主債務者が反社会的勢力であると判明した場合に
おける信用保証協会による錯誤無効と金融機関の
保証契約違反
(民集70巻1号1頁、判時2293号47頁、判タ1423号129頁、金判1489号28
頁、同1483号21頁、金法2035号11頁、裁時1643号1頁)
中谷 崇
●判決要旨
1.信用保証協会と金融機関との間で保証契約が締結され融資が実行された後
に主債務者が反社会的勢力であることが判明した場合において、上記保証契約
の当事者がそれぞれの業務に照らし、上記の場合が生じ得ることを想定でき、
その場合に信用保証協会が保証債務を履行しない旨をあらかじめ定めるなどの
対応を採ることも可能であったにもかかわらず、上記当事者間の信用保証に関
する基本契約及び上記保証契約等にその場合の取扱いについての定めが置かれ
ていないなど判示の事情の下では、債務者が反社会的勢力でないことという信
用保証協会の動機は、明示又は黙示に表示されていたとしても、当事者の意思
解釈上、上記保証契約の内容となっていたとは認められず、信用保証協会の上
記保証契約の意思表示に要素の錯誤はない。
2.金融機関が、主債務者が反社会的勢力であるか否かについて相当な調査を
すべきであるという信用保証協会との間の信用保証に関する基本契約上の付随
義務に違反して、その結果、反社会的勢力を主債務者とする融資について保証
契約が締結された場合には、上記基本契約に定められた保証債務の免貴条項に
いう金融機関が「保証契約に違反したとき」に当たる。
Ⅰ.事実のモデル
X(原告・被控訴人兼付帯控訴人:銀行)と Y(被告・控訴人兼付帯被控訴
人:信用保証協会)は、昭和 41 年 8 月、約定書と題する書面により本件基本
契約を締結した。本件基本契約には、X が「保証契約に違反したとき」は、Y
は X に対する保証債務の履行につき、その全部又は一部の責めを免れるもの
とする旨が定められていた(以下、この定めを「本件免責条項」という。)。
X は、Z(株式会社)から、3 回にわたり運転資金の融資の申込みを受け、
それぞれ審査した結果、Z およびその代表者甲野につき、顧客情報を集約した
データベースに反社会的勢力として登録されているか確認したところ、登録さ
れていなかったことからこれらをいずれも適当と認め、平成 20 年 7 月、同年
9 月及び平成 22 年 8 月、Y に対してそれらの信用保証を依頼した。Y もまた
X から交付された甲野に関する各書類をもとに信用保証の可否を審査し、Z お
よび甲野につき顧客情報を収集したデータベースに反社会的勢力として登録さ
れている確認し、登録されていなかったことから、Z と Y は、上記各月、そ
れぞれ保証委託契約を締結した。
他方、政府は、平成 19 年 6 月、企業において反社会的勢力とは取引を含め
た一切の関係を遮断することを基本原則とする「企業が反社会的勢力による被
害を防止するための指針」(以下、「本件指針」)を策定しており、これを受け
て金融庁は平成 20 年 3 月、「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」を
一部改正し、また同庁及び中小企業庁は、同年 6 月、「信用保証協会向けの総
合的な監督指針」を策定し、本件指針と同旨の反社会的勢力との関係遮断に関
する金融機関及び信用保証協会に対する監督の指針を示していた。
X は、平成 20 年 7 月、同年 9 月及び平成 22 年 8 月、Z との間でそれぞれ金
銭消費貸借契約を締結し、3,000 万円、2,000 万円及び 3,000 万円の各貸付(以
下「本件各貸付」という。)をした。Y は、上記各月、X との間で、本件各貸
付に基づく 3 つの債務を連帯して保証する旨の各契約(以下「本件各保証契約」
という。)を締結した。なお、本件基本契約および本件各保証契約においては、
保証契約締結後に主債務者が反社会的勢力であることが判明した場合の取り扱
いについての定めはなかった。
警視庁は、平成 22 年 12 月、国土交通省関東地方整備局等に対し、Z につい
て、暴力団員である甲野が同社の代表取締役を務めてその経営を実質的に支配
している会社であるとして、公共工事の指名業者から排除するよう求めた。こ
れを受けて、国土交通省関東地方整備局は、同月、Z に対し、公共工事につい
て指名を行わないことを通知した。
Z は、平成 23 年 3 月、本件各貸付について期限の利益を喪失した。X は、
Y に対し、本件訴状により、本件各保証契約に基づき保証債務の履行を請求し
た。これに対して Y は、保証契約の錯誤無効および本件免責条項の適用を主
張して履行を拒絶した。
第一審(東京地判平成 25 年 4 月 24 日民集 70 巻 1 号 48 頁)は、およそ以下
のように述べて、Y の錯誤無効を否定した。
Y は、Z が反社会的勢力ではないと誤信して保証契約の意思表示をしている
が、このような認識の齟齬
1)がある場合には、Z が反社勢力でないことが「明
示又は黙示に意思表示の相手方である原告に表示されて本件各保証契約の内容
とされており,もし認識の齟齬がなかったならば,被告が本件各保証契約に係
1)第一審判決は、「動機の錯誤と呼ぶかについては措くとしても」として、このような認識 の齟齬が動機の錯誤に該当するかどうかの判断を留保している。 2)最判昭和 29 年 11 月 26 日民集 8 巻 11 号 2087 頁、同昭和 37 年 12 月 25 日集民 63 号 953 頁、 同昭和 47 年 5 月 19 日民集 26 巻 4 号 723 頁を引用している。る意思表示はしなかったであろうと認められる場合でなければならない」が
2)、
本件では主債務者が反社会的勢力でないことは、当事者の意思解釈上、本件各
保証契約の内容になっていたとは認められないので、上記齟齬がなければ保証
契約の意思表示をしなかったであろうと認められるとしても、要素の錯誤によ
り無効とはならない
3)。
第二審(東京高判平成 26 年 3 月 12 日民集 70 巻 1 号 73 頁)も、およそ以下
のように述べて Y の錯誤無効を否定した。
「ある事実が存在することが予測されておらず、この事実が存在しないこと
が保証契約が有効に成立するための前提条件とされていて、かつ、その旨が明
示又は黙示に表示されて意思表示の内容となっているときには、当該事実が存
在することが明らかとなった場合に、意思表示が錯誤により無効となる余地が
あるものというべきである」が、主債務者が反社会的勢力でないことは保証契
約締結の前提条件とはなっておらず、むしろ主債務者が反社会的勢力である可
能性は当事者間で想定されており、それが明らかになる場合には Y がそのリ
スクを負担して保証債務を履行することが契約内容になっていた。また、Y の
内心がこれとは異なるとしても、そのことは明示にも黙示にも X に表示され
ていなかったので、本件各保証契約の内容とはなっていなかった。
Y は、①同種の事例で錯誤無効を認めた下級審判決の存在、②原審の判断が
「確立された判例理論」に反すること、③原審の判断が 95 条の解釈を誤ってい
ることを主張して上告受理を申立てた
4)。
3)免責条項の適用については、「本件各貸付けが反社会的勢力関連企業に対する貸付けでな いことが本件各保証契約における保証条件であったと認めることはできない」として否 定された。 4)上告受理申立て理由は特に③について詳細に論じている。(a)原審が錯誤の存否の 問題 と 要素 の 錯誤該当性 の 問題 を 混同 し て い る こ と、(b)保証契約 は 現状不明 な 事実が後に判明した場合に、保証人がそのリスクを負担する(保証債務を履行)こ と を 本質的 な 内容 と す る 契約 で は な い こ と、(c)免責事由 と し て 明示 さ れ て い るⅡ.判旨(破棄差戻)
最高裁は錯誤無効の主張に関して以下のように判断した。「信用保証協会に
おいて主債務者が反社会的勢力でないことを前提として保証契約を締結し、金
融機関において融資を実行したが、その後、主債務者が反社会的勢力であるこ
とが判明した場合には、信用保証協会の意思表示に動機の錯誤があるというこ
とができる。意思表示における動機の錯誤が法律行為の要素に錯誤があるもの
としてその無効を来すためには、その動機が相手方に表示されて法律行為の内
容となり、もし錯誤がなかったならば表意者がその意思表示をしなかったであ
ろうと認められる場合であることを要する。そして、動機は、たとえそれが表
示されても、当事者の意思解釈上、それが法律行為の内容とされたものと認め
られない限り、表意者の意思表示に要素の錯誤はないと解するのが相当である」
(下線筆者)と判示し、X と Y は、反社勢力排除の社会的責任を負っているため、
Z が反社勢力であることが判明していたならば、保証契約を締結しなかったと
考えられることを認めた。そのうえで、動機が法律行為の内容になっているか
につき以下のように判示している。
内容以外には協会が免責されないと解釈することはできないこと、(d)XY ともに Z が 反社であると後に判明する事態が起こる可能性を認識していたとは言えないこと、(e) 主債務者が反社だと判明した場合に保証人が保証債務を履行することを了解していたと は言えないこと、(f)本件では X が Y に対して Z が反社でないことは表明ないし確約し ていたといえること、(g)Z が反社であったことが判明した場合に、錯誤があれば無効に なるということは協議するまでもないこと、(h)反社が信用保証を利用できるとなれば 結果として社会正義の理念に悖ること、(i)預金保険機構及び整理回収機構を利用するの は協会でなければならない理由はないこと、(j)金融機関のモラルハザード回避の必要性 はむしろ金融機関がリスクを負担する事情であること、(k)協会の錯誤無効を認めると 金融機関の融資が慎重になり信用保証制度の趣旨が損なわれるとの指摘は根拠がないこ と、(l)既存契約書等に定めがなくとも、錯誤の規定は、契約書等で規定がない場合にも 適用されうること、を挙げている。「保証契約は、主債務者がその債務を履行しない場合に保証人が保証債務を
履行することを内容とするものであり、主債務者が誰であるかは同契約の内容
である保証債務の一要素となるものであるが、主債務者が反社会的勢力でない
ことはその主債務者に関する事情の一つであって、これが当然に同契約の内容
となっているということはできない。そして、X は融資を、Y は信用保証を行
うことをそれぞれ業とする法人であるから、主債務者が反社会的勢力であるこ
とが事後的に判明する場合が生じ得ることを想定でき、その場合に Y が保証
債務を履行しないこととするのであれば、その旨をあらかじめ定めるなどの対
応を採ることも可能であった。それにもかかわらず、本件基本契約及び本件各
保証契約等にその場合の取扱いについての定めが置かれていないことからする
と、主債務者が反社会的勢力でないということについては、この点に誤認があっ
たことが事後的に判明した場合に本件各保証契約の効力を否定することまでを
X 及びY の双方が前提としていたとはいえない。また、保証契約が締結され融
資が実行された後に初めて主債務者が反社会的勢力であることが判明した場合
には、既に上記主債務者が融資金を取得している以上、上記社会的責任の見地
から、債権者と保証人において、できる限り上記融資金相当額の回収に努めて
反社会的勢力との関係の解消を図るべきであるとはいえても、両者間の保証契
約について、主債務者が反社会的勢力でないということがその契約の前提又は
内容になっているとして当然にその効力が否定されるべきものともいえない。
/そうすると、Z が反社会的勢力でないことという Y の動機は、それが明示
又は黙示に表示されていたとしても、当事者の意思解釈上、これが本件各保証
契約の内容となっていたとは認められず、Y の本件各保証契約の意思表示に要
素の錯誤はないというべきである。」(下線筆者)。
免責条項については、信用保証協会の社会的意義および本件指針により金融
機関と信用保証協会における反社勢力との関係遮断が両者の共通認識であった
ことを確認し、反社勢力か否かを調査する有効な方法が限定的であることを
認めたうえで次のように判示している。「主債務者が反社会的勢力でないこと
それ自体が金融機関と信用保証協会との間の保証契約の内容にならないとして
も、X 及び Y は、本件基本契約上の付随義務として、個々の保証契約を締結
して融資を実行するのに先立ち、相互に主債務者が反社会的勢力であるか否か
についてその時点において一般的に行われている調査方法等に鑑みて相当と認
められる調査をすべき義務を負うというべきである。そして、X がこの義務
に違反して、その結果、反社会的勢力を主債務者とする融資について保証契約
が締結された場合には、本件免責条項にいう X が「保証契約に違反したとき」
に当たると解するのが相当である。」。そして X が調査義務に違反していた場
合には、Y は保証債務が免責されると述べて、Y の免責の抗弁が認められるか
につき原審に差し戻している。
Ⅲ.本判決の意義
1.概要
信用保証協会(以下、「協会」という)と金融機関が保証契約を締結した後
に、主債務者(被保証者)が反社会的勢力(以下、「反社」という)だと判明
した場合に、協会が錯誤無効を主張して保証債務の履行を拒絶することができ
るかどうかについて、下級審では判断が分かれていた。最高裁は、これに関し
て、平成 28 年 1 月 12 日に錯誤無効を否定する 4 つの判決を下している。本判
決はその一つである。本稿では、金融商事判例の表記方法にしたがい、本件を
第三事件(平成 26 年(受)第 1351 号)、平成 25 年(受)第 1195 号貸金返還
請求事件を第一事件(金判 1483 号 17 頁)、平成 26 年(受)第 266 号保証債務
履行請求事(金判 1483 号 19 頁)件を第二事件、平成 26 年(受)第 2365 号貸
金当請求事件(金判 1483 号 23 頁)を第四事件と呼ぶ。
上記のように第三事件では協会による錯誤無効の主張は認められていないの
に対し、第一、二、四事件では、それぞれ第一審、第二審ともに保証協会によ
る錯誤無効の主張が認められていた。もっとも、それぞれの判断基準とその際
の考慮要素は異なる点が多い。詳細は「研究」で言及する。第一事件から第四
事件までの下級審における錯誤無効の可否とその判断構造については、【図表
①】を参照。
【図表①】 錯誤無効の可否とその判断構造
第一審 第二審 第一事件 (斡旋保証およ び経由保証) 神戸地判平成24年6月29日金判1396 号35頁 無効肯定○ 動機(主債務者が反社でないこと) は契約の当然の前提(or黙示の表 示あり) であり、 動機は意思表示 の内容化していた。 当該錯誤には 要素性もある。 大阪高判平成25年3月22日金判1415 号16頁 無効肯定○ 主債務者が反社でないことは当然 の前提であり、 そのことを金融機 関も認識していたため要素の錯誤 がある。(信義則または衡平の観点 から一部制限) 第二事件 (経由保証) ※本件 と 同 じ 協会 東京地判平成25年4月23日判タ1416 号334頁 無効肯定○ 反社排除の指針および協会の性格 を考慮し、 誤認識だと判明した場 合には保証しなかったであろうし、 そのこと金融機関も認識可能性で あり、 誤信は法律行為の要素に なっている。 東京高判平成25年10月31日金判 1429号21頁 無効肯定○ 左に同じ 第三事件 (経由保証) 東京地判平成25年4月24日 無効否定× 主債務者が反社ではないことの明 示または黙示の表示およびそのこ との契約内容化ならびに誤信と意 思表示との主観的因果関係が必要 だが、 因果関係は認められるが動 機は契約内容にはなっていない。 東京高判平成26年3月12日 無効否定× ある事実(主債務者が反社でないこ と) の契約の前提条件化およびそ のことの明示または黙示の表示と 意思表示内容化が必要だが、 当該 事実は契約の前提条件になってい ないどころか、 契約上、 協会が引 き受けるべきリスクになっている。 第四事件 (経由保証) 東京地判平成26年3月24日判タ1421 号358頁 無効肯定○ 反社排除の指針および協会の性格 などから反社の信用保証利用が許 されないとの協会の認識は金融機 関にも周知されていたので、 要素 の錯誤が認められる。 (動機の錯誤だとして黙示の表示と 意思表示内容化がある) 東京高判平成26年8月29日金判1459 号39頁 無効肯定○ 左に同じなお、最高裁は、第一から四事件において、錯誤無効の可否にかかる部分に
関しては、当事者の原・被告関係および些細な言葉遣いや字句の違いを除けば、
ほとんど同じ表現でもって協会による錯誤無効の主張を否定している。
結論として錯誤無効を認めなかった点においては支持できるが、理論構成には
疑問なしとしない。まず本判決の意義を確認したうえで、次にその当否を論じる。
2.主債務者が反社でないとの誤信は動機の錯誤か
本判決が出るまでは、協会が主債務者は反社ではないという前提あるいは
誤信のもとに保証契約をしたが、後に主債務者が反社であったことが判明し
た場合については、協会の錯誤が動機の錯誤であるのか否か下級審レベルで
は―第一事件から第四事件の下級審を含めて―判断が分かれていた(【図表②】
参照)
5)。本判決は、主債務者が反社ではないことに関する誤信(誤認識・誤
観念)が動機の錯誤であると確認し、また動機の錯誤と表示錯誤とを区別する
いわゆる二元説を最高裁として採用しており、判断の統一という点で意義を見
出すことができよう
6)。今後は同種の事例は動機の錯誤の事例として本判決の
判断枠組みに従って処理されることとなろう
7)。
5)たとえば、本件に係る事案では、動機の錯誤であると認められているのは、第一事件の 第一審、第三事件の第二審(第一審では動機の錯誤かどうかの問題を留保している)で ある。それ以外の事件の判決においては、動機が直接に法律行為の要素になっているか(第 二事件第一審)、あるいは端的に誤信が要素の錯誤かが判断されている。また本件に係る 事案以外では、【下級審③④⑤⑥⑪⑫】が動機の錯誤であることを認めている。その他の 事例では、動機が法律行為の要素であるかが検討されている(【下級審①②⑦⑧⑨⑩】)。 6)大中有信「反社会的勢力に対する信用保証協会による保証と錯誤―錯誤法の観点からの 検討―」金法 2047 号(2016 年)88 頁(以下、「大中」とする)は、「最高裁として、この 点(筆者 - 下級審レベルで動機の錯誤かどうかの判断が分かれていた点)について明確な 判断を示したという点で本判決には大きな意義がある」という。 7)最判平成 28 年 12 月 19 日 の 最高裁判決(裁判所 ウェブ サ イ ト http://www.courts.go.jp/ (平成 29 年 1 月 20 日閲覧)は、主債務者が実体のない企業だったという事案で、本判決 を引用している。主債務者が実体のない企業であった場合の錯誤無効の可否については、 東京高判平成 19 年 12 月 13 日判時 1992 号 65 頁が、錯誤無効を認めていたが、今後はこ の種の事案についても原則して無効は認められないことになろう。もっとも実体の企業 の場合には、同一性錯誤だと解する余地もあるように思われる(滝沢昌彦「判批」リマー クス(2009 年)12 頁)。【図表②】主債務者が反社であるとの誤信にかかる協会の錯誤無効に関する下
級審事件
8) 錯誤無効の可否と判断構造 ① 東 京 地 判 平 成 25年8月13日判 タ 1415号292頁 無効肯定○ 本件指針や信用保証の手引き9)および協会の公的性格を考慮すれば、 主債務者が反社であると判明していれば保証契約をしなかったこと は明らかで、本件指針などによりそのことは金融機関にも広く認識 されていたので、主債務者が反社でないことは法律行為の要素であ る(動機だとしても協会の意思表示の内容として黙示に金融機関に 対して表示されていた)。 ② 東 京 高 判 平 成 25年12月4日金判 1435号27頁 無効肯定○ ※本件と同じ協会 協会の作成した反社排除の手引き等から、反社が信用保証を利用で きないことは金融機関にも周知されていたから、主債務者が反社で ないことは、仮に動機(主債務者の属性)であったとしても、黙示 に表示され法律行為の要素になっている。 ③松江地判平成26 年2月3日金判1446 号54頁 無効否定× 動機の錯誤による無効のリスクを相手方に転嫁するには動機の契約 内容化が必要であり、その解釈にあたっては、動機の取引的重要性、 相手方の動機の認識可能性、当事者の属性、相手方の積極的な不実 表示によって表意者に動機の錯誤が形成されたかどうかに着目して 総合的に判断するべきである。反社の排除条項を置いていなかった ことなどから協会には主債務者が反社であるリスクを金融機関に転 嫁する明確な意思があっとは認められない。 ④広島高松江支判 平成26年9月10日 金判1453号34頁 無効否定× 動機の錯誤の場合には、動機の表示だけではなく意思解釈上、法律 行為の内容になっていなければ無効にはならない。主債務者が反社 でないことは金融機関・協会のそれぞれの契約の前提・条件となっ ていたが、保証は主債務者の信用リスクを保証人が引き受ける契約 であり、協会が信用保証委託契約で事前求償権行使条項を設けた一 方保証契約では免責条項を設けていなかったため、保証契約の内容 にはなっていない。 8)本稿では【下級審〇】(○の中は数字)の形で引用している。 9)協会が平成 14 年に作成公表したもので、「申込みに、暴力団、金融斡旋屋等第三者が介 在する場合」には信用保証を利用できない旨が記載されている。錯誤無効の可否と判断構造 ⑤さいたま地判平 成26年10月23日金 判1469号53頁 無効否定× 主債務者が反社でないとの誤信は、主債務者の属性に関する錯誤(動 機錯誤)である。保証には金融機関が知りえなかった事実に関連す る危険を原則的に担保する機能があり、それは契約を締結する当事 者の通常の意思である。社会通念上、主債務者が反社でないとの動 機のもとに保証したとは認められない。また動機を明示してもいな かったため、要素の錯誤に当たらない。 ⑥ 東 京 高 判 平 成 27年3月25日金判 1469号49頁 無効肯定○ 反社排除の社会的潮流および協会の公的性格などを考慮すれば、協 会が反社の保証をしておらず、金融機関はそのことを認識していた。 金融機関・協会ともに主債務者が反社でないとの「共通の理解」の 下に保証契約をしており、動機は黙示に表示されている。主債務者 が反社であると知っていたら協会は保証しなかったと取引通念に照 らして認められるため、要素の錯誤である。 ⑦東京地判平成26 年 12 月 19 日 金 判 1471号47頁 無効肯定○ 本件指針および協会の公的性格を考慮すれば反社が信用保証を利用 できないことは前提となっていたこと、また経由保証である点から すれば、主債務者が反社でないことは保証契約の要素である(動機 に過ぎないとしても黙示に表示され、 保証契約の内容になってい た)。 ⑧東京高判平成27 年6月3日金判1471 号40頁 無効肯定○ ⑦とほぼ同じ。(経由保証であるから、主債務者に関するリスクは金 融機関が負うべきであると付言) ⑨ 東 京 地 判 平 成 27年3月20日金判 1480号29頁 無効肯定○ 協会は主債務者が反社でないことに関心を抱いており、そうだと判 明した場合には保証をしなかったし、金融機関もそのことを知って いたのだから、主債務者が反社であるか否かは協会が保証する際の 判断における重要事項であり、反社でないことは法律行為の要素で ある。(それが動機に過ぎないとしても、金融機関はそれを知ってい たので、意思表示の内容として黙示に表示されていた) ⑩ 東 京 高 判 平 成 27年10月5日金判 1480号20頁 無効否定× 主債務者が反社であることにつき、金融機関・協会ともに十分調査 していなかったため、主債務者が反社でないことは保証の確実な基 礎にはなっていなかった。保証は、性質上、主債務不履行の原因と なるリスクは保証人が負担するのが原則である。そのリスクに対す る取決めがない以上、主債務者が反社でないことは意思表示の内容 にはなっておらず、事後にこれが判明したときに契約の効力が失わ れるものとして法律行為の要素にまで高められていたとは言えない。
錯誤無効の可否と判断構造 ⑪さいたま地判平 成27年5月11日金 判1480号38頁 無効肯定○ 本件指針や金融機関・協会の反社排除の取り組みなどからして、協 会・金融機関ともに反社との取引をしないことは「共通の認識」に なっており、主債務者が反社でないという共通の理解のもとに契約 締結しており、協会は動機を黙示に表明していた。協会は主債務者 が反社であると知っていたら保証をしなかったことは取引通念に照 らして相当である(要素性)。 ⑫東京高判平成27 年 10 月 21 日 金 判 1480号34頁 無効否定× 主債務者が反社でないことは動機に過ぎず、動機が表示され法律行 為の内容になっていなければ錯誤無効にはならない。当事者間で主 債務者が反社であることが締結前に判明した場合に契約を締結しな いことは共通認識になっていたとしても、締結後に判明した場合の 契約の効力については共通理解はなく、動機は法律行為(合意)の 内容にはなっていない。
3.要素の錯誤の判断構造
次に、協会の陥った錯誤が動機の錯誤であり、それが 95 条の要素の錯誤と
なるためには、①動機が法律行為の内容になり、その錯誤がなければ表意者が
当該意思表示をしなかったと認められること(動機錯誤と意思表示の因果関係)
が必要だと述べている。そのうえで、動機が法律行為の内容になっているかど
うかは意思解釈の問題であることを確認して、本件において、協会の動機は、
明示または黙示の動機表示があっても保証契約の内容にはなっていないと判断
され、その際に以下の点が考慮されている。即ち、①保証契約においては主債
務者が反社であることは、主債務者の一事情であり当然に契約の内容にはなら
ない、という保証契約特有の考慮要素、②協会は、その性質上、主債務者が反
社であることは想定できたはずなのに、事前にそれに対する対応を行わなかっ
たことは主債務者が反社であると事後的に判明しても保証契約の効力を否定す
ることを協会・金融機関ともに前提にしていなかった、というリスク分配の不
存在、③協会と金融機関には反社排除の責任があるとしても、主債務者が反社
ではないということが契約の前提または内容になっているとして当然にその効
力が否定されるべきでなない、という反社排除の社会的責任との関係、である。
①動機の法律行為内容化
本判決は、動機の錯誤が 95 条の錯誤となる場合には、動機が法律行為の
内容になっている必要があるという。この判断と軌を一にする判決も散見さ
れ
10)、また学説でも動機錯誤が顧慮されるには動機が法律行為の内容なって
いることを必要とする見解(呼称は様々であるが以下「内容化重視説」で統
一する)も見られ
11)、その点で本判決は内容化重視説に立つものだと評価さ
れている
12)。この見解の当否については後に詳細に検討する。
(1)保証契約における動機の法律行為内容化次に、本判決の意思解釈における考慮要素①について検討する。ここでは動
機が法律行為の内容となっているかどうかを判断する際に、保証契約の特性が
考慮に入れられている
13)。すなわち、本判決は、保証契約の特性(主債務者が
10)本判決 は、最判昭和 37 年 12 月 25 日集民 63 号 953 頁、最判平成元年 9 月 14 日集民 157 号 555 頁を挙げている。また本件の第一審、【下級審④⑦⑧⑫】もそうである。 11)代表的なものとして、山本敬三『民法講義Ⅰ総則 [ 第 3 版 ]』(有斐閣、2011 年)182 頁 以下、198 頁以下(以下「山本①」とする)、同「民法改正と錯誤法の見直し-自立保障 型規制とその現代化」法曹時報 63 巻 10 号(以下「山本②」とする)、鹿野菜穂子「錯誤 規定とその周辺-錯誤・詐欺・不実表示について」池田真朗ほか編『民法(債権法)改 正の論理』(新青出版、2010 年)242 頁(以下「鹿野①」とする)、同「動機の錯誤の法 的顧慮における内容化要件と考慮要素」森征一・池田真朗『私権の創設とその展開』(2013 年、慶應義塾大学出版会)(以下「鹿野②」とする)がある。 12)佐久間毅「最三平成 28.1.121(平成 26 年(受)第 1351 号)ほ か 3 判決 の 意義」金法 2035 号(2016 年)21 頁以下(以下「佐久間①」とする)は、本判決が「契約がある動 機を効力の基礎または前提としてされたと認められるならば、相手方は、契約当事者と して、その動機の誤りによる契約の無効という結果を引き受けざるを得ない。そして動 機がこの意味で契約の内容になるかどうかは、意思表示の解釈の問題である。そうであ れば、動機は、当事者の合意または規範的評価によりそれと認められるときに、契約の 内容となる」との学説を採用しているとみる。 13)鹿野菜穂子「保証人の錯誤」『小林一俊博士古稀記念論文集 財産法諸問題の考察』(酒 井書店、2004 年)151 頁は、動機の契約内容化は、当事者の特別の意思表示を要せず、「契 約類型を決定するような事項は」、「当然に契約内容に含まれていると考えられる」旨を 指摘する。その債務を履行しない場合に保証人が保証債務を履行することを内容とするも
の)から、主債務者が誰であるかは保証債務の要素だが、主債務者が反社勢力
であるかどうかは、主債務者に関する一事情に過ぎないと断じている。
このように保証契約の特性からある誤信が法律行為の内容になりうるか否
かの判断は、従来の最上級審の判決にも見られる。たとえば、最判昭和 32
年 12 月 19 日民集 11 巻 13 号 2299 頁は、保証契約は、保証人と債権者との
間の契約であり、他の保証人が存在するという保証人の誤信(動機)は当然
には法律行為(契約)の内容にはならない、と認めている
14)。他方、動機の
錯誤に直接言及するものではないが、最判平成 14 年 7 月 11 日判時 1805 号
56 頁は、「保証契約は、特定の主債務を保証する契約であるから、主債務が
いかなるものであるかは、保証契約の重要な内容である。そして、主債務が、
商品を購入する者がその代金の立替払を依頼しその立替金を分割して支払う
立替払契約上の債務である場合には、商品の売買契約の成立が立替払契約の
前提となるから、商品売買契約の成否は、原則として、保証契約の重要な内
容であると解するのが相当である。」として、主債務の如何が保証契約の内
容になることを認めたうえで、立替払契約に基づく債務の場合には売買契約
の成否も保証契約の内容になり、保証人のそれに関する誤信(通常の売買契
約(空クレジットでない)と信じていたこと)は要素の錯誤であると判断し
ている。
そうすると、本判決は、主債務者が反社ではないという誤信は、保証契約の
性質上、原則として動機(主債務者の属性に関する観念)に留まることを確認
したものといえよう。
14)本判決の評釈でも、保証人と主たる債務者の関係、他の担保の存在の有無は、特段の事 情ない限り、当然には保証契約の内容にはならないと指摘される(於保不二雄「判批」 民商 37 巻 6 号(1958 年)146 頁)。(2)リスク対処条項不存在の意味