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アニーリング型/ゲート型量子コンピュータの 研究開発

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Academic year: 2022

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(1)

次世代を切り拓く破壊的技術の創生 F E A T U R E D A R T I C L E S

アニーリング型/ゲート型量子コンピュータの 研究開発

水野 弘之|

Mizuno Hiroyuki

山岡 雅直|

Yamaoka Masanao

古典コンピュータでは計算ができなかった大規模問題を扱う手段として,量子コンピュータが期待 を集めている。日立は,顧客にとってより良いソリューションを提供することを目的として,アニーリン グ型とゲート型に分類される量子コンピュータの開発を行っている。

アニーリング型については,2013年よりCMOSアニーリングマシンの研究開発を開始した。これ は量子効果を用いないQuantum Inspired Computerであるため,大規模問題を扱うことがで き,多くの顧客連携を経て2020年に事業化発表を行うまでに至った。ゲート型については,英 国の日立ケンブリッジラボでの基礎物理中心の研究に対して2018年にギアチェンジし,日本も含 めて開発体制を強化して,大規模問題が扱えることを特長としたシリコン量子コンピュータの研究 開発を開始した。本稿では,これらの取り組みについて述べる。

1. はじめに

量子コンピュータはAI(Artifi cial Intelligence)と並 ぶ先端技術として大きな期待を集めている。量子コン ピュータはコンピューティングの世界にいわゆる0→1 の変化をもたらす可能性を秘めているが,一方で,日立 の社会イノベーション事業の下での独自ハードウェア開 発にはどのような意味があるのか。近年の先進IT企業に 見られる共通した傾向は,水平分業から垂直統合へのバ リューチェーンの変化である。その中心にはサービスが あるが,ハードウェアはこれらの企業のサービスを顧客 に届ける箱・手段の一つとして位置づけられており,顧 客リレーションシップを優位に構築するための鍵にも なっている。サービスやソリューション・アプリケーショ

ンのコモディティ化の影響もあると考えられるが,独自 ハードウェア開発への投資はエッジ側に加えてクラウド 側にも展開されている。このように,ハードウェア・ソ フトウェア・サービスの壁,さらには,業種の壁をも越 えて顧客満足度にのみ注力している強い姿勢(既存企業 や中間業者に対するデジタルディスラプション)が見て 取れる。量子コンピュータの開発は先端IT企業において もまだ道半ばではあるが,顧客満足度を起点に研究開発 が行われている。

これらの動向を通じて,社会イノベーション事業の下 での新しいコンピュータの開発とは,「顧客にとってのよ り良いソリューションの提供に役立つもの」であるとい うことが改めて確認できる。したがって,日立の開発す る量子コンピュータの比較対象は,現在のソリューショ ンを実現している既存の古典コンピュータであり,他社 の量子コンピュータではない。

(2)

2. 日立の量子コンピュータ研究開発

前述したとおり,日立にとってのコンピュータ開発は

「顧客にとってのより良いソリューションの提供に役立 つもの」である。現在の古典コンピュータでは解けない 問題,例えば大規模な問題を扱えることが量子コン ピュータ開発の目的である。実際に現在の多くの問題は 大規模になると計算爆発などで効率的に計算できず,で きる範囲の近似解で済ませたり,あるいは,問題規模を 小さくして解き,その解を本来得たい解の代替として使 用したりしている。以下,量子コンピュータをアニーリ ング型とゲート型に分け,それぞれの取り組みについて 述べる。

2.1

日立のアニーリング型量子コンピュータ CMOSアニーリングマシン

2011年7月に当時の日立製作所中央研究所で新世代コ ンピューティングプロジェクトが発足し,顧客にとって のより良いソリューションの提供に役立つ,新しいコン

ピュータの研究開発がスタートした。2011年5月にカナ ダのD-Wave Systems Inc.が「世界初の商用量子コン ピュータ」をうたったD-Wave※1)Oneを発表した年であ る。同ニュースは世の中を駆け巡ったが,同時に明らか になってきたのは,それは量子コンピュータとして教科 書などに記載されているものとは異なる種類の量子コン ピュータであるという点であった。これはいわゆるア ニーリング型の量子コンピュータであり,特定問題(組 合せ最適化問題)向けの専用機である。また,同社の量 子コンピュータの量子コヒーレンス寿命※2)は短く,量子 計算による高速化には至っていないのではないかという のが当時の多くの見方であった。日立は,組合せ最適化 問題の解法であれば,特に量子効果を使わなくても古典 コンピュータより優位になる可能性があると考え,2013 年にCMOS(Complementary Metal-oxide Semiconductor)

アニーリングマシンの研究開発をスタートした。現在で はQuantum Inspired Computer(量子に触発されたコン ピュータ)と呼ばれているが,正にその道を切り拓いて きた。

図1にCMOSアニーリングマシンのこれまでの開発の

マックスカット

(イジングモデル)

通信順序最適化 色塗り分け問題

イジングモデル変換

PyQUBO

OSS

WebAPI

REST

画像処理 ポートフォリオ最適化 シフト最適化 問題変換高速化(

CUDA

1

世代 研究

スタート

2

世代 フィードバック

フィードバック

フィードバック フィードバック

2

世代 クラウド化

3

世代 エッジ対応

4

世代 適応範囲拡大

20 kbit

CMOS

アニーリング

独自チップ 市販

FPGA

を用いた システム

100 kbit 30 kbit

×

2 CMOS

アニーリング

独自チップ クラウドシステム

2015

2017

2018

2019

2020

2015

2013

ソフトウェア

ハードウェア

2016

2018

2018

2019

図1|CMOSアニーリングマシンのこれまでの開発の流れ ソフトウェアとハードウェアのコ・デザイン(チックタック開発)の流れを示す。

注:略語説明

CMOS(Complementary Metal-oxide Semiconductor),FPGA(Field Programmable Gate Array),OSS(Open Source Software),REST(Representational State Transfer) CUDA(Compute Unifi ed Device Architecture)

※1)D-Waveは,D-Wave Systems Inc.の登録商標である。

※2)量子効果の一つである,コヒーレンス状態を維持し続けられる時間。

(3)

流れを示す。「顧客にとってのより良いソリューションの 提供に役立つもの」になるには,ソフトウェアとハード ウェアのコ・デザイン(チックタック開発)が鍵である。

顧客業務をCMOSアニーリングマシンで解けるモデル に落とし込む,あるいはCMOSアニーリングマシンが適 用可能な業務を見つけ出すという進め方は,顧客業務が 既存のものであれば既存ソリューションの代替となり,

参入が難しい。一方で,例えば従来1秒で解いていたも のを0.01秒で解けるようになったとしても,既存の性能 値で間に合っていたためにその新しい性能値に対して大 きなメリットを生み出せず,CMOSアニーリングマシン を導入する意欲が顧客に生まれない。この均衡状態を打 開するには,新しいハードウェアを用いたPoC(Proof of  Concept),PoV(Proof of Value)を具体的に行い,そ の結果をフィードバックして次のハードウェアおよびソ フトウェア,そしてそれらを用いたアプリケーションの 開発を行うというサイクルを何度も繰り返す方法が有効 である。そのため,CMOSアニーリングマシンの開発に はSE(System Engineer)が積極的に関わり,顧客との PoCを行い,実際に損害保険ポートフォリオ最適化の実 証実験も行っている1)。また,中央研究所においても,

COVID-19拡大の状況下で密にならずに研究活動を継続 するため,CMOSアニーリングを用いた研究員のシフト 作成を行い,それに従った勤務を行うことでアプリケー ションの効果を実証した。これらの取り組みの結果,

2020年に勤務シフト最適化ソリューションとして事業

化発表を行うまでに至っている2)

2.2

日立のゲート型量子コンピュータ 大規模集積シリコン量子コンピュータ

図2は,2018年に米国カリフォルニア工科大学のJohn  Preskill教授によって整理された量子コンピュータの開 発における壁を図示したものである。一つ目の壁は量子 超越性の壁(Quantum Supremacy)と呼ばれるもので,

実用的か否かは問わない特定のアルゴリズムで量子コン ピュータが古典コンピュータの性能を凌駕するというも のである。この壁は,2019年にGoogle社によって突破さ れた3)。これは研究開発上の重要なマイルストーンの一 つであるが,開発された量子コンピュータの産業・社会 的な価値はまだ明らかではない。次の壁は量子優位性の 壁(Quantum Advantage)と呼ばれる壁であり,産業・

社会的に有用なアルゴリズムで量子コンピュータが古典 コンピュータの性能を凌駕するというものである。この 壁は未だ誰にも破られていない。さらにその次の壁を突 破して教科書に書かれているような汎用量子コンピュー タを実現するには長い年月が必要だが,一方で,その 手前の段階でも産業・社会的に有用な量子コンピュー タが存在し得ることが分かる。これはNISQ(Noisy  Intermediate-scale Quantum Computer)と呼ばれてい るが,量子力学的な振る舞いをシミュレーションするこ とや高次元のデータを扱うことが得意であり,多体問題

(研究開発上のマイルストーン)

2017

2018

量子超越性の壁 

(事業化の壁)

2020

年台

ニアターム

ゴール

用途:特になし

量子ビット数

49 5,000 〜

2019

Google

重要な壁

( 53

ビット

数千万〜?

数億〜?

特定アルゴリズムが 超高速(実用的か 否かは問わない)

化学シミュレーション 機械学習

最適化問題

暗号解読

化学シミュレーション 機械学習

ロングターム

ゴール

量子優位性の壁

不明?

誤り訂正の壁

小規模量子

(量子誤りあり)

中規模

NISQ

(量子誤りあり)

中規模

NISQ

(量子誤りあり)

汎用量子

(量子誤り耐性)

図2|量子コンピュータの開発における壁

2019年に米国カリフォルニア工科大学のJohn Preskill教授によって提唱された汎用量子コンピュータ実現までの壁を示す。

注:略語説明

NISQ(Noisy Intermediate-scale Quantum Computer)

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次世代を切り拓く破壊的技術の創生 F E A T U R E D A R T I C L E S

など量子力学が深く関わる量子化学計算による薬や触媒 など材料の設計,また機械学習の高速化への貢献が期待 されている。

量子コンピュータは「顧客にとってのより良いソ リューションの提供に役立つもの」という観点では,ま さに前述のNISQが目標になるが,この実現には量子コ ンピュータの「質」と「量」の双方の観点での向上が課 題となる。これまで日立では,英国の日立ケンブリッジ ラボにてシリコン量子ビット素子の基礎物理研究を進め てきており,量子状態の読み出しで高精度なスピン状態 読み出しを達成するなどの成果4)を挙げている。他社に おいても量子ビット素子の完成度向上を重視して,二つ,

三つと次第に量子ビット数を増やしていく「質」を重視 したボトムアップ的なアプローチが主流である。超電導 量子ビットを用いることで50量子ビットを超えるもの も開発されているが,この延長線上に量子優位性の壁を 突破するNISQを実現することは困難であると言わざる を得ない。

日立は,この状態から2018年度に大きくギアチェンジ を行い,従来とは逆のトップダウン方式を取ることに決 めた。すなわち,均一な特性の素子を多数集積可能であ るというシリコン半導体技術の優れた集積性を最大限に 生かして,初めから「量」を重視した量子コンピュータ をターゲットにする。次に,表面符号などの誤り検出・

訂正手法の検討に加え,同様にシリコン高集積性によっ て可能になる二次元量子ビットアレイ,極低温CMOS回 路・実装システム,ホットシリコン量子ビット,キャリ ブレーション・デジタル補正といったさまざまな技術を 開発することで「質」を向上させる。このトップダウン 方式に従い,2020年に64量子ビットが形成可能な量子 ビットアレイの基本構造を試作した5)。セルフアライン プロセスによる狭ピッチ量子ビット・結合制御MOS形成 や,SOI(Silicon on Insulator)とイントリンシック型 チャネルを用いた高安定量子ビット形成などの技術を使

用することで,電子1個の格納された量子ドットをアレ イ上の所望の位置に安定的に形成できることを確認し た。図3にシリコン量子ビットアレイの基本技術の概要 を,図4に量子ビットアレイの基本構造を試作したチッ プの外観を示す。今後,本アレイ構造を用いて量子ビッ ト操作の実証に取り組み,大規模集積化が可能なシリコ ン量子コンピュータの開発を加速させていく予定である。

3. おわりに

2020年,日立は内閣府のムーンショット型研究開発制 度を通じたシリコン量子コンピュータの研究開発を開始 した。さらに東京大学・慶應義塾大学で推進する量子イ ノベーションイニシアティブ協議会を通じて「IBM Q  Network※3)」へ参加し,IBM社(International Business  Machines Corporation)の量子コンピュータ「IBM Q」

を使った量子アルゴリズムの共同研究も開始している。

量子優位性の壁をいち早く突破することを目標に掲げ,

0.2 V

2重結合した量子ビットの電流特性 電圧動作マージン 1桁向上(従来比)

3.0 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5

0.0 1.0 2.0

500 nm

3.0 2.5 2.0 1.5 1 0

200 nm VJ VJ VJ VQ2 VQ1 VQ2V

VQ1V 二次元量子ビットアレイ

500 nm 量子ビット 図3| シリコン量子ビットアレイの基本技術

日立は,量子基礎物理と大規模半導体メモリ制御技 術を融合し,半導体チップの上に多数のシリコン量 子ドットを二次元状に配列して制御するアレイ基本 技術を開発した。動作検証を行ったところ,電子1個 を閉じ込める箱となる「量子ドット」を,所望の位置 に二次元アレイ状に形成できることが確認できた。さ らに従来構造に比べて,大規模量子ドットの安定動 作につながる動作電圧マージンが一桁向上すること を確認した。

図4|量子ビットアレイの基本構造を試作したチップ 試作した量子ビットアレイの外観を示す。

※3) 量子コンピューティングを進化させることを目的とした団体であり,参 加組織はクラウドを介して量子コンピュータ「IBM Q」を利用できるほ か,IBM社が保有する量子技術に関するリソースにアクセスできる。

(5)

今後もハードウェア・ソフトウェア・サービスの壁を越 えた取り組みを推進していく予定である。

謝辞

CMOSアニーリングマシンの成果の一部は,国立研究 開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO:

New  Energy  and  Industrial  Technology  Development  Organization)の委託業務(JPNP16007)の結果として 得られたものである。

執筆者紹介

水野 弘之

日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 所属 現在,量子コンピュータ,人工知能,社会システムの研究開発 に従事

博士(工学)

米国電気電子学会(IEEE)会員

山岡 雅直

日立製作所 研究開発グループ 計測・エレクトロニクスイノベーションセンタ 情報エレクトロニクス研究部 所属

現在,CMOSアニーリングの研究開発に従事

博士(情報学)

米国電気電子学会(IEEE)会員,

日本オペレーションズ・リサーチ学会会員 参考文献など

1)日立ニュースリリース,半導体ベースの新型コンピュータを活用した 損害保険ポートフォリオ最適化に関する実証実験を開始(2020.1) https://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2020/01/0108.

html

2)日立ニュースリリース,数十人,数百人規模の最適な勤務シフトを作 成するソリューションを提供開始(2020.10)

http://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2020/10/1019a.

html

3) F. Arute et al.: Quantum supremacy using a programmable superconducting processor, Nature, Vol.574, pp. 505–510

(2019.10)

https://www.nature.com/articles/s41586-019-1666-5

4) I. Ahmed et al.: Radio-Frequency Capacitive Gate-Based Sensing, Physical Review Applied, Vol.10, Iss.1, 014018 (2018.7)

5) N. Lee et al.: Enhancing electrostatic coupling in silicon quantum dot array by dual gate oxide thickness for large-scale integration, Applied Physics Letters, Vol.116, Iss.16, 162106(2020.4)

参照

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