授業中の逸脱行動に対する大学の対応
-ボーダーフリー大学に着目して-
葛 城 浩 一
(大学教育開発センター准教授)1.はじめに
本稿は、授業中の逸脱行動に対して、大学においてどのような対応がとられているかについて論じ るものである。「逸脱」とは、「最も広い意味では、それぞれの社会や集団で分有されている社会規 範に反する現象のことをいう。それが社会規範に反する行動ならば逸脱行動」(『新教育社会学辞典』) となる。本稿では、「大学の授業は学びのために存在する」という前提に立ち、授業中の逸脱行動を「自 分や他者の学びを阻害する行動」と定義する。 授業中の逸脱行動はどの大学でも日常的にみられる光景である。例えば、授業中の逸脱行動の代表 とも言える「私語」は、1960 年代半ば頃から私立の女子短期大学でみられ始め、1980 年代後半には どの大学でも日常化していたという(島田 2001)。しかし、その日常化の程度は、「研究大学」を頂 点にした階層の底辺に位置する「ボーダーフリー大学」と呼ばれる大学では特に著しいと考えられる。 なお、本稿では「ボーダーフリー大学」を、「受験すれば必ず合格するような大学、すなわち、事実 上の全入状態にある大学」と定義する1)。 筆者が 2005 年に行った質問紙調査では、例えば「私語」や「いねむり」などの授業中の逸脱行動は、 中堅大学よりもボーダーフリー大学で多く行われていることが確認されている(葛城 2007)。また、 筆者が 2011 年に行った自由記述式の調査では、ボーダーフリー大学では「教員への反抗」もままみ られることが確認されている。「教員への反抗」を含む授業中の逸脱行動の惨状は、同じボーダーフリー 大学生をして、「「大学生」とは名ばかりで、本当は幼稚園児や小学生並にレベルが低い」と言わしめ るほどである(葛城 2012)。 ボーダーフリー大学で授業中の逸脱行動の日常化の程度が著しいことには、入試による選抜機能が 働かないため、基礎学力や学習習慣、学習への動機づけの欠如といった、学習面での問題を抱える学 生を多く受け入れていることが大きく関係していると考えられる。学習面での問題を抱えていること が授業中の逸脱行動の日常化に拍車をかけ、それによって、学習面での問題の克服が阻まれてしまう という悪循環がそこには存在している。 単に授業中の逸脱行動の日常化の程度が著しいからというだけではなく、学習面での問題を克服さ せるための前提となるという意味においても、ボーダーフリー大学にとって、授業中の逸脱行動に対 する対応は避けては通れない重要な課題であると言える。そこで、本稿では、特にボーダーフリー大 学に着目し、そこで授業中の逸脱行動に対してどのような対応がとられているかについて明らかにし たいと考える。2.調査の方法
ボーダーフリー大学等に所属する教員を対象としたインタビュー調査を、2010 年 12 月から 2012 年 3月にかけて行った。本稿では、そのうち7名のインタビュー調査結果に基づき、論を進めることと する。7名の基本的属性は以下の通りである。 教員 A(偏差値 40 台半ばの V 大学 人文系学部所属、教授、60 代、男性) 教員 B(偏差値 40 台半ばの V 大学 人文系学部所属、教授、60 代、男性) 教員 C(偏差値 40 台半ばの V 大学 人文系学部所属、教授、40 代、男性) 教員 D(偏差値 40 台半ばの W 短期大学(V 大学系列) 社会系学科所属、准教授、30 代、女性) 教員 E(偏差値 40 台半ばの X 大学 社会系学部所属、講師、30 代、女性) 教員 F(偏差値 40 台半ばの Y 大学 教育系学部所属、講師、30 代、男性) 教員 G(偏差値 40 台半ばの Z 大学 社会系学部所属、教授、40 代、男性) 以上のインタビュー調査に加え、2011 年 10 月から 11 月にかけて行った、偏差値 40 台半ばの V 大 学に所属する学生を対象とした自由記述式の調査の結果も適宜用いることとする(詳細は、葛城(2012) を参照)。3.授業中の逸脱行動に対する対応
3-1.口頭での注意 授業中の逸脱行動に対する対応として、もっとも一般的に行われているのが「口頭での注意」である。 しかし、口頭での注意は、対処療法的には効果を発揮するものの、根本的な解決には至らないことも 多い。教員 A や教員 E は、私語に対して口頭での注意を行っても、その効果が持続しないことを以下 のように語っている。 教員A:「「 うるさーい。」 とか言っても、しばらくしたらまた喋りよるから、ほんならまた言わないかん。 だから、君たちは私語をしてる、私語をしてることで叱られたという意識がほとんどないん じゃないかなぁ。」 教員E:「(注意したら)その瞬間黙る。あのね、基本、わかってるんよ彼ら。喋っちゃいけないちゅ うことを。けど、体が反応してしまうんよね。喋っちゃいけないことはわかってるんやけど、 つい口がムズムズしちゃって、喋っちゃうと…ていう感じ。やから、「そこ静かにして~。」 とか言うと聞かない。「うるさい。」って言ったらシーンてなる。その瞬間。」 「しばらくしたらまた喋りよる」「その瞬間黙る」といった言葉からもわかるように、私語に対して 口頭での注意を行っても、その効果はすぐになくなってしまう。授業中の逸脱行動にまともに対応し ようとすればするほど、逸脱行動を注意する教員とまたすぐに逸脱行動を始める学生のいたちごっこ に陥ってしまうのである。V 大学生の自由記述には、「先生も、生徒を注意することばかりで、授業を進めることも出来ず、わかりたい生徒も理解出来ないという悪循環がおこっていると思います。(2 年・男性)」というものもみられた。 それでは、なぜ学生は注意されてもまたすぐに私語を始めるのだろうか。教員 A は「私語をしてる ことで叱られたという意識がほとんどないんじゃないかなぁ」と分析しているが、教員 E は「喋っちゃ いけないことはわかってるんやけど、つい口がムズムズしちゃって、喋っちゃう」と分析しており、 意見が分かれている。V 大学生の自由記述から判断する限りでは、教員 E を支持する意見が多いよう である。それが端的に表現されているのが、次の記述である。 ・今までの学校生活の中でまじめでない態度が普通になってしまっているところもあると思います。 今までの環境の中で授業中ケータイをいじっていたり、ガムやあめなどをたべたり、お茶やジュー スを飲むということが普通におこなわれていたから、まじめでない態度になってしまっているのだ と思います。逆に、まじめな態度で授業を受けようとしても自分的におちつかなくてなかなかまじ めな態度で授業を受けることができないのではないのかなと私は思います。(1年・女性) この学生は、大学入学以前に、すでに授業中の逸脱行動が「普通におこなわれていたから、まじめ でない態度になってしまって」いて、そのため、「まじめな態度で授業を受けようとしても自分的に おちつかなくてなかなかまじめな態度で授業を受けることができない」のだという。こうした学生の 記述からもわかるように、学生は私語を含む授業中の逸脱行動をすべきでないことを頭では理解して いるものの、口頭での注意程度では自分の行動をコントロールできないのである。 学生に自分の行動をコントロールさせるためには、大きく分けて、内発的動機づけを高める方法と 外発的動機づけを高める方法とが考えられる。教育的な働きかけとしては、外発的動機づけよりも内 発的動機づけを高める方法の方が望ましいことは言うまでもない。教員 C は内発的動機づけを高める 方法について、以下のように語っている。 教員C:「「優れた保育者は私語などしませんよ。」っていうようなことを言う。ちゃんと、方向づけ ながら、価値を伝えながらですね。そういう目標を伝えながら、やっちゃいけないよ、って いう指導を、生活指導をしてます。」 保育者を養成するコースに所属する教員 C は、授業中の逸脱行動に対する口頭での注意を、「優れ た保育者は私語などしませんよ」といった言葉で「方向づけながら、価値を伝えながら」行っている という。こうした口頭での注意を通じ、内発的動機づけを高めることによって、学生に自分の行動を コントロールさせようとしているだけでなく、保育者としてふさわしい態度も身につけさせようとし ているのである。 こうした内発的動機づけを高める方法は、例えば保育者を養成するといった、ミッションが明確な 目的養成系の学部であれば、一定程度は功を奏するのかもしれない。さらに言えば、目的養成系の学 部に所属する学生は、目的意識が明確な分、そもそも授業中の逸脱行動の日常化の程度がそう高くは なく2)、こうした働きかけを内面化しやすいかもしれない。しかし、目的養成系の学部でなければ、 同様の対応でその効果を期待することは難しいだろう。そうした点について、教員 D は以下のように
語っている。 教員D:「そもそも入学する学生に、自分はいずれ先生になるとか、人を教える立場になるっていう 意識があるのか、もう何になるかわからへんけども、手っ取り早く入りましたっていうよう な、そういうので元々の意識が違うんでしょうけれども、そういうのありますね。結局、将 来の方向性がバラバラになっちゃってるから。だからもう、まあ、がんじがらめにするしか ないというかね。」 「何になるかわからへんけども、手っ取り早く入り(中略)将来の方向性がバラバラになっちゃっ てる」学生に対しては、教員 C がとったような対応自体が不可能である。例えば、学生の卒業後の進 路を大括りに「社会人」あるいは「企業人」としたとしても、「優れた社会人(あるいは企業人)は 私語などしませんよ」という言葉では、学生に自分の行動をコントロールさせることはまずできな いだろう。だからこそ、授業中の逸脱行動に対しては、「がんじがらめにするしかない」のだという。 すなわち、学生に自分の行動をコントロールさせるために、外発的動機づけを高める方法を選択せざ るをえなくなるのである。 外発的動機づけを高める方法のひとつに、授業中の逸脱行動に対して厳格な対応をとることが挙げ られる。V 大学生の以下の自由記述は、その効果を如実に表している。 ・学生の意識に「この先生は怒らせてはならない」や「こわい、きびしい」という項目が組み込まれ ているであろう先生の講義ではたいていの学生は大人しくしており、騒ぐことがないように見える。 対して、優しくおおらかである先生や、自分一人で話を進めて、一度話していて「怒られない」と分かっ た先生の講義では話し、飲み、食べ、音楽を聞いたりという人が多く見られる。(1年・女性) 「学生の意識に「この先生は怒らせてはならない」や「こわい、きびしい」という項目が組み込ま れているであろう先生の講義ではたいていの学生は大人しくしており、騒ぐことがないように見える」 という記述は、授業中の逸脱行動に対して厳格な対応をとることで、学生に自分の行動をコントロー ルさせることが十分可能であることを示唆している。 その一方で、「優しくおおらかである先生や、自分一人で話を進めて、一度話していて「怒られない」 と分かった先生の講義では話し、飲み、食べ、音楽を聞いたりという人が多く見られる」という記述は、 授業中の逸脱行動に対する厳格な対応は、個々の教員レベルで行うのではなく組織レベルで行わなけ ればならないことを示唆している。 3-2.組織レベルでの対応 教員 D が所属する W 短期大学では、授業中の逸脱行動に対する厳格な対応が組織レベルで行われ ている。その対応について、教員 D は以下のように語っている。 教員D:「授業中こういうことをしてはいけませんとか、休む時にはちゃんとこういう連絡方法を取 りなさいとか、そういうのはもう入学前から学生には伝えてるんですね。で、かつ、入学し
てからも、前期後期の頭には必ず言ってる。プリントも配って、こういう規則があるんだか ら守りなさい、ということは言ってるんですね。そういうしつけの部分で。」 W 短期大学では、「授業中こういうことをしてはいけません」といったことを「入学前から学生に は伝え(中略)入学してからも、前期後期の頭には必ず言ってる。プリントも配って、こういう規則 があるんだから守りなさい、ということは言ってる」のだという。その「プリント」には以下のよう なことが記載されている。 ・遅刻をしないこと(始業チャイム前に着席のこと) ・授業中は、携帯電話の電源を切ること。当然、メール送受信も禁止。 ・授業中の私語は慎むこと。 ・適切な態度で授業を受講すること。(足を組んだり、立てひざをしない。荷物を机の上に置かない。 ノートをきちんととる。お化粧をしない。消しゴムのかすは、ゴミ箱に捨てる。など) こうした事項について、教員が共通理解をした上で、明文化したものを配布までして説明が行われ ている。単に「明文化する」「明文化したものを配布する」というレベルであれば、授業中の逸脱行 動を行わないよう注意喚起する内容を掲示したり、学生便覧や履修の手引き等へ記載したりする大学・ 短大は珍しくない(中国・四国地区大学教育研究会編 2012)。重要なのは、教員が共通理解をした上で、 明文化したものを配布までして説明が行われているという点である。 さらに重要なのは、遅刻や携帯電話、私語といった授業中の逸脱行動についてだけでなく、「足を 組んだり、立てひざをしない。荷物を机の上に置かない」「消しゴムのかすは、ゴミ箱に捨てる」といっ た、「しつけ」的な要素にまで記述が及んでいるという点である3)。すなわち、授業中の逸脱行動への 対応とともに「しつけ」も行われているのである。 さて、組織レベルでの対応という点では、系列の V 大学でも行われている4)。しかし、W 短期大学 で行われているような、明文化したものを配布までして説明するような対応はとられていない。その 一方で、Y 大学のように、そうした対応をとっている大学もある5)。そうした対応をとるか否かを分 けるのは、学生観の違いによるところが大きいようである。V 大学に所属する教員 B と Y 大学に所属 する教員 F は以下のように語っている。 教員B:「その理由(明文化したものを配布までして説明するような対応が行われていない理由)の ひとつには、短大は2年しかなく、明確化や即効性が求められるから、ということではない かと思います。4年制は時間があるので折に触れてすればよい、また、文書化までするのは 子どもみたいだ、という考え方があります。」 教員F:「この大学出た後もいきなり社会になってしまうので、やっぱ社会人としてのマナーとか、 そういうのきちっと持たせて卒業させないといけないってのは大学の最低限の務めだとは思 うんですよね。昔おそらくそういうのが、わかってるっていう前提でいたから、そんな大学 生にもなってっていうのはあるかもしれないですけど、(中略)やっぱり今の学生さん見て て思うのは、学生さんっていうより、ちょっとまだ子どもに毛が生えたような感じの所があっ
て、そういった意味ではある程度こちら側が働きかけてあげないと、いけないかなぁという 風には思ってるんですよ。」 教員 B は、短期大学ならまだしも、4年制大学で「文書化までするのは子どもみたいだ」と考えて いる。一方、教員 F は、「昔おそらくそういうのが、わかってるっていう前提でいたから、そんな大 学生にもなってっていうのはあるかもしれない」が、「今の学生さん見てて思うのは、学生さんって いうより、ちょっとまだ子どもに毛が生えたような感じ」と考えている。つまりは、当該大学の学生 を「大人」である(=「子ども」ではない)と考えるのか、「大人」ではない(=「子ども」である) と考えるのか、学生観の違いによって、その対応が大きく異なっているのである。 すなわち、教員 B のように、当該大学の学生を「大人」である(=「子ども」ではない)と考えて いれば、明文化したものを配布までして説明するような対応は行き過ぎだと感じるだろう。しかし、 教員 F のように、当該大学の学生を「大人」ではない(=「子ども」である)と考えていれば、「社 会人としてのマナーとか、そういうのきちっと持たせて卒業させないといけない」という「大学の最 低限の務め」を果たすためには、それがしかるべき対応となる。 それでは、教員 F の所属する Y 大学では具体的にどのような対応がとられているのだろうか。教員 F は以下のように語っている。 教員F:「私語とかそういうレベルだったら、せいぜいあの、年度初めですかね。に、学生に紙を配っ て、飲食しないとか、マナー云々、あとタバコですよね。外の、ポイ捨てしてはいけないとか、 そういう風なことを、年度初めのガイダンスか何かの時に説明するっていうことを現時点で はやってるぐらいですかね。」 教員 F の所属する Y 大学では、「紙を配って(中略)年度初めのガイダンスか何かの時に説明する」 のだという。その「紙」には以下のようなことが記載されている。 ・私語の禁止-周囲の学生が授業を受ける権利を妨げない- ・机の上には、飲食物・カバンなど授業に直接関係のないものを置かないように。 -授業中はもちろん、飲食禁止です- ・携帯電話は必ず電源OFF(マナーモード)にして、かばんにしまう。 ・教室内では、帽子をとる。 ・授業時間中は、原則としてトイレに行かない。 Y 大学においても、私語、飲食、携帯電話、中抜けといった授業中の逸脱行動についてだけでなく、「机 の上には、飲食物・カバンなど授業に直接関係のないものを置かないように」「教室内では、帽子をとる」 といった、「しつけ」的な要素にまで記述が及んでいる。こうした点について、教員が共通理解をし た上で、授業中の逸脱行動への対応とともに「しつけ」も行われている様子を、教員 F は以下のよう に語っている。
教員F:「机の上に物を置かないとかですね。飲み食いしないとか結構、指導きっちりやってくださいっ ていうのは徹底するように言われてるので。大学の方針で多分こんな風になってると思うん ですけど、年度初めにこれを、ある程度教員間でも確認をして、後はもう授業中適宜、こう いう原則に逸脱しているような学生さんがいたら、どんどん注意っていう感じにはもうなっ てると思うんですよね。」 :「(学生が原則に逸脱した場合の対応は)個々の教員の裁量にやっぱりどうしてもなってしま いますね。だからなかなか、こういう風なことを徹底するっていうのは難しいかなってのは ありますね。」 Y 大学では、「大学の方針」として、上記のような明文化された事項に沿った指導を「徹底するよう に言われて」おり、「こういう原則に逸脱しているような学生さんがいたら、どんどん注意っていう 感じにはもうなってる」のだという。ただし、学生が原則に逸脱した場合の対応は「個々の教員の裁量」 に委ねられているため、教員 F は「こういう風なことを徹底するっていうのは難しい」と感じている ようである。 3-3.教員の対応のチェック 個々の教員の裁量によって、授業中の逸脱行動等に対する組織レベルでの厳格な対応が骨抜きにな らないようにするための手段としても用いられているのが、学生による授業評価である。Y 大学では、 「この授業では、受講マナー(私語、携帯電話、遅刻、飲食等)について適切な指導がなされていた。」 といった項目が設けられており、個々の教員が授業中の逸脱行動等に対して厳格な対応をとっている か、チェックできるようになっている。 学生による授業評価を用いて、より厳格なチェックを行っているのは Z 大学である。Z 大学では、 学生に対しては「受講7つのマナー」5)の順守が求められる一方で、教員に対しては、私語封じ込め6)、 遅刻防止・エスケープ防止・偽装出席(代筆等)防止・出席管理厳格化、携帯電話等の管理等、授業 中の逸脱行動に対する厳格な対応の徹底が求められている。学生による授業評価には、個々の教員が そうした厳格な対応を徹底しているか、チェックできる項目が4項目も設けられている。 「授業のさまたげになるような私語が出ないようにしていた。」 「学生の携帯電話の管理をしっかり行っていた。」 「出欠をしっかりとっていた。」 「遅刻者や途中退出者が出ないようにしていた。」 Z 大学がここまで多くの項目を設けているのは、Z 大学では、秩序・規律の維持・向上が最重要業 務のひとつと考えられているからである。教員 G は以下のように語っている。 教員G:「秩序と規律の維持向上というのが最重要業務ということで、全教員に認識をさせています。 つまり、当たり前なんですけど、どんなに優れた学生を集めて教育内容をセットしてもね、 やっぱり秩序とか規律が崩壊しては、教育成果は出ませんので、何においても秩序と規律を
最優先させるっていうことをしてるんですね。」 「何においても秩序と規律を最優先させる」という言葉に、Z 大学の覚悟がうかがえよう。その覚悟 の強さを顕著に表しているのが、学生による授業評価の結果の使用方法である。すなわち、Z 大学で は、上記4項目を含む学生による授業評価の結果を、ランキング形式で学生にも公表しているのであ る。その効果について、教員 G は以下のように語っている。 教員G:「(ランキングの下位グループを指さしながら)こっちより下はクビですよ。辞めるべきだと いうのをずっと開学以来、こういう圧力を加えてるんですよ。で、あんまり下に来るのが連 続になる教員っつうのは、もういられないですね。辞めた方がいいと思う。見てみろと。こ れ2階のロビーに貼り出したんですよ、バーっと。学生見てるんだ。あ、あの先生はまたあ れだと。授業環境めちゃくちゃなことやってると。ほれ見ろと。いられないですよ。得点が 低くて。(中略)(この方式を採用した当時の教員は)半分以上いないですよ。みんな消えて いきました。で、どんどん入れ替えて、質が上がって。昔はものすごく悪かったんですよ、 この得点が。どんどんどんどん上がって、ガーってきましたね。」 Z 大学では、学生による授業評価の結果をランキング形式で公表し、得点のあまりに低い教員には 「辞めるべきだ」という「圧力を加えて」いる。そのため、「下に来るのが連続になる教員っつうのは、 もういられない」のだという。その結果、授業中の逸脱行動に対して厳格な対応をとれない教員は辞 めていってしまうため、学生による授業評価の結果は年々向上し、授業中の逸脱行動もみられなくなっ たとのことである。Z 大学が授業中の逸脱行動に対してここまで厳格な対応をとる理由について、教 員 G は以下のように語っている。 教員G:「開学以来最初の3年ぐらいですかね、崩壊したんですよね、見事に。(中略)何ていうかも う完全崩壊に近いですよね。授業がもううるさいし、まぁ居眠りとか途中退出とかっていう ので。(中略)これじゃどんなにいい授業をやったって、いい教育をやったって成り立たないっ ていうので。事実、うちの大学に入ってきたまじめな学生がかなり辞めましたよね。それが 痛かったですね。強烈な思い出ですね。この大学にいると、まぁ勉強しにきてるのに騒いで るやつがいっぱいいるとか、途中で無茶するとか、失望したっていうのを聞いたもんで、そ れで辞める学生が多かったですね。そっからですね、開学3年目ぐらいからもう一挙に、そ れを逆転しようと思って、まぁ戦いを開始したんですけども。」 Z 大学では、開学して3年の間に、授業中の逸脱行動が横行し、授業は「完全崩壊に近い」レベル にまで達していた。そして、その惨状に失望してしまった「まじめな学生がかなり辞め」てしまった のだという。そうした「強烈な思い出」を教訓として、秩序・規律の維持・向上を最重要業務のひと つと掲げ、授業中の逸脱行動に対して組織レベルでの厳格な対応をとるようになったのである。その 結果、授業中の逸脱行動がみられなくなったことは先述の通りだが、好影響はそれだけにとどまらな い。教員 G は以下のように語っている。
教員G:「(入学生の)質は変わりましたね。つまりあの、最初は乱れてたから、入ってくる子も、入っ てきた後でもそうですけど、まあ簡単に言うと何か、本当に乱れたっぽい恰好が多かったで すよね。チンピラとまではいかないけど、マナーが乱れたまま来てるっていうか、そういう 子が多かったです。今はいないですね。(中略)入り口でもう真面目な子ばっかりですね。 そんな変な子ほとんどいないですね。それは大学側の姿勢が通じてるからだと…(中略)入 る時もそうだし、入ってからもやっぱ変わんなきゃいけないっていうのは、それは通じてる と思いますね。」 Z 大学は開学当初、「チンピラとまではいかないけど、マナーが乱れたまま来てるっていうか、そう いう子が多かった」のだという。その Z 大学が、授業中の逸脱行動に対して組織レベルでの厳格な対 応等7)を徹底して行ってきた結果、「入り口でもう真面目な子ばっかり」で「そんな変な子ほとんど いない」状態になったのだという。このような入学生の質が変化したという事実は、まさに「大学側 の姿勢が通じて」いることの証左であると言えるだろう。言いかえれば、Z 大学の姿勢は、授業中の 逸脱行動に対する親和性の高い、いわゆる不真面目な学生に、「居心地が悪そうな大学」だというこ とで受験を思いとどまらせるほどまでに、学外に認知されているのである。一種のブランド戦略が成 功した事例と言えるのではないだろうか。
4.まとめ
本稿では、特にボーダーフリー大学に着目し、そこで授業中の逸脱行動に対してどのような対応が とられているかについて、インタビュー調査をもとに明らかにしてきた。分析の結果得られた主要な 知見は以下の通りである。 第一に、ボーダーフリー大学の学生は、口頭での注意程度では自分の行動をコントロールできない が、授業中の逸脱行動に対して厳格な対応をとれば、それは十分可能である。ただし、それは個々の 教員レベルで行うのではなく、組織レベルで行わなければならない。 第二に、組織レベルでの対応として、教員が共通理解をした上で、明文化したものを配布までして 説明を行う大学がある。明文化された項目の中には「しつけ」的な要素も含まれており、授業中の逸 脱行動への対応とともに「しつけ」も行われているようである。 第三に、そうした組織レベルでの対応をとるか否かは学生観の違いによって異なっており、当該大 学の学生を「大人」ではないと考える大学ではとられやすい。ただし、個々の教員の裁量に委ねられ る部分が多ければ、それを徹底することは困難なものとなっている。 第四に、個々の教員の対応を厳格にチェックすることで、組織レベルでの対応を徹底して行ってき た結果、その姿勢が学外に認知されている大学がある。そうした大学では、授業中の逸脱行動の抑制 だけでなく、入学生の質の変化という好影響がもたらされていた。 特に最後の知見は、授業中の逸脱行動に対して手を焼きつつも、個々の教員レベルでの対応にとど まっている大学、あるいは組織レベルでの対応が中途半端に行われている大学には興味深いものであ ろう。なぜなら、生き残り競争が激しさを増す中で、授業中の逸脱行動に対する親和性の高い、いわゆる不真面目な学生も受け入れざるをえないボーダーフリー大学にあって、そうした学生を受け入れ なくてすむ可能性が示されているからである。 不真面目な学生に「居心地が悪そうな大学」だということで受験を思いとどまらせるほどまでに、 授業中の逸脱行動等に対する組織レベルでの厳格な対応を徹底し、その姿勢が学外に認知されること は容易なことではない。しかしだからこそ、「それに乗り出す大学の希少価値は大きなものとなるの であり、それがひいては、「「しつけ」のいきとどいた大学」というブランドを確立することにつなが るのではないだろうか」と筆者は言及してきた(葛城 2012、101 頁)。Z 大学の入学生の質が変化し たという事実は、授業中の逸脱行動等に対する組織レベルでの厳格な対応を徹底することで、「「しつ け」のいきとどいた大学」というブランドを確立することが決して不可能ではないことを、我々に教 えてくれている。 「ボーダーフリー大学とはいえ、大学がそこまでやらなくてはならないのか」といった、大学の学 校化を嘆く意見も当然あるだろう。しかし、ボーダーフリー大学生の目からみても「幼稚園児や小学 生並にレベルが低い」学生は、明らかに「大人」ではなく「子ども」である。学生が「大人」ではな い(=「子ども」である)という現実をふまえた上で、そうした学生に、一人前の「大人」として、 社会に出しても恥ずかしくない態度を最低限身につけさせるべく徹底的に「しつけ」を行うことは、 当然の帰結である。高等教育の質保証が求められる今日、専門分野の知識・技能を修得させることは 勿論重要である。しかしそれ以前に、社会に出しても恥ずかしくない態度を最低限身につけさせるこ と、それこそが、ボーダーフリー大学に課せられた社会的使命であると考える。 注 1)「ボーダーフリー大学」という用語自体は、そもそも河合塾による大学の格付けにおいて、通常 の難易度がつけられない大学の意味で用いられている。本稿の定義に基づくボーダーフリー大学 に相当する定員割れを抱えた大学は、2012 年現在、私立大学全体の5割近く(45.8%)にまで達 している(日本私立学校振興・共済事業団広報 2012)。 2)目的意識の明確さと授業中の逸脱行動の日常化の程度との関連性を指摘する先行研究は少なくな い。例えば、葛城(2005)は、非教員養成系学部において教員を志望する学生と志望しない学生、 あるいは教員免許を志向する学生と志向しない学生の違いについて分析した結果、「教員を志望 している学生は、それ以外の学生よりも概して大学での学習に肯定的で真面目に取り組んでおり、 教員を志望していなくても、教員免許を志向している学生は、そうでない学生よりは大学での学 習に肯定的で真面目に取り組んでいる」(葛城 2005、22 頁)ことを明らかにしている。 3)こうした事項は「授業について」という項に記載されているものである。「学生生活について」 という項には、以下のようなことまで記載されている。 ・「身だしなみ」と「おしゃれ」は異なることを理解し、時と場合に応じた服装(髪、アクセサリー、 ピアス、つめ、化粧、ストッキング、靴等を含む)を心がけること。とくに、ジャージやスウェッ ト、露出度の高い服装、健康サンダル等での登校は厳に慎むこと。 ・教室、廊下等で、大きな声をたてたり、奇声を発しない。 ・廊下を走らない。 ・歩きながらの携帯電話での通話、飲食は慎むこと。
4)V 大学の授業中の逸脱行動等に対する組織レベルでの対応について、教員 C は以下のように語っ ている。 教員C:「例えば机の上に、鞄とか、また、コートを置いたり、ペットボトル置いてたりすると、やっ ぱり良くないっていうのは、学科で注意をされてます。」 5)後述の Z 大学では、以下に示す「受講7つのマナー」を明文化しており、配布はしていないものの、 ゼミの教員を通して前後期の最初に説明しているのだという。Z 大学でも、授業中の逸脱行動は 勿論のこと、「ゲーム・マンガ・雑誌・お菓子等、講義と関係のないものはしまう!」「教室内の ゴミは机の中・下に放置せずゴミ箱に入れる!」といった、「しつけ」的な要素にまで記述が及 んでいる。 1.遅刻はしない! 2.前方から着席する! 3.携帯電話等は使用しない! 4.ゲーム・マンガ・雑誌・お菓子等、講義と関係のないものはしまう! 5.私語は絶対にしない! 6.途中退出はしない! 7.教室内のゴミは机の中・下に放置せずゴミ箱に入れる! 6)Z 大学では、以下の方法も参考にしつつ、各自効果的な工夫をして、私語封じ込めを徹底するこ とが求められている。こうしたことが徹底されているため、ほとんどの大型教室では、学生は自 然に机の両サイドに座るようになっているのだという。 ①前方に座ることをルール化する。 ②学生間で離れて座ることをルール化する。 ③通路側・窓側・壁側等へ座席指定する。 ④作業(適度な筆記等)によって忙しくさせたり、質問を連発して常に緊張感をもたせる。 7)Z 大学では、先述のような授業中の逸脱行動に対する組織レベルでの厳格な対応のほか、あいさ つ運動やマナー運動、クリーンキャンパス運動なども徹底して行っている。 参考文献 葛城浩一(2005)「教職課程履修者の学生文化の特徴-非教員養成系学部を中心に-」広島大学大学 院教育学研究科教育社会学研究室編『教育社会学研究年報』第8号、19 - 27 頁。 葛城浩一(2007)「F ランク大学生の学習に対する志向性」大学教育学会編『大学教育学会誌』第 29 巻第2号、87 - 92 頁。 葛城浩一(2012)「ボーダーフリー大学が直面する教育上の困難-授業中の逸脱行動に着目して-」 香川大学大学教育開発センター編『香川大学教育研究』第9号、89 - 103 頁。 日本私立学校振興・共済事業団広報(2012)「平成二十四年度私立大学・短期大学等入学志願動向」『月 報私学』vol.177、6-7頁。 島田博司(2001)『大学授業の生態誌-「要領よく」生きようとする学生-』玉川大学出版部。 中国・四国地区大学教育研究会編(2012)「承合事項1「倫理観」「市民としての社会的責任感」育 成の取り組みの現状について」『第 60 回中国・四国地区大学教育研究会プログラム』27 - 33 頁。