Title
近世末期の八重山統治と人口問題−翁長親方仕置とその
背景−
Author(s)
高良, 倉吉
Citation
沖縄史料編集所紀要(7): 1-45
Issue Date
1982-03-31
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/7223
Rights
沖縄県沖縄史料編集所
近 世末期の八重山統治 と人 口問題
近
健
末
期
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重山
統
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題
-翁
長 親 方 仕 置 と そ の 背 景 -冒 釈 は じ め に 一 規 模 帳 布 達 の 経 過 と 仕 置 の 意 図 二 統 治 機 能 の 概 要 と 検 便 三 在 番 お よ び 蔵 元 機 構 の 弛 緩 四 仕 置 の 論 理 構 造 と そ の 矛 盾 五 近 世 八 重 山 の 人 口 動 態 六 規 模 帳 に 見 る 人 口 問 題 対 筆 む す ぴ 高 良 合 ︰ 吉 は じ め に 近 世 期 の 両 先 島 の 社 会 状 況 と こ れ に 対 す る 首 里 王 府 の 施 筒 の 展 開 過 程 を 検 討 す る う え で 、 近 年 と み に 注 目 を 集 め つ つ あ る テ -マ の 一 つ は 、 王 府 が 両 先 島 に 五 度 に わ た っ て 派 遣 し た 検 使 と そ の 仕 鰐 に 関 す る 問 題 で あ ろ う 。 こ心 逗 夕 塞 堅 63 史 観 6 3 塩 味 刃 J P 貯 甥 殉 忌 塁 審 塔婆舟 各 ,a -U 小 樽 塀 酔態 望 ′慣蝶 亜 想 顕 阜 時 出 婁 購鮮 6 3 喋 牽 雷 峯
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こ の 規 模帳 の 末 尾 に 、 ( 史 料 一 ︺ 右 八 重山 鳥 之儀' 御 検 使 被差渡程久 敷相 成 、 風 俗 悪 敷 、 入 居も 格 別 相 減、 百姓等産業 相 怠 、 年 貢 。 上 納物 調 兼 ' 最早 及 極労居候由被 聞 召 通 、 御 検便 被 差 渡'万 端 細密 相 礼 儀 処 、 一 体之 所 俗 、 百 姓等取扱向 、 其 外 段 々 (締 ) 不 □之 儀 共有 之 ' 跡 々 規 模帳 又 は 諸 締向之 条 々 損 益 を 以 、右 条 数 之 通 取 締 申 渡、其 外向 々 公 事 帳 之 儀 も 致 損 益 相 渡侯間 、聯無 援 疎 厳 重 相 守侯様 、 堅 被仰付 度 奉存 侯 、 以 上 。 (句 読 点 引 周者 。 旧 漢 字 は 新 漢 字 に 、 変 体仮 名 は 平 仮 名 に 攻 め た 。 以 下 同 じ ) と 翁 長 親 方 以 下 六 人 の 連 名 を 添 え て 記 さ れ た 部 分 は 、 い う ま で もな-評 定所 へ 裁 可 を あお い だ 際 の 上 申 に 相 当 す る 。右 の 部 分 に つ づけ て 、 摂政 二 二 司 官 の 名 で 、 ︹ 史 料 二 ︺ 右 之 ヶ 条見届 僕処 '万 端 島 中 井 百姓 之 為 相 成 儀侯間 、 御 無援疎執行可 有 之 侯 。 若相 背 者 於 有 之 は 、 陀 可 及 沙 汰 慣間 ' 堅 可得其意者 也 。 と 記 さ れ る の は 、 上 申を 受 け てこ れ に 裁可を下 し た 文 言 で あ る 。 こ の 手 続 き に よ っ て は じ め て 、 ﹃ 翁長 親 方 八 重 山 鳥 規 模 帳 ﹄ は 規 制 力 を 伴 う王 府 布 達 の 公 文 と し て の 地 位を 確保 し た こ と に な る が 、 同 規 模 帳 の 最 末 尾 に 明 記 さ れ て い る ご と -、 威豊 八 年 ( 一 八 五 八 ) 三 月 付 で 八 重山 島 の 在 番 。 薗 あ て に この 規 模 帳 は 厳 重 に 布 達 さ れた の で あ っ た 。 さ て 、 先 に 引 用 した ﹃球陽 ﹄ の 記 事 に よ れ ば 、翁 長親 方 の 仕 置 の 意図 は 経済 的疲 弊 の 振 興 と 風 俗 の 改 良 に あ っ た 。 ま た 、先 の 史 料 一 は ' 八 重 山 に は 久 し -検使 が 派 遣 さ れ て お ら ず、 風 俗 は 悪 化 し 入 口 が 激 減 し てい る う え 、 百 姓 の 怠 業 が は び こ -年 貢 。 上 納 物 の 未 進 が重な る と い う 窮 迫 下 に あ る の で 、 そ の 実 情 を つ ぶ さ に 視察 し て 対 処 策 を講 ず る 必 要 が あ る 、 と 仕 麿 の 意図を 述 べ てい る 。 つ ま-、 八 重山 社 会 の 経 済的 振興を は か る た め 実 情 の 点検
近世末期の八重山統治 と人 口問題 と そ れ に 対 す る 対 処 策 を 検 討 す る こ と 、 が 翁 長 親 方 ら に 課 せ ら れ た 使 命 で あ っ た 。 仕 置 の 意 図 を よ -詳 細 に 把 握 す る た め に は 、 ﹃ 翁 長 親 方 八 重 山 鳥 規 模 帳 ﹄ 6,3 下 ﹃翁 長 八 重 山 規 模 帳 ﹄ と 略 称 ) 全 体 を 吟 味 し な け れ ば な ら な い の で あ る が 、 さ し あ た っ て は 、 同 規 模 帳 の 冒 頭 の 一 条 を 引 用 し て 今 少 し 詳 し く 仕 麿 の 意 図 を 明 ら か に し て お こ う 。 ︹ 史 料 三 ︺ 一 八 重 山 鳥 之 儀 ' 達 々 疲 人 傑 上 ' 近 年 飢 摩 。 災 変 等 打 続 、 入 居 格 別 相 減 侯 処 、 薗 ◎ 役 々 共 仕 向 恵 敷 、 百 姓 等 産 業 相 怠 、 追 年 疲 増 侯 付 p 去 秋 御 検 使 被 差 渡 、 一 体 之 様 子 細 密 乱 方 被 仰 付 侯 処 、 東 井 諸 役 人 。 村 々 筆 者 共 私 曲 を 構 、 諸 上 納 物 支 配 方 令 混 雑 、 且 御 用 布 。 御 用 物 。 諸 雑 物 割 重 、 且 内 例 と 申 穀 物 。 夜 布 其 外 諸 品 、 野 菜 。 肴 白 魔 無 心 申 付 、 且 村 所 諸 入 日 。 出 高 。 夫 役 等 多 、 秀 之 所 ∂ 百 姓 等 気 力 を 禿 、 産 業 相 怠 、 連 々 と 疲 増 侯 体 相 見 (損 得 言 語 道 断 之 儀 候 . 右 二 付 て は 頭 井 諸 役 人 。 村 々 筆 者 共 夫 々 所 犯 二 応 シ 罪 科 被 仰 付 侯 。 然 は 遠 海 差 醒
r日
日
欠 ) (損 欠 ) 御 差 引 難 被 成 所 β l等 段 々 被 相 渡 、 差 引 被 仰 付 事 侯 得 は 、 万 反 廉 垣 ◎ 正 道 相 勤 p 百 姓 等 取 扱 向 も 無 理 ◎ 非 法 之 挙 動 無 之 、 随 分 産 業 相 励 、 往 々 潤 立 候 様 可 相 計 之 処 、 無 其 儀 、 右 次 第 所 中 之 衰 微 、 御 仕 置 之 妨 p 甚 以 不 可 然 事 侯 条 p 向 後 、 頭 。 役 々 。 筆 者 共 こ も 1 稜 仕 向 相 改 p 宵 て 法 外 之 仕 形 無 之 、 此 節 規 模 帳 通 厳 重 相 守 、 往 々 百 姓 等 有 付 、 年 貢 。 諸 上 納 物 全 相 納 侯 様 、 精 々 可 相 励 事 。 右 の 1 条 に よ れ ば 、 首 里 王 府 が 八 重 山 社 会 の 基 本 的 問 題 点 と し て 指 摘 し て い る の は 次 の 五 点 で あ る 。 ① 八 重 山 は 積 年 の 疲 弊 下 に あ -、 そ の う え 飢 笹 ・ 災 害 な ど の 続 発 に よ -近 年 人 口 が と み に 減 少 し て い る こ と 。 ① 上 記 の 苦 境 下 に あ る に も か か わ ら ず p 薗 色 役 々 の 下 知 方 が 劣 悪 で あ る . 僻 遠 の 地 ゆ え p 王 府 が 憤 接 指 導 。 監 督 を 加 え る こ と は 不 可 能 で あ -、 た め に 必 要 に 応 じ て 諸 令 達 を 下 し て い る が 、 島 役 人 は そ の 意 を 体 し て 適 切 な 下 知 方 に 専 念 す る ど こ ろ か 、 む し ろ 王 府 の 意 向 に 反 す る 所 業 を く -か え し て い る 。 た と え ば 、 頭 。 諸 役 人を は じ め 村 筆 者 に 至 る ま で 私 利 私 欲 に 走 り 、 上 納 物 支 配 を 混 雑 さ せ 、 御 用 布 、 御 用 物 、 諸 雑 物 の 割 り 重 み を お こ な い 、 内 例 と 祢 し て 百 姓 か ら 穀 物 、 反 布 、 そ の 他 の 品 々 あ る い は 野 菜 ⑳ 肴 な ど を 不 当 に 徴 収 し て い る こ と 。 ③ 村 々 で は 入 日 、 出 高 、 夫 役 の 負 担 が 規 定 以 上 に 重 -の し か か っ て い る た め に 、 百 姓 は 気 力 を そ が れ 、 蔑 業 を 怠 る 結 果 と な -、 疲 弊 を 一 層 深 刻 化 さ せ る 状 況 を 招 い て い る こ と 。 ④ こ う し た 疲 弊 の 深 刻 化 に 対 処 す る た め に p 一 八 五 六 年 秋 p 王 府 よ -検 便 が 差 し 送 ら れ 、 実 態 の 把 握 と 改 善 策 が 具 体 的 に 検 討 さ れ る よ う に な っ た こ と 。 ⑤ い う ま で も な -、 無 理 。 非 法 の 所 業 を お こ な う 役 人 に 対 し て は 厳 罰 を も っ て 掠 む 。 よ っ て 、 こ の 規 模 帳 の 趣 旨 。 規 定 を 遵 守 し 、 島 役 人 た る 者 、 百 姓 を 有 付 さ せ 年 貢 ◎ 諸 上 納 を 完 納 さ せ る よ う 万 全 の 下 知 に 専 心 す べ き で あ る 。 右 の 五 点 を 補 星 を 加 え て 要 約 す る と 、 八 重 山 社 会 の 疲 弊 を 振 興 す る 第 一 は 鳥 役 人 の 刷 新 に あ -、 そ の 非 法 。 中 間 搾 取 を 否 定 し て 、 百 姓 の 再 生 産 構 造 を 回 復 し 、 生 産 の 安 定 化 を は か る こ と に あ る 、 ま た 、 そ の こ と に よ っ て 王 府 の 租 税 収 入 の 確 保 も 実 現 で き る 、 と い う こ と に な る だ ろ -。 と -わ け 、 島 役 人 の 剛 新 が 主 要 な 問 題 点 と し て 力 説 さ れ て い る こ と に 着 目 す べ き だ ろ う 。 以 上 に よ っ て 検 使 翁 長 親 方 の 仕 置 の 意 図 お よ び 背 景 の あ ら ま し が 理 解 で き た と 思 う が 、 さ て 、 こ こ で 当 然 問 題 と な る の は 、 検 使 の 派 遣 と 既 存 の 統 治 機 能 と の 関 連 で あ ろ う 。 三 統 治 機 能 の 概 要 と 検 便
近健末期の八重山統治 と人 口問題 と い う の は 、 す で に 見 た よ う に 、 仕 竃 の 第 一 は 島 役 人 の 刷 新 に あ る と 力 説 さ れ て い た が 、 も し 既 存 の 統 治 体 制 が 王 府 の 期 待 す る よ う な 形 で 円 滑 に 機 能 し て い た な ら ば 、 お そ ら -検 使 派 遣 の 余 地 な ど 全 -な か っ た で あ ろ う 。 史 料 三 に 強 調 さ れ て い た よ う に 、 実 情 は 王 府 の 期 待 と は 正 反 対 で 、 敢 以 下 の 役 々 が 私 利 私 欲 に 走 り 、 中 間 搾 取 を 恒 常 化 さ せ 、 百 姓 の 疲 弊 の 1 因 を つ -出 す よ う な 所 業 を -か え し て い た 。 い い か え る と p 王 府 の 地 方 支 配 の 一 環 と し て の 適 正 を 大 き -欠 い て い る と こ ろ に 、 検 使 が 現 地 に 派 遣 さ れ ね ば な ら な い 事 情 が 横 た わ っ て い た わ け で あ る 。 そ の 意 味 で 、 既 存 の 統 治 体 制 と 検 便 の 役 割 と の 関 連 は 是 非 と も 念 頭 に お -べ き 案 件 の 一 つ で あ -、 こ れ を ぬ き に 検 使 派 遣 の 意 義 を 明 ら か に す る こ と は で き な い の で あ る 。 図 1 は 両 先 島 の 統 治 体 制 の 概 念 を 示 し た も の で あ る 。 三 間 切 制 が 施 行 さ れ て い た 両 先 島 で は 、 間 切 を 管 掌 す る 最 高 責 任 者 と し て 三 人 制 の 政 が 置 か れ た 。 三 間 切 の い ず れ か に 編 成 さ れ た 村 々 に 対 し て は 、 首 里 大 屋 子 と 目 差 、 与 人 と 目 差 そ れ ぞ れ 一 組 の 暖 役 人 を 配 し て 下 知 方 に 従 事 さ せ て い た 。 い っ ぼ う 平 良 村 (宮 古 ) 、 石 垣 村 (八 重 山 ) に は 蔵 元 と 称 す る 官 衛 を 置 き 、 座 ◎ 方 と 称 き れ る 部 署 を 配 置 し て 役 人 を 詰 め さ せ て い た 。 つ ま -、 地 方 支 配 の 現 場 に は 唆 役 人 を 、 そ の 統 轄 的 政 庁 で あ る 蔵 元 に は 諸 座 役 人 を 配 す る 独 自 の 統 治 シ ス テ ム が 確 立 さ れ て い た O 頭 は 、 間 切 の 管 掌 者 と し て 暖 役 人 体 制 の 頂 点 に あ る と 同 時 に 、 諸 座 役 人 の 詰 め る 蔵 元 体 制 の 頂 点 に も あ る 重 職 で 、 文 字 ど お -両 先 島 統 治 の 結 節 点 、 要 の 位 置 に あ っ た 。 諸 座 役 人 の 詰 め る 蔵 元 の 座 ◎ 方 の 主 要 ポ ス ト は 唆 役 人 の 中 か ら 兼 任 す る の が な ら わ し で 、 蔵 元 の 役 係 と な っ た 者 以 外 の す べ て の 暖 役 人 は 原 則 と し て そ れ ぞ れ の 唆 村 に 常 駐 し て 下 知 方 に 従 事 す べ L と さ れ た 。 ヽ ヽ ヽ ヽ 頭 を 頂 点 と す る 暖 役 人 体 制 ◎ 蔵 元 体 制
1
つ ま -蔵 元 機 構 (仮 に こ の 概 念 を 用 い る ) の 監 督 ◎ お 目 付 と し て 王 府 (5 ) か ら 派 遣 さ れ る 常 駐 官 が 先 島 在 番 で あ っ た O 在 番 (同 筆 者 二 員 を 含 む ) は 王 府 の 意 を 体 し て 両 先 島 を 直 接 管 掌 す る置i 先島統治 システム概念 図 与 人 冒 差 使 者 方 衆 注)住職 とは祥雲寺 (宮古),桃林寺 (八重 山) の詰僧 の こと。な お ,ここでは 幕 末 に常駐官 として設置 され る検見使者 。相附 ははぶかれてい る。
近世末期の八重 山統治 と人 口問題 任 務 を 帯 び て お -、 そ の 詰 所 は 在 番 仮 屋 、 在 番 方 と 称 さ れ 、 頭 と 提 携 し て 両 先 島 の 下 知 方 全 般 を 円 滑 に 推 進 す べ き 責 務 を 負 う も の と さ れ た 。 そ し て 、 在 番 を 介 し て 王 府 御 物 奉 行 が 南 先 島 を 最 終 的 に 管 掌 す る シ ス テ ム に な っ て い た わ け で あ る 。 蔵 元 機 構 の 中 で と -に 注 目 さ れ る の は 、 惣 横 目 と 称 さ れ る 二 員 制 の 役 職 で あ る 。 こ の 職 は 、 た と え ば 「諸 事 之 締 方 気 を 付 、 風 俗 之 妨 二 相 成 侯 儀 ハ ' 別 々 差 閣 ' 若 承 引 無 之 候 ハ ∼ 、 其 段 も 取 添 、 在 番 方 え 難 申 出 儀 ハ 、 垣 御 当 (6 ) 地 え 可 申 越 役 目 二 侯 」 ( ﹃与 樫 山 親 方 宮 古 島 規 模 帳 ﹄ ) と い わ れ る よ う に 、 在 番 。 頭 な ど 上 役 の 監 視 機 能 を も 与 え ら れ た 重 職 で 、 王 府 が こ の 職 の 活 動 に か け た 期 待 は 大 き か っ だ 。 つ ま -、 在 番 ル ー ト を 通 じ て の 外 か ら の 監 督 機 能 を 王 府 は も っ て い た と 同 時 に 、 惣 横 目 ル ー ト を 通 じ て 内 側 か ら の 監 視 機 能 を も も っ て い た こ と に な る 。 こ う し た シ ス テ ム に 加 え て 、 王 府 は 行 政 要 求 を 両 先 島 現 地 に 伝 え る た め 、 使 者 と 称 す る さ ま ざ ま な 所 用 を 帯 び た 臨 時 の 役 人 を 派 遣 し て い る 。 使 者 の 中 に は 、 検 使 に 準 ず る よ う な 役 目 を 与 え ら れ た 者 も お -p た と え ば 道 光 二 十 年 ( i < 四 〇 ) か ら 同 二 十 四 年 ま で 八 重 山 ◎ 宮 古 の 仕 置 取 -調 べ 方 の た め に 派 遣 さ れ た 使 者 石 原 親 雲 上 宗 隆 (後 述 5 な ど は そ の 代 表 的 な 例 で あ る が ( ﹃宮 古 島 在 番 記 ﹄ ﹃御 使 者 在 番 記 〓 p l 般 に は 実 務 的 な 用 向 き で 派 遣 さ れ る 臨 時 の 職 で あ っ た と 理 解 し て よ い 。 以 上 に 略 述 し た 統 治 シ ス テ ム が 、 王 府 の 期 待 ど お -に 機 能 す れ ば と -に 検 使 を 特 派 す る ほ ど の 事 態 は 生 じ な か っ た と い っ て よ い 。 だ が 、 現 実 に は 、 王 府 の 期 待 に 反 し て 統 治 シ ス テ ム は 円 滑 に 機 能 せ ず 、 下 知 方 全 般 に 常 々 ゆ (7 ) る み が 生 じ 、 統 治 の 運 用 面 で は 種 々 の 障 害 を 伴 う こ と の 多 か っ た こ と を 諸 史 料 は 明 示 し て い る 。 こ う し た 事 態 を 生 む 統 治 シ ス テ ム の 構 造 こ そ 解 明 さ れ な け れ ば な ら な い の で あ る が 、 そ の 点 は 今 後 の 研 究 課 題 と し て 残 し て お -と し て 、 統 治 シ ス テ ム の 感 化 が 王 府 に と っ て 黙 視 L が た い ほ ど に 深 刻 と な -、 そ の ま ま で は 王 府 の 両 先 島 統 治 全
体 の 屋 台 骨 を 危 機 に 追 い こ む ほ ど に な っ た と 判 断 さ れ た 時 、 王 府 は 統 治 シ ス テ ム 全 体 の 抜 本 的 な 洗 い 直 し を は か る た め 検 使 の 派 遣 を 余 儀 な -さ れ る の で あ る 。 こ の 意 味 で p 検 使 の 派 遣 と は 、 既 存 の 統 治 シ ス テ ム の 一 機 能 を 強 化 す る た め に 用 意 さ れ る よ う な も の で は な く 、 統 治 シ ス テ ム 全 体 の 深 刻 な 事 態 を 総 体 と し て 点 検 し 、 そ の 抜 本 的 な 手 当 て を お こ な う た め に 準 備 さ れ る に 至 る の で あ る 。 し た が っ て 、 下 知 の 個 別 具 体 的 な 問 題 点 の 点 検 は も と よ り 、 在 番 。 頭 。 惣 横 目 と い っ た 両 先 島 を 竃 接 管 掌 す る 首 脳 部 の 施 政 の め -方 に 至 る ま で 究 明 が お こ な わ れ る と こ ろ に 、 検 便 に よ る 仕 置 の 特 徴 が あ っ た 。 先 述 し た 検 使 翁 長 親 方 の 仕 置 の 意 図 も 、 右 の 文 脈 に 即 し て 理 解 す る と 、 そ の 意 図 が ま す ま す 明 ら か に な っ て く る と 思 う 。 ≡ 在 番 お よ び 蔵 元 機 構 の 弛 緩 ﹃ 会 長 八 重 山 規 模 帳 ﹄ は 全 文 四 一 四 条 、 各 所 に 八 二 条 に お よ ぶ 補 足 条 項 が そ う 入 き れ て い る の で 、 こ れ を 加 え る と 四 九 六 条 に も お よ ぶ ぼ う 大 な 条 書 で あ -、 現 在 確 認 さ れ て い る 規 模 帳 と 名 の つ -文 書 の 中 で は 最 も ボ -ユ ー ム の 大 き な も の の 一 つ で あ る 。 そ の 中 で も 中 心 的 な 内 容 を な し て い る の は 、 や は -、 在 番 。 頭 以 下 の 役 々 の 非 法 の 指 摘 と こ れ に 対 す る 刷 新 規 定 、 つ ま り 統 治 シ ス テ ム の 適 正 化 を め ぐ る 問 題 で あ ろ う 。 検 使 翁 長 親 方 の 派 遣 が 必 要 と な っ た 事 情 を 端 的 に 示 す こ の 問 題 か ら ? 規 模 帳 の 内 容 分 析 を は じ め て み よ う と 思 う . ま ず 、 八 重 山 統 治 の 頂 点 に あ る 在 番 。 頭 の 場 合 で あ る が 、 ∩ 史 料 四 ︺ 一 在 番 。 頭 之 儀 、 二 心 二 不 相 働 侯 て は 島 中 之 故 障 は 不 及 申 ' 御 当 地 之 御 為 こ も 罷 成 間 数 侯 処 、 其 了 簡 無 之 故 ' 依 時 は 各 私 心 を 構 、 不 和 二 相 成 、 間 々 不 宜 事 共 有 之 由 、 在 番 。 同 筆 者 。 頭 六 人 さ へ 二 心 相 成 、 何 篇 致 熟 談 '
近 世末期の八重 山統治 と人 口問題 正 道 相 勤 倹 ハ ゝ 、 諸 役 々 自 然 と 各 役 務 相 励 、 百 姓 有 付 侯 儀 ハ 勿 論 、 此 儀 御 奉 公 人 本 職 節 義 之 勤 侯 間 、 随 分 可 入 棺 事 。 と 規 定 さ れ て い る 。 在 番 と 頭 が 二 心 に 協 力 し な け れ ば 八 重 山 統 治 に 支 障 を 生 ず る ば か -で な -、 首 里 王 府 の 施 政 に も 障 害 が 生 ず る 、 と 両 職 に あ る 者 の 心 が ま え を 述 べ た 後 で 、 と こ ろ が 実 情 は 両 者 に そ の 了 簡 が な -、 お の お の 私 心 を か ま え 不 和 を 生 ず る こ と が し ば し ば お こ っ て い る 、 と さ び し -指 弾 し 、 両 者 が 一 心 に 揖 携 し て 下 知 方 に 専 念 し な け れ ば 諸 役 の 勤 め 向 き に も ゆ る み が 生 ず る 、 と 在 番 。 敦 の 負 う べ き 責 務 の 重 大 さ を 力 説 し て い る 。 史 料 四 は 、 実 は ﹃与 世 山 親 方 宮 古 島 規 模 帳 ﹄ ﹃与 世 山 親 方 八 重 山 岳 規 模 帳 ﹄ な ど に も 同 文 で か か げ ら れ て い る も の だ が 、 こ の こ と か ら 、 右 の よ う な 規 定 は 規 模 帳 の 単 な る 常 套 句 に す ぎ な い と い う 単 純 な 解 釈 を 導 き 出 す こ と は 妥 当 で は な い 。 王 府 に と っ て は 、 同 文 の 規 定 を -か え さ な け れ ば な ら な い ほ ど の 事 態 に あ っ た こ と 、 ま た 、 そ う し た 事 態 を 前 提 に し て は じ め て 検 使 の 派 遣 が あ っ た 背 景 を 見 る べ き で あ -、 そ れ ぞ れ の 規 模 帳 に は 右 の 規 定 が 実 態 に 即 し た も の で あ っ た こ と を 裏 づ け る 豊 富 な 別 条 が 用 意 さ れ て い る 。 た と え ば 、 ﹃ 翁 長 八 重 山 規 模 帳 ﹄ に も 以 下 の 事 例 が か か げ ら れ て い る 。 ∩ 史 料 五 ︺ 一 毎 年 、 在 番 ◎ 東 方 引 合 二 諸 村 罷 通 侯 儀 、 第 一 所 俗 相 乱 、 年 貢 ◎ 諸 上 納 物 ◎ 夫 立 等 之 引 合 、 且 囲 穀 ◎ 異 国 方 用 意 ◎ 地 面 持 高 。 農 作 等 之 差 引 入 念 、 往 々 所 俗 宜 p 百 姓 有 付 さ せ 侯 様 可 取 計 と 之 儀 こ て p 至 て 肝 要 成 勤 倹 処 、 其 勘 弁 無 之 p 於 似村 々 こ 、 御 法 外 段 々 願 馳 走 p 且 依 村 ハ 寄 三 味 線 ◎ 女 宮 仕 等 為 致 p 色 々 不 都 合 之 挙 動 為 有 之 由 、 天 敵 、 官 姓 之 痛 ハ 不 及 申 、 村 々 役 人 共 こ も 諸 事 等 閑 二 成 行 、 不 正 之 仕 形 も 仕 出 侯 筋 合 相 見 得 、 甚 以 不 可 然 事 侯 条 、 以 来 、 御 法 外 馳 走 ケ 間 数 儀 、 井 寄 三 味 線 ⑳ 女 宮 仕 等 堅 差 留 、 夫 々 厳 重 可 柏 勤 事 。 ∩ 史 料 六 ︺ 山 東 以 下 役 々 井 村 々 筆 者 共 、 本 宅 普 請 。 修 宵 等 之 時 p か や 。 す ∼ き ◎ 縄 之 顛 p 或 ハ 間 切 之 村 々 、 役 々 。 筆 者 共
ハ 各 唆村 々 葺 無 代 無 心 申付 候 由 、不 可 然 事 侯 条、向 後、 頭 以 下 目 差 迄 ハ p本 宅 普請 。 修 甫 等 之 節p各 卸 扶 持 方 二 引 合 所 望 相 違 、右 外 可 召 国 事。 ∩ 史 料 七 ︺ 一 頭 ◎ 役 々 上 国 之 時 、 頭 ハ 各 間 切 之 村 々 え 為 飽 布 拾 六 反程 購 入 、役 々 ハ 暖村 之 村 柄 二 応 シ 弐 三 反程 相 調 さ せ p 且穀 物 加 勢 申 付 、 其 外 い り こ 。 刺参 。 木 板 。 炭 ◎ 新 木 、 疲 村 不似 合之 産 物無 代 二 無 心 帝 付 、 百 姓 共 及 迷 惑 侯 由 、 甚 不 可 然事侯 間 、向 後 、右 体 法 外 之仕 形 宵 て 無 之 様 、 可致 取 締事 。 史 料 玉 は 在 番 。 頭 が 親 廻 -で 村 々 に 出 かけ る 際 の 非 法 を問題 に し 、 史 料 六 は 或 以 下 の 役 々 が 自 宅 の 普請 。 修 築 の 際 に 百 億 か ら 無代 で 材 料 を 調達 す る 非 法 を問 題 に し てい る 。 ま た 史 料 七で は 、 頭 ◎ 役 々 が 上 国 の 際 に 法 外 に 百 姓 か ら 物 品を徴 収 す る 非 法 が 問 題 にさ れ て い る 。 こ れら は ﹃翁 長 八 重山規 模帳 ﹄ に 指 摘 さ れ てい る 首 脳 部 の 非 法 の ほ ん の 一 例 に す ぎ ず ' 実 態 は 多 岐 にお よ ぶ の で あ る が 、要 す る に p 八 重 山 統 治 の 要 に あ る は ず の 在 番 ◎ 頭 そ の も の が 王 府 の 期 待 に 反 し て 非 法 を恒 常 化 さ せ て い た こ と が 判 明す る の で あ る 。 史 料 四 に い う 重 責 をも つ べ き 在番 。 頭 が 右 に 示 す よ う な 所業 を お こ な っ て い た わ け で あ る か ら へ こ れ に 対 し て 王 府 が 立 腹 し た の は 王 府 の 立場 からす れ ば 当然 で あ ろ う 。 頭 に つ い て は 、 同 規 模 帳 の 別 条 で 、 頭 は 「 島中万事 之 手 元」 で あ る ゆ え 義 理 正 道 に し て 島中 の 諸事 に 気 を 配 る べ き で あ る に も か か わ ら ず 、 「村 々 役人共 助 向 援 せ 成 来 、 百 姓 等連 々 と 疲増侯体 」 を現 出 し た の は っ と に 東 の 「 不 行 届」 の せ い だ 、 と 批難 さ れ て い る 。 で は 、 在 番 。 憩 の こ うし た 腐敗 を 予想 し て 王 府 が 設 置 した は ず の 惣 横 目 職 は 、 7 体 い か な る 状 態 に あ っ た の で あ ろ う か 。 そ の 惣 横 目 は ' す で に 検 使 与 樫山親 方 派 遣 の 頃 には 王府 の 期 待 す る よ う な 状態 に は な-、 八 重 山 で は 「 段 々 自 由 ケ 間数 風俗 有 之 侯 得 共 、乍 致 見 聞、弁 々 と 罷在侯儀' 職 事 忘 却 之 体 」 ( ﹃与 低 山 親 方 八 重 山 鳥 規 模 帳 ≡ と 指 弾 さ
近位末期の八重 山統治 と人 口問題 れ て お り 、 そ の 任 用 も 「老 体 ・ 隠 居 撮 之 者 」 (同 上 ) を あ て て い る 始 末 で あ -、 宮 古 で も 全 く同 様 で あ っ た ( ﹃与 樫 山 親 方 冒 首 鼠 規 模 帳 ﹄ 参 照 ) 。 与樫 山 親方 の 仕 雷 で 惣 横 目 職 の 刷 新 が 厳達 さ れた は ず に も か か わ ら ず、 九 十 年 後 の 翁鼻 親 方 の 頃 に も 事 態 は 一 向 に 改善 さ れ て い な か っ た こ と を ﹃ 翁 長 八 重 山 規 模 帳 ﹄ は 教 え てい る . すなわ ち 、 「連 々 動 向援 せ 成 釆 ' 段 々 自由 ケ 間数 所 俗 乍 致 見 聞 ' 差 抑侯 向 相 見得 、 役務之詮無 之 、 別 て 如 何 之 事 」 、 とむし ろ 非 法 に つ いて の 報 告 を握 り つ ぶ す 役 目 に 転 化 し て い る 始末 で あ っ た 。 ま た 、 「 老 体 。 隠 居 振 之者 」を こ れ に あ て て い る う え に 、 「縁 取 」 、 すな わ ち 頭 ら の コ ネ ク シ ョ ン で 任用 さ れ る ほ ど 無力 化 。 形 骸化 を 強 め て い た 。 こ の よ うな 状 態 で は 、 王 府 が 惣横 目 職 に 期 待 す る ほ う が 無 理 と い うも の で あ ろ う。 暖 役 人 。 諸 座役人 の 場 合 も また 同 様 で あ っ た 。彼 ら の 非 法 ぶ -は 現存 す る 規 模帳 の 中 で 実 に 枚 挙 に い と ま の な い ほ ど 例 示 さ れ て い る が 、 ﹃ 翁 長 八 重 山規 模帳 ﹄ にお いて も ま た 同 様 で あ る 。 二 、 三 同 規 模 帳 の 中 から 紹介 し て み よ う 。 ∩ 史 料 八 ︺ 一 諸役 人 之 儀、 大 切成 百 姓 被 授 置 、 不 軽勤職 に て 、 平 日 義 理 ・ 正 道 二 勤 、 所申 俗 向 宜、 農 事 諸 仕付 。 諸 上 木 仕 立 方、 年 貢 。 諸 上 納 物 ・ 御 用 布 ・ 御用 物之届等、精 々 不 致 差 引 侯 て 不 叶 事 侯 処 、 其勘 弁 薄 '却 て 色 々 非 法 之 事共 仕 出、 百 姓 等迷惑 を 懸 置 侯 哉 二 相 見 得 ' 甚 即 伺之 事侯 間、向後 、 諸 役 人各 暖村 え 昼 夜話 込 、 夫 々 之下知 方 可 入 念 勿 論、 勤 柄宜 百 姓 有付 き せ 候者 ハ 、旅 ・ 地 下之勤 少 侯 共 、 其御取立 被 仰 付 ' 職務不 行届者 ハ 、役 儀 可 被 召 迦 事 。 ︹ 史 料 九 し (ケ 間 ) 一 語村 二
才
百 姓 等 之内 、 年 貢 ・ 上 納 不 納 之節 ハ 、 唆 役 人 ∂ 荒 薮 取 扱 、 間 ニ ハ 自 分 旅 井 役 願 等 二 差 障 侯 迫、 家 屋 敷 ・ 田 島 。 牛 馬自 健 二 為敦 売 払取 償侯所 意 、欠落致 自 害侯 向 も 有 之 哉 二 相聞 得 、 其身 之 禿而 己 なら す 、 所 申 疲 労 之 基 、 如 何 之事 侯 条 、向後 、 右 体非 法 之 仕 形 無 之様 堅可 敦 取 締 事 。n 史 料 十 ︺ 一 座 々 納 物 之 儀 、 役 人 了 簡 迄 こ て 品 替 を 以 相 納 さ せ 侯 て ハ 、 首 姓 及 迷 惑 事 侯 間 、 右 体 之 仕 形 無 之 様 、 可 致 取 締 事 。 史 料 八 。 九 は 諸 役 人 (唆 役 人 ) の 非 法 を 述 べ た -の で 、 と く に 史 料 八 で は 諸 役 人 の 勤 職 の あ る べ き 姿 が 一 般 論 と し て 強 調 さ れ て い る 。 し か し 、 現 実 に は 「 色 々 非 法 之 事 共 仕 出 」 て お -、 王 府 と し て も 賞 罰 を も っ て こ れ を 規 制 す る 手 だ て を 講 じ ね ば な ら な か っ た 。 自 己 の 出 世 の 妨 げ と な る な ら ば 百 姓 の 再 生 産 を 無 視 し て も 処 分 す る と い う 悪 意 的 所 業 が お こ な わ れ る よ う で は (史 料 九 ) 、 王 府 の 期 待 す る 地 方 下 知 が 村 レ ベ ル で 実 際 に 執 行 さ れ る こ と は あ り え な い 。 ま た 、 史 料 十 に 述 べ ら れ て い る よ う に 、 諸 座 役 人 が 自 分 勝 手 に 百 姓 納 物 の 変 更 を す る よ う で は 、 租 税 徴 収 体 系 に お け る 規 定 の 運 用 が 現 場 で 実 施 さ れ る 保 障 は な か っ た と い え よ う 。 右 の よ う な 在 番 。 薗 以 下 唆 役 人 レ ベ ル ま で の 非 法 の 状 況 は 、 末 端 の 下 級 役 人 レ ベ ル の 非 法 を 生 む こ と は も ち ろ ん 、 行 政 運 用 全 般 の は な は だ し い 弛 緩 を も た ら す こ と に な っ た が 、 こ れ を さ ら に 詳 し く 裏 づ け る ﹃ 翁 長 八 重 山 規 模 帳 ﹄ よ り の 条 文 の 例 示 は ひ と ま ず 割 愛 し た い 。 い ず れ に し て も 、 役 人 の 非 法 の 横 行 は ' 統 治 シ ス テ ム の 弛 緩 を 示 す 以 外 の 何 者 で も な -、 王 府 の 両 先 島 支 配 の 体 制 そ の も の に と っ て も ま さ し く 危 機 的 状 況 を は ら ん で い た こ と が 確 認 さ れ れ ば よ い 。 要 す る に 、 役 人 た る 者 は 「万 反 廉 直 。 正 道 相 勤 、 百 姓 等 取 扱 向 も 無 理 。 非 法 之 挙 動 無 之 、 随 分 産 業 相 励 、 往 々 潤 立 侯 様 可 相 計 」 で あ -、 「所 中 之 衰 微 、 御 仕 置 之 妨 」 に な ら ぬ よ う 「 一 稜 仕 向 相 改 」 る べ き だ (史 料 三 ) と 検 使 翁 長 親 方 が 強 調 せ ね ば な ら な か っ た 事 情 が 広 汎 に 横 た わ っ て い た の で あ る 。 在 番 お よ び 蔵 元 機 構 の 弛 緩 、 腐 敗 の 問 題 は 、 統 治 シ ス テ ム そ の も の に と っ て の 阻 害 要 因 で あ っ た ば か -で な -、 風 俗 。 風 紀 の 素 乱 に つ な が -、 ま た 、 「 百 姓 等 気 力 を 禿 、 産 業 相 怠 」 (史 料 三 ) る 遠 因 で も あ -、 し た が っ て 、 翁 長 親 方 が 役 人 の 刷 新 を も っ て 仕 置 の 第 一 と し た 理 由 も そ こ に あ っ た こ と を 知 る べ き だ ろ う 。
近樫末期 の八重 山統治 と人 口問題 四 仕 置 の 論 理 構 造 と そ の 矛 盾 ﹃ 翁 長 八 重 山 規 模 帳 ﹄ を 検 討 す る と 、 そ の 仕 置 の 論 理 構 造 は 図 2 の よ う に な っ て い る こ と が わ か る 。 い う ま で も な く 、 仕 置 の 究 極 的 な 意 図 は 、 八 重 山 の 窮 状 を 打 開 し て 経 済 的 ◎ 社 会 的 に い か に 振 興 を 達 成 す る か に あ っ た 。 こ の 究 極 的 課 題 を 実 現 し て い -う え で 問 題 と な る 阻 害 要 因 の 第 一 は 、 在 番 。 頭 以 下 諸 役 人 の 非 法 に 集 約 さ れ る 統 治 シ ス テ ム の 弛 緩 、 腐 敗 に あ っ た こ と は す で に 述 べ た と お り で あ る 。 こ れ に 対 し 規 模 帳 で は 、 非 法 の 一 々 に つ い て 指 摘 し 、 そ の 停 止 を 厳 達 す る と と も に 、 役 人 の 服 務 規 定 の 確 認 お よ び 修 正 を お こ な い 、 必 要 に 応 じ て 行 政 制 度 の 見 直 し に よ る 措 置 も 講 じ て い る 。 非 法 の 指 摘 あ る い は 禁 制 に つ い て は 再 説 す る ま で -な い が 、 た と え ば 、 史 料 四 は 在 番 。 頭 に 対 す る 服 務 規 定 の 確 認 で あ り 、 史 料 八 は 暖 役 人 に 対 す る 服 務 規 定 の 確 認 で あ っ た 。 服 務 規 定 の 修 正 に つ い て は 、 た と え ば 、 ∩ 史 料 十 二 一 諸 事 被 仰 付 置 侯 御 仕 置 之 外 、 在 番 中 頭 時 々 見 立 次 第 取 行 保 て ハ 狼 之 基 侯 条 、 蛇 と 御 遵 法 通 可 取 行 ' 乍 然 、 是 非 新 法 不 相 立 候 て 不 叶 儀 共 ハ 、 能 々 吟 味 之 上 、 少 事 之 儀 迄 も 得 御 差 図 可 取 行 事 。 の よ う に 、 御 仕 置 以 外 の 下 知 に つ い て は 少 事 と い え ど も 王 府 の 承 諾 を 得 て か ら 執 行 す る よ う に と 指 示 さ れ て い る 点 に よ -示 さ れ て い る 。 つ ま -' 右 の 場 合 は 、 在 番 。 頭 の 窓 意 的 な 措 置 を 排 す る た め に 王 府 の チ ェ ッ ク 機 能 を 介 入 さ せ よ う と の 判 断 で あ る 。 行 政 制 度 の 見 直 し に よ る 対 処 策 は 規 模 帳 の 随 所 に 散 見 さ れ る が p 一 例 を あ げ る と p ︹ 史 料 十 二 ︺ 一 年 責 末 進 取 〆 方 不 行 届 候 付 、 此 節 別 段 未 進 取 〆 役 被 召 立 候 間 へ 夫 々 委 敷 取 〆 p 帳 面 相 総 、 年 々 其 首 尾 御 当 地 乳 可 申 越 事 。
図 2 番 長 親 方 仕 置 の 論 理 構 造 概 念 図 点
近世末期の八重 山統治 と人 口問題 の よ う に 、 年 貢 栄 進 対 策 の た め に 「未 進 取 〆 役 」 を 新 た に 設 置 し て い る 。 こ の 行 政 制 度 の 見 直 し の 問 題 は 、 役 人 非 法 に 象 徴 さ れ る 統 治 シ ス テ ム の 弛 緩 、 腐 敗 を 刷 新 す る 際 に ' 役 人 の 服 務 規 定 の 確 認 。 修 正 の 問 題 と 不 可 分 1 体 の も の と し て 措 置 さ れ る も の で 、 両 者 相 ま っ て は じ め て 役 人 非 法 の 制 止 、 統 治 シ ス テ ム の 機 能 の 回 復 が は か ら れ る と い う 配 慮 か ら で あ る 。 そ の こ と を 端 的 に 示 す の は 、 行 政 事 務 上 の 手 続 き の 明 確 化 、 諸 事 に 関 し て の 王 府 へ の 報 告 義 務 、 照 会 義 務 を 規 模 帳 の 随 所 に う た っ て い る こ と で あ -、 こ の こ と は 他 面 か ら 見 る と ' 役 人 の 服 務 規 定 の 確 認 。 修 正 に も つ な が っ て お -、 さ ら に 別 面 か ら 見 る と 、 行 政 制 度 の 見 直 し に も つ な が っ て お -、 統 治 シ ス テ ム の 機 能 回 復 と 役 人 非 法 の 制 止 を 行 政 手 続 き の 厳 格 化 、 シ ス テ ム 化 に よ っ て 栄 そ う と 翁 長 親 方 が 意 図 し た も の で あ る こ と を 教 え て い る 。 仕 置 の 第 一 を 役 人 の 刷 新 に お い た こ と の 意 味 は 、 つ ま る と こ ろ 、 統 治 シ ス テ ム を 統 治 シ ス テ ム と し て い か に 再 建 し ' 回 復 す る か と い う こ と に は か な ら な い 。 先 述 し た 点 を -か え し 強 調 す れ ば 、 検 使 の 派 遣 と は 、 ま さ し -こ う し た 統 治 シ ス テ ム の 回 復 と い う 大 任 を 帯 び て の も の だ っ た の で あ る 。 と こ ろ で p 図 2 に 示 し た よ う に 、 役 人 の 非 法 に 象 徴 さ れ る 統 治 シ ス テ ム の 弛 緩 、 腐 敗 の 問 題 は 、 規 模 帳 の 各 処 に 指 摘 さ れ て い る 風 俗 の 素 乱 、 百 姓 怠 業 と い う 問 題 に 連 動 し て い た 。 非 法 に よ る 中 間 搾 取 が 百 姓 衰 微 の 1 因 を な し 、 そ の こ と が 百 姓 怠 業 を 結 果 さ せ 、 全 体 と し て 八 重 山 社 会 の 元 兇 と な っ て い た こ と は 、 史 料 三 。 四 が 示 す よ う に 翁 島 親 方 の 基 本 的 な 現 状 認 識 で あ っ た 。 い い か え る と 、 風 俗 が 素 乱 し 百 姓 怠 業 が 蔓 延 し た に も か か わ ら ず 、 統 治 シ ス テ ム は そ れ を 打 開 す る 方 向 に は 機 能 せ ず 、 逆 に 問 題 の 紀 ,' 因 と な り 、 問 題 の 悪 化 に 加 担 し て い る に す ぎ な い 、 と い う 認 識 で あ っ た 。 し た が っ て ' ﹃ 翁 長 八 重 山 規 模 帳 ﹄ を 貫 -論 理 は 、 現 実 の 八 重 山 社 会 に 風 廓 す る 風 俗 素 乱 、 百 姓 怠 業 に 対 し て 個 別 具 体 的 に 指 弾 し 改 善 を 求 め る と い う 対 策 を む ろ ん 含 ん で は い る が 、 し か し 、 そ の 最 終 的 な 解 決 は 統 治 シ ス テ ム の 機 能 を 回 復 し 、 そ れ を 刷 新 す る こ と に よ っ て は じ め て 実 現 で き る と い う 図 式 に な
ら ざ る を え な い 。 た し か に 、 風 俗 素 乱 に 対 し て は 倹 約 。 風 紀 粛 清 を 、 百 姓 怠 業 に 対 し て は 勧 農 。 勧 業 を 個 別 具 体 的 に 対 置 で き た に し て も 、 そ の 実 施 と 運 用 は 、 結 局 の と こ ろ 王 府 支 配 体 制 の 一 環 を 構 成 す る 在 番 。 蔵 元 機 構 と い っ た 統 治 シ ス テ ム の 円 滑 な 機 能 に 依 存 せ ざ る を え な か っ た か ら で あ る 。 こ こ に 、 王 府 の 八 重 山 支 配 (む ろ ん 常 吉 石 岡 様 で あ る が ) の 構 造 的 な 脆 弱 性 、 矛 盾 が 存 在 し た と 理 解 す べ き だ と 思 う 。 す で に 詳 述 し た よ う に p こ の 脆 弱 性 ? 矛 盾 を 補 強 す る 方 法 の 一 つ が 検 使 の 派 遣 お よ び 仕 竃 で あ っ た 。 風 俗 の 素 乱 、 百 姓 怠 業 の 状 況 に つ い て は 詳 説 を ひ か え る が 、 た と え ば 、 ∩ 史 料 十 三 L ll 頭 以 下 役 々 末 々 迄 、 唐 ・ 大 和 之 色 茶 井 諸 道 具 其 外 品 々 買 求 、 物 毎 華 美 相 見 得 p 小 島 之 分 力 不 致 相 応 、 衰 微 之 基 不 宜 侯 間 、 各 分 限 相 考 、 随 分 倹 約 を 用 、 先 様 全 取 続 候 様 可 相 計 事 。 ∩ 史 料 十 四 ︺ 一 在 番 方 井 詰 医 者 旅 安 井 子 共 、 銀 之 暫 相 用 、 衣 類 等 段 々 華 美 有 之 由 、 抑 役 之 旅 妻 中 子 右 様 御 趣 法 不 守 有 之 候 て ハ 、 一 統 締 向 之 故 障 可 成 行 と 如 何 之 事 侯 間 、 向 後 吃 と 鋳 鉄 井 亀 甲 暫 二 差 替 ' 衣 類 等 質 素 有 之 侯 様 p 可 致 取 締 事 。 ∩ 史 料 十 五 ︺ 一 跡 々 、 大 地 中 井 離 々 意 致 上 国 侯 者 共 為 旅 送 、 親 族 。 縁 者 共 み き 。 酒 ◎ 菓 子 成 合 等 石 垣 。 川 平 迄 持 参 、 造 作 ケ 間 敢 為 有 之 由 こ て 、 被 召 留 置 侯 事 。 ( 史 料 十 六 ︺ 一 小 浜 村 之 者 、 難 病 杯 之 時 、 親 類 願 と 串 多 人 数 相 揃 、 年 。 ふ た 殺 致 立 願 侯 由 、 不 可 然 事 侯 間 、 向 後 可 召 留 事 。 な ど の よ う に さ ま ざ ま な ケ ー ス が 存 在 し た 。 史 料 十 三 、 十 四 は 風 俗 華 美 の 引 き 締 め を い い 、 史 料 十 五 、 十 六 は 慣 習 。 儀 礼 に お け る 失 墜 が ま し さ 冗 費 を い ま し め て お -、 と も に 倹 約 を も っ て 主 義 の 第 一 と す べ き こ と を 力 説 し て い る 点 で は 共 通 し て い る 。 ﹃ 翁 長 八 重 山 規 模 帳 ﹄ は ﹃ 与 樫 山 親 方 八 重 山 鳥 規 模 帳 ﹄ に 比 べ る と 、 た し か に 伝 統 祭 把 へ の 規 制 条 項 は 減 っ て い る が 、 し か し な が ら 、 「 蛮 習 」 、 「無 益 」 の 行 事 ¢ 慣 習 に と も な う 冗 費 を 風 俗 改 良 、
近世末期の八重 山統治 と人 口問題 (9 ) 倹 約 励 行 の 観 点 か ら 規 制 す る 点 で は 本 質 的 に 変 っ て は い な い 。 百 姓 怠 業 の 状 況 に 対 し て は 、 た と え ば 、 ∩ 史 料 十 七 L J 一 無 役 奉 公 人 井 百 姓 等 、 農 業 相 怠 、 田 島 持 不 足 之 者 も 罷 在 、 就 中 石 垣 四 ケ 村 奉 公 人 共 多 分 手 作 之 働 無 之 所 ∂ 家 内 続 兼 、 年 貢 ⑳ 諸 上 納 物 等 調 兼 、 及 難 儀 侯 間 、 跡 々 被 定 置 候 通 、 奉 公 人 砂 百 姓 等 正 男 壱 人 二 付 芋 鼻 二 月 ◎ 七 月 両 度 四 百 坪 完 植 付 さ せ 候 様 、 申 渡 置 候 間 、 向 後 百 姓 等 農 業 相 励 、 奉 公 人 共 こ も 作 職 人 精 、 年 貢 ◎ 上 納 井 貯 米 等 無 滞 相 網 、 各 家 中 有 村 、 古 米 こ て 諸 船 相 仕 出 侯 様 、 尤 余 並 二 杏 -相 働 侯 者 ハ 御 取 立 、 油 断 ケ 間 数 役 々 、 下 知 方 不 汲 受 体 之 者 ハ 、 系 持 ハ 他 村 え 人 配 又 ハ 百 姓 え 召 定 、 百 姓 ハ 流 刑 可 被 欄 付 事 。 ∩ 史料 十 八 ︺ 血 同 島 ︹与 郵 国 鳥 ∪ 女 人 共 、 御 用 布 調 之 透 々 作 業 可 相 働 之 処 、 多 分 ハ 作 職 相 い や か -侯 由 、 甚 不 可 然 事 侯 間 、 向 後 御 用 布 謂 之 透 々 、 吃 と 耕 作 方 入 念 侯 様 、 厳 重 可 取 締 事 。 ∩ 史 料 十 九 し 一 耕 作 方 之 儀 、 村 出 口 木 屋 相 構 、 毎 日 百 姓 等 面 引 合 を 以 作 場 え 送 出 、 構 筆 者 井 世 持 田 ふ さ 人 共 跡 追 こ て 下 知 方 入 念 侯 様 、 跡 々 被 定 置 候 処 、 其 守 達 無 之 、 連 々 下 知 方 大 形 之 所 意 百 姓 共 農 業 令 油 断 保 体 相 見 得 、 不 可 然 事 候 間 、 以 来 毎 日 之 仕 事 星 帳 二 相 記 、 翌 月 朔 日 限 各 間 切 之 薗 え 差 出 さ せ 、 下 知 役 相 合 取 調 部 、 不 行 届 儀 も 侯 ハ ゝ 、 村 役 人 。 筆 者 。 世 持 田 ふ さ 人 二 至 迄 、 其 杏 可 申 付 事 。 誕 儀十し 、 耕 作 方 肝 要 之 事 こ て 、 塗 貯 方 不 入 念 侯 て 不 叶 事 侯 処 、 令 大 形 、 不 宜 候 聞 、 面 々 屋 敷 内 壁 壷 。 ち -壷 堀 調 、 塗 之 貯 一 稜 入 念 侯 様 可 敦 下 知 事 。 ︹ 史 料 二 十 こ 一 櫨 ・ 柴 。 椿 。 屋 ら ふ 木 之 儀 、 屋 敷 内 場 所 見 合 相 仕 立 、 油 蟻 。 髪 附 製 作 い た し 侯 ハ ∼ 、 島 中 之 重 宝 可 相 成 侯 間 、 向 後 手 広 植 付 、 夫 々 製 作 方 入 念 ' 用 弁 相 達 侯 様 可 取 計 事 。
の よ う に 申 し 渡 さ れ て い る 。 史 料 十 七 は 無 役 奉 公 人 お よ び 百 姓 の 怠 業 を 問 題 に し 、 文 字 ど お -飴 と 鞭 で も っ て 勧 業 方 を 指 示 し て い る こ と が わ か る 。 史 料 十 八 で は 、 与 那 国 島 の 織 女 が 織 布 の あ き 間 を 利 用 し て 農 業 に 精 勤 す べ き と こ ろ 耕 作 を 忌 避 し て こ れ に 従 事 し な い こ と が 問 題 と な っ て い る 。 史 料 十 九 は む し ろ 役 人 の 怠 業 を 問 題 に し た 条 項 と い え る が 、 そ の 前 提 に な っ て い る の は 、 厳 し い 監 視 体 制 を 設 け な け れ ば 百 姓 が 期 待 ど お -に 農 業 に 精 勤 し な い 状 況 な の で あ る 。 史 料 二 十 、 二 十 1 は 、 勧 農 ・ 勧 業 の 具 体 的 事 案 と も い う べ き も の で 、 肥 料 用 意 。 施 肥 の 覚 悟 を 説 き 、 ま た 屋 敷 の あ き 間 を 利 用 し た 有 用 樹 木 植 栽 の 奨 励 を 説 い て い る 。 い う ま で も な -、 右 に 示 し た 事 例 は 、 ﹃ 翁 長 八 重 山 規 模 帳 ﹄ に 指 摘 さ れ て い る 百 姓 怠 業 の 問 題 ' 勧 農 。 勧 業 の 課 題 の ほ ん の 一 例 に す ぎ な い の で あ る . と こ ろ で 、 風 俗 素 乱 と こ れ に 対 す る 倹 約 ・ 風 紀 粛 清 、 百 姓 怠 業 に 対 す る 勧 農 。 勧 業 の 手 当 て は 、 つ ま る と こ ろ 、 農 村 の 再 生 産 構 造 を い か に 回 復 し 安 定 さ せ る か と い う 課 題 に ほ か な ら な い 。 冗 費 を い ま し め 、 倹 約 の 気 風 を 育 て 、 生 業 勉 励 の 覚 悟 を も た せ る こ と に よ っ て 再 生 産 構 造 確 立 化 へ の 思 想 的 基 盤 を か た め る 、 そ の い っ ぼ う で 努 力 目 標 を 具 体 的 に 指 示 す る の で あ る が 、 そ の 目 指 す と こ ろ は 、 八 重 山 社 会 を お お っ て い る 経 済 疲 弊 の 打 開 と し て の 再 生 産 構 造 の 回 復 と 安 定 で あ -、 王 府 支 配 と 責 粗 徴 収 体 系 の 回 復 で あ っ た 、 と い え る だ ろ う 。 支 配 の 論 理 で 考 え れ ば 、 右 の 目 標 の 成 否 を 最 終 的 に 左 右 す る の は ' 八 重 山 の 農 民 。 奉 公 人 で も な け れ ば 検 使 を 派 遣 し て 仕 雷 を 命 ず る 当 の 首 里 王 府 で も な い 。 王 府 の 意 を 休 し て 、 目 標 実 現 に 従 事 す る 在 番 お よ び 蔵 元 機 構 こ そ カ ギ で あ っ た 。 統 治 シ ス テ ム の 円 滑 な 機 能 を ぬ き に 八 重 山 に お け る 再 生 産 構 造 の 回 復 。 安 定 は 考 え ら れ な い の で あ -、 ま た 、 こ の 機 能 に 依 存 し な い で は 王 府 の か か げ る 目 標 は 単 な る 空 文 に す ぎ な -な る 。 先 に 指 摘 し た よ う に 、 王 府 の 八 重 山 支 配 は 在 番 。 蔵 元 機 構 を 介 し て し か 達 成 さ れ え な い の で あ る が 、 こ れ が 思 わ -か ら 大 き -は ず れ る と 、 た ち ま ち に し て 八 重 山 支 配 が 弛 緩 。 動 揺 す る 脆 弱 な 構 造 に な っ て い た 。 -り か え す こ と に な る が 、 ﹃ 翁 長 八 重 山 規 模 帳 ﹄
近健末期の八重山統治 と人 口問題 が 役 人 の 刷 新 -1 統 治 シ ス テ ム の 機 能 回 復 を 仕 雷 の 第 一 と し た の は 、 そ れ が 王 府 支 配 の 唯 一 の 再 建 策 で あ っ た か ら に ほ か な ら な い の で あ る 。 統 治 シ ス テ ム の 役 割 を 力 説 す る 規 模 帳 の 冒 頭 の 条 文 (史 料 三 ) を 右 に 述 べ た コ ン テ キ ス ト で 読 み 返 す と 、 そ こ に 見 ら れ る の は 、 統 治 シ ス テ ム の て い た ら く に 対 す る 王 府 の 不 満 で あ -、 同 時 に ま た 、 に も か か わ ら ず そ れ に 依 存 せ ざ る を え な い 王 府 の 切 迫 .u た 期 待 で あ る 、 と い う 感 を ぬ ぐ え な い . 五 近 世 八 重 山 の 人 口 動 態 以 上 の 検 討 に よ っ て 、 翁 長 親 方 仕 贋 の 意 図 、 背 景 、 内 刑容 、 特 配質 の あ ら ま し が ほ ぼ 理 解 で き た と 思 う が p 念 の た め こ こ で 指 摘 し て お か ね ば な ら な い 点 は 、 以 上 に 述 べ た 検 使 仕 置 の 性 格 は 、 別 段 翁 長 親 方 の 場 合 に の み 限 ら れ た こ と で は な く P 本 質 的 に は 翁 長 親 方 よ -九 十 年 以 前 の 与 樫 山 親 方 の 場 合 も ま た 同 様 で あ っ た と い う こ と で あ る ( ﹃与 低 山 親 方 八 重 山 島 規 模 帳 ﹄ 参 照 ) 。 あ る い は ま た 、 翁 長 親 方 よ -十 七 年 後 に 派 遣 さ れ る こ と に な る 富 川 親 方 の ( 1 0 ) 場 合 も 同 様 で あ っ た 、 と い う こ と で あ る ( ﹃富 川 親 方 八 重 山 鳥 規 模 帳 ﹄ 参 照 ) 。 さ ら に い え ば 、 八 重 山 と 比 較 す れ ば た し か に 多 -の 相 違 は あ る も の の p 宵 ㈹苗 に 対 す る 検 使 の 仕 置 も ま た 本 質 的 に は 八 重 山 と 同 様 の 性 格 を 含 ん で い た こ と を 宮 古 に 対 す る 王 府 の 一 連 の 規 模 帳 は 教 え て い る 。 こ の こ と は 、 検 便 が 王 府 に よ っ て 派 遣 さ れ ね ば な ら な い 事 情 p 換 言 す れ ば 、 検 便 に 課 さ れ た 役 割 の 特 質 か ら 考 え て も 当 然 の こ と だ と い え る O し た が っ て p 翁 長 親 方 仕 置 の 本 質 は 、 与 世 山 お よ び 富 川 両 親 方 に よ る 仕 置 の 本 質 に 基 本 的 に 通 じ て い る の で あ る (そ の 具 体 的 な 実 証 は 別 稿 を も っ て 果 し た い ) 。 で は 、 右 に 述 べ た よ う に 、 歴 代 の 検 使 の 仕 置 が そ の 本 質 的 な 面 で 共 通 し た も の だ と す れ .jT6y 一 体 、 各 検 使 の
仕 置 の 特 質 を 他 と 区 別 す る そ れ ぞ れ の 相 違 は ど こ か ら -る の で あ ろ う か 。 お そ ら -そ れ は 、 そ れ ぞ れ の 検 使 が 直 面 し た 具 体 的 現 実 の 相 違 、 い い か え れ ば 、 そ れ ぞ れ の 検 便 の 仕 置 の 置 か れ た 時 代 的 な 特 質 に 由 来 す る の で は な い か 。 検 使 仕 置 を め ぐ る 一 般 性 と 特 殊 性 の 問 題 の う ち 、 前 者 に つ い て は す で に 翁 島 親 方 の 場 合 を 例 に 述 べ た の で 、 後 者 の 特 殊 性 の 問 題 を 再 び 翁 長 親 方 の 例 に 即 し っ つ 検 討 し て お く 必 要 が あ る と 思 わ れ る 。 そ の 際 、 こ の 問 題 を 考 え る 重 要 な 手 が か -と 冒 さ れ る の は 、 八 重 山 に お け る 人 口 問 題 で あ ろ う 。 周 知 の よ う に 、 八 重 山 は 近 世 の 人 口 動 態 の 概 要 を 把 握 し う る 唯 一 と も い え る 地 域 で あ る . ( H ) 表 2 は ﹃ 八 重 山 鳥 年 来 記 ﹄ ﹃ 各 村 之 沿 革 人 口 増 減 衰 其 他 史 料 ﹄ に も と づ い て 作 成 し た 近 世 八 重 山 の 人 口 推 移 の 一 覧 で あ る 。 各 年 そ れ ぞ れ の 数 値 を 厳 密 に 検 討 す べ き 余 地 を 残 し て は い る も の の p 近 世 八 重 山 の 人 口 動 態 を 知 る
(1
2)
う え で 基 本 的 に 問 題 の な い 数 値 と 考 え て よ い。
表 2 に も と づ い て 作 成 し た の が 図 3 で あ る 。 こ の 二 点 の 図 表 か ら 少 な -と も 以 下 の 三 点 を 指 摘 す る こ と が で き る 。 ① 八 重 山 で は 停 滞 期 を 受 け て 1 六 七〇
年 代 か ら 人 口 の 上 昇 期 を 迎 え 、 一 七 六〇
年 代 の ピー
ク 時 に は 約 四 。 九 倍 に 達 す る 驚 異 的 な 人 口 増 加 を 示 し た 。 ① と ( 1 3 ) こ ろ が 一 七 七 一 年 旧 暦 三 月 十 日 に 発 生 し た い わ ゆ る 明 和 の 大 津 浪 を 契 機 に 人 口 は い っ き ょ に 激 減 期 に 入 -p ③ 1 七 八〇
年 代 以 後 は 漫 性 的 な 低 落 期 に 入 っ た 。 こ の 人 口 動 態 と 検 使 派 遣 を 関 連 づ け て 説 明 す る と 、 恩 納 親 方 ( 一 六 七 八 年 ) は 人 口 上 昇 期 に 入 -か け た 時 点 に p 奥 武 親 雲 上 ( 7 七 二 年 ) は 人 口 の 上 昇 が 安 定 化 を 見 せ た 時 点 に 、 与 樫 山 親 方 ( 1 七 六 七 年 ) は 人 口 上 昇 の ピ ー ク の 時 点 に そ れ ぞ れ 派 遣 さ れ て い る こ と が わ か る 。 こ れ に 対 し て 翁 長 親 方 ( 7 八 五 六 ∼ 五 七 年 ) と 富 川 親 方 二 八 七 三 ∼ 七 四 年 5 は と も に 深 刻 な 人 口 低 落 期 に 派 遣 さ れ た こ と が わ か る (表 1 参照 ) 。 こ の 事 実 は 、 お の ず か ら そ れ ぞ れ の 検 使 の 仕 置 に 何 ら か の 影 響 を お よ ぼ し た は ず で あ -' そ の 点 を 追 求 す る こ と に よ っ て 検 使 た ち の 仕 置 の 特 質 を近階乗親の八重 山統治 と人 口問題 牽2 近世凡重出の人口推移-質 年 備 村 考 注) 『八重 山鳥年来記』 『各村之沿革人 口増減衰其他史料
』
によ る。1729 年 までは主 に 『年来記』,37年以後 は 『各村之沿革・・・・・・・
・
』
によったが , 『各村之沿革--』
は次のよ うに注記 している.すなわ ち,旦737-61 年 は康照年 間及乾隆年間の参状 に,71年は明和8年12月の御手形 に, 75年 は同年の御間合写 によ り,また,1753年の数値は60年の各村別耕 作筆者増員願書によ tDたが ,与郵国の分が欠落 していたため,とくに 与郷 国は37年調べの人 口を もって現員 とした とい うOなお ,呈729年に は宮古24,206人 (男12,151女12,114)とい う0図 3 近 世 苑 重 出 の 人 口 動 態 3 0,0 0 0 2 5,0 0 0 2 0,0 0 0 且 5,0 0 0 0 0 0 0 一 N ・ I t 0 o o ( 人 ) 5
近位末期の八重 山統治 と人 口問題 浮 き 彫 -に す る こ と が 可 能 で あ ろ う 。 翁 長 親 方 を 例 に こ の 問 題 を 検 討 す る 必 要 が 出 て く る わ け で あ る 。 翁 長 親 方 の 派 遣 さ れ た 時 点 は 、 人 口 低 落 期 の 中 で も 激 減 期 の あ と の 緩 慢 な 衰 退 化 億 向 に つ づ く 大 幅 な 低 落 化 段 階 に 位 置 し て い る こ と に ま ず 着 目 す べ き で あ る 。 つ ま り 、 人 口 の 慢 性 的 な 低 落 化 に 一 段 と 拍 車 が か か っ た 局 面 に 相 当 し て い る 。 八 重 山 に お け る こ の 深 刻 な 人 口 動 態 に 直 面 し た は ず の 王 府 は 、 一 体 い か な る 施 策 を 講 じ た の だ ろ う か 。 表 3 は 明 和 の 大 津 浪 以 後 翁 長 親 方 派 遣 に い た る 間 の 八 重 山 へ の 使 者 の 派 遣 状 況 を 示 し た も の で あ る が 、 そ の 動 き を 一 瞥 す る と 、 上 納 未 進 の 催 促 や 加 勢 米 〇 倍 上 米 の 才 覚 、 献 上 馬 調 べ 方 、 異 国 船 探 鬼 な ど の 所 用 が 大 半 で あ -、 人 口 対 策 に か ら む 用 向 き は 石 原 親 雲 上 を 除 い て は 見 当 ら な い 。 こ の 動 向 か ら 推 測 す る と 、 お そ ら く 王 府 は 人 口 の 激 減 期 を 経 て 慢 性 的 な 低 落 期 に 入 っ て も な お 抜 本 的 な 人 口 対 策 を 請 ず る こ と が な く P 一 八 三
〇
年 代 以 後 の 深 刻 な 低 落 化 段 階 に 至 っ て は じ め て 人 口 対 策 に 本 腰 を 入 れ 、 問 題 に 取 -観 み は じ め た の で は な い か と 思 え る ほ ど で あ る が ? 具 体 的 な 究 明 は 今 後 の 研 究 に ま ち た い o L か L p 王 府 施 策 が 準 備 さ れ な い そ の い っ ぼ -で 、 八 重 山 社 会 は 人 口 の 慢 性 的 衰 退 化 に と も な う 深 刻 な 矛 盾 を か か え て い た と 予 想 さ れ る 。 そ の 象 徴 的 な 例 は 、 八 重 山 の 全 体 人 口 (惣 頭 ) の 減 少 の 実 質 で あ る 村 人 口 の 急 速 な 衰 退 に よ く 示 さ れ て い る よ う に 思 う 。 表 4 は 八 重 山 各 村 の 人 口 動 態 を 示 し た も の で あ る が p こ の 表 を 一 覧 し て も P 八 重 山 の 人 口 問 題 の 深 刻 さ を 容 易 に 推 察 す る こ と が で き る . 1 七 六 一 年 時 点 ま で は 各 村 と も 基 本 的 に 噸 調 に 推 移 し て い る が p 一 八 七 三 年 以 後 の 時 点 で は 全 体 的 に 大 幅 な 人 口 減 を 示 し て い る こ と が わ か る 。 表 4 を 補 足 す る た め に 表 5 、 6 を 用 意 し た が 、 そ れ ら を 総 合 し て も P 八 重 山 に お け る 人 口 の 停 滞 期 -上 昇 期 -激 減 期 -低 落 期 と い う 一 連 の 人 口 動 態 の 村 レ ベ ル に お け喪3 八重山への使者派遣状況 (1771-1857年) 94 99 1813 25 38 40 44 52 大津浪疲害 の祭文使者 として源河親雲上 ら来 島o 御 国元飢笹 のため御加勢上米調達 を目的 に使者野里里之子親雲上来 島。 末遷上納米才覚 のため使者花城里之子親雲上来 島。 御冠 船御手 当につ き諸上納催促のため使者奥原親雲上来 島。 栄進上納米催促のため使者伊志嶺里之子親雲上来島。 御 国元飢鍵 につ き借上米の才覚のため使者垣花親雲上来 島。 江戸へ の献上馬調べ方のため使者真番屋親雲上来島O 仕置調べ方 のため使者石原親雲上 ら来島。 阿蘭 陀船 (サ マラン号)来着の件 につ き通事新崎里之子親雲上来島O 阿蘭 陀船 (ロバ- トバ ウン号)事件処置のため使者伊波里之子親雲 上 ら来 島。 事件 によ る滞留唐人処置のため使者松 島親方 ら来島。 仕置のた め検使翁長親方 ら来島o 注) 『御使者在番記
』
によ る。高良 『沖縄歴史論序説』
138-149ペ-ジ参照O る 軌 を 一 に し た 動 向 を 基 本 的 に 看 取 で き る 。 た だ し 八 重 山 で は 、 ① 行 政 村 と し て の 適 正 規 模 を 上 回 っ た 時 梅 村 へ ② 適 正 規 模 を 下 回 っ た 時 他 村 か ら ⑨ 村 立 て を お こ な う た め 他 村 か ら P そ れ ぞ れ 人 配 -◎ 寄 首 姓 が お こ な わ れ て い る の で 、 各 村 の 人 口 動 態 は そ の ま ま 人 口 の 自 然 的 な 増 加 も し -は 減 少 を か な ら ず L も 示 し て い る わ け で は な い 。 た と え ば 、 黒 島 村 (黒 鳥 。 保 里 ニ ケ 村 ) は 一 六 九 二 年 現 在 一 〇 八 三 人 の 人 口 を 示 し だ が 、 そ の 年 石 垣 島 乎 得 村 へ 二 二〇
人 が 寄 百 姓 と な っ て い る の で 、 .表 4 の 一 七 三 七 年 の 項 の 盟 島 村 お よ び 乎 得 村 の 人 口 は こ の こ と を 念 頭 に お か ね ば な ら な い の で あ る 。 同 様 に 、 一 七 三 四 年 の 波 照 間 村 の 人 口 は 一 四 七 〇 人 余 、 同 年 そ の う ち 四〇
〇
人 余 が 西 表 島 の 南 風 見 村 へ 寄 百 姓 、 一 七 五〇
年 石 垣 村 人 口 一 九 三 八 人 ' そ の う ち 九 六〇
人 が 新 川 村表 4 八 重 山 各 村 の 人 口 動 態 村 名 1651年 1737年 1753年 1760年 1761年 1873年 1 8 9 2 年 戸 数 人 口 男 女 合 計 戸 数 石 垣 良 I 西 義良 石 垣 村 - 1,905人 2,011人 1,069人 1,085人 274戸! 1,380人 753人 847人 1,600人 332戸 登 野 城 村 - 1,834 2,208 1,070 1,079 223 1,240 702 849 1,551 322 名 蔵 村 - 53 682 628 622 6 16 10 5 15 9 平 得 村 - 1,539 2,251 2,308 2,358 100 490 290 339 629 130 大 浜 村 - 1,061 2,365 1,367 1,396 97 570 368 402 770
1
58 宮 良 村 - 760 1,016 1,189 1,222 72 360 233 263 4961
03 白 保 村 - 1,072 1,570 1,558 1,578 61 383 249 262 5111
19 桃 里 村 × 480 551 695 699 10 34 13 13 26 14 崎 枝 村 (芸 良 冨 16人 3……) - 550518 562 576 52 208 15 8 23 18 野 底 村 407 541 542 10 28 12 14 26 13 伊 原 問 村 (冨 原 芸 ll.9…) 298 ) 64539150 6 55 ー 6)77 463 124 353 2 9 ヽ 24 1) 30253 16 嘉 平 村(
霊
芸 176 4三67ト 8 3 769 5042
3
ll0
14 8 154 77 持 梅 村 1 2 9 ) 541874× 295 292 14
48 26 41 6760 2519 平 久 保 村 i芸 … 芸 3…喜) 451 56 1 582 10 6 0 28 3 2 新 川 村 × × 1,051 1,081 1881
,0 10 568 616 1,184 234 大 川 村 × × × 1,30 4 1,320 216 1,140 654 744 1,398 359 安 良 村 × × × × 411 8 26 - - - -真 栄 里 村 × × × × × 37 150 105 112 217 50 感 山 村 × × × × × 9 二 21337
0 ト 24517622: 16 42 18 竹 富 村 f芸 座 芸 黒 島 村 黒東保 筋里鳥 中 浜 村 ) 209152 ) ………5 4 42731 55 1,1,040781 ) 1,1,095417713 ) 11,,507006762 ) 1,1,053776926 ト ……5576 ) 2263405 33 ) 495568502 ) 113216071 新古 城見 村村 に与平大 那 枝良芸離西 ) 32322 3 2864 1 9 705) 676 753590 674 725596820 23141
6
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113 116 229 )嘉 153609 仲 間 村 2603 6 55176554 744 1 716558 AEB 2AA 10161073
6
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3
8
4
2
1
鉦 47 紳 55 計 429 高 那 村 - 221 288 335 342 B 8 28 24 17 41 16 南 風 見 村 西 表 村 祖干浦多上 納立内柄原 慶 田 城 村 成祖船網鹿 取納屋浮川 38124225438193493366305642 688558 870707461× 943616472372 ト95328482 DDDC llEEDD 4EC6532652120l°l°15 2132206 144 17 35413707020 Lff)針藁 )26 217,,03021257825 31748 酢紳割1,8,36300 1 47913857 4925 紳*計*15,13 92,10 21636654130868 S I義狛3,)13013 9349440714521 崎 山 村 × × 382 E18 64 A C 1873 1651 5近樫末期の八重 山統治 と人 口問題 蒙5 層65i年の爪豊山各村人口状況 (『年来記
』
による) 石 垣 ◎ 殿 城 ◎ 大 浜 ◎ 崎 原 ◎ 宮 良 ◎ か まっ ひ 郵 蔵 2 ケ 村 崎 枝 2 ケ 村 平 得 2 ケ 村 平 得 2 ケ 村 白 保 2 ケ 村 ら 村 ふかい ◎中筋 。ひ らくぼ3ケ村 中 浜 村 竹 富 村 黒 島 村 は ふ り 村 上 地 。 下 地 2ケ 村 大技 ◎乎西 ◎三離 ◎よな ら4ケ村 鳩 間 。ひけ川 2ケ村 三離 ◎平西2ケ村 崎 枝 村 うら◎は しだて ◎だか ら ◎そない4ケ村 ふなけ ◎あみ と り2ケ村 うら内 ◎そない2ケ村 ふなけ ◎な るや 。かのか3ケ村 波 照 間 村 平 田 村 よ な く に 村 八 重 山 鳥 頭 数 5,235人 頭 数 5甲56 人 頭 数 591人 頭 数 242 人 頭 数 207 人 頭 数 248人 頭 数 176人 頭 数 73 人 頭 数 152人 頭 数 209人 頭 数 299人 頭 数 282 人 頭 数 323 人 頭 数 223 人 頭 数 70 人 頭 数 223 人 頭 数 16人 頭 数 334人 頭 琴 38人 頭 数 231人 頭 数 52 人 頭 数 298人 頭 数 318人 頭 数 124人 注)各村の頭数合計5,285人 と八重 山鳥頭数5,235人 (-50人) とは一致 し ない。 また ,村の名称 ,存在形態 についての検討 も必要である◎寮6 i8為7年の八重 山人 口の内訳 (『年来記
』
による)注)表 中の坊 主以下 の3,327人 はいわ ゆ る頭迦 (人頭税威課対象外) を意 味 し,現人数男女2,155人が 正 頭で あ るが, この うち336人 はオエ カ
近髄末期の八重山統治 と人 口問題 へ 、 同 年 豊 野 城 村 人 口 二 二
〇
人 、 そ の う ち 一〇
五〇
人 が 大 川 村 へ 、 同 年 乎 得 村 人 口 一 七〇
五 人 、 そ の う ち 八 八 五 人 は 其 栄 里 村 へ 、 四〇
〇
人 は 仲 原 村 へ 、 同 年 白 保 村 人 口 一 三 七 二 人 、 そ の う ち 六 八 六 人 は 裏 謝 村 へ 、 同 年 大 浜 村 人 ロ 二 一八 一 人 、 そ の う ち 四〇
〇
人 は 仲 原 村 へ 、 同 年 竹 富 村 人 口 九 一 四 人 p そ の う ち 二〇
〇
人 は 屋 良 村 へ p そ れ ぞ れ 寄 百 姓 と な っ て い る (以 上 ﹃年 来 記 ﹄ に よ る ) 0 だ が 、 寄 百 姓 に よ る こ う し た 人 口 移 動 が 頻 発 し た に も か か わ ら ず 、 各 村 の 人 口 は 全 体 と し て 寄 百 姓 以 前 の 水 準 に 回 復 し 、 む し ろ そ れ を 上 回 る か の よ う な 形 で 急 速 に 増 加 す る 傾 向 を 見 せ た . た と え ば 、 黒 島 村 は 一 七 三 七 年 に 一〇
四 八 人 で あ る か ら 、 四 十 五 年 前 の 一 六 九 二 年 に 一〇
八 三 人 か ら 二 二〇
人 余 寄 百 姓 さ れ た 分 を ほ ぼ 取 -戻 し て お -、 十 五 年 後 に は 一 四 一 七 人 と 上 昇 を つ づ け て い る 。 波 照 間 村 は 一 七 三 七 年 に 一 九 四 四 人 、 こ の 時 点 で は 三 年 前 の 一 七 三 四 年 に 一 四 七〇
人 余 か ら 四〇
〇
人 余 寄 百 姓 さ れ た 分 を ま だ 十 分 に は 回 復 し き れ な か っ た も の の へ そ の 十 六 年 後 の 一 七 五 三 年 に は 二〇
六 九 人 p 一 七 三 四 年 の 水 準 を 回 復 し た ど こ ろ か そ れ を 大 幅 に 上 回 る 人 口 増 加 を つ づ け て い る 。 そ う し た 状 況 を 表 7 に 整 理 し て み た が 、 い ず れ -驚 異 的 な 人 口 回 復 力 を 示 し て い る こ と が わ か る 。 こ の 回 復 力 の 強 さ は 、 前 掲 図 3 の 上 昇 期 の カ ー ブ の 大 き さ を も 裏 づ け る も の で あ ろ う 。 人 口 上 昇 期 の 伸 び の 大 き さ 、 あ る い は 人 口 回 復 力 の 強 さ な ど を 支 え る 秘 密 は 一 体 何 か 、 興 味 あ る 研 究 課 題 で あ ・(S ) る が 、 そ の 究 明 は い ず れ 別 の 機 会 に 果 し た い 。 と こ ろ で 、 こ の 人 ロ の 上 昇 力 お よ び 人 口 回 復 力 を 支 え た 要 因 は 一 七 七 一 年 の 明 和 の 大 津 浪 を 契 機 に 瓦 解 し 、 以 後 の 近 世 に お い て は 再 び 蘇 生 す る こ と は な か っ た と い え よ う 。 図 3 に 見 る ご と -、 八 重 山 は 慢 性 的 な 人 口 の 低 落 化 を た ど る の で あ る が 、 そ の 減 少 の 最 大 の 要 因 は 大 津 浪 以 前 ま で の 上 昇 力 ・ 回 復 力 を 支 え た モ メ ン ト の 崩 壊 に あ ( 5 ..∼ ) っ だ ぼ か 、 表 8 に 一 例 と し て 示 し た よ う な 流 行 病 、 飢 鍵 な ど の 災 害 に よ る と 思 わ れ る 。 ま た p 表 9 に 見 る よ う に 、表7 八重 山の村 レベ ル人 口回復状況 (『年来記』によ る) 波 垣 得 村 石
辛
注)- は寄百姓 を示 し,プ ラス ,マイナスは寄百姓 の年 の人 口 と現年 を対比 した ものO 翁 長 親 方 派 遣 麿 前 の 八 重 山 で は 各 村 に わ た っ て 異 常 な 死 亡 状 況 を 呈 し て お -、 人 口 低 落 化 の 一 端 を 如 実 に 示 し て -れ て い る 。 人 口 の 大 幅 な 低 落 こ 裳 退 が 八 重 山 社 会 に 与 え た イ ン パ ク ト の 大 き さ は は か -し れ な い と 思 わ れ 、 ま た 、 そ の こ と が 王 府 支 配 に と っ て も 責 租 未 納 な ど と な っ て は ね か え -、 危 機 的 な 事 態 を 招 い た と 考 え ら れ る 。 翁 長 親 方 の 仕 置 と 以 前 の 検 便 の 仕 置 と を 相 遷 さ せ る 基 本 的 な 点 は 、 翁 長 親 方 が 人 口 問 題 の 深 刻 化 し た 局 面 で の 派 遣 で あ っ た こ と に よ る の は 十 分 に 予 想 さ れ る と こ ろ で あ る 。 こ こ で 、 ﹃ 翁 長 八 重 山 規 模 帳 ﹄ を 人 口 問 題 の 角 度 か ら 分 析 す る 課 題 が う か び あ が っ て く る の で あ る 。 六 規 模 帳 に 見 る 人 口 問 題 対 策 ﹃ 翁 長 八 重 山 規 模 帳 ﹄ は 仕 置 の 意 図 。 背近世末期の八重 山統治 と人 口問題 寮8 ^豊山の死亡状況 (『各村之沿革-
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』
をこよる) 明和 の大津浪 によ り93180人溺死⑳なお5,4舶人逼迫 とい う0 73年∼今年 まで大飢産のため牛馬18400頭余が盗食 きれた とい う0 76年2月∼今年2月 まで大飢笹のため2,681人 (男1,541人, 女1,140 人) ,壇痛のため1,052人 (男630人,女422人) ,都合3,738人 死 亡 とい う。 去年8月末よ り疫病流行 し今年 まで425人死亡 とい うO この年疫痛麻疹 にて636人死亡 とい う。 この年の御間合紬 によれば次の如 くとい う。 年 合 計 878 2,632 ク1,754 去年7月∼今年5月20日まで疫痛 にて1,843人死亡 とい うe衰9参照)o 1853年 景 を 語 る 冒 頭 の 条 文 で 、 「近 年 飢 鰻 ・ 災 変 等 打 続 、 入 居 格 別 相 減 侯 」 (史 料 三 ) と 人 口 問 題 に 言 及 し て い た 。 そ し て 、 規 模 帳 の 随 所 で 人 口 問 題 へ の 対 策 を 示 達 し て い る の で あ る が ' 文 中 に 明 ら か な ご と く 、 こ の 人 口 問 題 対 策 は 翁 長 親 方 よ り 十 六 年 以 前 の 一 八 四〇
年 に 仕 置 取 り 調 べ 方 の た め に 派 遣 さ れ て 来 た 使 者 石 原 親 雲 上 宗 隆 の 仕 置 を 前 提 に し て い る (表 3 参 照 ) o 使 者 石 原 親 雲 上 は 随 員 三 名 を 率 い て 同 年 三 月 五 日 八 重 山 を 訪 れ て お -'八
重 山 に 四 年 も の 長 期 間 滞 在 し て 取 -調 べ を お こ な い 、 一 八 四 四 年 五 月 二 十 六 日 帰 任 し て い る ( ﹃御 使 者 在 蕃 記 誓 。 ﹃球 陽 ﹄ 巻 二 十 一 g 尚 育 王 七 年 二 八 四 こ の 条 は 、 「本 年 、 孟 氏 石 原 親 雲 上 宗 隆 を 遥 は し 、 八 重 山 島 を 指 揮 せ し む 」 と 超 し て 次 の よ う に 述 べ て い る 。蒙9 九重 出各村の死亡状況 (1852年∼53年5月20日)
百 盟
注) 『各 村之沿革人 口増減