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はじめに 高齢の母と娘のコミュニケーション( ) 2

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(1)

高齢の母と娘のコミュニケーション(2)

―「感謝表現」に見られる関係の非対称性―

田中 典子

要旨

筆者は田中(2013)において、Tanaka(2001)で提案した会話のやりとりに見られる 役割のカテゴリーを枠組みとし、自らが高齢の母の近くに転居した20119 6日から同30日までの電話での会話をデータに用いて、役割の変化の中で両者 が葛藤しつつどのように新しい関係性を構築しようとしているかを考察した。

 本稿では、それに続く2011101日から、同年1231日までの同参与者 による電話での会話を考察する。Searle (1979)[1975]の発話行為論を基に、デー タに表れる「感謝表現」に焦点を当て、そこからどのような関係性が見られるか を分析する。

Communication between an Elderly Mother and her Daughter (2):

Asymmetrical Relationship in a Speech Act, ‘Thanking’

TANAKA Noriko Abstract

In Tanaka (2001), I proposed some categories of roles to examine interaction in conversation. Employing the categorization, Tanaka (2013) examined the telephone conversations between an elderly mother and her daughter from 6 September 2011, when the daughter moved close to her mother, to the end of the month. It was considered how they try to manage the conflict and to create their new relationship.

This paper focuses on the conversations between the same participants, from 1 October to 31 December 2011. Based on Speech Acts Theory by Searle (1979)[1975], I focus on ‘thanking’ and analyze what kind of relationship is revealed by the speech act in their interaction.

はじめに

 筆者は、田中(2013)において、高齢になった母と娘との関係性の変化に焦点をあて、

インターアクションの中に見られる「役割」を、自らが提案した枠組み(Tanaka 2001)に 基づいて考察した。ここでの主な分析対象データは、娘が母を手助けをするため近くに転 居した201196日から同30日までの電話での会話であった。考察の結果、かつては 対等な相互協力者であった役割が、母の老いによって、「介護者」「被介護者」という非対 称的なものに変化せざるを得ず、母の「自立への欲求」と「依存せざるを得ないという現

(2)

実」の中で、両者が葛藤する様子が伺えた。

 本論では、田中(2013)で扱ったデータに続く3ヵ月間、2011101日から1231 日までの電話による会話をデータとし、そこに表れる「感謝表現」に焦点をあて、「感謝する」

(thanking) という発話行為からどのような関係性が見えるかを考察していきたい。

1.分析の枠組み―発話行為論―

 「語用論」(Pragmatics)の祖とも言われるAustinは、発話は「行為」であると捉え(Austin 1962)、それを受けてSearleは、その考え方を批判的に発展させ、「発語内行為」(illocutionary act) を「断定型」1 (assertives)、「行為指示型」(directives)、「行為拘束型」(commisives)、「表出型」

(expressives)、「宣言」(declarations)に再分類した(Searle 1979 [1975])。

 さらにLeech (1983)は、Searleによるそれぞれの発語内行為の型とポライトネスとの関

連を考察し、「表出型」について以下のように述べている。

EXPRESSIVE have the function of expressing, or making known, the speaker’s psychological attitude towards a state of affairs which the illocution presupposes; eg thanking, congratulating, pardoning, blaming, praising, condoling, etc. Like the commissives, they tend to be convivial, and therefore intrinsically polite. The reverse is true, however, of such expressives as ‘blaming’

and ‘accusing’.

 [「表出型」は、例えば、感謝する、祝う、詫びる、責める、賞賛する、慰める、な どであり、その発語内行為が前提としている事柄に対する話し手の心的態度を表現し たり、知らせたりする機能を持っている。「行為拘束型」と同様、それらは友好的な 傾向があるため本質的にポライトである。しかし、「非難する」「責める」というよう な表出型の場合には、逆のことが言える。]

(Leech 1983: 106 和訳は筆者による)

 確かに、Leechが言うように、例えば「感謝」の言葉を述べることは、相手に対する友 好的でポライト な行為であると考えられる。しかし、現実の会話の中では、単に友好的な 行為だというだけではないことにも注意すべきであろう。感謝を表現する側とされる側で、

「恩義を受けた者」と「それを施した者」というある種の力関係が確認されるという面が あることを考慮すべき状況もある。

 その意味で、認知症を持つ人への「生活支援」を提唱する宮崎(2011)の以下の言葉は

1 これらの型に関する用語の日本語訳は、ジェフリー・N. リーチ(1987)『語用論』池上嘉彦・河 上誓作訳、紀伊國屋書店(pp.151-152)を採用した。

(3)

示唆に富むものだ。

これまでの「介護」はやって差し上げる”“してあげることが中心だったと思います。

生活支援の基本は、当事者が人にやってもらうことに慣れて受け身になるのではなく、

自分の状態と向き合って「自分の力で生きよう」という気持ちになれるように支援す ること、またできる力を大事にしてその生き方をさまざまな方法で支援することです。

ですからこれまでの介護のように「やって差し上げて『ありがとう』と言われること を喜びにする」のとは違ってきます。(宮崎 2011:159)

このような観点を踏まえ、本論では、表出型の発語内行為の内、「感謝する」という行為 に焦点を当て、その表現とコンテキストを考察する。この行為は、ここで扱うデータの参 与者の関係性や力関係、とりわけ「介護者」と「被介護者」という非対称性を際立たせる のではないかと推測されるからである。

2.データ

 データ収集のより詳しい経緯は田中(2013)で述べたので、ここでは簡潔に説明してお きたい。筆者は、母が20135月にグループホームに入所するまで、約10年間、ほぼ毎 日、電話で母と会話しており、その会話を母の許可 2を得て録音し談話分析のデータとし て研究に用いてきた。田中(2013)では、201196日から同月30日の間に録音した 電話による会話を用いた。

 本論では、これに続く2011101日から1231日までの3か月間に録音された電 話での会話をデータに用いる。表1に詳細を示す。

2 20036月に口頭で許可を得て録音を開始し、その後、20088月に、確認のため、本人の署名・

捺印の形で書面による許可を取った。

収録日 2011101日~1231

自宅の固定電話からの会話のみ録音し、かつ、個人名などが話題に出てその 内容が倫理的に問題を持ちうると判断したものは削除したため、分析対象と した収録日は以下の通りである。同日に複数回、会話したものも含む。

101、2、3、4、5、6、7、8、9、10、12、13、14、15、17、18、19、20、

21、22、23、24、25、26、27、28、31

111、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、14、15、16、17、18、21、

22、23、24、25、26、28、29、30

121、2、3、4、6、7、8、9、10、11、13、14、15、16、17、18、19、20、

21、22、23、24、26、28、30、31

媒体 電話

参与者 母(M 8081歳(誕生日を挟む)

娘(D 57

表 1.データ

(4)

3.枠組みの適用

 まず、上記データ内における「感謝表現」のそれぞれの回数と分布の概要をつかむため、

コンピューター・ソフトIBM SPSS Text Analytics for Surveysを利用した。このソフトは本来、

自由回答形式のアンケート結果を分析するために開発されたものであるが、それを「感謝」

の発話行為の抽出 3に応用した。

 さらに、実際の発話データに当たることにより、それぞれの「感謝表現」がどのような コンテキストの中で用いられているか、またそこから参与者間のどのような関係性が伺え るかを考察する。

3.1 感謝表現

 感謝表現として抽出したのは、「ありがとうございました」「ありがとうございます」「感 謝してます」「ありがとう(ね)」「ありがたい(わ)」である。データ上に見られた「ご親 切に」(7159 M) 4「親孝行だ」(2870 M, 7369 M)「なんて親孝行なんだろう」(2964 M)など も感謝の表現だと考えられるが、ここではLevinson (1983)の「基本的行為遂行文」(primary performatives)、Austin (1962)の「明示的行為遂行文」(explicit performatives) 5に近く、日本 語の中で定型性が高いと考えられるものを採用した。以下にその全体の回数と内訳を示す。

3.1.1 回数と分布

 上にあげた感謝表現全体の各参与者の使用回数は、以下の通りである。MDの約3.7 倍の感謝表現を使用しており、この結果は、Dが「介護者」としてMに何らかの助力を 提供し、Mがそれを受ける側であるという両者の役割の反映ではないかと推測される。

しかし、この数からそのように結論づけるのは早計であり、やりとりの実態については後 に実際のテキストに当たって検討する。

表1.感謝表現全体 6

3 Tanaka (2012)では、このソフトを用いて「あいづち」の抽出を試みた。

4 数字は、201191日の談話から文字化上に付した通し番号、Mは参与者を指す。

5 これらといわゆる「暗示的行為遂行文」(implicit performatives)との境界は必ずしも明確ではなく、

ここでの抽出も厳密な基準に基づくものではない。

6 Text Analytics for Surveysによって抽出されたものを実際の発話に当たって検討し、相手への感謝

表現ではないもの(例.2011311日の震災後も無事に生活できていることに対する「あり がたい」(10531 M))は除いた。

107 29

(5)

 さらに、その内訳と発話者の分布は以下のとおりである。(  )で示したように「どうも」

が付くものや、「ほんとうに」などによって強調される場合もあった。また、「ね」や「わ」

といった終助詞が付くものも見られた。「ありがと」と語尾が短く聞こえるものが3件(3014 M, 3152 M, 9581 M)あったが、区別が難しいためこれらは「ありがとう」に含めた。

表2.感謝表現内訳 グラフ1.感謝表現全体

(どうも)ありがとうございました 3 0

ありがとうございます 2 2

感謝してます 3 0

(どうも)ありがとう(ね) 98 27

ありがたい(わ) 1 0

107 29

グラフ2.感謝表現内訳

0 20 40 60 80 100 120

M D

0 20 40 60 80 100 120 140

(どうも)ありがとうございました ありがとうございます 感謝してます (どうも)ありがとう(ね) ありがたい(わ)

(6)

3.1.2 発話内容

 上では対象とした感謝表現の使用結果を数の上から見てみたが、それがどのような意味 で用いられたかは、実際のテキストに当たり、そのコンテキストも含めて検討しなければ 分からない。そこで、ここではいくつかの使用例を見ることにより、それぞれの感謝表現 の意味内容について考察する。

3.1.2.1 「デス/マス体」の感謝表現

 MDの会話は、そのほとんどの部分が「非デス/マス体」で行われているが、時に「デ ス/マス体」が用いられることがあり、そのシフトには何らかの理由が考えられる(Tanaka 2006 参照)。ここでは、上記の感謝表現の内、「デス/マス体」で発話された「(どうも)

ありがとうございました」「ありがとうございます」「感謝してます」に焦点を当て、これ らがどのようなコンテキストで用いられたかを調べ、そのコミュニケーションにおける意 味を考えたい。

3.1.2.1.1 「(どうも)ありがとうございました」

 「(どうも)ありがとうございました」は、Mによって3回(5260, 8099, 9899)用いられ ており、どれも以下のように前日の出来事に言及して感謝を表している。電話の初めの「お はようございます」と同様、挨拶表現としてやや定型化して「デス/マス体」が用いられ ていると考えられる。

8097 M [ございます]

8098 D [あ、おはようございます]

8099 M 昨日はどうも[ありがとうございました]

8100 D [うんこちらこそ]、ねえおいしかったわね[久しぶりで]

8101 M [うん]

(20111128日)

3.2.2.1.2 「ありがとうございます」

 「ありがとうございます」は、M2回(5481, 10545)、D2回(3377, 10989)用いている。

以下の例では、「風邪ひかないように」(5478 D) とMを気遣うDに対し、「うん、どうも ありがとう」(5479 M)と「非デス/マス体」で礼を述べた後、さらに「いつも」の気遣い 全体に対し「デス/マス体」を用いてややフォーマルに感謝を表している。

 それに対し、Dは「階段から落ちないように」(5484 D)とさらに心配している。これは Mがかつて階段から落ちたことがあるのを背景にした気遣いであるが(Tanaka 2009: 134 参照)、Mはその出来事には言及せず「うん、あんたも今日干しに来たら?」(5485 M)

(7)

と応じている。この時、DMの家のすぐ近くのマンションに住んでいたが、ベランダ では洗濯物が乾きにくいため、時々Mの家の物干しを借りに行っていた。同時に、そこ には認知症の出始めたMの様子を見に行くという目的も隠されていた。また、介助され るだけではなく、何らかの形で自分もDの助けになりたいというMの望みに沿い、「介 護者」「被介護者」という助力関係を反転させたいという意図もあった。しかし、それが 常に達成できるというわけではなかった。ここでもMの「物干しを貸す」という援助の 申し出に対し、Dは「今日はもうでかけるから」(5486 D)と断っている。

5478 D まあ風邪ひかないように気をつけて 5479 M うん、どうもありがとう

5480 D うん、うん

5481 M いつもいろいろと[ありがとうございます]

5482 D [(笑)]いいえ、布団干すときも気をつけてね 5483 M うん

5484 D 階段から落ちないように

5485 M うん、あんたも今日干しに来たら?

5486 D あ今日はこれからもう[出かけるから]

5487 M [ああ]そうじゃだめだね

(20111026日)

 次の例でも、Mは「うちへ来ることがあったら遠慮なく」(3376 M)と申し出ているが、

Dは「あ、ありがとうございます(笑)」(3377 D)と「笑い」を伴った「デス/マス体」

を用いてやや冗談めかした返答をしている。ここには、DMの近くに転居した9月に、

干渉を嫌うMと言い争った背景がある(田中 2013: 100参照)。しかし、Mがその争いを 頭において話をしているかは定かではない。「鍵は持ってるんでしょ?」(3378 M)と、D Mの家の合鍵を持っていることを確認していることから分かるように、Mはここでは Dの来訪を心から望んでいるようである。

3375 D じゃあほんとに気をつけて

3376 M なんか用が、あのうちへ来ることがあったら遠慮なく 3377 D あ、ありがとうございます(笑)

3378 M 鍵は持ってるんでしょ?

3379 D 持ってる持ってる 3380 M ああ、それはよかった 3381 D うん、だから大丈夫よ

(2011103日)

(8)

3.1.2.1.3 「感謝してます」

 「感謝してます」は、Mによって3回(5296, 7401, 10195)用いられている。以下の例 では、Dのマンションで夕飯を食べることについて、Mが感謝を表している(10195 M)。

それに対し、Dは「お互い楽しいからいいんじゃない?」(10198 D, 10200 D)と自分にとっ ても楽しいのだということを明示し、関係の非対称性を緩和しようとしている。しかし、

Mは「でもいつも□子 7んちでさあ悪いと思って」(10201 M, 10203 M)と、自分は常に「恩 恵を受ける側」であると感じている。この頃、Mは認知症のため料理をするのが難しくなっ てきており、Dを自宅に招いた際、作りかけた料理を捨ててしまったことがあった。D 料理を作ってやりたいが、現実にはいつも作ってもらう側だというやりきれなさもあった ことだろう。

10195 M (笑)ほんとに感謝してます 10196 D うんあのーほんとにねえ 10197 M うん

10198 D なんかときどき会ってこうやってやっていくのはお互い楽しいから 10199 M うん

10200 D [いいんじゃない?]

10201 M [でもいつも]□子んちでさあ 10202 D いいえ

10203 M 悪いと思って

10204 D  うんそんなことないですようん、あのーまたそのうちおかあさんとこにも 行かせてもらうかもしれないし

(20111224日)

3.1.2.2 「非デス/マス体」の感謝表現

 上述したように、MDの会話はそのほとんどが「非デス/マス体」で行われており、

それが両者にとって無標であると考えられる。感謝表現についても、「非デス/マス体」

によるものがほとんどである。

3.1.2.2.1 「(どうも)ありがとう(ね)」

 「非デス/マス体」の感謝表現の大部分を占める「(どうも)ありがとう(ね)」については、

さらに詳細に内訳を見てみたい。まず、「どうもありがとう」と「ありがとう()」に分 け、データ上に現れたそれぞれへの付随表現として、「ほんと」「いつも」「ほんとに」「い

7 Dの名前。

(9)

つもいつも」を抽出し、それらの付いたものを別に数えた。

 表3、グラフ3がその結果である。全体としても、MDの約3.6倍を使用しているが、

さらに、Mは「どうもありがとう」、Dは「ありがとう」を使う傾向が見られ、Mの方が より丁寧度の高い表現を用いていることが分かる。これは、世代差や個人差によるものか もしれないが、Mの「被介護者」という役割がそうさせている可能性も否定できない。

 これらの内容については、以下に実際のテキストに当たって検討したい。

表 3.「どうもありがとう」「ありがとう(ね)」と付随表現

グラフ 3.「どうもありがとう」「ありがとう(ね)」と付随表現

M D

ほんと+どうもありがとう 0 1

どうもありがとう+いつも 4 0

どうもありがとう 65 4

ほんとに+ありがとう(ね) 1 1

いつもいつも+ありがとう 1 0

ありがとう(ね) 27 21

98 27

3.1.2.2.1.1 「ほんと(に)」+「どうもありがとう」「ありがとう(ね)」

 強調としての「ほんと」「ほんとに」は、前者がDによって1回「ほんと+どうもあり

がとう」 (6918 D)、後者がそれぞれ1回ずつ「ほんとに+ありがとう」(6259 M)、「ほんと

に+ありがとうね」(7503 D)用いられている。

0 10 20 30 40 50 60 70 80

ほんとどうもありがとう どうもありがとういつも どうもありがとう ほんとにありがとう(ね) いつもいつもありがとう ありがとう(ね)

D M

(10)

 以下は、風邪をひいたと話すDに対し、Mが「なんか買ってく?」(6895 M)と手助け を申し出ている場面である。Dは「いや全然いい」(6896 D)「いろいろあるから」(6900 D) と辞退しているが、Mの気遣いに対して「ほんとどうもありがとう」(6918 D)と礼を述 べている。これに対し、Mは「いいえ」(6919 M)と応じているが、手助けの申し出が辞 退されたことには変わりはなく、「何らかの力になりたい」という気持ちは満たされなかっ たかもしれない。

6891 M じゃあ今日はゆっくりして 6892 D うんそうなの

6893 M うん

6894 D な寝てようかなと思って 6895 M なんか買ってく?

6896 D いや全然いい 6897 M あそう?

6898 D うんうん 6899 M [うん]

6900 D [あの]いろいろあるから

( 中略 ) 6918 D うーん、じゃあほんとどうもありがとう 6919 M いいえ

(20111114日)

 次の例は、Dの職場の学園祭に一緒に行った翌日の会話である。Dはこの2か月前に Mのすぐ近くに転居しており、家まで送っていくのは簡単なことだったが、Mは「うち まで送ってくれてほんとにありがとう」(6259 M)と丁寧に礼を述べている。もしかしたら、

認知症のためDの転居前の記憶との混同があったのかもしれない。

6255 M [はいおはようございます]

6256 D [あ、おはようございます]、なんか昨日はくたびれなかった?

6257 M ううん楽しかった 6258 D ああ、じゃあ[よか]

6259 M [うちまで]送ってくれてほんとにありがとう

(2011116日)

(11)

3.1.2.2.1.2 「どうもありがとう」+「いつも」/「いつもいつも」+「ありがとう」

 「どうもありがとう」「ありがとう」という定型表現を強調する場合、Mは「どうもあ りがとう+いつも」(3152 M, 5166 M, 9857 M, 10868 M)「いつもいつも+ありがとう」(6851 M) と後や前に「いつも」を付けるケースが見られた。

 以下の例は、Mの誕生日の翌日の会話である。Dが誕生日プレゼントにあげたニット のベストに言及し、Mが「どうもありがとういつも」(5166 M)と礼を述べている。その「い つも」を捉え、Dは「うん、いつも考えてるからね」(5167 D)と返し、さらに「くれた飴 もちゃんと、あのーななめてるから」(5173 D)Mの心遣いに言及し、「恩恵を与える側」

「受ける側」の相互性を保つよう配慮している。

5150 M セーターみたいの 5151 D うんうん

5152 M 早速今日 5153 D あ着てる?

5154 M うん

(中略)

5166 M どうもありがとういつも

5167 D うん、いつも考えてるからね(笑)

5168 M そう?(笑)

5169 D [そいじゃー]

5170 M [私も□子のことは]

5171 D [考えてんの?]

5172 M [ 考えてんのよ ]

5173 D うん、あのーくれた飴もちゃんと、あのーななめてるから 5174 M あそう?

5175 D うんうん

5176 M あれちいちゃいときよくあんたなめたのよね 5177 D そうだね

5178 M うん

5179 D うん、懐かしい感じがする 5180 M  (笑)

(20111022日)

 しかし、以下の2例では相互性は保たれていない。初めの例では、「火事」を心配する Dに対し、Mが礼を述べている。この頃、Mはガスコンロの火を消し忘れることがあり、

(12)

自動消火装置のために事無きを得ていたが、火災はDが最も恐れていたことのひとつで あった。

9848 D はーいじゃあね、なんか火事の事件なんかも結構あるから 9849 M うん

9850 D 空気乾燥してるらしいから 9851 M そうねえ

9852 D うん

9853 M ずーっと雨降らないしね 9854 D そうだよね

9855 M うん 9856 D 気をつけて

9857 M はいどうもありがとういつも

(20111217日)

 次の例では、Dが「風邪ひかないように」(6850 D)と心配し、Mが「いつもいつもあ りがとう」(6851 M)と応じている。Dは近隣から「お母さんが薄着で歩いていた」と指摘 されることもあり、この頃、「いつもいつも」注意ばかりしていたかもしれない。

6846 D ああ、でもなんかあのー気温の差が激しいから気をつけないとね 6847 M はいありがとう

6848 D (笑)

6849 M (笑)

6850 D じゃあほんとに風邪ひかないように 6851 M いつもいつもありがとう

(20111112日)

3.1.2.2.1.3 「どうもありがとう」/「ありがとう」

 「いつも」や「ほんと」が付加されない「どうもありがとう」は、M65回、D4 回用いており、圧倒的にMが多い。これに対し、「ありがとう(ね)」は、M27回、D 21回であるが、終助詞「ね」が付いた形はDによってのみ用いられており(3.1.2.2.1.4 参照)、「ありがとう」の形ではD18回である。

 以下は、Mの誕生日の朝の会話である。ちょっと改まって「おめでとうございます」(4833 D)というDに対し、Mは「ああどうもありがとう」(4833 M)と笑いながら礼を述べている。

その後、夕食への誘いに対し、Mは同様に「ああどうもありがとう」(4873 M)と応じている。

(13)

 さらにMは、「銀杏の実を少し拾ってきたから持ってこうか」(4959 M)と申し出てい るが、この背景には、Mは以前から、近くの公園で朝6時半から行われるラジオ体操に 参加しており、秋になるとそこに落ちている銀杏の実を拾ってきて料理に使うという習慣 があった。Dの「でも私やりかたわかんないなあ」(4962 D)とは、銀杏の炒り方が分から ないということであるが、Mは「あフライパンでさあ」(4963 M)、「パンパンってやって」(4965 M)と教えている。「やってみれば」(4969 M)と勧めるMに対し、Dは「あそうだね」(4970 D)と言いながらも「そんないっぱい要らないよ」(4972 D)と少し尻込みする。それに対し、

Mは「すこーし」(4975 M)と譲歩し、Dは「うん、じゃあ少しいただきます」(4979 D) 受け入れ、「ありがとう」(4979 D)と応じている。

 ここでは、Mの「なにか役に立ちたい」という気持ちは「すこーし」という形で受け 入れられている。

4830 D [ あ、おはようございます ] 4831 M [ おはようございます ]

4832 D うん、なんかあのー、おめでとうございます 4833 M ああどうもありがとう(笑)

4834 D (笑)81 歳になりましたね

( 中略 ) 4872 D 今日はあのー、うちに夕飯に来てくださいね 4873 M ああどうもありがとう

( 中略 ) 4959 M 銀杏の実を少し拾ってきたから持ってこうか 4960 D あそう?

4961 M うん

4962 D でも私やり方わかんないなあ 4963 M あフライパンでさあ

4964 D ああ [ パンパンやるの? ] 4965 M [ パンパンって ] やって 4966 D ああそうなの?

4967 M うん 4968 D うん

4969 M やってみれば 4970 D あそうだね 4971 M うん

4972 D うん、じゃあ少しいただ、そんないっぱい要らないよ

(14)

4973 M うん 4974 D うん 4975 M すこーし

4976 D うん、じゃあ少し [ いただきます ] 4977 M [ うん ]

4978 D ありがとう

(20111021日)

3.1.2.2.1.4 「ありがとう」+「ね」

 終助詞「ね」は、コミュニケーションにおいて重要な役割を担い、会話の参与者の関係 性によっても使い分けられていると考えられる(Tanaka 2011参照)ので、この使用に着 目したい。「ありがとう」に「ね」が付けられたのは3(3515 D, 6930 D, 7503 D)であり、

すべてDによる使用であった。

 以下の例で話題になっているのは、MDに送った葉書である。そこにはMが以前よ く手芸に用いていた型染めで魚の模様が描かれ、「□子ありて 我が人生 常に嬉しく  感謝 感謝」(20111119日付)と書かれてあった。仕事を続けているDには、M 介護について「なんにもしてあげてない」(7479 D)という負い目があり、それだけに「感 激し」(7455 D)、「ほんとにうれしかった」(7497 D)、「うーんありがとう」(7499 D)、「ほ んとにありがとうね」(7503 D)と喜びを表現している。最後の「ね」によって、単に自分 の気持ちを表出するだけでなく、相手の気持ちへの働きかけが感じられる 8

8 文学作品にもこのような機能が利用されている。森沢(2013)の小説には、想いを打ち明けずに 別れる初老の男女の会話に次のような下りがある。

  「『ねえ、タニさん』「ん?」『……ありがとね』あの、四文字に、『ね』がついていた。」(p.256)

9 その後、その葉書を額に入れ、Mと夕食を食べる部屋に飾っておいた。上、写真参照。

 その葉書を額に入れて飾りたいというD (7501 D) 9に対し、Mは「やだよー」(7502 M) と恥ずかしがりながらも嬉しそうに笑って いる。しかし、「余計なことした」(7454 M, 7500 M)と繰り返していることからは、な んとかDを喜ばせたいと思いながら、その 適当な手段を見いだせないもどかしさも感じ られる。

(15)

7449 D あ、おはようございます 7450 M あ、おはようございます

7451 D あ、昨日おかあさんからのはがきが着いたよ 7452 M ああ(笑)なんか

7453 D [ うん、なんか ]

7454 M [ 余計なことしたなと思って ] 7455 D 感激しちゃった私

(中略)

7479 D なんかなんにもしてあげてないのに 7480 M そんなー

7481 D そんなこと言った言ってくれるなんてさあ、[ もうなんか ]

(中略)

7497 D うーん、ほんとにうれしかった 7498 M そう?

7499 D うーんありがとう(笑)

7500 M とんでもない(笑)余計なことしちゃったかなあと思って

7501 D いいえとんでもない、なんか額かなんかこれに合うやつ探してこようかなあ と思って

7502 M やだよー(笑)

7503 D (笑)ほんとにありがとうね

(20111122日)

3.1.2.2.2 「ありがたい(わ)」

 「ありがたい」は、「わ」が付いた形でMによって1回(10102 M)用いられている。こ こでもMは、Dの夕飯への誘いを「ありがたい」としながらも、「あたしからなんにもさ あ誘わないで悪い」(10106 M)と述べ、自らの非力を申し訳なく感じているようである。

10099 D 今日また夕飯さあ 10100 M うん

10101 D いらっしゃいませんか?

10102 M ああありがたいわー 10103 D そう?

10104 M そう?

10105 D じゃあ

10106 M あたしからなんにもさあ誘わないで悪いと思って

(20111223日)

(16)

おわりに

 これまで2011101日から1231日までの3ヵ月間のデータに見られた「感謝表 現」に焦点をあて、その内容を考察してきた。その結果、この期間に関する限り、M 感謝を表す側に立つことが圧倒的に多いということが分かった。しかし、テキストを検討 すると、MDに対し「何らかの力になりたい」と望み、手助けを申し出ることが多く、

その申し出は常に受けいれられているわけではないことも明らかになった。

 支援を受け感謝を表すことが多い高齢者にとって、感謝のことばを受けるのは嬉しいこ とであるに違いない。認知症の人を支えるヘルパーの対応について、石田(2009)は以下 のような例をあげている。

(・・・)時間がかかることについてヘルパーが疲れたのではないかととても気にさ れ、何回も言われる。その時の対応について、あるヘルパーは「そんなことないです よ、大丈夫ですよ」という声かけをしていた。

 サービス提供責任者はそれを聞いて、その声かけが本当に安心につながっただろう かと考えた。他人を思いやってくださることをまず受けとめ、「大丈夫ですよ」では なく「私のことをそのように心配してくださっているのですか、ありがとうございま す」と、相手の気持ちにまず共感することが必要だったのではないか、(・・・)

(石田 2009:114-5 下線は筆者)

 M、つまり筆者の母は、2014126日に帰らぬ人となった。この調査は筆者にとって、

母の気持ちを追体験する旅であった。改めて会話を見直してみると、当時は母の気持ちに 気づけなかったこともあり、反省することが多い。介護の渦中にいる時にはゆとりがなく、

気持ちを思い遣ることが難しいのが現実であった。悔いの残る私の体験が、介護をする人 にとってなんらかの役に立てば幸いである。

謝辞

 今も筆者を支えてくれている母に感謝したい。

文字化記号 M, D 参与者

短い音の区切り(音が区切れていない場合には、読点は用いない。文の終わりに も句点は用いない。)

(17)

( s) ポーズ。長いポーズについては(2s)のように、おおよその秒数で示す

音の上昇。音が上がる場合には、疑問文でなくても?をつける

長音。「うーん」「えーと」など。但し、yesを表す「ええ」、noを表す「ううん」

など、単なる長音でないと思われる場合には、字を重ねる。

オーバーラップの始まり

オーバーラップの終わり

(**) 聴き取り不可能な音。

() 発話と同時、または発話に挟まれている「笑い」

参考文献・資料

石田一紀 (2009)『認知症の人を在宅でいかに支えるか心に寄りそうホームヘルパーの介護過程』

クリエイツかもがわ.

田中典子(2013). 高齢の母と娘のコミュニケーション自立と依存との葛藤の中で

『清泉女子大学紀要』第6193-108.

宮崎和加子(2011).『認知症の人の歴史を学びませんか』中央法規.

森沢明夫(2013).『虹の岬の喫茶店』幻冬舎文庫.

Austin, J. (1962). How to Do Things with Words. Oxford: Oxford University Press.

Leech, G. (1983). Principles of Pragmatics. London: Longman. [邦訳:ジェフリー・ N.リーチ(1987) 『語 用論』池上嘉彦・河上誓作訳、紀伊國屋書店]

Levinson, S. (1983). Pragmatics. Cambridge: Cambridge University Press. [邦訳: S. C.レビンソン(1990) 『英 語語用論』安井稔・奥田夏子訳、研究社]

Searle, J. (1979)[1975].‘A taxonomy of illocutionary acts’ in Expression and Meaning. Cambridge: Cambridge University Press. 1-29.

Tanaka,N. (2001). The Pragmatics of Uncertainty: its Realisation and Interpretation in English and Japanese.

春風社.

--- (2006). Roles in Interaction and the Effects on Communication (2): Style Shift and Ambivalence. 『明海大学 大学院応用言語学研究科紀要 応用言語学研究』No. 8. 123-133.

--- (2009). Politeness Strategies Used to Manage Problematic Discourse: Roles and Linguistic Choices in Telephone Conversations. 『清泉女子大学紀要』第57. 125-143.

--- (2011). Roles in Interaction and Sentence-ending Particles: some differences between two casual interviews.

『清泉女子大学紀要』第59. 143-163.

--- (2012). Roles in Interaction and Backchanneling Behavior: some differences between two casual interviews.

『清泉女子大学紀要』第60. 127-153.

参照

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