原 著 〔東女医大誌 第62巻 第11号頁1088∼1092平成4年11月〕
胎内発育障害の.臨床的研究
第6報 早期発症妊娠中毒症母体出生児における
周産期管理と予後との検討
r 東京女子医科大学母子総合医療センター1)(主任 同 小児科学教室2)(主任:福山幸夫教授) ヤマグチキ ヨ コ 山口規容子1)2) ニ シ ダヒロシ 仁志田博司1)2) アンドゥ イク エ 安藤 郁枝1) ミツイシチ サ コ .・ O石知左子1)2) ホシ ジユン・星 順9
タケダ ヨシピコ ・武田 佳彦1) 武田佳彦教授) ハラ ヒトシ ・原 仁1) ナカバヤシ マサオ・中林 正雄n
フクヤマ ユキオ ・福山 幸夫2) (受付平成4年8月17日) Clinica藍Study on Intaruterine Growth Retardation Part 6:Perinatal Management and Outcome for Infants from Mothers witll Toxemia of Pregnancy(Early Onset Type) Kiyoko YAMAGUCHI1)2), Chisako MITSUISHI1)2), Hitosh田:ARA1), Hiroshi NISHIDA1), Jun HOSm1), Masao NAKABAYASHI1),.lk砥e ANDOH1), Yoshihiko TAKEDA2)and Yukio FUKUYAMA2) llMaternal and Perinatal Center(Director:Prof. Yoshihiko TAKEDA) 2)Department of Pediatrics(Director:Prof. Yukio FUKUYAMA) Tokyo Women’s Medical College Mortality and morbidity of infants from mothers with toxemia of pregnancy of early onset type are much improved after appropriate perinatal management. Incidence of perinatal complications and major neurologic handicap was less in period during more appropriate perinatal management than in controlled period, without statistical difference. Second babys from mothers with toxemia of early onset type, after low dose Aspirin administra− tion, had longer gestat童onal age and heavier birth weight than lst babys, with significant statistical difference. Moreover, better outcome for major neurologic defect and lower incidence of IUGR or other perinatal complications are supposed to relate with low dose Aspirin treatment. Therefore, appropriate perinatal management, including proper evaluation of fetal we11・being, and decision for good timing of delivery are mandatory to improve outco血e of infants from mothers with toxemia of early onset type. はじめに 周産期管理は,近年の医療の改善進歩により, 長足の進歩をとげたが,未だ解決されなけれぽな らない今後にのこされた問題は山積している. なかでも,妊娠中毒症に関しては,正常妊娠に 比して胎内発育障害,ihtrauterine growth retar− dation(IUGR),死産などの発生において高率で あり,その管理に対する改善がつよく望まれてき た1)2). すなわち,妊娠中毒症の管理は,母体のみならず,胎児診断の進歩とともに,適切な胎児管理に 重点をおくのは当然であり,児のIntact surviva1 に貢献するような努力は非常に重要である. 著者らはすでに妊娠中毒症母体出生児につい て,妊娠中毒症の発症時期から早期発症型(妊娠 28週未満発症),および晩;期発症型(妊娠28週以後 発症)の山群に分け,臨床病態および予後(死亡, 神経学的後障害)に関して比較検討を行った3). その結果,早期発症型妊娠中毒症(早発型中毒 症と略)母体出生児は,死亡率,神経学的後障害 発生率において,晩期発症型に比して推計学的に 有意に高値を示し,早発型中毒症の適切な管理は, 児のintact survivalを向上する上に是非必要で あることを強調した. さらに今回は,児の予後を向上させるために胎 児管理に関して種々改善を加え,それが児の予後 の向上にどのように影響したかを検討したので, 続報として報告する. 対象および方法 当センター開設以来,1984年10月より1991年3 月までの6年5ヵ月間に管理された新生児のう ち,早発型中毒症母体より出生した児30例を対象 にした. なお,すでに1988年に第3報として報告した際 の対象とした期間,1984年10月より1987年5月ま での2年8ヵ月間を前期とし,それ以後の1987年 6月より1991年3月までを後期とした.後期にお いては,前期の成績を踏まえ,母体のより適切な 管理(低用量アスピリン療法等を含む),胎児の well beingの連続的観察(とくに頭部発育の綿密 なチェック等),分晩時期のタイミングに改良を加 えた. 前期に入院した18例,後期に入院した12例につ いて,妊娠記数,出生体重,IUGR発生率,周産期 合併症,頭部発育抑制,死亡率,神経学的後障害 発生率に関して比較した。 さらに,第1子を妊娠した際,早発型中毒症に 罹患して,極小未熟児を出産し,さらに数年を経 て,第2子を出産した8例について,第1子,第 2子の出生体重,妊娠週数,IUGR発生,周産期合 併症,頭部発育抑制の有無,神経学的後障害につ いて比較した. 胎児発育は,厚生省ハイリスク母児研究班によ る胎児発育曲線によりSFD児を判定し, IUGR とした. これら対象児の中から,明らかな遺伝性疾患, 奇形症候群,染色体異常症,先天性代謝異常症は 除外した. 結 果 1.早発型中毒症母体出生児に関して前期と後 期における,諸種データの比較(表1) 対象期間中,母体合併症のない早発型中毒症母 体出生児は,30例であった.そのうち前期では, 18例,後期では12例であった. 妊娠週数は,前期30.1±2.41週,後期31.5±2.7 週,出生体重は,前期947.9±245g,後期1,158± 321gであった. IUGR発生率は,前期18例中15例 83.8%,後;期 12例中9例 75%であった. 胎児仮死は,前期18例中16例 88.8%,後期12 例中7例 58.3%であった. 新生児仮死,低血糖症を含めて,これら諸デー タは,前期より後期におい℃減少傾向は認められ たものの,推計学的に有意差を認めなかった.
頭部発育抑制例も,前;期では18例中6例
33.3%,後期では12例中3例 25%であったが, 推計学的に有意差は認められなかった. 予後として,死亡は,前期では,18例中3例 表1 早期発症妊娠中毒症母体出生児の合併症 と予後 前 期 後 期 症例数 18 12 妊娠工数(w) o生体重(9) 30.1±2.41 X47.9±245 31.5±2.7 P,158±321 IUGR ル児仮死 V生児仮死 瘡兼恟ヌ ェ部発育抑制 ?@亡 15/18(83.3%) P6/18(88.8%) T/18(27.7%) P2/18(66.6%) U/18(33.3%) R/18(16.7%) 9/12(75 %) V/12(58,3%) Q/12(16.7%) V/12(58,3%) R/12(25.0%) P/12(8.3%) 神経学的後障害 5/15(33.3%) 0/11(0%) 東京女子医大病院(1984.10∼1991.3)16.7%,後期では12例中1例 8.3%であり,神経 学的後障害は,前期では15例中5例33.3%であ り,後期では,11門中0であった. 2.早発型中毒症母体から出生した第1,2子に 関する諸種データの比較(表2) 対象期間中に,早発型中毒症に罹患し,第1子 を出産し,さらに数年を経て第2子を出産した母 体例が8例あった. これら第1,2子の種々データを示したのが表 2である. 平均妊娠週数は第1子において29.8±1.5週,第 2子は37.0±2.9週で,第2子の方が有意に長;期間 であった. 平均出生体重は,第1子は1,074.9±228.9g,第 2子は2,430.4±586.2gで,これも推計学的に有 意差を認めた. 第2子妊娠時に早発型中毒症に罹患したもの は,8例中1例 12.5%であった. 新生児期諸種合併症は,第1子では100%に認め たが,第2子は0であった.
IUGRも第1子では8例中6例 75%に認めた
が,第2子では0であった. 頭部発育抑制,神経学的後障害も同様に,第1 子では数例認めたが,第2子においては認めらら なかった. 低用量アスピリン療法は,第2子妊娠の際,8 例中6例に行った. 表2 早発型妊娠中毒症母体出生児第1子・第2子 の比較 第1子 第2子 症 例 8 8 妊娠週数(w) o生体重(g) 29.8±1.5串 @ (29−32) P,074.9±228.9串 @(625−1,396) 37.0±2.9 @ (31−41) Q,4304±586.2 i1,304−3,050) 早発日中毒症 V生児期合併症 hUGR ェ部発育抑制 8(100%) W(100%) U(75%) R(37.5%) 1(12.5%) O(0%) O(0%) O(0%) 神経学的後障害 1(12.5%) 0(0%) Aspirin療法 0(0%) 6(75%) 東京女子医大病院(1984,10∼1990。9) ・p<0.01 考 察 妊娠中毒症は,妊娠に高血圧,浮腫,蛋白尿を 合併する症候群と考えられているが,その本態に ついては未だ不明の点が多い. しかし,最近では素因のある母体が二二という 負荷に適応できないために発症する適応不全症候 群という概念でとらえるようになり4)5),負荷が大 きくなる妊娠末期に発症する頻度が多く,発症率 は全分娩数の約6∼10%といわれている. 一方,妊娠早期に発症し,高血圧素因が関与す る早発型中毒症は,母体および胎児に対する管理 および治療が容易でなく,病態生理的,臨床的特 異性を有することで注目されている. 村岡ら6)は,早発型中毒症の特徴を次のように まとめている. 1)妊娠中毒症の多くは,妊娠末期に発症する が,妊娠早期(妊娠28週未満)に発症するものが あり,これらは特徴的な病態を有する. 2)早期発症型中毒症は,分娩数の約1%に発症 する. 3)本症では,重症高血圧が97%に認められ,高 血圧主徴型であり,遺伝的高」血圧素因が密接に関 与する. 4)胎児は,ほぼ全例において頭部発育が抑制さ れたsymmetrical IUGRであり,胎児発育停止時 期と母体臨床症状出現時期とがほぼ同時である. さらに,著者らは,早発型中毒症母体出生児に 関して,予後,および臨床的特徴についてまとめ て報告した3》. すなわち,予後に関しては,死亡は18例中3例 16。7%,神経学的後障害15例中5例 33.3%とき わめて高率で,晩期発症型中毒症との間に有意差 を認めた.さらに予後不良例は全例早期発症型で あった. 臨床的特徴は表3に示すが,妊娠週数は平均 30.1週で短期間であり,平均出生体重は,947.9g と超低体重であり,全例極小未熟児であった. IUGR発症率はきわめて高く,周産期合併症と して,胎児仮死,低血糖症,多血症,呼吸障害が 高率に認められた. 頭部発育に関しては,全例において発育抑制が表3 早期発症型妊娠中毒症母体出生児の特異 性 妊娠口数(w) 出生体重(g) IUGR 胎児仮死 新生児仮死 低血糖症 多血症 呼吸障害 死 亡 神経学的後障害 30.1±2.41 (25−32) 947.9±245 (535−1,406) 15/18 (83,3%) 16/18 (88.8%) 5/18 (27.7%)1 12/18 (66.6%) 3/18 (16.7%) 9/18 (50,0%) 3/18 (16.7%) 5/15 (33.3%) 認められた.すなおち出生時両論が全例平均値以 下,一1.5SSDに近く,とくに死亡例,神経学的後 障害例,予後不良例は,全例出生時頭囲が一1.5SD 以下であった. このように,早発型中毒症の母体出生児は,発 育に最も加速のかかる妊娠早期7)に急激な重症高 血圧および凝固線溶系の不適応等による栄養ある いは代謝面の環境悪化により8)9),頭部を含めた身 体発育に障害を生じ,生命あるいは発達予後に重 大な結果をもたらす危険性がきわめて大きいとい える. したがって,このような予後不良群を減少させ るために,著者らはこれまで(前期)の周産期管 理,胎児管理を検討し,次のような改善を加えた. 1.母体の適切な管理 対象期間の前期においては,1例をのぞき全例, 中毒症が発症してから緊急入院となっているか, 児が院外出生で緊急搬送されているかであった. したがって,後期においては高血圧素因のある妊 婦に対しては,とくに妊娠初期から適切な管理・ 指導を行い中毒症発症に際して早期から綿密な管 理を行った.ただし,当センターの特性からいっ て,当センターのみで心がけても実績はあがり難 いのが実情である. さらに,妊娠中毒症が」血液学的に凝固線溶系の 不適応という形でとらえられ,とくに重症では, 線溶に比して凝固優位になっている9)という観点 から,早発型中毒症母体の2回目の妊娠に低用量 アスピリン療法を行い,再発予後効果,および児 にたいする影響を検討した10). その結果,低用量アスピリン療法は,早発中毒 症の反復率を有意に低下させ,IUGR再発率も低 下させることが判明した。 児側からみても,妊娠週数,出生体重は有意に 数値は増加し,合併症,予後も著しく改善傾向を 示している. 2.児のwell beingの連続的観察 児発育の綿密な評価(とくに頭部発育)
近年の周産期医療の進歩により,児のwell
beingの観察および評価は著しく進歩改善してい る.したがって,早発型中毒症母体の胎児はwell beingを連続的に観察し,悪化傾向が認められれ ぽ迅速に適切な対応を検討した. とくに児の頭部発育には注目し,発育抑制が開 始したと判断されたら,適切な分泌時期のタイミ ングを検討した. 3.分一時期のタイミング 母体の状況,胎児の状況を十分考慮し,必ずし も妊娠継続のみを考えず,早産防止の限界を検討 した上で,産科医,新生児科医の協力態勢で,分 娩のタイミングを決定した. このように,前期の成績を踏まえて,後期にお いて,母体および胎児管理に改善を加え,諸種発 生率に,有意差は認められなかったものの,減少 傾向を示し,後期においては,死亡例は1例あっ たが,神経学的後障害を0にすることができた. また,前回早発型中毒症の母体に,2回目娠娠 時に,低用量アスピリン療法を施行し,母体およ び胎児にとって有意義な臨床上効果を認めた. したがって,きわめて予後不良であった早発型 中毒症母体出生児に関して,的確な周産期管理を 行い,適切な分晩時期のタイミングを選択するこ とにより,児の予後を改善することができたのは, 今後の・・イリスク新生児のIntact surviva五増加 に,大きな影響を与えるものと思われる. 結 語 1..早期発症重症妊娠中毒症は,IUGR,神経学 的障害発症率がきわめて高率であるが,的確な周 産期管理によって児の予後が改善可能かどうか検 討した. 2.前期と後期(周産期管理に改良を加えた)において,児の合併症と予後を比較すると,IUGR発 症率,周産期合併症発生率は後期において低率に なったが有意差はなく,神経学的後障害は,後期 において1例もなかった. 3.早発型中毒症母体出生児第1・2子の比較で は,妊娠週数,出生体重は,有意差をもって第2 子の方が多く,新生児合併症,IUGR発症,頭部発 育抑制すべて第2子において低率で,第2子妊娠 中に使用された低用量アスピリンの関与が示唆さ れた. 4.早発型中毒症母体出生児に関しては,的確な 周産;期管理,適切な分晩時期のタイミングによっ て予後の改善は大いに期待でぎる. 本論文は,福山幸夫教授開講25周年記念論文集に捧 げる. なお,本論文の要旨は,第28回日本新生児学会総会 において口演した. 文 献 1)山ロ規容子,原 仁,能勢孝一郎ほか:胎内発 育障害の臨床的研究 第1報 極小未熟児におけ るSFD児の予後に関する比較検討.日新生児会 誌23:569−575,1987 2)山口規容子,三石知左子,原 仁ほか:胎内発 育障害の臨床的研究 第2報 早産児における SFD児の予後に関する比較検討.日新生児会誌 24:510−515, 1988 3)山口規容子,三石知左子,原 仁ほか二胎内発 育障害の臨床的研究 第3報 妊娠中毒症母体出 生児の予後に関する比較検討。日新生児会誌 24:912−918, 1988 4)本多 洋:妊娠中毒症一その名称と分類について 一,周産期医 15:1615−1620,1985 5)中林正雄,坂元正一,関 博之ほか:妊娠中毒症 の遺伝的背景.臨婦産 39:849−852,1985 6)村岡光恵,東舘紀子,中林正雄ほか:妊娠中期発 症型中毒症の特異性に関する臨床統計学的解析. 日産婦会誌 39:S−122,1987 7)岡井 崇:胎児生理の総合的解析による新しい周 産期解析のアプローチ.日産婦会誌 38:1209, 1986 8)中村正雄,村岡光恵,武田佳彦ほか:妊娠中毒症 と組織プラスミノーゲソアクチベータ.産婦血液 10 :343−347, 1986 9)中村正雄:凝固線溶系からみた妊娠中毒症の発症 病理.日産婦会誌 40:1000−1009,1988 10)安藤郁枝,青野一則,安藤一人ほか:早期発症型 純型妊娠中毒症の反復率と低用量アスピリン療法 による反復予防効果.日産婦会誌 44:S−182, 1992