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長編小説 Uno, nessuno e centomila の成立過程についての一考察 長編小説 Uno, nessuno e centomila の成立過程についての一考察 2 人の登場人物 ミケリーナとアンナ ローザ から推測できること 斎藤泰弘 0. ピランデッロの最後の長編小説となる Uno

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長編小説 U

no, nessuno e centomila

成立過程についての一考察

─2 人の登場人物(ミケリーナとアンナ・ローザ)から

推測できること─

斎藤泰弘

0.

はじめに:問題のありか

ピランデッロの最後の長編小説となる Uno, nessuno e centomila1(以後 Unc と

表記する)は、すでに 1910 年頃から構想され、その後のインタビューの中で、 近く出版するという予告が何度もなされたが、実際には 15 年もの長い間、 出版に漕ぎ着けることができなかった。だが、彼が本格的に演劇活動を始め て、ムッソリーニの支援で設立されたばかりの、ローマ芸術座の舞台監督と して多忙を極めていた 1925 年の末になって、ようやく遅ればせながら文芸 雑誌 Fiera Letteraria(以後 FL 版と表記する)に連載されて完結を見る(12 月 から翌 6 月まで 27 回の連載)。 この小説には、彼のそれ以前のさまざまな短編や劇作品と類似した箇所が 1 脇功訳『ひとりは誰でもなく、また十万人』河出書房新社、1972 年。原題は「人は皆1つ の顔を持っていると信じているが、本当はのっぺらぼうの顔でもあり、数多くの他人の顔で もある」という意味だが、日本語で簡潔な題名として表現することが、筆者にはむずかしかっ たので、やむなくイタリア語表記のままにした。これは多重人格や人格喪失という精神的危 機に陥った主人公モスカルダの苦悩の精神的冒険を描いた悲喜劇であるが、その裏には西欧 の伝統的な人間観に対するピランデッロの異議申し立てが隠されている。西欧キリスト教社 会では、古代末期のボエティウスの定義に倣って「人格とは、理性的本性を持つ不可分の実 体である Persona est rationalis naturae individua substantia」と考えられてきた。つまり、人間は、 それぞれが固有で、不可分で、統一的な人格を持っていて、もしそのような人が多重人格や 人格喪失の現象を示したとすれば、それは(近代以前においてはだが…)悪魔や悪霊に憑依 されて、理性を失った譫妄状態にあるからだ、ということになる。ピランデッロはこのよう な正統的な人間観に異を唱えて、人間の「理性的本性」は、澄明な水鏡のように見えても、 その水面下には得体の知れない欲動がうごめくカオスの世界がある、という近代的自我のド ラマを創造した。それが「素顔の仮面 maschere nude」という劇作群である。

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数多く認められることから、ピランデッロ研究者たちは、当初これらの作品

からの「自己盗用 plagi da se stesso」(TR1: XLIX)という観点からこの小説を

眺めることが多かった。ところが、このような見方を 180 度変えたのが、ジョ ヴァンニ・マッキア監修のモンダドーリ版 Tutti i romanzi, voll.2(1973)である。 その注解を担当したマリオ・コスタンツォは、他の作品とのきわめて詳細な 対照を通して、逆にこの小説の自筆草稿(1915 年頃の執筆、以後〈MS-1915〉 と表記する)が母体となって、そこからさまざまな短編小説や劇作品(とり わけ 1922 年の『エンリーコ四世』の科白)が生まれたことを証明した。つ まり、さまざまな短編から必要な材料を集めて作り上げた長編小説ではなく、 長い間さまざまな短編に材料を提供し続けた末に、最後になってようやく自 分の出版に漕ぎ着けた小説だったわけである。 だが、この自筆原稿を中心に据えて解釈するようになると、新たに 2 つの 厄介な問題が生じる。その第 1 は、この自筆草稿〈MS-1915〉だけでなく、 それ以前のいくつかの草稿から由来したと思われる「残欠紙葉 foglietti rifiu-tati dall’Autore」が 20 枚ほど残っている。そこで、この最後の草稿とそれ以 前に存在したはずの草稿群との関係が問題になる。この〈MS-1915〉以前に はいったい何種類の草稿があって、それらがどのような変遷を経て、この最 終草稿にまで至ったのか? 第 2 の問題は、この〈MS-1915〉と 1925 ∼ 6 年に連載された FL 版で対照 できるのは、第 5 巻 4 章(〈MS-1915〉42 章)の途中までで、それ以後のほ ぼ 3 分の 1 に当たる重要な部分については、草稿がまったく存在しないこと である。この FL 版でしか見られない後半の山場の部分は、いったいいつ頃 に執筆されたのか? つまり〈MS-1915〉以後の断崖にどのような仮説の橋 を掛けたなら、最後の FL 版まで歩いて渡れるのか、という問題である。 第 1 の問題については、残欠紙葉に登場するミケリーナという女性が、 〈MS-1915〉に至る過程でどのように変貌したのかを再構成することによっ て、さまざまな草稿群の順番を、ある程度まで推定できるように思う。第 2 の〈MS-1915〉から FL 版に渡る橋が途中で途絶している問題については、 ピランデッロの息子ステファノが Unc の連載初回(1925 年 12 月)に、父親 に見せないで─つまり父の許可を得ないまま─掲載した「父の作品への

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序文」からおぼろげながら推測されることと、FL 版の第 7 巻以降に登場す るアンナ・ローザというヒロインの描写を手懸かりにして、その執筆時期が いつ頃で、登場人物のモデルが誰だったのかを推定してみたい(ただし、こ ちらの方は状況証拠による推定なので、1 つの仮説として提示するしかな い)。 1. 1 初期構想におけるミケリーナ像 まずミケリーナという登場人物について。彼女の名前は、連載された FL 版では 1 度だけ現れる。それは小説の第 1 巻 3 章で、主人公のモスカルダに 向かって妻のディーダが「ねえ、ジェンジェ、昨日ミケリーナがなんて言っ たか聞いてる? クヮントルツォが、至急あなたに話したいことがあるんで すって。」(ジェンジェは主人公の愛称、クヮントルツォは、亡くなった父親 の部下で、現在、父の銀行を切り盛りする頭取の名前)。この言葉は、妻の 女友だちのミケリーナとクヮントルツォがなんらかの近しい関係にあること を示唆するが、その後、小説では彼女への言及が一切なく、小説の舞台から 消えている。ところが、残欠紙葉には、彼女の挿話が何度も出て来るのだ。 だが、この問題に行く前に、1 つの疑問に答えておく必要がある。〈MS-1915〉 以前の草稿群の中で、テーマの類似した残欠紙葉だけが現在まで残っている のはなぜか、という疑問である。それはおそらく、この問題の箇所を執筆し た際に、その内容をさらに発展させる新たな萌芽があることに気付いて、そ こで次の草稿で書き直す時の参考のために取っておいたのではないか? つ まり、岩に塞せかれて次々と同じ箇所に溜まる落ち葉のように、その箇所の紙 葉だけが残ったのではないかと推測できる。しかも、その内容が次第に成長 する過程は、生命体の進化過程と同じで、どうやら不可逆過程のようである。 というのは、生命体は単純なものから複雑なものへと進化し、次いで単一体 から複数体へと分裂発展するが、その逆の現象は見られないからだ。このよ うな基準で残欠紙葉を分類してみると、まず最も早い段階で書かれたと思わ れる紙葉が 2 種類ほどある。その 1 つは f. 86 で、そこには章番号と題名が 付いている。この紙葉をとりあえず〈MS-1〉として、その内容に〈MS-1/A〉 の符号を付けておく。

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〈MS-1/A〉:16.ミケリーナ 彼女が持ちたいと願っていた自分にとっての現実。そ れは本当に 1 つだけだったのか? 彼女にとっても現実はこれしかなかったのか?  彼女があれこれの人と結んでいる関係に応じて、またその時々に自分自身と結んで いる関係に応じて、その現実が変化することはなかったのか? 昨日のミケリーナ が好きだったことが、今日のミケリーナには好きでなくなるようなことは、まった く起こらなかったのか? 実際には何度もあったはずだ! かつてそのようなもの が好きだったとは、今の彼女にはなんという驚きだろう! それなのに彼女は、当 時の彼女と今の彼女が同一のミケリーナだと思い込んで、何の疑いも抱かないでい る。どうしてそのようなことが? なぜなのか? なぜ同じミケリーナがあの彼女 やこの彼女になりえたのか? 異なった状況や異なった人間関係に置かれたなら、 さらにどれほど多くのミケリーナになったことだろう。(f. 86; その原文は TR2: 1111) ここで述べられている「現実」とは、状況や人間関係が異なると、それに応 じて無意識のうちに変容する自己意識のことを指す。つまり、各人は常に変 わらない首尾一貫した個性を持つと思い込んでいるが、現実にはその人間性 は状況や相手に応じて無意識に変化しているので、したがって 1 人の人間の うちには数多くの異なった人格が潜んでいるという考察である。 これと同じく初期に属すると思われるもう 1 つの残欠紙葉は、ff. 902 -91-92-93 である。ここでは、ミケリーナの素性が詳しく語られている。彼女は、 前述のクヮントルツォの姪に当たる女性で、両親がともに早く亡くなったた めに、老齢で独身の叔父クヮントルツォの家に同居している(FL 版で暗示 された 2 人の関係が、この残欠紙葉によって初めて明らかになる)。しかも 彼女は 27 歳の独身女性だったが、3 歳ほどサバを読んで、自分は 24 歳だと 触れ回っていた。しかも彼女はモスカルダと結婚したかったのだが、ディー ダに先を越されて、彼女の夢は実現しなかった。この紙葉グループ ff. 90-91-92-93 を〈MS-2〉として、f. 91 から始まるミケリーナの章に〈MS-2/B〉の符 2 Costanzo は注(TR2: 1111-1113)で、f. 90 と ff. 91-92-93 を別物として区別しているが、むし ろ一続きのものとして扱うべきである。というのは、f. 90 の末尾の文が f. 91 の冒頭の文につ ながっているからだ。(f. 90) Via, via, non mi fate ripetere sempre la stessa / (f. 91 → ) cosa, e pensate al vostro vicino di casa.// 17. Michelina…。ただし、f. 90 は理論的な考察であり、f. 91 からはミケリー ナについての具体的な話が始まるので、内容的には大きな落差がある。

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号を付けておこう。 〈MS-2/B〉:17.ミケリーナ 彼女は僕の最初の犠牲者だった。つまり、他人の抱い ているモスカルダ像を破壊する実験のために選ばれた最初の犠牲者だった。 彼女の心の中にも彼女なりのモスカルダ像がある。モスカルダの幻影、幽かで儚 い幻影が。たぶん彼女は、いつの日か自分のためにその幻影を現実のものに、つま り、自分の夫という現実にしたいと願っていたはずだ。かわいそうなミケリーナ!  別の女性[ディーダ]が僕を夫にしてしまい、彼女の欲求は流れて遠くにかすみ、 彼女が僕の幻影に与えようとしていた現実は、影が薄くなってしまった。でも、彼 女が抱いていた幻影だけは、そのまま持たせておいてよかったかもしれない。とい うのは、彼女は本当に善良な女性だったので、たぶん彼女が心に抱いていたモスカ ルダ像も善良なものだったと思われるからだ。だから、たとえ時おり彼女の脳裏や 目の前を僕が横切っても、長く心に残るような影を落すことはなかったはずだ。(f. 91; その原文は TR2: 1111) さらにピランデッロは ff. 92-93 で、ミケリーナについて次のように述べて いる。「彼女が自分の年齢を 24 歳と偽っていたのは、間違いなく 3 歳年上の 男性と結婚したかったからだ。だが、それ以外のすべてについては、3 歳年 下の人生どころか、おそらくまだ人生というものを本当に味わってはいない のだ。かわいそうなミケリーナ!」(f. 93; その原文は TR2: 1112)。3 歳年上の 男性というのは、間違いなくモスカルダのことを指している3。そして、「善 良な」ミケリーナに対する深い同情と優しさの裏には、結局、彼女と結婚し ないでしまった彼自身の罪の意識が隠れているようである(このミケリーナ のモデルとなったと思われる女性については、第 3 章で述べる)。 さらにこの「17.ミケリーナ」の章に続いて、「18.きわめて重要かつ不 可欠な脱線」の章が来る。これを〈MS-2/C〉としておく。 〈MS-2/C〉:18.きわめて重要かつ不可欠な脱線 僕はどんな権利があって彼女の ことを話しているのか? 僕が今心の中で生命を与えているミケリーナは、何年も 3 モスカルダは第1巻1章で、自分は 28 歳だと言明しているので、ミケリーナの自称 24 歳 より4歳年上に見えるが、それはすでにディーダと結婚した後での言明である。したがって、 もしその前年に彼がまだ結婚していなかったとしたら、その時モスカルダの年齢は 27 歳で、 ミケリーナも同じ 27 歳、そして彼女は 24 歳と詐称していたから、世間的にはちょうど 3 歳 の年齢差ということになって理にかなう。

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前に自分で生きていたミケリーナと同じ人物なのか? 僕は彼女についてなにを 知っているのか? 僕はなにも知ることができないのだ。  僕は、当時彼女を見ていたように、現在も彼女を見ているが、それは外側からだ。 しかも、もちろん僕の心の中で、僕なりの見方で彼女を見ている。これはどのよう なミケリーナか? それは僕のミケリーナ、僕が抱く 1 つのミケリーナ像なのだ。 もし彼女がそれを見たとしたら、たぶん彼女は、自分とは似ても似つかない別人だ と言うだろう。(f. 93; その原文は TR2: 1112) これは〈MS-1/A〉とは逆に、モスカルダの抱いているミケリーナ像が、彼 女の自己意識とかけ離れていること、つまり人間認識の相対性について述べ たものだが、それでは内容が互いに異なっていて、重なる部分のない〈MS-1〉 と〈MS-2〉を、時間的な遠近法で眺めるにはどうしたらいいだろうか?  それは重なり合う題名と、その章番号の違いに着目することである。〈MS-1/ A〉の章は「16.ミケリーナ」であり、〈MS-2/B〉は「17.ミケリーナ」となっ ている。したがって、〈MS-1/A〉を含む草稿は、〈MS-2/B〉を含む草稿より 早い時期に執筆されており、この第 2 草稿の段階で新たな章が挿入されたた めに(f. 90 に「16.発見」の尻尾の部分がある)、その章番号が 1 つずつズ レたことになる。 もう 1 つ注目すべきは、この〈MS-2〉では、ミケリーナの身の上話であ る「17.ミケリーナ」(MS-2/B)と、彼女を例に挙げながらも、人間認識の 相対性についての一般化した考察である「18.きわめて重要かつ不可欠な脱 線」(MS-2/C)の 2 つの章に分裂して発展したように見えることである。こ のことも両者の時間的な前後関係を傍証してくれるはずである。 1. 2. 初期構想におけるミケリーナ像の展開 残欠紙葉の中で、前章で取り上げた 2 つの初期紙葉〈MS-1〉と〈MS-2〉 の次の段階に来ると思われるのは、ff. 116-117 である。これを〈MS-3〉とす る4。ここでは前の章で取り上げた内容がほぼそのままの形で合流している と同時に、新たな要素も付け加わっている。だが、ここには大きな問題もあ る。それは、この 2 枚の紙葉には、章番号も題名もないので、〈MS-2〉の「ミ ケリーナ」の章と「きわめて重要かつ不可欠な脱線」の章のどちらに属する

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のかが判然としないことである。 だが、この疑問を解く糸口もないわけではない。それは残欠紙葉 f. 116 の 最初の行へと続いていたはずの、失われた紙葉 f. 115 の最後の行が、最終草 稿〈MS-1915〉のどこにあるかを探してみることである。すると一語一句正 確に当てはまる文が見つかるが、この最終草稿の段階では、それまでの主人 公ミケリーナが完全に消えて、その名前が、卑しくて貧しい中年男のマルコ・ ディ・ディオとその妻ディアマンテに変更されている。しかし、この名前の 変更を除けば、失われた紙葉 f. 115 を復元した〈MS-3〉の内容は、以前の 2 種類の残欠紙葉〈MS-1〉と〈MS-2〉の内容と完全に重なっており、しかも それまでになかった新しい内容─〈MS-3/D〉と〈MS-3/E〉─も見られ る(失われた紙葉 f. 115 とほぼ同じ内容の〈MS-1915〉の箇所を斜体で記す。 その原文は TR2: 1084-85)。 〈MS-2/B〉⇒〈MS-3/B〉:(f. 115)[…]「28. すべての人にとって 1 度は不可欠な脱線  マルコ・ディ・ディオとその妻ディアマンテは(もし僕の記憶が間違っていなけれ ばだが)僕の最初の犠牲者になるという不運に恵まれた。つまり、他人の抱いてい るモスカルダ像を破壊する実験のために選ばれた最初の犠牲者だった。  〈MS-2/C〉⇒〈MS-3/C〉:だが、僕はどんな権利があって他人のことを話してい るのか? 僕の外にいる他人について、僕がここで声と姿を与える権利があるの か? 僕は彼らについてなにを知っているのか? 僕は彼らについてなにを話すこ とができるというのか? 僕は彼らを外側から、もちろん僕にとって彼らがそう見 4 Unc の残欠紙葉の整理とその執筆年代推定を試みた論文としては、Pestarino: 442-465 がある。 現在問題にしているミケリーナ残欠紙葉に関してだけ言うと、彼女は、筆者の〈MS-1〉を最 初期の redazione A: 1912 ca. とし、〈MS-2〉と〈MS-3〉を redazione B: 1913-14 ca. として同じ時 期のものと推定している。だが、筆者がこの章で示したように、〈MS-1〉と〈MS-2〉の両者 の内容が〈MS-3〉に合流しているだけでなく、それまでになかった新しい内容がそこに付け 加わっていることから、〈MS-3〉は明確に〈MS-2〉の次の時期に属するものとして分類すべ きである(後で示す図1を参照のこと)。

  また蛇足ながら、彼のさまざまな短編と Unc の関係を考察した優れた論文として

Guglielmi-netti: 161-184 を挙げておきたい。この論考は、Unc を 1908 年の Umorismo(安保訳『諧謔精神』 は見事な訳語である)で確立された彼の芸術観を示す典型的な作品であると見なして、1908 年以降に同様の芸術観に基づいて書かれた短編グループとの関連を論じている。したがって、 ピランデッロ文学についての大掴みで有益な分析があるが、〈MS-1915〉とそれ以前の残欠紙 葉との関係や、それ以後の FL 版との関係についてはなにも触れられていないので、本論文に 限っては利用することができなかった。

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えるように彼らを見ている。[→ f. 116]つまり、彼らなら間違いなく、自分とは似 ても似つかない別人だと言うだろう。だから僕は、自分が他人の思い込みを嘆くの と同じ過ちを犯しているのではないか?  〈MS-3/D〉:もちろん小さな違いはあるよ。僕が上で話した思い込みのことだ。 人は皆、心の中で自分が何者かだと思い込んでいる。人は皆、自分があれこれの人 物であると思って、あれこれの自分を作り上げている。しかも本気で自分がそうだ と思っているし、自分自身にとってだけでなく、他人にとってもそのように見せて いる。自分があれこれの人物になりたいと思い、他人にも自分の望んでいる姿のよ うに見せようとするなら、必ずそのツケを払わされるだろう。このわれわれの「思 い込み fissazioni」というのは、本当にどうしようもない因果なものだ。  〈MS-1/A〉⇒〈MS-3/A〉:ミケリーナが持ちたいと願っている自分自身にとって の現実…かわいそうなミケリーナ! それは、彼女があれこれの女友だちと結んで いる関係に応じて変化しているのではないか? ミケリーナが、その時々に自分自 身と結んでいる関係に応じて変化しているのではないか? 昨日のミケリーナが好 きだったことが、今日のミケリーナには好きでなくなるようなことは、まったく起 こらなかったのか? 実際には何度もあったはずだ! かつてそのようものが好き だったとは、なんという驚きだろう! それなのに彼女は、[→ f. 117]当時の彼女 と今の彼女が同一のミケリーナだと思い込んで、なんの疑いも抱かないでいる。皆 さん、なぜ同じミケリーナがあの彼女やこの彼女になりえたのか? 異なった状況 や異なった人間関係に置かれたなら、さらにどれほど多くのミケリーナになったこ とだろう。  ミケリーナは、常にあれこれしかじかのままであったはずだと信じ込んでいる。 だが、彼女は常に同じ人間ではなく、その時々にあれこれの人間に変わりうるとい う、予測できない可能性に応じて、数多くの人間であったことを思い起こすべきな のだ。ミケリーナが昨日考えたり、喋ったり、行ったりしたことと、今日のミケリー ナの間には、どれほど多くの不可解な矛盾があることか。[f. 117 のこの斜体の段落 に相当する箇所は、他の残欠紙葉にも〈MS-1915〉にも見当たらない]  〈MS-3/E〉:記憶とは、われわれの心に夢のように残っている過去の現実の知覚に 他ならない。だから、われわれの今日の現実も、明日は夢となるだろう。(ff. 116-117 の原文は TR2: 1112) この〈MS-3〉の主人公は、以前と同じくミケリーナであるから、〈MS-1915〉 から借りて補った文の複数の主人公「マルコ・ディ・ディオとその妻ディア マンテ」を、女性単数の「ミケリーナ」に直すだけでいい。だが、この 〈MS-3〉で起こっている重大な出来事は、〈MS-2〉の「ミケリーナ」の章が、 「すべての人4 4 4 4 4 にとって 1 度は不可欠な脱線」の章に併合されていることであ る。こうして「脱線」の章は、完全に理論的な考察の章に発展して、ミケリー

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ナの挿話は完全に捨てられた。 以上で、現存する残欠紙葉 20 枚の中で、ミケリーナに関する 6 枚について、 それらが属していたと思われる初期草稿群の執筆順を推定した。それによれ ば、〈MS-1〉(f. 86) が最も早い時期に執筆され、次いで〈MS-2〉の ff. 91-92-93 が書かれ、そして最後に〈MS-3〉の ff. [115]-116-117 が作成されたという ことになる。そして、〈MS-1〉〈MS-2〉〈MS-3〉とも、まったく同じ主題のスター トする章(「16. ミケリーナ」と、「17. ミケリーナ」と、その合併章の[?]. 不可欠な脱線」)として一線に並んでいるが、それぞれの開始される紙葉番 号が次第に大きな数字に変わっているのは(f. 86 ⇒ f. 91 ⇒ [f. 115])、その前 の方に新たな章が挿入されたからであろう。したがって、それぞれの草稿が 執筆された時間的順序は、これによってある程度分る(これらの草稿の系統 図については図 1 を見られたい)。だが、個々の残欠紙葉が執筆された時期 の推定については、確たる証拠は見出せない5 図 1 ミケリーナ残欠紙葉(6 枚)の執筆順の配列 5 Pestarino, op.cit., pp.443-449 は、他のさまざまな作品との関連で〈MS-1〉を 1912 年頃、〈MS-2〉 と〈MS-3〉を 1913 - 14 年頃、そして〈MS-1915〉を 1914-15 年頃と推定している。筆者とし てはこの推定を否定する理由もないが、確信を持ってそれを肯定する根拠もない。

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2. 1915

年の最終草稿

ところが、少数の残欠紙葉と違って、最終草稿として大きなブロックをな す〈MS-1915〉については、間違いなく 1915 年頃に執筆されたという証言 が残っている。ピランデッロはこの草稿を書斎の机の上に置いて、自分の子 供たちに自由に閲覧させていたが6、マリオ・コスタンツォの伝えるところ では、「ことのほか信頼できる何人かの口頭証言によれば、著者は、1925 年 の少なくとも 10 年前には、これらの「紙葉 foglietti」を執筆していた」(TR2: 1063)とのことである。「ことのほか信頼できる何人かの証言者」とは、ピ ランデッロの 3 人の子供たちを指しているはずで、とりわけ長男のステファ ノは 1915 年 7 月 28 日に前線に出征しているので、その時よりも前に〈MS-1915〉は書かれていて、子供たちはそれを自由に読んでいたことになる(FL 版の最後の 3 分の 1 の部分が、その後いつ書かれたのかについては、いぜん 謎のままだが…)。その第 28 章「すべての人にとって 1 度は不可欠な脱線」 には、これまで見て来た残欠紙葉の内容がすべて盛り込まれており、しかも その後、1922 年の劇作『エンリーコ四世』に転用されるはずの文章も、そ の同じ箇所に載っている(この引用箇所は、1926 年の FL 版で注意深く削除 された)7。これまでの例に倣って、以前と同じ内容の箇所を同じ記号で記し ておく。 〈MS-2/B〉⇒〈MS-3/B〉⇒〈MS-1915/B〉:28.すべての人にとって 1 度は不可欠な 脱線。マルコ・ディ・ディオとその妻ディアマンテは(僕の記憶が間違っていなけ ればだが)、僕の最初の犠牲者になるという不運に恵まれた。つまり、他人の抱い ているモスカルダ像を破壊する実験のために選ばれた最初の犠牲者だった。  〈MS-2/C〉⇒〈MS-3/C〉⇒〈MS-1915/C〉:だが、僕はどんな権利があって他人

6 Stefano Pirandello, Prefazione all’opera di mio padre, in TR2: 1058.

7 ここで引用するのは〈MS-1915〉の該当箇所である。1925 - 26 年の FL 版では、この章の

中に 32. Caliamo un po’が挿入され(図2を参照)、さらに『エンリーコ四世』に引用された 箇所(TR2: 1085-6)が削除されているので(図1を参照)、残欠紙葉と完全には一致しなくなっ た。

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のことを話しているのか? 僕の外にいる他人について、僕がここで声と姿を与え る権利があるのか? 僕は彼らについてなにを知っているのか? 僕は彼らについ てなにを話すことができるというのか? 僕は彼らを外側から、もちろん僕にとっ て彼らがそう見えるように彼らを見ている。つまり、彼らなら間違いなく、それは 自分とは似ても似つかない別人だと言うだろう。だから僕は、自分が他人の思い込 みを嘆くのと同じ過ちを犯しているのではないか?  〈MS-3/D〉⇒〈MS-1915/D〉:もちろん小さな違いはあるよ。僕が上で話した思い 込みのことだ。人は皆、心の中で自分が何者かだと思い込んでいる。人は皆、自分 があれこれの人物であると思って、あれこれの自分を作り上げている。しかも本気 で自分がそうだと思っているし、自分自身にとってだけでなく、他人にとってもそ のように見せている。自分があれこれの人物になりたいと思い、他人にも自分の望 んでいる姿のように見せようとするなら、必ずそのツケを払わされるだろう。この われわれの思い込みというのは、本当にどうしようもない因果なものだ!  というのは、自分があれこれの人物になりたいと思うことはすぐにできる。だが、 問題はその後のことで、他人に向かってはその人物になったように見せられても、 自分自身に対して本当にそうなれるかどうかなのだ。その能力のない場合には、残 念ながらその意志は空しくて滑稽なものに見えてしまう。だが、このような場合、 われわれはその意志を救ってやるために、それに別の名前を与える。われわれはそ れを憧れと名付けるのだ。(…)[この斜体で示した段落に相当する箇所は、それ以 前の残欠紙葉には見当たらない]  [上の文に続いて、『エンリーコ四世』で引用したために FL 版でカットされた個 所が来る。その箇所の原文は MN2: 1161, 1163 を見よ]  〈MS-1/A〉⇒〈MS-3/A〉⇒〈MS-1915/A〉:君たちは他の人々と結んでいる関係や、 その時々に君たち自身と結んでいる関係に応じて、自分の現実がたえず変化してい ることに気付いていないのだ。[ミケリーナに関する話の部分をカットしたために、 行数が大幅に少なくなっている]  [上の文に続いて、『エンリーコ四世』で引用したために FL 版ではカットされた 個所が来る。その箇所の原文は MN2: 1165, 1167 を見よ]  〈MS-3/E〉⇒〈MS-1915/E〉:かつて君たちがなんらかの人物であったことの記憶や、 かつて君たちがしたことの記憶は、今では過ぎ去ってしまった現実として知覚され て、多くの場合、君たちには不可解な、まるで夢のような現実として残っている。 でも、別に驚くことはないよ。今日の現実だって、明日には夢のように思われるは ずだ、間違いなくね。 以上のように、ミケリーナ関連の残欠紙葉で語られていた理論的な考察は、 この〈MS-1915〉の「28. すべての人4 4 4 4 4 にとって 1 度は不可欠な脱線」という 一般化された章に取って代わられ、ミケリーナに関する物語は完全に削除さ

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れた。そして、それに代って語られるマルコ・ディ・ディオの挿話は、改め てその 33 ∼ 39 章(FL 版では第 4 巻 1 ∼ 7 章)で語られることになる(最 終草稿〈MS-1915〉と FL 版の関係については、図 2 を見られたい)。

3.

ミケリーナのモデルは誰か?

では、ミケリーナの挿話はなぜボツにされたのだろうか? その手懸かり としては、上で述べた残欠紙葉の内容から 2 つほど挙げられるように思う。 その 1 つは、ミケリーナは密かにモスカルダと結婚したがっていたのだが(お そらくは彼も同じ気持ちだったはずだが…)、彼女は彼と同い年の 27 歳だっ たために(注 3 を見よ)、年齢を 3 歳ほど若く偽って、自分は 24 歳だと触れ 回り、彼女を憎からず思っていたモスカルダも、その嘘を知りながら、そう 言いたがる彼女の気持ちに深く同情していたことである。というのは、シチ リアに限らず伝統的な社会では、成人男性は自分よりもかなり年下の女性を 結婚相手に選ぶのが当たり前だった(言うまでもなく、できるだけ数多くの 子宝に恵まれるためである)。だから、相手の女性が年上の場合には、結婚 相手にふさわしくないと見なされ、世間から冷たい目で見られることが多 かったのである。 このような年齢へのこだわりからすぐに思い出されるのは、ピランデッロ が高校生時代からボン大学卒業後までの長い期間、本当に死ぬほど熱愛して いたパレルモの女性で、彼のいとこ(父の兄アンドレアの娘)に当たるリー ナのことである(ミケリーナ4 4 4 とも類似した音の響きを持つことに注意された い)。彼女はピランデッロより 4 歳年上で、彼の両親も、彼女の親族も、周 囲の者は皆 2 人の結婚には反対だった。だが、2 人とも一緒になりたいとい う意志がとても固かったために、ついに親たちが折れて 2 人は晴れて婚約者 となる。だが、反対していた親族が将来の結婚を認めたとたんに(その引き 換えに、彼は学業をやめて家業を継ぐことを約束したのだが)、急に彼の恋 心が冷めて、結局その婚約を解消してしまう。そしてその後、彼は家業を継 がないで学業を続ける代わりに、父親の選んだ同じジルジェンティの硫黄取 引業者の娘、アントニエッタ・ポルトゥラーノと見合い結婚をすることにな

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る8 婚約者のリーナは、ほとんど狂乱するほどに若いピランデッロを熱愛して いたのであるから、彼女を捨てたことについて彼は強い罪の意識を抱いてい たはずである。そのことを窺わせてくれるのは、第 1-1 章の〈MS-2/B〉の引 用箇所であろう。「かわいそうなミケリーナ! 別の女性が僕を夫にしてし まい、彼女の欲求は流れて遠くにかすみ、彼女が僕の幻影に与えようとして いた現実は、影が薄くなってしまった。でも、彼女が抱いていた幻影だけは、 そのまま持たせてやってもよかったかもしれない。というのは、彼女は本当 に善良な女性だったので、たぶん彼女が心に抱いていたモスカルダのイメー ジも善良なものだったと思われるからだ。だから、たとえ時おり彼女の脳裏 や目の前を僕が横切ったとしても、長く心に残るような影を落すことはな かったはずだ。」これは、ミケリーナへの憐憫の情の中に隠れていた深い罪 の意識が、逆にストレートに表れた箇所である。しかしながら、彼女が心に 抱いていたのは「善良な」自分のイメージだから、あえてそれを破壊したく ないと言うなら、ミケリーナは「他人の抱いているモスカルダ像を破壊する 実験に選ばれた最初の犠牲者」(MS-2/B)にふさわしいとは言えないのでは ないか? だから彼は、次の〈MS-1915/B〉で、彼女をマルコ・ディ・ディ オとその妻ディアマンテに変更したのだろうと思う。そして、彼らについて は、〈MS-1915〉の 33 ∼ 39 章(FL 版第 4 巻 1 ∼ 7 章)全部を使って新たな 物語を展開する。 それによれば、かつてモスカルダの父は、この貧しくて、卑屈で、傲慢な、 最下層の夫婦にタダでぼろ屋を貸していたのだが、その「高利貸し」の息子 は、彼らをその家から強制的に立ち退かせて、世間の憤激を買う。そしてそ の直後に、銀行所有の立派な家を 2 人に無償で贈与すると宣言することに

8 この経緯については、Federico Vittore Nardelli, L’uomo segreto. Vita e croci di Luigi Pirandello, Milano,

1a ed., 1932; 2° ed., 1944 が詳しい。そこで語られている極めてプライベートな婚約時代の逸話 は、おそらく 1931 年にナルデッリが、パリでピランデッロ本人から直に聞き出した、きわめ て貴重なインタビュー記録であり、第2次世界大戦後に書かれた最も包括的な伝記(ただし 戦後の多くのピランデッロ研究書と同様に、左翼的な立場から書かれた)Gaspare Giudice,

Lui-gi Pirandello, Torino, 1963(安保大有訳『ピランデッロ伝』尚学社、2001 年)などでも、そのま

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よって、「高利貸し!」の罵声を「モスカルダ万歳!」の称賛に変えさせよ うとした。だが、彼の期待に反して、彼の「贅沢な慈善 lusso di bontà」を見 た人々の反応は「気狂いだ! 気違いだ! 気狂いだ!」の声であった。こ うして彼は、この世では他人の思い込んだイメージを自分の望むように変え るのは不可能であることを身に染みて知らされることになる。それゆえ、彼 と同じ上層市民階級のミケリーナを最下層のマルコ・ディ・ディオに代えた のには、それなりの理由があったわけである。 こうしてミケリーナは小説の舞台から消えるが、では彼女は完全に消えて しまったのか? そのことに疑問を投げ掛けるのは、Unc の手稿研究者の P・ ペスタリーノである。この研究者は、ミケリーナには両親がいなかった点で も、また若い盛りを過ぎた年齢で独身だった点でも、次の章で問題にする「ア ンナ・ローザといくらかの類似点があり」(Pestarino: 446)、「最終的にはアン ナ・ローザとなるはずである」(Pestarino: 444)と推定している。このような 彼女の推測は当たっているのだろうか?

4.

アンナ・ローザはどのような女性か?

こうして問題は FL 版の第 7 巻に登場するアンナ・ローザに移る。実は彼 女の名前だけは、その第 1 巻で、妻のディーダの女友だちとして、2 度ほど 登場していた。それは「ねえ、ジェンジェ、アンナ・ローザは病気じゃない かしら? もう 3 日も姿を見せないのよ。最後に会った時、喉が痛いって言っ てたけど」(TR2: 746)。さらにその翌日、「アンナ・ローザは病気に違いない わ。わたし、彼女の家に行ってみる」(TR2: 753)。だが、その後、彼女を訪 ねたはずの妻からは、なんの報告もない。だから、アンナ・ローザの素性に ついて詳しく知るには、彼女が小説の表舞台に登場する第 7 巻まで待たなけ ればならない。それによれば、彼女は「25 歳の未婚女性」(TR2: 887)で、「両 親を亡くした一人娘で、バディア・グランデ[大修道院]の高い壁の下で、 まるで押しつぶされそうに見える家に、年老いた叔母と 2 人で住んでおり」 (TR2: 870)、「お金を軽蔑して、これまでいくつもの有利な縁談を断り」(TR2: 869)、「今後とも結婚する気はない」(TR2: 892)と言っている独身女性である。

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以上の個人データから、彼女はペスタリーノの言うように、ミケリーナに よく似た、若い盛りを少し過ぎた、潔癖な独身女性のように思われる。とこ ろが彼女の舞台への登場の仕方は、まったくその逆である。モスカルダが父 の銀行を清算しようとした時、妻のディーダや頭取のクヮントルツォは、彼 を狂人だと訴えて禁治産者にしようとたくらんでいた。アンナ・ローザは、 そのたくらみをモスカルダに知らせるために、彼を修道院に呼び出す。ここ までは普通の流れで、何か特別なことが起こるようには見えない。ところが、 彼が暗い面会室でじっと待っていると、アンナ・ローザの登場を予告する幽 かな声が聞こえて来る。すると突然、暗闇の中に強烈な陽光に照らされた緑 の世界が閃いて、そこに彼女の幻が現れる。モスカルダは異様な興奮とめま いに襲われる。 面会室の格子の向こう側から、幽かな声で、アンナ・ローザはもうすぐ庭園から上 がって来ますから、椅子に掛けて待っていなさい、という声がした。  格子の向こうの暗闇の中から、思いがけない声が。僕がその声から受けた強烈な 印象は、どのようにしてもうまく表現できるとは思えない。僕は修道院の庭園がど こにあるのか知らないが、そこは緑一色の世界に違いない。そこに降り注ぐ強烈な 陽光が、暗闇の中で稲妻のように閃いた。すると突然、その緑の世界の中にアンナ・ ローザの姿が現れたのだ。彼女は、これまで見たこともないほどに優美ないたずらっ ぽい笑顔で、全身が生命に震えていた。それは一瞬の閃光だった。闇が戻った。[…]  アンナ・ローザ、あの幽かな声、あの暗い面会室、闇の中の大陽の閃光、緑一色 の庭園。僕はめまいに襲われた。  その少し後、アンナ・ローザが勢いよくドアを開けて、僕に向かって面会室から 廊下に出るようにと呼びかけた。彼女の顔は上気して、髪はほつれ、目はキラキラ と輝き、暑い時だったので、白いウールのブラウスの胸のボタンを外して、両腕に たくさんの花を抱え、そこから 1 本のキヅタの蔓が肩越しに垂れて、それが背中で 飛び跳ねていた。(第 7 巻 3 章;その原文は TR2: 872-873) ミケリーナと同様に、若い盛りを少し過ぎたはずのアンナ・ローザの、突然 の変身である。ピランデッロの描く女性像の中で、このように闇の中から光 の世界へと連れ出す、救いのイメージを持った若い女性を、筆者は他に見た ことがない。彼がよく描くのは、母性的な面の強い女性であり、しかも男性 の横暴に耐え、受け身ながらも我慢強く自分の意志を通し、わが子には心底

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から優しい女性である。ところがここでは、その母性的な要素がまったくな い、太陽の輝きそのものの女性、つまり、これまでとはまったく異質な、若 さに光り輝く女性が登場する。しかも彼女は「両腕でたくさんの花を抱え、 そこから 1 本のキヅタの蔓が肩越しに垂れて、それが背中で飛び跳ねてい る」。この姿から直ちに連想されるものはなんだろうか? これまで注釈書 で触れているのを見たことがないので不思議なのだが(いやむしろ、イタリ ア人なら誰でも連想することなので、言う必要がないのかもしれないが…)、 これは明らかに純白のウェディング・ドレスと、花嫁が手に持つブーケの花 のイメージである(常緑のキヅタの花言葉は「永遠の愛」である)。 だが、既婚者のモスカルダ(や作者のピランデッロ)にとっては、これは 禁断のイメージであった。だから、この光り輝く夢の場面はすぐに暗転する。 結婚を象徴するキヅタで肩越しに誘いながら、嬉々として廊下を走って行く アンナ・ローザ、そしてその後を追いかけるモスカルダ(まるでニンフとサ テュロスのようだ…)。ところが、彼女が胸に抱えていたポシェットが床に 滑り落ちる。すると突然、その中にあったピストルが暴発して、彼女の足を 傷つける。そして彼女が倒れかかったところで、ようやくモスカルダは彼女 の体を抱きかかえるのに成功する。なんともややこしい愛の抱擁である。 彼は怪我したアンナ・ローザを抱き上げて、彼女の家のベッドまで運ぶが、 この事件の噂はたちまち町中に広まる。妻やクヮントルツォたちの邪悪な企 てと、人々の意地悪な噂の包囲網の中でモスカルダは孤立し、その後はアン ナ・ローザを見舞いに行くことだけが彼の日課となる。だが、作者の語る病 床でのアンナ・ローザの描写とその言動も、上で述べた彼女の個人データと はまったく相容れない。 彼女は時おり自分の肉体をまったく好きでないような風を見せただけでなく、はっ きりと嫌いだと言ったこともあるが、内心ではいつも気に入っているように見えた。 彼女はたえず自分のあらゆる部分をさまざまな角度から眺めていた。そして、らん らんと光る活発な目と、震える鼻孔と、高慢そうな赤い唇と、よく動く顎で、あら ゆる表情を作っては試していた。それは人生を生きる上で役に立つと考えていたか らではなく、「まるで女優のような趣味から come per un gusto d’attrice」の遊びのよ うだった。つまり、たんなる遊びからのことであって、もしそれが人生でなにかの 役に立つとすれば、それはせいぜい束の間の誘惑や挑発のためだけだろう。

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ある朝、僕が部屋に入ると、彼女はベッドの上で手鏡を持ったまま、長い間、優し い憐れみをたたえた笑みを作っているのを見た。ただし、彼女の目だけは、いたず らっ子の目のようにキラキラと輝いていたが。その後で彼女は、たった今僕の姿に 気付いて、自然に笑みが生まれたかのように、再び生き生きとした微笑を作るのを 見て、僕は反発の衝動に駆られた。  僕はあなたの鏡じゃないよ、と言ったが、彼女には気にする様子がなかった。  彼女は、今見た微笑みが、少し前に鏡を見ながら作った微笑みと同じだったかど うか、と尋ねた。  僕はそのしつこさにムッとして答えた。  「そんなこと、僕の知ったことかね。あなたが自分をどのように見ていたのか、 僕は知らないんだし。その笑顔を写真にでも撮ってみたら?」  すると彼女は言った。「写真ならあるわ、大きいのが 1 枚ね。あそこの洋服ダン スの引き出しに入っているの。悪いけど取ってもらえる?」  引き出しの中は、彼女の写真でいっぱいだった。彼女は昔のものや最近のものな ど、たくさんの写真を見せてくれた。  「どれもこれもみな死んでる」と僕は言った。  彼女は突然、振り向いて僕を見つめた。「死んでるって?」(第 7 巻 6 章;その原 文は TR2: 888) アンナ・ローザは、いつも手鏡でさまざまな表情を作って試しているだけで なく、自分の作った表情を写真に撮って研究している。作者は、彼女の仕草 が「人生を生きる上で役に立つと考えていたからではなく、まるで女優のよ うな趣味からの遊びだ」と述べているが、これは暗に彼女の正体が女優以外 の何者でもないことを示す言い訳の言葉ではないか? そして、モスカルダ とアンナ・ローザは、その位置関係─立っている男性と、ベッドに横たわっ て見上げる女性─からしても上下の関係であり、しかもその 2 人の会話は、 まるで舞台監督と新人女優の間で交わされる演技論のようには聞こえないだ ろうか? それまでのモスカルダは、たえず周囲の人々の執拗な目差しに射 すくめられて、まるでピンで留められた昆虫のように手足をバタバタさせて 苦しんでいたはずである。それなのにこの場面では、急に相手を射すくめる ような目になって、若い女性の表情作りに文句を付けている。作者が最初の 段階で、アンナ・ローザをどのような登場人物として構想していたのかは不 明だが、少なくともこの第 7 巻で実際に登場するアンナ・ローザのイメージ

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は、ピランデッロがローマ芸術劇場の座長に就任して、旗揚げ公演(1925 年 4 月 2 日)の 1 ヶ月前に出演契約を交わした新人女優、マルタ・アッバが モデルではないかと思われる(彼女は 1900 年生まれなので、この年にはア ンナ・ローザと同じ 25 歳であった)。 ただし、これは状況証拠であって、ピランデッロがそのことを認めたわけ でも、あるいはなんらかの確たる証拠があるわけでもない。だが、以上の経 緯を暗にほのめかすかのような彼の近親者の証言も、ないわけではないのだ。 5. 1. ステファノは Unc の終盤の展開を本当に知っていたのか?

Unc の連載が Fiera Letteraria 誌で始まるに当たって、ピランデッロの息子 ステファノが、その最初の回(1925 年 12 月)に「父の作品への序文」を掲 載している。だが、これは偏向している(若いファシスト的人間のための手 引書だ!)とか、序文の体ていをなしていない(Unc の内容とは無関係の解説だ!) という理由で、その後ピランデッロ研究者たちは、まともに取り上げること がなかった。Unc を読んだ上でこの序文を読んでみるなら、確かに小説で述 べていることにはなにも触れず、小説で触れていないことばかり述べていた りと、さまざまな恣意や偏向が目に付いて、確かにこの小説そのものの解説 にはなっていない、と思うはずである。だが、この序文が本編の誤った予告 編であること自体が、ある 1 つの可能性を指し示しているのではないか。そ れは、ステファノが序文を書いた 1925 年 12 月の時点で、彼はアンナ・ロー ザの物語も含めて、終盤での展開を正確には知らなかったのではないか、と 疑われるのである。そして、そのことを暗示する手懸かりもないわけではな い。 息子のステファノがまだオーストリアのマウトハウゼン捕虜収容所に抑留 されていた 1916 年のこと、ピランデッロは、Tribuna 紙のインタビューに答 えて、当時執筆中だった Unc のあらすじを記者に語っている(3 月 15 日)。 [モスカルダは]80 万リラの遺産を相続すると、すぐにその資金を引き上げて、浮 浪者たちのために食堂付きの貧窮院を設立する。彼の酔狂ぶりを知る友人たちは、 彼に向かって言う。「確かに、君はすべての人から同一の人間だと見られるように なったよ。つまり、すべての人から狂人だってね。」すると彼は答える。「そう言わ

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れてもいいさ。もし時が僕に味方してくれるなら、僕はすべての人から偉大な英雄 とか、偉大な聖人と見られるかもしれない。もし英雄にも聖人にもなれなかったな ら、僕はすべての人から狂人と見られても構わんよ。」(Pupo: 117) これに似たユーモラスな自虐的エピソードは、FL 版では第 6 巻 4 章に登場 するが、そこでは、主人公がなりたいと思う人物像も、1916 年のインタビュー とはまったく異なっている。それによれば、モスカルダが父の銀行の廃業を 宣言した翌朝、妻の父親が彼を訪ねてやって来る。銀行を潰していったいな にをするつもりだ、と尋ねる義父に向かって、彼はもう一度大学に戻って、 医者になるか、弁護士になるか、それとも大学教授にでもなろうか、あるい は遺産の金を人々にばらまいたなら国会議員にだってなれるかもしれない な、とからかって言い立てると、義父は両手で耳を塞いで「狂人だ! 狂人 だ! 狂人だ!」と叫びながら退散する。この場面でモスカルダが自分のな りたい人物像として挙げるのは、世俗社会で名誉ある地位を占めている自由 業─医者、弁護士、大学教授、そして国会議員─であって、俗世の偉大 な英雄でも、俗世を超えた聖人でもない(だが、いずれの場合であっても、 世間からは狂人としか見られないというのが、ピランデッロの皮肉な結論で あるが…) 一方、ステファノは、1925 年 12 月の序文で、この FL 版のエピソードに 言及している(彼の序文で Unc のなんらかのエピソードに言及しているのは、 この箇所だけである)。だが、その状況はガラリと変わって、父親のピランデッ ロをめぐるきわめて悲劇的な状況の中で述べている。つまり、ピランデッロ がパラノイア(偏執症)を病んだ妻と生活をして、その狂気の毒をすべて味 わって苦しんだという深刻な話の中に出てくる言葉なのである。 あなたが愛した人[妻のアントニエッタ]の、あなたへの敬意も愛情も失われ、人 間的な友情[父と子の親愛の情]も失われて、あなたの行為[精神病院への母親の 隔離]への理解が得られなかった時、あなたはどれほど惨めで、裸で、孤独だと感 じたことか─いつのことだったかは言わないが、あなたは本当にそうだった! ─そして、あなたには自分がいったい何者なのかも分からなかった。というのは、 あなたは顔のない精神そのものとなり、同時に千の顔を持つように感じられていた

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からだ。その時、あなたは狂人にも、英雄にも、聖人にもなることができた。その 時、あなたは本当になににでもなることができた。(TR2. 1060) ピランデッロの喜劇的なモスカルダ像の裏に、この悲劇的な自画像が潜んで いることは明らかだと思うが、その息子が 1925 年に、1916 年の父親のイン タビュー記事と同じ言葉で「狂人にも、英雄にも、聖人にもなることができ た」と語っているのはなぜか? それはおそらく、オーストリアでの捕虜生 活から戻った後で、彼が父親から聞いたり議論したと思われる後半部の構想 が、1916 年のインタビューの内容とほぼ同じものだったからではないか?  だから息子は、連載の後半部にモスカルダに仮託した父親の悲劇的な英雄挿 話が来るはずだと思い込んでいたのだろう。ところがその後、父親は FL 版 の後半部を執筆した際に、悲劇的な「狂人か? 英雄か? 聖人か?」を、い かにも軽薄で俗っぽい「医者か? 弁護士か? 教授か? 国会議員か?」(第 6 巻 4 章)に代えて、息子の予想を完全にはぐらかしてしまったのである。な んともややこしい親子関係であるが、父親はいったいどうしてそのようなこ とをしたのか? 5. 2. ステファノが序文で危惧していたこと 以上のことと関連して、ステファノの序文で非常に奇異に感じられること が 2 つある。その 1 つは、それまでの「苦痛に満ちた避難所」であった家庭 から、自由を得た鳥のように飛び立って、劇団の座長として各地を巡業して いた父親について、息子がその貞節の固さを、口をきわめて称賛しているこ とである。 今やあなたの倫理的自覚は仮借のないものになった。なぜなら、あなたは 1 冊の本 を書き上げたのではない。あなたは自分の精神を働かせて、人生を何幕かのドラマ に仕上げたからだ。それは、あなたがより優れた文学者になるためでなく、より優 れたあなた自身に、つまり、より優れた人間になるためだった。(…)  上の精神の階にいて穢れがないことを自慢している例の小人どもについては、軽 蔑して笑わずにはいられない。彼らの頭の中には地下室に降りるための秘密の抜け 穴があって、そこから誰にも見咎められずに下の階に降りては、闇に隠れてあらゆ る罪を犯す。それは実に心地よい自分を甘やかす行為なのだ。(…)だが、あなた

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は彼らと違って、みずから誓った貞節の誓いを守ろうとする真っ正直な人間だ。あ なたは彼らと違って、真の神を─本当に生命であり、本当に現在し、永遠であり、 すべてを見通す神を─信じている真の信仰者だ。あなたは彼らと違って、精神的 存在である限りで人間だという意味で、完璧な人間だ。(TR2: 1058-1059) ステファノはなぜこのように執拗に、父の貞節の固さを褒めそやすのか?  おそらくその真の理由は、逆に父親の貞節に強い不安と危惧を抱いていたか らではないか? 要するに、自分の人生をすべて犠牲にして守ってきた愛す る父親が、若い女優に奪われて自分たち家族のものでなくなることへの焦り と嫉妬である。というのは、この頃すでに演劇関係者や批評家たちの間では、 ピランデッロの老いらくの恋の噂が、ニヤニヤしながらささやかれ始めてい たからだ。ステファノ自身も早くからその噂に気を揉んで、劇団の助監督グ イド・サルヴィーニに、密かに父親の動静を尋ねたりしている(Lontananza: 337-38; Stefano: 146)。だが、世の中には心配するふりをして、その噂に尾ひ れを付けて息子の耳に吹き込もうとする意地の悪い人々もいた(Lontananza: 111-18)。そこで、ステファノは序文で、父親に「貞節の誓い」を思い出さ せることによって、若い女優への恋情を思いとどまらせようとしたのではな いか(当時のイタリアでは、たとえ配偶者が刑務所や精神病院に終生隔離さ れていても、死別しないかぎり再婚は許されなかった)。 しかし、「穢れがないことを自慢しながら、闇に隠れてあらゆる罪を犯す」 聖職者と違って、父親は「真の信仰者」で「完璧な人間」だとまで持ち上げ ていることは、問うに落ちず語るに落ちるというものだろう。というのは、 この息子は聖職者の偽善ぶりと比較して父親の誠実さを褒めちぎりながら、 実は遠回しに父親をチクリチクリと批判して、褒め殺しをしようとしている からである。このようなステファノの臆病で、しかも執拗な態度は─少な くとも小説の連載初回にそれを読んだ作者の父親には─卑しくて不愉快な ものと感じられたのではなかろうか? もう 1 つこの序文で奇異に思われるのは、ステファノがこの長編小説を「自 分の世界を支えているなにかが揺らいだと感じた人のための手引書」だと述 べている点である。

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すべての人間は孤独だって? よろしい、すべての人間は一緒にいる。人生は孤独 で、われわれは孤独だとしても、まったく恐れるに足りない。われわれはこの現代 に生まれて、この現代を生きている人間であり、たとえ孤独でも、われわれには想 像力と、感性の力と、知性の力と、この人生を新たに創造していく意志の力がある のだ。(TR2: 1060) しかしながら、この小説のどこを読んでも、第 1 次大戦直後のニヒリズム時 代の若者を導くような肯定的な指針を見出だすことができるとは思われな い。とすれば、もしかしてこれはステファノが Unc をあらかじめ読んだ上 での解釈というよりも、彼自身の父親の芸術に対する願望だったのではない か? と言うのは、彼は父親に宛てた手紙(1925 年 12 月 5 日付け)の中で 次のように述べているからである。「ところで僕は、フラッキアに頼まれて ですが、実は…Unc の紹介文を書かされたのです。僕はその文の中に、以前 パパが気に入ってくれた僕の解釈を入れておきました。パパ、この僕の率直 な紹介文が、少しでもパパの励ましになることを切に祈っています」 (Lonta-nanza: 88-89)。 この「パパが気に入ってくれた僕の解釈」とは、「人生は孤独だとしても、 われわれにはこの人生を新たに創造していく意志の力がある」という主張の ことで、当時誕生したばかりのファシズムのニヒリズム的行動主義を彷彿と させる表現である。でも、これはステファノが自分で勝手に考え出した解釈 ではないようなのだ。というのは、ピランデッロ自身も、ステファノがオー ストリアから帰国した後のことだが、1922 年 7 月 5 日のインタビューで、 その年末に出版される予定の(しかし実際にはその 3 年後に FL で刊行され た)Unc には、彼の思想の「肯定的な面」が表れるはずだと予告したことと 符合している9 この小説には、これまでの作品で表れていなかったわたしの思想の肯定的な面が、 よりはっきりと表れることを願っている。というのは、すべての人の目に映ってい るのは、わたしの否定的な面だけだからだ。まるでわたしは彼らの足元から地面を 9 Pupo: 162-165. インタビューをした L’Epoca の記者は、ピランデッロの友人で文学者のルー チョ・ダンブラの息子ディエゴ・マンガネッラである。

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取り去る意地悪な悪魔のように見られている。とんでもない話だ! わたしが足元 から地面を取り去る時に、その足をどこに載せておくべきかについて忠告していな いかね? わたしが言っているのは、現実とはわれわれが自分で作り上げるもので あり、そうすることが絶対に必要だ、ということだ。もし人が 1 つの現実に安住し ているなら、それは災いだ! その人はその中で息が詰まって、硬直して、死ぬこ とになるからだ。だから、現実を絶えず多様なものに変化させる必要がある。つま り、われわれの幻想を絶えず変化させて多様なものにする必要があるのだよ。(Pupo: 162-165) ピランデッロは、われわれの抱く現実が、多くの場合、他人から押し付けら れた幻想であり、いわば自分の顔に張り付いた素顔の仮面10のようなもの であるから、それを取り去って、絶えず自分で新たな現実を作り出していく 必要があると述べている。これはステファノの言う「自分の人生を新たに創 造していく意志の力」と同じ行動主義的な主張ではないか? ステファノは、 この父親の「思想の肯定的な面」を聞き知っており、その思想が Unc の結 論部に来ると確信していたので、伝統的な価値観が崩壊した昏迷の時代を生 きるための手引書としてこの小説を推薦したのであろう。ただし、これは連 載が始まる前の息子自身の願望であり、父親への励ましであって、その後の 連載の中で父親がそれにどう答えたのかは、まったく別の話である。 ステファノの序文と、ピランデッロの完成した小説の大きな隔たりは、こ のように解釈して初めて理解できるのではなかろうか? つまり、息子が実 際に読んでいたのは〈MS-1915〉までの草稿であり、その後の展開については、 父親から口頭で構想を聞いていただけではないか? だから彼は、父親の芸 術をファシズムの正統なイデオロギーとして推奨したいという彼自身の期待 を込めて「父の作品への序文」を発表したのではないか? ところが、その 父は Unc 連載の最後の 7、8 章で、息子の期待を密かに裏切って、その期待 10 Avvertenza: 287-288. この部分の日本語訳については、斎藤泰弘「ピランデッロとティルゲル: 『すべては首尾よく』をめぐる芸術と哲学の相克について」、京都産業大学論集人文科学系列 第 47 号、2015 年 3 月、pp. 346-347 を見よ。ただしこの Avvertenza を発表した 1921 年 6 月の 段階では、その後ピランデッロが主張することになる「肯定的な面」は、まだ表れていない ことに注意されたい。

(25)

に応えようとはしなかったようなのである。

6.

恋の結末

では、ピランデッロはどのような点でステファノの期待に応えなかったの だろうか? まず、息子が最も気を揉んでいたマルタ・アッバとの噂の件で あるが、ピランデッロは Unc の第 7 章の幕切れで、モスカルダとアンナ・ロー ザの最後の会話の様子を次のように描写している。 いったいなにが起こったのか、僕は正確には知らないのだ。僕が[まるで幽体離脱 したかのように]遠くから彼女を見つめながら、彼女になにを喋ったのか、自分で はおぼえていないのだが、彼女はその言葉の中に、僕の全生命と僕の全人生を捧げ て、彼女の望むままの人間になりたい、そして自分自身は無に、本当に無になりた いという、僕の心に渦巻く熱望を感じ取ったはずだ。彼女がベッドから僕に両腕を 差し出したことはよくおぼえている。そして、僕を自分の方に引き寄せたこともお ぼえている。 その少し後、僕は目の前が真っ暗闇になって、そのベッドから転げ落ちた。彼女が 枕の下に隠し持っていた小さなピストルで、僕の胸を撃って、僕は瀕死の重傷を負っ たのだ。(TR2: 893) ピランデッロは廉恥心のきわめて強いシチリアの紳士であるから、このよう な場面では意図的に韜晦した表現をするが、けっして自分を偽って美化した り荘厳化することはない。つまり、自分のしたことに赤面しながらもけっし て嘘だけは吐かない「純真さ candore」を持っている(これと正反対なのが、 彼のライバルのダヌンツィオである)。この後半部の山場で彼が、赤裸々に 語っていることはなにか? アドリアーノ・ティルゲルがピランデッロの芸 術の根底にある「生の哲学」として定式化した生と形の相克は、本能と倫理、 欲動と超自我の関係として置き換えることができるように思うが、この場面 では(他の場合でもほぼ常にそうだが…)彼の心に渦巻く激しい欲動を、超 自我がピストルで殺害したのである。では、この超自我とは誰なのか? そ れは現世から隔離されながら生きている復讐の女神エリニュス、つまり彼の 正妻のアントニエッタであり、彼女の現世での代弁者である子供たちである。

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要するにピランデッロはここで読者だけでなく、とりわけ息子のステファノ に向かって、自分は生への憧れを抑圧したりはしないが、倫理に反するよう な行為もけっしてしないと暗に宣言して、プラトニックな愛というよりは、 むしろカトリックの聖なる女性への崇敬の念(dulia)を抱く権利を主張して いるのだ。 こうして若い女優マルタ・アッバは、ピランデッロの芸術を導く女神、聖 マルタへと昇華する。ベンポラッド社から刊行されたばかりの Uno, nessuno e centomila を公演先のポーラで受け取った彼は、その 1 冊を 1926 年 12 月 9 日 にマルタに贈っているが、そこには次のような献辞が記されている: a Marta una e unica【図 3】11。この献辞の una e unica は、主人公モスカルダの uno,

nessuno e centomila とは正反対の言葉であり、「僕の全生命と僕の全人生を捧 げて、彼女の望むままの人間になりたい、そして自分自身は無に、本当に無 になりたい」という赤裸々な告白は、ピランデッロの心に渦巻く愛の熱望が、

図 3 ベンポラッド版 Unc の表紙と小とびらの献辞

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はけ口を求めて流れ込もうとする「唯一の」鋳型(マトリーチェ)、それが 聖女マルタであると公言しているのだ。しかしながら、いやむしろそれゆえ に─というのは、息子たちにとってこの聖女は、父の心を奪う魔女であっ たことに変りはないので─ステファノの嫉妬と敵意はますます深まったの である(ピランデッロの死後、彼の劇作品の版権は息子たちのものか、それ ともマルタに属するのかをめぐって、両者は激しく争い、マルタへの献辞が ある後期作品の版権は、すべて彼女の手に渡ることになる)。 そして最後の第 8 章が来る。モスカルダは実に皮肉なことに、彼の後ろ盾 である聖職者たちに勧められるままに、自分は劣情に駆られてアンナ・ロー ザを襲おうとし、彼女は身を守るためにピストルで自分を撃ったのだという 嘘の供述をして、アンナ・ローザを罪から救い、さらに自分の浅ましい行為 の贖罪のために全財産を貧窮院の建設に寄付すると宣言して、ようやく禁治 産者の判決を免れることができた12。だからその結末は、イソップ寓話の「ず るいキツネ」や、日本の「トンビに油揚」のことわざと同じく、狡智にたけ た聖職者たちにすべてをさらわれてしまうのである。これがどうして「自分 の世界を支えているなにかが揺らいだと感じた人のための手引書であり、無 垢で健全な幼な子の勝利に満ちた悲劇の物語」(TR2: 1060)なのであろうか? 以上の推論から Unc の後半部の執筆年代を次のように推定することが可 能である。ピランデッロは〈MS-1915〉以後、息子ステファノの不在中もそ の続編を書き続け(1916 年 3 月 15 日のインタビュー記事では FL 版の第 6 巻あたりまで)、1918 年末に帰還した息子にその概要と、「彼の思想の肯定 的な面」を盛り込んだ最終部分の構想を話して、2 人で意見を交わしたこと は間違いない。だが、アンナ・ローザの登場する詰めの第 7 巻と第 8 巻は、 女優マルタ・アッバとの契約(1925 年 2 月 25 日)以後になって新たに構想 され、しかも息子ステファノが書いた予告編としての序文に対する父親から 12 1916 年 3 月 15 日のインタビュー記事(Pupo: 117)で語った初期の構想:「80 万リラの遺産 を相続すると、すぐにその資金を引き上げて、浮浪者たちのために食堂付きの貧窮院を設立 する」という、モスカルダのユーモラスな「酔狂ぶり」とはまったく違った経路を通って、 同じ結末に至っている。

図 2 Unc の草稿群と FL 版の対照表
図 3  ベンポラッド版 Unc の表紙と小とびらの献辞

参照

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