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Title
8・9世紀の神社行政 : 官社制度と神階を中心として
Author(s)
巳波,利江子
Citation
巳波利江子: 寧楽史苑, 1985, 第30号, pp.22-57
Issue Date
1985-02-15
Description
URL
http://hdl.handle.net/10935/2049
Textversion
publisher
Nara Women's University Digital Information Repository
八
・
九
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紀
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行
政
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社
制
度
と
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利
江
子
は じ め に 律 令 国 家 の 思 想 的 支 柱 は 神 祇 信 仰 で は な く 、 仏 教 思 想 で あ っ た と 言 わ れ 、 仏 教 の 持 つ 国 家 鎮 護 の 教 説 が 神 祇 の 効 験 よ り も 律 令 国 家 の 思 想 . ① 的 支 柱 と な り 得 る 要 素 を 多 分 に 持 っ て い た と 考 え ら れ て い る 。 と こ ろ が 、 最 近 の 研 究 に よ り ﹁ 未 開 宗 教 で あ る 古 代 神 道 の 伝 統 が 、 世 界 宗 教 と し て の 仏 教 を 受 容 し た に も か か わ ら ず そ の 中 に 吸 収 さ れ て し ま わ な ② か っ た ﹂ 点 に 日 本 思 想 史 の 特 性 を 求 め る 指 摘 が な さ れ る よ う に な っ た 。 確 か に 神 祇 信 仰 は 律 令 国 家 の 支 配 体 制 を 保 証 す る 社 会 心 理 的 機 能 は 果 し 得 な か っ た 。 そ の 機 能 を 補 完 す る も の と し て む し ろ 仏 教 に 期 待 が 寄 せ ら れ た の で は あ る が 、 ﹁ 神 道 的 底 層 と 仏 教 的 表 層 ﹂ と い う 表 現 が 端 的 に 示 す よ う に 、 神 道 的 底 層 は 仏 教 的 表 層 に 大 き く 影 響 さ れ な が ら も 完 全 に は 埋 没 し な か っ た の で あ る 。 こ う し た 神 祇 と 仏 教 の 交 流 を 通 し て 古 代 神 道 の 神 々 の 性 格 も 、 ω ﹁ 荒 ぶ る 神 ﹂ ← ② ﹁ 怨 む 神 ﹂ ﹁ 苦 し む ③ 神 ﹂ ← 個 ﹁ 護 法 神 ﹂ と い う 三 段 階 の 変 容 に 迫 ら れ る 。 第 三 段 階 の 仏 教 を 擁 護 す る 護 法 善 神 の 神 と い う 観 念 は 本 稿 で 考 察 し よ う と す る 神 階 奉 授 や 昇 叙 な ど の 現 象 と し て 具 体 化 す る 。 本 来 、 官 人 社 会 で の み 生 か さ れ て き た 俗 界 の 秩 序 11 位 階 制 度 が 特 に 平 安 時 代 承 和 ∼ 貞 観 年 間 に 顕 著 に 神 々 の 世 界 に も 適 用 さ れ る に 到 っ た 背 景 に は 以 上 の よ う な 仏 教 と 神 祇 の 複 雑 多 岐 な 相 互 干 渉 を 想 定 し な け れ ば な ら な い で あ ろ う 。 一 般 に ④ 神 階 は ﹁ 神 社 の 尊 貴 ・ 格 式 を 示 す 一 表 現 ﹂ と 考 え ら れ て い る が 、 官 人 の 場 合 と 異 な り 位 階 に 伴 う 封 戸 ・ 位 田 等 の 経 済 的 給 付 を 付 随 さ せ た も の で は な か っ た 。 今 一 つ 、 神 社 に 与 え ら れ た 特 殊 な 待 遇 と し て 官 社 化 の 事 象 が あ る 。 従 来 、 神 階 奉 授 の 問 題 は 一 方 に 官 社 制 度 の 成 立 ・ 展 開 の 問 題 を 内 包 し て い た 。 両 者 の 前 後 関 係 に は 、 ① 神 階 奉 授 ← 官 社 化 、 ② 官 社 化 ← 神 階 奉 授 、 ③ 神 階 奉 授 と 官 社 化 が 同 時 な も の 、 の 三 形 態 が あ る こ と が 知 ⑤ ら れ て い る 。 官 社 化 さ れ る と い う こ と は つ ま り 、 神 名 帳 に 登 録 さ れ 、 祈 年 祭 や 月 次 、 新 嘗 、 相 嘗 祭 な ど の 班 幣 を 受 け る こ と の 二 項 目 で あ り 、 原 則 上 は そ の 二 つ が 同 時 に 満 た さ れ ね ば な ら な か っ た 。 本 稿 で は 神 階 奉 授 と 官 社 制 度 と の 連 関 を 探 る た め 次 の 三 点 に 重 点 を 置 い て 考 察 を 進 め て ゆ き た い と 思 う 。 ﹁ 22 ﹁ω 両 者 の 相 関 関 係 の 有 無 は ま ず 、 そ れ ぞ れ の 成 立 期 に も 関 わ っ て い る と 予 想 さ れ る 。 こ の 予 想 か ら 神 階 制 度 と 官 社 制 度 の 成 立 史 を 明 ら か に し た い 。 ② 奈 良 時 代 の 神 階 奉 授 ・ 官 社 制 度 は 、 平 安 時 代 の そ れ ら と は 趣 を 異 に し て い る 。 そ こ で 奈 良 時 代 の 神 階 ・ 官 社 の 具 体 的 実 相 に 迫 り 律 令 国 家 に お け る 歴 史 的 位 置 を 確 定 し た い 。 ㈹ 従 来 の 官 社 制 度 ・ 神 階 奉 授 の 研 究 に お い て 、 そ の 中 核 的 史 料 は 嘉 祥 三 年 ( 八 五 〇 )と 同 四 年 の 太 政 官 符 で あ ろ う と 思 わ れ る 。 そ の 両 官 符 が 実 際 上 ど の よ う に 展 開 し た か を 浮 彫 り に し た 上 で 平 安 期 以 降 し ば し ば 見 ら れ る 名 神 事 例 の 官 社 制 度 史 上 に 占 め る 意 義 を 追 究 し た い 。 第 一 章 奈 良 時 代 に お け る 官 社 制 度 と 神 階 第 一 節 官 社 制 度 の 成 立 ﹃ 延 喜 式 ﹄ 巻 九 . 十 に よ る と 全 国 の 式 内 社 三 = 二 二 座 は 次 の 第 図 の よ う に 分 類 さ れ て い る 。 各 祭祀 に 預 か る 座 数 の 相 違 は 各 祭祀 の 成 立 時 期 と 不 可 分 の 関 係 が あ ⑥ る と 考 え ら れ て い る 。 つ ま り 、 月 次 ・ 新 嘗 祭 が ﹁ ヤ マ ト を 基 盤 と す る 地 域 的 王 権 が 古 来 執 行 し て き た 祭祀 ﹂ と し て 、 ﹁律 令 国 家 の 成 立 過 程 に お い て 新 た に 国 家 の 祭祀 と し て 設 け ら れ た ﹂ 祈 年 祭 よ り も 、 よ り 古 ⑦ い 段 階 の 宮 廷 祭祀 で あ る と 指 摘 さ れ る 。 ま た 、 式 内 社 か 式 外 社 か の 区 別 の 基 本 的 要 因 は 祈 年 祭 に 預 か る か 否 か に 懸 か っ て お り 、 従 っ て 律 令 制 下 の 官 社 制 度 を 考 え る 上 で は 祈 年 祭 の 成 立 は 不 可 避 的 な 問 題 と な る で あ ろ う 。 ﹃ 年 中 行 事 秘 抄 ﹂ 二 月 の 項 に は 、 四 日 。 祈 年 祭 事。廃務。前後斉。有 周 礼 日 。 祈 年 求 豊 年 也 。 二 一 官 史 記 云 。 天 武 天 皇 四 年 二 月 甲 申 。 祈 年 祭 。 と 、 天 武 四 年 (六 七 四 ) の 二 月 に 祈 年 祭 の 行 な わ れ た こ と を 載 せ て い ⑧ る 。 ﹃ 年 中 行 事 秘 抄 ﹄ が 天 長 格 や 月 旧 記 な ど そ の 他 の 古 書 の 逸 文 を 多 く 引 用 し て い る こ と か ら 、 右 の 官 吏 記 も 左 右 弁 官 の 前 身 官 司 の 記 録 と ⑨ 推 測 で き 、 ま ず 信 用 し て 差 支 え な い で あ ろ う 。 さ て 祈 年 祭 の 確 実 な 初 見 を 天 武 四 年 と す る の は よ い と し て も 、 そ の 祈 年 祭 が 神 祇 令 に い う﹁其 祈 年 月 次 祭 者 。 百 官 深 神 祇官 。 中 臣 宣祝詞 。 忌 部 班幣帛 。 ﹂ の よ う な 形 態 を 果 し て と っ た の か 、 ま た 規 模 の 点 に お い て の ち の 三 一 三 二 座 を 対 象 と す る よ う な 祭祀 で あ っ た と 考 え て よ い の か 等 、 多 く の 疑 問 が 残 る 。 渡 辺 晋 司 氏 な ど に よ っ て 鋭 く 指 摘 さ れ て き た こ と で は あ るが、 いま一 度 祈 年 祭 の 際 の 班 幣 行 事 の 地 域 的 拡 大 に つ い て 簡 単 に 触 れ て お く 。 核 ﹁ 23 ﹁
心 的 な 史 料 の み 挙 げ 、 他 の 類 例 は 割 愛 す る 。 ω 班 幣 於 畿 内 天 神 地 祇 。 ( 持 統 四 ・ 正 ・ 庚 子 ) 二 岬 回 惣 頒 幣帛 於 畿 内 及 七 道 諸 社 司 ( 大 宝 二 。 三 . 己 卯 ) ⑪ 祈 年 祭 の 祭 日 は ﹃ 延 喜 式 ﹄ で は 二 月 四 日 と 規 定 さ れ て い る が 、 養 老 神 祇 令 で は た だ 仲 春 と あ る の み で 具 体 的 な 日 は 明 ら か で な い 。 右 の ω 回 に お け る 班 幣 行 事 は 二 月 に 近 い 正 月 及 び 三 月 に 行 な わ れ た 点 か ら 考 え て 、 祈 年 祭 を 契 機 と す る も の と 見 倣 し て よ い で あ ろ う 。 注 目 さ れ る の は ω と 回 の 班 幣 対 象 地 域 の 相 違 に つ い て で あ る 。 持 統 四 年 (六 九 〇 ) 段 階 で は ﹁ 畿 内 ﹂ だ け を 対 象 と し て い る の に 対 し 、 大 宝 二 年 (七 〇 二 ) 段 階 で は ﹁ 畿 内 及 七 道 諸 社 ﹂ と 地 域 が 拡 大 さ れ て い る 。 ま た 大 宝 二 年 に 近 い 慶 雲 三 年 ( 七 〇 六 ) に は ﹁ 是 日 。 甲 斐 ・ 信 濃 ・ 越 中 ・ 但 馬 ・ 土 佐 等 一 十 九 社 。 始 入 祈 年 幣 畠 例 。﹂ と あ り 、 祈 年 幣帛 の 例 に 入 っ た の は 。 ⑫ . い ず れ も 畿 内 か ら 外 れ て い る 。 以 上 の 点 か ら 祈 年 祭 班 幣 の 対 象 地 域 の 拡 大 さ れ た 時 点 を 大 宝 二 年 頃 と 断 定 し て よ い と 考 え る 。 畿 内 に 限 定 さ れ て い た 祈 年 祭 執 行 が 大 宝 二 年 以 降 全 国 的 規 模 に ま で 拡 大 し た こ と は 、 大 宝 令 の 施 行 と 軌 を 一 に し た 全 国 的 な 官 社 制 度 の 成 立 を 意 味 す る も の と 言 わ ね ば な ら な い 。 換 言 す れ ば 、 大 宝 令 以 前 の 畿 内 的 小 規 模 な 官 社 制 度 は 、 ﹁ 神 祇 制 度 自 体 も 政 治 ・ 行 政 的 ・ 軍 事 的 に 区 切 ら れ た 畿 内 か ⑬ ら 一 歩 も 出 な い 、 い わ ば 天 皇 祭祀 権 の 畿 内 的 か つ 身 内 的 制 度 ﹂ の 一 環 と し て の 性 質 を 超 え る も の で は な か っ た 。 ﹃ 古 語 拾 遺 ﹄ に は そ の 間 の 事 情 を ﹁ 至 大 宝 年 中 。 初 有 記 文 。 神 祇 之 簿 二 ニ ⑭ 猶 無 明 案。 望 秩 之 礼 未 制 其 式 力 至 天 平 年 中 一。 勘造 神 帳 ﹂ と 説 明 す る 。 ⑮ ﹁ 記 文 ﹂ の 解 釈 が 分 か れ る と こ ろ で あ る が 、 ﹃ 続 日 本 紀 ﹄ 慶 雲 三 年 (七 〇 六 ) 二 月 庚 子 条 の 注 ﹁ 其 神 名具 神 祇 官 記 ﹂ か ら 私 は ﹁ 記 文 ﹂ を 神 祇 官 記 の よ う な も の と 推 定 し 、 大 宝 年 中 に 初 め て ま だ 不 充 分 な が ら 、 所 謂 ﹁ 神 名 帳 ﹂ ﹁ 神 祇 官 記 ﹂ と 類 似 の ﹁ 記 文 ﹂ が あ っ た と 解 釈 し て お き た い と 思 う 。 以 上 の よ う に 解 釈 し た な ら ば 、 大 宝 令 以 降 地 方 の 神 社 を 中 央 の 神 祇 官 が 把 握 す る 状 況 を そ の 背 後 に 読 み 取 れ る の で は な か ろ う か 。 こ れ は ま た 、 大 宝 令 直 後 に お け る 全 国 的 な 官 社 制 度 の 成 立 を 端 的 に 示 す も の ⑯ と 言 え よ う 。 官 社 制 度 の 全 国 的 な 成 立 ま で の 、 徐 々 に 整 備 さ れ て ゆ く 過 程 は 中 央 官 制 の 中 の 神 祇 官 機 構 の 成 立 史 と 不 可 分 の 関 係 に あ る と 思 ⑰ わ れ る 。 浄 御 原 令 制 下 に 律 令 神 祇 官 制 の 実 質 的 な 成 立 を み た が 、 当 時 は 大 和 を 中 心 と し た 畿 内 の 神 々 を 神 祇 官 の 監 視 と 支 配 の 中 に 吸 収 し て ゆ く に と ど ま っ て い た 。 そ れ が よ り 一 層 明 確 に 全 国 的 な 官 社 制 度 と し て 結 実 す る の が 大 宝 令 以 降 で あ り 、 私 は 八 世 紀 初 頭 に そ の 成 立 時 点 を 求 め た い 。 以 後 し ば ら く 地 方 神 社 の 官 社 化 が 盛 行 し た こ と は 想 像 に 難 く な い 。 官 社 数 の 増 加 は 神 社 間 の 序 列 関 係 、 即 ち 神 階 の 問 題 を も た ら し た 。 次 節 か ら 、 こ の 神 階 と 官 社 化 と の 相 関 関 係 を 中 心 に 、 官 社 制 度 の 質 的 変 化 を 探 っ て み た い 。 亀 第 二 節 神 階 奉 授 の 事 例 検 討 ﹃ 続 日 本 紀 ﹄ 以 下 の 国 史 に は 、 各 地 の 神 々 に 位 階 ( 神 階 ) を 贈 与 し ﹁ 24 ﹁
た り 昇 叙 し た り す る 記 事 が 散 見 す る 。 神 階 を め ぐ る 史 料 は 相 当 な 量 に に 及 ぶ が 、 具 体 的 な 内 容 を 物 語 る も の は 少 な く 、 神 階 奉 授 ・ 昇 叙 の 理 由 が 明 記 さ れ て い る も の は 頗 る 限 ら れ て い る 。 加 え て 従 来 の 研 究 が 主 に 地 方 神 社 の 官 社 化 と 神 階 と の 相 関 関 係 を 追 究 す る こ と に 重 点 が 置 か れ 、 相 方 の 意 味 す る 社 会 的 意 義 、 こ と に 官 社 化 ・ 神 階 奉 授 の も た ら す 社 会 的 メ リ ッ ト に つ い て は 捨 象 さ れ て き た 感 が あ り 、 未 だ 全 体 的 把 握 ⑱ に は 到 っ て い な い よ う に 思 わ れ る 。 そ れ は 特 に 、 平 安 期 以 降 の 飛 躍 的 な 史 料 の 増 大 に よ っ て 主 眼 が 平 安 期 に 偏 重 し て い た 傾 向 と 、 併 せ て 八 世 紀 初 頭 か ら 九 世 紀 末 ま で に 亘 る 約 二 百 年 問 の 事 象 を 一 律 に と ら え よ う と し た 点 に 盲 点 が 存 在 し て い た よ う で あ る 。 本 節 に お い て は 官 社 化 と 神 階 と の 相 関 関 係 を 追 究 す る た め 、 奈 良 時 代 の 関 係 史 料 を 検 討 し 直 し 、 併 せ て そ れ の 社 会 的 意 義 に つ い て 言 及 す る こ と と し た い 。 第 二 章 で 詳 し く 述 べ る が 、 従 来 の 研 究 史 に お い て 官 社 化 と 神 階 奉 授 の 関 係 に つ い て は 、 ー ⑲ 神 階 は 官 社 追 求 の 手 懸 り と し て 相 関 関 係 を 認 め る 説 ー ⑳ ㊨ 神 階 と 官 社 化 と を 同 次 元 に は 考 え ず 、 相 関 関 係 を 認 め な い 説 の 二 つ の 説 が 提 起 さ れ て き た が 、 側 説 に は 既 に 説 得 的 な 批 判 が 出 さ れ 、 今 日 で は 働 説 が 一 般 的 に 認 め ら れ て い る 。 し か し 先 に 述 べ た 如 く 、 八 ∼ 九 世 紀 を 総 括 的 に 同 じ 尺 度 で と ら え た 限 り で の 可 能 な 説 と 言 え 、 律 令 制 の 変 質 と と も に そ の 質 的 意 味 合 い も 随 分 変 化 し て い る 筈 で あ る 。 私 見 に お い て は 個 説 の 立 場 に 大 筋 に お い て 賛 成 す る も の の 、 全 く 別 個 の 制 度 と は 考 え ず 、 そ の 内 的 連 関 を 認 め る も の で あ る 。 官 社 に つ い て の 国 史 上 最 初 の 旦 ハ体 的 記 事 は 、 ﹁ 続 日 本 紀 ﹄ 大 宝 二 年 (七 〇 二 ) 七 月 癸 酉 条 に み え る 、 在 山 城 国 乙 訓 郡 火 雷 神 。 海 旱 祈 四雨 。 頻 有 徴験 。?入大 幣 及 月 次 幣 理 の 記 事 で あ る ・ こ の 火 雷 神 は 喜 祥 = 一年 (八 五 。 ) 従 五 位 上 に 叙 せ ら 抑 次 い で 貞 観 元 年 ( 八 五 九 ) に は 正 五 位 下 か ら 従 四 位 下 に 昇 叙 さ れ て い 砂 ま た ﹃ 延 喜 式 ﹄ に は ﹁ 乙 訓 坐 大 雷 神 社 雛 奇 次 ﹂ と 記 藝 れ る 神 社 で あ る 。 従 五 位 上 か ら 正 五 位 下 に 昇 叙 さ れ た 時 期 は 不 明 で あ る し 、 か つ 別 表 の ﹁ 事 項 ﹂ に 掲 げ て お い た 官 社 化 表 現 の 記 述 型 式 も 整 ⑳ 然 性 を 欠 い て い る 点 を 考 慮 に 入 れ れ ば 、 預 官 社 記 事 や 神 階 奉 授 の 記 事 の 取 り 上 げ 方 に は 一 貫 性 が な く 、 史 実 で あ り な が ら 記 載 さ れ な か っ た 例 も 相 当 数 存 在 し た で あ ろ う こ と が 当 然 予 想 さ れ る 。 一 方 、 神 階 奉 授 に つ い て の 国 史 以 外 で の 初 見 は ﹃ 新 抄 格 勅 符 抄 ﹄ 大 同 元 年 牒 に 載 せ ら れ て い る 、 越 前 国 気 比 神 を 天 平 三 年 (七 三 一 ) 、 従 三 ⑳ 位 に 叙 し た 例 で あ る 。 ま た ﹃ 東 大 寺 要 録 ﹄ 巻 四 に 収 録 さ れ て い る 宇 佐 ⑳ 八 幡 宮 の 例 、 即 ち 天 平 三 年 錬 顕 神 駿 。 湊 頚 官 幣 。 ( 中 略 ) 天 平 十 八 年 天 皇 不 豫 。 祷 祈 有 験 。 即 淑 三 泣 。 の 記 事 は 天 平 三 年 (七 三 一 ) に 官 社 化 さ れ た こ と 及 び 天 平 十 八 年 (七 四 六 ) に 三 位 に 叙 せ ら れ た こ と を 示 し て い る 。 し か し ﹁ 天 平 十 八 年 ﹂ が 天 平 十 七 年 の 誤 記 で あ っ た り ﹁ 三 位 ﹂ が 正 ・ 従 い ず れ か 不 詳 で あ る ⑳ こ と か ら 、 こ の 所 伝 の 信 愚 性 は 疑 問 で あ る と 言 わ ね ば な ら な い 。 次 に ﹁ 25 一
' 、 ︿ 第 一 表 ﹀ 年 月 日 神 名 事 項 理 由 そ の 他 延 喜 式 ( 七 四 九) 天平勝宝 元 ・ 12 ・ 丁 亥 (豊 前国 ) 八 幡大 神 〃比岸神 塁 墨 ・ ' 名神 大 名神大 ( 七 六 六) 天 平 神 護2 ・ 4 ・ 甲 辰 伊 予 国 神 野 郡 伊 會 乃 神 〃越智郡大山積神 〃久米郡伊予神 〃野間郡野間神 名神 大 名神大 名神大 名神大 ( 七 七 一 ) 宝亀2・10 ・ 戊 辰 越 前 国 剣 神 (従 四 下勲 六 等) 小 ( 七七 四 ) 宝亀 5 ・ 3 ・ 丙 牛 生 郡雨 夜 神 ←従 五 下 叙 小 ( 七七 七) 宝亀8・7 ・ 乙 丑 ( 常 陸 国) 鹿嶋 社(下総国)香取神 昌塵 肇 叙 内大 臣従 二 位 藤原朝臣良縄 病 名 神 大 。 月次 新嘗 。 名神大 。月次 新嘗 。 ( 七 八 〇 ) 宝亀11・12 ・ 甲 辰 越 前国 丹 生 郡大 虫 神 ﹂ 越 郡 二 上 神 〃.磯波郡高瀬神
}
下
叙
名 神 大 ー 小 ( 七 八 二 ) 天応2・5 ・ 壬 寅 ( 常 陸 国) 鹿 嶋神 (正 三 位 ) ←勲五等 奉 授 陸奥 国 言 : 曾 名 神 大 。 月次 新嘗 。 ( 七 八 二 ) 延暦元10・ 庚 戌 朔 ・ 伊 勢 国 桑 名郡 多度 神 ←従 五 下 叙 (八 五 〇 ) 嘉禅3・9 ・ 甲申 列於官社 二一 名 神 大 延暦 元 ・ 11 ・ 丁 酉 ( 大 和 国) ←従 四 上 叙 平 野 祭 神 座 。 並名月 (七 八 三 ) 延暦2・12 ・ 丁 巳 大 和 国平 群郡 久 度 神 ←従 五 下 叙 為官社 二 辱 小 (七 八 四 ) 延暦3・3 ・ 丁亥 ( 能 登 国) 気太 神 (従 三 位) ←正三位 叙 名 神 大 延暦 3 ・ 6 ・ 辛 丑 ( 摂 津 国) 住 吉 神 ( 正 三 位) ←勲三等 叙 住 吉 坐 神社 四 座 。 並名 月 延暦 3 ・ 8 ・ 主 寅 近 江 国 高 嶋郡 三 尾 神 ←従 五 下 叙 二 座 。 並名 神 大 。 月次新蔑 延暦 3 ・ 11 ・ 丁 巳 ( 山 城国 ) 賀茂 上 下 二 社 〃松尾乙訓二神 昌整 聖 叙 } 以 遷 都也 名 大 。 月 月 次 延暦 3 ・ 12 ・ 丙申 ( 摂 津 国) 住 吉 神 ←従 二 位 叙 並 名 大 。 月 ' (七 八 六 ) 延暦5・12 ・ 辛 已 ( 山 城国 ) 松 尾 神 ( 従 五 下) ←従四下 叙 二 座 。 並 名神 大 。月次相 嘗 新嘗 。 (七 九 一 ) 延暦10・4 ・ 乙 已 ( 越前 国) 大 虫 神 〃足羽神鰹
町
}
叙
名 神大 。 小 。 延酉 10 ・ 9 ・ 甲 子 佐 渡 国物 部 天 神 ←従 五 下 叙 小 ﹃ 続 日 本 紀 ﹄ の 神 階 奉 授 の 記 事 よ り 、 検 出 で き る 結 論 を ま と め て み る 。 ① 神 階 奉 授 の 理 由 は ほ と ん ど の 場 合 明 記 さ れ て お ら ず 、 い き お い そ の 前 後 関 係 か ら 推 定 せ ざ る を 得 な い 。 ② ﹃ 延 喜 式 ﹄ に 記 さ れ る 神 社 間 の 序 列 (名 神 小 ← 名 神 大 ← 月 次 相 嘗 新 嘗 祭 に 預 か る 名 神 大 ) は 、 神 階 の 現 わ れ る 奈 良 時 代 よ り 神 階 上 の 格 差 と し て 現 わ れ て い る 傾 向 が あ る 。 ③ 官 社 化 の 記 事 が 明 確 に 記 さ れ て い る の は 伊 勢 国 多 度 神 と 大 和 国 久 度 神 の み で あ り 、 他 の 神 の 官 社 化 は 神 階 記 事 の 以 前 か 以 後 か 詳 か に し 得 な い が 、 お そ ら く は 神 階 奉 授 以 前 に 既 に 官 社 化 さ れ た も の と 推 測 す る 。 ( 以 上 、 第 一 表 よ り ) ① に 関 し て は 上 田 正 昭 氏 の 論 考 が あ り 、 こ の よ う な 神 階 奉 授 の 背 景 と し て 遷 都 や 征 鎮 、 氏 神 へ の 奉賽 、 対 新 羅 関 係 と の 深 刻 化 あ る い は 渤 海 と の 交 渉 の 活 発 化 な ど を 指 摘 さ れ 、 そ れ ら を 契 機 と し た 神 階 奉 授 で あ る こ と を 示 された ・ ま た 同 時 に よ り 本 質 的 に は ﹁ 神 階 奉 授 の 前 提 に は 、 仏 教 が 優 位 と な う た 律 令 国 家 の あ り よ う が 照 射 さ れ て お り 、 神 も 仏 法 を 擁 護 す る ﹃ 護 法 善 神 ﹄ の 神 と さ れ て 、 ﹃ 人 神 ﹄ 観 が ま す ま す 旦 ハ 体 化 し て き た 様 相 が あ っ た ﹂ と 、 当 時 の 社 会 の イ デ オ ロ ギ ー 的 側 面 か ら 神 観 の 推 移 を 想 定 さ れ て い る 。 確 か に 奈 良 時 代 を 彩 る 仏 教 色 豊 か な 風 潮 は 、 国 分 寺 ・ 国 分 尼 寺 の 建 立 を 始 め 東 大 寺 大 仏 建 立 に 代 表 さ れ る よ う に 、 従 来 在 地 に 根 付 い て い た 精 神 的 紐 帯 と し て の 地 方 神 社 に そ の 影 響 を 及 ぼ し た で あ ろ う こ と は 容 易 に 想 像 で き る 。 し か し 、 人 々 に お い て の 苦 悩 救 済 や 祈 願 成 就 の 達 成 は 神 か 仏 か の 二 者 択 一 的 な 問 題 に は ﹁ 26 一鴨 拘 ら ず 、 両 者 混 同 の 信 仰 形 態 を お そ ら く は と っ た で あ ろ う 。 奈 良 時 代 中 期 以 降 よ り 頻 繁 化 し て く る 神 宮 寺 の 出 現 や 神 前 読 経 と い っ た 事 情 が ⑱ そ れ を 裏 付 け て い る 。 そ こ で 、 第 一 表 中 よ り 神 階 を 奉 授 さ れ た 神 々 の 内 、 以 後 比 較 的 よ く 昇 叙 状 況 の わ か る 神 を 数 例 取 り 上 げ 、 神 階 の 具 体 的 な 実 態 を 辿 っ て み る こ と と す る 。 ω 越 前 国 気 比 神 (名 神 大 ) 天 平 三 年 ( 七 三 一 ) に 従 三 位 に 叙 さ れ て 以 降 、 最 終 記 事 で あ る 貞 観 ⑳ 元 年 ( 八 五 九 ) に 正 二 位 勲 一 等 か ら 従 一 位 に 昇 叙 せ ら れ る ま で の 間 、 官 社 に 列 せ ら れ た と い う 記 事 は 全 く 見 当 ら な い 。 天 平 三 年 の 時 点 で 既 に 従 三 位 と い う 高 位 を 得 て い る こ と か ら す れ ば 、 官 社 化 の 時 期 は 天 平 三 年 以 前 と 考 え る の が 妥 当 か と 思 う 。 七 二 〇 年 代 か ら の 対 新 羅 関 係 の 緊 張 化 に 即 し た 叙 位 と 考 え ら れ て い る 柳 国 際 関 係 を 羅 と す る 叙 位 や 奉 幣 が こ の 神 社 に 緑 の 深 い も の で あ る 場 合 が 他 に も 見 ら れ る 。 例 え ば 承 和 六 年 ( 八 三 九 ) 八 月 に は 遣 唐 船 の 漂 流 に 即 し て 神 祇 官 中 臣 氏 を 遣 し 、 摂 津 国 住 吉 神 と こ の 気 比 神 に 幣 用 を 奉 っ て お り 、 海 上 守 護 の 神 ⑳ と し て の 役 目 を 演 じ て い る 。 ま た 延 暦 二 十 三 年 ( 八 〇 四 ) 六 月 丙 辰 条 に 、 制 。 常 陸 国 鹿 嶋 神 社 。 越 前 国 気 比 神 社 。 能 登 国 気 多 神 社 。 豊 前 国 ハ 幡 神 社 等 宮 司 。 人 壊 競望 。 各 跡 譜 第 。 自 今 以 後 。 神 祇 官 強 菖 寵 。 常 簡 氏 中 堪 事 者 。 擬 補 申 官 。 ニ レ 一 〆 と 、 鹿 嶋 ・ 気 多 ・ 八 幡 の 神 社 と 並 ん で 人 々 ( お そ ら く 二 、 三 の 氏 族 が 独 占 し て い た で あ ろ う ) が 宮 司 の 地 位 を 譜 第 出 身 と 称 し て 競 っ た 様 が 描 か れ 、 気 比 神 の 宮 司 職 を 栄 誉 と 考 え て い た 風 潮 を し の ば せ て い る 。 囲 豊 前 国 八 幡 大 神 ・ 比? 神 ( 名 神 大 ) 宇 佐 八 幡 神 と 東 大 寺 大 仏 建 立 と の 関 係 は 従 来 説 か れ て い る よ う に 、 @ そ こ に 神 仏 習 合 の 原 初 形 態 を 見 出 す こ と が で き る 。 文 献 上 宇 佐 が 最 初 に 登 場 し て く る の は 養 老 五 年 ( 七 二 一 ) 六 月 戊 寅 条 の 僧 宇 佐 君 法 蓮 と 思 わ れ 、 東 大 寺 造 立 に 当 た っ て 宇 佐 八 幡 の 仏 法 擁 護 の 教 理 を 生 み 出 す 上 に 影 響 を 及 ぼ し た 人 物 で あ ろ う と 思 わ れ る 。 天 平 勝 宝 元 年 ( 七 四 九 ) 十 二 月 丁 亥 、 八 幡 大 神 の 託 宣 を 奉 じ て 入 京 し た 祢 宜 大 神 朝 臣 杜 女 に 従 四 位 下 、 主 神 司 大 神 朝 臣 田 麻 呂 に 外 従 五 位 下 が 授 け ら れ る と 同 時 に 、 八 幡 大 神 。 比 曄 神 に は そ れ ぞ れ 一 品 ・ 二 品 が 与 え ら れ て い る 。 特 に 注 目 さ れ る の が 、 そ の 神 階 が 品 位 で あ っ た こ と で あ ろ う 。 品 位 を 奉 授 さ ⑭ ⑮ れ た 神 は 備 中 国 吉 備 津 彦 命 と 淡 路 国 伊 佐 奈 岐 命 と の 三 神 の み で あ り 、 本 来 親 王 に 限 っ て 与 え ら れ る 品 位 が 奉 授 さ れ た こ と の 理 由 に 挙 げ ら れ る の は 以 上 の 三 神 が 他 神 と は 異 な っ た 神 格 の 所 持 、 例 え ば 八 幡 大 神 11 誉 田 皇 子 説 の 流 布 に よ る も の と さ れ て い る 。 ㈲ 伊 予 国 伊 會 乃 神 ・ 大 山 積 神 ・ 伊 予 神 ・ 野 間 神 ( 名 神 大 ) ⑯ ⑳ 伊 會 乃 神 ・ 大 山 積 神 は 天 平 神 護 二 年 ( 七 六 六 ) に は い ず れ も 同 じ 神 階 の 従 四 位 下 を 得 て い る が 、 の ち の 史 料 に お い て は 同 日 に 揃 っ て 神 階 の 昇 叙 が 行 な わ れ て い る も の の 、 そ の 神 階 に は 幾 分 差 違 が み ら れ る 。 結 論 か ら 先 に 述 べ れ ば 、 神 階 の 高 下 は 同 じ 官 社 間 に あ っ て も 名 神 に 預 か る や 否 や の 一 点 に 左 右 さ れ る と 言 っ て も 過 言 で は な い 。 次 に 伊 會 乃 神 と 大 山 積 神 の 神 階 昇 叙 の 比 較 表 を 作 成 し た (第 二 表 ) 。 ﹃ 延 喜 式 ﹄ で 一 27 一
脚 脚 脚 脚 脚 ㎜ ㎜ ﹀ 表 二 第 く 位 位 位 位 上 下 上 下 肛 律 E 徳 画 画 御 姻 と に は や は り 注 意 が 必 要 で あ ろ う 。 天 平 神 護 二 年 従 四 位 下 が 与 え ら れ 、 し か も の ち の 昇 叙 記 事 に お い て 一 組 と し て 登 場 し て く る 二 神 の 内 、 何 故 大 山 積 神 だ け が 名 神 化 さ れ た の か 、 そ の 辺 の 事 情 は 全 く 予 想 す る 術 も な い 。 た だ し 名 神 化 に よ っ て 神 階 の 優 遇 措 置 が と ら れ た こ と は 第 二 表 よ り 読 み 取 れ る も の の 、 名 神 化 の 時 期 と 三 階 昇 叙 の 時 期 に 三 十 三 年 の 隔 た り の あ る の が 、 一 考 を 要 す る 問 題 と な ろ う 。 曾 ⑳ 次 に 伊 予 神 と 野 間 神 を 考 え て み る 。 野 間 神 に 関 し て は 承 和 四 年 (八 三 七 ) に 預 名 神 記 事 が 記 さ れ て い る が 、 片 方 の 伊 予 神 に つ い て は 記 載 が な い 。 第 三 表 の 神 階 昇 叙 の 状 況 か ら 判 断 す る に 、 承 和 四 年 に 近 い 時 期 に 名 神 化 さ れ た と 考 え る の が 妥 当 で は な い か と 思 わ れ る が 、 や は り こ の 例 も 名 神 化 に よ る 神 階 の 飛 躍 的 加 進 を 示 し て お り 、 そ れ が 神 祇 制 度 の 変 革 を 試 み た (第 二 章 ) 九 世 紀 半 ば 以 降 で み ら れ る 現 象 で あ る こ は 両 神 と も 名 神 大 と な っ て い る が 、 片 や 伊 會 乃 神 に つ い て は 預 名 神 の 時 期 は 不 明 で あ る 。 貞 観 十 七 年 (八 七 五 ) 以 降 と 考 え る の が 適 当 か と 思 う が 、 そ の 点 は ひ と ま ず 保 留 し て お く と し て 、 承 和 四 年 (八 三 七 )名 神 化 さ れ た 大 山 積 神 の 神 階 が 一 挙 に 三 階 も 加 進 し て い る こ (七 六 六 ) に 揃 っ て . 80 年 ﹀ 表 三 第 く 位 下 上 肝 従 正 正 従 従 従 神 階 の も つ 意 義 、 換 言 す れ ば 神 社 間 の 序 列 整 備 と い う 意 味 合 い が 稀 薄 化 さ れ た と い う こ と は で き な い の で あ る 。 神 階 の 濫 授 の 風 潮 に あ っ て も 、 相 対 的 に と ら え れ ば 、 非 官 社 よ り も 官 社 、 単 な る 官 社 よ り も 名 神 、 と い う よ う に 神 階 に よ る 差 違 が 付 け ら れ て い た と 考 え る 。 次 節 で 触 れ る が 、 た だ し 制 度 史 上 官 社 と い う 実 質 が 律 令 制 初 期 に 比 し て 次 第 に 形 骸 化 し て ゆ く こ と は 否 定 で き な い 。 名 目 的 ・ 型 式 的 と な っ て ゆ く 官 社 制 度 に 反 し て 、 神 階 は 本 稿 で 取 り 上 げ た 九 世 紀 末 ま で は 極 位 に 昇 る ま で 漸 次 加 階 さ れ 、 神 格 の 上 下 関 係 を 示 す 上 で 重 要 な ⋮機 能 を 果 し て い た の で あ る 。 ㈲ 常 陸 国 鹿 嶋 神 ・ 下 総 国 香 取 神 ( 名 神 大 。 月 次 新 嘗 。 ) 鹿 嶋 神 に 関 し て は 天 平 宝 字 二 年 ( 七 五 八 ) よ り 神 賎 の い た こ と が 確 ⑳ ⑫ か め ら れ 、 延 暦 七 年 ( 七 八 八 ) に は 陸 奥 国 多 賀 城 に 徴 発 さ れ て い る 。 時 代 は 下 る が ﹃ 続 日 本 後 紀 ﹄ 承 和 三 年 ( 八 三 六 ) 五 月 丁 未 条 及 び 同 六 と に 注 目 し た い 。 ﹁ 文 位 が 時 代 の 下 る に つ れ て 漸 次 加 階 さ れ 、 次 第 に 神 社 序 列 の 上 に 占 め る 意 識 が ⑳ 薄 れ て ゆ く ﹂ 状 況 を 以 上 の 例 に 検 出 す る こ と は で き な い 。 神 社 へ の 位 階 奉 授 が 圧 倒 的 に 増 加 す る 平 安 期 に あ っ て も 、 尚 且 つ ﹁ 28 [
年 ( 八 三 九 ) 十 月 丁 丑 条 に は 祭 神 建 御 賀 豆 智 命 が 勲 一 等 で あ っ た こ と 、 ま た 天 長 十 年 ( 八 三 三 ) 、 に は 祝 外 従 八 位 上 勲 八 等 中 臣 鹿 嶋 連 川 上 の 名 ⑬ も 見 え る こ と か ら 推 せ ば 、 鹿 嶋 神 が 東 北 征 夷 の た め の 軍 事 的 役 目 に 功 を 奏 し た 結 果 の 勲 位 と 考 え ら れ る 。 貞 観 八 年 ( 八 六 六 ) に は ﹁ 大 神 之 ⑭ 苗 喬 神 淵 八 社 荘 陸 奥 国 ﹂ と あ り 着 々 と 東 北 へ 根 城 を 拡 げ 東 北 経 営 に 乗 り 出 し て い た こ と が 窺 わ れ る 。 一 方 、 香 取 神 の 方 も 元 慶 六 年 ( 八 八 二 ) ⑮ に は ﹁ 正 一 位 勲 一 等 香 取 神 社 ﹂ と あ る こ と か ら 、 鹿 嶋 ・ 香 取 両 神 社 と も お そ ら く は 八 世 紀 中 ∼ 末 期 に は 極 位 に 達 し 、 奈 良 時 代 に 早 く か ら 高 い 神 階 を 奉 授 さ れ て い る 能 登 国 気 太 神 、 摂 津 国 住 吉 神 ・ 山 城 国 賀 茂 上 下 二 神 社 同 様 、 古 く か ら 高 い 神 格 と し て 特 別 に 扱 わ れ て い た で あ ろ う と 思 わ れ る 。 ま た 、 奈 良 時 代 中 期 に 既 に そ れ ぞ れ 正 三 位 ・ 正 四 位 上 の 高 位 を 得 た こ と の 背 景 に は 藤 原 氏 の 氏 神 と し て の 神 格 保 持 の 画 策 が あ っ た こ と も 見 逃 せ な い 。 ㈲ 大 和 国 今 木 大 神 (平 野 祭 神 四 座 。 並 名 神 大 。 月 次 新 嘗 。 ) 高 野 新 笠 が 居 住 し た と 言 わ れ る 田 村 後 宮 ( 平 城 京 左 京 四 条 二 坊 十 一 坪 付 近 に 比 定 ) で ま つ ら れ て い た 今 木 大 神 は 平 安 遷 都 に 伴 っ て 、 平 野 ⑯ 神 社 の 主 神 に 納 め ら れ た 。 平 野 神 社 に は 今 木 神 の 他 、 久 度 神 ・ 古 開 神 ・ 合 殿 比? 神 の 四 神 が 鎮 座 し て い る 。 今 木 神 の 神 階 の 跡 を 辿 れ ば 、 他 の ⑰ 三 神 と は ま た 別 格 に 扱 わ れ て い る こ と に 気 付 く が 、 い ず れ に し て も 神 階 奉 授 の 単 位 が 神 社 で は な く 、 神 単 位 と な っ て い る 点 が 注 目 さ れ る 。 官 社 化 さ れ た 時 期 は 不 明 だ が 、 こ の 今 木 神 も 最 初 の 神 階 記 事 の あ っ た 、 延 暦 元 年 (七 八 二 ) 以 前 と 考 え ら れ る の で は な か ろ う か 。 あ る い は 、 こ の 神 が 田 村 後 宮 で 私 的 に 奉 祭 さ れ て い た と い う 事 情 か ら 推 察 す れ ば 、 官 社 化 さ れ た の は 延 暦 十 三 年 ( 七 九 四 ) 、 平 野 神 社 へ 移 祀 さ れ て の ち と も 考 え 得 る が 、 明 瞭 な 確 証 は な い 。 承 和 十 年 ( 八 四 三 ) 十 月 十 七 日 壬 申 条 に は ﹁ 平 野 社 一 前 。 預 之 名 神 凶 二 と あ っ て 、 た だ 一 神 の み が 名 神 に 預 か っ て い る 。 一 前 と は 承 和 三 年 ( 八 三 六 ) ∼ 嘉 祥 元 年 ( 八 四 八 ) の 間 に 合 祀 さ れ た ら し い 合 殿 比 曄 神 を 指 ⑱ す と 考 え ら れ て い る が 、 注 意 し た い の は 名 神 化 も 一 社 全 体 を ま と め て 一 時 に な さ れ る の で は な く 、 個 々 の 神 単 位 に し か も 時 期 を 相 互 に ず ら せ て な さ れ る こ と を 示 し て い る 点 で あ る 。 ﹁ 人 神 ﹂ と し て と ら え ら れ て い た 当 時 の 風 潮 よ り 、 平 野 社 の よ う に ま つ る 神 が 四 神 と い う 一 社 複 数 神 の 形 態 を と る 神 社 に お い て は 、 神 社 単 位 で は な く 神 単 位 の 神 社 行 政 施 策 が と ら れ た の で あ ろ う 。 以 上(1) ∼ ⑤ ま で 神 階 奉 授 の 跡 の 比 較 的 多 く 残 る 神 を 取 り 上 げ て 概 略 を 述 べ て き た 。 奈 良 時 代 の 神 階 奉 授 記 事 を 中 核 と し て 、 そ の 前 後 に 官 社 化 さ れ た と い う 記 載 を 大 概 に お い て 見 出 す こ と は で き な い 。 大 宝 令 以 降 、 中 央 集 権 化 を 目 指 す 国 家 的 気 運 の 昂 揚 に 沿 っ て 地 方 神 の 官 社 化 は 加 速 的 に 推 し 進 め ら れ た と 考 え ら れ る 。 第 一 表 中 の 神 の ほ と ん ど が 官 社 化 記 事 を 持 た な い と な れ ば 、 神 階 を 奉 授 さ れ る 以 前 、 既 に 神 名 帳 な い し は 神 祇 官 記 に 名 を 列 す る 官 社 と し て 登 録 さ れ て い た と 考 え ら れ よ う 。 た だ し 伊 勢 国 多 度 神 の 一 例 だ け は 延 暦 元 年 ( 七 八 二 ) に 従 五 位 下 に 一 29 ﹁
叙 さ れ て の ち 、 約 七 十 年 隔 て た 嘉 祥 三 年 ( 八 五 〇 ) に ﹁ 列 於 官 社 ﹂ と ⑲ 二 一 記 さ れ て い る 。 こ れ は ど う 理 解 す べ き で あ ろ う か 。 嘉 祥 三 年 と い う 時 期 が 意 味 を 持 っ て い る よ う で あ る が ( 第 二 章 ) 、 そ れ は 後 述 す る こ と と ⑳ し て 次 の ﹃ 多 度 神 宮 寺 伽 藍 縁 起 資 財 帳 ﹄ が 重 要 な 示 唆 を 与 え て く れ る 。 以 去 天 平 寳 字 七 年 歳 次 癸 卯 十 二 月 庚 戌 朔 廿 日 丙 辰 、 神 社 之 東 有 井 、 於 道 場 満 願 岬 師 居 住 、 (中 略 ) 託 神 云 、 我 多 度 神 也 、 吾 経 劫 作 二 騨 二 一 二 重 罪 業、 受 神 道 報 ハ 今 翼 永 為 難 神 身 ハ 欲 椀 祓 三 寳 ハ 如 堤 託訖 、 (後 略 ) 右 か ら 多 度 神 が 天 平 宝 字 七 年 ( 七 六 三 ) 頃 、 神 身 を 離 れ 三 宝 に 帰 依 を 願 う ﹁ 苦 し む 神 ﹂ の 段 階 に あ り 、 既 に 神 仏 習 合 へ の 移 行 期 に さ し か か っ て い た こ と が 察 せ ら れ る 。 と す れ ば 、 多 度 神 は 神 階 に 対 し て は 何 ら 躊 躇 ・ 辞 退 す る も の で は な か っ た け れ ど も 、 官 社 と し て 神 祇 官 の 下 に 敢 え て 置 か れ る 積 極 的 な 必 要 性 を 持 た な か っ た の で は な か ろ う か 。 充 分 説 得 的 な 推 測 と は 言 い 難 い が 、 多 度 神 の 特 異 性 を 裏 付 け る 一 端 に は な り 得 る と 思 わ れ る 。 第 三 節 官 社 化 と 神 階 の 相 関 関 係 第 一 表 で み た よ う に 奈 良 時 代 に 神 階 を 奉 授 さ れ た 神 々 の ほ ぼ 全 て が 官 社 に 組 み 込 ま れ た 時 期 を 明 ら か に し て い な か っ た 。 し か し 、 の ち の 神 階 状 況 か ら 判 断 し て 、 当 時 既 に 官 社 に 列 せ ら れ て い た の で あ り 、 単 に ﹃ 続 日 本 紀 ﹄ が そ の 史 実 を と ど め な か っ た に 過 ぎ な い と 想 定 し た 。 で は 、 官 社 列 格 の 時 期 を 明 確 に 示 す 神 の 方 は ど う で あ ろ う か 。 ﹃ 続 日 本 紀 ﹄ 中 の 官 社 化 記 事 は 九 例 三 十 八 神 を 実 数 と し て 数 え 上 げ る こ と が で き る 。 (別表 ) 先 述 ﹃ 古 語 拾 遺 ﹄ の 至 天 平 年中 。勘造 神帳 の 記 載 は 、 ﹃ 続 日 本 紀 ﹄ 天 平 九 年 (七 三 七 ) 八 月 甲 寅 条 の 、 其 在 諸国 能起風雨 為国 家有 験 神未 預 幣帛 者 。 悉入 供 幣 之例 。 と 決 し て 無 縁 で は な い で あ ろ う 。 同 年 四 月 以 来 の 疫 病 は 藤 原 四 卿 を 次 々 と 倒 し 、 ま た ﹁ 疫 旱 並 行 田 苗 燃萎 。由 是 。祈 祷 山川 。尊祭 神祇 。未 @ 得 効 験 。 至 今 猶 苦 。 ﹂ と い う 状 態 で 、 ﹁ 天 下 百 姓 死 亡 實 多 。 百 官 人 等 。 .⑫ レ 閾 卒 不 少 。 ﹂ と い う 無 残 な 結 果 を も た ら す こ と に な る 。 聖 武 天 皇 は こ の 事 態 を ﹁ 良 由 朕 之 不 徳 致 此 災 殊 。﹂ と と ら え 、 国 家 の た め に 効 験 を 現 一 二 一 二 わ し 末 だ 幣 寓 に 預 か ら な い 神 を 悉 に 供 幣 の 例 に 入 ら し め た の で あ っ た 。 具 体 的 に ど れ 程 の 神 が そ の 対 象 と さ れ た か は 明 ら か で な い が 、 こ の 施 策 に よ っ て 、 官 社 数 は 一 層 増 加 し た で あ ろ う し 、 そ れ に 対 応 し て 新 た に ﹁ 神 帳 ﹂ を 造 る 必 要 が 生 じ た の で は な か ろ う か 。 大 宝 以 降 、 官 社 の 数 が 漸 次 増 え て き た で あ ろ う こ と は 天 平 五 年 ( 七 三 三 ) に 撰 進 さ れ た ﹃ 出 雲 国 風 土 記 ﹄ に よ っ て も 立 証 さ れ る 。 出 雲 国 に お け る 一 八 四 社 と い う 官 社 数 は ﹃ 延 喜 式 ﹄ に 収 録 さ れ た 一 八 七 座 と そ う 大 差 は な い 。 と い う こ と は 、 出 雲 国 が 特 殊 か 一 般 か と い う 問 題 は 別 に し て も 、 天 平 五 年 当 時 に 既 に 十 世 紀 初 頭 の ﹃ 延 喜 式 ﹄ 段 階 と ほ ぼ 同 数 の 官 社 が 成 立 し て い た と い う こ と に な る 。 諸 先 学 に よ っ て 指 摘 さ ㊥ れ て い る よ う に 、 ﹃ 出 雲 国 風 土 記 ﹄ 中 の 郡 別 の 官 社 率 を 算 出 し た 場 合 、 う ち 意 宇 ・ 神 門 ・ 出 雲 ・ 大 原 の 四 郡 の 官 社 率 が 高 い こ と が 突 き 止 め ら れ て い る 。 こ の 四 郡 の 内 三 郡 が 出 雲 臣 ・ 神 門 臣 ・ 日 置 部 臣 と い う 出 雲 ﹁ 30 一
国 の 有 力 な 豪 族 の 本 拠 地 で あ る こ と か ら 、 関 和 彦 氏 は ﹁ 有 力 豪 族 が 在 地 支 配 の 動 揺 を 在 地 の 神 社 を 官 社 と し て 位 置 づ け る こ と に よ り 率 先 し ㊥ て 切 り 抜 け よ う と し た あ ら わ れ ﹂ と 理 解 さ れ る 。 妥 当 な 見 解 で あ ろ う 。 出 雲 国 の 例 を 他 に 敷衍 す る こ と は 無 理 か も し れ な い が 、 八 世 紀 初 頭 よ り 天 平 期 に 到 る ま で の 間 に 飛 躍 的 に 官 社 数 は 増 加 し た と 予 想 さ れ 、 ま た そ の 時 点 で は 在 地 豪 族 層 の 積 極 的 な 中 央 統 制 へ の 組 み 入 れ 姿 勢 を 反 映 し て い た と 考 え る 。 つ ま り 、 そ こ か ら は 中 央 神 祇 官 に よ る 統 轄 と 、 下 か ら の 在 地 豪 族 の 要 請 と の 接 点 が 旨 く か み 合 っ て い た 段 階 を 想 定 で き る の で は な い だ ろ う か 。 と こ ろ が 両 者 の 接 点 は 時 の た つ に つ れ 、 微 妙 な ず れ を 生 じ 次 第 に 増 幅 し て い っ た と 私 は 考 え る 。 中 央 神 祇 官 に お い て は 、 天 照 大 神 を 皇 祖 神 と す る 神 祇 信 仰 の 国 家 的 レ ベ ル で の 整 備 編 成 を 意 図 し て い た の で あ り 、 次 第 に 地 方 神 が 官 社 と し て 画 一 的 に 同 じ レ ベ ル の 横 関 係 と し て 並 ん で ゆ く と 、 今 度 は 必 然 的 に 神 格 の 高 下 に よ る 調 整 を 考 慮 せ ね ば な ら な く な っ た の で は な い か 。 以 上 の 憶 測 が 正 し い と す れ ば 、 神 階 が 顕 在 化 し て く る の は 官 社 数 の ⑯ ほ ぼ 出 揃 っ た 天 平 期 以 降 と 結 論 で き る で あ ろ う 。 本 来 、 官 社 制 度 と 神 階 は そ の 制 度 発 足 の 当 初 に お い て は 全 く 別 の 目 的 で 作 ら れ 、 こ と に 神 階 は 官 社 制 度 の 副 次 的 産 物 で あ っ た と い う こ と が で き る 。 非 官 社 で あ っ て も 神 階 を 奉 授 さ れ る 例 (宝 亀 ± 年 越 中 国 二 上 神 を 従 五 位 下 に 叙 し た 例 ) が 見 出 せ る の も 、 官 社 と 神 階 の 相 関 関 係 を 認 め な い 個 説 を 支 持 し よ う 。 た だ し 、 二 上 神 の よ う な 例 が 宝 亀 十 一 年 (七 八 〇 ) を 初 見 と す る こ と が 、 官 社 の 実 質 の 形 骸 化 の 始 ま る の を 八 世 紀 中 ∼ 末 期 と 考 え る 私 見 を 傍 証 し て く れ る 。 ﹃ 類 聚 三 代 格 ﹄ 巻 一 の 貞 観 十 年 ( 八 六 八 ) 六 月 廿 八 日 の 太 政 官 符 に 、 謹 案 汰 政 官 去 寳 亀 六 年 六 月 十 三 日 符 総 。 右 大 臣 宣 。 頒 幣 之 日 祝 部 不 参 。 自 今 以 後 不 得 更 然 。 γ レ γ 二 一 と 、 宝 亀 六 年 (七 七 五 ) の 太 政 官 符 を 引 用 し 、 幣 吊 を 受 け 取 り に 来 な い 祝 の こ と が 問 題 と な り 始 め て い た こ と を 記 し て い る 。 諸 社 の 祝 の 怠 慢 は 眼 に 余 る 有 り 様 で あ っ た ら し く 、 ﹃ 続 日 本 紀 ﹄ 宝 亀 七 年 ( 七 七 六 ) 八 月 丙 辰 条 に は 、 遣 使 奉 幣 於 天 下 群 神 。 其 天 下 諸 社 之 祝 。 不 動 洒 掃 。 以 激 蕪 職 者 。 収 其 位 記 。 与 替 。 二 一 〆 と 、 神 社 の 汚 穣 を 祝 の 怠 慢 の 結 果 を と ら え て い る 。 同 様 な 主 旨 の 太 政 ⑯ 官 符 は 翌 八 年 三 月 十 日 に も 出 さ れ て お り 、 こ こ に 弛 緩 し 始 め た 神 祇 祭 祀 の 様 相 を 見 る こ と が で き よ う 。 宝 亀 六 年 の 太 政 官 符 以 後 、 諸 社 の 祝 が 幣 吊 を 受 け 取 り に 参 集 し た か ど う か 定 か で な い が 、 平 安 期 に 入 っ て も 尚 、 祝 部 不 参 へ の 対 応 策 が 出 さ れ て い る こ と か ら 考 え れ ば 、 官 符 の 徹 底 は 困 難 な 問 題 で あ っ た の だ だ ろ う 。 ﹃ 類 聚 国 史 ﹄ 巻 十 の 祈 年 祭 の 項 に は 、 次 の よ う に 載 せ ら れ て い る 。 延 暦 十 七 年 九 月 癸 丑 。 定 可 奉 祈 年 幣 吊 神 社 。 先 是 。 諸 国 祝 等 毎 年 下 γ 二 一 上 区 γ 込 京 。 各 受 幣 滞 。 而 道 路 僻 遠 。 往 還 多 銀 。 今 便 朔 當 国 物 一。 延 暦 十 七 年 (七 九 八 ) 以 前 、 諸 国 の 祝 ら は 毎 年 入 京 し て 幣 吊 を 受 け ね ば な ら な か っ た 。 宝 亀 六 年 ( 七 七 五 ) に ﹁ 頒 幣 之 日 祝 部 不 参 ﹂ と い 〆 レ 一 31 一
う 有 り 様 で 、 ﹁ 泊 今 以 後不得 更 然 ﹂ と 綱 紀 粛 正 を 訴 え る 中 央 政 府 で あ っ た が 、 そ の 後 も 相 変 わ ら ず ﹁ 祝 部 不 参 ﹂ は 続 い た の で あ ろ う 。 そ の 原 因 は 道 路 僻 遠 で 往 還 に 難 が 多 い た め に 他 な ら な か っ た 。 延 暦 十 七 年 (七 九 八 ) に 到 っ て ﹃ 延 喜 式 ﹄ に 載 せ る よ う な 官 幣 社 と 国 幣 社 に 分 け た と い う の で あ る 。 官 社 が 官 社 と し て 最 低 限 も ち う る 必 要 条 件 の 一 つ に は 祈 年 祭 や 月 次 ・ 新 嘗 ・ 相 嘗 祭 の 班 幣 を 受 け る こ と 、 つ ま り は 神 祇 官 統 制 下 に 置 か れ る こ と が 義 務 づ け ら れ て い た 筈 で あ っ た 。 と こ ろ が 八 世 紀 も 後 半 に 入 る と 、 次 第 に 班 幣 を 受 け る と い う 行 為 は 放 棄 の 状 態 と な り 、 有 名 無 実 化 の 一 途 を 辿 る 。 官 社 化 や 神 階 奉 授 は そ の 極 く 初 期 に お い て は 中 央 権 力 に よ る 地 方 支 配 の た め の 積 極 的 な 政 策 で あ っ た ろ う 。 奈 良 時 代 に お け る 献 物 叙 位 の 状 況 を 顧 み て も 地 方 豪 族 た ち が 如 何 に 官 位 を 獲 得 す る こ ⑰ と に 躍 起 と な っ て い た で あ ろ う か 。 し か し 、 八 世 紀 後 半 か ら 、 も は や ﹁ 官 ﹂ の 権 威 は 後 退 化 し つ つ あ り 、 官 社 か 非 官 社 か は さ し た る 問 題 で は な く 、 専 ら 神 階 の み 得 る 傾 向 が 著 し く な っ て ゆ く 。 ﹃ 日 本 後 紀 ﹄ 以 下 の 六 国 史 に 載 せ る 神 階 関 係 の 記 事 数 に 比 べ て 、 官 社 化 記 事 は 少 な い 。 少 な い と は 言 う も の の 、 尚 、 官 社 化 を 求 め る 風 潮 の 残 澤 を そ こ に 見 出 す こ と が で き よ う 。 た だ 奈 良 時 代 と 異 な る 点 は 官 社 た る 必 要 条 件 の 班 幣 の 比 重 低 下 、 裏 返 せ ば ﹁ 神 名 帳 ﹂ に 名 を 列 ね る だ け に 意 義 を 見 出 す よ う な 官 社 の 有 り 方 、 ど も う 一 点 は 祝 部 不 参 へ の 処 罰 を 規 定 し た 太 政 官 符 を 数 回 に 渡 っ て 出 さ ね ば な ら な い と い う 中 央 神 祇 官 の 統 制 力 衰 微 、 の 併 せ て 二 点 を 指 摘 で き よ う 。 官 社 制 度 成 立 の 初 期 に お い て は 、 神 祇 官 の 地 方 神 社 統 制 の 色 合 い が 濃 か っ た も の の 、 奈 良 時 代 後 期 に 入 っ て か ら は 在 地 の 豪 族 が 官 社 制 度 を 逆 利 用 し 始 め た と 考 え ら れ よ う 。 そ こ に 、 中 央 政 府 と 在 地 豪 族 と の 力 関 係 の 逆 転 を 見 出 す こ と が 可 能 で は な い で あ ろ う か 。 第 二 章 平 安 時 代 に お け る 官 社 制 度 と 神 階 第 一 節 嘉 祥 三 年 太 政 官 符 の 検 討 ﹃ 日 本 後 紀 ﹄ 以 下 の 国 史 に は 神 階 奉 授 の 記 事 が 頻 出 し て い る 。 神 階 を 奉 授 す る 現 象 は 承 和 ∼ 貞 観 年 間 (八 三 四 ∼ 八 七 六 ) に ピ ー ク を 迎 え 、 ま た そ の 時 期 は 地 域 的 に も 又 奉 授 さ れ る 神 階 に お い て も バ ラ エ テ ィ ー に 富 ん で い る 。 別 表 の 官 社 化 記 事 を 同 様 に 件 数 と し て と ら え れ ば 、 ほ ぼ 神 階 の 傾 向 と 等 し く な る で あ ろ う 。 も っ と も 官 社 化 記 事 や 神 階 奉 授 ・ 昇 叙 の 全 て が 網 羅 さ れ て い る わ け で は な く 、 国 史 編 纂 者 の 恣 意 に 左 右 さ れ る こ と が 多 か っ た で あ ろ う か ら 一 概 に 断 定 は で き な い も の の 、 前 述 し た 如 く 大 宝 ∼ 天 平 年 間 を 官 社 化 の 第 一 期 ピ ー ク と す る な ら 、 承 和 ∼ 貞 観 年 間 は 第 二 期 ピ ー ク に 該 当 し て い よ う 。 一 方 、 神 階 制 度 は 官 社 制 度 よ り 遅 れ て 始 ま っ た が 、 徐 々 に 一 般 的 な も の と し て 浸 透 し て ゆ き 、 承 和 ∼ 貞 観 年 間 に 第 一 期 の ピ ー ク を 迎 え る と 思 わ れ る 。 再 度 こ こ で 、 官 社 と 神 階 と の 関 係 に 論 を 移 し て み た い 。 第 一 章 第 二 節 の 樹 ・ 個 両 説 に と っ て 根 幹 的 史 料 と な っ た 、 嘉 祥 三 年 (八 五 〇 ) 十 ﹁ 32 ﹁
⑱ 二 月 廿 八 日 及 び 嘉 祥 四 年 正 月 廿 七 日 の 太 政 官 符 を 紹 介 し て お く 。 太 政 官 符 応 国 内 諸 神 不 論 有 位 無 位 叙 正 六 位 上 事 下 レ ニ 一 中 上 太 政 官 去 年 十 二 月 廿 八 日 下 五 畿 内 七 道 諸 国 符 俗 。 二 一 右 大 臣 宣 。 奉 勅 。 特 有 所 思 。 天 下 大 小 諸 神 。 或 本 預 官 社 。 或 未 載 公 簿 。 有 位 更 〆 レ 二 一 r 二 一 増 一 階 。 無 位 新 叙 六 位 。 唯 大 社 井 名 神 錐 云 無 位 奉 授 従 五 位 下 者 。 二 一 二 一 レ ニ 一 〆 一 二 而 今 推 量 。 六 位 之 中 其 階 有 四 。 至 干 奉 行 必 磨 有 疑 。 宜 除 奉 授 従 五 レ ニ 一 レ 〆 下 〆 レ ニ 位 乏 外 。 不 論 有 位 無 位 洪 叙 症 六 位 上 局 嘉 祥 四 年 正 月 廿 七 日 傍 線 を 引 い た 部 分 が 嘉 祥 三 年 の 太 政 官 符 の 内 容 で あ り 、 嘉 祥 四 年 の は そ れ を 若 干 補 正 し た も の で あ る 。 一 方 、 ﹃ 文 徳 実 録 ﹄ で は 嘉 祥 四 年 陛 仁 寿 元 年 正 月 庚 子 条 に 、 詔 。 天 下 諸 神 。 添 論 有 位 無 位 幻 叙 韮 六 位 上 ﹃ と 簡 略 に 記 さ れ て お り 、 意 味 す る と こ ろ は 明 確 で な い 。 嘉 祥 三 年 の 太 政 官 符 を 要 約 す れ ば 、 お よ そ 次 の よ う な 概 念 図 が で き あ が る 。 ︿ 第 二 図 ﹀ 一一 一 こ の 官 符 か ら 、 官 社 ・ 非 官 社 を 問 わ ず 神 階 上 は 区 別 が な か っ た こ と が 察 せ ら れ 、 当 然 こ れ か ら は 官 社 化 と 神 階 と の 間 に は 何 ら 必 然 的 な 因 果 関 係 は な か っ た 、 と い う 結 論 が 導 き 出 さ れ る 。 そ れ ば か り か 、 大 社 名 神 の 中 に も 無 位 の 神 が あ り 、 嘉 祥 三 年 以 前 は 神 階 上 、 一 般 の 神 と 区 ⑲ 別 さ れ な か っ た こ と を 窺 わ せ る 。 先 掲 の 第 二 表 と 第 三 表 に み ら れ る 名 神 化 の 時 期 と 一 挙 三 階 加 進 の 時 期 が 嘉 祥 三 年 を 挾 ん で 二 十 数 年 隔 た っ て い る 理 由 は 以 上 の 点 よ り 説 明 可 能 で あ ろ う 。 名 神 上 の 神 階 上 の 優 遇 は 、 こ の 官 符 の ﹁ 唯 大 社 # 名 神 錐 云 無 位 。 奉 授 従 五 位 下 ﹂ の 語 句 に 端 レ ニ 一 〆 二 一 的 に 表 現 さ れ て い る と 考 え る が 、 一 般 の 官 社 と 非 官 社 と の 間 で は 特 別 な 配 慮 は な さ れ ず 、 同 列 に 扱 わ れ て い た こ と が 知 ら れ る 。 そ こ で 次 に 、 こ の 官 符 を め ぐ っ て の 相 対 立 す る 見 解 を 示 し 、 更 に 詳 細 に こ れ ら を 検 討 し て み る こ と と す る 。 若 干 長 く な る が 、 論 点 を 明 確 に 把 握 す る 必 要 上 、 引 用 さ せ て 頂 く 。 ま ず 、 ㈹ 説 を 主 張 さ れ て い た 宮 ⑳ 城 栄 昌 氏 は ﹁ 神 名 帳 の 成 立 ﹂ に お い て 次 の よ う に 述 べ ら れ て い る 。
ー
か ら 直 ち に 従 五 位 下 以 上 に 叙 さ れ た 神 は 、 叙 位 と 同 時 か そ の 前 後 に 官 社 に な っ た こ と が わ か る 。 ( 中 略 ) 要 す る に 嘉 祥 四 年 の 太 政官符は
、ー
時 は 少 く と も 従 五 位 下 以 上 に 、 別 非 官 社 は 正 六 位 上 に 叙 す る よ う に 施 行 さ れ 、 こ れ に よ っ て 、 官 社 と 非 官 社 と の 位 階 上 の 権 威 が 保 持 さ れ た と み ら れ る 。 私 が こ の 両 年 の 官 符 を 以 て 官 社 成 立 の 手 懸 り と す る の は こ の 点 に よ っ て で あ る 。 宮 城 氏 の 見 解 ω ・ ② に 対 し 鋭 い 批 判 を 加 え ら れ た の が 西 山 徳 、 林 陸 朗 両 氏 で あ る 。 西 山 氏 は ﹁ 預 官 社 と 叙 位 と の 関 係 を 示 す 表 ﹂ を 作 製 さ 一 33 一れ 、 そ の 結 果 、 宮 城 氏 の ﹁ 説 は 成 り 立 た ず 、 む し ろ 、 国 史 の 記 事 は 官 社 や 非 官 社 の 別 な く 、 従 五 位 下 以 上 の 叙 位 を 賜 う こ と が 一 般 的 傾 向 を ㊥ な し て い る ﹂ と 考 え ら れ た 。 同 じ く 林 氏 は ﹁ 官 社 制 度 と 神 階 ﹂ の 論 考 の 中 で ﹁ 嘉 祥 四 年 以 後 に あ っ て も 、 宮 城 氏 の 如 く 、 従 五 位 下 と 正 六 位 上 と の 間 に 一 線 を 劃 し 官 社 ・ 非 官 社 が こ れ に 対 応 す る と 解 釈 す る こ と は で き な い ﹂ と 述 べ ら れ 、 そ の 例 証 と し て 、 嘉 祥 四 年 以 後 無 位 又 は 正 六 位 上 で 官 社 に 列 し た 例 も か な り あ る こ と 、 ま た 延 喜 非 官 社 で 神 階 に 預 か っ て い る 例 が 非 常 に 多 い こ と の 二 点 を 挙 げ て 神 階 は 官 社 の 要 件 で ⑫ は な い 、 と さ れ て い る 。 更 に 宮 城 氏 は そ の 後 、 西 山 氏 に 対 し て 再 批 判 を さ れ 、 嘉 祥 四 年 以 後 、 預 官 社 時 か あ る い は そ れ 以 後 も 従 五 位 下 に 叙 さ れ な か っ た 神 は 異 例 に 属 す る も の と し 、 依 然 と し て ﹁ 延 喜 式 所 載 の 官 社 が 嘉 祥 四 年 以 後 に 少 く と も 従 五 位 下 に 叙 さ れ た 直 前 直 後 を 以 て 、 そ の 社 が 官 社 に 預 か っ た 時 期 と み ﹂ ら れ て い る 。 ま た 、 ﹁ 嘉 祥 四 年 の 官 符 は 、 非 官 社 は す べ て 正 六 位 上 に 釘 づ け よ う と す る も の で は な く 、 正 六 位 上 を 非 官 社 の 最 低 位 階 と す る と の 趣 旨 で あ る ﹂ か ら 、 非 官 社 で 従 五 位 下 以 上 の 神 階 を 持 っ て も 当 然 の こ と と 言 え 、 官 社 成 立 の こ と と は 別 個 の 問 題 で あ る と 述 ㊥ べ ら れ て い る 。 さ て そ こ で 、 前 掲 ﹁ 神 名 帳 の 成 立 ﹂ よ り の 引 用 文 を 仮 り に 宮 城 説 ω ∼ ㈹ と 名 付 け 、 逐 一 検 討 し て ゆ き た い 。 ま ず 、 従 五 位 下 に 叙 せ ら れ た 神 の 座 数 を 年 次 順 に 調 べ て み る と 、 貞 観 年 間 に は 格 段 多 く な っ て い る こ と が わ か る が 、 そ の 傾 向 の 端 緒 は 嘉 ︿ 第 四 表 ﹀ 祥 三 年 ( 八 五 〇 ) か 仁 寿 元 年 ( 八 五 一 ) あ た り に 求 め ら れ そ う で あ る (第 四 表 ) 。 嘉 祥 三 年 太 政 官 符 の 実 施 の 痕 跡 を と ど め て い る と 言 え よ う が 、 官 符 以 後 に 官 社 化 さ れ た 神 の 叙 位 の 実 状 を 別 表 よ り 探 り 当 て て み る と 、 次 の よ う な 結 果 に ま と め ら れ る 。 名 神 に 預 か っ た 例 も 、 官 社 化 は そ れ 以 前 と 考 え る 方 が 自 然 で あ ろ う が 、 弘 仁 二 年 (八 = ) 安 芸 国 速 谷 神 ・ 伊 都 岐 嶋 神 を ﹁ 名 神 例 兼 四 時 幣 ﹂ に 預 か ら せ た 例 も あ る の で 、 一 応 官 社 化 と 同 次 元 に こ こ で は 扱 っ て お く 。 別 表 か ら 、 預 官 社 時 の 位 階 や あ る い は そ れ 以 後 の 昇 叙 の 判 り 得 る も ⑭ の に つ い て ま と め る と 、 (I) 預 官 社 時 に 従 五 位 下 以 上 と 考 え ら れ る も の 1 三 十 七 座 (II) 従 五 位 下 以 下 の も の の 内 、 一 年 以 内 に 従 五 位 下 に 叙 せ ら れ る も の ー 十 一 座 (III) 預 官 社 時 の 位 階 は 不 明 だ が 、 一 年 以 内 に 従 五 位 下 に な る も の 数 座 5 3 32 13 16 13 26 14 20 16 18 11 年 の の rO ρ088(( 元2元 2 3 4 5 6 7 8 9 10 破 〃 醐 〃 ⋮ 〃 〃 〃 〃 〃 数 座 0 8 7 073451121 0 2 3 5 年 ㈲ ⑬ 鋤 騒 ⑱⑱6⑱121314元23元23元 2 3 鞠""辮""鋳""醐"" 数 座 0 0 2 5 0 2 5 9 6 9 9 31 年 6 の 旬000QJ888((( 元102 3 4 5 6 7 8 9 10 11 同長和 〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃 大 天 承 数 座 0 2 1 0 3 1 1 3 0 4 1 1 年 ) ) ) ) ) )964709臼4677008 σσσσσσ 元25811元 2 3 5 10 15 24 宝護亀暦 灘 〃 : 〃 〃 〃 〃 〃 天 天 宝 延 一 34 一
四 座 (IV) 従 五 位 下 以 下 の も の で 一 年 以 内 に は 従 五 位 下 に な ら な い も の 二 座 嘉 祥 三 年 ( 八 五 〇 ) 十 二 月 廿 八 日 以 降 、 官 社 化 さ れ た 神 は 総 計 八 十 ⑮ 二 座 に の ぼ り 、 そ の 内 前 後 か ら 全 く 位 階 の わ か ら な い も の 十 九 座 と 、 ⑯ 位 階 を 判 定 し 兼 ね る も の 九 座 を 差 し 引 い た 残 り 五 十 四 座 を 便 宜 的 に 類 別 し た 。 そ の 結 果 、 宮 城 説 ω に 該 当 し な い も の は(IV) の 僅 か 二 例 だ け 露 番 伊 勢 国 葭 原 神 と 54 番 近 江 国 建 部 神 ) と い う こ と に な り 、 残 る 五 十 二 例 は 宮 城 説 を 裏 付 け て い る と 言 わ ね ば な ら な い 。 即 ち 、 そ の 五 十 二 例 は 総 数 八 十 二 座 の 内 の 六 十 三 ・ 九 % に 当 た り 、 ま た デ ー タ の 判 明 し 得 る 範 囲 で 言 え ば 、 総 数 五 十 四 座 の 内 の 九 十 八 ∴ % に 当 た る の で あ る 。 そ う す る と 、 林 氏 の 言 わ れ る よ う な ﹁ 嘉 祥 四 年 以 後 無 位 又 は 正 六 位 ⑰ 上 で 官 社 に 列 し た 例 も か な り あ り ﹂ と い う こ と を 根 拠 に 、 宮 城 説 ω に 反 駁 さ れ た の は 的 を 得 な い 見 解 と 言 わ ざ る を 得 な い 。 し か し 翻 っ て 、 嘉 祥 三 年 な い し 同 四 年 以 後 従 五 位 下 以 上 の 神 階 を 得 た 神 の 全 て が 官 社 と な っ た か と い う と 、 決 し て そ う で は な か っ た 。 宮 城 説 ω に お い て は こ の 点 が 誤 解 を 受 け 易 く 、 あ た か も 従 五 位 下 以 上 の 神 階 を 持 て ば 、 即 官 社 化 で あ る か の よ う な 錯 覚 を 与 え が ち で あ っ た 。 こ の 意 味 で 、 神 階 の み を 頼 り に 、 官 社 成 立 の 時 点 を 把 握 す る こ と は 不 可 能 で あ る と 言 わ ね ば な ら な い 。 次 に 、 西 山 ・ 林 氏 の 宮 城 説 ω へ の 批 判 の 第 二 の 論 拠 と な っ た 、 従 五 位 下 以 上 に し て 非 官 社 の具 体 例 を 指 摘 し て お く こ と と す る 。 い ま 仮 り に 嘉 祥 三 年 十 二 月 廿 八 日 よ り の ち 四 年 に 限 っ て 、 従 五 位 下 を 奉 授 さ れ た 神 々 を 列 挙 す る に と ど め 、 ﹃ 延 喜 式 ﹄ と 対 比 さ せ て み る ( 第 五 表 ) 。 ︿ 第 五 表 V 従 五 位 下 を 奉 授 さ れ た 神 々 (嘉 祥 三 ∼ 斉 衡 元 年 ) 化 ヒ 止 イ ネ←⊥ 冒 耕612 元の2
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小 ︻ 皿 小 小 一 小 小 小 小 小 小 小 小 小 小 小 小 小 一 一 [ 一 小 小 小 小 小 一 小 小 小 小 小 小 小 小 小 小 一 神 神 命 命 命 命 命 神 神 神 神 神 神 神 神 神 神 神 神 神 神 神 神 神 神 神 神 神 神 神 神 神 神 神 神 神 神 神 神 神 堤 堀 青 御 阿 與 速 天 糟 日 狭 野 謁 播 赤 御 石 石 阿 鹿 福 能 壬 大 志 都 伊 都 筑 衣 石 理 配 憐 息 率 狭 率 櫛 大 内 城 雲 河 門 幡 江 奥 江 和 豫 内 河山出参長因近陸遠大伊河 30 3 16 7 8 10 8 7 5 9 81289101010388113 閏3元2元 祥寿寿衡 嘉仁仁斉 第 五 表 の 四 十 神 の 内 、 従 五 位 下 を 奉 授 さ れ な が ら 、 ﹃ 延 喜 式 ﹄ に 至 る ま で 官 社 化 さ れ な か っ た 神 は 九 神 を 数 え る こ と が で き る 。 ま た 、 従 五 位 下 と い う 神 階 を 得 て の ち に 官 社 に 列 せ ら れ た 神 二 例 の 内 、 遠 江 国 息 神 は 僅 か 四 カ 月 の 差 で あ る の に 対 し 、 出 雲 国 天 穂 日 命 神 は そ の 間 約 六 年 と い う 歳 月 の 隔 た り が あ る 。 他 の 名 神 小 と 記 さ れ る 神 々 に 関 し て は 、 い つ 官 社 化 さ れ た か 計 り 兼 ね る が 、 お そ ら く は 決 し て ﹁ 叙 位 と 同 時 か そ の 前 後 に 官 社 に な っ た ﹂ わ け で は な か ろ う 。 と す れ ば 、 宮 城 説 ω は 大 勢 の 中 の ほ ん の 一 部 分 を 指 摘 し た に す ぎ ず 、 必 ず し も 一 般 的 な 傾 向 を 言 い 当 て た も の で は な い 、 と い う こ と に な ろ う 。 次 に 宮 城 説 ② は ど う か 。 ﹁ 35 一嘉 祥 三 年 太 政 官 符 以 後 、 官 社 に は 従 五 位 下 以 上 に 叙 す る よ う に 施 行 さ れ た 、 と い う ② の 前 半 部 分 に 関 し て は 、 氏 の 見 解 の 妥 当 で あ る こ と を 先 程 確 か め 得 た 。 と こ ろ が 、 後 半 部 分 の ﹁ 非 官 社 は 正 六 位 上 に 叙 す る よ う に 施 行 さ れ ﹂ た と い う 見 解 に 対 し て は ま だ 検 討 の 余 地 は 残 さ れ て い よ う 。 果 し て 、 嘉 祥 三 年 以 後 、 太 政 官 符 通 り に 無 位 の 神 ( 官 社 ・ 非 官 社 の 両 方 共 ) に は 最 低 階 、 正 六 位 上 を 授 け た と 断 定 し て よ い の だ ろ う か 。 宮 城 説 ② に よ れ ば 、 正 六 位 上 と い う 神 階 は 非 官 社 に 限 定 さ れ て い る よ う に 受 け 取 れ る が 、 実 際 上 は 官 符 通 り に 整 然 と 神 階 を 与 え た も の で は な か っ た ら し い 。 試 み に ﹃ 文 徳 実 録 ﹄ に お け る 神 階 記 事 の 表 記 の 仕 方 に 注 目 し て み る ⑱ と 、 意 外 な 事 柄 が 判 明 す る 。 即 ち 、 仁 寿 元 年 ( 八 五 一 ) か ら 斉 衡 三 年 (八 五 六 ) に 至 る ま で の 間 ( 巻 三 ∼ 巻 八 ) 、 従 五 位 下 に 叙 す 場 合 は 例 外 な く ﹁ 授 ﹂ の 字 を 使 用 し て い る の に 対 し 、 そ れ よ り 高 い 神 階 に 叙 す 場 合 は 大 概 に お い て ﹁ 加 ﹂ の 字 を 使 用 し て い る 。 嘉 祥 三 年 (巻 一 ∼ 巻 二 ) 段 階 で は 神 階 の 区 別 な く 、 ﹁ 授 ﹂ ﹁ 加 ﹂ の 両 字 の 混 用 が 見 ら れ 、 ま た 天 安 元 年 ( 八 五 七 ) と 二 年 (巻 九 ∼ 巻 十 ) に 至 る と 、 神 階 の 全 て が ﹁ 授 ﹂ と 記 さ れ て お り 、 ﹁ 加 ﹂ の 表 現 は 全 く 姿 を 消 し て い る 。 巻 ご と の 執 筆 者 の 配 慮 の 違 い を 反 映 し て い る と 思 わ れ る が 、 仁 寿 元 年 か ら 斉 衡 三 年 ま で の 規 則 性 を 持 っ た 記 述 型 式 に 宮 城 説 ② へ の 反 論 の 証 左 を 認 め ら れ る の で は な い だ ろ う か 。 つ ま り 推 測 す る と こ ろ は こ う で あ る 。 従 五 位 下 を 以 っ て ﹁ 授 ﹂ ﹁ 加 ﹂ の 区 別 が な さ れ 、 決 し て ﹁ 加従 五 位 王 ﹂ と 記 述 さ れ な か っ た 訳 は 、 そ の 神 が も と よ り 正 六 位 上 や あ る い は そ れ 以 下 と い う の で は な く て 、 全 く 新 た に 、 即 ち 無 位 か ら 直 ち に 従 五 位 下 を 奉 授 さ れ た も の だ っ た か ら 、 と 考 え ら れ は し な い だ ろ う か 。 右 の よ う に 考 え た 場 合 、 第 五 表 中 の 従 五 位 下 を 奉 授 さ れ た 非 官 社 九 例 は 無 位 か ら 直 ち に 従 五 位 下 を 授 け ら れ た 神 と 見 倣 す こ と が で き 、 宮 城 説 ② の 後 半 部 分 は 修 正 せ ざ る を 得 な く な っ て く る 。 嘉 祥 三 年 (八 五 〇 ) 太 政 官 符 以 後 、 大 概 の 傾 向 と し て 、 官 社 に は 従 五 位 下 以 上 の 神 階 を 与 え た で あ ろ う 。 が 、 し か し 非 官 社 だ か ら と い っ て 、 最 低 階 正 六 位 上 に 甘 ん じ て い た わ け で は な く 、 ま た 中 央 の 神 祇 官 に お い て も 、 非 官 社 に 正 六 位 上 を 叙 す る よ う な 政 策 を と っ た わ け で も な か っ た 。 次 の 第 六 表 は 、 官 符 以 後 に 無 位 の 神 の 奉 授 さ れ た 神 階 を 調 べ た 後 以 符 官 政 太 年 三 式 喜 延 嘗 新 土 小 肱 = 一 小 小 一 小 一 二 小 小 大 一 = 一 小 ﹁ = 大 = = ガ 階 神 神
国 中 雲 泉 内 濃 濃 中 和 中 内 江 中 和 幡 濃 磨 幡 勢 斐 佐 後 書 和 後 中 宮出和河信信宮大宮河近宮大因信播因伊甲土豊伯大備宮 日 月 年 20 11 13 14 5 朔 22 24 26 18 21 25 8 朔 13 8 24 17 21 22 5 27 15 4 . 。 . . ⋮ 。 ・ 。 ⋮ 。 . . 。 , . 9 の ⋮ 3 7 8 12 2 5 10 4 4 正 3 4 6 6 7 皿 10 9 12 3 4 2. 12 2 ︻ 36 [
も の で あ る 。 三 十 神 の 内 、 非 官 社 は 十 九 神 で 、 そ れ ら は た い て い 無 位 か ら 一 挙 に 従 五 位 下 を 授 け ら れ て い る (十 四 神 ) 。 国 史 に は 正 六 位 上 以 下 の 奉 授 に 関 し て は 記 載 さ れ な か っ た の で 、 取 り 上 げ ら れ た 記 事 で の み 断 定 す る の は 危 険 で あ る が 、 第 六 表 の 例 証 よ り 考 え れ ば 少 な く と も 宮 城 説 ② の よ う に ﹁ 非 官 社 は 正 六 位 上 に 叙 す る よ う 施 行 さ れ ﹂ た と は 言 え な い で あ ろ う 。 別 表 を 概 観 す る と 、 時 代 の 下 る に つ れ て 官 社 化 さ れ た 時 点 で 既 に 従 五 位 下 以 上 の 神 階 を 有 す る 神 の 多 く な る こ と が 傾 向 と し て つ か め る が 、 こ れ は 従 五 位 下 以 上 の 神 階 を 持 つ こ と が 即 ち 官 社 化 へ の パ ス ポ ー ト と 理 解 さ る べ き で は な く 、 む し ろ 神 階 濫 授 の 風 潮 の 中 に あ っ て 神 階 は 一 般 化 し て お り 、 大 勢 の 中 の 極 く 一 部 が 尚 、 官 社 化 を 求 め て 止 ま な か っ た 状 況 を そ こ に 見 出 す べ き で あ ろ う 。 ﹃ 三 代 実 録 ﹄ 元 慶 元 年 ( 八 七 七 ) 九 月 廿 五 日 癸 亥 条 に は 、 分 遣 中 臣 斎 部 両 氏 人 於 五 畿 七 道 諸 国 。 班 幣 境 内 天 神 地 祇 三 千 一 百 一 ニ ニ 光 四 神 。 縁 供 奉 大 嘗 会 也 。 " レ ニ 一 と 、 ﹃ 延 喜 式 ﹄ 段 階 の 式 内 社 (官 社 ) と は 数 の 上 で 異 動 が 見 ら れ る も ⑲ の の 、 ほ ぼ 元 慶 元 年 ま で で 一 応 の 官 社 化 は 終 焉 を 迎 え た と 予 想 さ れ る 記 載 が あ り 、 と す れ ば 、 別 表 ① ∼ ⑳ の 神 は お よ そ 三 千 神 の 官 社 が 揃 っ た 上 で の 官 社 化 と い う こ と に な ろ う 。 第 五 表 と 第 六 表 で 見 た 如 く 、 非 官 社 に し て 従 五 位 下 以 上 の 神 階 を 持 つ 神 が あ っ て も 一 向 に 差 支 え は な か っ た 。 そ れ ら の 極 く 一 部 が 官 社 化 終 焉 期 に 、 既 に 一 般 的 な 存 在 で あ っ た 神 階 を 持 っ て 官 社 に 列 せ ら れ た の で あ り 、 ま た 正 六 位 上 以 下 の 神 階 で 官 社 と な っ た 神 は だ い た い 一 年 以 内 に は 従 五 位 下 に 昇 叙 さ せ ら れ た も の と 考 え ら れ る 。 で は 何 故 、 一 年 以 内 と い う 短 期 日 に 従 五 位 下 に 昇 叙 せ ね ば な ら な か っ た か 。 先 程 、 第 六 表 で 見 た よ う に 、 官 社 の み な ら ず 非 官 社 に も 無 位 か ら 一 挙 に 従 五 位 下 を 奉 授 し 、 決 し て 非 官 社 だ か ら と い っ て 正 六 位 上 を 与 え て い た わ け で は な か っ た 。 こ こ で 改 め て 問 題 と な る の が 宮 城 説 ㈹ の ﹁ 官 社 と 非 官 社 と の 位 階 上 の 権 威 の 保 持 ﹂ と い う 点 で あ ろ う 。 神 祇 官 統 制 の 手 段 と な る 班 幣 は 放 棄 さ れ る と い う 状 態 で は あ っ た が 、 尚 官 社 の 国 家 的 権 威 と い う 点 は 捨 て 難 か っ た 。 非 官 社 で す ら 従 五 位 下 を 持 ち 得 る な ら ば 、 官 社 が そ れ よ り 一 階 下 の 正 六 位 上 に と ど ま る 必 要 は な か っ た の で あ る 。 そ れ が 一 年 以 内 の 従 五 位 下 昇 叙 と い う 現 象 と な っ て 具 体 化 し た と 考 え る 。 し か し 非 官 社 で す ら 従 五 位 下 以 上 の 神 階 を 与 え ね ば な ら な か っ た 点 に こ そ 、 実 際 の 政 治 社 会 の 上 で の ﹁ 官 ﹂ の 後 退 化 、 逆 に 言 え ば 左 地 側 の 中 央 支 配 か ら の 自 立 が 認 め ら れ る の で は な か ろ う か 。 官 社 ・ 非 官 社 い ず れ も 神 階 に お い て は 差 別 さ れ な い と な る と 、 官 社 で あ っ て も 特 殊 な 官 社 へ 、 即 ち 名 神 化 へ 転 身 を 図 ろ う と す る 動 向 が 生 じ る の も 強 ち 無 理 は な か っ た 。 九 世 紀 に 入 っ て 預 名 神 記 事 の 増 加 す る こ と が 、 そ れ を 示 唆 し て い よ う 。 次 節 で は 宮 城 説 ㈹ の 検 討 を 兼 ね 、 名 神 化 と 神 階 と の 関 係 に 焦 点 を 絞 っ て 考 察 を 進 め た い 。 一 37 ﹁