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高齢の母と娘のコミュニケーション ―自立と依存との葛藤の中で―

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(1)

高齢の母と娘のコミュニケーション

―自立と依存との葛藤の中で―

田中 典子

要旨

 筆者は

Tanaka (2001)

において、会話でのやりとりを分析する際に考慮すべき

役割として、「社会役割」「対人関係役割」「活動役割」を提案し、

Tanaka (2005) (2006)

では、母と娘の電話による会話(2004

9

28

日)をデータに用いて、これら の役割がコミュニケーションにどのような影響を及ぼすかを調べた。

 本稿では、同じ母と娘の

7

年後の電話による会話を主なデータとし、彼らの役 割の変化が談話に何をもたらしたかを分析する。とりわけ、娘が高齢の母の近く に転居した

2011

9

6

日から、同

30

日までの会話に焦点をあて、環境の変化 の中で両者が葛藤し、どのように新しい関係性を構築しようとしているかを考察 する。

Communication between an Elderly Mother and her Daughter:

in Conflict between Independence and Dependence

TANAKA Noriko Abstract

  Tanaka (2001) proposed three categories to examine the interaction in conversation: ‘societal roles’, ‘interpersonal roles’

1

and ‘activity roles’. In Tanaka (2005)(2006), the categorization was applied to analyze a telephone conversation between a mother and her daughter (28 September, 2004), and examined how these roles affected their communication.

  In this paper, telephone conversations the same mother and her daughter had seven years later are used as the main data for analysis. It is examined how the change of their roles affects their discourse. The focus is on their conversation from 6 September 2011, when the daughter moved close to her elderly mother, to the end of the month. Analyzing the discourse, it is considered what conflict they feel in the new environment and how they try to manage the conflict and to create their new relationship.

はじめに

 私たちは社会の中でさまざまな役割を担っている。インターアクションの中でその内の どの役割が顕在化するかは、場や関係性によって変化するし、同一会話の中でさえ、話題

1 Tanaka (2001)

はこれを ‘personal relationship role’と名付けたが、Thomas (2001)の提案に従い、そ の後 ‘interpersonal role’という呼び方を用いることとした。

(2)

などによっても入れ替わる。また、同じ相手であっても、時を経るとその関係性が変化す ることもある。

 そのひとつの例として、「老い」による変化があろう。例えば、母と娘の関係は、若い 時には友達同士のようであるかもしれず、両者が健康な間は相互協力者であるかもしれな い。しかし、母が高齢になった時、変わらざるを得ない側面もある。そして、その関係性 の変化はインターアクション中に言語化されることになるだろう。

1.分析の枠組み:インターアクションにおける役割

 まず、実際のデータを分析する際に筆者が参照する枠組みについて述べておきたい。

Thomas (1986: 92) は、インターアクションを分析する際「社会的役割

2

」 (social role) と「談

話役割」 (discourse role) とを分けて考えるべきだと指摘した。この概念を発展させ、Tanaka

(2001) は、 「社会的役割」をさらに「社会役割」(societal role)「対人関係役割」(interpersonal

role)「活動役割」(activity role) の 3 つに分けることを提案し、それぞれの定義とその例と

を以下のように示した。

「社会役割」は、「その時点のやりとりの中での相手との関係に関わらず、社会でそ の個人が担っている役割」と定義される。例えば、ある人が社会で教員という 職業についている場合、相手が自分の学生ではなくても「先生」と見なされ、

そう呼ばれたりすることがある。一般に、個人は複数の社会役割を持っている。

「対人関係役割」は、「両者が社会で担っている関係」を表す。「社会役割」とは異な り、例えば、「先生」と「学生」など、互いの関係に基づく役割である。「友人」

であり「隣人」でもあるなど、複数の対人関係役割を持つこともある。

「活動役割」は、Levinson (1979) の「活動の型」(activity type) の概念を借り、「そのや りとりが行われている活動の型の中で参与者が担っている役割」を指す。例えば、

授業という活動の中で教員は「教師」という活動役割を演じており、それが言 語的ふるまいに影響を与える。ひとつの活動の中で複数の活動役割を担うこと もある。

社会的役割

社会役割 対人関係役割 活動役割

例.職業としての教員 例.先生―学生 例.授業における教師 (Tanaka 2001: 70-74参照)

2

これらの邦訳は筆者による。また、Tanaka(年号)は筆者が英語で執筆した論文を意味し、以下そ

の邦訳は筆者自身が行う。既存の邦訳のある他の文献の訳者については参考文献を参照されたい。

(3)

本論でも、この枠組みをデータに適用し、実際に行われたインターアクションを考察して いくことにする。

2.データ

2.1 収集の経緯

 一人暮らしの母が高齢になり健康面などで心配が増したため、最近まで 10 年ほど、ほ ぼ毎日、電話で母と会話していた。それを自らの談話研究のデータとして使用することを 思いつき、2003 年 6 月に母の許可

3

を得てその会話録音を開始した。自宅の固定電話から ほぼ定時にかけるものを中心に録音していたため記録は毎日ではないが、カセットテープ 100 本になったところで IC レコーダーに切り替え、2013 年 5 月に母がグループホームに 入所するまで続けた。

 また、略式インタビューの形で父と母にさまざまなことを語ってもらい、許可を得てそ れを録音し、データにしたこともある。それらの中から、その時点の調査に適したものを 選んで文字化し分析に用いてきた。

2.2 分析の焦点

 録音を始めた当初は、言語の比較的細部に焦点を当てた談話分析を考えており、「スタ イル・シフトとアンビヴァレンス」(Tanaka 2006)、「ポライトネス・ストラテジー」(Tanaka 2009, 2010)、「終助詞」(Tanaka 2011)、「あいづち」(Tanaka 2012) などに焦点を当てて研究 してきた。しかし、本論ではより広い視点で高齢の母とその娘の役割という観点から「高 齢者とのコミュニケーション」を考察していきたい。

2.3 本論で扱うデータ

 本論では、 2004 年 9 月 28 日に録音した電話による会話(以下、データ (2004) と呼ぶ)と、

2011 年 9 月 6 日から同月 30 日の間に録音した電話による会話(以下、データ (2011)と呼ぶ)

を扱う。詳細を表 1 に示す。

表 1.データ

データ(2004 データ(2011

収録日 2004928 201196日、9日、12日、13日、

14日、15日、19日、22日、23日、

24日、26日、27日、29日、30

媒体 電話 電話

参与者 母(M 73 80

娘(D 50 57

3

この時の許可は口頭のものであったが、その後、念のため確認的に、2008

8

月に本人の署名・

捺印の形で書面による許可を取った。

(4)

データ (2004) は一日のみ、データ (2011) は 14 日間を対象としており、その意味では等価 の比較対象とはならないが、前者は過去に執筆した論文に用いたデータであり、後者との 関係性の変化を示すために引用する。データ(2011)で上記 14 日間を対象としたのは、D が M の近くに転居した 9 月 6 日から約一ヵ月間の特徴と変化を見るためである。

3.枠組みの適用

3.1 データ (2004)

 筆者は、Tanaka (2005) (2006) において上述の枠組みを用いて母と娘の電話による会話

(データ 2004)を分析し、両者はどのような役割をもち、それらが会話のやりとりにどう

表れているかを考察した。

 前に述べたように、一般にやりとりの参与者は複数の役割を担っており、コンテクスト によってそのどれかが前景化または背景化されることがある。その意味で、役割は常に一 様でははいが、このデータに現れた役割の一例は、以下のようなものであった。

表 2.参与者の役割:データ (2004)

 上記の役割は、 データ (2004) のやりとりに様々な形で表現されている。例えば、対人関 係役割において、D が高齢の母に対し「具合はいかが?」(Tanaka 2005: 130) と気遣うこと がある一方、 M が仕事を持つ娘に対し、前の会話に言及して「下痢は止まった?」 (ibid.:129) と出勤する娘の体調を心配する発話も見られる。

 これを活動役割の面からみると、両者は相互に協力者であり、どちらも助力者/被助力 者になる可能性をもっていると言える(表 2 の点線は役割交換の可能性を示す)。M は 73 歳という高齢ではあるが、だからこそ事柄によっては D より経験や知識において勝るこ ともあり、情報提供などによって助力者の役割を演じることも稀ではなかった。

 例えば、M には長女である D の他に知的障害をもつ次女が居り、その介助について D も時に応じて M を助けてきたが、主導権は常に母親である M にあった。次女は M の実 家の近くの施設に入所しており、その遠足の日の待ち合わせに関し M は以下のような助 言をし、D はそれに従っている。

社会的役割

社会役割 対人関係役割 活動役割

焦点 基本役割 基本役割 発話行為役割

(73M 歳) 主婦 高齢の

相互協力者

助力者

D 被助力者

(50歳) 教員 仕事を持つ

M:, D: (Tanaka 2006: 126 参照)

(5)

M: で集合場所は(…)4 汐入に十時、汐入っていう駅があるのよね、横須賀中央 のひとつ手前に (…) あの十時だから(…)余裕をもって、八時四十分ぐら いの、乗れば

D: 八時四十分、じゃ八時半ぐらい? 四十分でいい?

M: 四十分でいいと思う

D: そう、じゃ八時四十分に品川、いつもの、京浜急行のあそこんとこね

(Tanaka 2005: 130-131)

 この会話が録音された 2004 年当時、D は M の家から 1 時間ほどの所に住んでいたが、

ほぼ毎日の電話で互いに安否を確かめ合い、必要なら助け合うという相互協力関係が続い ていた。

3.2 データ(2011)

 しかし、この関係は変化せざるを得なかった。M が 80 歳近くになった頃から物忘れが 出始め、心配した D が M の家の近くに転居したのである。歩いて一分ほどの距離は、正 に「スープの冷めない距離」であり、当初、 M は以下の葉書の文面からも感じられるように、

これを喜んでいる様子であった。

「新しい生活が私まで始まった様で、ウキウキしています」

(2011.9.12 付:D の転居から 6 日目 )

ここには以前からの友達同士のような母娘関係が見られ、D の転居を自らも楽しもうとす る M の姿勢が伺える。

3.2.1 役割の変化

 だが、M の加齢に伴って、その役割関係も変化せざるを得なかった。そもそも D の転 居自体、認知症の出始めた母を助けることが目的であり、それによって顕著になった役割 関係は以下のようなものである。上記の表 2 との違いを下線で示す。

4 (…) 筆者による省略部分を表す。その他の文字化記号については巻末を参照されたい。

(6)

表 3.参与者の役割:データ (2011) 社会的役割

社会役割 対人関係役割 活動役割

焦点 基本役割 基本役割 発話行為役割

(80M ) 主婦 高齢の

認知症を持つ 被介護者 被助力者

(57D ) 教員 仕事を持つ 介護者 助力者 M:, D:

3.2.2 活動役割:助力者 vs. 被助力者

 「パーソンセンタードケア」を提唱したキットウッドは、「わたしたちの考え方の基本 となる準拠枠は、

認知症の

人でなく、

認知症の

でなくてはならない」(キットウッド 2005:18)と述べており、その通りだと思うのだが、真にそう認識し実行するのは容易な ことではない。この時点で、M の状態はまだ軽度であったが、それでも「認知症を持つ」

という部分が焦点化され、助力者が強者、被助力者が弱者として、その関係性が両者に認 識される場面が増えてしまうのである。

 引っ越し当日の電話でも、シルバーパス

5

の申請に出かけるという M に対し、D は「助 力者」としてあれこれと注意している。例えば:

9226 D お財布にお金が入ってるのを確かめないと 923 M ああ、そうね

924 D うん、少し持ってったほうがいいよ、1 万円とか 2 万円とかさ 925 M そうね

926 D うん、なんかのときのために、お財布開けたら空っぽだと大変だから 927 M あ、そんな(笑)

928 D うんほんとほんと、そういうことあるからさ 929 M うん

930 D うん、それじゃ(笑)

931 M はい、どうもありがとう

(2011 年 9 月 6 日)

実際に M は財布に僅かの小銭しか入れていないことがあり、それを心配しての指摘なの だが、上記 927 の笑いからも分かるように M 本人は大丈夫だと感じているため、D の指 摘は煩わしいものであったろう。

5

高齢者のためのバス乗車用カード。申請時に一定額を支払うと一年間無料でバスに乗れる。

6 2011

9

1

日の談話から通し番号を付している。

(7)

 以下の 962 のように、D には M の気持ちを思いやる発話もないわけではないが、D が 助力し M がそれを受けて感謝するという役割関係は変わっていない。

960 D 暑いから帽子かぶってったほうがいいよ 961 M (笑)

962 D (笑)、うるさいなあとか思ってんでしょう 963 M いいえ、ありがたいと思ってる

(2011 年 9 月 6 日)

3.2.3 調整:役割逆転の試み

 D にも、自らの「助力者」という役割を固定させたくないという思いがあり、これを逆 転させようと試みることもあった。転居して 3 日目、 D は M に助力を求める機会を見つけ、

以下のように頼んでいる。

1011 D うん、もしさー、あのー、あのー、都合がよかったらでいいんだけど  1012 M うん

1013 D そのときちょっとここに寄ってもらえる?

1014 M あそう?

1015 D うん、あのー、私カーテンをクリニングに出そうと思うんだけど 1016 M うん

1017 D ちょっと重いから 1018 M [うん]

1019 D [一緒に]あの、片手ずつ持ってもらえると 1020 M [ああ、じゃ]

(2011 年 9 月 9 日)

3.2.4 役割への不満

 だが、真の意味で相互協力関係が取り戻せたわけではない。基本的に D が M を心配し、

細かいことにまで注意するというパターンが続いており、M にとっては煩わしくもあっ

たはずだ。熱中症を心配する D に対し、M (1120) がやや皮肉を込めて応対する場面も見

られる。

(8)

1111 D 戸開けてる?

1112 M 開けてる 1113 D うん、[あのー]

1114 M [網戸に]してあるよ 1115 D そうそう

1116 M (笑)

1117 D そうしないと蒸れちゃうから 1118 M (笑)そうね

1119 D 熱中症になると大変だから 1120 M これからもご指導よろしく 1121 D (笑)

(2011 年 9 月 12 日)

 D の転居から約一週間後の夜、M はこの状態に我慢できなくなったようで、その気持 ちを D に電話でぶつけてきた。しかし、D は自分の行為を干渉とは捉えておらず、心遣 いが好意的に受け取られないことに納得がいかなかった。仕事をもつ D には、M を十分 に介助できていないという負い目もあり、だからこそできることはさせて欲しいと感じて いた。

 前夜の M の不満表明に対し、翌朝の電話で D は以下のように反駁している。

1144 D 昨日の夜だっておかあさんなんか窮屈で窮屈でたまらないからやめてくだ さいなんて私に電話してきたのよ

1145 M うんやっぱりあのーあん

1146 D それはいいけど(笑)私なんにもしてないのになんでそんなこと言われな くちゃいけないのよ、昨日だって一度も会ってないじゃないおかあさんに、

今日だって会えないのよこれから出かける準備してんだから今 1147 M あごめんごめん

(2011 年 9 月 13 日)

3.2.5 調整:相互承認のスタンス

 この段階で、M も D も、互いの関係に緊張が生じていることを認識していた。この時 期のやりとりには「相手を認めてほめる」という発話がよく見受けられるが、これはこの 緊張を緩和するための方略のひとつでもあったと考えられる。

 以下の会話で、M は自分がきちんと生活できていることをアピールし、D はそれを大

いにほめている(1236、1238、1240、1242)。

(9)

1235 M うん、私もね、今日ご飯とおみおつけ、あのお豆腐と、あの揚げのおみお つけときちんと食べたから、これでよしと思ってるの

1236 D ああ、いいじゃない、うん、健康的じゃない?

1237 M うん

1238 D うん、ほんとにあのー、ラジオ体操行ってお豆腐買って帰ってきて、それ をおみおつけにして食べるなんてさ

1239 M うん

1240 D 一番健康的だよ 1241 M そうねえ

1242 D うーん、ほんとに立派だね(笑)

(2011 年 9 月 14 日)

 M もまた、以下 1283 のように、D の存在が自分にとっていかに大きな助けになってい るかを言葉で表現することが多かった。

1282 D (笑)でも、おかあさんもあんまり私のことを、あのー、気を遣ったり喜 ばせなきゃとか思わなくていいからね

1283 M うーん、でもほんとにねえ、口子7がいてよかったなあと思うよ 1284 D (笑)そう?

(2011 年 9 月 14 日)

3.2.6 調整の破綻と和解

 しかし、相互に配慮を示して緊張を緩和しようという試みはあまり成功せず、緊張が高 まっていき、ついに言い争いという形で破綻することもあった。互いに悔いを残した争い の翌日、M はすぐ近くにある D の住むマンションのポストに絵葉書を入れて行った。

「自分ながら大人気のない事と反省しています 長く続いた口子との関係を希んでい ます 三人家族の幸を続けて行きたいと思っています」

(2011 年 9 月 19 日付)

 さらに M は電話で以下のように謝り、D もそれを受け和解しようとしている。

7 D

の名前

(10)

1594 M ほんとに反省してる

1595 D そんなことないよ、でもそんなにあのー、おかあさんも私もさあ、なんか 環境が変わったから、なんかお互いにストレスがあったんだよ

1596 M 嫌な親だと思ってんじゃないの?

1597 D (笑)そんなことないったら

(2011 年 9 月 19 日)

3.2.7 背景にある不安

 だが、これは若い頃のように母娘の「言い争い」と「仲直り」という形で解消していく ものではなかった。背後には自らの認知的な衰えに対する M の強い不安があり、そのた めに D を失うのではないかという怖れもあるようだった。電話の中で M は涙声で自らの 不安を訴え、D はそれをなだめようとしている。

1600 M 涙が出ちゃうよ

1601 D そんなに気にしてないからさあ (・・・・)

1604 M 今までのさあ、いい関係が崩れちゃうんじゃないかと思って 1605 D うん、そんなことないったら

(・・・・)

1660 M どっか遠くへ行っちゃうんじゃないかと思って

1661 D うん、行かないから安心してていいよ、そのなんかさあ、おかあさんが困っ たときのためにここに来たんだから、[ね?]

(2011 年 9 月 19 日)

 M は、D を失いたくないと言う反面、頻繁に訪ねて来られるのを嫌がった。自らの認 知症の症状を悟られたくないという気持ちもあったのかもしれない。

1666 M 来てくれるのが来なくなっちゃうからと思ってさ 1667 D (笑)だっておかあさん

1668 M ふっ

1669 D 来ると煩わしいとか、ななんだっけ、だらしないとこ見られるのが嫌だと か言うからさあ、行かないほうがいいのかなあと思ってるだけでさあ (・・・・)

1690 M うーん、まあいいとこ見せようと思って 1691 D うん

(11)

1692 M [一生懸命]

1693 D [いいとこ](笑)、いいとこ見せなくていいしさあ、これからもお互い別に、

私だっておかあさんにそんなにいいとこなんか見せようとしたってしょう がないじゃない、そんなさあ、地が出ちゃうよお互い

(2011 年 9 月 19 日)

 M はこの頃、しばしば物を失くした。そして、それを D に隠そうとした。D はもっと 気楽に助力を求めて欲しいと思ったが、M の感じている不安はもっと深いものだったに 違いない。

1696 M 失敗ばっかりしててさあ

1697 D うん、いいじゃない失敗したってさあ、もうほんとに 80 なんだからさあ、

たまには失敗もするよ、それにおかあさん立派にやってるよー、ね、おか あさんの年でさあ、そんなに一人暮らしして、ちゃんと自立してる人って 少ないと思うよ

(・・・・)

1722 M ほんとになんか (1s)、隠したりなんか(1s) したじゃない?

1723 D (笑)なに、Suica8なくしたこと?

1724 M (1s) うん

1725 D (笑)だから、そういうことはさあ、言ってもらったほうがさあ、ああ、じゃ、

それ私がやってくるよってすぐできることもあるんだよ

(2011 年 9 月 19 日)

1744 M [でも]嫌な思いさせちゃってさあ、ほんとに 1745 D なんで?(笑)

1746 M (笑)もうほんと

1747 D そんな一睡もできないとさ、ふらふらしちゃってさあ 1748 M もうずーっと夜中、朝が来ちゃった

1749 D うーん、だからそんなに悩まないでよ、1 個 1 個のことにさあ 1750 M いや、なんか悪さと自分の愚かさと

(2011 年 9 月 19 日)

8

交通機関用プリペイドカード。2013

5

月に

M

がグループホームに入所した後、家を片づける と数枚のカードが出てきた。失くすたびに黙って買いに行っていたようだ。

(12)

 自分の認知的衰えを日々感じていたであろう M にとって、気楽に助けを求めることは D が思うほど簡単ではなかったであろう。小澤 (2003) が指摘するように、認知症を持つ 人は「親しい人に頼りたい」という気持ちと「決して頼りたくない」という思いとの間で、

葛藤を抱えているのだろう。

求めに十分に応えてもらえないことにいらだち、その不当さを怒り、それでいてな お求めること自体を潔しとせず、やましささえ感じる。このような感情の中にある 彼らは、身をまかせようとしながら、身をまかせきれない。そして、身をまかせざ るをえない状況は弱者が強者に翻弄されることと感じずにはおれない。

(小澤 2003: 120)

3.2.8 自立への意志

 D が M の家に同居せず、すぐ近くのマンションに転居したのは、生活時間帯の違う D にとって都合が良かったこともあるが、M 自身の強い希望でもあった。「歳をとっても D の負担にはなりたくない」というのは、若いころからの M の姿勢でありプライドでもあっ た。M は、行政のサービスも含め、介助を受けるのを望まず、できる限り自分の力でやっ ていこうとした。その希望を理解した上での転居だったが、近くにいること自体、互いに ストレスになることも少なくなかった。

1753 D 何があれなのよー、だこんなさあ、近くに来たのはおかあさんのこと大切 にしてるからじゃない、ね? そいで私も仕事して、だけど一緒に住むと お互いストレスもたまるから距離をとってやっていこうねってお互いに話 したじゃないの

1754 M うん、いつも言って、[そう言ってくれてるけどさ]

1755 D [ね、そう言ってるからさあ]、別にそうするつもりだよ、おかあさんのこ と何かにつけて監視したりさあ、いちいちなんか (1s) 言おうなんて、ま あなんか言っちゃったこともあるかもしんないけど、それ別におかあさん のこと批判しようとか監視しようと思って言ったわけじゃないよ

(2011 年 9 月 19 日)

 D に頼らず、自分で何とかしようとする M の姿勢はその後も変わらなかった。しかし、

物事の判断が上手くできなくなってきてもあくまでも自立していたいという M の欲求は、

しばしば D を苛立たせることになった。M の行動の「後始末」に奔走しなければならな

いこともあったからである。

(13)

 次の例では、Suica がまたなくなったので買いに行くという M を D が止めようとしてい るが、D の「デス・マス体」使用に苛立ちが感じ取れる。

2131 M Suica を今日買いにいこうと思ってたの

2132 D いいえ、Suica はこないだ買ってきてそこにありますよー

2133 M (17s) この再発行でいいの? (2s) ちゃんとした Suica じゃないから 2134 D だからさあ、あのおかあさん、自分で勝手に行動しないでください 2135 M [ああ]

2136 D [私に]見せてからっていつも言ってるでしょう 2137 M うん

2138 D だから、今日夕方に行きますから 2139 M あそう

2140 D それまで Suica は使わないでしょう?

2141 M 使えないよ 2142 D うん

2143 M だから買いにいこうと思って 2144 D だから、買いにいかないでください

(2011 年 9 月 23 日)

3.2.9 言い訳

 M には「自分は失敗ばかりしている」という認識がある一方、出来なくなってきたこ とについて何らかの「言い訳」によって合理化しようとすることもあった。

 毎朝のラジオ体操はそれまで M の日課であり、D も折に触れそれをほめていた。しか し、この頃、体操に行けないことがあり、それを D に対して次のように言い訳していた。

自分が徐々に変化していることを感じながら、それを D に対して取り繕い、自分でも納 得したいという思いがあったのだろうか。

2351 M [でラジオ体操]もね、そんな義務的に行かなきゃなんないわけでもない からさあ

2352 D うん

2353 M 今日行かなかったの 2354 D ああ[まあ]

2355 M [目は]覚めてたけどね 2356 D うん、たまにはねえ

2357 M うん、なにもそんな法律で決まってるわけじゃないと[思ってさ]

(14)

2358 D (笑)[まあ、そうだけど]、うん

(2011 年 9 月 24 日)

3.2.10 相互性復活への試み

 D の転居から約一ヶ月間、上に述べてきたようなさまざまな葛藤を経て、互いに新しい 状況に少しずつ馴染んでいったようだった。以下は、夏休みも終わり仕事に出かける D と、

それを見送る M との電話での会話である。ここでは以前の相互協力関係をやや取り戻し ているようにも見える。

2518 D 今ごめんね、お風呂入ってたから 2519 M あ、ごめんなさい

2520 D うんうんうん、あのーちょっとさあ、仕事だから[ごめんなさいね]

2521 M [あ]

2522 D いろいろやってあげられなくて 2523 M とんでもない

(・・・・)

2565 M じゃまたなんかお世話になると思いますけど 2566 D (笑)こっちもよろしくね

2567 M うん

2568 D うん、そいじゃおかあさんも 2569 M はい

2570 D なんかちょっと涼しくなってきたから 2571 M [そうね]

2572 D [風邪なんか]ひかないように 2573 M うん、[ありがと]

(2011 年 9 月 27 日)

 しかし、相互的な役割関係を保つことは困難であった。さまざまな経緯の後、D の転居

から1年 9 ヶ月ほど経った 2013 年 5 月 24 日、M はグループホームに入所し、10 年ほど

続いた朝の電話での会話は終わることになった。その後、同年 9 月に M は別の老人ホー

ムに転入し、母と娘とのコミュニケーションは、主としてホームでの対面会話となってい

る。

(15)

おわりに

 母の介護に関わるようになり、この個人的な体験を今後さらに高齢化していく日本で少 しでも役立てることはできないだろうかと考え、本論を書くことにした。しかし、本論を 執筆するのは筆者にとって辛い仕事でもあった。ここで扱った会話データを聴き返す時、

日常の中では緩慢に見える母の病状が明らかに進行しているのを感じずにはいられなかっ た。また、自らの老いについてもより深く考えることとなった。しかし、筆者にとってこ れほど切実に向き合い意味を感じる問題もこれまでになかったとも言えるかもしれない。

パーソンセンタードケアの提唱者であるキットウッド (2005) の以下の言葉に出会い、私 の気持ちを代弁してくれている部分があるように感じたので、以下に引用して筆を置きた い。

 多くの人びとと同様に、わたしは、認知症の人とその介護者に強く関わるように なって、精神的負担が重くなることに気づいた。多くの不安と疲労を感じ、ときど き、満たされないニーズの大きな泥沼にあたかも沈んでいくように感じた。わたし がすっかり気落ちし、今にも投げ捨てたくなるのにはいくつかの理由があった。今 や、老いることや認知症になることに対する恐怖に自分が直面し、そのことを通じ て研究し始めていると信じるようになった。しかも、自分がこの研究分野にとどま るという頑迷な決心をしていることにも気づいた。(キットウッド 2005:12)

謝辞

 いつも筆者を支え、励ましてくれている母に感謝したい。

文字化記号

M, D 参与者

、 短い音の区切り(音が区切れていない場合には、読点は用いない。文の終わりに も句点は用いない。)

( s) ポーズ(長いポーズについては (2s) のように、おおよその秒数で示す。)

?  音の上昇(音が上がる場合には、疑問文でなくても?をつける。)

ー 長音(「うーん」「えーと」など。但し、yes を表す「ええ」、no を表す「ううん」

など、単なる長音でないと思われる場合には、字を重ねる。)

[ オーバーラップの始まり

] オーバーラップの終わり

(16)

(**) 聴き取り不可能な音

(笑) 発話と同時、または発話に挟まれている「笑い」

参考文献

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キットウッド,トム(2005)『認知症のパーソンセンタードケア

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高橋誠一訳 筒井書房.[原著:Kitwood, T. (1997). Dementia Reconsidered: the person comes first.

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参照

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