愛知県立大学情報科学部 令和元年度 卒業論文要旨
年齢による音響情報の違いを考慮した鳴き声による牛の個体識別
情報科学科 近藤 恵 指導教員:入部 百合絵
1 はじめに
近年,畜産の大規模化により多頭飼育が行われており,
少人数の管理者でも個体情報を取得できるモニタリング 技術が求められてきている.本研究では,牛を捕獲しなく ても得られ,かつ比較的収集が簡単な牛の鳴き声を用いた 個体識別を行う.先行研究では,鳴き声に含まれる線形予 測係数や基本周波数などの音響情報を利用して個体識別 をしている[1]が,成牛2頭に対する分析に止まっており,
頭数が少ないだけではなく,年齢による鳴き声の違いを 考慮していない.そこで本研究では,成牛4頭と育成牛6 頭を対象に,年齢による鳴き声の音響情報の違いを明ら かにした上で,それらを用いた個体識別を行う.
2 収集データの分析 2.1 データの収録
本研究では愛知県農業総合試験場の雌のホルスタイン 種の成牛4頭と育成牛6頭を対象とした.給餌の時間を遅 らせることにより鳴き声を誘発し,録音するとともに牛が 鳴く様子を撮影した.撮影した動画を見ながら,牛ごとに 鳴き声の分類を行い,鳴き声に重畳されていた雑音を除去 した.本研究では成牛4頭の計251発声,育成牛6頭の計 446発声の鳴き声データを使用した.
2.2 抽出する音響的特徴量
抽出する音響的特徴量は人間の話者識別に用いられ る特徴量を参考に選択した.声帯から発生する情報である 音源情報に関わる特徴としてF0(基本周波数),パワー,お よび線形予測残差波形の MFCC(Mel-Frequency Cepstrum Coefficients)を抽出した.加えて,声道の長さや発声時の 口の開け方などの鳴き方にも年齢による違いが現れると 仮定し,音声波形のMFCCとΔMFCCも抽出した.また,
上記の特徴量は口の開け方や声道の状態に関連の強い情 報であるため,同年代の牛であっても,個体性を識別する 上で有効であると考えられる.
2.3 分析結果・考察
成牛と育成牛の鳴き声に含まれる音響的特徴量に年齢 による違いが現れるかを調査するためにWelchのt検定を 行った.紙面の都合上,有意差が生じた一部の特徴量のみ を表1に示す.F0の平均に有意差が生じたことから,牛 も人間と同様に年齢により基本周波数が異なることが明 らかとなった.残差波形の MFCCに有意差が認められた のは,成長に伴い声帯に変化が見られたためであると考え た.また,MFCCにも有意差が生じた.MFCCはスペクト ル包絡の概形を表す特徴量であり,スペクトル包絡のピー クの値をフォルマント周波数と呼んでいる.人間は声道の 伸長に伴いフォルマント周波数が変化すると報告されて いる[2]が,牛も同様に成長に伴い声道に変化が生じたた めフォルマント周波数が変化し,その結果MFCCに有意 差が生じたと考えられる.
3 年齢による音響情報の違いを考慮した個体識別 3.1 識別手法
有意差の生じた特徴量を用いて成牛と育成牛の合計 10
頭の個体識別を実施した.比較のために成牛のみ,育成牛 のみで識別した結果も記載する.識別に用いたデータは,
成牛251発声,育成牛446発声であり,学習データとテス トデータの割合を7:3とした.複数の識別器を試行したが,
最も精度の高い SVM(Support Vector Machine)の多項式カ ーネルを本実験では採用した.成牛,育成牛の識別には多 重比較検定(Tukey-Kramer 法)により有意差の認められた 91次元,195次元の特徴量を,成牛と育成牛の鳴き声を混 合した場合の識別には,Welchのt検定により有意差の認 められた215次元の特徴量を使用した.
3.2 識別結果
識別結果を表2に示す.結果より,成牛のみ,育成牛の みを各々識別した場合は非常に高い結果を得ることがで きた.この結果より,検定により有意差が認められた特徴 量は,成牛,育成牛のどちらに対しても有効であることが 確認できた.また,成牛と育成牛の鳴き声を混合した場合
でも90%を超える高い結果であった.紙面の都合上,識別
結果のConfusion Matrixは割愛するが,育成牛を成牛に,
成牛を育成牛に誤識別されることは無かった.このことか ら,成牛と育成牛の二値判別は十分に可能であるため,第 一段階で年代を識別し,第二段階でその年代群の中で個体 識別を行う二段階識別がより有効であると考えられる.今 後はGMM(Gaussian Mixture Model)を用いた二段階識別を 検証していく予定である.
4 おわりに
本研究では成牛と育成牛の鳴き声から抽出した音響的 特徴量を用いて個体識別を行った.年齢の異なる牛の鳴き 声を対象とした場合でも精度の高い結果が得られ,本研究 で使用した音響情報は同年代だけでなく異なる年齢間の 牛の個体識別にも有効であることが明らかになった.
参考文献
[1]池田他:コンピュータによる牛音声の理解,農業機械 学会誌63(1),p4-9(2001)
[2]粕谷他:年令,性別による日本語 5 母音のピッチ周波
数とホルマント周波数の変化,日本音響学会誌,24(6),
p355-364(1968)
表2 個体識別の結果
成牛4頭 育成牛6頭 育成牛,成牛 10頭 正解率(%) 97.33 94.78 90.43
表1 成牛と育成牛の間で有意差の認められた特徴量
音響的特徴量
平均値
P値 成牛 育成牛
F0(平均) 175.6 134.4 5.590E-12**
残差波形の MFCC2次(平均)
-2.332 -0.2025 4.186E-54**
MFCC2次(平均) -7.433 -1.126 1.277E+54**
**p<0.01