著者
?内 正子
雑誌名
教育学論究
号
3
ページ
35-42
発行年
2011-12-25
URL
http://hdl.handle.net/10236/8599
子どもの生と死の経験について その 3
―
Rose ZELIGS ED.D
の報告を通しての一考察 ―
A Study about Children’s Experiences with Life and Death No,
3
― Through a Report by Rose ZELIGS ED.D about Children’s Experiences ―
! 内 正 子
*Abstract
The medical personnel must concentrate their support on the child’s family when the diagnosis of a child’s fatal illness has been established. The parents must be openly informed about the child’s condition without avoiding this unhappy confrontation.
Every parent reacts to the tragedy of their child’s illness in a way that is consistent with his own personality make-up. But when parents are informed of the tragic diagnosis of their child’s illness, they are usually so overwhelmed that they really do not follow the explanations given by the physician, so it is best not to go into too much detail at the beginning.
Dr.ROSE ZELIGS asks, “What should parents tell their children when their sibling has a lingering illness?” Then she continues : when a child has been diagnosed as having a fatal illness, his preschool siblings should be told that he is ill and in the hospital. Older siblings should be told, in most cases, what the illness is, its course of development, and that it is a very serious disease, but the doctors are doing everything they can to help the child.
Any definite conclusion cannot be draw concerning whether or not to tell the unhappy outcome of their sibling’s illness, but careful observation of and support for the siblings of the ill child are indispensable. キーワード:いのち(生と死)、幼児、経験、喪失体験
はじめに
幼児たちがいのちの大切さを知ることが出来るよ うな可能性を求めて、「幼児に対するいのちの教育」 の研究を筆者は続けている。今回も前回に引き続 き、先行研究として、ROSE ZELIGS, Ed. D. の著書 CHILDREN’S EXPERIENCE WITH DEATHに報告され ている、子どもの病気とそのために死に至ってしま う場合の、保護者および兄弟への支援について考察 を加える。 健康な幼い子どもは、通常社会的に幼稚園や学校 に通い保育や教育を受け、友人たちと多くの時間を 過ごす。しかし、突然病気になってしまうと、子ど もたちは多くの時間を自宅にいて、親や世話をする 大人と過ごす。もし、母親が仕事を持たない場合に は、母親とともに多くの時間を過ごすのである。そ して、彼らの気持ちや考えをオープンに語り合うに つれて、母親と子どもはお互いの人格を深く理解し 合うことになる。 子どもの病気が致命的なものである場合には、医 療には当然家族に対する支援が含まれるものとな る。子どもが致命的な病気であることを告げられた 家族は、非常に混乱させられる1)。もし、その子ど もに兄弟たちがいるなら、兄弟たちも巻き込まれる ことになり、その成長過程に大きく影響を与えられ ることになる。そのような兄弟たちは、当然悪影響 を受けるようなことから守られるべきである。 母親は、致命的な病気の子どもの養護もしなけれ ばならないし、自分自身の感情をもコントロールし ながら、日常生活を続けている他の健康な兄弟たち の世話も続けなければならない。子どもが致命的な 病気であるという診断を受けた時に、ショックを受 * Masako TAKAUCHI 教育学部教授1)Rose Zeligs, Ed. D. 著 Children’s Experience with Death1974, Charles C Tomas Publisher pp85
け混乱させられる母親も多い。このような母親たち は、同じ境遇にいる人たちの集まりに参加し、自分 自身の生活を普通に続けることのできるよう、感情 を正常に保つことに努力することが必要となる。医 師からの説明や援助とともに医療スタッフからの支 援や必要な場合には、心理カウンセラーの支援も受 けることになるのである。
1 .子どもの致命的な病気とは
①白血病 子どもの致命的な病気とはどのようなものだろう か。まず挙げられるのは、白血病である。小児白血 病の95%から98%は、急性白血病であり、近年化学 療法の研究が進み、標準リスク群の80%以上、高リ スク群の60%以上が死に至らずに救われる病気と なった2)。少し前までは、白血病イコール死である と考えられていたが、最近の医療ではまず、白血病 細胞を少なくするために、化学療法により短期間中 に白血病細胞を極度に少なくし、これを強化療法と いう。その結果として、造血機能を正常に近い状態 に保ち、その状態を医師は寛解導入という。この寛 解の状態を長期に続けることで、維持療法に持ち込 み、寛解と維持療法とでは薬の種類が異なり、子ど もに日常生活を取り戻して行けるように化学薬品を 使用しての医療が続けられるのである。 骨髄の強化のために骨髄移植も効果があり、場合 によっては、状態の良くなった時の自分の骨髄を 取っておいて保存し、悪化した時に移植するという 自家移植も試みられている。近年、これまで顧みら れなかった出生した児の臍帯を利用し、切断された 臍帯から採取される胎児の血液の移植を受けるとい う臍帯血移植も注目され、臍帯血バンクの整備が進 められている3)。 治療中の子どもは、薬の副作用として免疫の機能 が低下し、感染症に罹り易くなるため、決められた 予防接種を受けさせなければならない。そうでなけ れば、白血病の治療中の子どもが、例えば水痘に罹 患した場合には、発疹が全身の粘膜(耳の中・口 腔・鼻粘膜・陰部・肛門周囲など)に多数出現し、 子どもは発疹部分の!痒感・疼痛に苛まれ、掻き毟 ると出血し、ケアーをする大人たちはその対応に非 常に困難を極めることになる。 他に副作用は、副腎皮質ホルモン剤によるものと して、カルシウムの吸収が悪くなり、骨多孔症つま り骨粗しょう症になり、背中や足骨の疼痛を訴えた り、骨折を起こしたりする。また、脂肪の異常沈着 が起こり、顔面がふっくらしてムーンフェイスと呼 ばれる症状を呈し、さらに毛深くなり眉やもみあげ の部分の毛が濃くなる様子が見られる。これは、薬 を減量すれば戻るので、さほど心配する必要はな い。その他の副作用としては、糖尿病・副腎不全・ 消化性胃潰瘍・胃腸出血・緑内障・白内障・重傷感 染症などがあげられるが、ステロイド剤を服用中は 必ず定期的に検査を受け、副作用のための重症化を 予防しなければならない。 ②小児癌 白血病の次に挙げられるのが、小児癌である。広 義の小児がんには、白血病も含まれるが、ここでは 悪性腫瘍という観点から小児癌として取り上げる。 小児癌には神経芽細胞腫・ウイルムス腫瘍・頭蓋内 腫瘍などが挙げられる。神経芽細胞腫は松田によれ ば、5歳までの子どもに起こる小児癌であるが、1 歳以下に特に多い。胎生期に副腎と交感神経をつく る神経堤という部位から発生したもので、大きくな ると腹部に巨大な塊(腫瘍)を作り、肝臓に転移し て肝臓も腫れる。母親が見つけるのは、子どもの一 方の目が異常に飛び出してきた時である。これは、 頸部交感神経節が侵された際に、さらにすすんで眼 窩の骨に転移した場合である4)。 治療としては、開腹手術により腫瘍を取り出し、 放射線療法をし、抗腫瘍薬を使用する。抗腫瘍薬の 副作用としては、全身の粘膜の炎症や出血・嘔気嘔 吐・食欲不振・下痢・貧血・全 身 倦 怠 感・る い 痩 (やせる)・脱毛・白血球の減少および免疫力低下な どがあげられる。 ウイルムスの腫瘍は、神経芽細胞腫に次いで多い 腎臓の胎児性癌であり、まれに両側性に発症するこ とがあり、ウイルムス腫瘍遺伝子の関与により、奇 形も伴うことがある。このような癌は早期発見が重 要で、転移の無いウイルムス腫瘍の5年生存率は 90%に達している。治療は外科的に腫瘍を摘出し、 2)大野竜三、市橋卓司 わかりやすい白血病の話5―5 名古屋大学医学部ホームページ 2009年 3)南山堂医学大辞典 南山堂 2008年 19版3刷 p914 4)松田道雄著 育児の百科 岩波書店 1999年 p801 教 育 学 論 究 第 3 号 2011 36放射線療法及び化学療法を行う。 頭蓋内腫瘍については、脳実質のみならず頭蓋内 に存在する組織、すなわち骨・髄膜・血管・下垂 体・脳神経・先天性遺残組織などから発生する原発 性または転移性新生物をさす。寄生虫・結核などの 肉芽腫も頭蓋内腫瘍として取り扱うことがある。近 年は CT スキャンや MRI などの医療機器が開発さ れ、それらを診断に有効に活用できるようになっ た。 治療は基本的には、手術による腫瘍摘除で放射線 療法・化学療法・免疫療法が用いられる。予後は腫 瘍組織により異なり、膠芽腫では5年生存率は10% で、星細胞腫で50%、髄膜腫・下垂体腺腫・神経鞘 腫は80%とされている。 ③染色体の先天異常 染色体とは、ほとんどのヒト細胞の核において細 胞分裂時に認められる22対の常染色体と1対の性染 色体を持ち、46本の棒状構造物で蛋白と DNA から なり、遺伝子のほとんどを運搬する。染色体の異常 には2種類あり、1つ目の異常は、染色体の構造の 異常で、染色体の部分的な異常により、部分トリソ ミーと言われる重複や部分モノソミーと言われる欠 失または転座などの異常である。 第14番目の染色体と第21番目の染色体が転座(均 衡型転座)の状態になると、ダウン症候群となり、 このような相互転座は通常、染色体の一部が失われ たり、付加されたりすることはなく、臨床的な異常 を呈することはない。また、第5番目の染色体が短 腕欠失となると、ネコ鳴き症候群となり、特有の顔 貌がみられ、重度の知的発達障害を伴う。 もう1つ目の異常は、染色体の不足あるいは過剰 による数的異常と言われる異数体がある。不完全な 染色体の分離によって引き起こされることが多く、 通常2本で対をなしているダイソミーに対し、1本 に な る の が モ ノ ソ ミ ー、3本 に な る の が ト リ ソ ミー、4本になるのがテトラソミー、5本になるの がペンタソミーと呼ばれる。 第21番目の染色体がトリソミーを来たした場合に 発症するのは、ダウン症候群として有名である。精 神発達遅滞や特徴的願望の他、小頭症や低身長など 多くの典型的特徴が引き起こされる。先天性心疾患 もみられ、共通房室弁口や心室中隔欠損が最多で、 患児の約40%に発生すると言われている。第18番目 の染色体がトリソミーを来たした場合、エドワード 症候群と言われ、重度の精神発達遅滞を含む多くの 発達異常を引き起こす。第13番目の染色体がトリソ ミーを来たした場合、バトー症候群と言われ、重度 の精神発達遅滞や前脳の奇形を多く含む様々な発達 異常を引き起こす5)。
2 .子どもの診断が明確になった時
子どもの病気について、診断が明確にされた場 合、それを告げられた子どもの両親はショックを受 ける。まさか自分の子どもが致命的な病気であるな どと考えもしていなかったのに、様々な検査結果を 根拠に診断が明確になされたなら、両親は医師を否 定できないし、説明を黙って聞くより他はない。 このような場合、最も必要なことは両親が互いに 話し合い、疑問や質問を整理し、医師に何度も確認 する機会を得ることである。最も避けなければなら ないことは、両親が互いに意思疎通しないで、仲た がいしてしまうことである。もし、そのような方向 に進んでしまうことがあれば、子どもは非常に悲し く感じるし、子どもの病気は誰のせいでもなく、罪 でも罰でもないのである。家族が一緒になってその 子どもの病気に向き合って行かなければならないの だから、気持ちを一つにして、一緒に励まし合わな ければならない。 その一番の軸になるのが、両親である。話し合い の際、意見の相違があったとしても、お互いに気持 を認め合いながら、双方が納得するまで何度も話し 合うことである。母親は特に、家事や他の兄弟たち の世話のことなどの自分に与えられている、こなさ なければならない多くの事柄を思い、ヒステリック になってしまうこともある。家族は、母親だけに全 ての責任を押し付けるのではなく、少しでも負担を 減らすにはどのようにするのが良いのかについて、 話し合わなければならない。どのようなことがあっ ても夫婦間の崩壊を防ぎ、病気で辛い思いをしてい る子どもを共に励まし、希望をもって治療を乗り越 えさせるべきである。 また、親せきとのやり取りについても、親戚は結 構無責任で他人事のように言ってくるような場合に 5)南山堂 前掲書 p2486 子どもの生と死の経験について その3 37は、その全てを母親が引き受ける必要はなく、手分 けして父親も引き受けると良いだろう。子どもの友 人や学校関係も同じである。全てを母親がしなけれ ばならないわけではない。むしろ、家族で手分けし てできることから片付けて行くことが良いのであ る。病気の子どもは、全身状態が落ち着いたなら、 やはり、本人の希望に沿って普通の生活と同じよう にし、学校に行けるようにした方が良い。 子どもが病気だからと言って家の中にばかり閉じ こもり、社会と全く接触をなくしてしまうというの は、子ども自身の社会性が乏しくなってしまい、人 格形成の上からも好ましくない。そのような場合に は、医師に相談し学校に行かせても良いという許可 が得られれば、学校の教師と病院の医師や看護師と の連絡を密にして貰い、病気の子どもでも学校で身 体的な負担を与えられることなく、その子どもなり の学ぶ権利を保障しなければならないのである。そ のために、両親は学校と病院とが連絡しやすいよう に環境を整えることも必要である。
3 .子どもに対する致命的な病気につい
ての説明
両親と子どもは、子どもの病気について共通の理 解を持っておく必要がある。両親だけが知っていて 子どもだけが知らないということはあってはならな い。何故なら、子どもは両親が自分にだけ秘密にし ていることがあると言うことに気づき始める時が必 ず来るからである。その時になって、はじめて子ど もと落ち着いて話そうとしても、子どもは一度両親 に対する信頼を無くしてしまうと、穏やかに病気の ことについて、落ち着いて話すことができなくなっ てしまうことがある。 日常と変わりのない穏やかな生活を続けて、常に 子どもと病気のことについても、死のことについて もオープンに、どのようなことも自由に話のできる 親子の関係を構築しておくことが重要である。子ど もは、両親と自分の深刻な病気のことについて話し たがっているものだと ROSE ZELIGS, Ed. D. は指摘 している6)。 もし医師が子どもに病気のことについて説明をし たいという時期が来たなら、両親は、子どもと一緒 にその話を聞くべきである。医師は子どもに分かり 易く話すので、両親も同席して同じように話を聞く のが良い。両親は、子どもに対して、病気であるこ とをかわいそうだと言う感情が先に立ってしまい、 過保護になってしまう可能性が高い。学校に通う場 合もどうしても、医師以上に両親が学校での生活の 制限を大きくしてしまう傾向にあるようである。 医師は子どもとその家族に対し、信頼関係を構築 し、豊富な知識と情緒的にも強く安定した成熟した 人間性を持って、対応をするべきである。なぜなら、 子どもと家族は自分たちの担当医を一貫して頼もし いと感じているからである。 致命的な病気の子どもを養護する場合には、病院 で養護するべきか、あるいは自宅で養護するべきか と言った議論がある。ケースバイケースで異なる が、家族の状況が許されるなら、自宅で養護する方 が子どもにとっても、家族にとっても幸せではない だろうか。何故なら病院で長期にわたって子どもを 入院させると、子どもの存在は病院の組織の中に取 り込まれてしまい、多数の患者のうちの一人となっ てしまって、集団の中に埋もれてしまうからであ る。 自宅で家族の中で養護されるなら、子どもは愛す る家族の一員であり、常に家族と共にいることがで き、病院のようなルールも無く、自由に気ままに振 舞うことのできる場所で、家族と共に多くの時間を 分かち合って生活することができるのである。家族 にとっても、病院と自宅とを行ったり来たりしなく てすむという利便性がある。もし、自宅で致命的な 病気の子どもの養護をすると決心した家族がいるな ら、時として必要な時に医師が間に合わないことも あることを了解しておいてもらう必要がある。つま り、延命措置が必要な時に間に合わないこともある ことを了解しておいてもらう必要がある。 病気の子どもの兄弟がいる場合には、その兄弟も 子どもが致命的な病気であることを説明され、理解 させてもらう必要がある。何故なら、特に病気の子 どもだけがいつも特別扱いされているように感じて しまい、不公平さを感じるからである。そのことの 理由が分かっているといないとでは、兄弟たちの反 応も大きく変わってくるのである。6)Rose Zeligs, Ed. D. 著 前掲書 pp86
教 育 学 論 究 第 3 号 2011 38
4 .病気の子どもの兄弟たちへの配慮
病気の子どもの兄弟たちも、致命的な病気である ことを説明されるとショックを受け、病気の子ども の養護のあいだ、両親を奪われたように感じたり、 我慢したりしてストレスをため込んでしまうことが ある。そのストレス発散の機会をどこかで準備して やらなければ、彼らは幼稚園や学校といった家以外 の社会で、ルール違反をしてしまったり、感情を爆 発させてしまったりするようなことがある。人間 は、誰でも神ではないのだから、大人の思うように はならないものである。子どもが致命的な病気に 罹ってしまっただけでも、家族にとっては一大事で 大きな出来事であるのに、その上病気の子どもに対 する養護はいつまで続くか分からないといった、心 の負担が兄弟たちにも大きくのしかかってくるので ある。それに対して兄弟たちはどのような対策も持 ち得ない。 そのようなストレスがかかっていることが分かっ た時、両親は学校のスクールカウンセラーに相談す るのが良い。日本ではどちらかというと、あまり身 近な相談相手としての存在となっているようには見 受けられないが、当然担任教師もスクールカウンセ ラーに指導を仰ぐのが望ましいし、その場合には学 校として病院とも連絡をとり、その病気の子どもの 兄弟たちにどのような対処をするべきかを相談する 必要がある。 決して、病気の子どもの兄弟たちに必要以上に我 慢することもなければ、寂しい思いをすることもな いことを話して納得させることが大切である。必要 なことは全て両親に相談し、自分の要求は我慢する 必要はないのだと分からせることが重要である。病 気の子どもの兄弟たちは、彼らなりに成長し学ぶ権 利があるのである。それを大切にする必要がある。 両親から病気の子どもと同じように大切にされ、愛 されてきた兄弟たちであることを認められ、両親と 共に病気の子どもの養護を見守るように指導するこ とも必要である。 自分たちの兄弟が病気になってしまったことは、 自分が兄弟に妬ましく思ったからだとか、自分が兄 弟にいなくなれば良いのになどと考えたからだと自 分 の せ い だ と 考 え る 子 ど も が 多 い こ と を ROSE ZELIGS, Ed. D. は指摘している7)。病気は誰のせい でもなく、誰の罪でも罰でもないことを話して、納 得させる必要がある。 さらに、病気は伝染するものでもないし、遺伝す るものでもないということも説明する必要がある。 病気の子どもの兄弟たちは、病気ではなく健康な子 どもなのである。彼らは、普通に生活し健康に成長 することを保証されるべきである。不安や恐怖を与 えられることなく、安心して生活できるようにして もらわなければ保育園あるいは幼稚園、学校におい て自由に自分らしく成長することができなくなって しまう。 もちろん、兄弟たちにとっては、病気の子どもの 問題は自分の家族の問題であるから、他人事ではな く悲しいことではあるが、だからと言って自分たち の生活を止めてしまう必要はない。病気の子どもの 生活が続くのと同じように、自分たちの日常の生活 もずっと続き、その生活が守られることが重要であ る。また、自分の兄弟が深刻な病気であることも両 親から告げられる必要がある。両親と一緒に心を一 つにし、自分の兄弟の病気に立ち向かわなければな らないのである。 兄弟たちは病院を訪ね、病気の子どもと会って話 し、時間を共有することが許されるべきであり、共 に遊んだりゲームをしたりして、楽しい時間を共に 過ごすことが許されるべきである。兄弟たちにも彼 らの兄弟の深刻な病気について説明するべきであ り、疑問を感じた時には、いつでもそれに応える準 備がされていて、兄弟たちが不安や恐怖を感じるこ となしに、病気の子どもとの共に過ごす時間を大切 にできるように環境を整える必要がある。5 .病気の子どもの両親への支援
両親は、子どもが致命的な病気例えば白血病だと 診断されると、ショックを受け、戸惑い、混乱させ られる。そのため医療の中には、当然両親に対する 支援も含まれるべきである。少し前までは、我が国 では、病気についての詳しい説明が成されず、たと え説明されたとしても、よく理解できずに訳のわか らないまま、治療が進められ、子どもには治療の辛 さや深刻さなどを充分に説明されないうちに、「早 く治して元気になりたいでしょう?」などと、真実7)Rose Zeligs, Ed. D. 著 前掲書 pp86
を全く話すことなしに最後の瞬間まで、「頑張れ頑 張れ」と励ます言葉を言い放ったまま無視してしま うというような、まるで騙し打ちのような治療の仕 方をしていたような実情があった。 そのような、子どもに嘘を言わずにしっかりとい のちの危険があることを伝えることができたなら、 少しでも元気さを保つことのできた時間に、残され た日々を最後に会いたい人とともに、有意義に過ご すこともできたはずなのに、最後の瞬間まで頑張る ことを強いられ続けて、亡くなって行った子どもの いのちの尊厳は、どのようになっていたのかについ て、そのような現場に居合わせながら、何の手だて もすることができずに、ただ見守るしかできなかっ た経験をした筆者には、多いに悔いの残る臨床経験 であった。 「君と白血病」を翻訳している細谷も、白血病を もった子どもたちはもちろん、両親でさえもあまり 詳しい説明をされず、たとえ説明されたとしても、 よく理解できないまま成り行きで治療されていた例 が少なくないことを指摘している8)。さらに、白血 病の治療には外科的療法と似通っているところがあ り、苦痛を伴う治療には、両親もそのことを理解し、 患児を励ますなどの努力が必要となり、少なくとも 両親には病気のこと、治療のことをよく理解しても らわなければ心のかよいあった治療ができないこと を指摘している9)。
ROSE ZELIGS, Ed. D. は両親も病気のことについ て知りたがっていることを指摘している。親達は少 しでも病気について理解し、子どもの医療や看護に 役に立ちたいと考えていることを同じ境遇の親達の グループディスカッションを通しての情報交換の様 子から示唆している。病気の子どもの両親は、病院 のスタッフとの人間的つながりと信頼関係を創り上 げるために、病気の子どもに対する医療チームの一 員として参加したいと強く願うのである。このよう な こ と か ら、ROSE ZELIGS, Ed. D. に よ れ ば、 Clevelandにある Western Reserve University Medical Centerの The Rainbow Babies and Children’s Hospital では、入院している子どもの母親も一緒に病院に留 まることのできる設備を準備している10)。 それは、6年間の入院した子どもの研究結果か ら、入院の期間の長さに関わらず、どの子どもにも 母親からの分離による反応を明確に示していたこと から、入院のために幼い子どもを母親から分離させ ない方が良いとの結論からこのような配慮がなされ たのである。 病院で親達が子どものケアーをすることに参加す ることは、ほとんどの親達にとって、建設的なこと かもしれないと ROSE ZELIGS, Ed. D. は指摘す る11)。親達の子どもに対する医療への参加が認めら れ、親たちはその全精力を子どもに対する医療に注 ぎ、自分たちも役立つことができるという親達の希 望がかなうのである。親が子どもの医療のあいだ、 側にいて思いやりと愛情をもって、ケアーをするこ とは、病院にとっても親にとっても子どもにとって も同じように良い効果が得られる。子どもは親の世 話によって愛情と安心を感じ、親は子どもに必要と されていることに満足を感じ、病院は親を医療チー ムの一員として認め、親としての気高さと自尊心を 与えることになるのである。
6 .両親の
PTSD
について
自分の子どもが致命的な病気であることを知らさ れた親たちは、不幸のどん底に突き落とされたよう な衝撃を受け、自分たちの一部が死に行くような不 安と、喪失と、孤独感と寂寞に耐えられないような 絶 望 と 悲 嘆 を 感 じ る。こ こ で、い わ ゆ る PTSD (Posttraumatic stress disorder)について、触れておく。 この PTSD は訳すと心的外傷後ストレス障害で、 米国で1970年代にベトナム戦争に参戦し、帰還した 兵士たちが戦争の中の死や様々な衝撃的な場面に遭 遇し精神的に病むこととなり、社会復帰できないよ うな問題となり、軍事医学のテーマとして検討され てきた。わが国においては、阪神・淡路大震災以後 注目されるようになり、ペルー日本大使館人質事 件、東海村放射能漏出事件では、PTSD に対応する ために医師あるいはカウンセラーの派遣が行われる など治療的対応が重要視されるに至っている。 診断に必要な事項は、まず1.外傷的出来事が存 在すること、2.外傷的出来事の直後に生じる急性 ストレス反応 Acute stress reaction(ASR)とは異
8)Lynn S. Barker. M. D. 著君と白血病 この1日を貴重な1日に 細谷亮太訳医学書院 1982年 p! 9)Lynn S. Barker. M. D. 著 前掲書 p!
10)Rose Zeligs, Ed. D. 著 前掲書 pp86 11)Rose Zeligs, Ed. D. 著 前掲書 pp96
教 育 学 論 究 第 3 号 2011 40
なり、外傷体験後1∼2週間から数カ月たってから 発症すること、3.症状が1カ月以上持続すること である。症状は大きく3つに分けることができる。 すなわち①外傷体験の反復的侵入(場面の想起、悪 夢、フラッシュバック flashback など)②外傷と関 連した刺激の持続的回避(関連した話題の回避、外 傷体験の想起不能など)③持続的な覚醒亢進症状 (睡眠障害、易刺激性、集中困難など)である。外 傷的出来事の種類には戦争体験、自然災害のほかに 事故、強盗や強姦などの被害後、幼児虐待(児童虐 待)などがある。同じ外傷的出来事に遭遇しても全 ての人が PTSD になるわけではないので、発症に至 る要因には外傷体験の強度、個人的要因、サポート システムが関与すると考えられる12)。 致命的な病気の子どもの親たちは、繰り返し絶望 感に苛まれる。最終的に現実を受け入れ、逃避しな いで子どもの病気にしっかりと希望をも持って立ち 向かえるような精神状態になるまで、多くの時間が かかり、多くの精神的サポートが必要となる。親達 の精神状態の有りようは、当然子どもの情緒的な側 面に影響を与えることになる。細谷も指摘している が、医師は病気の宣告と説明だけで、情緒面でのサ ポートはケースワーカーや心理学者の仕事と明確に 区別するアメリカの進め方は文化の違いからか、我 が国ではなじみが薄い。どうしても患児や親たちは 最後まで医師を頼るし、機械的に病気は医師、精神 面は心理学者などと割り切れるものではない。 やはり、病気の子どもを中心にその家族たちは心 を一つにして、与えられたいのちを希望をもって、 ともに励まし合いながら、暖かな愛情深い絆の下 で、前向きに生きることこそいのちを生き抜く力に つながるのではないだろうか。医療をあまり、機械 的に分割してしまうと人間性や人間関係が無視され てしまうようでぎすぎすした社会環境を創り出して しまうのではないだろうか。
まとめ
致命的な病気の子どもをめぐる保護者や兄弟たち への支援について、ROSE ZELIGS, Ed. D. の報告か ら検討したが、子どもの病気は家族にとって大きな 問題となる。医療や教育および社会福祉の側面から も支援が必要となることは言うまでもない。 2011年は東日本大震災と津波による犠牲者の方々 が多く、1.5万人を超える人々のいのちが奪われる こととなった。その中には多数の子どもたちも含ま れ、我が国の津波に備えた防潮堤などの安全神話が 簡単に崩れ去り、家族の方々の想いを考えると悔や んでも悔やみきれない。 筆者はどちらかと言えば、あまり過去を振り返り 「こうしておけば良かった」とか「ああしておけば なあ」という考え方がなく、常に前向きに頑張って 行こうという思考を持ち続けることが得意である が、今回ばかりはどうして多くの方々に避難の指示 が行き届かなかったのか振り返って残念でならな い。きっと助けられたいのちもあったろうにと、深 く悔やまれる。 また、先ごろ台風12号のために水害・土砂災害が 起こり、奈良や和歌山でも犠牲者が出ることとなっ た。自然の猛威の前に人間は為すすべもない無力な 存在であることを思い知らされるが、今後の教訓と して、人々のいのちを守るためにその経験を活かす よう努力する必要がある。つい先日まで当たり前に 側にいた家族が災害で亡くなってしまうというの は、ともかく辛いとしか言いようがない。 家族でない筆者でもそのように感じるのだから、 家族ならなおさらのことと考えられる。被災者の復 興 な く し て 日 本 は 立 ち 直 れ な い と い う 政 治 的 な キャッチフレーズではないが、被災者の方々には、 繰り返し襲われるであろう悲嘆・寂寞・苦痛の想い を乗り超えて一日も早く健康的な日々を取り戻して 頂きたいものである。そのためには、周りの人々の 温かい支えが必要となる。短期的な支援ではなく、 長期にわたっての支援が必要である。 話を病気の子どもに戻すと、病気であっても希望 が全くない訳ではなく、診断がつけば、すぐに死と 言う訳ではないのだから、子どもと家族とが心を一 つにして、力強く病気に立ち向かうことが必要で、 医療の進歩により、回復が見込まれることもあり、 そのためには医師や心理学者、医療スタッフの支援 が必要である。家族の必要に応じて、教育機関や福 祉事務所も支援に参加する必要がある。 あくまでも中心は病気の子どもであり、その子ど もを取り巻く家族に対しても支援が必要なのであ る。決して家族の崩壊などにつながらないように、 12)南山堂 前掲書 p330 子どもの生と死の経験について その3 41子どもがその子どもらしく、果敢に病気に立ち向か い克服することができるように支え、励ます必要が ある。子どもは障害があるとかないとかに関わら ず、生きて生まれてきたことだけで素晴らしいこと なのである。親たちは子どもの丸ごとを受け止め、 愛情を注いで育てるのである。そのような親たちの 愛情の対象の子どものいのちが危ない時には、親た ちの悲嘆や寂寞はいかなるものかは想像がつかない ほど大きいものである。 筆者も数回、入院の経験があるが、どの時も決し てあきらめず治癒するのだと信じて、闘病してき た。今現在は、笑ってその時の症状を話できるが、 症状の起こっている最中は、不安でいっぱいで良く なる希望も持てずに、落ち込んでいたようである。 やはり、入れ替わり立ち替わり、入院中に見舞って くれた家族の存在が非常に大きく、家族は訪れるた びに少しずつ良くなって行く筆者の姿に喜び、その 家族の様子を見るにつけ、頑張る意欲が沸いてくる といった具合であった。 家族の関係も大切で、人間は今、与えられている いのちを最大限に活かして、感謝しつつ前向きに病 気に負けずに生きる力を備えながら生き抜くことが 重大な使命ではないだろうか。そのような生きる意 欲を持つことができるように、病気の子どもをめぐ る家族たちへの支援が欠かせないのである。 参考文献 1.!内正子編著 保育のための小児保健 保育出版社 2007年 2.!内正子編著 子どもの保健演習ガイド 建帛社 2011年 3.Lynn S. Barker. M. D. 著君と白血病 この1日を貴重 な1日に 細谷亮太訳 医学書院 1982年 4.医学大辞典 南山堂 2008年 19版3刷 5.メルクマニュアル 第17版 日本語版 1999年 日 経 BP 社
6.Rose Zeligs, Ed. D. 著 Children’s Experience with Death1974, Charles C Tomas Publisher
7.松田道雄著 育児の百科 岩波書店 1999年
教 育 学 論 究 第 3 号 2011 42