大正大學研究紀要 第一〇三輯
1.はじめに
本論稿はフレデリック・ジェイムスンのほんのちょっとした一文がきっか けになっている。その文章はサルトルが 1961 年 12 月に行ったローマ講演 およびその時の討議を活字化した『主体性とは何か?』に付された「サルト ルの現代性」という解題の中にある。少し長いが引用する――
サルトルが自由という言葉を活用する仕方に関して言えば、自由という 観念にたいする、より純粋に哲学的な批判を活性化することになるだろ う。しかし、それはサルトルが対自のジレンマについてきわめて入念な 分析をおこなったというより、集団の倫理学にたいしてほとんどカント 的とも言うべき障壁を立てたためなのだ。サルトルは、この討議におい て、集団の倫理学の到来を願っているが、このような集団の倫理学は定 言命法の抽象化以上のものにはなりえなかった。(……)論争相手のイ タリア人たちは、サルトル思想の契機の根本的弱点だと私には思われる 点を突いてこない。根本的弱点とは、私があえて「モナド的」と呼ぶ傾 向であり、アルチュセールが、ヘーゲルや他の哲学者たち(そこには、
ルカーチはもちろんのこと、この討論会の守護神であるグラムシ自身さ え含まれる)において「表出的」全体性の誤りとして告発した傾向である。
つまり、ある特定の事象や個人が、社会ないし歴史の契機の全体を含ん でおり、それゆえ、解釈学的探究(サルトルが評伝や「実存的精神分析」
において試みたこと)の対象となりうる、という考え方である。この見 解は、サルトルが「具現化=受肉」と呼ぶもの、すなわち、「各個人は、
一
サルトルのカント的障壁について
――ジェイムスンとジジェク――
鈴 木 正 見
サルトルのカント的障壁について
ある仕方で、自らの時代を全的に表象している」ことを前提にしている1)。
「今日、倫理は不可能である」2)と明言して、ドイツ観念論にひそむ楽天的な 部分とは距離をとっていると自認しているサルトルが、その思想の中にある カント的な要素が障壁となって全体性をめぐる問題系で限界をかかえている
――その自認にもかかわらずヘーゲル的である、とジェイムスンは言うので ある。詳しく解説されているわけでもなく、ほんの数頁、予告的にふれられ ているだけであり、読者がかなりの情報を補わなければならない上、最終的 にサルトルの思想がヘーゲル的機制に陥っていることの指摘でとどまってい るだけである。
以前よりサルトルにおけるカント的なものに関心をもっていた筆者にとっ ては、全体として納得のいく点も多々あるのだが、サルトルの現代性は『弁 証法理性批判』における集団の解析にこそあるとするジェイムスンの結論に は違和感もある。
ジェイムスンは現在のマルクス系思想家の中ではサルトルに特段に好意的 であり、ジェイムスンを通じてサルトルを考えることは、サルトルの思想で 読み落とされていることを浮かび上がらせることになろう。
そこで本論稿では、前半でジェイムスンが指摘したサルトルのカント的障 壁を提示し、後半でジェイムスンとは異なる読み方もできることを示そうと 思う。
2.サルトルとカントの外形的類似性
サルトルは後期の代表作を『弁証法理性批判』と銘打った。もちろんカン トの三つの批判書の「批判」にならってである。これがカントとの一つ目の 類似点として挙げられる。周知のように、カントは純粋理性・実践理性・判 断力についてその能力の権能と限界を策定するために「批判」という語を選 んでいる。サルトルもそれにならい唯物弁証法の限界を策定するために、あ えて弁証法理性「批判」をしなければならないとする。すなわち、弁証法の 論理を自然科学にまで範囲を広げるのではなくて、エンゲルスの『自然の弁
二
大正大學研究紀要 第一〇三輯 証法』などに見られる弁証法的唯物論の汎化を避け(ガロディらとの討論会 あり)、弁証法の論理が展開するのは《社会》ないしは《歴史》だと限定する。
いいかえれば、史的弁証法を《自然法則》とは画然された《歴史の解剖学》
に限定するのである。弁証法理性があたかも道具的理性のごとく堕落した―
―科学主義の上にあぐらをかいたスターリンを目の当たりにしたサルトルの 反応であろう。なぞらえるならば、ライプニッツ系の独断論のまどろみにい たカントがヒュームによって目覚めさせられたように、サルトルは唯物弁証 法の科学主義的暴走によって危機を覚えたということであろう。ただし、こ こでサルトルが強く意識していたのは、カントではなくてヘーゲルだったろ うが。
二つ目に、「遡行的・前進的 regressiv - progressiv 方法」の採用。カン トは「アプリオリな綜合的命題はいかにして可能か」という問いに答える方 法として、すでにある数学や論理学からの「抽象作業」にすぎないではない かという非難を避けるために、遡行的(背進的ないしは遡及的とも訳される)
方法を採用した。
分析的方法の主旨は、求められているところのものを、あたかもすでに 与えられているかのように見なして、この求められているものから出発 してこれを可能ならしめる唯一の条件にまで遡るところにある。(……)
こういう場合には、分析的方法を綜合的或いは前進的方法から区別して、
背進的〔遡行的〕方法と呼ぶほうがいっそう適切である3)。
カントの場合、先験的総合的判断の可能性はすでに数学やニュートン力学に おいて担保されていたのであり、あとはそれをどう根拠づけるか(権利問題)
という点に絞られている4)。その際、いま現にあるもの(経験)を遡行し解 体し、一般的要素(経験の条件、たとえば悟性のカテゴリー)を取り出し、
次いでこの要素をもとに現にあるものを再構成する前進させる――そういう 往還作業の末で「アプリオリな総合判断の可能性」に答えると同時に、経験 的かつ客観的な綜合判断(経験判断)の可能性を保証する。
この遡行的・前進的方法にはサルトルは明示的に二度言及している。初め は『情緒論素描』において。ここでは『存在と無』の冒頭で提示された問題 系、「あらたな二元論、すなわち有限なものと無限なものとの二元論への転化」5)
三
サルトルのカント的障壁について
につながっていく問題系、すなわち現象学的還元/本質直観は十全に本質を 把握しきれるのか、というサルトルのフッサール現象学に対する態度として 関連している6)。この際に問題になっているのは現象(有限)と志向構造(「有 限なもののうちにおける無限なもの」7)を浮かび上がらせる)との往還関係 である。ここからサルトルは独自の存在論を構築していった。
サルトルにおいてもう一度、遡行的・前進的方法が明示されるのは『方法 の問題』においてである。そこで問題になっているのは、前回の現象学内部(有 限と無限)での問題ではなく、「独自的普遍」8)、つまり個(ないし部分)と 全体との関係にかんしてである。(先に引用した)ジェイムスンの語句を使 えば、「特定の事象や個人」が遡行的に「社会ないし歴史」へと分解され史 的唯物論による位置づけがなされ、ついで前進的に「特定の事象や個人」の ふるまいや立ち位置が再構成・解釈される、とする方法である。
三つ目に、そして最もカントにサルトルが近づくのは、『実存主義とは何か』
でさりげなく提示された道徳的命題であろう。
私は、私自身に対して、そして万人に対して責任を負い、私の選択する ある人間像 une certaine image l’homme をつくりあげる。私を選択す ることによって私は人間を選択するのである9)。
他人の自由をも目的とするのでなければ、私は私の自由を目的とするこ とができない10)。
ジェイムスンが「定言命法の抽象化以上のものにはなりえなかった」と評し た部分である11)。
カントによれば、格律〔Maxime 格率〕――各人の行為の主観的根拠・主 観的原則であり、快不快の感情的原則、自己愛、幸福追求などの傾向性を含 む行為の格律という安寧(レヴィナスなら「休息」と呼ぶであろう)に対し て、「汝の意志の格律が、いつでも同時に普遍的立法の原理として妥当する ように行為せよ」、「理性的存在者は、決して単に手段としてのみ使用せられ るものではなく、同時にそれ自身、目的として使用せられねばならない」と いうカントの定言命法による揺り動かしがなければならない。またその上で、
定言命法に「適う」のではなく意志によって「従う」場合にのみ道徳が成立 するとカントは言う。
四
大正大學研究紀要 第一〇三輯 これに対してサルトルの道徳命題は、人間の行為の構造(=本来性)を示 しているのであって、意志してすべき規則/法則ではない。その意味で人間 はそもそも道徳から不可避である。行為は社会において、つまり他者の眼前 において為されるのだから、最初から行為は道徳的なのである。
そしてまた、このようなサルトルの道徳的命題は、前期において発言され ているが、後期においてもそのまま有効であった。二つの例を示そう。
個人的なことであるが、もし私が結婚し、子供をつくることを望んだと したら、たとえこの結婚がもっぱら私の境遇なり情熱なり欲望なりにも とづくものであったとしても、私はそれによって、私自身だけでなく、
人類全体を一夫一婦制の方向へアンガジェするのである12)。
ロンドン近郊の陣地で、一人の〈地上勤務員〉が飛行機をぬすんで、一 度も飛行の経験がなかったのに、英仏海峡を飛びこえた。それは有色人 種であった。彼には搭乗員の仲間入りをすることが禁じられていた。こ の禁止は彼にとって主観的貧困化となっていた。しかし主観的なものは ただちにのりこえられて客観性に移行する。この拒否された未来は彼に とって彼の〈人種〉の運命と英国人の人種的偏見とを反映していた。植 民者に対する有色人種たちの一般的反抗が彼の内部ではこの禁止への個 人的拒否によって表現されたのだ。彼は白人にとって可能な未来はすべ ての人にとって可能であると主張するこのような政治的な立場を、おそ らく彼はそれをはっきりとは自覚していなかったが、しかも彼はそれを 個人的な執念として体験した13)。
特に、二つ目に挙げた例は興味深い。英仏海峡を飛びこえようとした有色 人種の青年にとって、その飛行はただの「鬱憤晴らし」だったかもしれない し、彼なりの「異議申し立て」だったのかもしれない。たが、問題なのは彼 の自覚的な(あるいは無意識的な)異議ではない。彼の行為が「白人にとっ て可能な未来はすべての人にとって可能である」という人間像を暴き立てて しまう、ということである。
したがって、サルトルの有名な言葉「自由の刑に処せられている」は文字 通りに受け取るべきである。人間にとって自由とは過酷なのである。不安と ともに将来の人間像へ投企してしまうという過大な責任を、われわれは自己
五
サルトルのカント的障壁について
欺瞞によってかつかつ回避することしかできない。であるならば、自己欺瞞 の払拭こそがサルトルの第一の道徳的課題とさえ言える。ここにおいてもカ ントとの派生的な類似性がみられる。カントは「道徳性の原理の正反対は、
自分自身の幸福という原理を意志の規定根拠とする場合である」14)と言う。
「純粋実践理性の原理論」と「純粋実践理性の方法論」から成るカントの第 二批判のタイトルが『純粋実践理性批判』ではなくて『実践理性批判』なの も、われわれの実際の(したがって不純な)活動における「傾向性」の排除 という方向づけが、それだけで道徳的課題でもあるということであろう。こ こにも《自己欺瞞》の告発がついてまわるサルトル倫理学との類似性が指摘 できる。
だが、より一層重要なのは、ジェイムスンが「カント的とも言うべき障壁」
と呼ぶこのサルトルのカント的機制によって個(=独自的)と普遍とをつな ぐ紐帯の役割を果たしていることである。何が問題か。ジェイムスンが「モ ナド的」と呼ぶ社会像(窓がないにもかかわらず世界を表象できるモナドと いう意味と、「予定調和説」と親和性があるという見立ても当然あろう)がネッ クとなって、〈全体性への契機としての個〉〈媒介としての個〉というヘーゲ ル弁証法の磁場から抜け出せなくなる。「主体性がはかない現象である点を サルトルが強調している(……)とは言え、この強調には代償が、きわめて 高い代償がある。ヘーゲル主義という代償である」15)。
要するに、サルトルの「独自的普遍」の着想は、ヘーゲルの「一切を左右 する要点は真なるものをただ単に実体として把握し且つ表現するだけでな く、全く同様に主体としても把握し表現する」16)という主張のただの焼き直 しではないか、という疑義である。さらにいいかえると、ルカーチの『歴史 と階級意識』での「全体性」の概念へのサルトルの批判が、ブーメランのよ うに、そっくり――表出的全体性の誤りとして――サルトル自身に帰ってく るのではないか、という疑義である。
だから、ジェイムスンはサルトルの現代性は「実践的-惰性態」を分析し「集 合的意識」を解剖した『弁証法理性批判』にこそあるとするのだ。「同一性 よりも差異のほうが豊饒だと考える現代思想からすれば、全体化という言葉 は統合性を優先するように見えるだろう。われわれは、複数の主体が多様で
六
大正大學研究紀要 第一〇三輯七 異質であることを望み、〔歴史の〕過程――たとえ絶え間ないものであって も――よりも、複数の主体―立場が相互に通訳不可能であることを好む」17)。 そんな現代思想にあって、「階級意識を本性および機能を新たな仕方で把握 する」18)ことを可能とし、「ゲリラ兵(あるいは遊牧民)の編成単位のよう な小集団の力学が、より大きな集合体(世論のような)を特徴づけている集 列的疎外と対比される『弁証法理性批判』のくだりは、政治および哲学の次 元において、今なお類まれな喫緊の課題を示している」19)とジエイムスンは 結論づけたのであった。
3.サルトルも強迫神経症なのか
ところで、最近になって、新しいヘーゲル像が打ち立てられようとしてい る。ラカン派マルクス主義者を自称するジジェクは『イデオロギーの崇高な 対象』の「はじめに」において、
「絶対知」は、「矛盾」をすべての同一性の内的条件として最終的に受け 入れる主体的立場を指している。いいかえると、ヘーゲル的「和解」は、
すべての現実を〈概念〉に止揚するという「論理万能主義」などではなく、
〈概念〉そのものが(ラカン派の用語を使えば)「すべてではない」とい う事実にたいする最終的同意である20)。
と、ラカン派精神分析の思想にのっとり、新しいヘーゲル像を打ち立てよう とする。
ヘーゲルにとって弁証法とは、克服の過程の物語などではなく、そう した企ての失敗の体系的記録である。(……)一種の「ヘーゲルに帰れ」
を達成する。ラカン派精神分析に基づいて読み直すことによって、ヘー ゲルの弁証法を再活性化する。ヘーゲルは「観念論者-一元論者」だと いう一般的イメージはまったく間違っている。ヘーゲルの中に見出さ れるのは、差異と偶然に対する史上最強の肯定である。「絶対知」とは、
ある根源的喪失の認識に与えられた名に他ならない21)。
史上初のポスト・マルクス主義は誰あろうヘーゲルその人であったとい
サルトルのカント的障壁について八
うテーゼを擁護することが可能である22)。 と宣言している。
だとすると、同じカント-ヘーゲルという展開としても、ジェイムスンの いうカント的障壁によってサルトルが巻き込まれた 「ヘーゲル主義という代 償」 は、ネネガティブな意味合いではなくて、有意義な可能性さえ展望でき るかもしれない。本論稿では、新しいヘーゲル像の可否についてはふれない。
ここで取り上げたいのは、「あとほんの少しでヘーゲルだった」(大澤真幸に よる解説)23)カント-ヘーゲルについて集中的に検討されている『イデオロ ギーの崇高な対象』の第Ⅲ部「主体」のところである。《症候》によって哲 学者を分析していくジジェクならではの解読であるのだが、ここではカント は「強迫神経症」と診断されている。これと同じように、サルトルに対して も強迫神経症という診断がくだされるのかどうかである。(大澤真幸は――
「ラカンは難しい。しばしば何を言っているのかさっぱり分からない。本人 すら、自分が何を言っているのか分かっていなかったのではないか、と思う ほどに分からない」。そのラカンの学説をジジェクが「解説=反復」すること で「はじめてラカンの理論や思想は完成するのではないか」と述べている24)。 本論稿ではこの言に従ってラカンとジジェクの差異にはふれない。つまりラ カンとジジェクの根幹思想は同じものだという前提で話を進める。)
強迫神経症とは「ある観念にとらわれ、ある行為をせざるをえなくなる神 経症の意」である(『心理学辞典』誠信書房より)。たとえば鍵をかけたのか が心配で、何度も確認し、外出できなかったり、就寝できなかったりする症 状のことである。ジジェクは、ヒステリー的神経症の対比しつつ、強迫神経 症を次のように定義しなおしている。
ヒステリー的な神経症者は待つことに堪えられず、焦りまくり、「自分 を追い越し」、この短気のせいで欲望の対象を捕まえそこなう。あまり に性急にそれを捕まえようとするからだ。一方、強迫神経症者は対象と の出会いを無限に延期できるような一大システムを作り上げる。決定的 瞬間はけっして来ないのである。(……)強迫神経症者の問題は、対象 があまりに多くの快楽を与えてくれることである。対象の過度の充溢の ために、対象との直接的遭遇は堪えられないので、彼は遭遇を先延ばし
大正大學研究紀要 第一〇三輯九 にする。(……)「自分が本当は何を欲しているのか、わからない」と感 じたとき(……)強迫神経症者は疑念に苛まれる。彼は決めることがで きない。つまり彼は疑問を自分自身にぶつけるのである25)。
カント哲学に寸法をあわせたかのような、おあつらえむきの定義である。
カントにとって対象それ自体の認識ができればそれは望外の喜びではあろ うが、ヒュームによって微睡をやぶられてしまった以上、カントは経験判 断(自然科学の業績)の普遍妥当性を守るために、経験判断が対象それ自体 と完全な一致ができない「物自体」という先送りの一大システムを作り上げ た、ということになろうか。事実、カントは物自体の認識を、「ノウーメノ ン noumenon」だとして、断固できないとした(ジジェクが指摘するカント の強迫神経症ぶりは『プロレゴメナ』のほうが、論述が短い分、その執拗さ が際立っていて伝わりやすいだろう)。物自体に触発されて、その情報を感 性形式として受け取り、悟性のカテゴリーによって構成するというカントの 認識論の基本設計では、物自体(対象そのもの)の設定で実在論と結びつき つつも、悟性の自発性によって対象を構成するところに普遍妥当性の根拠を 置く。鍵となるのは、(ジジェク風に言えば)物自体の不可知性とセットになっ ている悟性の自発性を盾に取った先験的領域へのカントの引籠もりである。
では、サルトルの場合はどうなるであろうか。たとえばサルトルの「即自 存在」はカントの「物自体」のように強迫神経症の欲望の対象(トラウマ)
を形成しているだろうか26)。――強迫神経症者にとって欲望の「対象があま りに多くの快楽を与えてくれる」のであるなら、即自存在は意味の帰趨中心 でもないし、まさに存在が(嘔吐の気分で示される)無意味であることの定 義であるわけだから、そうではあるまい。『存在と無』の冒頭で、フッサー ル現象学が現象と背後世界(物自体)の二元論を克服したことを激賞してい るサルトルがいとも簡単に先祖返りしているとも考えにくい。
強迫神経症者とって欲望の「対象が過度の充溢のために、対象との直接的 遭遇は堪えられないので、彼は遭遇を先延ばし」にし、「対象との出会いを 無限に延期できるような一大システムを作り上げる」というのであれば、そ れはサルトルにとって、前期であれば《即自かつ対自存在》、後期であれば《独 自的普遍》が対応するのではないか。そう仮定すれば、確かにいくつかのサ
サルトルのカント的障壁について一〇
ルトル思想の特徴に説明がつく。たとえば、全体性からの配置から――とい うことはすでに何らかの形で全体性が与えられている――プロレタリアート の階級意識を語るルカーチへのむき出しの敵意27)、「認識することは『に向 かって己を炸裂さす s’êclater vers』こと」28)というフッサールの志向性の概 念のよりいっそう純化された自発性の強調、そしてなにより「ねばねばした もの visqueux」に対する繰り返される嫌悪、などがそうである。特に「ね ばねばしたもの」に対する嫌悪29)は、ねばねばしたものによって対自の自 発性が「とりもち」のように即自存在にはりついてしまい、《即自かつ対自》
が仮象的に成立し、惰性的に反復されることへの義憤/私憤として、サルト ル思想を独特の色合いをつけている。この点は、フロイトの《無意識》の機 能は認めつつも(『主体とは何か?』の講演では《非-知》と言い換えられ ているし、そして実際『フロイト』というシナリオを書いているほどだが)、《無 意識》の概念はかたくなに認めないサルトルの一貫した態度表明にも表れて いる。無意識は意識の自発性を取り込んでしまう。
ということは、カントもサルトルも、意識主観の自発性がみずからの思想 体系の根幹をなしていることは指摘できる。
ジジェクからもうひとつ、カントの崇高論を逆手にとった(先に引用した)
ヘーゲル思想の優位性について議論を導入しよう。とは言っても、そこでの 議論はかなり錯綜しているので詳述は避け、ただ「主体と彼が属している共 同体との関係には、つねに強制された選択(choix force)という逆説的な点 がある」30)というテーゼのみを使う。それによれば、われわれが自由を行使 しようとするならば、事前に「全責任を引き受ける身振り」31)、「状況全体に 対する自分の形式的責任」32)を設定しておかなければならない。主体の責任 という形式は自由選択の内容に先立つ――「『与えられたものを選ぶ』こと、
つまり(……)われわれが与えられたものを自分の作品として「措定」する 形式的転向の行為そのもの」33)である。
もともと文意の取り難い議論なのだが、ちょうど都合よくジジェクはこの 件でサルトルを比喩として用いているので、引用しよう。
サルトルは主体を、物質的・実体的内容をいっさいもたない純粋な否定 性・空無と捉えることによって、あらゆるブルジョワ的内容を捨て去っ
大正大學研究紀要 第一〇三輯一一 た。しかし、ブルジョワ的主体性の純粋な形式が後に残った。そこでサ ルトルは最後の最も困難な課題をやり遂げなくてはならなくなった。こ のブルジョワ的・個人主義的主体性の形式を棄てて、労働者階級に身を 投じるということである。この〔共産主義者たちとの〕論争は単純では あるが、一粒の真実を含んでいる。いわゆる「ブルジョワ的・自由主義的 急進主義」の盲点は、あらゆるブルジョワ的内容を悲壮な決意で犠牲にす ることが、ブルジョワ的主体性の形式を肯定することではなかろうか34)。 ここから二つのことが読み解ける。一つは、ジシェクはサルトルをブルジョ ワ的主意主義者としていること。もう一つは、今しがた指摘した自由は「形 式的全責任」を強制的に選択した身振りをしなければならない、ということ である。
しかしながら、後者はすでにサルトルが「私の戦争」という表現で、『存 在と無』第四部第一章Ⅲ「自由と責任」において主張していたことの焼き直 しではないか35)。――「人の一生の内には、偶発事などというものは存在し ない。不意に爆発し私をひきずりこむ或る社会的な出来事も、外からやって くるのではない。もし私が或る戦争に動員されるならば、この戦争は私の戦 争である」36)。この「強制された選択」論については、サルトルについて彼 の「根源的選択」と「自己欺瞞」の概念から、コリンソンも同じような解釈 をしている37)。つまり、サルトルの「自由の刑に処せられている」という言 葉は、「強制された選択」論として読めるし、また読まなければならない。
ジジェクの発想を取り入れると、サルトルはカント的障壁を立てることで ヘーゲルという代償を払うことになったという(冒頭にあげた)ジェイムス ンの主張は、別の意味合いをもってくるのではないか。つまり、サルトルに はカント的要素があるけれども、ジェイムスン的なヘーゲル(表出的全体性 の権化)ではなくて、ジシェク的なヘーゲル像への接近が見て取れる。サル トル思想は、主意主義としてオミットされるのではなく、ポストモダン以降 のイデオロギー空間/ディスクールにコミットできる可能性が浮かび上がっ てくる。
サルトルのカント的障壁について一二
4.おわりに
谷口佳津宏「サルトルの栄光と不幸――『存在と無』をめぐって」におい ても、加藤尚武『現代倫理学入門』でのサルトルの扱われ方をやり玉にあげ て、サルトルの「主意主義的傾向」という誤解の現状を嘆いている38)。これ だけではない。次のような主張もある。
どのような状況においても、人間は自由であることができる。自由に選 択し、自分が存在する目的を決定することができる。サルトルがこうし た主張を行うに至った背景には、本書〔『存在と無』〕が第二次世界大戦 の最中に著されたという事情がある。サルトルは、第二次世界大戦でド イツ軍の捕虜となり、脱走後、レジスタンス活動に参加した。本書の自 由論は、そうした極限状態でいかに自由を確保できるか、というモチー フから導かれたものだ。しかし、哲学では極限状態から倫理を構想する のはルール違反だ39)。
そんなことを言い出したら、ハイデガーのみならず、(その本ではふれられ ていないアドルノはさておくとしても)レヴィナスだってアーレントだって、
その思想形成に第二次世界大戦が関係していないことを立証しなければなら ないだろうが、そんなことは無理である40)。
サルトルを主意主義の権化としてカリカチュア化したくてしかたない風潮 はあとをたたない。もちろん、ジェイムスンはそんな風潮とは対極にいる思 想家である。サルトルの現代性を同定しつつ、『弁証法理性批判』期のサル トルにそれを求めている。
ジェイムスンやジジェクの読みとは別の可能性もある。
ここでわれわれは疎外論の伝統の中で極めて興味深い問題に出会う。
ヘーゲル = マルクス的伝統では疎外という問題構成は、「自己」の概念 を本来的なものとして価値化したうえで、その疎外を語るものであった。
つまりこの言説構造においては、疎外とは「自己」からの疎外であり、
疎外からの解放とは「自己」への復帰であった。他方、サルトルは「自 己」への疎外を主題化したのである41)。
清の立論では、自己への疎外の告発は「浄化的反省」とセットになっている。
大正大學研究紀要 第一〇三輯 しかしこの浄化的反省は、周知のごとく、『存在と無』においても予告され ているだけでほとんど語られていない。現在、未邦訳の『倫理学ノート』を 中心にした「浄化的反省」の概念の精緻化が試みられてはいるが、なお、断 片的である42)。
イーグルトンは『イデオロギーとは何か』の中で、「社会主義者というのは、
生きそして死んでいったほとんどのひとびとが、悲惨でみのりのない過酷な 労働の障害をおくってきたことへの驚きを失わない人間のことである」43)と 定義し、ポストモダンの全面的相対主義化の祭典後を受けて「解放のクリ ティーク」の構築を目論んでいる44)。今後、浄化的反省がより精緻化するな らば、ヴェイユなら「ウイ」といい45)、サルトルなら「ノン」という「反転 攻勢に打って出る die Ausgangsstellung ist umgedreht 」46)ポイント指示す ることで、「解放のクリティーク」ともコミットすることができるのではな かろうか。
【註】
1)サルトル『主体性とは何か?』、178 ~ 9 頁 2)同書、158 頁
3)カント『プロレゴメナ』、54 ~ 5 頁
4)司馬春英『現象学と比較哲学』北樹出版、1998。第 1 章「フッサール とカント――両者における『超越論的』という概念の相違について」を 参照。
5)サルトル『存在と無』Ⅰ、21 頁
6)サルトル「情動論粗描」、『自我の超越 情動論粗描』所収、168 頁 7)サルトル『存在と無』Ⅰ、23 頁
8)サルトル『主体性とは何か?』、68 頁ほか 9)サルトル『実存主義とは何か』、21 ~ 2 頁 10)同書、64 ~ 5 頁
11)すでに『弁証法的批評の冒険』においてジェイムスンは、ボーヴォワー ルの『両義性のモラル』の記述――「自己が自由であることを欲する ということは、他の人々が自由であるあることを欲することでもある」
一三
サルトルのカント的障壁について一四
(151 頁)、「個人の自由は、他者の自由をとおしてしか、実現されえな いからである」(218 頁)などを参照しつつ、このカント的障壁を「サ ルトルが考え出したと思われる唯一の解決は、古典的なカント流の解決 であって、私は、他者の自由を同時に実現することなしには、自分自身 の自由を実現することはできない、私は、他者の自由をも同時に目的と 見なすのでなければ、自分自身の自由を目的と見なすことができない、
というものであった」と要約し、問題化している(200 頁)。ただし、
そこではこの解決策は「非歴史的」で「外部および上からの判断に基け られている」といい「まったくわれわれをがっかりさせる」としている。
しかも『共産主義と革命』執筆時期に「サルトル倫理学の新たな前進」
があったとし、カント的障壁を『弁証法理性批判』期に持ち越していな いような記述をしている。したがって、カント的障壁の問題系をジェイ ムスン自身が「サルトルの現代性」で改めて「モナド的」=表出的全体 性として設定し直しているのである。
12)サルトル『実存主義とは何か』、21 頁 13)サルトル『方法の問題』、107 頁
14)カント『実践理性批判』第一部第一篇第一章第八節「定理四注二」、82 頁。
15)サルトル『主体性とは何か?』、182 頁 16)ヘーゲル『精神現象学』上巻、16 ~ 7 頁 17)サルトル『主体性とは何か』、181 頁 18)同書、184 頁
19)同書、180 頁
20)ジジェク『イデオロギーの崇高な対象』、20 ~ 1 頁 21)同書、22 頁
22)同書、19 頁 23)同書、427 頁 24)同書、429 頁 25)同書、355 頁
26)「物自体 Ding an sich」と「即自存在 être an soi」というそれこそ「言葉」
の次元での親和性は偶然ではない――ジェイムスン『サルトル』の三宅
大正大學研究紀要 第一〇三輯一五 芳夫「訳者解説」に、この指摘がある(317 頁)
27)サルトル『方法の問題』でルカーチに向けられた皮肉――「ブタペスト の地下鉄はラコシ〔ハンガリーの政治家〕の頭の中では現実のものであっ た。それでもしもブタペストの地層がその建設をゆるさないならば、そ れはその地層が反革命であったということになる」(30 頁)――痛烈だ。
28)サルトル「フッサールの現象学の根本理念」、『シチュアシオン』Ⅰ 所収、
27 頁
29)サルトル『存在と無』Ⅲ、451 ~ 2 頁。――ねばねばしたものについ ての恐怖は、事実性がたえず知らぬままに進行して、《事実性を存在す る》対自を、吸いこみはしないかという恐怖である。(……)「即自-対自」
が現実に存在しないと同様に、現実には存在しない存在、単にねばねば したものによって代表されるにすぎない存在についての恐れである。
30)ジジェク『イデオロギーの崇高な対象』、308 頁 31)同書、403 頁
32)同書、396 頁 33)同書、402 頁 34)同書、397 頁
35)サルトル『存在と無』Ⅲ、312 ~ 20 頁。ほぼ同じ内容の記述が『精神 現象学』(上巻、416 頁)にもある。
36)同書、314 ~ 5 頁
37)ディアーネ・コリンソン『哲学思想の 50 人』、356 頁 38)『サルトル読本』60 頁
39)平原卓『読まず死ねない哲学名著 50 冊』、385 ~ 6 頁
40)本筋からは外れるが、ジジェクはハイデガーとナチズムの関係を暴いて いる。『厄介なる主体』第一部第一章を参照。――ハイデガーは存在論 的な哲学に取り組んでいた「にもかかわらず」、ナチの政治事業に関与 してしまったのではない。その取り組みのために関与したのだ(28 頁)。
(アドルノを中心に)フランクフルト学派のマルクス主義は、そのメン バーの何人かが、ナチス・ドイツからの亡命者であっただけに、ファシ ズムという「極端な」イデオロギー宇宙を、それとはまったく異なるリ
サルトルのカント的障壁について一六
ベラルな資本主義体制に投影しないではいられなかった(イーグルトン
『イデオロギーとは何か』269 頁)。
レヴィナスの場合(……)彼の生涯は歴史そのものと、すなわち二十世 紀ヨーロッパの恐ろしい破滅に満ちた激動の歴史と、かかわり合ってい る。そしてこの事態を全く度外視するならば、レヴィナスの思索の歩み を理解することはできないのである(ヴァルデンフェルス『フランスの 現象学』236 頁。執筆者はシュテファン・シュトラッサー)。
41)清眞人「媒介者としての『倫理学ノート』――『存在と無』から『弁証 法理性批判』へ」、『サルトル読者』所収、71 ~ 2 頁。
42)現象学的還元のおこなう浄化的反省は、情動を、それが魔術的というか たちで世界を構成する姿において捉えることができる。――「私が彼を 憎らしく思うのは、私が怒っているからだ」と。しかしながら、こうし た反省は稀なものであって、特殊な動機づけを必要としている。ふつう には私たちは、情動の意識のうえに、共犯的反省を向けているのであっ て、この反省の方は、なるほど意識を意識としてとらえはするが、でも それを、対象によって動機づけられた姿でしかとらえないものだ――「私 が怒っているのは、彼が憎らしいからだ」と(「情動論粗描」166 頁)。
43)イーグルトン『イデオロギーとは何か』、182 頁 44)同書、278 頁
45)不幸のもっとも大きな特徴とは、自らが属する社会からの全的放擲であ る。たしかにそこに存在しているのに、人々から「見えない存在」とな ることである。すなわち、人々から「無いもの」として、あるいはモノ として扱われることである。このような状態に貶められた場合、わたし たちの心は砕け、倒れてしまう可能性がきわめて高い。だがこの絶体絶 命のようにわたしたち誰しもが有している心のうちなる一点が開花する 可能性にヴェイユは着目する。(……)絶望であれば絶望というそのリ アリティをじっと見つめ、そのリアリティに対して「イエス」と言いう るならば、すなわち、同意しうるならば、わたしたちは、それぞれの現 場に根ざしつつ、「わたし」において、「わたし」を離れ、それゆえにこ そ「わたし」でありうる。このとき、もっとも自由でもっとも活き活き
大正大學研究紀要 第一〇三輯 した感情である「美の感情」がわたしたちのうちから溢れ出ている。こ のことを指してヴェイユは「詩をもつ」と述べるのであった(今村純子 責任編集『シモーヌ・ヴェイユ』10 ~ 1 頁)。これほど簡潔にヴェイ ユの思想を抉り出した文章を他に知らない。他に『サルトル読本』での 合田正人の発言も参照(45 ~ 48 頁)。
46)Marcuse, s.11 なお、この語句については拙論「サルトルにおける悪 の問題」(『悪を哲学する』所収)参照。
【参考文献】
サルトル『主体性とは何か?』澤田直・水野浩二訳、白水社、2015。ジェ イムスン「サルトルの現代性」を所収
サルトル『存在と無』ⅠⅡⅢ、松浪信三郎訳、ちくま学芸文庫、2007 サルトル『実存主義とは何か』伊吹武彦訳、人文書院、1955
サルトル「情緒論粗描」『自我の超越 情動論粗描』竹内芳郎訳、人文書院、
2000、に所収
サルトル『方法の問題』平井啓之訳、人文書院、1962
サルトル『弁証法理性批判』ⅠⅡⅢ、平井啓之ほか訳、人文書院、1962 ~ 73 サルトル「フッサールの現象学の根本理念――志向性」白井健三郎訳、
1939、『シチュアシオン』Ⅰ、人文書院、1975、に所収
サルトル、ガロディほか『マルクス主義における人間の問題』中村丈夫訳、
合同出版、1969
ボーヴォワール「両義性のモラル」松浪信三郎・富永厚訳、『人生について』
人文書院、1968、に所収
カント『実践理性批判』波多野精一・宮本和吉・篠田英雄訳、岩波文庫、
1979
カント『プロレゴメナ』篠田英雄訳、岩波文庫、1977 ヘーゲル『精神現象学』上巻、金子武蔵訳、岩波書店、1971
澤田直編『サルトル読本』法政大学出版局、2015。谷口佳津宏「サルトル の栄光と不幸」、清眞人「媒介者としての『倫理学ノート』」、合田正人・
松葉祥一・澤田直による共同討議「新しいサルトル像を求めて」を所収
一七
サルトルのカント的障壁について一八
司馬春英『現象学と比較哲学』北樹出版、1998
フレデリック・ジェイムスン『弁証法的批評の冒険――マルクス主義と形式』
荒川幾男・今村仁司・飯田年穂訳、晶文社、1980(原著出版は 1971 年)
フレデリック・ジェイムスン『サルトル――回帰する唯物論』三宅芳夫ほか 訳、1999
テリー・イーグルトン『イデオロギーとは何か』大橋洋一訳、平凡社ライブ ラリー、1999
Slavoy Zizek, ”The Sublime Object Of Ideology” Verso, ver.2008
スラヴォイ・ジジェク『イデオロギーの崇高な対象』鈴木晶訳、河出文庫、
2015
スラヴォイ・ジジェク『厄介なる主体――政治的存在論の空虚な中心』1、
鈴木俊弘・増田久美子訳、青土社、2005
今村純子責任編集『シモーヌ・ヴェイユ』現代詩手帖特集版、思潮社、
2011
ヴァルデンフェルス『フランスの現象学』佐藤真理人監訳、法政大学出版局、
2009
ディアーネ・コリンソン『哲学思想の50人』山口泰司・阿部文彦・北村晋 訳、青土社、2002
平原卓『読まずに死ねない哲学名著 50 冊』フォレスト出版、2016
Marcuse : “Existentialismus. Bemerkungen zu Jean Paul Sartres L’Être et le Neant (1948)” Herbert Marcuse Schriften.Band 8, Surkamp, 1984.
大正大学綜合仏教研究所「悪の問題」研究会編『悪を哲学する』大正大学綜 合仏教研究所叢書 13 巻、北樹出版、2003