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佛敎の現代的意義

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I

一 ① 光は泉方よりの絡言にそむかず、遂に來るぺきものが来た。 後世.の歴史家は今次の大戦を以て人類史の一軸換と見るであら う。昔﹁御民吾、生有験在、天地之菜時爾、相楽念者﹂と歌っ た寓葉の賦人は天平の御代に生れ合せたのを無上の喜とした。 而し今我令の目の前に來つ坐ある來るべきものは虞の人類史の 大靭換を意味するものであり、從って吾等の喜は今迄何人と錐 も味ひ得なかったものであらう。然し乍ら顧れば其の歩は何と する爲には戦ってj、そして勝たねばならない。椎ふに自己内 る波も大きな問題は職ふ蛎麿ある。我今は正しきものを得んと に終ても、又何時の日でも闘争である。今日我々に鰈せられた 指捕しあひつL闘争を操返してゐるのであら・即ち人生は何虚 の自我意識は、何時も涯しなく互ひに個別の世界から矛盾性を 中庭はかくも矛盾せる二重の自我意識があり、而もか坐る二重 於ける即ち縮刷も肉体も全く同一であるべき一個の吾奇人間の

佛教の塊代的意義

佛教の現代的意義

いふ自然さを以て歩み寄って來た率であらう。歴史の必然と言 ▲ はうか、文化の必然と謂はうか、夏水の堰を切って奔流するが 如く、而も定められたる迩命の如き正確さを以て、一歩一歩近 寄って來たのである。而も吾々は其の奔流の最中に居るのであ ス︾◎ 吾肴は臓史を作ると同時に歴史に作られねばならない。ペル ナルッス目の目忌P艮扇︺は﹁吾会は互人の肩に坐して更に多く 更に遠くを眺め得たる催偏に似たり。吾々の覗碓の糖確なるに 救ふべき唯一絶對の﹁聖なる姿﹂でもあらう。 戦うて勝つ偽めの武器であり。不完全な孤濁の罪の子を、嵐侭 る言莱であらう。誠に我令が刺に對する絶對怨依の断りこそ、 目でなくてはならぬ。秘して聖戦と言へるも、之測の言はしむ 吾令劉民が一齊に戦ふぺき、そして必勝すべきは宗敷本来の面 於ける偉大なる戦ひであらう。﹁日本對英米﹂これこそ正しく に於ける善と悪、正と邪疑と愚等令の戦ひは、更に鮭魯國家に

河︲村

一六九

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あらず。又吾冬の肉体の優れたるにあらず。唯互人の偉大さに よって擶営に蓮ばれ揚げられたるにkるのみ﹂︵科學史と新ヒ ューマニズム参照﹀と言って居る。即ち吾為は互人なくしては 何蕊も出來ず存在すらも許されない。叉互人は斯の如き鉄糯の 蓄積l歴史lによって成立し偉大性を加へるのである。笈に瓦 人1人類こそは彼等の歴史の上に吾令の座を典へて呉れる唯一 のものである。即ち吾令は歴史の規定を受けてこ灸始めセ存在 するのである。而して歴史は傳統と遺産とを要素とする。従っ て吾堯は前代の遡産を受けつぎ更に偲統によって互人をしてよ り大ならしめねばならない。凡そ遡産は傳統の所産であり、博 銃嘩すべてのものを作製する原動力である。從って通産は何人 でも受けつぐ養絡を持ち又つぎ得る。而し傳統は此に更に所調 褒境の支離を受けなければならない。所謂所震れば品塗るであ る従って此虚に幾つかの所調民族としての傳統が生じ従って各 民族に於て各々の世界意識を椎成し世界凝、人生獺を持ってゐ るのである。 即ち齋々日本人は大和民淡の傳統を受けつぎ従ってそれより 出づる日本的世界槻を持ってゐるのである。従って我々は生を 此の楽えある日本に得た以上是非共日本的世界籾を樹立して而 して大和民族の大現想を震魂すべく迩進しなければならない。 而らば日本的世界獺とは如何なるものであるか。凡そ大和民 族が雛成した以上日本凋特のものでなければならぬ。又それは

伽敦の現代的識鑑

一七○ % 民族の目標であり、眼目であり依虚である以上又一面普遍的で なければならぬ即ち ﹁諏先ノ鐘風一こであると同時にそれは又﹁古今二通シテ謬ラも ス中外二施シテ惇ラ﹂ ないものでなければならぬ、それは何であらうか、とりもなほ さず﹁八紘爲字﹂である。 三月辛酉朔丁卯命を下して曰く﹁我れ東を征ちしより並に六 G 年になりい;・・:上は則ち乾蕊の園を授けた蚕ふ徳に答・へ下は 則ち皇孫正きを菱ひた室ふ、心を弘めむ、然して後に六合を 錐ねて以て都を開き八紘を掩ひて字と鴬むこと亦可からずや ⋮⋮﹂へ日本饗記︺ 此が八紘燃宇汚ある。即ち元元を鎮め蘇生を彌奇撫育し架え しめんが爲、上は則ち元認授風の御徳に答へ下は皇孫養正の 大義を弘め以て六合を雛ねて郡を開き、、八紘を掩ひて字と爲さ んとする大理想である。此こそ來るべきもの典指導原理であり 目標で恋Yて何であらう。近衛首相は我杢のこの理念を顯揚し て﹁束亜に於ける新秩序の建殻はわが確鬮の糖測に淵源し之を 完成するは塊代日本圃民に課せられたる光乗ある責務なり﹄と 宣雷した。更に此侭唯我を日本人のみの理想ではなく世界全人 類の理想でもある。柳閑西の哲學者ポール・リシャールは﹁前 後三千有除年来、日本は濁り悠遼なる過去より、現人跡として 大潜をのみ奉じ來つたのである。正義と人識とを全うせる世界 誼 毎

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1 唯一の國尖。日本は正義人道を世界に異へんが爲に現はれた事 を自錨せ災。余は長らく世界の爲に救濟の謎を求めて来たが、 それは日本間有の正義人道の縮諏によって銃御ぜらるち外はな いと悟った﹂︹日本園に告ぐ︺と言って居る。我々は司邊民些 である。人類の指導者である。何としても此の大業を成就しな ければならない。而して見よ、此の犬理想は驚嘆すべき事賓の 星に於て着冬と成就せられつ聖あるではないか。 世界に図を焼ずものは多い・・又地上に菜えた國も多い。併し 彼は姓を易へ・此は行人をして往年の繁盛の跡を側ぱしむるの み。唯日本のみ此の悠久と此の發展を兼ね備へて居るのである。 ﹁ゆく川の流は絶えずして而ももとの水にあらず、よどみに浮 ぷうたかたは且つ消え且つむすぴてしばらくも比ることなき﹂ ・ものである。凡そ生は減を譲言し、建設は破裂を漁言してゐる 減もなく、破壊もなく而らぱ我が園のみ何故に欺く悠久なる發 展を途げるのか。 諸君車の動くのを見よ。車輪の廻韓は何によって可能である か、その要素は種々あるであらう。而し何はともあれ車軸なく しては率輪は廻軸を許されない。而るに率軸は決して動かない ︲若し車軸が動けば車輪は忽にして動く事は出來ない。即ち動か ・ないものこそ動かして居るのである。而忠此の關係は絶對不雛 の鯏係にある。車軸のない車はなく、車輪の無い車も有り得な い。是である。すぺての具体的な存在の内面的椛造はかLるも

佛教の現代的意義

のであり又そうでなくてはならぬ。即ち矛盾を辮證法的に統一 したものであらねばならぬ。是に常住の混澱が瀬現せられて来、 るのである。 心 従って此がとりもなほさず滅亡を知らざる發展へ發展へと尊 き一元的な無常の理を超鬼た悠久なるものへ導いた根木なるも のではあるまいか、此れ溌日本的性絡ではあるまいか。 我等は斯仁思惟ナる時つかんで居てつかめて居ない様な或何 物かを思はせられる。何故ならば先に日本的性桁と述べたがそ れは佛教的救菱に依って造り上げられたるものであるからであ る。從って吾苓は特に雄の時により其れ盆更に自墨の面庭浮ぱ ぜ且それを徹底させなければならぬ。是に於て自分は非オを顧 みず佛敷の現代的窓義と.題しで此れを再認雛せんとしたのであ z︺。 一 一 ルネー少シスの畷の光が人の世を茜色に染め始めたのは十五 世紀であった。史家は此れを呼んで人類の再生と云って居るが ま.ことに堂なる哉である。中世は刺の時代であった。そしてす ぺて跡.に吸收されて了った、見るもの開くもの、すべて刺のも のであった、彼等域諏の御もとに於て哲學し行動した。即ちプ ラトン哲學、アリストテレス哲學等、而し飼犬に食ひつかれる 班は稀でない。公瀧哲學であるでフトン哲學は測秘的統帥延い ては改革の糖測を.アリストテレス哲學は自然其のものに對す 一 七 一

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、 1 る關心を誘發、敦會知識に疑を生じ是れに古典の研究と共に、 教命に規定された世界瀬、入生獺の束繩を放たれた自然的人性 の自由な活動發展が再生された。正に人間が自己に醒め、自己 、 を發見した時期である。此の影馨は笈に大なるものがある。十 六世紀には古代丈塞の復興と共挺宗教改革を生み、、十七世紀に は近世哲學が開發されぅ・十八世紀には差別鯉を基調とする封建 制鹿が毅され自由、平等の思想を生み、更に十九世紀ょ辺以後 は所測科學凝能時代で個人主義、自由主談、民主々識の時代と なった。即ち個人を基調として導き田された所謂抽象的知識、 或は獺念的理輪には一見卿様もかぷとをぬいだ形だった。 一九○五年突如として全宇宙はコペニクス的聴遡をせしめら れた。其れはあの有名なアイシシニタインの相對性原理︹国愚 蔚ご嘆息冨局割烏愚意号津己である。 上古の人にとっては自然穂始末に行かぬものはなかったであ らう。今日雨が降ったと思ったら明日は上天気である。而し簡 単な事物は科學的に解輝出来た、物を持って居てもはなせぽ何 物でも落ちる。而し此れ等は髄かなもの‘であった。 斯くしてどう見ても氣紛れな自然界に面接した時、人間が第 一に感じた衝動は頭の中で大自然を創ることであった。彼等は 不規則に見える現象はすぺて訓のいたづらであると考︲へた。斯 くして漸く出來上ったのが因果の大法則で.ある。即ち他より何 ものかの作用を受けない限り同一原因よりば何時何虚で誰が行

佛教の現代的意義

I っても同一続果の生ずることが見つけられた。今或瞬間の剛來 事茜考へて見ても、此れには斯くなるべき不動の原因が存して 居るのであり、此の結果は原因となってやがて結果を生起燈し めるのであって、此れ等の間には超人間的な何物をも存して居 ないのである。 自然界を支配する根本法則として此の因果律を確立した事は やがて十七世紀にガリレイ、一重1トン盈生んだ、正に因果律 の大勝利であるb 天空に於ける事象はすべて力學的一般法則を以て解決出來、 ﹁文永元年の大長星の﹂譲象も重力の一般法則而も価か ”Ⅱgx目XT画なる式に於て解決し﹁⋮⋮いかなることの出來 すべしと申すことを知らざりしに..・・・・﹂︵中興入謹御消息︺な どいふとと.はも早や普諾りとなったのである。更に彼はつけ加 へた﹁それで他の魂象品同様な推劃によって力學の法則で溌明 出来るであらう。⋮..﹂と これから全物質宇宙を機械として説明する動向を生じたので ある。而して十九世紀の後半に至って没高潮に塗し彼のヘルン ホルッをして﹁すべての自然科學の最後の目的は其れを力學に 歸蒲せしめることであ局﹂と喝破せしめ又彼のケルヴイン卿を して﹁機械的模型の作れないものは了解剛來ない﹂と告明姓し めたのである。 両し十九世紀が維らんとする間際重大な問題が湧き起った。 七

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1 、 それは或特殊な現象即ち特に輻射と重力とはエーテルe告の○ も遂に機械的溌明に反抗することであった。丁度日蓮上人の感 激も、中山行者の璽感も機械で作れないやうに。此れには如何 ともする事が出來なかった。何うしても機械的エーテルを放棄 して新規蒔直しをしなければならなくなった。凡そ科學は一定 の前提のもとに錘む。してみれば斯く行誌りを生じたのは般初 の前提I自然界のものは何でも機械的に溌明閃來るてふ11 に於て艇ありと推測しなければならぬ。従って此鹿に於て前提 は再吟味を要求され、吾人は何か他の指導原理を探求しなけれ ばならなくなった。 而らぱ吾盈は如何に此の現象界を眺むべきか。 圃具旨冒冒呂員目色辱箇胃昌臂冒曽宕時月。忠良鼻の日︵寓やむを 得ざるに非ずんぱ何物と錐もその存在を假定してはならぬ︺l 此狸はオカムのウイリャムの原理セある。吾苓は此のより姿鴬 な原釧挺從ふ限り虚空を麺して機械作用を仰へるエーテルを具 へた機械的宇宙の假定を坂去らねばならない。而らばエーテル に代る指導原理は何であらねばならぬか。勿儲此の原理より淡 鐸ぜられたるものでなければならない。即ち語如何なる笈験を 行っても縄對運動を定め得ない様に自然は出來て居る﹂1︲所謂 相對性原理こそ來るべき指導原理であらねばならぬ。而して此 れが眞侭は幾多の変験が悉く相對性原理に味方した事に於て確 定せられた。斯くして自然界の指導者として今迄王座を占めて

佛激の現代的意義

居た因果律は蓮に王座から顛落せしめられ相對性原理がその代 りに王座についた。此の革命の狼火は一九○五年六月アインシ ュタインの發表した小流交である。 奮科學は一つの路を進む。即ち原因と諾果どの連鎖によって 太初より雑種に至る迄連って居る。而し新科學は不辿績である 而してそのガタッキは櫛のみ知る髭のものである。 空間に時間を導入する事によって斯く宇宙は老機闘になって 、 了った.ものすごい我鯉者になって了った。手近な例を以て示 せば﹁今﹂あるインクスタンドは次の瞬間に於ける﹁今﹂のイ ンキスタンドとは蓮ふ。又﹁今﹂机を計って一米といふ扱蹴産 得たとしてもその一米の長さの量は次の瞬間に無くなって了ふ 〆 又数年前慧星が地球と衝突すると随分購いだが、衝突すべき氣 紛れものは其の後何の話も剛て来ない。斯くして一切のものは 時間的存在にすぎず従って其庭には何ら不鍵常住の寅体は求め 得られなくなった。 ﹁友よ。例へぼ二つの麓の束、互に相依りて立たむ・・・⋮・麓の 束の一つを取去らば、一つは倒れなん。他を取去らぱ他は倒れ なん﹂斯く友をさとした課傘は﹁まさにかく名色の減によって. 識の減あり.⋮・・乃至新くの如くにして全苦溌の減あり﹂︵相應 二巻︺と現象界の眺むべき原理I線起の法を示した。両らぱ縁 起とは何か﹁若し此れあれば彼れあり。此れなければ彼れなく 此れ生ずれば彼れ生じ、此れ減すれば彼れ域する﹂郡を願ばし ∼ 七 = 〃

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たに過ぎない。即ち一言にして言ふならば凡ての現象綾相互依 然の關係から成立する咄のでそこには何等原理なしといふ班で. ある。笈に此れは彼の三法印たる諾行無徹、諸法無我、、一切皆 空を導く根操で参ると同時に数世紀の間科學が迷ひに迷った揚 句の総論である。 二千五百年前の鵜愈は、巳に空を溌いた。近代科學は数枇紀 を經て始めで此の結論に到着した。而して叱れに次って始めて すぺては解決したのだ、グォンシニタインの相對性原理にして も、ハィゼンベルグの不確定性原理にしても、即ち寓有は時間 的海在であるとq﹁今﹂目の前の机の長さを測れば溌早その長 さは永遠に来ない。否物指自身が或はのびたり或はち壁んだり して居る。﹄誌しは前世紀の遺物である。衿貯口目陸こそ眞 理である。ペルグリンをして﹁同じ河の流れに二度と足をつけ ることは出来ない﹂と言はしめたのも、ライプニッッをして﹁ 現在は過去を背負ひ未来を孕む﹂と言はしめたのもへ1クライ トスをして﹁万物流靭す﹂と言はしめたのも蘇子をして﹁薙勝 自其鍵者而翻し之則天地曾不レ能二以一瞬こと言はしめだのも 皆此れである。則ちこの世界は四次元の世界である。醤科學の 櫛成した世界は三次元であった。従って現象睡反溌出來得ると 信じて居たのだ、而し四次元の宇宙は無限に流れ行く時間 ︵慢息eを導入することによって空間圃穏。&はひずみを●うけ るのだ。即ち隷尊をして言はしむれば﹁諸法無我﹂$鱈浮の昏毒

佛教の現代的意義

匂昌自畠“である。其虚には何等不鍵常住の変体は求ゆられな. い 。 すぺてのものは棚侠相關に於てのみ存布する。近代科學をし て言はしむれば相補性原理である。 斯く論じ来れば吾々は束洋思想の維大性を愛に認め得る霜あ らう。此・れは唯劃學について一例を上げたに過ぎない。すべて の所謂西洋的なるものは漸次衷洋的なるものとなりつ坐あるの だ。イギリ易のホールベンが﹁十九世紀の一審大きな鯉は生物 物理學で扱ったことだ﹂と餓悔したのも畢寛此の東洋化の斑醒 に 外 な ら ・ な い 。 斯の如く科學$8画8︶が鍵って來たのに何うして思想が鍵ら ないで居られよう。濁逵は逸速く此れに目畳めて所謂釜体主義 ● も 茜主張したのもアインシュタインを出した閏として誌しうなづ けるであらう。而し思想はさう髄蝋に鍵るものでない。呪して や一世を風塵した思想を塗へることも鍵へさせることも容易で ない。特に英鬮入の如き保守的な民族に駁って至難中の至難で ある。否斯く論ずる者自身にとっても然りである。此虚にも大 東亜戦争の意義が存するであらう。即ち変相と遊離した籾念論 浮び上った抽象的な理論のみで物譲を考へ、祗會鯛家を造り上 げ降濫姿料十樫Ⅱ坤塗すべてに代入ぜんとしても此れはデカダ ンス達免れない。更に此の無理を推さなけ・私ば恥らない所にデ モクラシイの行詰りが生じで来たのだ。何はともあれ根源的な 一 七 四

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幻 認識を誤って居る以上正當なみものL瓠はれて來る響がない。 近世哲學の腿デカルトは固唱g署◎の侭。得o豊昌へ我思ふ故 に我在り︺てふ標諦を掲げて先づ凡てを疑った。而して﹁疑﹂ 其れ自身と徒.って疑ひつLある者即﹁我﹂との存在は一点の疑 ひなき事実り脚の存在を砿め、更に外界の変在の鰹であること を磁明した。而して外界の事物を考察する時﹁庇凌﹂を其の本 性とする﹁物質﹂と﹁思考﹂を其の本性とする﹁続祁﹂を到然 と艇別することが田来ると焼き此虚腱物心二元論に到逵した。 此礎に物賛を主体とする隷嶮論と鋪訓を主体とする合理諭とを 生じ永年間闘争を綴けた。カントは此の二論を止揚して先験論 を立てた。而し此れは唯個人的認溌である。然らば﹃我﹂は如 何通る存在か、此礎に終てシュパン、ハイデッガーは我を 曽号毎司爵、の言即ち世界的存在に掻ける我として規定しその 営包胃魂骨風ロに於ける我に於てのみ腿議出来るとした。所 測﹁此れあれば彼あり、此れなければ彼なし直である。所澗全 体主蕊の興起である。此鹿に於て抽象した個人は存在は否定さ れなくなり、従ってエゴイズムなど愚の骨頂となり前世紀の迩 物となったのである。 腫の認識は世界的存在に於ける我に擬てのみ可能竃あると、 次に然らば如何にして認識出来るか。 強元帥師は﹁佛鍾もと盤恢より跳出せるゆえに生滅あり..⋮. しかなりと錐も華は愛惜にちり艸は棄縦におふるのみなり﹂

佛教の現代的意義

ノ ︹正法藏溌威公案︶と言って居る。今樫の花が﹁散る﹂と云ふ錫 合﹃散る﹂と腿識出来るのは迩力や風によって上ラヒラ動く花 を鏡にうつるが如くして認識出来るのでもなく、又吾今が先天 的C営昌。啓︶に其の﹃散る﹂事を思ひ浮べる力を持つ.て居るか らこそ﹁散る﹄と潔職出来るのでもたく。華は非常に美しい。 あL散るのは惜しい永く咲かしたいなあと恩ふ庭に﹁散る﹂と 認識出來、草は坂っても取っても生えて來る。あふ嬢だなあと 思ふ虚に﹁草のおふる﹄のである。即ち斯く特殊な鯉方に於て 翻ればこそ華が華として草が率として認識出来るのであって唯 単なる慨念的思惟に依って野なく自己の休職として把握する時 に始めて蕊有は現成するのである、即ち認職の世界は知℃傭・意 の世界毛あり体験の世界であり、行の世界である。 斯くして吾・々は澱相を如寅に知見し得るのである。所謂閏民 錬成の根本は此礎に存するのである。斯く認識する虚にはすべ ては生きノーと希望に満ちわたる。 無名の野草人によって維なり 有種の山花意に認って紅なり 群人間に至って棄物なし 人心安んぞ束風に似たると得ん︵開靖之詩︺ 捨てられた野草や山花も人間に過ふなれぱ忽ち美しき花と塗 る。何と人の心といふものは奔風の如くに仁慈に満ちたもので はなからうか。此れ笈に東洋縮祁の登露であり認識の根本問題 一七五 = 〃 f

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てある。これは班なる形式的な﹁知る﹄といふ率に於ては到底 發見し得ない境地である。所謂﹁知目行足到一清凉池一﹂の境地 であり、﹁法準之時父少子老也﹂なる蕊地であり、物心一如、 自他一体、知行合一の境地であり、而して﹁行學絶えなば佛法 あるべからざる﹂てふ訓誠も愛に蕊に存するのである。 斯く論ずれば吾冷は西洋思想の東洋化就中佛教忠恕の露理性 を認める事が出來るであらう。 而らば佛教はどんなものであらうか。聖穂太子をして﹁四生 ・之羅蹄、漉図之極宗﹂と叫ばしめた佛激はまさしく﹁古今二通 ジテ謬ラズ﹂﹁中外二施シテ惇一こざる宇宙の興趣であり、天 、地の公遺であり﹁何れの世、何れの人次この法を貴ばざる﹂も のであり、普迦鐸鴬性を有する宇宙の絶對眞郵である。従って そこには幽家もなく民族もない。而し天上一輪の月よくその影 を寓水に映ずるが如く佛教を信ずる物には・祁國がある。 、 ﹁宗数は時代と國土とによってその姿を鍵へて行く﹂これは 彼の有名な宗激改革者カルヴインの言である。言二二年我が 國に入って來た佛教掴先づ蘇我、物部の争を生み逢に聖徳太子 の御英断によりこれを御取り入れになり而も﹃鱒く三喪を敬ふ ぺし。:其れ三喪に蹄せずんば何を以てか狂私るを直ぐぜんや﹂ 八十七像憲法一ロと佛教をして國民道徳の依虚とせられ総ふ た。抑奇とれが図土によって委を鍵へた日本佛数の特衝である 即ち幽家的宗教であると共に政治と密接なる鮒係を持って居る

佛教の現代的意義

ととである。即ち仰敬をして﹁威光捕益して値に叡山の道躯の 正法蔵大日本及び九院を守護し、佛法を興睦して後際を錐しつ 錘に一乗を髄きて群生を利せん。﹂︵長講金光明謹含式︶と言は しめ、弘法をして﹁永くこの趣を緋じて幽家を擁謹せん﹂と雷 はしめ、慈間をして﹁李法佛法は互に守りて﹂︵愚管抄︶と言 はしめ、又親鴬をして﹁朝家の御爲幽民の爲に念佛をまふしあ はせたまひさふらはLめでたう・さふらふくし﹂と言はしめたの も榮西をして﹁愚また弘めんと欲するものは蓋しその聖所の従 ふな,、乃りて鋲謹幽家の門を立つ﹂︵興善漉國論︺と言はし めたのも無難靜照をして﹁諸天その剛を守らずんば即ち諸難鼓 ひおこり、上下安からざるなり。誠に所謂國家の嬢衰は佛法の 興亡にあるものか﹂と言はしめたのもすべてこれである。、 吾奇は此虚迄來ると此れ等と一風鍵つた日蓮逓上げずには居 られない。勿論日蓮は古今未曾有の愛閏者の一人である。而し 普通の今述べた愛國者とは同列にし難い籾がある。即ち日蓮に は一つの特殊な型がある。 日蓮は日本を愛した。しかしそれ以上に虞理を愛したと樗牛 は言った。而じ自分は鯉︽しく此の言葉を償ずるでもなければ 要求するものでもない。﹁世界とは日本園なり﹂彼はすべて此 の式である様に思はれる。従って眞理を先にしたのでもなけれ ば日本を後に山たのでもなく、胤本を高く見たのでもなければ 伽教を低く見たのでもなく、日本と佛土とを統一して勝るので 一七六 1

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■ ある。﹃天勝れぬれば地明らかなり。法華を知るものは世法憩 うべきか﹂﹁治生産業はみな変相と趣背せず、或る智者は世間 の法より外腱佛法を行ず、世間の法をよくよく心得て候を智者 とは申すなり唇と、又﹁深く法華を知る者は世濁を得べきか﹂ 等と言った日蓮は﹁園を失ひ家を滅ぽさば、何れの鹿にか世を 遁れむ汝須らく一身の安堵を思は野先づ四表の靜識を祷るべし ⋮⋮図は法によりて員へ、法は人によりて没し・閏亡び人亡べ ば伽を誰か崇むくき、法を誰か信ずぺきや、先づ國家を所りて 須らく佛法を立つべし﹂︵立正安幽論︶と言った臼蓮であ鼠。 叉三切の大事の・叩に蝋の亡ぷるは簸一の大躯に.候也﹂﹁それ 大事の法門と申すは別に倹はず、時に當りてわが鴬、図の爲、 大事なることを少しも勘へ蓮へいが智者にては候也﹂﹁図の篤 に貴められ候ひしととは天知るしめて候へぱ後生は必ず助かり なん﹂等と言って居る。 斯くして彼は法華錘と日本とを止揚して読一したのである。 即ち法華鯉の使徒、上行縛挺としての日蓮は即ち其のま坐愛國 者であった、彼は言って居る。﹁日蓮は日本閏には第一の忠の ものなり。胸をなら募るものは先代にもあるべからず、御代に もあるべしともおぽえず﹄﹁方今世悉く關束に蹄し人皆士鰔を 尊ぶ、就中日蓮生を此の土に得たり、堂に我が図を思はざらん や﹂と筒って居る。而し貝蓮は﹁地揃の太菩薩上行出でさせた まひぬ﹂︹敷行僧謹︺の自碓を得れは得る程自分の使命の重大

佛教の現代的意義

さを考へずには居られなくなった。叉﹁われ日本の柱とならん、 われ日本の眼目とならん、われ日本の大船とならんなぞと醤ひ し願破るべからず﹂又謝ふ﹁日蓮は日本閏の人の魂なり﹂﹁且 く禁めをなして國詮助け給へと日蓮が控ふればこそ、今迩は安 穏にてもありつれど蛤﹂など等、 而し此れだけの園蓮ならば別段他と獲った庭は少い。彼は言 って居る。﹁日本園の衡世は如來滅後二千二百十除年、後五百 歳に賞って妙法蓮華經の廣宣流布の時なりとれ時を知るなり﹂ とLに於て彼は更に時と図とを止揚し統一した。即ち法華經と 日本と時を辮遮法的に統一したのだ、此戯に彼は危機の人物と 言はれる原因があるのだ。 凡そ民族は土と血とに於て根本規定をうける。而して此の土 と血は歴史を創造し、更に吾人は此の歴史の上に存在して居る。 而して民族は一定の理想を持って居る。害人は此の理想に向っ て前趣する。而し此の理想爽塊は然るぺき必然性を有し、それ が飽和になった時初めて生れて来る。此れが時であると信ずる。 法華経の使徒としての日蓮の時は末法であり其れ散に他國侵逼 の時であった、彼は末法意識に生れ末法に生きた、共れ故に彼 は危機に生れ危機に生きたのだ、然り而して我奇は今の我喬は 正に﹁時﹂に生れて来たのではないか。鶏が大和民族大理想賓 魂の時に生れて來たではな、いか。人難受け難しといふ。而も我 令は﹁時﹂に生れ合せたではないか。 一七七 ﹄

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