正・改変を行っている.また,この事例 の治療過程の概略は,[「自分」のなさ,自殺念慮,

自己嫌悪,自己臭,繰うつ病様気分変調に悩む女子 高校生の事例]として既に別の所で発表してある(名

島,1987).

事 例

1.事例の紹介

初回面接時のCの主訴は,自己嫌悪をなおした い,感情の変化が激しい,自分の考え方がおかしい,

級友と何をしゃべったらいいか分からない,へまば かりするといったもので,治療面接に入ってからは,

自己蔑視,自己臭(オナラ),自己の中核感の欠如,

自殺念慮,物に対する破壊的な行動化などが見られ

た.面接場面では,甲高い声で一方的にしゃべりつ

づけたり,話しているうちに激昂して泣き出すとい

った行動が見られた.過去の自殺未遂歴はない.症

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名 島 潤 慈

候論的に見れば,2つのものが挙げられる.1つは

自己臭に関するもので,境界領域に位置づけられる 思春期妄想症(村上,1976),もう1つはErikson

(1959)の言う同一性拡散症候群identitydiffusion syndromeである.また,心理力動的な側面を考慮す

れば,見捨てられ抑うつと,それに対する種々の防 衛法を中核とする青年期境界例(Masterson,1972)

が該当しよう(見捨てられ抑うつは,①抑うつ,② 憤怒,③恐れ,④罪責感,⑤受動性と孤立無援感,

⑥空しさと空虚感という6つの感情群よりなる).

2.面接経過

面接は週1回の対面法で,治療者(以下,Thと略 す)の転勤によって別の治療者にバトンタッチする

まで71回行われた.以下,本稿の目的上できるだけ Cの自殺行動に焦点をあてながら記述する.

第1期(1−8回目)友人関係のむつかしさ,

ロック歌手と結婚する夢,フロイトやサリンジャー

の本のこと,母と喧嘩してガラスを割ったこと,自 殺をうりものとするある教師への嫌悪感など,話の 内容はクルクル変わったが,一貫していたのは,Cの 家に同居している親戚のT子(Cと同年齢)のこと

であった.社交家で不良っぽいT子は,Cの理想自

己の一面を体現しており,Cは中学時代からT子に

影のようにつきまとっていた.このような理想化の

背後にあるみじめさに気づきはじめ,Cは高校に入

ってT子と距離をとるようになったものの,T子は Cの姉と仲がよく,Cは始終嫉妬にさいなまれてい

第 2 期 ( 9 − 2 1 回 目 ) 姉 を 間 に 狭 ん だ T 子 と の 一種の同胞葛藤(理想的な存在であったT子への愛

着.姉を奪いとるT子への憎しみ.「自分はT子に 精神的に破壊された」という被害感.),Cを問題児と

して排斥しようとする母とのたび重なる喧嘩,母に 連れて行かれた拝み屋がCに言った言葉,夏休みで

Thとの面接が休みであったことによる安全感のお

びやかされなどを背景に,Cは自宅の薬局から睡眠

薬を盗みだした.Thは行動化(見捨てられ抑うつの 否認としての自殺)の可能性を危慎し,友人の精神 科医への受診を考慮したが,Cの口調から睡眠薬が

お 守 り の よ う に な っ て い る よ う に 感 じ ら れ , こ の 時

点での強引な介入は避けようと思った.そして,本 人自身が本気で自殺を決意すれば誰も止めようがな

いが,治療者としては自殺してもらいたくないとい う気持ちがあることをCに述べた.と同時に,薬の

意味をCと一緒に吟味していった.

第3期(22‑38回目)薬についての吟味が一段

落すると,対人場面における自殺幻想の機能的な側 面が浮かび上がってきた.それと同時に,自分とい うもののなさと,自己臭と結びついた自責的思考が 話題の中心となった.T子については,「自分は実は

T 子 の 影 そ の も の で は な か っ た か 」 と い う 気 づ き か ら,「自分に自信がなかったのは,T子になろうとし て自分を否定したからではないか」というささやか

な自覚へと進んでいった.この時期は,Cにとっては 自己直面化というつらい時期であったが,その反面,

家庭でのCには落ち着きがみられはじめた.とりわ け,以前のような激しい感情爆発による器物破壊は 減り,情緒面でのパニックもおさまっていった.

第4期(39‑50回目)もっとも,自己の良い部

分を分裂除外し,「自分は性悪な存在であり,軽蔑さ れるべき人間だから,人から好意なんか持たれよう もない」というCの確信はきわめて強固なものであ

った.ただし,種々の対人的エピソードについての

吟味の繰り返しによって,Cの自己不信もわずかな

がらゆるむこともあり,「他人から愛されているはず だが,もしかしたら自覚していないだけかもしれな

い」というかすかな疑念が生じたりした.

第5期(51‑65回目)Cは友人からいじわるされ

ても,それを友人の「愛情表現」だと合理化し,い

じわるに対する怒りを正当な自己主張という形で相 手に表明できなかった.いじわるされた直後には「こ

のアホンダラ」と心の中で毒づくのであるが,Cはす ぐに,「自分の気づかないうちに相手を傷つけてい る.私の方こそ加害者.他人に対して怒る資格は私

にはない」という形で毒づきを打ち消してしまう.

Thはこのような欺職的操作を手をゆるめずに解き ほぐしていったが,そうする中でCは,小学校時代 から持続していた見捨てられ不安(相手に怒りを表

明して相手の感情を傷つけたら,その報復として,

相手は自分を見捨ててしまうのではないかという不

安)と,見捨てられ不安をひきおこした対人体験を 思い起こしていった.

第6期(66‑71回目)このようにゆっくりした ペ ー ス な が ら も C の 混 乱 状 態 は お さ ま り を 見 せ は

じめたが,第5期の終わりにThの転勤が確定した.

Thは,Cと可能な限り分離の作業を行い,Cの了解 を 得 て 別 の 女 性 治 療 者 に C の 治 療 を ひ き つ い で も らった.(ひきつぎについてC自身はさんざん迷っ

た.この迷いは,Thというそれまでの重要な依存対 象を喪失することに起因していた.自分を見放そう

としているThに対するうらみ.不信感・愛着心など について繰り返し話し合った後,最終的にCは,「さ

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青年期における自殺の心理力動的意味

みしい、名残おしいな−.何といっても1年半」と

述 べ て 長 い 間 泣 い た 後 , や っ と ひ き つ ぎ を 了 解 し

た.)既に4月に入っており,Cは高校3年生とな

り,Thは4月中旬にK県に転勤した.

そ の 後 の C の 自 殺 企 図 6 月 に 入 っ て C か ら T h に手紙がきた.内容は,4月の下旬のある日の未明,

薬局から新たに持ち出した100錠の睡眠薬のうち半 分 を 自 室 で の み , 早 朝 お こ し に き た 母 親 に 発 見 さ れ

て助かったというものであった.文面には,「とにか くしゅうたい.みにくいし,見苦しい.私は終わっ て何となく浮かれたように元気なのです」「やりたい

やりたいという願望がまあここにまねごとを実行し

……」「薬が多すぎたら吐いて逆効果かもしれないと 理由をこじつけて半分に減らしたのです.つまり,

助かろう,狂言自殺的要素が濃いわけです.まあ,

死んだら死んだでそれもまあよいと思いましてね」

とあった.手紙を読んでびっくりした治療者は,Cに 長距離電話をいれた.Cは,もう何ともないし,人の 目も気にならなくなった,と元気な口調であった.

Cはこの2カ月後,4月下旬の自殺企図前後の日 記と遺書のコピーをThに送ってきた.遺書には,

「明日の試験を避けるつもりもある」「理由を要約す ると,私はたいていの人に好かれていない.私が人 間として実につまらんからだ」「飛び下りるのは,数

秒後に痛みを伴う死がくるので少しこわいので服毒

自殺します.苦しいだろうけど,朝までには死ねる だろう」などとあった.自殺企図の2日後にCは意 識を回復する.Cの感想は,「たんたんとしていて,

くつに死ぬ気もなかったんかしら.でも,自殺を試

みたことは確か.自慢しようか」というものであっ

考 察

以上,簡略化した形で面接経過を記述した.本節 では以下,面接経過で省略した事柄を補いつつ,Cの 種々の自殺行動について考察を進めたい.

1.睡眠薬の所持

第2期においてCは薬を盗み出したが,これにつ いてCは次のように述べた.(1)夏休み中,薬の所持 という「禁じられた遊び」を行っている楽しさとス

リルがあった.(2)これ(薬)があると,死のうと思

うと死ねるし,生きようと思うと生きれる.(3)級友 の言動から自分が軽蔑されていると思うと薬をのん でやろうかという気になる.そして,のんで死ねば 同情が得られると思う.そこまで思うと心が落ち着

き,現実に死のうという気がうすれる.

これら3つのうち,(1)と(2)は,薬そのものの持つ 意義を現していよう.(l)は自己賦活作用としての薬

であり,劣等的・否定的自己像にとらわれているC に,他人と異なる独自性を与えてくれるものである.

(独自性への固執は,劣等意識の防衛である.)(2)は

文字通り,(希薄な同一性感覚をいだいているCに 対して)自分が最後の切り札を手中にしているとい う一種の自己統制感を与えてくれる薬である.(3)は,

薬よりもむしろ自殺幻想の方に重点がおかれている.

2.自殺幻想

Cは,薬をのんで死ねば同情が得られるのではな いか,と言う.(第3期では,もし自分が死んだら皆

が注目してくれるだろう,とも述べている.)そし

て,そこまで思うと心が落ち着き,現実に死のうと

いう気がうすれるのである.このようなCの自殺幻

想もしくは自殺の夢想は,対人場面で生起するみじ めさや孤立感に対する自己慰撫的な機能を発揮して いるが,欲動論的な見地から言えば,Sullivan(1953)

が既に指摘しているように,自殺衝動を放電させて 解消してしまう働きをしている.自殺幻想によって 自己破壊が防止されている訳である.自殺幻想は,

自己との敵対的な関係が思考レベルに外在化された ものであろう.なお,Cは,第3期において,自殺し たい気持ちや,自分が自殺したらどうなるかといっ たことを姉に打ち明けている.これは,Cによれば,

姉に気を向けてもらいたいための秘密もらしであっ

た.このように自殺幻想は,それを言語的に他人に

表明するという形をとった場合,他者からの関心を 増大させるという対人的術策の1つとしても機能し ていた.

3.自殺企図

4月下旬の自殺企図の理由についてはあまりよく

分からない.治療者の交替という変動を考慮すれば,

笠原(1980)の谷間説が該当する.その他,治療者

との分離の作業の不十分さ,新学期になっての新し いクラスでの対人緊張の増大,試験(基礎テスト)

の回避といったことも挙げられよう.

遺書からは覚悟の自殺であったようにも思える.

しかし,飛び下りや総首を避けて薬という手段をも ちいたこと,午前1時頃自室でのみ,5〜6時間後

には母がCを起こしにくることなどを考えると,助 かりたいという欲求があったようにも思える.C自

身,6月の手紙で狂言自殺的要素が濃いと書いてい

る.しかしまた,同じ手紙に,死んだら死んだでそ

れもまあよいとも書いている.ここには死に対する 二面的な構えがうかがえる.

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名 島 潤 慈

このような二面性や,自殺企図後に人目が気にな らなくなり活力を回復していることなどを考えあわ せると,例えそれが「まねごと」で「狂言」であっ たにしても,cとしては自殺という自己抹殺の行為

を一度やってみる必要があったのではないか.この

自己抹殺の行為は,言い換えれば,みじめさや罪責 感や空しさなどから構成されている否定的な部分自 己をいったん消滅させるための象徴的儀式ではなか

ったかと思える.

もちろんこれは,1つ間違えば現実の肉体死にい たる危険な行為である.死んだら死んだでそれもま あよいというCの言葉がその危険性を裏付けてい る.しかし,危険であればこそCは行ったのであろ う.薬の所持や自殺幻想は,結果的には自己愛的な 満足と,それに比例して増大するみじめさしかもた

らさないからである.

Hillman(1964)は,自殺は変容への衝動であると 述べている.この観点からすれば,cの自殺企図は,

いささか性急な自己変革の試みであったと言えるか

もしれない.

引用文献

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KeganPaul,London・

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Hillman,』.(1964):SuicideandtheSoul,Hodder&

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17,163‑182

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Masterson,J、F,(1972):TreatmentoftheBorderlineAdo,

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村上靖彦(1976):思春期妄想症について(笠原嘉・清水将之・

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名島潤慈(1980):ある自殺未遂者の心理療法(上里一郎編,

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名島潤慈(1981):自殺未遂(品川浩三・藤土圭三・前田浅 子編,子どもの精神健康と相談活動,東山書房,272‑278)

名島潤慈(1987):青年と不適応(鈴木康平・松田慢編,現代 青年心理学,有斐閣,194‑206)

Shneidman,E、S、&Farberow,N、L・(1957):CluestoSui・

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Sullivan,H、S・(1953):ConceptionsofModemPsychiatry.

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参照

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