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子どもの貧困という問題の意味と学習支援の意義 田 中 秀 和

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はじめに

 こんにち「子どもの貧困」という概念が社会で認知 されるようになり,貧困状態にある子どもたちに関連 する様々な議論が活発に行われるようになった.しか しその歴史を遡ると,「子どもの貧困」は以前から注目 されながらも,むしろ近年になって見えやすいかたち で問題が構成され,それに対する対策や取り組みが手 がけられるようになったものだといえる.

 こうして子どもの貧困に対応する法制度が整備され,

地域には民間資源による支援が展開されるようになっ た.とりわけ生活保護世帯の子どもたちに対する学習 支援は各地で展開され,教育格差を減らし貧困状態に ある子どもたちを高等教育につなぐ重要な役割を果た していると考えられている.

 では,多くの含みをもつ「子どもの貧困」という問 いに対して,生活に困窮する世帯の子どもたちが必要 としている学習支援は実際のところどのようなものと して展開されているのだろうか.「学習」といっても,

学習塾と同様の受験対策を無料で行うことや高校進学 率を高めることだけが,子どもの貧困と向き合う「学 習支援」に求められていることなのだろうか.

 本稿では,まず「子どもの貧困」という問題が論じ られるようになった経緯を振り返り,それがどのよう な意味を含んで問われてきたのかを確認する.次に,

子どもの貧困対策として政府が取り組んできた諸施策 を整理し,そこでは何が政策目的とされてきたのかを 考える.とくに生活困窮者自立支援制度によって新た に公的扶助政策に組み込まれた「子どもの学習支援」

の動向に注目し,その課題を検討する.

 またそのような政府の議論を受けながら,地域では どのような学習支援が展開されてきたのか,どのよう な役割を果たしてきたのかを考察する.これを明らか にするために,地域の非営利組織で長らく学習支援事 業に関わってきた支援者にインタビュー調査を行い,

学習支援の現状とそこに何が求められているのかを探 る.

1 .「子どもの貧困」という問題の所在と その対策

⑴ リアリティを欠いた「貧困研究」の歴史

 第二次世界大戦後の日本の社会福祉研究では,貧困 を「政策対象」としてとらえるという議論の枠組みが 大きな影響力をもってきた.貧困を論じるということ は,それをいかに科学的に定義し,その範囲や規模を いかにして把握するかという問いにこたえるものであ ると考えられ,こうした議論の蓄積によって「貧困研 究」が形成されてきた.

 小沼正は,日本の貧困研究が「社会科学」の発展と ともにあったことを示唆している.日本の貧困研究は,

エンゲルやラウントリーといった古典的貧困研究を応 用しながら貧困の科学的基準の根拠を探してきた歴史 をもち,公的扶助制度との関連性を強く意識しながら

「政策対象としての貧困」を論じる枠組みを温めてきた

(小沼 1980:3−57).

 このように,貧困や最低生活基準を客観的 ・ 科学的 に明らかにし,そして政策対象を特定化することが,

貧困を論じることの主題でありつづけてきたのである.

立正大学社会福祉学部社会福祉学科助教

* * 立正大学社会福祉学部社会福祉学科4年生

* * *立正大学社会福祉学部社会福祉学科教授

キーワード:子どもの貧困,学習支援事業,居場所づくり

子どもの貧困という問題の意味と学習支援の意義

田 中 秀 和 塩 原 達 矢**

金 子   充***

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こうした貧困の議論の枠組みは「対象論」と呼ばれて きた(岩田 1995).

 1970年代には,日本の貧困は量的に減少し,併せて 貧困研究も衰えを見せる.その傍らで,規範的な含み をもつイギリスの「相対的剥奪論」や,貧困の質的理 解のひとつの潮流となったアメリカの「貧困の文化論」・

「貧困の再生産論」が一部の研究者のあいだで注目され たこともあった.それでも,1980~90年代には貧困研 究は低迷し,貧困者の生活の理解からほど遠いものに なっていったとされている(岩田 1995:325).

 そのなかで,江口英一のような階層論的な貧困研究 は,貧困の創出過程をとらえる労働市場の構造分析を 重視し(労働者階級の「貧困(窮乏)化」論に基礎づ けられながら),またのちに相対的剥奪論の意義を評価 する議論を展開した(江口 1979).その背景には,貧 困研究が単なる貧困の客観的定義づけや量的 ・ 科学的 把握を中心とした「対象論」に終始すべきではないと いう問題意識があったように思われる.

 しかし,政策対象を特定するための貧困研究は,人々 が経験するリアルな貧困という現実から次第に乖離し ていってしまった.岩田正美はこれを,消費社会化の 進展によって階層論的な貧困把握が理論的に困難になっ たこと,さらに「貧困(窮乏)化」論があまりにも抽 象理論化したことで,「貧困研究がリアリティをもたな くなった」過程であると論じている(岩田 1995:311−

317).

⑵ 「子どもの貧困」への注目

 その後,「子どもの貧困」が社会の「問題」として認 知されるようになったきっかけとして,「格差社会」論 が与えた影響は大きい.2000年前後から注目された「格 差社会」論は,社会における「一億総中流」の崩壊(橘 木 1998,佐藤 2000),あるいは社会階層間による「意 欲格差」(苅谷 2001)や若者の「希望格差」(山田  2004)の問題として,経済学者や社会学者のなかから 提起されてきたものである.また2006(平成18)年に は,NHK が『ワーキングプア―働いても働いても豊か になれない―』を放送し,格差問題から「働く貧困層」

の問題へと視点を移し,社会から注目されるきっかけ をつくった(NHK スペシャル取材班 2018:1).

 リアリティをつかみきれないでいた貧困研究を打ち 破るかのように,湯浅誠は「格差ではなく貧困の議論 を」と訴え,『反貧困』を著した.前後して年越し派遣

村,そして「反貧困」キャンペーンを政治戦略的に展 開した.2007(平成19)年に発足した「反貧困ネット ワーク」は,貧困の可視化と改善,解決のための社会 活動をおこなった(田中 2017:62).

 このような状況のなか,2008(平成20)年には,「子 どもの貧困」が問題として構成されるようになる.同 年9月に,児童福祉司であった山野良一は,日本の子 どもたちが置かれている貧困の状況について,学力格 差や児童虐待,心身の健康との関連等について詳細に その現状を報告した.また,出版当時における日本政 府の姿勢に対して,「重要なことは,子どもたちの貧困 という厳しい事実を隠し続け,まったく問題としない 政府の態度です.」と述べ,当該問題に対する政府を批 判している.さらに,「子どもたちの貧困の実態につい てまったく目を向けようとしないことで,結局,日本 社会は大きな社会的損失を被り続けているのかもしれ ません.」と論じ,子どもの貧困問題に関心をもつ重要 性を指摘している(山野 2008:256−257).

 一方,阿部彩は,同じく2008(平成20)年に『子ど もの貧困―日本の不公平を考える』を刊行し,そこで は国際比較や統計分析を通して,日本における子ども の貧困状況をこれまでにない数値的な観点から説明し て注目された.また,前述の山野同様,阿部も出版当 時の日本政府に対して,「日本は,公式な貧困基準をも たず,貧困を測定すること自体を拒んでいるのである」

とし,「少なくとも,現時点で,日本政府は,子どもの 貧困を政策課題と思っていないことは明らかである.」

と述べ,政府の政策姿勢を批判している(阿部 2008:

216−219).

 小林雅之は,同年に出版された新書のなかで,教育 社会学の視点から,進学格差の問題を取り上げ,大学 全入時代における問題として,「より深刻な問題は,

『全入』の意味するのは,単に大学短大志願者数が入学 者数等しくなるということだけで,そもそも進学でき ない者,さらに言えば,志願したくても志願できない 者がいることを覆い隠してしまうことだ」と述べてい る(小林 2008:43).この指摘は,子どもの貧困問題 が,社会問題として認識され,子どもの大学進学のた めの奨学金制度の充実等の政策が整備されつつある今 日からみて,先見性のあるものだといえよう.

 これらの著書では,出版当時は世間の注目を浴びる 機会の少なかった「子どもの貧困」に関する問題を社 会問題として取り上げ,当時の日本政府に対して,批

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判を繰り広げている.しかもこれらの書著は研究書で はなく,広く一般の読者にも手が届きやすい新書とい うスタイルで出版されており,これらの書籍が,一般 社会に子どもの貧困に関する問題を認識させ,その後 の,当該問題についての議論を活発化させたといえよ う.

⑶ 「子どもの貧困」研究の問い直し

 松本伊智郎(2008a:29−37)は,当時の状況とし て,「ここ数年は,日本社会の問題として社会的格差と 貧困への関心が高まってきている.それにつれて,子 どもがどういった状態に置かれているのか,子どもの 育ちにどのような不利が生じているのかという,子ど もの貧困への関心もまた,高まってきているように思 える.」と述べている.

 しかし一方で,松本(2008b:17)によれば,1965

(昭和40)年を最後に,2008(平成20)年まで日本政府 は貧困の測定を行っていないという.「日本は国際的に 見ても,貧困に対する関心が低い国なのである」と論 じている.さらに,「『子どもの貧困』という用語は,

これまで日本ではほとんど使用されてこなかった.し たがって意味内容もまだこなれていない」としている.

松本は,当該論文のなかで,「どんな家庭に生まれて も,家族の貧困の解決が難しい場合でも,子どもは子 どもらしい時間を持ち,見通しをもって大人になるこ とが,社会的公正の観点から重要である」と述べ,子 どもの貧困問題の解決に向けて重要な指摘をおこなっ ている(松本 2008a:29−37).

 鳥山まどかは,執筆当時の日本の状況について,貧 困家庭と教育費の関係を考察し,「不利な状況に置かれ た子どもたちがその不利を解消するための制度が整っ ていない社会だと言えます」と述べ,やはり政府の政 策を批判的に検討している(鳥山 2008:139).

 元森絵里子もまた,第二次世界大戦終焉後の日本社 会が,高度経済成長へと向かうなかで,子どもに関す る問題が,経済問題から受験戦争や学校の問題 ・ 弊害 へと変化する過程を分析している.そこでは,貧困状 態にある子どもたちの存在が社会から不可視化されて いき,また貧困状態にある子どもたち自らが,社会の 荒波 ・ 不条理という「現実」を受け入れることによっ て自ら不可視化されていったことを論じている(元森  2016:133−162).

 また小西祐馬(2003:107)は,2001(平成13)年に

北海道にて実施された貧困と子どもに関する量的調査 ならびに,2002(平成14)年に,同じく北海道で行わ れた生活保護 ・ 低所得者世帯の子どもと,その母親に 対する聞き取り調査をもとに考察を行っている.そこ で明らかになったことは,「貧困 ・ 低所得世帯の子ども たちには,その問題が連鎖する形で重層的にあらわれ,

その結果として将来の選択肢が狭められている」こと であった.

 このようにして,「子どもの貧困」研究の意義が改め て確認されるようになり,これらの議論を「問題」と して新たに構成するかのように,当該事象に対して「子 どもの貧困」との名称が与えられ,社会問題として認 識されるようになる.こうして,2008(平成20)年は,

「子どもの貧困元年」と呼ばれるようになった(阿部  2014:ⅰ).

2 .「子どもの貧困対策の推進に関する法 律」と「子供の貧困対策に関する大綱」

⑴ 「子どもの貧困」をめぐる政治

 2008(平成20)年に起きたリーマンショックにより,

その年末から翌2009(平成21)年にかけては,「年越し 派遣村」が連日メディアを賑わせることとなった.湯 浅は,「年越し派遣村」について,貧困を「見えるよう にすること=可視化が,貧困問題の解決に向けた第一 歩になる」とし,「派遣村は一定程度そのことに成功し た」と評価している(湯浅 2009:ⅴ).貧困問題がい よいよ避けて通ることのできない重大な問題であると 社会が認識することに「年越し派遣村」は「貢献」す ることになったのである.

 また,2009(平成21)年に政権交代した民主党(当 時)は,選挙におけるマニュフェストに,子ども手当 の実施を組み込み,15歳までの子どもに対して,ミー ンズテストなしに一定額を給付するという政策を打ち 出した.また民主党は同年10月に相対的貧困率の公表 に踏み切った.当時,政府から公表された相対的貧困 率は,15.7%であった.前述の「子どもの貧困元年」

において,日本では,2000年前後における子どもの貧 困率が政府による所得再分配の結果,上昇に転じてい るという,本来のそれとは逆の結果が出ていることが 明らかになっていた(藤原 2008:164).このような指 摘もあり,政府は貧困問題解決に向けての政策を進め ていくこととなる.

 浅井春夫は,2010(平成22)年に出版された著書の

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なかで,「子どもの貧困根絶法」制定を訴え,「本気で

『子どもの貧困』を根絶する意思がある国であるかどう かは,その意思を法律として結実させ,国 ・ 自治体が 先頭に立って,この課題に立ち向かっていくのかどう かで試されている」と述べている(浅井 2010:198−

199).こうした浅井の左記の願いは,2013(平成25)

年に「子どもの貧困対策の推進に関する法律」として 結実することとなる.

⑵ どのような政策が考えられたか

 「子どもの貧困元年」から時を経て,2013(平成25)

年に「子どもの貧困対策の推進に関する法律」が成立 し,2014(平成26)年に施行された.同法は,目的と して第1条に「子どもの将来がその生まれ育った環境 によって左右されることのないよう,貧困の状況にあ る子どもが健やかに育成される環境を整備するととも に,教育の機会均等を図るため,子どもの貧困対策に 関し,基本理念を定め,国等の責務を明らかにし,及 び子どもの貧困対策の基本となる事項を定めることに より,子どもの貧困対策を総合的に推進すること」を 掲げている.

 上記の法律は,「こうするべきである」という理念を 定めた法であり,それを実現するための具体的な対策 については,「子供の貧困対策に関する大綱」にて基本 方針が定められ,それに則り支援が講じられている(阿 部 2014:217).

 「子供の貧困対策に関する大綱」は,2014(平成26)

年8月に定められた.大綱では,学校を子どもの貧困 対策のプラットフォームと位置づけ,①学校教育によ る学力保障,②学校を窓口とした福祉関連機関との連 携,③経済的支援等を掲げ,子どもの貧困対策として 学力保障が着眼されている(湯澤 2017:17−23).ま た,大綱では「生活の支援では,貧困の状況が社会的 孤立を深刻化させることのないよう配慮して対策を推 進する」との記載があり,「生活保護法や生活困窮者自 立支援法等の関連法制を一体的に捉えた施策を推進す る」とされている.

 子どもの貧困に関わる政策と関連の深いもののひと つに,上記に挙げた生活困窮者自立支援法がある.同 法は,2013(平成25)年に公布され2015(平成27)年 に施行された.この法律は,現に経済的に困窮し,最 低限度の生活を維持することができなくなるおそれの ある「生活困窮者」に対し,事業の実施等を通して,

自立の促進を図ることを目的としている.生活困窮者 に対する自立の支援に関しては,必須事業として,① 生活困窮者自立相談支援事業,②生活困窮者住居確保 給付金の支給,任意事業として,①生活困窮者就労準 備支援事業,②生活困窮者一時生活支援事業,③生活 困窮者家計相談支援事業,④学習支援事業などがある

(岡部 2016:151).

 上記の事業のなかで,子どもの貧困政策と関連の深 いものは,学習支援事業である.また,生活困窮者の みならず,実際に生活困窮に陥り,生活保護受給に至っ た世帯に属する子どもに対する支援も重要である.「生 活保護世帯の子どもの場合は,親や身近な大人が経済 的困窮にとどまらず疾病や障害などを抱えながら子育 てせざるを得ない場合が多く,子どもが抱えるさまざ まな課題に対し,適切な支援を行えないことが少なく ない.このため,生活保護世帯,そして生活に困窮す る世帯の子どもには,その育成に向けた成長に合わせ た環境づくりや特段の公的支援が必要である.」(菊池 2017:160)と考えられたのである.また,岩田は,子 どもの貧困対策は,「子どもの養育と親の貧困という トータルな見方が希薄であるだけでなく,今日のライ フサイクル全体と貧困との関係を問い直す視点がない」

と指摘している(岩田 2017:325).

 子どもの貧困対策には,その子どもを育てる親や,

子ども自身が発達過程のなかで,若者,中高年,高齢 者等になることを考えた広い視野が必要不可欠である.

そのなかで,子どもに対する学習支援は,子どもが将 来,貧困に陥るリスクを軽減するための大きな支えに なるための政策として立案されていったのである.

3 .子どもの貧困対策における

「学習支援」

⑴ 貧困な子どもたちの学力・学歴

 子どもの貧困の議論が進展するなかで,子どもの貧 困と学力 ・ 学歴に関する問題が取りあげられるように なる.道中は,生活保護受給世帯の子どもたちの学歴 が低位であることを指摘し,それは彼/彼女らが,幾 多の厳しい困難な条件を抱えた家庭での成育歴を持っ ており,「社会的排除」を受けた対象者であるゆえのも のだとしている(道中 2009:58).

 妻木進吾は,児童養護施設の子どもたちへの調査の なかで,社会的不平等が世代を超えて再生産されてい く過程を描き出し,「日本社会全体が高学歴化している

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なかで,施設入所者の学歴達成は依然として低いまま に押しとどめられている」としている(妻木 2011:

137).児童養護施設から高等教育機関への進学率が低 迷している現状について,高橋利一は,施設側が子ど もたちをいかに大学等へ送り出すのかについて,より 真剣に考える必要があると述べている(高橋 2015:

111).

 岩田正美はネットカフェ難民に関する調査のなかで,

「彼らの多くは実質的な学力,学歴において,社会参加 に不利な条件を抱えているだけでなく,学校や教師た ちが,人生に強い影響力をもって出てくるような,そ うした状況を経験していない」ことを指摘している(岩 田 2008:103).

⑵ 学力・学歴より以前に問われるべきもの

 このように子どもの貧困が「学力」や「学歴」にあ らわれるとの指摘がある一方で,青砥恭は,高校中退 を論じるなかで,貧困について,「家庭の貧困は経済的 な問題だけではない.食事をすること,歯を磨くこと,

風呂にはいることという日常生活の基本がおかしくなっ ている.こんな家庭の状況も貧困といえるはずだ.」と 述べている(青砥 2009:33).また子どもや若者が有 する「生きづらさ」と「居場所のなさ」という社会的 排除(周縁化)に対して重層的な支援を行う必要性を 主張している.「居場所論」から子ども ・ 若者の生活課 題をとらえるならば,「たまり場」などのコミュニティ づくりをはじめとする事業を展開しなければならない と指摘している(青砥ほか編 2015).

 また,宮本みち子は,若者に対する「包摂的で切れ 目のない支援」が不可欠であることを指摘し,教育に 特化した学習支援事業の限界について言及している(宮 本 2011).林明子もまた,「『子どもの貧困』を考える 際には,学力や学歴の不利のみに焦点をあてるのでは なく,それ以前の彼らの家庭生活そのものについても 同時に検討される必要があるだろう」と述べている(林  2016:6).

 これらの指摘は,子どもの貧困と低学歴は連関があ り,それが本人の生活の選択肢を狭めるとともに,貧 困が次世代へ連鎖していく回路をもっていることを示 している.その回路を断ち切るためには,学習支援は 欠かせないことであることは間違いないが,それ以外 にも,子どもの貧困を解決するには,人との繋がりや 子ども自身が生活習慣を形成することが大切な事柄で

あるといえる.

 松村智史は,行政審議,国会審理および新聞報道か ら,貧困世帯の子どもの学習支援事業の政策上の位置 づけを検討するなかで,「貧困世帯の子どもの学習支援 は,有子世帯の自立を促す福祉政策としてスタートし たが,子ども自身の健全育成や学びに重きが置かれる ようになり,近年,子どもの教育機会の保障に資する 教育政策としての位置づけに変化しつつあること」を 明らかにした(松村 2016:43−56).学習支援は,世 帯の自立を目的とするところから,子どもにとっての 社会的な居場所という意義が今日では付加されている ということである.

 また,松村は生活困窮世帯の子どもの学習支援事業 に関する考察のなかで,学習支援は居場所を通じた「社 会性の育成」と親和性のある日常生活 ・ 社会生活自立 を含む広義の「自立」と,子どもの学校外の「学習機 会の保障」の双方に積極的な意義を有し,問題意識の 共有や子どもの貧困対策法を契機に,現場レベルで多 職種による連携が進んでいることを明らかにした(松 村 2017:1−12).

 これまで述べてきたように,貧困問題解決のために 構想された子どもの学習支援は当初,子どもの貧困を 断ち切り,子どもたちに学歴をつけさせることによっ て,世帯の自立を目指したものであった.子どもの貧 困に関する議論においては,この問題を放置すること が大きな社会的損失につながるとの経済的側面からの 指摘は重要である(日本財団 子どもの貧困対策チー ム 2016).しかし,今日における子どもの貧困対策と しての学習支援事業は,単に,生活保護世帯や生活困 窮世帯に属する子どもたちへの経済的自立や学力向上 のみを目的としていない.今日における子どもへの学 習支援は,子どもの学習機会の保障や,子どもの居場 所づくりなどを通して,多様な専門職もしくはボラン ティアとの人間関係の構築や,就労を通した経済的自 立以外の価値観(自分自身を大切に思え,自信をもつ こと等)の形成をも目指しているといえよう.

4 .制度化された学習支援の実態と課題

⑴ 埼玉県における学習支援事業の展開

 埼玉県は,生活保護受給世帯等を対象とした県独自 の自立支援策の導入 ・ 実施に早くから力を入れてきた 自治体のひとつであるといえる.具体的には,2010年 9月に「教育 ・ 就労 ・ 住宅」の3分野による総合的な

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自立支援を実施する事業として「生活保護受給者チェ レンジ支援事業」(通称「アスポート」)を導入したこ とが注目される.県では,保護世帯の子どもたちが高 等教育を受けられずに貧困の再生産(貧困連鎖)が生 じていることが以前より議論されてきた経緯もあり,

保護世帯の子どもたちの高校進学率を高めることを主 たる目的とした学習支援事業を県独自にスタートさせ た.

 学習支援事業(県の事業名は「教育支援事業」であ るが,以下「学習支援」で統一する)は,埼玉県内全 域で特別養護老人ホーム等の施設を活用して,中学生 に無料で勉強を教える学習教室(導入時は5ヶ所)を 定期的に開催するというものである(埼玉県福祉部社 会福祉課2014).県は同事業を民間事業者(一般社団法 人彩の国子ども ・ 若者支援ネットワーク)に委託し,

事業者が雇用した「教育支援員」と各福祉事務所ケー スワーカーが連携して中学3年生のいる保護世帯を家 庭訪問(アウトリーチ)して教室の情報を親に説明し,

子どもたちが主体的に参加するよう促すかたちで支援 対象者を集めた.また福祉事務所に対するニーズ調査 をおこない,生活保護担当ケースワーカーが抱えてい る支援課題を把握し,事業化につなげたとされている

(埼玉県アスポート編集委員会編 2012).

 この学習支援事業は,事業を開始してわずか7ヶ月 の2011年3月時点で,県内(政令指定都市を除く)で 中学3年生のいる保護世帯655世帯に対して,のべ852 回の訪問を行い442世帯の子どもたちを支援につなげる ことを実現した(一般社団法人彩の国子ども ・ 若者支 援ネットワーク「平成23年度事業報告書」 2011).教育 支援員には定年退職した中学校等の教員 OB や社会福 祉士をあてるよう人材を確保し(初年度に116人を確 保),また教室で勉強を教えるスタッフとして,それら の教育支援員に加えて大学生ボランティアが動員され た(埼玉県アスポート編集委員会編 2012).こうした 取り組みが可能だった背景として,同事業がスタート する以前から県内には福祉事務所と大学が協働して生 活保護世帯の子どもたちの社会的自立を支援するプロ グラムが行われていた経緯があり,大学生ボランティ アが保護世帯の子どもたちに関わることの「効果」が 確認されてきたことも関係している.大学生ボランティ アが学習支援教室に関与することで,子どもたちの参 加意識が変化したり,信頼関係の形成を含む「社会性」

が向上したり,高校進学に対する意識が変化したりす

ることが以前より明らかになっていたという.

 2014年度において,委託事業者である同法人が福祉 事務所と連携して学習支援事業を展開した自治体は24 市 ・ 23町に及び,学習支援教室は県内11ヶ所で開設さ れた(のべ548回の開催).また支援対象となった中学 1~3年生は342人(生活保護世帯68人,就学援助世帯 274人)となった.さらに高校生に対しても教室を開く こととし,52人を対象に7ヶ所の教室でのべ394回の教 室が開催された(一般社団法人彩の国子ども ・ 若者支 援ネットワーク「平成28年度事業報告書」2017).

⑵ 「社会的居場所づくり」を重視した学習支援  2011年度から2014年度にかけての同法人の事業報告 書等を確認するかぎり,各学習支援教室では,低学力 や障害のある子どもたち,また孤立化,いじめ,ひき こもり,不登校等の課題を抱える子どもたちが多数に 及んでいることが報告されている.そこで学習支援教 室の中には,こうした子どもたちのニーズを受けて独 自に子ども食堂を実施したり,ハロウィンやクリスマ ス ・ パーティー等を実施したりして,貧困 ・ 孤立等の 課題を抱える子どもたちの「社会的居場所づくり」に 貢献しようとする取り組みも行われはじめている.

 またこうしたニーズを有する子どもたちが農業体験 や自炊体験を通して社会参加 ・ 社会的包摂を果たす「宿 泊型就労体験合宿」も企画,実施された.このように して,同事業は「学習支援教室」でありながら,保護 世帯の子どもたちの生活や人生に関わる悩み相談への 対応,生きる意欲づけ,仲間づくりといった多様な役 割を果たすようになっていく(埼玉県アスポート編集 委員会編 2012).

 ここからわかることは,子どもの貧困に向き合うに あたって,学習支援というものが「学力」や「学歴」

の短期的に成果の見えやすい指標のみで成果を計るの ではなく,「ソーシャル ・ キャピタル」(社会関係資本)

等の視点を取り入れて考えることの重要性である.小 針誠は,近年推進されているアクティブラーニングに 関する考察のなかで,「公立小学校や中学校のように,

児童や生徒の家庭環境や基礎学力の格差が顕著な場で は,活動や体験を通じて学習する態度や意欲は,格差 をともないながら,露骨かつ残酷に,白日のもとにさ らされてしまう」との指摘を行っている(小針 2018:

192).これは,子どもの主体的で活動的な学びには,

基礎的な学びが必要であり,そのためには,子どもの

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意欲を引き出すソーシャル ・ キャピタルが欠かせない ことを示しているといえよう.

 子どものソーシャル ・ キャピタルを主題とした先行 研究では,学校あるいは家庭において,子どものソー シャル ・ キャピタルが何らかの理由で剥奪されると,

学校や家庭におけるネガティブな経験の影響により,

子どもはソーシャルサポート ・ ネットワークから排除 されてしまうことが指摘されている(木村 2017:55−

67).

 上記の指摘は,子どもの居場所が家庭もしくは学校 に限定されているために生じる問題であるともいえる.

つまり学習支援事業は,子どもにとって,家庭でもな く学校とも異なる「サードプレイス」として機能する ことが求められているといえよう.末冨 ・ 田中は,高 校生にとって,サードプレイスは,教員が「指導」を したり,「評価」を与えたりする場所ではなく,そのよ うな場所があることは,困難を抱えて生きてきた高校 生がこれからも生きていくうえでそもそも重要なのだ ということを指摘している(末冨 ・ 田中 2017:275).

この指摘は,高校生のみならず,困難を抱えた子ども たちに通底することであろう.同様の指摘は,「家に居 たくないときに,徒歩もしくは自転車で行ける距離の 中に自由に行くことができる場所がある」ことや「何 かあったときにいつでも駆け込める場所がある」こと の重要性を指摘した渡剛の研究でも明らかにされてい る(渡 2017:324−340).これらの指摘は,子どもの 学力のみに焦点をあてる従来の学力観からの転換が提 唱されているといえよう.

 教育社会学から提出されている先行研究においても,

「たとえ家庭が経済的に豊かでなくても,保護者の学歴 が高くなくても,子どもを取り巻く家庭 ・ 地域での人 間関係が豊かなものになっていれば,その子の学力は かなりの程度高いものとなる」との見解が示されてい る(志水 2014:131).これらに関連し,室田信一は,

学校以外の機関や場所で提供されるノンフォーマル教 育の重要性を指摘し,社会のなかで不利な立場にある 当事者が,自身の置かれている社会構造に理解を深め,

学習を通して自らを変容させ,社会関係を変化させる 可能性を示している(室田 2016:96−97).これは,

学習支援事業が,それを利用する子どもの学力を向上 させるだけでなく,そこで行われる様々な関わりを通 して,他者との関係性を構築していく側面を有してい ることのみならず,自身を社会構造のなかで見つめ直

す力を育む面があることを示しているといえよう.

 以上のように,今日における子どもの貧困と学習支 援事業との関係は,単に当該の子どもが属する世帯の 自立や,その子どもが学力を高めることに留まらず,

子どもの居場所や,周囲の人々とのつながりという視 点にも重点が置かれるようになったことを示している.

⑶ 生活困窮者自立支援法による学習支援の「制度化」

 2013年に成立した生活困窮者自立支援法によって,

各地で独自に展開されはじめていた「学習支援」が法 的に事業化されることになった.このことは学習支援 の現場に新たな大きな課題をもたらすことになる.

 佐久間邦友はこれを「制度化される学習支援」と表 現し,「先進自治体で自主的に推進されてきた学習支援 事業が,後から出現した新たな法制の枠組みによって よりフォーマルに『制度化』されることで,学習支援 の仕組みや内容を変容させていくケースが出現してき ている」ことを明らかにしている(佐久間 2017:165).

 たとえば,学習支援事業の自主運営は,子どもたち のスティグマを軽減し,日常を支えるメリットがある 一方,事業の継続性に難がある.これに対して委託事 業では,財源確保や学校などの行政機関と繋がりがで きる一方で,自主運営の長所が短所となるとされる(渡  2017:324−340).埼玉県の例で見てみよう.

 2015年度から生活困窮者自立支援法が実施され,埼 玉県内の各市町村は学習支援事業を同法による事業と して実施するのか,別の事業に転換するのか,また実 施しないのかという選択を迫られた.生活困窮者自立 支援法の施行前まで同事業にかかる経費については市 町村からの持ち出しはなかったのだが,施行後はそれ がかなわなくなり,新たな財政措置が必要となったた めである.

 また生活困窮者自立支援法において学習支援事業は 任意事業であり,市町村にそれを実施する義務はなく なった.これらにより,学習支援事業を今後も継続的 に実施していこうとする自治体では,その効果や実績 をいっそう厳しく問うようになり,各自治体は費用対 効果(教育効果),あるいは低コストによる事業運営を 重視した委託事業者選定をおこないはじめた.

 結果的に,県から学習支援事業を一手に受託してき た一般社団法人彩の国子ども ・ 若者支援ネットワーク は,複数の自治体において委託事業者として継続でき なくなり,2011年から続いた多くの学習支援教室が閉

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室となった.先述のとおり,2014年度において,同法 人が実施する学習支援事業に参加した子どもたちは,

中学1~3年生が342人,高校生が52人であったが,

2015年度には中学生が243人,高校生が35人となり,前 年度から大幅に減少した.

 もちろん同法人以外の事業者が継続して学習支援教 室を開催することになった自治体もあるが,「学習」と いう面での費用対効果(教育効果),あるいは低コスト による事業運営が重視され,先述のような不登校や障 害のある子どもたちに対する「社会的居場所づくり」

にも視野を向けてきた学習支援教室はその意味を問わ れる結果となった.つまり,生活困窮者自立支援法に よる学習支援事業がスタートしたことを契機に,子ど もの学習支援事業はいっそう「費用対効果」を問われ るようになり,子どもたちの成績向上や高校進学率向 上という教育的な目的がより強化されるようになった と考えられる.

 2014年度まで一般社団法人彩の国子ども ・ 若者支援 ネットワークが運営してきた学習支援教室は,こうし た「たまり場」保障や「切れ目のない支援」,あるいは

「ソーシャル ・ キャピタル」の保障をおこなう機能をあ わせもってきたと考えられるが,2015年度以降,それ らを実現してきた教室の多くが閉鎖されてしまった.

もちろん学習支援事業自体を縮小したり廃止したりし た自治体では,保護世帯の子どもたちが信頼する教育 支援員や大学生ボランティアとの関係が唐突に絶たれ てしまったことになる.生活困窮者自立支援法による 任意事業としての学習支援事業が導入されたことで,

埼玉県では既存の学習支援教室が果たしてきた「社会 的居場所づくり」という機能の一部が失われてしまっ たのである.

 学習支援においては,成績向上や高校進学率の向上 といった明確な教育目標を設定し,かつ効果測定をお こなっていくことが比較的容易である.しかし,「社会 的居場所づくり」の到達目標は不明瞭であり,その「効 果」をわかりやすく示し,測定することも困難である.

このことは,社会福祉の目標 ・ 目的は何かという本質 論にたどりつく問題でもある.「社会的居場所づくり」

にも積極的に関わろうとして事業内容の改善を図って きた同法人の学習支援事業が直面した問題とは,まさ にこうした「社会的居場所づくり」の到達目標や効果 を示すことの難しさという問題であるといえる.

 以下では,一般社団法人 彩の国子ども ・ 若者支援

ネットワークによる学習支援教室を実施 ・ 運営してき た「支援員」に対する聞き取り調査,およびボランティ アとして学習支援に参加してきた大学生による考察を 行うことで,子どもの学習支援における「社会的居場 所づくり」機能の意義を再確認し,今後の課題につい て検討する.

5 .学習支援の実態と課題

 本稿において主題としている学習支援事業は,子ど もの貧困の解消や,生活保護世帯の世代間継承を絶つ うえで欠かせないものである.しかし,これまで述べ てきたように,2015(平成27)年の生活困窮者自立支 援法実施によって,それまで行われてきた事業の安定 性や継続性,子どもの「居場所」としての機能などが 危ぶまれる状況が発生していると推察される.また,

上記の内容は,当該事業を担う職員の雇用や専門性に も影響を及ぼしていると考えられる.

 さらに,学習支援事業の対象者は,子どものみなら ず,その保護者にも及ぶ.当該事業に参加する子ども たちの保護者は,学習支援事業に対し,子どもたちの 学力向上を要望するに留まらない多様なニーズを抱え,

期待をしているのではないかと考えられる.これらに ついて現状を把握するためには,実際に学習支援事業 を運営しているスタッフに調査を行う必要があると考 えるに至った.

 そこで埼玉県内の複数の自治体で学習支援事業を受 託する一般社団法人 彩の国子ども ・ 若者支援ネット ワーク(以下,同法人)において,学生ボランティア として継続した活動を行っている筆者の一人(塩原)

を起点として,同法人が運営する B 学習支援センター にてセンター長を担っている C 氏(「支援員」として の経験も有する)に,インタビュー調査を実施した.

インタビューは半構造化面接とし,調査内容は論文作 成目的のみで利用することを事前に C 氏に伝え,許可 を得たうえで実施した.

〈インタビュー調査の概要〉

調査対象:一般社団法人彩の国子ども・若者支援ネット ワークが運営する B 学習支援センター セン ター長 C 氏

日  時:2018(平成30)年10月16日(火)

     15:00~17:00

場  所:D 市市民活動センター 会議室 司会進行:塩原達矢

聞き取り:田中秀和・塩原達矢・金子充

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〈インタビュー内容の概要〉

⑴ 2015(平成27)年の生活困窮者自立支援法実施後 の変化と A 法人の取り組みについて

 生活困窮者自立支援法が実施されたことに関連して,

県の学習支援事業における事業委託の方法が変化し,

その影響を受けて教室に参加する生徒の実数が減って おり,危機感がある.現在,生徒同士の横のつながり が弱くなっており,よりそれを強める支援を行う等,

何か良いものを足す必要があると思う.

 また,現在教室運営に割く時間が限られており,家 庭訪問をする時間がなくなっている.そして市に事業 報告を行う際には,目にみえる実績が求められる.ま た議会対策では,少数の事例ではなく,より大きな変 化が求められる.これらを上手くアピールできる人材 も必要であると感じている.

 同法人は,株式会社による教室運営とは異なる視点 をもっていると思う.同法人の強みは,学習支援教室 に来ない子どもも見捨てないことであり,どのような 子どもでも,粘り強く関わり,関係を切らさないよう にしていることである.子どもへの連絡方法は,メー ル ・ 電話 ・ 手紙など様々な手段を使っている.子ども とは,最低2年間は継続して関わりたいと考えている.

教室を卒業した後も連絡をくれる子どももいて,その ようなときは,継続した関わりの成果が出たと思う.

⑵ 職員の専門性について

 スタッフや学習支援ボランティアをみて感じるのは,

「不器用さ」が武器になるということである.器用に何 事もこなす人は,将来大成しないと感じる.勉強だけ でコミュケーションをとろうとする人は,この仕事に は向いていない.時には,スタッフやボランティアが 自分の苦手科目を子どもと一緒に考え,一緒に悩むこ とも必要.また,若い人の子どもに対する共鳴力に年 配者はかなわないと感じる.

 仕事を行っていくうえでは,子どもたちとのコミュ ニケーションが大事であり,そのためには職員が多様 な経験をし,様々な話題を話せる「引き出し」を用意 しておく必要がある.しかし,現在の職員はそれが少 なく,今後の課題である.

⑶ 職員の雇用環境について

 現在,B センターの職員は5名.本来は,7~8名 いることが望ましいと感じている.そのなかで,女性

は1名しかいない.こうした組織は女性が中心になる ほうが安心感があるのではないかと感じている.しか し,この仕事は夜型の仕事で不規則であり,子育て世 代の母親は働きにくい.職員は,事務作業が多く大変 である.

 本当は,若い職員に継続して働いてほしいが,現状 では給与を十分に払うことができず,残業代も払うこ とができず,3年~4年で退職してしまう職員が多い.

支援の質が低下することを懸念しており,今後は,若 者が働きやすい環境を形成していく努力をしたい.

⑷ 教室に通う子どもの保護者は,学習支援事業やス タッフにどのようなことを期待しているか  A 法人の対象となる子どもの保護者は,子どもを押 し出す力が弱いと感じる.保護者は,子どもが笑顔に なることを望んでいると思う.しかし,子どもはエネ ルギーが乏しい状態にあるので,A 法人は,子どもた ちの充電を行う機能もあると考えている.

 保護者がいないところで,かまってくれる大人の存 在が子どもには大切であると感じている.子どもが何 か問題を起こすと,うれしいと思う.それは,子ども たちが起こす問題が,子どもと保護者の成長の機会で あると感じているからである.職員には,子どもと保 護者を引っ張り込む力が必要であると思う.

⑸ 今後に向けての課題と目標について

 日本社会は成果を出しにくい社会であり,学習支援 事業は資本主義の仕組みとは相性のよくないものであ るが,そのような状況のなかでもバランスの取れた支 援を行っていきたいと考えている.

 子どもには,自主学習できる力を身につけさせたい と考えている.子ども自身が言葉の引き出しを多くも ち,自分を表に出す能力を育むことが必要であると感 じる.

 現在,小学生を対象とした学習支援教室を展開して おり,そこでは,遊びや行事を取り入れている.それ は,子どもたちが幼いころから遊びや体験を重ねるこ とが,成長した後の勉強意欲や継続する力を育むと感 じるからである.このようにして子どもと様々な角度 から関わるなかで,最終的にはテストの成績を上げる ことが目標となる.

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6 .考 察

 本稿では貧困問題に関する先行研究や歴史的経緯,

また子どもの貧困に対する法制の流れを整理し,さら に子どもの貧困と学習支援について現場からの聞き取 り調査も交えて考察してきた.

 事例として取り上げた埼玉県では,学習支援事業は 生活困窮者自立支援法制定以前から独自政策として行 われてきており,先を行く政策として重要な役割を果 たしてきたといえよう.現に同法人の学習支援教室に 参加した生徒は,毎年90パーセント以上が現役で高校 進学を果たしているという.また同法人は学習支援に

「社会的居場所づくり」の機能を加えて,不登校,引き こもりといった生徒も支援対象としてきた(初期はそ の中でも生活保護世帯のみ対象).こうした学習支援の 意義について,本稿における理論的な考察およびイン タビュー調査によって,以下のことが明らかになった と考えている.

 実際に埼玉県で学習支援事業に初年度から携わって きた同法人の支援現場に目を通すと,課題が山積して いることがわかった.同法人の C 氏へのインタビュー 結果から我々が考察した課題は,「雇用」「事業形態」

「評価基準」の3点である.

⑴ 「雇用」と「事業形態」に関して

 雇用と事業形態に関して十分な待遇が保障されてい ないことが示されていた.具体例として労働時間が不 規則であるという点がある.これは学習教室の開催時 間が影響を及ぼしている(通常平日18時から20時.理 由としては生徒の部活動参加に支障をきたさない配慮 からである)と思われる.夜型の勤務体系になりかね ないので,家事や育児を担っている女性には働きにく く感じてしまう.高条件の労働環境を求めている若い 支援員がなかなか定着しないことも影響を及ぼしてい ると考えられる.さらに待遇の問題の本質は,実労働 時間に対して給与の水準が低いという課題に見られる.

このことは若い支援員の定着化や支援員全員のモチベー ションの継続にも影響している.

 また自治体の委託事業という形であることも影響し て「事務作業」が多い(支援員が事務と教室運営等を 兼務)という課題も挙げられている.本来「支援員」

と呼ばれる専門スタッフの業務は「教室運営」と「家 庭訪問」に専念するべきであろうが,その視点で考え

るなら事務作業の増加は支援の質の低下につながりか ねないという課題もある.

 一方で過酷な労働条件の中で継続して勤務している 支援員も一定数存在している.そうした支援員に共通 して言えることは,学習支援事業に「誇りをもってい る」人たちである.「この仕事に自分の身をささげてい く覚悟がある人」といっても良いだろう.インタビュー 調査に応じていただいた C 氏も仕事に誇りをもって,

仕事に情熱を注いでいる方であった.

 また「経済的な余裕がある人」たちが多いというこ ともある.支援員として勤務している方の中には定年 退職した元小 ・ 中 ・ 高校教員や専業主婦といった人の 割合も高い.彼らは給与や労働条件よりも「仕事への やりがい」を感じ,自らの居場所として同法人に勤務 している.

 だがこの状況は果たして良いのだろうか.我々はこ の状況を「やりがいの搾取」(阿部 2006)につながり かねないと考えている.なぜなら事業形態と業務に対 する給与が見合っていないと考え,かつ支援員の仕事 に対する拠り所が「仕事に対する人道ややりがい」に 依拠していると考えられるからである.

 しかし,人道ややりがいというものを第一義に考え ることが可能な層は限られている.それは,日本の社 会福祉政策がいまだに,近代家族像の呪縛から逃れる ことができていないことからも明らかである.近代家 族は,男性=公共領域,女性=家内領域とのジェンダー 格差を生み出してきた.日本の社会福祉政策は,年金 の第3号被保険者に関する仕組みや,子育て支援政策,

介護保険制度に至るまで,近代家族像に合致した者に 対して「やさしい」政策を展開してきた(田中 2012:

67−72).本稿において取り上げている学習支援事業の 雇用や就業形態は,この近代家族像に合致した家族に は比較的合致した側面がある.それは,本事業が,十 分な給与保障や雇用形態を用意していないためである.

 仕事における給与や雇用形態が不安定であっても,

公共領域において働く男性に扶養されている女性は,

その仕事にやりがいや生きがいを感じることによって,

その就労形態や雇用条件を改善しようとするモチベー ションは上がらない(阿部2007).それは,社会福祉に 対する雇用環境を現状のまま維持することに繋がる.

 インタビュー調査では,勤務時間の問題等から,子 育て中の女性は当該の仕事に就くことが困難であるこ とが明らかになった.では,誰がこの事業を運営し,

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維持していくのか.当該事業に関心のある若者も,働 き盛りの中年男性も,子育て中の母親も,それらすべ ての人が無理なく関わることが可能な制度設計が必要 ではないか.それが,事業の対象となる子どもたちに とっても,より多様な人々との出会いに繋がり,子ど もの発達にも不可欠ではないか.しかし,現状では,

多様な人々が就く仕事として学習支援事業に関わる仕 事は機能しておらず,「やりがい」に焦点をあてざるを えない職種となっている.

 確かに求職基準の中には仕事に対するやりがいは必 要である.しかし自身の生活や家族形成等を考えると,

長期的に見て「給与」や「福利厚生」を優先すること も大切になってくる.働き方改革が推進されている時 代背景からしても,より労働環境を改善していく余地 はあると考えられる.ここから我々はさらに幅広い人 材が確保できるように,まずは給与面の見直しの必要 性があると考える.これは,本事業に限らず「社会福 祉」全般に言えることではないだろうか.政府は福祉 業界の人手不足解消のために「外国人労働者」の積極 的雇用や介護ロボット ・ AI 等の活用を検討している が,その前に「介護報酬」の引き上げ等労働環境の整 備が優先されるべきである.

 次に,事業委託の変化については,我々としては以 下のように考えた.文献調査やインタビュー調査から 見えてきたことは,生活困窮者自立支援法施行による 対象者世帯の拡大とそれに伴う弊害である.

 埼玉県では同法制定以前から学習支援事業を先行実 施しており,当時は生活保護世帯のみ対象であった.

また県の直営事業であったため財政的にも余裕があっ たと考えられる.だが同法制定後,その結果学習支援 事業が生活保護世帯以外にも拡充され世帯数が増加し た.さらに実施主体が市 ・ 県に移管し福祉事務所単位 になったため,財政面や方針に偏りが出た.

 対象世帯の増加により単純に業務量が増加した.支 援員の業務量は増加し,そのしわ寄せとして家庭訪問 や教室開催に関する業務にかけられる時間が短縮され てしまった.教室によっては,同法人が大切にしてい る「家庭訪問」を正社員である支援員に委ね,教室運 営をボランティアに委託することで支援員の業務量を 減らそうと試みているが,それでは教室運営の質の低 下を避けられない部分があるだろう.

⑵ 「評価基準」に関して

 同法人は,生活困窮者自立支援法の施行吾,事業委 託を受ける市町村によって施策の目標や方法が異なる ことになり,一貫した支援体制をとることが困難になっ た.その一例として事業委託先の一般入札への移行が ある.従来は県による特定事業委託であったのが福祉 事務所単位になったことで,一般企業との競合になっ た.競合相手は大手学習塾や家庭教師大手の名の知れ た有名企業(株式会社)である.各団体はプロポーザ ルを行うことになった.そのためプロポーザルで好印 象を与えるための数値による結果が重要視されるよう になった.

 また一般入札のため対費用効果が一層求められ,さ らに議会対策も迫られるようになった.あくまで一般 入札で大切なのは安く実施してくれることであり,議 会もそれを重視する.だが我々の見解は,学習支援事 業は入札方式との整合性が図られていないということ である.

 C 氏のインタビュー調査や著者の経験から,学習支 援事業は1年ほどでは即効力はない.なぜなら学力向 上は年数と時間がものをいうものであり,どんなに良 い教材や指導者を用意しても効果が目に見える形になっ てあらわれるまでには時間を要する.教科によっては 突然成績が伸びるものもあるが,評価するには年月を 必要とする場合が多いと考えられる.

 さらに「社会的居場所づくり」の効果も同様である.

これは要支援者(生徒)の内面の変化に起因するもの が多く,そのためには長い年月をかけて相互に関わり をもち,生徒が何らかの目に見えない,数字にできな い変化(人の輪に入れた,学校に行けるようになった 等)こそが結果となるからである.

⑶ おわりに

 「学習支援」は子どもたちの育成や教育,格差是正,

社会参画へのきっかけ等,あらゆる面において良い結 果を及ぼすことは明らかである.しかし,実際の学習 支援の現場では労働環境や実施形態等改善すべき点が 多々あり,それらを改善することがより良い事業の発 展や職員のモチベーション向上につながるはずである.

そのためには,「学力」という数値だけではわからない 多面的な評価基準を設け,「社会的居場所づくり」とし ての機能をふまえた事業展開が可能になるような政策 を実現していくべきである.それが日本の「子どもの

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