実践研究
プロサッカーチーム(J1)における
コーナーキックの守備戦術の構築に関する研究:
分析シートを活用したコーチング実践を通して
1
大島 琢
1),李 ウヨン
2),飯田 義明
2)Research on construction of defensive tactics
of corner kick in professional soccer team (J1) :
Through coaching practice using analysis sheet
Taku OHSHIMA
1, Wooyoung LEE
2, Yoshiaki IIDA
2Abstract
The purpose of this practical study is to suggest how to make organize of corner kick
defense, and how to take measures for opponent, during a match period about the Team of
J League Division1. To develop performance, we have two cycles based on own team
anal-ysis and opponent team analanal-ysis which is changing every game. In Team X, the latter is
larger than the former about corner kick defense. In both cycles, we provide feedback
from qualitative analysis by subjectivity and quantitative analysis using analysis sheet.
By using the sheet, we can grasp the range that “Stone”of own team can cover and the
target of opponent team in more detail than before.
Keywords:soccer, corner kick, training cycle, construction of defensive tactics, qualitative analysis キーワード:サッカー,コーナーキック,トレーニングサイクル,守備戦術の構築,質的分析
1)F. C. TOKYO 〒 182-0034 東京都調布市下石原 1-2-3 TSO ビル 2)専修大学スポーツ研究所 〒 214-8586 川崎市多摩区東三田 2-1-1 連絡先 大島琢 E-mail:[email protected]
1 はじめに
本稿の目的は,J リーグディヴィジョン 1(以 下 J1)クラブがリーグ戦期間のコーナーキック (以下 CK)の守備構築をどのように行っている かについて,筆者自らが行った,分析シートを用 いたコーチング実践の事例から提示することであ る. コーチ学においては,経営学で発展してきた基 本計画(Plan),実行(Do),評価(Check),改 善(Action)の 4 段階を踏まえた PDCA 理論を ベースとした螺旋状モデルで目標へ向かってパ フォーマンスを向上させ,結果を導いていくこと が一般的と考えられている.この基本をベースに しつつも,プロスポーツである J1 リーグでは, 長期展望を前提にした基本計画と常に毎週の対戦 相手に勝つこと,すなわち,年間と週間の両者の 結果を求められる.それゆえ,この二つのサイク ルで常に修正,対戦相手への適応をさせながらト レーニングが構築され,その結果として優勝とい うゴールに到達するのである. このようなサイクルにおいて,倉石(2019) は,個別に対応しなければ勝つことが難しい場合 にのみ,個別にゲーム構想を準備するとしてい る.また,高橋(2019)は,一般的なコーチング の実践現場では,試合の結果に影響する多様な数 量的情報の中から,強い影響を及ぼした要因を主 観的に導き出し,トレーニング課題を抽出する, という PDCA サイクルが回っている,と述べて いる.この二人に共通することは,全体とは別個 に部分修正,適応を行うという考え方であるよう に思われる.しかしながら,プロチームにおいて 選手の入れ替えを含め,チーム全体での修正は 1 週間で可能であるとは言い難くリスクが伴う.倉 石,高橋の考え方に対し藤本(2017)は,攻防相 入り乱れるような集団球技は,チームが持つ最大 の競技力を発揮し,選手が協力的にプレーをする 為の基本方針が必要とされ,その基本方針として チームがどのような戦い方をしたいかを意味する 「ゲーム観」と,そのゲーム観を試合で表現する 為の計画を意味する「ゲーム構想」が必要であ り,その方針に基づいて日々のトレーニングが実 践されるべきだと指摘している.この指摘は,球 技スポーツを前提としつつも「ゲーム観」をチー ムで共有しながら「ゲーム構想」を組み立てると いうトレーニング実践に,チームにおける共通意 識という認識問題を組み込むことの重要性を指摘 していると捉えることができる. 実際,我が国の J1 は,18 チームによる 2 回戦 総当たりによって成績を競うリーグ戦である.一 般的にプロスポーツにおけるリーグ戦のシーズン は準備期,試合期,移行期に分けることができ, 年間通して 34 試合を戦う J 1では,開幕前の約 6 週間を準備期,開幕してからの約 10 ヶ月を試 合期,リーグが閉幕した後を移行期として位置付 けることができる.通常,準備期には自チームの ゲーム観を表現する為の標準的なゲーム構想に基 づいたトレーニングが行われ,試合期に入ると, 個別の対戦相手への対策のトレーニングが必要に なる.J 1のような 18 チームで競われる長期の リーグ戦では,17 チームもの対戦相手に対して 個別のゲーム構想を練る事は現実的ではないの で,基本的には自チームの標準的なゲーム構想に 含まれる原則で対応することになる.ただし,試 合毎に変わる相手に対して,自チームの標準的な ゲーム構想の中で強調すべき原則を高めていく単 発のサイクルと同時に,自チームを分析すること で得られた改善点を修正してまた次の試合に臨ん でいくという連続性のあるサイクルが存在する. そのため,限られた準備時間の中でチームに落と し込まれていくというプロセスを経ている.そこ から,リーグ期におけるチームのパフォーマンス と共通意識の向上の PDCA サイクルを現場での 実践を基に作図した模式図が図 1 であり,2つの サイクルの存在と,チームのパフォーマンス向上 に伴ってゲーム観自体が発展することが表現され ている.このようなサイクルのなかで,トレーニ ングを実践し,守備構築及び対戦相手への適応・ 修正が為されているのである. ここで,なぜ CK を事例にするかであるが, サッカーにおいて「ゲーム構想」を考える上で は,オープンプレー1)とセットプレー2)の二つの状況が存在していることを考慮する必要がある. セットプレーにおいては,ジオバンニ・片野 (2017)が動的なゲームと異なるスタティック (静的)な「もう一つのゲーム」と表現するほど にオープンプレーとは特性が異なっていることの 重要性を指摘している.なぜなら,セットプレー からの得点はサッカーの得点の 3 割前後を占める と言われており(中山,2018),勝敗を分ける重 要なプレーとして認識されているためである.な か で も,CK を 研 究 し た Taylor et al., (2005) は,彼の提示した分析シートを活用し 01-02 シー ズンのプレミアリーグの CK の得点が生まれやす いエリアを詳細かつ視覚的に明らかにした.その 後,Casal et al., (2015)は,ワールドカップや UEFA チャンピオンズリーグなどの大会の CK を分析し,3 人か 4 人の選手が関わってファーポ スト付近にボールが届けられた時にチャンスにな る事を明らかにした.逆に,Pulling and Newton (2017)はニアポスト付近の守備者が約 3 分の 1 もの CK を防いでいることを明らかにした.ま た,大島(2018)は,Taylor, et. al., (2005)が分 析時に使用したシートを現場用に更に詳細に分 割,再構成した分析シート(図 2)を考案し,J1 チームを事例にして分析している.これら一連の
図 1 ゲーム観を表現するためのパフォーマンス向上のサイクル(大島作図:2019)
記述的パフォーマンス分析は,大会を横断的・量 的に分析する研究であり,ゲームパフォーマンス を定量化するという意味においては重要なことで ある(鈴木・西嶋,2002).かつ,これらの結果 はその時代の CK の傾向を汲み取るという意味に おいて守備戦術を構築するための参照軸となる. しかし,藤本が述べるように,実践の中では基 本的な「ゲーム観」を構築しつつ対戦相手のデー タ分析を含めた「ゲーム構想」においての応用・ 適応が重要であるという考え方を参照するなら ば,これまでの記述的パフォーマンス分析と,船 木(2017)が報告している質的記述を組み合わせ た分析が必要性であると思われる.これは,大谷 (2019)が述べる「具体的状況・過程の記述」で あり,「結果・成果志向」ではなく経過志向の方 法によって,現場の過程を記述することである. 本稿ではコーチング実践を事例として,コーチ の視点から解釈し,目の前の選手にも当てはまる かもしれないと類推できるように記述することが 有用である(松木・會田,2016)ことから,筆者 が CK のパフォーマンスを分析し守備戦術を決定 するまでの過程を厚く記述し考察する.このこと は,コーチとしての自己の学びに役立つと同時 に,他者の学びに役立つ(會田,2017)ものであ る.そこで,筆者が所属しているチーム X にお いて筆者自らが中心となって行ったコーチング実 践の事例を挙げ,考察することで CK の守備の構 築のための知見を得ることを試みた.
2 研究対象および方法
2-1 対象:チーム及びコーチング実践者,期間 チーム X は,J1 に属するチームであり,2018 シーズンより新監督を迎え上位での優勝争いを目 指すチームである.また,コーチング実践者(筆 者)は同監督の元で 2014 シーズンよりコーチを 務めている.チーム X は 2018 シーズンのチーム テーマとして守備の再構築を掲げ,筆者は CK の 守備の構築を担当した. 2-2 データ収集 チーム X でコーチを務める筆者が行ったコー チング実践の中で,2018 シーズン全 34 試合にお ける CK の守備戦術を構築するために行った活動 を対象事例とする.全ての試合は,映像等から詳 細に分析されている(表 1,図 6-9).これらの全 ての過程の決定に関しては,監督やコーチングス タッフと協議しながら進められた. 2-3 コーチング実践のプロセス 1)対戦相手の分析 対戦相手の攻撃の分析は,直近 10 ~ 15 試合の CK を遡って抽出し,PC の映像編集ソフト(Edi-us Pro8.0)を用いて繰り返し再生しながら,CK が蹴られた後に次の選手が最初に触った位置を大 島(2018)が考案した分析シート(図 2)に記録 した.また,その最初に触った選手はどちらの チームなのか,攻撃の結果(得点が入った, シュートを打ったが防がれた,それ以外,の 3 つ),そしてキックの詳細(蹴られたサイド,蹴 り足,インスイング3)かアウトスイング4)か)を 記録し,単純集計を行った. 2)守備隊形の決定 1)で得られた分析結果をもとに,守備隊形を 決定した.CK の主要な守備戦術として挙げられ るマンツーマンディフェンス5)とゾーンディフェ ンス6)のうち,チーム X は前者を採用している. ニアポスト付近を守るストーン7)の人数は 2 人を 基本とし「基本の 2 ストーン」(図 3)とした. また,必要がある場合は「基本の 2 ストーン」の 前か後ろにストーンを 1 人追加して 3 人配置し, それぞれ「3 ストーンⅠ」(図 4),「3 ストーンⅡ」 (図 5)とした.3 ストーンを採択する際には特別 にコーチングスタッフ間で協議を行った. 3)チームへの落とし込み チームへの落とし込みには映像を用いた 10 分 程度のミーティングと 15 分程度のトレーニング の両方が用いられた.ミーティングでは対戦相手 の特徴をまとめた動画とともにシュートを打った 位置を記入した分析シートも併せて提示した.ト レーニングでは先発選手以外の選手に相手役を担図 3 「基本の 2 ストーン」の守備隊形
図 5 「3 ストーンⅡ」の守備隊形 わせ,ミーティングで確認した相手の動きを再現 した. 4)試合に臨む 実際の試合での CK の守備も 1)と同様の方法 で分析シートに記入した. 5)自チームの分析 4)で記入した分析シートをもとにコーチング スタッフ間で意見を交わし,必要があれば個別で 選手とのコミュニケーションの機会を設けた. 2-4 データ分析作業に関して 最終的な分析結果に関しては,筆者以外の 2 名 の研究者と分析結果の妥当性について議論を行っ た(ピア・チェッキング).2 名のうち 1 名は代 表,プロレベルの高度な選手キャリアを有し,指 導キャリアとして 2 名は,大学選抜の指導経験を 持つなど高い専門性を有している.
3 結 果
リーグ期は,試合毎に変わる相手に対して,自 チームの標準的なゲーム構想の中で強調すべき原 則を高めていく単発のサイクルと同時に,自チー ムを分析することで得られた改善点を修正してま た次の試合に臨んでいくという連続性のあるサイ クルが存在する.そのため,限られた準備時間の 中でチームに落とし込む事が重要となる. 3-1 2018 シーズンのチーム X の CK の守備の 概要 チーム X の 2018 シーズンの J1 におけるチー ム X の CK の守備の概要を表 1 に示した.シー ズンを通じての失点数は 3 であり,表 2 に示すよ うにリーグ全体で 4 番目に少ない成績であった. 3 ストーンの守備隊形は第 14 節で初めて採択さ れ,前半戦では 1 回,後半戦では 6 回採択され, それぞれの採択理由は表 3 に示した.3-2 3 ストーンを採択した試合の守備の構築の 実践 1)第 14 節 第 14 節で対戦したチーム N に対する試合前の 分析は図 6 に示す通りである.シュートを打った 位置はほとんどが PA8 か PA9 のエリアだった. 採択した守備隊形は「3 ストーンⅠ」で,試合で の対応は表 4 のようになった. 2)第 30 節 第 30 節で対戦したチーム H に対する試合前の 分析は図 7 に示す通りである.GA1 のエリアか ら 5 得点を挙げていた.採択した守備隊形は「3 ストーンⅡ」で,試合での対応は表 5 のように なった. 3)第 34 節 第 34 節で対戦したチーム A に対する分析は図 8 に示す通りである.採択した守備隊形は「3 ス トーンⅠ」で,試合での対応は表 6 のようになっ た. 表 1 2018 シーズンのチーム X のコーナーキックの守備の概要 前半戦 後半戦 節 対戦相手 ストーンの形 被 CK 数 被シュート数 失点数 節 対戦相手 ストーンの形 被 CK 数 被シュート数 失点数 1 A 基本 5 2 1 18 F 基本 7 1 0 2 B 基本 3 0 0 19 G 3 ストーンⅠ 6 2 0 3 C 基本 3 0 0 20 L 基本 5 1 0 4 D 基本 2 0 0 21 E 基本 5 0 0 5 E 基本 7 0 0 22 P 基本 1 0 0 6 F 基本 5 1 1 23 N 3 ストーンⅠ 1 0 0 7 G 基本 7 0 0 24 D 3 ストーンⅠ 4 0 0 8 H 基本 3 0 0 25 O 基本 3 0 0 9 I 基本 5 1 0 26 B 基本 2 0 0 10 J 基本 6 0 0 27 J 基本 6 1 0 11 K 基本 3 1 0 28 I 基本 6 0 0 12 L 基本 6 0 0 29 K 基本 5 0 0 13 M 基本 6 1 0 30 H 3 ストーンⅡ 5 0 0 14 N 3 ストーンⅠ 6 0 0 31 Q 基本 3 0 0 15 O 基本 4 0 0 32 C 3 ストーンⅠ 5 0 0 16 P 基本 4 0 0 33 M 基本 3 0 0 17 Q 基本 7 1 0 34 A 3 ストーンⅠ 3 1 1 合計 82 7 2 70 6 1 表 2 2018 シーズンの J1 におけるコーナーキッ クからの失点数 順位 チーム名 CK 失点数 1 E 1 2 B 2 3 O 2 4 X 3 5 G 3 6 A 4 7 J 4 8 I 5 9 Q 6 10 M 6 11 D 6 12 K 6 13 P 7 14 H 7 15 L 7 16 N 8 17 F 8 18 C 10
表 3 チーム X が 3 ストーンの守備隊形を採択した試合 節 チーム名 隊形 採択理由 被 CK 数 被シュート数 失点数 14 N 3 ストーンⅠ PA8・PA9 でのチャンスの数が多かった 6 0 0 19 G 3 ストーンⅠ PA8 を得意とするキッカーが起用される可能性が高かった 6 1 0 23 N 3 ストーンⅠ PA8 でのチャンスの数が多かった 1 0 0 24 D 3 ストーンⅠ 直近 5 試合において PA8 を狙うボールが多かった 4 0 0 30 H 3 ストーンⅡ GA1・GA5 で得点を多く挙げていた。 5 0 0 32 C 3 ストーンⅠ 直近 5 試合において PA8・PA9 を狙うボールが多かった 5 0 0 34 A 3 ストーンⅠ PA6 でもチャンスを作っていたが,PA 8でのチャンスも多かった 3 1 1 表 4 チーム X がチーム N と対戦した第 14 節におけるコーナーキックの守備 No. エリア キック スイング 結果 1 PA7 左足 アウトスイング 基本のストーンがクリア 2 GA5 左足 インスイング マンマークがクリア 3 GA5 左足 アウトスイング 基本のストーンがクリア 4 PA9 左足 インスイング マンマークがクリア 5 PA10 左足 アウトスイング 誰も触らずにバウンドした 6 PA8 左足 インスイング 誰も触らずにバウンドした 表 5 チーム X がチーム H と対戦した第 30 節におけるコーナーキックの守備 No. エリア キック スイング 結果 1 GA1 左足 インスイング 誰も触らずにバウンドした 2 GA10 右足 インスイング ゴールキーパーがクリア 3 GA1 右足 インスイング ストーン④がクリア 4 GA7 右足 アウトスイング ストーン②がクリア 5 PA7 左足 アウトスイング マンマークがクリア 表 6 チーム X がチーム A と対戦した第 34 節におけるコーナーキックの守備 No. エリア キック スイング 結果 1 PA8 左足 アウトスイング 失点 2 PA9 左足 アウトスイング ゴールキーパーがキャッチ 3 GA7 左足 インスイング ストーン②がクリア
図 6 チーム N が 14 節での対戦以前の試合でコーナーキックからシュートを打った位置
4 考 察
4-1 基本ストーンでのゲーム 1)「基本の 2 ストーン」での対応 「基本の 2 ストーン」での対応を考察するにあ たって,初めて 3 ストーンが採択された第 14 節 以前の 13 試合に注目した.なぜならば,次節の 守備戦術の考案はそれまでの自チームの守備の分 析からの影響を受けており,3 ストーンの採択前 の自チームの守備に関して考察することは 3 ス トーン採択の決断の過程について知ることにつな がるからである. 図 8 に示した通り,第 1 節から第 13 節までの 13 試合において,「基本の 2 ストーン」がクリア したエリアを見てみると,GA2・GA8・GA9, PA7 がほとんどであった.加えて,この期間に 喫した CK からの失点は 2 点で,いずれの失点 も,ストーンがクリアしているエリアではない PA8 でシュートを打たれての失点だった. 失点をした第 1 節の試合後の分析において, ゴールを決められた相手選手に対する当該選手の マークのミスが挙げられた.失点した場面では, 相手選手がボールから遠ざかるような動きをした 為に,当該選手がボールが見えなくなる身体の向 きを取らされたことで,相手選手よりボールに近 い位置にいたにも関わらず,反応が遅れてボール に先に触られてしまった.この相手選手には失点 以外にも危険なシュートを 1 本打たれており,そ の場面では当該選手の担当するマーク以外の選手 に進路を妨害されるような形になり,マークをフ リーにしてしまった. もう一つの失点をした第 6 節の試合後の分析で は,ゴールキーパーのミスを指摘した.このとき のゴールキーパーは相手のキックに対して飛び出 してボールを触りに行ったのだが,ボールに触る ことができずにゴールを空けてしまった.目の前 に立っている相手選手に進路を妨害される形にな り,飛び出しの距離が短くなってしまったことが 図 8 チーム A が 34 節での対戦以前の試合でコーナーキックからシュートを打った位置原因だった.一方で,シュート自体は弱いもの だったので,動かずに構えていれば対応できた可 能性もある.ゴールキーパーは飛んできたボール に対して,飛び出してボールを触ることができる かどうかを瞬時に判断して,飛び出さない場合は 次に起こりうるプレーを予測してそれに応じた準 備をする必要がある. 以上のことから,「基本の 2 ストーン」では, GA2・GA8・GA9,PA7 に飛んでくるボールに 関しては,ストーンがクリアできるが,それ以外 のエリアに飛んでくるボールに関しては,マン マークの選手,もしくはゴールキーパーが対応す る必要があり,ボールとマークする選手を把握す ることはもちろんだが,その他の選手の動きにも 注意を払い,自分の進路への干渉などをされない ような準備が必要だと考えられる. 4-2 「3 ストーン」による対応 1)3 ストーンの採択および 7 試合の概要 2018 シーズンのチーム X は全 34 試合中 7 試合 を 3 ストーンに隊形を変更した.特徴として挙げ られる事として,前半戦は 17 試合中 1 試合しか 3 ストーンへの変更が無かったにも関わらず,後 半戦は 17 試合中 6 試合を 3 ストーンで対応した ことが挙げられる. 開幕してからの 13 試合は 3 ストーンへの変更 こそしなかったが,対戦相手によっては 3 ストー ンに守備隊形を変更して守ることは有効だと考え てはいた.3 ストーンの守備隊形はストーンに よって守ることができる範囲が拡がり,最も警戒 したいエリアに高さと競り合いの強さに優れた選 手を配置できるというメリットがある.一方で, ストーンを増やしてペナルティエリア内に割く人 数が増えることで,ペナルティエリアの外に配置 する守備者が減ってしまい,ショートコーナー8) や,二次攻撃9)を受けやすくなるというデメリッ トもあることから積極的に 3 ストーンを採択する 事は無かった.しかし,第 14 節で 3 ストーンを 採択した際の手応えが良かったことから,後半戦 では,状況に応じて 3 ストーンを使うことでより 強固なコーナキックの守備を築くことができると いう期待感が高まり,3 ストーンの採択が促され たと考えられる.当時のコーチングスタッフ同士 のやり取りの中で,「基本の 2 ストーン」での対 応を選択した際に「今回は 3 ストーンでやらない のか」という話が出てくるほどに,チームの中で 3 ストーンへの信頼が増したことが伺われる. 以下,事例を通して 2 つの 3 ストーンを報告す るとともに,3 ストーンを採択した筆者自身の判 断の過程を整理して記述することによって,「コー チ自身の学びが活性化し,実践と省察のサイクル を加速させる」(會田,2017)ことを試みた. 2)「3 ストーンⅠ」が成功した事例 第 14 節はチーム X が初めて CK の守備隊形を 変更して戦った試合である.対戦したチーム N はキッカーに特徴があり,左足のキックで PA8 と PA9 のエリアで多くのチャンスを作っていた (図 6).このエリアは基本の 2 ストーンでは防げ ないエリアであることと,キックスピードの速さ によって,マンマークとゴールキーパーが飛び出 すか飛び出さないかの判断が難しくなることか ら,「3 ストーンⅠ」を用いる効果が高いと考え た. 「3 ストーンⅠ」とは,「基本の 2 ストーン」の 後ろにもう 1 枚ストーン(ストーン③)を置く守 備隊形である.ここで追加されるストーンは,主 に PA8 や PA9 でのシュートを防ぐ役割となり, 基本の 2 ストーンを越えてくるボールに対して対 応する必要がある.一方で,攻撃側の選手は相手 に競り勝つためになるべく高いジャンプでボール を捉えようとしてくる.2 ストーンを越えてくる ボールは 2 ストーン周辺へのボールと比較する と,ボールが蹴られてから到達するまでの時間が 長く,タイミングを合わせやすいので,それぞれ の選手が最大のジャンプでボールに飛びこんでい きやすい.それゆえストーン③には,高さがあり 競り合いにおいて優れた選手を配置することで 「3 ストーンⅠ」の機能が発揮されると考えた. しかし,これまで取り組んできた守備隊形を変 更するにあたっては,コーチングスタッフから選 手に対して納得できる説明が必要だった.その説 明にはチーム N の CK の攻撃をまとめた動画と
ともに,筆者が記入した分析シートを合わせて用 いた.動画を用いた質的な説明とともに,分析 シートによる量的な説明を加える事で,納得感を 持って隊形の変更に取り組むことができた. 表 4 に示した結果を受けて,試合後に行った分 析では,与えた 6 本の CK のうち,最も得意とす る PA8,PA9 のエリアにキックしてきたのは 2 本のみで,その 2 本もターゲットとなる選手とタ イミングが合わずチーム X の選手が先にボール に触ることができたことから,相手が得意とする エリアに初めからストーンを配置していたこと で,そのエリアを狙い辛かったこと,チーム X が守備隊形を変更することを想定しておらず,戸 惑いがあったことなどが考えられた. また,「3 ストーンⅠ」を採択して成功した試 合は他に,チーム C・D・G との対戦があった が,チーム A と比べると攻撃のエリアにばらつ きがみられ,3 ストーンを採用するかどうか,判 断に迷いがあった.しかし,分析を進めると, チーム G のばらつきはキッカーの違いに由来す るものであることが分かり,対戦試合で起用され るキッカーの特徴をみて 3 ストーンを採用する判 断ができた.また,チーム C・D は直近 5 試合に 限ると PA8・PA9 でのチャンスに偏りが見られ たため,3 ストーンを採用することにした. このように,判断が難しい場面でも細かくエリ ア分けされた分析シートを用いることによって, 筆者が根拠をもって守備隊形を採択できるという 自信につながったと言える. 3)「3 ストーンⅡ」が成功した事例 第 30 節で対戦したチーム H は,表7に示すよ うに 2018 シーズンの J 1で CK からの得点が最 も多かったチームである.その攻撃を分析する と,図 7 に示すように,ほとんどのポイントが GA1,GA7 に集中しており,どちらのサイドか らもインスイングのキックによる速いボールが特 徴的で,シュートの成功率も高かった.本来この エリアは得点を取ることが難しいエリアである. なぜならチーム N が得点を挙げているような PA8 からシュートを打つ場合と比べるとシュー トコースが狭く,シュートを打てたとしてもゴー ルの枠に飛ばすことが難しいからだ.それゆえ, コーナーキックの攻撃においてこのポイントで ボールに触れる場合は,シュートを打つのではな くボールを逸らして基本の 2 ストーンの背後のス ペースに流し込む狙いであることが多い.その場 合は逸らされたボールに対して反応する相手選手 へのマークの強化によって対応できることから, ストーンの選手が GA1・GA7 のエリアを守れな いことが問題視されていなかった.しかし,チー ム H はこのエリアから直接ゴールを狙っており, その決定率も高かった.それらの理由から, GA1・GA7 のエリアを守る為に「3 ストーンⅡ」 を用いて対応することを決断した(図 6).「3 ス トーンⅡ」とは,基本の 2 ストーンの前にもう 1 枚ストーン(ストーン④)を置く守備隊形であ る.ここで追加されるストーンは主に GA1 と GA7 でのシュートを防ぐ役割となる.基本の 2 ストーンよりもキッカーに近い位置での対応にな 表 7 2018 シーズンの J1 におけるコーナーキッ クからの得点数 順位 チーム名 CK 得点数 1 H 12 2 A 11 3 Q 7 4 B 7 5 I 7 6 L 7 7 M 6 8 J 6 9 O 5 10 N 4 11 G 4 12 E 4 13 F 4 14 X 3 15 D 3 16 P 3 17 K 1 18 C 1
るので,ヘディングだけではなく低いボールやバ ウンドするボールに対して足で処理する状況が出 てくる.それゆえ「3 ストーンⅡ」において追加 されるストーンは,高さや競り合いの強さが必ず しも必要というわけではなく,それよりも,飛ん できたボールを確実に遠くに,もしくは相手選手 がいないスペースにクリアできるボール操作能力 が優れた選手が配置されるべきだと考えられる. 表 5 に示した結果を受けての試合後の分析で は,チーム H に与えた 5 本の CK のうち,シュー トを 1 本も打たせることなく試合を終えることが できた.チーム H はインスイングで最もチャン スを作っていた GA1・GA7 を「3 ストーンⅡ」 によって対策され,最後の 2 本を本来得意として いないアウトスイングで蹴った.その 2 本のキッ クは味方の選手と合わずにチーム X の選手がク リアした.「3 ストーンⅡ」は当試合で初めて使 用した形であるため,これに対応して攻めること を想定したトレーニングはできていなかったと考 えらえる. このように,対戦相手の分析に基づいて柔軟に 守備隊形を変化させることは,相手の最も得意と する攻撃を防ぎ,慣れていない攻撃を選択させる ことに繋がると同時に,他チームが我々を分析す る際に守備に不確定要素があることで攻撃の精度 を下げることに繋がるのではないかと推察され る. 4)「3 ストーンⅠ」が失敗した事例 第 34 節で対戦したチーム A は,表 8 に示すよ うにチーム H に次いで CK からの得点を挙げて いるチームだった.PA8・PA9 で多くのチャン スを作っていることと,前回対戦した第 1 節にお いて基本の 2 ストーンで対応し,PA8 のエリア で失点をしていることから「3 ストーンⅠ」での 対応を決断した.一方で,PA7 のエリアでもチャ ンスを作っていることからマンマークの重要性が 高くなることが考えられた.なぜなら,PA7 は チーム X において基本の 2 ストーンを置いてい 図 9 第 1 節から第 13 節までのチーム X のコーナーキックの守備
るように,全てのチームが最も警戒してストーン を置いてあるエリアであり,そこでチャンスを 作っているということはストーンの干渉があって もそれに競り勝ってシュートを打っていることに なるので,マンマークを担当する選手の役割がよ り重要になるからだ.また,左右両方のキックで どちらのサイドからもチャンスを作っており, マークを担当する選手が想定する状況が多岐に渡 ることから,守備の難度が高くなることが予想さ れたこともマンマークを重視する考えを促した. 通常「3 ストーンⅠ」のストーン③には,「基本 の 2 ストーン」においてマンマークを担当する選 手の中でも,高さと競り合いの強さにおいて最も 秀でている選手 H を配置していたが,マンマー クの強さを残しつつ,「3 ストーンⅠ」の形で対 応するために,選手 T をストーン③に配置した. 結果は,表 6 にあるように 1 本目の CK で失点 をしてしまった.左足のアウトスイングのキック から PA8 でヘディングシュートを打たれての失 点だった.PA8 は警戒していたエリアの 1 つで, このポイントはストーン③の選手が対応すべき だった.しかし失点したコーナーキックにおい て,ストーン③の選手はボールに競りに行かず, 他の選手が触った後のプレーに備えるような体勢 を取った.得点者のマンマークを担当した選手 も,相手にもボールにも触ることができず,フ リーでのシュートを許してしまった. 対戦相手の分析に基づいて決定した守備戦術と して,ストーン③に新たな選手 T を配置したこ とで,2 つの問題が引き起こされたと考えられ る.一つ目は,従来ストーン③になっていた選手 H よりも適性が劣る選手 T を配置したことで「3 ストーンⅠ」の機能が損なわれたことである.ス トーン③には高さと競り合いの強さが要求されて おり,この事例において配置された選手 T は選 手 H と比べると高さは同等だったが,競り合い の強さで劣っていた.失点したコーナーキックの 対応で,選手 T がボールに競りに行かなかった ことからも,「3 ストーンⅠ」は十分に機能しな かったと考えられた.二つ目は,選手 T 以外の 選手のパフォーマンスへの悪影響である. CK の守備は選手同士のプレーが相互に影響しあって おり,ストーン③に配置される選手が変わること がその他の選手に与える影響は小さくない.これ までは「3 ストーンⅠ」を採択する際には選手 H がストーン③を務めていたことから,マンマーク を担当する選手たちはストーン③に選手 H がい る中でのマンマークに関しては何度か経験してい るため習熟度は上がっていたが,選手 T がストー ン③に入った時のマンマークに関しては習熟度が 足りなかったと考えられる.
5 まとめ
本稿の目的は,J1 クラブにおけるリーグ戦期 間の CK の守備構築において,分析シートを用い た事例を提示することで,CK の守備構築の為の 新たな知見を得ることであった. J1 クラブにおけるパフォーマンスの向上には, 自チームを分析して改善していくサイクルと,試 合毎に異なる対戦相手を分析して,必要となる原 則を積み上げていくサイクルの二つがある.提示 された事例により,チーム X における, CK の守 備構築においても,対戦相手の分析を基にするサ イクルと自チームの分析を基にするサイクルが両 立して存在していることがわかった. 筆者はこの 2 つのサイクルに対して,指導者の 主観による質的な分析と,分析シートを活用した 量的分析の両方を用い,トレーニングとミーティ ングで必要な量のフィードバックを行なってい た.そこでは,CK の守備の構築には分析シー ト10)を用いて対戦相手の攻撃と自チームの守備の 分析を行うことにより,相手の狙うエリアと自 チームのストーンが防ぐことのできるエリアを従 来よりも細かく把握することができた.両立する 二つのサイクルから抽出された情報によって,相 手の攻撃の傾向に対応して守備隊形を変更して守 る判断に至り,失点を抑えることに繋がった.ま た 3 ストーンを用いて,相手の狙いを防ぐのに適 した守備隊形に変更することは,自チームの CK の守備を強固にするが,選手の配置やトレーニン グを適切に行って運用しなければ充分に機能しないと考えられた11).ただし,対戦相手の攻撃の傾 向に応じて守備隊形を変更することは,相手の得 意な攻撃を防ぐだけでなく,相手に不慣れな攻撃 を選択させることにも繋がる.一方で,守備戦術 の習熟度を損なわないために,守備隊形の変更に 伴う選手の役割変更は極力少なくなるように工夫 することが求められる.また,選手に新たな役割 を課す場合にはトレーニングを積んで少しでも習 熟度を高めることが必要であった. 今後の課題として,本稿ではチーム X におけ る筆者自身の実践を事例としてコーチの視点から 解釈し,目の前の選手にも当てはまるかもしれな いと類推できるように記述した.その結果,分析 シートの使用の有用性とそれに基づいた守備隊形 の変更の留意点を提示することができた.しかし ながら,CK の守備に関して,リーグ内の他チー ムに対する調査を行なっておらず,ゾーンディ フェンスの守備に対しても分析シートは応用でき るかどうかという事や,今回報告された実践が リーグの中でどのような価値があるものなのかに は言及できていない.また,自チームの分析にお いてもストーンの守備に関しては詳細に記述され たがマンマークを担当する選手の守備に関する考 察はほとんどされていない.CK の守備はそれぞ れの役割が相互に関係しあうので,マンマークの 守備に関する考察を深める事でストーンの守備に 関してもさらに深く考察できると考えられる.ま た,本稿では PDCA サイクル理論を現場に応用 したサイクルで考察したが,現場においては OODA ループ12)の方がより汎用性が高いと考え られる.そのため,今後はこの OODA サイクル の検討も必要であろう.
【注】
1 ) ボールがコート内にあり,プレーが止まらず に続いている状態. 2 ) 反則が起こりコートの外にボールが出たりし た際に試合を再開するプレーの総称.フリー キック,コーナーキック,ペナルティキッ ク,ゴールキック,スローイン,キックオフ の 6 種類である. 3 ) ゴールに向かって弧を描く軌道のキック. 4 ) ゴールから遠ざかって弧を描く軌道のキッ ク. 5 ) ゴール前に入ってくる攻撃選手に対して,担 当する選手を決めて守る戦術. 6 ) 相手選手ではなく,スペースの担当を決めて 守る戦術. 7 ) CK の守備のマンツーマンディフェンスにお ける,ゾーンディフェンスの役割の事.ニア ポスト周辺のスペースに配置されることが多 い. 8 ) CK の攻撃において,キックをペナルティー キックに直接蹴り込むのではなく,ショート パスを使って近くの味方を使うプレー.より ゴールに近いエリアからボールを供給するこ とや,ボールを保持してペナルティエリアに 侵入する狙いで使用される. 9 ) ペナルティエリア内に蹴り込まれたキック が,一度は守備側の選手にクリアされるも, 再び攻撃側の選手に渡り,連続して攻撃が行 われること. 10) 対戦相手の攻撃を分析する際に分析シートを 用いることによって,相手の得意とするエリ アを絞って対策することができる.自チーム の守備の分析においても,通常採択している 守備隊形では防ぐことができないエリアを明 らかにし,新たな守備隊形の考案の一助とす ることができる. 11) 分析シートを用いて,相手の攻撃の傾向を可 視化することにより,守備の戦術決定の際 の,筆者自身の決断の後押しになり,他の コーチングスタッフや選手と共有する際には 視覚的に説明することができる. 12) OODA Loop(ウーダループ)とは,米空軍 大佐ジョンボイドによって作られ,あらゆる 領域で適用できる「戦略の一般理論」と考え られ,PDCA とは明確に区別されている. そのプロセスは,みる(Observe:見る,観 る, 視 る, 診 る ), わ か る(Orient: 分 か る, 判 る, 解 る ), き め る(Decide: 決 める,極る),うごく(Act:動く),みこす・ みなおす(Loop:見込す・見直す)の 5 つ からなっているプロセスである.
【引用・参考文献】
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