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やる気を引きだす生活支援

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Academic year: 2021

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序  文  (認知)行動療法(以下,行動療法)は 1950 年代から行動科 学の臨床応用として発展してきた心理療法である。精神疾患を はじめ多くの疾病の予防,治療からリハビリテーションにまで 応用され,本邦でも特に最近 10 年ほどで一般医学への周知が 急速に進んできた。行動療法が注目される理由としては,①認 知や感情も含む人の広範な精神活動が行動変容の対象となる, ②主要な健康問題の多くで本人の行動が鍵を握っている,③複 数の理論と多数の技法を有し柔軟に問題解決にあたることがで きる,④方法の標準化により初学者や自己学習でも対応可能で ある,点が挙げられよう。そして,本法における多くの理念や 特徴は,理学療法・リハビリテーションと共通していると考え る。つまり,両者とも①ふつうの暮らし(生活)ができること をめざす,②現在できそうなことに注目する,③本人が少し ずつ訓練(実体験)によって学習する(スモールステップ), ④本人の状況にあった方法を,多くの中から柔軟に選択する, などである。さらに根底には「どんな脳でも学習する」と肯定 的に考える基本姿勢がある。  筆者は,精神医学研修課程で行動療法に出会い,肥満からは じめて生活習慣病予防や睡眠・飲酒,育児支援(親訓練)など への行動療法適用を研究テーマとしてきた。  一方で,精神科・心療内科における臨床体験から,行動療法 の魅力は実践にこそあって,それは対人サービスに普遍的な基 本スキルと考えている。もちろん自分自身のセルフコントロー ルにも有用である。  そこで本稿では,行動療法における行動の捉え方と問題解決 の方法を概観し,行動療法を理学療法に応用する場合にはどの ような点が重要になるか,筆者の臨床体験をふまえできるだけ 具体的に考察することにする。なお本稿では行動療法を認知行 動療法と同義に用いる。 行動療法の基本 1.行動療法における「行動」(図 1)  行動という日本語でイメージするのは,多くは話したり,動 いたりする目に見えるふるまいかたである。しかし行動療法の 「行動」にはこれらの目に見える活動だけでなく,感情(不安, 怒り,憂鬱など)や,認知(ものごとの捉え方や思考パターン など)も含まれている。心理学用語では,行動とは内的・外的 刺激に対する反応を意味する。ここから行動科学(Behavior science)が出発しているが,同時にこの点が行動科学を難解 に思わせる最初の関門のようでもある。「Behavior」は辞書に よると「ふるまい,態度,言動,品行,性格やしつけなどが現 れる行状」とある。導入当時,日本にはこのような概念がな かったので,「行動」という訳語が用いられた。このように, 行動科学は様々な精神活動を「行動」とみなして測定・評価す ることからはじまった。通常は「こころ」に属する目に見えな い感情や思考も,なんらかの尺度を用いることによって,評 価・測定することが可能となる。そして,目に見える行為と, これらの感情と思考(認知)は,それぞれが相互に影響しあっ ている刺激と反応の相互関係にある。たとえばうつ病の患者さ んは自責感や将来への悲観,職場の環境の悪さをしばしば訴え るが,病状が回復してくると(気分が明るくなると),自己評 価が高まり同僚や家族への評価もよい方に変わることが多い。 そのときの考えや気持ちはけっして嘘ではないが,気持ちが変 われば考えや行為も,あるいは考えが変われば気持ちや行為 も,行為が変われば気持ちも考えも,変わりうるのである。こ のように刺激と反応の枠組みで「行動」を理解することが行動 科学のもうひとつの大きな原則である。  行動療法では血圧や発汗などの身体反応も対象行動になる。

やる気を引きだす生活支援

足 達 淑 子

**

シンポジウムⅡ

Lifestyle Therapy for Behavior Modifi cation **

あだち健康行動学研究所

(〒 818‒0188 福岡県太宰府市石坂 3‒29‒11) Yoshiko Adachi, MD: Institute of Behavioral Health キーワード:行動療法,治療者―患者関係,ライフスタイル

図 1 行動の捉え方 文献 1)より改変

行動には感情や思考(認知)も含む. 眼に見える活動(行為)と感情,思考は相 互に影響しあう刺激反応の関係にある.

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したがって本稿のタイトルの「やる気」も,行動療法において は,様々な刺激,(内的・外的)要因と相互関係にある一種の 行動ということになる。 2.問題解決のための 4 プロセス(表 1,図 2)  行動療法の目的は本人のセルフコントロールであり,行動変 容の内容は「望ましい行動を増やす」「望ましくない(不適応) 行動を減らす」「新しい行動を形成する(行動形成)」の 3 点に 集約することができる。そして行動療法では,次の 4 段階を経 て問題解決をめざすことになる。 1)問題行動の特定  第一段階の問題行動の特定とは,対象とする「行動」を具体 的に取り上げて記述することで,対象者が生活上で「どうある のが望ましいか」を明確にすることに通じる。どのような行動 が増えて,どのような行動が減ったらよいか,あるいはどんな 行動を新しく獲得しないといけないか,などを具体的な生活行 動(思考や感情も含めて)として記述する。この「対象とす る行動」の記述があいまいで抽象的なレベルに留まっている と,次の段階に進めない。一例を挙げると本タイトルの「やる 気」や意欲は抽象的な表現であり,このままでは行動療法でい う具体的な「行動」にはならない。「やる気」を行動として捉 えるためには,具体的に表現できる活動(行為)に置き換える 必要がある。たとえば,訓練(理学療法)への参加を「自分か ら進んで(3 点)」「スタッフが促せばすぐに(2 点)」「促すと しぶしぶ(1 点)」「参加しない(0 点)」などとなるかもしれな い。これらは刺激状況で変化する指標であり,最初は「しぶし ぶ(1 点)」でも,一旦開始すると点数が上がる場合もあるだ ろう。人の行動や感情はそのときどきの刺激によって変化する ことが前提となる。他にもリハビリ中の会話や表情を点数化す るなど,様々な精神活動を対象行動とすることが可能である。 2)行動分析(図 3)  行動の特定に続く第 2 段階は行動分析である。これは,特定 の行動が,どのような刺激と関係しているか,すなわちその行 動がいつ(どのような状況で)どのように生じて,どのような 結果になったかをあきらかにすることである。この行動分析 は,行動と関係している先行刺激と随伴刺激(結果)をあきら かにするといい換えることもできる。行動分析は本人からの聞 き取りによる場合も,他者からの観察による場合もある。後者 は言語表現に頼れない場合(小児,障害者や認知症者など)に 重要な手段となる。観察による行動分析を前述の「訓練の参加」 で行うとすると,たとえば次のようなことが考えられる。まず, 積極的な心理介入を行う前の一定の観察期間の中で,どんなと きに点数が高く,どんなときに点数が低いかを観察する。する と朝より午後が積極的,家族の面会の翌日が高い,スタッフに よって異なるらしい,などが見えてくるかもしれない。だとす ると,そこから,朝は気分が悪い,眠い,体が硬い,家族の面 会や,A さんという理学療法士が励ましの強化刺激(ごほうび) かもしれない,などがいろいろ考えられるだろう。これが行動 分析から生まれた仮説となる。介入の前の観察をベースライン の評価という。行動分析を省いた介入は「へたな鉄砲も数撃て ばあたる」に近いので,最初ほどていねいに問題行動の特定と 分析を行う価値がある。  強化刺激については,次の「行動療法をリハビリにどう活か すか」で詳述する。 3)技法の適用(表 2,図 4)  行動分析の次の段階は,上記の仮説から効果がありそうな方 法を実際に試すこと,技法の選択と適用である。リハビリテー ションも同様だと思うが,行動療法では治療上の具体的提案を 患者さんが実践し,必要なスキルを体得していくことで治療が 図 2 問題解決のプロセス 表 1 Behavior Modifi cation の内容

(行動変容 行動修正 習慣改善) 目的はセルフコントロール      望ましい行動を増やす      望ましくない行動を減らす      新しい行動を形成する 前提となる考え   ・行動(習慣)は体験(学習)によってつくられる   ・行動(行為,考え,感情)は刺激に影響される   ・ その原理を使って,行動を変えることができる細 かな行動の単位の個々に働きかける 図 3 行動のモデル(ABC モデル) 文献 1)より改変 これは行動を先行刺激と結果刺激との相関とみなすシンプ ルなモデルである.よい結果は行動を増やし,悪い結果は 行動を減らす刺激となる.行動分析では,特定した行動の これらの刺激との関係をあきらかにしようとする.

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進む。そしてどんなに効果が期待できそうな提案も,本人が実 践しなければ意味がない。したがって実践に至るためには,対 象者がその課題を理解しているか,どのように受け止めている のか,課題を行う能力はあるのか,など本人の条件を細かく評 価し,できるだけ成功しやすそうな提案をする必要が生じる。 これは,生活期リハビリテーションにおいて特に重要となる点 であろう。入院中はスタッフの促しで問題なく行っていたリハ ビリも,自宅に戻ると消極的になる人は少なくない。それは, 専門施設と自宅では刺激環境がまったく異なるからであって, 自宅での生活リハビリは入院中の回復期リハビリとはまったく 別物と考える方がよい。家族のサポート能力や対象者との関係 も含め,継続してできそうなこと,実行したら効果が期待でき ることを明確にする作業が必要だろう。たとえば,介護者が患 者のリハビリ行動を強化するように「望ましい行動を評価す る・ほめる」よう助言するとする。介護者がその行動を適切に 対処できるためには,介護者が興味をもちながら対象者の行動 を冷静に観察しなければならないし,それが必要な理由も理解 して納得している必要がある。つまり入院中のスタッフの役割 を家族に受けもってもらうように教育することである。これは 子どもの問題行動に対して親を治療者にしようとするペアレン トトレーニング(親訓練)と同じ考え方である。表 2 は,一般 的な生活習慣改善における行動技法を一覧したものであるが, 技法自体は共通している。 4)結果の評価と効果の維持(図 5)  最後のプロセスは,結果を評価し次の課題につなげることで ある。第 3 段階として行った治療上の提案がどんな結果を招い たかを冷静に検討しなければならない。その際,(セルフ)モ ニタリングなどの客観指標が得られると,より正確な評価が可 能となる。もし生活期リハビリで歩行練習が課題である場合な ら,1 週間に行った回数,あるいは合計時間などが,指標にな るだろう。目的とする歩行機能の評価はもちろん重要である が,機能改善をもたらす具体的行動( 1)で特定した行動)の 評価が不可欠である。もし期待どおりの結果が得られれば,効 果が維持できるようにさらに必要な条件を整えることになる。 図 4 行動変化に至る理プロセス 文献 1)より改変 行動変化に至るとき,働きかけにより対象者には注目からは じまる心理行動が連鎖として生じる. それは本人の認知的要素と関係しているので,個別に配慮す る必要がある. 図 5 結果の評価と効果の維持 表 2 行動技法(睡眠の例) ・目標設定     実行する行動(日中の活動,夜の過ごし方など)を具体的に特定する. ・シェイピング(行動形成)     新しい行動を段階的に学ばせる.モデルを見せ,実行させ,繰り返す. ・セルフモニタリング    自分の行動を観察・記録し評価する.目標行動の記録,睡眠日誌など. ・オペラント強化    望ましい行動に注目・賞賛など.技法というよりも重要な行動原理. ・トークンエコノミー法    望ましい行動の得点化などで強化する.後でご褒美にかえる. ・刺激統制法    行動が起きやすくなるような環境整備.寝室で睡眠以外の活動をしないなど. ・認知再構成法    眠れないと大変→不眠の翌日は眠れるなど,考え方を修正する. ・ストレス対処法・リラクゼーション    深呼吸,ストレッチ,小休息,夜の悩みの棚上げなど.

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期待した結果が得られない場合は,行動分析の仮説あるいは技 法適用で行った仮説のどこかが実際と異なったことになる。期 待が裏切られたときに「対象者にやる気がない」と決めつけず, 「自分の提案に無理があった」と反省し,「どうしたら,できる ようになるのか」と考え直す。少なくとも試みようとしたのか, なにもしなかったのかを調べ,行動変化に至る鎖のどこに問題 があるのかを再度検討する。このように,あくまでも論理的に 「できることが必ずある」という前提で思考し,粘り強く仮説 の検証作業を繰り返していく。これが行動療法の真骨頂で,科 学的心理療法といわれるゆえんである。 理学療法に行動療法をどう活かすか  前述したが,行動療法の魅力は実践にこそある。どんな理論 と方法も目の前の患者で使えなくては,そして,それが有用で なくては意味がない。理学療法士が,行動療法を習得して使い こなせるようになるためには,理論を学ぶとともに,上手な人 のやり方をまねて実践しながら練習を積む必要もあるだろう。 だが「しっかり勉強してから取り組もう」と理論書で知識学習 を重ねることは迷路に入りこむ危険がある。それよりは「でき そうなところから」「興味をもったことから」とりかかってみ ることを勧める。前項で解説したシンプルな原理を意識しなが ら自分の言動を少し変えてみると,おそらく,これまでとは 違った手ごたえを感じるはずである。この最初の体験を大切 に,歩きながら考えていくことが行動療法を使いこなす近道だ と思う。これは,スポーツや楽器の演奏と同じように実地訓練 が必要な職業スキルだからである。プロ選手の試合をみても解 説書を読んでも,あるいは CD を聞いても楽譜を詳細に研究し てもプレイできるようにならないのと一緒である。  この章では,前項で述べた行動療法の基本理念や問題解決法 を理学療法に応用するとどのような点が重要になるのかを考察 する。それは精神科・心療内科の臨床で筆者がこころがけてい る点のうち,理学療法にも共通すると思われる留意点でもあ る。なお以下では対象者を患者と統一する。 1.理学療法をはじめる前に 1)理学療法は患者との共同作業であることを意識する(図 6)  患者と治療者は互いに刺激し反応し合う存在である。治療者 の働きかけに患者がうまく反応すると,治療者は自己効力を感 じ治療意欲が増す。患者も治療効果を感じると,信頼が高まり 理学療法への意欲も強くなる。これはそれぞれに望ましい結果 が行動を強化する理想的な関係である。逆に治療者が望むよ うに患者が反応しないと,治療者は無力感を覚える,あるい は「この人はやる気がない」と他罰的になったり,どうしたら よいのか不安と困惑に陥ったりすることもある。患者はそのよ うな治療者の否定的な感情を敏感に感じ取り,さらに治療関係 が悪化することも予想される。これを悪循環という。理学療法 は患者が主体で行う活動であって患者の積極的な関与が不可欠 である。したがって治療を円滑に進めるためには,まず両者の 関係を良好なものにして,それを強くしていくことが必要であ る。平易な言葉を使うとすれば,最初に患者と仲良くなってお きたいものである。これは迎合することではない。「治療者が 患者にとっての社会的強化子になる」ということである。学生 時代に好きな先生の授業は一生懸命に勉強したことがないだろ うか。人は感情の動物で,理屈よりは感情で動きやすいもので ある。人の好き嫌いは多くの要因に左右されるので,予想のつ きにくい面もある。しかし,難しく考えずに,目の前の患者に 専門家として関心をもち,相手の人格をそのまま認めたうえで 役に立ちたいと望めばよいだろう。そのうえで,患者も千差万 別で個性的なので,全員とうまくいくはずがないことも理解し ておくと精神的なゆとりが生じる。 2)信頼される治療者をめざす  患者から信頼を得るには,治療者に専門的な知識や技術があ るだけでは十分ではない。それに加えて,感情が安定している (機嫌よくしていること),約束したことを実行する,時間を守 る,など人としてあたりまえのような細部が大切である。これ は一見簡単そうで,一貫して実行することは難しい。筆者も, つい診療中に教材や情報の提供などを軽い気持ちで安請け合い してしまい,後で億劫になったり忘れたりすることがよくあ る。相手は覚えている可能性が高いので,手帳にメモするなど 努力はしている。また予約時刻どおりに来院した患者を待たせ てしまい謝ることもしばしばである。  患者からみて治療者の行動が一貫していて予測がしやすいこ と,つまり「わかりやすい人」だと,患者は安心できる。患者 の気分や考えは変わりやすくて当然だが,治療者は細かな変化 に一喜一憂しすぎずに,なるべく緊張せずにどっしりと大局を みながら冷静に長い目でみて対応できるようになるのが理想で ある。治療者の緊張は患者を不安にさせる。また,患者に生じ た望ましい変化(努力)を見落とさずに評価することは,オペ ラント強化の基本だが,このこと自体が患者の自尊心と自己効 力感を高め,さらに治療者との信頼関係を強くする。 図 6 理学療法の性質 文献 2)より改変 図 7 コミュニケーションの構成 文献 2)より改変

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3)コミュニケーション(図 7)  患者と治療者間のコミュニケーションも刺激と反応の相互作 用である。ここで留意したいことは,ことばで伝えられる内容 (言語的コミュニケーション)は全体の一部にすぎないという 点である。声の大きさやイントネーション,表情による伝達を 準言語コミュニケーション,顔の表情や身ぶり手ぶりなどによ る伝達を非言語コミュニケーションという。言語コミュニケー ションの伝達力は 20%未満という説もあるくらい,非言語, 準言語コミュニケーションが大きい。電子メールは言語のみ, 電話では準言語が含まれ,対面には 3 つの伝達要素すべてが含 まれる。IT が発達した今日でも,込み入った話,友達との親 密な交流などは「ぜひ会って」となるのはそのせいである。治 療者は,自分が話す内容だけでなく,声の大きさ,トーン,速 さも(準言語),また顔の表情や身体の動き(非言語)も相手 へのメッセージとなっていることを忘れないようにしたい。さ らに,同時に患者の表出する言葉の意味だけではなく,顔の表 情や声の調子の変化に配慮することが大切である。 2.理学療法の開始 1)初対面を大切に,介入前にどんな人かを大づかみにする  多忙な現場では,次々と仕事に追われるので,効率が問われ るのは仕方がない。しかし,スタートがうまく進むと,あとが 楽になる場合が多い。だから,最初ほどゆっくりと,相手がど んな人かを理解することに時間を使いたい。「急がばまわれ」 「急ぐ仕事ほど,ゆっくりと」という言葉もある。初対面では 患者も緊張していることが多いので,安心してリラックスでき るように配慮する。対面する場所も患者の心理面に影響する刺 激になるので患者の目線からチェックしておく。たとえば雑然 としていると集中しにくいので整理整頓しておく,気持ちが和 らぐような音楽を流す,絵や写真を飾るなどが考えられる。治 療者からのあいさつや微笑,清潔な身だしなみは当然として, 相手に確かに聞こえていることを確認しながら,最初ほどはっ きりと,ゆっくりと話すのがよい。いきなり理学療法の本題に 迫らず,最初の 2 ∼ 3 分は患者に,今困っていること,気になっ ていることなど,を自由に語らせるつもりでいるとよい。自由 に語れない人では,具体的な質問を投げかける方が応えやす く,緊張が解ける場合もある。それも含めて,歩き方,しゃべ り方,顔の表情から,不安やゆううつ,緊張などの感情や,知 的な水準を推し量ることができる。家族構成や具体的な仕事の 内容や,社会活動,趣味や楽しみも,患者の価値観や対人関係 などを理解するための大切な手がかりとなる。 2)障害のアセスメントに患者の行動レパートリーを加える  理学療法の対象となる障害の専門的アセスメントに加えて, 早い時期に障害に関連した行動レパートリーを知っておきた い。行動レパートリーとは行動療法の用語で,もともとその人 が生活の中で行っていたこと,今は行っていなくても以前にし たことがあって行うことができると予想できる具体的な行動の 種類を意味する。  右手の不全マヒがある場合を例にとると,手を使う行動レ パートリーには,料理,包丁の使用,パソコン,書字,楽器の 演奏,絵をかく,手芸,園芸などが考えられる。行動レパート リーの多い人ほど,訓練の幅が広がる。旅行や山歩きが好き だった人と,外出はあまりせず家で静かに過ごしていた人とで は,歩行訓練の目的や意味も異なってくるだろう。リハビリ テーションの目的が具体的に本人にイメージができ,元通りに 行動できる・行動したいという気持ちが,積極的な訓練への意 欲につながる。 3)生活全体を視野に置く  入院中の患者の生活はほぼ単調・画一的なので,一人ひとり の暮らし方の違いは見えにくい。しかし,実生活では住居環境 や家族構成はもとより,食べ方,動き方,休み方,働き方,人 との交流や自由時間の過ごし方まで,千差万別である。それぞ れが個性的で,これは意識的に知ろうとしないと診察室での一 般的な出会いだけではほとんどわからない。家庭を訪問して想 像を絶するような場面に遭遇することもある。実際の生活を見 聞することが難しくても,暮らしぶりをある程度イメージでき るように,具体的な情報を集めておきたい。平日の 1 日を朝か らどんなふうに過ごしているのかを,時系列に探るだけでもあ る程度の想像は可能である。最初は大雑把に聞き取っておき, 治療が進むにしたがってちょっとした会話から自然に掘り下げ ることができると抵抗も少ない。目の前の患者さんに,「この 人はどんな人で,今なにが生じているのか,どうなるのが望ま しいのか」という専門家としての関心をもち続けることが,治 療者自身の仕事へのモティベーションも高く保つための秘訣だ と考える。 3.リハビリ全期に共通すること 1)改善への希望,医療技術の進歩の可能性を共有する  人は,どんな状況でも,なにか希望がないと生きられない存 在ではないだろうか。それは末期のがん患者であっても,認知 症の高齢者であっても同じように思う。山田規畝子さんの「壊 れた脳 生存する知」3)は,リハビリの担当者にも患者さんに もぜひ一読を勧めたい。もやもや病(ウイリス動脈輪閉塞症) による脳出血から高次脳機能障害となった女医さんが書いた貴 重な体験記録で,人の脳の驚異的な可能性を示している。免疫 学者の多田富雄氏の回復過程の話も感動的である。これらは非 凡な能力を有する特殊な例かもしれないが,このようなモデル が存在することは「可能性を信じて頑張ろう」という希望につ ながるように思う。さらに,ブレイン・マシン・インタフェー ス(BMI)のように,科学技術は日進月歩で進んでいる。これ まで無理と思っていたことが近い将来に実用化されるかもしれ ない。スタンダードとして取り上げられる根拠に基づいた医学 (Evidence Based Medicine)の根拠とは,過去の研究論文に基 づいたもので,あくまでも平均的な話である。それを準拠した ガイドラインも,10 年も待たずに変更されうる暫定的なもの である。したがって,個々の患者の障害回復の可能性を最初か ら EBM で決めつけてはならない。そうではなく,一人ひとり 異なることを忘れずに,個々に最大限の可能性を追求する姿勢 を持ち続けたい。患者は,治療者のこれらの考えや態度を敏感 に受け止める。

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2)日常の生活行動を訓練とみなす  「トイレに移動し,ドアを開けて,便器に腰をかけ・・・」 など,排泄ひとつを例にとってもわかるように,ふだんの生活 行動は高度にコントロールされた複雑な行動からなっている。 しかし障害が起きる前のスムーズな生活では,それらがエネル ギーを要する高度な行動であることはほとんど意識されない。 できて当然と思いこんでいるために,どこかに障害が生じる と,「こんなこともできない」と患者は落胆したり自己卑下し たりする。これはうつ病などの精神疾患でも同様である。悪い ときは新聞を読む力,テレビを見る力もない。そのような場合 は,まず個々の行動の成り立ちの複雑さを説明したうえで,新 しい状況に再適応するための自立心と覚悟を養う心理教育が必 要となるだろう。そして,以前の生活行動を取り戻すことが理 学療法の目的であるのだから,計画的な訓練以外の,食事,洗 面や歯磨き,排泄などが,すべてリハビリ訓練を行う好機にな ることを患者にも理解させたい。運動・身体活動促進でウォー キングやジム通いだけでなく,掃除や庭いじりなどの日常活動 が重視されることと同じである。したがって入院中の患者で は,治療者は食事や洗面などをよく観察し,安易な手助けをせ ずに,タイミングよく支援できるとよい。「自分でできた」と の体験の積み重ねが大切なので,依存的にさせることなく「ど うしたら自分でできるようになるか」を,本人と一緒に考えた い。そして小さな進歩や変化を見逃さずに本人にフィードバッ クすることは,その努力に対する励ましとなる。 3)強化子はなにかという視点を忘れない(図 8)  筆者はこの点が応用行動分析理論の中でもっとも実用的な動 機づけの秘訣であり,その人を知ることにつながると考えてい る。一般に動物の訓練には必ず餌を用いる(餌づけ)ことから もわかるように,食べ物は人や動物の行動に強い影響をもつ。 これを「正の一次強化子」という。しかしその影響力の大きさ は,おなかのすき具合や,食欲の有無,そのときの精神状態で 異なるように,画一的ではない。強化子は,大きく物理的強化 子,社会的強化子,心理的強化子に分類することができる。食 べ物は物理的強化子の代表といえる。したがって,美味しい食 事を自分の歯でよくかんで食べることは,ほとんどの場合,重 要な意味をもつ。また,治療者が患者の努力を認め,進歩に気 づくこと,一緒に喜ぶことなどは,多くの場合,確実な社会的 強化となる。人間は社会的動物であることに由来する。ほめ上 手になるために,治療者は患者の言動をていねいに観察し,変 化を敏感に受け止める感受性を養いたい。それに比べて本人の 満足や達成感,快感などの心理的強化をもたらす活動がなにか は個人差が大きいが,前項で述べた社会活動や趣味活動などが 手がかりになる。なにが強化刺激になるのかはこのように同一 人でも状況によっても異なる。しかし,治療者は常に「今,こ の人の強化子はなにか」を探る視線をもつべきである。それは, 患者への関与と理解を強め,治療関係を確かなものにする。  以上,行動療法の基本を概観し,行動療法を理学療法に活用 する際の留意点を,精神科・心療内科の臨床体験をふまえて考 察した。冒頭でも述べたがここで紹介した行動療法のシンプル な理論は「人」への理解を深め,仕事に限らず,日常生活から 対人関係にまで応用が広い。難しい理論学習に終始せず,「で きそうなこと」「試してみたいこと」からとりかかり,その魅 力を体験し,使いこなしていただきたい。 文  献 1) 足達淑子:ライフスタイル療法─生活習慣改善のための行動療法. 医歯薬出版,東京,2013. 2) 足達淑子:行動変容のための面接レッスン.医歯薬出版,東京, 2008. 3) 山田規畝子:壊れた脳 生存する知.角川学芸出版,東京,2009. 図 8 オペラント強化の基本図式 文献 1)より引用 行動の後に正の強化子が加わるか負の強化子が除かれると 行動は増える. 負の強化子が加わるか正の強化子が除かれると行動は減る. 表 3 強化子 (刺激) 文献 1)より引用 ・物理的強化子:食べ物 金 おもちゃ 洋服など ・社会的強化子: 賞賛 承認 注目 愛情 同意 名声 など ・心理的強化子:快楽や満足を得られる活動  なにが強化子として作用するかは人,状況で異なる  行動観察と仮説─検証により(結果)で判断する

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