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高校生の道徳的判断の発達を目指した道徳授業

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鳴門教育大学学校教育研究紀要

第33号

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高校生の道徳的判断の発達を目指した道徳授業

阿部 知行,池田 誠喜

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№33 51 鳴門教育大学学校教育研究紀要 33,51-58 原 著 論 文 Ⅰ.はじめに 1.道徳教育で育成する資質や能力  高等学校学習指導要領(文部科学省,2009)は,道徳 教育を「豊かな心を持ち,人間としての在り方生き方の 自覚を促し,道徳性を育成することをねらいとする教育 活動であり,社会の変化に主体的に対応して生きていく ことができる人間を育成する上で重要な役割を持ってい る」と示している。平成28年の中央教育審議会答申の 課題を踏まえた道徳教育の在り方での,「答えが一つでは ない課題に誠実に向き合い,それらを自分のこととして 捉え,他者と協働しながら自分の答えを見出してゆく思 考力・判断力・表現力」や「主体性をもって多様な人々 と協働して学ぶ態度」を育成することの重要性に言及し た提言を受け改定された小中学校の道徳の教科化の動向 や今日の家庭や地域社会及び学校における道徳教育の現 状及び生徒の実態を踏まえると,高等学校においても道 徳教育の充実を更に図ることが強く要請されているもの と捉えることができる。  道徳性とは,人間としての本来的な在り方やより良い 生き方を目指してなされる道徳行為を可能にする人格的 特性であり,統合されたものであるといえる。学校にお ける道徳教育においては,各教育活動の特質に応じて, 特に道徳性を構成する諸様相である道徳的心情,道徳的 判断力,道徳的実践意欲と態度などを養うことが求めら れている(文部科学省,2009)。 2.高等学校の道徳教育の現状  高等学校の道徳教育は,自分の人生をどのように生き れば良いか,生きることの意味は何かについて思い悩む 時期であり,自分自身や自己と他者との関係,広く国家 や社会について関心を持つ時期で,生徒が人間としての

阿部 知行,池田 誠喜

〒772-8502 鳴門市鳴門町高島字中島748番地 鳴門教育大学大学院 ABE Tomoyukiand IKEDA Seiki Naruto University ofEducation,GraduateSchool 748 Nakajima,Takashima,Naruto-cho,Naruto-shi,772-8502,Japan 抄録:本稿は,コールバーグの道徳性発達理論を基に,高等学校でモラルジレンマ(道徳的葛藤)授 業を行い,生徒が内面の自分と向き合い,他者の考えや価値観を知ることで道徳的判断力を高めるこ とを目指した授業実践報告である。高校3年生36名のクラスを対象として,道徳的価値項目「公徳 心と生命の尊さ」を取り上げた。ホームルーム活動の時間を活用し,第1次授業では映画「ジョン Q」 を視聴し,第2次授業でモラルディスカッション(集団討議)を取り入れ授業を実施した。生徒の記 述データ,授業の様子を検討した結果,授業構成上の工夫と展開における一定の成果と課題が明らか になった。 キーワード:高校生の道徳教育 コールバーグ理論 道徳性の発達段階 道徳的判断力 ジョンQ

Abstract:This paper is a practical research report aiming at the development of moral judgment by conducting amoral dilemma lesson composed of Kohlberg’s moral developmental theory to high school studentsand noticing otherstudents’moralvaluesthrough discussion.Participantsin thislessonswere36 high schoolstudents,Thesubjectoftheclassisthemoralvalueitem “Themoralheartand thepreciousnessoflife”. Theselessonswasconducted in 2hoursoflesson composition in 3 hourunitsatthetimeofhomeroom activity. In thefirstlesson,thestudentswatched themovie“John Q.” In thesecond lesson,amoraldiscussion was carried out. The results of the class and the student’s description data revealed certain results in the developmentofthemoraljudgmentoftheparticipating students.

Keywords:Moraleducation forhigh schoolstudentsKohlberg theory Developmentalstageofmorality Moraljudgment

高校生の道徳的判断の発達を目指した道徳授業

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鳴門教育大学学校教育研究紀要 52 在り方生き方を主体的に探求し,豊かな自己形成ができ るようになるための,人間としての生き方に関する教育 であることが述べられている(文部科学省,2009)。  実際には,指導方針や重点目標を定めた上で全体計画 を作成し,公民科やホームルーム活動を中心に各教科・ 科目を通じて年間指導計画に即して道徳教育が実践され ている。しかしながら,実際は,小・中学校のように道 徳の授業が設定されていないことなど,実践研究や研修 の機会が少なく道徳教育が充実しているとはいえない状 況である。  高等学校の道徳教育がこのような状況にあるなかで, 茨城県では,平成19年より,全ての県立高等学校の1 年生において総合的な学習の時間の中で「道徳」の時間 を年間35時間履修させている(小川,2014)。また,東 京都でも平成19年度から実施している「奉仕」の時間 を発展的に統合し,新教科「人間と社会」として平成28 年度から必履修科目として道徳教育に取り組んでいる。 年間35単位時間を確保し,演習や体験活動を通して, 道徳性を養い判断基準を高め,より良い生き方を主体的 に選択して行動できる力の育成を図っている。道徳教育 を高等学校で推進することは,主体的に判断し行動する 力を身につけることにつながることが期待される。 3.Kohlbergの認知発達理論とモラルジレンマ授業  荒木(1997)によると,Kohlberg(1969)の道徳性の 発達とは,道徳的な判断や推論,つまり道徳的な認識 〔公正(fairness)や正義(justice)の見方,考え方〕が変 化することである。同じ行為であっても,その理由を道 徳性の発達という観点から分析すると,道徳性の発達と いう視点から見るとまったく異なることが示されている。 Kohlberg(1969)は,「道徳性」を「公正に関する普遍 的原理」「役割取得の原理」「人間尊重の原理」への志向 と捉え,この道徳性の在りようを道徳的判断から説明し ている。そしてこの理論の哲学的基礎を Dewey(1903)理 論に,心理学的基礎を Piaget(1930)理論においている (Kohlberg1969,佐野・吉田 1993)。  Kohlberg(1969)は,ピアジェの認知発達説に基づき, 認知的発達理論を展開し,次のような基本的な仮説を立 てている。 ①発達は,基本的な認知構造の交換を含む。 ②認知構造の発達は,個体の構造と環境の構造との相互 作用の結果である。 ③認知構造は,常に行為の構造(シェマ)である。  認知構造の発達は,個体と環境の相互作用を通して道 徳規範の分化と統合が起こり,より高次の均衡化に向 かうことによって達せられる。 ⑤文化や社会的環境の影響を受けることが少なく,発達 には普遍性がみられる。  荒木(1997)伊藤ら(2016)によると,Kohlbergの 仮説は,認知的な発達は子どものなかに生じる均衡化へ の営みであり,認知構造が次の段階に変換するためには, 今の概念(シェマ)と環境の対象との間に不均衡状態が 生じることが必要であると述べている。そこで,道徳的 認知を不均衡にするためにモラルジレンマ(道徳的価値 葛藤)状況を作り出すことで,不調和や矛盾を感じ,そ の状況を調整するために自分の考えを変えたり,調整し たりする動機が生まれるという。子どもの道徳的な思考 を刺激して発達を起こすためには,別の視点から考えさ せたり,多くの他の子どもや大人の判断の論拠や意見, 見方に触れさせたりすることが大切である。特に自分よ りも上位の段階の道徳的思考に出会うと,均衡化のため に,自分の概念を調節するよう動機付けられ,結果とし て道徳性の発達段階が押し上げられると説明している。 Kohlberg(1971)は,この道徳性の発達段階を3水準6 段階(表1)に分け,「道徳教育の目標は一人一人の子ど もの道徳判断と道徳能力の発達を促進し,子どもが自分 自身の道徳判断を用いて自分の行動をコントロールでき るようにすることである」と主張している(荒木,1997)。  本稿では,この Kohlberg理論を基にして作られた道徳 教育のための授業スタイルを取り上げて,高校生に実施 することとした。相澤(2010)によると,本稿で取り上 げるモラルジレンマ授業は,価値の教え込みに陥りがち な道徳授業に対して,子ども自身の価値観や自己決定を 最大限に尊重する点,個性や差異を認める点,発達段階 の評価基準に基づいて道徳性の発達を支援できるという 点で優れており,実践する高校生の道徳性の育成に寄与 するものと期待できる。 4.兵庫教育大学方式に道徳の授業  日本においてコールバーグ理論に基づく授業の組織的 な研究が兵庫教育大学の道徳性発達研究会を中心に行わ 表1 Kohlberg道徳性発達段階(出典:荒木,1987) 段   階 水  準 0:自己欲求希求志向-自己の願いが叶うなら ば,それは善い行いである。 1:罰回避と従順志向-道徳的基準は外的,他 律的で,自己の行為の外的な結果が人から ほめられるか,罰せられるかで決められる。 2:道具的互恵主義志向-自己の欲求や利益を 充足するのに役立つ限りにおいて道徳的と する。 Ⅰ 前慣習的水準 (道徳判断は自己中 心的活動の反映で ある) 3:よい子志向-他人からほめられたり,他人 とよい関係をもとうとしたりする方向で道 徳判断がなされる。 4:法と社会秩序志向-義務をはたし,権威を 尊重し,社会的秩序を維持するために伝統 的な権威による罰を避けるように同調する 中で道徳判断がなされる。 Ⅱ 慣習的水準 (社会的賞賛と非難 に 関 す る 期 待 に よって統制された 役割への同調とし ての道徳判断) 5:社会的契約と法律的志向-正しい行為は個 人的権利を考慮しながら,かつ社会全体か ら承認されるような形で判断される。 6:良心または原理への志向-社会的統制に合 致するだけでなく,論理的普遍性を一貫性 に照らして自己選択した原則に合うかを判 断していく中で良心が働く。 Ⅲ 慣習以後の自律 的,原則的水準 (慣習にとらわれた 判断をこえて自律 的に判断する)

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№33 53 れてきた。そこで構築された授業モデルは,Galbrith & Jons(1975)や Bee yer(1976)らの授業過程(1時間モ デル)を参考にして,1982年に荒木らにより開発され たもので,兵庫教育大学方式として知られている。荒木 (1991,1995)は,モラルジレンマ授業において押さえ るべき要素,条件,留意点を次の7点示している。 ①道徳教育のねらいは,子どもの道徳性をより高い水準 に発達させること ②そのため,授業では子供に解決を迫るモラルジレンマ 資料を用意する ③ジレンマに対して自分の意見を表明する ④教師を交えた話し合いのなかで,自分の考えを他人の 考えと絡ませて吟味し,練り上げる。話し合いを有効 な思考過程にするため ・役割取得の機会-他者の立場に立って考える ・道徳性の発達から見て-段階上位の考え方に触れる- 道徳的な認知的葛藤を経験する ・行動が引き起こす結果が他者に及ぼす影響を推論する ⑤最終の判断とその理由をまとめる ⑥教師の役目は子供の学習を助ける水先案内人,補助, 介添える ⑦学級の雰囲気を公正や正義を重んじ,思いやりを大切 にする道徳的な環境とする学級経営に心がける Ⅱ.研究の目的  本実践研究の目的は,高等学校のホームルーム活動を 活用して,道徳の授業を行い,高校生の道徳性を高める ことである。他者の考えや価値観を知ることで道徳的判 断力を高める学習活動を構成する。そのための工夫とし て,①モラルジレンマ資料の選択,②協同的なコミュニ ケーション,③2つの支援方法を用いた授業を実践し, 成果と課題を検討することとした。 Ⅲ.方法 1.対象  対象 公立高等学校 3年生(36名)  時期 平成 X年 Y月 2.方法  本実践では,中学校道徳科における内容項目「公徳心」 と「生命の尊さ」を取り上げ,3時間の授業を設定し, 第1次では2時間を使い資料の映画「ジョン Q」を視聴 した。第2次では,資料の内容について自分自身で深く 考え,ディスカッションを通して他者の考え方や感じ方 に触れ,再度,道徳的判断を行う授業を実施(表2)。 3.検証の方法  生徒が記述した第1,2次判断の結果を賛否の数字に よって考察するとともに,ワークシートに記述された生 徒の考えをコールバーグの道徳性発達段階の3水準6段 階に当てはめ,授業を通して,道徳的判断がどのように 変化したか検証する。検証に当たっては,大学教員2名 と大学院生2名によって,コールバーグの道徳性発達段 階(表1)をもとに,どの発達段階に当てはまるかにつ いて検討し決定した。 Ⅳ.学習支援の工夫 1.授業構成上の工夫  1)モラルジレンマ資料の選択  授業で取り扱う資料は,各出版社から発行されている 道徳に関する書籍から,新聞記事,小説,詩歌など多種 多様ななかから選択することができる(西村2013)。今 回モラルジレンマ資料として映画「ジョン Q」を選択し た理由は2つある。第一として,この作品が道徳的価値 項目である「公徳心」「生命の尊重」がどちらも大切なも ので,この内容項目のどれを重視するかは簡単に判断で きない物語りの資料で,高校生にモラルジレンマ状況を 容易に作り出せることがあげられる。答えのない問題に ついてディスカッションすることにより,自分自身の考 えが保証される状況により,活発な意見交換や議論が展 開されることにつながると考えた。第二は,映画資料な ので,映像や音楽,登場人物の喜怒哀楽の感情を五感を 通して感じることができ,深く自己関与される資料と なっている。このことにより,モラルジレンマ授業にお ける役割取得の機会を作り出すことが期待できる。  2)第1次・第2次判断におけるディスカッションの 意義  授業実践は,図1の学習指導案の通り,第1次判断・ 理由づけ→ディスカッション→第2次判断・理由づけの 順に実施する。自己の判断を決定する際,第1次判断で は自己の価値観など内的な価値判断を中心として判断し, ディスカッションで他者の意見や多様な道徳的価値に触 れることで違った側面から第2次判断を行い,理由づけ することで,道徳性をより高めることにつなげることが 表2 学習計画 授業内容 授業回数 モラルジレンマとは何か?モラルジレンマ資料 映画『ジョンQ』の視聴 第1次授業① 道徳性を高めるとは? モラルジレンマ資料 映画『ジョンQ』の視聴 第1次授業② モラルディスカッションのためのグループでの係決め 第1次判断,モラルディスカッション,第2次判断 第2次授業

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鳴門教育大学学校教育研究紀要 54 できると考える。 2.授業展開上の工夫  1)ディスカッションの活性化  ディスカッションが活発に行われるための展開上の工 夫を3点示す。第一に,生徒自身が自分の意見を持ち, その理由について根拠を示し他の生徒に説明できるよう に準備させることである。その為に,ワークシートに記 述する目的を理解させるとともに,自分自身の考えを ワークシートに記入する時間を十分にとる。第二として, 少人数のグループをつくり,あらかじめ司会進行,記録, 発表の役割をグループ内で決めておくことで,効率的に ディスカッションを実施できると考えた。第三として, この正解があるわけではない問いであることを重視し, たとえ少数意見であったとしても安心して発表するよう 教師が全体に伝える。  さらに,オープンエンドの終末とし,同様の効果とな るよう構成した。  2)バランスに配慮した発問  発問は,生徒の実態やディスカッションでの意見の偏 りに注意し,ディスカッションや第2次判断で少数意見 のため議論に取り上げられづらい状況が生じた際に,少 数意見を尊重するように生徒を意識づける。また,偏っ た結論に流れていくようであれば,反対の考えの正当性 を問う発問を提示し,多角的・多面的で活発なディスカッ ションとなるようにする。 Ⅴ.教育実践の実際 1.授業の実際  1)主題名 「君はルールと命のどちらを選択するの か」  第1次授業 教材資料 「ジョン Q」の鑑賞  第2次授業 「君はルールと命のどちらを選択するの か」  2)学習指導計画  学習指導案を図1に示す。 【第1次授業】 モラルジレンマ資料の映画「ジョン Q」の視聴  第1次授業では,モラルジレンマ資料の映画「ジョン Q」を視聴した。事前に,内容(あらすじ)・登場人物に ついて説明し,授業の内容と関係する公徳心と生命の尊 さの道徳的価値項目2つを示し,着目するポイントを押 えて視聴するよう指示した。また,教材資料の視聴後, 6〜7名の6班を編成し,司会進行,記録,発表の係決 めを行い次回の授業で実施するディスカッションの準備 を行った。  教材資料に対して多くの生徒が興味を示し,真剣に視 聴することができていた,なかには純粋に親が子を想う 気持ちに心を揺さぶられ,感情移入して涙を流している 生徒が数名見受けられた。また,自発的に意見交換が行 われるなど,生徒たちにとって興味を引く資料となった。 図1 学習指導案

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№33 55  教材資料の視聴後,第2次授業に向けて,授業の流れ を確認した。公徳心と生命の尊さの2つの道徳的価値を 自分自身に照らし合わせて判断し,その内容をもとにグ ループごとにディスカッションを行うことを確認,グ ループ分けと役割分担を決めた。 映画「ジョン Q」のあらすじ ───────────────────────── 舞台はアメリカ・シカゴ。ある朝寝ていたジョンは表で がちゃがちゃと機械が動く音に気付き,飛び出すとロー ンの不払いで妻デニーズの車が差し押さえられ回収され ようとしていた。ジョンは妻が仕事に行けなくなると訴 えるが,差し押さえた人はそれならローンを払えと言い 放ち,妻の車は無情にも回収された。ジョンは最近会社 のリストラの対象となり,正社員からパートに格下げさ れ,給料が減り生活が苦しかった。朝食の席でも新聞の 求人欄を見て新しい収入源を見つけようと必死になった。 パートに格下げされたため仕事は半日で終わり,工場勤 務のため不慣れなネクタイを締めて副業をしようと面接 を受けるが落とされ続けた。苦しい生活でも救いは息子 マイクの明るい笑顔を見られることだった。週末,少年 野球に所属しているマイクの試合を見ていると,走って いる最中にマイクは胸を押さえて倒れ,その場で昏睡状 態に陥った。地元の救急病院に運び,別室で外科医のレ イモンド・ターナーと病院長のレベッカが,マイクは重 度の心臓病で,一刻も早い心臓移植手術が必要だと告げ た。ジョンは移植者リストにマイクの名前を載せるよう に頼むが,手術費用は高額で,移植待ちのリストへ載せ るだけでも高額の費用を払わなければならない。レベッ カは「あなたが入っている保険は,移植手術には適用さ れない」と告げた。 ジョンが働いている会社に問い合わ せると,ジョンが正社員からパートに格下げされ,無断 で会社の都合で保険のランクも下げられたため,移植手 術には適用されないうえ,両親ともに職がある事から国 からの補助も受けられない。ジョンとデニーズは家具を 売り払い,寄付を集め金策に走ったが,病院からは支払 いが足りず退院勧告が出される。我慢の限界に達した ジョンは,医師や患者を人質に救急病棟を占拠。マイク を移植待ちリストへ載せることを要求するのだった。 ───────────────────────── 【第2次授業】 道徳的判断とモラルディスカッション  第2次授業では,視聴した映画のなかの登場人物の気 持ちやモラルジレンマの状況に対し,自分自身の道徳的 価値に照らし合わせ,賛成か反対かを問う第1次判断を 行い,その根拠となる理由をワークシート(図2)に記 入後,さらに付箋に理由を記入し黒板に添付して可視化 した。次に,6つのグループに分かれディスカッション を行い,自分の考えの根拠を示して相手に伝えるととも に,他者の意見を聞き物事を多面的・多角的に考え,さ らに,グループの意見を発表し合い,他者の意見を参考 に第2次判断を行い,その理由をワークシートに書き, 最後に付箋に書いて黒板に添付した(図3)。  授業の初めに,モラルジレンマとなる道徳的価値項目 について確認し,何について判断するのか明確にするこ とで,第1次判断を適切に行うことができた。ワークシー トの記入については,根拠を示して理由を述べている生 徒が多数であったが,無記入の生徒も見受けられた。  ディスカッションでは,各グループで司会進行係を中 心に積極的な取り組みが行われ,予想以上に自発的に意 図2 ワークシート 図3 第1次2次判断を黒板に添付

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鳴門教育大学学校教育研究紀要 56 見を交わす光景が見られた。 Ⅵ.結果 1.記述分析  第2次授業で用いたワークシート(図2)記述より, 道徳的判断の違いをまとめたものを図4に示す。  第1次判断では,賛成派は,「自分が親なら子供の命だ けはどうしても守りたい」「法律のために亡くなっていい 命なんてない」と理由づけしている記述があり,「生命の 尊さ」はもとより,「社会正義」や「家族愛」の道徳的価 値が第1次判断に影響をおよぼしたのではないかと考え られる。反対派は,「国が決めていることだから」「関係 のない人を巻き込んではいけない」「自己中心的で,周囲 のことを考えていない」と理由づけしており,「公徳心」を はじめ,「遵法精神」「公正・公平」「社会正義」の価値項 目が判断材料として影響していると考えられる。  第2次判断では,ディスカッションと各グループの発 表を踏まえ,自分とは違う判断理由について多角的・多 面的に考えることにより,これまでの判断よりも広く深 く考えている記述がみられた。その結果,第1次判断よ りも迷いがみられ自分自身ではどちらが良いか明確に判 断することができない生徒も増加した。  第1次判断では,「自分がその立場なら」と記述してい た生徒が1名だったのに対し,第2次判断では6名と増 加したことから,主人公の立場に自分を置き,自分のこ ととして捉え深く考慮したことが分かった。  次にワークシート(図2)に記述された道徳的判断と その理由を第1次判断と第2次判断に分けて比較した結 果を表3に示す。  さらに,図5にコールバーグの道徳判断の発達段階3 水準6段階(表1)に当てはめた人数の内訳を示した。 結果,第1次判断では,5段階3名,4段階26名,3段 階7名だったのに対し,第2次判断では,5段階10名, 第4段階20名,第3段階6名の結果となった。 Ⅶ.成果と課題 1.授業の様子より  第1次授業では,生徒が授業の目的をよく理解し,資 料となる映画に興味を示して視聴していた。そのため, ほとんどの生徒が資料に深く自我関与し生徒自身の道徳 的価値や自己の内面と向き合い道徳的判断を行うことが できていた。モラルジレンマを取り扱う授業では,教材 としての資料の選択が授業の成果に大きく影響する。今 回用いた視聴覚教材は映画資料で在り,資料のテーマが モラルジレンマそのものであることから,生徒がモラル ジレンマ状況になり,道徳的判断を行い,考えを深める のに適していた内容であった。また,授業中に生徒から 「いままでに道徳の授業で洋画を観たことがない」「この ような形態の道徳の授業だったら集中して取り組める」 といった声を聞き,資料の選択の成果がみられた。  ディスカッションでは,各グループの司会進行係が中 心となり,多様な意見や考えを引き出し,活発に意見交 換が行えるよう調整する姿が見られた。また,自分の考 えを根拠を示して相手に伝えるよう指示していたことも あり,ただ賛成反対で終わるのではなく,「〜だから」 「〜の理由で」という話し方で発表することができていた。 また,他者の多様な意見や価値観について知る貴重な機 会になった。  授業が進み,第2次判断を実施する頃には,主人公の 行為に対し賛成派が優勢となっていた。そこで少数派の 反対意見をもう一度吟味するために「このような事件が 多発しても社会は成り立つのか?」と再び道徳的価値の 意味や意義を尋ねる発問をした。多様な見方や考えがで きる場面で,特定の見方や偏った価値に流れていかない ようにすることと,もう一度悩み考えることで,道徳的 判断力が高まるきっかけとなったと考えられる。 23 26 6 13 7 0 1 2 賛成 反対 分からない 図4 道徳的判断の結果 0 0 10 3 20 26 6 7 0 0 6 5 4 3 2 1 第1次 判 断 第2次 判 断 図5 第1次・2次の道徳的判断理由による 生徒の道徳性発達段階の人数内訳

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№33 57 2.振り返り分析  モラルジレンマの状況を設定し,公徳心と生命の尊さ の2つの道徳的価値に対しどちらかを選ぶ第1判断のな かで,賛成派の「自分が親なら子供の命だけはどうして も守りたい」「法律のために亡くなっていい命なんてな い」,反対派の「国が決めていることだから」「関係のな い人を巻き込んではいけない」「自己中心的で,周囲のこ とを考えていない」等の記述が多数みられた。中学校道 表3 道徳的判断と第1次判断と第2次判断理由の比較 判断 理由 第2次判断 判断 理由 第1次判断 4 自分が親なら子供の命だけはどうしても守りたいと思 う。 賛成 4 自分が親なら子供の命だけはどうしても守りたいと思 う。 賛成 3 いろんな意見を聞いたが,やはり命を優先する。 賛成 3 命より大切なものは無い。 賛成 5 無記入 賛成 5 脅迫することは良くないが,人を殺すつもりはなかっ たから。 賛成 4 無記入 賛成 4 命はかけがえのないものだけど,1つの命のために多 くの人を犠牲にするのはおかしいと思う。 反対 5 また同じことが起こるかもしれないが,ルールを変え ればよい。 賛成 4 ルールを守ることより一人の命を救う方が大切だから。 賛成 4 人を殺していなくても脅迫 反対 4 銃まで出してはいけない,人は長く生きることに意味 があるか,いつか死ぬから。 反対 4 無記入 賛成 4 国が決めていることで,個人の意思だけで行動するこ とは許されない。 反対 3 無記入 賛成 3 死んでしまった人はもう戻ってこないから。 賛成 3 無記入 賛成 3 法律のために亡くなっていい命なんてない。 賛成 4 やはり関係のない人を巻き込んではいけない。 反対 4 関係のない人を巻き込み危険な目にあわすのは許され ない。 反対 5 最愛の人を守るにしても方法が間違っている。話し合 い。 反対 4 自分の都合で,他人を人質に取ることは許されない。 反対 5 無記入 賛成 5 助けられる方法があるのに,金銭的な理由で死なせて しまうのはやりきれない。 賛成 5 無記入 賛成 5 命は一度きりで,犯罪は償えるから。 賛成 5 やっぱり理屈では人の命は助けられない。未来の命 救った。 賛成 4 本当はやってはいけないことだけど,行動しなければ 息子は死んでいたから。 賛成 4 そのような人たちは世界中にいると思うから。けど悩む 反対 4 そのような人たちは世界中にいると思うから。 反対 3 自分も同じことをする。 賛成 3 金より命 賛成 4 守りたいのはわかるけど,違う方法を探すべき。 反対 4 関係のない人を巻き込んではいけない。 反対 5 罪を犯して助けるのでは意味がない。他の方法があっ た。 反対 4 子どもを守るためでも他人を巻き込んではいけない。 反対 4 行為は正しくないけど,命には代えられない。 賛成 4 許されることではないけど命には代えられない。 賛成 4 そうする状況しかなかったと思うけど,他にもいると 思う。 分からない 3 機関に助けを求めてもダメなのはあまりにもひどすぎる。 賛成 4 社会のルールを変えるきっかけとなったから。しょう がない状況。 賛成 4 大切な人を助けたいという気持ちは当たり前で,他の 人を殺していないから。 賛成 4 主人公の行動は制度を変えるきっかけとなったから。 賛成 4 社会のルールだからという理由で息子を死なせたくない。 賛成 4 自分にも,他者にも大事なひとがいるから。 分からない 4 命を最優先する気持ちはわかるが,無関係の人を巻き 込むのは違うと思った。 反対 4 自分も同じ判断をすると思う。 賛成 4 やってはいけないことだが,だれも傷つけないよう計 画を立てていたからしょうがない状況。 賛成 4 その立場にならなければわからない。 分からない 4 気持ちはわかるけど他の方法を探すべき,判断が間 違っていた。 反対 5 社会を変えるきっかけとなったのは良いと思った。 賛成 4 気持ちはわかるけど他の方法を探すべき,判断が間 違っていた。 反対 3 危害を加えるつもりがなく行動したので。 分からない 3 あの状況ではそうせざるを得なかった。 賛成 4 ルールを変えることができたことが良かった。 賛成 4 子どもを助けるために病院をジャックすることは悪い ことだが,社会を変えるきっかけとなったから。 賛成 3 色々な意見を聞いたが,命には代えられない。 賛成 3 命の方が大切だと思ったから。 賛成 5 ルールを守るために命を奪うのは違うから。ルールを 変える 賛成 4 やってはいけないことだと分かっていても,子供が大 切だと思う気持ちがわかる。 賛成 4 周りのことを考えなければいけないが,その立場に なったら分からない。 分からない 4 自己中心的で,周囲のことを考えていない。 反対 4 他にもそういう人がいることはわかるが,この行動に 賛成 賛成 4 子どもの命が大切なのが分かる。他の命を奪う気はな かったから。 賛成 5 主人公がそうでなかったとしても第二の主人公が現れ たから。 賛成 4 犯罪でも,良い方向に変わっていったから。 賛成 4 自分も同じ立場ならそうする共感できる。 賛成 4 犯罪はいけないが,金銭を理由に,命を大切にしない 社会を変えようとした主人公はすばらしい。 賛成 4 他に危害を加える気はなかったし,自分もどうするか 分からない。 分からない 4 他にもいるし,たくさんの人を巻き込んではいけない。 反対 4 自分にも,他者にも大事な人がいるから分からなく なった。 分からない 4 ルールではわかっていても他に手段がなかったから。 賛成

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鳴門教育大学学校教育研究紀要 58 徳科における内容項目に当てはめてみると,生徒が社会 正義や家族愛,遵法精神や公正・公平など,2つの道徳 的価値以外の価値基準によって判断していることが分 かった。この結果から,道徳的葛藤が起こっている場面 で,2つの道徳的価値について判断する場合でも,多様 な価値判断が影響していることが見取れた。  表3の第1次・第2次判断の記述の内容をもとに,道 徳性の発達段階の変化を検証した結果,第4段階が26名 から20名に減少し,第5段階が3名から10名に増加し た。第4段階から第5段階に移行したと考えられる7名 の生徒のなかで,賛成派の一人は「ルールを守ることよ り,一人の命を救う方が大切だから」から「また同じこ とが起こるかもしれないが,ルールを変えればよい」と 回答し,反対派の一人は,「自分の都合で,他人を人質に 取ることは許されない」から「最愛の人を守るにしても, 方法が間違っているので違う方法を」と回答が変化した。 前者は,生命の尊重を主張しつつも,社会正義や遵法精 神の道徳的価値も大切という思いが感じられ,後者は, 公徳性を主張しながらも,主人公の行動に対して共感す る部分が芽生えたことが見取れる。また,第1次・第2 次判断で立場が変わった生徒は,各グループでのディス カッションや発表を通して,他の生徒の多様な考え方や 価値観に触れたことによって道徳的判断が変化した。こ のことから,他者の立場から自分自身を見つめなおし ディスカッションをする経験を通して,役割取得能力が 身につき,道徳性が高まるきっかけとなったと考えられ る。 3.課題  本実践は,生徒のワークシートの記述を中心に分析, 検討したものであるため,効果の検証がある側面でしか 捉えられておらず,授業中の生徒の態度や発言,思考の 変容についての検証がなされていない。道徳の授業では, そうした生徒の様子や発言が大切であり併せて検証して いく必要がある。今後は,さらに多面的・多角的な評価 を用いて信頼性を高め,道徳の実践に取り組んでいきた い。 <文献> ・相澤伸幸(2010)新旧の道徳教育の理論と実践 吉田 武男・相澤伸幸・柳沼良太(著) 学校教育と道徳教育 の想像 学文社 pp.58-113 ・赤坂真二(2011)授業づくりこそ,学級づくりの王道 である 諸富祥彦・赤坂真二・会沢信彦(編) 学級づ くりと授業に生かすカウンセリング(チャートでわか るカウンセリング・テクニックで高める「教師力」)  ぎょうせい pp.10-13 ・荒木紀幸(1995)ビデオで授業レッスン4 モラルジ レンマの授業 中学1年 明治図書 ・荒木紀幸(1997)続 道徳教育はこうすればおもしろ い ・荒木紀幸(2015)兵庫教育大学方式によるモラルジレ ンマ授業の研究 道徳性発達研究第9巻第1号3-4 ・荒木紀幸(1991)[道徳性の発達と学校教育] 大西文 行編「信・児童心理学講座9 道徳性と規範意識の発 達」141-147 金子書房

・Beyer,B.K. (1976) Conducting moral discussion in the classroom,Aplil.SocialEducation,194-202

・Dewey,J (1903) The logical conditions of a scientific treatmentofmorality.Chicago,Illinois:Univ.ofChicago press. ・Galbrith,R.E. & Jonse,T.M(1975) Teaching strategies for

moraldilemma.SocialEducation,1,16-22

・伊藤文一 柴田悦子(2016)生徒が主体的に「考え, 議論する」道徳科の実践的研究 福岡女学院大学紀要・ 人文学部編第26号 pp.41-42,49,54 ・岩井俊憲(2011)勇気づけの心理学 金子書房 ・岩佐信道(1985)道徳性の発達心理学 1.道徳判断 の発達教育心理 vol.33 no1.日本文化科学社 ・Kohlberg,L (1969) stage and sequence:The cognitive

-developmental approach to socialization. In D.A.Goslin (ED.) Handbook of socialization theory and research. chicago:Rand McNally.pp.347-480 永野重史(監 訳)1987 道徳性の形成:認知発達的アプローチ 新 曜社 ・Kohlberg(1971)「である」から「べきである」へ  永野重史(編)道徳性の発達と教育:コールバーグ理 論の展開 信曜社 ・文部科学省(2009)高等学校学習指導要領解説 総則 編 pp.18-19 ・文部科学省(2009)高等学校学習指導要領解説 総則 編 pp.22-25 ・西村正登 2013 モラルジレンマと構造化方式によ る道徳授業の比較研究 山口大学教育学部付属教育実 践総合センター研究紀要第36号 2013 pp.64-65 ・小川哲哉 渡邊英一 渡邊哲郎(2014)茨城大学教育 実践研究33 公共性を考える道徳教育実践 高校道 徳の事例から PP.135

・Piaget,J(1930)LeJugementmoralchez,I`enfaut. 大伴茂 (訳)(1957)臨床児童心理学Ⅲ 児童道徳判断の発達  同文書院 ・佐野安仁・吉田謙二(1993)コールバーグ理論の基底  世界思想社 ・新富康央(2009) 個と集団を育てる学級づくり 児 童心理63⑹ 金子書房 pp.12-17

参照

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