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「言葉」と出会い「物語」を創る (震災から考える 第3回)

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Academic year: 2021

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「言葉」と出会い「物語」を創る (震災から考える

第3回)

著者

吉田 暢

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

200

ページ

56-57

発行年

2012-05

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00003982

(2)

56

アジ研ワールド・トレンド No.200 (2012. 5)

震災から

える

【第3回】

●﹁忘れないで欲しい﹂   ﹁長く続けて欲しい﹂   東北を歩いていると、心に留 まる言葉に出会う。いったい彼 らはなにを ﹁忘れないで欲しい﹂ のだろうか。なにをどのように ﹁長く続けて﹂いくことが望ま れているのだろうか。あまりに 多くの命や有形無形の財産が失 われたなかで、突きつめてみる と﹁失われたもの﹂は何だった のか。彼らの言葉の向こうにあ るものを探すために、このこと から話を始めたい。   人は生まれながらにして独り ではない。一人の人間の誕生に は、少なくとも二人の別の人間 が関わっていることは生物学的 に疑いがない。そしてこの二人 の誕生には別の四人の、この四 人の誕生には別の八人の豊かな 出会いがある。あるいは時間を 遡るばかりではなく、明日生ま れてくる新しい命は、別の命と 出会い、また新しい命を育んで いく。 この関係性というものは、 地域、世代、職業といった社会 的な紐帯によってもつながって いる。同性婚だって出会いのひ とつだし、離婚といった一般的 にネガティブに捉えられがちな ことも、長く広い見方をすれば つながりのひとつかもしれな い。   人は自らのルーツや生い立 ち、今日へと歩んできた道、そ してこれからの人生について 、 その手のなかに在ることがあた り前であるかのように、特別な 意識を持って向き合わない。ま れに大きな病気や、事故を経験 した人がこのことについて考え 直した 、という話は聞いても 、 それを真に我がこととして深く 思慮することは多くない。遠い 祖先から祖父母、両親を経て自 分を通過し、子孫へと続いてい く系譜、その過程で縦横の糸で 無数に織られた﹁人間の絆﹂と これらが紡ぎ出す出来事、 記憶、 想い。これは他人に語ろうと語 らずとも、その人に固有の愛す べき﹁物語﹂である。ただあた り前に在りすぎるこの ﹁物語﹂ に、現代社会の過ぎゆく日常に おいて 、あらためて想像力を 持って想いを馳せることは少な い。   いみじくも、かの地において ﹁失われたもの﹂は、 古から脈々 と流れ、これからも連綿と湛え られていくはずの﹁物語﹂だっ たのではないか。ときにはうっ とうしくすらあった両親の説 教、明日にしようと返事をしな かった友人からのありふれた メール、週末にデートの約束を していたのにケンカをしてその ままになっていた恋人、来週か ら新規顧客開拓に取り組もうと 意気込んでいた同僚。人、 場所、 想い、願い。私たちの誰もがあ たり前に抱えている ﹁物語﹂ 。 明日も明後日も続くと信じてい た、存在の確かさを疑うことも なかった﹁物語﹂が、ある日突 然途切れ、あるいは失われたの ではなかったか。   ﹁物語﹂の持つ力 。これをご くわかりやすい形で表現すれ ば、多くの人が﹁つながり﹂や ﹁絆﹂といった言葉の向こうに その価値を再認識したまさにそ のことである。あらゆる場所で あの日を過ごした多くの人がこ のことについて改めて自らに問 いかけるようになったからこ そ、再び立ち上がろうとする人 たちの﹁物語﹂に共感が生まれ る 。﹁エネルギー ﹂という感覚 の伝播によって人が﹁元気﹂に なるのである 。﹁ 支援に行った はずなのにこちらがエネルギー をもらった﹂多くの人々が肌身 で感じたこの﹁エネルギー﹂の 源泉は 、﹁物語﹂の全部もしく は一部が失われたことによって 改めて気が付いたその大きさや 重さ、あるいは失われたことに 対するやり場のない怒りや悲し みをこえて、再び﹁物語﹂をそ の手に取り戻し、紡ぎ始めよう とする人間の意志がもたらす力 である。 ● それでは私たちは 、﹁物語﹂ にどのように向き合うのだ ろうか。   ﹁あの日にあなたが経験した ことを話してください﹂講演会 やツアーでよく目にするテーマ である。語り手には﹁誰かに聞 いて欲しい﹂ という想いがある。 聞き手は容赦ない自然の力に胸

﹁言

葉﹂

﹁物語﹂

吉田

  

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アジ研ワールド・トレンド No.200 (2012. 5) を痛め、現場で苦悩しながらも 懸命に格闘した人々の強さに憧 れる。辛く悲しい壮絶な記憶に ﹁なにも出来ない﹂と無力感に 苛まれて思考停止に陥るのでは なく、 自らの想像力に働きかけ、 他人事としてではなく捉え、ひ いては自分がどう向き合うかを 考え抜くきっかけになればい い。あるいはこれを契機に、自 らの人生を生きるうえで大切な なにかについてあらためて考え はじめることがあってもいい。   でも、ふと立ち止まって敢え て考えてみたい。はたして彼ら の ﹁物語﹂ は ﹁その日から始まっ た﹂のだろうか。この日が彼ら の﹁物語﹂において極めて大き な意味を持っていることは無論 疑いようがない。私たちにとっ てですらそうなのだから、彼ら にとってのそれは想像すら及ば ないほど決定的に大きく重い 。 しかし、 私たちが向き合うのは、 ﹁その日の経験から今日まで﹂ だけを生きる人たちなのだろう か。彼らがその経験をしていな かったら、彼らが生きる土地に 起こった出来事ではなかった ら、私たちは彼らに、彼らの生 きる土地にそれ以上の関心を持 たないのだろうか。   ﹁地元の人がたくさん集まっ て盛り上がっている様子を撮り たいからそこに立っていて下さ い﹂と、土地とは縁もゆかりも ない観光客に声をかけて仮設店 舗の前で写真を撮る﹁ジャーナ リスト﹂ 。このままでは ﹁経験 の消費﹂が広がる懸念は拭えな い 。﹁あの日のことを話して下 さい﹂という問いかけで、あな た目線の興味関心から彼らの経 験を ﹁消費﹂ することを超えて、 その視線の向こうに特定の経験 や出来事があったという前提が なかったとしても、厳然と存在 する一個の人間と彼らが生きる 土地の﹁物語﹂に触れてみたく はないか。 ● 彼らが ﹁忘れて欲しくない﹂ のは 、﹁ 長く続けて欲しい﹂ と望んでいるものは一体何 だろうか。   東北を歩きながら人々と語り 合ううちに、少しずつ見えてき たことがある。   誰もが 、つらく悲しいこと 、 ショックなことは出来るならば 早く忘れたい。日々の大変な生 活のことも、たまには忘れて息 抜きがしたい。しかし簡単に忘 れてしまうことが出来ないくら い重く大きな記憶が横たわる 。 失われた﹁物語﹂が大切であれ ばあるほど、容易に忘れること など出来るはずがない。それで もやがて、他からやってくる人 たちと触れあい、語り合ううち に少しずつ心がほぐれていくこ とがあるだろう。世紀の大失恋 をした人が、新しい人間関係を 前に恐る恐る、でもまた少しず つ心を開いていくように。しか し、来訪者はしばしば遠く離れ た土地からやってくる。あなた と楽しいひと時が過ごせたおか げで、つらい記憶と少しずつ向 き合えるようになったのに。よ うやく心を開いて互いの ﹁物語﹂ を語り合えたのに。あなたは元 の場所に戻ったら、私のことを 忘れてしまうんじゃないだろう か。ここに私という人間が生き ていることを、この土地のこと を忘れないで欲しい。ともに過 ごした時間を忘れないで欲し い。 ひとたびお互いに心を開き、 お互いの抱えてきた﹁物語﹂を 語り合い、ひとりの人間同士と して向き合ったのだから、願わ くばこの関係を長く続けていき たい。 また会いに来て欲しいし、 会いに行きたい。多くを失った 悲しみのなかで手にした新しい 出会いを、再び失いたくない。   人間として、とても自然で豊 かな感情だと思う。そしてこの 想いを持つのは、彼らだけでは ない。   津波に流された男に、いつの 間にか恋の悩みを相談される無 二の友人になることもある。は じめて出会った地方紙の方が 、 お気に入りといって名刺に刷り 込んだ地元の歌人の短歌に﹁祖 母が歌をたしなんでいましたか ら、この意味が分かります﹂と たった一言自分の﹁物語﹂を話 すことから長く続く新しい﹁物 語﹂が始まることもある。その 数の多寡を論ずることにはさし て意味がない。   きっかけは様々でいい。みず からの﹁物語﹂を大切にするこ と。相手の﹁物語﹂に正面から 向き合い、長く続く新しい﹁物 語﹂を共に創っていくこと。多 くの人が、このことのもたらす 価値を感じて﹁いいね﹂と思え るようになることが、 あなたを、 東北のみならず日本を、ひいて は世界の隅々を少しずつ豊かに していくと信じている。 よしだ のぶる/アジア経済研究所 研究企画課

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