日(毎月1回25日号行)ISSN 0919 4制3
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こべる刊行会NO. 103
部落のいまを考える⑪ 部落民としてのアイデンティティー山城弘敬
気になること① 「部落差別の結果j について 住田一郎部落のいまを考え る ⑪
部落民としてのアイデンティティー
山城弘敬︵児童厚生員︶ 一四年ほど前から、一つの疑問を持ちながらも、自分 自身答えを見つけることができなかった。きっかけは、 ﹃ 同 和 は こ わ い 考 ﹄ で あ る 。 私はそれまで、部落問題を政治的観点からとらえるこ とに終始していた。しかし、藤田さんとの議論と﹃こわ い考﹂によって、心H人の内面について考えるようにな った。その中で、﹁被差別体験と部落民としてのアイデ ン テ 千 テ ィl
﹂と題した丈書を書き始めた。それが一四 年 ほ ど 前 の こ と で あ る 。 恥ずかしいことに、この文書は中途で挫折し、そのま まとなってしまった。今から考えると、思考の枠組みに おいて、いくつも古い常識にとらわれていたし、明らか に思い違いもあった。しかし、それなりに私にとっては、 そうした思索を重ねることに意味はあった。 そもそも、自らの生い立ちゃ体験を文章化することは、 珍しくもない。特に部落問題においては、古くから行わ れている。たとえば、七0
年代に流行った﹁語り﹂と呼 ばれる取り組みもその一つだろう。今もそうであるが、 当時から私は、そうした﹁語り﹂に疑問を感じていた。 自らの受けた差別を語るその姿勢は、差別の不当性を訴 える手段であり、自らの弱さを省みるというものではな い と 感 じ て い た か ら で あ る 。 私が、私自身の体験を文章化しようと試みたとき、私 自身の弱さをみすえることを、一つの課題とした。私は 差別に傷ついた自分を思い起こし、そこで差別の不当性 を訴えることに焦点を当てるのではなく、﹁なぜ傷つい た の だ ろ う ﹂ と 考 え た 。 ところで、そうした体験の文章化の中で、いくつもの 疑問を感じたし、考えてもわからぬことは﹁宿題﹂とし て保留しておいた。その中の一つに、﹁牛殺し﹂や﹁豚 殺し﹂という私に投げかけられた言葉が、はたして部落 差別というべきだろうか、というものがある。 こべる 1幾度も聞いたその言葉は、こどものころの私を傷つけ たのは事実である。同時に、それらの言葉は、部落を表 す様々な言葉と併用されていたことを考え合わせれば、 ﹁部落差別である﹂と決め付けてもよいような気もする。 またたとえどのような言葉であろうが、﹁午殺し﹂など 表現に通底するような意識を、少なくとも公式の場で表 明すれば、﹁部落差別である﹂と断罪されるであろう。 こ れ は 間 違 い な い 。 しかし私は、それらの言葉が﹁部落差別である﹂とす るには、いまだに跨賭する。これまで何度か触れてきた が、家畜を屠殺・解体する仕事や、その獣皮・獣骨・油 脂をあっかう仕事に対して、蔑みの眼差しを示すのは、 部落外の人々の特権でもない。私にとっては、部落の 人々とのつきあいが多いこともあろうが、むしろより露 骨な態度はそれらの人々から感じてきた。解放運動の関 係者も、この例外ではなかった。 すでに私は J このことを理由にして部落解放運動への 不信を表明︵﹁﹁部落民﹂とは何か﹄一一一頁
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一 一 一 一 一 頁︶しているが、問題は感情のレベルにあるとは思わな い。むしろ、解放運動の未来を展望する鍵の一つと考え て い る 。 では、これがどのような意味で重要なのだろうか。そ れを、部落差別・部落民・部落民としてのアイデンティ ティーという三つの概念と、その相互の関係の中で考え , − 、 . 。 ナ ム ・ ν これまで書いてきたことと重なる部分も多いが、これ ら部落問題についての基本的な概念について、私の理解 を 明 ら か に し た い 。 ま ず 、 部 落 民 と は 何 か 。 これには、様々な定義が存在する。すなわち﹁これが 正しい定義だ﹂と、万人が納得できるものが存在しない 現 実 を 物 語 る 。 もっとも、いまだに大多数の人々は、そのような定義 を議論する必要を感じていない。もっぱら自明のことと して受け止められている。基本的には、前近代的に身分 制度とそれへの血のつながりをもって、部落民の存在を 実体として理解しているようだ。すなわち﹁どこかに﹂ 特定の人々を部落民とする、﹁何か﹂が存在するとする 考え方といいかえてもいいだろう。 その﹁どこかにある何か﹂を探そうとすると、迷路に 落ち込む。私も落ち込んだ一人だ。何かの基準を作ろうとしても、どこかで整合性がなくなる。整合性にこだわ ると、世間中が部落民、だらけになるか、反対に部落民が い な く な っ て し ま う 。 そこで私のたどりついた結論は、﹁部落民であるとい うアイデンティティーを持つ人を、部落民とする﹂であ る。トートロジーといえばそれまでだが、これでよいと 思 っ て い る 。 部落差別を受けている人、あるいは受ける可能性のあ る人をもって部落民とする考え方もある。しかし、肝心 の部落差別の概念も暖昧である。これを広く解釈すれば、 部落民とされる人の数も増大する。だが、差別の概念を 最も狭く解釈しても、部落民の存在は絞りきれない。 部落差別というものは、基本的には非合理的なもので ある。差別する人は、それぞれ勝手な基準で誰かを部落 民とする。客観的な基準が存在しないことは、実に恋意 的な基準を生み出す。︵恋意的とは、構造主義の用語で、 別のものであってもかまわないの意︶ ﹁﹃部落民﹄とは何か﹂でも紹介した結婚差別の事例は、 その一つだろう。差別したい人は、驚くような理由を持 ってきて、﹁部落民である根拠﹂とする。出身地や以前 の居住地の地名。苗字。職業。親族の婚姻相手。公営住 宅ゃある種の行政施設の存在等々といくらでもある。そ の中では、まったく見当違いの理由が持ち出される場合 も少なくない。部落の地名を暴露することなどで有名な インターネットの掲示板がある。そこをのぞいてみたら、 四割以上が﹁誤爆﹂ということもあった。 部落差別を受ける可能性をいうなら、日本人の大多数 が、これを完全には否定できない。逆に部落民︵である というアイデンティティーを持つ人、もしくはそう名乗 るのに一定の根拠がある人といいかえてもよい︶であっ たとしても、将来百パーセント差別を受けるというわけ で も な い 。 下手な比聡だが、運転の仕方と交通事故の関係のよう だ。安全運転に徹していても交通事故に遭うこともある し、無謀運転を繰り返していても無事故でありつ弓つける 場合もある。未来の完全な予測は不可能で、確率をもっ てしか、いいあらわすことしかできない。 次いで、部落民としてのアイデンティティーについて 考えてみよう。もっとも、アイデンティティーとは何か について正面から考えれば、議論として切りがない。こ こではとりあえず、白らを部落民と認識する意識とだけ こべる し て お く 。 3
そのアイデンティティーを持っかどうかは、部落差別 との関連で、如何なる相違があるのだろうか。 部落民としてのアイデンティティーを持つ/持たない の聞には、不思議なことに境界線が引かれている。しか もその境界線は、ある程度の明瞭さを持っている。 繰り返せば、部落民であるという客観的な基準が存在 しない。それは、アイデンティティーの根拠にも、暖昧 さがつきまとうことを意味する。にもかかわらず、ほと んどの人は、その中間に身を置かない。 自らが、部落民であるか/ないか。それを不明と感じ ている人々は、確かに存在するが、ごく少数にとどまっ ている。冷静に考えれば、部落民である/ないが不明な 人・どちらとなってもよい人は、多数存在するはずだ。 しかしその中で、自らのアイデンティティーについて疑 問を感じている人の比率は、非常に少ないといえる。 アイデンティティーが基本的に二つに分かれるといっ ても、自らのアイデンティティーを形成する背景は、多 種多様である。そしてこれらはすべて、部落差別の対象 となるかの、ニ疋の根拠となりうる。差別される可能性 は、確率でしかいえないとしたが、アイデンティティー 形成の背景は、そのままこの確率の根拠にはねかえるだ ろ 、 っ 。 現実問題としては、この差別される確率を、数値化す るのは不可能である。しかしいったん差別を確率の問題 であるとすると、アイデンティティーとの関係で奇妙な 事実が見えてくる。 差別される可能性は、 0 からーまでの値で、人の数だ け散らばっている。他方、アイデンティティーはほとん ど二つに分かれる。流行のアナログとデジタルの関係に も似ているが、そうではない。差別される可能性は、差 別する人の恋意性によって左右される。また、人がどち らのアイデンティティーを選択するかも、その人の悲意 性によって左右される。両者は、対象が自分と他人の違 いであり、特定の個人を部落民と判断する意味では同じ である。その判断の恋意性は、まったく共通する。 アナログをデジタルに変換する場合は、しきい値を定 め、それを基準として 0 か 1 とする。しかし誰かを部落 民と判断して差別する場合も、自らを部落民として認識 する場合も、その判断がその都度恋意的に行われてしま う。すなわち、定まった基準が存在しないわけである。 その結果、差別される可能性が高いにもかかわらず部 落民としてのアイデンティティーを持たない人が存在し
うるし、その逆も存在しうる。それぞれの判断の恋意性 を考えれば、このような断定はできないと思われるかも しれない。しかし、どのような基準であろうとも、一定 の基準を設けて部落民である/ないを判断しようとする 限り、この逆転現象は観察されるだろう。もちろん私の ように、絶対的基準の設定をあらかじめ放棄し、各人の 恋意的基準にゆだねたところで同じことがいえる。 つまり、部落民としてのアイデンティティーを持つ/ 持たないは、差別される可能性の前では、さほど大きな 意味は持たない。ところが自らが差別されるという事態 に直面するなら、アイデンティティーの内容は大きな意 味 を 持 つ 。 部落民であるというアイデンティティーを持たない場 合、その人に加えられた差別を比較的冷静に受け止めら れるのではないだろうか。もちろん、差別というのは残 酷に人の心を傷つける。冷静にといっても、その人が傷 つかないというわけではない。しかしそうであっても、 基本的にはその差別事象の直接的影響下においてのみ、 心を痛め傷つくのではないか。 これに比して部落民であるというアイデンティティー を持つ場合、大きく想像力を働かせる傾向にある。その 差別事象の当事者からの将来にわたる差別言動を思い浮 かべる。それだけではなく、同じ行為を他の人々、時に は社会全体から受ける可能性にまで広げる。 これは当人が差別されるという事態に直面することを 想定した話だ。差別されるのではなく、差別に出会った 場合を考えてみよう。部落民であるというアイデンティ ティーの有無は、より大きくその人の反応に違いをもた ら す 。 ちなみに、﹁差別される﹂ということと﹁差別に出会 う﹂ということを混同する人が少なくない。これこそア イデンティティーの内容によって、反応に大きな違いが あることを示しているのではないか。抽象的存在として の部落民を差別する発言があったとしても、それは当人 が差別されたのではない。たんに、差別に出会ったのに すぎない。それを﹁自分が差別された﹂と誤解する現象 は、アイデンティティーの選択によって生じるといって . 、 、 ‘ 。 1ldBV 自らを部落民であるとするアイデンティティーを持つ ということは、部落民がこうむる差別のすべてを背負い 込むことに直結するわけではない。だが、多くの人々が 否定的な形でこのような背負い込みを行っている。どう こぺる 5
したことだろう。この点をもう少し考えてみたい。 部落民としてのアイデンティティーを持つということ は、部落民の存在が実体を持つものとし、自らをその一 部としてとらえることといっていいだろう。だが実際に は、部落民とは実体を持って存在しない。そうアイデン ティファイする人々が、それぞれに微妙に異なる基準に よって、それぞれの頭の中に作り上げた存在である。 自らを部落民とする基準は、基本的にはそれぞれに実 体験によって生み出される。実体験には、自ら、あるい は近くにいる人が差別されるということもはいるだろう。 しかしそれだけではないはずだ。部落に住む、あるいは 住んだことのある人であれば、その生活の中で生まれる 地域的な共同体験共有化された生活体験もまた、大き な要素になるだろう。 ところで部落の生活実態は、地方によって大きく異な る。農村部においては、その地域全体において古い共同 体意識が存在し、古い序列意識も存在する。それらはか つてほど厳しくないとしても、都市と比較すればはるか に生活全体を縛り付けている。その中で最底辺に位置付 けられた部落の人々の部落︵民︶のイメージは、都市の それとは大きく異なるだろう。 都市部の場合、就労の選択肢は、農村部より多い。こ れは、富む機会と飢える機会の増大を意味する。結果、 人口の流出入は多くなる。部落にとっては、経済的貧困 の集中をもたらす。貧しさと被差別感が同居した意識が 多数を占めるだろう。 部落産業と呼ばれたものが数多く存在した時代には、 その中で様々な人間関係があった。職人的徒弟関係。商 売上の取引関係。同業者聞には、同業者意識と商売敵意 識が並存する。部落内部での雇用関係も無視できぬ存在 だ。また商慣習などにおいては、主従、もしくは隷属的 関係もあっただろう。いずれにしても、部落固有の産業 があれば、部落内部の地縁と血縁に加えて、様々な仲間 意識を形成する土壌となったはずだ。だがそれは、同一 の内容においてではなく、産業と地域において、それぞ れの特殊性を持っていた。 もっとも最近では、部落産業と呼べる存在も数を数え るぐらいしかない。経済の発展はきわめて動的であり、 採算性の低い産業は廃れていく。逆に採算性の高い産業 は、部落を離れていくし、部落外からの参入も増える。 このように、農村部と都市部でという違いだけでも大 きいし、その中における産業構造・就労形態とそれに基
づく人間関係や生活実態も異なる。それぞれの部落は、 それぞれの周辺地区との対比において、特殊性を見出す ことはできるが、すべての部落に共通する特殊性は見出 すことができない。ひとつひとつの部落の姿が異なると 同時に、その中で生活する人、あるいはその部落にかか わりを持つ人にとっては、その部落で住む人々との距離 や関係の中身が異なることはいうまでもない。 基本的には、その距離・関係の中身をもって、自らの アイデンティティーを︷疋めるといってよいだろう。これ は人が一人ひとり個性を持つ、ということと同じ意味だ。 しかし、アイデンティファイという作業を通すと、その 個性は忘れ去られてしまうようだ。 部落解放同盟は、部落民としてのアイデンティティー を高める努力をしてきた。差別糾弾闘争の重視は、一方 において行政闘争の手段化というきな臭さがあったもの の、もう一方では﹁三百万部落民﹂という意識の統合へ の取り組みであったと思う。﹁石川命、わが命﹂と闘わ れた狭山闘争は、その最たるものである。 しかし、解放同盟という組織の重視は、そこに結集す る︵あるいは結集すべき︶個人の意識のレベルにおいて は、正反対の結果をもたらさなかったか? 差別と闘う組織を建設するという、それ自体としては もっともな方向は、他方において差別と闘う個人の内実 を無視してきたように思われる。 ﹁部落民としての誇り﹂﹁部落民としての自覚﹂という きれいな言葉の中で、実に脆弱な部落民像を形成してし まった。また、﹁行政責任論﹂によって、部落問題の解 決を行政の手にゆだねてしまった。その中で描かれる部 落民像は、差別の前に無力であり、差別に対してただ打 ぢひしがれるだけの姿である。このような姿を強調し、 時にそれを演じることを恥ともしない姿勢を続ける中で、 一人の意志の力で差別にうちかつことができることを否 定してしまった。そして、人がそのように成長していく べきことを忘れ、そのための取り組みをも放棄してしま っ た 。 部落差別が、制度・もしくは公権力の行使として行わ れることはほとんどなくなった。現在問題となっている のは、個人の意志行為に基づく差別である。 このような差別と闘うことができるのは、組織ではな く個人である。組織や﹁三百万部落民﹂を背負ってでは なく、一人の人間としで差別する人間と向かい合うこと 抜きに、今日の差別と立ち向かうことはできない。 こぺる 7
これは、ひとり部落解放同盟という組織だけの問題で はあるまい。﹁国民融合論﹂を唱える全解連も差別と闘 う人作りを放棄しているし、長年同和教育運動を行って きた全同教をはじめとする諸国体においても同様ではな いだろうか?たとえ﹁差別と闘う力をつける﹂を掲げ てもそれは個人の力ではなく、組織を媒介した力でしか な か っ た よ う に 思 わ れ る 。 それぞれの組織の、掲げる理念と取り組むフィールド を考えれば、いずれ γ も そ の 責 任 は 大 き い と 考 え る 。 部落民であるとアイデンティファイした人が、差別の 現実について、客観性をもって冷静にとらえることがで きない。それを肥大化して受け止めることで、自らの心 の傷を広げてしまう現実があると思う。これこそ、部落 解放運動の最大の課題ではないだろうか。 奈良県部落解放同盟支部連合会︵山下理事長︶は、 こうした中では例外的にこの重要性に気づき、取り 組みを行っている。解放同盟の看板を掲げること、 すなわち過去の運動の成果だけではなく、過ちさえ も背負い込み、そこから運動を継続しようとする姿 勢には敬服するばかりである。 そしてその中で、﹁差別との戦いは、基本的には 個人的な戦い﹂とまで言明し、﹁他者との関係や問 題解決への行動力が問われる﹂として﹁そのために は知識、スキル、態度、行動力や自尊感情などを育 成しなければならない﹂︵いずれも、県連四二回大 会運動基調より引用︶とする運動に共感するし、と も に 歩 み た い と 思 う 。 さて、最初の﹁牛殺し﹂などの語が部落差別というべ きかという宿題について、考えたい。そのためにまず、 ここで明らかにした部落問題の現実を、障害者問題と重 ね 合 わ せ て み た い 。 まず、障害者とは何かである。どのような人を障害者 とするのかは、明文化されている。だから、部落問題と 異なり、障害者の客観的な概念は明確といえる。 その明文化された内容と、世間一般との意識には 多少のずれがあり、このような表現は正確さに欠け る。たとえば、事故などの後天的な原因によって脳 に損傷を受け、実質的に知的障害者と同様な状態と なっても、法律上は知的障害者とはされない。これ は、知的障害者が先天的、もしくは生後まもない原 因によって知的能力に障害を持った人だけを指すと さ れ て い る こ と に 基 づ く 。
同様の問題は、他にも多数存在する。身体障害の 認定は、機能をもって判断されるので、一方で外観 などは無視されるし、他方で機能評価も杓子定規と なる。両眼ともに極端な視野狭窄を持ち、実生活に おいて犬きな困難があろうとも、視力検査で一定の 大きさのマ
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クを識別できれば、視覚障害者とは認 定されないことは、その一つの例だろう。 だが、このような認定基準の整合性については、 近年様々な批判が起こっており、将来的には解消さ れるものと信じる。また、この場における論理の展 開上、この問題は無視してもかまわないと判断した。 アイデンティティーとの関連でいえば、重要な問題に 気づく。基本的には、﹁障害者としてのアイデンティテ ィー﹂を持つ人は、ほとんどいない。 たとえ言葉の上で、そのようなアイデンティティーを 持つ人がいたところで、その内実は個別の障害の内容に 縛られている。すなわち、視覚障害者として、あるいは 聴覚障害者としてなど、個別の障害の内容に応じたアイ デンティティーを形成しているのが一般的である。 これは至極当然のことだ。そもそも障害者としてのア イデンティティーとは、〆それぞれの障害者の、 J現実生活 上の体験から形成される。日常生活における様々な困難 ーーその障害を持たぬ人の無理解や偏見による言動もあ る。また、直接人の意識を媒介としない物理的な障壁も ある。これら生活上の困難を、差別の語でいいあらわす べきかどうかについては、ここでは判断を留保する|ー は、障害の内容によって異なる。だから、障害の内容に 応じてアイデンティファイすることは、きわめて自然と い え る だ ろ う 。 自分の持つ障害だけではなく、他人の持つ障害につい ても、自らのアイデンティティーに含めて組み込んでい る人もいる。それらは、種別の異なる障害者との体験の 共有化によって形成されたと推測される。その共有化と は、多くの場合、行政や社会全体との対峠関係の中でな さ れ る 。 障害者団体の指導者や活動家の中には、個別の障害に 応じたアイデンティティーを、障害者全体に共有できる アイデンティティーに高めようと努力する人々がいる。 ﹁同じ障害を持った仲間として﹂という言葉で表される それは、いまだに全体的な課題となっていないようだ。 なぜなら、同一の種別の障害であっても、アイデンテ ィティーの統合は充分ではない。同じ種別の障害といっ こぺる 9ても、それは分類上の話であって、具体的な障害の内容 はきわめて細分化される。さらに、その程度の差や、障 害を受けた時期の差を加えれば、同一種別の障害者相互 のアイデンティティーが、いかに統一困難であるか想像 で き る だ ろ う 。 ﹁同じ障害を持った仲間として﹂にあらわされる、い わば﹁高次に統合された﹂障害者としてのアイデンティ ティーは、行政による施策・社会の変革を求める際に必 要な事項であって、個人︵その場合、障害の有無は関係 なく、ただ相手と同種の障害をもたぬという個人︶が障 害を持った個人に接するのには必要ないことであると考 え る 。 必要なことは、相手の障害内容の理解と、それに基づ く必要な援助の提供であろう。抽象的な障害者の概念は むしろ不要であって、相手の個別的・具体的な障害の中 身 が 重 要 と な る 。 すなわちアイデンティファイとは、一見個人的な作業 であるにもかかわらず、実は個人の問題を社会化するた め の 作 業 で あ る わ け だ 。 障害者問題とは、一人ひとりの障害者の、それぞれか かえる別々の問題を束ねた問題の総称であると思う。そ の中には、視覚障害者問題や聴覚障害者問題、知的障害 者問題という小さな束が存在するものの、それらはやは、 り、一人ひとりの問題の集合であり、総称である。さら にその一人ひとりの障害者のかかえる問題もまた、別々 の 問 題 の 集 合 で あ る 。 これは部落問題についても、同様のことがいえる。部 落問題においては、部落差別の比重が大きく、問題をと ら え に く く し て い る 。 部落を特徴付けるさまざまな低位性は、部落差別 との関連で語られてきた。﹁部落差別の結果である﹂ との文脈で語られてきたこともあるし、﹁差別の原 因﹂として位置付けられでもきた。低位性自体を ﹁ 差 別 の 一 つ の 形 態 ﹂ で あ る と しかし、差別意識とこの低位性との関係について は、現在も解き明かされたわけではない。また、経 済的低位性と文化的低位性との関係においても、同 様のことがいえるなど、部落問題に関する重要な要 素のその相互の関係についての理解が得られていな い現実を直視すれば、これらをすべて﹁部落差別﹂ の語でくくるということを放棄し、相互関係の不明 なそれぞれ別個の問題として把握し、それぞれへの
対策を講じるべきだと考える。 これは障害者問題において留保した、障害者が直 面するさまざまな困難を﹁障害者差別﹂とするかと、 同様の問題である。実は、ともに﹁差別﹂の語を用 いて位置付けてもかまわないと思う。そのほうが、 経験的にいえば取り組みは進みやすいが、一方で無 用のストレスを生み出す。だから、どちらでもよい なら、差別でくくらぬほうがよいとしたまでである。 差別の定義が暖昧なままであり、それが混乱をもた らすのであれば、狭くできる分は狭くしたほうがよ i v 部落差別は、部落民に対して行われる。これはあたり まえのことだ。しかし、何度も繰り返すように、この部 落差別を行う諸個人にとっての部落民とは、その人のき わめて恋意的な基準によって作り上げられた虚構の対象 である。絶えず、大きなぶれをともなう。また、差別す る 理 由 は 種 々 あ る 。 ﹁えた﹂や﹁かわた﹂などという歴史的な概念が存在 する事実はあるが、それが部落差別の原因とはいいがた い。その人の部落に対する具体的イメージが、事実に基 づくものであるのか、虚構なのかは、この際あまり意味 を 持 た な い 。 自らを部落民としてアイデンティファイする人々は、 その根拠に地域的な特殊性と、個人的な体験が入り混じ る。同様に、差別する人の差別する根拠もまた、地域的 な特殊性と、個人的な体験が入り混じる。この事実が重 要 で あ る 。 さらに、各部落それぞれの地域的な特殊性とその中で の個人の生活実態の多様性を考え合わせれば、部落問題 もまた、数多く存在する個別問題の束であるとすべきだ。 私の体験した屠殺という行為や化成業という職業に対 する蔑視は、部落差別の一つであると考えることにした。 たとえそれが、自らを部落民であるとアイデンティファ イした人からの言葉であっても、部落差別であると。 たとえ障害を持っている人でも、他の障害を持つ人へ の差別言動は存在するように、部落民もまた部落差別を 行うということを前提にたたねばならない。 たとえば、部落問題と無関係なトラブルに出くわ し た と き 、 ﹁ 俺 は 同 和 や ﹂ な ど と 持 ち 出 す 人 間 も い る 。 ﹁同和﹂を名乗って、ゆすり・たかりをする人間もい るし、チンピラグループの中で幅を利かせている少 年 も い る 。 こぺる 11
こうした行為がどれほど﹁差別をばら撒く﹂ことだ ろうかは、いうまでもない。言葉としては、﹁部落 民も部落差別をする﹂に当てはまるが、これは私が 今回引き合いに出した問題と異なる。 こういったことは、議論以前の問題として、毅然 と対処すべきであろう。﹁差別落書き﹂などより、 はるかに重要性と緊急性が高い。 このように考えると、私自身が抱え込んできた宿題は、 私自身の中途半端さに問題があったようだ。こどもの頃 に受けた﹁牛殺し﹂との罵りも、同様の感情に基づく言 動も、等しく部落差別であると理解すべきであった。た とえその言動をなす相手が、部落民であろうとも、その 言動と背景にある意識の持つ問題性について、臨時踏せず に批判し、理解を求める作業を行うべきであった。 部落差別との闘いの主戦場が、個人を主体とした空間 に移行したとしても、社会全体を対象とした取り組みが 不要となったわけではない。部落差別への社会的取り組 みが必要である限り、部落民としてのアイデンティテ ィーを持ち、それを統合しようとする試みは必要である。 その統合のためには、部落差別の根幹の一つにかかわる 屠殺とそれにかかわる産業への思避の意識は、問題提起 を続ける必要があるだろう。 同時に、部落の中で問題となっているさまざまな文化 的低位性との格闘も不可欠となる。また、個人と組織・ 運動の関係においても、それぞれに緊張した洗い直しが 求 め ら れ る だ ろ う 。 この際の条件、すなわち﹁部落差別への社会的取り組 みが必要﹂という条件は、絶えず見直される必要がある。 アイデンティファイの先には、運動とそれを体現する組 織がある。運動も組織も、それが成立してしまうと、そ れ自体が自立しはじめる。社会全体の中での、その問題 の変化に対応しづらく、生み出された権益の擁護という 新たな原動力を作り出してしまうからだ。 幸いにして︵?︶私たちの前には、よき反面教師がい る。この害悪を取り除くためにも、自らのアイデンティ ティーを問い直し、統合されるべき対象としての部落民 の像を再構築すべきではないだろうか。 私は何者かという宿題に、一つの答えを出したつもり だ。しかし、同じ問いはさらに繰り返されるようだ。追 い求める仲間の姿ゃ、仲間との関係など、新しい宿題も 出てきてしまった。行き先は、まだ見えない。
気になること①
﹁
部
落
差
別
の
結
果
﹂
に
つ
い
て
住田一郎︵西成労働福祉センター職員︶ 私は一九八一年、﹃部落解放教育再考﹄︵田中欣和編 著︶に文章を発表して以来、被差別部落大衆の﹁内面的 弱さ﹂について問題提起し続けてきた。その時々、私の 目の前に現象する課題 H ﹁内面的弱さ﹂は長年にわたる 部落差別を受け続けてきた結果に違いないとの思いから である。私にとって﹁内面的弱さ﹂の存在は基本的に被 差別状況が生み出したものであり、それ自体の責任を被 差別側に負わせることは出来ないと考えている。部落大 衆自身による部落解放運動が一九六九年以降、国・自治 体による生活全般にわたる同和対策事業を実現させてき たのもむしろ当然であった。この過程で、私の提起が ﹁差別者側の責任を、なぜ被差別側の我々が担わねばな らないのか﹂との反発としてすんなり受けとめられなか ったことも一応は理解できる。﹁内面的弱さ﹂の指摘に 領きながらも、あえて無視し、研究大会会場には、発言 者である私が部落民を名乗っていなければ、﹁糾弾﹂も のだとの雰囲気すらあった。確かに、部落差別と立ち向 かうことで自らを鍛え上げたすばらしい人々が被差別部 落内に存在する事実を私も否定はしない。しかし、現実 は多くの被差別部落民が部落差別に押しつぶされ様々な 課題を抱えていた、だからこそ、私たちは部落差別から の解放を求めて運動を組織してきたのであった。それ故、 客観的事実としての﹁内面的弱さ﹂を認めることは部落 解放運動の出発点でもある。 私は﹁内面的弱さ﹂を、長年にわたる劣悪な住環境、 経済的貧困、教育機会の著しい低位性等による外国と一 般社会から忌避されるなかで、コミュニティに押し込ま れた被差別部落大衆自身が十分に身に着がなかった︵あ る意味で着ける必要もなかった︶、被差別部落内外での コミュニケーション能力の不足、子育て力の不足等とし て現れる内因によっていると考えている。一二十数年間の 同和対策事業は主として外因の除去に大きな成果を上げ てきた。私が指摘する内因のうち地域の教育力・子育て 力の不足については課題が眼前に見えていたため、地域 の中から取り組みも始まっていた。ところが残念なが こベる 13ら、それらの課題を克服する基盤である内外でのコミュ ニケーション能力不足についてはいまだ課題とも捉えら れていない、気づいてさえいないのが現状であった。だ が、解放教育の現場ではいち早く、被差別部落出身児 童・生徒の低学力分析の中で、コミュニケーション能力、 読解力、語桑力等の欠知が課題とされていた。特に、家 庭での日常的なコミュニケーション不足︵対話がない、 成り立たない︶は学校教育で身につけるべき基礎的学力 を獲得するうえで大きな弊害となっていることも明らか にされていた。多くの被差別部落の家庭ではコミュニ ケーションの習慣が皆無に近かったのである。さらに、 閉鎖された、地縁・血縁関係の濃い被差別部落内では対 等なコミュニケーション自体が必要とされなかったとも 考 え ら れ る 。 能舌に話す被差別部落出身者を知る地区外の人々や自 ら鏡舌に話すと自負する出身者にとって、ここでの私の 指摘は意外に感じるかも知れない。しかし、私は鏡舌に しゃべること︵しゃべくり︶と、対等なコミュニケーシ ョン能力とは決して同質のものとは考えていない。いわ んや、差別・被差別、加害者・被害者とのこ項対立思考 に基づく糾弾現場における告発能力の﹁多弁さ・鋭さ﹂ をコミュニケーション能力と考えているわけではない。 ﹃同和はこわい考﹄で藤田敬一は﹁ある言動が差別に あたるかどうかは、その痛みを知っている被差別者にし か わ か ら な い ﹂ 、 ﹁ 日 常 部 落 に 生 起 部落民にとって不利益な問題は一切差別である﹂との テ
l
ゼを﹁資格﹂と﹁基準﹂の問題として批判的に指摘 する。さらに、このテl
ゼに寄りかかってきた部落解放 同盟の運動のあり方に被差別部落内外での対等なコミュ ニケーションを阻害してきた要因を求めている。私もこ の藤田の指摘に異論があるわけではない。ただ、後者の テーゼには最初に読んだときから、ある種の違和感をも っていた。素直に読めば、このテーゼも先日私が朝日新 聞への投稿記事で提起した﹁部落差別の結果﹂論による 弊害に通ずる指摘として納得すべきであろう。 しかし、それなら私が問題提起してきた被差別部落民 にみられる﹁内面的弱さ︺は、いったい何によって生じ たものと捉えればいいのか。今でも私は、部落差別との 関連を抜きには答えられないと考えている。先のテ も﹁日常部落に生起する、部落および部落民の生活に見受けられる︿課題﹀は差別によっている﹂と焼き直して 理解しているとも言える。もちろん、すべての課題を ﹁部落差別の結果﹂ということで、被差別部落民一人一 人が負うべき責任まで回避されると主張しているわけで はない。そうではなく、部落差別によって被差別部落民 が損なわれたものはいったい何なのか。部落差別は被差 別部落民から何を奪いさったのか。これらの事実を見据 えることは、特に特別措置法後の今日、部落差別問題を 把握するうえで軽視されてはならない課題だと私は考え て い る か ら な の で あ る 。 四
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年も以前のことだが、中学生であった私は近所の 住吉大社を歩いているとき、他校区の中学生三、四人に 呼び止められ、人気のない場所に連れ込まれた。彼らは 恐喝するつもりであったのだろう。ところが、ボス格の 一 人 が 1 ﹁お前はどこのもんや﹂と聞く、﹁住吉五町会 だ﹂と答えると、﹁五町会ならA
を 知 っ て る か ﹂ と 。 ﹁ よ く知っている﹂と私が応ずると不思議と何もせず解放し てくれた。多分、被差別部落である住吉五町会は彼らに とってある種の憧れ H 部落差別の印であったに違いない。 またつい最近、年若い友人から聞いた話である。兵庫 県八鹿市出身の友人は一九七四年に起こった八鹿高校事 件の数年前に生まれていた。八鹿地方ではこの事件以後、 部落問題について自由に語り合う雰囲気はほとんどなか っ iたという。友人もこれまで部落問題について話し合っ たことがなかったと言っていた。にもかかわらず、友人 は被差別部落の存在をだれ聞くともなく知っていた。通 っていた幼稚園・小学校・中学校には被差別部落出身者 もいたからである。しかし、ただ同級生だっただけでは わからないだろう、学校でも被差別部落について話され ることはなかったのだからと聞くと、友人は﹁部落のお 母さんは全員ではないが︿荒んでいた﹀し、クラスメイ トにも教室から飛び出し、不良っぽかったものも多くい た。先生方も彼らに対しどことなく不自然な対応をして いたので、私には﹂解ったそうだ。友人は大阪の大学で 社会福祉の勉強をし、在日朝鮮人問題にも積極的に関わ っていた。ところが、部落問題は先の体験を通してか、 関わり難いものとして思考からすっぽり抜け落ちていた。 友人の部落問題についての不十分性を指摘することは簡 単である。しかし、それだけでいいのだろうか。外の 人々の眼差しゃ指摘をすべて︿差別意識であり、逆差別 こぺる 15だ﹀と断定するとき、双方にどのような関係が生まれる のか。答えは明白である。もちろん、眼差しゃ指摘に予 断・偏見が含まれていることも否定はしない。だが、同 時に客観的な事実として被差別部落民の課題が浮き彫り になったものと捉える必要もあったのではないか。部落 民の﹁弱さや課題﹂を自ら認めるなら人々の部落差別意 識をさらに助長するとの意見はいまだ根強い。しかしな がら、﹁弱さや課題﹂をひとまず共通の土俵に乗せる、 顕在化することなくして、双方による理解は一歩も深ま らないのではないかと私は考えてきた。 被差別部落民は地域社会から忌避され続けることで、 閉鎖的なコミュニティーでの生活を余儀なくされてきた。 都市の被差別部落が抱える課題、︿地縁・血縁 H 村社 会﹀的要素も周辺の非部落地域ではすでに希薄になって いるにもかかわらず、被差別部落には色濃く残存してい た。私の﹁内面的弱さ﹂の指摘に対して、﹁あなたの指 摘は私たちの田舎でもよく見られる遅れた村社会的特徴 とも共通ではないですか。決して特別じゃないですよ﹂ とよく反論されたものである。確かに現象の多くに共通 点が見られるのだろう。しかし、大都市大阪市内に位置 する被差別部落住吉に、何故﹁村社会的特徴﹂が色濃く 残されてきたのか。この点こそ解明されねばならないと 私 は 応 じ て き た 。 周辺地域からの差別事象や差別的眼差しへの対抗上、 被差別部落側は内部から目に見えない︿心の壁﹀を結果 的に作り上げてきた。一見、過剰とも思える部落差別へ のおののきやおそれ等も硬直した加害者・被害者との対 立関係が生み出したものである。さらに、外との対話も 閉ざされる中で、風通しもわるく、︿地縁・血縁日村社 会﹀的要素、古いボス的支配、人間的なねじれ等も被差 別部落民自身によってながく克服すべき課題とは捉えら れ て こ な か っ た の で あ る 。 被差別部落民の﹁内面的弱さ﹂を私は現在進行形の部 落差別による生傷と捉えている。生傷には治療が施され ねばならない。だが、治癒するためには﹁内面からの治 癒力﹂が大きな役割を果たすことは言うまでもない。被 差別部落民が自らの課題 H ﹁ 内 面 向き合い克服をめざすとき、その営みは﹁内面からの治 癒力﹂を高める努力と言えるのではないか。
白 持 レ ハ コ U Z T −J E − − 一 一 口 マ九月一、二日の二日間、奈良県部 落解放同盟支部連合会の研究集会に 参加しました。参加人数を誇る集会 ではなく、そうですね、いわば﹁手 づくり﹂の味がする集まりという感 じなのです。しかも参加者に﹁義理 と無理﹂がないから集中力がすごい。 途中で帰る人もほとんどいない。あ る支部長によれば﹁語られてること がありきたりではないから、聞こう とするんとちゃうんかなあ﹂とのこ と 。 な る ほ ど と 納 得 。 マ メ イ ン テ