序 文
我が国における年間麻疹感染者は 10〜20 万名 で,死亡も約 100 名ある.一方,米国ではほぼ制 圧され, 感染者が 100 名以下である
1).我々は麻疹 制圧を目標に, 倉敷市における 20 年間の麻疹ワク チン接種状況と麻疹患者数の調査や米国との比較 から, 以下のことが必要であると考えた
2).
!麻疹 入院患者のうち 15 歳以上の比率は,1980〜85 年 に比較して 1996〜2000 年が 6 倍に増加しており,
小中学生に対する対策,
"1 歳の接種率は 75% と 不十分であり,1 歳での対策,
#継続的に予防接種に対する動機づけができるシステム作成,
$目標 を定めて評価し,改善することが必要と考えた.
風疹は 1995 年の予防接種法によって接種対象 が,女子中学生から 12〜90 カ月の男女に変更に なった.そのため,2003 年 9 月末日まで暫定措置 として中学生から 90 カ月の男女を接種すること とした.しかし,集団から個別接種と変更したた め接種率が大幅に低下し,現在流行はないが風疹 対策も実施することにした.
倉敷市における麻疹と風疹の入園入学時調査,
勧奨と接種証明書の効果について
―接種率向上をめざして―
川崎医科大学小児科
寺田 喜平 新妻 隆広 荻田 聡子 片岡 直樹
(平成 15 年 1 月 30 日受付)
(平成 15 年 6 月 23 日受理)
麻疹と風疹ワクチンに対する新しい接種の動機づけとして,倉敷市内幼稚園や小中学校の入園入学時 に既往歴と接種歴を調査し,感受性者にはワクチン接種の勧奨だけでなく,接種証明書の提出を求めた.
参加は 65!68 幼稚園,55!55 小学校,24!24 中学校で,調査対象数は 11,365 名であった.麻疹の感受性者 と不明の率は,それぞれ幼稚園 5.6%,2.0%,小学校 4.6%,4.4%,中学校 3.0%,8.3% であった.一方,
風疹の感受性者と不明の率は,それぞれ幼稚園 14.0%,2.3%,小学校 21.8%,5.4%,中学校 35.2%,11.7%
であった.感受性者のうち接種証明書の提出率は,麻疹が幼稚園,小学校,中学校の順に 38.0%,85.3%,
43.7%(平均 59%),風疹が 21.8%,28.2%,11.6%(平均 19%)であった.その結果,麻疹の既感染率 と接種率の合計は,目標の 90% 以上を達成できたが,風疹は 57〜87% と低かった.先天性風疹症候群 は次世代の問題であること,最近風疹流行がないこと,啓発不足より低接種率と考えられた.今回の方 法は単なる強い啓発のみと比較すると有効で,今後継続することによって動機づけができると考えた.
アレルギーやけいれんなどの理由によって接種できないと答えた者は全感受性者の 13% あった.一部に は約 40% を占める学校もあり,地域による差が多かった.
〔感染症誌 77:667〜672,2003〕
要 旨
別刷請求先:(〒701―0192)倉敷市松島 577
川崎医科大学小児科 寺田 喜平
Key words: measles, rubella, vaccination strategy
Table 1 Number of schools and kindergartens participating in the survey in Kurashiki City
No. of subjects recovery
rate No. of schools
participating No. of
schools
2,811 95.6%
65 68
Kindergarten
4,366 100%
55 55
Primary school
4,188 100%
24 24
Junior high school
予防接種に対する動機づけが継続的にできるシ ステムとして,本年度から入園入学時にワクチン 接種歴および既往歴を調査し,麻疹と風疹の感受 性者にはワクチン接種を勧奨,加えて接種証明書 の提出を依頼することにした.今回,この方法の 評価を行ったので報告する.
対象と方法
倉敷市内の 68 幼稚園,55 小学校,24 中学校を 対象にした.倉敷連合医師会および倉敷小児科専 門医会の入園入学時の調査として,4 月に倉敷市 教育委員会から各園および各小中学校に調査票と 予防接種証明書を送付した.調査票は麻疹および 風疹の既往歴と接種歴の有無について,母子手帳 を確認して記載するように依頼した.各園および 各学校で回収後,感受性者の保護者にワクチンを
勧奨し,接種した病医院で予防接種証明書に押印 後提出するようにした.接種証明書の費用は無料 となるように医師会の了解を得た.また,9 月中旬 までに調査票および接種証明書を教育委員会に送 付するように依頼した.
成 績
幼稚園のうち 3 園のみから調査表を回収できな かったが,それ以外はすべて回収できた.対象と なった生徒数は幼稚園 2,811 名, 小学校 4,366 名,
中学校 4,188 名, 計 11,365 名であった (Table 1) . 1.入園入学時における麻疹の接種歴および既 往歴(Fig. 1)
麻疹既感染率は幼稚園入園時の対象となった園 児では 2% であったが,中学校入学時の対象と なった学生では 27% であった.一方,接種率は幼
Fig. 1 The rates for a past history of measles, unknown and susceptibility to measlesin the entry survey for kindergarten, primary school and junior high school. Past history indicates those who had a past history of measles infection;vaccination, those who had received vaccination;unknown, those who did not know their past history of infection or vaccination;susceptible, those who were thought to be sus- ceptible to measles.
Table 2 The ratio of vaccination certificates presented by those susceptible to measles or rubella
rubella measles
(21.8%)
86/394
(38.0%)
60/158 Kindergarten
(28.2%)
268/952
(85.3%)
168/197 Primary school
(11.6%)
171/1,477
(43.7%)
55/126 Junior high
school
(18.6%)
525/2,823
(58.8%)
283/481 total
稚園入園時の園児では 90% であったが, 中学校入 学時の学生では 62% と低かった. 不明は幼稚園入 学時で 2% であったが,中学校入学時では 8% と 多かった.感受性者は幼稚園 6% であったが,中 学校では 3% と低くなっていた.
2.入園入学時における風疹の接種歴および既 往歴(Fig. 2)
風疹既感染率は幼稚園入園時の対象となった園 児では 3% であったが,中学校入学時の対象と なった学生では 20% であった.一方,接種率は逆 に幼稚園入園時の園児が 80% であったが, 中学校 入学時の学生では 33% と著減していた. 不明は幼 稚園入園時で 2% から中学校入学時では 12% と 増加していた. 感受性者は幼稚園 14% から中学校 35% と増加していた.
3.麻疹および風疹の感受性者で接種証明書を 提出した比率(Table 2)
麻疹は感受性者の 59% が接種を受けて接種証 明書を提出していた. 特に小学校入学時は 85% が 接種を受けた.一方,風疹は感受性者の 19% しか 接種しておらず,小学校入学時でも 28% であっ た.
4.対策後の新しい接種率 と 既 感 染 率 の 合 計
(Table 3)
麻疹の接種率と既感染率の新しい合計は,幼稚 園と小学校入学時では 95%,中学校入学時では 90% であった.これは,目標の 90% 以上を満足し ていた.一方,風疹の合計は幼稚園 87%,小学校 79%,中学校 57% で,目標を満足したものはな かった.
5.接種不能者の感受性者に対する比率(Table 4)
病気などの理由で接種できないと報告した比率 は幼稚園では 30%,小学校 21%,中学校 2% で あった.幼稚園や学校によって接種不能者の偏り が大きく,一般に数名の接種不能者はあったが,
Fig. 2 The rates for a past history and vaccination history of rubella, unknown and susceptibility to rubella in the entry survey for kindergarten, primary school and junior high school. Past history indicates those who had past history of rubella infec- tion;vaccination, those who had received vaccination;unknown, those who did not know the past history of infection or vaccination;susceptible, those who were thought to be susceptible to rubella.
Table 3 The new sum of students with a past history of infection and vaccina- tion for measles or rubella after counting the number of vaccination certificates. Our goal for measles and rubella was previously determined to be more than 90% for those with a past history of infection or vaccination because of unknown cases
rubella measles
86.8%
94.5%
Kindergarten
78.9%
94.8%
Primary school
57.2%
90.0%
Junior high school
Table 4 The ratio of those who could not receive vaccination due to illness among the susceptible
(30.1%)
170/552 Kindergarten
(21.3%)
245/1,149 Primary school
(28.1%)
450/1,603 Junior high
school
(26.2%)
865/3,304 total
最高で感受性者の 40% が接種不能の学校があっ た.
考 察
我々の開始 2 年後までの当初到達目標
2)は,1 歳終了時の, (1) 麻疹ワクチン接種率を 90% 以上 に, (2)風疹ワクチンを 80% 以上に, (3)幼稚園,
小学校,中学校における麻疹および風疹ワクチン 接種率と既往率の合計を 90% 以上とした. その目 標を実現する方法として様々な対策を実施するこ とにした.そのうち,
!幼稚園,小学校,中学校 の入園入学時にワクチン接種歴と既往歴を調査す る.
"感染する可能性のある疾患について保護者 にワクチン接種を勧奨し,それぞれの接種証明書 を園や学校に提出するよう依頼する.
#その結果 を集計し,目標が達成できたか評価する.
$接種 証明書の料金は無料とする.このことを継続的に 実施することにより,一過性の啓発活動ではなく 保護者の予防接種に対する動機づけになるのでは ないかと考えた.今回初年度の結果であるが,感 受性者のうち接種証明書を提出した率は,麻疹が
平均 59%,風疹が 19% であった.これは単なる強 い啓発と比較して高率であった. 我々の経験では,
臨床実習前看護学生に抗体検査をし,説明会を実 施しても 3 カ月後抗体陰性者の 14%
3),同様に病 院職員でも 6 カ月後陰性者の約 10% しか接種し ていなかった.また中学生に対し風疹啓発用ビデ オを視聴してもらい,数カ月後調査したところ感 受性者の約 12% しか増加しなかった.
麻疹ワクチンは勧奨後感受性者の 59% が接種 しており,特に小学校入学時では 85% と高かっ た.その理由として,90 カ月(7.5 歳)以降接種が 有料となることを意識して高くなった駆け込み効 果と考えられた.中学校入学時の対象は任意接種 となり有料であったが,44% が接種していた.そ の結果,麻疹については目標である既感染率と接 種率の合計が 90% 以上を越えた.しかし,我々は 麻疹 IgG 抗体(EIA 法)陽性率 98% でも院内で職 員 8 名の麻疹流行を経験
4)した. 医療関係者は一般 に比較して 13 倍感染しやすいこと
5)6)が原因であ るが,この感染力を考慮すると,集団生活をする 学校などでも,既感染率と接種率の合計を限りな く 100% にする必要がある.我々の設定した目標 は 90% であったが,不明が 2.0〜8.3% あることを 考慮すると妥当と思われた.
一方, 風疹ワクチンは勧奨後感受性者の 19% し
か接種していなかった.麻疹は小学校で駆け込み
効果があったが,風疹は麻疹が優先されるため
28% と低くかった.本年の中学校新入学者は風疹
の暫定期間対象外であり,任意接種で有料のため
少なかったと考えた.さらに風疹は,麻疹に比べ
最近流行がほとんどないことや比較的軽症である
こと,先天性風疹症候群は自身より次世代の問題
で時間的余裕があると思えること,啓発活動の不
足による知識不足などが原因と考えられた.風疹
の感受性者は,麻疹と逆で年齢とともに増加して
いた.特に今回の中学入学時における接種率は
33% ともっとも低く,感受性者は 35% と高かっ
た.既感染率は,過去での検討
7)で 30% 台であっ
たが,今回 20% と低かった.最近,流行がほとん
どないので既感染率が減少していると考えた.し
かし,風疹は麻疹に比較して診断が難しく,流行
しないと診断されていない可能性もある.逆に風 疹と医師から診断された患児の 15% は抗体検査 より誤診であった
7).よって, 風疹の既往歴は不確 かさが高く,不明も麻疹より多いため,アンケー ト調査は麻疹より不正確であると思われた.風疹 の既感染率と接種率の合計は目標の 90% を越え たものはなかった. 中学校では不明が 12% もある ため,90% 以上の目標は達成不可能であり,設定 目標は不適切と考えた.風疹ワクチンは暫定期間 で中学生の低接種率
7)が続いており, また見直しに よる暫定期間中の接種漏れ者に対する定期接種化 でも接種率は低いまま
8)である.現在,我々は風疹 ワクチン啓発ポスターを作成して中高校,大学各 種専門学校へ送付と高校および成人式で啓発用プ リントの配付,さらに地方メディアと共同で予防 接種公開講座を予定している.
今回の調査から接種までの期間が約 4 カ月間 あったことを考慮すると,病気などの理由による ワクチン接種不能者の多くは,医学的に接種対象 外となった者ではなく,アレルギーやけいれんな どを理由にしたと想像できた.この比率は,幼稚 園や小学校に多く,中学校では少なかった.また 地域によって大差があり,最高では感受性者の 40% が接種不能者の学校があった.接種不能の理 由は記載項目がないので不明であるが,その地域 における医師側の消極的な態度による要因が強い のではないかと思われた.各園および各校の接種 不能者の合計は 450 名もあり,全感受性者の 13%
を占めた.この比率の高さは予想外で,今まであ まり問題視していなかった. 今後改善されないと,
接種証明書の効果を最大限に発揮できないであろ う.保護者に対する啓発活動も重要であるが,医 師側に対する啓発や研修も必要である.
謝辞:倉敷小児科専門医会ワクチン啓発委員会の馬場 清先生,山岡秀樹先生,藤野光喜先生,難波弘志先生,倉 敷市教育委員会学校保健課青木清子先生の各位に心より 深謝いたします. また御協力頂いた倉敷小児科専門医会,
倉敷市連合医師会,倉敷市保健所,岡山県健康対策課,県 教育委員会学校保健体育課,倉敷市教育委員会の諸先生方 に深謝いたします.研究費の一部は厚生科学研究補助金を 使用しました.
文 献
1) CDC : Measles ― United States , 1999. MMWR 2000;49:557―60.
2)寺田喜平,新妻隆広,荻田聡子,片岡直樹:約 20 年間における地域の麻疹流行動向およびワクチ ン接種状況と今後の麻疹制圧対策.感染症誌 2002;76:180―4.
3)新妻隆広,寺田喜平,片岡直樹,谷原政江:看護 学生における臨床実習前の抗体検査とアンケー ト 調 査 に よ る 検 討.小 児 科 診 療 2000;63:
1254―7.
4)寺田喜平,新妻隆広,荻田聡子,片岡直樹,二木 芳人:麻疹の院内感染とその後の抗体検査およ
び対策 ―医療経済的な検証も含めて―.感染症
誌 2001;75:480―4
5)Davis RM, Orenstein WA, Frank Jr JA, Sacks JJ, Dales LG , Preblud SR , et al .: Transmission of measles in medical settings, 1980 through 1984.
JAMA 1986;255:1295―8.
6)Atkinson WL, Markowitz LE, Adamas NC, Seas- trom GR : Transmission of measles in medical settings―United States, 1985―1989. Am J Med 1991;91:320S―4S.
7)寺田喜平,新妻隆広,大門祐介,荻田聡子,田中 浩行,河野祥二,他:風疹ワクチン接種率に低下 に対する啓発運動の効果と風疹抗体保有率.日児 誌 1999;103:916―20.
8)寺田喜平,新妻隆広,荻田聡子,片岡直樹:風疹
ワクチンの暫定定期接種化による効果 ―接種
者の少ない現実―.感染症誌 2003;77:465―6.