テクスト産出的な読みを促進する説明的文章の学習指導 : 6年「外国の人と理解し合うために」(佐竹秀雄)の実践を例に
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(2) 13. 2.2対象兵庫教育大学附属小学校第6学年3組吉川芳則学級(男子17名, 女子15名) 2.3実践期間1998年9月中旬 2.4指導者吉川芳則 2.5目標 ・他者とコミュニケーションを図る際に考慮すべき言語,身振り,文化(習慣)の 問題について,自己の生活経験や既有知識をもとに考えることができる。 ・筆者の考えについての評価(自己の考え)を適切に表現することができる。 2.6学習指導過程 本単元の学習指導過程は「既有知識とのずれを知る十筆者の発想・考え方を探り, 自己の考えを創出する」という流れで,全4時間扱いとした。基本的には,教材本 文に対する自己の感想や意見を書き,そこで産出された文章をもテクストとして学 習を展開するというスタイルを取った。 第一次: 「既有知識とのずれを知る」段階 【第1時】 --本教材は投げ入れ教材であったため,まず本文を読む前に,本文と 同様な題名「外国の人と理解し合うために」を提示し,それについての自己の考え を書かせたo書いた内容については,グループ等で交換し読み合うようにさせた。 【第2時】一一前時に書いた作文内容について数名分を紹介した後,本文を通読し, 再び「外国の人と理解し合うために」という題で作文を書く活動を位置づけた。 第二次: 「筆者の発想・考え方を探り,自己の考えを創出する」段階 【第1時】 ・--前時に書いた作文の中から,本文にも取り上げられている言語,身 振り,文化の問題に関わって理解し合うことの難しさを指摘している例を紹介し, それらをもとに本文の内容,筆者の考え方について学級全体で学習を展開した。 【第2時】一一前時に引き続き,理解し合う際の言語,身振り,文化の問題を本文 の内容と対応させながら学級全体で掘り下げて追求させた。 3実践の結果と考察 本稿で考察の対象とするのは,第二次2時間分の学級全体での授業記録であるが, 前段階である第一次の学習ぶりは次のようであった。 3.1第一次における学習者の意識について この段階では,本文と同様な題名「外国の人と理解し合うために」を提示し,そ れについての自己の考えを書かせた。その内容としては「言葉(英語)を覚える」 「文化の違いを感じる」 「挨拶をする」 「体(動作,身振り,表情)で表現する」 「互いにじっくり聞き合う」 「当事国(者)の考え方もあることを分かる」 「笑顔を 大事にする」 「心が大切」などであった。中でも最も多かったのが,言葉とりわけ 英語を学ぶということだった。非言語コミニュケ-ションの意義に触れているもの はわずかであった。学習者にとってのコミニュケ-ションの方途とは,やはり言語 であり,挨拶,笑顔などの礼儀を重んじるというレベルであることがうかがえた。 3.2第二次における学習者の読みの展開について.
(3) 14. 3.2.1 【第1時】の学習 授業は,第一次の通読後に書いた作文の中から以下のものをプリントして配布し, これらについての意見を述べることから始めた。 (下線は稿者。以下同じ。) (梨沙)私は,本当に難しいと思う。それは,外国の人は,外国で,いろんな話し方がある。で ち,向こうとこっちの身ぶり手ぶりで勝手に失礼なことをしている。でも,それは,向こうも口本 とはちがった言い方,文化とかなので,両方とも勝手に人はしている。でも,しゃべり方がわかっ ても,この本を読んで,話の仕方で「この人ダメやなあO」とか思われて,きらわれたりする.つ まり,例えばアメリカと中国がわかり合おうとしても,それは無理だと思う。一番の理由は,向こ うは中国の礼儀を知らないし,中国は中国で,アメリカのことなど,いっこも知らないから,理解. し合うのは,とうてい無理だと思います。 (森太郎)説明文を読んでみると,理解し合うのは不可能なことではないと書いてあるけど,自 分の国の礼儀を外国の人に知らせればいいというだけで,これはおかしいなどの言う権利はないと 思う。その国はその国ですればいいんだし,そんなに簡単に国のきまりを変えようとしても変えら れないから,不可能なことはないけど,むずかしいと思う。. (玩)ぼくは「外国の人と理解し合うために」という本を読んで思ったことは,国によって違う 考え方だった所は賛成だったけれど,国によって違う身ぶりだったのは初めて知りました。だから, 身ぶりで知らせることも大切だけど,やっぱり英語を話すことが大切だと思いました。 /いろいろ. な国は,自分の考えが自然だと思っていたから戦争が起こるんだなということもわかりました。 (安樹子)外国の人と理解し合うのは無理なことじゃなくても,考え方が違うせいで誤解を起こ してけんかみたいになってしまうのは因ると思う。 /けど英語,その国の言葉を話すことができれ ば,その誤解をとくことはできるし,身ぶり手ぶりじゃ誤解はとけないoだから,外国の人と理解 し合うためには,言葉を話すようになることがぜったいに必要だと思う。 (大志)これを読んで思ったことは,やっぱり通じ合うことはむずかしいということだ。それに は,第一に,マナーが違うということで理解し合えない。 /それは,ある国では,食べる時に音を 立ててはいけないが,日本では,音を立てるのは許されているし,宗教上の人はお肉を食べないの に,すきやきを出したりしたら失礼で,また,おかしいと思われるし,他にもジェスチャーで表し たものでも,また違う意見で受けられたらいけないので,あまりジェスチャーはききめがない。. 梨紗,森太郎は文化の違いのために理解が困難なことを,航,安樹子は言語習得 が不可欠であることを,また大志はジェスチャーの有効性が低いことを指摘してい る。いずれもコミニュケ-ションを考える点では一面的である。 以下では,こうした作文内容に対する意見交流をする形で展開した授業の一部を 逐語記録を活用しながら示し,考察を行う。その際,学習者の発言については,本 質的な箇所を収録することとし,部分的に略した場合がある。また指導者の発言に ついても確認,促し,承認等の性格を有するものは原則として割愛した。逐語記録 的な提示になるため,もどかしさがつきまとうが,実際の授業の中で,どのように 説明的文章の読みは創造的,またテクスト産出的なものとして生成していくのか, その過程そのものを考察対象とすることが重要であると捉え,以下のような形式と.
(4) 15. したoこれはまた,本教材がコミニュケ-ションを窟材としている説明的文章であ るという点でも,意義深いと考える。なおCは発言者が特定不可であることを指す。 すみれ:安樹子ちゃんの意見にちょっと質問というかO言葉がわかっていても,あの,その国の言 い回しとかを知らなければ,その時点で誤解を生じることがあると思う。だから言葉が話せて も言い方がわからなければダメだし。 幸輝:すみれさんの意見で反対なんだけど,別にじゃ例えばアメリカの人と日本人だったら,日本 の人はそんなに目をそらすタイプやけど,アメリカではじっと目を見て話すと書いてあってん やんか。やけど,自分の言いたいことをばっと言えば相手の人は,それはそれでわかってくれ ると思う。 Tl :今,一つ出てきてるのは言語のね,言葉〔注:言語と板書〕,吉葉という,本の中に書いて. ある,吉葉と,それだけではダメだっていってるのな。何? C:言い回しとか。 T2 :言い回しって何? すみれ:だから,これに書いてある友達とか, 「外国の人と理解し合うために」の説明文の中で, 日本人やったら,自分の子どものことはめられたら謙遜して照れるって書いてあって, ・=中 略-その言い方がわかってなければ日本人でも,もし向こうに行ってたりした時に,そうい う言い方がわかってなければ,ちょっとおかしいってことになるんだけれど--・後略・-・. T3 :えーと,佐竹さんは何て言ってるかなO言い方とは言わずにo C :考え方や表現D T4 :佐竹さんはそういう言い方をしてるよね。それを,すみれさんは「言い回し」という言い方 をした。そのことを考えなきゃいかんのじゃないかということね。. ここまでで,安樹子の作文を巡って,外国人とのコミュニケーションには言葉だ けでなく,言葉についての考え方や表現の知識が必要であることが話題となった0 以下,授業はこうした意見を踏まえて,グループでの活発な話し合いに入った。 その後,先に示した大志の作文についての厚志の「大志君の意見に賛成なんだけ ど,ジェスチャーのことで,ジェスチャーする人と受け入れる人の考えが違うから, ジェスチャーは効果がないと思う」という発言から学級全体での話し合いが再開し たOここで,大志の作文にあったコミュニケーションとジェスチャー,身振りの関 係のことが話題に上がるわけだが,この後,大志の作文の書き方についての意見が 出て,授業はやや脱線し,ジェスチャーの問題は一時頓挫するo この後,半年間の限定でクラスに滞在中だったアメリカ人の女の子の父母(父が アメリカ人,母がタイ人である)が結婚し,生活している事実をもとに,習慣とか 習わしとかを互い理解し合うことが必要であることや,言葉の問題としての方言に ついての意見が出たOジェスチャーのことが取り上げられて来るのは,これらの意 見が出た後,幸輝の次の意見からである。 幸輝:身振りは効き目がないって大ちゃん(注:大志のこと)は言ってるんやけど,アメリカはア.
(5) 16. メリカでハローとかわかってたらいいし, -(聞き取り不明) -ということが,ちゃんとわかっ ていれば,身振りの効き目は別にないことはないと思うo T6 :これ(注:考え方や表現の仕方のこと)がわかっていれば,身振り,これもまんざら捨てた 物ではないっていうこと? 〔黒板上の身振り,ジェスチャーの言葉を指して〕理解し合うため には,こんなもんなくていいとo C :少しあった方がいい。 /えー,いるで-,絶対. /少しぐらいいるわーo 大志:ジェスチャーは,そりゃあ,ちょっとはバイバイ(注:さよならの時の動作の意)が足しに. なるかもしれないけど,大まかな「今日学校へ行きました」とか言われたら,どうジェスチャー. するんですかOそんじゃあO. C :そんなんできひんわOそんなん少しぐらい英語しゃべれるやろ。 /ほんまや。 言語によるコミュニケーション機能と,ジェスチャーという非言語によるコミュ ニケーション機能とに意識が向き始めているが,まだ二者択一的な観点での捉え方 である。授業は,次の陽介の発言へと続いていく。 陽介:えっと,でもそれ(注:ジェスチャー)は絶対あった方がいい。だって日本人でも難しいも のとか,わからないものだって,ジェスチャーした方がわかりやすいし,言葉だけであっても, すごい想像力とかだって不十分だから,絶対あった方がいい。 T7 :言葉だけであっても,想像力っていうものが不十分なら,通じん(注:通じない,の意)0 理解し合うこと,難しいから,だからそういう時にこれ〔ジェスチャーを指して〕が助けにな ると。ということでしょ。はい。 梨紗:ジェスチャーとかいると思うやんか一。でも,それ勉輯するっていうジェスチャーが難しかっ. たら,こうやって物とか使って,これを見せてやったり, 〔プリントをかざして〕給とかを見 せてやったりしたらいいと思います。. 梨央:やっぱり,ジェスチャーとか身振りとかいると思うんだよね。あの一,水筒とかの大きさと か聞かれたときに,何十センチとか何リットル入るとか考えないで,これぐらいとか言うやろ。 そういうふうに手で表すことしかできないようなこともあるから,そういうのとか,いると思. います。 麻里江:だって絶対道聞かれたら,身振りとかジェスチャーとか少し入ると思うんだけど,そこの 負,右に曲がってって言われてもわからんやん。. T8 :口で説明したらえーやんね.あの向こうの黄色い何とかのビルのあるとこの角を右に曲がっ たらって。 麻里江:先生,今(注:ジェスチャーを)使ったやんo. 修:人間,考えんでもジェスチャー使ってしまうのや。意識せんでも勝手に。 T9:もうちょっと詳しく言って。 修:先生のさっきでも,こうやって言いながら指さしてしまうし,何か言ったら,自分でもよ-わ. からんなってたら,だんだん手使ったり,ジェスチャー. 裕典:お金ちょ-だいって言いながらさ-0 麻里江: 〔手を後ろに組んで,じっとして〕 「あれは中学校です」なんて,言われへんやんか。こ.
(6) 17. うやってな。ジェスチャー使って,あれは中学校ですって言われへんやん。だからな,こう やって〔右手で指さす格好をして〕する。 TIO:今みんなが話題にしているのは,これとこれ(注:言葉とジェスチャー・身振りのこと)の. つながりを非常に問題にしているわけね。言葉だけでもダメだし,身振り手振りだけでも。両 方やっぱりこういるじゃない。それが理解し合うということにつながっていくんじゃないかと いうこと一一。. C:なんか,よ-わからんわ。 Til:なんか,よ-わからん?はいO今まで話を聞いて。 絵札奈:やっぱりジェスチャーは,いると思うんや。しゃべってることをより詳しく話すためにも ジェスチャーは使われるから,詳しくいろんなことを知ってもらうた糾こも,少しジェスチャー. とかで表した方がわかりやすいと思う。. 言葉と想像力との関係で非言語コミニュケ-ションの意義を考えようとしている 陽介の考えは新鮮であるoコミニュケ-ションを考える枠組みが拡大していること がうかがえるOまた麻里江や修は,実際のコミニュケ-ション場面にもとづいて, 言語,非言語の両コミニュケ-ションが不可分な関係にあることを指摘している。 しかし,あくまでも具体例レベルでの気づきである。こうした気づきがメタ化され る指導が,コミニュケ-ション技能育成のためには,次の段階の内容として必要で ある。とは言え,上記逐語記録に見られる学習者の読み(考え)には,まだ一画的, 部分的であるものも多い。したがって,さらにもう1時間学級全体での話し合い学 習を継続することにした。以下にその記録を示しながら,学習者の読みがどのよう に拡充し深化していったかを考察することにする。 3.2.2 【第2時】の学習 第2時は,プリントに印刷された前時の学習のまとめの作文の中から,まず以下 の3人のものを読み,これらの作文内容についての意見をグループで交流し合い, さらに学級全体で話し合うことから学習を始めた。 (大志)みんな,ぼくは,ただ「あまりジェスチャーは使えない。」と言ったのに,まったくだ めといったように言ってきたので,ちょっとおかしいと思った。/ぼくは,やっぱりちょっとした. ことだったら,ジェスチャーは通じるけど,あまり長い言葉とかではジェスチャーは使い物にはな らないと思う。そして,しゃべっていると,ジェスチャーはつきものだし,どうしてもしゃべりに. くい場合は出てしまう。これは仕方がないが,他はいらないと思った。. (純愛)この授業で少し変わったのはジェスチャーのことです。自分の考えと,大志君やこの佐 竹さんが書いていたことは,比べてみるとちがいます。私は身ぶりで通じると思っていたけど,. Egl. ぼり言葉をしゃべれないと身ぶりだけでは難しいと思います。 /それと最後,佐竹さんは心のやわ らかさを持ちたいものであると言っていますoそれについては一番最初に考えた時と同じですOで も少し違うのは,言葉をしゃべれてマナーもわかって,そのうえ心も必要だということです。私は マナーはともかく言葉なしでも通じるかと思っていたから,そこがだいぶちがうところだと思いま.
(7) 18. し>.. (麻里江)今日,みんなの意見を聞いて,私は,ジェスチャーがやっぱり最後には必要ってこと がわかったO / 「ジェスチャーは,いらん。」っていう人がいたけど,いつの間にか知らず知らず のうちに,ジェスチャーは使っている。だから,ぜったいに今の世の中,話すには英語と身ぶりア. ンド(稿者注-andの意)ジェスチャーが必要ですo /あと,心で通じ合うっていってた人もいた けど,それはちがうと思う。. いずれもコミニュケ-ション場面における言葉とジェスチャー両者の関連が大切 であることに触れており,その点では学習に深化が見られるが,言語重視,マナー や心の重視,ジェスチャー重視という視点をなお固持している。そこで,これらを もとに話し合いを進めることで,コミニュケ-ションについての考察が拡充するこ とを期待した。以下,佑哉の発言から示すことにする。 佑哉:この班は,全員いらんっていうふうになったんだけど。 T12:何が? 佑哉:あの,ジェスチャーとかがo ・=中略・・・つい出てしまうのは別にして,長いのとか,そういう やつでは,ジェスチャーより言語-なってんけどOあの,言語が使われへんからジェスチャー. を使うんだから,そういう長い文とかだったら,ジェスチャーも言語も無理だったら,どう言. うかってわかれへんから,まず言語の方が大切だと思う。 麻里江:長い内容はな,あかんって言うけど,それは長い内容なりに言語と,手振り,身振り,ジェ スチャーを足しているから,だから,あの一一。. T13:前,昨日も言ってたことやんね。先生が突っ込まれたことやろ?長い,ま,今もそうですけ ど,こういうふうにこう,これはこれ,つながりがあって離せないものだから[板書にある言 葉と身振り・ジェスチャーの語を線で結ぶ]。 麻里江:プラスになっとるから。. T14:プラス?何がプラス? 麻里江:だから,言語は,詰まったら身振り,ジェスチャーがあるし,ジェスチャーが詰まったら, 少しは言語があるやん。だから=-・. 佑哉が,言語優先の意見を出してきたが,これは二者択一的な考え方にとどまっ ている.もちろん非言語コミュニケーションの意義を全面否定しているわけではな いのだろうが,相互関連よりも言語コミュニケーションに,より価値を置いての発 言だと思われる。麻里江は,それを受けて,言語,非言語両者の相互補完関係を強 調している。授業は,麻里江の発言の意図を解しにくい趣旨の質問が出たところで, 玄が説明の仕方を変えて,両者の関連性について指摘する。 玄:だから,言語とジェスチャーというものには,切っても切れない緑があるとO 麻里江:そう,そう,そう,そう! 玄:言語だけがしゃべれても,わからないこともあるから,そこに少々のジェスチャーが出てきて,.
(8) 19. 言語がちょっとしゃ-しゃべれ-あんまりしゃべれないときに,ジェスチャーを使ったりするから。 -中略一 逮:言語とかで行き詰まったときには,どうしても,あの,ジェスチャーとか出てまうし,例えば 長い言葉でも,えっとジェスチャーでけへんときには,言葉を使わんと通じへんから,さっきも 言ったように,使い分けたらすぐ伝わると思う。. ここでは「切っても切れない縁」や「使い分けたらすぐ伝わる」などの言葉で, 言語と非言語のコミュニケーションの関連性についての考えを進展させようとして いることがうかがえる。 さらに,続けて梨紗が「10個のうちの5と5で半分やと思うんやんか,両方とも な」 「いらんと,いるで, 5-五つずつ分かれてるってこと」というふうに言語非 言語との関連を割合,比率で説明しようとしてきた.つまり,コミュニケーション においては,言葉,身振り,どちらか一方が優勢というのではなく,イーブンの関 係にあるのだという指摘である。これを受けて,指導者は次のように整理している。 T15:こう, 5 : 5っていうのは,はっきり分けられないかもしれないけど,ちょっと昨日聞いて るとね,読んでてもそうだったけど,これとこれと(注:言葉と身振りのこと)こう分けて考 えるっていう感じはあったよね。これ(注:言葉)は,こっちの方がいいとか,これ(注:身. 振り)はだめだとか,これは,こっち(注:身振り)の方がよくて,こっち(注:言葉)はだ めだとか,どっちが大事だという感じだったけど,今日ちょっと違ってた-違ってきたのは, やっぱりこれは-・・・何,何やった?親戚じゃなくて-C:緑。 T16:あ,緑か。緑があるものなんだと。だから切っても,切り離せないところがあるというと。 これが,ちょっと違ってきたね。きのうとはね。 -後略-. コミニュケ-ションについての考え方が発展してきていることを意識化させよう と働きかけたものである。この比率を用いた考え方は,次の大志の発言からさらに 進展を見せた。 大志: 5 : 5って言ってるけど,ぼくはまだ,こう言語が7で,身振りが3やと思うねん。まだ, そういう,まだ言語の方が,ちょっとリードしてるっていうの?言語の方が,まだしゃべって るときに,さっきの梨紗さんは5 : 5に,ぼくには見えへんかったわけよ。まだ,こう手の方. がちょっと,あの少ないような感じでやってるから,まだ言葉の方が7 : 3で勝ってるんじゃ ないかな-と。. 大志は,目の前で言葉と身振りとの比率が5 : 5と言っている梨紗のコミュニケー ションの仕方を見て,イーブンの比率ではないことを指摘したのである。授業はこ の後,この大志の発言を巡ってのグループでの話し合い活動に入る。そして,その 話し合いの内容をもとにして,全体学習の場では,理恵が次のような発言をした。.
(9) 20. 理恵:ん-,その行く場所によって,あの何か変わるんじゃないかなと。 T17:どういうこと? 理恵:だから,もしアメリカに行ったときに, 3:7だったら,インドに行ったら9:1とか。そ. ういうのがあるんじゃないかと。. この発言は,国(場)によって,すなわち相手によって,言葉と身振りとを使う 割合は違うということへ意識を向けたものである。この発言は,引き続き言葉の比 率の方が高いと主張する理紗の発言を経て,麻里江の次の発言を呼ぶことになった。 麻里江:シャープペンシルの芯がなくなったから,この二人(注:同じグループの男子)持ってな いから,スクーター(注:同じグ)i,-プのアメリカ人の女の子,日本語はわからない)に, こうやってジェスチャーして,こうやってこのやつを入れるやつを,ジェスチャーして〔シャー プペンシルの上で,人差し指と親指で芯を入れるようにジェスチャーする〕,で, 「プリーズ」っ て言ったら〔スクーターに手を差し出す〕,くれたんやんか-Oだから, 「プリーズ」ってい うのは,今の言語は3で,身振り,ジュスチャーは7なわけやんかOだから,それは,この ときはこれで, 7:3。たまたま7:3やけど,でも,もし少ししゃべれるんやったら一言. 語がもし少ししゃべれるってことがあったら,身振りは少しでも使わんで-いいやんか。 したら3 : 7のときもあるから,いろんなときがあると思う。. T18:あ-,その場合場合によって,その割合みたいなものが変わるんだとO. 身近な外国人との生活の中でのやりとりの中から具体例を引き出し,自分がもっ と言葉が使えたら,身振りで表現する割合は減るのだというのである。この後,す みれは自己の海外旅行での経験をもとに,相手側は日本人である自分には言葉は通 じないのだから,言葉が0で身振りが10だとする発言をした。 そして,授業では次にコミニュケ-ションにおける個人差の問題が指摘されるo 森太郎:ジェスチャーとかは,人とかそういうので違うと思って,さっき安樹子さんと理紗さんの 意見を聞いとったら,安樹子さんは何もジェスチャーしてないんだけど,理紗さんはすごい ジェスチャーしてて,だから人によっては,その割合は変わってきて,国によっても変わっ てくるんじゃないかなと。. この子の発言のすばらしいところは,話題になっているコミニュケ-ションの仕 方の観点でもって,友達の実際の会話を検討していることである。しかも,二人を 比べて,言葉と身振りの割合の違いを明確にしている。えてして一般論で語ろうと していた話し合いに個別性の観点を付加したことで,学習に広がりが出たように思 われる。この発言を受けて,指導者は,自己のコミニュケ-ションの仕方として, 言語よりも身振りが多いタイプか,またはその逆かを問うた。結果的には,言葉優 勢タイプが多数を占めた。 この後,指導者は筆者佐竹氏が述べている「相手の立場を思いやる心をもつこと」.
(10) 21. についての考察を促すべく,次の絵礼奈の前時の読みとり作文を紹介した。 (絵札奈)今日,いろいろな意見が出たけれど,みんなも何となく,やっぱり理解し合うのはむ ずかしいと思っていて,私もそう思った。 /話すことや意味がわかって,ジェスチャーでくわしく 教えてあげたって,やっぱりおかしいと思う人だっていると思う。自分の国が一番だ-みたいに思っ ている人なら,そんなことを何度くり返したって信じてくれないし,説明してる人だって,いやに なってくるだろう。やっぱり,無理そうだなあ-0. この読みとり作文についての感想を巡る話し合いの結果,修は先のすみれの外国 旅行での買い物時のエピソードを取り上げ, 「相手の立場を思いやる心をもつこと」 について次のような意見でまとめた。 修:すみれさんが言ったのは,あのスペインでこれいくらって聞いたときに,相手は日本人だって いうことを,相手の立場に立って考えてくれて,言葉でしゃべらずに,計算機に値段出して,見 せてくれたってことが,ん-,スペインの人が,すみれさんの日本人だってことの相手の立場を. 考えて,それで思いやる心を持って計算機を見せたってことだから,相手の「異なる見方,考え 方を受け入れるだけの心のやわらかさをもちたいものである」っていうのもいっしょで,だから,. うん相手の立場を考えるっていうこと0. 本時の授業は,この後,外国人と理解し合うことに限らず,日本人どうLであっ てもコミニュケ-ションには困難が伴うことについての話し合いへと展開し,終了 した。以下に,この授業のまとめとして書いた自由記述の作文(本時の読みとり作 文)の中から,授業においてあまり発言のなかった学習者の例を示すことにする。 ○梨央さんの意見を聞いて,理解のむずかしさより,だからこそ理解するのが大切と思った。理解 は,やっぱりこっちもこうだから,あっちもこうだとかでもめ合うんではなく,互いの意見を尊重 し合うような心であるのが理解の第一歩だと思えてきたo (直子) 〇一前略-・理解するというのは,すべての物,人のよさを知って,もっと自分の,これが正しい,. まちがっているという固定観念をやめて,もっともっといろんなよさを知ればいいと思いました。 (純愛) ○今日一日の学習で,がらりと考えが変わりましたoそれは,とっても理解するのは難しいという ことです。 -中略-・日本人どうLが話をするなら言葉が多くなるし,言葉がほとんど通じないよう なところに行くと,ジェスチャーが多くなるのは仕方がないことで,それを理解し合えるような 「心」がとても大事なんだとわかったo /はじ糾こ書いた理解するのは難しいということでは,人. と人は同じ人なんていないということで,口本人どうLでも誤解や行き違いが起こるので,外国の 人たちだともっと難しいとわかりました。 (みゆき). 教材本文では言語(言葉)と身振りは理解し合うための別個の手段として述べら れており,コミュニケーションの場における言語と非言語の補完作用や相乗作用に.
(11) 22. ついては言及されてはいなかったが,学習者たちはコミュニケーションについて述 べられた本文についての意見を交流するうちに,コミュニケーションに関わる別の, しかし本質的な観点での議論を展開するようになった。すなわちコミュニケーショ ンに関わって各自がテクストを産出していったということであり,単に叙述内容を 確認する読みではなく,説明的文章における創造的な読みを展開したといえる。 4まとめと今後の課題 本稿では,創造的,テクスト産出的な説明的文章の読みを促進する学習指導のあ り方について,稿者による6年生での授業(「外国の人と理解し合うために」佐竹 秀雄)の逐語記録をもとに検討し,考察を加えた。学習者自身がテクスト本文を読 んで感じたこと,疑問に思ったこと等を書きまとめ,それらの表現をもとに本文の 読みを相互交流的に展開していくことで,筆者がテーマとしているコミニュケ-ショ ンのあり方について,学習者は自己のテクストを産出し,コミュニケーションに関 わる本質的な意義や留意点,問題点に対する認識を深めることが認められた。 コミニュケ-ションそのものをテーマにした今回のようなテクストを使用しない 場合,テクスト本文の読みを基底にしながらも,本文の枠組みを超えて読者(学習 者)自身のテクストを主体的に産出することが,どのような学習指導のもとで可能 となるのか検討していくことが,今後の課題である。 【謝辞】 本稿で分析対象とした授業のVTR撮影に関しては,難波博孝氏(愛知県立大 学),牧戸章氏(滋賀大学),長津貴氏(東京大学大学院)の全面的な協力を得た。 また逐語記録に起こす作業ならびに授業解釈については, 3氏に加えて,森美智代 氏(愛知県立大学研究生),松田さとみ氏(愛知県立大学4回生)のお世話になっ た。さらに第95回全国大学国語教育学舎熊本大会(1998.10.17,18)におけるラウ ンドテーブル(コーディネーター:難波氏,牧戸氏)で,本授業のVTRと授業記 録をもとに協議を行ったところ,多くの先生方からご助言をいただいた。記して感 謝申し上げる。 く注). 1)森田信義(1989) : 『筆者の工夫を評価する説明的文章の指導』明治図書, pp.38-420. 2)植山俊宏(1995) : 「実感的理解に基づくく納得〉を重視する-学習課題のあり 方を考える-」 『実践国語研究』 No.153, p.69。 3)寺井正憲(1996) : 「問題状況と読み手の極の定位」 『国語教育7月号臨時増 刊戦後国語教育研究の到達点と改革課題』明治Eg書, pp.99-100。 4)長崎伸仁(1997) : 『新しく拓く説明的文章の授業』明治図書pp.13-160 (きっかわよしのり・兵庫教育大学学校教育学部附属小学校).
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