DOI: http://dx.doi.org/10.14947/psychono.33.19 102 基礎心理学研究 第33巻 第1号
板倉昭二・北崎充晃 編著
ロボットを通して探る子どもの心
ディベロップメンタル・サイバネティクスの挑戦
ミネルヴァ書房
折しもソフトバンクがロボット事業を開始し,高性能 ヒト型ロボットを19万8千円で売り出すと発表した。こ のロボットは自律的に行動し,人間の感情を認識し,人 間の気持ちに寄り添った会話をするそうである。デモを 見る限り,一昔前ならば1,000万円はしたのではないか と思われる。20万円以下という価格は,ヒト型ロボッ トが家庭に入ってくる日が,すぐそこまで来ていること を実感させられる。少子高齢化・小家族化で,人手が一 番不足しているのは,家の中かも知れない。家の中で もっとも人手が必要なのは介護と育児である。育児をロ ボットに任せる?と顔をしかめる人もいるかも知れな い。しかし,朝の忙しい時間や夕食の支度をする間,3 歳の子供の相手ができないとき,テレビを見せるか,ヒ ト型ロボットと遊ばせるか,となれば,どうであろうか (コストの問題は考えないことにする)? 後者を選択す る親は少なくないと思う。そのような状況で,子供の目 にヒト型ロボットはどう映るのか,子供の発達にどのよ うな影響を与える可能性があるのか,考える糸口を本書 は与えてくれる。本書は,ディベロップメンタル・サイ バネティクスという新しい学問領域を提案している。こ れはまさに,子供とヒト型ロボットの関係性について研 究することを目指している。 本書を読むと,ディベロップメンタル・サイバネティ クスには,2つの期待が寄せられていることが解る。ひ とつは,実験心理学と発達心理学の融合領域における新 展開である。実験心理学で使う画像や音声は,研究の対 象となる要素以外に,余分なものは極力排除され,実験 条件によって要素を足したり,取り除いたりできるよう になっている。しかし,子供が周囲の人間とどうやって コミュニケーションするかを研究対象にする場合,実験 場面において,子供の相手をするのは,コミュニケー ション可能なヒト(実験者)である必要がある。だがヒ トの場合,そのときの気分や体調により,表情や行動に 変化が生じてしまい,毎回厳密に同じ条件を再現するこ とは難しい。まして,実験条件によって,ヒトを構成す る要素を足したり,取り除いたりすることは不可能に近 い。そこで,ヒトに近いヒト型ロボットに実験者をさせ るのが,ディベロップメンタル・サイバネティクスのア イデアである。ヒト型ロボットは,発達心理学の新たな 道具であり,これによって,実験条件の厳密な再現や, ヒトの構成要素を操作するような実験が可能になる。こ の発達心理学におけるパラダイム・シフトは,コミュニ ケーション研究に新たな知見をもたらすことが期待でき る。 もうひとつの期待は,冒頭に述べたように,ヒト型ロ ボットが家庭や社会に普及したときに,子供がどのよう な反応を示すのか,どのようにコミュニケーションする のかを予測し,子供と自然にコミュニケーションできる ヒト型ロボットのグランドデザインを作ることである。 これらは,家庭や社会で実用されるロボットの開発に役 立つが,それ以上に,ロボットが子供の体と心の成長に 与える影響を検討することにも役立つ。テレビやイン ターネットには,子供にとって良い影響と好ましくない 影響があるように,ロボットにも両面があることは容易 に想像できる。しかし,それを客観的・具体的に予測す る研究は,まだ皆無なのではないだろうか。ロボットが 家庭に普及する前に,早急に取り組むべき課題と思われ る。また,そのような研究は,親・兄弟姉妹・友達との コミュニケーションを調べる場合とは違った角度から, 子供自身の発達過程や,大人が子供とコミュニケーショ ンする際に重要なことを再発見する機会を与えてくれる に違いない。 本書の内容を順に紹介する。第I部「身体の理論」で は,コミュニケーションの第一歩となる身体知覚の発達 について,最新の研究成果が紹介されている。乳児に とっても,身体は特別な意味を持ち,身体の構造や運動 に関する潜在的な知識まで持ち合わせていることに驚 く。身体知覚が,社会性やコミュニケーションに繋がる 過程も,わかりやすく解説している。このような研究の 文脈で,ヒト型ロボットやコンピュータ・グラフィック スがどのように活かされ,新しい知見が生まれるのか, 実例とともに紹介されている。The Japanese Journal of Psychonomic Science
2014, Vol. 33, No. 1, 102–103
書 評
103 今水: 板倉昭二・北崎充晃編著 ロボットを通して探る子どもの心 第II部「心の理論」では,コミュニケーションにとっ て本質的な「他者の心を推し量る」機能の発達について, 執筆者らの幅広い知識に基づき,重要な研究が効率良く 網羅されている。「心の理論」の発達に関する入門書と して,適切な内容になっていると思われる。最後には, 心の理論研究の歴史の中で,ディベロップメンタル・サ イバネティクスの萌芽的な研究と,最新の研究が位置づ けられている。子供の視点に立つと,生物と無生物の境 界にいる「ロボット」の姿が明確に現れて来る。これは, 本書の最終章でのロボットの哲学的な考察へと結びつ く。 第 III部「コミュニケーションの理論」では,広い範 囲での子供とロボットのコミュニケーションについて解 説している。初めの章では,子供が他者の行動を観察す ると,その場にふさわしくない行動でも真似てしまう 「社会的感染」という現象が紹介されている。ヒト型ロ ボットの行動は子供に感染しないが,外見がヒトに近い アンドロイドならば,ある程度の感染が生じる。しか し,意外なことに,四角や丸といった,ヒトの姿とはか け離れた幾何学図形の振る舞いをアニメーションで見せ ると,アンドロイド以上に社会的感染がおきる。この謎 解きは,本書を読んでいただくとして,子供の社会行動 の複雑さを物語っている。続く2つの章では,ヒト型ロ ボットと子供のコミュニケーション実験が多数紹介され ている。特に,ヒト型コミュニケーションロボット・ロ ボビーを小学校に持ち込み,2週間または2 ヶ月の長期 観察を行った記録は,学童期の集団社会行動のダイナミ クスを,子供の視線から知ることができる貴重な資料で あると考えられる。最初の試みでは,ロボビーがワンパ ターンな反応しかできなかったため,次第に子供たちに 飽きられてしまった。休み時間にひとり教室に取り残さ れて呆然と立ち尽くすロボビーの写真には,尋常ではな い哀愁を感じる。次の試みで,それがどのように変わっ たかは,ここでは明かさないでおこう。人との関係を長 続きさせるコツは,こんなところにあるのかと得心し た。最終章では,子供の目に映る「無生物ではあるが, 心を持つロボット」の存在を通して,心を感じ取るメカ ニズムへの哲学的な考察へと発展する。 本書を改めて読み返すと,コミュニケーションの発達 心理学における良質な入門書でもあることに気がつく。 発達心理学の最先端で活躍する執筆者らの熱意を間近に 感じ取ることができる。ディベロップメンタル・サイバ ネティクスは,唐突に現れた概念ではなく,発達心理学 の歴史と最先端技術に支えられた学問であることが理解 できる。本書はヒトの社会性やコミュニケーションの本 質を一から問い直す契機を与えてくれるであろう。 (ATR認知機構研究所 今水 寛)