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首相公選論の意義

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(1)344. 論. 社学研論集. V。 l. 9. 2007年3月. 文. 首相公選論の意義. 岡 田 大 助* 可能性がある。 しかし,もし主権者である国民 第1章はじめに. による首相公選が実現すれば,民意と首相が直. 日本政治の歴史において,「断続的」に話溝 になるのが首相公選論である。. 結し,首相のリーダーシップも図られるのであ. 首相公選論は,. 幣原喜重郎内閣の憲法問題調査委月余(粉本秀. る。 そして,何故歴史において「断続的」である. 治委員長W¥における顧問のひとりの野村淳治. かということであるが,それは憲法の技術的な. 博士の意見書(2)が嘱矢であり,1960年代の憲法. 面が深く関係している。. 調査会(高柳賢三会長)において中曽根康弘衆. の導入には憲法改正を伴う,というのが通説で. 議院議員の「首相公選論の提唱」(第4章(1). あるからである。 すなわち憲法改正論と同時に. すなわち,首相公選論. 扱われるから「断続的」なのである。. で後述)から本格的な議論が起こった理論であ. なるほど,. かつて護憲の時勢の中で小林昭三教授の憲法. る。 首相公選論の論拠について,反対論者である. 改正によらない首相公選読(3)の挑戦があった. 百地章教授は,首相を国民によって直接選ぶこ. が,しかし実際には41条「国会の地位」,66条. とによって政治を国民の元に戻し責任意識の向. 3項「国会に対する内閣の連帯責任」,67条「内. 上,開かれた政治の実現を図ることと捉えてい. 閣総理大臣を国会が指名すること」などの規定. る[百地1994:103]。. そして,それは「首相公. 選制を考える懇談会」(第4章(2)で後述)の. に抵触するというのが多数意見である。 政府見解も「首相公選制の導入は議院内閣制. 報告書で,「内閣総理大臣と国民との関係」に. をとる以上不可能」(1972年3月24日衆議院予. おいて今まであった2つの問題として挙げられ. 算委員会第三分科会での書囲一郎内閣法制次長. ている「首相の民主的正統性の問題」「首相の. 答弁(4)¥ということになっている。. 指導力と内閣の政策統合機能の問題」[大石ほ. 相公選論者は多いが,憲法改正を伴うが故に実. か編2002:156‑157]ともほぼ符号する。. すな. 従って,首. 際に具体的に案を提示している論者はかなり少. わち,現行の議院内閣制は代議制であり,国民. 数である。 すなわち,首相公選論とは,現行憲. にとっては好ましくない人物が選ばれてしまう. 法の解釈によって乗り切ろうとする憲法解釈論. *早稲田大学大学院社会科学研究科 博士後期課程1年(指導教員 後藤光男). 加えて.

(2) 首相公選論の意義. 345. ではなく,憲法改正を予定する憲法政策論なの. 議院内閣制かアメリカの大統額制かという点に. である。そして,関連して改正するべき法律は. ある[百地1994:106]」とする。. 統治機構全般に及ぶ。 筆者は憲法の理念は生か. 辻村みよ子教授も棟居快行教授との対談で「今. し,首相公選制に限定した必要最小限度の改正. 日の憲法改正論のなかで登場している首相公選. を考えているが,さらに何より当然立法論とし. 論は,九条改正のカモフラージュと位置付けら. て案の提示が必要であろう。 しかし,本稿では. れると思いますが,それを別としても,直接制. 紙幅の関係上,それらまで詳細には扱えない。. という側面だけで判断することはできないと考. よって,本稿は憲法の理念の下,首相公選論. えます。ここで定義されている首相公選制が,. の意義を追究するとともに賛否に関する論点を. どのような統治構造を前提としたものなのか,. 検討する,首相公選論の肯定説となる。. 大統領制型なのか,議院内閣制塑なのか,ある. さて,本稿の方法論は以下のとおりである。. いは折衷型なのか。選んだ首相をリコールでき. 先ず首相公選論の定義を確定する。 首相公選論. るのか,独裁制にならないようにどうチェック. といっても論者によってかなり異なるので確定. をかけるのか,国会に対する解散権は持つのか. させる必要がある。そして,何故首相公選制を. など,統治構造の重要な点がまだ何も答えられ. 導入しなければいけないのか,すなわち首相公. ていません[辻村2001:47]」としている。. 選制導入の論拠を検討する。 次に,過去におけ. なわち,首相公選制といっても論者によって大. る首相公選論議を探る。 日本における隆盛は. 統領制に近いものから議院内閣制に近いものま. 1960年代と2000年代と2つの時期があった。. そ. また,近年,. す. であるのである。従って,首相公選制が大統額. して,それらによって残された論点について検. 制であるのか,議院内閣制であるのかを追究す. 討を試み,まとめをする。. ることにより首相公選論の定義が見えてこよ う。. 第2章首相公選論とは. 先ず議院内閣制と大統領制,それぞれの成立. 首相公選論とは,内閣総理大臣の俗称であ. 要件を考える必要がある。 議院内閣制である. る,首相を国民の直接選挙によって選ぶとい. が,芦部信喜教授によれば,歴史的な議院内閣. う理論である。実は,定義ではこの域を出る. 制の本質的要素として,「①議会(立法)と政. ことがない。例えば,「内閣総理大臣を国民が. 府(行政)が一応分立していること(この点で. 直接選挙で選任する,という主張[金子ほか. スイス型と異なる),②政府が議会(両院制の. 編1999:539]」であったり,「内閣総理大臣は. 場合には主として下院)に対して連帯責任を負. 国民が直接選ぶべきだとする主張[阿部ほか編. うこと(この点でアメリカ型と異なる)の二点. 1999:209]」であったりする。. であると考えられる。C彰内閣が議会の解散. そもそも,首相公選制は議院内閣制なのであ. 権を有すること,という要件を加える説もなお. ろうか,大統領制なのであろうか。 1960年代に. 有力である[声部2002:302]」としている。. おいて,大西邦敏教授は「首相公選制は単に首. た,小林昭三教授は阿部照哉教授の引用から導. 相を公選するということだけではなく,問題は. き「1. 三権分立が前提であること,2.. ま. し.

(3) 346. かし,この前提をある程度くずして,行政部と を負うこと」を必要条件として成立し,「政府 立法部との間に協調の関係をつくること,3.. による議会の解散権」は必ずしも必要条件では. しかも,この協調は,基本的には議会の優位の ないということである。 これは責任本質説か均 下に行なわれるべきこと,である」とし,「議 衡本質説かの違いであるが,歴史的に元々の議 会(あるいは,衆議院)の解散制は,議院内. 院内閣制の本質を考えれば,政府の議会に対し. 閣制における本来の意味を失った[小林1968: ての連帯責任にあるので,責任本質説が妥当で 裏返して考えれば,解 168‑173]」としている。. 故に,議院内閣制の本質は「政府の存 あろう。. 散制は「本来の意味」を失ったにも拘らず,依立が議会による制度」である,といえる。 対して,大統領制とは芦部教授によれば,「議 然議院内閣制の要件とされることもあるのであ さらに,佐藤幸治教授は「議会と政府(行 る。. 会と政府とを完全に分離し,政府の長たる大統. 政府)とが分立しつつも,政府は議会(二院制. 領を民選とするアメリカ型[声部2002:301]」. アメリカが大統領制の母国であるの の場合はとくに第‑院)の信任に依拠して存在 である。 し,他面政府は議会の解散権をもつことによ. で,大統領制とはアメリカ型である,としてい. また,佐藤教授は「議会と政府が り,制度上議会と政府との間に連携と反発(均 るのである。 衡)の関係を内包せしめている統治体系」を理厳格に分離されている[佐藤1995:207]」とす そして,辻村教授は,ジョヴァンニ・サル 念型としながら,「議会による政府不信任決議る。 ト‑リ教授の大統領制の定義,すなわち「直接 権と政府による議会解散権が,・‑・・実際には, ないし間接的選挙によって選出され,議会に 各国の歴史的事情を反映して様々な変容を蒙る そして,辻村 [佐藤1995:207]」としている。. よって免職されず,執行部を指揮する,という. 教授は「(i)議会(立法府)と政府(行政府). 3つの基準」について,それぞれは必要条件で. との分立(a:政府が議会に対して連帯責任. あっても十分条件ではない[辻村2003:162],. 従って,大統領制の本質は,端的にい を負い,その存立を議会に依存することの2つ とする。 が重要であるといえる(日本の憲法学説ではこえば「政府と議会の協働依存関係を排除してい 一一(in政府が れを責任本質説と称した)。. る制度」という程度が妥当になる。. 議会の解散権をもつこと,という第3の要件を 従って,議院内閣制と大統領制は議会と政府 重視する見解も存在する(学説でいう,いわゆ との関係に関して,一方は融合,もう一方は分 ‑‑‑議院内閣制の本質は内閣 る均衡本質説)0. 離になっているので,対概念になろう。. の議会への依存にあり,均衡は必ずしも必要. しかし,議院内閣制と大統領制は二律背反で. 条件ではないことからすれば,(i)・(ii)を. あろうか。 サルト‑リ教授は大統頒制とは議院. 要件と解することが妥当であろう[辻村2003: 内閣制でないものであり,逆もまた同様である 164]」としている。. とし,大統領制の不適切な定義,及び議院内閣. 論者の認識は一致している。 すなわち,「議. 制間の相違によって「現実世界の事例をこの2. 会と政府(行政府,以下「政府」と略)が分立. 種に分類することは許しがたいものを同類にし. していること」,「政府が議会に対して連帯責任 てしまうということを生じる」としている[サ.

(4) 首相公選論の意義 ルト‑リ2000:93]。. すなわち,本来は同類に. 347. 統頚制に分類されるのではないか。 思うに,そ. されるべくもない政治制度が大統領制の定義の. もそも議院内閣制も大統頚制も,イギリスとア. 暖昧さと議院内閣制の範囲の広さによって,同. メリカの国情に合うように製造されそれぞれの. 類にされてしまっていることに警鐘を鳴らして. 典型とされているのであるから,日本において. いるのである0‑方,清水望教授は「今日では,. も独自の,第3の道を歩んでもよいのではない. 両制度を区別する基準として残っているのは,. か。. 行政部が議会に対して政治的責任を負っている. 従って,首相公選論とは,「内閣総理大臣の. か否かという点だけとなり,他の原理はもはや. 俗称である,首相を国民による公選で選出する. かつてのような排他的かつ絶対的なものでなく. という半大統領制の一種を目指す理論」である. なってしまったといえよう[清水1972:254]」. と定義づけることができる。. としている。さらにこれについて,議院内閣制 と大統領制はともに権力分立を基礎とするもの. 第3章首相公選論の論拠. であり,アメリカ憲法でさえ,大統債による立. (1)論拠. 法拒否権など権力の均衡を保とうという形での. それでは,何故そもそも現行議院内閣制を替. 分立制であるから共通のものであると考え,議. え首相公選制を導入しなければならないのか。. 院内閣制の対概念は政府が議会に従属するとい. 冒頭で百地章教授の捉えている論拠を挙げた. う議会統治制(5)である[今井1993:2],とい. (第1章で先述)が,実際には首相公選論の論. う意見もある。そして,議院内閣制の典型がイ. 拠は多岐に亘るc1960年代において中曽根康弘. ギリス,大統額制の典型がアメリカであるが,. 議員は派閥の弊害の除去ということiこ主眼をお. 現実的に両制度とも殆どそれらの国でしか機能. いていた[中曽根1962:7‑68](第4章(1)で. していないことを考えれば,両制度の融合が進. 後述)0小林昭三教授と池田実助教授は「民意. んでいると考える方が自然である。. の反映ではなく民意の統合」であるとする。 す. 翻って,首相公選論における中曽根案(第4. なわち,国会は個別的に有権者の利益,民意. 章(1)で後述)も小林案(第1章で提示した. の反映を行うことができるが,首相公選制に. ものとは異なる)も,議会に公選首相に対する. 期待されている役割は「民意の統合」である. 不信任権を認めている一方で,議員と大臣の兼. とするのである[小林2001:180][池田2002:. 職の禁止をしている[中曽根1962:20‑25][小. 45‑47]c. 林2001:174‑181]cこれは議院内閣制と大統領. 近年の賛成論者は以下のように論じている。. 制の両方の特徴を具備するものである。. 大石藁教授は,今日の欧米ではイニチアチブ. フランス第五共和制は半大統領を採用してい. (国民発案)やレファレンダム(国民表決)と. 半大統領制とは大統領制と議院内閣制の中 る。. いった直接民主制的な制度を併用している一. 間形態ないし混合形態として分類されてきたも. 方,日本では一度も憲法改正の国民投票が行わ. のである[辻村2003:166]c首相公選制も,議. れたことがない。すなわち,日本国民は半世紀. 院内閣制と大統領制の中間に位置するので半大. 以上にわたって,直接主権を行使したことがな.

(5) 348. いとするのである。 従って,「いやしくも,真. を作り改正‑の抵抗をなくさせる「憲法改正の. 糸口としての首相公選論である」[山口2002: に国民の政治参加の途を広げるという考えに立 つのであれば,むしろ,そうした直接民主制的 87c 岡田信弘教授は,山本‑太,浅尾慶一郎両議 な制度を導入することを本格的に検討すべき時 期に来ているのではあるまいか」とする[大石員の対談を引用しそこから検討を加え,「内閣 真2002:32‑33]c. 総理大臣が大鏡をふるえる環境」の整備,「国. 加藤孔昭教授は,政治とはダイナミズムな制. 民世論に根差したリーダーの選出」,その補強. 度改革であり,それは指導者とは何か,指導者 としてイスラエルの首相公選制の例と日本の地 方政治の動きの影響の,3点であるとする[岡 には何が求められるのか,という命題に直結す 田2001:41‑421c るとし,「そうした指導者を選ぶ制度はどうい うものが適当か,というテーマを考えるのが首 (2)小括 相公選論である」とする[加藤2002:1201c 確かに,首相公選論の論拠の中には,憲法改 反対論者は,首相公選論が現在において主張 正の手段としてや,地方政治の影響として捉え される論拠を以下のように分析している。 佐々木毅教授は,「底流としてあるのは目の るものと不十分なものもある。 前者は効果と副 前の議会制とそれを現実に運営する政党政治に 次的効果の誤用,後者は情緒論である。 対する疑念と不信感」であるとしながらも,こしかし,今まで見てきた論拠には,強力な2 「民意による首相 れがすべて首相公選論の論拠となるのではな つのベクトルがあると思う。 すなわち,1990年代における細川護 いとする。. の選出」と「首相のリーダーシップ」である。. 先ず「民意による首相の選出」であるが,こ 無政権は「一一自民党の派閥・金権政治に対す 憲法前 る国民の深い不信感をバネに政権交代を実現 れは国民主権から繋がるものである。 し,政権交代による政治・政策課題の解決を目文と1条で国民主権を謳い,さらに前文1段 指した政権であった」にも拘らず,結局,脱政 「一一その権力は国民の代表者がこれを行使し 加えて,全国各地 党化が進んだのみであった。. 一一」,41条「国会は,国権の最高機関であって,. の知事のパフォーマンス‑の関心の高まりが, 国の唯一の立法機関である」,43条1項「一一 首相公選論をポピュラーにしたとする[佐々木全国民を代表する選挙された議員一一」とし, そして,最高裁判所 2002:5‑91c 間接民主制を謳っている。 山口二郎教授は,今までの首相公選論の狙い 裁判官の国民審査(79条2‑4項),地方自治 第一に,党内の事情に を3つに整理している。. 特別法の住民投票(95条),そして憲法改正の. よる首相選択を防止するために「国民による指 手続き(96条)と直接民主制は3つに限定され 第二に,アメ 導者の選択を可能にすること」。. しかし,これらはた ているかのように見える。. リカ型の大統領制の方がリーダーシップを発揮 またま列挙したに過ぎない,概括例示なのであ 直接民主制が否定されたのではない。 その できると考える「首相によるリーダーシップ る。 第三に,一度憲法改正の実績 の確立である」.. 証拠に,憲法の理念を謳った前文1段には「そ.

(6) 首相公選論の意義. 349. もそも国政は,国民の厳粛な信託によるもので. 横付けである。中曽根議員は「首相になったの. あって,その権威は国民に由来し,その権力は. ちも,派閥が反逆すればただちに首相の座から. 国民の代表者がこれを行使し,その福利は国民. 転落するので派閥間の調整保持に全精力を使い. がこれを享受する」とあるのである。. 果し,腰を落着けて長期政策や画期的政策を勇. すなわ. ち,それは信託したのであって,放棄したので. 敢に断行する余力はなかなか出ない[中曽根. はない。国民の代表者が国民の意に反すること. 1962:10]」とする。 すなわち,権限自体の強弱. を行った場合,国政を返してもらうこともでき. を言っているのではなく,それを十全に機能さ. るのである。そして,現状において歴代の首相. せようという動機付けを重視した議論なのであ. の支持率が概ね低調であることで示されている. る0. とおり国民の代表者は国民の支持する首相を選. そして,上述2つの他に最後に私見として,. 択していないのであって,国民の意に反してい. 「内閣機能の強化」論に替わるものという論拠. るのである。また,大石教授の考えによるな. を挙げる。確かに,第1章で提示したとおり. ら,その概括例示されたひとつである,憲法改. 「首相公選制を考える懇談会」は「首相の指導. 正を日本国民は半世紀以上にもわたって行使し. 力と内閣機能の政策統合機能の問題」として,. たことがないので,むしろ主権を直接行使する. 指導力すなわちリーダーシップと内閣機能の問. 時期でもあるといえる。 そこで直接民主制的手. 題を同時に扱っている0 しかし先述したとおり. 法としての首相公選制に繋がるわけである。. リーダーシップとは動機付けを重視したもので. 主. 権者である国民の政治‑の参加と責任の意識の. あるので,筆者は敢えて切り離す必要性がある. 向上を図る手段として首相公選制を導入するこ. と考えるのでそのように展開する0. とにより,その副次的効果として国民の政治不. 思うに,首相公選制は佐藤幸治教授の,いわ. 信を回復できるのである。. ゆる「内閣機能の強化」論と同じことをしよう. 次に,「首相のリーダーシップ」である。. 首. としているのではないか。 すなわち,佐藤教授. 相が国民から直接選出されることにより,リー. の考えでは,国会はヘテロジュニアスな集団で. ダーシップが確立されるというのである。. あるが故に「民意の統合」はできない。. これ. 「民意. に対して,首相が国民から選ばれただけでは権. の統合」ができるのは,ホモジュニアスな集団. 限が強くなるわけではないので,リーダーシッ. である内閣である。そして憲法解釈の運用によ. プが強くなるというわけではないという批判が. り,具体的にいえば憲法65条の「行政権」の英. ある。 佐々木毅教授も最近の首相公選論におけ. 訳が̀Executivepower'であることからそこに. る首相の権限への議論が乏しいとして,「一一. 行政権の積極的役割の根拠を見出す方法を選択. 政治論としていえば選出方法が変わっても権限. している。もっとも佐藤教授自身も政策論とし. に変化がなければ議論としては極めて一面的. ては,首相公選制もひとつの選択肢であるとす. であるといわざるをえない」とする[佐々木. る[佐藤1999:46‑64]cしかし,「内閣機能の. しかし,首相公選制における「首相 2002:15]。. 強化」論は民主的正統性が薄く,しかもある. のリーダーシップの発揮」というのは,その動. 程度民意からの逸脱が射程に入っている。 そこ.

(7) 350. で,民主的正統性を担保する首相公選制が選択wm. されるべきなのである。. そして,中曽根議員の提唱に対しては,多く. 論拠がしっかりあるとしても,導入するため の批判があった。 重要な批判を絞って検討す 次章にお には課題を克服しなければならない。. る。. そのう いて,過去の代表的首相公選論議を検証し,そ 吉村正教授の批判は12項目にわたる。 ち1番目,2番目そして7番目は中曽根議員 のうえで残された論点について検討を試みよう と思う。. の議院内閣制への理解の誤認に対しての批判で 1番目「わが国政治の病源に関する診断 ある。. 第4章1960年代と2000年代 (1)1960年代. 中曽根議員は戦後日本の政治 の誤り」である。 の積弊として,「派閥政治」「極端な政争」「政. 1960年代の首相公選論議は,中曽根康弘議員 権の不安定」を挙げ,これらを議院内閣制であ によって,1962年に内閣に設置された憲法調査るためとするが,吉村教授は病気の根因と治療 会(高柳賢三会長)の中で主張された「首相公 の関係を持ち出しそのような積弊が現れている 中曽根議員によ 選論の提唱(6)」が中心である。. 次 のは「政党の在り方に問題がある」とする。. ると,戦後政治の積弊は①派閥政治②極端な政に,2番目「わが国の議院内閣制についての誤 争③政権の不安定であり,それを生み出してい謬」である。 中曽根議貞は,日本の議院内閣制 る機構的原因は,(丑「国会議員が,首相や大 はイギリスのそれと同じであるとするが,吉村 臣や政務次官になるので派閥がはびこり」,②教授は,わが国の議院内閣制は首相が大臣を自 「国会から首相が選出されるので,国会が闘争由に罷免できる点で異なり,むしろイギリス型 の場となり,首相の地位が不安定となる」ことの議院内閣制が不完全であるから現在のような そして,「このような色々の にあるのである。. そして,7番目「中 積弊が起きているとする。. 政治の痛を除く方法は,現在の議院内閣制を廃曽根構想の矛盾」である。 中曽根議員は議院内 止し,国会と政府,議員と大臣との直接の結び 閣制により戦後政治の積弊が生じているとし, つきを切断し,三権分立を明確にして,首相は 首相公選制を導入すればそれが解消するとする 直接国民投票によって公選して,一定の任期をが,何故か直接積弊を取り除こうとしないとす それ以外は,日本とアメリカの社会的条件 与え,解散を廃止し,議員と首相,大臣との兼 る。 職を禁止し,『国会は立法府として法律,条約,が大きく異なること(3番目,5番目及び12 予算をつくり,政府を監督し』『政府は執行府番目),アメリカ大統領制及び大統領の致命的 として,法律,条約,予算を執行し』『裁判所 弱点(4番目,6番目及び8番目),その他(9 は司法機関として,法律を解釈する』ことにす番目,10番目及び11番目)を挙げている[吉村 ればよい」とする[中曽根1962:20‑21]c中曽 1962:69‑109]c 根議員は「三権分立の明確化」「議員と首相,辻清明教授は,「民意の回復」という点と「権 大臣との兼職の禁止」を挙げていることから,威の転換」という点ですくなからぬ意義を含ん でいるとしながらも,「首相の統合力に対する 大統領制を意識したものであることは明らかで.

(8) 首相公選論の意義. 351. 過大な期待」と「首相の地位の安定性に対する. 133‑149]o. 過信」という点で批判をする。. 田畑忍教授は,吉村教授と同様,中曽根議員. 「首相の統合力. に対する過大な期待」については以下のとおり. の誤解を中心に批判する。 戦後日本の政治の積. である0 第一次大戦後のドイツにおいて憲法起. 弊の原因は議院内閣制によるのではなく,すべ. 草者であるプロイスと,社会科学者マックス・. て議員がその性格と生活においてデモクラシー. ウェハーが任期7年の公選大統領を設置した理. を理解していないためであるとする。. 由は,日本の首相公選論者の口吻に似ていると. として同じく議院内閣制を採用しているイギリ. する。「大統領」と「首相」の違いはあるが, 他山の石とするべきであるとするのである。. その証拠. スとスウェーデンでは反対に立派な議会政治が 次. 行われているとする。 そして,国会から独立し. に「首相の地位の安定性に対する過信」につい. た首相の4年の任期の安定は権力意識の強い日. ては,首相の任期を確定しておくことは先行き. 本人の場合,独裁制と官僚政治の強化されるこ. の不透明な状況では賢明な方法であり,奴隷解. とは必至とする。 そのうえでオルタナティブと. 放やニューディール,フランスのアルジェリア. して,むしろ今日必要な制度は首相リコール制. 問題などへの「不動の政策」の推進にも効用が. であり,それは日本国憲法の内閣弾劾制(69条). あるが,一方で任期に縛られ世界恐慌のときの. に加うるに15条所定の国民の公務員選免権に依 そ. ように4年も待たなければならないとする。. 拠した内閣総理大臣国民審査法を制定すること. して,憲法改正という荒療治をやってまで今す. であるとするのである[田畑1962:151‑165]。. ぐ導入しなければならない必要性はない,と結. カール・レ‑ヴェンシュタイン教授は,最大. ぶのである[辻1962:111‑131]c. の欠点は首相を4年間議会の責任と世論の手の. 中村哲教授は憲法改正反対の立場から首相公. 届く範囲の外に置くことであるとする。. 選論に反対し,憲法調査会を批判する。. 憲法の. アメリ. カが成功しているのは特別な事情によるが,大. 立法論とはいわば日本国家論であるので,憲法. 統領制で成功している唯一の例であるとする. の技術的解釈や運用だけを問題にしたのでは大. [レ‑ヴェンシュタイン1962:167‑175]。. 局を誤ることになる。 特に,国家の統治機構の. 木下広居氏は,日本で議院内閣制がうまくい. 部分の審議が技術的な制度論で済まされるよう. かないのは,制度以前の問題であるとする。. な錯覚は日本の歴史的進路を誤ることになると. た,中曽根案が提示しているとおり首相の地位. いうのである。そして,日本の進歩勢力にも議. を4年間動かなくさせることになれば,国民と. 会制を評価しようという空気が出てきた今日に. 議会は無力になるとする。. おいて,それを軽視する大統領制を持ち出すこ. 選について批判する。 議員は長い年月を過ご. とは議会を通じて行われる政党政治への育成と. せば必ず敵が増えるので自党での支持は集ま. 努力が放棄され,逆に保守勢力から首相公選. りにくい。従って,無名の新人が候補者にな. 論が持ち出され,新しいファシズムに通じる. り,議員ほど骨よくわからないうちに当選して. ものであるので日本の政治経験に基づく国民. しまう危険があるとして批判する[木下1962:. 的遺産に反するとするのである。. [中村1962:. 177‑1971c. そして最後に,公. ま.

(9) 352. 有倉達吉教授は,首相公選制の法律的側面に. がなければ独裁制に陥らなかったというのであ. 中曽根議員は内閣ではなく ついて批判する。. ヒトラーは当初大統額選挙でビンデルブル る。. 「内閣首相府」という言葉を使っていることかクに敗れ,その後,議院内閣制の下で民主的に そう ら合議制ではなく独立任制を考えている。. 議会多数派を振るようになり首相に指名され,. すると,「内閣首相府」による委任立法は自治 ビンデルブルクの死後国民投票で支持を受けた 体の長の規則との類似性を持っているので,首 のである。 従って,大統領制によるものという 相公選制では地方自治体のように議会が委任立より,むしろ議院内閣制に未練を残していたこ これ 法に対して無関心になる公算が高くなる。. とと,授権法など大統額制の本質的属性でない. は明治憲法でも日本国憲法でも法の価値が主権ものによって独裁制に陥ったとするのである。 すな 者との距離によって決まったことによる。. 次に「現代の政治課題が首相公選制によって解. わち,独任制の長に委任される立法の範囲は,. 決される」とは限らないという理由に対しても. 「現代の政治課遭」とは具体的には 主権者から直接選ばれているゆえに厳格でなく反論する。 また,中曽 なってしまう,ということになる。. 「派閥の解消の問題」「指導者の安定性」「政策. 根案では首相は「法律案の提出権も拒否権ももの継続性」であり,その毒の最大の要素は「派 つので,合わせて,首相の立法関与権は過大と. アメリカにおいても 閥」の存在であるとする。. なってしまう」とする[有倉1963:203‑211]c. かつては「ボス」と呼ばれる,権力エリート層. そして最後に,声部信喜教授は,「思うに,. の支配があったのであるが,予選投票制度に. 一般国民がこれを支持する理由は,現在の沈滞. 予選投票制度が導入され よって克服してきた。. れば,国民は少なくとも現状より意思を表明で した政治に対する不満から発する一種のエモー そのうえで,大統領制か議院内閣 きるとする。 ショナルなものが多いであろう」としながら, 総選挙で首相を選択で 制かという形で相互に相手方の民主主義的性格 以下のことを批判する。 きないことが,国民の政治的無関心や政治疎外 の喪失を指摘することは,民主主義一般に対す また首相を選 の原因なのかどうか疑問である。. 「間蓮はむしろ,おく る不信の念を醸成する。. 挙によって指名することが望ましいとしても, れて同じような制度を採択しようとする国々 直ちに議院内閣制を廃止し,首相公選制を導入 で,どちらの方が,より一層,民主主義的な しなければならないのか疑問であるとする[芦 訓練の場を,国民に提供するか」であるとし, 部1964:219‑225]c. 現在の日本において首相公選制は危険より意. 以上が中曽根案に対する主な反対論である. 義の方が大きいと結論付けている[鵜飼1962:. が,ほぼ唯一賛成に回った論者は鵜飼信成教授 199‑219]。 鵜飼教授は,反対論の最も説得力 のみである。. 1960年代における論争は「派閥の弊害」とい. のある辻教授の「ワイマールのような独裁の轍う文脈でスタートしたが,結局は水掛け論に終 それは を踏む」という理由に対して反論する。. 一方は首相公選制がうまくいった時 わった。. 誤解であるとし,ワイマールの例は大統領制が の「最善の状況」をイメージし,もう一方は首 重要な契機とはなったが,それに伴う他の要素 相公選制がうまくいかなかった時の「最悪の状.

(10) 首相公選論の意義 況」をイメージし戦わせていた。. ただ,制度と. を『分割政府』のおそれのない,安定した『立. いうものは使う人次第であり,如何なる制度も. 法期』として確保することによって,政治にお. 諸刃の剣である。. ける首相のリーダーシップの強化又はその実質 的充実を図ろうとするものである[大石ほか編. (2)2000年代. 2002:172]」とする。. 小泉純一郎首相は就任以来,首相公選制の導. そして,第Ⅲ案に関して,「国民が首相に対. 入に積極的であった(7)就任後すぐに作ったの. して,『我々の選んだリーダー』という一体感. が首相の私的懇談会「首相公選制を考える懇談. を持てるようにすること,首相が国政の指導者. 会(8)」(佐々木毅座長)である。 検討結果を最終. としての力を発揮できるようにすることは,日. 回の2002年8月7日に取りまとめて公表した。. 本型議院内閣制の弊害を生み出した運用上の問. 改革案としては3つを挙げている。. 題点及び制度上の不足を補うことによって必ず. 「国民が首. 相指名選挙を直接行う案(第I案とされる)」,. しも不可能ではない[大石ほか編2002:183]」. 「議院内閣制を前提とした首相統治体制案(第. とする。これについても批評はいくつかある。. Ⅱ案とされる)」,そして「現行憲法の枠内にお. 「首相公選制を考える懇談会」の座長であっ. ける改革案(第Ⅲ案とされる)」である.. た佐々木毅教授は,第I案について,「分割政. 0. 先ず,第I案の趣旨は,まさに実質上の大統. 府」による対立,首相や大臣等と議員との兼職. 領制を志向している。 「この案は,国民が直接. 禁止によって一体的関係が切れること,同じ党. 首相を選出することを可能にすることで国民の. 派内でも両種の相互独立性によって対立が顕在. 政治参加の途を広げ,選出過程における首相の. 化するによって,首相と国会との関係は今以上. 国会からの独立性を導入する。. にぎくしゃくすることが予想される,とする。. 併せて首相の任. 期を基本的に確定させてその選任が選挙期間以. また政治が成果を挙げるために「個人化」と. 外に政局化することを防ぎ,また行政府の長と. セットで必要な「合理化」を,第I案は否定す. しての首相の権限強化を図ろうとするものであ. ることになるとする。 そして,第Ⅱ案について. 他方で,権力の濫用を防止するために首相 る。. は,「政治の自己統治能力をこうした制度的手. の権限行使に際して国会等による様々の抑制を. 段なしに自ら実現しなければならない」とす. 加味している」。さらに国民からの選出が首相,. そのうえで,小泉首相の誕生によって憲法 る。. 衆議院,参議院と3つになってしまうので一院. 改正せずとも過去の政治にはもう戻らないので. 制の案も検討に値するとしている[大石ほか編. はないか[佐々木2002:20‑24],と楽観的な見. 2002:160]。. 方を示している。. 次に,第Ⅱ案に関して,「この案は,我が国. 大石異教授は第Ⅱ案,すなわち「議院内閣制. の国会をより一層一院制的なものに再編成し. を前提とした首相統治体制案」について,「『衆. て,衆議院議員総選挙を首相選出と直結させる. 議院議員選挙を首相選出と直結させることによ. ことにより首相の地位の民主的正統性を高める. り首相の地位の民主的正統性を高める』ことな. とともに,総選挙から次の総選挙までの期間. どを通して,首相と国民との関係をより直接的. 353.

(11) 354. なものに再構築するという意味において,議院 佐々木教授は第I案と第Ⅱ案を否定し,現 る。 内閣制を前提とした改革案を提示することは, 行議院内閣制下における政治改革を目指すとい う第Ⅲ案を選択している。 大石教授は首相公選 むしろ当然ありうるべき選択であった」として いる[大石2002:31]。. 論の是非を論じることなく,自分が携わった第. 久保文明教授は,どの案がよいとかではない Ⅱ案についての意義を述べるにとどまってい 久保教授は,案の内容ではなく案を提示し とし「今回ある程度集中的な議論をした上で, る。 山口教授は首相公 首相公選制の具体案を作成したことには一定 たことに意義を認めている。 選論の問題提起は現行議院内閣制でできるとし の意味があると思われる」とする[久保2002: 52]。. 岡田教授は,論点は て第Ⅲ案を肯定している。. 山口二郎教授は,首相公選論に反対の立場か シフトしたとし,加藤教授は3つの案が出され 報告書 ら,いわゆる首相公選制の問題点を論じ,現在 たことの意義の肯定にとどまっている。 の議院内閣制の運用について提言を行ってい への意見を述べた論者のうち明確に首相公選論 そのイメージは「首相を中心として権力と (すなわち第I案)を肯定した論者はいない。 る。 責任を集中したものである」[山口2002:112]。 特に委員として立案に参加している論者が逃げ すなわち,現行憲法の議院内閣制枠内での首相 腰の印象をうけるのは,何故であろうか。 思うに,小泉首相の誕生により首相公選制を への権力と責任の集中をするべきとしているの である。. 導入せずとも,この時点において,その日的,. 岡田億弘教授は,報告書第Ⅱ案と第Ⅲ案に対 すなわち一般的に言われている論拠がほぼ達成 する大山礼子教授のウェストミンスターモデル されてしまったからである。 しかし,何とも不 としての理解とその批判を例に出し,大山教授 安定なものといわざるを得ない。 による首相公選論から議院内閣制論‑と論争点 (3)小括 がシフトしているという見方について,憲法学 既存のシステムの一部に,新たなシステムを の取り組むべき課題の設定の仕方として正しい 導入すれば拒否反応が起こる可能性が高いが, と筆者も考えるとし,首相公選論を否定してい る[岡田2005:57‑58]c. うまく潤滑油として機能する場合もあり得る。. 加藤孔昭教授は,3つの案について「『国民では,首相公選制を導入するときはどういう時 思うに,メリットとデメリットの比較によ か。 的論議のための良質な素材を提供する』とした 三案併記 報告書の位置付けで良いと考える。. り,前者が後者を上回ったとき採用するべきで. 本章において,1960年代と2000年代の論 は,それだけ多角的な視点に立っている証左で ある。 議を検討した。 しかし,結局のところ首相公選 あり,いずれも『国民的議論のタタキ台となっ 制導入の是非の決定打になるに至ってない。 そ ている』と思うからだ[加藤2002:120]」とす る。. こで以下では,「残された論点」を検討する。. 以上が,報告書の3つの案に対する批評であ るが,見渡したところ否定的な意見ばかりであ.

(12) 首相公選論の意義. 355. て,池田助教授と同じく不信任決議を3分の2 第5章残された論点. 以上として可決の時は衆議院が自動解散になる. (1)独裁制の危憤、. とする。 それは,他の二権の共同判定によるも. 首相公選論で必ず出てくるのが,権力がひ. のとするとしている[久保2002:76‑77]c. とりに集中することによる独裁制の危供であ. さらに思うに,多選禁止の制度が必要であ. る1960年代の論争において辻清明教授はヒト. 日本の首相は平均在任期間では大統領制 る。. ラーの例を挙げて危険であるとする0. それに対. を敷いている諸外国より実際には短いのであ. して,鵜飼信成教授はヒトラーの例はむしろ議. るが,理論上はほぼ半永久的に務めることが可. 院内閣制に未練を残していたからであるとする. また地方政治では4選以上の知事が 能である。. (以上第4章(1)で先述)0. 多い。 それに対して,アメリカ大統領制では3. この論争は中曽根. 案を基としてのものであるので,首相公選制は. 選禁止であるし,韓国では2選禁止である。. 大統領制の亜種として理解されている。. は権力を握ると独裁に走るという経験則からの. ただ,. 直接国民から選ばれた為政者という点では共通. 知恵であろうが,当然必要になってくるのであ. するので,第2章で「首相公選制は典型的な大. る。. 人. 統領制ではない」としていたからといって首相 公選制には独裁制の危供はないとするわけには. (2)天皇の役割との関係. いかない0. 次に問題になるのは,天皇の役割との関係で. リーダーシップを求めるあまりの首相への権. あるが,実は1960年代においては殆ど議論され. 力集中と独裁の危快は表裏一体である。. てきていない。議論は以下のとおりである。. リー. ダーシップを求めると当然その可能性は覚悟し. 中曽根案では,天皇が日本国および日本国民. なければならない0 しかし,それを防ごうとす. 統合の象徴であること,首相が天皇を任命する. るあまり首相の権力を極力排除するようであれ. ことは変わらなく,天皇の地位に変更はない。. ば,リーダーシップなど期待できない。. また説明として,歴史的に考えて,天皇が政治. 思うに,これについては防御策を立てておけ. 的実権を握っていたのは景行天皇までと建武天. ばよいのである。日本の現行議院内閣制は内閣. 皇の中興の約60年間および明治以降の約70年に. の不信任案があり,アメリカ大統領制において. 過ぎず,それ以外の大部分は実力者を征夷大将. すら弾劾裁判の制度がある。 すなわち,罷免す. 軍に任じ,節刀を与えた超越的な存在であった. る制度を設けておけば足りると考える。 参考と. とする[中曽根1962:43‑44]。. して挙げれば,中曽根案は「選挙権者は首相,. それに対して,反対しているのは大石義雄教. 副首相のリコールを行なう権利を持つ[中曽根. 授と神川彦栓教授である。大石教授は,日本に. 1962:22]」としており,池田実助教授は憲法改. おける国民統合の法的権威は歴史的な天皇制に. 正試案で69条の内閣の不信任決議を3分の2以. 求める以外にはなく,従って現行憲法における. 上として残している[池田2002:64]<久保文. 象徴天皇制を前提としたうえでの首相公選制. 明教授は国民によるリコールは困難であるとし. は,長い日本の歴史の上からみた国民統合の実.

(13) 356. 体を破壊するとする。 また,神川教授はアメリ. の存在であるという錯覚を起こさせているので. ある。 すなわち天皇は非政治的であるので,首 カ的な大統領制を取り入れるということになる. 相公選制と象徴天皇制は衝突しないのである。 と,民主的なものと共和制的なものとが混在す ること(9)になり,それが日本の天皇制に適合 (3)選挙制度の運用との関係 するかは非常に疑問であるとする[衆議院事 そして,伝統的な立場から考 最後に,選挙制度の運用によってでは首相公 務局1964:626]。 えれば,「天皇は一見非政治的存在でありなが 選論の論拠の達成はなされないか,を検討す イギリスでは議院内閣制の下,小選挙区制 ら,名目上統治権者として絶えず政治とのかか る。 そ の運用による二大政党制の実現によって,国民 わり合いを持ち続けた[百地1994:120]」。 これは高 こで,天皇を政治の園外にしてしまうというこ の実質的首相の選択を確保している。 橋和之教授の国民内閣制論の目指すものであ とは「皇室も例えば出雲大社の千家家などとさ る。 して変わらない,存在となる」のである[百地 高橋教授は,首相公選論ではなく国民内閣制 1994:1211cこれらはいわゆる「文化的天皇」 論を主張する。 先ず,高橋教授は,政治につい 論や「万世一系」論あるいは「男系男子」論 て,従来は国会が決定し内閣が執行することか の系譜(10)によるものであるが,これらは当然,. ら「決定一執行」と捉えていた図式から,内閣 現行憲法の理念の下に限り認められるはずであ それが「象徴天皇制」という言葉に込めら が統治し国会がコントロールすると捉える「統 る。 憲法4条1項より天皇は国 そして,内 れているのである。 治‑コントロール」の図式とする。 天皇は憲法上非政 政に関する権能を有しない。. 閣が統治を担い,首相の選択と政策体系の選択. 治的であるのに,何故誤解が生じているのであ が国民の多数派により行われるのが現代民主政 ろうか。. そして,国民内閣制論 治の要請であるとする。. 思うに,いわゆる「公的行為」の影響であとは,「選挙と同時に首相と政策体系の選択が 天皇の行為の分類には,一般の人と同じで 行われる[高橋2001:175]」運用形態である, る。 ある私的行為の他には,憲法6条及び7条に列 とする。 国民内閣制論と首相公選論の違いは,. 奇しくも高橋教授の首相公選論についての説明 挙された国事行為だけに限定されているはずで しかし実際には「たとえば,国会の開会 「首相公選論は, ある。 の中のものがわかりやすい。 式‑の出席と『おことば』,外国訪問,外国元 ‑一国民が首相と政策体系を直接選択すべきで 首との親書・親電交換,国務大臣などによる あると考える点では,国民内閣制論と共通す しかし,国民内閣制論が議院内閣制の法的 『内奏』(所管事項について天皇に説明するこ る。 と),国内巡幸,園遊会,正月の一般参賀,国枠組みはそのまま維持しつつ,その運用を通じ 体や植樹祭そのほかの各種大会への出席,など て事実上目的の実現を図ろうとするのに対し,. など[浦部2000:493]」が黙認のうえに行われ 首相公選論は首相の直接選挙という制度の導入 このことが,天皇が象徴天皇 を考える点で異なる[高橋2001:176]」のであ ているのである。 制の枠を超えて,元首であり政治的権威として 高橋教授は中曽根議員の首相公選論を否定 る。.

(14) 首相公選論の意義. 357. し,アメリカ大統領制のように首相が国民に対. は,必ずしも言えることではない。. して直接説明をする場合において議会には「即. コンセンサス型デモクラシーは,国会中心で. 座の効果的反論の機会」の損失を補償するだけ. ある。これについては現代をとりまく2つの状. の強力な調査権が与えられていない点,すなわ. 況に関して,対処が出来ないから否定される。. ち,議会が首相の政策に対して反論の機会を失. ひとつは国民の利害の対立が激しくなると,国. い,既成事実後にしか関与できない点を挙げ. 会によって「民意の統合」を図ることが長時間. アメリカの場合は議会の強力な調査権と大 る。. 乃至困難になること0. 統領による世論操作をはねかえすだけの批判精. 発達し国民の価値観も多様化している。. 神を備えたマス・メディアの力があるが,日本. つは,行政国家化の進行によって議会による対. にはない。それと「国民の側からは首相の政治. 応が困難であることである。 現代では消極規制. につき直接的に責任を問う方法はない」点を挙. だけでなく積極規制や給付行政が多くなってい. その上で,既存の議院内閣制を選挙制度 げる。. ることに象徴される。 コンセンサス型デモクラ. や政党制などとの組み合わせの中から,国民内. シーでは現代社会に対応できない。. 閣制に昇華させることを提案するのである[高. 従って,首相公選論のみが残るのである。. 現代は多くのメディアが 今ひと. 橋1994:17‑43,387‑406]c 第6章おわりに. 高橋教授の国民内閣制論に対しては高見勝利 教授との論争,「高橋・高見論争(ll)」が有名で. 「首相公選制を考える懇談会」の最終報告書. 高見教授は国民内閣制論を,そもそも選 ある。. を受ける形で小泉純一郎首相は首相公選制の導. 挙とは政治的プログラムの選択ではなく,特. 入を指示したが,2005年3月1日の新憲法起草. 定の地位につくべく人物の選任ではないのか,. 委員会の国会小委員会と内閣小委貞会の合同会. 等の理由により批判(12)しコンセンサス型デモ. では,首相公選制について「現在の議院内閣制. クラシー(13)を主張するのである[高見1998:. に基づく選出方法が定着している」「人気投票. 45Lここで何故国民内閣制論でもコンセンサス型. に陥るリスクがある」など否定的な意見が多数 を占めた,とされる[読売:2005.3.2朝]。. デモクラシーでも駄目で,首相公選論でなけれ. して,同年4月15日に衆議院憲法調査会が683. ばならないのかを述べる必要があるので,私見. 頁に及ぶ最終報告書を議決した。. を交えて順番に述べていく。 国民内閣制論は,選挙時において「首相の選. 分の2以上が肯定した意見を「多数意見」と. 択」と「特定の政治プログラムの選択」を繋げ. ては多数意見として明記されなかった[読売:. そして,首相公選制における後者の欠 ている。. 2005.4.16朝]。すなわち,それは首相公選制が. 落を批判する。しかし,高見教授の言うとおり. 憲法改正における論点から外されたことを意味. 選挙において有権者は政策に投票するのではな. するのである。. く,人物に投票することが多いのである。. しかし,車者は第3章における論拠として示. 定の政治プログラムの選択」であるとするの. それには,3. するのであるが,「首相公選制の導入」につい. 「特. した事柄の実現と第5章における残された論点. そ.

(15) 358. の克服により,あくまで首相公選制の導入は必 選制に限定した意法改正の考えを明言した[読売: 要であると考える。 筆者は,首相公選制が必要な理由として他. 2001.4. 28朝]。 (8)2001年7月13日第1回以来,12回開催された。 (9)原文どおりに引用したが,文脈から神川教授は. に,行政国家化からの要請を考えるが,紙幅が. 「民主的なもの」を議院内閣制によって実現される. 尽きたので次稿での課題とする。. ものと捉えていると考えられる。. 〔投稿受理日2006. 24/掲載決定日2006.ll. 30〕 ll.. (10)「文化的天皇」とは和辻哲郎博士が主張したもの で天皇は日本における文化的存在であるとするこ. 注. とであり,「万世一系」とは天皇が永遠に同一の系 (1)以下で使用する人名は,時系列に幅があるので, そして「男系男子」とは父 統で続くことである。 すべてその当時の肩書きにしている。 方に天皇を持つ男子が天皇となることである。 い (2)1945年12月に野村博士(東大名誉教授)は憲法 ずれも保守主義の考えに属する。 問題調査委員会‑の「意法改正に関する意見書」 (u)「高橋・高見論争」とは,高橋和之[1994]『国 民内閣制の理念と運用』(有斐閣)に対して,高 の中で,天皇の下に国民の直接投票による首席国 務大臣(首相),次席国務大臣(副首相)を置くこ 見勝利教授が[1996]「岐路に立つデモクラシ「」 『ジュリストNo. 1089』(有斐閣)40頁以下及び とを提唱(甲案)した[加藤2002:127二128]。 (3)小林昭三[1965]「『国会の議決によ‑る』首相『指 [1997]「デモクラシーの諸形態」岩波講座『現代 名』手続についての試論」『早稲田政治経済学雑誌 の法3』(岩波書店)33頁以下において批判を述 第192号』の29頁以下で示されたもので,憲法67条 べ,さらに高橋教授が[1998]「『国民内閣制』再 1136』(有斐閣)65頁以下(上) 1項に15条の趣旨を反映させ「首相に指名される 論」『ジュリストNo. 及び『ジュリストNo. 1137』(有斐閣)92頁以下(下) ものの決定」と「それについての議決」を見出し, で反論をしたことなどの一連の応酬のことを指す。 前者に直接民主制的な意味を入れ,後者に間接民 (12)他には①選挙が単一の争点で争われるのは,む これについて 主制的な意味を入れるものである。 (む小選挙区制は政治プログラム は杉原泰雄教授による憲法違反である,という批 しろ例外である。 判がある(杉原泰雄[1967]「問題(12)首相公. の決定を重視した制度であり,比例代表制は有権. 選醜」清宮四郎佐藤功編『続憲法演習』(有斐閣) 者の意見の忠実な反映を重視した制度とは言い切 ③自由な政治的判断・決定権力が存在し れない。 184頁以下)0 ないところに,政治的責任は生じようがない。 (4)東京都の特別区長の公選制採用をめぐる問題に ④ 官僚による政策決定の確実を克服することが可能 関連して,奥野誠亮分科員が例えば内閣総理大臣 準公選法律というようなものは憲法違反の法律に であるとするのは純朴過ぎる,などがある。 それに対して, (13)合意を中心とする民主主義のことで,少数派も ならないのか,という質問をした。 富国一郎内閣法制次長が日本国憲法の基本的な政 統治に参加できるため社会が多極化し構造的亀裂 治原理の一つである議院内閣制の根本の仕組みの が生じているヨーロッパの小国などで典型である。 対概念はイギリスの民主主義や国民内閣制などの 一つを改めることになる可能性があるので,現行 ウェストミンスター塑デモクラシー(ウェストミ 憲法下では殆ど不可能あるいは憲法違反,と言わ ンスターモデル,多数決型民主主義)である。 ざるを得ないというような問題であろうと思う, とした[衆議院事務局1972:3‑4]c 参考文献 (5)政府のメンバーが議会によって任免され議会に 従属し,イニシアチブが取れない制度のこと。 芦都債喜高橋和之補訂[2002]『憲法第三版』(岩 (6)主張自体は中曽根・稲葉両委員によってなされ, 波書店)0 憲法調査会90回総会議事録にも収められている。 ‑[1964]「首相公選論」『ジュリストNo. 289』(有 (7)2001年4月27日に行われた首相就任後初の記者 斐閣)0 会見で,「首相公選制のためだけならば,国民か阿部斉・内田満・高柳先男編[1999]『現代政治学小 首潤公 ら理解をされやすいのではないか」とし.. 辞典〔新版〕』(有斐閣)0.

(16) 首相公選論の意義. 359. 有倉遼吉[1963]「内閣」『法律時報臨時増刊:改憲問. 訳[2000]『比較政治学』(早稲田大学出版部)0. 題の焦点』(日本評論社)0 池田実[2002]「首相公選制導入の意法改正試案」憲. 高橋和之[1994]『国民内閣制の理念と運用』(有斐. 法政治学研究会編『近代憲法の洗練と硬直』(成棋. ‑[2001]「議院内閣制一国民内閣制的運用と首相. 堂)0. 公選論」『ジュリストNoJL192』(有斐閣)0. 今井威[1993]「首相の公選と議院内閣制」比較憲法. 高見勝利[1998]「国民内閣制論についての覚え書き」. 学会編『比較憲法学研究(第5号)』(成挨堂)O. 『ジュリストNo. 1145.』(有斐閣)。. 鵜飼信成[1962]「『首相公選論』の擁護‑その危険. 田畑忍[1962]「首相国民投票制について」吉村正編. と意義について‑」吉村正編『首相公選論』(弘文 堂)0. 『首相公選論』(弘文堂)0 辻清明[1962]「『首相公選論』批判‑その意義と危. 浦部法穂[2000]『全訂憲法学教室』(日本評論社)0. 険‑」同上。. 大石真ほか繍[2002]『首相公選制を考える:その可. 辻村みよ子[2001]「憲法学を問う主権論の現代的. 能性と問題点』(中公新書)0. 展開」『法学セミナーNo. 553』(日本評論社)0. 大石真[2002]「国民の政治参加の途をどう広げるか」. ‑[2003]『比較憲法』(岩波書店)0. 同上。. 中曽根康弘[1962]「首相公選論の提唱」吉村正編『首. 閣)0. 岡田信弘[2001]「首相公選論を考える」『ジュリス. 相公選論』(弘文堂)0. トNo.. 中村哲[1962]「議院内閣制の危機‑首相公選轟批. 1205,』(有斐閣)0. [2005]「首相公選制」『ジュリストNo.. 1289』(有. 判‑」同上。. 斐閣)0. 百地章[1994]「首相公選制について」比較憲法学会. 加藤孔昭[2002]「日本政治の格好の教材」大石鼻ほ. 編『比較憲法学研究No. 6.』(成挨堂)0 山口二郎[2002]「議院内閣制の日本的弊害を克服す. か編『首相公選制を考える:その可能性と問題点』 (中公新書)0 金子宏・新堂幸司・平井宣雄編[1999]『法律学小辞. るために」大石其ほか編『首相公選制を考える:そ. 典〔第3版〕』(有斐閣)0. の可能性と問題点』(中公新書)0 吉村正[1962]「首相公選論の誤乱矛盾及び危険性」. 木下広居[1962]「議院内閣制と大統領制」吉村正編. 吉村正編『首相公選論』(弘文堂)0. 『首相公選論』(弘文堂)0. 読売新聞2001年4月28日朝刊。. 久保文明[2002]「首相公選制に関する考察」大石真. ‑2005年3月2日朝刊。. ほか編『首相公選制を考える:その可能性と問題. ‑2005年4月16日朝刊o. 点』(中公新書)0 小林昭三[1968]『政治制度の思想』(成文堂)。 ‑[2001]『首相公選論』(成文堂)0 佐々木毅[2002]「首相公選制論と現代日本の政治」 大石真ほか編『首相公選制を考える:その可能性と 問題点』(中公新書)0 佐藤幸治[1995]『憲法[第三版]』(青林書院)0 [1999]「日本国憲法と行政権」『京都大学法学部 創立百周年記念論文集第二巻』(有斐閣)0 清水望編[1972]『比較憲法講義』(青林書院新社)0 衆議院事務局[1964]『憲法調査会報告書』(衆議院 事務局)0 [1972]「第68回国会衆議院予算委員会第三分科 会議録(経済企画庁,厚生省及び自治省所管)第 5号」(衆議院事務局)0 ジョヴァンニ・サルト‑リ岡沢憲芙監訳工藤裕子.

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