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棲神 第貳拾四號 (特編『法主即管長制度確立讃辭』)

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(1)

一 ■L =

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號四拾

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●ー 一 句=P 今 ■ 一 一

(2)

一 ■

(3)

(4)

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特編﹃法主即管長制度確立讃鮮﹄

第或拾四號

、 ﹂

(5)

L ひ f 〃

湖心の法門⋮・⋮:⋮⋮・⋮・⋮⋮⋮:・⋮⋮⋮遠藤是妙:︵ご

興門教義に對する一研究:⋮:⋮;⋮:⋮;::⋮::清水龍山:二︶

﹁立正観紗﹂に對する疑議に就いて:⋮⋮:⋮⋮⋮山川智應・・三C

優陀那輝師の浄顯義淨評に就いて:⋮⋮・⋮⋮⋮:小林是恭:︵男︶

妙法寺記並に原本に就いて⋮⋮⋮::⋮⋮:⋮⋮::蕊田義遜:︵茜︶

本宗重要教判︲としての教観種脱相對⋮:⋮⋮;⋮中谷良英⋮︵室︶

日蓮聖人遺文に於ける國祁勤請義:⋮⋮⋮⋮,::望月歎厚:︵言︶

﹃ I 宮 ︲ ] 口 。 。 。 . ︲ ! . 。 一 ’ 1 0 . : ! , : , f ↑ ↑ 1 1 1 : ︲ ︲ ︲ ︲ ︲ , ! : . ! ‘ ‘ , ︲ ︲ ! ︲ I ! ﹂ U 2 → 0 0 0 0

一法主即管長制度確立讃鮮

祀廟中心制度の現在0こ將來・⋮:.⋮:⋮⋮⋮.:・・;⋮⋮::盟出孝〆潤:.︵三e

法國冥合の現證:⋮⋮・⋮:.⋮⋮⋮⋮⋮:・⋮。:;・柴田一能⋮︵三一︶

凸 〃 、 〃 8 β ″ l j 、 ︲ f L f ■ 0 〃 刊 0 、 f l 9 J 1 J 、 9 , ノ q 8 j 1 4 L F も β 4 0 ″ 、 〃 、 ひ 8 j 〃 、 〃 、 〃 巳 夕 が 、 夕 、 〃 9 〃 f B 夕 、 〃 匙 f O O 9 、 〃 、 〃 も 8

口雑篤興高祀御迩丈断片

111

111

(6)

F

給仕精祁の高揚・’・⋮::⋮::⋮⋮⋮1.:⋮⋮⋮堀龍惇;︲︵三老

宗政復古に當り青年學徒の鴛起を望む..⋮⋮⋮:。:⋮::柴田顎秀:︵一里︶

即身成佛研究序説::⋮:;:⋮⋮⋮:⋮⋮⋮室住一妙:。︵三︶

御撞文にあらはれたる下種思想:⋮:⋮:⋮::⋮武田海正:︵雲︶

對支布教と我徒の用意⋮:;⋮::::⋮・⋮⋮::︲:結城瑞光⋮︵茎︶

文學些言:⋮⋮::⋮⋮⋮⋮::⋮:⋮::齋藤要輪・・︵三︶

立正治國論を拝讃して⋮・⋮⋮⋮・⋮⋮。::⋮⋮・・・・:..⋮・中澤要賃⋮三実︶

〃歴史の一環を婚ふもの⋮:⋮:⋮:⋮⋮:⋮⋮⋮・⋮・・・⋮⋮塚本龍農⋮︵三e

陣中随想録⋮⋮⋮:⋮;:.:::.:⋮⋮・・:・・:・小崎龍雄⋮︵三g

改造か創造か⋮・⋮⋮⋮・・・・⋮・⋮・・⋮⋮⋮・⋮岡部卿。:︵一天︶

波木井書に於ける良の方の管見⋮⋮⋮⋮・;⋮⋮・⋮:.⋮・難波智龍,三三︶

レムプラントの創作に就いての瞑想⋮:.⋮:..:。:⋮・⋮:原隆二:︵三一︶

愚思一編・・・・・・・::.:。⋮:⋮・⋮・;・・⋮⋮⋮⋮・原不退・・・三毛︶

: ; ; : ● ● .・・:。。・・・・・・・:・・・・・・・︵二四一︶

(7)

校友會報

各部々報

山清し.:⋮・⋮:

岡村教正

東蓄

俳句・⋮・・.⋮⋮:⋮⋮

蛾葉子

母を恩ふ︵随筆︶

作品集:⋮⋮”⋮⋮:

望月海順

村田海仙

癖藤博

小林是

阿部東

宮崎泰

山本榮

淳墜洋淳一 二一一︿九︶ ︵ 二 七 一 ︶

永瀧堯憲

畑嬬作

東畜生磯漣渉

近藤義見

K●K生

黒宮教文

原不退

後藤龍子

同窓會々報

旅行記

I

啄人

江口啓

黒澤能

丘龍

原田鐡

石川國武

齋藤愼

林學

雄芳正惇 生 山 五口 〆 、へ ー一 一ー 八七

さe

︵ 二 三 口 ︶ ︵ ニ ヱ ロ ︶ ︵ 二 四 八 ︶ 一

(8)

− イ

事にてをはすれとも時によて

事ことなるならひなれは

山林にましわりて談諦

すとも將叉里に住して.

演説すとも持戒にて行

とも肱をやひてくやう

0 口■ J

今の世には法花経はさる

△ r 6 U 6 Ⅱ 日 甲 0 凸 甲 6 ■ ■ ■ 9 4 6 Y B 凸 ■ 9 日 Ⅱ Ⅱ r 4 0 ■ 9 凸 ■ ■ g ▲ ■ 8 一、裏書 、 、 發遥 見文 一、系年 一、筆蹟 一、紙質 一、員数 一、寸法 一、行数 一、所在 滋賀螺栗太郡物部村今宿本 候 寺 身延御在山時代ノ御篭 催名交リ消息丈 撚紙 錐五紙目一紙一幅 堅九寸七分幅七寸八分 七行七十五字裏ニモ丈 字見1 御鐘文典二未変見徽ラズ 昭和十年八月付一日宗喪謝 査之砺 寛文十二年子正月七日玄 通院日元花押 元腿大士御消息一輪父宗滿 母妙學五十年忌寄附江州本 像寺以充永代薫貨之員焉 元緑五歳舎壬申年十月望日 京都本満寺汁四世日桀花押 ︵藤田敦宏誌︶

(9)

b8宮106019宮8108■9ヴリーOHU“0A99口860l1aifo0lJIfU0Do0■△700001116104I←a

ささ刻畜手心才j午号

詠霜下ささ箒註コラ瀞

もさ’翻又里副鈴凸T

山淋到老J命0了憲濡

蕊こさ承る漁&心汰鰍劫

毒副丁雷劫で鰍当さ割副兆す

や①避副劫裁許罫刺苔さ

11

『 0 f ” げ び 栗蕊愁員ャ瀞 季調掘遮謹製 r r 溌璽 文長 一r窪樵 一,諏弥 ︵蔀捌蝉寒調︶ 京跡本濁寺箭四封日榮訴職 武漏迂識舎壬申季十目陰蘭 鏑寺鯉吹太公猿武室貝薇 殺軸皐迂寸手急番洲識磯非 云蹄大士磯蔀息一副父宗講 匪認日示誹職 誕文十二零千瓢目卦同窪 迩室剛 部麻十季八胤荊一日宗謙瀧 斡銭文蕊二未葵風常で浜 字艮ニ

ナ瀞卦十正字蕊ニテ文

塁武ヤゴ登誹卦t入金 譜汪蘇目一驚一融 欝溝 到誹交噌餅息文 震謹樹罫山認識、斡蕊 鋤寺 遮黄澱栗太鵬鰊砿林令寄泳

(10)
(11)

。 匡 一 佛教學に於て初學者を憐ますもの登一つは、所謂専門語即ち術語であって、而かも其の名其の言莱が同一でありな がら、その時代や宗義によって、各内容説明等を異にするといふことである。其れは他の哲學や科學以上に困ること で、一語の認識を欠くことによりて、教義全禮の不明を來し、一句の誤解によりて、教義全般の領解を謬ることにな るのみならず、聖教の債値批判にまで多大の影響を及ぼす恐れがあると思ふ。吾等は偶上一篇の學的論文を讃み、一 席の専門講演を蕊く時、よくそれを實感することである。今の襯心の語も教相に對するので、教相は佛一代の教法読 相と其れによりて詮顯せらる弾教理であり、親心はその教相叉は其れによりて理解したま弾を、自分の心に取入れて槻 察し、質際の修行に移さる芦ものなるが故に、この二つの意味のものは、佛教であるかぎり、何れの宗義にもあるわ けである。例せば法相の三時教判に對する五重唯識槻の如き、華嚴の五教十宗判に對する唯心法界棚の如き、眞言の 教相に對する事相の如き、淨土宗の教相に對する安心超行の如き皆それである。然し未だ天台宗の如き盤術せる教相 及び槻心はない、即ち五時八教を以て佛一代の聖教を判緯し、法華開顯の教理を詮明するを教相となし、この教意に よりて一心三槻十境十乘の方法を設け、行者陰妄の己心を槻じて三千三諦の理を顯はすぞ槻心とするのである。故に 籾

観心の法

の法

I■■■■ 門

遠藤是妙

一 凸 一 ∼ ←

(12)

教相と槻心とは天台宗の二大教義にして、教相解を開くは槻心の豫備知識となり、槻心行を立つるは教相の賛際化 なれば、雨者一方を鉄き一方に偏することは出來ない、所謂教襯相寳と穂して,天台一家の讃瀞するところである。 されば三大部に於ても玄義・文句の教相を述ぶる虚に概心あり、止観の正しく槻心を示す前にも教相を陵しない、但 し各部の正意より教観の傍正を判すれども、天台宗としての本営の目的は槻心にあるのである。それは教相も所詮槻 心の篤めであるから、槻心が家の教相でなければ、遂に經繰の文字だけに止まって、何等効果も利鎌も正兇も得られ ないことになる。この遜から棚心証道の賃義とも云はる鴬のである。 要するに槻心は一般の佛教に通ずる意味を有ちながら、鼓に云ふ親心は天台の槻心でその教相を離れざる寶際的修 槻方法と心得べきである。 更に天台の教相に馬すべき玄義に用ゅる槻心は、領解すべき法相を心の上に持て來て槻るのだから、名玄義でも、 鵠玄義でも、乃至は三諦でも凹諦でも、此等の法相に附して明す所の細心であるから、これを附法槻と雛するのであ る。文句に用ゆる翻心緯は、法華経の中に顎はれて來る事物、例へば大舍城とか耆開窟山とか云へる物に托して槻 心を稗するのであるから、これを托事観と穂するのである。然し此等の翻心は、客観的の法相事物を主槻の内に入れ て,領解し易からしむる最上の方法と見るべきである。故に修行として鐸する塲合もあれば、法門として解樺するこ ともあれば、観境として解緯する時もあって、槻心を正意とする止槻の如く、絡始一貫槻境を定めて、専ら三槻十乘 の修行方法を説くのとは、其の内容を異にすること明かである。この止観の槻心を縦行槻叉は約行槻と稀するのであ 籾 心

の法

一 一 門 一一 一 一

(13)

』 e 以上述ぺたる如く槻心は修行方法には相遠ないが、吾が己心を概して法華圓頓の理を証するにあるのだから、翻心 こそ本述所詮の法艘を願はすものと見るべきである。この意味に於て槻心は究寛の極理でもあり、至極の絶妙とも名け と述べて、昔・通・本・槻四重の興駿を明かにし、本迩遠近の化用も法華開顯の教理も、これを自己の心性に引入れ て槻歩るとき、始めて其の功能を顯はすものであると示されて居る。此の下に荊溪の 故一知興徒一引謨遠近一未吟ラ了垂槻心↓遠近ハ自噌彼於虚我↓一何勃爲シ如常ハ貧ノ數認費ラ此ノ之謂也 と註せるもの、叉至極御道理と感がる次第である。鼓に於てか親心は元より修行ではあるが、所用の法門から見れ ば、本迩を超越したる能絶の大教とも見ることが出來るのである。言ひ換へれば親心は教相を活かす道であるとも云 へる。是は玄義の一段に過ぎないが、専ら槻心を明す止槻に於ても、全十巻の内前四巻、全十章の内前六章の間は、正 修・止槻の用意方便として、教相教理を開演し、立行の土豪を築かれて居る。されば、天台棚心の内容も亦法華圓頓 の教理にして、天台大師之を修し叉之を証し、行者の爲めに修証の道を示されたのである。然し天台の証せられた法 得るのである。故に玄義ニノ上極十七には の摩訶止観に説く所は、直に法華圓頓の理を修証する圓頓止観なのである。 る。叉人に依って其の行相を異にする邊から、南岳大師の博へたる三種の止観、即ち漸次・不定e圓頓あれども、今 今大教侭︺若起レバ方便ノ︹睡 槻一將尹此ノ絶ノ名一名。於槻妙一 籾 心

の法

三 門 教絶 ス 今 本 地 ノ 教 興 呉 迩 中 ノ 大 教 即 唆 絶 ス 今 入 庵 観 二 妙 寂 ナ レ ハ 言 語 道 断 本 ノ 教 即 チ 絶 ス 絶 ハ 由 ユ 於 一 一 一

(14)

次に吾が日蓮宗の親心は何うであるか、これを鮮明にしなければならぬ、吾瓶が當身の大事として・御撰述遊ばさ れたる槻心本尊紗︵九二もの如き、而かも其の副欣︵九五古には 観心ノ法門少交注沙之乃至此事日蓮當身〃大事也 と遊ばされ、其他授職潅頂紗CO二も、總勘文紗二九○古、十法界紗︵二八九、二九つ等随庭に親心の語を御用ひに なられて居らる。惟ふに翻心の語は天台の其れを襲用せられたとしても、其の内容法艘等大に異るのである。吾宗に 於て槻心と云ふも修行の方法たる意味に相違はないが、十界事常の御本尊を境艘として、一心に南無妙法蓮華經悲唱 ぶれば、無始以來三法︵本佛と本法と吾︶一僻の妙旨が、自然に願現する虚に、其の行相の碩異を認めねばならぬ。 是を事行の妙槻とも、本化の信行とも名くるので、槻心の語には相應しない様であるが、天台の槻慧の代りに信念を ある。故に章安大師は止観の序に︵一ノー諦七︶ 具であり、費相の理龍も即室假中であると願はずにある。これが法華所詮の妙臘であり、佛の如實に知見し玉ふ所で 華經の質理は、諸法賀相を出でない、即ち三千諸法の一つなる吾が己心を槻境と定めて、三千の諸法もこの心性の本 此之止観ハ天台智者説二己心中所行ノ法門↓ と云ひゞ荊溪大師も亦輔行︵止観五ノー一厨︶にと云ひ、荊溪大師も亦棒 乃チ是し維窮究寛ノ極読 と云ふ。即ち天台至極︵ 即ち天台至極の 法門であり、 心

の法

四 門 槻心所行の法鰡と云はねばならぬ。 ● 四 一

(15)

Ⅱ 以てし、心性本具三千三諦の代りに、事相常住已心本尊を以て境鰐としたのであるから、天台の一念三千槻理境結成 の文を會して,吾旭の信念唱題己心本尊の妙境を成したことになる。是が即ち襯心本尊︵九二6であり、壽量品の槻 心Q○二九︶であり、受持誕與︵九一尺︺の行相であり、但信唱題當鵠蓮華佛晃九どの修証である。故に吾宗の槻心は、 信者の心椛へとも安心立行とも見ることが出來るのである。然らば斯うした吾宗の槻心は、何によりて立てられたか、 端的に云はご槻心の法臘は何であるか。申す迄もなく天台が迩門方便品の興理溌相を法華の所詮槻心の法艘とするに 反し、本門涛蛍品の文底に於ける三法一暖の妙旨を吾宗槻心の法艘とするのである。この法艘を悪す前提として、簿 量品顯本の次第を老ふるに、天台は毒量品の文の如く、伽耶近成歴史的佛陀の本時は、五百千萬億塵鮎の昔にあると 顯はすが故に尚ほ有限始覺の遠壽であるから、佛の憤値に高下なく、所証の境界亦迩の理實相と鍵りがない。然るに 吾祗は、この壽量品の文の奥底を徹見して、五百塵黙は無始顯本の一過程は過ぎない、是の故に壽量品の教相は、佛 の無始久遠を顯はしたものであるとするのである。随て所化の衆生も無始本有でなければならぬ、銭に始めて迩門始 覺の十界互具は、其侭本覺本有の十界互具となった道理であるから、佛界にも無始の九界を具し、九界にも無始の佛 界を具することになる。是を天台の文上随他の本門に對して、文底随自の本門と講するのである。この本門の槻心は、 南無妙法蓮華經の一心に於て,吾等凡夫の一心と如來の一心と、其俄一つであると願はすにある。其はこの七字の題 目が、因果倶時生佛同艘であり極理であり心であり、本佛所証の本法であって、三法一膿の妙旨も、十界三千事相常 住の常相︵四十五字の法鴨︶も、皆是の七字の展開叉は愛相に過ぎないからである。 若し十法界紗昌九9四重興駿の一段に於て、本門と槻心と其の教臘を分別するときは、本門は能入の教門なるが 故に、随自本門即ち毒堂品文底の教相と見るべく、槻心は所到の妙虎なるが故に、本有の妙法蓮華經の當繼と見るぺ 麹 心

の法

門 五 一 、

(16)

槻心の大教とか、五重相對の教柵の槻とか、槻心の法門とか仰せになられたことは、本化別頭の槻心を願はす上に 於て、最も意義深いこと画拝するのである。而かも其れを當身の大事となされたことは、本佛の因果と悟道と慈悲と 事業とを、其儘末法の吾租の身の上の事とさ鯉たからである。即ち法華経の行者としての鵠験から、末法の弘通は溢 上如読の行法︹棲紳廿一號一もで進ま胆ばならぬと信じられたからである。要するに行に活かし得ぬ教法は魂のぬけ た死物に等しいものであるとの思召を以て、獅子王の如く要法の行を唱導遊ばされたのである。末法今時特に教家の 活動を要する時、如読修行妙の如き信念を以て、槻心本難紗の如き、吾姐が己心中所行の法門を、吾等が己心の所行 として、廣宣流布の願行に精進せ組ばならぬ。 するものであらふ。但し教槻元より二にして不二なるものなるが故は、永く別ならざる事は云ふ迄もない。 きである、所謂本尊紗兜四二︶に於ける本法三段︵叉は槻心三段とも云ふ︶の正宗分の法鵠、叉は内証の壽量品と鰐 淑 心

の法

五 門 ︵昭和一三。一○・二八︶ ▲ 、 ユ ノ 一

(17)

興門當代の學匠小笠原慈聞師は、其機關誌﹃世界の日蓮﹄に既に十数回に亘って﹃先づ本尊を定めよ﹄と題して、 興門︵近代!︶相傳の毒示租本佛本尊論﹄、﹃種勝晩劣論﹄、﹃板本尊論﹄、﹃祁本佛述論﹄等を論述せられてゐる。 我等は凧嬬畢率澤電︺道理文證現證を盤束して之を難じ、師亦之に答ふる所があったが、元來師の所立は彼門相傳の本 因妙・百六箇の雨巻紗を正依とし、我等は本尊紗等三五大部を正依とす、根本的に既に其所依を異にすれば、随って 彼我の所見の柊に一致を見るぺからざれるを以て、一先づ論難打切りとしたが、偶上﹃法華﹄第廿五巻第二號に、田 中喜久三氏が、本尊妙の御文に就いて本論争に鯛るち所ありたるを以て、且く同妙の文義を略述し、併せて興門傳承 の教義を評論し、以て初心學徒の錨仰に菱せんとす。 興門数義に對する一研究

興門教義に對する一研究

l本尊紗に於ける﹁本門程尊﹂ご﹁地涌千界﹂及本尊圖面に

於ける﹁日蓮花押﹂に就て﹁宗澗本佛本尊﹂の謬を匡すI

清水

中谷

良龍

山口述

英筆受

(18)

彼誌連載の﹃先づ本尊を定めよ﹄、叉特に堀日亨師の﹃日蓮正宗綱要﹄二五に 、、、 、、、、、、勺や、、 、、、、、、 、、、V 種脆判と云ふのは、大聖人の御口傳の法門で他門では餘り云はない奥深い文底本門の重に立つ見方である。御書の中 V、や、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、につきり では開目紗と本尊紗とに少しばかり其片鱗を示されたが明噺としてない。末法今時には此日本國に本門の教主輝奪 といふ佛と妙法五字の大法とが顯はるると云ふ事は、御書の多くに明に示されてゐるけれど、其本佛・本門の教主鐸 いつ 噂と云ふのは何日何れに生れた斑だか、叉は理想上の名號か、題目の五字と云ふのは何人が持って居るものかと云ふ ぼか 具磯的には明噺でない。尤も邇佛教の汎祁槻の様に何事も理想や抽象に塗り付けて、弧いて大きく模糊さうと云ふ ありふ なら共でも宜からうが、宗租様のは何しても其有奮れた類で無い様であるので、是非とも此事は嘉賞に明示せにや 、、、、、、、や、、、、殖、、、 、、 、、、 ならぬ。即ち本佛と云ふのは現世に生れ淀凡夫僧であり、本法とは壽量品の奥底に沈めて在ったのである。久遠の 1、、、、 、、1v、v、、、TV、勺、、、、、1繭、 本佛と同格であるけれども、妙覺果滿の姿を願はさない名字の凡僧で本因行の形である虎の宗阻大聖人が、無宿善 、、勺や、、、 ぴったり の荒凡夫の心田に始めて妙法の佛種を下ろす、此本因下種の佛法が今の時と國とに密接と合ふ生命ある教へであ る。此地盤から眺めて毒堂品の文に明に示された久遠賓成第一番の瀬本佛や其本果の妙法や、其巳下の佛と法とは ぎ ︾ F 、 、、、、 疾に御用の濟んだもので、現代には無用のもの即ち脆佛晩法とする。此見方が實に一般から驚異せらるべき秘中の

秘説なのである。權賞。本迩・種暁の三段の道理の入口は第三法門と一鵠である。名孵の逹ひだけである。

、、、、、、や、、、 、、、Vv可、v しか 、v、、 叉槻心本尊紗の五重三段の法門とも、此から出た開目紗の五重相對の法門とも確と連絡して居る。此等が本宗で諸 v、、、$、や、、、v、、、 教の費格を瞳別する必要な法門である。 興門敦義に對する一暁究 本 論 八 一

(19)

v、、、 と。言ふ所の﹁開目紗と本尊紗とに少しばかり其片鱗を示された﹂とは、其開目妙に在っては妙の冒頭總標の所習所 勺、 學 の 三 道 一 軍 ︵ 可 蹄 依 の 法 ︶ と 所 敬 所 尊 の 三 聾 一 穂 ︵ 可 蹄 依 の 人 ︶ と を 、 別 騨 に 至 っ て 戚 胴 蝿 磁 韮 法 ︺ 其 可 職 輝 か ん と。更に越えて︵同綱要二一九︶ 、、v、 、、、、1、勺、、、、、、、、 人の本尊と云ふのは法報睡の三身が互に融通する上での自受用報身如來である。久遠の智穂を表面として内面では 、、、v、、、、、、、、、、 、、、、、、や、勺や、、、、勺、 法身佛とも應身佛とも交渉するのである。共が末法には人格者としての日蓮大聖人と信じ奉って、木像にも総像に 、、、、、、勺、、、、、、、、、、、弓、勺、、、、、、 も作りて猫生きて御座するが如く敬ひ奉るのである。此自受用身の人格に妙事の三千の法が具って居る虚が人即法 、やぃ 、、、、、やv、、、、、、、、、八kへ八、、や 、、、、 の本尊であり、三千の法に自受用身が具って居る虚が法即人の本尊である。此互具一艦の虚を人法一箇とも一鰐と 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、や、 も云って我等の歸依し奉るべ、き佛様と仰ぐのである。或は密に老うれば御漫茶羅の中心の南○経は法で、日蓮判は 、、 人であるから、此が人法一鎧である。斯う云へば一重の一隈で濟むのに、漫茶雑の前に御影を置く時は二重の一艘 予vv、、 となる勘定であるけれども、人法を即雛するのは理の當黙で、叉此には一般の佛像を安澄せし餘情を引く事にもな り、常識の上から追慕の意にもなる。人間名字の本宗では其がよいのでは無からうか。併し人傭を超越した理智の 非常に進んだ人間には、此信仰の必要は無いと云ふ事にも成らうかと思ふのである。其で吾等の世界では寺院でも 、、、vv 教會でも俗家でも、必ず此御本尊を置き申して僧も俗も信心修行を勵む清浄の道場とするのである。叉此本尊を普 、、や、、、、、、、、、 勺、、、、やりv、、、、、、 通の三寶即ち佛法偶に蔑別する時、佛と僧とは宗祀、法は妙法漫茶羅として一艘三寶に見る事もあるが、古くより

、、、、、、、、、や、、、、

、、、、、、、

佛は宗租、法は漫茶羅、僧は御開山を代表として其御影を加ふる事があり、此を三寶式とも三振一對なんどとも言 、、、、 、、、、、、、、、 ってゐるが、宗祀開山の時代にはありうべきものでない。目師己後に出來た儀式かも知れぬ。此は一般の通儀では 勺、勺、や、 なく特別の式とも見るべきであらう。 典門敦錐に對する一研究 九

(20)

典門教義に對する一研究一○

を 本 佛 、 一 鱒 し て 本 化 本 偶 の 二 天 誓 願 に 結 蹄 し 絵 う て あ る よ り 、 彼 振 に 在 っ て は 密 泄 臓 鈴 か ル 癖 海 雑 華 論 闘 い か 調 法

、、、、、、、1Vv、

F繩かん癖濟越蟄心心給ふて之を﹁但法華経本門簿迩舶の文底に秘沈﹂と仰せられたもので即ち﹁宗瓶本佛本尊義﹂ J 然るに我等の本妙観は全く異って、本紗は本佛の三徳を全う末法に具鵲現し給うた譜ゆる﹁遥使還告﹂の本化本僧 可、勺、、V、、v とは即ち日蓮的く是也と、本化本傭の人開顯書であって宗祀を直に﹁本佛﹂也と開頴し給うた書とは見ない。随って 、、、 本妙に﹁宗旭本佛本尊義﹂は片鱗だも示されて居ない。叉本尊紗にも全く其義無きのみならず、却って正反對に﹁本 佛本奪義﹂が、全篇始絡一貫する聖判である。彼派の所立は本紗廿八紙右

ヲナシテ卜、ノシツー

比時地涌千界出鍵本門緯尊爲二脇士一間浮提第一本尊可レ立庇國一 ノ ニナヅテ 、、、、、、V、、、、、や勺や、や、、、、 の文を右熱訓して﹁地涌千界の垂迩宗阻が、本門の緯尊を脇士と爲し、自ら主尊となって﹂と解して﹁宗租本佛本尊 を立てるが、我等は正反對に、此文を以て﹁毒量本佛本尊義﹂の結示とする。請ふ左に之を少しく述べよう。 ノ 、、、、 本紗全篇始中絡を通じて﹁本門鐸尊﹄は主尊本佛で、﹁地涌千界﹂は脇士本櫛であることは文義意の自然受當で、 、、、、、、、、、、、、、、勺 断じて主尊本佛が脇士なる地涌千界の脇士となる文義意はない。 であると立てるやうである。 二、其顯現の時を明して

キノハシ

如し是本尊在世四十餘年無し之、 一、本門の本尊の鰐相を明して

ノていたら夕、ノノニシ二

ノていたら〃、ノノニシニ

其本尊爲鵲、本. 弾囎云蚕︹十葎紙︺ ていきう 本門の本尊の艦相を明して

ノノ

●●ノ。⑫●●●ノ、 尋爲鵠、本時娑婆上費塔居レ室、塔中妙○経︵主尊︶左右︵脇士︶樺迦牟尼佛・多賓佛、騨尊脇士上行等四

八二

八年之間但限二八品一︵同上︶ 一

(21)

綴いて炭く e● 、、ノ、、ハ ヲシ、や卜、勺、、二、、、、勺、ノ、、、/、やハ テ 正像二千年之間、小乗樺零︵主奪︶迦葉阿難爲二脇士↓椎大乘井浬桑經法華經迩門等鐸尊︵主尊︶以二文殊普賢 テ

ヲルト

鑿二墜此麓鑿薑奪毒憲一︹譲一響。斐菱繕鯵︹識蕊蓬藩︺

ノ 恥し仇二僻鍵韮︹馳岬︾癖]鰍。︵同上左︶ と、略して小粥脳対飛地心迩昨等か迩伽と、燕昨識塗舟か奉卵艮覗卿華癖唯趨との盃傑鋤權未雌一癖流行を明し、 三、其滅後流要の時を明して 、や、、、 J 四、最後の結示が即ち今文 此 時 ︵ 末 法 ︶ 地 涌 千 界 出 斑 本 岡 鐸 軽 鮮 幸 脇 尹 、 一 閻 浮 提 第 ↓ 本 鱗 恥 ン 垂 二 此 璽 蹄 函

、、、、

ノナツテ ノ v、 ・ ン と、即ち主尊も脇士も前後一貫して居る。但第三の文略明の下には、﹁小權迩鐸尊﹂には各其脇士を學げて﹁爲二脇 ノ 勺、

ヲシ卜

土ことあるに,澗り﹁本門樺尊﹂には、但主尊のみを標して﹁地涌千界爲二脇士この語が省略されて居る。然し緩い ノ

ーV、、、、、、、

て庚明の下には、﹁本門涛量品本尊﹂︵主奪︶﹁丼四大菩薩﹂︵脇士︶と、具に主電本佛と脇士地涌とを並べ蕊げら鯉て や、勺、、

、、、v、、、、

ノ ある。其結示の今文豈に忽ちに正反對に主尊が地涌で、脇士が本佛と成るの理あらんや。況や第一の文明に﹁緯尊脇 ノ 士上行等四菩薩﹂とあるをや。然るに﹁爲して﹂と﹁爲って﹂との訓黙については、古來吾宗先哲にも、前の第三の 之委細聞し之。︵同 と數番問答料簡して 正睦手餘年之間、四侭菩薩搾人師鵯建弦ド鮮佛小乗・柵元粥師前述跡〃繍愈等ノ争辮一奉昨ノ静齢舟ノ淋鮮︵主尊︶

△二△△△△ラハノークセステモクトラノーーシプスヲブテテ

並四大菩薩︵脇士︶三國王臣倶未一宗重一之由申し之、此事組よ雌し聞し之前代未聞故驚室動耳目一迷二惑心意式請重説“ ヲニカンヲ 之委細聞し之。︵同上︶ 興門教義に對する一研究 一 一

(22)

興門教義に封する一研究一二

、、、、、、、、、 、、 小瀧迩の主尊及脇士の文と同じく、﹁脇士と爲して﹂と訓じて、而も其主尊は興門派の言ふ﹁地涌千界﹂ではなくて、 ﹁中尊の妙○経に對して前の文の左右﹂を今文には﹁脇士﹂と遊ばしたま撞で、若し﹁繰迦﹂と﹁地涌﹂と相對すれ

ス卜

、、 ば、﹁継迦は主尊﹂﹁地涌は脇士﹂なることは前後一貫、設へ﹁爲一脇士こと訓すればとて、﹁地涌本僧日蓮﹂が﹁主尊 、、、、 本佛本尊﹂となるが如き伽獅︵僻︶伸謝︵癖︶冊︵僻︶卦︵癖︶卿鋤の義ではなく,﹁末法に地涌千界が日蓮と垂迩示現 して、中尊の妙○経の左右︵脇士︶に,本門壽量品の本佛並に本僧四菩薩を脇士と爲したる一閻浮提第一の本尊を此 國に始めて造り譜き頴彰︵出現︶せしむくきか﹂の意である。故に今文の啓蒙に 、、、、、 、、1、尋、、、 勺、、、 本門の本尊につき諸御書の中、題目を本尊とし玉うと、久成の樺尊を本尊とし玉うと雨向あり中略然るに今の御文 、

●○、、

、、、、VvVT、 、 鵠﹁本門縫尊爲脇士﹂とある現本に就て、或義に鐸尊を以て題目の脇士と爲る義に見るべし。所以者何となれば、地 祁毛恥が麺迦︵銅蓮︶叫舜公職、淋嬢謡鶴︷必い総封について、本門の樺尊を脇士とし、閻浮第一の妙法の本尊を立つ $、、、、、?や、、、、、、、号、、、v、、、 、、や

ノノー

●e るの意にして、上の﹁塔中妙○經左右︵脇士︶緯迦多鐵﹂等の文にも叶ふくし妾云・今云く、此義現文に順するに似 、、、、ナル、vj、、ノ丁、卜V、1V、 1、、、、、、bY たりと雌も正轍の義に非るべし。一には古本に一爲尋本門樺尊脇士ことあるが故に。二には騨尊に直に脇士の名 、、$、、、、、勺、、、 、、1、、、、v、、、、勺、、V、、、v、、やv、、 、、、 を付する事いかごしきが故に。三には當書の向の文並に諸御書に四大菩薩を脇士とせる格に背くのみならず、四菩薩 9、、、、、、、、、、、、、、、、、、勺、、 、、、、、、、、 を脇士とするに非歩んば本門の本尊顯はれざるが故に。問ふ、若し關らば當文四菩薩を不し蕊、只意を以て鐸尊の脇 、、v、 士とすると云ふ事妨げなきに非す。垂迩出現の地涌を以て直に繰尊の脇士とする事も其義不珍聞ェ、如何が會得せん。 、、、可や、、、3、、、v、、、、、、、、、、、、▽、℃、、、、、、、、$、 、、、、 答ふ。四菩薩の本門樺尊の脇士たる事は上の文に既に頴著なる故に、今、文を省き給ふなるべし。是即ち﹁地涌千界

、、、、、ヲ、ス、勺、やノ、、、、、、、、V、、、

、、や、、、、や、、、、、 ︵垂迩︶が出現して、地涌爲一本門繰尊脇士こと遊ばすべきを、次上の﹁地涌千界﹂・の言と近くかしましき故に、巧 や、、 、、、v、v、、、、、、、

、、、、、、、、、、、vキノ

に上の﹁地涌千界﹂の言を下に及ぼし用ひて、下の﹁地涌﹂の二字を略し給ふなるべし。如レ此丈諸文に是れ多し。 一

(23)

’ v、v、、、、勺、、、、、、TV、、、、、、、v、 と云ってゐる。彼門汲にあっては如上全篇前後の文義意を一貫して解することを知らないから、今文の﹁本門騨轆爲 、や勺、、、1可、、、、、、、、や、 脇士﹂を直ぐ上の﹁地涌千界﹂が、自ら主尊と成るの僻解に陥ったのである。小笠原師は漢文の語法上﹁脇士と爲し﹂ と訓ナペく、﹁脇士と爲って﹂は穏當でないことを力説してゐるが、元來本紗のみならず、租書全綴に純正漢文を以 ● て見るべきものは一もないが、而も今文の﹁爲脇士﹂は、師の言ふが如く、文は前と同文鰐に﹁脇士と爲して﹂と訓 ● むを慧當とする。が然し義は﹁地涌千界が本佛本尊﹂といふのではなく、正反對に﹁四菩薩を脇士と爲す本門壽量品

ノシナルハ包り

宗門異端莫し大二於此︷瞭瞳。 と云ってゐる。彼門派にあつ と鐸してゐる。扶老好師・優陀那輝師同じく此を依用し、租書綱要導師亦今文を以て師が立つる三種本尊の中の一尊 、、、、、、、、、、 ︵本佛︶四士︵脇士︶本尊の典擦となして、彼派の所立を評破して 二ク

ノしりクテ

ノラテムラ▲ハク

▲︽ク、、、トチ異ルニヲスニフヲ

或説云、當今下種時至、宜下用二本因口唱人法一以定中本尊奄法謂南。經也、人謂大聖人也。便證し之以三本尊紗云

卜ノクテヲストノト

キノトスルノト柔〆

此時地涌干果出現本門輝尊爲脇士↓意日、以二緯尊︸而爲二地涌脇士一也。中略如腰彼所二的擦一之文上、間明下地涌出現樺

ヲテシトラ公可ヲト

ーニクムル

尊以爲二本尊一躬自爲噸脇士上、即是一尊四士立意也o故古本云、此時地涌千界出舜感卦本州繰掌脇尹美。是豈地涌令三 〃

すトナランノーク、、、、ハ、、ノ、、ノ、、セハシハノノ

舞尊爲二脇士一之義乎。上文云、地涌千界己心稗尊春属也、例如二太公周公等周武臣下、成王幼稚春属。武内大 ノ

ノナルカチシニラシノニテスル二

臣祁功皇后棟梁、仁徳王子臣下一也巳上。此文周武祁后擬二久成尊一、成王・仁徳比二下種機一、周公等以類二地涌一也。 、し、︵、ク、テ七、ス、ヲ、ハ、ク、ム、ラン、、七v、vテ、み、彦、ラノ、ラ、、、ハ、、、、シ挑みヲ 其臣宜雲以輔.佐君﹃君能令二臣左右↓人臣遼令三君主爲二春風一者未し有し之也。総結之文亦可二準知や而 、子、〆、v、ジ、一一、ジ、、夕、う、フ、、、、ヲ、ルノ、七、や1、少、v、沙、二、ソ、、ナルソランニスルニノヲ 曲訓二爲之字一悲作二倒解一自訴下不レ見二古本一不し検二前後之文一之愚盲上一何晴短。中響何足一二與議二本化大道一、 し云云0

サノラ

﹁地涌千界﹂の言は總を學げて別の﹁四菩薩﹂を取る義なる事、次下の﹁不し願二本門凶菩薩こ等の文も潤色とすべ 興門数義に對する一研究 一 一 一 一

(24)

の本佛本愈義﹂であることは上述の如くである。のみならず更に 、ノ勺、、、、、、、、、、、、、、、、 五、今文に綾いて此本尊の三國三時未有、今始めて有る歴史を叙ぺて、 ラ

セシモラタラテ

月 支 震 旦 表 梯 血 本 尊 ︸ 感 一 囎 軸 ︶ , 日 本 國 上 宮 琴 立 四 天 王 寺 一 未 し 來 蒔 以 二 阿 彌 陀 一 爲 二 本 尊 一 、 聖 武 天 王 琴 立 東

ヲロント

ノセシモ ヲ ノ

〆︿しノ

スノヲモ、リトクラ二〆ノヲサ

大寺一華嚴經教主也,未し願し法華経寶義↓傳教大師粗食顯二示法華經實義一、雌し然時未し來之故建.立東方鴦王一不し顯二

二ノテヲ

本岡四菩鵬一︵鋤垂秤峠蓉率諦て︶、所詮爲二地涌千晶︵毒率評睡錘︶謡與ル雌︵秤軸癖雑珪の︶故也o此菩薩蒙佛勅一

クリノ二、、二、タ、、七△△ニモンハ△△七ノノ

近在天地下一、正像未二出現﹁末法又不二出現一大妄語大士也o三佛未來記感二泡鵬一︵識郷︶。 故に佛跡回噸ひ奉湾心垂迩跡勤いや

〆ノヲテシ︸一、、、、、、ノ、、、、、

六、﹁但召二地涌干鵬︸論二八戯付二蝿マ茜ごたる.閻浮提塞本尊始訂建笠此國]﹂と宗岨が正く此本尊を顯彰し 〆 、、、、 給ふことを﹁地涌千界出現﹂云云と示し、更に此旨を本尊圖式の上に、﹁日蓮花押﹂し給ひて以て證明印定し給ふた のであるo此﹁御署名花押﹂は、本紗の巻尾に﹁文永十年舞嘩卯月一千五日、日蓮註之﹂︵辱嶬韮檸螂箸︶と同格であ 、、v、 、、 勺、 、、 、、、、、、、、、、、、、、、、、、 る。其が本尊圖面には、位置が恰も中軸になってゐる所から、中尊と同じく御自身を本尊の中軸主導に安置し給ふた 、、、、、 ▲ ▲ 、v、、、、や、、、 、勺 ものと誤解して、﹁七字﹂は法、﹁日蓮花押﹂は人などと云ふは、眼前の儀相圖式に迷惑したるもので、|全く﹁御署 、、、、、、、、 、、 名花押﹂の聖意産辨へないもので笑止干萬の次第である。﹁御署名花押﹂の聖意は、上段に本尊全面を圖し経って、 v、、、 、、、、、、、、、、勺v、、、V、、、、、、〆、キ 其下に﹁日蓮花押﹂と落款奥書し給ふたもので、正しく此本尊建立主・頴彰主・圃顯主であることを極害し給ふた 勺、、、、、、、、、、、、や、、、、、、、、勺、、、、、、v、甲、、、、、、、、 ものであって、決して御自身を中軸に鋳澄し自ら本尊の主尊となり給ふたものではない。中軸は主尊首題と、此正法 、ノ勺、、、勺、、、 争 訟 か 善 紳 ︵ 迦 購 秘 榊 ︶ と で 、 ﹁ 御 名 印 判 ﹂ は 、 此 本 尊 圃 頴 主 の 責 任 ﹁ 御 署 名 花 押 ﹂ で あ る 。 断 じ て 異 解 し て は な ら 典門敬裁に對する一研究 一 四

(25)

00OOC00O 逃せる如く湾帥ふか擬酔↓易・垂跡弛蹄無紗蝉作か匁磁ね仲︵鍔ユ確罎麺幟癖誕獅︶なりと拝する。本化大士いかに高

○COoOO000000000○○000000OOOo○00000○○○○○0000000000c

資なりと錐も、本是れ本佛繰尊の本因の菩薩、本果が家の本因であり本春島本弟子である。久成樺尊は本果本師であ 、、、、 v、 ぬ。故に本尊圖面には﹁宗主導師としての聖租﹂は棚講されてゐなくて、但其﹁頴彰主﹂としての﹁御署名花押﹂の 、、、、▽、、、、、、、やv、、、、、、、、 みである。是れ古來大漫茶羅の前に、別に聖像一職を奉安する所以で、是れが正しく﹁宗主導師としての日蓮大聖人﹂ 1、、、v、v、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、v、、勺、、、、、、、、、 である。試みに思へ一閻浮提一切衆生の信仰の標的正境たる本尊を圖顯して、其本尊の中軸に御自身を自ら勧請安置 、、、、、、、、、、 勺、 、、、や、 し給ふの理があらうか、思はざるも遊しい談。但し是は正しく﹁御署名御花押﹂の聖意を謂ふので、若し我等の信仰 、、、 、、 、、、、、、、T、、 、 上には﹁御署名花押﹂を、直に﹁宗主導師﹂として歸依信敬し奉ることは言ふまでもない。若し此邊から言へば、別 、、V、、、、、、、 に聖像一篭を勤請奉安することを要しないのである。誤解してはならぬ。 、、、、、、、 、、?、勺、、、 、やり、、、Y、、、、、、、 叉古來在俗の佛鍾には、大漫茶羅の略式測請として一塔雨尊の木像の前に聖像一躯を安置して俗に三賓様と濡して

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

ゐる。其中尊は本法、雨尊は本佛、聖像は本傭で、此場合は垂述日蓮聖人に本地上行を含めて本迩一鵲の本僧の意で、 、、、、、、 、、1v 即ち本門の三寶式である。然るに上述の如く彼門に於ては種脆相對して﹁末法下種本佛名字本因妙行者日蓮聖瓶を、 、、、、、、、、、、v、、、、、、、、、 教主と崇め本佛と仰ぐ﹂と立て、叉その三費式。三瓶一對の如きは、全く本尊紗の文義意に典擦なく、佛法僧の三蜜 、、、、、、や勺、 の法門の綱格に蓮背するものである。 我等は既述の如く淋錨坐”御か元溺櫛泌伽湾僻か一﹃罫か綱櫛鋤唇迩迦心準癖する奉伽︵辮軸︶奉附わ︵蛎岬︶鑓を直 ● 勺、、 ちに文の上に訓黙して﹁地涌千界出現して本門の繰噂に脇士と爲り﹂てといふのである。故に文章上からは彼派の言 ⑥ ふが如く﹁脇士と爲し﹂と訓ずるを穂當とするが、義は﹁本佛本尊本化脇士﹂なること前述の如し。然り而して﹁中 勺、 、勺、、、、、、1、、、 、や 尊の南○經﹂は彼派に在っては法即人の日蓮目受用本佛也といふも、我等は既に﹃棲祁﹄及﹃世界の日蓮﹄誌上に論 興門教義に對する一研究 一 五

(26)

優陀那日輝師日、

興門教義に對する一研究一六

○0.○0。000000000000oO000000○000○000○0O○O○00OoOOoOO

る。本果は則ち行者の所期であり正境である。正的妙境を以て正しく本尊本主とすべきは法義の自然である。豈に極 。O○0000CO000。CO○○○。0000。◎0000O○00○0OO○。CO○○0000O○O 佛を以て却って因位の菩薩に脇士たらしむるの理あらんや。かくの如きは出世事理倶に許さざる所である。我等が謂

○00000000000CO00○000○○000000○0000○○○COO00

響 島如く﹁南○經﹂は﹁鵠の三身本佛鐸尊﹂、﹁傍邊の樺尊﹂は﹁用の三身本中の迩佛﹂と解し來って、方めて諸御

oOoOoOO○.○一一〆Co○○○○OooOoOoO、、、、、勺、、、、、、v、、、

の法本尊佛本尊の言獄罷同が會通し得らる鴬のである。若し彼所立の﹁宗租本佛本尊義﹂の如きは、門下各教團中 、、、やv、、、、、、、V1、、V、、、、、、勺、、勺、でき 但彼派のみの相傅法門であって、断じて諸御害を會通することは可能ない。 COCOCOC00CO。。O○oCCO○○0000。○00○○00000oOOO○○O○CO○○○ 鐸尊を捨て蛍蓮岨を取ると云は佛法に非歩外道也。宗租を本尊とすること祀意に非歩、大に聖人立教の意に背く也。

○○oOC0000○。。。0000000000000000000000000000Oc00O○

鐸尊を本尊とするは瓶師の自行化他皆然也。鐸尊に依つ.て宗を立て、法華経に依つ王鈴宗。豈に樺噂を本租とせ

0○0C、、、、、、や、、、、、、、、、、、、、、、v、、、、、、、

ざらんや。毘腹舍那の名は祗師の所用に非歩、凡て姐師に達し自宗に遠し他宗に達し天下の人怖に遠するの法は其 、やv、、、、○○○O○○○0000O○0000○。O○00O○00oOOO00、、、、、、可、、 益あるべからず。姐師に順せば顯露彰灼なる久成繰尊の形相たる十界本尊あり。是れ腿師より授與せる閻浮統一の

、、、、、、、、、、、、、v、T、、、、勺、、

本尊、末法議未來の本尊、久遠寳成本門の教主樺迦佛也。組師の自孵として主師親三徳の導師、激主騨尊よりも大 事の日蓮、一間浮提に肩を並ぷる者なし等とは、時に約して功を論歩る激言なる耳。何ぞ必歩一偏を保執せんや。 、、v、、、、や、、、、、、、、、、、、、、、、V、、、 抑揚褒購の太だ過ぐるは佛家の常也、不し可二異解考営に知るべし蓮姐の大功は樺尊を尊奉せると法華経の殊勝を願 、勺、、、、、、、、、v、、、、V、、勺予や、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、1V、、、、 はし給ふとに在り。良に繰尊の佛たる所以を知ること偏に天台と宗瓶とに由れり、若し樺迦を厳し法華を迩門なん

、、、、、、、、、、、、、、v、、

最後に吾近代二匠師の彼派の教諭教義評を抄して以て結論に代へよう。

(27)

桓蓉日智師も亦日 ●●●● 問易、或家の説に本門の本尊若し形像を立つ鯉ば則ち應に租師を安歩くし、若し雲山の鐸尊は是れ脆益の教主樺尊 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、勺、、、 也、下種の導師肉身の大士は是れ本佛也と、此説云何。答ふ、若し内證に約すれば則ち租師と鐸尊と高下を論すべ 、v、、.、、勺、、、、V、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、V、、、、、、、、、、、 からす、若し外用に就けば則ち覗師は是れ名字因行の凡師、繰尊は是れ妙覺果滿の尊主、本地垂迩倶に師弟たり。

COO0000000O○○○○00000○○0。○00000000000O○O○000O、、、、

夫れ本尊とは根本零主の謂也、故に若し形倣を安ずれば則ち騨尊を立て夢尊主と爲す、事随ひ理順ふ美。昔叡岳の 、、、、勺、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、勺、、、、、、、、勺v、、、、、、、、、、、、 徒天台を以て自受用報身と爲し、繰尊を以て應身と爲し、止観掌ぜ以て法華に勝ると爲す。今日の義當時に努謂たり、 、、、、、、、、勺、、、、COO0000000000O○0。○0CO000000Oグ000OOo、 立正槻抄の破折當に霊むくし。夫れ下種とは間と熟脆を得んが爲也、果海豈因人の所期に非ずや。故に寓徳具足の

○○○0000○0○○000○0OcOO00OOoO○○0000O○00○000000oOOO

如來・尊極無上の法主以て本尊と爲すは事理の當然、復た論すべき也。因人此佛に師依し其禮に會入す、故に能く OOOoOO○○○○00OOooOOO0000OOoOOoOOOOO○ 其位を紹総し其功徳を受授する也。肉身の営艘本有の箪形を成することを得る也。 と。経文阻判に立嘘し條理整然、特に吾瓶一代の御化等の資蹴に照して堂禽の論・正変の識、評破切當頗る得意と謂 因に故田遥善知師の﹃槻心本尊紗通解岩三9にも﹁本門ノ緯尊ノ爲毒脇士ごと訓じて彼派の異解を斥って﹁文に拘泥 勺、、や、、勺、、、、、 して本門の樺尊を脇士と爲してと訓歩くから歩、何となれば脇士は弟子の穂、師の佛に用ゅる例なし、異解する勿れ﹂と ふべきである。我豈蹴せんや。 、、、勺v、、、、、v、、、、、勺、、1、や、、、、や、、、、、、、、、、、、v叩、、、、、、、、 と疑斥せぱ誰人か之を信ぜん。佛法を捨て芦別に一道を立てんと欲せば何ぞ佛産瓶とせんや、蓮組豈に佛子に非歩

、、、、、、、、、、、、可、、、、、、、、、、TV、、、、、、、、、、、、v、、、、、、、、、

や。叉蓮租別に一道を開かんと欲せば、何ぞ継尊を腰斥して自ら教を立てざる、蓮覗其勇なきに非す、若し其力及 、や、、、、、、、やや、や、、、、、、、、0○○0○○0000○○O○00。○○○OOco。○000 ■ ばざるが故に鐸尊に蝋すと云はざ是れ甚だ拙也。故に若し法華を宗とせば法華の読者を尊崇すべきこと道理必然也。 ○○○00COCOCO0 本尊豈に外に求むぺけんや。 興門教義に封する一研究 一 七

(28)

云ってゐるO我椎 述の如くである。 上述の如く彼派の偏心密世かん︾法雑華恐抑べで滅鈴ふん”法一︾お湯いふ掛繍は、蓋し日本天台の止観勝法華劣、 、、、、、、

、、、、、、、、、、、、

天台ハ自受用報身・燦迦ノ應身佛等の邪義の彼派に流れ入ったものである。即ち中古台徒尊舜の﹃止観見聞﹄に日

●e勺、1、、、、、、、

粟田口心賀〃義一云ク、玄義文句假毒在世ノ教味↓判雪代〃教相司故︾一法華ノ能鐸也。止擬ハ是シ大師己心所行法門夛更一不し

、、、や、

●●、●●.③●●●、●●●●●●

借一在世ノ教味↓何ソ可睦一至法華ノ能樺斗耶。況ャ就毒身土説機一別喰之ヲ、則チ法華能説ノ教主ハ鐸尊應身ノ佛果、所居/土ハ同 ●●●●● 居鍵山、所被ノ機縁ハー代蕊聞迂廻道ノ類、色心二重二移稗墨ルラ爲季正機式所説ノ法門ハ本迩二段ノ妙法也。止槻能読ノ教

●e●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

●●● 主少自受用報身如來、所居ノ土ハ皆常寂光ノ妙土,所説ノ法門錘天眞猫朗ノ法鰐本迩未分ノ内證、所被ノ機ハ直入凹頓本迩未 分ノ頓機也。身土説機既二各別非,、安ンソ能繰ナラン乎。乃至荊溪消︾止槻明靜/文↓云ク、衆生︽本有夛明靜之濃誹り、諸佛ハ ハルカ 修得↓一ソ止槻之用ナIイヘリ。止観ハ鰐諸佛ハ用也,法華トハ者從二止観一所。縁起↓韮へ雄諸佛ノ所説ナレバ緬二劣苓於止観一也。 尋テ云ク、止観自受用ノ所説トィフ可者其證云何。答ァ云〃、止観二一雲り智者大階等も弘決二受痘之ヲ云ク、智者ノー字ハ即是教 ⑥ee●●⑤●● 主 ヂ リ ト 、 智 者 ノ ー 字 ︿ 全 同 幸 佛 穏 一 、 部 以 毒 此 ヲ 篦 菫 身 中 ノ 自 受 用 身 ↓ 、 而 〆 一 至 り 止 観 教 主 も 尋 テ ー 言 止 観 ハ 本 迩 未 分 ノ 法 鰐 ナ リ ト 者證擦云何。答云嬢二云ク、今此妙ノ名ハ兼苛於本卜迩ず。彼文ノ妙槻ハ猫リ在到於圃一己上。玄文所立ノ待絶二妙︽本迩己

●②⑧⑧⑤④

分ナリ、故二一罰兼於本迩も彼文ノ止槻郊未分ノ猫圖也。尋テ云、有認大意不大意無相蓮ノ義一耶云何。答云、此義雨三重、 の●●●

。●j

一ニハ不し成一顯説法華ノ大意式成垂根本法華ノ大意談。但診異蝶一義二云ク、非睾根本法華ノ大意菫、鍍云、若不證開椛華妙ノ ●●、● 名不レ立巳上。法華卜者開權ノ得名也。縦瞥雌二根本法華ノ内證寸卜猶是レ開椛ノ妙法ナリ、若貞椛資相對ス、今此ノ止槻ハ非椛

の⑧●●⑥e①●⑥●③e●●●⑨③●●アキヲケシ

非實ノ内證法界不思議ノ法贈ナリ、故二非謂根本法華ノ大意言白焉。ニニハ止観二赫幸衆機↓故一約證寿ハ解行能所一則渉大意也。

興門救義に對する一研究一八

● ● 唖る。我等は文の訓み方は且らく彼振の説を穂當と認るが、義に於ては知師と同一で、彼断じて非なること上

(29)

』 約説癖︽直行ノ機一則非孝大意一。經二歴災〃”︽妙解妙行斗則チ同室在世ノ法華本迩移縛一実。但珍止槻ノ意ハ妙解毛亦本迩未分〃妙 ●● 解 妙 行 毛 、 亦 本 迩 未 分 ノ 妙 行 ナ リ 、 資 貢 是 レ 解 行 ノ 機 〃 前 ニ モ 亦 非 季 大 意 蓑 。 三 ニ ハ 於 毒 止 槻 一 有 到 今 口 今 師 ノ ー 箇 ノ 相 承 一 乃 至 今 師 〃

●②●●●●●●。●●●●e●④

●●●⑧ 相承卜者天台ノ内證葺爲哩本卜直一談芭心所行ノ法臘々故二非二法華ノ大意雲。

●③●●●①●●●●●●e③●。●●●●●●●●

當流ノ義二云ク、恵聞南岳量筒撤聿未聞壽何トナレ者止槻者大師己心所行ノ法門ニン干聖毛不レ傳へ租師遁不し述、故二天台之外ハ

⑧④④⑨③●①

⑥●●●●●●⑦●●、⑨⑥。●●●●●●●●

皆識垂剛代未聞ノ画一。但シ南岳相傳ハ化他/邊也、自證ジパハ寧恥者天眞猫朗ノ法艘證不由他ノ内證ナ貰不シ可レ論幸師資相承↓。

。④、⑦①②①①●⑮●③●●●●⑤●●●。●の●○③●●⑧⑨●●●③●○●

緯奪う尚未聞ノ内也、九識果海ノ内證能所未分ノ法鰐號雪之診止観も諸佛︿縁三機雫興雫ヘリ出世↓故二不峰及才止観一也・澤尊 既 以 毒 三 周 聾 聞 宅 爲 一 定 機 斗 、 示 一 嘉 成 正 墨 ノ 壯 槻 ↓ 現 聿 八 相 作 佛 ノ 化 儀 ↓ 、 望 ユ # ハ 止 槻 ノ 内 證 一 則 チ 尤 毛 此 未 聞 ノ 内 也 。 愈 錐 郷 蝿 ︶ と身土説機等に約して樺尊と天台、止槻と法華との勝劣を判じ、天台は自受用報身・繰迦は應佛、顎説法華劣・天眞 ●⑨。、 猫朗の法儲c本迩未分の内證なる止槻勝等の邪義に淵源するものであって正しく吾組﹃立正槻抄﹄の所破で、佛岨左極

●●●⑨①●の○

勺、、、、、、、、や

の敵、非佛法・邪外道である。﹁正宗﹂の稲僧と謂くし美。瞳。 因に彼﹁脚本佛迩﹂読亦大に議すべきものあれども、時局に鑑みる所ありて今は一切之を差し控へる。 貴説は諭擬を雨巻紗第一、御義第二、諸御普第三第四と見て而して云く、﹁開目紗は在俗四條氏を、本黛妙は同富 興門敏義に對する一研究

餘論中谷良英述

、 ︵﹃世界の日蓮﹄誌上の卑説に對する小笠原師の解答を讃んで︶ ー 一 九

(30)

木氏を對告とせる法門で、十分に聖意を講さざるものであり、猫り箸興尊への雨巻紗は単的に再荏往槻心の霞義を述 べ給へるものである﹂云糞︵取意︶。 我等は眞蹟現存殊に古今各派︵鎧磁牽別︶齊しく第一位に置く本開雨妙翁雫準諏鋤端趣葬嶢鑑睡罎蝿︶を︵塗蟻龍一︶中 心として宗教宗旨・教相観心・文上文底・種脆相異霊同︵誕識麺響銅評塞確畔牽鐸識誇準詐︶を語らんとするものである。 、、、 これ資に雨紗一は入文に一は副欣に、最も鄭重感勲なる鋤誠並に自信を發表し給へるに依る。若しそれ雨巻紗に至っ ては、正に七花八裂水乳不辨、之を的確なる椛證と爲すべからざることは、尊門唯一の學匠廣藏辰師すら尚之を疑ふ てゐる程である。今具に古今の偽書説を畢ぐる事は略するが、詳しくは吾﹃大崎學報﹄第六十三號の淺井要鱗教授の 一聖租門下の本述諭﹂及び日宗祇發行に係る望月職厚教授の﹃本通論と日蓮宗の分派﹄就て見よ。吾人本より直に諸家の 、や、、、、、、や、、、、、、 、、、、や、可、、、、、、、、、1 億書読を首肯する者では厳いが、現在に於て雨巻紗の成立に關する限り、之を聖の御興蹟とするには餘りに多くの疑 、、勺、、、、、可、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、勺、、、、、、、、、。、1勺、1、 義及矛盾を見る、故に此を第一正依の本典として義を立て諸御書の明文を歪曲し蕊弧し附會し、更に眞偽疑はしき輿 、、、、、、、、、v、、、、V、、、勺、、、、、、、、、、、v、、、、、、、、、、、、、、、、、、v、 尊の他書に依りて之を補吸せんとするが如きは断じて取らざる所である。唯自門の相傳のみにて他門派の一切依用せ ふふいか心侭かで垂義か鵬講﹄奇かご与伊、請いか﹁論兼爽か己誘電鐙心立かか、﹂必壁義か潜心背い一︵蝿九蝿︶で ?、、、、、、、、、、、、、、、、、、勺、 論塲に於ける文證の綱格上断じて受當ではない。而も貴説は三位順師の﹃本因妙口決﹄現存せりとして該書を慣値づ けんとせらる塗も、宗學全書には棟師俊師寛師の口決嘉本と校合の旨を記するも㈹順師の該原書存在を記さず、叉曾 、、、、、、、、 勺、、、、 て吾大學に棚日亨師の講を盤ける際も、同師の言に﹃口決﹄の古篇本存二於大石寺一といひ、該原書の存在については 、 當時鴉かなかった。且つ﹃口決﹄については本因妙抄と共に営然削除すべき所ありと言はれたのを記憶してゐる。笠 、や、、、、、、や、、、、、、、 にか聟る書を以て絶對椛威とせんや。 興門激義に謝する一研究 二 ○

(31)

一 一

、、、、

、、、、、、勺、、、 、、、、、、、 次に御義・向記について古來一面重要観すと錐も、最近史學考證學の發展につれ、漸く専門學者中其成立を疑ふ者 、、、、、、 、、、、、 出づるを見る、我等は其専門に非ざるを以て、・其黙に關する是非は且く置く、今雨書の内容を拝するに、御義向記の

、、、、、、、v

、、勺、、 1、、、、、、 槻心は、多くは是れ我家の託難・附法槻であって正しき約行信行槻を専にしたものではない。而して本化の正槻は信 、、 、、、、、、勺3 行槻で即ち本尊紗に明す所是である。何ぞ偏に彼を尊んで反って此逢卑むや。試に恩へ、富木常尊は有髪の弟子とは いへ年歯租師に長じて學解深遠︵郷龍睡眠砂咋却誼唖鍔廻斗凡︶、殊に租師の信任最も篤く、殆んど親代りとして之を遇 し給ひ、重要事態即ち或は身命に關し或は宗教的艘験中の一大事資の生ずる場合は、必ず先づ氏に其旨を致され、叉其 賜書の多くは甚深の法義を述べ給ひ、叉傳によれば無邊行菩薩を以て擬し給ふて﹁交互の像﹂を造り給へる等以て御 直檀中に於ける學解的將た資際的地位を鏡ふぺきである。豈に在俗の故を以て本尊妙を輕覗すぺけんや。重鯵て言ふ、 我等が本尊妙を中心第一となし、之に開目紗等の四大章疏を加へて宗義に於ける諸般の問題を鐡仰せんとするのは、 、勺、、、、、、 正しく聖の御指南に依るものである。 貴説﹁日蓮本佛本尊﹂論の如きは既に屡述べた如く、一種の信仰としては或は可、但しそれが、租丈の底意、再糞 往襯心の資義也と言ふに至っては断じて不可、これ資に﹁租師を悪く敬ひ﹂、譜ゆる﹁孝經を以て親の頭を打つ﹂下 尅上的邪脈外道、左祇の敵のみ。瓶文に曾てか画る義意無し。由來近く親しき耐師を尊崇するは人楕の自然であるが、

興門教義に對する一研究一二

(32)

、、、、勺、、、、、、、、、、、vや、、、、V、、、

勺、、、、、、、

さればと言って租先教主本佛を輕忽にするは眞正の教法ではない。興尊全集所左に法華聖人或は聖人御影といひ、叉 、、勺v、、vもり、 、、、、、v、、、 は聖人の見参に入れ奉る或は佛聖人と群する等、若し成見を以てすれば,宛も日蓮聖租本佛本尊義を意味するかの如 予、、v、、V、$勺、、勺、、、、、、、、、、v、 く見られやうが、これ蓋し謹厳正直師孝の輿尊者の師嚴道尊の至情が此語を爲せるものに過ぎない。故に﹃三時弘經 ●e ④●●●● ●●G●◎ 次第﹄には,明に一末法萬年は佛は久成樺尊,付蛎の弟子は上行、弘通導師は日蓮一と書かれて居るo而も貴説は此 1、勺、、 言蒔弘經次第﹄“笹以て一往權帯方便となし、興尊の本意は﹁無作本有の南○經本尊﹂なること﹃門徒存知抄﹄等に明 かなりといはれるが、いかにも﹃存知抄﹄等には﹁繪像木像本尊﹂に對して明に一’妙○經の大漫茶羅本尊﹂の説を立 、、、、、、、、、、勺 てられてゐるが其﹁妙○経﹂は寛師己來の日蓮本佛義ではなくて→﹁無作三身の賓號・磯の三身を詮表する妙○経﹄ で、即ち﹁毒堂頴本の文底無始無維の久成本尊﹂と見ねばならぬ。故に興尊は所交に椛小の騨迦を本尊とする産斥ひ、 或は宗租の随身佛なる立像の本尊に對してこァて﹁只是繼子一日芝寵愛待月片時螢光﹂等と破してゐられるが、﹁本化 、、 、、、、v、、、、、、、増、、、、、 の四大士笹脇士とする本門久成の鐸尊については之を自義とされてゐる。況や叉興尊租師に常随して、祀師の法に於 1、1、11v、、勺、、v、V、、、、、v、、写、、V、、v、や、、、、、、、、、、、、、、、、vv ける將た佛に於ける大義名分を聞く、何ぞ忽に師意に反して聖租本佛義を立つるの道理あらうや。殊に存知抄や五人 1、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 所 破 抄 の 如 き は 其 内 容 上 導 師 の ﹃ 日 興 上 人 御 傳 草 案 ﹄ よ り も 後 に 州 來 た る も の な ら ん と の 疑 難 す ら あ る ぞ や ︵ 群 鐸 稚 岬嶬鋤岬蓉錐嘩鋤僻辱癖鎚理詐望噸獅は︶o故に興尊の謂ゆる﹁法華聖人﹂等を以て直に蓮租本佛諭の底意也といはんは、

や、、、v、、、、、V、勺、、、v、V、、や、、、、、や、、

、、、、、、、v、、勺や、、、、、、勺、、、、、、、

、、、、可、、、、、、、、、、、、、v

反って派祗の精榊を証ふる者ならざるかを疑ふものである。若しそれ興尊が後年木繪の造像を排して妙法大漫茶羅本

、、v、、、、、、、、、、v、、、v、勺、、、、、、、、、予予、、、、、、、、、、、、、、、埴

尊を正意とせられたるは、恐らくは日大師の﹃導師實録﹄等に言ふが如き﹁末法は濁世也三類の強敵有し之、爾れば木 、、、、?、、、、、、、勺、、、、、、、勺、、、、、や、、1勺、、、、、、、、、、、、、、v勺、v、 像等の色相莊嚴の佛は崇敬禅りあり、香華熾明の供養も叶ふくからず、廠宣流布の時分まで大漫茶羅を安置し奉るく い﹂︵蝿謹稚率︶鍋の瀞心昨溶ふかも仲かかい亦卿。而して﹁大漫茶維本尊﹂は本尊妙の四十五字の法艘の理致を圃顯 、、、、、、、、、、、、、、、、、 興門教義挺對する一研究 一 一 一 一

(33)

I 貴説數上我等を評して﹁教網に執して槻心を知らず﹂といふ。而して其﹁日蓮本佛義﹂を以て再燕往槻心の實義也 となし、本化を本時側大に配して鐸尊の師也と云云。誰か本化を以て凹大に配し本行菩薩道の大土、法性之淵底玄宗 、、、、、、、勺勺、1、勺、、、、、、や、、、、、、、、、やv 之極地なりと言ふを非議しよう。而も恩へ、如峠是高貴の大菩薩o八品來遼の四大士も資に本佛の支分因徳の菩薩であ 、、、、、、、、や、、勺、TV、、叩、vV、1や、、勺、v、、vやv、、、v、、、v、、、V、、、、 って本時の凶大と雌も、経に室大總鵠の緯尊に總括統綜せられてゐるではないか。久しく下方空中法性之淵底玄宗之

、、、、、、、、V、、、や、、v、、、、、、、、、、、、、、1や、、、、、、、、、、、、、、、、

極地に住すと雌も、而も師嚴道尊鞠躬祗奉∼如來一命四方奔涌、親しく弟子の職を以て久成樺尊を鵬仰供養し、其遠 、、、、、、、、、、、、v、、、、、勺、、、、、、、、、、、、勺、vや、、、、、、、、、、、、、、、 本を開顯するの近因を成じ、塔中別付の命を奉じてゐられるではないか、師弟因果最も嚴として動かすべからず、何を 、、、by、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、可、000○○ 以てか忽ちに師弟因果を濫じ圓滿究寛の極佛を以て因位支分の菩薩に脇士たらしめ日蓮本佛と言はんや。抑上本化出 舞か奉意体知廊織掌か紳封噛率趣惨掌勝僻蓉騨論い、弊燕俸か瀞祁蓉講評率僻呼呼函が群涛か評。而も貴説は別付を 、、、 、、勺、、、V、、、、、 、、、、、v、、、、、、、、、、、、、、、、 以て本果を本因に返還する也として樺迦晩佛日蓮本佛云云。宗租を讃むると雌も還って姐意を死すものならずして何 或は云く三世循遼三世読物の儀式を知らずや云云。今謂く、最も近く親しき事溌を例證として之を會通しよう。そ 肌吾閣艘は、天租の榊勅を基としてゐる、而して歴代の聖天子は等しく天岨の御魂の入り代らせ給へる現祁として天 ぞや0 い 溶 か 率 叶 沁 榊 磯 雪 柳 か 侭 榊 診 瀞 熱 い 海 い い 面 か 坪 恥 癖 か 瀞 。 綴 衛 埼 掛 掻 く 合 か 瀕 柵 帥 沁 ” お 伽 知 識 か 本 憩 哉 搾 ︶ で 、、や、、、、、、、、、、、、、 あって断じて日蓮本佛の義ではない。請ふ信仰と研究とを濫じ、或は寛師の一我門尊し﹂の偏執に拘はれて聖意を認 ゆること勿れ。 興門救義に封する一研究 四 一 一 一 一 一

(34)

業を成じ給うて天租と御一鵠であらせらる画が、而も國家宗廟の跡としては、建國以來厳として天迩大刷を崇め奉り、 上御一人より下萬民に至るまで悉く渇仰崇敬おかざるはない。これ萬代不易の吾國鵲の寳相であり國民の信念である。 、、、、、、、、、、、、、、?、、、、、、、、、、、、、、、、、、勺、、、、、、、、 今亦例知すべし、筍も佛教と孵す、たとへ印支日の三國佛教乃至各國とりノーの佛教異同妙なからずと雌も,佛教に vや、、、、、、1、、、$、、v、、V、、、、、勺TV、、v、勺、、勺、、や、、勺、、、、、、、、、、 して其本主たり根源たる繰尊を度外硯して晩也劣也無用也と捨て湧偏に租師を佛と仰ぐが如きは、全く附佛法學佛法

$、、や、、、v、、勺、、、、や、、、、、、、、、v、、、、、、、、や、、、、、、vや、、、、、、

成の外道であり、佛教と稲するも資には佛教に非るものである。故に三時三國凹依の導師出づるも、未だ曾て自ら溌 勺v、、、、、、、、、、$、、、1、勺、、、、、1、、、、、、、、、、、、、、、勺、、、勺、勺、、、、 して佛也本尊也として反って本主本佛を破壊せるを見ない、唯末學未得謂爲得の徒輩間産佛意祗意を誤れるものない 勺、、、 ではない。即ち野狐騨者流及中古台徒尊舜等の如きあるのみ。これをしも槻心の賃義也といは責、正に教外別傳天蹴 、、、、、 破旬の邪槻のみ。若しそれ正槻の實義とは、須く從教超襯、親く之を行者自身に槻心︵信行︶證入して﹁本尊は法華経 の行者の當罷一、﹁己心三千具足三種世間也一、﹁日蓮と同意ならば地涌の流類﹂、﹁此本尊は行者己心にあり﹂等共を謂 ふのである。而して師等の擦る御義等亦必ず﹁今日蓮等の類南○経と唱ふる者は﹂等の一句に、附法託事の槻を正し き信行槻心に結鰯されて居る。御義の御義たる但此一雨句にある。餘は唯中古天台言ひ古りたる本尭法門談の抄錐で 1v$、、 、、、、、 あって正しき口傳の御義ではない。故に貴説もし棚心の澄義を言はんとならば、須く行者本尊義たるべきである。何 、、、や、、、、、、、、、、、、1、Y、、、、Y、、、勺、、、、、V、、、、、、、、、、、、 となれば大曼茶羅本尊には自ら教概の二意を含んで、其槻門の邊は、本門壽堂文底槻心の資義事の一念三千一艘三法 、や?、、、、、?、、、、、、、勺、、、、、、、、、、 、、、 の理致を圖顯して、行者親心の妙境たらしめ給ふたも・のである。若し教門の邊は本佛澤奪本尊である。然るを宗租本 、、、 ?、、、や 佛本尊と立て鴬、我等が行者本尊義を立つるを見て惑耳驚心して﹁行者とは租師一人也,行者の二字を一般の弟子門 、や、、、、勺、、、、、やTVTV、、、 1、、勺可、 下に許すは恐れ多し﹂と言ふが如きは、反って自ら教網に拘束せられて槻心資義を知らざるもの、畢寛教に非歩槻に 、、や、、、、、、、 非歩二途不攝の本尊槻と謂はざるを得ない。 興門放装に對する一研究 二 四

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