原 著 〔東女医大誌 第62巻 第11号頁1203∼1207平成4年11月〕
Duchenne型筋ジストロフィーにおける運動障害の
自然歴からみた歩行不能年齢予測
東京都立東大和療育センター(院長:三吉野産治) 東京女子医科大学 小児科学教室(主任:福山幸夫教授) ヒラ ヤマ 平 山 ヨシ ト義 人
(受付 平成4年8月5日) Predicting Loss of the Ability to Walk Based on Disease Course in Duchenne Muscular Dystrophy Yoshito HIRA.YAMA Tokyo Metropolitan Higashiyamato Medical Center for Handicapped(President:Sanji MIYOSHINO) Department of Ped童atrics(Director:Prof. Yukio FUKUYAMA) Tokyo Women’s Medical College Duchenne muscular dystrophy(DMD)becomes symptomatic during early childhood, but the natural course of motor deter量oration is variable. In order to predict the age at which the ability to walk is lost, I analysed serial data from 15 cases with DMD. Clinical evaluation was based on strength testing, time required to perform functional tasks, and muscle stretch reflexes. The following results were obtained:Patients with DMD lost the ability to walk①within 39。4±18.2 months after the ability to run or walk 20 meters(as fast as was compatible with safety)peaked,②within 38.4±18.2 months after the ability to climb 5 stairs peaked,③within 31.9±12.8 months after the point at which six seconds or more was required to stand up from a supine position,④within 19.2±10.O months after the patellar tendon reflex disappeared,⑤within 18.4±7.O months after the ability to extend the upPer extremity against gravity was lost. 緒 言 Duchenne型筋ジストロフィー(以下DMD)は 幼児期に発症し,20歳までに死の転機をとること が多い代表的な神経筋系難病であるが,その経過 は必ずしも画一的ではないD∼3).経過中に歩行が 可能であるか否かはDMD担当の生活様式に大き く関わるため,歩行が不能となる年齢をあらかじ め予測することができれぽ,患児や家族への励ま しとなり,車椅子作製時期の決定,治療効果の判 定に極めて有用と思われる.著者はすでに歩行不 能となったDMD患児15例の外来診察記録をもと に,歩行不能となる年齢を予測するための手掛か りにつき後方視的に検討した. 対象および方法 対象は国立精神・神経センター武蔵病院小児神 経科外来を受診したDMD患児のうち,受診中に 歩行不能に陥った15名で,歩行不能に至るまで原 則として月に1度外来を受診した例に限った.全 例にビタミγEとATP製剤の投薬を続けたが, 10例では一時期ベスタチン(一部の例ではプラセ ボー)を加えて投薬した.なおベスタチンの治療 効果は否定されたため4),本剤の試用は約2年間 で中止した.さらに,小児神経科受診時に,リハ ビリテーションスタッフによる機能訓練を受け, また自宅でも機能訓練を続けるよう専門医が指導 した.初診時年齢は最:少1歳3ヵ月から最長6歳8カ 月の間に分布し,平均50.1±29.4ヵ月であった. 初診時より歩行不能に陥るまでの平均観察期間は 55.4±29.4ヵ月であった.また歩行不能に陥った 年齢は,最少6歳7ヵ月から最長11歳i1ヵ月,平 均105,3士24.7ヵ月であった.症例の概要を表1に 示した. 診断は臨床像,生検筋の組織所見(1例では筋 生検は未施行であるが,同一疾患の兄の組織検査 は施行済みであった),血清CK値の上昇をもとに 下した, 外来診察時には,厚生省低分子酵素阻害物質に よる難病治療薬の開発研究班(新薬開発班)で使 用したプロテアーゼ阻害剤であるNK421(ベスタ チン)の治療効果を評価するために作成した評価 表4)にそって,臨床症状および検査所見の経時的 変化を追った.その主要項目は服薬状況機能訓 練,体重,運動能力(20m直進走行(最:大速度で の歩行)時間,階段昇降口の姿勢と時間,背臥位 から腹臥位になるまでの所要時間,背臥位から坐 位になるまでの所要時間,背臥位から立位になる までの所要時間等),腱反射(上腕二頭筋反射,上 腕三頭筋反射,擁骨反射,膝蓋腱反射,アキレス 腱反射),徒手筋力テスト(頸部の前屈と背屈,肩 関節・肘関節・手関節各々の伸展と屈曲,躯幹の 前屈と後屈,股関節・膝関節・三関節各々の伸展 と屈曲),関節可動域,臨床検査(血液,尿を含め て28項目)など合計75項目であった.今回これら の項目の経時的変化,ならびに歩行開始時年齢, 痙攣の有無,経過中の骨折や捻挫の有無など経過 観察中に得られた情報に基づいて,DMD児が歩 行不能に陥る年齢を予想しうるか否か後方視的に 検討した.なお前記の評価表に沿った経過観察を 開始したのは昭和60年以降であるが,評価表にあ る半数以上の項目については以前より経過観察中 であったので,その資料も必要に応じ利用した. 結 果 1.歩行不能年齢の予測 1)歩行開始年齢からの予測 歩行開始年齢の最年少は11ヵ月,最年長は1歳 表1 症例の概要 症例 歩行不能N齢串 初診時 N齢 條ヤ6秒艸起立所要 起立不能@年齢 走行最短@年齢 PTRチ失年齢 処女歩行 o現年齢有意語 知 能 1 6/7 4/11 5/4 6/1 5/2 6/2 1/3 1/0 B 2 7/3 6/4 6/5 7/0 / 6/10 1/6 1/0
A
3 7/3 1/5 6/0 6/10 5/8 5/9 1/5 1/0N
4 7/4 5/1 / 6/7 5/0 5/7 1/4 1/0N
5 7/11 5/10 6/2 7/3 5/10 5/10 1/6 1/6A
6 8/0 2/4 5/10 6/10 4/4 6/10 1/4 1/9 B 7 8/6 5/3 6/0 7/5 5/2 7/6 1/3 1/0 B 8 8/10 2/2 6/8 8/6 4/10 7/4 1/4 0/10 B 9 8/11 2/10 6/4 8/6 6/8 7/8 1/3 1/11 B 10 8/11 1/11 6/4 8/5 5/2 7/11 1/11 1/8 B 11 9/7 4/5 6/2 8/3 6/10 7/0 1/4 0/7N
12 9/8 5/2 6/8 8/6 5/4 7/6 1/6 1/6N
13 10/4 7/1 7/8 9/6 7/0 9/2 1/2 1/6 B 14 10/11 6/8 8/6 、10/0 7/6 9/2 1/3 1/3N
15 11/11 1/3 7/0 8/8 4/0 8/0 0/11 0/11N
寧年齢は歳/月で表示した. 榊起立所要時間が6秒になった時の年齢 PTR:膝蓋腱反射. B:境界, A:軽愚。 N:正常11ヵ月,平均16.2±2.5ヵ月であった(表1).歩 行開始が最も早かった症例15(11ヵ月で歩行開始) は,最も遅くまで(11歳11ヵ月)歩行可能であっ た.一回目歩行開始が最も遅かった症例10(1歳 11ヵ月で歩行開始)が歩行不能に陥った年齢は8 歳11ヵ月で,これは歩行不能に陥った年齢として は9番目に遅いものであった.残り13例の歩行開
始年齢は1歳2ヵ月から1歳6ヵ月の間で,歩行
開始年齢と歩行不能年齢との間には相関は認めら れず,歩行開始年齢から歩行不能年齢を推定する ことは出来なかった。 2)運動機能の経時的変化からの予測 (1)20m直線走行時間 一過性ではあったが経過観察中に14例の走行時 間が短縮した,走行最:短時間は7秒から15秒と個 人差がみられたが,最短になってから39.4±18.2 ヵ月で歩行不能に陥った. (2)階段昇降時間 階段を5段昇降するための所要時聞の変化を 追ったところ,14例では経過観察中に昇りの所要 時間が短縮し,最短になってから38.4±13.3ヵ月 で歩行不能に陥った. 経過観察中に下りの所要時間が短縮したのは13 例で,最短になってから歩行不能に陥るまでの時 間は平均33.2±16.2ヵ月であった.この結果,階 段昇降時間から歩行不能年齢を予想するには,昇 りの所要時間が最短になった時期に注目したほう が,より早期に歩行不能年齢を予測でぎることが 判明した.なお,使用した階段は特別なものでな く,診察室と廊下を挟んで向かい合った,両側に 手摺のある普通の階段で,1段の高さは25cm,奥 行きは30cmであった. (3)体位変換時間(図1) 背臥位から腹臥位(寝返り),背臥位から回忌(起 座),背臥位から立位(起立)になるまでの所要時 間の経時的変化を追ったところ,起立所要時間は 起座所要時間および寝返り所要時間より早期に延 長した.個人差が認められたものの最短起立時間 は3秒から5秒置,6秒を越えると加速度的に所 要時間が延長する例が多かった.それ故,体位変 換時間の変化から歩行不能時期をより早期に,よ 所要一州 (秒) 40 30 20 10 ヨゆ 年齢(歳) 3 4 5 6 7 8 9 図1 起立,起坐,寝返り所要時間の経時的変化(症 例9) 翼耐:陽 ’・: A㌦ ・:覗 年齢(歳) 図2 膝蓋腱反射消失から歩行不能に陥るまでの期間 (幽の左端は反射消失年齢,右端は歩行不能年齢) り確実に予想するためには,起立所要時間が6秒 を越える時期に注目すべきであるとの結論にい たった.起立所要時間が6秒を越えてから歩行不 能に陥るまでの期間は,平均31.9±12.8ヵ月で あった. 3)膝蓋腱反射の消失時期からの予想(図2) 上肢の腱反射は初診時より認められない例が多 く,またアキレス腱反射は歩行不能に陥った後に も存在する例が多かったことから,これらの腱反 射の消失時期から歩行不能年齢を推測することは 難かしかった.一方,膝蓋腱反射が消失してから 19.2±10.0ヵ月後k歩行不能に陥ることが判明 し,膝蓋腱反射の消失時期から歩行不能時期を推 測することが出来た. 4)筋力の経時的変化からの予測(図3) 前述のごとく躯幹および7つの関節運動に関わ る拮抗筋群の徒手筋力テストを継続して行ったと筋力 5 4 3 足関節底屈筋 2 1 0 肩関節屈曲筋 肩関節伸展馬 弓関節前屈筋 年齢(歳) 図3 徒手筋力テスト結果の経時的変化(症例9) ころ,歩行不能年齢を予測するためには,三関節 における上肢後方挙上(伸展)力の経時的変化を 追うのが最も有用であるとめ結論に至った.その 理由は,上肢後方挙上に関わる筋群の抗重力運動 は他の筋群に先駆けて消失するため,抗重力運動 ができなくなってから歩行不能に陥るまでの期間 が最も長く,より早期に歩行不能時期を予測する ことが出来るためである.その他,徒手筋力テス トにあたって抗重力運動の有無を捕らえることは 容易で検者の主観が入る余地が無い,躯幹前屈力 は健常児でもかなり差がある,全経過を通じて重 力に抗してのi頸部前屈が出来ない例がある,足の 底屈力は歩行不能になってもよく保たれている例 が多いなどの理由による.重力に抗した上肢伸展 がでぎなくなってから平均18.4±7.0ヵ月後に歩 行不能に陥った. 5)その他 血清CK値をはじめとする血液検査結果に注目 したが,経過観察;期間中に使用検査機種が変更さ れ正常値が変ったため,今回の検討資料として利 用しなかった. 肥満度(実測体重一身長からみた標準体重/身長 からみた標準体重を%で表示したもの)と歩行不 能年齢の関係を検討したところ,歩行不能に陥る 2年半から.3年前の肥満度は+8.4%から一 12.5%の間にあり,情報が得られた11例全てが正 常範囲に入っていた.さらに歩行不能に陥る6カ 月以内の肥満度は一25.0から+14.6%の間にあ り,肥満とさ.れる十20%を越える者は皆無で,肥 満度から歩行不能年齢を予想する手掛かりは得ら れなかった. 心理判定員による正確な知能検査は未施行であ るが,有意語の出現年齢,円域寺門乳幼児発達テ スト,診察時の協力態度,学業成績(全例が小学 校は普通クラスに入学した)から推定して,IQ50 以下の知能障害を呈した症例はいなかった.とは いえ明らかに精神遅滞(軽愚)を合併していると 思われた者が2名,境界と思おれた老が7名いた. 対象の臨床像をまとめながら,知能障害は歩行不 能に陥る時期を早める要因になりうるとの印象を 受けたが,知能障害例でも歩行不能に陥る年齢に かなり差があり,知能から歩行不能年齢を予測す る事は難しかった. 考 察 DMDの自然経過について多くの報告がみられ るが,6歳から11歳までに歩行不能に陥るとする 報告が多く1)∼3),対象例が歩行不能に陥った年齢 は既報と掛け離れたものではなかった. 症例15は11歳11ヵ月まで自力歩行可能であった が,カルテの不備から今回の対象から除いた本例
の兄もDMDで,9歳7ヵ月で歩行不能に陥って
いること,本四は普通学校でもトップクラスの知 能を有し,母の協力のもとに1日2時間の機能訓 練を自ら進んで欠かさず行ってきたことにより, 歩行不能に陥る時期を延長し得た例と著者はみて いる.それ故,本山が歩行不能に陥るまでの過程 は,自然経過とは言えないのかも知れない.さて 改めて症例15の歩行不能年齢を,今回の検討結果 を用いて予測すると,PTR消失年齢が8歳0ヵ月 であったことより,予測される歩行不能年齢は8 歳9ヵ月から10歳5ヵ月の間になった.また起立 所要時間が6秒かかるようにな?たのが7歳0カ 月であったことより,予想される歩行不能年齢は 9歳4ヵ月から10歳4ヵ月の間となった.実際の 歩行不能年齢と予想された歩行不能年齢の差は最 低でも1年6ヵ月以上あったが,これは訓練効果 と思われる. 著者は昭和43年に本院小児科教室に籍を置いて 以来,20余年にわたりDMD患児を診察してきた が,これまで具体的な根拠を持たないまま,感を 頼りに歩行不能年齢を予測してきた.今回の検討に当たっては,歩行不能となる時期をより早期に 具体的な根拠をもとに予測したいと考えて取り組 んだ.その結:果,いくつかの項目に注目し2∼3 年経過を追い得た例では,ある程度の幅のもとに 歩行不能となる時期を予測しうるとの結論を持つ に至ったが,1度の横断的な診察では予測できな いという大ぎな問題が残された.今後はこの問題 の解決に取り組みたいと考えている,なおDMD の根治療法が知られていない現在,治療に対する 新しい取り組みも多いが5ト7),今回の検討結果が その治療効果をみるための一つの指標として役立 てぽ幸いである. 結 論 DMD患児の歩行不能年齢を予測するため,外 来にて経過観察中に歩行不能に陥ったDMD患児 15名め診察記録をもとに,後:方視的に検討し,以 下の結果を得た. (1)20メートル走行に要する時間が最短になっ てから39,4±18.2カ,月で歩行不能となった. (2)階段上昇(5段)に要する時間が最短になっ てから38.4±13.3ヵ月で歩行不能となった. (3)背臥位から起立に要する時間が6秒以上か かるようになってから31.9±12.8ヵ月で歩行不能 となった. (4)膝蓋腱反射が消失してから19.2‡10。0ヵ月 で歩行不能と.なった. (5)上肢の抗重力運動で肩関節での後方挙上が. できなくなってから18.4±7.0ヵ月で歩行不能と なった. 稿を終えるにあたり,御校閲を賜りました福山幸夫 教授に御礼申し上げます.また,症例の使用を御許可 いただき「ました,国立精神・神経センター武蔵病院長 有馬正高先生に深謝致します. 文 献 1)Bonsett CA: Studies of Pseudohypertrophic Muscular Dystrophy. Charles C Thomas, Spring丘eld(1969) 2)野々垣嘉雄,野崎正幸,榊原弘喜ほか:進行性筋 ジストロフィー症Duchenne型(217例)一ADL とStageの推移.総合リハ 11:373−378,1983 3)Dubovitz V:Muscle Disorders in Childhood. Saunders, London(1978) 4)Philip J, Miller AB: Statistic consideration in clinical trials. Muscle Nerve 12(Suppl):S43 −44!990 , 5)木下眞男,里吉栄二郎,福山幸夫ほか:ベスタチ ンの筋ジストロフィーに対する臨床効果に関する 研究。厚生省新薬開発研究費低分子酵素阻害物質 による難治治療薬の開発研究,昭和62年度研究報 告書,99−105,1988 6)小堀泰夫,立野勝彦,奈良 勲:Duchenne型進行 性筋ジストロフィー症患者の下肢関節可動域改善 が,歩行に与える影響について.理・作・療法 21: 813−817, 1987 7)]M【en〔lell JR, Moxley翠T, Griggs RC et a塾; Randomized double・blind six−month trial of predonlsone in Duchenne muscular dystrophy, NEnglJMed 320:1592−1597,1989