• 検索結果がありません。

「家族」の話 (異文化言い分EVEN)

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "「家族」の話 (異文化言い分EVEN)"

Copied!
2
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

「家族」の話 (異文化言い分EVEN)

著者

吉田 暢

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

206

ページ

58-58

発行年

2012-11

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00003839

(2)

よしだ のぶる/アジア経済研究所研究企画課

●共に生きる社会を

目指して

  内閣府が行っている ﹁﹃ 外 国人との共生社会﹄実現検 討会議の中間的整理﹂ ⑴ が さきごろ公表された 。﹁ グ ローバル化がいわれて久し い中で、我が国ではいまだ に外国人との共生の実現を ﹃検討﹄ しているのか﹂とか ﹁施策は本当に実現可能な のか﹂とか様々のご批判は 想像に難くない。また﹁外 国人﹂ と自国社会との間で 起こる問題は 、 日本のみならず世界のあちらこち らで時として国論を二分するくらいに沸騰するよ うに決して平坦なものでもない。しかし、である からこそ、このプロセスが示す哲学にはひとつの 意義があるように思う。   たとえば﹁外国人を受け入れる日本社会も変化 する必要がある 。︿中略﹀社会の中に 、外国人も 含めた多様な構成員がいることによってむしろ社 会が活性化されるといった視点が重要になってい る﹂というところ。それはこの問題を﹁ ﹃外国人﹄ をどう取り扱うか﹂としてだけではなく 、﹁自分 たちの社会の在り方をどう考え行動するのか﹂と いう根源的な問いとして明確に捉えている点であ る。すなわち﹁外国人﹂を単に客 体 としてみると いうことではなく、自らの社会の在り方を主体的 に捉える中に﹁外国人﹂の存在をも位置づけてい こうとする思考がみて取れるのである。

●ガイジンと呼ばれる私たち

  同じ日本人であるはずの私たちを ﹁ガイジン﹂ と呼ぶ集落が岩手のとある村にある。排外的にそ う呼ぶのではなく、自分たちの集落の社会には存 在していなかった視点や考え方を持ってその土地 に現れた来訪者、という意味が込められているこ とは、人々との語らいの中から伝わってくる。そ こでは﹁ガイジン﹂は、特別になにかを﹁教えて もらう﹂ ことや ﹁助けてもらう﹂ ことはないし、 人々 の社会に﹁ガイジン﹂が持つ﹁価値﹂を外から無 碍 に持ち込み、当てはめようともしない。つまり ﹁ガイジン﹂は ﹁助けて欲しい﹂と求められても いないし、 ﹁助けてあげよう﹂とも思っていない。 人々はその土地に暮らしたいから暮らし続け、 ﹁ガ イジン﹂はそこに関わりたいと思えるから関わり 続ける。そのことが成り立つのは﹁人がひとりで 立っていること﹂つまり社会の成り立ちは﹁ジブ ンゴト﹂から始まるとしている人たちがその社会 を構成しているからであり 、﹁ガイジン﹂もまた そう考えているからである。   小さくもこのような社会にあって、 ﹁ガイジン﹂ とも積極的に関わり合いながら、世代を超えて暮 らし続けていくことは、当然のことながら人々の ﹁家族﹂の形を考えていくことでもある 。都会に 出た子や孫は、帰ってくるのだろうか。これから 生まれてくる子や孫は、この地に暮らし続けてい くことを望むのだろうか。

●盆暮れ正月と﹁田舎﹂

  高速道路を埋めるマイカーの列。ごった返す駅 のホームや空港のロビーはもはや風物詩ですらあ る 。みな 、どこへ行くのだろうか 。﹁旅行﹂とい う人もいるだろう。 そうでなければ帰省だろうか。   なぜ、人は﹁田舎﹂に帰るのだろうか。 ﹁帰省﹂ という言葉 、﹁田舎に帰る﹂という言葉が目指す 先には何が待っているのだろうか。   そこにはきっと ﹁人﹂が待っている 。﹁田舎﹂ とは、たとえば﹁港町﹂や﹁よく通った近所の駄 菓子屋﹂ ﹁小学校の低い鉄棒﹂というような具体 的な場所のイメージに表される場所であると同時 に、帰る﹁人﹂と帰りを待っている﹁人﹂とが織 りなす、実態と想像が折混ざった景色が現す場所 のことであるように思う。   帰る人を待っている﹁人﹂は、 誰よりも﹁家族﹂ ではないだろうか。両親や祖父母、 親戚や隣近所、 果ては幼馴染みや同級生、 恩師といった人々も ﹁家 族﹂同然であるかもしれない。帰る﹁人﹂は、帰 る先に待っている﹁人﹂を想い浮かべる。 ﹁家族﹂ の在り様に想いを馳せる。そして待っている ﹁人﹂ の向こう側に広がる ﹁田舎﹂の景色を仰ぎみて 、 自分と ﹁人﹂ とが登場するシーンを想像しながら、 混雑する交通に耐えて﹁田舎﹂を目指すのではな いか。   ﹁田舎﹂を思い描きながら帰省の途に就く人は、 きっと幸せである。彼の脳裏に浮かぶ﹁家族﹂へ の想いが、景色やシーンを創出して彼を幸せにす る。その時彼は、実は景色やシーンそのものでは なく、自分の思い描く﹁家族﹂のイメージによっ て幸せになる。 ﹁田舎﹂に帰る人は、 ﹁家族﹂に帰 るのである。   盆暮れ正月に﹁田舎﹂を想う私たちが思い描く ﹁家族﹂の像 。一年に何度かでも自ら の﹁家族﹂ 観 について想いを巡らせることによって、私たちは ﹁家族﹂ を想うことの意義を改めて感じる。そのた めならば、きっとあなたはテールランプの大行列 も乗車率二〇〇%の新幹線も、きっと乗り越えら れるに違いない。   このとりとめのない三つの散文から、ひょっと したら思い起こされるかもしれないことについ て、あなたと隣の人がなにかを語り始めることを 想像することが楽しい。 ︽注︾ ⑴ http://www .cas.go.jp/jp/seisaku/kyousei/ dai5/siryou2.pdf

58

アジ研ワールド・トレンド No.206 (2012. 11)

「家族」の話

吉田 暢

参照

関連したドキュメント

睡眠を十分とらないと身体にこたえる 社会的な人とのつき合いは大切にしている

variants など検査会社の検査精度を調査した。 10 社中 9 社は胎 児分画について報告し、 10 社中 8 社が 13, 18, 21 トリソミーだ

地方創生を成し遂げるため,人口,経済,地域社会 の課題に一体的に取り組むこと,また,そのために

 彼の語る所によると,この商会に入社する時,経歴

北区では、外国人人口の増加等を受けて、多文化共生社会の実現に向けた取組 みを体系化した「北区多文化共生指針」

経済学研究科は、経済学の高等教育機関として研究者を

本稿で取り上げる関西社会経済研究所の自治 体評価では、 以上のような観点を踏まえて評価 を試みている。 関西社会経済研究所は、 年

 今日のセミナーは、人生の最終ステージまで芸術の力 でイキイキと生き抜くことができる社会をどのようにつ