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はじめに(pdf)

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Academic year: 2021

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main : 2014/12/5(10:59)

は じ め に

本書はマニアックな本と思われるかもしれない.しかし ,水温や気温を計る のと同じくらい,その内容が湖沼の保全目標の設定や ,日常的な環境調査でご く普通の調査項目となることを本書は目指している.より良い将来のために過 去を振り返ることは ,科学においても普遍的なテーマである.したがって ,本 書は陸水学や生態学の専門家だけでなく,広く野外科学の研究者やコンサルタ ント ,これから研究を始めようとする初学者を対象に執筆している. 近過去とは聞き慣れない言葉であるが ,近未来と対をなすものである.100 年先を近未来と見立て,本書では過去100年間を重要な“近過去”としている. 実際,過去100年間は ,有史以来,人間活動が最も高まりを見せ ,われわれを とりまく生態系を大きく変貌させてきた時代である.生態系———そこに棲む生物 や自然要素———は ,今だけでなく将来住む人とも共有すべき財産である.この生 態系を望ましいかたちで残していくためには ,今だけの姿だけでなく,過去は どのような生息場所であったのか ,そこにはどのような生物がいたのか ,また その生物はなぜいなくなったのかを知らなければならない.しかし ,個々の生 態系を観るとき,そこが ,いつ,どのように ,またどのような理由で変化して きたのか ,実はよくわかっていない場合が多い.それは ,われわれの過去につ いての知見がきわめて断片的なためである.生物や水質といった環境モニタリ ングの重要性が理解されるようになったのは ,わが国の場合,わずか30年ほど 前のことにすぎない.それ以前の姿がどのようなものであったか ,科学的な記 録として残されている生態系はごくわずかである.事が終わった後では ,いな くなってしまった生物のことは ,だれも知ることはできない.記録は記憶で代 用できない.過去の記憶は個人的なものであり,曖昧である.時に都合の良い 経験だけ強調されたり,都合の悪いことは無意識のうちに見落としたりするた め ,記憶は科学的には信用に足るものではない.過去が個人の経験ではなく伝

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main : 2014/12/5(10:59) iv はじめに 承であればなおさらである. たとえば ,ある生態系で生じた過去の変化は ,近隣の生態系でも生じたと考 えがちになる.しかし ,どの生態系も個々にユニークな面をもつため ,ある場 所に生息している生物種が ,近隣のよく似た場所に生息していたとは限らない. ある生態系について「昔は良かった」と言うとき,それはいつの昔なのか ,また なぜ良かったのか ,根拠が必要である.個人の経験や記憶だけによらない,だ れもが客観的に過去を追体験できる科学データが必要である.ここでいう科学 データとは ,過去の体験によらず将来の人たちとも共有できる証拠であり,そ れによってのみ個々の生態系について ,またその将来について ,われわれは何 をすべきか ,またすべきでないか ,議論が可能となる.しかし ,すべての生態 系で過去についてのモニタリングデータがあるわけではない.不測の事態に備 え ,あらゆる生態系についてこれから細かくモニタリングしていくことは現実 的ではないだろう.しかし ,もし ,生態系の中に過去を紐解く手がかりや痕跡 が残されているなら ,実際のモニタリングほど 解像度は高くないとしても,そ の生態系の原風景やその後の変遷を伺い知ることができるかもしれない. 実際,本書で述べられるように ,湖沼の湖底堆積物には過去の事象や生物相 の痕跡(遺骸)が残されている.古陸水学とよばれる分野では,この痕跡を利用 することで地質時代の湖沼をとりまく植生や気候環境を調べてきた .一方,現 生の湖沼環境や生物群集を扱う陸水学や生態学では,過去30年の間に生物間相 互作用や群集集合,生態系過程についての研究が進み,環境変化と生物群集の 応答について理論化されてきた .さらに ,近年では分子生物学や分析化学の手 法が進展し ,かつては見えなかったことが見えるようになってきた .このよう な材料と新しい理論やツールを駆使すれば ,個々の湖沼について ,少なくとも 人間活動が盛んとなった過去100年程度の生物群集の変化を精度良く調べ,振 り返ることができるかもしれない.もしそうであるなら ,湖沼の保全目標の設 定に際して ,このような理論やツールを使わない手はない.人間の手により改 変された現在の湖沼ではなく,原風景までさかのぼることができれば ,湖沼集 水域での土地利用や開発に望ましい姿が見えるようになるだろう.また ,過去 の湖沼環境や生物群集の解明は ,環境変化に対する個々の生物種の応答や進化 を検証する機会をも提供する.したがって ,より基礎的な学問,たとえば進化 学においても重要である.

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main : 2014/12/5(10:59) はじめに v 本書は湖沼の環境保全のみならず ,このような学術的な基盤としての重要性 から企画された .まず ,第1章では最も基礎となる湖底堆積物の採集方法とそ の注意点を紹介し ,第2章では堆積物の年代測定の方法とその原理を述べる. 第3,4章では堆積物に含まれる安定同位体物質や有機・無機物質から復元でき る湖沼環境とその手法について紹介する.第5∼8章では湖沼の生物群集に注 目し ,化学的手法や分子生物学的手法を用いて過去のプランクトン群集を調べ る方法を述べる.また ,第9章では古陸水学でも重要な手がかりを提供する花 粉分析の方法とその意義を紹介する.第10章と11章では ,それまでの章とは やや趣が異なるが ,過去の事象や生物相を調べるために別の角度から重要な情 報を提供する.すなわち,博物館などに収蔵されている標本の活用と土壌に埋 蔵されているシード バンク調査,およびそれらの意義について紹介する. 過去を調べることは ,経験がなければハード ルが高く感じられるかもしれな い.しかし ,取り付きやすい手法の紹介と ,だれもが調べたくなるような事例 があれば ,ハード ルは低いものになるはずである.そこで各章の執筆者には , まったく経験のない方にも本書を読めば実際にアプローチできるよう,読むだ けでなく,実験のマニュアルとして利用されることを想定して執筆するようお 願いした.そのため,いずれの章でも方法の詳細だけでなく,必要な器具,実験 にあたっての注意事項やちょっとしたコツなどが書かれている.次いで ,その 方法によりどのようなことがわかるのか ,いくつかの具体例を紹介してもらっ た .それにより,過去を調べるにあたってこれら手法の有効性や必要性の理解 が進むようにした .最後に ,いずれの章でも,今後発展が期待されることや展 望について各執筆者に述べてもらった .なお,執筆にあたっては ,各章の分担 者が執筆を行い,編者が加筆修正を行うことで ,全体を統一した .本書では湖 底堆積物から情報を抽出する方法に主眼をおいており,得られたデータの解析, たとえば統計手法については触れていない.統計など の解析手法については , 野外科学や生態学を対象にした統計学の専門書を参照されたい.どの学問もそ うであるが ,本書で述べられている手法にはまだ発展途上のものが多く,化学 分析の技術や分子生物学的知見の発展に伴って改良すべきことや ,またそれら 改良を通じてさらに知見が増大するものも多い.読者の今後の興味や研究によ り,さらなる手法の発展があれば望外の喜びである.

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main : 2014/12/5(10:59) vi はじめに 本書は,環境省地球環境総合推進費によるプロジエクト研究「湖沼生態系のレ トロスペクティブ型モニタリング技術の開発(D-1002)」により企画されたもの であるが ,執筆はこのプロジェクト以外の方にもお願いした .執筆にあたって は次の方々に表現や内容について有益な助言をいただいた(以下,敬称略.括 弧内は当時の所属).小田寛貴(名古屋大学),高津文人(国立環境研究所),細 野高啓(熊本大学),伴 修平(滋賀県立大学),三宅 尚(高知大学),鏡味麻衣 子(東邦大学),土居秀幸(広島大学).また ,共立出版の信沢孝一氏,山内千 尋氏,三輪直美氏には企画段階から本書の出版にあたって根気づよく励まして いただいた .京都大学名誉教授の和田英太郎先生には ,近未来を俯瞰するため には近過去を調べる科学が重要であることを教わり,その研究の契機を与えて いただいた .以上の方々に深く感謝します. 占 部 城 太 郎   著者を代表して   2014年11月  仙台  

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