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著者 浪岡 新太郎

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フランスにおける共和主義的シティズンシップ :  イスラーム教育は市民教育と矛盾するのか

著者 浪岡 新太郎

雑誌名 明治学院大学国際学部付属研究所研究所年報 =

Annual report of the Institute for International Studies

号 13

ページ 47‑48

発行年 2010‑12

その他のタイトル The Limits of Republican Citizenship in France

URL http://hdl.handle.net/10723/970

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フランスにおける共和主義的シティズンシップ イスラーム教育は市民教育と矛盾するのか

浪 岡 新太郎

現在、フランスには約500万人のムスリム系(イスラーム国からの)移民出身者が居住してい る。その多くはすでに第2世代となり、フランス国籍を取得している者も少なくない。彼らは大 都市圏郊外に位置する低所得者向けの団地(cité)に居住しており、長期的な失業や学業不振、

さらにはアラブ=ムスリムとしての差別などに苦しむ傾向がある。また、彼らの中には、暴動や イスラーム過激派の運動に参加する者もいる。

こうした状況を背景に、特に 80 年代初頭から、彼らに他のフランス市民と同じような社会的 経済的平等を保障する重要性が論じられ、実際にさまざまな施策が行われている。しかし、80 代後半からのイスラーム団体の増加を背景に、彼らはそもそも、そのムスリムアイデンティティ

(イスラームへの帰属意識)ゆえにフランスのシティズンシップが前提とする男女平等や政教分 離などの共通価値を受け入れることができないので、そもそも市民になるべきではなかった(国 籍を取得するべきではなかった)という、彼らの排除や差別ではなく彼らのアイデンティティの 在り方に注目した議論が盛んになる。

「共和国モデル」としばしば呼ばれるフランスのシティズンシップ概念は、ムスリム系移民の アイデンティティと市民アイデンティティとの対立が疑われる 80 年代後半から再定義された。

このモデルは市民の生活空間を公的領域と私的領域とに区別する。公的領域とは具体的な個人が、

地域言語や宗教などのエスニックな属性から切り離され、市民として法の下で<平等>に扱われ、

人権などの<エスニックブラインドな共通価値>にしたがう領域である。したがって個人の様々 な属性は私的領域においてのみ表明されることになる。エスニックな属性からの公的領域の解放 を象徴するのが、国籍法における出生地主義の承認であり、政教分離原則である。個人はその属 性にかかわりなく、公教育を通じて公私区分を内面化しさえすればシティズンシップを獲得しう るという意味で、このモデルは社会化を重視したシティズンシップモデルであるといえる。

だからこそ、中学校の女生徒がイスラームのスカーフ(ヒジャブ)を着用して登校したという それ自体としては小さな出来事が、中学校教師によって、シティズンシップの中核をなす公立学 校の政教分離原則の侵害として理解され、「イスラームのスカーフ事件」として大きく問題化し たのである。この事件を通じて、その多くがフランスで社会化されたムスリム系移民第2世代が、

必ずしもフランスの共通価値を受け入れているとは限らないこと、そして特に男性優位や政教一 致などを価値とすると考えられるムスリムアイデンティティをもつ場合にはその受け入れが困難 であることが論じられた。こうした状況の中、政府はこの第2世代を念頭に<市民の平等性>、

<エスニックブラインドな共通性>を強調した市民教育を強化している。

2004 3 月には、公立学校におけるヒジャブの着用を禁じる「スカーフ禁止法」が成立し、

学校教育における政教分離原則の扱いが明確化されている。さらに20094月、高等統合審議

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会は『共和国の価値を知らしめる』という報告書を刊行し、市民教育の中で国旗など共和国の象 徴への敬意を教え込むことの重要性を主張している。報告書は、市民教育を強化するためには公 教育のみならず NPO の活動が重要であると主張する。一方で、この市民教育の観点から、市民 教育活動を行っていると主張する郊外のイスラーム団体は、政教分離原則違反を理由に、NPO としての補助金の対象にならないなど非正当化されている。

本発表は、以下のことを明らかにした。第一に、国旗などのフランスの象徴、共通価値とされ るものはマジョリティの属性と結びついており、市民教育の名の下でのその教化は実質的に同化 を意味する。これはマイノリティをさらに周縁化することになり、彼らをより差別することにな る。第二に、市民教育における<市民の平等性>、<エスニックブラインドな共通性>の強調は、

彼らの差別の経験と反する。こうした強調によって、彼らは実際の排除や差別の経験を公的に表 明することが困難になっている。第三に、実質的不平等の中、<市民の平等>、<エスニックブ ラインドな共通性>といった理念の実質化を求める運動としてイスラーム団体の市民教育を考え ることができる。第四に、第2世代で問題となっているのは、共和国モデルの理念の教化・社会 化の不十分さではなくて、理念を形骸化させるような排除や差別経験の深刻さであるがゆえに、

市民教育の強化によってこの問題を解決することはできない。

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