氏 名 SALINA SHRESTHA 博士の専攻分野の名称 博士(工学) 学 位 記 番 号 医工博甲第271号 学 位 授 与 年 月 日 平成25年9月26日 学 位 授 与 の 要 件 学位規則第4条第1項該当 専 攻 名 環境社会創成工学専攻
学 位 論 文 題 目 ANALYSIS ON HOUSEHOLD WATER INSECURITY, HEALTH, AND THE FEASIBILITY OF ALTERNATIVE TECHNIQUES FOR SUSTAINABLE WATER USE IN DEVELOPING COUNTRY SETTINGS(開発後進国における世帯レベルの水不 安定性、健康及び持続的水利用代替技術の実現性の解析) 論 文 審 査 委 員 主査 准教授 西田 継 教 授 坂本 康 教 授 風間 ふたば 教 授 新藤 純子 准教授 石平 博 東京大学大学院医学系研究科 准教授 近藤 尚己
学位論文内容の要旨
水に関わる問題は世界的に拡大している。特にアジア太平洋地域の開発後進国において は、人口の急速な増加と都市化の進行が水の安全性を脅かしている。その結果、世界人口 の 55%が将来的に水ストレスや深刻な水不足に直面すると言われている。しかも、これら の問題が発生する要因は増え続けており、それにあわせて水不安定性の影響評価に関する 研究の必要性も年々高まっている。過去に、水質が健康に与える影響に関しては多くの研 究がなされてきた。本研究では、新たな視点として、アクセス可能な水量の不足がもたら す水不安定性に注目し、世帯レベルでの影響評価を行った。具体的には、水量と下痢症発 症、水量と女性のストレスの関係を解析した。さらに、雨水利用、生活雑排水利用、地下 水涵養などの潜在的な水利用代替技術を促進することを想定して、住民の知識、活用の実 態、意思決定の要因を調査し、最終的に水不安定性を軽減することを目指した。 第1章では、水不安定性に関わる概念と過去の研究例の整理を行い、水量に関する研究の必要性とネパールのカトマンズ地域でケーススタディを実施する妥当性について解説し た。Water Aid 2012 による水安全性とは、安全な水アクセスの確保と水が関わる災害の軽 減を指し、前者はさらに、人間生活における基本的需要、小規模の畜産、地域生態系サー ビスに分かれる。本論文では、ミレニアム開発目標第7 項目が提言する「2015 年までに安 全な水へアクセスできない人を半分にする」を優先課題と位置付け、世帯レベルの水不安 定性を研究対象とした。章末では、研究の全体構成を示した。 第2章では、アンケートを基本とした社会調査、生活用水の水質分析、基礎的な統計解 析、パラメトリックおよびノンパラメトリック分析、回帰分析等に関する研究手法を記述 した。ネパールは最貧国の一つであり、その首都カトマンズは、近年、急速な人口増加に よる水需要量と供給量の格差や、地下水を始めとする水環境汚染が進行しており、水不安 定性の危機が指摘されていることから、研究対象地域として選定した。 第3章では、水へのアクセス性の低下が下痢症発症を増加させるという仮説を立てた。 使用データは、2009 年 8−9月にアジア開発銀行がカトマンズ盆地の 2282 世帯を対象に行 なった聞き取り調査から抽出した。解析の結果、水道と水道以外の水源を併用する世帯の 健康リスクが最も高かった。また、水源の違いを問わず、良好な健康を維持するためには、 1 日 1 人あたり 100ℓ以上の生活用水を確保する必要があること、さらに、社会的地位ある いは収入が低いことも世帯の健康リスクを高めており、水不安定性を軽減するための介入 事業を展開する場合には社会経済的な格差を考慮することが重要であることを示した。 第4章では、家庭内における生活用水量と水質の関係を解析した。使用データは、2012 年 9 月に実施した生活用水調査により収集した。水源として特に水道に注目し、カトマン ズのように水資源とエネルギーの不足で水道水を常時供給することが困難な状況では、一 時的に給水された水をより長期間貯めておくこと、同時に、貯水タンクの清掃の頻度が下 がる傾向があり、その結果として、健康関連の水質が低下し、水系感染リスクを増大させ ることが判った。 第5章では、世帯において生活用水の実質的な管理者である女性に注目し、上記のよう な日常的な水不安定性が女性に与える精神的なストレスを解析した。使用データは、2013 年1 月に 372 世帯を対象に実施した聞き取り調査により収集した。水不安定性は、まず、 水確保に費やされる時間や家族または近隣との関係の悪化などの社会的不利益を増大させ、 その結果として精神的ストレスも増大することが、統計学的に示された。 第6章では、カトマンズ地域で十分な水資源が確保されていない現状を考慮し、水利用 代替技術の可能性を検討した。使用データは第5章と同じである。雨水利用に対する認知 度と利用数は、生活排水の再利用や地下水涵養に比べて有為に高かった。また、雨水と生
活排水はほとんどが飲料以外の目的で利用されていた。これらの代替技術を地域に浸透さ せるためには、住民の啓発プログラム、技術支援、補助金、条例や法令などの多角的な取 り組みが有効であると提案した。 最後に、本論文を通して得られた成果は、都市化の進む開発後進国において、地域社会 の水不安定性を幅広い視野で理解するために有効であり、水問題の解決を目的とした介入 事業を計画する上で重要な知見を与えるものであると結論づけた。
論文審査結果の要旨
本論文は、世界の水安全性の危機を軽減するため、世帯レベルで水アクセス性が生活に 与える影響を定量的に解析することを目的としている。研究対象は、水危機が深刻なネパ ールのカトマンズ地域である。解析に必要なデータを現地調査等により取得し、水アクセ ス性と身体的健康・水質・精神的健康の関係解析を行うこと、現地で実現可能な水資源確 保の代替策を検討することが、研究の骨子である。 主たる研究の成果とその意義は以下の通りである。 (1)アジア開発銀行が取得した水利用に関する世帯レベルのデータを再整理し、当該報告 書では触れられなかった健康影響の解析に発展させた。また、独自の現地調査により、 生活用水水質、水利用状況、健康状態などに関する最新のデータを取得した。 (2)水道公社が供給する水とそれ以外の水を併用せざるを得ない家庭では、どちらか一方 のみを利用する場合に比べて、下痢症を発症する割合(オッズ比)が高かった。また、 使用可能な水量が1 人 1 日 100L を下回ると、下痢症発症は有意に増加した。世帯レ ベルで定量的に水アクセス性の健康影響が解析されたのは、本研究が初めてである。 (3)家庭への水道水の供給間隔が 2 日以上の場合、および、給水された水道水を最長7日 間貯蔵した場合に、指標細菌の検出率は有意に増大した。また、貯蔵用容器の洗浄間 隔(最長5 日)と指標細菌濃度の間にも有意な正の相関があった。さらに、使用可能 水量が減少すると貯蔵容器の洗浄間隔が長くなる傾向も明らかとなった。これらは、 地域における給水サービスと家庭内の衛生行動の両面での質向上が重要であること を示すものである。 (4)家庭において水アクセス性が低下すると、その影響がまず、収入に関わる労働時間の 短縮や人間関係の悪化などの社会的不利益となって現れ、結果的に主婦の精神的スト レスに結びつく可能性を示した。(5)水不安定性を軽減する方策として、雨水利用は、雑排水再利用や地下水涵養に比べて 住民の認知度が高いこと、一方で、これらの代替策からより高い効果を得るためには、 窓口の設置や啓蒙活動を推進が必要なことを提案した。 本論文の内容は2 編の筆頭著者論文として国際学術誌に掲載されている。 以上より、本審査委員会は本論文の工学的貢献度が高いものと判断し、博士(工学)論 文に値するものであると判断した。