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アーサーヤング「フランス旅行記」の一研究(その一)

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アーサーヤング﹁フランス雪行記﹂の一研究︵その一︶

序  アーサーヤング︵卜蝿跨霧団。琶σq霜赴一一。。悼O︶の﹃フランス旅行記﹄ ︵曽碧①雲上写碧8︶特に、 その体系的叙述部分として の箪型一巻・網場二部﹁︼般的観察﹂ ︵Ω㊦b霞90一〇び弓・o弓ぐ帥弍。昼︶はフランス革命晶剛山導の経[済構造︵−農業・製造鞭業・外国留骨易・財

政等の機構︶更らに、絶対王政と特権制度一重商主義的統制−禽、残存する封建制度に根源する政治経済の構造的諸矛盾

一その強行的解決ーフランス革命への推移過程を推知する上での古典的資料である。しかし、彼の﹁一般的観察﹂はその

外に適応の観点より様々な意味を揖う。即ち、H当時の英仏経済発展上の比較的研究として、或は飼フランス革命による

ナポレオン的土地所有の創出は勿論一世紀半ばに亘る時代的距離にかかわらず、戦前日本の経済機構−戦後におけるその

改革−特に、農地制度の改革一新自作農民の幽誕とその将来について比較と展望を与え、その意味で、一面、我汝自身に

とっても現在的意義を持つものといえよう。       ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   へ

 しかし、本稿で課題とするところは右の﹁一般的観察﹂に基き一従来よく引用された一革命前夜の農業を中心として、

それと製造業・外国貿易との有機的な関聯を再生産論的に解明しつつ、それを通じて彼の論述に.内在する﹁政治経済学の 論理﹂ともいうべきものを迫究せんとする点にある。      アーサー・ヤング﹁フランス旅行記﹂の一砥究︵その一︶       二三

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     アーサー・ヤング﹁フランス旅行詑﹂の一研究︵その一︶      二四  彼のフランス旅行記.研究の原典に関しては左記による。  雪曇Φ真塩艮品書。磯切目霜。。ざち。。c。帥霜。。o暮号穽雲霞暮器蒙琶。a弩図騒げげ9。.≦霧。出器富暴巴島臣Φo巳曹鉾陣。♂ノぐ。鼻詳 灼霧。霞。β8q第註8¢一汐。畜。胤蔓鑑夙ぼα。鳥8。め写影。Φ﹄︸6鶉露禽魍◎陣江8・︵<畠・國ぎ鑑。亭ぎご輪切再網羅麗︶  術、左記縮版を参考としたが、その註解よりの引用に関しては、Mの略符号を用5。  岬窒Φ淀ド二重8q鴛首槻夢Φ唄Φ霧。・霜。。が︸刈。。c。鴇帥一刈。。Oξ︸。爵電畷。g品巴里の息ξ08乙。寡暮﹃宮農宅巴O旨旨艮農。暮導Φq註く①i 話︸蔓。隔℃話器一〇Pρ  左記原典によれば第一巻は第一部﹁旅行記﹂と第ご部﹁一般的観察﹂に分かれ第一部によれば、彼のフランス旅行は下詑主回フラン ス主要地帯の全部に亘る。   第一回  一七入七年五月f同年十一月   第二回   一七入八年七月一同年 十月   第三回  一七八九年六月一翌年 一月  特に以下の研究の拠典である第二部は次の諸職よりなる。O面積 回±蟹と地勢 ⇔気候 綱穀物生産額・地代・地価 岡作物方式 葦囲慨 ㈲牧場 囚紫馬肥 ㈹イガ豆 ㊨囲饒地 口小作制度と農地の大小 ㊧羊 ㊨農耕資本 ㈲食糧価格と労働 岡生産物 園人 口 働穀物政策 ㈹商業 銅製造業 8租税 ㊧革命 之に対して第二巻は第一巻・第二部の曲論としての護憲よりなっている。従っ て第二巻よりの引用はた樽必要な限りにと黛める。 彼は﹁序丈﹂において自己の研究の課題を解明していう。   ﹁近代史上コルベール内閣よリブランス革命に至るフランス・イングランド両帝国の発展と対立ほど政治家の注目に値いする興味あ る事柄があるかどうかは疑問である。その百三ヤ年の闇に両帝国は人類をして感嘆せしめるほど素晴らしく頭角を現わして来た。これ ら両国民の勢力.冨。資源が増進するにつれて両国民が従来統治されて来た政治経済の原理に世入一般が益々関心をもつに至る。経浩 組繊が農業・製造業︵冨鋤さ=恥帥Oけ口中O︶商業︵一外国貿易を意味する以下同じ!筆者︶公共の福祉に如何に大きな影響を与えて来たかを 調べることは確かに非常に重要な研究である﹂ ︵序文三頁︶と。        ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  へ

即ち、彼は農業・製造業・外国貿易−公共の福祉に対する︵政治︶経済組織の機能に関する研究に一般的な課題を設定

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し続いていう。  コルベールの内閣以来﹁百三十年が経遍した。しかし、その年月の内にはフランスの国力と資源とが遍度に消粍されたとはいえ、ヨ ーロッパにとって恐威であった記録的な最も活動的な傑出した治世もあった。しかしその国力・資源がどれほど合理的農業︵国乱お算− 窪①Ωレσq誉巳9冨︶の恒久的な基礎に依拠して来たか、またそれらはどれほど製造業・商業の不安定な供給に依存して来たか、国富・ 外見上の華やかさが一それが如何なる原因によって増進されたにせよ一その表明する繁栄を国民の上にどれ程反映して来たか、それら は非常に興味ある研究である。﹂ ︵序文三頁︶と。       ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   へ 特に絶対王政・重商主義︵半封事的土地制度︶下のフランス︵政治︶経済の構造的諸矛盾の批判に具体的な課題を設定する。  更らに彼は以上の如ぎ研究は﹁炉辺で政治的空想をめぐらす様な人々にとっては有効に解明され得ないし、駅馬車に乗ってヨτpッ パ中を駈けめぐる様な薄々には雲を掴む様なものである。実際に農業に逼じていない人は期かる研究の方法を知らないし、国民の福祉 を生ずる事情と貧困を生ずる事情とを識別する方法を知らない、しかし、かく断言してもこの問題にW田軽している人々にとっては逆説 的とは思えないであろ5。同時に斯く旅行する単なる盤業家は耕地の上での実際と帝国の資源との関聯をまた、一見したところではさ ほど重要でもなさそうな活動と国家の一般的利益との闘聯を軽視し.或は無視する、しかし.それは遣る場合には良く耕作された耕地 を変じて貧困の舞台に入念な耕作を変じて国民衰微の原因たらしめる程不可思議なものである。これら一単なる農業家或は単なる政治 家の考.察では決して理解され得ないものこそ︵本書の︶主題である。﹂︵序文三一四頁︶

 即ち、農業、特に彼の合理的農業を以て諸産業の基礎と解し、前者の繁栄の上に製造業一外国貿易の発展が可能となる

という一見したところ重農主義的な見地に立脚し、且つ農業家の技術的活動が政治経済︵学︶的判断に内容を与えるとと

もに、その反面、後者が前者に指針を与えるという関係、従って農業技術的判断と政治経済︵学︶的判断との統合を通じ

      ヘ   へ

て﹁政治経済学の課題﹂としての﹁国民の繁栄﹂が具現され得るという論理に基づき同時にかかる関係の解明を以て既考

の具体的な課題を研究せんとする。       アーサー・ヤング﹁フランス旅行記﹂の一研究︵その一︶      二五 9

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     アーサτ・ヤング﹁フランス旅行記﹂の一研究︵その一︶       ご六

 ところで、彼は既考の﹁フランスの国力・資源と農業・製造業・外国貿易との関係﹂或は﹁フランスの国富・国力と国

       ヘ   へ

民との関係﹂を右の外に如何なる論理に基き批判しようとするのか。彼は後論においていう。

  ﹁農業・製造業・商業は結合して国民的産業集団︵自9器。m轟鶴§頭目邑g菊醤︶とい5べきものを構成するが一その内の一つを充分  に坂扱わんとすれば。繰返して仙のものに循環しなければならないほど利益の点で緊密に結びついている。﹂︵四九九頁︶

      莚

 即ち、この点では明日にアダム・スミスと同様、農業・製造業∵外国貿易をともに社会的再生産の構造的分肢体として、

且つ、それらを相互循環関係に於いて理解せんとする経済循環の観念を表明している。

 註 アダム・スミス﹁国富論﹂第三編・第一章﹁富裕の自然的進歩﹂ ︵亀夢。昌9覧舘℃ぎ讐。。・。・90℃寄網雫O舅轟昌.諏国9男紹ひ目㊦  彰&㊤炉冒渉.︶

 以上の如く、彼が同書に於いて課題とするところは一般的には政治経済組織の﹃国民産業集団﹄従って、公共福祉への

機能、旦胴体的には後論の如くフランス絶対王政と特権制度・重商主義的諸政策・爾残存する封建制度等に根源する農業の

疲弊一製造業の低生産性−外国貿易の不振1︵財政危機︶従って、政治経済の石造的諸矛盾の発展一その清算としての革

命過程の推移に関する研究である。        ヘ  へ

 とすれば、彼は以上の課題に対応して、且つ、以上の論理に従ひ、如何なる方法で﹃一般的観察﹄を展開しようとする

か。彼は当時のフランス経済に関して各項目に亘って絶えずイングランドと比較し︵比較研究方法︶更らにそれに交錯し

て政治算術の方式を使駆する。斯くして以上の方法を通じて展開されて行く彼の﹃一般的観察﹄の内容を以下に本稿の課

題に即して考慮しよう。 咽

彼は先ず初三章に於いてフランス農業の自然的基礎としての面積・土壌・気候等の状態を解明する。

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  フランスの﹁面積﹂︵第一童︶に闘してイングランド・スコットランド・アイルランドの面積九九、三三五、五八九エーカーに対し  フランスの面積を二一二、七二二、二九五エーカーと推計し面積の上ではフランスの方が大きいことを結論する。 ︵二九五一六頁︶次  いで第二章﹁地方の土壌と地勢﹂において、王国を数個の冨隆器i流域盆地一主要な河が流れ、花嵐石・石灰質.の山脈に囲まれてい  る数個の大平原eロワ1週遅とその支流⇔セイヌ河とその支流⇔ガロンヌ河四角ーンヌ河とスオンヌ河の流域に区分し。他方、地勢と       ︹註︶  しての山鴬・河川或は各地方の風物を描写するとともにフランス各地帯の農業上の土壌構成を考察してフランスの最も肥沃な土壌の面  積を二千八百万英エーカーと推定する。斯くして最後にイングランド・フランスの農業上の土壌を比較し8不毛地の質と割合口砂性土  壌・他に︵放牧地としての︶ ﹁ひ!ず﹂の怠る原野H山地でない荒蕪地︵﹃5騎︶或は、山地の胡国粘土質肥土の粗剛性等の観点よリフ  ランスは土壌の状況ではイングランドに優ると結論する。 ︵二九六一三〇四−六頁︶      ・  謎 彼は他の箇所では豊饒な肥土地帯︵各種肥土地帯︶・白亜質地帯・ひ差す地帯・砂礫質地帯・岩石地帯・山岳地帯等に分かち、各  地帯の面積・単位面積当り平均生産額、、或は作物方式等を示している。 ︵第四、五、 一五章︶   斯くして彼は第三章﹁気候﹂に於いて気候の作物に及ぼす作用とい5世紀よリフランスを葡萄。玉蜀黍.オリーブの三つの地帯、即  ちe北部地帯︵葡萄なし︶◎中部地帯︵葡萄はあるが玉蜀黍はない︶同南部地帯︵葡萄・玉蜀黍・オリーブ・桑あり︶に区分するとと  もに.各地帯の気候︵温度・湿度・降雨・降霜・露電・強風等︶の農業︵作物・家畜︶に及ぼす影響を考察している。 ︵三〇六i八−  一一頁︶   特に彼はクランス農業に対する気候の自然的恩恵として玉蜀黍・オリーブ地帯に於ける無休閑二期作の可能性、或は.イングランド  の気候の下に於いては荒蕪地・飼斜地以外に利用され得ない様な土地ーフランスの不毛・岩石地帯に於ける葡萄栽培の利益を述べ最後  に農業に対する気候の自然的恩恵という点よりイングランドに対するフランスの優位を結論する。 ︵三二一︻一四頁︶

 とすれば以上の如く面積、特に農業の自然的基礎としての土壌・気候の点でフランスはイングランドに優るとしても、

かく優れた土壊と気候の下に行われるフランスの農業は如何なる状態にあるのか。

 先ず作物方式︵o。豪窃。臨9。冨︶︵第五章︶という観点より彼に従って考察を進めることにする。   彼は休耕︵獄昌。毒︶の排除されているのはフランスの一部の地方に過ぎず他の可耕地では一様なe休耕口小麦日田播穀物という耕作  方法が採られている。 ︵四五八−九頁︶また、他の箇所ではフランスの可耕地の三分の二は三年輪作︵一年目休耕一二年目小麦、或は アーサー・ヤング﹁クランス旅行記﹂の一概究︵その一︶ 二七 霜

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      アーサー・ヤング﹁フランス旅行記﹂の一研究︵その一︶      二八

 ライ麦一三年目下播穀物︶或は、その亜種が、他の三分の一では多種の輪作が,大多数の地域では三年以上の輪作が行われていると  いう。 ︵四六九頁︶

 然らば、かかる三重式農法、或はそれに付随する休耕法はフランス農業に如何なる影響を与えているか。彼はいう。

   ﹁フランスの若干の豊饒な地域では休耕が想像し得る最も立派な土壌でさへ台無しにしている弓:コー地方︵℃昌忌O豊図︶では休  耕は非常に撰除されているが作物の正しい配合を知らないためにその貴い土壌には赤貧と雑草で満ちている﹂ ︹三六四頁︶またフラン  ス東北部の豊饒な肥土地帯でも﹁悪い耕作や休耕は土壌の劣り以上に生産量を一層大きく減少させている﹂ ︵四五七頁︶

 しかし、彼は︼般的に6フランス農業に於いて価値あるものは、特に肥沃な土壌と王国の中・南部に於ける玉蜀黍の耕

作であるが、後者は悪い、或は、通常の土壌には不向であるので地昧に乏しい土壌は自然と休閑に委かされている  そ

れはイングランドの最も悪い土壌が最も肥沃な土壌と同じ程よく親作されているのと対照的である。目フランスを通じて

大奥の作物方式の聞で支配的な誤謬は︵家畜、従って飼料作物を欠き︶小麦やライ麦を非當に争心に出来る限り多く牧獲せ         ︵註︶

んとする点にある。⇔特にライ麦の敦獲量はフランスの各地帯に於いて最も豊饒な洲に於いてもヨーロッパ農業の閤で恐

らく最も不合理なものである。全王国を通じてライ麦、小麦を牧獲するのに全く悪い土壌はない。斯くして最後にフラン

スに於ける一般の作物方式や異る土壌に於けるその凡てが個人の利益と国民の繁栄に絶対に一致するものでないと断言す

る。 ︵三七二⋮五頁︶ 謡 勿論当時の農民が飼料作物の作付を欠き、短期間に多量の牧穫を攻めんとして単発・ライ麦・裸麦・オート麦等の穀類を迅速に輪 作せんとしたのは彼もいう如く﹁莫大な人口や経験によって危険であると証明された生活資料が恐らくその原因であった﹂︵三七二頁︶ f即ち.当時、週期的に発生する不作一夕謹に対する配慮に基づくものと解される。 ︵M三九四頁︶しかし.彼によればその原因はそ れに盛くるものではない。  彼はいう。﹁人口多く冨裕な国は食うべきパンを欠かないが、縄対的自由によってよく繁栄し得る所を統制し奨解せんと試みる政府 の誤謬によってこれを欠くのである。その様な国の住民は常に小麦を必要とする.即ち彼等はそれに対して支払うことが華甲るが散に

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 そして、その国の農民は有漏な法律や統制によって妨げられないならば.必要な数量だけそれを増加し或は他の生産物を必ず増加せし  めるであろう。﹂︵三七二一三頁︶即ち、政府の穀物貿易の統制に起因すると解している。 ︵後喜︶   億、彼はフランスでは国民の多くはライ麦を少ししか食わず.小麦は食わない一小麦は当時の農民にとっては贅沢な作物であった   ︵M三九四頁︶一特にフランスの一部では蕎麦︵栗の実︶を食し、南部では玉蜀黍を食用にしているという。 ︵四六九頁︶

 更らに、彼は農業に遷する気候の恩恵という点ではイングランドに比してフランスの方が優れているが、農耕の現状に

於いては反対であって、イングランド人はその気候を善用しているが、フランスではこの点に関して王国の半分以上に亘

って幼稚な状熊にあるという。 ︵こ=四頁︶  もとより、彼は﹃序文﹄に於いて﹃偏見、特に、国民的偏見より離畝た心で⋮省察することが必要である﹄︵序文四頁︶

といい、また﹃フランスはヨーロッパの最良のものの聞に伍して非常に高い地位を占める土壌、否農耕さえもっていると

我汝は認めざるを得ない﹂︵三六四頁︶というに拘らず、フランスの休耕を伴う三圃式農法を眼前に見て斯くいわなけれぽ 底らなかった所以は、彼が見慣れた世界最高の水準にあるイングランドの資本・制大農経営を基進としてフランス農業を観 察したことによるものであろう。   ところで、彼は弛の箇所で、クランスの可耕地と休耕地を政治算術の方式に従い、可耕地ぽ全体で六千六百万エーカー、否、七千万  エーカー以上、休耕地は千五〒日万乃至三千六目万エーカー以上に及ぶと推定している。 ︵四六九頁︶

とすればフランスに於いて斯くも休耕地の多いのは如何なる事情によるものであろうか。彼はいう。

 フランスの一部では三圃式農法に附随する休耕は共用権︵O。日唐8艮σ。.算。・︶の支配を受ける非常に多くの惣門込地が存在することに 由来する。 ︵三六九頁︶或は、反対に開放耕地の存在する理由に関して、フランスの肥土地帯に於いても可成りの地積が囲込まれずに 共用梅︵筈。艮㈹.暮。隔O。白土8亀①︶と規則的な輪作とに束縛されている。 ︵三六四頁︶また、王国の全洲や殆んど凡ての主要な河の流 域の巨大な地積は共有地︵8已日。塁︶であり良い農耕の凡ての観念を絶対的に破壊させる権利に若しんでいる。 ︵三八三頁︶特に、フ ランスの一部に於いては﹁開放可耕地は耕作するときや休閑年の一竃の日に始まる共局放牧権︵O。巨巳。口冨馨再農①︶や、小片の農地を     アーサー・ヤング﹁フランス旅行記﹂の一研究︵その一︶      ご九

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アーサτ・ヤング﹁フランス旅行記﹂の一研究︵その一︶ 三〇 耕作するのと同じだけの困難や費用を必要とさせるために工夫された様に思われる財産の外見上の配分等の る。﹂︵三九九頁︶ 有害な事情に悩んでい

従って休親の行われる理由は休耕を伴う三振式農法と不可分の関係に立つ開放耕地−耕地交錯i共用地一共同放牧権等

の農村共同体的慣行の存在に基くことが理解され得よう。しかし、彼によれば、休耕の存在する理由は唯それにのみ尽く

るものではない。 ︵後論︶       卍        ノ   更らに彼は﹁国民的利益という点よりフランスの正しい作物方式を考察する時、二つの事情が記憶されなければならない、即ち、石  炭がないか、或はそれを使用しない一国で必要な森林の量であり、また葡萄が栽培されている広大な地積である。可耕地の面積が斯く  驚くべき程愛車される反面に休閑を誹除し適切な作物方式を導入しょうとする注意が重要になって来るという事を示すために,この二  点が述べられなければならない。王国の六分の一乃至七分の一が森林で覆われ、葡萄の占める地積が遙かに大きく、同時に荒蕪地があ  る洲では広大な範囲を占めるということを我々が反省するとき塞がれた清掃されていない不毛の休閑を伴ふ全可耕地の三分の一乃至四  分の一で斯く多数の国民が如何に養われるかということは驚くべきことの様に思われる﹂︵三七三頁︶と。  特にこの点でフランスに於ける﹁家畜﹂の飼育状態を考察しよう。 ︵第二巻第十章︶   ﹁ブランスの一部では家畜の重要性はよく理解され、その数量も多いが、それ以外の諸洲に於いては注意を惹くものは何もない。ア  ランスの二十分の十八には、牛馬で鋤耕する慣行もないから牛馬はいないであろう。一部垂耳を除いてフランスの家畜の管理は空白で  ある。王国を平均して恐らく当然あるべき数の十分野一にすぎない。即ち、ブランス王国では作物方式が戴物、一般にパン小麦のみに  ついて考へられ、王国の不名誉である不毛の休閑の代りに家畜をして穀作の準備たらしめる作物を導入し、肥料を得るために多数の家  畜を飼育するという均しく重要な目的について注意が払われていないということを反省する人は何人をこのことを悟るに違いないf  牧草の重要性についてブランスでは少しも理解されていない。﹂︵第二巻五二一三頁︶   筒.以上に関聯してフランスに於ける家畜飼料の不足より牧場の高価な黙想を説明していう。 ︵第七章﹁牧場﹂︶    ﹁その多くの部分が開望地でありまた非常に悪く耕作されている国では牧場は異った事情の他の国とは比較にならない程、高い価格  を必然的にもつに違いない,牧地が禁止的な価絡をもつことは一国の遅れた状態の確実な証故である。石灰質の丘がイガ豆で覆はれる

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と牧場の価格は半分に下落する。耕作が家畜の冬期飼料としてのキヤベッ・蕪蕎・馬鈴署を産出しないとぎには乾草が唯一の頼るべぎ ものとなる。クpーバーの価値が知られていないときには牧場は非常に高い価値をもつようになる。従ってその地価・地代はその本質 的価値によらずその附近に於ける不耕地の状況によって変化する。フランスに於ける価格はどこでも著しく、亙るところでは特に大き い。乾草の生産は或る場所では多いが全体としてその地価に相応しない。疑いもなく、それは、詣る程度、飼料が不足で高価な季節に 土地の草を食わし.期くして乾草の量を減少せしめることによる。﹂︵三八三頁︶  他に、彼は﹁羊﹂に関して、 ︵第十二章︶  フランス・イングランドの各一頭分の羊毛一その未洗羊毛と下毛羊毛の重量・価絡を比較し、洗毛羊毛の点ではイングランド産はフ ランス産の二倍方重い、しかし、価絡の点ではフランスの羊毛は自由貿易品であるがイングランドでは価格は人為的に抑謝されている から比較は困難である。 ︵四二九頁︶フランスに於ける羊の飼育は悪く、一般に飢えている。即ち麦藁で養はれ羊のために特に作られ た緑の冬期飼料の貯えもないーイングランドでは良い農業者はそれを欠かさないが一そのため一頭分の羊毛は少く、羊毛の質も悪く羊 の数も少い、省肥料獲得のための冬期に於ける舎飼は一面に於いて病気に陥入らしめ易い。 ︵四三〇i一頁︶更らに、フランスの羊の 艦種の劣りとその悪い管理はフランス程羊によく適している国がないと想像するが故に、一層驚くべきことである一その土管は一般に 乾燥していて、気候はイングランドよりも非常に湿気が少い一その事情が羊で大成功を得るに本質的に重要なものであるが。 ︵四三 三頁︶  斯くして彼は休耕の排除と適切な輪作方式の導入の必要を説く。即ち作物方式の選択に関して﹁個人、に対して適切な行

為は国民に対しても適切なものである﹂従って﹁一般的見解と土地の状態とに最もよく適合した作物を土地に播くべきで

ある﹂或は﹁土地に最もよく適合しその生産物が貨幣価値に於いて最もよく支払われる作物の種子を土地に播くことが常

に国民的利益である﹂という自由主義的見地に立脚し、次いで、作物方式の一般原則として家畜飼育の増加一飼料作物の

導入による叩上の排.除、従って輪作方式として働e根菜類或はキャベツ或は豆類⋮口穀物;倒牧草一芸穀物個8根菜

類或はキャベツi口穀類−倒川牧弾早1㈲﹁豆〃熊野は玉蜀黍・大麻或は亜麻−圃四細叙類を説き、 一特に百久々令飼料作物の増尋笙−家翻當飼       アーサー・ヤング﹁フランス旅行記﹂の一研究︵その一︶      一二

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アτサー・ヤング﹁フランス旅行記﹂の一研究︵その一︶ 三二 育の増加一土地肥力の増進を提唱している︵三七二一四一五頁︶ 有畜農業の要請。  斯くして、亥ぎに第十章﹁園込﹂︵営oH8痺①。・︶について彼が論ずるところより当時のフランス農業の状態を考察しよう。 彼はいう。    ﹁耕地の囲饒地に王国内の葡萄園・森林・牧場を加えると囲澆地は王国の二分の一以上に及ぶ、しかし、囲込まれている諸洲の内に  も囲込まれていない耕地が交り、囲込まれている諸念の内にも囲込まれていない地横が交っている一若し囲饒地の農耕が開数地の農  耕と異るとすれば、何等驚くべきこともないであろう。しかし、ブランスの全丁霊地の十分の九に亘ってその経営方式︵爵①。。誘言嘆9  讐琶品Φ目①暮︶が開鼓地に於けるそれと変ら澱ということはまさに笑止の沙汰である。いわば休耕が規則正しく行われて.いる結果、農地  の牛馬や羊は︵休耕がなければ︶当然ある数に比してとるに足りない﹂ ︵三九七−八頁︶

 然らば既考の如き経営方式の改善は土地の尼宮と如何に対応するであろうか。彼はいう。

 ﹁囲込の利益に関しては=疋の囲込組織︵夢①。。岩月琴Ob露餌。。・琴①ω︶がなければ、常時厩や畜舎や構内で家畜を飼ふフランダース組 織︵田。昆・・げ。・冨言ヨ︶以外に家畜を飼育し得ないということを示せば足りる。またフランダース組織は穀物を産出する土地が家屋内の 畜舎から離れているときには不便であり出費が多い。非常に耕地が散在している開放地ではフランダース組織を行い得ない。蓋し、慣 例的な輪作が適切な家畜用作物に存在の余地を与えず、更らに毎日家へ荷車を引込むときに他人の地所を侵すからである。従って常に 家畜と囲込とは伺義語であるといわなければならない。若し囲込がなければ、フランスの羊や牛馬の必要飼料を供給することが出来な いし、その貯えがなければ良い生産的な農耕は全く行われ得ない。﹂︵四〇〇一一頁︶

 従ってフランス農業に対して彼が理想とする経営方式こそフランダース組織、或は、イングランド式輪作であって土地・

の園込はかかる合理的経営の基本前提と考へられている。斯くして彼は最後に       ,

 ﹁フランス農業の第一の最大の目的は既に譜面された王国の部分に於ける一層よい耕作を打立てることであり、第二に

現在開鑑の部分を羅することである﹂鰺︵四。責︶

 ①彼は囲露地に附設される生垣の遮蔽によって葡萄作の受ける利盆、或は、一股的に囲続地の生垣より石炭代用の薪の取得の利釜を        σ 、

(11)

【 強調している。 ︵四〇一i二頁︶ ② 彼はイングランドとは反対にフランスに於ける旧政府下の囲込促進の困難を語っている。彼はいう﹁イングランドは四・五十年以 來開放地の割宛や囲込に可成りの発展を來たした。即ち、大多数の囲込を阻止するのに強力に作用した+分の一塁や愚かな、頑固な偏 見や議会の重い費用を通じて﹂之に反して、フランスではその進行の方法を計画しなかった。即ちそれはフランス人が﹁充分な権限を 委員会に与え、訴訟のない公正な分配を行わしめるという観念を知らず、またその様な観念を持たなかった﹂ことに起因するとともに 他面その許可や統制に関して強力な立法部がなく法廷の悪い制度によって法律を実行に移す乙とが出来なかったことにも因るものでめ るという。 ︵三九九i四〇〇頁︶ ところで彼はいう。   ﹁フランスの最も肥沃な土屡以外で小農地によい耕作の例を一つも見ないと確心を以て主張する一しかし王国の十分の九に亘る地  味の劣った凡⑲る土壌、否、非常に肥沃な土壌にも幾らかの例はある。悪い経営がかかる肥沃にして、よく耕作された地方にあるとき  には何時でもそれは小農地である﹂ ︵四〇七頁︶

 然らば彼の意図する合理的経営は一体如何なる性格と規模とをもつものであろうか。この点に関して第十一章中の﹁農

地の大小﹂を老察しよう。   彼は先ず、農業︵経営︶に賦課さるべき政策目的として、次の五点、即ち. の農耕の粗生産量 口農耕の純利.潤国一国の人口増  加 四農民の安易と幸福 ㈹市場で販売し.得る最大生産物等を挙げ ㈹を以て最適と解し﹁かかる前側が他に比して満足に確定される  ならば、市販される、換言すれば、換金きれ得る最大生産物を確保する農地の大きさが一般に最も有利であると我々は決定し得よう。さ  て斯くして農耕に雇われ、それに依存する人々やその家族によって消費されるよりも大きな余剰を得んがためにょい農耕が行われるに       ︵主︺       ・  違いない﹂ ︵四〇八頁︶と。  註 彼はこの点でω多数の午羊の飼育②多量の肥料の確保㈲耕地改良一夏水・口語・客土・施肥・囲込iの途行ω荒蕪地の完  全利用㈲資本利潤の蓄積とその再投下㈲最大余剰生産物の市販等を挙げている。 ︵四〇八頁︶  更らに彼はその経営規模を具体的に規定していう。 アーサー・ヤング﹁フランス旅行記﹂の一研究︵その一︶ 、 三三

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アーサー・ヤング﹃ブランス旅行記﹂の一研究︵その一︶ 三四    コニ百一六百エーカーの農地では、小さい農地より限りなくよく、それと比較にならない程多くの生産物を市場に供給すると私は安  心しで主張し得よう。しかし、私の意味する農地は常に営業︵O。呂旨菖8︶であって、決して小分益農︵筥9函渠︶に亦貸しする仲闇  小作人︵目一働無一① 主帥昌︶より貸されるものではない。小農地に通常の悪い農耕程奇妙なものはない。 ︵私は酉アルパン︵胃点鼻︶以下、  百アルパンニ酉アルパンのものを意昧するのであるが︶﹂或は﹁フランスで私が選ぶ農地は肥沃な土壌で二百五十乃至三百エーカーであ  ろう﹂ ︵四〇九頁︶

 斯くして彼の合理的経営は叢に資本制大農経営として現われる。

  筒、彼は大農地と小農地に於ける農業経営・生活状態の差等を追究して  ω 小農地.では資本・労働と土地との割合が不利であり、人は貧しく、貧農はよい農耕に必要とされる様な活動をなし得ない、また彼  の財産は彼の曲辰地の小さに必然的に比例している。ω大農地の利潤は農業者と彼の家族とを養い、改良に支出される余剰を残す、小地  積の土地の牧益は農業者を養うに足らず、改良のために何物も残さない。㈹小農地では大農地に比して多くの馬が使用されるがそれだ  け利潤は削減される。大農地では分業が行われるが小農地では行われ難い。甘心農地は入口の最大の養育者であるといわれる、そのこ  とは事実であるとしても多産的で貧困で自分達を養う生産物を生ぜすに食盛を増加する。 ︵四〇九頁︶  .     。

 従って彼の理想とする合理的11資本制大農経営、その前提としての開放耕地・共用地H放牧地の圏込は開放耕地・三圃

式農法・耕地交錯等と結合する耕作強制・共同放牧・森林共用権等の農村共同体的慣行11権利、それに立脚する小農経営

の存在と鋭く対立することとなる。   彼は革命政府の下に於ける共有地えの放牧権・採薪権の喪失を憂うる貧農、その他、一部貴族・牧肺による革命政府の囲込布告の撤  回・森林共有権の再設・共有地の分割反対・既分共有地の再統合等の要求に対して強い反対を示している。 ︵四〇〇頁︶   しかし、当面の問題に関して﹁私は大農地の無限の優位や小農地によって如何なる国も高度に改善せられないということを如何に悟  るにせよ、数農地を強制によって統一せんとする法律や規則を推薦せんとするものではない。私は自由以外の何物にも満足せず、農地  の統合に反対する法律に対してかかる不合理な非常識な要求の排除に満足するのみである。﹂︵四一一頁︶と土地政策に対する自由主義  的見解を表明している。   斯くして彼は專制制度下、’小農経営を讃美し、それに基く八口増殖、従って兵員の確保を目的とする重商主義縞入[[論者を﹁兵隊を

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1  つくる手毅以外に入類の増殖を考えず、小農地を奴隷の苗床と讃美し、兵籍に入れ、或は餓死せしめんが九めに八口を育生して貧困に  するのが価値ある政策と考えているしと批判し﹁入口過多にして不幸なフランスは入口を増殖し、貧しい当扶持を分つよりは、むし  ろ.その現有人口を養ふ方法を求むべ.きである﹂︵四三一頁︶と含理的大農経営えの伏線を置く。  斯くして次ぎに、彼に従って英仏農業に於ける﹁生産物・地代・地価﹂︵第四章︶を比較考察しよう。しかもそれは同時 に資本制大農経営と家族的小農経営との穀作生産力差等の問題でもある。

平小平平一

均㍉ぞ

う   カ

牧イ地地

量麦代価り

フランス     二〇傍    ② 一五志七片 一八  ③④ ブッシェル 倫フランスに於いては 種子は一対六の牧獲を産出する        ④ 土地は三・五%の利子を麦払ふ イングランド ︵二十六ケ年供旧地契約︶ 二〇傍五志二片 一五志七片 “一 lブッシェル 0 ①フランスの葡萄園・園藝園・特に肥沃な地点は除外されている。 ② 荒蕪地・飼羊地等の地積は含まれているが有利な生産物の地価・地代は含まれていない。 ③フランスの農地は一般に貨幣地代で借されず現物地代︵分母地代︶で貸出され、通常、生産物の半分︵約二〇志︶或は、三分の一 となる。 ︵三五三頁︶イングランドでは地主の地代は通常源生産額の四分の一一六分の一に当る。 ︵三五六頁︶ ④地代と穀牧とで三下一八志の粗収獲を生ずるが地主の地租・偶然の損失、或は家畜等に投下され.た資本利子を控除すれば純収量は 三%1三%四分の一となる。 ︵三五三一四頁︶ 従って、地代と地価とは誉相均しい、しかし、内面的には6ブランスではイングランドに於けるが如き﹁貧民税﹂︵℃。窪類8︶はな い。しかし﹁十分の一半﹂ ︵葺ぽ硯︶は重い。ロイングランドでは地主が地代より控除すべき農場資本の補修費は多額にのぼるが、プ     ア⋮サー・ヤング﹁フランス旅行詑﹂の一研究︵その一︶      三五

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ア⋮サ!・ヤング﹁フランス旅行記﹂の一研究︵その一︶ 三六 ランスでは非常に少い。しかし日耕作世一エーカー当り穀物︵小麦・ライ麦︶の平均牧量に関してはその差等は大きい。否、次の点を 考慮に入れれば、その差等は実質的により大ぎくなる。即ち、泥土・雑草の種子等の混入、従って、繕選度の点で一八ブッシェル対二 五ブッシェル以上とならなければならない。更らに、イングランドの穀作には休耕が存在しないがフランスでは休耕の後に作付けされ る。即ちイングランドの手播穀物︵裸麦・オート麦︶の優位は小麦やライ麦の優位よりも二倍方大きく、従ってイングランド一般の穀 物の攻量はフランスに比して一八ブッシェル対二八ブッシェルの割合となる。  従って、以上の穀物同量の差等という点より、、フランスに比較してブリテン嶋の如き自然的に小さいイングランドがフランスと同様 に強力になったということは、まさに驚嘆の外なしという。 ︵三五四一五−六頁︶  倫、彼は十五章﹁生産物﹂に於いてフランスの農用地鍾目一面濱i各生産物f地代に関して次の如くいう。 ( 総合(6〕(5)(4)(3)(2〕(1〕

’   牧紫牧森葡可

霧計計地罐

地五鑑嚇翻

二二’ 無 牧

玄塩地肥地林畑地Ω面

二〇’九      

i)

套露≒_産蒜

粗生産物

︵エー刀一当リリーブル︶    四〇   一七五    一六   一〇〇   一〇〇    一〇 ︵平均︶四〇

2地

︸ カ J 当 り代     一五志七片   一二藤照一⊥︵士心⊥ハ一月     一二志○片   二膀〇三志九片     一五志七十      一志九片 ︵平均︶一五志一〇片 一八九ミリオンリーブル        一〇一、       三三三確 八○○ミリオンリーブル       五七、    八⊥ハ・○、 五八一二確 七二五、○○○礁 四三七、五〇〇膀︶ O  イングランドに於ける可耕地の生産物はエーカー当り五〇志でフランスよりも一五志方多い、従って、フランスの面債を基準とすれ ば総計に於いて五千二百五〇万鶴ーコ一億りーブル方大きくフランスφ生産物の約二倍となる。 ︵四七五一六頁︶

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 ところで、ヤングをして斯く驚嘆せしめる程、 基くものであろうか。

イングランドに比してフランスの穀作生産力の劣るのは如何なる理由に

  彼は第二芳意一二章﹁家畜﹂に歯する箇所で次のようにもいう。 ﹁穀作方式の間に家畜を飼う作物を介入する方式はイングランド農  耕の支柱である。若しそれがなければ、イングランドの農業はフランスの農業と同じ程貧弱でありまた不生産的であろう﹂ ︵第二巻五  二一三頁︶即ち、彼は両国に於ける経営方式の相違に求めている。しかし、その原因はそれに尽くるものではない。 ︵言論︶  しかし、彼はフランスの葡萄・作がイングランー8の黒作牧益に勝る点を強調し、他に王蜀黍・オリーブ・絹・紫馬肥等、の 農産物のあることに注意している。 ︵三五六一七頁︶   特に、彼は葡萄に関して語る。 ︵第二巻十章︶   葡萄は年々にその慢罵量に変化があり、従ってその価格の変動も大きい。葡萄畑一アルパンの地価は生産量に比例せず、利潤は地価  や生産量によって説明されない。即ち、それは需要競争・土地の配分・費用の大小その他の事情による。 ︵第二巻一一二頁︶   斯くして彼は葡萄作に闘して左記の事項を説明していう。   一工τカー当りの   葡萄畑の地価    四五硬一志一〇片   生  産  量     九硝二志一   賃    銀      二傍一二志六片        註   利    潤    使用資本の七一一〇%   註 但し、牧穫後、液化して六ケ月間貯藏する場合は利潤率はより大きくなる。   葡萄作諸洲が︵葡萄作には多大の資本を必要とし、従って、貧民は冨農に雇傭されなければならないが故に︶最も貧乏であり、その  耕作が︵穀作に要する労働を奪ふが故に︶国民の利益に有害であるという重商主養君主張に対して葡萄作に使用きれる±地が他の耕作  に転作されるとすれば葡萄作の場合と同じ地価を保ち得ないであろうといい、フランスの豊饒な谷聞で一稼瀧されている土地や牧場を  除いて1碧南性と気温のために既考の如き高い地価と生産額を生じ得る作物は他に存しない、しかも、それは地味の劣った、或は羊の アーサー・ヤング﹁フランス旅行記﹂の一研究︵その一︶ 三七

(16)

アーサー・ヤング﹁フランス旅行記﹂の一研究︵その一︶ 三八 飼育地以外に用途のない不可耕土壌より生じたものである。また、葡萄作はその高価な敦穫とともに既考の如き︵普通作物一 当粗枚益の三倍に当る︶高賃銀以外に多くの入々に職を与へている。 ︵同上二〇−二頁︶ 次ぎに﹁荒蕪地﹂︵第二巻・一四章︶という観点より彼に従って当時のフランス農業の状景を老察しよう。 エーカー  彼は﹁荒蕪地﹂に関していう。  ﹁地方には非常に貧弱に誹作されている広大な地積があり、優秀なイングランドの農業家ならば、その全部を荒蕪地と思ふであろう− 荒蕪地だけで千八葡万エーカーと推算されているが、若し、これに.耕作されていて荒蕪地同様、生産性も大きくなく、大部分が荒蕪地 に均しい牧益しか与へない地積︵三千二百万エーカー︶を加えると荒蕪地の状態にある全面横は四千万エーカーと推算し得る:この面 横はイングランド王国の面債と殆んど均しい。しかしその四千万エーカーの荒蕪地は全く不生産的なものではなく開墾改良を加へれぽ 現在に比して四倍−十倍以上の生産額を揚げ得る。﹂︵九八一九頁︶  爾、抽方に、百二十万一百五十万アルパンに及ぶ沼地が存在する、しかし、その排水には草地・ひ一すの野原・荒地等の改良より一 層費用と資本を要し、且また困難でもある。しかし排水によって牧場や豊饒な牧地に転換され得る。 ︵一〇二頁︶

 従って以上に考察した処より荒蕪地・沼地の開墾をして終局的に可能ならしめるものは正に農業資本の蓄積如何に懸る

といわなければならな.い。  斯くして、次ぎに﹁農業資本﹂ ︵第;一章︶に関して彼をして両国に於けるその相違を語らしめよう。  フランスの農業投下資本に関して農業の発展の遅れた地方では、その資本が地主に、或は小作人に所属するにしても一工ーカー当り二 〇志一一五志を超えず、農業の発展せる地方でも資本の不足は大ぎいとして具体的にはイングランドに比較しての農業の発展した地帯 でも羊や牛︵馬︶の数は少く◎農具は安価で持続性と能率とを欠ぎ㊧イングランドに於けるが如き倉庫内の乾草の貯藏は少く㈲客± ・排水のための土地改艮資空の投下は実に微々たるもので国地主の提供し、修理しなければならない農場・牧場の設備はイングランド に比して笑に少い。.建物・囲込・客土・排水・牧地その他の恒久的改良の投下資本を考慮すれば、平均一工ーカー当り三〇志となる。  斯くして今、農業盗本に関して両国を比較すれば、フランスは平均一干ーカー当り四〇志、之に対してイングランドは四硬となる。 しかし、フランスの施設には恒久度が少いために三〇志を差引けばフランスはイングランドに比して三墨継志方少い。︵四三四i五頁︶

(17)

 斯様に考察すれば、既考のヤングの驚嘆H生産力の差等はまさにフランスの自然的条件11土壌と気候の優位にも不拘、

イングランドの﹃資本制大農経営﹄とフランスの﹃家族的小農経営﹄一その資本投下量の差異に基くものであるといわな

ければならない。と同時に、フランス農業に於ける土地國込一経営方式の改善を阻止せしめその生産力を低下せしめた一

因は、まさに、農業資本の蓄積不足にあったといえよう。彼はいう。   以上のイングランドに対するフランスの投下資本不足額をフランスの一億三千万エーカについて計算すれば四億五千入百万膀、即ち  十織りーヴル以上の不足となる。従ってアランス全般についてエーカー当リイングランドと均しい生産を齎らすためには以上の莫大な  金額をフランス農業に投下することが必要となる。しかし、フランスの資本は砂糖︵植民地︶諸嶋へ︵砂糖の生産高より見て︶五千万  スターリング以上が離脱し、しかも、イングランドに対して植民地を防衛確保するための海軍維持費は二十五年間で五千万スタ竃リン  グにのぼる。従って、この二項目だけで、 一億スターリング、即ち二丁五千蔭りーヴルが消費された。今若し、以上の金額が農業に投  下されれば投下資本に対する生産額を五〇%と見積って国民は現在以上に毎年五千万スターリングを受取つたであろ5。しかし私は一  国に防衛手段や海運上の利益を軽視すべしなどというのではない。唯、国璽の産業の真の発展は資本を他の職業に投下するよりも、一  国の土地を十分に設備することにあると主張するにすぎない。︵四三五一七頁︶

 即ち、彼はこの点において、フランス農業資本の不足原因を絶対王政の重商主義的諸政策−植民。拡大政策に基くもの

と解している。もとより、彼の反重商主義・反植民思想は北米合衆国の独立によって強化された一﹁面をもつとはいえ、こ

こでは重農主義的論理に立脚し自由主義的平和強調の色彩を帯びて現われる。従って、この点で彼と重農主義との異同が

解明されなければならない。 ︵後論︶   筒、彼は他の箇所に於いていう。 ﹁ルイ十六世がスペインの王位にフランスの孫を即がしめ、フランダース・アルサス洲を獲得しよ  うと国民に願うとき若し、彼がブランスの六洲より休閑を解放し、他の洲に箒蕪を糞き入れたならば彼の王国をより富裕ならしめ、よ  り繁栄せしめ、強大にし得たであろう、しかし、.彼は征服しだ諸洲よりも多くの入王や富を与へ縛ない様な農業改良には一歩も踏み出  し得なかった。フランスの十エーカーの費用を費して彼が購入した各エーカーは荒蕪地となり不生産的となった。五人のブランス入を  犠牲にしたに不拘一人のフランダース入もドイツ人も彼の臣民とはならなかった。﹂︵三七五頁︶ アーサー・ヤング﹁フランス旅行詑﹂の一研究︵その一︶ 三九

(18)

      アτサー・ヤング﹁フランス旅行記﹂の一研究︵その一︶       四〇

 以上に於いて彼がフランス農業に於ける低生産性−資本不足の原因を重商主義的諸政策に求めるのを考察した。しかし

彼は他面で、後者を可能ならしめる租税制度−他に±地制度に由来する農民.の資本蓄積、従って農業発展に対する阻止的 要因を把握している。

 斯くしてこの点に関して、被に従ってフランス農業の土地所有関係を考察しよう。しかもそれは同時に農業生産力の主

体性の問題でもある。 ︵第十一章︶

 彼は土地占有類型を亥の如く分類する。       。

       註①    封土保持者 ︵bのd[臼塑︸ けの旨胃①切︶        註②

   中間小作人 

︵白。薯。ヴ︶        註③  筒 貨幣地代での小作  ︵注匡昌σq鉾日。口㊤肖①暮︶

 四分益小作入 ︵臼①$恩屡︶

 国小土地所有者  ︵ω曇昌筥。℃霞試①。・。h旨①b$鶏暑︶        ーノ  ① ﹁罰金・解約地代︵ρβ一け一居①摩げ︶子爵・奉仕等を留保して教区の領主より与えられている封土︵ぽ當︶の保有者﹂で、フランス各地  方に散在し、負担の強制実施手段には多くの弊害を俘い、しかもその負担は外見以上に重く、裁判上の判決は保有者に不利で過酷でも  ある。︵四〇二一三頁︶  ②不在地主・領主より確定貨幣地代で土地を一括して借り受け分割して分益小作に叉借しする富裕な寄生的中間的小作人て、彼自身  不在者として代理人に管理を委ねるものもあるか、分益小作が行はれる地方に多く、その弊害は詰替小作に固有の貧困より生ずる檬に  見えるか、それ自身が有害か制度である。︵四〇三頁︶  ③ 定期的借地契約、従って確定貨幣地代を支払ふ︵大︶小作で、農業の発展した地方に散在し、フランスの七分前一以上に及ぶという   ︵四〇二頁︶勿論、その内には資本家的に農業上の賃金労働者を雇傭するものもある。     ヘ  ヘ  ヘ  へ

 彼は分益小作に関して

(19)

〆 、       註   フランスの土地の八分の七に及ぶ︵彼はその亜種類型を描いているが通常は生産物を現物地代で、三分の一或は二分の一を地主に麦  払ふ︶この不合理な興復の下ではイングランドで十志で貸付けられる土地でも土地と家畜で二志六片になる。従って、その不利は一見  すれば、地主の側にある様に見えるが内実は小作入は最低の貧困状態にある。更らに過小経営の弊害が附随する。或る地方では彼等は  随意に解約され得る下僕同様に見徹されている。また多くの者が地主に債務を負い、地主は自分の土地を荒屡より救ふために債権を儀  牲にして小作人を解雇しなければならず、また農民の貧困の故に、地主は農地に農具或は家畜の設備をするかしないか、いつれかの方  法を採らなければならぬが地主の側にも、一般に無知で、多くは不注意な、若干は邪悪な農民に耕地と家畜を委ねる危険或は損失の負  担は大きい。従って、この借地方法に於いては地主はその損失の危険を賭して僅かの地代を受取り農民は貧困の最低水準にあり土地は  貧しく耕作され国民の損失も大きい。 ︵四〇三一五頁︶  註 ・しかし、チユルゴー︵弓艮㈹9︶はフランスの七分の四に及ぶという。︵M三九五頁︶  彼は先考の如く両国一英エーカー当りの穀牧と地代を比較しフランスはイングランドと同程度の地代を生ずるに不拘・、        註 その穀牧の著しく劣る⋮点を解明したが、今や、彼はその原因を︵小作契約の短期と︶分益小作人の手許に於ける農業資本 の不足、根本的にはその貧困に求める。  註 彼はフランスに於ける小作契約期間は一般に九ケ年で、その結果、充分な農業改良は行われないとして﹁全小作契約期間より永く  つ黛き、同時に土地を穀物に準備する作物︵飼料作物︶は少しも耕作されない、蓋し種子を播いた人は収獲を収める確実性がない。﹂と  ︵三九四頁︶ 彼はいう。  ﹁享益小作は普通の労働者よりも殆んど優れたところなく、労働や農具以外に農地に設備すべき何物ももたず極端に貸困であり、殆 んど農具の効果はなく、地主より家畜の提供を受け、地主は必要以外には農地の設備をしない。斯くして、かかる制度より乏しい生産 物が不可避的に生じなければならない﹂他方  ﹁手の労働以上に少しも貢献するところのないこの様な小作人は、企業に適当な資本を所有し彼等の貨幣に対する適当な利子を箇ら す不十分な利潤に満足しない富裕な農業者よりも地主の恩恵に頼らなければならない。之に対しイングランドの地代の割合は低いがそ アーサー・ヤング﹁フランス旅行記﹂の一研究︵その一︶ 四一

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アーサー・ヤング﹁フランス旅行記﹂の一研究︵その一︶ 四二  れはイングランドの小作入は彼自身と彼の家族を養い、土地と同様に農場の将来の生産が要求する彼の資本に対してもまた利潤が支払  はれなければならないからである。﹂ ︵三五五i六頁︶イングランドの資本制大農経営とフランスの分益制小農経営との相違f・

 とすれば、彼等の貧困或は、農業資本の不足は何に起因するものであろうか。

 、

ワ論︵分益小作の内には地主の租税を負担するものもあるが︶彼は一般に上層階級を有利にし、下層階級を圧迫する政

府の政治制度一政治理念、特に、彼等に賦課される1租税−人為的に増加せられる入質税︵廿ゆ讐Φ︶に求めている。 ︵四〇

五頁︶彼はいう。       ,

   ﹁かかる有害な制度を発生せしめだ小作人の貧困は專制政府の原則より生じにことは疑いない。貴族や僧侶が免除され、農民に課せ  られる重い租税や管理官︵畢$p暮暮︶や下級代理入︵警σム。8αq諺㎝︶の意のままに任意に課せられるかかる租税は下層階級を貧困なら  しめるに十分である一人頭税は明白に各人の生存に比例して賦課せられるから正直に賦課されるときには全戸平等な地租の有害な効  果を.生ずる。﹂ ︵四〇五頁︶或はいう。       α    ﹁重い憎むべき封建的諸権利や主君の課税と結合するかかる租税は土地より任意に移動し得ない資本の凡ゆる投資を阻止する、蓋し  王侯の堅琴の掠奪に必然的に曝されている土地に資本を投下するという懸念以上にそれ程王国の資本の一般的欠如を来たす害悪は存し  ないが故にQ﹂ ︵四〇六頁︶

 しかし、彼は合理的H資本制大農経営えの上昇を助長するために分益小作制度の改善を忘れるものではなかった。彼は

いう。    ﹁立言小作制度の害悪を救ふ最善の方策に関しては確実に改良されるまで彼自身の土地を所有者が経営し、それから若し借入れる農  民があるならば家畜なしで心匠地代で貸付け、若しそれが不可能な場合には家畜を利子付で貸付けることである。期如く良い政府の下  に於いて農民は有利となり十分の一税を軽減し、完全に裕冨となり、確実に大部分が二十五年置は三十年の負債より解放きれる、そし  て掃い耕作を以てすれば二十年の単一の借地契約でさへも。しかし、彼等の現在の悲惨な小作制度や昏鐘の補欠を以てすれは彼等はそ  れを有効にするのに一世紀を要するであろ5。若し、地主移目から農耕することが出来ず、またしようと欲しないならば次の方法は二  十一年聞家畜と土地を貨幣地代で貸付けることであろう。小作人は満期に家畜の原価恒を貨幣で彼に支払い、凡ゆる危険や損失に服す

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ることである。老い課税方法と十分の一葉のない制度は小作入をその様な条件で将来地主より何等の援助なく、 少くとも可能にするものであることは疑い得ない。﹂ ︵四〇六f七頁︶    ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  へ

亥ぎに小土地所有者に関して

彼の職業を営むことを  イングランドー7一比して想像もつかぬ程多くフランスの三分の一以上に及ぶ。或る地方では経営面積も大きく耕作もよく、安易な生活 を送っているが、他の地方ではその耕作は拙いとわいえ彼等の勤勉には賞讃に占いするものがある。蓋し土地財産が不断の労働に対す る最も力強い刺戟物であるがためである。しかし、 一般的に見て均分相続のため農地は細分され過小農地となるが、彼等はそれに執着 を感じている。土地財産の分割より流出する人口は貧困を倍加し生計の見込みがなくてもあるかの如く結婚し、子供を産み町や製造業 の需要以上に人口を増加し、窮乏と巣養不足より病臥の状態にある。 ︵四==三頁︶  斯くして彼はフランスに於ける土地財産の分割を主張する論者に対して土地細分一相対的過剰人口の発生一−生活の貧困化を説き ︵四一四頁︶或は、相対的過剰人口より生ずる雇傭獲得競争が強く賃銀を引下げる傾向をもつとい5。 ︵四一五頁︶  ところで革命前の小,工地所有者は現在に於けるが如き完全に自由な土地所有者ではなく、占有権月下級所有権︵働§毘器鐸島Φ︶を所 有するが上級所有権︵創O葺9一謬O ㊤⋮目①O叶︶ は領主が邑保し、領主的支配の下に封建酌諸負担・諸義務を負う制限的な土地所有形態であっ た。 ︵M三九五頁︶即ち、かかる領主制支配H上級所有権を排し真の自由な農民的土地所有を確立するためにはフランス革命を通過し なければならなかった。  これに対して彼はイングランドの小土地所有者に闘して語る。  ﹁イン.グランドでは小土地所有者は極めて稀であり、その労働貧民は彼等の小屋や一片の土地・庭園を形成する数パアチ︵喜窪魯︶ の土地の所有.者たらんと熱望している。しかし、彼等は自分達が働くに十分な土地を購入しようと考へる様な.ことは稀であってフラン スの様に必要物︵土地︶を獲得するために価値よりも高い価絡を提供する様なことはない。若し、二三百ポンドを持つ入は少さい農地 を購入せずに農地に設備をする。﹂ ︵四一五頁︶  筒、彼は他の箇所で次.の如くいう。  フランスでは下層階級の貯蓄は土地購入に使用され︵土地獲得競争を引き起し︶ているが、イングランドではかかる慣.行なく、貯蓄 は証書−担保貸付に向けられ、或は、公債に投資せられる。 ︵三五四頁︶ 斯くして  ﹁イングランドに於いては小土地所有は決して地方の下層階級の福祉に必要なものではない、即ち、イングランドの旦雇労鋤者と過     ア1サー・ヤング﹁フランス旅行記﹂の一研究︵その一︶       四三

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アーサー・ヤング﹁フランス旅行記﹂の一研究︵その一︶ 四四  小農場主との間には何等の相違はない。﹂ ︵四一五頁︶   更らに彼はイングランドの農業賃労働者とフランスの小土地所有者とを比較して   ﹁イングランドの労働者は農業家のために鋤き一週八−九一一〇シリングを確実に麦配するが故に自分自身で土地を耕作するときに  は非常に危険である。そしてこの事実は非常に強いのでイングランドの貧農の最も勤勉にして強い労働は彼等の小さい農園を最も秩序  よく耕作の状態に置く人ではない。之と反対にそ5する人は貧困を象徴する牧入を得るものである。かかる種々な他の原因よりしてイ  ングランドに於ける貧しい田舎の人々はフランスのそれらの人々よりも旦雇労働によって一層規則的な雇傭を見出す。之に反してフラ  ンスの人は旦雇労働で働く源泉をもたないが故に自分自身で働くかさもなければ餓死しなければならない。 ︵そして紳士が彼等がこの  様な状態にあるのを見るとき、彼等が小土地所有の利益についてその様な家族に提供し得る唯一の源泉であると詳述するのは何等奇妙  なことではない。︶﹂ ︵四一六頁︶   爾、彼は他の箇所でフランスの貧しい小土地所有者に対比してイングランドの±地も家畜ももたない農業労働考ですら﹁良い着物を  着、よく栄養をとり飲み過ごして酔払ひ、よい家に住み安易に生活している﹂とさへいう。反之して、 ﹁その様な小農地の上での骨折  りな耕作や大衆の目に完全なものに見えるものは唯、半失業の入たちの貧困より生ずるものである。一自分自身で働くことに膿れて  いる人々の被雇労働は非常にひどく行われ、また高価につく。真の貧困以外の何物もがその様な小土地所有者を駈って筍しくも他入の  ために仕事をせしめない。それ、故に私はフランスの骨の折れる耕作地方で労働が半ば怠惰な人々の闘で比較的に高いものにつき、悪く  行われているのを見る。﹂︵四一六頁︶特に、彼は非常に骨の折れる︵農耕︶方法は全く支うべき里門の力を超えて入口を養5土地財産  の極端な分割より生ずるものであると解している。︵四一七頁︶      −、

 斯くして彼は最後に結論として

 ﹁9小土地所有者はフランスに多い。口それより生存の余地のない多くの貧困な入玉が生ずる。臼入口に対する需要が

       も 生産に均しくなるまでその分割を法律で制限すべき・である。翌旦歴労務者としての多くの農民を規則的に雇傭し、それに       −        ②

よく支払う大農場制度は小土地所有の増加よりも国民や貧民に一層有益である。粟興込に対する統制や制限・共用権の存

在・小土地所有者に地租を課すに当って最小の恩恵を与え大農場の創設や富裕な農民の増加を阻止する凡ての方策は農業

に破壊的であり、公共の福利を破壊する制度として非とすべきである。﹂︵四一七頁︶

(23)

 ①荷、この点で注意すべきは﹁農地の分割や共有地の不侵は農耕資本の貯えを豊蜜にするものでない﹂︵四三八頁︶という如く、土地  財産の分割には反対を示しているが、共有地の分割︵開込︶には養成する点である。しかし、それはイングランドに於ける大土地所有  の形成一その上に於ける資本制農業発展の史的反映であることはいうまでもない。  ②彼は第二巻藁十章﹁葡萄﹂において﹁葡萄作諸洲が王国の内で最も貧しく葡萄の生産量に比例して貧民の間に貧困がある﹂といふ  主張に対して葡萄作諸洲では入口多く、貧民の多い事は事実であるが、それは葡萄作の特性より生じたものでなく、その誤用よO生じ  たものであると解し、その原因を葡萄畑の小土地財産えの分割に求め、過剰入口の形式一貧困の発展を説く、欺くして、彼等は貧困の ・  結果三農に雇傭されなければならないが、そのために自分の葡萄畑の耕作を下心たり︵十分な資本を所有し数ケ年の平均を考える富農に  は問題はないが︶不確定な牧獲と資本の不足によって生活の貧困を来たす。之に反し富農への雇傭による賃銀牧入は多い。斯くして彼  は﹁財産が貧困の親であるということは何んと明白な矛盾か﹂とのべ、不利な小土地葡萄作よりも有利な被雇庸労働への移行一資本制  農業化を暗示しているQ ︵牌弟二巻一二四一六頁︶

 以上、彼に従って革命前の土地占有形態を考察してきたが、その半面、領主。地主的側面を考察すれば、彼もいう如く

﹃放蕩な生活をし農地より離れてい、且、ヨーロッパの多くの他の地方に於ける田舎の紳士と同様に貧乏で最も差し迫っ

た必要以外に一ペニーも農地に設備を施さない﹄︵三五五頁︶即ち、フランスの︵貴族︶領主H地主の一部には絶対王政の下

に地方的役割を喪失し既考の如く所有地を富裕な寄生的中間小作に貨幣地代で一括して貸付け︵直接経営糊入よりも大き

な︶地代油入を丸め、それを︵都市・官廷で︶不生産的に消費し、農業資本として再投下しないという傾向一従ってこの点 にイングランドの改良的地主と異り農業上の合理化に対する一つの制約の存在することはいうまでもない。︵瓢三九五頁︶

  次ぎ緩が旅行寛聞したフ.フン唇地方の農蓄8±屡農翻寒雷卜禦麟坊下愚飼尊墨綾弊7哩産額姻博漣所

 有・資本労働関係㈹生活状態という観点より綜合的に考察すれば、大体腎§碧琶①9写窪。。・℃羅馬団・Z。舅ド至善︵但し評婆号

。潔を塗︶が磐進歩し叢階にあり貨幣地代髪払い・農業賃嵩者を雇養本家票作が存在する・他に留勧ざ跡潜解

  ペエー。ド ・ビオス アルサス     ラングエドツク  娼銭緒じd①磐。①・巴鶏8の平地ピ書σq器衛8の一部等では小土地所有者にしてその生活安易なものが多い。以上の如く特に東北部の平   坦地帯に於いては、肥沃な土壌め上に農産物の大消費地︵商業・製造業都市︶を附近に詩つ点で、同地方に支配的な大土地所有と結 アーサ1・ヤング﹁フランス旅行記﹂の一研究︵その。一︶ 四五

(24)

     アーサー・ヤング﹁クランス旅行記﹂の一研・究︵その一︶       四六  合し、貨幣地代での小作一農業労働者を雇5資本家的小作経営が析出されている。

 斯くして以上考察したところより、彼がイングランドに対してフランスの農業生産力の劣る所以を農業資本の不足或は

蓄積阻害に、しかもそれを規定したものを重商主義的証政策、特に絶対王政の植民・拡大政策に︵求め、しかもそれを可

能ならしめる租税の作用を︶土地制度の内に、即ち、配意小作の貧困に、或は、領主H地主の不生産的消費に、或は、土

地財産の細分−過剰人口の形成−彼等の生活困難等に於いて把握しているのが理解され得よう。

 斯くして、以上の点より、フランス農業の低生産性の構成要因をH開放耕地−親地交錯一共同放牧等の存在口土地の

煮込にも不拘、休閑を伴ふ尊詠式農法の支配−従って農村共同体的慣行の存在日家畜と飼料、従って動物性肥料の欠如

       

四土地細分と過小経営の支配等に求めることが出来よう。  誰 従って、この点に、彼が農村共同体的慣行の打破一の囲込の推進︵開放地の囲込・共有地の分割囲込︶ ㊤耕作の自由︵経営方式  探択の自由︶経営方式の合理化︵有畜化︶ ⇔土地財産細分の制限㈲資本制大農経営化を主張する根心がある、

 しかし、その停頓原因は農業資本の不足・蓄積阻害に、しかも根源的には重商主義的諸政策一絶対王政の植民・拡大政

      

策或は、半封建的土地制度にあったといえよう。  誰 即ち、こ乙に彼か重農的f自由主義的平和協調、或は、分益小作二度の改善を唱う理由がある。

 否、彼は第二十一章フランス革命︵一七九一年︶に於いて﹃全人民大衆に拡がり、流れる液体の如く貧困と窮乏の最も

遠く離れた毛細管に通ずる王の、費族の、教会の圧制の全支脈﹄ ︵六〇四頁︶を分析し、絶対王政と特権階級の専制支配

一監督官の意の儘に免除∵変更・加減・配分し得る徴税制度i入頭税・十分の一税の重圧・軍役の恐怖・領主権に基く諸

賦課・裁判の不正直に悩む農民の窮乏状態を描いている。従って、以上の要因が農民を貧困ならしめ、農業資本の蓄積を

阻害し、フラスス農業の生産力を停頓せしめて来たことが理解され得よう。        ︵続︶

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