財務諸表監査における内部統制概念の変容の意義
一財務諸表監査の構造変化一
高 井 美智明
目次
1.はじめに
一内部統制概念の変化一 2.内部統制構造
(internal COntrOl StruCtUre)について 3.おわりに
一内部統制構造と財務諸表監査の構造変化一
1.はじめに一一内部統制概念の変化一
とりわけてここ15年ほどの間に,アメリカの企業会計・財務諸表監査が,そ の社会的機能に対して集中豪雨と表現できるような批判を浴びてきていること は誰の目から見ても疑いのない状況である。すなわち,この期間の顕著な特徴 は,一般(投資)大衆が直接に被害をこうむる経営不振,事業閉鎖,企業倒産
■ ● ・ ● ● ・ ●
が起こる度ごとに,事後的に経営者の不正(dishonesty, fraud, irregularities,
misrepresentation) 誤謬(errors)が発覚する状況が議会等の委員会をして,
企業会計・財務諸表監査の社会的機能に対する疑念の解明に乗り出させ,アメ リカ経済社会全体の枠組との関連の中で,近代財務諸表監査の担い手であるア メリカ公認会計士協会(AICPAs)はもとより証券取引委員会(SEC)をも巻 き込み,企業会計ならびにその規制のあり方が真正面から検討されて来ている ところに見出しうるであろう響
その具俺印事例として,1976年にいわゆる上院メトカーフ(Lee Metcarf)
委員会報告が提出された。アメリカ公認会計士協会(AICPAs)は,ピア・レ ビュー(peer revie l会計事務所相互検査)制度の導入と同時に「監査基準書
(SAS)」No 16(1977)を公表し,そこで「監査プロセス固有の限界」以外の
重大な誤謬や不正については監査人は責任を負うことを初めて主張費ようや
く当該「報告」に対応したのであった。
しかしながら,当該「報告」はアメリカ会計理論・制度にそれほどの影響を 与えることもなかったといわ麗fまた,AICPAの監査基準審議会(ASB)「監 査基準書(SAS)」Nα16も「監査の失敗」には有効ではなかったと推測できる。
というのは,Metcarf報告のわずか2年後の1978年には,企業会計・財務諸 表監査にとって極めて深刻な,「エクスペクテーション・ギャップ(Expecta一
tion Gap)」の存在を指摘した,いわゆるコーエン(Manuel F. Cohen)委員 {5}会報告が公表されたからである。
Expectation Gapとは,財務諸表の利用者は,監査人は被監査企業の経理不 正を摘発し,倒産可能性などの重要な警告を提供してくれるものと考えており,
一般投資大衆の監査に対するそうした期待と,監査(人)が現実におこなって いることとの間の断絶のことである。この報告書を契機として企業会計・財務 諸表監査の社会的機能への問題提起は,より具体的なかたちを成し,このGap をいかにして埋めることが可能であるかという主要課題に展開していった。
「監査の失敗」と「Expectation Gap」が展開してゆく中で,1980年代に頻 発した金融機関の倒産[Peen Squaer Bank(1982),The United Bank(1982),
Continental Illinois(1984)など]を契機として1985年に組織された通称下院 16}
fィンゲル(John D. Dingell)委員会との協調関係のもと,1987年にはトリ {71
ッドウェイ(James C. Treadway)委員会報告によってまたもや企業会計・財務 諸表監査の社会的機能についての検討,改革案が提出された。
同委員会では,「監査の失敗」ならびに「Expectation Gap」という状況を 生み出す,不正財務報告(fraudulent・financial reporting)に焦点が当てら れ,第一に公開会社に対して,トップ・マネージメントが不正財務報告を防止 ないし早期に摘発することの重要性を指摘し,①内部会計統制・内部監査機能 を充実する。②すべての公開会社は不正財務報告が防止できるまたは早期発見 が可能となることを合理的に保証する内部統制を維持しなければならない。③ 外部取締役からなる監査委員会の強制的設置。そこでは内部統制(internal control)を含む財務報告プロセスの監視,公認会計士の独立性について経営者 がおこなった評定のレビュー等をおこなう。④株主宛年次報告書にマネジメン
ト・レポート(財務諸表はあくまで経営者の責任である旨の明記,内部統制の 有効性に関する経営者の意見掲載など)を含めるべきである,との四点を勧告
した。
第二に独立公会計士に対しては,①監査報告書で,監査の役割と限界を明ら かにすること。②内部会計統制システムをレビューした結果を監査報告書で指 摘すること。③不正行為・粉飾を発見した場合,ただちに企業マネージメント と監査委員会に連絡すること。④こうした不正行為・粉飾が短期間のうちに訂 正されない場合には,関係官庁へ報告すること,の四点が提案された。
Treadway委員会勧告に対して, AICPAsのASB(Auditing Standards
B・a・d:監査基準審議会)は,SAS・(St・t・m・nt・・f A・diti。g Stand。,ds
:監査基準書)の改訂によって対応した。この新SASsは,上述のMetcarf 報告(1976)を経て・Cohen(1978)・Treadway報告(85年公開草案,87年 最終報告書)を受けたかたちで,1985年に改訂作業を開始し,1987年2月には 公開草案公表,1988年2月には九つの新基準を内容とした最終報告書を提出課
「監査の失敗」や「Expectation Gap」に体現されている,1970年代の終わり からの企業会計・財務諸表監査の社会的機能に対する厳しい疑念に対して,
AICPAs自らがおこなった対応のいわば集大成とでも表現できるものである。
言うまでもなく,上述の各委員会は,組織された直接の目的,時期,環境を 微妙に違えている。ところが,いずれの委員会においても,経理不正を伴った 経営不振,事業閉鎖,企業倒産,そして監査人への損害賠償訴訟などを内容と する「監査の失敗」,「Expection Gap」解消への勧告・提案には,共通して 内部統制という一つの重要な概念が取り上げられていることに気づくのである。
もちろん内部統制(internal contro1)概念は財務諸表監査においては決し て新しい概念ではなく,むしろ過去において幾度も検討されている。というの は,内部統制概念が財務諸表監査の運用にあたっての重要な構成要素の一つを 成しているからである。しかしながら,これまでの内部統制概念は次節で検討 するように,その歴史的展開・変遷に沿って比較分析をするとか,試査との関 係で,あるいはまた徒楽貞あおとなろ不正・誤謬の発見・防fとの関係での研 究など,概して監査手続との関係に限定して検討されてきたようである。
新SAS Nα55は,①今までの財務諸表監査が企業の実態を把握しておらず,
旧来の監査に従う限りでは最悪の場合,倒産にまで導く可能性を示唆している
Expection Gap解消への具体策であり,②ゆえに一連のSASsの中核を成して
いる点(実施時期を他のSASよりも遅らせて90年1月1日としている点でも新
SASsの中での重要性が窺われる)で,③さらに具体的には, SAS Nα55は財務表
監査にあたり,内部統制(internal controDから,内部統制構造(intemal
control structure,以下IC Sと略記)へと概念を拡張することにより,監査人
● ● ● ● ● ・
は,従業員の不正のみでなく,経営者の不正(dishonesty, fraud, errors,
irregularities, misrepresentation)をも含めて,財務諸表上に重大な誤りが発 生するリスク(the risk of material misstatement)を評価する責任を明示 した,という少なくとも以上3点において,従来の内部統制概念と比較すると,
もはや,監査手続上の変更がなされたという認識には止まりえないほど監査人 の責任を拡大し撃従来の内部統制概念を大きく変更した。
内部統制概念はその具体的意味が,財務諸表監査が置かれている社会的・経 済的環境と,そこから規定されてくる監査目的・財務諸表監査への役割期待に よってはじめて与えられるのであり,したがって,SAS Nα55が提示した内部 統制構造の意義は,財務諸表監査理論・制度(社会的・経済的環境)と現代に おけるそれらの変化との関わりのなかで検討をすることにより,はじめて明ら かにされてくるであろう。
こうした視点から本稿では,新SASsの個々のすべてを,現時点の企業会計
・財務諸表監査制度と直接的にリンクさせて考察するというよりも,必要な限 りで他のSASとの関連を考慮することとして, SAS Nα55における内部統制構 造(ICS)概念に検討の題材を求め,従来の内部統制概念を検討する(第2節)。
そこから最後に財務諸表監査の構造を解明し,内部統制概念の変化のダイナミ ズムを踏まえ,内部統制構造(ICS)概念がアメリカの現代の財務諸表監査の特 徴と展開の方向にいかに影響を与えるかを考察しよう。
(注)
1)こうした視点から,拙稿「アメリカにおける短文様式監査報告書についての一考察」
『武蔵大学論集』第三十四巻第二・三。四号(1986年12月),ならびに拙稿「近代監 査におけるGAAPの意味について(上)」『茨城大学人文学部紀要(社会科学)』
第22号,1989年3月,拙稿「近代監査におけるGAAPの意味にっいて(下)」 『茨 城大学政経学会雑誌』第57号(1989年12月)では,監査報告書の長文化傾向(未確定
事項・補足事項の重視)を題材として財務諸表監査ならびに監査人の機能の変容につ いて示した。
2)The Staff of the Subcommittee Reports, Accounting and Manage一
ment of tb U. S. Senate Committee of Government Operations,跣θ
Accoωπ¢επ8P趣ホαbZ語1mεπ¢,1976.3)1977年AICPA監査基準審議会(ASB)『監査基準書』,SAS Nα16(AICPA,
σod諺cαε oπ (ゾ 8凄α emθπε oπ ノ〜ωd ε π8 S鴇απdαrds,section 327, 1987.)に
おいては,誤謬(errors)を「財務諸表の無意識的な誤り」,不正(irregularites)
を「財務諸表を意識的に歪めること」と定義している。そして,「独立監査人の一般 に認められた監査基準に基づく財務諸表監査の目的は,財務諸表が一般に認められた 会計原則に準拠して会社の財政状態,経営成績及び財政状態の変動を適正に表示して いるか否かについての意見表明である。したがって,一般に認められた監査基準の下 では.監査人は,監査プロセス固有の限界を越えない範囲で,財務諸表に重大な影響 を与える誤謬ないし不正を発見するために監査を計画することの責任を負い,かっ,
そのような監査をおこなうにあたって正当な技術と注意を払う責任を負う(強調は引 用者)。…もし,監査の結果,重大な誤謬ないし不正が存在しているかもしれないと 思われる場合には,監査手続を拡張しなければならない。独立監査人の標準的な報告 書は財務諸表は全体として誤謬ないし不正による重大な虚偽表示はないという監査人 の信念を暗黙のうちに(implictly)示しているのである」と述べている。
ここにいう,監査プロセス固有の限界とは①試査であるがゆえに重大な(従業員の)
誤謬ないし不正を摘発できない,②経営者の内部統制の無視や共謀,文書偽造,記録 されない取引などによっては不正が発見でさないリスクのことである。千代田邦夫稿
「 エクスペクテーション・ギャップ と公認会計士」『産業経理』vol,48, Nα3,
1988,および千代田邦夫稿「不正の摘発と監査」『会計ジャーナル』1988年5月号を参照。
4) 今福愛志稿「会計規制の新展開一アメリカ下院ディンゲル委員会をめぐって一」
『産業経理』Vol.48,血3(1988)を参照。
5) cf.,Summary of the Conclusions and Recommendations of the Co一 mmision on Auditor s Responsibilities,7先θJo醜α q〆.Acco協απcッ,
April 1978.ならびに千代田,前掲稿「 エクスペクテーション・ギャップ と公認 会計士」48−57頁を参照。
ここでは同委員会の勧告のポイントだけを指摘しておこう。①不正の発見に対する 監査人の責任に関して,職業専門家としての正当な注意によって発見できる不正につ いては監査人は責任を負うべきである。②財務諸表監査は財務諸表の信頼性だけでな く,経営者の誠実性についても何らかの保証をすべきである。③その保証を得るため には,内部統制(internal control)の評定の意義が重視されざるを得ない,以上 3点である。さらに,拙稿「近代監査におけるGAAPの意味について(上)」を参照。
6)今福,前掲稿を参照。この今福論文は,上掲注5の拙稿(1989年3月)の注8にお
いては採り上げなかったディンゲル委員会の活動が,中小の金融機関という限られた領域 の会計と監査問題ではあったものの,80年代の経済環境の変化のなかでの経営と会計
。監査との関係の問題を最も集約的に示した,という視点から唯一,ディンゲル委員 会について詳細に検討している。
7)cf.,①Fraud Commission Final Report,Summary of Recommenda一 tion, Tんe Jo肱mαZφAccoωπεαcン, November 1987・②Don W・Baker・
Treadway Commission:Its Initial Conclusions, Mαπα9θmθπ亡 Accoωπε一 η9,December 1986.ならびに③今福愛志稿「不正財務報告と会計規制」『経済集 志」第59巻第1号(1989年4月)を参照。
8)SAS Nα55を除いて1989年1月、1日から実施されている, AICPAsのASBが公表 した新SASsは, Nq 53からNα61までの以下の計9つである。ここではさしあたり,そ の概略のみを指摘しておこう。
_不正及び違法行為の摘発一
<SAS Na53> 「誤謬及び不正の摘発・報告に関する監査人の責任」(The Au一 ditorもResponsibility to Detect and Report Errors and Irregularities)
は,SAS Nα16を改訂したものである。 SAS Na16においても既に,監査人は重大な 誤謬ないし不正を追求するための監査を計画することの責任を負っている,という点 が確認されていたものの,同時に,監査に固有の限界があることが指摘されていた(本 稿注3参照)。さらにSAS Na16において着目すべきことは, SAS Nα16が監査人が「経 営者誠実」(management s honesty・integrity)の前提を設けることは当然の権 利であると認めていた,.という点である(cf.,D. R. Carmichael, THE AUDITOR S
NEW GUID TO ERRORS, IRREGULARITIES AND ILLEGAL ACT,
Jo麗rπαZ o∫ムccoμπ古αηc)ノ, September 1988.)
こうした思考を有していた従来のSAS Nα16を改訂したSAS Na53は,監査人は財 務諸表上の重大な誤謬・不正を摘発することを合理的に保証する(つまり誤謬・不正 摘発に十分能力ある証拠資料を得る)べく監査を立案しなければならない,という点 ではSAS Na16の思考を継承し,基本的態度に変化がない。しかしながら, SAS Nα 53は, 『経営者誠実』の前提に立脚しないことを主張し,さらに, 『監査固有の限界』
を理由にして監査人自らが不正摘発責任の軽減を主張することを否定した。ここに従 来のSAS Nα16が有していた基本思考を劇的に変更したのである(cf.,D. R. Car一
michael,OP. c 乱)。<SAS Nα54> クライァントによる違法行為
一より効果的な監査一
<SAS Nα55> 「財務諸表監査における内部統制構造の考慮」(Consideration of the Internal Control Structure in a Finantial Statement Audit)。
これについては,本稿第2節で検討する。
<SAS Nα56> 分析的手続
<SAS Nα57>会計上の見積の監査 一外部への伝達の改善一
〈SAS Nα58> SAS Nα58「監査済財務諸表についての報告」〔Reports on
Audited Finacial Statements〕は,1948年以来用いられてきた監査報告書の改訂 Ir
をおこなった。すなわち,序文区分(introductory paragraph),範囲区分(sco一 pe paragraph),意見区分(opinion paragraph),補足説明区分(explanatory paragraph)の4つの区分表示をもっ監査報告書への改訂をおこなった。とりわけ「序 文区分」において,財務諸表それ自体に対する責任は経営者が有すること,そして財 務諸表に対する意見表明に監査人は責任を負うことの2点が明示され,したがって,
『二重責任』の仮定が存在していることを主張していることに着目する必要がある。
さらに注目すべき点は,GAAPへの継続的準拠についての監査人の意見表明が削除さ れたことである。
〈SAS Nα59> 「企業の継続企業としての存続能力に関する監査人の考慮」
(The Auditαr s Consideration of an Entity s Ability to Continue as aGoing Concern)は,従来のSAS Nα34を改訂したものである。 SAS Nα34は,
企業はGoing Concernであるとの前提を置いていた。しかしSAS Nα59では,あら ゆる監査において,監査人は,被監査会社のGoing Concernとしての継続能力(証 券取引法監査の場合財務諸表作成日から1年を越えない)に重大な疑いがあるか否か の評価をおこなうべきであるとした。このことは,財務諸表監査において,企業は Going Concernであるとの前提には立脚せず,したがって,かっての監査基準の基 本思考の大きな転換を意味するであろう。さらに「重要な未確定事項」,「Going
Concern」を条件としての「条件つき適正意見」(subject to〜)を廃止したことが 注目されよう。またさらに,GAAPの継続的運用についての意見表明も削除した。
一内部との伝達の改善一
<SAS Na60> 監査上気づいた内部統制構造にかかわる事項に関する伝達
<SAS Nα61> 監査委員会とのコミュニケーション。
詳しくは, ①cf.,Dan M.Gay and Jerry D. Sulliva叫The Expec一
tation Gap Auditing Standards, Joωm・αεqf Accoωπεαπcツ・Apri11988り
②海外会計文献「監査への期待ギャップー米国の新監査基準発表される一」r会計ジ ヤーナル』1988年7月号,ならびに③千代田邦夫「新監査基準(SAS)スタート」r会 計ジャーナル』1989年1月号,千代田前掲稿「 エクスペクテーション・ギャップ
と公認会計士」を参照。またさらに,④拙稿.研究ノート「新SASs(監査基準書)
の基本思考と近代財務表監査の変容」『現代日本経済社会研究』Vol.10(1989,3)
現代日本経済社会研究(茨城大学)を参照のこと。
9)従来,内部統制と不正・誤謬(irregularities・errors)の関係が論じられる際に,
従業員のおこなう不正と経営者のおこなう不正との区別をしていなかった,という問 題点の指摘については,鳥羽至英「財務諸表における不正の位置づけ」『商学研究年 報』1986年第11号(専修大学)を参照。
10) 近代財務諸表監査が,監査人が負う責任をGAAPによって限定することを保証した ために,機能してきたという点から考えても,この内部統制構造(ICS)概念の採用 は大きな変化であると言えよう。この点については,前掲, 拙稿「アメリカにおける 短文様式監査報告書についての一考察」の注35を参照のこと。
2.内部統制構造(internal control structure)について
内部統制は財務諸表監査において古くから検討・研究されている概念の一つ である。したがって本節では,これまで検討されてきた内部統制の概念とSAS Nα55の内部統制構造(ICS)の差異を検討することから始めよう。
これまで,財務諸表監査において内部統制概念は,以下で確認するように,
大きく三つの場面において言及されている。もちろん以下に述べる三つは・相 互に関連しているが,ここでは便宜的に,かつて議論された項目として分けて みよう。まず第一には」外部監査人が財務諸表監査をおこなう際に拠って立っ 基本的前提要件としての内部統制である。すなわち,監査人は被監査会社の内 部統制(システム)に依拠してはじめて監査を実施することが可能となる,と いうことである。
この考え方は,内部統制(システム)は経営者による,(従業員などに対する)
経営管理手段のひとつであり,したがって,その立案・整備・運用にっいては,
経営者自身の責任によっておこなわれるし,また財務諸表の作成も経営者の責
任に他ならず,こうした財務諸表についての「意見」表明にのみ監査人は責任
を有するのである,という財務諸表監査における「二重責任」仮定の具体的発 現のひとつのを示しているといえる。
第二は,試査という監査行為を採用する根拠として内部統制概念が用いられ てきた。その場合,次のような説明がなされている。つまり,今日では,企業 の大規模化および取引・経営活動の複雑化から,膨大な監査費用を必要とする 精査はもはや実行不可能となるが,内部統制(システム)の整備状況と会計記 録の正確性とはr正比例』の,そして,入手すべき証拠の量・質とはr反比例』
フ関係があぎ無に着目すれば内部統制(システム)の信頼性に応じて試査を おこなうことが可能となる,という説明である。
最後に第三には,不正・誤謬の発見・防止の論議の際に内部統制概念・シス テム(制度)が検討される。この場合,すでに触れた,「内部統制(システム)
は経営者による経営管理手段のひとつである」という点に関連するが,経営管 理ということの申にこの不正・誤謬の発見・防止が含まれていることは疑いの ないことである。したがって,内部統制に基づく不正・誤謬の発見・防止とい
● ● ●
う論議の場合には,もっぱら,従業員の不正・誤謬〔irregUlar itieS・errOrS〕
のみが考慮されていると考えることができ,しかもその不正・誤謬とは,内部統 制で発見・防止可能な使い込み(defalcation)などが想定されていた讐経禽者 の不正(dishonesty, fraud, errors,irregularities, misrepresentation)・誤謬
● ● D
(errors)については,財務諸表監査においては結果的に発見されることもあ る,という認識であり,しかも監査人は,第一義的には,経営者と従業員のい 03
クれにしても,不正・誤謬の摘発には責任を有さないと主張されてきている。
こうした不正・誤謬の発見・防止と内部統制概念・システム(制度)の関係の 1
軏{的考えは,1977年SAS Nα16が公表されるまで監査人にとっての一種の
「ドクトリン」を形成していたと言われる讐
以上,内部統制概念の特徴的な議論を見てきたが,現代の財務諸表監査にお いて,内部統制概念の議論は,もっぱら不正摘発の側面が重視されて論じられ るようになってきた点にその特色が見出せる。
これはすでに指摘したとおり,70年代後半に示された「監査の失敗」(粉飾
・倒産が後を絶たないなかで,公認会計士による証券取引法監査は機能してい
ないのではないか),expectation gap(財務諸表の利用者が監査人に期待す
ることと,現実に監査人がおこなっていること,との間の期待ギャップ掌のも
とで,企業会計・財務諸表監査の機能の程度,ならびにそれを担っている一つ
の主体である監査人が社会的役割を果たしているかどうかの一つのしかも主要 な指標として,不正摘発の問題がクローズァップされて来たからに他ならない
(その原因については後に検討を試みる)。
こうした状況のもと,AICPAのASBは,従業員のみでなく,経営者の不正
(dishonesty, fraud, irregularities, misrepresentation)・誤謬(errors)の防 止・摘発ならびに(取締役会のなかの監査委員会への)報告を主目的として,
「監査基準書(SAS)」の改訂をおこなった。
SAS Nα55「財務諸表監査における内部統制構造の考慮」(Consideration of the Internal Control Structure in a Finantial Statement Audit,
198a,1990.1.1から実施)は不正を摘発するためのより効果的な監査のガイダ ンスとして公表され,AU section 320(SAS Nα1)まで採用されていた内部 統制(Accounting ControlとAdministrative Controlからなる)概念を拡張 し,「内部統制構造」(internal control structure)という概念を採用した。
この内部統制構造は,監査手続の性質,タイミング,そして範囲に影響を与え るものであり,以下の三つを含んだ総体から構成されている。①統制環境
(c㎝trol environment):経営者の理念(philosophy),管理スタイル(ope一 rating style),取締役・監査委員会の機能,権限の分配状況,内部監査,以上 のそれぞれの集合体が統制環境を形成する。②会計システム(accounting sisteIn):記録・分類・報告と資産・負債のAccountabilityを維持するシステ
ム。③統制手続(control procedure):統制環境と会計システム以外の経営者 が設定した政策(policies)・手続(procedure)。
こうした統制環境・会計システム・統制手続の3つからなる内部統制構造
(ICS)を踏まえて,監査人の役割は,以下の三つになる。第1に,内部統制構 造の理解(gainig an understanding),第2に統制リスクの評価(assesment of control risk)である。統制リスクとは,内部統制構造(ICS)によっても重 大な虚偽記載がタイムリーに防止・摘発できずに,財務諸表に入り込む危険の ことをいう。そして,第3に統制リスクの評価結果を「評価された統制リスク」
と呼び,評価されたリスクのレベル(%や重大・大・中・小など)に応じて,
実証性テストの性質や時期,範囲を決定する讐
それでは,AU section 320(SAS Nα1)とSAS Nα55とはどのような点で異な
っているのであろうか。まず,SAS Nα55では,内部統制構造(ICS)は経営者
による(もちろん従業員も含んではいるが)不正の摘発・防止にその役割が期待
されている。すなわち,内部統制構造(ICS)を評定・評価することに,財務 諸表に発生するかもしれない潜在的で重大な誤主張(material miSStatement)
o励 フタイプとリスクに関する情報を監査人が得ることができる重要な源泉として の意義を与えている。
かつてのAU section 320においては,内部統制(internal control)は,会 計accounting銚制と業務管理administrative統制を含んだものであ撰監査 人が主として係わるのは会計accounting統制の側面である。したがって, SAS Nα55で指摘された「統制環境」と「会計システム」の監査計画への影響につい てはほとんど言及されておらず,「統制手続」のみを考慮したにすぎない。さ
らに,内部統制(intemal control)では第一義的には,従業員の不正を念頭 においていた。
このように,内部統制概念は,監査計画・試査の範囲の決定,監査手続とい う従来の議論を踏まえっつも,SAS Nα55では「内部統制構造(ICS)」へとそ の内容を変化させた。この変化は,内部統制という一っの概念の変更を示すの みではなく,むしろ財務諸表監査において内部統制を評定・評価する意味の変 化を示していることに注意しなければならなし兜しかも,やや先走ることを恐 れずに言うならば,これまでの財務諸表監査を取り巻く社会的・経済的環境変 化によって㌧財務諸表監査の機能に対する認識の変摺をも示唆しているものと 見なければならないであろう。
(注)
11)鳥羽至英『監査証拠論』国元書房1983年を参照。
12)第1節の注9を参照のこと。
13)経営者による会社ぐるみの経理不正事件であったマッケソン・ロビンス会社事件
(1938.12月発覚)の後に提示された公式見解である, r監査手続の拡張』 〔AIA,
Extentions of Auditing Procedure,7腕θJb!轟mαZ oグAccoμπ α几cッ, June
1939〕においてさえも, 「試査範囲は,内部統制の調査および取引の抜取検査や質問
の結果として到達した内部統制(Internal Control)の有効性についての監査人の
判断に基づいて決定されなければならない」と内部統制は試査との関連で述べられる
一方, 「独立公認会計士が財務諸表について意見を表明するための監査は,たとえ金
銭の殖服(defalcations)を摘発することが多いとしても,その摘発を主たる目的
とするものではない(強調は引用者)。よく組織化されている企業では,そのような
irregularitiesの摘発は,適切な内部チェック・アンド・コントロールを備えた適切 な会計記録システムを維持することによって,それに委ねている。独立監査人の義務 は,その内部チェック・アンド・コントロールが適切であり,かつ十分有効に機能し ているかどうかを確かめることである。考えられるあらゆる不正(dishonesty and fraud)を摘発するためには,独立監査人はすべての取引を詳細に監査しなければな らない。このことは.大部分の企業にとって極めて高いコスト…を必要とし,産業界 に不当な負担を課することになる。…公認会計士の監査は,状況に疑いがある場合は
監査手続を拡張しなければならないが,通常は,顧客の組織の賊実さに依拠して試査 を基礎とするのである。」と述べられている。ここでは,defalcatioIls(使い込み),
irregularities(規則違反・不正)は適切な内部チェック・アンド・コントロールで
● ● oE発可能であるとしている点から従業員の不正を,dishonesty and fraud(不誠実
o ● ●
・虚偽表示)は経営者の意図的な不正を意味していると言える。
14) 1960年AICPA「監査手続書(SAP)」,血30(AICPA, S観εme麗oπAω一 4琵加gPrce伽rθ,1960.)では, 「通常の監査において,独立監査人は不正(fぬud)
が存在する可能性について気付いている。財務諸表は,金銭の着服及びその他同様な
(従業員一引用者)の誤謬や不正(defalcations and other similar irregulat一 ies)の結果,あるいは「経営者の意図的な虚偽記載(deliberate misrepresentati一
on by management)」の結果,またはその両者の結果,偽って表示されているか もしれない。監査人は不正(fraud)が著しく重要であるならば,財務諸表に関する自 己の意見に影響を及ぼすかもしれないことを認識しており,そして一般に認められた 監査基準に基づいて行われる監査は,この可能性を考慮している。しかしながら,財 務諸表に関する意見の表明に向けられた通常の監査は,たとえ金銭の着服及びその他 同様な〔従業員一引用者〕の誤謬や不正を摘発したとしても,そのことを主とするも のではなく,またそのために特別に計画されたものではなく,かつそのことを期待さ れるものではない。同様に「経営者による意図的な虚偽記載」の摘発は・通常の監査 の目的とより密接に関連しているけれども,通常の監査はその摘発を保証するもので はない。不正(fraud)を摘発できなかった独立会計士の責任は,そのような失敗が 明らかに一般に認められた監査基準に準拠していなかったところからもたらされる場 合にのみ生じるのである」(強調は引用者)と,不正についての監査人の責任にっい て「ドクトリン」を提示した。
同時に,はじめて, 「経営者の意図的な虚偽記載(deliberate misrepresenta一
tion by management)に言及したものの,以下の理由から,不正の発見に対する監
査人の責任については曖昧であった。①経営者と従業員の不正を区別していない。② 経営者の不正について,個人的利益追求(横領,流用)タイプと企業目的の為に行わ れる不正とを区別していない。③不正の発見に対する監査人の責任の有無は,監査基 準に準拠して監査がおこなわれたか否かにのみ求めている(前掲,鳥羽「財務諸表監 査における不正の位置づけ」を参照)。
15)expectation gapの内容として財務諸表利用者は,具体的に監査人は以下のこと をすべきであると期待していた。すなわち,①監査人は不正irregularitiesや不正行 為irregulactの発見報告に関してもっと責任をとるべきである。②監査人はもっと 監査の効果を高めるべきである。そして虚偽報告fraudulent reportを発見すべきで ある。③監査人は財務諸表の利用者に対して監査の性格や結果についてもっと有用な 情報(倒産の可能性についての早期警告など)を知らせるべきである。④監査人は監 査委員会や財務報告の信頼性に関係ある者及び責任者に対して,もっと正確に情報を 提供すべきである。cf.,Dan M. Guy and Jerry D. Sullivan, op. c菰 16) 「評価された統制リスク」が小さいほど実証性テスト(substantial test)から得
なければならない証拠は少なくて済み,統制テスト(control test一内部統制構造 の政策・手続の有効性のテスト。従来の準拠性complianceテストに相応する)を実 施すればよいことになる。cf.,Robert H. Temekin and Alan J. Winters,
SAS Nα55:THE AUDITOR S NEW RESPONSIBILITY FOR INTER一
NAL CONTRO上,7先εJb㏄mαZ q〆。Accωπεαπcッ, MAY.1988.
17)乃 d.
18) 「a.会計管理は,資産の保全および会計記録の信頼性に主として関連し,かつ,こ れらに直接関係する組織の立案,方法,手続きを含む。これらは一般的に言って,権 限と承認の組織会計記帳および会計報告の責任と業務および資産保管の責任との分 離,資産の現物管理,内部監査などの管理方式を含んでいる。監査人は必ず評価(評 定)しなければならない。b.業務管理は,業務の能率および経営方針の遵守に主とし て関連し,かつ会計記録に通常間接的にしか関連しない組織の立案,方法,手続を含 む。これらは一般的に言って,統計的分析,時間研究および動作研究,業務報告,従 業員訓練計画,品質管理等の管理方式を含んでいる。会計管理に係わる場合に監査人 の評価(評定)が必要となる。」
19)この内部統制構造(ICS)概念は,監査人の不正摘発責任をも従業員のそれから経 営者へと拡張したために,したがって近代財務諸表監査に多大の影響を及ぼすために,
他のSASsより遅らせて1990年1月1日から実施することにされた,とも推測するこ
とカまできる。
20)この段階では,不正確ではあるが,この時点で大まかに言ってみるならば・財務諸 表への「適性」意見表明・「信頼性」付与機能から,経営者の不正の摘発・監査からの
有用な情報提供機能へという一層の展開として表現できよう。この検討については第 3節でおこなう。
3.おわりに
一内部統制構造(internal COntrol StrUCtUre)と
財務諸表監査の構造変化一 内部統制概念は,財務諸表監査理論・制度(社会的・経済的環境)のあり方 によってその具体的意味内容が付与される。したがって,内部統制(internal control)から内部統制構造(ICS)への変化は,財務諸表監査の変化と密接な関 係を有していると見なければならない。本節では,すでに検討した内部統制構 造の具体的内容を踏まえて,財務諸表監査の構造を検討し,最後に,その構造 変化の方向を探ることにしよう。
ここで内部統制概念の変化をいま一度確認しておこう。AU Section 320にお ける内部統制概念は,基本的には,従業員の不正の摘発・防止を第一義的に想 定していたところから窺えるように,経営者による企業内部の管理の問題に係 わっていた。一方SAS Nα55における内部統制構造(ICS)は,経営者のおこな
った経営意思決定関連情報を外部監査人が理解し,そしてそれが財務諸表に重 大な虚偽(fraud)表示の可能性を生むかどうかのリスク評価をすることを主要 な柱としている。ゆえに,言うなれば経営者がおこなう不正の摘発・防止を想 定していたと言える。ここにおいては,もはやこの内部統制構造(ICS)は,
経営者による企業内の管理問題として媛小化して把握することは許されないの である。
この重要な点を確認したうえで,内部統制ならびに内部統制構造(ICS)がそ の意味を付されていたそれぞれの背後要件を探ることにしよう。まず,これま での内部統制の育後要件として,第一に指摘しなければならないのは,これが u経営者誠実」の仮定に立脚していた点である骸1こ,舘者が誠実であり有
能であるがゆえに成功し罎竪企業を対象としている点・さらには・「継続1 企業(going concern)」の仮定を採用している点である。
経営者誠実・going concemの仮定に立脚した財務諸表監査の構造は,その監 査目的について見てみるならば,それは全体としての財務諸表の「適正性(
⑬
?≠奄窒獅?唐刀j」について監査人が「意見表明」することであるとされていた。やや 詳しく言うならば,不十分な企業会計・監査にその原因の一端があると思われ ていた1929年の大恐慌以後,連邦政府は財政諸表の「信頼性」・「適正性」に ついての制度的保証の必要性を痛感していた。
● ● ● ・ ・ 。 . ● ● ・ ・ 9 ・ ・⑳
ここから財務諸表監査の目的は,不正を摘発することではなくて,つまり,
「不適正」という監査意見を表明することにあるのではなかった。そうではな くて,会計実践が概して「適正」であった独占大企業をひとっの基準とし(上 述のようにここに「経営者誠実」の仮定,「継続企業(going concern)」の仮
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定の根拠がある),無限定「適正意見」を表明することが可能なように企業の 会計実践をそのレベルにまで引き上げることによって,企業会計・監査の信頼 を回復し,もって企業の資金調達の円滑化を促し,それが企業社会の健全化・
秩序回復をもたらし,さらにアメリカ産業全体の健全化をもたらすという考え があったと言える。ここから監査の目的は,批判という機能を重視した不正摘
● ●
発ではなく(もちろん放棄したわけではないが),むしろ,指導的な機能を前 面に据えたと考えることが可能であろう野
このように構成されている財務諸表監査に対して,今回提示された内部統制 構造(ICS)では,第2節で見たように「経営者誠実」の仮定に立脚せず,監査 に当たっては企業の倒産の可能1生についても念頭に置くこと,すなわちgoing concernの仮定に立脚しないことが主張された。したがって, SAS Nα55によって 少なくとも以下の二点において監査人の責任は拡大されざるを得なくなってい
る。すなわち,財務諸表監査において,①監査人は経営者による不正を摘発・
防止すべきである。②監査人は財務諸表の利用者にもっと有用な情報の提供
(倒産可能性の警告など)をすべきである。
このことは,従来の財務諸表監査が想定していた「二重責任」の仮定に基づ
いて,経営者によって作成された財務諸表について監査人が「意見表明」(情
報の評定)をする,ということに止まらず,経営者による情報(財務諸表)の
作成過程を問う,したがって情報作成過程に関与するという質的転換を意味す
るのではないだろうか。そうであるならば,かつての「二重責任」の仮定は存
立しえないであろう讐とりわけ,SAS Nα55において指摘された,「監査人によ
るr統制環境』の理解」は情報作成過程への関与の可能性を示唆する重要な監
査行為であることを十分理解する必要がある。しかもさらに,監査人が監査過
● ● ● ● ● ● ● ●
から得た情報を監査人の立場から新たに提供する,情報提供の制度化の可能 ォをも示唆していると考えることができるであろう。 2n
このような財務諸表監査の質的構造転換の可能性が生まれてくる基礎には,
これまでの財務諸表監査をめぐる環境に変化が生じてきているからに他ならな い。そのもっとも中核を成すと考えられることは,不正の意味内容の変容であ ることが指摘されなければならないであろう。
どういう変容であるかといえば,抽象的には,繰り返し指摘してきたように,
財務諸表監査が認識対象とする「不正」が,従業員のそれではなく,経営者の不 正へと変容したということである。例えば,Treadway委員会報告によると,ア メリカで過去20年間に発生した472件の訴訟事件を調査したところ,その約50
%は最高経営者層(top management)による犯罪であり,残りは彼らの無能 力に起因したものである旨の結論を得たとしている。当該委員会はさらに続けて,
SEC(証券取引委員会)のスタッフ・スタディーによっても,①犯罪当事者は ほとんど,高い地位にある(upper level)経営者であり,②不適切な収益の認 識,資産の過大計上を手段とし,ほとんどの場合に内部統制構造が無視されて いた(abreak down of internal contro1),と述べているll
言い換えれば,SAS Nα55に言う「統制環境(control environment)」の理 解(経営者がなぜそのような行為一資金調達,投資などといった経営行為,な
らびに会計処理手続の変更,財務諸表への記載方法の変更などといった会計行 為一をしたのかの背景の理解)なしには,発見が難しい「不正」への変容であ
る。
具体的には,会計資料や文書の改ざん,架空利益の計上などの言わば古典的 な不正から,会計処理方針(accounting Polic{es)の誤用,重要な情報の非公 開といった経営者の意思決定の適否をも不正として把握することへの変容であ る。この経営者の会計上の判断に係わっての不正とは,より具体的には,①会 計処理方針の誤用の例として,GAAPによれば費用化しなければならない固定 資産の試運転費用の資本化。返品リスクの相当に高い売上と販売益の認識。目 標利益額を計上するために,不適切な引当金を意図的に計上する行為などがあ る。そして,②重要な情報の非公開の例として,資産の価値の減少の隠蔽。会 計処理方針の変更の事実の隠蔽などがある1§
さらに,現行制度上,不正ではないが限り無く不正に近いようなグレイ・ゾ
一ンの存在する場合には響会計事務所間の監査業務の(料金値下げの)過当競 争を利用して,「不透明な」会計処理に対して適正意見を出してくれる事務所 を探して監査契約をするオピニオン・ショッピング(opinion shopping)がお こなわれるという状況が生じてきているという現実が指摘できるであろう。
こうした「不正」概念の変容が,財務諸表監査にもたらす意味を考えてみる
ならば,監査人は,財務諸表を作成する評価時・決算時における会計基準選択 ⑳
゚程での経営者による不正行為を生み出す通常の(期中の)経営行為の「倫理 的側面」までをも考慮する,という財務諸表監査の質的変更であろう。つまり,
「財務諸表」監査と言いながら,企業の実態とそれを経営者がどのように財務 諸表に表現しようとしているのかという,いわば「実態監査」と表現できる監 査への変容の可能性を示唆していると考えることができる。
この「実態監査」は現行の財務諸表監査とはかけ離れた存在ではないし,決 してドラスティックに実現されるものではなく,あくまでも現行の財務諸表監 査と連関しっっ変容して来たのであるし,今後も行かざるを得ないであろう。
こうした視点から敷術して考えてみるならば,1933・34年の証券2法を起点
o ● ● 9
とする近代財務諸表監査においては,異質で当然相入れない故にその制度から は取り除かれて来たMAS(経営助言業務management advisory service)が,
財務諸表監査を補完するかたちで全体として,企業会計の監査として社会的に は機能してきたと考えることはできないであろうか。
すなわち,不正確なことは十分承知のうえで言ってみるならば,アメリカ近 代財務諸表監査制度・理論は,企業の監査の一側面に焦点を当てていたのであ って,経済的・社会的視点からは,MASが,じつは,ここで言う「実態監査」
舩 フ一部分にすぎないかもしれないが,基本部分を担っていたのではないだろうが。
こうしてみてくると,従来,財務諸表監査制度・理論から除外していた側面 を再び理論化・制度化しようという大きなダイナミズムを示唆している点に内 部統制構造(ICS)という概念が財務諸表監査に対して与える最も本質的な意義 があると言うことができるであろう。
(注)
21)第1節,注8に示したSAS Nα53ならびにAIA, Extentions of Auditing Pr一 oceduers,銑θJoμmαZ o/Accoωπ απc)P, June 1939.,p.379 ff.を参照のこ
と。
22)本稿,第一節注8のSAS No59を参照。
23) cf.,AIA,σod諺cα琵oη(ゾS冶αε8mεπ孟s oπAμd漉πg Procθ伽θrs,1951.
ならびに千代田,前掲稿「不正の摘発と監査」を参照。
24) この場合の不正概念は,従業員。経営者のそれというのではなくて,極めて抽象的 な概念である。
25)この分析については,前掲拙稿「アメリカにおける短文様式監査報告書にっいての 一考察」第2節,および前掲拙稿「近代監査におけるGAAPの意味について(上)」
第2節を参照。
26)第1節の注8に示した,SAS Nα58では,なお「二重責任」の仮定の存在を主張し ている。このことは,監査人の側ではあくまで「二重責任」の仮定を堅持することに により,拡張されたとはいえ自らの責任はできるだけ限定したい,という考えがある ことを示している。
■ o o ● ●
、27)現行制度のもとでは財務諸表ではなしに,監査報告書の補足事項で述べられている。
この分析については,前掲拙稿「近代監査におけるGAAPの意味について(上)」を
参照。
28)第1節の注7,①は「要約」であり,詳しく触れられてはいないが,Treadway報 告ではさらに,NAA (全国会計士協会),FEI(財務担当重役協会)の調査報告につ いての結果が述べられている。
アメリカとは直接関連しないが.我が国においても,この抽象的なレベルでの「不 正」概念の変化については以下のように認識され,危機感が持たれているようである。
すなわち,「たしか昭和61年の後半から62年初頭にかけて半年ばかりの間に,企業の 役職者(役員,上級職員等)による財産上の不正事件が相ついでマスコミを賑わした。
…共通して言えることは,被害金額が巨額で(それゆえ被害企業は倒産に追い込まれ るかそれに近い状態になった),不正が長期にわたり,監査人の手法を知り尽くして そのウラを書いている点で不正の手口がきわめて悪質である。要するに 不正 の質 が変わってきたのである」一村山徳五郎「監査基準・準則の見直し問題一監査実施準 則の改定に関説して一」『JICPAジャーナル』Nα407(JUN.1989.)。
また,わが国において,不正(粉飾)であるとされていた会計処理が制度上合理化 された事例として「期間利益平準化」がある。これにっいては,拙稿,「わが国にお ける『利益平準化』の研究」『武蔵大学論集』第32巻第4号を参照。
29)今福愛志稿「不正財務報告問題と会計規制」『経済集志』第59巻第1号(1989年
4月)
ρ
R0)上述した注9のさまざまな「不正」の意味内容については,前掲,今福稿「不正財 務報告問題と会計規制」,4−6頁において詳しい検討がなされている。
31)ここではひろく,dishonesty(不誠実),fraud(虚偽表示),errors(誤謬),
irregularities(不正),misrepresentation(誤った主張)と,現行法上は不正で はないものの不正に近い事象をも対象としておこう。
32)もし,こう仮定するならば,従来,財務諸表監査制度・理論から除外していた側面 を再び理論化・制度化しようという大きなダイナミズムのなかで,MASと財務諸表 監査の関連性が理論的に説明可能かもしれない。
(本稿は,文部省科学研究費「奨励研究(A)」 『監査意見形成過程における外部監 査人の内部統制評価責任の研究一財務諸衰監査における「二重責任」仮説の批判的検討
一』 (平成元年度)に基づく成果の一部である。)
(1989.10)