日本の電機産業の構造変化とリストラ
藤 田 実
目 次 はじめに 1.日本電機産業の構造変化 2.エレクトロニクス産業の構造的変化 3.電機産業のリストラと経営組織の再編 4.電機産業の労働市場の直接雇用から間接雇用への変化 おわりにはじめに
日本の電機・電子産業は1、1980 年代には自動車産業と並んで、「経済大国日本」を代表する産 業として、強い競争力を誇ってきた。例えば、半導体の DRAM では、80 年代後半には世界市場 の約 8 割を日系企業が支配し、アメリカの半導体企業 Intel を一時経営危機に陥らせるほどであっ た。 ところが 1990 年代の長期不況の過程で、日本の電機産業は徐々に競争力を失い始め、2001 年 の IT バブル崩壊で決定的打撃を受け、人減らしリストラと事業構造の再編に乗り出した。しかし 事業構造の再編も十分進展しないまま、2008 年 9 月のリーマンショックの実体経済への世界的波 及によって世界と日本の市場が急激に縮小し、多くの電機企業が過去最大級の赤字に転落していっ た。例えば、日立製作所は 2009 年 3 月期には売上高は前年比で 11%減少し、7873 億円の赤字となっ た。同様にパナソニックは 3790 億円の赤字、ソニーは 989 億円の赤字、東芝は 3436 億円の赤字、 NEC は 2966 億円の赤字、シャープは 1258 億円の赤字と大手電機企業は総崩れ状態になった。 こうした電機産業の急激な赤字転落は直接的には金融恐慌の実体経済への波及にその原因を求 めることができるが、同時に電機産業の構造変化との関わりを指摘しないわけにいかない。そして 電機産業の構造変化は電機労働市場も変化させ、従来のような生産労働者中心の構造から開発や 設計の技術者などホワイトカラー中心の構造に変化し、それに合わせて成果主義の導入など処遇 制度も変化している。 そこで本稿は 1990 年代以後の電機産業にいかなる構造変化が生じ、日本電機産業の競争力を 低下させたのか、またそうした電機産業をめぐる環境変化が電機労働市場をどのように変化させ たのかを明らかにしようとするものである。1.日本電機産業の構造変化
(1)停滞目立つ電機産業 ① 事業所数、従業員数の大幅な減少 日本の電機・電子産業は 1990 年以来、事業所数も従業員数も製造品出荷額も大幅に減少してい る。事業所数では 1990 年の 36,116 が 2008 年には 19,772 と、1990 年比で 45.3%も減少した。従業 員数は 1990 年の 193.9 万人が 2008 年には 127.2 万人に減少し、1990 年比で 34.4% 減少した。出 荷額は 1990 年の 54 兆 5285 億円が 2008 年には 51 兆 8796 億円へと低減傾向にある。付加価値額 は 1990 年の 2008 億 4900 万円から 2008 年には 1149 億 3900 万円に大幅に減少しており、収益性 の低下が目立っている(1 図表)。 従業員数が出荷額以上に減少したことにより、労働生産性は 2000 年代は増加傾向にあったが、 2008 年には 900 万円と急減している。しかし他方で IT ブームやデジタル家電の生産拡大により 設備投資が増加したことで、資本装備率は 510 万円から 830 万円に大幅に増加した。労働者を減 らしながら、設備投資を拡大していった結果、設備投資の割には出荷額が増大せず、資本生産性は、 550 万円から 490 万円に減少している。この数字を見る限り、電機・電子産業では設備過剰になっ ている可能性がある。 これに対して自動車産業は、2008 年はリーマンショック後の販売低迷の影響が全面化していな いこともあり、事業所数こそ減少させたものの、従業者数も出荷額も付加価値額も大幅に増加し、 自動車産業の好調さがうかがえる。鉄鋼業は、事業所数と従業者数は大幅に減少させながら、自 動車産業の好調さもあり、出荷額は大幅に増加させている。また 2000 年以後設備投資を抑えたこ ともあり、資本生産性は増加している。 このように電機・鉄鋼・自動車を比較してみても、国内生産という観点からみると電機産業の出 荷額や生産性は低減傾向にあると総括できよう。【1 図表】 電機・鉄鋼・自動車の産業状況 1990 年 1995 年 2000 年 2004 年 2008 年 増減率 電 機 事業所数 E 36,116 31,342 27,782 20,733 19,772 -45.3% 電従業者数 L 1,939,729 1,750,103 1,573,683 1,272,854 1,271,949 -34.4% 出荷額P 545,286 548,309 594,486 498,470 518,796 -4.9% 有形固定資産額 K 99,213 114,627 121,623 100,318 106,038 6.9% 付加価値額 Y 200,849 196,434 201,443 167,474 114,939 -42.8% 労働生産性 Y/L 10.4 11.2 12.8 12.1 9.0 -12.7% 資本装備率 K/ L 5.1 6.5 7.7 7.9 8.3 63.0% 資本生産性 P /K 5.5 4.8 4.9 5.0 4.9 -11.0% 鉄 鋼 事業所数 E 8,123 5,808 5,154 4,370 4,934 -39.3% 従業者数 L 341,383 296,824 236,525 207,712 235,300 -31.1% 出荷額P 183,131 140,727 119,273 141,413 243,322 32.9% 有形固定資産額 K 69,497 80,716 73,470 62,379 63,931 -8.0% 付加価値額 Y 62,092 49,694 42,288 48,738 57,498 -7.4% 労働生産性 Y/L 18.2 16.7 17.9 23.5 24.4 34.3% 資本装備率 K / L 20.4 27.2 31.1 30.0 27.2 33.5% 資本生産性 P /K 2.6 1.7 1.6 2.3 3.8 44.4% 自 動 車 事業所数 E 11,184 10,648 9,798 9,065 9,209 -17.7% 従業者数 L 788,783 770,332 723,147 769,315 865,467 9.7% 出荷額P 423,106 395,613 399,899 458,122 566,053 33.8% 有形固定資産額 K 68,089 81,581 82,077 79,741 97,066 42.6% 付加価値額 Y 109,153 107,074 103,131 123,663 132,739 21.6% 労働生産性 Y/L 13.8 13.9 14.3 16.1 15.3 10.8% 資本装備率 K/ L 8.6 10.6 11.3 10.4 11.2 29.9% 資本生産性 P /K 6.2 4.8 4.9 5.7 5.8 -6.2% 注 1: 4人以上の事業所 注 2: 有形固定資産は年末現在高 注 3: 出荷額、有形固定資産額、付加価値額、資本生産性は億円、労働生産性および資本装備率は 100 万。 出所: 『工業統計表』 (2)輸出競争力の急速な低下 日本の電機産業は、国内生産が低減傾向にあるだけではなく、輸出競争力も急速に低下している。 貿易特化指数をみれば、1990 年には電機産業は自動車産業と並んで 0.8 と高い数値を示している。 ところが電機産業は 90 年代後半から低下し初め、2008 年には 0.3、2009 年には 0.2 と 1990 年の 三分の一以下に低下している。これに対して自動車産業は、0.8 から 0.9 と高い数値を保っており、 高い輸出競争力を維持しているのがわかる(2 図表)。 このように電機産業は輸出競争力が低下しているが、その原因の一つは 80 年代から続く直接投 資により、アジア地域への生産集積が進み、そこから日本国内への逆輸入が増加したことや海外 企業からの製品輸入が増加したことが大きい。エレクトロニクス製品の輸出入推移を見ると、テ レビや音響機器などの民生用電子機器では、2004 年までは輸出額は増加してきたが、それ以後は 世界経済全体が拡大基調にあった中でも、輸出額を減少させ、世界恐慌前の 2007 年では 2004 年 比で 1000 億円ほど減少させている(3 図表)。これに対して輸入額は、2000 年比で 2007 年には 2000 億円ほど増大させている。PC や通信機器などの産業用電子機器は、2000 年以来急速に輸出 額を減らし、2000 年比で 2007 年には 1 兆円ほど減少させている。これに対して電子部品の輸出額
は 2000 年比で 2007 年には 3 兆 5000 億円増加させている。こうしたエレクトロニクス製品の輸出 入推移の結果、エレクトロニクス産業の輸出競争力は、電子部品を除いて、2004 年頃から低下傾 向にある2(4 図表)。とくにコンピュータなど産業用電子機器の輸出競争力の低下は顕著で、2003 年から輸入超過し、年々その超過幅は拡大しており、ほぼ競争力を喪失した段階にある。これは 1990 年に IBM が DOS-V を開発し、ソフトウェアで日本語表示を可能にしたことで、海外の低価 格 PC が流入し、低価格競争が本格化したこと、PC はマイクロソフトの OS とインテルの CPU と インテルが規格を決定するマザーボートという標準的な製品構造が確立したため、オープンな分 業体制で製造が可能になったことで、国内で生産する有利性が失われていったからである。 【2 図表】 電機産業と自動車産業の競争力推移 出所:財務省『貿易統計』 【3 図表】 日本のエレクトロニクス製品の輸出入推移 (単位:100 万) 2000 年 2001 年 2002 年 2003 年 2004 年 2005 年 2006 年 2007 年 2008 年 2009 年 民生用電子機器 輸出額 1,530,860 1,409,403 1,629,508 1,721,876 1,789,104 1,688,632 1,644,372 1,683,363 1,518,928 934,616 輸入額 530,067 668,116 610,052 601,334 734,113 781,157 700,992 729,639 669,926 628,711 産業用電子機器 輸出額 3,219,026 2,903,731 2,539,438 2,308,588 2,446,150 2,188,740 2,128,099 2,384,533 1,936,157 1,313,889 輸入額 2,536,656 2,543,762 2,409,512 2,448,168 2,557,291 2,787,338 2,985,724 3,119,344 3,044,873 2,471,313 電子部品 輸出額 6,509,322 7,818,441 8,089,102 8,670,268 9,518,743 9,746,495 10,889,147 10,967,891 9,662,364 6,839,663 輸入額 4,234,987 3,954,719 3,898,557 4,040,358 4,548,163 4,802,591 4,577,484 5,384,111 4,762,417 3,415,867 電子産業計 輸出額 14,259,209 12,131,575 12,258,048 12,700,731 13,753,997 13,623,867 14,661,619 15,035,788 13,117,449 9,088,169 輸入額 7,301,912 7,166,598 6,918,121 7,089,860 7,839,567 8,371,086 8,264,200 9,233,093 8,477,216 6,515,891 出所:財務省『貿易統計』各年版
【4 図表】 エレクトロニクス産業の輸出競争力 (3)世界市場シェアの急速な低下 日本の電機産業の競争力の低下は、輸出競争力の低下という面にのみ現れている訳ではない。 日本の電機製品の世界市場シェアも急速に低下し、80 年代の「電子立国」からの転落が明白になっ ている。例えば、録画再生機は 85 年の 82.9%が 32.9%に、電子レンジも 64.6%が 27.6%に、80 年 代後半には世界市場の 60 〜 70%を占めていた半導体も、28.0%へ低下している(5 図表)。とくに 民生用エレクトロニクス製品の市場シェアの低下は著しい。エレクトロニクス製品の世界市場の シェアをみると、液晶テレビは 1995 年にシャープが初めて製品化したといわれるが、現在はサム スンが 19.9%、ソニーが 18.3%、シャープが 16.3%とサムスンの後塵を拝している。録画再生機の VTR では、1976 年に日本ビクターが初めて製品化し、世界規格を確立した製品であるが、現在の DVD ではサムスンが 26.9%、ソニーが 17.1%とここでも、サムスンが第一位となっている。エレ クトロニクス製品では、日本が開発した商品でも市場支配力は低下しつつあるのである。 主なエレクトロニクス製品の世界市場でのシェアを時系列的に見ると、日本製品は 90 年代後半 から急速に市場シェアを低下させていることがわかる(6 図表)。90 年代後半からほとんどすべて のエレクトロニクス製品が急速にシェアを低下させていることからすると、この時期に産業に何ら かの構造的な変化が生じたと考えることができよう。 1980 年代の電機産業は自動車産業と並んで日本でもっとも強い国際競争力を有する産業で、日 本の「経済大国」化の産業基盤でもあった。これは 1980 年代に ME 革命により、FMS や FA に 代表されるように生産過程の自動化・システム化が進み、高品質で低コストのものづくりが可能に なったことによる。また QC サークル活動などで労働者が積極的に品質管理の主体となったことも 大きい。製造過程の現場労働者が品質管理の主体となり、些細なことであるが品質向上の知恵を 発揮することで良品率を高め、製造コストを低減させていった。80 年代のエレクトロニクス産業 では、こうした現場の知恵による品質向上の事例は数多く報告されている3。これこそ、生産過程 での日本的経営の発露とでもいうべきものであろう。なぜなら、職務概念が明確になっている欧米 の製造職場では、品質管理は技術職場である品質管理部門の職務だから、製造現場の労働者が品 質管理の職務を行うことは考えられないからである4。
ところが 1990 年代から日本の市場シェアが低下し始めた。この理由としてまず考えられるのは、 アジア諸国への直接投資により製造技術が移転したことで、品質面では日本製品との差が縮小す るとともに、価格面での優位性が失われていったということであろう。 しかしここで考えなければならないのは、製造技術の移転による東アジア諸国の技術競争力の 向上は、自動車産業や鉄鋼業など他の製造業でも見られるものであるのに、それらの産業ではエ レクトロニクス産業ほど世界市場でのシェアの低下は見られないということである。なぜ日本のエ レクトロニクス産業に急速な競争力の低下が起きたのか。そこにはエレクトロニクス産業特有の構 造的な変化が生じたからだと言うべきであろう。 【5 図表】 電機製品の世界市場シェア 録画再生機 電子レンジ テレビ 半導体 1985 年 82.9% 64.6% 46.5% 42.0% 2003 年 32.9% 27.6% 33.7% 28.0% 出所:経産省構造審議会資料「情報家電メーカーの置かれている状況について」 【6 図表】 エレクトロニクス製品の世界市場シェアの推移 出所:経済産業省(2010 年)、P20。 (4)低い営業利益率 日本の電機産業は、事業所数・従業者数・出荷額の減少といった問題だけではなく、利益率の 低迷にも悩まされてきた。【7 図表】を見ればわかるように、好調であった 2007 年度の日立の売 上高は 10 兆 2479 億円で、サムスン電子の 10 兆 3989 億円と近いが、営業利益はサムスンが 1 兆 965 億円で営業利益率は 10%を越えるのに対し、日立はわずか 1825 億円、営業利益率は 2%と極 めて低い。日本企業の営業利益率はサムスン電子と比べておしなべて低く、好調を伝えられたパ
ナソニックでさえ 5%とサムスン電子の半分に過ぎない(7 図表)。総じて、日本の大手電機企業 8 社の営業利益はサムスン 1 社に及ばない状態である5。 日本のエレクトロニクス産業の利益率の低下は製造業全般と比べても、明らかである(8 図表)。 とくに 90 年代後半から、日本のエレクトロニクス産業の利益率は自動車産業や製造業全体よりも 低くなっており、ここからも 90 年代後半にエレクトロニクス産業に構造的な変化が生じたことが うかがえる。 【7 図表】 低い利益率(2007 年度) 出所:各社『有価証券報告書』など財務情報にもとづき筆者作成 【8 図表】 日本の製造業の利益率推移
【8図表】日本の製造業の利益率推移
出所:経済産業省(2010 年)、P334。2.エレクトロニクス産業の構造的変化
(1)製品のデジタル化・モジュール化とファブレス化 これまでの分析から明らかになったように、90 年代後半以降多くの指標で競争力の低下傾向が 見られる。日本の電機・電子産業の競争力の低下の原因は、長期不況や少子化による国内市場の 縮小など外部環境の変化もあるが、とくにエレクトロニクス産業の場合、ものづくりの構造が変化 したことが最大の原因である。 エレクトロニクス産業の場合、多様な製品開発・製造モデルが出現したことで、一社で企画・開発・ 設計・製造を行わなくても、オープン分業により開発・製造が可能になった(9 図表)。日本企業 のように、開発から部品製造・調達、製造、販売、サービスまで 1 社で手がける垂直統合型企業 もあれば、開発のみを担当し、製造部門を持たない VIZIO 社のようなファブレス企業もある。アッ プル社でも、開発は行うものの、システム LSI のような基幹部品の製造も含めて、国内や海外企 業に委託する。DELL のように、中国に現地開発センターを置き、製造は台湾や台湾企業の中国 製造拠点で行うなどのケースもある。製造部門を持たずに製造が可能になったのは、EMS(Electronics Manufacturing Service)と いう設計・製造の専門企業が登場し、設計・製造を請負うようになったからである。EMS 企業は 多くの企業から製造を請け負い、大量生産が可能になるので、規模の経済が作用する。また大量 の部品を購入するので、部品の調達コストを低下させることができる。エレクトロニクス分野の企 業は、EMS を利用することで、自らは研究・開発や設計・デザインに経営資源の多くを振り向け ることができるようになるので、市場需要に応じた製品の投入が低コストで可能になった。これに 対して、開発から製造まで社内で一貫生産する垂直統合的な日本企業は、世界市場シェアが低下 したことで、大量生産が不可能になり、製品一単位あたりのコストは高止まりするので、この面か らも競争力が低下していくことになった。以前は、一社で開発から製造までを担当し、付加価値を すべて収受する体制だったが、現在は付加価値が開発と製造に分断され、製造分野ではグローバ ルな規模で製造過程を集約することで付加価値を収受する体制に変わったため、日本企業は付加 価値の低下に悩まされることになったのである。 このようにエレクトロニクス製品のファブレス化が可能になったのは、エレクトロニクス製品の デジタル化・モジュール化・標準化が進んだからである。モジュール化とは、いくつかの部品を組 み合わせて、まとまりのある機能をもつ部品を作り、それらを組み合わせて製品化する方法で、パ ソコンや液晶テレビなどエレクトロニクス製品はほぼすべてがモジュール化されている。モジュー ル化が進んだ製品では、汎用品の組合せとなるので、製造は容易となる。製造が容易なので、多 くの企業が参入し、競争が激化し、製品価格の低下を招くので、大量に生産しなければ、利益を 確保できなくなる。日本の電機企業は国内市場が縮小するもとで、世界市場シェアが低下してい るので、大量生産が困難になり、その結果製品一単位当たりの生産コストが割高になり、競争力を 喪失していった。
【9 図表】 製造業の多様なモデル 製造業の基本工程 開発 部品 製造 製造モデル/製品/所在地 垂直統合モデル 液晶テレビ(シャープ) シャープ液晶ディスプレー開発本部 液晶部品関連製造会社 亀山工場(液晶テレビ一貫生産) 大阪市 58社67拠点、三重県など 三重県亀山市 基幹部材輸入モデル 液晶テレビ(サムスン) サムスン 液晶部材(住友化学、日東電工など日系企業) 湯井工場(液晶テレビ一貫生産) 韓国 液晶パネル(サムスン) 韓国 ファブレスモデル(国内・海外連関) 液晶テレビ(ビジオ) ビジオ 液晶モニタ、システムLSIなど アムトラン・テクノロジー(台湾) アメリカ・ロサンゼルス LG(韓国)、Hon-Hi(台湾) 中国工場 携帯音楽プレーヤー(アップル) アップル システムLSI(Potalplayer アメリカ)生産委託会社(台湾) アメリカ・サンフランシスコ その他部品(東芝、サムスンなど) 中国工場 オープン国際分業
PC(デル) アジア向け CDC(China Design Center) CPU(インテル)、OS(マイクロソフト)アジア向けCCC(China Customer Center) 中国・アモイ その他汎用部品(日本、韓国、中国) 中国・アモイ 注: 網掛けは自国内での対応を意味する。 出所:ジェイ・エム・アール生活総合研究所「情報家電メーカーの置かれている状況について」をもとに、筆者作成 (2)製品付加価値の重点移動とプロセス技術の流出 日本の製造業の強さは、「弱い本社、強い現場」と言われるように、歩留まりの高さ、段取り時 間の短さ、リードタイムの短さ、改善能力の高さ、高密度労働など製造現場における生産性の高 さにあった。しかし、製品の競争力はユーザー・インターフェース(使い勝手)、品質、デザイン、 ブランドなどの総合力にある。アナログ時代には、部品同士を組合せ、調整する必要性が強かっ たため、製造現場での品質の作り込みが重要であったし、製品を構成する部品も企業独自に開発 したものが多かったため、下請け企業との協調関係が必要であった。こうした製品開発と製造を めぐる事情は日本企業の製造現場で培われてきた現場力と下請け企業や取引企業との長期的な協 調関係に適合的であった。 しかしデジタル時代になると、製品構造がモジュール化され、デジタル・インターフェースの仕 様が標準化されたため、その仕様に沿う限り誰でも製造に参入できるようになった。9 図表に示し たように、垂直統合的に開発から製造まで一気通貫しなくても、製造受託企業 EMS を利用すれば、 製造部門をもたなくても、製造は可能になったのである。こうなると、製品付加価値の中心が製造 過程での歩留まりの向上から設計やデザインなどいわゆる上流工程に移ることになった。ところが、 日本企業は設計やデザイン、ユーザー・インターフェースなどの面では優位性を発揮できていない。 他方で、日本企業が優位であった現場力のなかでも、プロセス技術は容易に海外に流出するよ うになった。例えば半導体製造装置では、企業は半導体製造企業と一緒になって新世代の半導体 製造に必要な製造装置を開発する必要があるが、そうしてできあがった半導体製造装置は日本企 業にのみ販売されるわけではない。ノウハウ付きで韓国・台湾企業に販売されるようになり、半導 体製造に必要な製造装置と合わせれば、製造が可能になった。こうして、プロセス技術も流出す るようになったのである6。 かくして、現在の電機・電子産業では、生産設備を持たなくとも革新的な製品製造は可能であ
るし、製造に関してもプロセス技術は容易に流出することから、製造技術だけでは競争優位を確 保できなくなりつつある。問題はいかに作るかではなく、知財を利用し、コア技術はブラックボッ クス化する一方、周辺技術をオープンにして自己の規格を標準化するなどの製品構造と知財戦略 を結合した技術経営を基本にするということにあるのに、その認識が薄かったことにある7。これ が日本の電機・電子産業の競争力を低下させていった大きな要因なのである。
3.電機産業のリストラと経営組織の再編
電機産業は、長期停滞が続く中で、2000 年以後各社ともリストラと経営組織の再編を進めていっ た。その過程を見てみよう。 (1)生産体制の再編 2000 年以後、電機産業は「選択と集中」の名のもとに、家電製品、PC、HDD、半導体、液晶パネル、 ケイタイ電話などの部門で、総花的な事業構成を絞り込むとともに、他企業との事業集約に乗り出 していった。 まず半導体事業では、1999 年 12 月に NEC と日立は生産を含めて共同出資会社に半導体事業を 集約することにし、エルピーダ・メモリを設立し、その後 2003 年には三菱電機から DRAM 事業 を譲り受けた。2003 年には日立と三菱電機のシステム LSI などの部門を統合し、ルネサス・テク ノロジを設立したが、2010 年には NEC エレクトロニクスと合併し、ルネサスエレクトロニクスが 発足した。東芝も 2001 年に汎用 DRAM から撤退し、 富士通も 2008 年 3 月に半導体事業は分社 化した。ソニーも 2007 年にゲーム機用の先端半導体設備を東芝に売却し、東芝に生産委託してい る。このように半導体事業では 2000 年頃から、急速に事業からの撤退、合弁化が進んだ。 家電や AV 事業では工場の統合や別会社化、工場そのものの譲渡など工場再編が進んだ。液晶 パネル分野では松下電器と東芝による IPS アルファテクノロジの設立(2005 年)とその後の東芝 の株式売却を経て、日立の出資とパナソニックによる経営権の取得を受けてパナソニック液晶ディ スプレーを設立するというようにめまぐるしく変転している。プラズマ分野では富士通と日立によ る富士通日立プラズマディスプレイの設立など事業集約が進められた。アイワは 90 年代に岩手工 場を始め国内工場を廃止し、量産工場を中国に移転したが、2002 年にソニーに吸収合併された後、 2010 年にブランド自体が終了した。松下電器は 2001 年 9 月に清洲と阿山工場を閉鎖し、これ以後 国内の製造拠点の統廃合を進めていった。NEC も 2001 年から茨城・山梨・宮城工場を EMS 企業 に売却するなど「不採算」工場の統廃合を進めるとともに、パソコンを生産する NEC 群馬、NEC 米沢、NEC データ機器、NEC 新潟の各分身会社(地方子会社)と NEC 本体のパソコン開発部門 を統合し、2003 年に NEC パーソナルプロダクツを設立し、開発デザインから生産、保守サービス まで請け負う開発・生産請負会社に組織変更した。工場を別会社化し、他企業からも製造を受託する EMS 化する企業も現れた。ソニーも 2000 年 に EMS で急成長をしているソレクトロンをモデルとした EMCS(設計・生産・顧客サービス)構
想を打ち出し、国内 26 工場のうち AV、パソコン関係の 13 工場を新会社のソニー EMCS に移管 した。同時にカーナビやカーステレオの生産拠点だったソニーの子会社ソニー中新田をソレクトロ ンに従業員ごと売却した。このソニー EMCS は、その後も事業所の集約・再編をすすめ、現在は 6 事業所から構成されている。 このように 2000 年以後、電機大企業の体制は、半導体事業や液晶事業を中心とする事業の統合、 工場閉鎖・統合を進めた。しかしそれでも、日本の電機産業には、同じ製品分野に多数の競争企 業が存在し、その結果 1 社あたりの国内市場は狭隘化したままである8。同一製品分野に多数の企 業が存在し、激しい競争のなかで、技術革新を進め、世界市場を席巻するといった 1980 年代ま での電機産業のあり方は、韓国や台湾などの企業の登場によって競争が激化したにもかかわらず、 基本的に維持されてきた。しかし基盤となる国内市場が狭隘なため、生産コスト増を招き、競争 力を失っていったことを考えると、日本の電機産業は今後も変革=集約をせまられるのは必至だと 思われる。 (2)人員削減 第二次オイルショックを背景にした経営悪化を理由にした、1978 年の沖電気の 1500 名にわたる 指名解雇以外には、日本の電機大企業は 2000 年頃までは希望退職の募集などの人員削減は行わな かった。これは人員削減に追い込まれるほどの経営悪化がなかったということもあるだろうし、長 期勤続雇用という日本的経営のもとで、正規雇用に手をつけることは、沖電気のように争議に発展 するリスクもあり、抑制的であったからである。1990 年代までの日本の電機企業はいくつかの例 外を除いて非正規も含めて、大規模な雇用削減に走ることはなかった。 しかし IT バブル崩壊後の赤字転落を背景に、2002 年以後人員削減が本格化した。2003 年には 電機企業は各社とも 1 万人規模の人員削減を行った。松下電器は数千人規模の希望退職を募集し たが、応募者はグループ全体で 1 万人を超えたという。松下電器以外でも、富士通の 2 万 10000 人をはじめとして、数千人から 1 万人を超える人員削減が実行された。 さらにリーマンショック後の 2009 年にも、パナソニック、東芝、日立、三洋電機、富士電機な ど大手 17 社で 3 月末までに 1 万 4000 人を超える派遣切りが行われたほか、三洋電機、沖電気、 ルネサスなどでは、非正規の削減に加えて正規社員についても数百人規模の削減が行われるなど、 2000 年以後、電機企業は非正規雇用を中心に、企業業績によっては一部正規雇用も対象に雇用削 減を繰り返すようになっている。 (3)経営組織再編 2000 年以後の電機大企業の多くが、経営組織の再編に乗り出した。電機大企業の多くが、事業 構成の多角化・複合化により、事業部制をとっていた。事業部制は、事業部門ごとに分権化され ているため、市場変動にあわせて機敏な対応が可能になるなどの利点もあったが、同時に経営機 能を重複して持つことによる経営資源の増大、事業部門ごとの縦割りによる、部門をまたがる製品
開発の困難さなどの問題点も指摘されている。事業部門ごとの独立性が強くなると、似通った製 品開発が行われたりするケースも出てくる。事業部制では予算の達成に責任を負うが、事業遂行 に必要な資金は企業全体の資金計画から調達するので、調達資金を含めて利益率改善には関心が 向かわないという問題もある。そこでこのような事業部制の弊害を打破すべく、電機大企業の多 くが経営組織の改革に乗り出した。全体的にみれば、本社機能を縮小するとともに、開発・製造・ 販売の機能を事業グループに委譲する組織再編が行われた。 例えば、日立製作所は本社機能を縮小し、事業グループへの権限委譲・独立性の強化を進める 組織改革として、2009 年に電力システム社や社会インフラシステム社など 6 カンパニーからなる カンパニー制を導入した。東芝は 1999 年に 15 ある事業本部を 8 つの社内カンパニーと 1 つの社 外カンパニーに分社し、 社内カンパニー下の組織単位を事業部とする社内カンパニー制を導入し、 資金面を含めてより独立性を強めた。現在は、ビジュアルプロダクツ社やストレージプロダクツ社 など 7 つのカンパニーと自動車システム事業統括部などの 7 つのコーポレート(本社部門)からな る組織体制になっている。
これに対して、NEC の場合は、2000 年に NEC ソリューションズ、NEC ネットワークス、NEC エレクトロンデバイスからなる社内カンパニー制を導入したものの、2002 年に NEC ソリューショ ンズ、NEC ネットワークスを再編して、国内営業事業、業種営業事業、システム・サービス事業、 ソフトウェア事業、コンピュータ事業、ブロードバンド事業、社会インフラ事業、モバイル事業、 パーソナルソリューション事業、からなる事業ライン制に変更した。これは通信とコンピュータに 関わる事業を融合させ、統合的なビジネスを展開できるようにするというものである。さらに 2004 年には、モバイル BU、パーソナルソリューション BU、ネットワークプラットフォーム BU、など 11 ユニットからなるビジネスユニット制へと移行した。ビジネスユニット制は、その後もビジネス 環境の変化に合わせてめまぐるしく統合、改変され、現在では国内と海外の各営業ビジネスユニッ ト、事業ごとのビジネスユニット、知的資産 R&D ユニットからなる組織に改編されている。NEC の場合、ビジネス環境の変化に迅速に対応する組織体制とはいうものの、安定した組織が形成さ れず、試行錯誤状態に陥っているということもできよう。 こうした電機産業における経営組織の再編の様相をみると、デジタル化・モジュール化、オー プン国際分業やファブレス化など電機産業の製品構造や製造モデルが変化する中で、安定的な組 織構造が維持できなくなり、変化する事業環境にあわせて組織をフレキシブルに改変しようとして いるようにみえる。しかし当然のことながら、組織再編だけで日本の電機産業の危機を救うことに ならない。日本の電機産業の危機は、開発と製造の分離による付加価値生産の分断という変化に 対応した新たな産業モデルを構築できないところにあるからである。
4.電機産業の労働市場の直接雇用から間接雇用への変化
電機産業の競争力の低下を背景にしたリストラや組織再編を受けて、電機産業の労働市場構造 も大きく変化した。それは直接雇用形態から間接雇用形態への変化とでも言うべきものである。まず電機産業では、正規労働者が 1996 年からの 10 年間で 43 万 80000 人も減少しているが、これは 製造業の減少数 239 万 6000 人の 18.2%を占め、最大の減少数となっている(10 図表)。また他方で、 派遣・請負労働者は正規労働者の減少を穴埋めするかのごとく、10 年間で 18 万 4000 人増と激増 していった。またパート労働者は製造業全体では 12 万 5000 人ほど増大したにもかかわらず、電 機は 2 万 7000 人減少している。これに対して、派遣・請負労働者は製造業全体で 53 万 7000 人 増大したが、そのうち電機は 18 万 4000 人、34.3%と三分の一を占めている。電機産業の場合、特 徴的なのはそれまで電機産業での非正規労働者の主流を占めていたパート労働者に代わって、派 遣や請負労働者などの間接雇用が主流になったことである。なぜ電機産業では、非正規労働者の 主流がパート労働者から派遣・請負労働者に変わったのか、さらには直接雇用から間接雇用に変 化したのはなぜか。 電機産業において、女性パート労働者は高度成長期に臨時工に代わって製造ラインの主流を占 めるほどになっていた。電機産業の製造ラインは、部品を組み付ける単純労働が多く、最初は若 年女性労働者がこの職務を担っていた。いわゆるトランジスタ・ガールである。しかしその後、若 年労働者不足が顕著になると、若年女性に代わって主婦パートが製造ラインの主力に位置づけら れるようになった。非正規労働者として主婦パートが活用されるようになったが、労働組合は臨時 工の場合と異なり、その正規労働者化を目指す闘争に取り組むことはなかった。当時の主婦パート は、生産ラインの単純労働を担うこと、性別役割分業の下で家計補充的労働であったためその時 給は低賃金であったので、製造コスト低減に役立ったということ、以上の点で主婦パートは男性生 産労働者の地位を補完する位置にあったからである。 ところが 1985 年のプラザ合意を契機に円高が進行すると、電機企業では工場の海外移転やパー トや臨時工の解雇などで収益悪化に対応するようになった。三洋電機は住道工場での 1400 名に 上るパート労働者の解雇を発表したが、これに対してパート労働者は解雇撤回を求めて提訴し、 1990 年に大阪地裁は解雇の違法性を認定した。有期雇用のパート労働者であっても、契約更新を 長期にわたって繰り返すと、期限の定めのない雇用と同じく、解雇が制限されることが明示された 8。また正規労働者の解雇とパートなど非正規労働者の解雇とは差異があるとして、正規労働者の 希望退職を実施せずに非正規労働者を解雇しても許容されるとした日立メディコ事件の最高裁判 例(1987 年)もあり、企業にとっては有期契約の直接雇用ではなく、有期契約の間接雇用の方が 雇用調整をフレキシブルに展開できるという認識が広まったと思われる。
【10 図表】 電機労働市場の変化(1996 ー 2006 年) (単位:1000 人) 従業者規模 製造業計 電気機械 金属製品 輸送機械 正社員 パート 派遣・請負 正社員 パート 派遣・請負 正社員 パート 派遣・請負 正社員 パート 派遣・請負 総数 -2,396 125 537 -438 -27 184 -176 14 19 -108 58 89 1〜4人 -88 -6 0 -3 0 2 -12 0 0 -3 0 0 5〜9人 -206 -12 4 -11 -3 2 -26 2 0 -5 1 1 10〜29人 -475 -25 24 -39 -13 4 -42 4 2 -11 4 5 30〜49人 -236 6 32 -26 -4 6 -16 2 3 -5 2 4 50〜99人 -282 25 69 -40 -4 17 -21 3 4 -6 5 7 100〜299人 -307 51 157 -42 1 49 -20 3 7 0 6 21 300人以上 -802 85 247 -277 -3 104 -40 -1 3 -77 40 50 出所:総務省『事業所・企業統計』の全国集計結果 こうした雇用のフレキシブル化の要請の強まりは、生産の性格・製品ライフサイクル・生産予測 可能性と請負比率との相関関係からも見て取れる。すなわち、請負比率が高い職場は、受注生産 か見込み生産かというよりも、生産変動が高い職場、生産の予測程度が短期間の職場、労働集約 的な職場である(11 図表)。現在では、民生用電機機器や PC、ケイタイ電話などでは市場での販 売実績に基づき生産数量を変動させ、余分な在庫を持たないようにする SCM 方式がとられている ことが多いため、雇用も変動させる要求が強くなったからである。要するに電機企業は、生産変 動の増加、生産予測の不確かさの増加という市場構造の変化という外部要因と電機産業の競争力 の低下により、人件費の流動費化を図り、製造コストを削減しようとしていると言うことが出来よう。 【11 図表】 生産の性格・製品ライフサイクル・生産予測可能性別に見た請負比率 回答数 請負比率分布 請負比率 の平均値 10%未満10-20%未満 20-30%未満 30-40%未満 40-60%未満 60%以上 総 計 582 11.5 18.0 18.9 12.7 20.8 18.0 35.2 生産の 性格 受注生産のみ 187 9.1 19.3 21.4 12.3 19.3 18.7 36.0 受注生産が多い 236 12.3 17.4 17.4 15.3 22.5 15.3 34.6 見込み生産が多い 135 14.1 16.3 18.5 8.1 20.0 23.0 35.8 見込み生産のみ 19 5.3 21.1 15.8 15.8 26.3 15.8 36.5 生産変動 100 - 124 109 15.6 24.8 20.2 8.3 19.3 11.9 ※※ 30.1 *** 125 - 149 98 9.2 20.4 15.3 14.3 20.4 20.4 35.8 150 - 199 144 10.4 20.1 24.3 13.9 18.1 13.2 32.4 200 - 299 120 13.3 9.2 20.0 14.2 25.0 18.3 37.0 300 以上 69 4.3 14.5 10.1 13.0 23.2 34.8 47.0 生産の 予測程度 つかない・数週間先まで 137 11.4 14.6 20.3 7.3 21.1 25.2 38.1 1 ヶ月先まで 136 9.2 19.3 19.3 11.8 21.0 19.3 36.4 数ヶ月先まで 278 10.4 20.3 18.3 13.7 21.6 15.8 34.5 半年先まで 66 15.5 13.8 24.1 17.2 19.0 10.3 30.5 1 〜数年先まで 40 15.2 15.2 12.1 18.2 18.2 21.2 37.4 生産の 仕組み 主として機械 115 13.9 19.1 27.8 11.3 19.1 8.7 ※※※ 29.4 ** 機械と人が同程度関わる 258 12.4 19.8 17.1 14.0 22.9 14.0 33.2 主に人、機械は補助 171 8.2 15.2 17.0 11.1 19.3 29.2 41.6 ほとんど人 33 15.2 15.2 12.1 12.1 18.2 27.3 39.2 注: 請負比率分布の※はカイ二乗検定に寄り、※※※< 1%、※※< 5%、※< 10%水準で有意の差がある。 請負比率平均値のアスタリスクはT検定により、***< 1%、**< 5%、**< 10%水準で有意の差。 出所:電機総研(2004 年)P26。
では請負労働者などの間接雇用で人件費コストは本当に削減できるのだろうか。電機産業にお ける間接労働者の賃金など人件費に関する明確な統計が見あたらないので、実態は不明であるが、 『2004 年派遣労働者実態調査』と『賃金構造基本調査』、戸室(2004)での事例調査からみれば、 機械系製造業派遣労働者は 23 万 6016 円であるが、通信機器組立工は 18 万 4500 円だから、派遣 労働者の方が高いように見える。戸室(2004 年)の事例によれば、通信機器組立工は 18 万 4800 円で、 『賃金構造基本調査』でも 18 万 4500 円でほぼ同額であり、直接賃金ベースでは人件費を大幅に削 減することにはならない9(12 図表)。しかし、社会保障の企業負担分や福利厚生費などの間接賃 金部分は節約できるし、なによりも生産量の変動に合わせてフレキシブルに投下労働量を調節で きる方が重要だと思われる。余分な人員を確保せず、必要なときに必要なだけ労働力を投入でき るようにする(JIT 方式)ことで、総額でみた人件費コストは削減できるからである。 しかし電機産業における派遣・請負労働を利用した労働力の JIT 方式は、労働者の頻繁な入れ 替えを前提にするもので、労働の熟練の基盤を奪うものである。単純な部品の組付けだから、熟 練は必要としないというのかもしれないが、多様な製品群の部品を正確にかつ一定の速度で組み 付けるのには、ある程度の習熟が必要である。製品サイクルの短期化が著しいエレクトロニクス製 品では、部品組み付け労働における技能の幅広さが要求されることを考えると、労働者の頻繁な 入れ替えを前提とする労働力配置は、生産性の向上にも一定の限界を画するものと思われる。人 件費コストの削減だけを考えた企業行動は、競争力の維持という点でもマイナスに作用する危険 性があることに、注意しなければならない。 【12 図表】 派遣・請負労働者の賃金格差 企業規模計 1000 人以上規模 月収ベース 年収ベース 特別給与 特別給与加算 月収ベース 年収ベース 特別給与 特別給与加算 機械系製造業派遣労働者 236,016 2,832,192 1341 円× 8 時間× 22 日 戸室事例 184,800 2,217,600 重電機器組立工 248,100 2,977,200 642,500 3,619,700 267,800 3,213,600 982,400 4,196,000 通信機器組立工 184,500 2,214,000 416,100 2,630,100 222,600 2,671,200 745,200 3,416,400 半導体チップ製造工 253,000 3,036,000 855,400 3,891,400 271,300 3,255,600 1,004,900 4,260,500 プリント配線工 217,600 2,611,200 563,700 3,174,900 275,800 3,309,600 953,200 4,262,800 軽電機器検査工 193,600 2,323,200 360,200 2,683,400 201,900 2,422,800 551,000 2,973,800 出所:派遣労働者の賃金は厚生労働省『2004 年派遣労働者実態調査』、組立工などの電機労働者は『2004 年版賃金構造基本調査』、戸室事 例は戸室(2004 年)による。
おわりに
日本の電機産業は、産業自体の構造的変化により、競争力が低下し、90 年代後半以後収益性の 低下に見舞われている。その結果、多くの企業で「集中と選択」の名でリストラを進めてきたが、 それは企業活動を高付加価値分野へシフトさせるよりも、賃金を抑制したり、非正規雇用を活用 したりすることによって、人員削減や工場閉鎖・統合などで供給力を削減したに過ぎず、本格的な 競争力の回復にはつながっていない。電機産業に、今必要とされるのは変化する環境に合わせた 産業モデルの構築とイノベーションの促進である。また電機労働者は賃金水準の停滞や希望退職の募集などリストラにさらされてきたが、グロー バル化が進むもとで、労働条件の維持も困難になっている。ここでも新たな労働組合運動の再構 築が必要になっている。 注 1 電機産業は、日本標準産業分類では電子部品・デバイス・電子回路製造業、電気機械製造業、情報通信機械 器具製造業からなり、製品は部品から完成品まで、完成品では電力用機械器具から家電や照明器具、映像・音 響製品、コンピュータや通信機械に至るまで、多様な製品群からなっている。この多様な製品群に合わせて、 それらを製造する企業も、電力用機械器具から家電、コンピュータ、部品まで手がける総合電機(日立・東芝・ 三菱電機)、通信機械とコンピュータが中心となる情報通信(NEC・富士通)、主として家電や音響機器が中心 となる民生用電機(パナソニック・ソニー・シャープなど)、部品企業(京セラ・TDK など)、主として電力機 器を製造する重電(富士電機など)など多様な企業類型がある。また部品から完成品の製造までを一社貫通的 に手がける垂直統合型企業もあれば、それぞれが一つの領域に特化した水平分業型企業もある。しかも、ソフ ト開発やシステム開発部門などハードの製品製造とは異なる部門を有している電機企業も多い。このように電 機産業と言っても、企業類型はさまざまであり、産業全体を単一の基準で構造化することは困難である。しか し本稿では製造業としての電機産業の分析として、日本標準分類の三区分にもとづいて分析している。 2 なお現在強い競争力を保っている電子部品であるが、陰りが見える。例えば、アップル社の iPad に使われて いる主な部品構成を見ると、タッチパネルは台湾企業、液晶ディスプレーは韓国 LG 社製、無線 LAN は米ブロー ドコム製、フラッシュメモリーは韓国サムスン電子、DRAM は韓国サムスン電子であり、日本製はバッテリー のみである。(『日本経済新聞』2010 年 4 月 9 日付)。部品でも価格の高い液晶ディスプレーやフラッシュメモリー などは韓国製である。初代 iPod では、製品開発の鍵となった薄型 HDD は東芝製、Li ポリマ 2 次電池はソニー 福島製とキーデバイスは日本製であったことからしても、またその後の iPod や iPhone のフラッシュメモリは 東芝製であったことを考えても、これは日本の部品の競争力の喪失を物語る事態であると言えよう。 3 現場労働者が品質管理に果たした役割の一端は相田(1996 年)に詳しい。 4 こうした製造現場の労働者の姿を、小池(2005 年)は「知的熟練」とよび、生産過程で生じる異常に対して 対応できる知的能力を身につけていることを高く評価した。品質管理との関連でいえば、まさに自分の担当部 署で異常に対応できることは、欠陥製品を下流に流さないことで、品質を確保するとともに、最後の製品検査 での対応を少なくさせることで、製造コストを低減させることに大いに寄与したのである。 5 日本企業の低利益率、韓国企業の高利益率という対照的な事態は、電機産業だけではなく、鉄鋼などでも共通 している。このような利益率階差のマネジメント面での原因として指摘されるのが、韓国企業での財閥経営を 基礎とする意思決定のスピードであり、それによる収益の上がる分野への大胆な投資である。ただし「猛烈」 経営であるために、労働者間競争は激烈で、40 歳半ばでの退職も珍しくないと言われる。 6 プロセス技術の流出という点では、韓国企業などが日本の電機企業の 90 年代のリストラ期に退職した技術者 を採用し、製造ノウハウを取得したというのはよく知られた話である。 7 この点については、インテル知財戦略を分析した小川紘一(2010)を参照のこと。 8 宇仁(2009 年)は、この三洋電機の事例を引き、「雇用責任を回避して、柔軟な人員調整を可能にするという 目的での、業務請負の利用が進んだと考えられる」(10P)としている。 9 戸室(2004 年)は、請負労働者の賃金について、次のように述べているが、この記述からすると慰労金が支 給されない場合、さらに低くなると思われる。「請負労働者の賃金は継続的に下落している。例えばピューマ では基本給,出勤手当,慰労金手当の合計を「日給」と呼ぶ。日給を見ると 9000 円(2001 年 7 月)→ 8800 円→ 8400 円(02 春調査時)→ 8200 円(02 夏調査時)→ 8050 円(03 春調査直後)と 2 年もたたないうちに 1 割以上下落している。02 春調査時点で,基本給は 1 日 7000 円,出勤手当は 1 日 700 円,慰労金手当は 1 日 700 円,そのため日給は合計 8400 円である。出勤手当は,遅刻・早退した日は支給されない。慰労金手当は, 1 日でも平日出勤を休めば,また遅刻・早退が 3 回以上あるいは 8 時間を越えてしまうと,その月の全ての慰 労金手当が支給されない。」(21P) また佐野(2006 年)によれば、請負労働者には昇給がないということを明らかにしており、この点からすれ ば電機企業は仕事の習熟による生産性の向上を無償で受け取ることになるという点でも、請負労働者を利用す
る企業側に有利となる。単純労働だから習熟度を反映させず、低賃金に固定すれば、労働者の職務能力向上へ のインセンティブが働かないので、生産性向上に寄与しない。他方で職務能力の向上を期待して多能工化を図 りながら、技能の習熟度を反映しない賃金制度を採用しているのは社会的公正に反する。 参考文献 相田洋(1996 年)『電子立国 日本の自叙伝』日本放送出版協会 宇仁宏幸「日本製造業における企業内・企業間分業構造の変化 -- 非正規労働補完説批判」進化経 済学会『進化経済学論集』第 13 集(2009 年 3 月) 小川紘一(2010 年)『国際標準化と事業戦略―日本型イノベーションとしての標準化ビジネスモデル』 経済産業省(2010 年)『産業構造ビジョン 2010』経済産業調査会 小池和男(2005 年)『仕事の経済学』有斐閣 佐野嘉英(2006 年)「生産分野における若年層の請負・派遣スタッフのキャリア」労働調査協議会『労 働調査』9 月 佐藤文昭(2006 年)『日本の電機産業再編へのシナリオ―グローバル・トップワンへの道』かんき 出版 電機総研(2004 年)『電機産業における業務請負適正化と改正派遣法への対応』 戸室健作(2004 年)「電機産業における構内請負労働の実態」法政大学大原社会問題研究所『大 原社研雑誌』550・551 号 久本憲夫、電機連合総合研究企画室(2005 年)『企業が割れる ! 電機産業に何がおこったか―事 業再編と労使関係』日本経済評論社 藤本隆宏(2004 年)『日本のものづくり哲学』日本経済新聞社 若林秀樹(2009 年)『日本の電機産業に未来はあるのか』洋泉社