援助の成果 -- 根拠を求めて(現地レポート特集)
著者
鈴木 千穂
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
176
ページ
28-31
発行年
2010-05
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00004508
特集
●援助の成果と混沌とした現実
〝どんなお仕事をされているので すか〟という質問をされると、答え に困ることが多い。何年か前のエコ ノミストの記事だったと思う。アフ リカのどこかの国の保健省が、各ド ナー機関・組織から義務付けられて いる報告書作成作業にあっぷあっぷ しているという内容だった。縦割り の保健プログラム ⑴ 、ドナー機関が 求める特有の活動報告書の形態およ びドナーごとに異なる提出期限の締 切りのサイクル、数々の指標に基づ く成果の報告、スタッフの時間を含 むコストがなみなみならないその作 業、そして国外および国内に頭脳が 流出している国々で︵国内の場合は 政府機関からドナー機関やNGOに 流出︶お役所の実務能力が深刻な影 響を受けている中でのその作業に 、 資金を受けとっている側の当然の義 務とはいえ、ある種の疑問を投げか けている趣旨の記事だった。援助の 成果とその根拠を求めるドナー、根 拠に基づいた成果を示す義務のある 被援助国、その狭間の混沌とした状 況の中で仕事をしている。ここでは 国際保健分野で援助の成果を測る仕 事に携わってきた経験をもとに、現 場で見てきたこと・感じたことを述 べたいと思う。●
国際保健プログラムのモニタ
リング・評価という仕事
私が関わっている業務は〝プログ ラムのモニタリング・評価〟という もので、特に国際保健・公衆衛生の 分野では通称 〝 M & E 〟︵エム ・ ア ンド・イー︶とよばれている。 M & E 自体が言葉になっており、一種の 職業にもなっている。途上国どこへ 行ってもこの言葉を聞かないところ はないといっても過言ではない。 M & E とは、非常に端的にいえばプロ グラムが掲げている目的を果たすた めのプロセスを順調に経ているか ︵ Monitoring ︶、 そして最終的にはそ の目的を果たしたか ︵ Evaluat ion ︶ 、 ということを吟味する仕事である 。 Evaluat ion はプログラムの立ち上げ に行われる事前評価、中間で行われ る評価、そしてプログラム終了時に 行われる評価もあり、それなりに大 規模な調査・サーベイをプログラム の活動の一環として行うこともあれ ば、 Demographic and Health Surv
ey ︵ DHS ︶ ⑵ や Behavioral Surv eillance Surv ey ︵ BSS ︶ ⑶ などのように定期的 に実施されているサーベイのデータ を使って検証されることもある。 私が最も長く、そして深く関わっ てきたアメリカの OD Aの世界で は 、〝 M & E 〟という業務は新しい ものではない。国際保健の分野でプ ログラムの成果を測るという試み は、さかのぼれば家族計画プログラ ムから始まり、母子保健プログラム においても M & E は その重要な役割 を果たしてきた。が、二〇〇三年に アメリカ政府支援プログラムの US Presidents Emergency Relief for AIDS ︵ PEPF AR ︶ ⑷ が立ちあげられて から、また、近年のキーワードの一 つ で あ る Evidence-Based Decision Making ︵何らかのデータ ・根拠に 基づいたプログラムや政策決定︶が 叫ばれるようになってから、 M & E という業務はさらに重点が置かれる ようになり、そのポストも主に支援 対象国において急増した。今や新聞 の求人情報欄や、メールで配信され てくる求人情報で 、〝 M & E 〟のポ ストが出ていないことはほとんどあ りえない。
●成果を測る指標
それでは M & E という業務は実際 にはどのような内容なのかといえ ば、まずはプログラムの趣旨と目的 を表すフレームワーク︵プログラム の 骨 組 み を 表 す Conceptual Framework か ら プ ロ グ ラ ム の 実 施 経 過 と 目 的 を つ な ぐ P erformance Monitoring Plan/Framework 、 ま た Log ical Framework 、 Results Framework など︶ を 構築し、 そして目 的に至る経過を測る指標 ︵ Indicator ︶ の各種 ︵ Inputs 、 Pro cesses 、 Outputs 、 Outcomes 、 Impact ︶ を そ の フ レ ー ムワークの中に組み込むことであ る。指標とは簡単にいえば成果を測 る〝ものさし〟のようなもので、各 保健プログラム︵例エイズプログ ラム、結核プログラム、マラリヤプ ログラム、母子保健プログラム、乳 幼児保健プログラム、など︶特有の 指標がそれぞれのプログラムのフ レームワークの一部として組み込ま れる。公衆衛生の分野では質量より も数量で成果を測ることが主流であ り、よって指標も数値で測るものが ほとんどである。 実際にプログラムの実施レベルで はどのような指標が組み込まれるの かといえば 、︵一︶グローバルレベ ル︵つまりマルチやバイラテラル援 助機関・組織主導︶で議論およびコ ンセンサスが得られた指標 ⑸ 、 ︵ 二 ︶援助の成果
――
根拠を求めて
鈴
木
千
穂
資金を拠出したドナーが特に関心を 寄せている指標 ⑹ 、︵三︶被援助国の 政府・保健省がその国のプログラム に関わるものとして掲げている指 標 、︵四︶プログラム実施レベルで 進捗状況を事細かにモニターするた めの指標、 などがあげられる。また、 エイズのプログラムだけでも、その 支援プログラムの具体的な内容に よって指標のセットが仕分けられて いる。つまり、母子感染プログラム ︵ P MTCT ︶、 抗レトロウイルス薬 プログラム ︵A RT ︶、エイズ予防 ︵ Prev ent ion ︶、 HI V テ ストとカウ ンセリング ︵ HCT ︶、ケアサービ ス︵ Care and Support ︶、 エ イ ズ 遺 児支援サービス︵ O V C ︶など、そ れぞれに指標のセットがある。とい うわけで、国際保健のプログラムは その立ち上げから終了まで、いわば 指標のオンパレード状態である。 指標およびそのガイダンスはどの ような過程を経て作成されるのかと いえば、多くの場合はトップダウン なプロセス ︵つまり 、ワシントン 、 ジュネーブ、ニューヨーク主導のプ ロセス︶から始まり、多くの場合は 数年にかけてのやりとり、および対 象地域や国の保健省、対象地域・国 で 実 施 を 支 援 す る N G O ︵ Non-gov ernmental Org anizat ion ︶ や O D Aのコントラクター・コンサルタ ント会社、サーベイやプログラム評 価を実施する会社やプロジェクト ⑺ などが関わり、コンセンサスがやが て構築されていく。グローバルレベ ルでコンセンサスが得られた指標 は、時間を追って国内および他国と 成果を比較することが必要であるた め、基本的にはどの国にも統一的に 適用される。 また、歳月を経てプログラムが熟 成すればするほど︵例えば家族計画 やエイズのプログラムなど︶ 、 新し いプログラムの指標の母体となるこ とも多々ある ⑻ 。そして 、アプロー チの変化や医療の発展に伴ってプロ グラムがそれなりに変革を遂げるた びに、あるいはドナーの関心項目が 変化・増えるたびに、既存の指標ガ イダンスも見直されることになる。
●指標とフォーム
プログラムの指標のセットが定ま ると 、いわゆるサービス ・データ ⑼ といわれるデータをとらえる・記録 するためのフォーム ︵ tool ともよば れている︶が必要になる。保健省や その他の国の関係省庁が承認した フォームだけが使用されればそれに 越したことはないのだが、ドナーの 意思・思惑・要望やプログラムの変 容に伴って次から次へと指標の数が 増加すると、それに伴ってフォーム の改正が必要となる。フォームの改 正作業はドナー機関・組織、実施機 関・組織、そしてプログラム担当省 庁・担当者の間で交渉に交渉を積み 重ねるという、コンセンサスがまと まるまでに時間と労力が非常にかか る作業である。 ワ シントン ・ ジ ュネー ブ・ニューヨークや被援助国の首都 で展開される指標とフォームの議論 の場には、実際にそのフォームを使 用してデータを記録・報告する現場 の担当者が参加することは、私がこ れまで関わったプロセスの中では残 念ながら滅多に見たことがない。ま た、既存のフォームの改正プロセス のペースと、ドナーへの報告義務が 発生する時期が合致することも滅多 にない。よって、ドナー機関・組織 から資金を得ている国際 N GO の中 に は 、 国 の 関 係 省 庁 が 承 認 し た フォームのほかに平行して独自の フォームを作成し、報告義務となっ ている指標に関わるデータを集めい る場合もよくみられる。というわけ で、国際保健のプログラムはその立 ち上げから終了まで、いわば指標と フォームとの格闘が続く。●情報システムの実情
国の省庁あるいは実施機関・組織 に よ っ て 承 認 さ れ た フ ォ ー ム は 、 サービスの提供の場︵医療施設であ れ地域サービスの場であれ︶に配布 され、サービス提供者︵施設の場合 は医療関係者、地域サービスの場合 ⑴ 保健のプログラムは従来、おおむね内容ごとに縦割りでドナーの資金が投入され、実施・運営されている。例えば、いわゆる三大感染症に関わるプログラムは、エイズ、 マラリヤ、結核、それぞれが縦割り形態で実施されており、実施の経過もそれぞれのプログラムごとにモニターされ、それぞれのドナーに報告書が提出される。最近 ナイジェリアではATM(AIDS, TB and Malaria)を感染症プログラムとしてひとつにまとめる動きが保健省主導で始まっている。⑵ http://measuredhs.com/
⑶ http://www.fhi.org/en/topics/bss.htm
⑷ PEPFAR:http://www.pepfar.gov/about/index.htm
⑸ 例:(1) Guidelines on Construction of Core UNGASS (2002);(http://www.who.int/hiv/strategic/me/ungass/en/)
(2)PEPFAR Next Generation Indicators Reference Guidance Version 1.1 (2009);(http://www.pepfar.gov/guidance/c21628.htm)
(3)A Guide for Monitoring and Evaluating Child Health Programs (2005);(http://www.cpc.unc.edu/measure/tools/child-health/me-child-health-programs) エイズやマラリヤなどの分野では、M&E Reference Group(MERG)というグループを中心に、グローバルレベルで指標のハーモナイゼーション化が進められている。 指標のハーモナイゼーションとは、ドナー機関がプログラムの進捗状況を測る指標を各ドナー機関同士で、および被援助国政府のプログラムが掲げる指標と統一する 動きである。
⑹ 例えばUSAIDの場合、米議会の要請から発生した指標も数多い。
⑺ 例えば、DHSを実施しているMacro International/MEASURE DHSや、MEASURE Evaluationなど。
⑻ 例えば鳥インフルエンザ対策プログラムの指標はエイズ・マラリヤ・結核など他の感染症のプログラムの指標ガイダンスを参考に考案されたものも中にはある。かたや、 Gender-Based Violenceに関わるプログラムの指標ガイダンスは、これまでの他のプログラムのガイダンスがあまり参考にならず、ジェンダーおよびジェンダーと暴力 の専門家を動員して考案された。
⑼ サービス・データとは、定期的に(例:毎月)サービス提供の場(例:保健所)から上がってくるデータで、これに対してサーベイ・データとはその名のごとくサー ベイ・調査活動を通して集められるデータである。
特集
はボランティア︶の 手によってデータが 記録 ・保管される 。 保健セクターのサー ビスの場合、プログ ラムごとに毎月各指 標のデータが各保健 行政レベルでまとめ られ、サービスの末 端から首都の保健省 の関連組織に向けて 発信されている。多 くの途上国では、コ ンピューターのシス テムがいまだに構築 されていない地域がほとんどであ り、それどころか電気の安定供給す らのぞめない地域がほとんどである ため、サービスの末端では保健所の スタッフや地域のボランティアが書 面で記録を管理していることが実情 である。 また、例えばエイズのプログラム のデータは保健サービスの場からの み上がってくるわけではない。特に アフリカでは、この一〇年あまりの 間にエイズ遺児支援プログラムの数 が増えた。エイズ遺児支援プログラ ムは、各国の女性開発・社会福祉に 関わる省庁がつかさどっている場合 が多い。よって、保健サービスに関 わる情報システムは保健セクターの みならず社会福祉セクターに関わる 関係省庁を巻き込んだものが構築さ れることになる。●
保健所のスタッフや村の住民
組織のボランティアの格闘
根拠に基づく成果をドナーが求め る限り︵そしてそれは当然といえば 当然なのだが︶ 、データは根拠の重 要な一部である。データは保健サー ビス・システムの末端である村の保 健所の医療スタッフ、あるいは住民 組織のサービスセンターやボラン ティアによって記録される。 保健所のデータ関連業務はどう なっているかといえば、多くの場合 は医療サービス従事者が書面で記録 を管理 し て い る 。 一 人 一 人 の 患 者さ ん のカードに診察の内容が医師によっ て記録さ れ、それ が各施設 の医療ス タッフに よ っ て 〝 Reg ister 〟 とよばれ ている台 帳にうつ され、一 カ月ごと にこの Reg ister から Monthly Summary Forms とよばれているフォームにそ の月の合計が指標ごとに計算されて 記録され、保健行政の次のレベルへ 報告書として提出され、最終的には 保健省へとその情報がゆきつく、と いうのが一応のシナリオである。 が、 これがなかなか現実には難しい。そ れは、医療スタッフの能力や人材不 足︵医者・医療スタッフの数が患者 数に対して著しく不足している︶が 問題である場合もあるが、最大の問写真1&2・Primary Health Center (PHC), Nasarrawa LGA, Kano State, Nigeria:(1)Registerのデータを確認しているところ;(2)結
核プログラム担当ボランティア、データの記録も担当している 写真1
題は医療サービスを提供することが 本職であるスタッフが、患者さんを 診るかたわらで施設の M & E 担 当者 として緻密なデータ記載・記録・計 算作業という時間と労力のかかる作 業を日々強いられていることである と思う。データの質も問題である場 合が多い︵不正確であったり、不完 全であったり、期限までにデータが 上がってこなかったり︶ 。また 、 毎 日めくられる Reg ister は 、どんなに 頑丈にできていてもやがてはいた み、ページが抜けてくる。 また、さらに保健サービスの末端 で あ る 地 域 組 織・ 住 民 組 織 ︵ Community-Based Org anizat ion や Faith-Based Org anizat ion (Churches, Mosques, etc.) ︶のレベルで情報シ ステムはどう機能しているのかとい えば、国や地域や状況によって異な るとはいえ、おおむね同様の問題を 抱えている。まずはサービスの記録 をサービス提供者でもあるボラン ティアが担当している。有給スタッ フではない。そしてコンピューター など情報インフラが整っていない組 織がほとんどであるので、 記 録は紙、 つまりノートブックに線を何本も引 いて、サービスを受益者︵大人ある いは子供︶ の詳細が記入される。 ノ ー トブックは多くの場合 〝 Log Book 〟 とよばれ管理されているが、文房具 店がある町から遠く離れた村などで は、このノートブックやペンなどの 筆記用具を購入するために住民組織 の誰かが町へ行ったついでに買って くることになる。ペンは記録を残す ための必需品であるが、貴重品でも あるために、状況によってはペンを 持続的に保持することは非常に大変 なことであったりする。ペンに名前 がついているわけでもないので、使 いまわしをしている間に必要な時に ペンがその場にない、などというこ ともあるからである。また、パソコ ンがないために手書きの記録である このノートブックは、ドナーや政府 のご意向でサービス項目が増えた り 、 指標が増えたりした場合には 、 新しい項目を加えるために台帳を一 から書き直し、一人一人のサービス 受益者の記録を一から記入しなおす ことになる。組織の規模によっては 数百人のエイズ遺児にサービスを提 供している場合もあり、正確に一人 一人の子供の記録を記入・管理する ことも大変だが、台帳を書きなおす ことは気が遠くなる作業である。 さらに、 村の住民組織の場合には、 単一のドナーから支援を受けている 場合も多いが、運営資金を増やすた めに複数のドナーから支援を受ける ことも多い。複数のドナーがそれぞ れの事情で異なるセットの指標に基 づく報告を求めた場合、住民組織の 記録管理・報告作業がいかに大変な ものであるかは想像できると思う。