視聴覚機器の利用による技能教育の効率化
著者 中谷 和, 田中 恒子
雑誌名 奈良教育大学教育工学センター研究報告
巻 7
ページ 21‑27
発行年 1984‑03‑16
その他のタイトル Visual Education for increase of Technical Efficiency
URL http://hdl.handle.net/10105/4594
中 谷 和・田 中 恒 子
(家政科)
Visual Education for increase of Technical Efficiency
Abstract
The particular aim of Home Economics is to organize practical curriculum accompanied with techniques. The need of this work comes from the fact that students are poor in technical degree of sewing. To increase the technical efficiency and to reduce the working hours by use of Audiovisual aids are tried.
Key words: Technical Efficiency, Visual Education, Sewing.
I 研究員的(はじめに)
家庭科教育の中でしめる被服構成学関係のカリキュラムは「椴的傾向として最近は減少の一途 をたどりつつあり、特に被服構成学実験、実習の存続については、長年その是非に関する論議が なされてきた。その論議の中から構成学実習不要論の主たるものを拾いあげてみると、
1)教育内容に発展性がなく、無用の重複製作教材が多い。つまり、 「家事・裁縫」的発想か らくる古い体質に依然支配され、 「‑=‑の作り方」を伝承して「作品を仕上げる」ことだけが目 的となっており、系統的学習内容に乏しい。
2)機械化、エレクトロニクスによる生産技術の進歩が著しい今日、技能的な繰り返しの訓練 の必要性は減少している。従って、現状の被服製作のような授業では、時間の浪費としか言いよ うがない。
3)安価な既製服の増産拡大による消費者の購買力の激増状況から判断して、もはや、過去の ような家庭裁縫的単品製作技能の習得の必要性はない。衣生活に対する若い人達の価値観の変化 は顕著で、 「作ること」から「着て楽しむ」方向に強く移行している。こうしたことから、生活 技能としての定着化を重視することに疑問がある。
4)受講生(小、中、高校生、大学生も含めて)は、他の家庭科教育の領域でもみられるよう に、被服構成学実習の授業を半ば上巳抜き」 「お遊び」の時間と考えており、授業時間中の心構 え、態度に学習への意欲・熱意・真剣さがみられない。
5)個人別指導が主となる学習形態、指導法をとらざるを得ない科目の性質上、指導者に種々 の困難と負担がかかることは避けられず、行き届いた個人別、能力別指導は今の多人数受講生を かかえて一斉授業の形態をとらざるを得ない状況の下では不可能に近い。
6)適当な環境と充分な設備と、理論に裏付けされた秀れた技能を持っ指導者が余りにも少な
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い現状では構成学発展の見込みは薄い。等々の意見がある。
これに対しては反論の余地は充分あるが、一応、こうした意見を貞撃に受けとめ、現在のカリ キュラムを肯定した上で、製作に長時間を要し、しかも、経済的、精神的負担の大きい縫製実習の 内容の精選を行い、指導法の変革を試み、存続・発展させることが将に課題解決への道である と考える。
そこで、今回は被服構成学実習の中の縫製学習・指導の効率を高めるために、視聴覚機器を利 用することを試みた。
Ⅱ 研究方法
1)被服製作履習に関する実態調査
「折る」「待針打ち」「縫う」「桁ける」といった単調な指先運動の繰り返し作業である縫製 作業については、TimeStudyの格好の研究対象として、又、縫製工業の生産管理対策の一環と して、これまで多くの研究がなされてきた。しかし、その殆どは、技能の熟練効果とか手の巧緻 性、男女の性差等から論じられたもので、学校教育との関りを加味して検討した研究はほぼ見当
らない。そこで、正確、適切な縫製技能の指導法を映像化するためには、先ず、学生の縫製能力 の実態、知識についての把握が必要だと考え、調査を実施した。
調査は、昭和56年度入学の本学小学校課程、幼稚園課程および中学校課程家政科の各々2回生 115名と昭和57年度入学の幼稚園課程と家政科2回生65名を対象に昭和57年5月と58年5月に、
被服製作履習状況、縫製に関する基礎知識、技能の習熟度、被服製作に対する関心度と日常家庭 生活への実践度、その他学生側からみた今後の被服構成学実習の在り方に関する事項など、5項
目45細目について、アンケート用紙による質問調査を実施した。
2)スライド作成
アンケート調査を基に、学習構造、形態上の工夫を重ね、指導上の留意点を慎重に考慮した末、
作業の手順や、親合せを検討してスライドを作成することにした。更に、学生の縫製技術に関す る定着度、能力に応じた簡単な解説を補足することにした。
縫製教材のスライド作成は、2コースに分かれ、
① 予備実験的に先ず「運針の正しい方法」を指導内容として、指の使い方、指貫への針の当 て方、正しい縫い方、並縫いの評価など、5枚のスライドを作成した。
② 次に「スカート製作」教材の「本縫い工程」の部分を映像化した。
3)作製したスライド利用による模擬授業の実施。
作製した「運針の方法」「スカートの本縫い工程」の各々スライドを被服構成学実習の授業で 使用し、学生の映像利用状況と縫製活動状態、並びに縫製の進度状況などを記録し、最終的段階 で、縫製理論、知識と技能の定着度について、スライド使用以前と以後の比較、検討を行うこと にした。
Ⅲ 結果と今後の課題
1)実態調査の結果
今回のスライド作製に参考資料として必要と思われる調査結果についてのみ表1〜表4に示し た。有効回答数は157である。
表1で明らかなように、「スカートの製作」経験は中学と高校の課題で過半数を越えている。
その履習率は中学で67,5%、高校では52.9%と高く、中には中学・高校と二度学習した者が23.5
%もいて、中学校の製作品目35種類のうち、高等学校では16種類のうち最多履習品目第2位にラ ンクされている。これは、縫製作業が比較的安易なため教材として取り扱い易いことや、下半身 被覆衣服として日常着用頻度が高いなどの理由で、中学でも高校でも取り上げているのではなか ろうかと思われる。又、大部分の学生が100%自力で、或はそれに近い自力で、即ち、他人の手 を借りずに作品を完成させており、従って技能の定着度はかなり高いと推察される。このことは ミシンの扱い能力(表2参照)の結果にもみられるように、中等度以上の習熟自認者が95%いる ことからも明瞭である。
表3−1)からは被服製作がはゞ過半数の人達に支持を得、好まれていることがわかる。たゞ し逆に、嫌い、大嫌いだと回答した人も20%を越えており、5人に1人は無関心か興味を持って いないと考えてよい。特に指導する側の立場から反省させられることは、嫌い、大嫌いの理由と して「先生の説明がわからないから」と答えた者、又、「不器用だから」と頭ごなしに自らの能力 を過小評価して、やる気をなくしている者が各々1/3にも達することである。この辺にも今回の 焦点の一部を当てる必要があろう。
以上、調査結果は現時点での学生個々の能力や思考、今後の被服構成学実習の在り方を明確に 示唆しており、スライド作成のための責重な参考資料が得られた。
2)スライド作成について
④ 運針の正しい方法−研究方法で前述したので省略する。
¢)スカートの製作
調査結果を充分消化、検討した上で映像を創造することにした。「スカート製作」の 教育活動の流れとしては、④スカートの歴史、⑧スカートの種類、③スカートの機能(着用目的、
着用の必然性、用途)、④デザイン、⑤型紙作成(a.原型作図……作図法、身体計測、標準寸 法と採寸値、動作とゆるみ、b.原型の引延ばし)、⑥裁断、⑦標付け、⑧仮縫い・補正、⑨本縫 い、⑲仕上げと約10工程に分けられるが、その中で最も時間を要し、肉体的疲労と精神的苦痛を 伴うのは「本縫い」・いわゆる縫製の工程である。従って、この「本縫い」の工程を克明に解り 易く映像化するとともに、簡単な説明・解説を付加することにした。図1はスカートの縫製工程
(本縫い)を図示し、同時に縫製内容を詳細に示したものである。図2〜図4は「本縫い」の要 所の一部で、映像にしたものを示している。
スライド作成上の目標・ポイントを列記すると、
○縫製理論・技能の知識・理解を高める。
○縫製技能の速成習得と、正確な技術の伝達、及び習熟度の効率を高める。
○製作総所要時間の短縮
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表1 スカート製作についての履習状況 表3 被服製作に対する関心と日常生活への実践度
学 習 の 時 期
履 習 状 況 製 作 に 対 す る 自 力 度 脚 人 数 履 習 者
率 脚 1 0 0 7 5 5 0 0 中 学 校 10 6 6 7 .5 6 0 .0 2 8 .0 8 .0 4 .0 高 等 学 校 8 3 52 .9 8 1.5 1 1.ユ 7 .0 0 .4
中 学 と高 校 で 37 2 3 .5 − −
被調査者数=157 表2 基礎技術の習熟について
シ ン
1. 上 手 に 使 え る 1 1 .9 % 2 . か な り 使 え る 3 1 .0 の
扱 3 . ま あ ま あ 使 え る 5 2 .3 い
能 4 . 少 し しか で き な い 2 .4
力 5 . 全 々 使 え な い 2 .4
シ ン′
使 用 開 始 時 期
小 学 校
5 年 生 6 年 生
3 5 .7 3 3 .3 中 学 校 1 年 生 1 6 .7 高 等 学 校 1 年 生 4 .8 そ の 他 (家 庭 で 高 校 の 時 ) 9 .5
使 シ 用 ン し の た 種 ミ類
足 踏 ミ シ ン 3 3 .3 電 動 ミ シ ン 6 6 .7
〔注 〕家 庭 科 の 時 間 に 使 用 した ミシ ンに 限 る
表4 被服製作の内容にかかわる 学生からの履習要求度
学 習 内 容 に 対 す る要 求 項 目 要 求 者 率 (%)
1 .手 縫 い の 基 礎 7 1.7
2 .原 型 の 製 図 6 9 .8
3 .被 服 の 縫 製 6 6 ,0
4 .型 紙 選 択 と 活 用 5 8 .5
5 .採 寸 (身 体 計 測 ) 5 2 .8
1)被服製作に対する興味と関心について
1 .大 好 き 1 1 .9
服
製 2 .好 き 4 7.6
3 .普 通 1 9 .0
へ の 関
心 4 .嫌 い 1 9 .0
5 .大 嫌 い 2 .5
嫌 い 大 嫌 い の
ィ .興 味 が な い 2 0 .0
ロ.先 生 の 説 明 が わ か ら な い 3 0 .0
ハ .不 器 用 だ か ら 3 5 、0
理
由 こ .面 倒 く さ い 1 5 .0
必 ○ 既 習 の 被 服 製 作 は 最 低 限 必 要 9 5 .0 5 .0 要
度 ○ 学 校 教 育 の 中 で は 被 服 製 作 は 不 必 要
2)日常生活への実践度
(縫製の準腸)
裁断後の点・真布の調性
図ユ スカートの縫製工程(本縫い)
珊 l 梢
ー 1 ・・ −
4 4 争 1
= 日
ハ﹁ 圧制 川
的 代 わ る
こ空伸
テープの張り方
絶スわト・ト へ人血︶
鶴 培 い
後脇の出来上り線
(02cb縫代を出して折る)
図3 スカート脇あきのつくり方(その1)
(1)片ひだプリーツの縫い方
−1−...−−−−人
〜 1 丸 く 構 う
点在 ︵表面︶ 0︑0
(2)ボックスプリーツの縫い方 り・ 、言、
表在︵表面︶ける 0・7〜1 ㍗表面より落し仕付けをか
図2 プリーツの縫い方
耳 しつけ 裾の縫代が少い時に よく用いる方法
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「予つまんたところは
三枚に針をかける
①②は三つ折まつり掛、の方法 つまんだ箇所が角ばったり、
引っかかったりして縫糸が切 れ易い、薄布に用いる。
③酌、せ込む法 裾線がきれいに仕上る0 馳厚地共に裾の曲線をす っきりときれいにみせる0 右()内番号はスライド番号
図4 梶の始末
○指導法の簡易化。
○示範指導による時間の浪費を激減する。
○個別指導に要する指導者の労力軽減。
○受講生の遊休時間の活用−自主的・主体的学習への取り組み。
○日常生活に最低限必要な技能の定着化。
以上のようなことであるが、「被服構成学実習のガン」と言われる「本縫い」工程を如何に簡 単明瞭・一目瞭然とした質の良いスライドに仕上げるかが、目的達成の鍵と言えよう。
3)スライド使用による教育的効果
家庭科のどの領域についても同じことが言えると思われるが、特に被服製作では、指導内容の 系統的な取り扱いが重要である。そこで、無駄な重複や、逆に指導の落ち、ミスがないよう細心 の留意のもと画面の構図を考え映像化したつもりであったが、何しろ初めての試みであり、時間 的ゆとりがなかった為にスライド使用による成果は期待通りに行かなかった。図5はスライド使 用による運針作業の効果を示したものである。被験者SlとS2は運針については全くの素人であ る。従って、一段目の並縫いは針目が大きく不揃いで直線の歪みも大きい。しかし、三段目のス
ライドによる「正確な縫い方」「並縫いの評価」の学習後では針目は細かくなり、はゞ直線上に 表裏同等長に現われ、運針長も僅かに延びた。たヾし、指貫を使って正しい運針が出来た者は高 校での経験者S3の他に3〜4名程度であった。
表5 スライド使用前後における被服製作関係 のテスト結果
__l 一一 一・・一一l ̄ l ̄l  ̄ ̄.1\
_._ _ __ ___._ _ __ _、_ ___ ▼_ _ 一一 一 一1− −l−・_/
 ̄  ̄  ̄  ̄ ̄  ̄−l  ̄ ̄  ̄  ̄ 一 一 ̄  ̄  ̄l  ̄ ̄l  ̄11−1▼ヽ\
運針の初心者 S ′1
一 一 一一一 一 一 一 一 一 一 一一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 − 一一 一一
運針の初心者 鹿
_一掃___日_______′ノ
J  ̄・. − −. 一 一一・一一・_ _− − ・_ __ __ __。−・__ −・.−・・.− 一・・一一・一一・.一. _・..・・− − ̄ J−.. ̄ ̄− °°
 ̄l ̄l  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄l ̄ ̄− ̄l  ̄ ̄ ̄ ̄  ̄1 ̄ ̄  ̄1− ̄l ̄ ̄ \
高校での経験者 S3 図5 運 針 作 業
〔注〕運針時間は各5分間
一段目は何の説明もなく、ただ「並縫いしなさい」
と言って縫わせた。
二段目は正しい縫い方を言葉で説明して縫わせた。
三段目はスライドを使用して補足説明の上縫わせた。
縮尺兢
テス ト内容 正答 数 正答 率 ㈲
使用 前 使用後
ミ糸 0 4 0.0 2 5 .0
錆 1 2 0.0 12 .5
鍵 の 2 2 0.0 15 .6 い 関
の 係
3 − 9.4
場 4 10.0 6 .3
A呂 盲 5 − 3 .1
布 間 6 2 1.8
と ) 7
10・0 1 6 ・3 布 0 3 0.0 2 1.9
巾 1 7 0,0 4 3 .9
に (
つ 5 2 2 1.9
い 問 3 9 .4
て ) 4 3 .1
ス名 カ称
3 2 0 .0 0 .0
4 10 .0 0 .0
I に
トつ 5 2 0.0 6 .2
(
のい 8 6 3 0 .0 4 3.8
部て問
分 ) 7 10 .0 43 .8
8 10.0 6 .2
次にスカート縫製工程の中で要所であり難点であるブラケット(脇明き)の作り方、ベルトの 付け方、裾の始末等を部分的標本にしたスライドを利用して模擬授業を行った。
そこでみられた利点を次に列挙すると、
○教授活動の流れ、或は学習活動の流れが直観的に把握できる。
○示範授業での不備な点や間違いの発見が出来、正確な知識と技能の伝達、習得が容易になる。
○個々の能力に応じて、学生は解らない所を繰り返し映写することで理解と納得が出来、確実 な技能を身につけることが可能となる。
○指導の省力化
○労働時間の省力化)指導者は、精神的にも肉体的にも負担が軽減される。事実、教師の示範 と説明回数はかなり減少できる。
0授業中の駄弁と遊休が減少し、学習活動が活発になる。(息抜き授業の追放)
○縫製作業が能率的に進む。
C〕指導者が不在であっても、放課後とか休講時間を利用して、学生は自学自習又は相互学習
(学生同士問で)することができる。即ち、主体的、自主的学習態度育成に役立っ。
Cう作品完成に要する総所要時間が短縮される。等々である。
表5はスライド使用前後に実施したテストの結果の一部を示したもので、学生の知識及び理解 度がスライド使用後にどの程度上昇したかを検討した。ミシン縫いの時の布と糸と針との関係及 び布巾について(表5)はスライド使用とは直接関連しないが、スライド利用による間接的・付 則的教育効果とみてよい。その理由は今まで縫製実習中に説明しきれなかった縫製に必要な基礎 理論・知識を映写中に各所で講義できたからである。これは板書、図解、示範に要する多くの時 間が削減された結果から生じたもので、授業後正解0者が約1/2〜1/3弱減少し、正解者率が 各設問で増大したことからも明瞭である。
たヾ、スカートの部分名称についての正解者率は利用後の方が低くなっているが、これはスラ イド作成の不備による結果と思われる。
以上スライド使用による教育効果について、使用前と使用後の技能変化、縫製理論と知識定着 度で考察したが、一応、視聴覚利用による教育効果は得られたと信じる。全く初めてのスライド 作りは失敗の連続だったが、何とか授業に耐え得るものが出来たことは喜ばしい。今後は質の良 いスライドやVTRも作成し、その利用によって縫製に対する学生の関心と興味を増大したい。
少なくとも嫌悪感を一掃することは可能だと考える。そのためには映像化技術のマスターが必要 である。しかし、そのことに集中し得る時間と能力が私自身に不足しているので、某学会を通じ て、業者にスライドの作成を依頼することにした。出来れば衣食生活全般にわたって、更に、家庭 科教育の全領域で利用されることを願いたい。視聴覚教育の導入によって、より一層徹底した消 費者教育、健全な家庭生活経営能力が培かわれるものと信じる。この意味で、今後はもっと強力 に研究を進める必要があろうかと思う。
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