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ドイツ社会統計学の性格 (滋賀大学経済学部開学十周年記念論文集)

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六二

ドイツ社会統計学の性格

 最近における数理統計学の急速な展開は、社会科学的領域における統計学の独自性を押し流すが如き観がする。しかし ながら自然科学的領域を基礎として得られた数理統計学的成果の社会科学的領域への導入は無条件的には許されない。無 批判的導入を批判し、導入の条件を明確にし限界を規定することは社会科学的領域における統計学の重要な課題である が④ サれにも芒て画嚢課題は社会科学的簾における統計方法姦自に展開することでなければならぬ・ところで社 会科学的領域における統計学が今日までおさめ来った成果は極めて著しいものであるけれども、同時にまた大きな限界を もち、今日の社会科学の発展段階からすると立遅れは否み難い。そのよって来るところには種々なるものがあるけれど も、基本的なものとして、統計方法とその対象とを如何に関係させるか一方法論的基本視角に改められねばならぬもの があるのではないだろうか。この方向において純化され深化されねばならぬものを社会科学的領域における統計学はもっ

ているのではないだろ髪    4

 反省はドイツ社会統計学をも含めてなされねばならぬ。ドイツ社会統計学は近代統計学の二大潮流の一、つ.を形成するだ けでなく、終始自己を社会科学的領域に位置づけて、この領域における統計方法の独自的展開を志向しつづけた。しかも

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吾が国の統計学界はドイツ社会統計学の強い影響の下に発展して来たのである。この点を考慮するとぎ、ドイツ社会統計 学の検討は吾々自身の検討をも含んでいると云わねばならぬ。  本稿はドイツ理会統計学をそれが統計方法とその対象とを如何に関係させているかの視角において検討したい。  ドイツ社会統計学は十九世紀中葉自己を確立した時期と今日を比べると学問的性質においても学問的内容においても著 しい変化を経験している。この変化を大略的に特徴つげると、次の如くである。  ω ﹁実体科学としての統計学﹂より﹁形式科学としての統計学﹂への転化。  ② 統計方法論の地位の向上と内容の充実。   ω 一般統計方法論が統計学の全体系の主導的地位を占め、統計方法論が統計学そのものとなる。   回 統計調査論の再編成。統計調査の技術論より出て統計調査の論理的構造の規定に進む。   の 統計利用論の展開開始。数理統計学的成果の受容を通じて統計解折法の展開を試み統計利用論を展開し始めた。  以下においてはこの変化を念頭におきながら、特に、マイヤー︵O・く9ζ亀﹃︶、ジージェック︵同囲N跨︶、 フラスケムパ ー︵勺妻君匪巳噂。H︶ の統計学を例にとりつつ問題を究明しよう。マイヤーの統計学は﹁実体科学としての統計学﹂の代表 的形態として、同時に、抜術論的統計調査論の完成形態として。ジージェックの統計学は﹁実体科学としての統計学﹂よ り﹁形式科学としての統計学﹂への過渡的形態として、同時に、統計調査論の再編成と統計利用論の発足として。フラス ケムパーの統計学は﹁形式科学としての統計学﹂の一応の完成形態として、同時に、数理統計学的成果の批判的受容の代 表的形態として。1三者はそれぞれ指標的な意味をもつ。 ① 馬場吉行﹃社会統計学と抽出理論﹄・昭和二七︵一九五二︶年︵増補昭和三〇年︶・有斐煮乾、大橋隆憲﹃近代統計学の社会的性格﹄  八000万人・第三巻第一号・昭和二四︵一九四九︶年二月、森下不二也﹃統計調査論序説﹄・経済学雑誌・第二四巻第一11二号・昭     ドイツ社会統計学の性格︵有田︶       六三

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六四  和二六︵﹁九五⋮︶年、上杉正一郎﹃統計調査の社会的性格﹄ ・経営研究・第三〇号・昭和三二︵一九五七︶年︹﹁経済学と統計﹂・昭  和三四︵一九五九︶年・青木書店刊・所牧︺。⋮なおソヴェト統計学論争においては終始数理統計学の無批判的導入が批判論点を形  成している。︵内海庫一郎﹃統計学の対象と方法に関するソヴェト学界の論争について﹄・経済評論・昭和ご七︵一九五二︶年七月号、  広田純﹃ソヴェトにおける統計学論争﹄・統計学辞典︵増補版︶・昭和三二︵一九五七︶年・東洋経済新報社刊、有沢広己編﹃統計学  の対象と方法﹄・昭和三一︵一九五六︶年・日本評論薪社刊︶。 東独における同様の問題提起については、経済統計研究会編﹃東独の  統計理論﹄1および豆・昭和二九︵︸九五四︶年、大橋隆憲﹃ドイツ民主共和国における統計理論の推移﹄ ・統計学・第五号・昭和三  二︵一九五七︶年。西独については、拙稿﹃社会統計再認識の問題と特質﹄・彦根論叢・第四三号・昭和三三︵一九五八︶年を参照。 ②内海庫一郎﹃蜷川統計学と弁証法﹄・統計学・第一巻第一号ニー五頁。 ③拙稿﹃統計学の学問的性質への一つの歴史的接近﹄・彦根論叢・第五八号・昭和三四︵一九五九︶年、﹃一般統計方法論の課題と方  法﹄・彦根論叢・第四八11九合併号・昭和三三︵一九五八︶年、 ﹃フランスケムパーにおける社会統計学の構想﹄・彦根論叢・第一四  号・昭和二八︵︼九五三︶年。 二  十九世紀の後半期にドイツ社会統計学が構想した﹁実体科学としての統計学﹂は統計方法を社会に応用することによっ て得られる知識の体系、統計的社会科学︵精密社会科学︶である。この場合統計方法は現実には統計調査法であって、そ        ① れが悉皆集団観察︵Φ§ぎ箕①乱①ζ節ω。。窪げ①。訂。巨盲σq︶として観念された。  ところで、集団観察は、祉会科学的領域だけに特有なものでなく、自然科学的領域にも応用されるものであった。マイ ヤーは﹁悉皆集団観察の手続を社会集団に用いるか或はその他の集団に用いるかを区別せず、その全体を問題にするなら        ②     ・ ば、形式的意味における統計学或は統計方法の概念に到達する﹂とする。 ﹁形式的意味における統計方法﹂の概念の定立 は語義確定以上の意味をもっている。統計方法は社会にのみ限られない。この認識の背後には統計方法が一定の条件さえ

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みたされるならば、実質的性質にかかわりなく応用され得ると云う統計方法の独立性が認識されているのである。  では如何なる根拠において実体科学論者は統計方法の応用を特に社会に限って統計的社会科学を樹立するのであろう    か。第一にあげられる論拠は﹁杜会現象はそれ自身単に一つの集団現象であり、従ってその諸法則も亦集団観察によって 似み見出すことが出来る﹂と云うことに外ならぬ。この所説は対象11社会への方法の従属の方向において、対象11社会と 方法との構造的同一を定式化しているように見える。しかしこれには吟味されねばならぬものが含まれている。対象11社 会と方法はそれぞれ独立のものとして外的に関係させられている。構造的同一はこのような外的対比を通じて対象と方法 において見出されたものでしかない。集団現象と云う性質は、方法との外的対応関係を通じて、対象︵11社会︶において見 出された方法と構造的に同一の側面であり、結局のところ、それは方法との関係において出て来る性質であって、統計方 法を応用して効果を発揮するために対象がもたねばならぬ形式的性質を形成する。したがって集団現象が存在するところ では自然科学的領域にも社会科学的領域にも統計方法の適用があると云う規定は何の不自然もない。この様に見て来ると 方法より対象が導かれるのであって、マイヤーにおける対象11社会への方法の従属は逆に方法への対象“社会の従属と変 りはないのである。リューメリンは同様の論理において同じ規定に到達し、さて後者の契機を押し出して﹁形式科学とし        ての統計学﹂を結論し﹁実体科学としての統計学﹂を否定した。ドイツ社会統計学確立期に﹁実体科学としての統計学﹂ の主張と﹁形式科学としての統計学﹂の主張とが対象と方法を同じ仕方で関係させ℃いることは興床深い。ところでマイ         ヤーは集団規象を社会において実体化し独立の領域・とした。﹁社会的集団﹂︵QoON一m一回忌ζ節ωω①︶これである。 そしてこれを基        礎として﹁社会的集団の学問﹂を構想した。﹁実体科学としての統計学﹂はこの﹁社会的集団の学問﹂に外ならない。  かくてマイヤーにおいては対象と方法は外的に対立させられ、必然的関連は打ち立てられず、そこには一つの間隙が存 在するのである。それは﹁実体科学としての統計学﹂11﹁、社会的集団の学問﹂の構成にあたって諸種の困難をともなう。     ドイツ社会統計学の性格︵有田︶       六五

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      六六        ⑦ マイヤーによると、社会の本質は﹁社会化﹂にあった。これに対して﹁社会的集団﹂はーーその概念には不明確なとこ         うが多いがli多数の同種の個体の時間的に限定された併存でしかなく、現実的には人口であった。両者の間隙は社会学 と﹁社会的集団の学問﹂との間隙となって現れる。  ところで﹁社会的集団の学問﹂の学問論的規定、特に対象規定は、統計方法の本質的形式および統計の基礎をなす概念 の規定を用意する。しかしこれらは実体科学論の問題としてとり扱われるので方法論的規定として成立する余地がなか った。かくして、統計方法として現れるものは、残部の統計的按術でしかない。統計方法論が統計調査技術論の性格をも つのはこの理由による。 ①マイヤーは統計学を次の如く規定する一﹁統計的科学︵雪祭ω蔚穿の芝誇Φ諺。冨3或は学問としての統計学︵ω富け聾障巴ω名ア  ω。。Φづωoゴp坤︶とは統計に捉えうる社会的集団に現れる限りでの、社会的な人間生活の状態および現象を、統計法︵ωけPけ一ω戸一〇りOげO 一︵¢5ωけ︶によ  って得た材料にもとづいて解明することである﹂︵ζ趣おω§聾冥合匿O①ωゆ房。﹃竣工。。一①鐸ρp︾自一こω‘ω一.大橋隆憲訳﹃統計学の本  質と方法﹄・昭和一八︵一九四三年︶・小島書店刊・七九頁︶。﹁統計学は社会諸科学の領域における一個独立の学間である﹂︵ppρ噌  ψω一.訳書八○頁︶。 ﹁統計学の独立性は一方では科学的研究対象の特殊性︵あらゆる現象形態における社会要素の集団︶にもとづき、  他方ではこの研究の方法の特殊性︵要素の悉皆的な集団観察︶にもとつくものである﹂ ︵⇔.pOこの.認.訳書八○一一頁︶。なヵ、高  岡周夫﹃マイヤーの実質的統計学﹄・経済論集︵北海学園︶・第二号・昭和二九︵一九五四︶年、 ﹃マイヤーの﹁精密社会学﹂﹄・前  掲誌・第七号・昭和三三︵一九五八︶年参照。      , ②マイヤーはまた云っている一﹁この方法は集団事象を基礎とする社会生活を補伍するための第一義的重要な方法である。しかしこ  の方法は明かにまた社会的人閲生活の範囲外にも、集団状態と集団現象の存するところではどんな場所にでも用いられる﹂とし、自然  . ネ学的領域における応用にふれている。 ︵竃趣き騨pρりω.ωP訳書八一頁︶﹁形式的意味における統計学︵統計方法︶とは﹂ーマイ  ヤーによると一﹁人間的11社会的集団およびその他の集団、に適用してその数量関係の総体を捉える悉皆集団観察の手続を云う﹂。︵斜  国.○こQD曜ωP訳書八一頁︶ ③竃亀ごΩσω象NB巨益αq犀虫一陣BO①ω①房。︸錘坤ω冨び①Pお刈メω二ω一写高野岩三郎訳﹃社会生活における合法則性﹄・統計学古典選集

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 ・第一〇巻・曙和一九︵一九四四︶年・第一出版殊式会社刊・一八一九頁。 ④ 拙稿﹃リユーメリンにおける統計学の構造と性格﹂・彦根論叢・第二〇号・昭和二九︵一九五四︶年 ⑤ マイヤ⋮の社会的集団については、高岡周夫﹃マイヤーの集団論﹂・経済学研究︵北大︶ ・第一五号・昭和三四︵一九五九︶年・四  九一七五頁を参照。 ⑥竃塁さω鐙蔚二犀§像O①ωΦ=ω。﹃昧邑Φ訂ρ悼︾¢陸幽層ω.刈跨訳書一八頁。 ⑦マイヤーは云っているーー﹁人間の多数は事実上無関係に孤立的に併存しているものではない。このことはまた、人間の個々の行為  および事件の多数についても、これらの行為および事件の残留結果についても、同じことである。これらには、時と場を共通にしてい  るという点で、外的な群別が施され、それとともにまた、この多数者の諸要素は、文化の向上とともに豊かになる内的な多種多様の特  殊諸関係で結ばれる。⋮⋮このような諸関係が人間の多数者の間に存立していると云う事実と、集団の分化に対してこのような諸関係  が作用して惹起した結果である事実とを、最高義の社会化とよび、この社会化によって生じた新構成態を、社会圏、層、群、横⋮成体と  よぶことができよう。﹂︵騨印’○こωしρ。訳書五一六頁。︶ ⑧高岡周夫﹃マイヤーの集団論﹄︵前掲︶五七頁・七一頁。  ジージェックにおいては﹁実体科学としての統計学﹂は換骨奪胎される反面統計方法論が主導性をとり、かくして﹁形        ① 式科学としての統計学﹂が優越する。まさにジージェックは本質的には方法論者である。 ﹁形式科学としての統計学﹂の 優越に導いたものは社会の多くの分野への統計方法の普及拡大、多くの社会的個別科学への統計方法の浸透である。この 状勢はジージェックをして﹁実体科学としての統計学﹂を分解するとともに統計方法論を﹁実体科学としての統計学﹂よ       ② り解放させ自立させた。統計方法論は統計方法を実体的諸問題より解放して、統計方法を一般的形式的にとらえることを 可能にした。しかも方法規定は従前における﹁統計の技術﹂中心より一歩進んで統計方法の論理的構造の規定に進んでゆ く。けだし﹁実体科学としての統計学﹂および多くの社会科学的領域における統計方法の応用は統計的諸概念を形成し た。ただしそれらはなお実体的諸規定におおわれていたけれども一。これをジージェックは綜合的にとらえ一般化する     ドイツ社会統計学の性格︵有田︶       六七

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       六八 のであるが、この場合、独自の整序原理をもってした。ジージェックをして論理的構造の規定に成功させたのはこの整序 原理であり、また成功の限界も大きくこれに依存するのである。  ﹁方法は前におかれた目標に向けて定められた手順である﹂。 ジージェックは方法的過程の結果として得らるべぎ認識         1i目標一を方法の﹁構成﹂と﹁批判﹂の基準とする。なお、目標はジージェックにおいて﹁統計的集団の数的表示﹂ −﹁統計数﹂一である。ここではこの規定を具体的に詳細に分析しないが、次の点は明確に指摘しておかねばならな い。すなわち、目標は形式的には認識であり、認識は意識に内在化された対象であるから、目標基準の方法構成は対象 基準の方法構成であると云うことが出来る。しかし意識に内在化される過程において対象は抽象化されている。目標11認 識は云わば一面において抽象化形式の対象化である。したがって、内在化された対象を基準とすることは対象における ﹁方法と構造的に同一の側面﹂を基礎にし﹁方法と構造的に対立する側面﹂を排除することを、かくして対象と方法との 矛盾を回避することを意味する。この二面は対象における﹁方法と構造的に同一の側面﹂が﹁統計の対象﹂として﹁統計     的集団﹂一同種多数の個体の総体−−と云う形で客体化されるとぎ完全となる。  ジージェックは﹁統計方法の本質﹂を﹁四基本概念﹂i−一調査単位・調査標識・群および表示−に還元した。統計方         法の論理的構造の規定にとってその意義は極めて大ぎい。内在化された対象を基準とすることによってこの寄与は可能に なったのである。しかし寄与には大ぎな限界があった。ジージェックは基本概念を対象“社会より如何にして誘導する         か、四基本概念は対象の本質に如何にかかわるかを明かにすることが出来なかった。内在化された対象を基準とする方法         構成は対象より目標を誘導する過程を方法よりとりのぞくことを意味する。対象と四基本概念との関係が不明のままにの こされるのは当然である。かくてジージェックは統計方法の本質、社会科学的認識における統計の意義を十分に規定する までには至らなかったのである。

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 既にのべたようにジージェプクにおいては、対象より目標を誘導する過程は方法よりのぞき去られた。かくて目標の定 立、対象と目標との矛盾の解決は、もはや統計学の問題ではなく個別科学の問題となる。統計学は社会的実践および社会 的個別科学が要求する統計的結果を適確に提供する手段とその操作法を示せばよいのである。ところで目標定立の過程が 方法からとり除かれると、目標に投影される統計的把握の本質形式を社会的実際的な地盤と条件において実現する過程し      ⑨      ⑩ か残らない。フラスヶムパーはそこに技術を見る。ジージェックの社会科学的に志向された統計方法論の独自性はまさに        ⑪ このような浅い論理的内容に存するのであって原理的なものに発展させられないのである。 ▼ ①拙稿﹃統計学の学問的性質への一つの歴史的接近﹄・彦根論叢・第五八号・昭和三四︵一九五九︶年・三六頁。﹁実体科学としての  統計学﹂は﹁統計的結果学﹂として統計実務の結果の総合とされる。統計実務へのコ実体科学としての統計学しの解消に外ならぬ。斯  学の独立の科学としての権利の主張はジージェソクにおいて断念されている。それはもはや統計学金体をいれる枠ではない。統計方法  論は﹁実体科学としての統計学﹂への従属より解放され、それ自体として社会的個別科学および行政・経営に関係してゆく。形式科学  的契機11統計方法論が全体を主導する。 ②N冒ΦぎUδ<霞8ぽ①窪Φ昌霞じd①σQH崇①<oコニω雷色け貯.♂図①謹Φ島①一”H器葺三一巨①ヨ二目。器一QoB酔聾β偉ρ︾暮①①ひ=Oωc。.ω器ム●前  掲拙稿、二九頁、三一頁。 ③Uδご﹀=σq①ヨ①ぼΦ,.ロ旨伍一りω℃①三巴①..の母叶導閉畠①ζ①跨。伍①巳①拝Pさ.hZ櫛けFωけ●二ω。。bd阜︵ω男。薦ρ。。ωω阜︶ωひ心ひISな  お拙稿﹃一般統計方法論の課題と方法﹄ ・彦根論叢・第四八時四九合併号・昭和三三︵一九五八︶年・一四三頁、 ﹃ジージェソク統計  数獲得方法論分析序説﹄ ・彦根論叢・第三七号・昭和三二︵一九五七︶年・二五頁。 ④ジージェノクは統計方法を統一的な目標とこれに対応する統一的な方法とせず、目標と方法とのいくつかの組から成るものとする。  しかし個々の組の目標は﹁統計的集団の数的表示﹂の特殊的形態をなしている。N冒①ぎ∪冷コ︾=σq①目Φぎ。..¢コ負”Qり℃Φ臥Φ=①.。ω富ユ簿一ωo﹃Φ  ζΦ昏。匙Φ巳Φ訂ρpp。.○こψ2ひlcQ. ⑤ N貯①ぎp螢.○二ω.ひま■       − ⑥閃O竃国壁讐嘆。巨①ヨ①面目の9憂赤玉窪ζ巴6餓①三。ぼρ<o民望。同け拙稿﹃ジ∼シエソクの四基本概念の理論について﹄・彦根論     ドイツ社会統計学の性格︵有田︶       六九

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七〇  叢・第三四号・昭和ご二 ︵一九五六︶年・一五九頁以下。  ⑦前掲拙稿一六七頁。拙稿﹃ジージエソク統計数獲得方法論分析﹄・彦根論叢・第四〇号・昭和三二︵一九五七︶年・三三頁。  ⑧拙稿﹃一般統計方法論の課題と方法﹄・彦根論叢第四八11四九合併号・昭和三三︵一九五八︶年・一四四一五頁。 ⑨前掲拙稿二四四頁。  ⑩固器惹ヨb①5ゆg臣Φω蔑Φ9毒αq<8︾■目ω。冨コO同=巳δσq§σq伍霞ω欝け聾涛︺ち8噌嵜.臨.Z⇔け.真ω叶こ一し。Pしd阜︵も。閃2σqρ謡  bu臼︶一8Pψひ念噛 ⑪ジ⋮ジェノクは一方において﹁社会科学的に方向づけられた統計方法論﹂を主張しながら、他方において自然科学的領域と社会科学  的領域とにおいて統計方法は同一原理によると云っている。N甘①ぎ竃①冒①昌区は証パ臼昌︼諺=αq.ωけ諺容ザこ一9しdαこ一〇葦.ψDO心・         フラスケムパーにおいて統計学は明確に形式科学n方法論として現れる。社会科学的に方向づけられた﹁形式科学とし ての統計学﹂の確立がフラスケムパーの学問的努力の核心を形成する。ところでフラスケムパーの前には統計利用の手続 の展開が統計学の課題として立現れており、これに呼応するかの如く現実には数理統計学的解析雪男の急速な導入が進み つつあった。フラスヶムパーは数理統計学の批判的受容を通じて課題に答えつつ、ドイツ社会統計学の遺産を継承し発展 させようとする。統計方法には目標として記述的なものと典型的なものとがあり、これに対応して統計方法を計数および 計量による方法と確率算的方法uω8魯器畠犀より形成させる﹁認識目標のこ元主義﹂、 統計学において用いられるすべて        の計算手続が事物的直観的意義をもつことを要求する﹁事物論理と数論理の平行主義﹂が統計学構成の支柱をなす。  フラスケムパーは数論理を前面におし出す。社会統計学が歴史的に展開し来った計数および計量の方法と数理統計学の 成果を形成する確率算的方法とを﹁数論理﹂として概括するのである。フラスヶムパーにおいて数理的性格は統計学の本       質に属する。そして対象の数的把握方法の論理的構造の規定が最大の関心事となる。先づ第一に統計的集団が構成され        る。統計的集団は﹁統計学の対象﹂と規定されているが、現実そのものでなく、数的把握を可能にするために現実を抽象

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        化し変形したものであり、この意思で﹁現実事態の認識︵数的把握−1筆者︶のための抽象的形成物﹂である。フラスケム        と パーは﹁統計的認識手毅﹂とも規定している。統計的集団の構成は統計単位の概念を通じて行われる。  ところで対象は、自然科学的領域では本質的に量化適性をもつのに対して、社会科学的領域では量化適性をもたぬ。社 会的存在は全体的性格をもち、その核心は量に還元することが出来ぬ質的な或る者である。尤も副次的側面において数量 化は可能である。数量化はこの側面において行われる。しかしこの場合にも原理的困難がつきまとう。それは社会現象が 質的階梯をもつ連続性、中間的過渡的形態の連鎖からなることによる。数量化のためには、形式的機械的に分断し、規格           化しなければならぬ。この役割を統計的単位の概念が果す。 、自然科学的概念はそのまま計数および計量の基礎となるが、社会科学的概念は、上記の二理由によって統計的単位の概 念となり得ない。同様のことは統計標識・群についても云うことが出来る。かくして統計的概念が社会科学的概念とは別        個に定立されねばならぬこととなる。社会科学的領域における統計学の特殊性はここに由冷する。  フラスケムパーにおける社会科学的領域における統計方法の独自性は上述のように社会11対象への関心を通じて可能と なったものである。ジージエックにおいて切りすてられた対象はここに復活するのである。しかし復活された対象はこれ とは別個に存立する数理の発動を制約するものでしかない。その媒介をする統計的概念はいまや数への対象の牧徹を媒介 するものとして、しかも数量化し得ぬものを数量化する工芸的手段として立現れる。だだし、所説によると、統計的概念 は社会科学的概念とは別個のものであるけれども、統計的結果が意味をもつためには、出来るだけ社会科学的概念に照応 するように形成されねばならぬ。このように、フラスケムパーにおいては、統計的概念への社会科学的概念の浸透、社会 科学的概念への統計的概念の﹁順応﹂が要請されているけれども、数と社会との本来的な対立は解消されないし、対象と 方法との矛盾は解決されないのである。社会は数量化の彼岸に残るのである。     ドイツ社会統計学の性格︵有田︶      七一

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七二  要するにフラスヶムバーの方法論的基本視角は、先ず第一に質と量の分離を含む。数理はそれ自体としては量的規定の 純粋な独立的形式であり、質的規定の全き捨象において成立する。量的規定はしかし現実にはこれを可能にするものとし て質的規定を前提する。フラスケムパーが数理を前面に押し出すとぎ、質と量との分離、量を可能にする質すらの捨象が 行われている。−⋮あえて附言するに、統計的概念は実は量的規定を可能にする質的規定に向けられるものであるが、質 と量との分離によってその意義の明確な認識がさまたげられたのである。フラスヶムパーの基本視角は方法と対象との関 係の転倒的把握を含む。−−1方法は対象から汲みとられるべきものであるにもかかわらず、フラスケムパーにおいては逆 に対象に作用しこれを変形加工するものと考えられた。対象はそれ自体において存立する方法の発動一対象の処理加工 一を制約するものでしかない。一以上、要するにフラスケムパーの方法論的視角は、基本的には、批判と摂取の立場 と云わねばならぬ。この方法論的基本視角は﹁認識目標の二元主義﹂および﹁事物論理と数論理との平行主義﹂に具体化 され、これらを支柱としてフラスケムパーの統計学は構成され、社会科学的領域への数理統計学的成果の無批判的導入の 批判、導入め条件と限界の設定、批判的導入に進む。その成果にはすぐれたものがあるか、全体として見ると主体性にと ぼしい。方法論的基本視角の性格の然らしめるところと云わねばならぬ。 ①国器三日究が諺=σq①日⑦首Φ望駆動ぎO毎滋疑。・窪①脱望p訟ω四座に﹀焦Pω二⊂・.大橋“足利訳コ般統計学﹄・昭和二八︵一九五三︶  年・農林統計協会刊・七頁。 ② 拙稿﹃フランスケムパーにおける社会統計学の構想﹄・彦根鰐叢・第一四号・昭和二八︵一九五三︶年・二三−九頁。 ③三国ω釜琶究♪OΦσq窪≦9属の−日影N信ざ白房碧齢帥げg山①Hω聾聾酔ヨU①三。。。匡き負ゆ呉鑓σq①Nロ四更葺ω。無口ωけ節ユ。。口ぎ国Φ鴇σqp。げ①臣母  閏鎚ロNN齢Φrおωρω■嗣. この言葉は社会統計学を数理統計学的に改めたり、数理統計学によって代位させることを意味しない。む  しろ逆に数理統計学の無批判的導入を阻止するために、その応用の条件を確定しようとするものである。 ④コ器歪ヨ℃貫ω§三時りζ①鴇窃、≦魯8子︹δゴ①ぴお⊆。9ω■買フランスケムパーはコ般統計学﹄で云う、﹁統計方法を適用するす

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 べての場合の共逓の前握は、先ず第一に数えられると云うことである、ところで数えられる場合には、常に比較的多数の同種の事物が  存在しなければならない。何故ならば、同種的なもののみが数えられるのであるから。かくしてわれわれは統計学を適用するための基  本的前提に到達したのである。その基本的前提というのは同種の単位の総体が存在しなければならぬと云うことである。このような総  体をわれわれは統計的集団と名づける﹂。 ︵︾=面①ヨΦ汐①ω酔四葬匡F悼︾珪rお念︸ψ一P大橋U足利訳﹃一般統計学﹄・昭和二八︵一  九五三︶年・農林統計協会刊・六頁︶ ⑤包虫冨巨究さしd琴プぴΦω箕Φ跨§σq<oロ︾■↓δ羅臼”OH口P色。σQ§αq山興ω鼠諺口ぎ︵こ。岡。蒔ρ謡ゆ阜︶6G。ρω■日嗣Fまひ●フラスケ  ムパーは云っている一﹁具体的現象と抽象的な集合概念すなわち集団概念を区別﹂すべきことを指摘し、後者が構成されて始めて前  者を認識において支配することが可能となると云い、それを﹁通観することの出来ぬ、特に、流転変動止むところのない現象の現実事  態の認識克服のための抽象的構成物﹂としている︵沖p.○こω■斜ひ躯︶。 ⑥田霧審日℃①がppO﹂QQ●心ひ心。 ⑦閃寅ω外舅8bΦがげδしd①餌①艮⊆pσq鄭葭N9三︷ξQDo暗巴琶。・。・①冤罪臥8P諺=σQ9ωけ︾HoF悼⊆。ゆ負ちω⊆。’杉栄﹃理論統計学研究﹄・昭和  一五︵一九四〇︶年・立命舘出版部刊・三六ニー三七〇頁。 ⑧ コ器犀騨ヨ需がω鼠け同ωユ閃りぢ“︾焦σQ接魯U2房。戸戸閏。同。・9信昌oq噛腎αq■︿.ピ8bd肖卑渇会−ψδ心i9 三  要するに、統計方法を対象11社会に如何に関係させるか一方法論的基本視角において諸家に大きな相異があり、これ に照応して方法論的問題究明の成果に相異のあることは上述するところがら明かである。  ﹁実体科学としての統計学﹂そのもののもつ対象重視的外見にふさわしく、マイヤーは統計方法を対象に従属させたと は云へ、この従属は外的なものでしかなかった。対象と方法の間には深い間隙があった。この間隙を埋めること、換言す ると、対象と方法との必然的関係をうちたてること!統計方法の論理的構造の規定にジージェックおよびフラスヶムパ        ① −の関心がそそがれる。統計方法論の展開はまさにこの方向において﹁統計の論理的思惟形式﹂を作り出すことにむけら      ドイツ社会統計学の性格︵有田︶       七三

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       七四 れた。そしてこれと平行して﹁実体科学としての統計学﹂より﹁形式科学としての統計学﹂への転化が進むのである。さ て、ジージェックは目標11認識を基準にした。この視角は内在化された対象を基準にすること、対象における﹁方法と構 造的に同一の側面﹂を基準とし、これと不可分な関係にある、﹁構造的に対立する側面﹂を疎外することを意味する。で は対象における﹁方法と構造的に同一の側面﹂とは何か。量的規定とそれを可能にする質的規定との統一である。フラス ヶムパーは質的規定を捨象し純然たる量を前面に押し出す。対象はこれの発動を外的に制約するものでしかない。  総じてジージェック以後における統計方法の論理的構造の規定は、 一方は、︿目標←これに対象化される方法の基本形 式Vと云う方向において行われ、他方は、対象と方法との距離を拡大する方向において行われた。この展開は成果を決定 的に規定する。 一方において統計的概念を摘出しその意義と構造の規定を深めて行ったが、それには限界があり、対象と 方法との間には矛盾が残り、両者の内的必然的関係を明かにすることが出来なかった。更にこれに対応して統計方法をせ まい技術ないし形式にとどめた。統計学が積極的に実質的問題に関与し自主的に数量的把握の対象を設定したのは過去の こととなった。いまや社会科学や行政および経営の求める統計数および解析結果を適確に提供する﹁装置﹂とその操作法 に転化した。更にこの﹁装置﹂の主要部分の一つすら自ら形成しえないで数理統計学の成果に依存する。主体性の喪失と 云うべぎである。  この様に見て来るとぎ、社会科学的領域における統計方法を独自的積極的に展開するためにはドイツ社会統計学の方法 論的基本視角は修正することが必要であることが判る。それは対象の徹底的な重視、対象より方法を汲みとる方向への転 換である。このことは、しかし、統計学を実体科学へ復帰させることを意味しないであろうか一そうではない。社会科 学的認識における質的把握と量的把握との関係︵不可分の統一性︶、后者の従属的限定的意義を考えるだけでも、 ﹁実体科        学としての統計学﹂は成立し得ない。既に述べた様に、マイヤーの﹁実体科学としての統計学﹂は方法を対象に従属させ

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たけれども、この従属は外的なものでしかなく、対象と方法の必然的関係を打ち立て得なかったことも想起されねばなら ぬ。統計学は﹁形式科学﹂11方法論でしかありえない。ジージェックおよびフラスケムパーはこの点において正しい途を 歩んだと云うべぎである。問題は、﹁形式科学﹂として統計学を構成するに当り、対象と方法とを如何に関係させるかに ある。 ﹁形式科学としての統計学﹂の途上でジージェックやフラスヶムパーは大きな欠陥を背負いこんだのである。  対象一1社会においては質と量とは一方において対立しながら、他方において相互浸透の関係にある。この関係を基礎に.        して量の構造と運動形式をとらえ、これを方法化することが要請される。要するに、対象より方法を汲みとることであ る。方法の中に対象を再現することであり、 ﹁形式科学﹂の中に﹁実体科学﹂を再現することである。この方向において こそ社会科学的領域における統計方法の独自的展開を保障することが出来るで.あろう。ドイツ社会統計学における﹁統計 方法と対象の関係﹂1方法論的基本視角の問題の検討は吾々に多くの示唆を与えるのである。 ①︾.ゆ甥巳曽.Zω垢国三急。匹目σq。。ロ静け暮ひq白田。。oN巨三ω器霧9葭葺。ゴ窪ω田静ユぎN①︸房。師㍊顧匹噸σq①囲日け。ω冨讐ωヨ=O。。ゆ岱■=8F  ω・認。。● ②前掲拙稿﹃統計学の学問的性質への一つの歴史的接近﹄・彦根論叢・第五八号・三九−四〇頁。 ③前掲拙稿、四〇頁。 ドイツ社会統計学の性格︵有田︶ 七五

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 一六 三四〇 一九三 七五一九八一六九 六三

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経済学の祖アダム ・ スミス (一七二三〜一七九〇年) の学問体系は、 人間の本質 (良心 ・ 幸福 ・ 倫理など)

〔追記〕  校正の段階で、山﨑俊恵「刑事訴訟法判例研究」

目について︑一九九四年︱二月二 0