MEMOIRS
OF
SHONAN 【NSTITUTE
OF
TECHNOLOGY Vo1
,
36,
Ne.
1,
2DO220
世 紀
末
フ
ラ
ン ス
に お
け
る
子
ど
も
保
護 立
法
上 野 芳 久
*L6gislation
surla
protection
de
1
’
enfant 訌la
fin
du
20e
si6cle enFrance
Yoshihisa
UENo
*Recernnient
plusieurs lois sur la protection de1
’enfant ont et6instaur6s
auJapon
.
Mais
il
me semble quela
Convention
internationale des
droits
de
1]
enfant n’
apas
tellementd’
influence sur la 16gislationjaponaise
.
Je
pense que nousdevons
rnieux etUdier et connaitrela
legislation
frangaise
surla
protection
de
1’
enfant.
C’
est!’
objetde
cet article,
< 目 次 >1.
はじめに(
1
) 問 題意 識 (2) 90年 代 末以降の 動 向の概 観2.
学 校に関 す る 法 律 (1
)1998
年12
月18
日法 (就学義務のコ ン トロー
ル 強 化 法)(
2
)2000
年3
月6
日法197
号 (虐待防 止 発 見に関 す る学 校役 割強化法 )3.
「子ど もの 人権」に関 する法 律 (1) 1999年6 月9
日法 (学 校 用 品 購入時 「子 ど もの人 権」尊 重 促 進 法)(
2
)2000
年3
月6
日法196
号 (子どもの権利 保 護 官創 設 法 ) 4.
お わり に(
1
) 被 害少 年に関する立 法 動 向(2 ) 加害少年に関する立法 動 向
1.
は じめに(1) 問 題意識
1998年 6月17凵法まで の立法 を対 象と し て
,
本 誌 前 号で,
フ ラ ン ス刑法典の 「未成年者を危 険に さ らす罪」につ い ての研 究 を一
応 完 成 した 〔1
)。
し か し,
その後,
フ ラ ン スで はい くつ かの少 年に関 する 立法があった、 とくに 1998 年 12月の 改 正 法は,
「未 成 年 者 を 危 険に さ らす 罪 」に2
条 を追 加 するもの で あっ た。
そ こで,
本 稿で は,
まず第一
に,
前号の フ ラ ン ス注 釈 刑 法 を急い で補 充 し,
文 字 通 り完 全な もの にするこ とに し て 前号の タ イ トル を 「2 ・
完 」と し た責任 を 果たすこと にする。
し か し第二にt そ れに止 まらず,2
年 末 までの フ ラン スに おける少年保 護法 を押さ え て お くこ と に し たい 。 な ぜ な ら,
第一
の点で取 り上 げる1998
年 法は その一
連の流 れの 中に位 置づけられるか らで あ る。
またその 際,
その後 (つ まり新 世 紀に 入 っ て か ら)の少年に関 する 立法動向につ い て も検 討 し てお き たい.
い ず れ も法 案の段階で はあ るが,
し た がって まだまだ流動的で は あ る が,
少年に関 する法 案 *総 合文 化 教 育セ ン ター
助 教 授 平 成13
年 10月31
日受 付 注 (1) 拙 稿 「フ ラ ン ス注 釈 刑 法・
未成年 者を 危険に さ らす 罪 (1>」湘 南 工 科 大 学 紀要33
巻 1号 (1999年3
月),
「同 (2 ・
完 )」同35
巻1
号 (2001
年3
月 )。
一 125一
湘 南工科 大 学紀 要 第 36 巻 第 1号 提出の動 き が激 しく
,
フ ラ ン スに お け る一
定の傾 向を示し てい る よ う に 思 わ れ る か ら で あ る。
ところで
,
良い悪い は別に して,
ど ん な 法律も 多かれ少なかれ その時々 に起 きた事 件,
時 代の変化の影 響 を 受 け る もの で ある。
日本で も,
最 近,
少 年 保 護に 関 する立 法が相 次い だ。
被 害 少 年に つ い ては,
第一
に,
イン ター
ネッ トの 発 達に伴っ て 目立つ よ うになっ た児童 買 春 事 件,
児童 ポル ノ事件 を受けて,
やや遅きに失 した 感はあるが,1999
年に児童 買春・
児 童 ポル ノ禁止法 (2
)が制 定された。
第二 に,
近年,
児童 相談所へ の相談件 数が激増 し,
新 聞・
テレ ビ等で も事件が 報 道される機 会が増え てい る虐待事件を受けて,
2000 年に児 童 虐 待 防止法 (3 )が制 定された。 加 害少 年につ い て も,
神戸の酒鬼 薔薇 事 件 (1997
年 ),
黒 磯のナ イフ刺殺 事 件 (1998 年),
さらに は佐 賀の バス ジャ ッ ク事 件 (2000
年)な ど を 受 けて,
2000年11
月に少 年 法が一
部 改 正 され, 翌 年 4月か ら施 行された〔4)。 同 様にフ ラン ス でも,
次々 と少 年 保 護に関 す る 立 法 が な された。
被 害 少 年につ いては,
既にこれ まで私 が 検 討して きた法 律 (5
),
そし て,
これか ら本 稿で 取 り上 げ る よ う な個 別 的 な 立 法が な されて い る。
他 方,
加 害 少 年につ いて は,
依 然として 暴 力事 件が多発し てい るものの,
フ ラ ン スは従 来の 少年 法 (1945
年2
月22
日オル ドナ ン ス174
号 )を基本 としてお り,
当 分 その 全 面 改 正 は な さそ うであ る と思 わ れた (6
)。
し か し, 最 近では 全 面 改 正の声 も 出 はじめ,
個 別 的 立 法の動き は活 発で あ る (7)。 ま た,
少年全 般につ い て も,
子 ど もの権 利 条 約や少年司法 政 策に 関連 し て,
さ まざま な 立法に よ り時代の変 化に対応 して い こ う とい う姿 勢が見られるの である。 本稿で は,20
世紀 末のフ ラ ンス少 年保 護 法の変 貌の様 子を確認 する と ともに,
合わせ て21
世紀 初頭の動 向 をも見る こと を通し て,
近い将 来 見 直し が予 定されてい る(8 )日本の少年 保 護 法の参 考に供し たい と思う。
(2
)90
年 代 末 以 降の動 向の概 観 動 向 を 探る指 標に はい ろい ろあるが,
こ こで は,
議 会でど ん な 法 案 が 検 討 されてい る かを 見るこ とに よっ て一
定の (2
) 「児 童 買 春,
児 童 ポル ノに係 る行 為 等の処 罰 お よ び 児 童の保 護 等に関 す る法 律 」1999
年5
月26
日 法 律 第52
号
。
1999年 11月 1日 施 行。
とくに ポル ノにつ いて は,
ス トック ホル ム会議で国 際 的 非 難 を浴び た後, NGO の活 躍によっ て制定 される にい たっ た、 この辺の事情につ い ては拙稿・
本 誌 33巻第 1 号 120 頁参 照。
(3
) 「児 童 虐 待の防 止 等に関 する法 律」2000
年5
月24
日法 律 第82
号。
同 年11
月20
日 施 行。
要 領のよい解 説 とし て,
中司光紀 「児童虐 待 防止 法の概 要 」 法律のひ ろば2000 年 7 月号 54 頁。 な お,
直接の関 連 は薄いと思 わ れてい た が,
最 近では 虐待との 関 連 が 指摘さ れてい るい わゆ る ド メスティ ッ ク・
バ イオレ ン ス に つ い て は,
「配 偶 者か らの 暴 力の防止及び被 害 者の保 護に関 する法 律」(以 下 DV 法と略 記 す る) (2001
年4
月13
日法律 第31
号 )が制 定され,
今年 (2001
年 )10
月13
日か ら施 行された。
(4
) 「少年 法 等の一
部 を改正する法 律 」2000
年12
月6
日法律 第142
号。 本年 (2001
年 )4
月1
日施 行。 (5) 1981年 2 月2 日法 (い わゆ る安全と自 由 法),
1989 年 7 月 10 日法,
1992 年 7月22 日法 (新 刑法典),
1994 年 2 月 1 日法,1994
年 7 月29
日法 (いわ ゆる人体 尊 重法 〉,1995
年2
月4
日法,1996
年5
月 13日法,
1996 年7
月22
日法,1998
年 6月 17日法 (性犯 罪の防止・
処 罰 及 び 未 成 年 者の保 護に関 する法 律 )。
これ ら につ いては拙 稿 「被 害 少年の刑 法 的保護一
フ ラ ン ス刑法を 参考に し て一
」 新 倉修・
横山 実編 「少 年 法の展 望 〔澤 登 俊雄先 生 古稀記 念論 文集〕亅所収 (現代人 文 社,
2000
年3
月}441 頁以 下参照。 (6) 実 は,一
時,
フ ランス 少 年 法につ い て も改 正の動 き は あっ た。
赤 池一
将 「フ ラ ン ス少 年 司 法 改 革の 動 向 」 澤 登俊 雄 編 「世 界 諸 国の少 年 法 制 亅(成 文 堂
,1994
年1
月)。 しか し,
2001
年2
月に渡仏 したお りに, 少年 犯 罪に関す るレポー
ト (いわ ゆ る 1998年ラ ゼル ジュ 報 告、
後 述 )の執 筆 者の一
人 ラ ゼル ジュ 女史 (国民 議会副議長)に質問 す る機会 が あっ た が,
同 議 員 は,
これ まで個 別 法 や 運 用でまかなっ て き て お り改 正の 必 要はない こと (実は これが前 記ラゼル ジュ 報 告の 結 論で も ある)
,
少な く とも近い 将来に 改 正 の動き も ない で あ ろ う とい う 見 解 を 示 さ れ た。 (7
) もっ と も,
私の帰 国 後,
議 会で少 年 法 改 正 法 案 が 提 出 さ れた こと, し か し一
度は同 議 会 内で否 決 され 法案と し て は提 出さ れ な かっ たこ と につ い て は後述 する。
ところが,
その後 も,
「最 年 少 時か ら市 民 的 行 為 を 奨 励 す ることによ る 暴 力 対 策 法 案 」
,
「未 成 年 者 犯 罪 対 策 お よ び若者の暴力防止 に 関する 法律 案 」な ど,
部 分 的に少 年 法 を改 正 しよう とする案が次々 と提出さ れ てい る (後掲 【表 1】参 照)。
や は りフ ラ ンス も少 年の暴 力に悩ん でい ること が わか る。
(8) 児 童 買春・
児童ポル ノ禁 止 法は施 行 後3年 後 (=
2002 年 ) (附則6
条), 児童 虐 待 防止 法は施行 後3
年後 (=
2003 年) (附則 2条),
DV 法は施 行後 3 年後 (二
2004 年)(附 則 3条 ) を そ れ ぞ れ 目処 とし て検 討 が 予 定 され,
ま た
,
少年法一
部 改 正 法につ い ても施 行 後5
年 後 (ヨ2006
年 ) (附 則5
条 )に見直し が予 定 されてい る。一
一
20世 紀末フ ラ ン ス におけ る子ども 保護 立 法
【
表 1】
議 会に おける子ど もに関する法 案・
提 案 (1998年一
・
2001 年 10月 31 日)1997
年7
月24
日 「就学 義 務に関 する法 律 案 」 〔国民 議 会 〕[
1998
年1
月29
凵 「就学 義 務の コ ン トロー
ルを 強 化 する法 律 案」 〔国民議 会〕 → 1998 年 12 月 18 日法 (就学 義 務 強化法)・
1998年 5月 16 日 「子ど もの 人 権」が尊 重 されてい ない国の子 ど もによっ て制 作された用 品の 学 校お よび 地 方 公共団 体による購入 を禁止 する法律案」 〔子 ど も国会〕 → 1999 年 6 月9
日 法 (学校用 品 購 入時 「子 ども の 人権」尊 重促 進法 ) 1998年 10月22 日 「子 ど もに関する 行 政斡 旋 官 を創設する普通 法 律 案 」 〔国民 議 会 〕[
→
2000 年3
月6
日法 196 号 (子 ど もの権 利保護 官創設 法)1998
年10
月22
囗 「子どもに関する行政 斡 旋 官の被選 挙資 格なし とする組織法律 案 」 〔国民 議 会〕 →1999
年 12 月 16 日違憲判断 〔憲 法院〕・
1999 年 2月 17 日 「危険な状態に あ る子 ど も及 び 犯 罪少 年に関する法律案」 〔国民議会 〕 → 1999 年 3 月 25 日否決 〔国 民驪 会 〕・
1999年 6月 16 日 「再 犯 少年の た めの再教育セ ン ター
創設及び 犯 罪少 年の親もしくは学校 教 育 義 務に違反する 親へ の家 族 手 当の停止 に関 する法 律 案 」〔国 民 議 会〕 → 未成 立・1999
年9
月8
日 「虐 待 された子 ど もの 発 見 を 改 善 する法 案 」 〔子 ど も国 会 〕 →2000
年3
月6
日法197
号 (虐待 防 止 発 見 に関す る学校 役 割 強 化 法 )・1999
年11
月9
日 「一
定の ビデ オゲー
ムへ の未 成年者の ア クセ ス に関 す る 法 律 案」 〔国 民 議 会〕 → 未成 立・
2000 年 2 月 11 日 「犯罪 未成年者に親権を 行 使 する者の責 任 強 化に関 す る 法 律 案 」〔元 老 院〕 → 未成 立・
2000年 6月 22 日 「ニ コ チン 中毒か らの 子 ど もの 保護に関 する法 律 案 」 〔国 民 議 会 〕 → 未 成立・
2 年 11月 20 日 「子 ど もの権利 条 約 を第五共 和 制憲法に導入 する憲 法 改 正 案」 〔国 民 議 会 〕→
未 成立・2001
年3
月14 日 「日常 生 活安全 法 案 」〔政府 提 出法 案→ 国民 議 会 〕→
2001 年 11 月 15 日 法 1062 号 (日常生活安全法 )・
2001年5
月18 日 「犯 罪 少 年の 保 護・
援 助・
観察・
教育の諸手段及 びその 社 会 復帰必要 性へ の適用 に に関 する 調 査 委 員会設 置の提 案 」 〔元老 院 〕 → 未 成立・2001
年6
月12
日 「少 年法改 正およ び未成 年 者 保護強 化に関 する法 律 案 」〔国 民 議会 〕 →2001
年10
月11
日否 決 〔国民議 会 〕・2001
年6
月12
日 「未成 年 者犯 罪対 策お よ び 若 者の 暴 力 防 止に関 す る 法律 案 」 〔国民議 会 〕,
→ 未成 立・
2001 年 9 月 12日 「児童売 買,
児 童売 春,
児 童 ポル ノに関 す る 子 ど もの権 利 条 約の任意 議定書批 准 を認め る法 律案」 〔政 府 提 案 法 案→ 元 老 院 〕 → 未 成立・
2001年 9月26 日 「最 年少 時 か ら市民 的 行為 を 奨励するこ と に よ る暴 力 対 策 法 案 」 〔国 民 議 会〕→
未 成 立・2001
年10
月2
日 「犯 罪 少 年に関 する制 度 を 改 正 す る 法 律 案 」〔国 民 議会 〕→
未 成 立・
2001年 10月 17日 「少 年 法 改正 に関 す る法 律 案 」〔国 民 議 会〕 → 未 成 立 (注 1)日付は原 則とし て 議 会に 登 録 さ れた年 月日。
「 」 内は その時の法 案・
提 案 名、
(注2
)ゴチッ クは、
成 立 した法律 (( ) 内は略 称)また は一
定の判 断 (〔〕 内は判 断機 関 )を示 す。一 127一
湘 南工科 大 学 紀 要 第 36巻 第 1号 動 向 を探るこ とにする (9)
。
第一
に, 国 民 議 会 をみ る と,
子ど も に 関する 様 々 な 立法の提案が な さ れ てい る が,
特に 子 ど もの人 権の保障,
学 校へ の一
定の期待な ど が 見て取 れる。2001
年に入っ て から は,
少 年 法 改 正の動 き が 活 発であ る。
第二 に,
元 老院で は,
犯 罪少 年の親 権者の責任 を強化 しよ う とする法 案が検 討さ れた り.
犯罪 少 年の保 護・
援 助・
観 察・
教 育の諸 手段 等に関 する調査委 員 会 を設 置 する提 案がな さ れて い る。
第三に,
政府は,
子 ど もの権 利条 約の推 進 に力 を入れてい るよう に思わ れ る。 また,
日常生 活におけ る安 全 を考 え た 法 案 を提 出した。
当 初 その 中では 少 年 犯 罪 に は触れ ら れ てい な かっ た が , 議 会で指 摘さ れ て,
そ の中で も 少年犯 罪 の議 論が な さ れ る はずだっ た。
動 向 を 正 確に把 握 す るため に,
1998
年 以降に検討 されてきた法案・
提 案を 日付 順に並べ てみ る と,
【表11
のよ うに な る。
こ こで は,
あ えて法 律 とし て成 立し た か否か,
民 事法か刑 事 法か などを区 別 し てい ない。
なお,
法律と し て成 立 してい ない 場 合には とりあ えず 未 成立と書い て おい た が,
中には,
後の 法 案に吸収さ れる形で 立 法 化 (あるい は法 案 化 ) された場 合 も ある。
こ の
【
表1】
は,
議会・
政府が どんな問題に関心 を持ち,
ど ん な 解 決 法 を考 えてい る かを 示すもの であるが,
一
見し て子ど もの保護が非常に幅広い 視点か ら き め細か く配 慮 されてい るこ とが わか る。 若者に よ る暴 力 事件に対 する様々 な対 策法,
子どもの教 育・
健 康に配慮 する法律,
子 どもを虐 待か ら保 護しよう とする法 律などが目につ くが,
20 世紀 末に成立 し た法 律で は,
とくに 学 校に関 する法 律が多い こと,
子 ど もの 権利 条約の 影 響に よる立法が多い こと が 特徴 といえ よ う。 そ こ で本稿で は,
議 会で検討されてい る法 案の 中か ら20
世 紀末に法 律 とし て成 立 し た ものを 中 心に と に分 けて 取 り 上げ,
そ の法律が ど ん な関心 か ら 立法さ れ たの か を検 討し,
フ ラ ンス に お け る 子どもの法 的 保護が ど の よ う に 行 わ れてい るかを 検討す る。 その後で,
やはり法案の動き か ら,
21 世紀初頭の少 年に関 す るフ ランス法の動 きを 探る。 な お,
本 稿の 本 来 的 関 心は刑 法 的 保 護に あるの で,
で き る だけ刑事 法 的 規 定に スポッ トライ トを当て る が,
必ずし も 刑 事 法に直接 関 係しない 法律も検討 する。
刑 法 的 保 護 との位 置 関 係が明 確に な ること を期 待 して の こ とで あ る。
2.学校
に関
する法律
まず学 校につ い て は,1998
年12
月に 厂就 学 義務の コ ン トロー
ル を 強 化する法」,2
年3
月に 厂虐待 防止 発見に関 する学 校の役 割 を強化する法」の 2つ の法律が制定 されてい る。前者は
,
就 学 義務が履 行されてい る か否かの チェ ック体 制 を強化しようとする法 律である。
とい っ て も,
大 部分
の 普 通の家 庭で は義 務 教 育 を 学 校 で 行ってい るの で問 題はない。 問 題は, た と えばあ るセク ト (secte≡
カル ト集団) (10) が 自 分の集 団 内で子 ど もに一
定かつ 特 殊 な 教 育 をしよ う とす る場 合であ る。
本 法は,
そ れ はしば しば 偏っ た 教 育に走 りが ち で 子 ど もの た め に な ら ない と判断 し,
家 族 内や一
定グルー
プ 内での教 育 を止め させよう とするもの で ある。
後 者は.
学 校医に対し学 校で検診 を す る際に,
生徒に虐 待の痕跡が ないか十分 に注意を払 う こ とを要 請し,
学 内で も 虐待に関する情 報 提 供をする期 間を設け る こ と に し て,
学校 が 虐待の発 見・
予防に役 立つ よ うに しよ う とするもの で あ る。
し た がっ て両 法律の性格も守備範囲もか なり異な る が,
い ず れも虐 待か ら子ど も を保 護 する こ とを一
つ の 目的とし て お り,
学校に一
定の虐待 防止の役 割 を 期待し て い るところに共 通の特徴が あ る。
以 下,
両 法 律 を順に もう少し詳し く検 討し て い く。
(
9
) 法 案リス ト は議 会の サ イ ト か ら採っ た (2001
年10
月19
日現在 )。http
:〃wwwassemblee−
nationale.
fr
!documentsl
index−
propositionsasp
及 びhttp
:〃www.
semat.
fr
/leg
!legencours
.
html
(10) フ ラ ン ス語の
’
‘
セ ク ト”
は,
日本 語で言え ば“
カル ド,
“
カル ト集団”
に近い意 味で使われてい る。 小 泉洋一
「フ ランス に お け るセ ク ト と 公法」甲 南 法学40
巻3 ・4
号 (2000
年3
月 )182
頁。
そ れは,
フ ラン ス国 民 議 会の報 告 書 がセ ク トに関 する事件の例 とし て次の よ う な もの を 挙 げてい るこ と か ら も明 らか で あ る
。
つ ま り,
1978 年ガ イアナの人 民 寺 院の信者
923
名の集 団 自 殺 事 件 ,1993
年テキ サス州の ブラ ンチ・
ダヴィデ ィ ア ン の信 者88
名 の死亡 事件,
1994 年の ス イス,
カ ナ ダの太陽寺 院 教団の信者の 集 団 自殺事 件,
1995年の オ ウム真 理 教の地 下 鉄 サリン事 件 な どである
。
宮本 孝 正 訳 「フ ラン ス の セ ク ト (ギュ イ ヤー
ル 報 告 書1996
年 )」 外 国の立 法 201 号 (1997年 5月 )95頁
,
同 「特 集 宗 教 団 体と カル ト対 策 序 論 」同書3
頁注 (6
)。 し か し,
本 稿で は,
前掲 小 泉 論 文に な らっ て “ セ ク ト”
と そ の ま ま カ タ カ ナ表記する。
一 128一
20
世 紀 末フ ラン スにお け る子 ど も保 護立法(1) 1998 年 12 月18 日法 (就 学義務の コ ン トロ
ー
ル強 化 法 )1997 年 7 月に は元老 院の マ テ ユ
ー
議 員が 「就 学 義 務に関 する法 案 」 を,
翌1998
年 1月に は 同 じ く 元 老 院の ア ブ ゥ議 員が 「就 学 義 務の コ ン トロー
ル の強 化に関 する法 案」を提 出し てい た (11
)が,
それら は,
いずれ も同じ懸念か ら作 成 されたもの で,
家 庭 内,
または公 立 学 校 お よ び 協 同 契 約の下に あ る私 立 学校(12)以外の 学 校 内で (つ ま り,
公的な 目 が とどか ない 家庭や私立学 校で)教 育 を受け る場合に,
就 学 義 務の検 査 を強 化 するこ と を 目 的 としてい た。
端的にい えば,
セ ク ト内の未成年者に対し,
(セ ク ト独自の 教 育で は なく) 通 常の一
般 的 教 育 を 確 保 し て彼らを 保 護 するこ とを 目的と して い た (13)。
本 法 はもち ろ んこ の提案 を 基に し て作られた もの で ある。
この よう な法 案が提 出された背景に は,
当時t 家庭や私 立学校で教育を受け てい た未 成 年者が,
身体 的に も精 神的 に も健康へ の脅威 を受 けてお り,
非社会化 するため の徹底的な プロパ ガ ン ダ の下に置かれてい た とい う 事情があ る。
そ うい う 子 ど も た ち は,
暴力,
い じ め,
医 療欠 如 な どの被 害 者で あ ること が多い う えに,
彼ら がセ ク トで受け る教 育は,
質 的に子 ど もたちの社 会へ の 同 化 や 職 業 上の将 来 性 を 害 す る よ う な もの であること が 多いの である (14
)。
し か し,
実は こ の よ うなセ ク トの 問 題は,
フ ラ ン ス社 会 ばか りで は な くヨー
ロ ッパ社 会 全 体にまで広がっ てい たの で あ る。
すな わ ち,
1970年 代 以 降の セ ク ト・
新 興 宗 教の台 頭と,
それに伴 うマ イン ドコ ン トロー
ル に よ る信者 獲 得,
未成 年 信 者の学 業 停止,
家 族 崩 壊な どの 発 生とい う 問 題はヨー
ロ ッパ 中に生じて い た。
これに対 し,
ヨー
ロ・
ソバ議会 は 1984年の い わゆる“
セ ク ト決 議”
で加 盟 国 政 府に対 応 を促 し,1992
年にはい わゆ る“
セ ク ト勧告’
t で教 育,
立法な どの 手段をと るべ きこ とを 勧 告した。
し か し,
セ ク ト の 勢い は 止 ま らず,
む し ろ多様なセ ク トの出 現 を 招き,
セ ク ト 側の巧 妙 な 対 応 も 目につ く よう になっ て きた。 そこで1996
年,
ヨー
ロ ッパ 議 会は,
加 盟 国に刑 事法による対 応 も 含 め た 強 力 な 姿 勢 を とるこ と を求め る決 議 をする に至っ た (15)。
フ ランス 国 内で は
,
既に6Q 年代後 半か ら 「信 教の 自 由 」の間 隙 をぬっ てセ ク トが出 現 し始 め (16
),70
年 代 以降,
サ イエ ン トロ ジー,
ハ レ・
ク リシュ ナ を はじめ とす る新 宗 教 が 流 行した。
80
年 代には,
「エ ホバ の証 人」な どの セ ク ト に 絡む事 件や判 決が多く報 道さ れ た (17
)。1982
年,
と う と うモ ロワ首 相 (当 時)が 調 査 を求め,
ヴィ ヴィ ア ン国 民 議 会 (11) マ テ ユー
議 員 もア ブゥ議 員 も共 和 国 独 立 党 (Republicains etlndependants
)に属する。
同党は,
第二 次大 戦 後の1948 年に創設された独立国家 中央党 〔
Centre
National des lndependants)を 前 身とす るい わゆ る保 守 系 政 党で ある。
1962
年に 現在の名前の政党と なっ た が,
66 年に は共 和 国独立国 家連合(Feddration Natinale desR6publi
(ains etlnd6−
pendants)と なり
,
その後 87 年には共 和 党 (Parti Republicain)を 名 乗った が,
93
年に は元の 名 前に戻っ た。
CNI
時 代に は
,53
年にコ ティ大 統 領を生 み出し,
58 年に は ド ゴー
ル将 軍の政 界復帰を 支持しtFNRI
時 代の74
年にはジスカ
ー
ル・
デス タ ン大 統 領 を輩 出し た名 門 政 党で ある。
2001年9
月の 元 老 院 選 挙で は 改選 前 45名か ら40名に議 席を減ら し た が
,
そ れでも元 老 院の 八分の一
を 占める 第4
の政 党であ る。
とくにア ブ ゥ議 員 はセ ク ト問 題 に 積 極 的で
,
本 法の ほ か にも,
大 統領の セ ク ト法 人 を解散する権限を拡 大する法案 を提 出し てい る (未 成 立 )。
(12) 協同 契約の下に あ る私立学校(etablissernentS d
’
enseignement prive sous contrat d’
association )とは,
私 立 学 校で あり な が ら,
その経 常費と教 員の賃金を政 府が負担するもの をい う。 フ ラ ンスで は,
1959 年 12月31
日法 (ドゥブレ 法 ) 以 後,
私 立 学 校 (ほ と んどが カ ト リッ ク系 〉は,
教育お よび 財政 に 関する監督を受け る代わ り に,
公権力の 財 政 的 援 助 を受 け るこ とがで きるよ うになっ た。
こ の うち 協 同 契 約の場合 は,
公 立 学 校の職員である場 合も,
私 立 学 校の職 員であ る場 合 も あ り う るが,
政 府が経 常 費 と 教 員 賃 金 を 負 担 す る。
他 方,
単 純 契 約の場 合 は,
教 員は 私 立 学 校 教 員の 資 格の まま報酬は 公金か ら得る。
中村 紘一一
新 倉 修・
今 関源成 『フ ラン ス法律用語 辞 典184
頁 (三省 堂 ,1996
年 4月 )(13)
S6nat
, Rapport de M.
Jean
・
Caude
Carle,au nom de la commission des affaires culturelles , no 504(1997−
1998).
(
14
}S6nat,
RapPort
oP.
cit.
no504.
(15) 以 ヒの ヨ
ー
ロ ッパ会 議における さま ざ まな決 議の翻 訳が,
前 注 〔10)掲 示 「外 国の 立 法 201号 」274
頁〜
280頁以 下に掲載さ れ てい る。
C16
) 宮本 孝 正 「フラン ス の宗 教 団 体とセ ク ト問 題」前 注(10
)掲示 「外国の立 法2G1
号」53
頁〔17) た とえば
,
1981 年に は,
セ ク ト の犠牲者とし て末 娘を 亡 くしたロジェ・
イコー
ル (1955年ゴン クー
ル賞) が 心理操 作研 究セ ン タ
ー
(CCMM =Centre
de
documentation
,
d’
6ducation etd
’action contre1es
manipulations mentales >を創設した
。
QUID
2002,
p.
569.
また,1982
年5
月14
日 に はク リシュ ナ も宗教 的 自由を享 受するこ とを明ら か に し たコ ンセ イユ デタ判 決が
,
1997年7月28 日に は,
サ イエ ン トロ ジー
の リヨ ン支 部 長 その他の 信 者に対し詐 欺で有 罪 とし た リヨン控 訴院判決が出てい る。 小 泉
・
前 注 (10)181頁。
1998年 1 月に は,
96
年5
月に作 ら れ た 「セ ク トを監 視 する省 庁 合 同 会 議 」 (
Observatoire
interminist6riel
surles
sectes)を 前身と す る 「セ ク ト と 戦 う 各 省 合 同 会 議(
MILS
=Mission
interminist6rielLe
de
lutte
cQロtreles
sectes )」を 創 設 する デ クレが出された。QUID
2002,
p.
569.
湘 南工科 大 学 紀 要 第36巻 第 1号 副 議 長が国の諸 機 関の協 力の下に 1983 年
2
月に 『報 告書1
(いわ ゆ る ヴ ィヴィ ア ン報 告 書 )を完 成 し た。 そ れ が2
年 後に 公刊される の だ が,
公刊 前後に は,
複数の セ ク トか ら出版差 止め請 求や公刊取 消し の訴が提起される騒 ぎと な り,
1988年 10月にコ ン セイユ・
デタが原 告の 訴えを退け て よ う や く落ち着い た(18)。
同 報 告 書は 9つの提 言 をし てい る が,
その 中に は,
両 親が特 定の運 動に か かわっ てい る場合で も子 ど もが そ の環 境に閉 じ込め られないよ うにする,
とい う もの もあっ た。
し か し,
その提言が実 行さ れ るこ と が ない ま ま,
1996 年 1月 10日 に国民 議会か ら報 告書が 公刊 された (いわ ゆ る ギュ イ ヤー
ル 報告書 )。
もっ と も,
こ の報 告 書は,
新 法 制 定の提 言で はな く,
現 行 法の厳 格な適 用 を提 言 す る もの にす ぎ ない (19
)。
【表 2 】セ ク トを め ぐる最 近の動 き 1960 年代後半 フ ラ ンス国内に セ ク ト出現 し は じ め る 1970 年代以 降 フ ラ ン ス国 内に新 宗 教が流 行 1981 年 1982 年 5月14日 1982 年9
月 1983 年 2 月 1984年 5月 1985年 4月1988
年10
月 イコー
ル 氏,
CCMM (心 理操作研究セ ンター
)を創 設 (パ リ) (→
注(17)) コ ン セ イユ・
デタ,
ク リシュ ナ も宗教 的 自 由 を 享 受 す る旨の判決 モロ ワ首 相 (当 時),
調 査の要求 い わ ゆるr
ヴィ ヴ ィ ア ン報 告書 亅の完 成→ 複 数セ ク ト
,
『ヴィヴィ ア ン報 告 書 』の出版 差止 め訴 訟 を 提 起 (一
・
1985.
4) 欧 州 議 会,
「セ ク ト決 議 」(加 盟 国に対 応 を促 す)(→
1992.
2.
5
) 『フ ラ ン ス の セ ク トー
精 神 的 自 由の表 現か マ イン ド・
コ ン トロー
ル か』 (= 「ヴィヴ ィ ア ン報 告 書』)公刊 (ドキュ マ ン タ シオン・
フ ラ ン セー
ズ) コ ン セ イユ・
デタ.
「ヴィヴ ィアン報 告 書 亅 公 刊 取 消の 訴えを退け る1992
年2
月5
日1992
年7
月8
日1993
年4
月19
日1994
年10
月4
日1995
年3
月20
日 1995年 7月1995
年12
月20
日1995
年12
月23
日 1996年 1月10日 1996年 2月29 日 1996年 5月 9 日 1997年 7月24日1997
年7
月28
日1998
年 1月29
日1998
年10
月7
日1998
年12
月18
日法 欧 州 議会,
厂セ ク ト勧 告」 (教育・
立 法などの 手段をと ることを勧告)(→ 19962.
29
) 欧 州 議会,
ヨー
ロ ッ パ子 ど もの権 利 憲 章に関する決 議 テ キ サス州で,
ブラ ンチ・
ダ ビ ィディ ア ン の信 者88
名の死 亡 ス イス及 びカナ ダの太陽寺 院 教 団で53
名 死 亡 東京で地下 鉄サ リン事 件 (オ ウム真理教 )発 生 国民 議会に 調 査委員 会 発 足 国民議会,
い わ ゆ るr
ギュ イ ヤー
ル 報告 書』 を採 択 ヴェ ルコー
ル で,
太陽 寺 院教 団の集団自殺16
人 死 亡 (うち3
人は子ども) 国 民 議会,
『ギュイ ヤー
ル報 告 書 亅を 公刊 欧 州 議 会,
カル ト決 議 (加 盟 国に刑 事 法による対 応 を含む強 力 な 姿 勢 を 求 め る ) 「セ ク トを監 視 す る 省 庁 合 同 会 議 」の創 設 (→ 1998.
10.
7 ) 就学義務に関 する法律案 (マテ ユー
議 員 ) リヨ ン控訴院,
サイエ ン トロ ジー
の支 部 長 その他の信 者に対 し詐 欺 有 罪 判 決 就 学 義 務の コ ン トロー
ル を強 化 す る 法律案 (アブゥ議 員) 「セ ク トと戦う省庁合 同 会 議」を創 設 するデク レ(← 1996.
5.
9
) 就学義 務のコ ン トロー
ル を 強 化 す る法,
成 立 (18) 宮本・
前注 (10)「外国の 立法201
号」 55 頁 (19) 宮 本・
前 注 (10) 「外 国の 立 法201
号」55〜
6頁一 130一
2
世紀末フラン ス に お け る子 ど も保 護 立 法 以上の動きを年 表にまと め ると 【表2
】の よ うにな る が,
こ の 表か ら は,
フ ラ ン スがい か に セ ク トと戦っ てきたか が,
そ し て,
そ の一
つ の結果と し て,
こ こ で検 討 し てい る 「就 学 義 務のコ ン トロー
ル を 強 化 す る法」が 制 定 されてき たことがt 見て取 れ る。
第 227−
17−
1条 〔子に対 する就 学 義 務 違反〕 子 ど もの両 親, ま た は, その子に対 して親 権もしく は継 続 的に事実上 の権 限 を 行使するすべ て の 人 が,
学校 教 員の催 促にも 係わら ず, 正当な理 由 な しに, その 子を学校に入 れ ない行為は, 6 月の拘禁刑・
5万フ ラ ン の罰 金で罰 する。 契 約 の 下にない私 立 学 校に おい て授 業 を する場 合, その校 長が, 学 校 教 員の催 促に も係わ らず, そこで行 われ る教 育に つ き,
初 等 学校に関 する 1882 年3
月28 日 法16 条で定 義 さ れてい る よ う な 義 務 教 育 の 目的に合 わせる た め に 必 要 な 処 置 を 採らなか っ た行 為,
および,
その授業 を閉鎖しなかった 行為は, 6 月の拘 禁 刑・
5万 フ ラン の 罰 金で罰 する。
さ ら に, 裁判所 は,
その校 長に対 し て,
監 督・
教 育 の禁止, 施設の閉鎖を命じ る こと ができ る、
Art.
227 −17−1
Le
fait
,par
les
parentsd’
lm enfant ou toutepersonne exergant
h
son6gard
l
,autorit6 parentaleou une autorit6
de
fait
de
f
自Con
continue,
de
nepas
l
’inscrire
dans
un 6tablissementd
’enseigne−
ment , sans excuse valable , en
d6pit
d
,une mise endemeure de l
,
inspecteur d,
acad 壱mie,
est puni de siX mois d
’
emprisonnement et de 50 OOO
Fd ’
amende.
Le
fait
,par
undirecteur
d’
6tablissement
priv6
accueillant des classes hors contrat ,
de
n,avoir pas pris,
ma 且gr6la
mise ende
皿 eurede
1
’inspecteur
d
,acad6mie ,les
dispositions
n6cessaires
POur
que
1
,ensignement qUi y est
dispens6
soit conformeb
1
’objetde
1
’instruction
obligatoire , tel que celui
−
ci estd6fini
par
1
’article16
de
la
loidu
mars1882
sur1
’e皿seignementP血 laire , et
de
n,avoir pas proced6h
la
fermetUre
de
cesdasses
est puni
de
six皿oisd
’emprisonnement etde
50000
Fd
,amende.
En outre
,
1e trib皿 al peut ordonner bl
,encontre
de
celui−
ci1
’interdiction
de
diriger
oul
’
enseignerainsi
que la fermeture de 1’
6tablissement.
【参照 条 文】就学義務 強 化 法
6
条 (市 役 所へ の届 出 違 反=
罰金 1万フ ラ ン) (次頁),
初 等 学校に関 する1882 年 3 月28 日法 16条 (義務教 育),
1999 年 3 月 23 日デクレ224
号 〔家 庭 また は契 約 下にない市 立 学 校において 学ぶべ き内容 ) 【就 学 義 務 強 化法1
刑 法227−17−
1条は,
親 権 者 等が実際に子どもを学校に 入れない 場 合には,
その 行 為 を処 罰 するこ とに して間 接 的に 学 校に行か せ ること を狙っ て い る が t 就 学 義 務 強 化 法 6条 (次頁 )は,
親権 者等 に 正規の学 校以外で教 育 することを 市 役 所に届け させ るこ とに し て,
学 校に行か せ ない家 庭の子ど も の 発 見 を容易に し よ う とい う趣 旨で あ る。
刑 法
227−17−1
条と比べ ると 拘 禁 刑 は な く,
罰 金 刑 も1万フ ラ ン と軽くなってい る.
届出 とい う手 続の違 反にす ぎ な い からであ ろ う。
一
131一
湘 南工科 大 学紀 要 第
36
巻 第1
号「
.
’
rTT −一一一一 一 一『一冖一
一』一一一一一一一一一一『一『一一一一
「一一
’
一”一一
’
’”一”一一一一一一一一一一 一一一一一}一鬯甼一一噛一一一一『■一
「 す1
第 6条 〔市役所へ の届 出違 反 〕亅
Art,
6
1 じi
子・ ・ の両親,
・ た ・,
・・ 子・対 ・襯 権 も・・i
嘸 敏 ・arl・・p
− ・・d’
−far1
・・u・t・u ・・}
1
は継続的に事実上の権 限 を 行 使 す る すべ て の人が
,
l
personne exergant a son 6gard
rautor
雌 parentalel
i
自 分の家庭もしくは契約の もと に な・・私立 学校に1
− eau …ite
・d
・fai
・d
・f
・g・n ・ ・n ・in・e,
・d
, nel
}
おいて教 育 す るこ と を
,
l
pas
declarer
en mairie qu’
il sera instruitdans
sal
馳[ I
l
市 役 所へ 届 け出ない行 為は
,
l
fatnille
oudans
unetablissement
priv6hors
l
l
1
。。ntr。tl
l l l
}
1万フ ラ ン の 罰 金で 罰 する
。
}
est puni d
’
une amende de 10 OOOF.
l
i
通 学および出 席の検 査,
家 族 手 当の払 込およ び 刑 事}
L・・c。ntr61 。d
。1
。・frequentati
。n。t
d
。1
;
に関 す る 制 裁に つ い て は
,
1
1
’assiduite scolaires
ainsi
queles
sanctions aul
}
i
・egard ・Cl・・v− en ・d・・p・e・跏 ・f
・milli・1
・・e・i
l
i
・nm … re雌l
l
コ ン セ イユ
・
デタ の デク レで定め る。l
seront
d6terrnin6s
pard6cret
enConseil
d’
Etat.
l
L
−_ .一.一_ 一一一一一一一一一一_ 一
一一一
一一一一一一
.
t−一
一一
一一一
1.
.
一一
一一一
_ 一一一
一一一
.
.
一一
一一.
一_ 一一一一一一一一一一一一
L−一一一一一
」 【227−17−−1
条の ター
ゲッ ト】項は
,
文言をそ の ま ま読む と,
単に学 校に通 わせ ない普 通の親 (親 権 者 等 )の 問 題の よ うに見 える が,
本 条は,
上述し たよ うに,
セ ク ト対 策で挿 入 され た 条 文であ る。
した がっ て,
項の主 たるター
ゲッ トは 「セ ク トに属 する」親 で あ る。項 は
,
「契 約の下に ない私立学 校」の校 長に対 して,
通 常の義 務 教 育 を受 けさせ るよ うに しなか っ た場合に処罰 す る と してい る。 これは,
公 的 監 督が及 ば ない私 立 学 校で , 恣 意 的 な 教 育が行 わ れ ない よ うに し て子 ど も を保護する趣 旨である か ら,
その主たるター
ゲッ トはや は り 「セ ク トに 属 す る 」 校 長であ る。
こ の場 合に は,
裁 判 所か ら,
教育禁 止さ らには施 設の閉 鎖が命 じら れること も あ り うるの で,
か な り厳しい 規定で あ る と言え よ う。 し か し, 項 も 項 も,
刑罰は拘 禁刑6
月,
罰金5
万フ ラ ンとかなり軽いe もっ とも,
市役 所への届 出違反が罰金 1 万フ ラ ンであ るの と比べ ると,
それほど軽い とも言えない。 親に し て も校長に し て もt た とえ短期で あっ ても拘 禁刑 を科さ れ る場 合に は か なりの ダメー
ジを 受 ける であろう。
第 227−
17−
2条 〔法 人の刑 事責任〕 法 人は,121−2
条に定め る条件の下で,227 −17−1
条 項に定め る犯 罪に つい て, 刑事 責任 を 言い渡 され る。 法人 に科され る刑罰は次のとお り。 1° 罰 金 。 た だ し131−38
条に定 め る方 法によ る。
2° 131−
39 条の 1° ,2 °,
4e , 8 ° ,9
°に定める刑 罰Art227 ・
17−2
】
Les
Personnes moralespeuvent
etre
d6clar6es
responsables P6na 且ement
,
dans
les
conditionspr6vues par
1
’article121 −2,
de
1
’infraction
d6finie
au second alin6ade
1
’artiCle227 ・
17−1.
Les
Peines encourues parles
Personnes moralessont :
1
°L
,amende , suivant
les
modalit6s pr6vues par
1
,artide131
−38
;20
Les
peines 皿 entionnees aux lo, 20,40,80
,
et
90de
rarticle
131r39
.
【参照条文】 121
−
2条 (法人の 刑 事 責 任 ),
131−
38条 (法人 に適 用 さ れ る罰金 の額〉,
131−
39条 (法 人に対 し て法律上 適 用で きる特 別の刑 罰 ) 就 学 義 務 強 化 法6
条 (市 役 所へ の届 出 違 反=
罰 金 1万フ ラ ン) (前 掲 )20世 紀 末フラン スにおけ る 子 ども保護立法 【本 条の趣 旨】
こ こ で法人 とい うの は
,
「227−17−
1条 項に 定 め る 犯罪 」の 文 言か らす れば,
学 校,
とくに 「契約の下に ない私 立 学 校 」 を意 味 するこ と になる。
すな わ ち,
「契約の下に ない私立学 校 」で,
その校 長 が 義 務 教育と同じ内容の授業 を 行 わ ない 場 合に は,
その学校は刑 事 貢 任 を問 わ れる。
場 合に よっ て は,
解 散 さ せ ら れ るこ と も あり うる ( 項〉。
(
2
)2000
年3
月6
日法 197号 (虐待防 止 発 見に関 する学 校 役 割 強 化 法)こ の法 律は
,
公衆衛生法典第二 部 第二編の 後に,
第二 の 2編と し て 「児 童虐 待 行 為の 予 防と発 見」を挿入 する法律 で あ る。L198−
1条は,
学 校 医が担 当 校で検 診をする と き に虐 待された子 ど もの事 例 を予 防し発 見する ことを 目的とす る こ とを 規 定し,
L198−
2条は,
小・
中・
高 校 生の時間 割の中に,
児 童 虐 待に関 す る情 報 を提 供 し関 心 を 喚 起 する時間 を設 けるこ と,
学 校,
家 族,
公的 部 門が協力 し て そ れ に あ た るこ と を規定 し て い る。
L198−3
条は,
こ の編を適 用 する 諸 条 件はデク レで決め る旨を定め てい る。
わ ずか3
条 し かな く,
し かも最 後のL198−3
条は法 律の委任に関 す るい わ ば 手 続 的 規 定 なの で,
実 質 的に は,
学 校 医が児 童 虐 待の発 見に努め ること,
学 校 内で児童 虐 待に関 す る 啓 蒙 活 動 を することの 2点 を 定め た もの と言え る (20
)。 しか も,
につ いて は既に学 校で同じよ うな 時 間 が 置かれてい る (21
)の で,
現 実 的には の実 行 を期待 する と こ ろ に新し さ があ る 法 律 とい うこ とになる。
本 法の 特 色の
一
つ は.
本法案は子 ど も国 会(Parlement des enfants)が提 案 した もの だ とい う と こ ろ に あ る。
子 ども国 会は.
子 ど もの権 利 条約が採 択 (1989年 11月20日 ) されてか ら5
年 後の1994
年,
フ ィリップ・
セ ガン国 民 議 会 議 長の イニ シアテ ィヴ に より毎 年 1回
,
パ リの ブル ボン宮 (国 民 議 会の建物 )で開催さ れ るこ とになっ たもの で
,
CM2
(小学校(enseignement primaire)の 中等科 (cours moyen )の 学 生)(日本でい え ば小 学 5年 生 >577人が集 まっ て自 分 達で法案
を 作 り審議する。 出来上がっ た法 案は
,
国民 議会,
元 老 院の 両 院で可 決 さ れ れ ばフ ランス国の法律と な る。
これま で に も3
つ の 法律(22)が立法化されて い るの で,
本 法は 4番 目の 立 法とい うこ と に な る。
1999年6 月5 日に 開かれ た第 6回
f
ども国 会は,
メ スニ ィユ・
シ ュ ル・
オジ ェ の公立小 学 校のCM1 〜CM2
の 生 徒た ちが作っ た法案 を 採 択した。
子 ど もた ち は 法案 提 出理由と し て次のように言っ てい る。
「私たちの ク ラ ス の何 人か の生 徒が
,
虐待さ れ た子どもにつ い て の とて もシ ョ ッキン グな新 聞記 事 を もっ て き ま し た。 よ く 調べ てみ る と,
そ うい う子 どもが た くさ んい ることに気がつ き ました。
しか も,
私た ち の ク ラスの何人 か は殴 ら れた り 家 か ら 放 り出された子ども を知っ て い ま す。
」「こ の問題 は深 刻です
。
な ぜ な ら,
虐 待 された子 ど もの大部分は あ え て話そ う と は し ない し,
暴 力は常に身 体 的 な も の とは限 ら ない か ら です。
し か も,
誰か が あ る子 ど もにつ いて疑い を もっ ても,
その 人は決して 確 実に そう だと はい え ないの で告 発 するこ と は難 しい のです。
」「そこで
,
私た ち は,
虐待された子 ど もたちに対して話 すべ き だ とい うこ とを意 識さ せ る こ と が 必要だ と考えまし た。
こ の話 題は もは や タブー
で はない ので すか ら,
学 校 で そ れにつ いて話すべ きです。
」(23) これ が小学 生の 文 章で ある こ と を考え る と,
フ ラ ン スの児 童 虐 待の状 況 は か な り深 刻で あ る。
子どもた ちの話題 に なっ てい るとい うことは,
そ の家庭で も話題に なってい る こ と が予 想 され るが,
既 に 日常 か な り頻 繁に事 件が報 道さ れ,
人々の 関 心 を引い てい る こ と に な る。 ま た,
子 ど もたちが,
被 虐 待 少 年が虐 待につ い て話そ う と し ない こ と,
そ し て 話すべ き だ と考えて い るこ と は,
児 童 虐 待の 問 題 点 を肌 で感じ てい るこ とを 示 し てい る。
日 本の 多 くの小 学 生 が こ こ ま で児童 虐 待問 題 を意 識し理 解 して い るか わか ら ない が,
興 味 深いの は,
フラン スの 子 ど も た ち が学 校の 中で 解 決しよ う と,
ある い は解 決で き る と考えて い る点で あ る。
(20
) 最 初の国 民 議会が提 出し た法 案に は,
資 金の手 当て につ い て税 法に関 する規 定 も 置かれてい た が,
後に削 除された
。
A .
N ,
Proposition
de
loi
, no 1797 (1999),
(21) A.
N.
,
Rapport,
no1998
(1999
),
p.
6.
(22
) 兄 弟 間・
姉妹間の 関 係 維 持に関 する 1996年 12月30
日法,
片親の ない子 ど もも家族 会 議に出 席で き るよ うにす る
1998
年5
月14
日法,
特に学 用 品購入にあ たり世界 中の子どもの権 利を尊重 するこ とを 促 進 す る
199
〕年6
月9
日法,
の3
つ で あ る。
最後の法律につ い て は,
本 稿 第三章で取り上 げる。
(23
)A .
N ,
op.
cit.
,
no1797,
p.
2.
一 133一
湘 南工科 大 学 紀 要 第
36
巻 第 1号 1999年 9月8 日,
子ど もたちが作っ た 法 案は,
子 ど もたちの町があるマ ル ヌ県か ら選 出 されたク ル ソ ン議 員に よっ て,
「被虐待少年を 発見し やすくするた めの法 」 案とし て国民 議 会に提出され た。
同 議員は,
議会に対する委員会報 告 の 中で,
第一
に,
虐 待 発見 に 関する体 制は従 来か な り整 備されて きたがま だ 改 善の 余 地が あ るこ と,
第二 に,
虐 待 発 見に関する学校の役割につ い て指 摘し てい る。第
一
点につ い て は,
まず 虐 待 発 見の手 段 を定め た法 律と し て1989
年7
月10
日法 を挙 げる。
同法は,
県 会 (cDnseil genera1)の 長が子どもの ため の社 会 活 動の主たる指 導 者とし て の 役 割 を確 認し,
県が被 虐 待 少 年に関 する情 報 収 集の 制 度を 設 置 す る義務 を負うことに し,
国の サーL
ヴィ ス としての 電 話 相 談 (SNArEM
)を創 設 したが, さ らに, 医 師 , 医 療 関 係 者,
ソー
シ ャル ワー
カー,
司 法 官,
教 師,
警察 関 係 者 な どに対 し,
そ れ ぞ れの職 務の 範 囲内で,
被虐 待 少 年に 応 対し,
適 切な処 置 をとれるよ うに,
初め か ら継 続し て研 修 (formation
)を受ける こ とを定め てい る (同法4
条 )。 こ の中 で直接虐待発見 に関係 するの は で あ る が (24),
そ の効 果は大き かっ た。 電 話とい う簡 単な手段は子 ども自身にも利用 可 能で,
1日に5000
件以 上の相談 を 受け,
平 均3000
件に つ き何 らか の処 置が行 わ れて い る。
1998年に は,
3
万 1843人 の子 ど もがSNATEM
に よっ て援 助 さ れて お り, 虐 待の種 類 は,60
%が 身 体 的 虐 待,15
% が 性 的 虐 待,25
%が 心 理 的 虐 待であっ た (25
)。 し か し,1989
年 法の その他の規 定は充 分に適用 されてい ない。
フ ラ ン ス における子 ど もの権 利に関 する調 査 委 員 会 は,1996
年に は約20
県で同法の定め る観 察シス テ ム が置か れ ていない と し てい る。 ま た,
職 員の研 修につ いて も,
規 則や訓 令は たくさ ん あ る の に,
充分 実 施されて お らず,
たと えば教師は児童 虐待に関 する研 修の必要 を強 く感じ る こ と が多い の に関 連 団 体に頼 ら ざ るをえ ない状 況にある と されて い る(26)。
その意 味で は,
児 童 虐 待に対 する政 策は ま だ 効果 を充分に発 揮 し てい ない ことにな る。もっ とも
1999
年9
月に 出 されたODAS
(Observatoire
national de1’
aciton socialedeCentralises
社 会 活 動 地 方 分 権 化 国 家観 察 局)の レポ
ー
トによれば,1994
年の同レポー
ト創 刊以来 初め て,
被虐 待 少 年の数が 1997 年の2
万1000
人か ら1998
年の1
万9000
人へ と減 少して い る (【表31
参照)。【表 3 】被 虐 待 少 年および要 保 護 少 年の 数 (A
,
N,
Rapport no 1998(1999), pp
.
9−
10か ら作 成)1995
年1996
年1997
年1998
年身 体 的 暴 行 (vio】ences physiques)
7000
7500
7
(X
)0
7
(X
)0
性 的虐 待 (飢)us sexuels )5500
6500 被 虐 待 少 年 重 大 な 怠 慢 (n691igen s graves) 7500 70005400
5300
心 理 的 暴 行 (vpsychologiques )1800
1700
(enfants maltrait 匍 計 21000 21DOO 1900D
要 保 護 少 年 (