追悼の辞
吉田貞夫先生は本年1月17日,忽然として逝去されました。生者必滅会者 定離は世の常とは申せ,停さにあらためて想いを馳せざるをえません。はや, あれから8ケ月余の月日が過ぎ去ろうとしています。 先生は大正13年6月,滋賀県にお生れになりました。昭和25年3月,同志 社大学文学部ご卒業後は郷里にあって,滋賀大学学芸学部(現教育学部)附属 中学校や彦根東高等学校に教諭として勤務されました。昭和28年5月,志を新 たにして渡米され,アトランタ大学大学院において,図書館学や図書館情報学 を修められました。学際的分野の開拓とその学問体系の構築に渡る情熱を傾注 されたのでした。帰国後しばらくは,再度,大阪の商業高等学校で教鞭を執ら れましたが,昭和34年4月,母校同志社大学文学部に転じられて研究生活に入 られました。 本学へは昭和49年4月末赴任されました。爾来15年余にわたり,学部およ び大学院において研究と教育に献身されました。この闇の昭和52年4月には, 管理科学科の情報組織論講座の設置に寄与されるとともに,自ら担当教授とし て草創期の同講座の充実と発展に貢献されました。 先生は広く学生に接し,多方面にわたって学生の指導に努められました。昭 和55年から6年間は就職委員として学生のために奔走されました。また少林寺 拳法部,自動車部,準硬式野球同好会の顧問教官として,多くの学生の心の支 柱となられました。先生の気さくでユーモアあふるるお人柄は,ときに学生の 心を和ませ,ときにかれらに勇気を与えたに相違ありません。 滋賀大学経済学会は先生の生前のご功績にお報いするたあ,本号を先生の追 悼号といたしました。ご遺徳をしのんで寄せられた学内外多数の縁の方々の労 作からなる一冊をご霊前に捧げ,つつしんで敬慕の情の一端を表わしたいと思います。先生の安らかなご冥福を心よりお祈りいたします。 平成元年9月