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統合失調症の子を抱える,ある母親のライフストーリー : 両価的な思いのなかで揺らぐということ

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Academic year: 2021

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はじめに 統合失調症の子を抱える親(以下,親と表記) は様々な苦悩を生きている。しかし,その苦悩 は極めて多様であるがゆえに一括りにして扱う ことは非常に困難である。例えば,筆者が出会っ たある親は「我が子が寛解して社会復帰を達成 できるのでは」という希望を持ちながらも,親 自身の老いを感じ,「親亡き後」の子の生活に大 きな不安を抱いているといった両価的な感情を 生きていた。または,一旦症状が良くなった後 の再発を経験することによって葛藤状態が頻繁 に生起してくる現実があった。このような幾重 にも深い苦悩と葛藤のもとで親が子を殺害して しまう事件などが絶えない。親の特徴として, 第一に,子が障害を抱える時期が青年期である がゆえに,親は子が自立したあとの「第二の人生」

研究論文(Articles)

統合失調症の子を抱える,ある母親のライフストーリー

―両価的な思いのなかで揺らぐということ―

青 木 秀 光

(立命館大学大学院先端総合学術研究科/日本学術振興会)

A Life Story of a Mother Who Has a Son with Schizophrenia:

Living Her Life with Ambivalent Feeling

AOKI Hidemitsu

(Graduate School of Core Ethics and Frontier Sciences, Ritsumeikan University/

Japan Society for the Promotion of Science)

The purpose of this study is to survey a mother who has a son with schizophrenia by qualitative research. It is to be anticipated that she has a great deal of distress and conflicted feeling about her son, herself, surrounding environments and so on. Therefore, the thorough life story research is required to depict her complicated subjective meaningful world. Through making the interpretation of this kind of research, it may be possible to comprehend concrete her needs. Respondent to the survey is a mother who has a son with schizophrenia for 32 years. The life story approach clarifies two points about her needs: 1)it is necessary for flexible family self ‒help groups. More specifically, to recognize each and every one of family member as difference and to be elected democratic decisive leader are appointed; 2)how ease the entirety of family s life burden is the problem. To be concrete, the family member tends to be bear the full burden of the person with schizophrenia, thus social system must be construct.

Key Words : mother, son, schizophrenia, life story

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を考え始める時期にあるのだが,子の自立が困 難であるために自らが予期していた人生設計が 大きく揺らぐ。いわば「予定していた子の自立」 が困難になることによって改めて親子関係を再 構成しなければならない 1 )。第二に,完全に「な おらない障害」であれば,必然的に親子関係も 再構成するしかなくなるのだが,症状が改善し たり,状態が良好になったりすることによって 「淡い期待」を感じるようになり,そのことが関 係の再構成を困難にさせてしまう。第三に,そ の障害の原因が器質的原因なのか社会的要因で あるのかが不確定であるがゆえに,家族の中で も「原因探し(犯人探し)」が大きなコンフリク トを生じさせてしまう2 )。更には,精神保健福祉 体制は身体障害者の介助とは異なり,単に物理 的な支援だけでは解決し得ない要素があるため に,誰が子のトラブルなどを処理するのか(法的・ 制度的に処理できるのか)といったところから も,「親でしかできない」と抱え込み,大きな葛 藤を感じながら生きている現実もある。こうし た状況下,親や家族はあくまで「援助する主体」 として想定されてきた傾向がある。その証左と しては,家族に子の全責任を負わせてきた 1900 年施行の精神病者監護法から現行の精神保健福 祉法第 20 条のいわゆる保護者規定への流れを挙 げることができる。もちろん,家族会や親のセ ルフヘルプ・グループなどは提唱されてきたが, その「多様性」に即した親や家族への支援はき ちんと構想されていないのが実情である。従っ て,まずは親がどのようなニーズを持ち,その 背景にはどのような意味世界があるのかという ことを質的な調査によって把握していく必要が ある。先行研究においては,「援助する主体」な 1 ) 統合失調症の好発年齢は 17 歳から 25 歳である(池 淵,2011)。 2 ) 白石(2005)は,原因探しが精神障害当事者の行 動や態度に向けられるものから身内のみでなく, 他者をも巻き込んだきっかけ探しまで広く存在す ることを指摘する。 いしは家族会活動によって,エンパワメントさ れる親が想定されてきた3 )。しかし,個々の親の 持つ複雑な心理や社会的背景を質的調査により 精緻に分析したものは少ない。 したがって本論文ではまず,ライフストーリー 法を用いて複雑な親の主観的意味世界を生き生 きと描写し,丁寧にそれらを解釈していくとと もに A さんがいかなる社会的現実を生きている のかを把握する。 1 先行研究にみる障害児の家族支援 本章では,障害者家族への支援への先行研究 という枠組みから心理学的アプローチ,社会学 的アプローチの 2 つをレビューし,その課題を 検討する。心理学的知見からは,障害者家族が 個人単位でどのように捉えられてきたか,また 社会学的知見からは社会とのつながりにおいて どのように障害者家族が捉えられてきたかを検 討できる。本研究の目的はあくまで統合失調症 者の子を抱える家族が「統合失調症の子を抱え る家族であること」をどのように意味付け,解 釈して生きているのかを記述せんとする理論的 視座に立脚していることから上記 2 つに大別し て批判的検討をおこなう。なお,先行研究批判 の眼目において個々の家族成員のユニークさや 経験や語りのカテゴリー化が持つ暴力性(山田, 2002)に十分留意したうえでの選別と検討に特 に留意した。 1―1 心理学的アプローチ 本節では,障害者家族への心理学的なアプロー チについて 2 つの論を以下において概観する。 3 ) 例えば蔭山(2010)は,精神障害者家族会が持つ 機 能 を ① 普 遍 性(universality) ② 体 験 的 知 識 (experiential knowledge)③ヘルパー・セラピー 原則(the helper therapy principal)の 3 つに整 理し,いかに専門家が当該組織の持つ機能を引き 出せるかを論じている。

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まず,石原(2004)のいわゆるストレス論にお いては,家族をケアされる対象とした点,家族 会という集団が家族にもたらすプラスの効果を 提示した点,実証的な数字で家族のストレス度 を計測したため,個人のストレス負荷の科学的 根拠を提出できた点が示されている。ストレス コーピングにおいて家族を究極的な資源とみな したとき,そのきょうだいが親亡き後の問題を 処理することが当然視される。その面倒を見な いきょうだいは受容が悪いといった批判にさら されるという課題が残る。または数値化された ストレス度は家族の抱える経験を極端に抽象化 してしまう恐れがある。ここからライフストー リー論への要請が生まれる。 次に Drotar ら(1975)は,先天性の異常を伴 う幼児の誕生に対する両親の適応の仮説モデル を提示した。彼らは,先天性の異常を伴う幼児 の誕生に対しての両親の反応の経過と親の愛着 形成を究明するために,ダウン症や先天性心疾 患,口蓋裂を含む様々な異常を伴う 20 人の子ど もを抱える親たちにインタビューを実施した。 様々な子どもの異常にもかかわらず,子どもの 発 達 と ケ ア の 間 に 両 親 の 反 応 は 5 つ の 段 階 (ショック,否認,悲哀・怒り,適応,再構成) として表出した。これらの患者の観察から子ど もの誕生から数ヶ月以内での,早期の危機介入 的なカウンセリングが両親の愛着形成と適応に 特に重要であることが示唆されている。以上は いわゆる段階論的なアプローチである。段階論 的なアプローチにおいては親がその段階を順に 乗り越えることが課題として設定されるが,そ れを乗り越えなくてはならぬといった過度なプ レッシャーが親自身を困難な状況におく可能性 がある。 1―2 社会学的アプローチ 本節では社会学的なアプローチから障害児の 親がどのように考察されうるのかを以下 2 つの 論を概観する。春日(2001)は青年期の最重度 の重症心身障害児へ焦点を当て,母親以外の家 族成員がケアの際にうまく機能していない点を 問題視する。その要因として,父の仕事,当事 者の身体的成長,祖父母の老化,きょうだいの 成長,伝統的「家」制度,夫婦の役割分化など が挙げられている。このように母親が苦しむ状 況を打開するには,家族外社会の状況が家族を 支えるという論を展開する。業績主義的価値観 のなかで障害児が「モノ」化し,母親もまた「モ ノ」化または「道具化」することも問題である。 または,「家族愛」「母性愛」規範が母親たちを 苦しめることや,重症心身障害児は,他の障害 児と比べて重症であるので,作業所などでも他 の人に気を使う現状が挙げられている。ゆえに, 家族や親に対する相談支援事業や支援サービス を家族福祉事業として明確に確立する必要性が あることが指摘されている。これに関して中根 (2006)は,これまでの家族福祉論で指摘されて きた「ケアの社会化」について,ケアを分節化し, 物理的に外部化が可能なものと不可能な関係性 として大別する「ケアの社会的分有」を提起する。 また確かに母親に過度な重責があることは概し て認められようが,この枠にはまらない家族が 存在するのも事実であろう。例えば,父親が専 業主夫で母親が働き手の場合などはどうか。そ の点についていかように考えるのかが課題と なってくる。 次に石川(1995)による障害児の親としての アイデンティティ論について考察する。石川は, 悲嘆の段階説では認識枠組みや価値観の変容に ついて説明が及ばないことを批判し「存在証明」 という概念を提唱する。そのうえで,人間が何 かをすることに価値があるのではなく,ただそ こにいることに価値があることを主張する。存 在証明の仕掛け人は社会である。その仕掛けに 準拠した障害児の親としての適切なふるまいを 強いられる現状がある。

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能力主義,業績主義,組織の垂直的人間関係を当 然視する職業領域を生きてきた男性にとって,父 親役割のこのような変更は,人間関係の作り方, 出来事に対する評価の仕方,つまり生き方全体の 変更を伴う一大事業である。(石川,1995) 上記では,父親こそが既存の価値体系からの 脱却と新しい文化の創造の必要性が表明されて いる。これに成功することにより親の認識枠組 みが変化し,それを変革していく主体となって いくことが述べられている。石川の父親役割の 捉え方は,春日の論と同じく概してそう言える といったモデルストーリーに絡めとられてその 他のありうべき家族像を排する可能性を持つ。 土屋(2003)は石川の論を基底に障害を持つ 子どもの父親のジェンダー役割からの脱却と価 値変容についてその重要性を指摘する。それら の父親の持つ役割とは①経済的支柱としての役 割②ケア役割(母親が担う膨大な身辺ケアを除 く)③母親を評価し,感謝する役割の 3 つに大 別されるという。しかし,これが当てはまらな い父親は多く存在する可能性がある。まず,大 きく「障害の子を持つ父親として」とのカテゴ リー化は子がいかなる障害を持つか又は父がい かなる職業に就き,いかなる人生を歩んできた かといった問題を排斥している。実際に土屋の 想定している障害とは統合失調症のような中途 障害というより先天性又は幼い時に発症する障 害に焦点化されている。先に挙げた父親の「ケ ア役割」という点でも療育や機能訓練以外の非 日常的ケア(レジャー活動など)が主体である との指摘だが,精神障害のような中途障害で親 のライフステージが終盤にさしかかる場合や, 父親が医療職である場合などでは必ずしも合致 しないのではないだろうか。また価値変容を迫 られる父親がここでは会社に勤めるサラリーマ ンというモデルであるためその理論の適応範囲 は極めて狭い。または石川の論とも突き合わせ ての疑問であるが,父親は価値を変容させ社会 変革の主体とならなければいけないのだろうか。 もちろん現在の保護者規定などの政策的にも家 族責任が強いられる状況下,家族が変革主体と ならざるを得ないのかもしれない。しかし,最 終的には精神障害当事者はもちろんのこと社会 を構成する全ての市民が主体となった社会変革 が必要であろう。 南山(2006)は,ライフヒストリー研究を標 榜して障害の受容プロセス研究に対して「理念 型」を作り出し,個々の家族の変容を十分に捉 えきれていないことをもってして批判するが, 対象者を統合失調症の子を抱える 16 組の親とし てその経験を①障害者の出来事(状態)②家族 の出来事(状況)③家族の「精神病」と障害者 ④家族の状況に対する意味づけにカテゴリー化 を通じて整理していることから,いささか個人 の経験が雑駁に扱われざるを得ない記述となっ ている。また分析の対象者である親については, その年齢と子どもの症状,カテゴリーにあう語 りのみの抽出方法であることからも全体として の統合失調症の子を持つ親像が共通項を媒介に して安易に再生産されうる危険がある。さらに, 結論においてセルフヘルプ・グループによって スティグマに抗することを主張しているが,そ こで取り上げられる語りはいずれも別の筆者の 文献からの引用であり最初に掲げた対象者の語 りがないことには疑問が残る。 2 研究方法 上述してきたように先行研究の利点や課題は 整理できたが,では,多様で複雑な生のなかで 統合失調症を子に持つ親はいかなる生活を送っ ているのだろうか。具体的に個別の親の生の複 雑さを捉えるために,ライフストーリー法に依 拠して調査を行った。対象者は A さん,統合失 調症の子を持つ母親である。2010 年 7 月,8 月

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と家族会による「精神障害者の子を持つ家族の 実態調査」に参加させてもらっていた縁で知り 合った支援者のコーディネートにより 2011 年 5 月 1 日に A さんに対する初回インタビューが実 現した。さらに同年 8 月 30 日,2012 年 12 月 20 日と計 7 時間 57 分に及ぶインタビュー調査に協 力 し て い た だ い た( 逐 語 録 の 文 字 数 合 計 は 117,398 文字である)。本論では,A さんと子ど もとの 32 年間に及ぶライフストーリーをインタ ビューデータから分析することにより,母親が いかにして子の病いと対峙してきたのかに迫る。 2―1 ライフストーリー法4 )の選定理由 好井(2006)は,聞き手は「透明人間」には なることができないということを指摘している。 聞き手が聞きたいことだけに限定して,話し手 とのインタビューにのぞむとなると,相手はす んなりと自身のことを話してくれるだろうか。 ここから必然的に聞き手は自分という人間は, いかなる目的で,どのような関心を持ち,相手 に向かい合っているのかを真摯に対話すること で共にストーリーを構築していくことになる。 本論でのインタビューはこういった姿勢をまず 前提とした。 また語りは不明確であった経験にはっきりと した輪郭を与え本人の現実を首尾一貫したもの と す る 機 能 を 有 す る(Berger & Luckmann, 1966=2003)。インタビューでは個々の様々なス トーリーを共に生成し,その意味世界を丁寧に 分析することで個々の苦悩を析出する。佐藤 (1995)は個人を「関係が複雑に集積する〈場〉」 とも表現している。この重層的,多元的な関係 4 ) ライフストーリー法は実証主義的科学観が支配的 であった諸領域において研究法として使われてま だ 10 年余りの歴史であり,定まった研究法があ るわけではないことが指摘されている(桜井, 2012)。これは「ライフストーリー研究とは,こ うあるべきだ」と言えるような研究蓄積がなされ ていないことを示し,だからこそ多様性が認めら れているとも解釈できる。カテゴリー化の度合い などは筆者のもつ哲学や理論的視座に依拠する。 の集積場としての一個人を徹底して探求するこ とに適する研究法はライフストーリー法であろ う。 なおライフストーリーを分析,提示すること については以下の指摘が重要である。 調査研究する者は,取りだされ,読み解かれた概 念や理論装置で再び武装し,現実から離れた高み に立とうとせず,調べている現実と同じ場所に居 続けようと,できるだけ努力するべきだろう。(好 井,2006) よって本論では,現実と学知のはざまを意識し, 過度な概念化や理論化に陥らず「生の全体性へ の接近」5 )を試みる。 2―2 倫理的配慮 倫理的配慮として研究内容や目的を伝え,デー タの使用方法などを明らかにした「研究倫理遵 守に関する誓約書」にサインをもらい筆者とイ ンタビュー承諾者の 2 人で 1 部ずつ保管する形 態を取った。内容は,匿名性の担保,研究協力 を拒否する権利と,拒否したことによって協力 者はいかなる不利益も被らないこと,データの 適切な扱いと厳重な保管・破棄の方法,データ 公表が予想される媒体等の明示,個人への研究 結果のフィードバックである。なおインタビュー 内容は対象者の承諾を得て,IC レコーダーに録 音した。インタビューの分析が一通り完了した 時点で対象者に内容を開示して確認を依頼し, 公表の承諾を得た。 5 ) 「ライフストーリー研究の要諦ともいいうる特質 として,『生の全体性への接近』を挙げることが できるだろう。それは人間の『生(life)』を,た とえば『行為』や『役割』『階級』『パーソナリティ』 といった要素や,『逸脱者』といったカテゴリー に還元して理解するのではなく,さまざまな関係 性が集積した,個人の人生という時間性における 経験の全体性(流れ・連鎖)から物語的に理解し ていくアプローチである。」(小倉,2011)

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3 いかにして子の障害と向き合ってきたのか ―ある母親の生活史― A さんは,突然のインタビュー依頼にも関わ らず,笑顔で親切にインタビューに応じてくだ さった。A さんを紹介してくれたのは,現地で コーディネートをしてくれている支援者で,場 所は旧支援センターであった。「この人なら色々 話してくれると思うよ」とのことだった。 表 1 基礎データ(2012 年 12 月 20 日現在) A さん→ 女性,1937 年生まれ,75 歳 医 療事務(夫の医院で補助業務) 夫→ 男性,1931 年生まれ,82 歳 胃腸科 医院経営 医師 長男→ 男性,1961 年生まれ,51 歳 胃腸 科医院経営 医師 次男→ 男性,1964 年生まれ,48 歳 無職, 14 歳時に精神分裂病(当時)と診断される 3―1 発症から現在まで A さんの次男は,小学生時は算数のよくでき る子であり,5 年生の時には体格の良さから, 相撲の経験もなしに学校での相撲大会で優勝し たという。次男は中学 2 年生(14 歳)時に「外 から僕を誰かが監視している」,「お腹がグルグ ルいっている」と A さんに訴え始めた。A さん は,トイレまでついてきて症状を訴えてきた次 男の姿を回想し,「そういうことに気付いてあげ なければいけなかったが,仕事は忙しく,病気 に関する知識もないために気付けなかった」と, 後悔する。または,自分の育て方がいけなかっ たのではないかという後悔もあるという。A さ んは,精神疾患への偏見が自分のなかにはっき りとあり,大学病院の精神科前の待合室では人 が通るたびにうつむいていたという。初診にお いて,精神科の医師には,ただ一言「お母さん, これから大変だけど頑張ってください」と言わ れた。ただ,このとき A さんは次男が統合失調 症だということは薄々わかったという。 A:もう,そうだろうな。これは一生の病気で,一生, お薬飲んで面倒見てあげないといかん。「大変や なぁ」と思ったけど,そんな大変って受けとめる, あれ,じゃなくて,「あー大変やなぁ」と思って, ボーっとして帰ってきましたね。 【2011/5/1】6 ) 親しくなった看護師は,A さんが診察の待合 で他を気にする様子を察してか,診察時に名前 を呼ぶことはなかった。A さんの医院に来る患 者さんたちが,子どものことを何気なく聞いて くる時があったが,そのときに A さんは,「大 阪の学校へ行っている」とだけ伝えていた。 A さんと夫との関係はどうであったのか。A さんに,これまでの夫婦間の葛藤を問うと「叱 るべき時に強く言わないこと。優しいと言った ら,それまでだけど,ちゃんと叱ってほしい」 という答えが返ってきた。これまで,書籍や, 別のインタビュー,筆者自身の体験などから, 精神障害の子を持った夫婦 2 人の間の葛藤は凄 まじいものがあると理解していただけに,拍子 抜けする答えであった。それを A さんに告げる と,「ああ,そうですかぁ」とあっけらかんとし ている。A さんの両親にさえ,自分の息子の病 気を,ひた隠しにしてきたのを耐えられたのは 夫の存在があったからだという。夫が戸惑いな がらも次男を受け入れていった背景には夫が医 師だということが関係している可能性がある。 家族が発症の原因,それも母親が統合失調症を 生み出すといった多くの仮説は科学的根拠に欠 けることから今日では棄却されている(池淵, 2011)。それを理解することが容易である環境に 6 ) 以下,※は筆者の発話,日付は聞き取り日,括弧() は文意が通らない場合に補足として挿入した。

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夫がいたことは不幸中の幸いであろう。発症時 に繋がりの強かった A さんの母親と父親は農業 を生業とする一般的な家庭である。この当時の 精神病への一般的な理解から考えて,A さんが 両親に対して子どもの病気を隠していたことは 当時の A さんにとって妥当な選択であったと考 えられる。 中学 2 年生で発症した当時,長男は浪人して 他府県の予備校の寮で生活していた。また,医 科大に合格してからも他府県の大学だったため に次男との接触は,ほとんどなかったという。 次男が 4 年制の高校から絵画の専門学校へと進 んだときに,A さんはラジオでふと家族療法が 専門の病院の情報を得た。そこの医師から次男 への投薬治療は必要ない旨を聞かされて,疑い ながらも投薬を中断することとなる。それから 数日もしないうちに,次男の症状は悪化し,電 車で遠くまで行って鉄道公安室に保護される。 他府県まで行ってタクシー代 7,8 万円をかけて 帰ってくる。電車で数時間の距離を野宿して歩 いて帰ってくる。どこともわからぬ街を彷徨っ ているところを警察に保護される。以上のよう な問題行動が続き,両親は,毎日のように眠れ ない夜を過ごしたという。そして,絵画の専門 学校へも行けなくなった。A さんは,「あの医師 を訴えてやりたい」と悔しさと怒りを滲ます。 これがきっかけとなり,両親は次男を入院さ せることを決意する。それも偏見を気にして, 他府県の病院を選んだ。直接連れて行くと,次 男が嫌がって,行けないので,病院近くのホテ ルに夫婦 3 人で宿泊する。A さんは医師の言葉 や雰囲気から,もう息子は病院から出てこれな いことを悟る。以下は,A さんの入院について の語りである。 A:入院はでも悲しかったねえ。(沈黙 22 秒)入院, 長期で入院してる人の家族なんて,ほんとに,(沈 黙 36 秒)なんで入院たら,あんなに辛かったんか なぁ。 ※:うーん A:入院させてしまったちゅうのもある ※:うーん,自分に対する罪悪感, A:そうですね 【2011/8/30】 上記のように語った A さんだが,当時のこと を思い出したのか目を真っ赤にしながら,言葉 を詰まらせた。保護室のなかから出してほしい と大声で訴える次男を背に,泣きながら帰って きたという A さん。そうして毎日でも次男に会 いにこようと決心する。「入院してほっとした面 もあるけど,ほんとにね」と語る A さんの気持 ちは筆舌に尽くし難い。 1 年半の入院生活の末に,次男は退院するこ とができた。ここで,A さんと,その次男の運 命を大きく変える出会いがあった。それは,精 神保健ボランティアの人たちとの出会いである。 このボランティアは様々なバックグラウンドの 人たちで構成されており,一般家庭の主婦から 音楽療法士まで,専門家・非専門家の垣根はない。 この出会いを通して,A さん自身の趣味も増え た。また,次男が家のなかで寝てばかりいる生 活から脱する機会も提供してくれたという。 A:よさこいの指導を 1 番最初にやり始めたかた。 そのかたも(ボランティアとして家に)来てくれて。 ※:うーん A:で,今度は,(次男が)よさこい踊りだして。 ※:おー(笑) A:へへへ(笑)。テープ持ってきてくださって。踊っ て。あの,だいたい最初の頃は,職員さんがボラン ティアの講習を受けて,で来て下さったんです ※:ほー。そうなんですか。 A:ええ。それで,だんだん起きて,もう,寝ない で座れるようになって(笑)。だから,このボランティ ア活動でうちの子はすごく,

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※:転機ですね。 A:はい。 【2011/5/1】 上記のような働きかけがきっかけとなり,次 男の行動範囲は広がりを持つようになっていっ た。A さんは,謙遜しながらもうれしそうに次 男の自慢話をする。デイケアで,歌を上手に歌 うことや,水墨画コンクールで何度も入賞した ことや,それがきっかけで個展を開いたことな どである。そして,それらがたくさんの人の支 えのなかで成し遂げられてきたことを語ってく れた。毎週日曜日は,次男が家族にカレーを作 る日であり,これも 1 人で作ることができる。 家事についても,洗濯物を干したり,食器を洗っ たり,風呂掃除をするなど,「やりかたは雑だけ ど,助かっている(笑)」と A さん。 3―2 先が見えない不安な日々を生きる術 A さんの語りからは,次男があらゆる制度か ら抜け落ちていく過程がみえる。制度にのれな い次男の現実を突きつけられるそのたびに落胆 し,将来への大きな不安が生まれるが完全に絶 望しきることはない。ぎりぎりのところで踏ん 張り,また期待や希望を見出す。そんな股裂き 状態を表している。では,この制度とは一体, 何をめざし,誰のために設計されているのか。 A:(クリーニング)福祉工場を作るのにみんな必死 で,もう,あれをたててちゃんとすれば,障害もっ た人たちは,あそこで必ず働けると確信してたわけ ね(笑)。 ※:あー A:そしたら,できる人と,できない人と,うちの 子なんか立ってみてるんです。 ※:うーん A:(次男が)「もう,行かんとく」って,へへへ(笑), (次男に)言われたりしながら,(2011/5/1) A:(クリーニング福祉工場で)まあ,ほとんど立っ てみてるというか,1 番最初にいてたスタッフの人 に,おい A,監督とか言うて,見てるから,よく言 われた(笑),タオルの,伸ばすのに,タオルとか 枕のかける,枕かけかな,それをこう,まっすぐ伸 ばすのにこう,振るんです,それぐらいしか,でき なかったかな,とにかく仕事の経験が全く, ※:ですよね,中 2 で(発症しているから), A:そう,仕事,一切,その関わってないし,もう 学生気分そのままで, 【2011/8/30】 結局,次男はこのクリーニング工場へは通い 続けることが困難となった。A さんは,まとも な賃金がもらえるこの福祉工場建設のために街 頭で募金活動をするなどの家族会活動を熱心に 行うが,結局自分の息子が福祉工場で働くほど 回復していない現実の壁に突き当たったのであ る。現在は週 1 回のペースでデイケアへ通って いる。A さんはできるだけ多くデイケアへ通っ てほしいとも考えているが,週 1 回というのが 次男の現状を示している。次男の性格であるの か,統合失調症の陰性症状であるのか又は薬の 副作用であるのかは,わからないが,次男は A さん夫婦との生活において,ほとんど口を聞か ないという。なぜ A さんはこのような状況でも 絶望しきることはないのか。 ※:えっ,デイケアのなかでも結構,大人しいほう (ですか) A:あっ,大人しいらしいんやけどね,それがなんか, 明るく楽しいことをするみたいで,行ったらすぐに ギターを弾いて,それからコーヒー茶碗に,コーヒー とココアとクリープとなんか,お砂糖かな,なんか 一緒くたに入れて,それをググって飲んで,その後, 踊りを踊ったり(笑),歌うたったりするみたいで なんか結構,陽気なことも,うん,で,職員さんも 一緒になって踊ってくれるみたいな(笑)

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※:はー,じゃあ結構,みんなといるときは,あれ なんですかねえ, A:で,あのー,なんていうかな,仕事する軽い, あの,タオルたたんだりとか,なんかそういう作業 の時も,ちゃんとキャップして,なんか着るのかな, 着て,髪の毛とか落ちない,汚れないようにして, 作業の時間はちゃんとするんですよって,でまあ, きっちりしないといけない人は,しっかりした人が してくれて,ちょっと雑でもいけるようなところは, 次男ができるみたいで,それはちゃんと時間通り, うん, 【2011/8/30】 週一回のデイケアにおいて,次男は軽作業を 通してリハビリをしている。この作業において も,「しっかりした人」は「きっちり」とした仕 事をできるが,そうではない次男は「ちょっと 雑でもいける」仕事を任されている。ここで重 要な点は,A さんが次男を完全に何もできない 子という視点で捉えないことである。「あれはで きないが,これはできる」といった視点を持つ ことで,次男を完全に否定することを防いでい る。「クリーニング工場へは通えないけれども, デイケアへは通える」こうした日々の営みへの 意味づけをポジティヴな方面へ向けることで, A さんは完全に絶望に飲み込まれないでいられ る。しかし,これはできないことを先に認める という点において常に痛みをともなうものでは いか。 また,習字,シャンソン,油絵,ジムといっ た各種の教室通いや,精神保健ボランティ活動 のように A さんの多彩な活動によって,次男と の生活の距離がある程度,確保されることで, 密着しすぎることによって頑張り過ぎてしまう 弊害を回避できていると考えられる。以下の語 りはそれを端的に表している。 A:ええ,だから家族の人たちでも,もう,心も体 も弱ってるところへ一生懸命になって頑張りすぎて も折れてしまうわな ※:うん,そうですね,だからやっぱり,ほどほど にやっていくっていう A:そうですねぇ,決してあの,その子を見放すん じゃなくて, ※:そうですね A:ちゃんと見つめてあげて,そのうえで自分の人 生もな,作っていかんとね 【2012/12/20】 以上のように A さんは先の見えない不安な 日々を生きる術を身に付けながら逞しく生きて いるのだが,これらが成り立つためには次男の 症状が安定している必要がある。「今,安定して, ぼちぼちながら,絵を描いているっていうのも, すごく,次男にとっても,私にとっても支えに なりますね」と語る A さんであるが,これは今 の状態に満足していることを指すのであろうか。 「これ以上よくするとか,そんな無理なことを考 えてもねぇ,もう現状維持でいってもらうのが」 と語る A さんに「これ以上」の次男の回復に対 する期待はないのか。ここには A さんの両価的 な思いがある。今よりさらによい状態での安定 を望むならば,そこにはなんらかの変化が必要 である。しかしその変化が引き金となり次男の 状態が悪化する可能性は否めない。例えば以下 の語りがある。 A:うちの子なんかもっと,その仕事とかねぇ, ※:はい A:なんか,いろんなことに,もっとデイケア行け るとかねぇ, ※:うーん A:そんなんなってくれたらよいけど,そういう, 企みをしたらかえって・・・ ※:もしかしたら悪くなっても嫌やし, A:そうです,ええ,ええ,本人にストレスがねえ,

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かかりすぎて,もう大変になる ※:うーん A:ように思いますねぇ 【2012/12/20】 以上の語りの他に,薬の副作用を気にして「今 でも,まあ,お薬多量に出てますのでね,(医師 に)『もっと減らしていただけません』とか,言 うんですけどね。『減らすと怖い』って言われちょ る」といった減薬への思いなどがある。このよ うにより良い状態を求める期待は存在するも, その働きかけが次男の症状の悪化を引き起こす 可能性があり,A さんとしては現在の状態で葛 藤することを強いられる。そのうえ,過去の断 薬経験が入院につながっていることもあり,な おさらに慎重にならざるを得ないのである。 3―3 家族会への思い A さんは現在,家族会には入っていない。長年, 家族会の活動に従事した後に家族会を抜けた。 その理由の 1 つとしては家族会内での「すっご くギスギス」した関係があったという。A さん の 2 回目のインタビュー時に「家族会へ今でも 通っていたら,現在の多彩な活動はできていな かった」という旨の発言があった。筆者は,こ れを家族会の活動が忙しいがために自由がきか なくなってしまうのだと単純に理解していたが, ここには家族会という集団ゆえの大きな葛藤が 潜んでいたことを 3 回目のインタビューから知 ることとなる。 A:やっぱり家族会に行事とか,いろんなあります でしょ, ※:はい,はい A:それに出てなかったら,「あの人は来ない」とか 「あの人は協力的でない」とか,もうそれがあるから, みんなの目がうるさいんですね ※:あー,互いが互いに,こうなんていうか監視し あってるっていう A:そう,そんな点ありますね,それをなくしてあ げんと,かわいそうやわな 【2012/12/20】 家族会の活動に一生懸命になればなるほど家 族会へのコミットは多くなり,行事に参加する ことなどは暗黙のうちに当然視されるようにな る。その行事に出ないということは「一生懸命 でない人」というレッテルを貼られることにな る。山崎と中川(2001)は「セルフヘルプ・グルー プが個人の責任や努力を一面的に,あるいは過 度に強調する場合に関連する危険性」を指摘し ている。ここでは「一生懸命でない人」と「一 生懸命である人」が選別される。A さんは家族 会を抜けるという選択をすることによって,自 由な時間を持ち,自身の活動に没頭し,次男と の適切な距離のとりかたを心得てきた。このよ うな各々が一生懸命であるがゆえに,いわゆる 「相互監視」しあいその貢献度を競うといった皮 肉な結果としての「危険性」が表出している。 A さんが家族会に留まることではなく,抜け ることを選択した理由の 2 つめとしてその家族 会を運営するリーダーの資質がある。 A:うん,親が一番不安になってることを一番,あ の考えてあげないかんことなんやしてな,それが不 安やからみんな,安心して暮らせないし,イライラ したりな,経済的にもこの子のためにね,置いとい てあげないかんかなと思ったりいろんな不安がいっ ぱいあるん違うかな ※:うーん A:それを,家族のために解決してあげるのは,やっ ぱりその家族会の長の人が, ※:そうですよね A:やっぱりちゃんとしてあげな,いくらみんな集 まって傷の舐め合いみたいな ※:(笑)

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A:言うててもね(笑), 【2012/12/20】 付言しておくと,ここでは A さんは家族会の 活動や機能そのものを否定しているわけではな い。次男が発病した頃,家族会という何でも話 あえる場は確かに A さんにとって,大きな心の 支えとなったという。上記は,いつまでも話あっ ているだけでは結局は「傷の舐め合い」に終始 してしまうという意味での発言である。A さん のように次男と長い年月を歩んできた親からす れば,現実的な問題,すなわち将来の子の行く 末をどのようにするのかといったことを見据え た社会運動を起こすことが喫急の課題なのであ る。その問題としてリーダーの資質が指摘され ている。A さんに単純に何がリーダーとして必 要なのかということを問うと「決断力」という 答えが返ってきた7 ) ならば,A さん自身がリーダーとなることで 問題は解決しなかったのだろうか。 A:(リーダーに)なってよって言われたこともある んですよ,えーっと人数ね,何人か,で,車に 5,6 人か乗せてあげて,帰り,そんなん言われたことあ るんですよ,でもね,そういうこと,そういう分裂 するようなことをしたら,どんな(笑)ふふふふ(笑) 【2012/12/20】 A さんと同じような危機感を抱いている人は いた。しかし,家族会の側には,皆で連帯して 行動したいという意図がある。社会のなかでマ イノリティの集団は,苦しみをわかちあい,情 報を共有し,政府へ要求を行うためにも一つの 大きな集団として団結する必要がある。ここに A さんのディレンマが見出される。連帯を困難 7 ) 山崎・中川(2001)もこの問題について「グルー プ内で権威信仰や専門主義,官僚主義が台頭する 可能性」を指摘している。 にする理由として A さんは以下のように語る。 ※:あのー障壁になってしまうっていうか,結局, 団結しきれないところが, A:そうですね,他の病気みたいに,同じ投薬で, 同じ療法のしかただったら,同じように解決できる んやけど,この病気はみんな,いろいろ違って,一 人一人の悩みって本当に聞いてたらもう,全く違う ことなんやけど,まあそれが統合失調症ねぇ, ※:うん A:で,軽度のかたは,まぁそれを抱えながら,まぁ ちゃんとやれる人に,まぁまぁやれる人になんやけ ど,重度のかたたちを,抱えている人たちを,救っ てやるって言うのはおかしいけども,の親たちを楽 にしてあげられる,そこが一番の盲点ちゅうかなぁ, 【2012/12/20】 統合失調症が故の困難さが以上で語られてい る。「この病気はみんな,いろいろ違って,一人 一人の悩みって本当に聞いてたらもう,全く違 うこと」と統合失調症の多様性について語る A さんであるが,それは症状が一人一人によって 違うこと,予後の予測が極めて困難なことが第 一にある。精神科医である Torrey(2007)は多 くの研究者の知見や自らの臨床経験から症状の 多様性を指摘する。症状が個々によって多様で あるが故に症状の全体像からのみ統合失調症は 診断されるべきものであり,10 年後の見通しと して 50% が完全に回復するか,かなりの改善を みせ,25%がいくらか改善し,15% は改善せず 残りの 10% は死亡すると説明する。30 年後の見 通しとしては,10 年後よりは良好であると指摘 されるがいずれにしても長期経過に関する多く の疑問は解決されていないという。 第二に「軽度のかたは,まぁそれを抱えながら, まぁちゃんとやれる人に」なるのだが,「重度の かたたち」は誰がその面倒をみるのだろうか。 A さんの場合は親がそれを担うことになるのだ

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が,それぞれの家族の事情においても介護が誰 にまかされるのかという問題がある。 一方では,完全に回復するものと他方で「重度」 と言われる人々の親が家族会のなかではいっ しょくたに存在する。親によっても,どのくら いの年月を統合失調症の子と過ごしてきたかに よっても受容の差異があるだろう。Olshansky (1962)は慢性的悲哀という概念を提出すること によって,必ずしも両親たちが段階論的アプロー チでの受容期に達するわけではないことを指摘 した。中田(2002)は,慢性的悲哀の概念を補 足して以下のように述べる。 慢性的悲哀は,問題の悪化だけでなく,家族のラ イフサイクルで起きる普通の出来事,たとえば就 学,就職,結婚,転勤,老齢化などがきっかけに なることが多い。(中田,2002) 個別の親がどのライフステージにいるのか,発 症してからどのくらい子と過ごしてきたのか, それらの差異が存在する。 以上のような個々の複雑な差異性によって「た とえ同じ精神障害の家族をもつ人々の中にあっ ても,どこか他人とは違う感じ,理解されない 感じをぬぐえない」(佐藤,2006)と指摘される ように他の親に対する共感し難さが生まれる。 または,宮地(2011)が自助グループ内での争 いの一例として,被災や喪失の程度の「重さ比べ」 と症状やトラウマの「重さ比べ」といったもの を挙げているが,これと同様のことが精神障害 者の家族会内で起こってしまうのではないか。 これは,天田(2011)が認知症高齢者が自身の プライドや自尊心維持のために他者へとる態度 の一形態として示した「他者の価値剥奪方法」 に拠って理解できる。「あの子の症状は私の子の 症状よりも重い」という比較の価値づけは,相 手に劣等な評価を与えることによって自身の評 価を相対的に上げることとなる。そのことによ り定まらない親と我が子の立ち位置をいくらか 固定し,いくらか肯定的に捉えることを可能と する。しかしこれは結果的には「『差別された人 びとによる差別化の実践』を招いてしまい,泥 沼状況となって」(天田,2011),家族会内での まとまらなさを引き起こす一要因となろう。 例えば,家族会の生の声を届けるという名目 の家族会から出版される手記等が多く存在する。 しかし,どれほどの真実が書かれているのかは 疑う余地がある。実際に A さんは以下のように 語っている。 A:私,まあ家族会に入って,得るものはあっても, 失うものはなんにもなかったって,家族会の本に書 いたことはあるんですけども,まあ,得るものもあっ たし,失うものも ※:実は A:うん,ありましたけどね 【2011/8/30】 家族会が出版,監修している以上,それを批 判することは絶対にあってはならないことなの だろう。あまりにも読むに堪えない残酷なストー リーならば精神障害者やその家族に対してス ティグマが与えられるか,現在苦しんでいる家 族に対して希望を与えることができない。「家族 会のねぇ,いま,手記読んでも,私も,最近あ んまり読みたいってこう(笑),思わなくなった ような気が」と語る A さん。「最近あんまり読 みたい」気持ちがないのは,今の A さんにとっ ては読んでも意味がないからだという。病気の 初期は「どうしたら良いんか,藁をもつかむ気 持ち」で読んだが,32 年という次男との歳月を 過ごしてきたことにより,精神病に対する知識 は一定程度身についたうえ,そこに現在の A さ んの抱える多くの問題を解決するヒントはない ようだ。 この事実が意味することとして,第一に手記

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にあるような体験は発症して間もない子を持つ 親にとっては,どのように子に対応するのか, 受診はどこでするのか,医師との関係性はどの ように築くのかなどの方法を知るには非常に役 立つツールとなること。第二に,現在の A さん にとっては自分の子との向き合いかたが確立さ れている以上,手記に「ああ,そういうこともあっ た / ある」という共感がなされるだけという事 実がある。このような共感から自身の癒しとな る時期は,A さんにとっては遠い過去のことで ある。逆に現在では,共感することのみにうん ざりする気持ちの方が強まってくるからこそ, 手記がもはや役立つものではなくなる。現実的 な問題としての自身の老いへの対応や,それに 伴う次男の将来への不安といったものは共感だ けでは乗り越えられず実質的な解決方策が必要 となってくる。 3―4 長男への思いと終の住み処 A さんの夫が 75 歳ごろの時に総合病院の医師 であった長男は,大学病院から当該病院へ出向 している医師が多数引き揚げるのを機に A さん の夫,つまりは長男の父親の経営している胃腸 科医院を継ぎたい旨を伝えたが本人の「まだま だ,(現役で)やれる」という言葉と,「(医師は) 2 人もいらないね」という,当時の長男の事情 をよく理解していなかった A さんの言葉から「あ あ,ここにいてもだめだな」と考えた長男は, 隣県で廃院となった医院を買い取り自ら開業医 となった。 A:で,僕(長男),「B 行くでっ」て,言って,(私 は)えーってなってびっくりした(笑)。あと残って, うちの主人のあとでやってくれるんかなって,思っ たら,まあ今考えたら,人口も少なくなって,ほん とにどこでもそうなんですけど,患者さん,(総合) 病院へみなさん殺到して,開業医のところは,あん まり行かないですね。だから,早くまあ,B 行って よかったかなって,今思うけど,その時はすごい, えらいショックでしたね。えー,B 行ってしまうん かーと, ※:でも,お父さん自身も,なんか引退して譲るみ たいなのもなかった(笑) A:そう,そう,そう。そういうお父さんも気持ちだっ たと思うけど,今はもう仕方ないなぁと思ってるみ たいだけど,でまた,主人もぼちぼち仕事してるし, できるだけ長い間,仕事してちょうだいよって言っ てるんですよ。息子は息子で,B でちゃんと借りて なんですけど,それはそれでいいかと,自分で(笑) 【2011/8/30】 A:次男にも,もうちょっと,こう目を向けてやっ てくれたらなぁ,って思うんだけど,もう,自分の 家族のことでいっぱいみたいな, ※:うーん A:そんな落ち着いて,そういう話をしないといけ ないなあと,思うけど,(実家に訪ねて)来てくれ たら,(孫たちの世話で)もう,そんな話どころで はない。 【2011/8/30】 「うちの主人のあとでやってくれるんかな」と いう思いが意味するところには 2 つの意図があ るのではなかろうか。第一に,単純に今まで自 分たちが一代で努力して築いてきた財産を継承 してほしいという願いがある。それは医院とい う物理的なものだけを指すのではなく,その地 域で形成されてきた人間関係・医師患者関係な どをも含むものである。第二には,統合失調症 である次男に「目を向けてやってくれたらなぁ」 という願いである。それは次男のような「重度 の人」と形容される精神障害者に安心して支援 を提供できる社会資源が少なく,行き場なくた どりつく先が医療法人立の施設や精神科病院へ の長期入院(社会的入院)という事実が往々に してあること8 )。そのようなことでは次男が地域 8 ) 医療法人立施設がネガティブに受け取られる理由

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で人間らしい生活を送れないという,A さん自 身の悲痛な思いが存在するのである。 A:うちの家なんかでも,主人がもう,仕事,でき なくなったら,まあ,息子や孫たちが,そこに住むっ て言えば,あれだけど,住まない場合だったら,次 男のために何か,できたらな,と,長男とも,話し ようかなとも,思ったりしたり 【2011/8/30】 ※お父さんが引退したときにどうするかですよね A:はい, ※:A さん的には,どうなんですか A:私的には・・ ※:どうしてほしいとか,その A:そこ,まあ(住居兼医院を)改造するんやった ら費用も相当かかるかもしれないけど,まあ,あの 4, 5 人ぐらいだったら,住もう思ったら住めるかなぁ, まあグループホームみたいなのにできないこともな いかなぁと思ったり,でも私たちは,その仕事を終 えてでも,まだ生きてるんやから(笑) ※:そーですよね,どこに行くんだと A:うん,どこに行くんや(笑)いうことになるから, それはまだ,まださきの私たちがいなくなってとか, どっかへもう,あの入所するとか,なんかしたとき でないとそういうことできへんから(中略),まだ, そんな元気でお父さん仕事してるのに,その話を持 ち出すの(笑) 【2012/12/20】 仕事を引退した後の A さん夫婦と次男の終の 住み処を考えることに対して A さん自身の抵抗 があるように思える。82 歳で現役の医師である 夫に「まだ,そんな元気でお父さん仕事してる のに,その話を持ち出すの」と語る A さんであ るが,現実的には今考えておかなければいつ考 について「回転ドア」現象と言われる同一医療法 人内での施設のたらい回し状態がある(山本, 2004)。 えるのであろうか。A さんは「それはまだ,ま ださきの」と言いつつ,長男とこれからの将来 について話し合いを持とうかとも考える。願望 としては,いつまでも自分たち親が見てあげら れることが一番であるが,それは現実的な問題 でもない。長男に期待を掛けるも,長男は大学 受験を控える 2 人の子どもと 1 歳の子を抱える 父親であり自身の守るべき生活があることも理 解できる。よって,長男に提案したことを拒否 されることもなきにしもあらずということは想 定できる。 仮に,A さん夫婦の今の住居兼医院をグルー プホームにしたところで今度は自らの身の置き 所がなくなってしまう。または A さんは次男が どのような人々と集団生活することになるのか ということも不安として持っている。いずれに せよ,家族の誰かが負担を大きく被ることにな るのは事実であろう。だからこそ A さんにとっ ては抜き差しならぬ問題であり,結論をなんと か先に延ばすことで今を生きるという選択しか できない状況がある。いや,そういう選択をす るからこそ今を生きることが可能となっている のである。 おわりに 現在の A さんの明確なニーズとしては,以下 二点のことが明らかとなった。第一に個々の差 異性に十分留意したうえで集団運営がなされる 家族会の存在の必要性である。親と子がどのよ うなライフステージにいるのか,疾患を抱えて どのくらいの年月を経ているのか,当該疾患が どのような推移を経ているのか,親の社会への 要求としてどのようなものがあるのか等々の差 異が挙げられる。さらに具体的には決断力ある リーダーの存在や当該集団内部で子と親の多様 性を相互に認められること,それを認めたうえ での緩やかな繋がりと,そこからの社会運動の

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必要性が挙げられる。 第二に家族の生活全体の負担をどのように減 らすことができるのかである。具体的には高齢 化した重度の精神障害当事者が地域で安心して 暮らすことのできる住居の必要性や,それに伴 う親の老齢化への対応。生活のしづらさが残る 当事者に対して家族が全面的に負担を被ること なく暮らせる社会制度の構築の必要性。それに は特に A さんの次男のような重症と呼ばれる当 事者に対して濃厚な支援が必要となってくる。 日常生活は一貫性をもった世界として人びとに よって解釈され,かつまたそうしたものとして彼 らにとって主観的に意味のある一つの現実として あらわれる。(Berger & Luckmann, 1966=2003)

次男の統合失調症の発症という出来事は自明 であったはずの A さんの現実を一変させてし まった。だからこそ A さんは目の前に立ち現れ た現実を首尾一貫したものとして再編成するた めに巧みに現在の生活を意味づけてきたのであ る。 具体的には,次男の悪い部分でなく良い部分 を積極的に見つけていくことや,将来への不安 について突き詰めて考えないことが挙げられる。 しかし,常に「我が子をより良い状態へ近づけ てあげたい」という希望と,「その働きかけが失 敗し現在の状態を悪化させてしまったら」とい う不安のなかで,日々の生活を営まなければな らないことは A さんにとって非常に不安定な両 価的状態を作り出していた。そしてそのような 揺れる思いのなかでなんとか耐え生きしのいで きたのである。付言するとこのような状態は 32 年間という長い年月のなかで親が子の障害と向 き合いながら不断の意味付与から現実を再構成 し続けて徐々に醸成されてきたものである。 ではこの意味を付与し現実を再解釈していく ために重要な役割を果たしたものはなんであっ

たのか。Berger & Luckmann(1966=2003)は 自己がかけがえのない存在であるという現認を 支え,その解釈を保障してくれる他者や場の重 要性を指摘している。それは先にも挙げた家族 会のメンバーや精神保健ボランティアの人々, A さんの夫,趣味の仲間などであったろう。そ れらは「翻身」と呼ばれる自己の主観的現実の 全面的変化を促すよう作用した。 しかし家族会のなかでは常に障害者の親とし ての役割が要請されることにより生活の自由が きかないことや,そのコストに見合った見返り がないことは A さんにとって「考え方の全過程 を正当化してくれる装置」(Berger & Luckmann, 1966=2003)として機能しえなかった。 A さんのライフストーリーからは改善すべき 点や,なぜ団結することができないのかといっ た問題が具体的に表出した。また,親の悲哀の 段階論的アプローチや認識枠組みのポジティヴ な変容ということだけでは捉えきれない常に変 化する複雑な心理状態も明らかになった。これ らは丁寧に時間を掛け,対話的に構築されるラ イフストーリー法によってだからこそ可能と なったのである。このように個人の主観的意味 世界を丁寧に解釈しその多様性にそくした実態 把握と支援が必要である。今回は A さんの次男 との 32 年間という歩みを追ってきたわけだが, 父親の捉え方や長男の捉え方など他の家族成員 によっても結果は違うものとなるだろう。また, 発症して間もない子を持つ親や,障害の重い / 軽いといった差異,子の発症期の差異や家族構 成の差異などは,これからの課題としたい。 謝辞 インタビュー調査に協力し,本論文の公開を 了承してくださった A さんに心よりお礼申しあ げます。

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引用文献

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Berger, L, P & Luckmann. T(1966)

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参照

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