No. 59, pp.153 - 162, 2009 Ⅰ.はじめに 平成 20 年に改訂された中学校学習指導要領の社会科公民的分野に「現代社会をとらえる見方や考 え方の基礎として、対立と合意、効率と公正などについて理解させる」1)という記述が加えられた。 中学校学習指導要領解説社会編では、「国民の生活と政府の役割」において、「社会資本の整備、公害 の防止など環境の保全、社会保障の充実、消費者の保護など国や地方公共団体に任せた方が効率的で あったり公正であったりする問題」2)という解説の記述がある。 この記述からわかるように、「対立と合意」「効率と公正」は、制度や政策の形成にかかわる問題で あるが、特に、「効率と公正」は、制度や政策の選択や評価の方法として、公民的資質ないしは市民 的資質の育成にとって重要な見方や考え方である。 ただし、制度や政策を「効率と公正」で評価するといっても、考える方法を明確にしておかないと、 「……という点では効率的であるが、……という点では効率的でない」、「……という点では公正であ るが、……という点では公正でない」という議論ができるだけである。「効率と公正」を用いて、制 度や政策を選択したり、評価したりするためには、次のことが必要である。 第一は、効率と公正の意味と意義、それらの間の関係を明確にする必要がある。これらが明確でな いと、議論が混乱する。また、制度や政策に関して合意を形成するためにも、それらが必要である。 第二は、「効率と公正」の観点から、制度や政策を評価する具体的方法を示すことである。これに 関しては、アメリカの NCEE(National Council on Economic Education)の経済教育における意思 決定の方法が参考になる。NCEE の経済教育においては、意思決定のスキルを学ぶことが重視されて いる。これは、個人的な意思決定の方法だけではなく、制度や政策の選択や評価にも適用される。 NCEE のこのような意思決定の方法を「効率と公正」と関連付けることで、それらを考える方法を具 体的に示すことができる。 第三に、経済教育との関連で、「効率と公正」を教える場合の問題点を検討する。経済問題を解決 するための制度や政策を評価する場合には、「効率と公正」を経済的な見方や考え方とかかわらせな ければならない。特に、中等段階の教育の場で問題となるのは、経済的な見方や考え方と教育的な発 想との関連である。 本稿の目的は、このような問題意識に基づいて、「効率と公正」の概念にかかわる問題点を整理して、 それらをもとに、「効率と公正」の観点から、経済にかかわる制度や政策を評価する方法を考えること、 さらに、そのような経済教育における問題点を検討することである。 以下の第Ⅱ節では、効率の意味と効率にかかわる問題点を明らかにする。第Ⅲ節では、公正の意味
効率と公正を学ぶための経済教育
加 納 正 雄
Economic Education for Studying Efficiency and Fairness
と公正にかかわる問題点を明らかにする。第Ⅳ節では、「効率と公正」とかかわらせて、制度や政策 の選択の方法とその問題点を考える。また、NCEE の意思決定の方法を「効率と公正」の観点から検 討する。第Ⅴ節では、制度や政策の選択とかかわらせて経済的な見方や考え方と教育的な発想との関 係を考える。 Ⅱ.効率の意味と効率にかかわる問題 中学校学習指導要領には効率の定義または意味は書かれていないが、指導要領解説では、「まず「効 率」については、社会全体で「無駄を省く」という考え方である。すなわち、「合意」された内容は無 駄を省く最善のものになっているかを検討することを意味しているのである」3)と説明されている。 このように効率は「無駄を省く」ということであるが、無駄がないかどうかは、目的が決まっていな ければ、確認することができない。効率は、目的を達成することにおいて無駄がないことを意味する。 政策の効率を考える場合には、政策のインプットとアウトプットを考えなければならない。インプッ トは、投入する資源であり、具体的には、金銭的費用、時間、労力など失うものである。一方、アウ トプットは、目的、すなわち達成されるものであり、得るものである。「無駄を省く」という意味で の効率は、インプット(費用)とアウトプット(効果)の問題として捉えなければならない。効率的 な政策を選択するとは、費用対効果が最も高い政策を選択することである。このように、効率は目的 と手段の関係を問うもので、効率的とは、目的に対して最善の手段のことであり、最善とは、費用対 効果が最も高いものである。 ただし、効率的な政策を選択する場合には、次のような二つの問題がある。 第一に、政策のインプットやアウトプットは、必ずしも明確ではないことである。アウトプットに 関していえば、政策には達成すべき目的があるが、どのように目的を達成するかが問題になる。これ は、アウトプットの評価にかかわる具体的な評価基準として表わされるものである。したがって、効 率的な政策を選択するためには、これらの具体的評価基準を明らかにする必要がある。また、インプッ トに関してはいえば、制度や政策のインプットは、必ずしも明確ではない場合がある。例えば、罰則 や罰金を適用するような政策では、対象となる行為を監視したり、罰則を適用したり、罰金などを徴 収するための費用が必要になる。これらの費用を具体的に示すことは困難であるが、制度や政策を維 持するために必要な費用である。したがって、インプットを考える場合には、これらのことを考慮す る必要がある。 第二に、このような選択をする場合、インプットやアウトプットの相対的な重要性をどのように判 断するかという問題がある。すなわち、それぞれの政策は、異なるインプットとアウトプットの組み 合せで構成されるが、政策の効率性を評価するためには、それらのインプットとアウトプットの相対 的な重要性を判断しなければならない。それぞれのインプットやアウトプットの重要性は、個人の価 値観や価値判断に依存する。したがって、最善の手段を選ぶという意味での効率は、客観的に決まる ものではなく、個人によって判断が異なるものである。このように、効率に関する判断の相違は、前 提としている目的や価値判断の相違に起因するものである。 最善の政策を選択するためには、達成すべき具体的目的や評価基準を明示して、選択を考えること が必要になる。これらの評価基準は、一定の値で示される規準や、より高い、またはより低いほうが 望ましいというような程度の問題として表わすことができる規準となる。ただし、一定の値が必要に なる規準は、それが達成できない政策は選択肢にはならないために、政策の評価基準としては省略さ れるであろう。 NCEE の経済教育では、経済システムの社会的目的として、経済的自由、経済効率、経済的公平、 経済的安全、完全雇用、価格安定、経済成長などがあげられる4)。この場合の経済効率は、効率的資 源配分のことである。効率的資源配分とは、消費者の満足、すなわち経済学的に言えば効用を最大化
する資源配分のことである。したがって、この場合の効率は、消費者の満足を最大にすることが暗黙 の目的となっている。ただし、消費者が望むものの質や、必要な人の需要が満たされているかどうか は問われない。 このように、経済の場合には、効率という言葉で、効率的資源配分を意味することが多い。経済の 分野では、「効率と公正」の対立として取り上げられる場合の効率である。このような何らかの目的 を前提にした効率は、政策を選択する場合に、他の目的とトレードオフ関係になる場合がある。効率 と他の目的が対立するという場合には、効率が前提とする目的と他の目的が対立するのであり、最善 の手段を選ぶという意味での効率は目的にはならない。 Ⅲ.公正の意味と公正にかかわる問題 中学校学習指導要領では、公正の意味に関しての説明はない。指導要領解説では、「現代社会をと らえる見方や考え方」において、「機会の公正さや結果の公正さなど、「公正」には様々な意味合いが ある」5)と説明されている。したがって、公正の観点から評価するという場合には、さまざまな意味 合いを持つ公正を、具体的で明確な意味を持つ評価規準、すなわち人によって意味の解釈が異ならな い評価規準に分解する必要がある。 前述したように、NCEE の経済教育においては、経済システムの社会的目的が挙げられているが、 その中に、経済的公平(economic equity)が含まれている。経済的公平は、一般的には、取引のルー ルの公正にかかわること、および分配の公正にかかわることであるが、分配の公正を意味することが 多い。「効率か公平か」という場合の「公平」は、分配の平等を意味している。ただし、貢献に応じ た分配を公正とみなすか、必要に応じた分配を公正とみなすか、人によって考え方が異なるであろう。 また、費用などの負担の公正に関しても、所得に応じた負担を公正とみなすか、受け取るサービスに 応じた負担を公正とみなすか、人によって考え方が異なるであろう。 学習指導要領では「効率と公正」を考えさせる例として、「国や地方公共団体が果たしている役割 について考えさせる」6)がある。純粋な公共財の場合には、財・サービスの非排除性7)により、民間 企業が市場で供給することはできない。したがって、税金を財源として国や地方公共団体が供給する。 これは、市場が効率的資源配分に失敗する例であり、効率の観点から説明できる。しかし、準公共財、 すなわち、市場でも供給可能であるが、市場で供給するよりも、公的に供給する方が、社会的利益が ある財・サービスに関しては、公正も関係する。このような例としては、医療や教育などがある。こ れらは、必要に応じた供給の例である。公的に供給する場合には、消費者の需要に応じて供給すると いう意味での効率的資源配分は達成されないが、必要に応じて供給するという目的に対して最善の政 策が選択されていれば、効率的であるといえる8)。 最善の政策を選択するためには、公正に関する具体的な評価基準や目的は、その意味が明確なもの にする必要がある。特に経済に関する問題の場合、政策は分配に影響することが多い9)。それは、所 得の多い人と少ない人への影響の相違、生産者と消費者への影響の相違などである。したがって、公 正に関する基準も、より具体的な基準を設定して、誰がどのような利益または不利益を被るかがわか るようにする必要がある。上述した社会的目的は、制度の評価基準であるが、政策に関しては、それ ぞれの政策の評価や選択に適した評価基準が適用される。それぞれの政策において、公正にかかわっ てどのような評価基準が必要かを考えさせることが必要であり、また重要である。 ただし、このように「効率と公正」を具体的な評価基準として設定した場合には、多くの目的や評 価基準のなかで「効率と公正」だけを取り上げる意味はない。具体的な評価基準としての「効率と公 正」は多くの評価基準と並列的になり、「効率と公正」だけでは、制度や政策を評価することはでき ない。 したがって、「効率と公正」を取り上げる意味は、多くの評価基準の中で、二つだけを取り上げる
ということではなく、効率とは、手段(制度や政策)の選択にかかわる概念であり、公正とは、目的 や手段自体の価値にかかわる概念であると考えるべきである。すなわち、効率とは、最善の方法で目 的を達成することであり、公正とは、目的(結果)や手段自体が倫理的または道徳的に受け入れ可能 であるということである。これらは、政策の評価や選択において必ず考慮しなければならないことで ある。 なにが公正であるかに関しては、人によって考え方が異なる。しかし、このような公正に関する価 値判断は、個人的な意思決定の場合の価値判断(選好)とは異なる。制度や政策に関して合意を形成 するためには、公正に関して倫理的または道徳的な観点からの理由付けが必要になる。また第Ⅴ節で 述べるように、それらの価値判断は、社会や経済のあり方に影響を与える。このようなことを考えた 上での判断が必要になる。 公正は、法的権利または道徳的権利によって説明されることがある。前述した医療や教育を公的に 供給することを、権利の観点から主張することも可能であろう。公正は「正しい」という意味が含ま れるが、英語の権利と「正しい」が同じ right であることからわかるように、「正しい」と権利とは、 もともと同じ内容を意味している。ただし、この場合も、何が法的権利または道徳的権利であるかに 関しては、一致した意見があるわけではない。 公正を権利で考える場合も、諸権利の間で対立が生じる場合がある。この場合には、二つの考え方 がある。第一は、権利自体の重要性を比較して判断する方法である。他の一つは、権利を、その権利 がもたらす社会的利益、すなわち、経済学的にいえば社会的効用で判断する方法である。権利が対立 する場合には、その相対的重要性は、権利自体の重要性ではなく、社会的利益に与える結果から判断 される。権利をこのように考える場合には、公正を社会的利益という観点から判断することになる。 ただし、社会的利益をどのように評価するかは、個人の価値判断に依存する。また、公正は、社会的 利益という観点から、状況に応じて他の目的と比較される相対的なものとなる。したがって、社会的 利益のために、一部の公正が犠牲になることがある。逆に、公正を権利自体の重要性で考える場合に は、公正を守るために、社会的利益が犠牲になることがある。第Ⅳ節で述べるように、公正に関する 基準のこのような扱い方の相違が、効率的な政策(最善の政策)の選択方法の相違となる。 次に、公正を判断する対象は、二つ考えることができる。第一は、結果に関する公正である。すな わち、政策の結果(または評価基準)が倫理的に受け入れ可能でなければならない。第二は、政策の 結果に関係なく、政策自体が倫理的に受け入れ可能であるということである。これは、政策自体に対 する価値判断である。個人が政策を判断する場合には、これらは公正と関連する具体的な評価基準に 反映されなければならない。 Ⅳ.政策の評価・選択と「効率と公正」 政策の選択や評価に関しては、NCEE の 5 段階の意思決定(PACED モデル)が参考になる10)。こ れを「効率と公正」とかかわらせて検討する。 5 段階の意思決定は次のようにおこなわれる。 (1)解決すべき問題(Problem)を明らかにする。 (2)選択肢(Alternative)を考える (3)選択肢の評価基準(Criteria)を考える。 (4)選択肢と評価基準の関係を評価(Estimate)する。 (5)選択肢を選ぶ(Decision) これは、個人の意思決定だけではなく、制度や政策の評価にも利用される。この場合には、問題を 解決するための選択肢が制度や政策である。また、これらは、意思決定表として、選択肢と評価基準 の表を用いて表わされる。評価基準と選択肢の関係は、記号(プラスの評価の場合+、マイナスの評
価の場合-、無関係の場合 0)や選択肢の間での順位付けなどで表わされる。ただし、評価基準の重 要性が異なるために、この結果で単純に決めるわけではない。 このような政策の選択の方法と「効率と公正」の関係は次のようになる。効率は第Ⅱ節で述べたよ うに、最善の政策を選択することである。これは、費用対効果で最も優れている政策である。このよ うな政策を選択するためには、インプットとアウトプットに関する評価基準を明確にしなければなら ない。公正との関係では、目的や政策自体が倫理的に受け入れ可能かどうか、公正にかかわる具体的 で意味の明確な評価基準を設定する必要がある。これらの評価規準は、政策を選択する過程で問題が ある場合には、より具体的で明確なものにしたり、必要な評価規準を増やしたりする必要がある。 政策の選択または評価は、具体的な評価基準や目的をもとに結果と政策自体の価値を総合して選択 するものであるが、政策の選択と「効率と公正」の関係としては次のようなことが言える。 選択肢である政策がそれぞれの評価基準に与える影響は異なる。場合によっては、評価基準の間で トレードオフの関係が生じる。例えば、効率的資源配分と公平な分配のトレードオフが生じる場合で ある。この場合には、評価基準や目的の重要性に関して価値判断が必要になる。 前述したように、この場合の判断の方法は二つある。一つは、政策がそれぞれの評価基準を通じて 社会に与える利益を比較する方法である。例えば、公平な分配が低下することで、効率的資源配分が 改善される場合、前者の社会的不利益と後者の社会的利益が比較考量される。このように選ばれた政 策は、個人の評価において社会的に最善の選択であり、効率的な政策である。 すべての評価規準をこのように扱う場合には、社会的利益(社会的効用)を最大にする政策が、公 正と効率を満たす政策である。この場合、効率とは、より大きな社会的利益(アウトプット)を、よ り少ない費用(インプット)で達成することであるが、公正は、そのような社会的利益を構成する一 つの要素に過ぎない。公正を配慮して、結果として社会的利益を最大にしている政策が、効率的な政 策であり、公正を満たしているということになる。このような政策決定の方法は、経済学(厚生経済 学)的な発想に最もなじむものである。ただし、このような判断を、すべての人が合意するものとし ておこなう方法はない。社会的に最適な政策の選択は、社会的厚生関数のような、何らかの特定の価 値判断に基づいておこなわなければならない。 他の一つは、評価基準自体の重要性で判断する方法である。これは、評価基準自体の重要性に基づ いて、政策がその評価基準に与える影響で判断する方法である。例えば、公平な所得分配が満たされ ることが、効率的資源配分よりも重要であると判断する場合には、公平な所得分配の程度を低くする ことによって、いかに効率的な資源配分の程度が改善されても、そのような政策は選択されない。 いずれにしても、重要なことは、これらの評価基準、特に公正にかかわる具体的な評価基準に対す る考え方であり、第Ⅲ節で述べた問題にかかわる理解が必要である。これらの理解を基に選択をする ことが必要になる。 5 段階の意思決定(PACED モデル)は、個人が政策を選択する場合の方法を示している。ただし、 この方法の意義は、これを使用すれば、意思決定(選択)ができるということではなく、意思決定を する場合に考慮すべきことを明確にしているということである。 どの政策を選択するかは、個人の価値判断などに依存するために、個人によって異なったものにな る。したがって、政策の決定において対立が生じる。そして、政策を決定するためには、対立から合 意に至るプロセスが必要である。その前提となる作業として、どの点で対立しているかを明確にする ことが最も重要になる。また、対立を明らかにするためには、評価基準を、その解釈に関して個人間 の相違が生じないように、具体的なものにする必要がある。 Ⅴ.経済的な見方・考え方との関係 それぞれの個人が「効率と公正」を満たすとみなす政策は、個人の価値観や価値判断に基づき選択
することができる。ただし、すべての人が選択する政策が一致するとは限らない。このことは、学習 指導要領にある「対立と合意」に関係する。個人の価値判断による対立をいかに克服して、政策に関 して合意を形成するかという問題である。これは、交渉や討議、多数決による決定などの政治的プロ セスの問題となる。 ただし、本稿で問題にしていることは、個人のレベルでの制度や政策の評価の方法である。「効率 と公正」に対する正しい判断や十分な理解がない場合には、政治的プロセスでの「対立と合意」は、 単なる利害をめぐる対立と妥協としての合意でしかないであろう。また、教育の場で重要なことは、「効 率と公正」に対する理解や、それらを基にした思考訓練である。 対立が生じる原因としては、5 段階の意思決定との関連では、二つのことが考えられる。第一は、 評価基準の重要性に関する価値判断の相違である。第二は、選択肢である政策が評価基準に与える影 響に関する見解の相違である。これらの対立に関しては、経済に関する政策であれば、「効率と公正」 を経済的な見方や考え方とかかわらせて考える必要がある11)。そうでないと、「効率と公正」が道徳 的な説教や理想論に陥り、社会に対する見方や考え方にはならないからである。このような問題に関 して、いくつかの点を指摘する。 第一の点に関していえば、経済的な見方や考え方が必要になる理由として、経済と倫理の関係があ る。政策の選択における対立の原因としては、評価基準の重要性に関する価値判断の相違がある。こ の場合、個人的な問題の意思決定と異なり、制度や政策の選択の場合には、価値判断の倫理的または 道徳的基礎を考える必要がある。すなわち、経済の在り方は、人々によって倫理的に受け入れ可能で あるとして、支持されなければならない。しかし、一方で、これらの倫理的な判断は、経済活動を可 能にするもの、経済を機能させるものでなければならない。また、このような倫理的な判断自体が経 済の発達によって変化するものである。 例えば、前述したように、公正な分配としては、貢献に応じた分配を公正とみなすか、必要に応じ た分配を公正とみなすかは、人によって異なるであろう。これらは、価値観や価値判断に依存するが、 一方で、貢献に応じた分配や必要に応じた分配は経済の機能にも影響を与える。貢献に応じた分配が 否定されれば、市場経済は機能しなくなる。一方で、必要に応じた分配が考慮されず、所得格差が大 きい場合には、社会の維持が困難になろう。このために、現実には、二つの分配方法が考慮されてい るのである。 第二の点、すなわち、選択肢である政策が評価基準に与える影響に関しては、経済学の理論に関す る理解が必要になる。ただし、選択肢である政策と評価基準の関係に関しては、多くの前提に依存す るために、経済の専門家の間でも見解の相違がある場合がある。対立点を明らかにするためには、そ れらの見解の相違が、どのような前提の相違に基づくかを明確にする必要がある。 政策が評価基準に与える影響を考える場合、経済的な見方や考え方として重要なことは、社会の出 来事が相互依存関係にあるということである。政策の結果を考える場合、社会の出来事の相互依存関 係がもたらす副次的な効果、すなわち、ある出来事が他の出来事を誘発するような場合や、それによ る短期的な効果と長期的な効果の相違から、政策の意図は単純に結果に反映されないことがある。 このような例としては、市場価格の規制をあげることができる12)。例えば、価格の上昇を抑制する ために上限価格を法律で決める場合がある。この場合には、需要量が供給量を上回り、すべての人が 上限価格以下で購入できるわけではない。また、闇市場がつくられ、その弊害が発生する。また、長 期的には、価格が低く抑えられるために、供給が増えないという問題がある。上限価格の例としては、 消費者金融の金利規制をあげることできる。 一方、価格が低下しないように下限価格を法律で決める場合がある。この場合には、供給量が需要 量を上回り、売れ残りが発生する。下限価格の例としては、最低賃金をあげることができる。不適切 な最低賃金を法律で決めれば、失業が増大したり、企業が海外へ工場を移転したりするということが 起こりうる。
消費者金融や労働市場に関しては、通常の財の市場と同じようには機能しないし、また、通常の財 とは異なる価値判断が働く。したがって、これらの政策の是非に関しては議論があるが、対立点を明 確にした上での判断が必要になる。また、これらは、単純に価格の規制だけでは問題が解決しないと いう例である。 政策が評価基準に与える影響に関しては、経済的な見方や考え方が必要になるが、一方で、中等段 階の経済教育では、他の分野の発想との関連が問題になる。すなわち、政策が評価基準に与える影響 は、経済学の理論に基づいているが、これは、一定の人間行動を仮定している。それらに関して、政 策的発想と教育的発想の相違が表れる。 経済学的発想は、政策的発想であり、個々人の価値観(及び行動)とその多様性を前提にして、結 果を求めるものである。この場合、経済学的発想の多くの政策は、経済的インセンティブを利用する。 これは「人間がどのように行動するか」を前提にしており、「どのように行動すべきか」ではない。 この場合の人間行動は、損得感情に基づいた行動であり、経済的インセンティブはそのような行動を 利用するものである。 一方、教育的発想では、人間の行動の意図が重視される。これは、教育では、特に日本的な教育論 では、人間形成または人格形成が重視されるからである。したがって、あるべき価値観や態度の形成 が重視される。すなわち、個々人の価値観や行動に影響を与えることが重視される。 人間の行動が、特に問題になるのは、個人の利益と社会の利益が対立する場合、いわゆる社会的ジ レンマと言われるような場合である13)。すなわち、個人が自分の利益を追求することが、社会の利益 を減少させるような場合である。これは、公共財や環境問題を扱う場合にあらわれる。 このような場合、経済学的発想の政策は、個人の行動が社会の利益になるように、経済的インセン ティブを変えることである。すなわち、正の経済的インセンティブ(報酬など)によって、社会の利 益を増加させる行動を促進し、負の経済的インセンティブ(税など)によって、社会の利益を減少さ せる行動を抑制しようとするものである。 一方、教育的発想では、このような場合、個人の動機自体を変えることが強調される。特に、政策 自体に、結果のよしあしとは別に固有の意義(例えば、動機の望ましさ)がある場合には、そのよう な政策が推奨される。これは、社会問題を人間の意識で解決しようとするものである。このような発 想は、社会問題を道徳的な問題(心の問題)として理解するものであり、教育的な説教になる。 経済的インセンティブを利用する場合には、インセンティブを維持するための社会的費用、すなわ ち、監視、報酬の支払い、税の徴収などの費用が必要になる。一方、人間の動機や行動を変えること による解決は、それらの社会的費用が要らないという利点がある。したがって、それが有効であれば (結果を達成すれば)、そのような解決方法が効率的であるといえる。ただし、経済に関する政策に関 しては、以下の二つの問題をあげることができる。 第一は、行為の意図と、その社会的結果は必ずしも同じではないということである。教育的発想と いえども、結果を無視しているわけではない。結果に関しては、行為の意図が単純に結果に反映され るという発想である。しかし、経済の場合には、個人の意図と社会的結果は必ずしも同じではない。 このことは、前述したように、政策の意図が必ずしも単純に結果に反映されないということと同じで ある。個人の行動は、他人の行動に影響を与え、それらの相互作用の中で、意図せざる結果が生じる ことがある。社会的な相互依存関係の中で、一つの出来事は、他の出来事を引き起こし、最初の意図 とは異なる結果を生じさせることがある。 これは特に大きな社会、すなわち行為の結果が直接に目で見ることができない社会では重要になる。 小さな社会、すなわち、仲間から構成される集団では、個人の行動の結果は、直接に知ることができ る。しかし、大きな社会では、個人の行為の社会的結果を知ることができない。個人の行動を動機で 評価することは簡単であるが、大きな社会では、それがもたらす行動が、社会の相互作用の中で、ど のような結果を生み出すかは、その意図とは別である。
指導要領では、「効率と公正」を考える例として、環境問題があげられている。環境問題の経済学 的解決は、個人が自分自身の利益を追求することを前提に、環境問題を解決できるように、インセン ティブを利用して、制度や政策を変えることである。この場合の個人の行動は、環境問題を解決した いという動機に基づく行動ではない。これに対して、教育的な発想では、個人が環境問題に関心を持 ち、環境問題を解決するための行動をとることが重視される。 例えば、エネルギーや水の使用量を減少させるためには、それらの自発的な行動を政策の選択肢と してあげることができる。これらは、環境を良くしたいという動機に基づく行動であり、社会的費用 も不必要であり、効果があるならば、もっとも望ましいということになる。 ただし、このような方法で解決しようとすると問題もある。第一に、エネルギーなどを、無駄な使 用をやめること以上に削減しようとすると、生活を犠牲にしなければならない。そのような犠牲をど こまですべきか、という問題である。第二に、そのような行為が目的に対してどれだけ効果があるの か、という問題である。エネルギーの使用を減らしても、財の購入という形で間接的な使用を増やし ているかもしれないのである。リサイクルなども、リサイクルによって節約できる資源や防げる環境 汚染があるが、逆にそれらによってエネルギーの消費の増加や新たな汚染が起こる可能性がある。第 三に、当然ながら、協力する人と協力しない人がいる。協力しない人は、いわゆるフリーライダーと して利益を得ることになる。教育の場では、環境に対する関心や問題解決の意欲を育てるということ が重視されるし、また、このような政策(行動)は他の政策と矛盾するわけではない。したがって、 否定されるものではないが、環境問題を解決するためには、制度や政策が重要であり、それらから目 をそらすものであってはならない。 第二は、人間行動と環境の関係である。すなわち、人間の行動は社会的な環境によって影響を受け るということである。 経済学の理論は、自己利益を追求する人間を想定している14)。ただし、現実の人間行動においては、 多様な動機が働く。人間行動には、経済的インセンティブだけではなく、道徳的インセンティブ(道 徳観や罪悪感)や社会的インセンティブ(名誉や恥)などが影響する。このように人間は、狭い意味 での自己利益だけで行動するわけではない。また、自分にとっての利益は必ずしも簡単にわからない。 近視眼的な目先の利益は、長い目で見れば、自己の利益にならないからである。したがって、賢い選 択が必要になるのである。これらは、NCEE の経済教育でも取り上げられている。ただし、どのよう な動機が働くか、どのようなインセンティブが有効であるかは環境との関係で考えなければならない。 多くの人が社会的利益を追求しない場合に、社会の利益を追求する行動を推奨することは、社会の 利益のために、自らの利益を犠牲にするという行動を推奨することになる。教育的な理想論としては このような説教は可能であるが、現実に、このような行動をとるものはまれであろう。したがって、 どのような環境であれば、どのような社会であれば、個人が社会的に望ましい行動をとるかを考える 必要がある。また、そのための制度や政策が必要になる。単純に個人の意識の問題にしてしまう議論 は、このような発想を排除してしまうのであり、教室の中だけの、現実から遊離した理想論になって しまう。社会の問題を個人の行動だけでは解決できないために、制度や政策が必要になる。また、こ のような発想こそ、社会を見る目である。 しかし、一方で、教育の場では、政策論的な発想だけで十分というわけではない。政策論では結果 (有効性)が重視される。しかし、政策論と異なり、教育的な発想の中では、結果だけが重要だと言 うわけではない。教育の場においては、考えるための訓練や、思考力や判断力、また自己の価値観や 価値判断を見直すことが重要になる。したがって、理想を追求することは必要である。しかし、これ は、社会の現実を見る目のうえに築かれなければならない。
Ⅵ おわりに 本稿では、「効率と公正」とかかわらせて、制度や政策を選択または評価する方法を検討した。重 要なことは、「効率と公正」の意味と意義を明らかにすることであり、それらを反映した具体的な評 価基準を示して、制度や政策を選択することである。これらの選択は、人によって異なるが、この方 法によって、政策の選択に関して、どの点で対立しているかを明らかにすることができる。これは、 政策が評価基準に与える影響に関する見解の相違か、評価基準の重要性に関する価値判断の相違であ る。これらを明らかにすることは、「対立と合意」を学ぶための前提となるものである。また、この ような選択を通じて、経済的見方や考え方を学ぶことができるし、制度や政策の選択と価値観や価値 判断の問題は切り離せない、ということを学ぶことができる。 本稿では、このような考え方を整理し、問題点を明らかにした。ただし、これらは授業で教える内 容というよりも、考え方の問題であり、むしろ教員の意識の問題である。これを授業の中にどのよう に反映するかは、今後の検討課題である。 註 1 ) 『中学校学習指導要領』p.42 2 ) 『中学校学習指導要領解説 社会編』p.103 3 ) 『中学校学習指導要領解説 社会編』p.102
4 ) 社会的目的に関しては、Saunders,P., and Gilliard, J., ed.,(1995) pp.44-48 参照。なお、これは経済システムの社 会的目的であり、政策では、それに適した目的ないし評価基準が必要である。 5 ) 『中学校学習指導要領解説 社会編』p.102 6 ) 『中学校学習指導要領』p.43 7 ) 料金を払わないものを技術的に排除できないという財・サービスの性質。 8 ) 医療や教育に関しては、情報の非対称性など、通常のサービスとは異なる問題がある。すなわち、これらのサー ビスに関しては、供給者は十分な情報を有しているが、需要者は、それらに関して十分な情報を得ることが不 可能だという性質がある。したがって、効率の観点からも、市場が効率的資源配分を達成できるかどうかに関 しては問題がある。 9 ) 経済の場合、公正にかかわる問題は、交換の正義と分配の正義の二つである。交換の正義は、取引のルールの 公正さにかかわるものであり、効率的資源配分の必要な条件となる。「効率と公正」のトレードオフを問題にす る場合の公正は分配問題と関連している。
10) Saunders,P., and Gilliard, J., ed.,(1995) pp.4-7 参照。
11) NCEE では、K-12 レベルでの経済的見方や考えが体系化されている。これに関しては Saunders,P., and Gilliard, J., ed.,(1995)と NCEE(1997)を参照。なお、経済と倫理の関係に関しては Wight B. J., Morton J. S.,(2007) を参照。 12) これも「国民の生活と政府の役割」における「市場の働きにゆだねることが難しい諸問題」(『中学校学習指導 要領』p.43、『中学校学習指導要領解説 社会編』p.103)の例である。 13) 社会的ジレンマにおけるインセンティブと動機付けの役割に関しては、山岸俊男(2000)を参照。 14) ただし、これはルールを守ることを前提にしている。市場経済では、このような自己利益の追求が、一定の条 件の下で、最適資源配分という社会的利益をもたらす。したがって、最適資源配分は、ルールを守るという公 正が維持されていることが前提になっている。 参考文献
[ 1] Dick J., Blais J., Moore P., (1996) Civics and Government Focus on Economics, NCEE
[ 2] Heyne, P., (1998) "Are Economists Basically Immoral?" and Other Essays on Economics, Ethics, and Religion, Liberty Fund Indianapolis
[ 3] McCorkle S., Meszaros B. T., Odorzynski S. J., Schug M. C., Watts M., Horwich G., (2001) Focus Economic Systems, NCEE
[ 4] 文部科学省(2008)『中学校学習指導要領』東山書房
[ 5] 文部科学省(2008)『中学校学習指導要領解説 社会編』日本文教出版
[ 6] NCEE(1997), Voluntary National Content Standards in Economics, NCEE, 『スダンダード 20』翻訳研究会訳 (2000) 『経済学習のスタンダード 20 21 世紀のアメリカ経済教育』消費者教育支援センター
[ 7] Saunders,P., and Gilliard, J., ed.,(1995) Framework for Teaching Basic Economic Concepts with Scope and Sequence Guidelines K-12, NCEE
[ 8] Sen A., (1987) On Ethics and Economics, Blackwell, 徳永澄憲・松本保美・青山治城訳『経済学の再生―道徳 哲学への回帰』麗澤大学出版会、2002
[ 9] 塩野谷裕一(2002)『経済と倫理 福祉国家の哲学』東京大学出版会
[10] Wight B. J., Morton J. S., (2007) Teaching the Ethical Foundations of Economics, NCEE [11] 山岸俊男(2000)『社会的ジレンマ』PHP 研究所