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紹介 山田寛著『ポル・ポト「革命」史 -- 虐殺と破壊の4年間』

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Academic year: 2021

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(1)紹介 山田寛著『ポル・ポト「革命」史 -- 虐殺と 破壊の4年間』 著者 権利. 雑誌名 巻 号 ページ 発行年 出版者 URL. 天川 直子 Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア 経済研究所 / Institute of Developing Economies, Japan External Trade Organization (IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp アジア経済 46 2 108-108 2005-02 日本貿易振興機構アジア経済研究所 http://hdl.handle.net/2344/00007620.

(2) 紹   介 の経緯を述べ,政権下での虐殺・粛清の悲劇を紹介. 山田寛著. した後,著者は,ポル・ポト時代,すなわち1975年. 『ポル・ポト<革命>史──虐殺と 破壊の4年間──』. 4月17日から79年1月6日までの「3年8ヶ月20日 間」の犠牲者数を150万人前後とし, 「 (ポル・ポト派 は─評者)政権にあった間,毎日約1100人ずつを死 に追いやっていた」と述べる。そして,「こんな革. 講談社 2004年 232ページ あま かわ なお. こ. 天 川 直 子. 命」になってしまった理由を,現実から遊離した 誇大妄想の「バブル革命」,国民を人間ではなくい つでも処分できる家畜と見なす「人間不在の革命」,.  著者は,読売新聞記者としてサイゴン支局(1972. 中国やソ連,フランス等の革命の経験を強引に模. 年12月∼74年11月)やバンコク支局(77年11月∼81. 倣した「レンタル革命」,知識も判断力もない少年. 年3月)に駐在した経験を持つ。すなわち,ポル・. 少女を指導者が思いきり使用した「子ども革命」,. ポト政権の成立と崩壊の両方を,ジャーナリストと. 民族浄化につながってしまうほどの「自主独立偏執. して取材する巡り合わせとなった。カンボジアにひ. 病革命」 ,異を唱える者は皆粛清されてしまった. かれた著者は,国際報道の一線を退くと,David P.. 「ブレーキのない革命」,これら6点に整理している。. Chandlerの     .   

(3)          .   「ポル・ポト革命」の特色としてこれら6点を指.     .

(4) .

(5)   , Boulder: Westview Press,. 摘するのに,用語の好みはあるにせよ,多くの異論. 1992(邦訳は『ポル・ポト伝』めこん 1994年)と, はないだろう。しかし,まだ「ポル・ポト革命とは       . . 

(6).    . .      .         ’   なんだった」のか,という問いの答えにはなってい       . , Berkeley: University of California. ない。さらに著者は最終章で,ポル・ポト派の指導. Press, 1999(邦訳は『ポル・ポト 死の監獄S21─. 者達が家族の絆を尊重し,晩年には仏教に帰依する. ─クメール・ルージュと大量虐殺──』白揚社 2002. 姿を描いて,「彼らの革命は『家族』よりも『宗教』. 年)を訳出した。. よりも弱かった」と述べる。 「あとがき」では,彼.  本書は,これらの蓄積の上に書かれた,魅力的か. らのこのような姿を「要するに,ポル・ポト派も普. つ便利な書物である。本書の魅力は,何よりもまず, 通の人間たちだった証拠といえるのではないか」と 著者の新聞記者時代の取材エピソードや諸文献の引. 問題提起し,「普通の人間たちが一つの方向にめ. 用などを自在に用いて,ポル・ポト派の栄枯盛衰を. ちゃめちゃに突進したら,いくらでもこうしたこと. 生き生きと具体的に描き出したところにある。加え. (=ポル・ポト虐殺革命─評者)が起こり得る。だ. て,カンボジア現代史に関する先行研究,特に英仏. からこそ恐ろしいし,その歴史も知ってほしいと思. 語文献を十分に消化して,実に手際よくカンボジア. う」と結ぶ。. の現代史がまとめられている。もちろん,本書の目.  こうして結局,「ポル・ポト革命とはなんだった」. 的は表題にあるとおり「ポル・ポト革命」の通史で. のか,という問いは読者の宿題として残されてしま. あり,カンボジア現代史ではない。しかし,ポル・. う。あまりにも大きくて重い宿題である。著者なり. ポト派の歴史は,1940年代の独立闘争期からごく近. の結論を出していないところに釈然としない読者も. 年に至るまでのカンボジアの歴史を貫く重要な柱の. いるだろう。しかし,この問いの大きさと重さを示. ひとつである。日本語でこのような書物が用意され. し得たところに,評者はこの書物のもうひとつの意. たことは,後学の者達にとって実に大きなメリット. 義を見る。この問いは,その時代にたまたま巡り合. であろう。. わせたカンボジアの人々の個人的体験にとどまるも.  本書の主題は「ポル・ポト革命とはなんだった」. のではない。. のか,という問いである。ポル・ポト政権成立まで.  . (アジア経済研究所地域研究センター) 『アジア経済』XLVI‐2(2005.2).

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