• 検索結果がありません。

ディベート力のある援助論とは?

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "ディベート力のある援助論とは?"

Copied!
6
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)ディベート力のある 援助論とは? 平野克己. 1.ODA 事業仕分け. 政策科学として屹立した論理をすべての ODA 事 業にもたせなければならない。その論理があって. 先般の事業仕分けで外務省と財務省双方の. はじめて援助論は議論に勝てるディベート力を獲. ODA 予算がバッサリ切りこまれていた様子は,. 得できるはずである。つまりは“ODA を科学す. ご覧になった読者も多いだろう。. る”という姿勢が求められるのだが,本稿では,. ODA の予算はすでに 10 年以上にわたって毎年 削減されている。いったい日本の ODA はどうな. そのために必要と思われるいくつかの視点を提供 したい。. るのだろうか。国際社会の要請とその責務に対し て日本はどう応えていくのだろう。日本政府は開 発途上国に対する外交をどのように展開していく. 2.ODA は政策か?. つもりなのか。 「いいことをしている」 「現地で役. ODA 事業のなかには,別個の政策フレームに. に立っている」というだけでは,仕分けや行政刷. 属するさまざまな種類の事業が含まれている。さ. 新会議の場ではもう通用しない。. まざまな政策分野を含むということは,援助政策. 事業仕分けという衆人環視の場で明らかになっ. は独自の政策分野としては成立していないという. たのは ODA 政策のディベート力のなさであった。. ことでもある。正確にいえば,ODA とは政策の. なにを政策目的とし,いかなる論理で政策手段を. 名称ではなく予算の名称なのである。. 選択して,その費用対効果をどう計算するか。こ. この予算のなかには国家予算を構成しているの. ういった観点から目的と手段の関係を明快に示さ. と同じくらいの多様性がある。したがって,. なくては,ODA 予算を維持することも,まして. ODA の科学化は事業単位でなされなければなら. や増やすことなどできないだろう。そのためには. ない。開発援助や援助一般の範疇に同居している. 52.

(2) ディベート力のある援助論とは?. 異種の事業を一括りにして同一の基準で測ること は危険である。医療関係は医学の基準,教育関係 は文教政策の基準,社会政策は社会政策基準,経. 図1 日本の ODA の地域配分(ネット・ディスバー ス,2007 年固定価格) (10億ドル) 5. 済政策は経済効率の基準で事業を構成し,効果を 測定しなくてはならない。 それぞれの分野には蓄積された政策論が存在す. 4. る。理想としては,各政策分野で組まれた事業が 対象国のなかの合致する政策機関に編入され,対. 3. 象国内の効果測定にのることが望ましい。政策論 として ODA を考えるならば, 「開発におけるオー. 2. ナーシップ尊重」とはこういうことになる。 1. 3.構造変化した日本のODA 日本の ODA の構造は近年急速に変化している。 ゆえに,旧来の議論では説明できなくなっている ということを確認しておきたい。 図1は日本の ODA の地域配分で,2007 年価格 に換算した実質値で示してある。かつてはインド. 0 1960 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 (年) 東アジア. サブサハラ・アフリカ. 中東. (出所)OECD 開発援助委員会(DAC)のデータから筆 者作成。. ネシア,韓国,インド,フィリピン,タイ,中国 といった東アジア地域 † 1に集中していた日本の. を及ぼしうるアジア」に重点をおくとある。旧大. ODA は,1997 年アジア通貨危機への救済措置で. 綱も東アジア重視を明記していた。ODA 予算で. 一時期もち直しはしたものの 2000 年以降急速に. 運営されているアジア経済研究所も「東アジア域. 減っている。対東アジア援助額は 2005 年に対中. 内の経済発展に向けた調査・研究に重点を置く」. 東援助に,2006 年には対サブサハラ・アフリカ援. (日本貿易振興機構第二期中期計画)としている。し. 助に抜かれ,2008 年にはついにマイナスになっ. かしながら,国際的にカウントされる純額でみる. た。ちなみに,急増した対中東援助のほぼ全額は. かぎり,日本は東アジアには援助していないこと. イラク向けである。. になっている。. 2003 年に改訂された ODA 大綱には「日本と緊. ただし,日本の ODA についてみるときはほか. 密な関係を有し,日本の安全と繁栄に大きな影響. のドナー国と違って注意がいる。それは,グロ ス・ディスバース額とネット・ディスバース額と の開きが大きいという点である。粗支出であるグ. † 1 出典である OECD 開発援助委員会の統計はアジ ア地域を東アジア,南アジア,中央アジアの3つ に分類しており,従来東南アジアとして括られて いた国々は東アジアに含まれている。. ロス・ディスバースが ODA 純額としてどれだけ カウントされているかの比率をみると,アメリカ が 96 %,イギリス 94 %,フランスとドイツが. アフリカレポート No.50 201 0年. 53.

(3) 82 %であるのに対し,日本は 46 %にすぎない。. の貸出額は世界銀行(以下,世銀)の有償援助に匹. 日本は ODA 総支出の半分以下しか援助実績とし. 敵する規模であり,ODA の世界において開発金融. てカウントされていないのだ。カウントされない. を提供しているのは日本と世銀だけだとさえいえ. 部分の多くはアジア諸国向けである。. る。グロス・ディスバースでみれば,首位のイラ. 図2は形態別にみた日本の ODA である。かつ. クに続くのはインドネシア,インド,中国,バング. て日本の援助は,国内においてすら,有償援助. ラデシュ,ベトナム,フィリピンであって,地域別. (円借款)が主体で無償援助が少ないと批判される. では現在でも東アジアのシェアが圧倒的だ。ただ,. ことが多かった。しかし 1991 年を最後に円借款. 貸し出す以上の額が返済されているのである。. の伸びはとまり,他方その返済が急増して,現在 では純額でマイナスになっている。いまや日本の. ODA 実績は無償援助だけが頼りであって,円借 款はその足をひっぱっているというかたちなので. 4.構造変化に即応した議論を 円借款の貸出額を凌ぐようになった日本の無償 援助は,図2に示したように現在では債務削減を. ある。 粗支出額では日本はいまだにアメリカに次ぐ第. 最大のコンポーネントにしている。日本の ODA. 2位の援助国であり,ヨーロッパ諸国を大きくひ. の最大受取り国になったイラクに対する援助もほ. きはなしている。伸びがとまったとはいえ円借款. とんどは債務削減であり,アフリカに対する援助 増分も多くはナイジェリア,タンザニア,DRC. 図2 日本の ODA(形態別,2007 年固定価格). (コンゴ民主共和国)などへの債務削減であった。. つまり,過去の円借款が日本の ODA の地域配分. (10億ドル) 10. を大きく変化させたのである。すなわち債務返済 国が配分を減らし,返済できずに救済された国が. 8. 配分を増やしたということだ。今世紀に入ってか ら日本の ODA はこのように構造変化したが,こ. 6. の変化において債務削減がもたらした影響はたい へん大きい。. 4. 2000 年前後に開発途上国債務の帳消しが論じ られていたとき,日本政府はそれに反対していた。. 2. 有償援助を提供するほぼ唯一のドナー国である日 本としては当然の抵抗であった。債務処理を施し. 0. た国には円借款を出せなくなる。債務負担を除去 -2 1960 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 (年) 有償援助(ネット) 有償援助(グロス) 無償援助. (出所)図1に同じ。. 54. 債務削除. したところに再び債務を積むのは政策として矛盾 するからだ。 そもそも開発のためには有償援助のほうが適し ているのであり,返済義務があることによって経 済成長効果の高いプロジェクトが選好されるとい.

(4) ディベート力のある援助論とは?. うのが日本の開発哲学だった。だが,経済成長に. ようになったのはアジア諸国から大量の債務返済. 失敗したアフリカ諸国では,過重な債務は財政余. があるからである。このことは日本の援助が成功. 力を失わせ,政策の展望がもてなくなる。. した証しでもある。1960 年代から 1990 年までの. しかし資源ブーム以降のアフリカ諸国には民間. 30 年の歴史を経て円借款は,新たな資金投入を. 投資が入り始めた。公的債務を救済することで外. しなくても返済金でまわしていけるリボルディン. 貨ポジションが改善されれば,企業は国外との取. グ・ファンドになったともいえる。これは日本の. 引がやりやすくなり,経済成長を促進することが. 貴重な資産である。開発の原点が経済成長にある. できるだろう。債務削減に大きく舵をきった日本. かぎり開発金融の重要性はけっして減じることは. 政府は,開発論や援助論として債務救済の意義と. ない。金融機能を用いなければ多額の開発資金は. 効果を説明する必要があるはずである。なにせ債. 調達できないし,低所得国にとって譲許性のある. 務削減は無償援助総額の4割ほどを占め,技術協. 開発金融はきわめて有効な開発手段である。. 力を上回る規模になっているのだ。. そう遠くない将来東アジア諸国は ODA を必要. 債務削減の拡大によって急増した日本の無償援. としなくなるだろう。21 世紀の援助政策を考え. 助は,いまでは英独仏に匹敵する大きさになった。. るとき,円借款がもっているアジアの優良な債権. アメリカは 200 億ドルを超える無償援助を出して. を,どこに,どのように活用すればよいかは重要. いるので別格だが,そのほかのドナー国に比べて. な政策課題である。その意味で,2007 年からア. 日本がとくに見劣りするというわけではない。日. フリカ開発銀行に円借款が提供され始めたことの. 本の ODA 総額が欧州ドナーにとどかないのは多. 意義は大きい。アフリカ開発銀行をカウンターパ. 国間援助が少ないからである。. ートとしてアフリカにおけるインフラ建設や民間. 日本は,国連機関に対しても世銀に対してもア メリカに負けない金額を提供しているのだが,欧. 企業支援のため円借款を投入できるチャンネルが 開かれたのである。. 州諸国には EU への多額の拠出がある。EU はい. 高成長を続ける中国の資源需要が爆発的に増大. まや英独仏を凌ぐ巨大なドナーであり,140 億ド. していることから,日本は,従来中国から調達し. ルもの無償援助を提供している。その最大の供与. ていた鉱物資源の代替供給地を早急に見つけ出さ. 先はサブサハラ・アフリカだ。事業仕分けの場で. なくてはならなくなっている。日本の官民がアフ. は財務省が管掌する国際機関への拠出金の戦略性. リカに注目しているのはそれゆえであり,つまり. が問われていたが,欧州諸国にとっての EU のよ. アフリカに日本の国益が発生しているのである。. うな地域機構をもたない日本は,世銀やアジア開. 国益をかけた対アフリカ援助が構想されなければ. 発銀行との関係を良好に維持し連携することの意. ならない。その原資に円借款返済金が使えれば,. 義を堂々と主張できるように,援助戦術として固. 新たな資金を投入せずに ODA 純額を増やすこと. めておかなくてはなるまい。. ができる。 一方,資源調達を狙う中国のアフリカ攻勢はい. 5.円借款の再生 先述したように,日本の ODA 総額が停滞する. っそう加速している。日中ともに,求める資源の 種類は異なるもののアフリカを必要とするように なったということだ。東アジア経済圏全体として. アフリカレポート No.50 201 0年. 55.

(5) アフリカとの安定した関係が望まれているのであ. るものである。十分な拠出をしないからといって. る。. ドナー国政府を罰することはできない。. ODA 大綱が想定していたような「東アジアの ために東アジア諸国を援助する」という時代から, 「東アジアのためにアフリカを援助する」という 時代がやってこようとしている。. たまたま目についた貧困集団に政策資源を投入 すれば,政策として公平性を欠くことになる。災 害援助や緊急援助ならば援助が発動される時点で 支援対象が決まっているが,貧困対策の場合は政 策対象のターゲティングが簡単ではない。. 6.援助と社会政策の関係. そもそも純粋な貧困対策として ODA は定立で きるのだろうか。貧困対策として一般に使われる. 援助に関して国益に触れると「援助は貧困層の. 政策手段は社会扶助である。社会扶助を含めて社. ため(だけ)に使うべきだ」という反論を受ける。. 会政策は「同一条件同一給付」の原則を満たして. 他国民の救済に政策目的を限定するこの手の主張. いなければならない。同じ不遇にあるものが同額. は,基本的には緊急援助や災害援助と同じ論理だ. の手当や支援を受けられるのでなければ,それは. から,そのために納税者がどれほどの支出を許容. 制度としては成立しない。支給対象を任意に決め. するかが鍵になる。したがって,この主張は行政. れば政策ではなく慈善である。. 府に対してではなく,立法府か国民全般に向かっ てなされるべきものである。 さらにこの主張には重大な欠陥がある。政策は,. しかし低所得国は社会政策そのものをもってい ない場合が多く,対象国側に政策基準が存在しな いことがほとんどである。ODA によるこれらの. その目的と手段とのあいだに均衡がとれていなけ. 事業も対象国全体を網羅するわけではもちろんな. ればならない。動員できる手段の範囲を超えて,. く,同じ条件下にある人々に遍く同じサービスを. 過大な目標を設定してはいけないのである。. 提供することはできないから,厳密には社会政策. 「ODA は開発途上国の貧困削減を目標とすべき だ」という意見は,そのために動員できる手段に 対する配慮を欠く場合が多い。. とよぶことはできないのである。 開発政策とは,経済力が不足しているため所得 再分配と社会政策では国内の貧困問題に対処でき. 人類全体で 10 億人を超える絶対的貧困層が存. ない国が,経済成長を通じて貧困を軽減しようと. 在し,サブサハラ・アフリカだけでも3億人がい. する政策のことをいう。したがって開発政策は経. る。この膨大な貧困人口を対象にして貧困対策が. 済政策の一種であり,単に生産拡大をめざすので. 組めるだけの人員と予算は,少なくとも ODA に. はなく,貧困削減を政策目的に加えられた経済成. はない。たとえば,絶対的貧困層を対象に社会扶. 長政策なのである。貧困問題に対して所得再分配. 助を行うとして,1日1ドル以下の所得を2ドル. 政策で対処できるようになった段階で,その国は. まで引き上げるとすれば,10 億人の貧困層に対. 開発途上国から卒業したことになる。. して年間 3700 億ドルの予算を最低限用意しなけ. 開発途上国とはなにかという定義を含め,開発. ればならない。国内政策であれば不足分を増税す. 問題の基本はここにある。開発援助を政策論とし. るか国債の発行で補うことになるが,ODA 予算. て論じる場合は,このような社会政策との原理的. はドナー各国による裁量拠出の積上げとして決ま. 関係を頭に入れておかなくてはならない。. 56.

(6) ディベート力のある援助論とは?. 社会政策的援助に関するもう一つの問題は,政. といいたいのである。. 策論の観点からみると本来その財源は国内税収で. ODA で実施する各事業には,意味のある明確. あるべきだという点である。社会政策を策定する. な目的をもたせなければならない。開発促進のた. 際の基準となるナショナル・ミニマムは,同一通. めの事業なら国の経済成長率を引き上げる効果が. 貨を使用して,同一の物価水準と生活コストを共. なければならないし,貧困削減が目的なら所得創. 有する集団においてしか設定できない。また,自. 造や厚生水準向上の効果がなければならない。教. 分が貧困状況に陥った場合にも同様の支給が受け. 育支援事業なら就学率や学習効果の向上にむすび. られるという認識が納税者のあいだで共有される. つかなくては意味がない。また,受益者がだれで. ことが,その政策にどれだけのコストをかけるべ. あるかも明示しなければならず,もしそれが特定. きかに関する議論を合理的なものにする。無償援. の集団であるなら,どうしてその集団が選択され. 助のように負担が発生しない社会政策は,持続的. たのかを論理的に説明できなくてはならない。目. な基準を設定できないという危険性をはらんでい. 的と政策対象を明確に定め,最善の手段を選択し,. るのだ。. その手段にどれだけの費用を要して,どれだけの. 開発政策と違い社会政策は所得移転によって行. 効果が期待できるかを明示した事業設計が行われ. われるものであるから,公平性を担保しないかぎ. なければならないのである。近年欧米の学界で盛. り政策とはよべない。したがって社会政策は,潜. んに行われている援助実験やランダマイズ・エバ. 在的受給者である国民の納税で行うのが基本にな. リュエーションは,一つ一つの援助介入の手法が. るのである。. どれほどの効果をもっているのかを計測しようと するものだ。日本はこの点でかなり遅れている。. 7.援助の目的と効果. 援助は,日本政府の権限が及ばない,しかも行. 援助はいったいなんのために行うのか。ODA. 政効率に劣る開発途上国で遂行される事業であ. 事業の各々の事業目的はなにか。これを明確に述. る。国内政策に比べればそれだけ時間もコストも. べることができるかどうかは,説得力のあるディ. 余計にかかる。事業の設計段階では不明な点も多. ベートの出発点だ。. い。ODA が宿命的にもつこの事情については納. 中国の例をみてみよう。中国の援助に関しては. 税者に納得してもらわなければならない。. よく「大統領官邸やスタジアムの建設は開発の役. だが,それだからこそ詳細な事業設計が求めら. に立っていない」と批判されるが,中国もそのこ. れるのである。それは,企業が開発途上国に対す. とを承知している。これらの援助は対象国と友好. る投資案件をつめていく作業とまったく変わらな. 関係を構築するという外交益のために行われてい. い。違いは,ODA が公金である以上政策科学に. る。モニュメントを建設した国には中国企業が進. 基づいた論理の裏付けがいるということである。. 出していくから,総体として国益に適っているわ. その裏付けをえてはじめて援助論はディベート力. けで,外交政策として成立している。中国に倣え. を獲得できるだろう。. といっているのではない。個別の事業にすべて開. (ひらの・かつみ/地域研究センター). 発効果を求めても議論がかみあわなくなるだけだ. アフリカレポート No.50 201 0年. 57.

(7)

参照

関連したドキュメント

強者と弱者として階級化されるジェンダーと民族問題について論じた。明治20年代の日本はアジア

   遠くに住んでいる、家に入られることに抵抗感があるなどの 療養中の子どもへの直接支援の難しさを、 IT という手段を使えば

賠償請求が認められている︒ 強姦罪の改正をめぐる状況について顕著な変化はない︒

  支払の完了していない株式についての配当はその買手にとって非課税とされるべ きである。

 今日のセミナーは、人生の最終ステージまで芸術の力 でイキイキと生き抜くことができる社会をどのようにつ

大村 その場合に、なぜ成り立たなくなったのか ということ、つまりあの図式でいうと基本的には S1 という 場

神はこのように隠れておられるので、神は隠 れていると言わない宗教はどれも正しくな

自分ではおかしいと思って も、「自分の体は汚れてい るのではないか」「ひどい ことを周りの人にしたので