結婚移住女性のメンタルヘルスと異文化適応に関す
る臨床心理学的研究
著者
一條 玲香
学位授与機関
Tohoku University
学位授与番号
11301甲第17283号
URL
http://hdl.handle.net/10097/00120782
博士論文
結婚移住女性のメンタルヘルスと
異文化適応に関する臨床心理学的研究
目 次
第Ⅰ部 本論の目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 第 1 章 日本で暮らす外国人の状況・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 第１節 在留外国人の推移と外国人政策・・・・・・・・・・・・・ 2 第２節 定住外国人の特徴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3 第３節 用語の定義－結婚移住女性・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 第 2 章 結婚移住女性のメンタルヘルス・・・・・・・・・・・・・・・・ 6 第１節 移民女性のメンタルヘルス・・・・・・・・・・・・・・・・ 6 第２節 アジアにおける近年の結婚移住女性研究・・・・・・・・ 10 第３節 日本における結婚移住女性研究・・・・・・・・・・・・・ 19 第 3 章 本論の目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 36 第１節 先行研究の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 36 第２節 本論の目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 38 第３節 本論の意義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 38 第Ⅱ部 実証研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 39 第 4 章 研究Ⅰ 外国人相談の傾向と心理的問題－全国調査から－・ 40 第１節 問題と目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 40 第２節 方 法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 41 第３節 結果と考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 43 第４節 全体考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 49 第 5 章 研究Ⅱ 外国人相談の傾向と心理的問題－相談事例から－・ 51 第１節 問題と目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 51 第２節 方 法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 52 第３節 結果と考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 55 第４節 全体考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 69 第 6 章 研究Ⅲ 結婚移住女性の異文化ストレス－尺度作成の試み－ 73 第１節 問題と目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 73 第２節 方 法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 74 第３節 結 果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 80 第４節 考 察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 88第 7 章 研究Ⅳ 結婚移住女性の精神的健康・・・・・・・・・・・ 91 第１節 問題と目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 91 第２節 方 法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 94 第３節 結 果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 95 第４節 考 察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 104 第 8 章 研究Ⅴ 結婚移住女性の異文化適応過程・・・・・・・・・ 109 第１節 問題と目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 109 第２節 方 法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 110 第３節 結果と考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 117 第４節 全体考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 141 第Ⅲ部 総合考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 151 第 9 章 総合考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 152 第１節 実証研究の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 152 第２節 結婚移住女性のメンタルヘルスと異文化適応・・・・・・ 156 第３節 本論の課題と今後の方向性・・・・・・・・・・・・・・ 160 第４節 本論の意義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 162 第５節 心理社会的支援への示唆・・・・・・・・・・・・・・・ 163 第６節 結 語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 165 引用文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 167 付 記・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 189 謝 辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 190 資 料・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 195
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要 旨
本 論 は ， 日 本 に お け る 結 婚 移 住 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス に つ い て ， 抱 え て い る 心 理 的 問 題 お よ び そ の 背 景 を 明 ら か に し ， 異 文 化 ス ト レ ス お よ び 精 神 的 健 康 度 を 量 的 視 点 か ら 分 析 し ， 異 文 化 適 応 過 程 に つ い て 質 的 視 点 か ら 考 察 を お こ な っ た 。 こ れ ら の こ と か ら 結 婚 移 住 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス に お け る ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト ， 異 文 化 適 応 に お け る 日 本 人 と の ネ ッ ト ワ ー ク を 含 め た 社 会 関 係 資 本 の 重 要 性 ， 日 本 語 教 育 支 援 の 重 要 性 と 適 応 段 階 に 応 じ た ニ ー ズ に 合 わ せ た 支 援 の 必 要 性 を 指 摘 し た 。 第 Ⅰ 部 で は ， 日 本 に お け る 外 国 人 の 状 況 に つ い て ， 在 留 数 の 推 移 ， 在 留 資 格 ， 外 国 人 政 策 の 側 面 か ら 整 理 し た （ 第 1 章 ）。 第 2 章 ， 結 婚 移 住 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス 研 究 に つ い て 概 観 し た 。 は じ め に 移 民 研 究 に お け る 女 性 移 民 の メ ン タ ル ヘ ル ス 研 究 に つ い て ， 主 に 欧 米 の 文 献 か ら 検 討 し た 。 次 に 近 年 研 究 が 盛 ん に な っ て き て い る 韓 国 ， 台 湾 に お け る 結 婚 移 住 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス 研 究 に つ い て 概 観 し た 。 最 後 に ， 日 本 に お け る メ ン タ ル ヘ ル ス 研 究 を 主 に 精 神 医 学 ， 心 理 ， 社 会 福 祉 ， 看 護 の 領 域 か ら 整 理 し た 。 第 3 章 で は ， 諸 外 国 に お け る 結 婚 移 住 女 性 研 究 と 比 較 し て ， 日 本 に お け る 結 婚 移 住 女 性 研 究 が 少 な い こ と ， 原 因 追 及 型 の 事 例 研 究 が 多 く ， 成 功 例 や 当 事 者 の 経 験 に 着 目 し た 研 究 が 少 な い こ と ， ま た 長 期 的 視 点 に た っ た プ ロ セ ス 研 究 が 必 要 で あ る こ と が 先 行 研 究 の 課 題 と し て 浮 か び 上 が っ た 。 こ れ ら の 点 を 踏 ま え ， 目 的 １ と し て 結 婚 移 住 女 性 の 抱 え る 心 理 的 問 題 と そ の 背 景 を 把 握 す る こ と ， 目 的 ２ と し て 結 婚 移 住 女 性 の 異 文 化 ス ト レ ス と 精 神 的 健 康 を 量 的 側 面 か ら 明 ら か に す る こ と ， 目 的 ３ と し て 結 婚 移 住 女 性 の ラ イ フ ス ト ー リ ー か ら 異 文 化 適 応 過 程 に つ い て 考 察 を 行 こ と を 設 定 し た 。 最 後 に ， 研 究 の 希 少 性 ， 着 眼 点 の 独 創 性 ， お よ び 臨 床 へ の 汎 用 性 と い う 点 か ら ， 本 論 の 意 義 を 述 べ た 。 第 Ⅱ 部 で は ， 結 婚 移 住 女 性 の 抱 え る 心 理 的 問 題 と そ の 背 景 を 把 握 す る こ と（ 目 的 １ ），結 婚 移 住 女 性 の 異 文 化 ス ト レ ス と 精 神 的 健 康 を 量 的ii 側 面 か ら 明 ら か に す る こ と（ 目 的 ２ ），結 婚 移 住 女 性 の 異 文 化 適 応 過 程 を 明 ら か に す る こ と （ 目 的 ３ ） と い う ３ つ の 目 的 に 沿 っ た ５ つ の 実 証 研 究 を お こ な っ た 。 目 的 １ の た め に ， 外 国 人 相 談 に お い て 研 究 Ⅰ お よ び 研 究 Ⅱ を 実 施 し た 。外 国 人 相 談 へ の 相 談 傾 向 か ら ，長 期 居 住 者 で ，30 代 ～ 40 代 の 女 性 か ら の 相 談 が 比 較 的 多 く ， 心 理 的 問 題 を 抱 え る 相 談 者 が 一 定 数 い る こ と ，そ の 背 景 と し て「 異 文 化 ス ト レ ス 」，「 配 偶 者 と の 関 係 」，「 経 済 的 問 題 」が 想 定 さ れ る こ と が 明 ら か と な っ た（ 第 4 章 ）。ま た 事 例 の 検 討 か ら ， 心 理 的 問 題 を 抱 え る 相 談 の 8 割 が 女 性 か ら の 相 談 で あ り ， 日 本 人 の 配 偶 者 で あ る 外 国 人 女 性 に 多 く ， 家 庭 内 不 和 や 離 婚 を 背 景 と す る 問 題 が 多 い こ と が 明 ら か と な っ た 。 さ ら に い ず れ の 問 題 に も 異 文 化 ス ト レ ス 関 連 し て い る こ と が 示 唆 さ れ た （ 第 5 章 ）。 目 的 ２ の た め に ， 研 究 Ⅲ お よ び 研 究 Ⅳ を 実 施 し た 。 そ の 結 果 ， 結 婚 移 住 女 性 の 異 文 化 ス ト レ ス は ， 社 会 文 化 ス ト レ ス ， 言 語 ス ト レ ス ， 離 郷 ス ト レ ス で あ る こ と が 明 ら か と な り ， 滞 在 年 数 と 学 歴 が 日 本 語 能 力 に 影 響 を 及 ぼ し ， 日 本 語 能 力 が 言 語 ス ト レ ス に 影 響 を 及 ぼ す こ と が 明 ら か と な っ た （ 第 ６ 章 ）。 さ ら に 日 本 に お け る 結 婚 移 住 女 性 の 精 神 的 健 康 状 態 は ， 諸 外 国 に お け る 先 行 研 究 と 大 き く 異 な る こ と は な か っ た が ， 抑 う つ が 疑 わ れ る 人 が 約 4 割 お り ， 結 婚 移 住 女 性 の 精 神 的 健 康 状 態 が 決 し て 楽 観 視 で き る 状 態 に な い こ と が 明 ら か と な っ た 。 ま た 情 緒 受 領 サ ポ ー ト ， 文 化 社 会 ス ト レ ス ， 母 国 の 友 人 と の 交 流 ， 日 本 語 能 力 が 精 神 的 健 康 に 影 響 す る 変 数 で あ る こ と が 明 ら か と な っ た （ 第 ７ 章 ）。 目 的 ３ の た め に ， 研 究 Ⅴ を 実 施 し た 。 結 婚 移 住 女 性 の 異 文 化 適 応 過 程 は ，第 Ⅰ 期 来 日 か ら 結 婚 ま で ，第 Ⅱ 期 結 婚 か ら 出 産 ま で ，第 Ⅲ 期 産 後 か ら 仕 事 ・ キ ャ リ ア 形 成 に 注 力 す る ま で ， 第 Ⅳ 期 仕 事 や キ ャ リ ア に 注 力 す る か ら 老 後 に つ い て 考 え は じ め る ま で の 4 つ に 分 け て 検 討 し た 。 異 文 化 適 応 過 程 に お い て 想 定 さ れ る ラ イ フ イ ベ ン ト お よ び 保 護 因 子 が 明 ら か と な っ た 。 ま た 全 体 を 通 し て ， 学 業 や 仕 事 と い っ た 限 定 さ れ た 側 面 で の 適 応 か ら ， 第 Ⅱ 期 以 降 結 婚 す る こ と に よ っ て ， 私 的 な 領 域 に
iii お い て も 公 的 な 領 域 に お い て も 日 本 社 会 と よ り 深 い 関 係 を 築 き な が ら 適 応 し て い く 過 程 が 浮 か び 上 が っ た 。 保 護 因 子 は ， 同 国 人 や 家 族 に よ る サ ポ ー ト と い っ た 外 的 リ ソ ー ス だ け で な く ， 内 的 リ ソ ー ス と し て ， 異 文 化 性 の 一 般 化 と 強 調 が あ る こ と が 示 さ れ た 。 ま た 文 化 変 容 態 度 モ デ ル と 照 ら し 合 わ せ て ， 統 合 に は ， 時 間 的 な プ ロ セ ス が あ る こ と が 明 ら か と な っ た （ 第 8 章 ）。 第 Ⅲ 部 で は ， 第 Ⅱ 部 の 総 括 と 考 察 を 行 っ た 。 最 後 に 残 さ れ た 課 題 と 今 後 の 方 向 性 ， 本 研 究 の 意 義 ， 心 理 社 会 的 支 援 へ の 示 唆 に つ い て 述 べ た （ 第 9 章 ）。 本 研 究 か ら 、 結 婚 移 住 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス の 全 体 像 が 明 ら か と な り 、 ラ イ フ イ ベ ン ト や 適 応 過 程 に 応 じ た 対 応 策 や 支 援 策 の 検 討 に お い て 一 知 見 を 提 供 す る こ と が で き た 。
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第 1 章 日 本 で 暮 ら す 外 国 人 の 状 況
第 1 節 在 留 外 国 人 の 推 移 と 外 国 人 政 策 平 成 27 年 末 現 在 ， 日 本 に 在 住 す る 外 国 人 は ， 223 万 2189 人 と 過 去 最 高 に 達 し た （ 法 務 省 ，2016b）。 日 本 の 総 人 口 が 減 少 傾 向 に あ る （ 総 務 省 統 計 局 ，2015） 一 方 で ， 日 本 で 暮 ら す 外 国 人 は 漸 増 傾 向 に あ り ， 中 で も ニ ュ ー カ マ ー で あ る 一 般 永 住 者 は 増 加 し 続 け て い る （ 図 1-1）。 さ ら に 年 間 約 1 万 人 が 日 本 に 帰 化 し て い る （ 法 務 省 ， 2016c）。 彼 ・ 彼 女 ら は ， 在 留 外 国 人 統 計 か ら は 消 え て し ま う た め ， 日 本 で 暮 ら し 外 国 に ル ー ツ を も つ 人 は 公 表 さ れ て い る 在 留 外 国 人 数 を 大 き く 上 回 る こ と が 想 定 さ れ る 。 図 1-1 在 留 外 国 人 数 及 び 一 般 永 住 者 数 の 推 移 （ 法 務 省 （ 2006,2011,2016a ） よ り 筆 者 作 成 ） 0 50 100 150 200 250 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 万人 在留外国人 一般永住者3 こ の よ う な 外 国 人 住 民 の 増 加 お よ び 定 住 化 を 背 景 と し て ，総 務 省 は ， 2005 年 6 月 に「 多 文 化 共 生 の 推 進 に 関 す る 研 究 会 」を 設 置 し た 。報 告 書 で は ，「 外 国 人 を 観 光 客 や 一 時 的 滞 在 者 と し て の み な ら ず ， 生 活 者 ・ 地 域 住 民 と し て 認 識 す る 視 点 が 日 本 社 会 に は 求 め ら れ て お り ， 外 国 人 住 民 へ の 支 援 を 総 合 的 に 行 う と 同 時 に ， 地 域 社 会 の 構 成 員 と し て 社 会 参 画 を 促 す 仕 組 み を 構 築 す る こ と が 重 要 で あ る 」（ 総 務 省 ，2006）と し て い る 。 生 活 者 ・ 地 域 住 民 と し て 外 国 人 を 捉 え る こ と の 重 要 性 が 指 摘 さ れ て お り ，生 活 支 援 と し て ，「 定 住 化 に 伴 う 生 活 上 の 様 々 な 課 題 に 関 し て ，総 合 的 な 支 援 を 行 う こ と が 求 め ら れ る 」（ 総 務 省 ，2006）と し て い る 。 異 文 化 に お い て 外 国 人 が 様 々 ス ト レ ス や 葛 藤 を 抱 え る こ と は ， 先 行 研 究（ 桑 山 ，1995a； 賽 漢 卓 娜 ，2011； 鈴 木 ，2012； 武 田 , 2011）に お い て 指 摘 さ れ て い る と こ ろ で あ り ， 日 常 生 活 と 密 接 に 関 連 し て い る 。 し た が っ て 外 国 人 の 生 活 支 援 を 考 え る 上 で ， メ ン タ ル ヘ ル ス は 重 要 な 要 素 で あ る と い え る 。 近 年 日 本 に お い て は ， 少 子 高 齢 化 に 伴 う 生 産 労 働 人 口 の 減 少 に 関 連 し て ，外 国 人 労 働 者 の 受 け 入 れ が 議 論 さ れ て い る（ 法 務 省 入 国 管 理 局 ， 2014）。 2008 年 か ら は EPA（ 経 済 連 携 協 定 ） に よ る 外 国 人 看 護 師 ・ 介 護 者 福 祉 士 候 補 者 の 受 け 入 れ を 行 っ て い る 。2020 年 に は 東 京 オ リ ン ピ ッ ク を 控 え ， 今 後 も 日 本 に 流 入 す る 外 国 人 の 増 加 が 見 込 ま れ ， 日 本 社 会 の 多 文 化 化 ， 日 本 社 会 に お け る 外 国 人 の 重 要 性 が よ り 一 層 高 ま っ て い く こ と が 想 定 さ れ る 。 こ の よ う に 日 本 社 会 の 少 子 高 齢 化 ， 在 住 外 国 人 の 増 加 ， 外 国 人 施 策 の 転 換 と い っ た 状 況 を 踏 ま え る と ， 在 住 外 国 人 の メ ン タ ル ヘ ル ス 研 究 は 日 本 社 会 に と っ て 喫 緊 の 課 題 で あ る と い え る 。 第 2 節 定 住 外 国 人 の 特 徴 日 本 で 暮 ら す 外 国 人 を 在 留 資 格 別 に 見 る と ， オ ー ル ド カ マ ー で あ る 特 別 永 住 者 を 除 き ，一 般 永 住 者 ，定 住 者 ，日 本 人 の 配 偶 者 と い っ た 帰 国 を 前 提 と し な い 外 国 人 が 45％ ，約 半 数 を 占 め る（ 図 1-2）。そ の う ち 女
4 性 は 61％ に の ぼ る 。 落 合 ・ カ オ ・ 石 川 （2007） に よ る と ， 外 国 人 単 純 労 働 者 の 長 期 滞 在 を 厳 格 に 制 限 し て い る 日 本 で は ， 新 規 流 入 外 国 人 に 占 め る 婚 姻 移 動 の 割 合 が 高 い と い う 。 日 本 に お け る 国 際 結 婚 は ， 妻 が 外 国 人 の 婚 姻 件 数 が 約 71％ を 占 め て い る （ 厚 生 労 働 省 ， 2016）。 こ れ ら の こ と か ら ， ニ ュ ー カ マ ー 定 住 外 国 人 の 特 徴 と し て ， 日 本 人 男 性 と 結 婚 し た 外 国 人 女 性 が 浮 か び 上 が っ て く る 。 そ こ で ， 本 論 で は 日 本 人 男 性 と 結 婚 し た 外 国 人 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス に 着 目 す る 。 図 1-2 平 成 27 年 度 末 在 留 資 格 別 割 合 （ 法 務 省 （ 2016b） よ り 筆 者 作 成 ） 第 3 節 用 語 の 定 義 ― 結 婚 移 住 女 性 本 論 で は ，日 本 人 男 性 と 結 婚 し た 外 国 出 身 女 性 を 結 婚 移 住 女 性 と し ， 日 本 に 帰 化 し た 外 国 人 女 性 も 含 め る 。 結 婚 移 住 女 性 （ marriage immigrant women） , 結 婚 移 民 （ marriage immigrant） は ， 経 済 的 に 豊 か な 国 の 男 性 と 結 婚 す る 場 合 に 用 い ら れ る こ と も あ る 。 ま た 日 本 で 一般永住者 32% 特別永住者 16% 留 学 11% 技能実習 8% 定住者 7% 日本人の配偶者等 6% 技術・人文知識・ 国際業務 6% 家族滞在 6% その他 8%
5 は ， 過 疎 高 齢 化 の 進 む 地 方 に お い て ， 経 済 格 差 を 背 景 と し て 仲 介 型 国 際 結 婚 し た 外 国 人 女 性 に 用 い ら れ て い る 場 合 も あ る 。 こ の よ う な 使 用 例 に お い て ，結 婚 移 住 女 性 は ，「 農 村 花 嫁 」，「 外 国 人 花 嫁 」，「 外 国 人 妻 」 と い っ た ス テ レ オ タ イ プ 化 し た イ メ ー ジ と 結 び つ い て い る1。し か し な が ら ， 国 の 経 済 格 差 を 根 拠 に 結 婚 を 経 済 目 的 と 断 定 す る こ と も ， 自 由 恋 愛 だ か ら と い っ て 経 済 目 的 で は な い と 断 定 す る こ と も 困 難 で あ る 。 ま た 自 由 恋 愛 か 経 済 目 的 か で 結 婚 を 分 け る こ と で ， 石 井 （2005） は ， 「 経 済 的 な 目 的 目 当 て で 結 婚 し た 人 を『 不 純 な 』『 本 来 の 形 で な い 』結 婚 と し て ，周 縁 化 す る 傾 向 を 持 っ て い る 」と 指 摘 す る 。さ ら に は ，ど の よ う な 経 緯 で 結 婚 し た か に か か わ ら ず ， 異 文 化 で 生 活 す る こ と は ス ト レ ス フ ル な こ と で あ る し ， も し 結 婚 経 緯 に よ っ て メ ン タ ル ヘ ル ス の 状 態 や 適 応 が 異 な る の で あ れ ば ， 研 究 対 象 を 限 定 し た ま ま で は ， 比 較 検 討 を 行 う こ と も で き な い 。 し た が っ て 本 論 で は ， 単 に 日 本 人 男 性 と 結 婚 し た 外 国 出 身 女 性 と い う 意 味 で 用 い る こ と と す る 。 1 日 本 と ア ジ ア 諸 国 と の 経 済 格 差 を 利 用 し て 農 村 男 性 の 結 婚 難 を 解 消 す る た め に 行 わ れ た 「 売 買 婚 」 で あ り ， お 金 の た め に 日 本 人 と 結 婚 し た 「 か わ い そ う な 女 性 」 と 女 性 の 人 格 を 尊 重 し な い 日 本 人 男 性 と い っ た 否 定 的 な 言 説 （ 武 田 ， 2011）。
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第 2 章 結 婚 移 住 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス
第 1 節 移 民 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス 移 民 女 性 の 健 康 に つ い て レ ビ ュ ー を 行 っ た Aroian（ 2001）に よ る と ， 90 年 代 に 書 か れ た 292 の 論 文 の う ち ，メ ン タ ル ヘ ル ス に 関 す る 研 究 は ， 25.1％ で あ っ た 。レ ビ ュ ー の 結 果 ，心 理 的 問 題 の 表 出 に は ，ジ ェ ン ダ ー 差 が あ る と し な が ら も ， 移 民 女 性 は ， 移 民 男 性 や ホ ス ト 国 の マ イ ノ リ テ ィ の 女 性 よ り も 心 理 的 問 題 を 抱 え る リ ス ク が あ る と 結 論 づ け ら れ て い る 。ま た 移 民 の 心 理 的 問 題 に 関 連 す る 変 数 は ，収 入 ，仕 事 ，教 育 ，文 化 変 容 の 程 度 と 伝 統 的 価 値 観 の 保 持 度 合 い ，言 語 ，年 齢 ，一 般 的 な 生 活 ス ト レ ス ，健 康 ，ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト ，コ ー ピ ン グ 資 源 ，移 住 以 前 の ト ラ ウ マ が あ り ， こ れ ら の 変 数 は 女 性 に お い て よ り 影 響 が あ る と す る 。 一 方 で ，こ れ ら の 変 数 が 男 女 に よ っ て 質 的 に 異 な る 事 も 指 摘 し て い る 。 エ ス ニ ッ ク 集 団 な ど の 集 団 間 の 比 較 に つ い て は ， 研 究 が 少 な い た め ， 結 果 は 決 定 的 な も の で は な い と 結 論 づ け て い る 。 Aroian（ 2001） の レ ビ ュ ー に は ， 移 民 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス の リ ス ク が 高 い こ と ， 心 理 的 問 題 に 関 連 す る 変 数 を 検 討 す る 場 合 に は ， ジ ェ ン ダ ー な ど の 社 会 的 文 脈 を 考 慮 し な け れ ば な ら な い こ と が 示 さ れ て い る 。集 団 間 の 比 較 に お い て も ，単 に 研 究 が 少 な い と い う だ け な く ，ホ ス ト 社 会 に 入 っ た 時 期 や ホ ス ト 社 会 で の 受 け 入 れ 状 況 な ど そ の エ ス ニ ッ ク 集 団 が 置 か れ た 社 会 的 文 脈 も 十 分 に 検 討 す る 必 要 が あ る 。Guruge, Thomson, George & Chaze （ 2015） は ， ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト お よ び 社 会 的 衝 突 と 移 民 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス の 関 連 に つ い て レ ビ ュ ー を お こ な っ た 。ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト は ，移 民 女 性 の 適 応 に 役 立 ち ， う つ や 心 理 的 問 題 を 予 防 し ， ケ ア や サ ー ビ ス に つ な ぐ 一 方 で ， ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト が 欠 如 し て い た り ， ソ ー シ ャ ル ネ ッ ト ワ ー ク が 衝 突 の 根 源 と な る と き に は ， 移 民 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス に 悪 影 響 を 及 ぼ す と 結
7 論 づ け て い る 。 ま た 移 民 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス の 社 会 的 規 定 因 に つ い て ，Delara （2016） は 社 会 生 態 学 的 枠 組 み か ら レ ビ ュ ー を 行 い ， 移 住 後 の 規 定 因 は 文 化 ， 社 会 ， 地 域 及 び ヘ ル ス シ ス テ ム の 3 領 域 に お い て 調 査 さ れ て い る と し た 。文 化 領 域 で は ，多 く の 研 究 が ，文 化 的 ア イ デ ン テ ィ テ ィ が 移 民 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス や 病 気 に 対 す る 反 応 を 形 作 っ て い る と し た 。 社 会 領 域 で は ，社 会 関 係 ，ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト ，社 会 的 影 響 ，社 会 的 統 合 ，社 会 的 位 置 ，ジ ェ ン ダ ー 差 別 ，人 種 差 別 ，社 会 経 済 的 地 位 ，被 害 者 性 と メ ン タ ル ヘ ル ス の 関 連 が 論 じ ら れ て き た と す る 。 地 域 及 び ヘ ル ス シ ス テ ム の 領 域 で は ， コ ミ ュ ニ テ ィ や ヘ ル ス ケ ア サ ー ビ ス へ の ア ク セ ス に つ い て 論 じ て い る 。 こ の よ う な サ ー ビ ス に ア ク セ ス す る と き の 障 壁 と し て ，コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン バ リ ア ，心 理 的 バ リ ア ，社 会 的 バ リ ア ， ス ピ リ チ ュ ア ル 及 び 宗 教 的 バ リ ア ，構 造 的 バ リ ア ，経 済 的 バ リ ア ，文 化 的 バ リ ア が あ る と す る 。 移 民 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス 研 究 で は ， 産 後 や 老 人 期 と い っ た 特 定 の 時 期 を 対 象 と し た 研 究 が 行 わ れ て い る 。 産 後 う つ に つ い て ， 移 民 女 性 の 方 が ， 非 移 民 女 性 よ り も リ ス ク が 高 い と 言 わ れ て い る （Almeida, Caldas, Ayres-de-Campos, Salcedo-Barrientos & Dias, 2013;Collins, Zimmerman & Howard, 2011；Falah-Hassani, Shiri, Vigod & Dennis, 2015）。ま た 老 人 に つ い て ，Kuo, Chong & Joseph（ 2008）は ，男 性 よ り も 女 性 の 方 が う つ が 高 い と 結 論 づ け て い る が ， そ れ は 生 物 学 的 な 性 差 と い う よ り も 心 理 社 会 的 ，文 脈 的 要 素 に 基 づ く も の だ と 述 べ て い る 。 ま た Chau and Lai（ 2011）に よ る と ，よ り 大 き な 中 国 系 コ ミ ュ ニ テ ィ に お い て ， ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト は メ ン タ ル ヘ ル ス の 重 要 な 予 測 変 数 と は な ら な か っ た 。 こ の 研 究 は ， エ ス ニ ッ ク コ ミ ュ ニ テ ィ の サ イ ズ が 小 さ い と こ ろ で は ， ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト は メ ン タ ル ヘ ル ス に 影 響 力 を 持 つ が ， 大 き い と こ ろ で は 影 響 を 示 さ な い こ と を 明 ら か に し た 。 つ ま り ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト の メ ン タ ル ヘ ル ス へ の 影 響 を 検 討 す る 場 合 に は ， エ ス ニ ッ ク コ ミ ュ ニ テ ィ の サ イ ズ も 勘 案 し な く て は い け な い こ と を 示 唆 し て い る 。
8 以 上 の 移 民 女 性 に 関 す る 研 究 を 概 観 す る と ， 移 民 女 性 は ， 移 民 男 性 や ホ ス ト 国 の 女 性 と 比 較 し て ， メ ン タ ル ヘ ル ス 上 の リ ス ク が 高 い と い え る 。移 住 以 前 の 状 況 ，文 化 的 要 因 ，社 会 的 要 因 ，援 助 要 請 な ど が メ ン タ ル ヘ ル ス の 関 連 要 因 と し て 検 討 さ れ て い る 。 い ず れ の 研 究 に お い て も ，強 調 さ れ て い る こ と は ，社 会 的 文 脈 を 考 慮 す る こ と で あ る 。移 民 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス の 規 定 因 に つ い て 概 観 し て い る Chandra（ 2011） も ， 先 行 研 究 に よ っ て 明 ら か に さ れ た こ と は ， 移 民 の メ ン タ ル ヘ ル ス は さ ま ざ ま な 文 脈 や 個 人 の 性 格 に 依 存 す る と い う こ と で あ る と 述 べ て い る 。例 え ば ，女 性 が メ ン タ ル ヘ ル ス の リ ス ク が 高 い と い う こ と は ，社 会 経 済 的 ， あ る い は 教 育 的 レ ベ ル が 低 い 者 は メ ン タ ル ヘ ル ス の リ ス ク が 高 い と い う こ と と 同 義 か も し れ な い し ， あ る エ ス ニ ッ ク 集 団 の 抑 う つ 率 が 高 い と い う こ と は ，失 業 率 が 高 く ，言 語 的 困 難 が あ る 集 団 は ，抑 う つ 率 が 高 い と い う こ と と 同 義 か も し れ な い 。 こ の 場 合 ， 特 定 の 集 団 は ， そ の 集 団 が 置 か れ た 社 会 的 文 脈 に お け る 属 性 を 通 し て リ ス ク と 結 び つ い て い る 。 し た が っ て ， あ る 国 に お け る 特 定 集 団 の 特 徴 を そ の ま ま 別 の 国 に も 当 て は め る こ と に は ， 慎 重 に な ら な け れ ば な ら な い 。 あ る 集 団 の 特 徴 を 明 ら か に す る こ と は ， 臨 床 上 ， 予 防 や 対 処 を 考 え る 上 で 重 要 な こ と で あ る が ， そ の 社 会 ， 社 会 的 文 脈 に お け る そ の 集 団 の 特 徴 を 解 明 す る こ と が 重 要 で あ る と い え る 。 と こ ろ で ， 移 民 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス 研 究 に お い て ， ど の よ う な 結 婚 を し て い る か に つ い て ほ と ん ど 言 及 さ れ て い な い 。 同 じ 文 化 的 背 景 を 持 つ も の 同 士 の 結 婚 な の か ， あ る い は 国 際 結 婚 の よ う に 異 な る 文 化 的 背 景 を も つ 結 婚 な の か は ， 移 住 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス や 適 応 を 考 え る 上 で 非 常 に 重 要 で あ る 。Akthar（ 1999）は ，結 婚 相 手 の 民 族 性 に よ っ て 移 住 経 験 は 異 な る と し た 。 同 じ 民 族 で の 結 婚 は ， 同 じ バ ッ ク グ ラ ウ ン ド を も つ と い う 感 情 的 な 結 び つ き が 有 利 で あ る が ， 故 郷 や そ こ を 離 れ た 悲 し み か ら 放 れ る こ と が よ り 難 し く ， 移 住 先 の 人 と 結 婚 す る こ と は ， 移 住 に よ る 孤 独 を 生 む が ， パ ー ト ナ ー が 新 し い 世 界 へ の 架 け 橋 と な る と し て い る 。 こ の よ う に 結 婚 相 手 の 民 族 性 が 異 文 化 適 応 や メ ン タ ル ヘ ル ス に 与 え る 影 響 が 指 摘 さ れ て い る に も か か わ ら ず ， 北 米 に お
9 け る 移 民 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス に 関 す る 研 究 で は ， 誰 と 結 婚 し て い る か に つ い て の 言 及 は ほ と ん ど な い 。 国 際 結 婚 に 関 す る レ ビ ュ ー を 行 っ た Cottrell（ 1990）に よ る と ，1930 年 か ら 1980 年 の 間 で ，宗 教 や 人 種 ，民 族 な ど 異 な る 集 団 間 で の 結 婚 に つ い て 書 か れ た 367 の 論 文 の 中 で ，国 際 結 婚 に つ い て 書 か れ た も の は ， 13％ し か な か っ た 。 ア メ リ カ に お い て 国 際 結 婚 は ， 社 会 的 問 題 で は な か っ た が ，第 二 次 世 界 大 戦 後 ，戦 争 花 嫁 に 関 す る 研 究 が 1970 年 代 ま で 行 わ れ る 。 し か し な が ら 若 者 の 異 文 化 間 接 触 や 国 際 結 婚 が 増 え て い た に も か か わ ら ず ， こ の ト ピ ッ ク は あ ま り 関 心 が 払 わ れ な か っ た と し て い る 。 外 国 人 妻 へ の 数 少 な い イ ン タ ビ ュ ー 調 査 で は ，職 業 ，友 人 関 係 ，支 援 組 織 が 社 会 的 統 合 に 重 要 で あ る こ と （Imamura, 1990） や 夫 婦 が 互 い の 背 景 を 認 め 合 い ， 知 ろ う と す る こ と が 結 婚 生 活 に 重 要 で あ る こ と （Kahn, 1997） な ど が 明 ら か に さ れ て い る 。 近 年 の 北 米 に お け る 結 婚 移 住 女 性 研 究 は ，「 メ ー ル オ ー ダ ー ブ ラ イ ド 」 と い う 新 し い 現 象 の 出 現 も あ り ， 人 権 や DV（ Domestic Violence） の 視 点 か ら 論 じ ら れ て い る （Dickerson & Frydenlund, 2013;Noorfarah, 2008）。こ れ ら の 研 究 は ，結 婚 移 住 女 性 が ホ ス ト 社 会 に お い て ，配 偶 者 に 依 存 し な け れ ば い け な い 社 会 制 度 が DV の 背 景 に あ る と 指 摘 し て い る 。 歴 史 的 に 多 く の 移 民 に よ っ て 成 り 立 っ て き た 北 米 や 周 辺 諸 国 や 旧 植 民 地 か ら 多 く の 移 民 を 受 け 入 れ て き た 欧 州 で は ，文 化 的 ，民 族 的 ，宗 教 的 に 異 な る 者 同 士 の 結 婚 は 珍 し く な く ， 心 理 学 的 な 対 象 と な ら な か っ た こ と が 考 え ら れ る 。 近 藤 ・ 尹 （2013） は ， 米 国 ・ カ ナ ダ ・ オ ー ス ト ラ リ ア・フ ラ ン ス・ド イ ツ と い っ た 欧 米 諸 国 と 日 本・韓 国 の 相 違 点 に つ い て ， こ れ ら の 国 が 移 民 に よ っ て 建 国 さ れ た ， あ る い は 労 働 力 不 足 を 補 う た め に ， 過 去 に 大 量 の 外 国 人 労 働 移 民 を 受 け 入 れ た 歴 史 を 有 し て お り ， そ れ ゆ え 確 固 た る 移 民 政 策 が 存 在 す る 点 を 指 摘 し て い る 。 一 方 で Dickerson & Frydenlund（ 2013）は ，米 国 に お い て 結 婚 移 住 が 不 可 視 化 さ れ る 理 由 に つ い て ，第 一 に 反 移 民 感 情 に 訴 え る た め ，外 国 の「 異
10 種 性 」を 否 定 す る こ と に よ り ，同 化 を 求 め る 感 情 が あ る こ と ，第 二 に 西 洋 的 な 自 由 価 値 に よ り ， 公 と 私 を 厳 密 に 区 別 す る た め ， 私 的 領 域 で あ る 結 婚 に 政 府 が 関 与 し な い こ と を 挙 げ て い る 。 米 国 に お い て は ， 大 枠 で の 移 民 政 策 や 移 民 研 究 が あ る も の の ， 結 婚 領 域 に 踏 み 込 ん だ 政 策 や 研 究 が な さ れ て い な い こ と が う か が え る 。 同 様 の 点 は ， カ ナ ダ に お い て も 指 摘 す る こ と が で き る 。 カ ナ ダ の 移 民 政 策 と 結 婚 移 住 女 性 に つ い て ま と め て い る 尹 （2013） に よ る と ， 執 筆 に あ た り 政 府 の 統 計 庁 を は じ め ， 関 連 資 料 や デ ー タ を 確 認 し た が ， 結 婚 移 住 女 性 に 関 す る 資 料 が 見 当 た ら ず ， 結 婚 移 住 女 性 は 移 民 全 体 を 対 象 と し た 多 文 化 政 策 の 定 住 支 援 プ ロ グ ラ ム の な か で と も に 活 用 す る こ と が で き る と さ れ て い る よ う だ と 結 論 付 け て い る 。 ま た 量 的 研 究 に お い て は ， 個 人 で 移 住 す る 国 際 結 婚 移 民 よ り も ， エ ス ニ ッ ク コ ミ ュ ニ テ ィ が あ る チ ェ ー ン ・マ イ グ レ ー シ ョ ン2の 方 が 規 模 も 大 き く ， 調 査 対 象 に し や す か っ た こ と が 考 え ら れ る 。 第 2 節 ア ジ ア に お け る 近 年 の 結 婚 移 住 女 性 研 究 ア ジ ア 域 内 に お け る 女 性 の 単 身 国 際 移 動 は ，1980 年 代 中 頃 か ら ア ジ ア NIEｓ3の 経 済 力 上 昇 を 受 け ， 特 に 家 事 労 働 者 の 移 動 を 中 心 に し て 「 移 動 の 女 性 化 （feminization of migration）」 を 大 規 模 に 引 き 起 こ し て き た （ 小 ヶ 谷 ，2013）。「 単 身 で 移 動 す る の は 男 性 で あ り ， 女 性 は そ の 後 に 呼 び 寄 せ ら れ る 家 族 移 民 で あ る 」 と い う 移 民 理 論 の 定 説 を く つ が え す よ う な 状 況 が ， と り わ け ア ジ ア に お い て 急 速 に 出 現 す る よ う に な っ た （ 同 書 ）。 1980 年 代 後 半 以 降 ， ア ジ ア に お い て は と く に 90 年 代 以 降 顕 著 に な 2 血 縁 や 地 縁 と い う 同 類 的 つ な が り を 利 用 し て 次 々 と 人 が 移 動 し て ， 結 果 的 に 地 域 間 に 紐 帯 が 生 ま れ る 現 象 （ 宮 島 ，2013）。
3 Newly Industrializing Economies 「 新 興 工 業 経 済 地 域 」 石 油 危 機 の 影 響 で
世 界 経 済 が 不 況 下 に あ っ た 1970 年 代 以 降 に 工 業 品 の 輸 出 を 急 増 さ せ た 発 展 途 上 国 。 経 済 協 力 開 発 機 構 （OECD） は 79 年 に ， 新 興 工 業 諸 国 （ NICS： Newly Industrializing Countries ） と し て ， 韓 国 ， 台 湾 ， 香 港 ， シ ン ガ ポ ー ル な ど の 10 か 国 を 挙 げ た が ， 88 年 に 中 国 に 対 す る 政 治 的 配 慮 か ら ， NIES と い う 用 語 が 使 用 さ れ る よ う に な っ た （ 朝 日 新 聞 社 ，2007）。
11 っ た「 国 際 移 動 の 女 性 化 」は ，女 性 の 国 際 移 動 が 量 的 に 増 え た だ け で な く ，質 的 に み る と ，女 性 移 住 者 が 行 く 先 々 で 担 う 活 動 や 役 割 は 家 事 ，子 育 て ，高 齢 者 ケ ア ，看 護 と い っ た 分 野 に 集 中 し ，国 際 結 婚 の 場 合 に も 家 族 形 成 に 深 く か か わ っ て い る （ 伊 藤 ，2008）。「 国 際 移 動 の 女 性 化 」 は グ ロ ー バ リ ゼ ー シ ョ ン の 過 程 が モ ノ や サ ー ビ ス の 生 産 領 域 だ け で な く ， 生 殖 や ケ ア 労 働 と い っ た 人 間 の 再 生 産 領 域 に ま で 深 く 食 い 込 ん で き て い る こ と の 表 れ で あ る（ 同 書 ）。日 本 で は ，移 住 家 事 労 働 者 の 導 入 は さ れ な か っ た も の の ，80 年 代 以 降 ， 大 量 の 「 ホ ス テ ス （ ＝ エ ン タ ー テ イ ナ ー ）」が フ ィ リ ピ ン ，タ イ な ど か ら 来 日 し ，こ れ と 並 行 し て ア ジ ア 諸 国 出 身 女 性 と の 国 際 結 婚 も 増 加 し た（ 伊 藤 ・ 足 立 ，2008）。こ の 国 際 結 婚 の 傾 向 は ， 韓 国 や 台 湾 で 顕 著 で あ る （ 同 書 ）。 こ の よ う な 状 況 を 背 景 と し て ，近 年 ，韓 国 や 台 湾 に お い て ，結 婚 移 住 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス に 関 す る 研 究 が 行 わ れ て い る 。本 節 で は ，韓 国 ， 台 湾 に お け る 研 究 を 概 観 し た 後 ， 東 ア ジ ア に お け る 結 婚 移 住 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス に つ い て ま と め る 。
論 文 検 索 ツ ー ル EBSCO host を 用 い て ，「 MEDLINE」，「 Academic Search Premier 」，「 CINAHL 」 か ら ， 検 索 式 「 women or female 」 「 immigrant* 」「 married or marriage 」「 stress or anxiety or depression or mental」で 文 献 を 抽 出 し ，研 究 対 象 や 内 容 ，地 域 を 吟 味 し た 。 ま た 抽 出 し た 文 献 の 引 用 リ ス ト な ど か ら も 文 献 を 抽 出 し ， 英 語 も し く は 日 本 語 で 書 か れ た 文 献 21 件 を 対 象 と し た 。文 献 は ，韓 国 と 台 湾 に お け る 研 究 に 分 か れ た 。 そ れ ぞ れ の 研 究 の 規 模 や 用 い ら れ て い る 尺 度 に つ い て 表 2-1, 表 2-2 に ま と め た 。尺 度 は ，人 口 学 的 な 指 標 や 言 語 能 力 を 除 き ， メ ン タ ル ヘ ル ス の 指 標 と そ の 他 の 指 標 に 分 け た 。 標 準 化 さ れ て い な い 指 標 は ， 具 体 的 な 内 容 あ る い は 文 献 内 の 引 用 を そ の ま ま 記 し た 。
12 ベ ト ナ ム 中国 フ ィ リ ピン そ の他 1 H w ang et a l.( 201 0） 570 570 P sy cho lo gi ca l W el l-Be ing I ndex －S ho rt F o rm D iet ar y ｂ eha vi o rs , E at ing ｐ ra ct ices , D iet ar y int ak e, Ant hr o po m et ri c pa ra m et er s, Bl o o d pr es sur e, Bl o o d pr o fi les 2 Im et a l.( 201 4) 501 169 146 102 ロシ ア 24， モ ンゴ ル3 2， 日本 28 GH Q -28 C ul tur e sho ck ques ti o nna ir e( M um fo rd’s ), C o pi ng r es o ur ces 3 K im et a l.( 201 0) 165 96 44 25 S o ci al s upp o rt t o o l( L ia bs uet ra kul et a l,200 7) , s tr es s( C o hen et a l,198 3) , pr act ice o f pr ena ta l ca re( C ha ,199 9) 4 K im et a l.( 201 1) 316 37. 5% 25. 7% 19. 0% そ の他 17. 8% C E S -D M S P S S （t he M ul ti di m ens io na l S ca le o P er cei ved S o ci al S upp o rt ) 5 K im & K im (201 3) 173 49. 1% 26. 5% C E D -D -K AS S (Accul tur at iv e S tr es s S ca le) , K o rea n la ng ua ge lit er acy s ca le 6 K im et a l.( 201 3) 223 29. 7% 35. 2% 10. 5% 日本 5％ C E S -D 10 VI A( Va nco uv er I ndex o f Accul tur at io n) , S AF E (t he S o ci al ,At ti tudi na l, F am ili al and E nv ir o nm ent al Accul tur at iv e S tr es s) , Gene ra l st res s, M ar it al sa ti sf act io n 7 K im et a l.( 201 5) 316 118 81 60 そ の他 57 C E S -D H ea lt h st at us , H ea lt h beha vi o rs 8 L ee et a l.( 201 4) 74 21 15 16 ロシ ア ・ウ ズ ベ キ ス タ ン7， モ ンゴ ル4 ， 日本 4， タ イ 3 S C L -90 -R 9 P ar k et a l.( 201 6) 190 73 72 17 日本 12， カ ンボジ ア 6， そ の他 6 S M F M I( S tr es s m ea ur em ent o f fem al e m ar ri ag e im m ig ra nt s) 10 尹他 （20 12） 719 267 164 141 カ ンボジ ア 31， タ イ 23， モ ンゴ ル 19， 日本 56， カ ザフ ス タ ン3， イ ンド ネ シ ア 2， そ の他 13 GH Q -12 日常生活の苛々感（夫に 対す る否定的感情、 家族・近隣の人々に 対す る否 定的 感情 、 韓国 文化 に 対す る否 定的 感情 、 社会 活動 の制 約感 、 経済 的逼 迫感 、 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン制 限感 ） そ の他 の指 標 No 研究 規模 （人 ） 研究協力者内訳（人も し くは％） メ ンタ ルヘ ルス指標 表 2 -1 韓国における結婚移住女性研 究
13 ベ ト ナ ム 中国 イ ンド ネ シア そ の他 ／備 考 1 C hen et a l.( 201 3) 203 66 137 E P D S （E di nbur gh P os tna ta l D epr es si on S ca le) S oci al a ss im ila ti on, S oci al at ti tude, S oci al s upp or t 2 C hen et a l.( 201 3) 1001 （都 市5 82、 地方 419 ）男 女含 む （女 性約 96％ ） BS R S -5( Br ief S ym pt om R at ing S ca les ) S el f-r at ed phy si ca l hea lt h, S oci al supp or t 3 C ho u( 201 0） 94 37 41 東南 ア ジ ア 16（ イ ンド ネ シ ア 、 タ イ 、 フ ィ リ ピン、 マ レ ー シ ア ） C H Q -12 TD Q （Ta iw anes e D epr es si on Q ues ti onni re) R AP M （R av en' s Ad va nce d P ro gr es si ve M at ri ces ) 4 C ho u et a l.( 201 0) 801 417 119 167 98 D R P S T( di sa st er -r el at ed ps ycho lo gi ca l scr een ing tes t) M O S S F -36 (M edi ca l O ut co m es S tudy S ho rt F or m -36 ) 5 H ua ng & M at her s（20 08） 106 92 14 E P D S （E di nbur gh P os tna ta l D epr es si on S ca le) 6 K uo et a l.( 201 3) 485 215 144 83 フ ィ リ ピン4 3 C H Q -12 E AA M -C 7 L in ＆ H ung （20 07） 143 143 BD I－Ⅱ （B eck D epr es si on Inv ent or y Ⅱ） AP GAR （L if e Ad apt at io n S ca le, S oci al S upp or t S ca le) 8 S hu et a l. (201 1) 129 45 43 41 C H Q -12 E P Q 9 Ya ng et a l.（20 10） 203 203 D IS D （D em and of I m m ig ra ti on S peci fi c D is tr es s) 10 Ya ng & W ang （20 11a ） 203 203 S F -36 -V2( The 36-it em S ho rt F or m H ea lt h S ur vey -Ver si on2) S L -AS IA（S ui nn-L ew As ia n S el f-Ident it y Accul tur at io n) 11 Ya ng & W ang (201 1b) 203 S F -36 -V2( The 36-it em S ho rt F or m H ea lt h S ur vey -Ver si on2) そ の他 の指 標 Ｎｏ 研究 規模 研究協力者内訳 メ ンタ ルヘ ルス指標 表 2 -2 台湾における結婚移住女性研 究
14 1 韓 国 に お け る 結 婚 移 住 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス 研 究 Kim（ 2010） に よ る と ， 韓 国 で は ， 90 年 代 半 ば か ら ， 韓 国 人 男 性 と 経 済 的 な 安 定 を 求 め る 外 国 人 女 性 の 結 婚 が 増 加 し 始 め ，90 年 代 後 半 に は 急 増 し た 。韓 国 人 男 性 と 外 国 人 女 性 と の 婚 姻 は ，都 市 部 よ り も ，農 漁 村 地 域 を 含 む 道 地 域 の 占 め る 比 率 が 高 く ，2009 年 ，韓 国 内 で 婚 姻 し た 農 林 漁 業 に 従 事 す る 韓 国 人 男 性 の 35.2％ が 外 国 人 女 性 と 婚 姻 し て お り ， そ の う ち 農 漁 村 地 域 に 限 っ て は ，38.7％ と さ ら に 高 い 数 値 に な っ て い る（ 自 治 体 国 際 化 協 会 ソ ウ ル 事 務 所 ，2011）。ま た 国 籍 別 で は ，2009 年 の 韓 国 男 性 と 外 国 人 女 性 と の 婚 姻 の う ち ， 中 国 （ 45.2％ ）， ベ ト ナ ム （28.8％ ）， フ ィ リ ピ ン （ 6.5％ ） の 順 で あ り ， ３ カ 国 が 占 め る 比 率 は 80.6％ で 大 部 分 を 占 め る（ 同 書 ）。国 際 結 婚 の 増 加 に 伴 い 結 婚 移 住 女 性 の DV 被 害 や 健 康 領 域 に お い て 言 語 的 ・ 文 化 的 問 題 を 抱 え る こ と が 浮 き 彫 り と な っ て き た（Kim, 2010）。韓 国 政 府 は ，2007 年 に「 在 韓 外 国 人 処 遇 基 本 法 」 を ， 2008 年 に は ，「 多 文 化 家 族 支 援 法 」 を 制 定 し ， 保 健 福 祉 家 族 省 に よ る 3 年 毎 の 実 態 調 査 ， 差 別 や 偏 見 の 防 止 と 多 様 性 を 認 め る 土 壌 づ く り ， 多 文 化 家 族 へ の 情 報 提 供 や 教 育 支 援 を 推 進 し て い く こ と の 必 要 性 が 盛 り 込 ま れ た(尹 ・ 朴 ・ 鄭 ・ 金 ・ 中 嶋 ， 2012)。 こ の よ う な 状 況 を 背 景 に ， 近 年 結 婚 移 住 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス に 関 す る 研 究 が 盛 ん に な っ て い き て い る 。 メ ン タ ル ヘ ル ス を 測 る 指 標 は さ ま ざ ま で あ る が ， 多 く の 研 究 が 現 地 の 人 よ り も 移 住 女 性 の 方 が 悪 い 状 態 に あ る と 結 論 付 け て い る （Im, Lee, & Lee, 2014; Kim, Yang, Kwon & Kim, 2011; Kim & Kim, 2013；Lee, Park, Hwang, Im & Ahn，2014)。 抑 う つ に 関 連 の あ る 変 数 と し て ， 生 活 満 足 度 （Kim & Kim, 2013）， 文 化 変 容 ス ト レ ス （Kim & Kim, 2013； Kim, Kim, Moon, Park & Cho, 2013）， 韓 国 語 能 力 （ Kim et al., 2011； Kim & Kim, 2013； Kim et al., 2013），結 婚 満 足 度（ Kim et al.，2013），世 帯 構 成（ Kim et al.，2013）， 家 族 か ら の サ ポ ー ト （Kim et al., 2011）， 出 身 国 ， 死 産 経 験 ， 健 康 認 知 ， 食 事 を 抜 く こ と ， 運 動(Kim, Yang, Chee, Kwon & An, 2015)が 挙 げ ら れ て い る 。ま た 精 神 的 健 康 で は ，「 家 族 ・ 近 隣 の 人 々 に 対 す る 否 定 的 感 情 」 と 「 経 済 的 逼 迫 感 」（ 尹 他 ，2012）， 結 婚 満 足 度 （ Lee et al.，
15
2014） が 関 連 す る 変 数 で あ っ た 。
結 婚 移 住 女 性 の ス ト レ ス に 関 す る 研 究 も 行 わ れ て お り ， ス ト レ ス 尺 度 は 家 族 ， 親 ， 文 化 ， 経 済 の 4 因 子 か ら 構 成 さ れ る こ と が 明 ら か に さ れ て い る （Park, Yang & Chee, 2016）。 ス ト レ ス に 影 響 を 与 え る 変 数 と し て ，韓 国 語 能 力 ，経 済 力 の 違 い に よ り ス ト レ ス に 差 が 生 じ て い た 。 産 前 ケ ア と ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト ，ス ト レ ス に 関 す る 研 究（Kim, Choi & Ryu, 2010 ） や 心 理 的 問 題 と 不 適 切 な 食 事 の 関 連 を 指 摘 し た 研 究 （Hwang, Lee, Kim, Chung & Kim, 2010） も 行 わ れ て い る 。
2 台 湾 に お け る 結 婚 移 住 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス 研 究 台 湾 で は ，90 年 代 以 降 中 国 大 陸 ， 東 南 ア ジ ア 系 女 性 と 台 湾 人 男 性 と の 結 婚 が 増 加 し ，2003 年 に は 結 婚 全 体 の 約 3 割 を 占 め る ま で に 上 っ た （ 横 田 ，2008）。国 籍 別 で は ，1987 年 か ら 2007 年 の 累 計 で ，中 国 ，ベ ト ナ ム ，イ ン ド ネ シ ア の 順 に 多 い（ 同 書 ）。ウ（2010）は ，結 婚 移 住 女 性 は 家 庭 内 問 題 と 社 会 的 問 題 に 直 面 す る と し ， 家 庭 内 問 題 と し て ， 言 語 障 壁 と 文 化 的 差 異 ，結 婚 当 事 者 の 教 育 レ ベ ル の 低 さ ，経 済 的 脆 弱 性 ， 家 庭 内 不 和 と 権 力 の 不 均 衡 ，地 域 社 会 と の 隔 絶 ，育 児 と 教 育 ，社 会 的 問 題 と し て 偏 見 を 挙 げ て い る 。台 湾 政 府 は ，「 外 籍 興 大 陸 配 偶 照 顧 輔 導 措 施 」（ 外 国 籍 お よ び 中 国 籍 配 偶 者 ケ ア・指 導 施 策 ）を 取 り ，2005 年 よ り 10 年 間 ， 予 算 を 組 み ， 結 婚 移 住 者 の 適 応 指 導 教 室 や 語 学 教 室 ， 子 ど も 支 援 を 進 め て い る（ 横 田 ，2008）。2005 年 か ら 2008 年 の 施 政 方 針 に 結 婚 移 住 者 の 生 活 適 応 ，言 語 教 育 ，関 連 す る 特 別 研 究 ，親 教 育 ，法 律 支 援 な ど が 盛 り 込 ま れ ， 予 算 が つ け ら れ た （ ウ ，2010）。 こ の よ う な 状 況 を 背 景 に ， 台 湾 で も 結 婚 移 住 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス に 関 す る 研 究 が お こ な わ れ て い る 。
Yang & Wang(2011a, 2011b)は ， 結 婚 移 住 の ベ ト ナ ム 人 女 性 と 台 湾 人 女 性 の HRQL(Health-related quality of life)の 比 較 を お こ な い ， ベ ト ナ ム 人 女 性 の 健 康 状 態 が 悪 い こ と を 明 ら か に し ， 身 体 的 健 康 よ り も メ ン タ ル ヘ ル ス の 方 が 悪 い こ と を 報 告 し て い る 。ま た 6.4％ の ベ ト ナ ム 人 女 性 が 高 レ ベ ル の 移 住 に 伴 う 困 難 を 抱 え る と し て い る （Yang, Wang
16
& Anderson, 2010）。 Shu, Lung & Chen（ 2011） も 精 神 障 害 が 疑 わ れ る 人 の 割 合 は ， 台 湾 女 性 よ り ベ ト ナ ム ， イ ン ド ネ シ ア 女 性 の 方 が 高 い と す る 。 一 方 Chou, Chen, Liu, Ho, Tsai, Ho, Chao, Lin, Shen & Chen(2010)の 研 究 で は ， 結 婚 移 住 女 性 と 現 地 女 性 の QOL と 抑 う つ の 比 較 し た 結 果 ，大 う つ エ ピ ソ ー ド を 持 つ 割 合 は ，現 地 の 女 性 と 比 べ て ， 結 婚 移 住 女 性 の 方 が 低 く ，QOL も 高 か っ た 。 こ の 結 果 は ， 先 行 研 究 の 結 果 と 異 な る と し た 上 で ， そ の 要 因 に つ い て ， 第 一 に よ り 過 酷 な 状 況 か ら 逃 れ て 移 住 し て き た た め ス ト レ ス を 低 く 評 価 し た 可 能 性 が あ る こ と ， 第 二 に 出 身 国 で の う つ 病 率 が 低 い こ と ， 第 三 に 台 湾 政 府 の 支 援 の 成 果 ，第 四 に 比 較 対 象 に バ イ ア ス が あ っ た 可 能 性 を 述 べ て い る（ 同 書)。 移 民 の 健 康 に 関 し て ， 移 住 当 初 は ， 現 地 の 人 よ り も 移 民 の 健 康 状 態 が 良 い と さ れ る Healthy-immigrant-effect と い う 概 念 が あ る （ Guruge, Collins & Bender, 2008）。 同 書 に よ れ ば ， Healthy-immigrant-effect の 背 景 に は ，移 民 を 選 択 す る 基 準（ 厳 し い 健 康 検 査 ）と 移 住 過 程 に 関 す る 要 因（ よ り 健 康 な 人 は ，そ う で な い 人 よ り 移 動 す る ）が あ り ，移 住 10 年 以 降 は 現 地 の 人 よ り も 健 康 を 崩 し や す い こ と が 報 告 さ れ て い る 。 Chou et al(2010)の 対 象 と し た 人 々 の 平 均 滞 在 年 数 は ， 6.58±3.87 年 で あ る こ と か ら ， 現 地 の 人 よ り も メ ン タ ル ヘ ル ス の 状 態 が 良 か っ た 要 因 と し て Healthy-immigrant-effect も 考 え ら れ る だ ろ う 。 人 口 学 的 変 数 と の 関 連 で は ，居 住 年 数 ，子 の 数 ，婚 姻 状 況 ，教 育 レ ベ ル ，配 偶 者 の 宗 教 ，配 偶 者 の 雇 用 状 況 ，文 化 変 容 レ ベ ル が メ ン タ ル ヘ ル ス に 関 連 す る こ と が 指 摘 さ れ て い る （Yang & Wang, 2011b）。
Kuo, Chang, Chang, Chou & Chen （ 2013） は ， 文 化 変 容 態 度4の 台
湾 版 を 用 い て ， ベ ト ナ ム 人 が フ ィ リ ピ ン 人 よ り 分 離 が 多 い こ と ， 夫 が 一 時 雇 用 者 で あ る ほ ど ， 周 辺 化 さ れ や す い こ と ， 教 育 レ ベ ル が 高 い 人 ほ ど 統 合 傾 向 に あ る こ と な ど を 明 ら か に し て い る 。
Lin & Hung（ 2007）は ，生 活 適 応 と ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト ，抑 う つ の 関 連 に つ い て 検 討 を 行 な い ， ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト と 生 活 適 応 度 に 正 の
17 相 関 が ， ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト と 抑 う つ ， 生 活 適 応 度 と 抑 う つ に 負 の 相 関 が あ る こ と を 明 ら か に し た 。個 人 属 性 と の 関 連 で は ，滞 在 年 数 ，結 婚 年 数 ， 夫 の 年 齢 と ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト の 間 に 正 の 相 関 が あ り ， 使 用 言 語 ，夫 と の 出 会 い ，居 住 形 態 に よ っ て ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト に 差 が ，ま た 収 入 よ っ て ， 抑 う つ 度 と 生 活 適 応 度 に 差 が み ら れ た と し て い る 。 都 市 と 地 方 の 結 婚 移 住 者 の 比 較 研 究 （Chen, Shiao, Lin, & Lin ， 2013)に よ る と ， 身 体 的 健 康 で ， 都 市 と 地 方 の 差 は み ら れ な か っ た が ， メ ン タ ル ヘ ル ス で は 地 方 の 方 が 悪 か っ た 。 ま た 地 方 で は ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト が メ ン タ ル ヘ ル ス と 身 体 的 健 康 の キ ー と な る 一 方 で ， ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト に 加 え ，文 化 変 容 度 ，社 会 経 済 的 地 位 ，家 族 構 造 が 都 市 の 移 住 者 に と っ て 重 要 で あ る こ と を 明 ら か に し て い る 。
ま た 母 親（Chou，2010）や 産 後 う つ（ Chen, Hwang, Tai & Chien， 2013； Huang & Mathers，2008）と い っ た テ ー マ で も 調 査 が 行 わ れ て い る 。結 婚 移 住 の 母 親 の 70％ は 心 理 的 問 題 を 抱 え ，24％ が 抑 う つ 状 態 に あ り ， こ の 調 査 で は 人 口 学 的 変 数 の う ち 滞 在 年 数 だ け が 抑 う つ を 予 測 す る 変 数 と な っ た（Chou，2010）。同 書 は ，出 身 国 に 対 す る 差 別 や 偏 見 ， 家 庭 内 で の 文 化 的 衝 突 や 孤 独 を 経 験 す る こ と で ， 滞 在 年 数 が 長 く な る に つ れ て ，自 虐 的 ，孤 独 に な る と し ，母 国 文 化 か ら の 長 期 間 の 分 離 と ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト の 欠 如 が 抑 う つ と 滞 在 年 数 の 長 さ を 関 連 づ け て い る と す る 。 産 後 う つ と の 関 連 で は ， 結 婚 移 住 女 性 の 産 後 う つ の 有 病 率 は 現 地 の 女 性 よ り 高 い こ と （Huang & Mathers， 2008）， 産 後 の ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト は ， 直 接 的 ， 間 接 的 に 産 後 う つ を 軽 減 す る こ と が 指 摘 さ れ て い る （Chen et al., 2013）。 3 韓 国 ・ 台 湾 に お け る 結 婚 移 住 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス 研 究 の ま と め 韓 国 ， 台 湾 に お け る 結 婚 移 住 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス 研 究 の 特 徴 と し て ，研 究 対 象 者 の 特 異 性 を 指 摘 で き よ う 。韓 国 ，台 湾 に お け る 結 婚 移 住 女 性 研 究 は ，社 会 経 済 的 な 現 象 で あ る「 国 際 移 動 の 女 性 化 」を 背 景 と し て 盛 ん に 行 な わ れ る よ う に な っ て き た 。 し た が っ て ， 当 然 の こ と な が ら 研 究 対 象 者 は ，韓 国 ，台 湾 よ り も 経 済 力 が 低 い 国 あ る い は 地 域 ，出 身
18 の 結 婚 移 住 女 性 た ち と い う こ と に な る 。 欧 米 に お け る 数 少 な い 異 文 化 間 結 婚 の 研 究 （Kahn, 1997） や 当 事 者 た ち の 体 験 （ 大 沢 ， 1989） を 参 照 す る と ， 異 文 化 間 結 婚 に お い て 心 理 的 困 難 を 抱 え る の は ， 経 済 格 差 の あ る 国 や 地 域 出 身 の 女 性 た ち に 限 っ た こ と で は な い 。し か し な が ら ， 韓 国 ， 台 湾 に お け る 研 究 は ， グ ロ ー バ ル 経 済 と い う コ ン テ ク ス ト に お け る 結 婚 移 住 女 性 を 扱 っ て い る た め ， 欧 米 出 身 の 結 婚 移 住 女 性 は 含 ま れ ず ， 主 に 経 済 格 差 の あ る ア ジ ア 出 身 の 女 性 が 対 象 と な っ て い る 。 結 婚 移 住 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス の 状 況 に つ い て ， 多 く の 研 究 は ， 通 常 の 状 態 あ る い は 産 後 い ず れ に お い て も 現 地 の 女 性 よ り も 良 好 で は な い と 結 論 付 け て い る 。 メ ン タ ル ヘ ル ス と の 関 連 要 因 に つ い て ， さ ま ざ ま な 変 数 が 検 討 さ れ て い る 。 結 婚 移 住 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス 関 連 要 因 を 表 2-3 に ま と め た 。 結 婚 移 住 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス 関 連 要 因 は ，6 つ の 領 域 に 分 け ら れ る 。 第 1 に 結 婚 以 前 の 要 因 ， 第 2 か ら ４ に ， 本 人 ， 夫 ， 家 族 の 属 性 ， 第 5 に 言 語 能 力 ， そ し て 第 6 に 心 理 尺 度 で あ る 。 心 理 尺 度 に は ， ス ト レ ス（ 異 文 化・一 般 ），変 容・適 応 度 ，満 足 度（ 生 活・結 婚・QOL・苛 々 感 ）， ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト な ど が あ る 。 一 方 で 研 究 手 法 上 の 課 題 と し て ， 韓 国 に お け る 研 究 レ ビ ュ ー を お こ な っ た Nho, Park, Kim, Choi & Ahn（ 2008） も 指 摘 す る よ う に ， そ れ ぞ れ の 研 究 で 使 わ れ て い る 尺 度 や 指 標 が 多 様 で あ り ， ま た そ れ ら の 翻 訳 手 続 き が 適 切 に 行 わ れ て い る か 示 さ れ て い な い 場 合 も あ る 。 対 象 の 属 性 や 規 模 も 様 々 で あ り ， 欧 米 の 研 究 同 様 ， 条 件 が 統 制 さ れ て い な い 研 究 も あ る こ と か ら ， 変 数 の 影 響 に つ い て は 慎 重 に な ら な け れ ば な ら な い だ ろ う 。
19 表 2-3 メ ン タ ル ヘ ル ス 関 連 要 因 移住以前 夫との出会い 本人の属性 出身国 滞在年数 教育レベル 夫の属性 年齢 雇用形態 宗教 家族の属性 世帯構成（二世帯か一世帯か） 結婚年数 子の数 経済状況 言語 外国語能力 尺度 ストレス（一般・異文化） 文化変容度 生活適用度 満足度（生活・結婚・QOL・苛々感） ソーシャルサポート 項目 第 3 節 日 本 に お け る 結 婚 移 住 女 性 研 究 日 本 に お い て 異 文 化 を 扱 う 心 理 学 は ，1970 年 に “ Journal of Cross-Cultural Psychology（ 異 文 化 間 心 理 学 研 究 ）” が 創 刊 さ れ ， 70 年 以 降 こ の 分 野 に お け る 課 題 や 方 法 が 多 様 化 し て い っ た（ 渡 辺・大 塚 ，1979）。 70 年 代 後 半 は 文 化 学 習 や 文 化 適 応 に 関 す る 研 究 が 盛 ん で あ り ， 渡 辺 ・ 大 塚（1979）は ，そ れ ら を 外 国 旅 行 の 影 響 ，在 日 留 学 生 ，文 化 学 習 法 ， カ ル チ ャ ー ・ シ ョ ッ ク の 四 つ に 大 別 し て い る 。 中 で も 日 本 で 暮 ら す 外 国 人 を 対 象 と し た 心 理 学 的 な 研 究 に お い て ， 最 も 蓄 積 の あ る 分 野 は ， 在 日 外 国 人 留 学 生 を 対 象 と し た も の で あ ろ う 。 高 井 （1989） や 譚 ・ 渡 邊 ・ 今 野 （2011） は ， 在 日 留 学 生 に 関 す る 心 理 学 的 研 究 の レ ビ ュ ー を 行 っ て い る 。 在 日 外 国 人 の 精 神 保 健 に つ い て の 文 献 レ ビ ュ ー で は ， 対 象 者 は 中 国 帰 国 者 や 留 学 生 が 多 く ， 研 究 者 の 所 属 機 関 は 医 療 ・ 保 健 機
20 関 が 最 も 多 く ，臨 床 現 場 の ニ ー ズ が 高 い こ と が 指 摘 さ れ て い る（ 岡 田・ 李, 1995）。一 方 ，留 学 生 以 外 の 在 住 外 国 人 に 関 す る 研 究 は ，80 年 代 以 降 少 な い な が ら も 徐 々 に 増 え て い っ た 。労 働 者 ・ 女 性 ・ 母 親 ・ 子 ど も ・ 患 者・「 外 国 人 花 嫁 」・国 際 結 婚・ア イ デ ン テ ィ テ ィ・エ ス ニ シ テ ィ と い っ た 多 様 な 切 り 口 か ら 心 理 学 的 研 究 が 行 わ れ る よ う に な っ た （ 阿 部 ・ 野 内・井 上・田 中 ，2006；江 畑 ，1989；本 間 ，1996；今 村・高 橋 ，2004； 木 村 ，1997b，1998； 桑 山 ，1995a； 箕 浦 ，1984，1990； 大 西 ，2003； 鈴 木 ，2012；辻 本 ，1998；矢 吹 ，2011）。本 節 で は ，病 院 を 受 診 し た 外 国 人 患 者 に 関 す る 研 究 と 外 国 人 女 性 ・ 結 婚 移 住 女 性 ・ ド メ ス テ ィ ッ ク バ イ オ レ ン ス （ 以 下 DV）・ 母 親 を 切 り 口 と し た 結 婚 移 住 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス 関 す る 研 究 か ら ま と め る こ と と す る 。 1 精 神 科 を 受 診 し た 外 国 人 患 者 に 関 す る 研 究 に お け る 外 国 人 女 性 本 項 で は ， 精 神 科 を 受 診 し た 外 国 人 患 者 に 関 す る 研 究 か ら 外 国 人 女 性 の 精 神 疾 患 の 特 徴 を 明 ら か に す る こ と を 目 的 と す る 。「 CiNii Articles」に お い て ，「 外 国 人 ，精 神 」と 検 索 し た と こ ろ ，181 件 の 論 文 が 抽 出 さ れ た 。 こ の う ち 外 国 人 労 働 者 や 日 本 人 医 療 関 係 者 を 主 た る 対 象 と し た も の を 除 き ， 外 国 人 女 性 に つ い て 言 及 し て い る 論 文 を 抽 出 し た 。抽 出 さ れ た 論 文 の 引 用 か ら ，さ ら に 論 文 を 抽 出 し ，9 件 の 論 文 を 対 象 と し た （ 表 2-4）。 病 院 を 受 診 し た 外 国 人 に つ い て の 研 究 か ら は ， 属 性 や 症 状 を 知 る こ と が で き る 。 本 項 で は ， 患 者 と し て の 外 国 人 の 姿 か ら 外 国 人 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス に つ い て 考 察 を 行 う 。 大 西 ・ 大 滝 ・ 中 山 ・ 清 水 （1987） は ， 1976 年 か ら 1985 年 に か け て 慈 恵 医 大 付 属 病 院 精 神 科 を 受 診 し た 外 国 人 患 者 67 例 （ 男 41， 女 26） に つ い て 実 態 調 査 を 行 っ た 。対 象 例 を 旅 行 者 群 ，留 学・ビ ジ ネ ス な ど の 一 時 滞 在 群 ， 既 婚 者 や 永 住 権 を 持 つ 永 住 群 に 分 け 考 察 を 行 っ て い る 。 年 齢 は 30 代 が 最 も 多 く ，半 数 前 後 が 精 神 科 既 往 歴 を 有 し て い た 。ま た 半 数 近 く が 救 急 例 で あ り ， こ れ は 外 国 人 精 神 患 者 の 特 徴 の 一 つ で あ る と し て い る 。 旅 行 者 群 は ， 精 神 科 既 往 歴 を 有 す る も の が 過 半 数 以 上 お
21 り ， 時 差 や 断 薬 な ど が 精 神 障 害 の 背 景 因 子 と し て あ げ ら れ た 。 永 住 者 群 は ， 初 期 に は 国 際 結 婚 な ど で の 夫 婦 間 の 葛 藤 な ど を 背 景 と し て 発 症 す る パ タ ー ン と 家 族 内 力 動 の 変 化 や 個 人 の 複 雑 な 要 因 が 絡 み 合 い ， 来 日 20 年 ～ 30 年 経 っ て か ら 発 症 す る パ タ ー ン が 見 ら れ た 。 さ ら に 大 西 ・ 中 川 ・ 小 野 ・ 檜 山 ・ 野 賀 （1993）で は ，1986 年 以 降 の 6 年 間 に 受 診 し た 外 国 人 患 者 と の 比 較 を 行 っ て い る 。 依 然 高 い 割 合 で は あ る が ，救 急 例 が 43％ か ら 22％ へ 減 少 し ，神 経 症 や う つ 病 な ど の 患 者 が 積 極 的 に 受 診 す る よ う に な り ， 女 性 が 増 加 傾 向 に あ る こ と な ど が わ か っ た 。 ま た 医 療 上 の 問 題 だ け で な く ， 経 済 や 法 律 上 の 問 題 が 解 決 を よ り 一 層 複 雑 に し て い る こ と を 指 摘 し て い る 。 表 2-4 精 神 科 を 受 診 し た 外 国 人 に 関 す る 研 究 研究者 研究方法 調査地域 対象 規模 主な出身国 主な診断名 阿部・比賀 （2004） 症例検討 東京 患者 80（男38,女42） ラテンアメリカ 気分障害 江畑（1988） 症例検討 東京 救急事例 26（男15，女9） 米国（5例） 精神分裂病 反応性精神病 躁うつ病 許（2010） 症例検討 福岡 患者 女3 中国・フィリピ ン・ペルー － 稲川他（1993） 症例検討 静岡 患者 49（男20,女29） ブラジル・ フィリピン 心因反応 神経症圏 大西他（1987） 症例検討 東京 患者 67（男41,女26） 中国・台湾 韓国・北朝鮮 米国 心因反応 躁うつ病 神経症 大西他（1993） 経時比較 東京 患者 68（男37，女31） 中国・台湾 韓国・北朝鮮 米国 躁うつ病 精神分裂病 神経症 大西他（1995） 症例検討 東京 精神症状に 加え身体症 状が強く なった15例 15（男2，女13） うち6名日本人 日本人以外 は中国、台 湾、韓国 － 杉山他（1994） 質問調査 全国 医療機関 613施設 アジアが60％ 以上 心因反応 精神分裂病 神経症 うつ状態 辻丸・福山 （2003） 1983－ 2001年の 症例検討 福岡 患者（東ア ジア除外） 12（男8，女4） 北米・中南米 －
22 静 岡 県 西 部 地 域 に お け る 外 国 人 精 神 科 受 診 者 の 調 査 を 行 っ た 稲 川 ・ 渥 美 ・ 星 野 ・ 宮 里 ・ 大 原 （1993） で は ， 永 住 者 の 受 診 者 は ， 55％ と 女 性 が 多 い こ と ， 永 住 者 は 身 体 症 状 で 来 院 す る 例 が 多 い と 報 告 さ れ て い る 。 阿 部・比 賀（2004）は ，外 来 を 受 診 し た 在 日 ア メ リ カ 人 80 名 に つ い て 分 析 を 行 っ て い る 。発 症 の 契 機 と し て ，多 文 化 間 葛 藤 が 17 名 と 最 も 多 く ，次 い で 夫 婦 間 葛 藤（15 名 ），職 場 葛 藤（ 12 名 ），失 恋（ 6 名 ），対 人 葛 藤 （4 名 ）， 家 族 間 葛 藤 （ 2 名 ）， 事 故 （ 2 名 ） で あ っ た と す る 。 女 性 の 場 合 ， 診 断 は ， 気 分 障 害 の 割 合 が 64.3％ と 際 立 っ て 多 く ， 背 景 と し て 仕 事 と 家 事 の 両 立 が あ り ， ほ と ん ど が 夫 婦 間 葛 藤 や 家 庭 内 葛 藤 を 抱 え て い た 。 ま た 身 体 症 状 の 併 発 も 比 較 的 多 く み ら れ た と い う 。 国 際 結 婚 例 に お け る 患 者 に つ い て の 考 察（ 大 西・山 寺・中 山 ，1995） で も ， 身 体 症 状 の 訴 え の 多 さ が 特 徴 と し て あ げ ら れ て い る 。 身 体 症 状 は 更 年 期 障 害 や 老 化 現 象 の 一 部 と し て 捉 え ら れ る が ， う つ 病 を 伴 う も の ， 身 体 化 し た も の ， 心 身 症 と 考 え ら れ る も の な ど が あ っ た 。 背 景 に は ， コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 問 題 が 考 え ら れ る と し て い る 。 ま た 国 際 結 婚 の 夫 婦 が 老 い る に つ れ ， 子 ど も の 日 本 社 会 へ の 適 応 に よ る 親 の 孤 独 や 経 済 的 基 盤 の 脆 弱 性 も 背 景 と し て 指 摘 さ れ て い る 。 た だ し こ の 考 察 に は ， 国 際 結 婚 し た 日 本 人 も 含 ま れ て い る 。 精 神 科 救 急 事 例 の 24 例 を 調 査 し た 江 畑（ 1989）に よ る と ，来 日 前 発 症 群 に お い て 10 例 中 6 例 が 治 療 中 断 に よ る 再 発 と 考 え ら れ ，日 本 語 能 力 の 欠 如 や 文 化 摩 擦 が 主 な 誘 因 と な っ た 事 例 は な か っ た 。 ま た 来 日 後 発 症 群 に お い て は ，6 か 月 以 内 の 場 合 ，国 外 に 滞 在 す る こ と に 関 連 し た 誘 因 が 認 め ら れ ，11 か 月 以 降 に な る と よ り 日 常 レ ベ ル の 問 題 が 関 連 し て い る こ と が わ か っ た が ， 言 語 障 壁 や 文 化 摩 擦 が 主 な 誘 因 と な っ た と は 考 え ら れ な か っ た と し て い る 。 辻 丸 ・ 福 山 （2003） は ， 1983 年 か ら 2001 年 ま で に 久 留 米 大 学 病 院 の 精 神 科 を 受 診 し た 外 国 人 （12 例 ） に つ い て 検 討 行 っ た 。 た だ し こ の 研 究 で は ， 多 文 化 間 ス ト レ ス を よ り 鮮 明 に す る た め と し て 東 ア ジ ア 出 身 者 は 除 外 さ れ て い る 。 移 住 の ス ト レ ス に 脆 弱 で あ る と さ れ る 思 春 期
23 世 代 と 老 人 ， 主 婦 の 事 例 が 見 ら れ た 。 ま た 精 神 科 既 往 歴 を 有 す る 事 例 が 複 数 あ り ， 直 接 異 文 化 ス ト レ ス が 影 響 し た と 考 え ら れ な い も の と 異 文 化 ス ト レ ス が 誘 因 と 考 え ら れ る も の の 両 方 が あ っ た 。 精 神 科 の 問 題 と し て ， コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 困 難 が 指 摘 さ れ て い る 。 同 じ 久 留 米 大 学 の 精 神 科 を 受 診 し た 外 国 人 を 扱 っ た 研 究 で は ， 許 （2010） が 既 婚 外 国 人 女 性 の 3 例 を 挙 げ て い る 。 こ れ ら の 事 例 で は ， 出 産 と い う ラ イ フ イ ベ ン ト ，育 児 ス ト レ ス ，頼 れ る 人 と の 別 れ ，日 本 語 能 力 の 不 足 が 発 症 に 関 与 し て い る こ と が 指 摘 さ れ た 。 以 上 ， 病 院 を 受 診 し た 外 国 人 の 特 徴 と し て ， 精 神 科 既 往 歴 を 有 す る も の が 一 定 数 い る こ と ， 急 患 例 が 多 い こ と ， 女 性 の 患 者 が 増 加 傾 向 に あ る こ と ， 神 経 症 や う つ 病 の 患 者 が 増 え て い る こ と ， 身 体 症 状 の 訴 え が 多 い こ と な ど が 挙 げ ら れ る 。 そ の 背 景 と し て コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 問 題 や 異 文 化 ス ト レ ス が 考 え ら れ る が ， そ れ ら が 直 接 的 な 誘 因 で は な い ケ ー ス も 見 ら れ た 。 長 く 滞 在 す る ほ ど ， 言 葉 や 文 化 と い っ た 問 題 だ け で な く ， 家 族 の 問 題 や ラ イ フ イ ベ ン ト と い っ た よ り 日 常 生 活 で の 葛 藤 が 複 雑 に 絡 み 合 っ た 背 景 が あ る と 考 え ら れ る 。 外 国 人 女 性 患 者 の 特 徴 と し て ， 増 加 傾 向 に あ る こ と ， 国 際 結 婚 な ど の 長 期 滞 在 者 の 中 に も 患 者 が い る こ こ と が わ か っ た 。 こ の こ と は ， 言 葉 の 問 題 な ど が な く ， 一 見 適 応 が う ま く い っ て い る よ う に 思 わ れ る 場 合 で も 何 か を 契 機 に 発 症 す る 可 能 性 が あ る こ と を 示 唆 し て い る 。症 状 ， 診 断 で は ，身 体 症 状 や 気 分 障 害 が 多 い 。そ の 背 景 と し て ，夫 婦 間 葛 藤 ， 家 庭 内 葛 藤 ，更 年 期 障 害 ，コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 問 題 ，出 産 や 子 の 自 立 と い っ た ラ イ フ イ ベ ン ト な ど が 指 摘 さ れ て い る 。 外 国 出 身 者 の 抱 え る 問 題 と し て ， 真 っ 先 に 目 を 向 け ら れ る の は コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン ， 言 葉 の 問 題 で あ る が ， 結 婚 移 住 女 性 の メ ン タ ル ヘ ル ス を 考 え る 場 合 に は ， 言 葉 だ け で な く ， 日 常 生 活 や ラ イ フ イ ベ ン ト ， 老 化 に も 着 目 し て 行 く 必 要 が あ る だ ろ う 。
