Author(s)
仲宗根, 忠真
Citation
沖縄大学法経学部紀要 = Okinawa University JOURNAL
OF LAW & ECONOMICS(22): 69-77
Issue Date
2014-11-30
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/18229
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【研究ノート】
「選択的父子関係」・「重畳的父子関係」という新しい身分関係の創設へ向けて
∼平成26年7月17日最高裁第一小法廷判決を踏まえて∼
Attempt to the foundation of new social position related to alternative or superpositive paternal relation 仲宗根 忠 真* Tadamasa NAKASONE 専 門 分 野:民法 キーワード:父子関係 親子関係 DNA検査 嫡出推定 嫡出否認 子の利益 子の福祉 法的父子関係 生物学的父子関係 第1 問題の所在 最高裁第一小法廷・平成26年7月17日判決(平成25年(受)第233号親子関係不存在確認請求 事件/裁判所時報1608号6頁/以下「本判決」という。)は、3人の裁判官(櫻井龍子、横田尤 孝、山浦善樹)の多数意見により、親子関係不存在を確認した大阪高裁第2民事部平成24年11 月2日の判決(平成24年(ネ)第1567号)を取り消し、次のとおり自判した。 主文 原判決を破棄し、第1審判決を取り消す。 本件訴えを却下する。 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。 理由 上告代理人小島幸保、同田路仁美の上告受理申立て理由について 1 本件は、戸籍上上告人の嫡出子とされている被上告人が上告人に対して提起した親 子関係不存在の確認の訴えである。 2 記録によって認められる事実関係の概要等は、次のとおりである。 (1) 上告人と甲は、平成16年▲月▲日、婚姻の届出をした。上告人は、平成19年▲月 から単身赴任をしていたが、単身赴任中も甲の居住する自宅に月に2、3回程度 帰っていた。 (2) 甲は、平成19年▲月頃、乙と知り合い、乙と親密に交際するようになった。しか し、甲は、その頃も上告人と共に旅行をするなどし、上告人と甲の夫婦の実態が失 われることはなかった。 (3) 上告人は、平成20年▲月▲日頃、甲から妊娠している旨の報告を受けた。 甲は、平成21年▲月▲日、被上告人を出産した。上告人は、被上告人のために保
−70− 育園の行事に参加するなどして、被上告人を監護養育していた。 (4) 上告人は、平成23年▲月頃、甲と乙の交際を知った。 甲は、同年▲月頃、被上告人を連れて自宅を出て上告人と別居し、同年▲月頃か ら、被上告人と共に、乙及びその前妻との間の子2人と同居している。被上告人は、 乙を「お父さん」と呼んで、順調に成長している。 (5) 被上告人側で平成23年▲月に私的に行ったDNA検査の結果によれば、乙が被上 告人の生物学上の父である確率は99.99%であるとされている。 (6) 甲は、平成23年12月、被上告人の法定代理人として、本件訴えを提起した。 (7) 甲は、上告人に対し、平成24年4月頃に離婚調停を申し立てたが、同年5月に不 成立となり、同年6月に離婚訴訟を提起した。 3 原審は、次のとおり判断して本件訴えの適法性を肯定し、被上告人の請求を認容す べきものとした。 本件においては、上記のDNA検査の結果によれば、被上告人が上告人の生物学上 の子でないことは明白である。また、上告人も被上告人の生物学上の父が乙であるこ と自体について積極的に争っていないことや、現在、被上告人が、甲と乙に育てられ、 順調に成長していることに照らせば、被上告人には民法772条の嫡出推定が及ばない 特段の事情があるものと認められる。 4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとお りである。 民法772条により嫡出の推定を受ける子につきその嫡出であることを否認するため には、夫からの嫡出否認の訴えによるべきものとし、かつ、同訴えにつき1年の出訴 期間を定めたことは、身分関係の法的安定を保持する上から合理性を有するものとい うことができる(最高裁昭和54年(オ)第1331号同55年3月27日第一小法廷判決・裁 判集民事129号353頁、最高裁平成8年(オ)第380号同12年3月14日第三小法廷判決・ 裁判集民事197号375頁参照)。そして、夫と子との間に生物学上の父子関係が認めら れないことが科学的証拠により明らかであり、かつ、子が、現時点において夫の下で 監護されておらず、妻及び生物学上の父の下で順調に成長しているという事情があっ ても、子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから、 上記の事情が存在するからといって、同条による嫡出の推定が及ばなくなるものとは いえず、親子関係不存在確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできな いものと解するのが相当である。このように解すると、法律上の父子関係が生物学上 の父子関係と一致しない場合が生ずることになるが、同条及び774条から778条までの 規定はこのような不一致が生ずることをも容認しているものと解される。 もっとも、民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子について、妻がその子を懐 胎すべき時期に、既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ、又は遠隔地に 居住して、夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が 存在する場合には、上記子は実質的には同条の推定を受けない嫡出子に当たるという ことができるから、同法774条以下の規定にかかわらず、親子関係不存在確認の訴えを
−71− もって夫と上記子との間の父子関係の存否を争うことができると解するのが相当であ る(最高裁昭和43年(オ)第1184号同44年5月29日第一小法廷判決・民集23巻6号1064 頁、最高裁平成7年(オ)第2178号同10年8月31日第二小法廷判決・裁判集民事189号 497頁、前掲最高裁平成12年3月14日第三小法廷判決参照)。しかしながら、本件にお いては、甲が被上告人を懐胎した時期に上記のような事情があったとは認められず、 他に本件訴えの適法性を肯定すべき事情も認められない。 5 以上によれば、本件訴えは不適法なものであるといわざるを得ず、これと異なる原 審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由が あり、原判決は破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、第1審判 決を取り消し、本件訴えを却下すべきである。 よって、裁判官金築誠志、同白木勇の各反対意見があるほか、裁判官全員一致の意 見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官櫻井龍子、同山浦善樹の各補足意見があ る。 本判決については、最高裁が民法の規定に忠実な態度を維持するのか、それとも社会情勢・ DNA検査等の近時の状況に鑑み民法の規定からの脱却を試みるのか注目が集まった。 民法は父子関係の決定基準を血縁すなわち生物学的親子関係に求めながら、他方では嫡出推 定制度により法律上の父子関係と生物学上の父子関係が乖離する結果を容認している。たしか に、子に法律上の父親を与え保護を与える必要性に鑑みれば、妻が婚姻中に懐胎した子を夫の 子と推定し(民法772条1項)、さらに婚姻後200日以降及び婚姻解消後300日以内に出産した子 は婚姻中に懐胎したと推定した上で(同条2項)、推定される嫡出子については夫が出生を知っ てから1年以内に嫡出否認の訴えを提起し勝訴しない限り嫡出性すなわち夫との父子関係を否 定できないとする厳格な嫡出推定・否認制度の合理性は首肯できる。 しかし、このような嫡出推定・否認制度が立法された明治31年当時及び同制度をそのまま承 継した昭和22年の改正当時と異なり、現在では血液検査やDNA検査により生物学的父子関係 が確実に証明できるのであるから、子に法律上の父親を与えて保護するという立法趣旨・制度 趣旨は他の方法によっても十分に達成できる。立法当時・改正当時に比べて選択肢が増えたの である。 そこで、裁判所は立法趣旨・制度趣旨を達成する方法を現行法の条文構造・規定内容から離 れて独自の方法に依るべきか、これを肯定すると権力分立原理・司法府の権限分掌の内在的制 約に悖ることにならないか、他方で立法府の怠慢・立法作業の遅滞・不備を司法府として静観 していていいのかといった問題意識が芽生えてくる。誰もが納得する万能解が存在するとは思 えないが、国民的議論に発展させて少しでも前進した父子関係制度の立法化に繋げたい一心で 本稿を起こす次第である。 第2 平成26年7月17日最高裁第一小法廷判決の反対意見 本件は、妻Aが夫Bとの婚姻中に懐胎した子について、B以外の男性Cがその生物学上の父 である確率は99.99%であるとされているところ、出産から約2年後にBはAの不倫を知り、そ
−72− のしばらく後にAは子を連れてBと別居し、現在ではAは子とともにCと生活しており、Aの 提起した離婚訴訟中であるが、子がAを法定代理人としてBに対し親子関係不存在確認の訴え を提起したという事案である。 本件で最高裁第一小法廷の多数意見は、いわゆる外観説を維持して、妻が懐胎時期に夫婦の 実態が失われていたり遠隔地に居住していて性的接触の機会がなかったことが明らかであった 等の外観的事情が存在しない限り推定を受けない嫡出子に該当しないとして、嫡出推定が及ば ないとした高裁の判断を否定した。 これに対して、裁判官金築誠志と裁判官白木勇の少数意見は、それぞれの立場から多数意見 に反対しているものの、基本にあるのは本件における子の利益に鑑み親子関係不存在確認請求 を認めるべきという方向性である。民法の規定との乖離は既に外観説でも露呈されており、程 度問題に過ぎないという立場であると解される。 裁判官金築誠志の反対意見は次のとおりである。 私は、多数意見と異なり、本件において親子関係不存在確認請求を認めた原判決の結論 は相当であり、これは維持すべきものと考える。 1 本件は、妻Aが夫Bとの婚姻中に懐胎した子について、B以外の男性Cがその生物学 上の父である確率は99.99%であるとされているところ、出産から約2年後にBはAの 不倫を知り、そのしばらく後にAは子を連れてBと別居し、現在ではAは子とともにC と生活しており、Aの提起した離婚訴訟中であるが、子がAを法定代理人としてBに対 し親子関係不存在確認の訴えを提起したという事案である。 多数意見は、上記のような事情があっても、子の身分関係の法的安定を保持する必要 が当然になくなるものではなく、また、妻がその子を懐胎すべき時期に、既に夫婦が事 実上の離婚をして夫婦の実態が失われ、又は遠隔地に居住して夫婦間に性的関係を持つ 機会がなかったことが明らかであるなど、いわゆる外観説が、民法774条以下の規定にか かわらず、親子関係不存在確認の訴えをもって夫と子との間の父子関係の存否を争うこ とができるとしている事情も認められないから、本件訴えは不適法であるとする。 したがって、本件の結論を左右するポイントは、法律上の父子関係の確定において血 縁をどう位置づけるか、子の福祉の観点から父の確保の問題をどう考えるべきか、嫡出 推定を受ける子については外観説が認める場合以外親子関係不存在確認の訴えは一切認 められないのかといったことになると思われる。 2 法律上の父子関係が生物学上の父子関係と一致しない場合が生ずることを民法が容認 していることは、多数意見の指摘するとおりであるが、民法が生物学上の父子関係を もって本来の父子関係とみていることは、血縁関係の有無が嫡出否認の理由の有無や認 知の有効性を決定する事由とされていることからも明らかであろう。 本件において、子はCと生物学上の父子関係を有し、Bとはその関係を有しないこと が、証拠上科学的に確実であり、そのことが法廷の場で明らかにされている。しかし、 Bから嫡出否認の訴えが提起されなかった結果、また、Bが父子関係の解消に同意しな い状況で後述の合意に相当する審判も成立の見込みがないため、もし親子関係不存在確 認の訴えが認められないとすれば、Bとの法律上の親子関係を解消することはできず、
−73− Cとの間で法律上の実親子関係を成立させることができない。血縁関係のある父が分 かっており、その父と生活しているのに、法律上の父はBであるという状態が継続する のである。果たして、これは自然な状態であろうか、安定した関係といえるであろうか。 確かに親子は血縁だけの結び付きではないが、本件のように、血縁関係にあり同居して いる父とそうでない父とが現れている場面においては、通常、前者の父子関係の方が、 より安定的、永続的といってよいであろう。子の養育監護という点からみても、本件の ような状況にある場合、Bが子の養育監護に実質的に関与することは、事実上困難であ ろう。また将来、Bの相続問題が起きたとき、Bの他の相続人は、子がCではなくBの 実子として相続人となることに、納得できるであろうか。 Cと親子になりたければ、養子縁組をすればよいという意見もあるが、法的な効果に 変わりはないとしても、心情的には実子関係と異なるところがあろう。血縁関係のない Bとの法律上の父子関係が残るということも、子の生育にとって心理的、感情的な不安 定要因を与えることになるのではないだろうか。さらに、Bとの法律上の父子関係が解 消されない限り、Cに認知を求めるという方法で、子が自らのイニシアチヴによりCと の法律上の父子関係を構築することはできないのであって、Bに対する親子関係不存在 確認の訴えを認めないことは、子から、そうした父を求める権利を奪っているという面 があることを軽視すべきでないと思う。それとともに、本件のような場合は、Bとの法 律上の父子関係が解消されたとしても、直ちに、Cという父を確保できる状況にあると いうこともできる。 3 民法が、嫡出推定を受ける子について、原告適格及び提訴期間を厳しく制限した嫡出 否認の訴えによるべきこととしている理由は、家庭内の秘密や平穏を保護するととも に、速やかに父子関係を確定して子の保護を図ることにあると解されている。そうする と、夫婦関係が破綻し、子の出生の秘密が露わになっている場合は、前者の保護法益は 失われていることになるし、これに加え、子の父を確保するという観点からも親子関係 不存在確認の訴えを許容してよいと考えられる状況にもあるならば、嫡出否認制度によ る厳格な制約を及ぼす実質的な理由は存在しないことになるであろう。 私は、科学的証拠により生物学上の父子関係が否定された場合は、それだけで親子関 係不存在確認の訴えを認めてよいとするものではなく、本件のように、夫婦関係が破綻 して子の出生の秘密が露わになっており、かつ、生物学上の父との間で法律上の親子関 係を確保できる状況にあるという要件を満たす場合に、これを認めようとするものであ る。嫡出推定・否認制度による父子関係の確定の機能はその分後退することにはなるが、 同制度の立法趣旨に実質的に反しない場合に限って例外を認めようというものであっ て、これにより同制度が空洞化するわけではない。形式的には嫡出推定が及ぶ場合につ いて、実質的な観点を導入することにより、嫡出否認制度の例外を認めるという点では、 外観説と異なるものではない。 外観説を超えて、本件のようなケースでの親子関係不存在確認の訴えを認めると、そ の要件が不明確になるという批判が予想されるが、夫婦関係の破綻は、離婚訴訟におい て日常的に認定の対象としている要件であり、子の出生の秘密が露わになっているこ
−74− と、生物学上の父との法律上の親子関係を確保できる状況にあるという要件も、とくに 不明確ということはないと思う。外観説は、一般的にいえば、夫婦関係の内部に立ち入 らずに判断することができ、要件該当性の点でも明確な場合が多いとはいえようが、例 えば、最高裁平成7年(オ)第1095号同10年8月31日第二小法廷判決・裁判集民事第189 号437頁の事案では、性交渉ないしその機会の有無等をも認定して婚姻の実態の存否を 判断しているのであって、こうしたケースでは要件の明確性の差はあまりないといえよ う。 親子関係不存在確認の訴えについては、法律上の利害関係のある者であれば誰でも提 起できるとされていることが、その適用範囲を広げることに消極的な態度を採る理由と されることも考えられる。人事訴訟である親子関係不存在確認の訴えについて、この点 を一般の法律関係不存在確認訴訟と全く同様に考えなければならないかは疑問であっ て、最高裁平成7年(オ)第2178号同10年8月31日第二小法廷判決・裁判集民事第189号 497頁における福田裁判官の意見を傾聴すべきものと考えるが、本件の論点ではないか ら、立ち入らない。むしろ、本件では、母が子の法定代理人として訴えを提起している ことについて、本当に子の利益を考えてのことか疑問を呈する向きがあるかもしれな い。その点に疑いがある事案では、本件で行われているように、子に特別代理人を選任 することが適当であろう(特別代理人は、子の現状を調査の上、親子関係の不存在を確 認することが望ましい旨の意見を述べている)。そもそもの原因は妻の不倫にあること から、本件親子関係不存在確認の訴えを認めることに躊躇を覚えるということもあるか もしれないが、この点は外観説でも同様であり、父子関係の確定という子がそのアイデ ンティティの問題として最大の利害関係を持つ事柄について、そういった事柄を訴えの 適否に影響させることは相当ではないと思われる。 4 身分法においては、何よりも法的安定性を重んずるべきであり、法の規定からの乖離 はできるだけ避けるべきだという意見があることは十分理解できるが、事案の解決の具 体的妥当性は裁判の生命であって、本件のようなケースについて、一般的、抽象的な法 的安定性の維持を優先させることがよいとは思われない。 家庭裁判所の実務においては、家事事件手続法277条(旧家事審判法23条)の合意に相 当する審判により、嫡出推定を否定する方向でこの種の紛争の解決が図られることが少 なくなく、外観説の枠に収まらない運用もなされていると紹介する文献もある。このよ うな運用がなされているとすれば、具体的に妥当な解決を図る目的で、嫡出否認制度の 厳格さを回避するために生まれた運用ではないかと思われる。本件のような事案の解決 においても民法772条により推定される父の意思が決定的に重要であると考えるなら別 であるが、そうとは考えられないのであって、このような合意に相当する審判の運用と、 本件において親子関係不存在確認の訴えを認めることとの距離は、それほど遠いもので はないように思われる。 なお、親子関係不存在確認の訴えが適法とされる場合を広げると、DNA検査の強制 や濫用的利用につながるのではないかと危惧する向きもあるようであるが、DNA検査 は、現在既に認知訴訟等においてだけではなく、訴訟以外の場面でも広く利用されてお
−75− り、本件のような親子関係不存在確認訴訟を認めるか否かに関わりなく、濫用的利用の おそれは存在している。濫用防止等のために、立法ないし法解釈上一定の規制が必要で あるとすれば、それはそれとして検討すべきことであろう。本件において強制や濫用的 利用の問題があるわけではなく、DNA検査の結果親子関係の有無が明らかになること は、濫用的利用等がなくとも今後も生じ得るのであるから、本件において親子関係不存 在確認の訴えを認めるかどうかの問題とは、切り離して考えるべきであると思う。 裁判官白木勇の反対意見は次のとおりである。 私は、多数意見と異なり、本件において親子関係不存在確認請求を認めた原判決の結論 は相当であり、これを維持すべきものとする金築裁判官の意見に賛同するものである。 1 民法の規定は、原則として、血縁のあるところに親子関係を認めようとするものであ ると考えられるが、法文上は、妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定するとされ (772条1項)、夫の子であるという推定を覆すことができるのは、夫による嫡出否認の 訴えによってだけであり、夫以外の何者もこの訴えを提起することができないとされて いるばかりか、夫による嫡出否認の訴えの提訴可能期間も、子の出生を知った時から1 年以内に限るとされている(774条以下)。つまり、制度的には、1年の提訴期間を過ぎ ると、夫の子でないことが明らかな場合であっても、法的に父子関係を争うことは一切 許されないものとされている。 このような制度が設けられた理由として、一つには、家庭の平和を維持する必要があ ること、二つには、法律上の父子関係を早期に確定させる必要があることなどが指摘さ れている。その背景には、母子関係は懐胎・分娩という外形的な事実により確認され得 るのに対して、父子関係を証明することは極めて困難であるという事情もあったと思わ れる。 2 しかし、父子間の血縁の存否を明らかにし、それを戸籍の上にも反映させたいと願う 人としての心情も法律論として無視できないものがある。そこで、当審判例は、妻がそ の子を懐胎すべき時期に、既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ、又は遠 隔地に居住して、夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事 情が存する場合には、その子は実質的には民法772条1項の父子関係の推定を受けない としてきた(多数意見の引用する昭和44年5月29日第一小法廷判決以下の3つの最高裁 判決参照)。このことは、民法の規定する制度がもはや本来の姿のままでは維持できな い事態に至っていることを意味するというべきであろう。 3 近年、科学技術の進歩にはめざましいものがあり、例えばDNAによる個人識別能力 は既に究極の域に達したといわれている。検査方法によっては、特定のDNA型が出現 する頻度は約4兆7000億人に一人となったとされる。世界の人口は約70億人と推定され るから、確率的には、同一DNA型を持つ人間は地球上に存在しない計算になる。この 技術により、父子間の血縁の存否がほとんど誤りなく明らかにできるようになったが、 そのようなことは、民法制定当時にはおよそ想定できなかったところであって、父子間 の血縁の存否を明らかにし、それを戸籍の上にも反映させたいと願う人情はますます高 まりをみせてきているといえよう。
−76− 4 以上の事情を踏まえると、民法の規定する嫡出推定の制度ないし仕組みと、真実の父 子の血縁関係を戸籍にも反映させたいと願う人情とを適切に調和させることが必要にな ると考える。その実現は、立法的な手当に待つことが望ましいことはいうまでもない が、日々生起する新たな事態に対処するためには、さしあたって個々の事案ごとに適切 妥当な解決策を見出していくことの必要性も否定できないところである。本件において は、夫婦関係が破綻して子の出生の秘密が露わになっており、かつ、血縁関係のある父 との間で法律上の親子関係を確保できる状況にあるという点を重視して、子からする親 子関係不存在確認の訴えを認めるのが相当であると考えるものである。 第3 私見の提示 私が見る限り、本件最高裁の多数意見も少数意見も、子の利益を最重視していると思われる。 すなわち、民法772条ないし778条の嫡出推定・否認制度の立法趣旨は、①出生と同時に子に法 的父親を与え、なおかつ夫が子の出生を知ってから1年以内に嫡出否認訴訟を提起して勝訴し ない限り法的父親の身分を否定できないとして子の利益、身分関係の法的安定・早期確定を図 ること、②貞操に関する妻のプライバシーを保護すること、③他人が家庭内の重要事項、身分 関係に介入する機会を塞ぐことにあると考えられるところ、最高裁判事らは①の立法趣旨に重 点を置いていると思われる。見解が分かれるのは、子の利益のためには極力母の夫を法的父親 として処遇すべきか、それとも、可及的に生物学的父親を法的父親として処遇すべきかという 点である。 この点について私は、子が(1)選択的に母の夫を法的父親として固定させてもよいし、生 物学的父親を法的父親の地位に据えることもできるし、(2)真正父親と擬制父親、あるいは父 権・父義務の準共有や連帯責務ということで、2人の父親を重畳的に法的父親の地位・身分に 据えることも可能と解する。理由は、子の利益にとって何が最善かを子以外の者である裁判所 や国会が決めるのは自然法=理性法の観点、換言すれば正義の理念に照らして不適切であり、 子が判断能力を得る年齢に達する前は子の法定代理人ないし特別代理人が暫定的に判断した上 で、子が判断能力を得る年齢に達した後は子自身に誰が父親として相応しいか、あるいは2名 の父親を獲得することを希望するかを選択させるのが最も子の利益に適っていると考えられる からである。 私見に対しては法的根拠がない、あるいは法解釈の限界を超えているとの批判が妥当しよう が、立法府の立法意思・立法能力に限界がある以上、司法府において補充する必要があるし、 解釈学の援護射撃により司法府の背中を押す意義が大きいと考える。許容性としても、自然法 を措定する立場からは勿論のこと、これを否定する立場であっても、現行民法の嫡出推定制度・ 嫡出否認制度に欠陥があり、訴訟慣習法上に根拠を求めざるを得ない親子関係不存在確認訴訟 を創設してまで欠陥を是正してきた歴史的事実に鑑みるとき、民法の欠陥を是正する延長線上 に選択的父子関係の創設・重畳的父子関係の設定という身分関係制度を否定する理由はないは ずである。条文上の根拠としては、(1)個人の尊厳を解釈指針と宣言した民法2条、(2)子 から法的父親の身分を指摘された者が父親であることを否定することが権利の濫用に該当する と評価される場合の民法1条3項、(3)民法777条等の嫡出否認訴訟の要件(特に1年の提訴
−77− 期間)を満たさず母の夫が父親と推定されるとしても生物学上の父親が法的父親であることを 否定する論理必然性はないこと、換言すれば民法777条等は物権の排他性(一物一権主義)と異 なり、父親の地位には複数の者が同時に立てることを前提とする規定であると解釈できること が挙げられる。 私見のようなコペルニクス的転換を伴う見解を最高裁が採用するとは思わないが、これくら い大胆な発想をしないと現状を打開するだけの国民的議論を呼び起こすことは難しいと考え る。呼び水となること、波紋が広がることを願うばかりである。 <参考文献> (1) 注解判例民法親族法・相続法(初版第1刷)199∼210頁 (2) 新家族法実務体系第2巻・親族[Ⅱ]親子・後見152∼165頁 (3) 法律時報2014年86巻6号通巻1073号4∼50頁 * 沖縄大学法経学部非常勤講師・弁護士